ビールス・パニック 第1話

第1話

報告書 ヒグチ・ウイルスMC-A群について (その1)
 以下に、2008年6月18日に日本で最初に感染が公式確認されたヒグチ・ウイルスの諸群(通称「ドジッ娘ビールス」)、およびそこから世界各地に波及し、現在も進行中のMCウイルス・エピデミック(通称「ドジッ娘パニック」)についての報告を行う。

 当ウイルス群については、未だ解明されていない部分も多く、WHOによる認定と日本ウイルス学会の見解にも、一致しない部分が多々確認される(潜在的被害規模の推定、変種ウイルスの発生経緯等)。
 当報告書においても、一部で日本感染症研究所等の公式見解とは異なる部分があることを予め記す。
 研究や事態の進展を逐次報告するため、場合により先の報告を修正・追加説明しつつ報告を重ねていくことについても、留意が求められる。

I. ヒグチ・ウイルスMC-A群の定義について

 ここで言う「ヒグチ・ウイルス」は、2007年6月頃に財団法人・樋口感染症予防センター周辺で発生し、感染拡大が確認されたRNAウイルスを指す。塩基配列上は一本鎖のマイナスRNAウイルスに分類されるが、変異を起こしやすく、分裂の速度、寄生した細胞への遺伝子情報の複写速度が通常のRNAウイルスと比べて非常に早いことが確認されている。

II. 感染経路

 接触感染、飛沫感染、血液・体液感染等が確認されている。
 その中で特に「MC-A3」(通称「エロッ娘・ウイルス」)は性交渉を通じての体液感染が最も有力な感染経路とされている。
 ただしこの「MC-A3」にしても、感染拡大地域における第一感染者は、接触感染もしくは飛沫感染による場合が多い。

III. 症状

 MC-A群の中でも亜種が相当数確認され、それぞれが症状に異なる特徴を持っている。
 また、感染者によっても発症する症状が一部異なる。
 ここでは典型的な例として、最も感染拡大規模の大きい、「MC-A2」の一般的症状を述べる。

 a) 初期段階(感染後・数時間~2日程度)

  平衡感覚の低下、注意力の低下、くしゃみ、鼻汁、

  初期においては、風邪と感じる人も多い。
  一部で口唇部の末端神経が麻痺したように感じ、言葉の語尾がはっきり話せないと感じるという報告もある。

 b) 中期段階(感染後・1日~3週間程度)

  批判的判断力の著しい低下、突発性認知症、急性過剰依存、多幸感

  例えばHIVウイルスの後期症例には痴呆の進展等が確認されているが、これほど短期間に人間の脳の活動に影響を与えるウイルスは過去に前例がなく、注目すべき点とされる。
  脳の働きの中で、社会通念、各人の信条と照らし合わせて判断をするという働きが、大脳内レセプター細胞の電気信号交換阻害により滞るという説が、現在最も有力視されている。
  一方で脳内化学物質の分泌増進により、多幸感を感じるという症例も数多く多く寄せられている。

  感染者は、他人の話していることを理解することは出来るが、それを本当か嘘か、従うべきか疑うべきかを判断するという懐疑能力を一時的にほぼ喪失してしまう。
  この時期の感染者は言わば、特定・もしくは不特定多数の他人の言いなりになって思考・行動してしまう状態であり、社会生活を円滑に営めない状態であると考えられる。

 c) 後期段階 (感染後・2週間~3週間前後)

  性欲の著しい増進

  脳内化学物質の異常分泌が起き、感染者の大半がニンフォマニアのような行動を取る。
  目についた相手のうち誰とでも、どこででも性交渉を持とうとするため、健全な社会生活は完全に喪失した状態と考えられる。

 d) 末期段階 (感染後・3週間以降)

  ウイルスの自己死(アポトーシス)

  ほぼ全ての症例で、感染後3週間がたつと患者の体内でのウイルスの活動が激減し、分裂が進まなくなる。1ヵ月後にはウイルスは同患者の体内からはほぼ死滅する。
  分裂速度が激しすぎるために分裂回数自体に限度があるという説と、このウイルスが生成される際に、予めこうしたプログラムがなされていたという説とがある。

  このウイルスへの感染が直接的な原因で病死したという例はまだ一件も報告されておらず、後遺症も確認されていない。

  この致死率の低さ、発症期間の短さが、ヒグチ・ウイルスの脅威を正確に認識することの障害となっているとも言える。

IV.感染・症状の限定

 俗説では「ドジッ娘ビールスは若い女性しか感染しない」と言われているが、これは正確には事実ではない。
 男性もヒグチ・ウイルスには感染するが、不顕性感染に終わったり、無症候性キャリアとしてウイルスを保持する場合が多い。
 つまり、俗に「ドジッ娘」といわれるような症状は発症しないが、ウイルスは保持し、周囲の人に感染させうる状態でいることになる。
 当人が感染に無自覚である場合、被害拡大の要因となる可能性が非常に高いと言える。

