氷河期の微熱

24。これまで、佐山美沙が受けた面接の数である。0。今までに美沙の取った内定の数だ。あまり履きなれない靴の中で、靴擦れしている左足に小さな痛みを感じながら、美沙はオフィス街から地下鉄の駅へと向かっていた。その歩き方は、まさに「トボトボ」という表現がぴったりくるものだった。

一浪して名の知れた私立の四大に合格し、努力は報われるんだと喜んだのは、わずか三年ほど前のことだ。まさかその努力が、今こうして自分の就職活動のハンディになろうとは。女子、四大、文系、一浪、一人暮らし、学生時代には不利な条件でもなんでもなかったことが、今は彼女の両肩に重くのしかかっていた。なぜ、他人より努力をして、上を目指した元浪人生が、会社から見て、採りたくない人材なのか、純粋にわからない。一人暮らしがどう、悪いことなのか、面接官に説明して欲しいものだ。

春までに、資料請求をした会社は100社以上だが、返事をくれた会社は半分以下。書類審査を通った会社はその半分以下だった。その時点で美沙の中から余裕は消え、あせりが生まれた。そして今日に至るまで、あせりは毎日大きくなってきている。一般職を志望した友人は、既に学内選考を終え、内定をほぼ手にしている。ゼミの男友達は、ほとんど内定を取っている。美沙は、総合職として勤めたい。もはや、業種にはこだわっていないから、とにかく内定を・・・。入社するのはどの道、一社だ。一つだけでいいから、なんとか内定を。

今日の面接の反省点を考えながら、理想的な答えをぶつぶつ呟きながら歩いていて、美沙はふと、喉に渇きを覚えた。冷たいウーロン茶でも飲んで、気分転換しようと、自動販売機を探した。すると、大通りの脇の、人通りの少ない道に、ジュースやタバコの自動販売機が並んでいる一角があるのを見つけた。

バッグから財布を出そうとしていた手をふと止める。スピード写真が設置されている。オフィス街では、何かと急用で証明写真が必要になることがあるのかもしれない。「山瀬精工(株)」と表示されている。あまり見聞きしたことのない会社だ。

写真、写真・・・、と美沙は記憶をたどる。なぜこのスピード写真が気になったんだろうか、確か写真が必要だったような・・・。そうだ、履歴書だ。すぐに思い出した。この調子だと、さらに沢山の会社を受けなければならなくなる。卒業見込み証明書や、成績証明書などの、大学の教務に申請しなければならない書類のことは考えていたが、自分で書くだけの、履歴書のことは、ついつい後回しにしてしまいがちだ。以前地元の写真屋で撮ってもらった証明写真もそろそろ足りなくなっていたはずだ。

ふと美沙は思案してみた。前の写真のネガは当然とっておいてある。それを焼き増ししてもらってもいい訳だが。今の段階で、その写真を貼った履歴書がよい結果をもたらしてくれていないことは確かだ。もちろん写真のせいではないだろうが・・・、ここは一つ、縁起をかついで、ここで撮った、違う写真を使ってみるのも面白いかもしれない。

そんな馬鹿な、ともう一人の自分、おそらく常識的な方、が引き止める。プロの写真屋さんに撮ってもらった写真の方がこんなスピード写真よりも映りがいいに決まっている。それに、面接を終えて、一日の最後の疲れた顔で写真を撮ったってしょうがない。せめて家でファンデーションでも直してからの方がよっぽどいい。

それでも・・・と半分やけになっている方の自分は譲らない。モノはためしだ。ここで撮った写真を使わなければならないということはない。履歴書に貼る写真候補が多ければ、より良いものを選ぶことが出来る。そう、「選ぶ」ということが大切なんだ。会社に選ばれるのでなく、私が会社を選ぶ!きっといい気分転換になるはず。

本来は証明写真よりは、志望動機や学生生活の中で自分がやってきたことなどをもっとしっかりと推敲すべきなのだろうが、状況が行き詰まるほど、枝葉末節にこだわってしまう。自分という人間を客観的かつ前向きに、人とは違う形で分析して、企業人に好感をもたれる程度にアピールする。そんなことに頭を悩ますよりは、どの写真に自分がより可愛く映っているかを考えていたほうが、よっぽど楽しいし、慣れている。様々な言い訳を自分に対してしながらも、結局美沙がスピード写真を撮ってみることにしたのは、遊び半分で息抜きがしたかったからだ。

