ビールス・パニック 第5話

第5話

 グリコの広告のランナーのように、両手を高々と掲げて、部屋から出てきた大樹。
 しかし彼はすぐに、リビングの重苦しい空気に気がついて、少し歓喜の気持ちを押し殺した。

「おう、どうしたんだよ。うわっ、今林エロッ!・・・何これ?2回戦?俺無理だよ。・・・違うの?」

 空気が読めずに、能天気な反応を見せる大樹。
 潤也は無言で俯いたまま。
 圭吾は、この場を白けさせているのは潤也だと言わんばかりに肩をすくめた。

「エロいだろ?果帆の出血大サービス。オナニーショーで潤也を誘ってるんだよ。だけど潤也はもう、よっぽど目が肥えちゃったみたいで、果帆じゃ不満なんだってさ。」

「そんなんじゃない。」

 潤也は、俯いたまま、それでも精一杯強い口調で否定する。

「せっかく果帆の彼氏の俺が、ジェラシーを押し殺して、友達と幸せを共有しようって言ってるんだぜ。それでも潤也は、学年のアイドル、支倉を独り占めか。」

 潤也は、両手で拳を握り締めて、震えていた。
 ケチとか自分勝手とかいうのとは、違うと思う。
 潤也は、真弓に圭吾とセックスさせたくなんかはない。
 友達だから共有するなんて考えられない。
 確かに変な風邪の助けを利用した。それでもずっと憧れてきた真弓を、悩みぬいた末に彼女になってもらった潤也。
 それに対して、果帆という彼女がいながら、他の女子を味見するために、果帆も姉のツカサも道具のように利用している圭吾。
 一緒だとは思いたくない。認めたくない。
 それでも、彼女たちからすれば、圭吾も潤也も同じような人間なんだろうか?

 潤也はどれだけ頭を絞っても、自分でも納得のいく答えを出すことが出来なかった。

「なんて思われてもいい。真弓・・・、支倉だけは、共有なんて出来ない。他のことだったらなんだって圭吾に協力するけど、ゴメン。支倉だけはイヤだ。」

「なに? 支倉?・・・ヤッたの?よかったの?」

 険悪な雰囲気になっている圭吾と潤也の間に割って入った大樹は、キョロキョロと二人を見た。
 事情は完全には理解できなかったが、普段は優柔不断な潤也がこれだけハッキリと言い切っているということは、とても大事な決心なんだと理解した。
 大樹が小さく息を吸って、真面目なトーンになる。

「あのさ、圭吾。俺よくわかってないんだけどさ。つい今までツカサさんとヤッてたわけだし。・・・・あ、すっげー良かったよ。お前の姉貴・・・。それはいいとして、これだけ潤也が嫌がってるんだから、なんか知らないけど、あんまり強く押さない方がいいと思うぜ。」

「その潤也自身が、人の気持ちもねじまげて、好き勝手やってる奴だったとしてもか?その上ここで急に、自分だけいい子ちゃん面しようっていう、ケチな偽善を見せてくれちゃってもか?」

 大樹は男気はあるが、圭吾ほど知恵は回らない。
 圭吾の言っていることを理解するのに、相当時間がかかって、沈黙してしまった。

「なんだよ。結局悪いのは俺だけ?大樹は姉貴とやって、彼女はここでオナニーショー。友達に楽しんでもらって、俺も俺で何かいい目見られるかと思ったら、俺は全部、提供し損で、最後は悪者扱いかよ。」

 圭吾が自嘲的に、皮肉な笑みを漏らした。
 それでも潤也も大樹も、返す言葉が見つからなくて、黙っていた。

 圭吾は大きく溜息をつく。

「冗談だよ。言い過ぎた。大樹の言うとおり、潤也がこれだけ突っ張るのなんて滅多にないんだから、無理強いしちゃ友達じゃないよな。支倉のことは忘れるよ。西中トリオの結束の方が大事!忘れてくれよ。」

 潤也と大樹が視線を交わして、ホッとしたように笑顔を浮かべた。
 潤也が圭吾に礼を言おうとする。

「ただし・・・、一つだけ条件があるんだけど、いいかな?それぐらい、いいよな?」

 圭吾がまた、潤也の背中に冷水を浴びせるようなことを言う。

「支倉真弓は諦めた。そのかわり、俺、学校中の女子、可能な限り言うこと聞かせて、綺麗どころを味見したいんだ。二人とも、手伝ってくれるか?もちろん、戦利品はみんなで共有しようぜ。どうだよ、潤也。」

 圭吾が狡賢く唇を舐めて笑う。
 潤也には、もうあまり多くの選択肢は残されていなかった。

。。。

「あれっ、芹沢さん、芳野先生。お早いお帰りですね。捜査初日は、順調でした?」

 北峰巡査長が、ブースから顔を出して、大会議室に戻った二人に声をかける。
 ブースの中では4台ものモニターが北峰を囲むように並んでいた。

「ま、乗り物に慣れるのに数時間かかっちゃいましたってところかな。あんまり初日から体力消耗してもいけないんで、早く帰ってきたってわけだ。」

 後頭部を掻きながら、芹沢がボヤくように答える。
 芳野はバツの悪い顔をして、俯いた。まだハンカチで口もとを押さえている。

「こちらは統合対策本部が押収したデータベースを、ちょっと閲覧させてもらう振りして、根こそぎ復元しちゃったものです。樋口感染症予防センターの記録や実験レポート。資料が全部データ化されてますよ。今日中には、洗い出しを始められそうです。」