 一方で発症が最も多いのは、十代半ばから三十代頃までの健康な女性である。
 このことを女性ホルモンとの相関性で説明する学説や、男性の脳と女性の脳とが構造的に異なる脳梁の部分にウイルスが分布することが多いことで説明しようとする説が存在するが、現時点ではまだ完全な解明には至っていない。

V. 発生経緯

 以下の経緯についての「事実認定」は、警視庁公安部・公安第5課の調査資料に基づき記す。
(当初バイオテロ事件の可能性を持たれた最初の感染事件より、警察庁警備局公安部によって調査が行われたため。)

 a) ウイルス生成の疑惑

  発生源と考えられているのは、財団法人・樋口感染症予防センター。
  当時のセンター長、樋口耕蔵(医学博士・現在拘留治療中)はセンターの前身である、樋口疫学研究所の設立者、樋口庸司の婿養子にあたる。
  学問の上での師弟関係にあったが、庸司の長女・真佐子と結婚した耕三が、樋口家と研究施設、そして研究内容を引き継いだかたちとなっている。

  樋口耕蔵は長年、大手製薬会社の支援を受け、ウイルス治療の研究に成果を上げてきた。
  特に「遺伝子治療」、「人工ウイルスの注入による鬱病治療」の研究分野では、国内の第一人者という評価を得てきた。
  しかし2002年の「学会発表内容盗用疑惑」、大手A製薬との特許裁判での敗訴等によるセンターの資金繰り難。
  そして学者生命の危機により、近年はふさぎこんでいたと伝えられる。

  夫婦関係も冷え切っており、「ノイローゼ気味」と言われていた樋口耕蔵は2007年5月16日、実験の休憩時間に、睡眠薬の過剰摂取によって昏睡状態に陥る。

  その後、2週間ほどでセンター付近にある学校、病院等の公的施設で、「ドジッ娘」の大量発生が確認されることとなる。

( 報告その2に続く )

。。。

 八木原潤也にとっては、支倉真弓と塾の帰りに電車が一緒になるのはよくあることだった。
 高校一年の時には同じクラスだったが、あまり話をする機会はなかったし、ただ家の方向が一緒だから、塾帰りにたまに二、三言、会話をする程度。
 二年になってからは、クラスも別れて一層距離が遠くなった。

 潤也が意識しすぎていたのかもしれない。
 陸上部では主力級の有名人。成績も優秀な支倉真弓は、ホームで電車を待っている時も、いつも真剣に本を読んでいた。
 美形の彼女が、大きな目で人を真っ直ぐ見返すと、なかなか近寄りがたい雰囲気を出す。
 理知的な顔立ちをしている彼女が、集中して難しそうな本を読んでいる時など、なおさら他愛の無い会話なんて持ちかけられないオーラを醸し出す。
 本人はけしてそんなつもりはないようだが、彼女にはどこか、一般人には声のかけずらい、自己完結型の美人に見える部分があった。
 まるで、彼女を中心とした半径2メートル以内は、「美少女支倉の世界」であり、そこに平凡な潤也が入ってしまっては、「世界に申し訳がない」と思えるような・・・。

 潤也がそんな真弓に、あえて挨拶以外にも声をかけてみようかと思ったのは、今日の真弓が、珍しく本を広げずにホームで立っていたからだ。
 ぼんやり向かいのホームを見つめながら、柱に寄りかかって体を預けていた。

「よう。疲れてるの?今日は珍しく読書タイムじゃないんだね。」

 近づいて話しかけると、真弓は予想に反して、潤也が恐れていたような鋭い反応は見せなかった。

「・・・。あ、八木原君だ。こんばんは~。」

 目をパチクリとしながら潤也を見つめ、4秒ぐらい首をかしげていた真弓が、ようやく返事をする。どこか寝ぼけているような、鈍い反応だった。

「寝不足か何か?どうもいつもと違う雰囲気なんだけど。」

「ふ~。なんか・・・、風邪引いちゃったみたいで・・・。ブシュンッ!」

 クシャミをする真弓を見て、潤也は気がついた。
 鼻が少し赤くなってる。塾で鼻を何度もかんだのかもしれない。
 特進コースと一般コース。教室も分かれているので、今日真弓に会うのは初めてだった。