黒く分厚いカーテンをめくると、写真機の中は、予想よりもひんやりとしていた。喫茶店のバイトの面接を受ける前に、一度だけスピード写真を使ったことはあったが、撮影の段取りはあまり覚えていなかった。写真の枠を調節し、撮影ボタンを押して5秒後にシャッターが切られる。写真は6分割で現像されて、外の取り出し口へ。前に撮ったことのあるスピード写真と、ほとんど同じ形式だ。

自分でそれなりに練習した笑顔を作り、フラッシュが焚かれるのを待つ。機械が動いている時に出る、特有の超音波のような高い音が、キーンと美沙の耳を刺激した。フラッシュが焚かれる。この、写真のフラッシュが焚かれる瞬間というものが、いつも写される人間が予想するよりも一瞬遅れるような気がするのは彼女だけだろうか。無意識のうちに、被写体の人間は緊張してフラッシュを待つために、そのように感じるのだろうか。ぼんやりとあれこれ考えながら、彼女は写真が現像されるのを待つ。写真が外の取り出し口に出るのだが、意外に時間がかかることを、彼女は知っている。外で手持ち無沙汰に待つよりは、ひんやりとしている、中でもう少し待っていよう。

ヴーゥゥゥゥゥゥ ジジッ ジッ ジジッ。写真が少しずつ出されていく音がする。どんな風に映っているだろう、少しだけワクワクしながら、彼女はカーテンから顔を出し、外の世界のまぶしさに目を慣らしながら写真機から出た。

うーぅぅん、私ってこんなだったっけ?美沙は心なしか、渋い表情になってしまう。予想していた感じと、全然違うのだ。乙女心は複雑である。友人と集まった時にはやたら写真を撮るわりに、パスポート写真や、免許証の写真が気に入らないのと同様に、どうもこの写真には納得できない。顔のつくり自体は、実際に友人達に言われるように、モデルのような、大人っぽい美形だ。だが表情が硬すぎるし、目が怒っているように見える。その同じ表情が6分割でこちらを見ている。ちょっと嫌だ。・・・もう一回撮ってみようか?美沙は当初の一回きりの気分転換の予定を、あっさりと変更してしまった。どうせ一回500円だ、大した出費にはならない、SPI対策だの、一般常識問題集だの、一般教養問題集だの、エントリーシートの書き方100だの買わされたことと比べたら。服を何枚も試着するような、ささやかにゴージャスな気分で、二回目の撮影に入ることにした。

写真機の中は、先程と同じようにひんやりしていて心地よい。重低音とともに、画面を持った機械特有のあの高い音が少し前よりも大きくなっているようだが、不快感は感じない。さあ、さっきよりもいい、素敵なショットを・・・。美沙は肩を、一度思いっきりすくめた後、ゆっくり下ろし、なで肩にならないように、姿勢を調節した。あごを引かないと偉そうに映るが、引きすぎると、さっきの写真みたいに変な視線になってしまう。画面に映っている自分の目をみたい気がするが、昇天は、画面のバツ印に合わせなければ、ピントのあってない目になる。よくよく注意しながら、健康的な笑顔を・・・。

カシャッ!

フラッシュが焚かれた。伸ばしていた背筋を楽にして、ふうっと息をつく。暗く狭いこのスペースの中では、、フラッシュが相当な威力をもって美沙の網膜を刺激する。少し頭がくらくらするほどだ。現像を待つ間、ぼんやりとカーテンの下から覗く、アスファルトを見て、目を休める。静かな通りである。大通りの賑わいとはうってかわって、こうした少し奥まった場所には全く人通りがない。都会とは、こんなものだろうか。

ヴーゥゥゥゥゥゥ ジジッ ジッ ジジッ。

ふと気がつくと、もう写真が出されているようだ。美沙は外に出る。アスファルトを見ながらとりとめのないことを考えているうちに、一瞬だけ意識が跳んでいたらしい。今度の写真は前のよりはマシだろうと期待しながら、外に出る。

ふ~ん・・・。確かに、前の写真よりは良くはなっている。良くはなっているんだけど、もう一つ、といった感想だ。何かが違うのだが、一体なんだろう・・・。ふいに、頭の中でさっきのフラッシュがまた光ったかのように、閃いた。スーツを着慣れていないから、ぎこちないのだ。なんだか七五三の記念写真をとってもらっている男の子のような不自然な窮屈さと気張りが、全体からにじみでているではないか。

美沙が普段よく着る服は水色のデニムシャツなどの、比較的カジュアルな服だ。就職活動でよく着るようになったとはいえ、最近までスーツとはほぼ無縁の生活をしてきた彼女が、急にパリっと着こんで、人の目に付くような写真になるはずがないのかもしれない。