 灰色だった芳野の顔が、パッと色づいて北峰を見る。

「あのっ、そこに、センターに残されていた資料が全て入っているんですか?」

「えぇ。そうですよ。樋口感染症予防センターって、ウイルス研究を扱うための厚生省の認可を定期的に更新してましたから、査察にもスムーズに対応できるように、かなり記録のIT化を進めてたみたいですね。10年前の手書きのノートまでちゃんとスキャンされて保存されてます。それを警視庁の文章認識システムでデータベース化したんで、うちが頂いた時にはもう、キーワード検索で過去の資料を全部洗えるようになってました。」

「私にも・・・、資料調査を手伝わせて頂けますか?」

 北峰巡査長が、ちょっと迷った表情をして、芹沢に助けを求める。

「別に・・・いいんですけど、芹沢さん、どう思われます?」

 芹沢が察して、咳払いをした。

「ウォッホン。芳野先生、いいですか。今日は新しい職場といきなりの捜査で、疲れたでしょう。データベース調査ってのは足の長い仕事ですから、お手伝いで、根を詰めてやりすぎてもよくない。大体、データ整備のIT化が進んでいた研究所っていうことは、データの消去や修正も楽に出来たっていうことだ。統合対策本部が洗い出しに時間がかかっていることからも分かるように、ここに残されている情報は、すでに証拠の隠滅や修正が済んでいるデータか、くずみたいなデータばっかりってことだよ。」

「あの、芹沢さん、北峰さん。仰ることはよくわかりますが、私も樋口と同じ研究者です。私が一緒に調査することで、ひょっとした何か、早く良い情報に行き当たるかもしれません。私は今日はまだ何も出来ていませんので、少しでも役に立ちたいんです。お手伝いさせて下さい。」

 言い出したら聞かないタイプか・・・。
 芹沢は心の中でボヤキながら頭を掻くと、北峰を見据えて、頷いた。
 北峰と芳野が中継ブースに入って、データベースの洗い出し作業に入ると、芹沢は給湯室の冷蔵庫からヨーグルトのカップを出してきた。
 ブースの前で椅子に腰掛けると、夕食代わりにヨーグルトを食べ始めた。

。。。

 矢崎慎二は、喫煙ブースでふてくされていた。
 帝都銀行に入行して以来、初めてと言ってもいいぐらいの、こっぴどい叱られ方をしたばかり。
 一週間の始め、月曜の夕方から、いきなりキツい一発をくらってしまった。
 半分ぐらい吸った煙草を、腹立ち紛れに灰皿に押しつける。
 新しい煙草に火をつけようとして、ライターを持つ手が興奮で震えていることに気がついた。

 日本を代表するメガバンクの一つであるこの銀行で、常務を務める伯父のことを知らないものはいない。
 甥としてコネクションで入行してからというもの、自分に表立って強い態度をとる人間はいなかった。
 国際派として「箔」をつけるために配属させてもらった、国際金融部門の外国債チーム。
 そこでよもや、女性の主任に木っ端微塵に論破されて叱責を受けるとは思っていなかった。

 清岡晃子主任は、美人なだけではなく、相当な切れ者として通ってはいた。
 しかし、あからさまに厳しい態度を部下に見せるようなことはこれまで一度もなく、どちらかというと、いつも知性の溢れる洗練された言動を見せていた。
 それが何故か、今日に限って、他の同僚がみんな揃っている前で、矢崎の過去のミスを穿り返しては、一つずつ順番に、正確に断罪された。
 経験でも頭の回転でも全く清岡にかなわない矢崎は、高いプライドを踏みにじられ、顔を紅潮させながら、直立して俯いていることしか出来なかった。

 火の出るような勢いの、清岡の叱責もこたえたが、それ以上に、背中に感じた、同僚からの同情のこもった視線もキツかった。
 美貌の女上司が、憎しみすらおびた目で、矢崎を睨みつけていた。
 美しい彼女が怒りを見せると、普通の人以上に冷酷な表情に見えた。
 甘やかされて育ってきた矢崎慎二にとっては、滅多に経験したことのない、辛い時間だった。
 思い出しただけでも、呼吸が困難になるほど気が動転する。
 恐怖と、屈辱と、怒りの入り混じった。苦くて熱い感情が、胸もとで煮えくり返っていた。

「矢崎先輩。大丈夫ですか?今日は流れ解散みたいですよ。」

 喫煙ブースに顔を入れて、新人の沢が声をかけた。
 矢崎の気持ちが少しだけ和らぐ。
 耳と目が大きめの、愛嬌のある顔立ち。
 明るい性格で同僚や上司にも可愛がられている沢夕菜は、矢崎の最近のお気に入りでもある。
 沢と・・・そして清岡晃子。
 一流銀行で多くの美女を目にしてきた矢崎にとっても、現在のチームにいるこの二人は、非常にハイレベルだ。
 今は憎らしい清岡主任も、顔立ちの美しさについては、矢崎も文句のつけようがない。

「あ、あぁ。わかった。じゃ、今日は僕も早く帰っちゃおうかな。主任もご立腹だったみたいだし、今日僕が長々と残業してても、フロアの空気悪くしちゃうかもしれないし。」

「本当、主任今日は怒ってましたね。虫の居所でも悪かったのかな?矢崎先輩が急に標的になっちゃって、先輩、可哀想。先輩は悪くないと思いますよ。元気出して下さい。」

 自分のことのように、矢崎を心配してくれる沢。
 女性にこっぴどく叱られたあとに、別の女性に、こうして優しい言葉をかけてもらうと、よりいっそう嬉しい。

「あ、ははは。僕のことなら大丈夫だよ。主任の言葉もキツかったけど、全部当たってたしね。やっぱ、オックスフォード行ってる才女は頭のつくりが違うよね。何にも弁解できなかったよ。でも、そんなにこたえてないから、大丈夫。ははは。」