「部活の後、塾に来てんでしょ?お疲れ様。あんまり無理しないようにね。」

「む~。ありがと~。」

 電車がホームに入ってくる。
 ずっと一緒にいても会話が続かないと思って、潤也は電車に乗り込む時に、あえて真弓から離れて立って、イヤホンを耳につける。
 ここ半年ぐらい、真弓と塾の帰りの時間が一緒になる水曜日は、いつもこうして少し離れたところから、真弓を見ながら家に帰る。
 ちょっと甘ったるいけど、歌詞とサビの部分が好きで気に入っているラブソングを聴きながら、真弓のきれいな横顔をチラチラと見る。
 潤也の一週間のうち、もっとも楽しみな瞬間だった。
 今日は珍しく参考書も文庫本も開かなかった真弓は、途中何度か電車の停止するたび、発車するたびにバランスを崩して、ぶつかるように隣の人たちに寄りかかった。
 パーマをかけた中年女性と、白髪の紳士に何度もよろめきながらぶつかっては、そのたびにゆっくりと謝っていた。

 潤也の降りる駅の二つ前、「臼杵坂」で電車が止まっても、真弓は降りようとしない。
 さっきから真弓の様子を心配しながら見守っていた潤也が、シビレを切らして歩み寄った。

「ね、支倉。臼杵坂だけど降りないんだっけ?」

「臼杵坂・・・。・・・キャッ、降ります。待ってぇーっ。」

 静かだった車内に真弓の声が響いて、周りの人たちが振り返る。
 慌てて電車から駆け降りようと走った真弓は、閉じようとする扉にちょうど挟まれた。

「ムギュッ・・・降ります~。」

 慌てて車掌さんが操作したようで、扉がすぐに開く。
 真弓は気づかせてくれた潤也にお礼を言うように、口を動かしながらこちらに手を振った。
 また列車がゆっくりと動き出す。
 さっきまで真弓が立っていたところで彼女を見送る潤也。
 ホームから離れていく電車の窓から真弓の姿を目で追っていると、前を見ずにこちらに手を振りながら歩いていた真由美は、ホームの柱に激突した。

「おっ・・・、おいおい。」

「オヤッ。」

 柱に軽くぶつかって、尻餅をついている真弓の姿が小さくなっていく。
 自分と同時に、真弓がぶつかったところで小さく隣から声があがった。
 そのことに気がついて潤也は隣を振り返る。
 ソフト帽をかぶった60代ぐらいのサラリーマン風の紳士と目が合った。
 白髪の小柄な紳士と潤也は、顔を見合わせて苦笑した。

「お友達かい?ずいぶん危なっかしい子だねぇ。」

 紳士はどうやら、何度もバランスを崩して寄りかかってきた真弓のことを心配して見ていたらしい。

「あ・・、はぁ。あの、知り合いです。」

「ま・・・、女の子はちょっとドジな子も、可愛いものかもしれないね。いつもあんな風だと、見守ってあげたくなるものねぇ。」

 紳士は潤也のほのかな恋心を見透かしたように、優しく笑った。

 見守ってあげたくなる。そう言われて潤也は、少し顔を赤らめた。
 いつもあんな風・・、じゃ、全然ないんだけどな・・・。
 そう思ったがこれ以上弁解するのを諦めた彼は、小さく会釈をすると、またイヤホンをつけて音楽を聴き始めた。

。。。

 木製の丈夫なドアを蹴る、重い音。

 諏訪タケトが乱暴に開け放ったのは、レクリエーションルームのドア。
 隠れ家と、実験室と、そして私設ハーレムの役目を果たしている大手都銀の女子寮にある談話室だった。
 タケトが体を入れると部屋に少し生臭い空気が漂った。

「お・・・お帰りなさいませ。ご主人様!」

 全裸のうら若い女性が、ゼリー状の粘液を全身から垂らしながら、ドアまでかけよってひざまずく。
 丁寧に三つ指をついて頭を下げると、飼い主の帰宅を待ちわびた飼い犬のように、嬉しそうに諏訪を見上げた。

「お洋服を・・、お手伝いしますっ。」

「待て。・・・服にローションがつく。誰か他に手の汚れていない奴はいないのか?」

「お帰りなさいませっ!わたくしがお手伝いしますっ。」

「お帰りなさいませっ!」

 レクリエーションルームの奥から、新たに二人、整った顔立ちの若い女性が全裸で現れた。皆その無防備な裸身を、男の前で隠そうともしない。

 初めに諏訪を出迎えた沢夕菜と、彼女の上司に当たる清岡晃子は全身を透明なローションに浸されていた。
 一人、ローションまみれになっていない泉川百合音だけが、ご主人様の身につけている作業服を脱がす栄光にあずかった。