こうなったら持久戦だ。何枚も撮って、工夫を重ねて、徐々に見栄えがする写真に近づいていけばいい。そう思うと、美沙の体に力が湧いてきた。どうせ一回500円ではないか。試行錯誤を繰り返せるという点では、写真屋で撮ってもらうよりも、最終的に自分の納得いくものが得られそうだ。意気込んでカーテンをめくり、グレイのジャケットを脱いで見た。白い長袖のワイシャツはしっかりとアイロンがかけられている。椅子に腰掛けて画面を注意して見つめながら、第一ボタンを外してみた。

美沙は、はっと息を飲んだ。たったボタン一つで、驚くほど自分の印象が変わったような気がする。実際に何が変化したという訳でもないだろうが、すごく表情が柔らかくなったように感じられるではないか。

右手で、自分のあごのラインと首筋を、何とはなしに撫でてみた。自分のすっきりとしたあごのラインと、滑らかな曲線を描いている首筋は、襟元をゆったりとさせたほうが引き立つのかもしれない。機械の出す高音が、ラジオのチューニング中のように波をうって音の高さを微妙に変化させている。そんなことにはまるで気をやらずに、彼女は画面に映っている自分の姿と格闘していた。

ボタンを外していると、だらしなく見られるだろうか。今時、そんな堅いことを言う会社ばかりでもないのではないか。面接でも、元気よくしゃべるために、首が楽になっているのは大事ではないだろうか。第一、今の自分はさっきの二枚に映っていた自分よりも、よほど魅力的に見えるではないか。試しに、これで一枚撮ってみよう・・・。

カシャッ!!

これまでに増して、フラッシュが強烈だったような気がする。室内が真っ白に見えるほどの光がはじけた後数秒ほど、美沙が焦点の合わない目で放心してしまったほどだ。今度の写真は今までとは違うだろうという確信を胸に、現像されるを待ちわびる。

そう、これが本当の私。こんな爽やかな笑顔、書類審査なんて楽勝だ。この写真だけで、筆記も面接も免除で内定なんてことになっちゃったりして・・・。現金なものだ。ただ写真映りがよかっただけで、もう有頂天で、都合のよい空想にひたってしまった。確かに、この三枚目の写真では、元々美形の彼女がリラックスして微笑んでいて、そのままミスコンテストに提出しても良い結果が出そうなほどだった。この調子、きっと、もっといい写真が撮れるはず。胸の辺りが、かぁっと熱くなるように活気が満ち溢れてきた。

腰を下ろして、ぐっと画面に映った自分を見つめる。ボタンを外すのは効果があった。他に何か出来ることはないだろうか。・・・もう一つボタンを外す?馬鹿馬鹿しい。一個外してみて、よかったから、もう一個というのでは、あまりに単純すぎる。それでも・・・、他に思いつかなかったので、第二ボタンを外してみる。もっと良くなったではないか。きめの細かい肌がいかにもすべすべしている触感を画面からも伝えているようで・・・もう一個。白いブラジャーがシャツの間から現れた。うん、ぐっとセクシーになった。きちんとアイロン目のついた、真面目そうなワイシャツだからこそ、ブラが見えるまで襟元が開けられていると、ギャップでセクシーさが倍増する。

・・・セクシーさ?

ふと美沙は我に帰った。なんでセクシーさなど追求しているのだろう。私は今、就職活動に使う証明写真を撮っているのだ。全然セクシーである必要などない。むしろ、そういった写真は逆効果ではないか。自分の姿をよくよく見て、あきれてしまった。自宅でもない、このカーテン一枚で仕切られているだけの街中で、私は何をしているのだ。

自分の情けない姿を見ながら、瞬きを繰り返していて、美沙は思わず身を乗り出した。瞬きをしていると、ほんの一瞬だけ、画面に文字が見えたように思えたのだ。確認しようと自分の姿が映っている画面を穴の開くほど見つめたが、確認できない。ただ、ほんの少し、チカチカしているような気もするのだが・・・。

じっくりと見入っていた美沙の、こめかみから頬をたれた、汗が集中を途切れさせた。ふと、自分が汗ばんでいることに気づく。始めはひんやりとしていたこの中も、美沙が長い間いたために、温度が上がったのだろうか。肌にべっとりと貼りついてくるようなシャツを少しつまみあげて皮膚から離し、襟元から手で扇いで風を送る。気持ちいい。うっとりしながら扇ぎつつ、美沙は下腹部からゆっくりと登ってくるような、ある種の感情を頭で否定しようとしていた。このワイシャツを着ているのは、とても不快なのだ。機械の出す高音が、まるで不快感を煽っているようだ。自分で感じるほど、鼓動が明らかに速く、激しくなっている。なかなかふんぎりがつかない自分を、都会の中の異世界のようなこの空間が後押ししてくれているようだ。カーテンの向こう側には、人が近づくような気配すらしない。美沙は生唾を飲み込んで、飛び出しそうな心臓に気を使いつつ、ワイシャツのボタンを最後まで外し、両腕を袖から抜き取った。