 笑い声が、まだ少し震えていた。

「先輩。よろしかったら、このあと、お食事でも行きませんか?いつもは先輩方に奢って頂いてばっかりですから、こんな時ぐらい、私が奢っちゃいますよ。ホテルのレストランなんですけど、シーフードパスタの美味しいお店を見つけたんです。先輩もきっと、元気が出ますよっ。」

 まさか、こんな展開になるとは思っていなかった矢崎は、嬉しい誤算で胸が高鳴った。
 これまでにも何度か、沢を二人だけの食事に誘ったことがあるのに、上手に断られてきた。それなのに、今日はなんと、沢夕菜の方から誘ってくるなんて。
 母性本能をくすぐるパターンだったか・・・。
 矢崎は、励ましてもらうという口実で食事に誘うパターンを、こと夕菜に関しては考えてこなかった自分に舌打ちした。
 捨てる女神あれば拾う女神ありだ。
 現金な矢崎の心は、すでに思いもよらないデートのチャンスに、踊り始めていた。

。。。

「さすが、育ちがいいと、お酒の飲み方も優雅ですね。憧れちゃう。」

 ホテルのイタリアンレストランで、白ワインを傾けながら矢崎慎二が照れ笑いを浮かべる。
 ワインのウンチクならばお手の物だ。
 可愛い後輩とテーブルを挟んで、気の利いた味のスパゲティ・ペスカトーレをつつく。
 誉められて、やっと高い自尊心を回復しつつある矢崎は、ご機嫌でグラスのワインを飲み干した。

「しかし、主任だって出張帰りに、体調不良だって言って二日も休んでたのに、今日の言い方はないよな。やっぱり、最近活躍しすぎて、ちょっと天狗になってるのかな?」

「ウフフ。やっぱり先輩、清岡主任のこと、怒ってますね。そりゃーそうですよね。みんなの前で、あんなに叱られたんですもの。」

 ウェイターがグラスにワインを注ぐ。
 矢崎は早いペースでグラスをあおった。
 夕菜に言われて、夕方の悪夢が思い出される。またムカムカと、怒りがこみ上げてきた。

「彼女は、最近雑誌の取材を受けたりして、顔で今のポジションにいるんじゃないかって思われるのが嫌で、無理にでも仕事で結果を出そうと必死なのかもしれないね。僕だって、言おうと思えばいくらでも言い返せたけど、彼女の上司としての体面を尊重して、あえて言い返さなかったんだ。本当だよ。」

「わー、先輩すごい余裕ですね。必死すぎの清岡主任とは違って、器が大きいんだ。」

 嬉しくて、矢崎の鼻がピクピクとふくらむ。
 後輩の目には、自分の方が、あの女よりも良く映っているかもしれない。
 そう思うと、椅子ごと舞い上がっていきそうなぐらい気分がよかった。
 ワインを飲んで、少し目の潤んだ夕菜は、なんだかいつもよりセクシーに見えた。
 その夕菜が、テーブルに両手をついて、チャーミングな顔を矢崎にグッと近づけてくる。

「先輩。でも清岡主任。美人ですよね・・・。・・・ところで今夜、このホテルの部屋を借りてるんです。絶対先輩に喜んでもらえると思う、プレゼントがあるんですけど、ついてきてもらえます?」

 新人の沢夕菜の顔に、迫力が滲み出た。
 矢崎慎二はゴクリと生唾を飲み込む。
 ホテルの部屋・・・。夕菜と部屋に行く・・・プレゼント。
 矢崎は一度で良いところを、小さく何度も頷いていた。

。。。

 24階のスイートルームに入っていこうとする沢を、止めることも出来ずに、戸惑いながら矢崎が追いかけた。
 一流ホテルの最上階にあるスイートルームなんて、お坊ちゃん育ちの矢崎だって伯父一家や家族との旅行の時ぐらいにしか使わない。
 沢にせかされて、厚い絨毯がしきつめられた、間接照明で照らされている部屋の中に入ると、矢崎は驚きの光景を目の当たりにした。
 部屋の中にはなんと、さきほど矢崎を烈火のごとく叱責した、清岡主任が待っていた。
 気の弱い矢崎は思わず目をそらす。
 しかし、すぐに彼女に視線を戻した。戻さざるを得なかった。
 清岡晃子主任は、なぜか下着姿で部屋の中央、絨毯の上に正座していたのだ。

「へっ、主任?どうしたんですか・・・そんな格好で。」

「今夜は・・・、矢崎様に先ほどの失礼を、体で謝りたくて。お待ちしておりました。」

 先ほどとはうってかわって、丁寧で、どこか艶かしい、溜息混じりの声を出しながら、清岡晃子が立ち上がる。
 紫色のレースの下着は、ブラジャーのカップの部分と、パンティーの股間の部分が、完全なシースルーになっていて、綺麗な色の乳首と、押し込められたアンダーヘアーが、すっかり丸見えになっていた。
 いまどき珍しい、ガーターベルトとストッキングをまとったランジェリー姿の清岡が、モデルのように歩いて、矢崎に迫ってくる。
 背後でドアを閉じた沢が、自慢げに矢崎の耳元で囁く。

「さっきの恨みを、清岡主任自身に、たっぷりぶつけちゃえばいいんですよ。これが私からのプ・レ・ゼ・ン・ト。今夜はこのスーパー美女、私たちの上司を、先輩の好きにさせてあげちゃいます。ウフフ・・・。」

 ムッと甘い香水がふられた、きめの細かい肌。
 起伏の豊かなボディラインが、矢崎の体に触れた。
 まだ腰が引けている矢崎の足元に、四つん這いになって晃子が足に絡みつく。
 ペットのように足元に這いつくばる晃子。
 普段の洗練された物腰からは想像もつかない姿。
 矢崎の鼻息が、いっそう激しくなった。