 膝をついて、嬉しそうに諏訪の服を脱がしていく百合音。
 残りの二人は諏訪の足もとにひれ伏したまま、ありがたいご主人様からの命令を待った。

「今日はユウナとユリネと・・・、おう、昨日から俺の奴隷に加わった、清岡アキコか・・・。国際金融の専門家で、ユウナのチームの主任を務めてるんだったか?」

 晃子は頷いて頭を上げた。
 切れ長の目が特徴的な、モデルのような美人だ。
 すこし鼻をむずがゆがるように、すすり上げる。

「は・・い。私、晃子は・・・、ロンドン支店に出張していたので・・・。タケト様の奴隷に・・・。奴隷に加えて頂くのが遅れてしまいました。一生懸命努力して、みんなに追いつきますので、どうか可愛がってやってください。」

 奴隷としての新たな人生に納得しきって、喜んでいるように見える夕菜と百合音の自信に満ちた態度と比べて、どこか清岡晃子の口ぶりは頼りなく響く。
 心の片隅で釈然としない思いを抱えながら話しているような、そんな不安げな態度だ。
 鼻をすすり、視点が定まらない、彼女の上気した顔は、まるで風邪を引いて熱にうなされている子供のようでもあった。

「よし・・・。さっそくお前の修行1日目の成果を見せてもらおうか。」

 百合音に手伝わせて服を脱ぎ、全裸になった諏訪は、色白で度の強い眼鏡をかけた顔からは想像できない、意外と引き締まった肉体を晒した。
 勤めている支店の窓口担当の中でも一番の美人と謳われる百合音が、丁寧に丁寧に諏訪のトランクスを下ろしていく。
 面倒くさそうに足を抜くと同時に歩き出した諏訪の背後で、百合音は放り出されたトランクスをうやうやしく取り上げると、他の服と合わせて抱きかかえた。

 当たり前のように全裸でレクリエーションルームを進む1人の男と3人の美女。
 奥の、液晶TVの設置されている広間では、一流銀行の女子行員寮にはあまりにも不似合いな、ポルノビデオが放送されていた。
 大型のTVの前には、まるで子供が何人かでプールに入って遊ぶような、空気の入った水色のマット。全面にローションが塗りたくられていて、つい先ほどまで夕菜と晃子がこの上で格闘していたことが見て取れる。
 TVの画面には、風俗嬢のサービスを模したアダルトビデオが流されていた。

「ご主人様。清岡主任、とっても覚えが早いんですよ。すぐにご主人様お気に入りの、テクニシャンのソープ嬢になれると思います。」

 沢夕菜が誇らしげに胸を張る。
 大きい目と耳が印象的な。愛嬌のあるチャーミングな顔立ち。
 現在の諏訪のハーレムの中では、最も栄誉ある、夜伽の最多指名回数を誇る、優秀な奴隷だ。

 今日は諏訪の命令を受けて、尊敬する上司・清岡晃子の奴隷訓練を丸一日行っていた。
 TVの横に積み上げられた、風俗企画もののアダルトDVDを教材に、晃子の美しい肢体の隅々まで、商売女の卑猥な技術を叩き込んだつもりだ。
 ご主人様の期待を裏切ることは奴隷の身にとっては死ぬよりも辛いこと。
 だが今日の晃子の出来は、修行1日目としては上出来なはず・・・。

(主任、ちょっとだけノリが悪いみたいだけど、ご主人様、どうか気に入ってくださいませ。美人バンカーとしてビジネス誌の取材が殺到するぐらいの、当行自慢のエースなんです。一生尽くしてくれると思うので、どうか私と一緒に、ご主人様の足元にはべらせてあげてください!)

 しかし夕菜の熱い思いとは裏腹に、晃子は躊躇いを見せていた。
 諏訪が両手を組んで頭をのせ、無愛想にマットの上で足を広げている。
 それを見ながら晃子は、不安な面持ちで立ちすくんでいる。

(私・・・。今日は出張報告を作って、6時からは北欧諸国の国債の見通しをプレゼンしなきゃいけなかったのに・・・。嘘ついてお休みして、ずっと・・・性奴隷の修行をしてた・・。ご主人様にここでご奉仕してしまったら、もう・・・戻れない気がするけど、いいの?)