そう、この肩。ほっそりとしていて華奢なこの肩から引き締まった手首までのラインが、自分の魅力の一つではないか。高校時代の部活の友人達も、彼女らの二の腕はたるむか、ムキムキになってしまうのに、私のだけ綺麗でずるい、と羨ましがったものだ。こうして、シャツなんて脱いでしまって初めて、私のプロポーションの良さが際立つのだ。一般の企業に水着審査があったとしたら、とっくに内定とれているかもしれないのに・・・。いつもの彼女が聞いたら、火がついたように怒って非難しそうなアイディアも、気持ちが大きくなっている今は自分から考えついてしまう。

理由も分からないが、何だか目が少し潤んできたような気がする。下も脱いでしまおうか、熱に冒されたような、もやもやした頭で考える。生理前でもないのに、この気分は一体なんだろう。パンストがさっきから、きつくて苦しいような気がしてならないし、もともと上半身しか写らないのに、スカートをはいているのが邪魔になってしょうがない気がするのだ。

どうしようかと、考えている間に、体のほうが行動を起こしていたといった感じだ。立ち上がって靴を放り出し、腰の留め金を外し、チャックを下ろす。後はスカートの落ちるに任せる。ふわっと落ちる際に、スカートが足を撫でていく感触が、背筋が震えるほど気持ちいい。パンストを脱ぐ時に左膝を抱えるように足を上げると、ふらふらしてしまう。酔ったように足下がおぼつかないのだ。椅子に腰掛けなおしてパンストを脱いだ。爽やかな風が内腿の間をぬけていくような感覚に、美沙はため息をついた。まるで、やっと皮膚呼吸できる、と足が言っているようだ。白いパンティーにシミができている。一日歩いて、心なしか少しばかりむくんでいる足を労わるように揉みさすってやると、シミは少し大きくなった。ふくらはぎから、太腿へ、上へ上へと手で愛撫してみる。画面に映っている自分の顔は、自分でないようだ。こんな艶っぽい表情が出来るとは、自分でも信じられないぐらいである。

もう美沙は、止まることが出来なかった。もどかしい手つきでブラのホックを外し、肩から抜き取ると、おわん形の綺麗な胸がこぼれ出る。すでに乳首は痒いほどに、痛いほどに、ツンと立っていた。また立って、パンティーも脱ごうとすると、シミのついていた部分が少しだけ体に貼りついて、淡い抵抗をした。髪とは違って、固くカールしている下の毛が、しっとりと熱く湿っている。身につけていたものを全て剥ぎ取った彼女の体には、若々しい健康美を誇るプロポーションには似つかわしくないほど、大人のいやらしさを感じさせる、紅潮と汗があった。

この姿、このあられもない姿こそ、面接官たちの視線を集めて離さない、究極の証明写真に相応しい姿だ。美沙は満ち足りた笑みで画面に見入った。ゆっくりと腰掛けて、自分の体を確かめる。写真の枠の中には、自分の胸全体が写らないのが少し不満だ。両手で乳房を少し持ち上げてみる。かなりよくなった。この姿勢で一枚撮ろう。撮影のボタンを押して待つ。

カシャッッ!!!

今までで一番強いフラッシュを浴びて、美沙は体が一瞬痙攣したように感じた。足の裏がそって、背筋が強く伸びる。意識が一度バラバラになってから、また戻ってきたようだ。手で股をさぐって、何が起こったか気がついた。

これは・・・オルガズムだ。恥ずかしい格好で写真を撮ると、私、イっちゃうんだ。そう理解してすぐに、彼女は次のポーズに移って、もう一枚撮ることにした。もはや現像されて外で待っているだろう写真を見に行く気にもならない。もっと凄いフラッシュを、もっと凄い快感を、と、夢中になって小さな椅子の上に登って、バランスをとりながらポーズをとるのだった。頭に響く、高い機械音が心地よい。人の喋っているのを早回しにしているようにも聞こえる。もうすぐシャッターが切られる。

その後4枚ほど撮っただろうか、夢とも現実ともつかぬ眼差しで、画面の反対を向いて尻を突き上げ、秘部も尻の穴も曝け出して、次の写真の準備をしている時、美沙はカーテンの下から見えるアスファルトの部分に男物の靴が見えることに気がついた。カーテンが揺れて、今、めくられようとしている!