「矢崎様、晃子が愚かでした。何故わたくし、今日はあれほど感情的に矢崎様をののしってしまったのか、わかりません。どんなことでもして、償わせて頂きたいと思いますので、なんなりとご命令下さい。」

 矢崎は、上司の変貌振りに股間が熱く硬直するのを感じながらも、理性を懸命に働かせて、沢夕菜の様子を伺った。
 一体何が起こっているのか、検討もつかない。

 沢夕菜は、全て理解していると言わんばかりに、自身を持って頷いた。

「ウフフ。清岡主任、私が調教しちゃいました。どうやったかは、後から先輩にも教えてあげますから、まずはやるべきことから始めましょう。先輩。主任を二人でお仕置きしちゃいましょっ。」

 沢が明るく言うと、足元の清岡晃子は震え上がった。
 四つん這いのまま、二、三歩、沢から離れていこうとする。

「あ・き・こ・ちゃんっ、お仕置きの時間ですよ。矢崎先輩に、罰を受ける姿をしっかり見てもらいましょうね。」

「は、はいっ。」

 逃げそこなった晃子が、立ち上がって「気をつけ」の姿勢になる。
 許しを請うような視線を慎二と夕菜に向けながら、晃子はゆっくりとレースのブラジャーを外し、パンティーを下ろした。
 ガーターベルトとストッキングだけの刺激的な姿になる。
 スタイルのいい彼女はまるで、洋物のピンナップに写ったプレイメイトのようだった。
 矢崎慎二の興奮をよそに、晃子は夕菜に背を向けて、両足を肩幅ほどに開き、腰を折って両手で膝を持つと、馬跳びの台のような姿勢になった。
 夕菜は部屋の端、デスクの上においてあったビニール袋から、カラフルなパックを取り出す。

「じゃじゃーん。広原女子寮名物、清岡晃子主任のお尻花火です。矢崎先輩をイジメた罰です。しっかり見ててくださいね。」

 矢崎が、下を向く晃子の、重力で下にさがった乳房を凝視している間、夕菜がごそごそと晃子の背後で手を動かす。一瞬、晃子がビクッと体を震わせた。
 夕菜が微笑むと、チャッカマンが使われる、乾いた金属音がする。
 シューッと音がして、あたりが緑の光に包まれた。

「キャッ、熱いっ、怖いっ、・・・・イヤッ」

 たまらず晃子が、部屋の中を跳ね回った。
 美しい裸体とセクシーなガーターベルト。大人の魅力を放つ清岡晃子が、尻には花火をさして、走り回る。
 そのアンバランスな姿が、かえって滑稽味を増していた。
 緑色の火花が時に彼女の尻やふくらはぎに落ちると、晃子は身をくねらせ、足を跳ね上げて暑さに耐える。
 矢崎たちの上司の、職場での颯爽とした仕事振りとは大違いの、惨めな裸踊りだった。
 夕菜は手を打って笑い転げる。
 矢崎も、これほど意外なものを見せられると、晃子が完全に夕菜の言いなりになっているということを、信じるしかなくなった。

 シューゥゥッと、花火が最後の火花を散らして、終わる。
 少しでも火を遠ざけようと、尻を突き出して、左右に振って走り回っていた晃子が、やっと安堵したように立ち尽くした。

「ここは喫煙可のお部屋だから、火災報知器が作動しなくてよかったわね。こんなことやってるところに、人に踏み込まれたら、晃子主任のキャリアも終わっちゃうもんね。さ、次はどんな花火にしよっか?」

「もう、勘弁して下さい。矢崎様、夕菜様、晃子を許してください。」

 晃子が弱々しい目で許しを請う。
 夕菜は彼女に近づくと無遠慮に、晃子の股間に指を入れた。

「ウフフ。矢崎先輩、見てください。主任ったら、こんなに嫌がってる振りしながら、こんなに感じて、濡れちゃってるんですよ。どんなことをやらされても、私たちの命令に従うとすっごく興奮する体になっちゃったんです。どんなに嫌がる素振りを見せても、ほんとのところ、こっちはヌレヌレ。マゾ奴隷になるように、躾けちゃいましたから。遠慮なくお仕置きしちゃっていいんですよ。ほら、先輩に見てもらいなさい。」

 晃子が頷いて、慎二の前に来る。
 走り回ったせいで汗ばんだ彼女の体からは、さきほどよりも強く、女の匂いが漂っていた。
 まだ荒い呼吸を整えながら、晃子が矢崎の手をとって、自分の股間を触らせる。

「矢崎様、晃子はあんな醜態を晒しながらも、興奮でアソコをビショビショにするような、変態マゾ奴隷になってしまいました。どうか、こんな晃子を可愛がって下さい。」

 熱く濡れそぼった股間に、両手を沿わせた彼女が自ら矢崎の指を導く。
 陰毛を掻き分けて、矢崎は思わず晃子の秘部をまさぐった。
 花も実もある、やり手キャリアウーマンの、秘密の部分を自由に触っている。
 つい数時間前に自分を、木っ端微塵に論破した生意気な女が、自分が指を埋めるままに身をよじり、喘いでいる。
 たっぷりと溢れ出ている雌の蜜を感じて、矢崎はやっと自信を持った。
 自分の部下たちの前で、一人裸でかしずいて、お仕置きと称して尻に花火を突っ込まれて喜んでいる。
 否定しようがない。清岡晃子主任は、ドMの変態女なんだ。
 一度打ち砕かれた矢崎の自尊心が、急速に高まっていく。
 同時に、嗜虐的な興奮が、彼を昂ぶらせた。