「主任。何やってるんですか。早く修行の成果をお見せして。このエッチな体を全部使って、ご主人様に喜んでもらうでしょ?」

 夕菜が慌てて上司の晃子を叱りつける。
 職場での二人の関係を知っている者が目にしたとしたら、誰も自分の目を信じないであろう光景だった。

「夕菜ちゃん、慌てちゃ駄目。清岡さんは昨日から風邪気味だし。頭がボーっとして、物事をはっきり考えられないのよ。そうよね?清岡さん。」

「そっ・・、そうなの。沢の言うこともわかるんだけど、私・・・、どうすればいいのか、わかんない。」

 優しく声をかける美人受付嬢の言葉に、ホッとしたように晃子が同調する。
 いつもの晃子らしくない、頼りない喋り方だ。

「そういう、自分でどうしていいか分からない時は、どうすればいいんだったっけ?」

「ご・・・ご主人様の言うことを・・きく。ご主人様のために働いてる、先輩奴隷様たちの・・、言うこともきく・・・、んだったと・・・思う。」

 晃子は言葉を自分自身で確かめるように、遠い目をしながら一つ一つ口にする。

「そうよっ。主任!だってご主人様の言う通りに出来たら、ご主人様に喜んでもらえたら、清岡主任はどうなるんでした?」

 次に夕菜の声を聞いた晃子の目が、パァッと光で満ちたように見開かれた。
 そして今度は蕩けるように顔が緩む。

「今までの人生で考えられないぐらい幸せな、嬉しい気持ちになれますっ。うふふっ。すごく・・・気持ちいい。」

 思い出し笑いが止められないように、だらしなく口を開けて自分の体を抱きしめた晃子は、膝をすり合わせて身悶えした。
 昨日この部屋で感じさせられた、自分のすべてを吹き飛ばすような容赦のない快感を、身も心も忘れられないでいるのだ。

「うんっそう。主任はやっぱりお利口さんですねっ!私がずっと憧れてたキャリアウーマンだけあります。さっ、それで今からどうするの?」

 夕菜も百合音の意図を理解して、晃子に対して幼児をあやすように、優しく接した。
 夕菜に頭を撫でられた晃子は、笑顔を輝かせて元気よく返事をした。

「晃子はっ、今日の修行の成果を、ご主人様に確かめて頂きます。これまでは奉仕するセックスに慣れておりませんでしたので、上手に出来るかわかりませんが。女としての全てをかけて、お喜び頂けるように頑張ります。失礼いたします。」

 少し口上が長いな・・・。
 諏訪が天井をボンヤリ見ていると、やっと晃子がマットの上に足を乗せた。
 そして諏訪の上に覆いかぶさるように滑り込む。
 ローションを伸ばしながら、清岡晃子が諏訪の体の上でその身をクネらせる。
 形のいい丸い乳房が、諏訪の体との間で変形する。
 晃子はその乳房をいっそう押しつけるようにしながら、大きく円を描く。
 指の細い、綺麗な手を諏訪の体に触れるか触れないかの微妙な距離で這わせる。
 諏訪の黒い乳輪にピンクの舌を伸ばすと、ローションの上から急に舌を思い切り左右させ、ビチャビチャと下品な音をたてた。

 男の体を相手にして、反応を見ながら培った技術ではないため、やや一面的で粗削りな部分もあるが、それを補って余りある素材としてのクオリティに、諏訪も改めて驚かされる。
 男の目を吸いつけるような美貌やきめの細かい肌質。
 そして文句のつけようのない、極上のボディライン。
 国際ビジネスの第一線で男勝りの活躍をしているという、評判の美女が心をこめた卑猥な性技を披露している。
 すっかり贅沢になったはずの諏訪タケトの男根も、その美しい裸体との粘着質な接触によってすぐに限界までいきりたった。

 体をグルっと時計回りに、アクロバティックに回転させた晃子は、諏訪の内股から足先まで舌を這わせていって、足の指にたどり着く。
 ローションをこねくりまわす筆のように陰毛で諏訪の内股を擦りながら、口は彼の足の指を一本一本、掃除するようにしゃぶっていく。
 チュパチュパと淫猥な音がレクリエーションルームに響き渡る。
 夕菜と百合音は満足そうに晃子の覚えたての奉仕を見守っていた。

「晃子主任。あなたのとっておきの技があるんでしたよね?ご主人様にご覧になってもらおっか?」

 晃子の部下として今年配属になったばかりの新入社員、夕菜からの指示に従って、晃子は密着していた諏訪の体から一旦離れると、諏訪に寝返りをうってうつぶせになるようお願いをした。
 ご主人様が面倒くさそうに体の向きを変えると、晃子は一礼をして諏訪の臀部の谷間に顔を埋めた。
 肛門のまわりに数度、接吻をした晃子は、ゆっくりと舌を伸ばし、諏訪の肛門を、皴の一本一本まで舐め始めた。

 くすぐったさを伴った浮遊感のような、奇妙な快感に、諏訪タケトも思わず声をだしそうになった。
 はっきりとした反応を感じて、晃子が笑顔で答える。

「国際金融アナリスト、清岡晃子のアナル舐めでございます。お気に召して頂けましたでしょうか?」

「ご主人様!アナリストだけに・・・ですっ!アナリストだけに・・・。おわかりでしょうか?」

「夕菜ちゃん。しつこく言っちゃ駄目。無礼ですよ。」

 両手のコブシを握り締めて熱弁しようとする夕菜を、百合音がたしなめる。
 どうやらこれは夕菜のアイディアらしい。
 晃子はさらに、舌を肛門にグリグリと押し込んでくる。
 体の内部から愛撫されるような、きわどい快感が諏訪を面白がらせた。

 良い反応を見せるご主人様を前にして、夕菜は熱弁を止められなかった。

「清岡晃子主任の舌。バイリンガルの才嬢の舌が、これから毎日ご主人様のお尻をお掃除させて頂くんです。最新の国際金融見通しを語らせたら当行でも指折りと言われた新鋭アナリストのお口が、今日からご主人様のアナルにご奉仕するためだけに精進してまいります。お気に召しましたら、愉快なアナルオナニーのご披露と、締めつけ抜群のアナルセックスでのご奉仕というのも訓練メニューに入れさせて頂きます。アナルプレイ専門の性奴隷として、明日から厳しくしつけますっ!なんなりとご命令下さいませ。」

 部下の夕菜と、寮への侵入者との間で、清岡晃子の人生が、くだらない駄洒落も交えて決まろうとしている。
 それに全く気を払わないほどに、晃子は男の不潔な穴を舐めまわすことに没頭していた。

 新人社員の、力押しのプレゼンを聞いているような気分がして、諏訪は苦笑した。

「まぁ、その路線でもいいが、一通りの通常のコースはその前に覚えこませろ。ケツの穴プレイ一本槍にするには、少し惜しいタマだからな。だが正直、1日でここまで教え込むとは思わなかった。ちょっと驚いたよ。その調子でやればいい。」

 ご主人様からのお褒めの言葉を頂いたと感じた3人の銀行員は、昇天するような歓喜を味わって、全裸のままその場にへたり込んだ。

 マットに寝そべった晃子の体に、今度は諏訪が覆いかぶさる。
 腰を浮かさせて、下から持ち上げるように腰を押しつけた。
 諏訪の肉棒が晃子の秘部をこじ開けていく。
 腰の向きを少し調節すると、二人の性器がズルリと結合した。

「はぁっ、ご主人様。・・・嬉しい。」

 天井に視線をさまよわせたまま、晃子が惚けたように顔を緩ませる。
 キリッとした美女の表情がここまで蕩けると、意外と可愛らしく思えてくる。諏訪は下半身を浸す愉悦を味わいながら、腰のピストン運動を始めた。

 初めは両手で彼女の胸を弱く揉みしだいて、腰の突き上げを強めていく。
 今度は一転して、両胸の柔らかい固まりを一気に力強く握り締める。
 彼女の顔が横を向き、歯を食いしばって痛みと快感に耐えようとする。
 同時に彼女の内壁の締めつけがいっそう強くなる。

「痛いか?止めて欲しいか?」

 一瞬、晃子が頷きかけようか躊躇したように見える。
 しかし、思いを振り切るように首を左右に振った彼女は、はっきりと諏訪タケトの目を見据えて宣言した。

「いいえ、存分に、お気の召すままになさってください。晃子は、ご主人様を喜ばせるためだけに存在する奴隷でございますっ」

 清岡晃子の目から、迷いはすでに消え去っていた。
 諏訪は満足気に晃子の体を抱き寄せる。
 射精の瞬間が、近づきつつある・・・。
 諏訪は腰をいっそう強く振りたてながら、晃子とディープキスをしようとして、危ういところで思いとどまった。

 ケツを舐めさせたりするまえに、キスを味わっておくべきだった・・・。

 まあいい。
 MC-A5はそろそろ完成が近いといってもいい、安定度を見せつつある。
 清岡晃子ほどの意志の強い、自立した女性でも、1日で性欲処理玩具に成り下がらせる。
 ご機嫌に凶悪な洗脳ウイルスだ。

 ・・・世間は、やっと今頃、MC-A2の蔓延を騒ぎ出したらしい。
「ドジッ娘ビールス」だと・・・。甘ったるい。
 2週遅れ、3週遅れで世間が騒いでいる間に、世界中が俺の前にひれ伏することになる。

 そう思いながら、諏訪は張りのある晃子の体を存分に味わっていた。
 晃子が力を強めて諏訪の体にしがみつく。
 諏訪タケトが我慢で堰き止めていた熱い精を、極上のエリート女性行員の膣の中に好きなだけ撒き散らす。
 仰け反って歓喜にあえぐ晃子。
 給仕のように両手を臍の前に組んで直立して待機する二人の先輩奴隷がその狂態を羨ましそうに見守った。