 肉の襞と熱い穴を探り当て、遠慮なく指を埋めていく。
 ハァっと息を吸い込み、晃子がのけぞるが、一切を受け入れている。
 我慢できなくなった矢崎は、勢いよく晃子の乳房に吸いついた。
 大きな乳房が変形し、ピンク色の乳首が伸びてしまうほどに強く吸い上げる。
 彼女の下の穴は、すでに矢崎の指を二本、根元までくわえ込んでいる。
 プツプツと小さな凹凸のある粘膜が、内部で矢崎の指を包み込む。
 彼は左手で尻の肉を強く握り締め、右手は手首まで濡れながら、晃子の大切な穴を責め、口いっぱいに乳房を吸う。
 晃子は首をふって悶えながら、両手でゆっくりと矢崎のベルトを外していく。

 夕菜はその光景を見ながら、保護者のように微笑んで何度も頷いている。

「いい調子よ、主任。今日はじゃあ、1時間30分フルコース。得意のアナル舐めを後半に持ってきて、全体で3回ぐらいイってもらうイメージで進めなさい。いいわね。」

 コクリと頷いた晃子が、矢崎に体を嬲らせるままに、ゆっくりと彼をベッドのある部屋へと誘導していく。
 アソコを弄くられて愛液を垂れ流しながら、乳房を強く吸われながら、晃子はキングサイズのベッドにその身を滑り込ませた。
 寝返りをうって矢崎の上に馬乗りになると、彼のシャツのボタンを一つずつ外していき、露出した乳首に下を伸ばす。トランクスごとズボンを下ろすと、小ぶりのペニスがピョコンとはじき上げられた。
 突然激しくディープキスを始める。矢崎と晃子の舌が、別個の生き物のように絡み合う。
 同時に彼の睾丸を片手で弄ぶ彼女。
 既に熟練の商売女のように、何も考えずにも体が男を喜ばせるための動きを同時並行で行なえるようになっていた。

 予想外のテクニックに、矢崎がのけぞる。女遊びは人並み以上にしてきたつもりだったが、これほど極上の美女の、躊躇のない奉仕には滅多にあったことがない。
 ましてや相手が、職場の直属の上司だと思うと、興奮の火に油が注がれる思いだった。

 長いディープキスが終わると、くすぐるように焦らすように、晃子が矢崎の胸もとを、脇の下を、脇腹を、へそを舐めまわす。
 やがて彼のこぶりのペニスを、可憐な口で咥え込んだ。
 たっぷりの唾液をペニスにたらしながら、温かく柔らかい口内で矢崎のモノを愛撫する。
 既に矢崎は、イク寸前になっていた。

「う、うわっ。イクっ。」

 上目遣いで矢崎を見た晃子が、嬉しそうに恭しく頷く。
 特にペニスの裏筋を強く刺激しながら。髪を振り乱して激しく頭を振る。
 急に過激さを増した、美人上司の濃厚なフェラチオに、矢崎はすぐに降参してしまった。

「うっ、出るっ。あっ、あっ、・・・」

 熱い粘液を断続的に晃子の口に出した。
 少し彼女の口から溢れ出した精液が、唇の端から垂れる。
 天を仰いだ彼女が、幸せそうにゴクリと喉を鳴らして、粘性の精液を嚥下した。

「はぁ・・・、嬉しい。矢崎様のザーメン。ずっと飲みたくて、ウズウズしていたんです。」

 立ち上がった晃子が、ガーターベルトに手をかけて、外していく。
 矢崎から目を離さずに、艶かしくストッキングを脱いでいく。
 丸まって足首から外れたストッキングが、絨毯に転がる。
 ゆっくりと全裸になりながら、舌を出して口の周りにはみ出た精液を舐め取る彼女。
 妖艶とも言える、晃子の迫力に、矢崎は圧倒された。

「んーっと、この感じだと、4回イッてもらっても、1時間で済んじゃうかな?」

 沢夕菜が、少し不安げにつぶやいた。

「ご覧下さい、矢崎様。晃子の裸です。時々、私の胸もとを覗いたり、脚をずっと見ていたり、していらっしゃいますよね?ここにあるのが、その中身です。心いくまで、ご覧になって、味わって下さいませ。」

 晃子が高揚した顔つきで話す。
 彼女の体は、まさにゴージャスで華やかだった。
 メリハリのある隆起は、重力や人間の体の惰性に逆らうように、若さを、そして磨かれた女を表現していた。
 見ているだけで、いま果てたばかりの矢崎のモノが、ムクムクと起き上がってくる。

 嬉しそうに晃子が、仰向けの矢崎の体に跨って馬乗りになる。
 腰の角度を調節して、矢崎のペニスをヴァギナに入れ込もうとする。

「あっ、あの、生でヤッちゃって、大丈夫?」

 矢崎が躊躇する。所詮、自分の体面と保身が一番大切な矢崎慎二にとっては、妊娠騒ぎはタブーだった。

「ご心配ご無用です。晃子は、いつでもどこでも、どなたにでも中出しして頂けるよう、ちゃんと毎日ピルを飲んでおります。」

「そうそう。ゴムはご無用ですってね。ウフッ。先輩、遠慮なんか要りませんよ。会社での偉そうな態度は全部嘘の姿。本当の主任は、ご主人様たちの精を受け止める。ただのザーメン袋だと思ってください。」