 そろそろ他の奴隷たちが、偽りの仕事や交流を終えて、続々と寮に帰ってくる頃だ。
 夜はまだ長い。女子寮の背徳の宴は、これから始まろうとしている。

。。。

「おい、ジュンヤ、圭吾の話聞いた?あいつ昨日、今林果帆とヤッたらしいよ。」

 八木原潤也の席に駆け寄るなり、クラスメイトの上里大樹が噂話を始める。
 潤也の放課時間はたいがい、級友との無駄話で過ぎていく。
 高2の男子生徒だから、性にまつわる話も多い。
 上里大樹はなかでも、猥談に強い興味を示すクチだ。
 ストレートに自分の関心を押し出して盛り上がる大樹の性格は、内向的な潤也とは正反対。
 それでも同じ中学からこの高校に進学した二人は、不思議と馬が合う。
 3年ぶりに同じクラスになって以来2ヶ月半、休み時間は彼との馬鹿話が潤也の日課になっていた。

「圭吾が?でも今林って奥手で、全然進展がないって、こないだ愚痴ってたばっかじゃなかった?」

 2組の小倉圭吾も、二人と同じ中学を出ている。
 ただしこの高校の男子の中では、普段は軟派なグループに属していて、今も同じクラスの女子と付き合っている。

 たまに3人でゲームセンターに行く時などには、現在の彼女、今林果帆との進展を話してくれる。
 童貞の潤也と大樹にとっては、貴重なネタの配給元だった。

「『西中トリオ』でまた映画でも見に行こうって思って、誘いの電話をゆうべかけたら、ついさっきまでヤッてたとかって自慢されちゃったよ。なんかデートするつもりが、彼女が風邪っぽいからって言うんで、圭吾の家で大人しくしてることにしたんだってさ。アイツ、姉貴とマンションで二人暮しだろ?だから今林も圭吾の家で遊ぶことをOKしたんだけど、そうしたら、部屋でちょっとアプローチしただけで、なんとすんなりヤラせてくれたんだってよ。クソー、あいつモテるからな~。サラサラヘアーだし、部活じゃ補欠だったのに。今林も・・・、なんか固い奴ってイメージだったのに。そんなに簡単にやらせちゃうんだ・・・。女ってみんなそうなのかな?・・・なんだか色々考えてたらムラムラしてきた。」

 大樹の興奮度合いが、息継ぎのない長台詞から伝わってくる。
 親友ながら、暴走しやすいタイプだ。

 風邪・・。5月なのに、流行ってるのかな?
 潤也はまた、支倉真弓のことを考えていた。
 昨日風邪気味だと言いながら、鼻を赤くしていた真弓。
 意外なほどドジな一面を何度も見せていた、昨日の真弓の様子。
 そう言えば圭吾も今林も、真弓と同じ2組だった。

「おい、もっと詳しい話を聞きに、圭吾のところに行かないか?」

 こうなったら大樹は抑えられない、潤也はあいまいな笑みを浮かべながら、やんわりと断ろうとした。
 しかし抵抗かなわず、引きずられるように2組まで連行されてしまう。

 ブツブツ言いながらも2組の教室間近まで連れていかれた潤也だったが、急に立ち止まって、足に根が生えたように立ち尽くした。

 2組の教室に向かって、フラフラ前を歩いている後姿にビンッと来たからだ。

「あっ・・・、大樹、俺ちょっと、他の用があるから、圭吾と話しといて。」

「お、おいっ。昨日の話のとって出しだぞ!ホットな話題についていけなくなるぞっ。」

 吼えている大樹を放っておいて、ある程度の距離から見慣れた後姿に近寄っていく。
 やはり潤也の『気になる』人、支倉真弓だった。
 学校で、みんなのいる中で、話しかけるつもりはない。
 ただなんとなく、追い越して、また折り返して、真弓とすれ違いたい。
 その時に目が合ったりしたら、それだけで今日一日の、退屈な授業は乗り切れそうな気がする。

 支倉真弓は今日も綺麗だ。
 ほっそりとしたあごのライン。
 吸い込まれそうな魅力的な目と、長いまつげ、白い肌。
 髪は・・・、今日は珍しく、寝癖がついたままだった。
 意外に感じて、彼女を追い越すときに思わず凝視してしまうと、彼女のおでこに、バンドエイドが張ってあることに気がつく。