 沢夕菜が、興奮気味に演説する。
 若いのに駄洒落好きとは・・・、矢崎は後輩の意外な一面を見たような気がした。

 膣口が矢崎のモノを根元まで咥え込む。
 淫らな結合を遂げた晃子は、少し円を描くように腰をくねらせながら、上下運動を始めた。
 キツイ締めつけに、矢崎が満足の溜息を漏らす。
 大きな胸を揺らしながら、尻肉をピタピタと矢崎の腰に打ちつけながら、晃子は騎乗位で激しく上下した。
 黒目がだんだんと、上を向く。だらしのない笑みが漏れ、美形の顔がウットリと快感に緩んだ。
 しまりのある、落ち着いた物腰はどこにいってしまったのだろうか。
 性的快感を貪るように腰をピストンさせる今の晃子は、発情しきった一匹の牝でしかなかった。

 生殖器を擦り合わせて、二人の男女がよがり、悶える。
 激しい振動に高級ベッドもわずかにきしんだ。
 だんだんと、晃子の喘ぎ声も、矢崎の呼吸も、トーンを上げていく。
 夕菜は手首の腕時計を見ながら、心配そうに呟く。

「うわーっ、これじゃ。4回でも45分で終わっちゃうかも・・・。予定が狂っちゃうよ~。」

。。。

「北峰さん・・・。何か、手がかりになるものがヒットしたかもしれません。確認してもらえますか?」

 夜の警視庁公安部、情報管理ブースで、キーボードから手を離して、背もたれに寄りかかった芳野渚が呟いた。

「えぇっ?そんなに早くは、大したもの見つからないんじゃないですか?まだ僕、『ウイルス』、と『新種』それから『計画』でヒットしたものを洗ってる途中ですよ。」

 北峰が怪訝そうに芳野のモニターに近づくと、そこにはスキャンされた、走り書きのメモがスキャンされて表示されていた。

 『新ビールス、エムシー エー 1にウメゾノが興味。
 スワからの連絡待ち。しかしなぜ今?』

 研究ノートの右端に、慌てて書かれたような、読みにくい走り書き。
 沈黙する二人の様子を見て、パイプ椅子に前後逆の姿勢で座り込んで、背もたれに寄りかかっていた芹沢も、ブースに入ってきてモニターを覗き込む。

「エムシー エー 1・・・。ウイルスの名前だと考えていいか?」

「その・・・ようですね。なんでこれまで本部の調査から漏れたんだろう・・・、あ、『ビールス』・・・。ウイルス、ウィルス、ヴァイラス、Virusって単語では検索されてたかもしれないけど、ビールスっていうのは、漏れてたのかもしれないな。」

 北峰が、モニターを興味深く見つめながら、呟く。
 芳野は丁寧にノートに書き取っていた。

「ビールスってのは、なんか、古い言い方というか、漫画や小説で出てきそうな呼び方だよな。確かに、本職の研究者が、こんな呼び方をするとは、思いつかないわな。」

「ウイルスという呼称は、ラテン語の発音に近い呼び方です。1953年に日本ウイルス学会が設立されて以来、この呼び方が浸透しましたが、当初、日本医学会はドイツ語の発音に近い、『ビールス』という呼称を用いていました。60年代半ばからはウイルスでほぼ一本化されて定着しましたが、50年代に医学を修めた医師の間では、まだまれに、ビールスという古い呼称が無意識に口に出ることがあります。」

「ほーん・・。50年代に医学を・・・。そんなこと、よく思いついたもんだな。」

「樋口は・・・、かつて北九州医科大で講師をしていました。2000年代初めにも、客員教授として講座を持ったことがあるはずです。」

 ノートを取りながら、返答する芳野。
 芹沢はその芳野から、しばらく目を離さずにいた。

「凄いですよ、芳野さん。公安でも立派にやっていけるような、見事なネタヌキじゃないですか。」

 北峰が、嬉しそうに芹沢を見る。
 芳野のことが気に入っている北峰は、少しでも芹沢の、芳野に対する評価を上げてやりたいらしい。
 だが芹沢は、構わず北峰に質問を投げかける。

「ウメゾノってのは、梅園製薬のことか?そのノートは、いつ頃に作られてるんだ。すぐ出るか?」

 北峰が慌てて、キーボードに打ち込む。

「は・・、はい。この研究ノートは・・・えっと、2007年後半の実験報告が書かれてるから、まだ半年ちょっと前のものかな?」

 芹沢は頭を掻きむしりながら、狭いブースの中を歩き回る。

「おかしいじゃねえか。今日、重野が言ってた通りだとすると、諏訪岳人って助手とは、2年前に切れてたはずなんだろ?なぜ梅園製薬と樋口が、諏訪を介してやりとりしてんだ?
 これは・・・、臭いな。北峰、さっきのノート、印刷して出しといてくれ。
 俺は都筑さんと他の連中に連絡する。諏訪と梅園製薬を洗うんだ。」

 ブースを早足で出た芹沢が、携帯を取り出して話し込む。
 北峰は元の画面に戻って印刷指示をかける。
 捜査が、一歩前に進もうとしている。
 そう感じた芳野の、ノートを取る筆圧が上がった。
 芳野渚分析官が今日始まった捜査活動で、初めて感じた手応えだった。

。。。

「うぁあああぁあ・・・、なんだこれ?変なの。」

 キングサイズのベッドで四つん這いになった矢崎が、晃子のアナルを責める舌遣いに痺れたような声を出す。
 何度やらせても、晃子のアナル舐めは不思議な感覚の快感をもたらす。
 半日前に矢崎を罵った、同じ舌が今は彼の肛門を掃除していると思うとまたいっそう痛快な思いがする。

 沢夕菜は、椅子に腰を下ろしたまま、腕時計をチラチラと見て、時間を気にしていた。
 予定よりずいぶん早い、40分コースで既に4回も果ててしまった矢崎を見て、時間を延ばすためにもう30分も、晃子に添い寝をさせたり、マッサージをさせたりと、追加の命令を出してきた。
 もう少しで、「組織の方」が来る時間だ。
 アナリスト晃子のアナル舐めサービスが終わる頃には、約束の時間が来ているだろう。

「あぁっ、ざまあ見ろだよ。晃子。今度僕のことを悪く言ったら、トイレ行ったあとで、ろくに尻も拭かずに舐めさせるからな?」

「はひ・・・、なんなりと、ご命令くだひゃい。」

 晃子は、舌を休めずに矢崎の腹いせの言葉を受け止める。
 奴隷としての奉仕の喜びに浸りきってしまっている晃子にとっては、部下の下品な遠吠えすら、被虐的な歓喜を強める、発火剤のように感じる。

 下半身が蕩けるような思いで顔を枕に埋めた矢崎は、不意にスイートルームのドアを3回ノックする音を聞いた。

「はい・・・、あ、お早いお着きで。」

 沢がリビングルームへ駆けていって、ドアを開ける。

 え?出ちゃうの?

 矢崎は沢の意外な反応に驚いて、振り返った。
 なおも尻を舐め続けようとする晃子を、足で押しやって、体をシーツで隠す。
 ベッドルームに、沢のあとを追って、黒いスーツ姿の男が入ってきた。
 7:3分けの黒々とした髪。比較的端正な顔立ちの、穏やかな表情の男。
 官僚か・・・大企業の若手幹部?
 さすがに銀行員の端くれである矢崎は、男の雰囲気からおぼろげながらも身元を推測した。

「突然、お楽しみのところを失礼します。烏丸と申します。ある組織・・・、まぁ、自分たちでは仮に、『リヴァイアサン』と呼んでいる組織から参りました。その名の通り、映画に出てくる、悪の秘密結社とでも思って頂ければ、そう遠く外れてはいません。」

「な・・・、何が目的だ?僕は何にも、悪いことはやっていないぞっ。全部合意の上の・・・。」

「まあ落ち着いて。貴方もビジネスマンでしょう?穏やかに、ビジネスの話をしませんか?」

 烏丸の慇懃な言い方はしかし、一切相手の異論を受け付けないようなニュアンスがあった。
 さっきまで沢が座っていた椅子に腰を下ろして、足を組む。
 冷血な目が、物でも値踏みするかのように、矢崎を見透かしていた。

「ビジネス?どういうことだ?預金でもしたいんですか?」

「そこに転がっている、貴方の上司。清岡晃子さん。たいそうな美人でしょ?仕事場での彼女を、好きにしてもらって結構。どんな命令でも聞きますよ。もちろん、早々にスキャンダルで退社させるのはもったいない。人にはバレないように、秘密裏にじっくり弄んでもらえばいい。」

「・・・条件は?」

 背中にしなだれかかってくる晃子を意識して、矢崎はまた気持ちが少し昂ぶった。
 それを勘づかれないように必死に抑えながら、矢崎は冷静を装って烏丸に尋ねる。

「たいしたことじゃない。今週中にもう一度、この部屋で会いましょう。あなたの伯父さん、帝都銀行の矢崎常務と一緒に。」

 厳格な伯父の名前を出されて、矢崎は背筋に冷水をかけられたように息を止める。

「簡単です。大事な話があると言って呼び出してもらえば、あとは私たちが何とかする。貴方は伯父さんを私に引き合わせたあとは、晃子とアナルセックスでも楽しんでいればいい。我々のビジネスの話も、すぐ決着がつくと思います。・・・ま、あまり説明する必要もないか・・・。MC-A5はとっくに、貴方の全身に巣くっているはずだ。貴方は、私の言うことは、どんなことでも聞くようになる。それ以外は、普段どおり振舞う。」

 嫌な予感がして、矢崎慎二が立ち上がろうとする。
 立ちくらみがして、思わずベッドに手をついた。
 周りの景色が二重になって見える。1時間弱で4度もイってしまって、疲労困憊になっているだけかと思ったが、どうも様子がおかしい。
 恐ろしいことが起きているような気がするのだが、どこか現実感が薄く、這いつくばる自分を、遠くから冷静に見つめているような気がする。

「MC-A5は即効性に優れ、注意力低下や性格の穏和化などの副作用を生まない、直接的な洗脳ウイルスです。貴方の伯父さんも、私の申し出を断ることは出来なくなるでしょう。明後日、水曜日、矢崎常務は都内にいますね。何がなんでも、彼に相談する約束を取り付けて、ここの部屋に呼んできてください。それがこちらの依頼です。わかりましたか?」

「は・・い。わかりました。何でもします。」

 矢崎はベッドに両手をついたまま、深々と頭を下げた。

「素晴らしい。でも、このままではビジネスとしてはまだ一方的ですかね?他に貴方の望みでもあれば、たいがいのことは受け入れますが、何かありますか?正直に、自分の欲望を語ってください。」

 今の矢崎には、烏丸から言葉を投げかけられると、それに従うことしか考えられなかった。
 脳天にまるで氷の楔が痛みもなく打たれてしまったかのように、心の自由を失っていた。
 烏丸が言うのだから、正直に、自分の欲望を語らなければ・・・。

「晃子を・・・、職場でヒイヒイ泣くまで犯したい・・・。あと・・・。」

「あと?」

 矢崎は、烏丸の隣に控えている、沢夕菜を見た。

「沢も欲しい。得意げに晃子にお仕置きをしていた彼女が、晃子と一緒にお仕置きをされるところが見たい。」

 沢がギクッと肩をすくめる。

「え・・・嘘。 烏丸様、私あの、全部言われたとおりやりましたし、それに、矢崎先輩のことも考えて、こうやってわざわざ・・・。」

「夕菜・・・。我侭を言うと、諏訪君に言いつけるぞ。取引なんだからしかたがない。矢崎君の言うとおりにしなさい。」

 3分後、部屋に全裸の美女が2人に増え、カラフルな火花を噴出させている花火を肛門に挿した二人が、キャアキャアと黄色い声を上げながら部屋中を駆け回った。

 時折ふりかかる火花に、晃子は悲鳴をあげつつもウットリとした反応を見せる。
 しかし、マゾになるように言われていない夕菜にとっては熱いだけ、怖いだけ、恥かしいだけの状態。ベソをかきながら跳ね回った。