「あっ、昨日の。」

 思わず声を出してしまった。

 真弓がゆっくり潤也の方を見て、目をパチクリさせる。

「あ・・・、八木原君。昨日は、どうもありがとうね。駅で乗り過ごしちゃうところだったよ。」

 ニッコリ笑った真弓が、人形のようにきれいに頭を下げてお辞儀をする。
 ペコリッという擬音が、潤也の頭の中でマンガのように響いた気がした。
 まだ・・・、いつもの真弓とは違う状態が、続いているように思える。

 頭を上げた真弓は無邪気な笑顔のままだったが、左の鼻の穴から透明な鼻水が垂れていた。
 気がつかずにニコニコしている真弓は、いつものような、少し近寄りがたいオーラを放つ美少女ではない。
 まるで人が変わってしまったかのように、ホンワカとして、少し頭の弱そうな女の子の顔を見せている。

「鼻・・・、出てるよ。昨日柱にぶつかってたけど、大丈夫だった?なんだか支倉、まだ調子が悪そうだね。」

 潤也は、今日の真弓に対しては、あまり怖気づかずに話せそうに思える。

「はな・・・花?鼻・・、キャッ。ゴメン。」

 鼻水をたらしたまま首をかしげて、目をパチクリさせた真弓は、潤也がポケットからハンカチを差し出した時にやっと気がついて、顔を赤くした。
 潤也の胸が万力で締めつけられるような気がする。
 どんな表情を見せても、やはり支倉真弓は可愛い。

「風邪がひどくなってるのかな~。なんだかね、あまたがフワフワしちゃって、授業も全然集中出来ないの。忘れ物もいっぱいしちゃったし・・・。さっき先生に当てられたんだけど、ぜんっぜんわからなくて、笑顔でごまかそうとしたんだけど、怒られちゃった・・・エヘへ。私ね、なんだか、とってもお馬鹿になっちゃったみたい。困ったな~。」

 潤也のハンカチで遠慮なく鼻をかんだ真弓は、笑顔で失敗を語る。困ったと言いながらも、口調からは全く困ったように感じられない。
 去年一年、彼女の完璧な優等生ぶりを見せつけられてきた潤也にとっては、今の真弓の風邪は相当重症に思えた。

「あの・・・、僕から見ると、結構心配な状態だよ。今日は部活とか休んで、家でゆっくり休んだらいいと思うよ。」

「ん~・・・、部活は、大会も近いし・・・。でも八木原君がそう言うなら、休もうかなー。」

 八木原君がそう言うなら・・・・。
 潤也にとっては、天にも昇るような気持ちになる言葉だった。
 今この場に録音装置があったら、高音質録音をして、高級アンプを買って、家で寝る前に何度も何度も聞き返すのに。
 一瞬のうちに潤也の頭の中ではいじましい想像が縦横無尽に駆け巡っていた。

「そう、その方がいいよ。む、むしろいっそのこと、早退して家に帰っちゃった方がいいぐらいかも。」

「ん~。そうなの?そっか・・・。そうする。」

 小首をかしげた真弓が、まるで親の言うことを聞く幼い子のように、従順に頷く。
 潤也は今すぐ真弓を抱きしめたいような衝動と、必死で戦った。

 なんでかわからないけど、今の支倉は、なぜか僕の言うことを受け入れてくれるっ。
 風邪で朦朧としてるだけなのかもしれないけど、ひょっとしたら、ひょっとしたら、それだけじゃないのかも知れない。
 こんなチャンス・・・、一生来ないと思ってたんだから、駄目モトで、駄目モトで言ってみろ!
 八木原潤也は立ち眩みしそうな緊張の中で、これまでの人生で最大の勇気を振り絞った。

「あ、あの・・・、僕が、家まで送っていくから・・・。早退しようよ。僕も・・・、ちょっと体調悪かったり・・して・・さ、ハハッ。」

 最後の、取り繕った笑い声が乾いて響いた。
 これが潤也の精一杯。よく頑張った方だった。

「う・・・うん。私は、なんだかよくわかんないんだけど、そう言われると、そうした方がいいような気がしてきた。迷惑じゃかったら・・・、八木原君の言うとおりにする。よろしく~。」

 八木原君の言うとおりにする・・・。
 八木原君の言うとおりにする・・・。
 興奮で頭がクラクラする。
 目の前がチカチカするぐらい嬉しい言葉だった。
 言葉の強さに、卒倒しそうになるぐらい。
 自分も体調がよくないという嘘は、憧れの真弓からのお言葉の後では、あながち嘘でもなかったかもしれない。
 それほどの喜びだった。

 八木原君の言うとおりにする・・・。
 まだ頭の中のリフレインが、ファンファーレのように鳴り響いていた。

< 第2話に続く >

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