「エ~ン、先輩のことも思って、頑張ったのにー。お食事誘ってあげたのにー。バカ~ッ。」

 情けない声をあげて両足でピョンピョン飛び跳ねながら、少しでも火花から逃げようと必死に尻を振る夕菜。
 矢崎は若干の罪悪感を感じながらも、若くてプリプリした夕菜の裸が揺れ動くのを、ギラついた目で凝視していた。

 烏丸が後にしたスイートルームは、ドアと絨毯の隙間からカラフルな光がチカチカと漏れていた。
 このあとこの隙間からは、レズビアンと化した乙女達のあられもない嬌声が漏れてくることとなる。

。。。

「あの、芹沢さん。私、本当に、もっと調査のお手伝い、出来ましたけど。今はまだ北峯さんも働いてましたし・・・。」

 芹沢が運転するコロナの助手席に座っている芳野は、気が進まない様子で尋ねた。
 芹沢は捜査初日ということで、比較的早い時間帯に、芳野を、板倉が手配したマンションに送り届けようとしている。

「焦ってあれもこれも手を出す必要はない。先生には明日からの製薬会社回りに同行してもらわなきゃならん。今日はゆっくり休めばいいよ。ほら、ずっと横を向いてると、また酔うぜ。」

 芳野が緊張した面持ちで、90度体の向きを変えて、進行方向を向く。
 芳野の機械的な動きに、芹沢が小さく吹き出した。

 いつのにか降り始めた雨が、フロントガラスに水滴をばら撒く。
 ワイパーが、無機質に弧を描き始めた。
 繰り返されるワイパー音を聞きながら、芳野はしばらく悩んだ末、思い切って芹沢に尋ねる。
 無意識に拳をギュッと握り締めていた。

「あの・・・、芹沢警部補。警察病院の、樋口の容態を確認しに行くことは出来ないんですか?もし、意識を回復したら・・・。事件の全容や解決策を、直接尋問することが出来ると思いますし。まだ意識不明でも、彼の身の回りの所持品等から・・・。」

「焦るな。・・・今、アンタが派手な動きをするのは、あまりよろしくない。」

 ウィンカーを出して左折しながら、前を向いたままの芹沢が答える。
 芳野が怪訝な顔をした。
 いぶかしげに芹沢を凝視する芳野に対して、やっと芹沢が顔を向けて話した。

「公安警察を舐めてもらったら困るぜ、芳野先生。ついさっき、ちょっと変な感じがしたんで、知り合いに調べさせたら、すぐに結果が出たよ。アンタ、修士号も学部卒も京大になってるが、大学時代に1年間、北九州医科大の樋口研究室に学外研究生として在籍してるな。」

 芳野の呼吸が止まった。
 芹沢が、つまらなそうに正面を向いて運転を続ける。

「板倉さんの意図がやっと読めたよ。捜査の協力者を科警研から呼び寄せた振りをして、事件の参考人を手許に確保しておく・・・。どっちに転んでも使える・・・。狸親父の考えそうなことだ。」

 断続的に繰り返される、ワイパーの作動音。時々点けられる、方向指示器の音。
 それらの音が逆に、車内の沈黙を際立たせているようだった。
 長い沈黙を、芹沢の呟くような低音が破る。

「とにかく、アンタが無茶に跳ね回ると、うちのメンバーにも、統合対策本部の連中にも、アンタの事情がばれることになる。深く潜るんだ。水底で動き回っても、水面には波一つたたないぐらい深く。それが公安の捜査だ。」

「あの・・・なぜ、私にそんなことを言うんですか?」

 ハンドルから左手を離した芹沢が、ポリポリとこめかみを掻いた。

「今の一件でもわかるとおり、うちの連中は煮ても焼いても食えない野郎ばっかりだ。捜査のパートナーとぐらいは、腹の底から打ち明けられないと、背中は任せられない。アンタが俺を好きか嫌いかは別問題だ。俺には全てを打ち明けてくれるようでないと・・・。ここで降りてもらうしかない。」

 方向指示器の音かと思っていたら、鳴っていたのはハザードランプの作動音だった。
 車は、道路脇に止められていた。

 しばらく俯いていた芳野が、やがて決心をしたかのように、思いつめた目で芹沢の目を見据えた。

「樋口先生とは、学部生の頃に1年、お世話になりましたが、彼が客員教授を辞めたので、京大に戻りました。それ以降は連絡はとっていませんでした。例の盗用事件以来、当時の研究室メンバーとも音信普通だったようです。あの事件以降、私たち彼の元教え子の何人かは、この世界で研究を続けるために、彼に教わっていた経歴を隠してきました。それなのに、・・・それどころか、彼が危険なウイルスをばら撒いただなんて、事実だとしたら、絶対に許せない。彼の落とし前は、警察技官になった私がつけたい。そう思って、今回の板倉管理官殿の要請をお受けしました。」

 芹沢の両目を、芳野の目がまっすぐ射抜く。
 面倒くさそうに、芹沢は、停車していた車を再発進させた。

「ま、・・・全てはこれからの捜査だ。今の時点から、あれこれ決めつける必要はないさ。今日は、ゆっくり休んでくださいな。明日からは突貫工事ですからね。」

 水煙を上げて、グレーのセダンが加速していった。

< 第6話に続く >

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