ほぼ一瞬のことだったが、美沙には相当長い時間だったように感じられた。まず彼女は突然、我に帰り、次に自分の状態を理解して愕然とした。その後で狼狽し、服を拾って体を隠そうとしたが、カーテンがめくられるまでにそれは間に合わないと予測した。最後に彼女は、自分が撮リ続けた写真は全て外の取り出し口に出ており、おそらく外の男に見られていることに気づいて絶望した。そしてカーテンはめくられ、作業服のような青い制服に帽子をかぶり、メガネをかけている中年の男と、全裸で椅子に登っていた彼女が対面した。

「いやぁぁっ」

「嫌って、ちょっと、あなた、どうしたんですか?」

男は意外に冷静である。こんな状況に出くわして、戸惑わないのだろうか?それとも、あまりの事態に、逆に落ち着いてしまったのだろうか?

「私は整備士です。機械の点検に来たんですが。変なお客さんは、一応本社に連絡するってことになってるんで、ちょっと困っているんですが。」

「い、いえ、違うんです・・・私、私は、そうじゃなくて・・・」

「そうじゃないってどういうことですか? 誰かに襲われたとかいうことでしたら、警察呼びましょうか?」

「いえ・・・その、違います。就職活動の・・・写真を撮っていて・・・」

警察など呼ばれたら、余計自分にとって困った状況になると考えた美沙は、なんとかこの場を凌ごうとしたのだが、自分でも全く納得のいく話をまとめることが出来ない。どうして私はこんな、恥知らずなことを。自分自身に説明が出来ないのだから、整備士の男を説得しようがない。整備士の視線は、あからさまではないまでも、チロチロと、彼女の裸体を舐めまわすように上下している。

「就職活動?あぁ、今の女子大生さんの就職は厳しいって言いますからねえ。それで、色々落ちて、ストレス溜まってこんな変態行為に走っちゃったってわけだ?あ~、あ~、こんなはしたない格好しちゃって、困ったもんだね、全く」

整備士は、美沙の恥ずかしい写真を取り出し口から何枚か出して、眉をひそめて見比べている。相手にその気はなさそうなのだが、言葉と視線で責められている彼女は、このままこの世から消えてなくなりたいとばかりにちぢこまった。

「うーん、まあ、あなたみたいなベッピンさんは、こんな写真とりたくもなるのかなぁ?就職なくて苦しんでるってんだったら、可哀想だから、今回だけは見逃してもいいんだけどねぇ。」

整備士は、何気なく写真をジャケットのポケットに入れてしまった。あっ、と美沙は手を伸ばしかけたが、こんな立場では彼にたてつくことなんて出来ない。整備士は作業を始めるとばかりにヘッドホンをつけて、椅子から下りて小さくなっている彼女の向こう側の、壁のねじを、ドライバーで緩め始めた。

覆い被さられるかと、一瞬身構えた美沙は、男が手を伸ばして作業を始めただけのようなので、そっと服を着始めた。すると上から整備士が、手は休めずに、彼女には顔を向けないまま、ぶっきらぼうな口調で話しかけた。

「私のアレ、わかるでしょ?アレ。アレをしゃぶってくれたら見なかったことにしますよ。」

その意味を理解して、美沙は真っ青になった。そんなこと、出来る訳がないではないか。今まで、つきあっていた恋人にだって、そんなことしたことがない。ましてや、こんな見知らぬ、中年の、シャワーも浴びてない・・・絶対嫌だ。彼女はショックを受けて怯えたような顔つきで少し後ずさりした。すぐ背中が壁につく。もともとこんな狭い所には二人も入れないので、整備士はカーテンを半開きにして作業しているのだ。こんな所でフェラチオをしようとしたら、通りに通行人が来たとして、注意深くこちらをみれば彼女のしていることなど、すぐに分かってしまうではないか。彼女に被さるように手を伸ばして基盤か何かをいじっている整備士を見上げ、彼女は激しく首を横に振った。

整備士は美沙の反応を無視して、ドライバーで手作業を続けている。するとふと、少しの間おさまっていた高い機械音が、急激に大きくなった。ヘッドホンをしている整備士は気にならないようだが、彼女は頭を抱えてしまう。覚えのあるもやもやした気持ちが、抑えきれないほど高まってくるのが分かる。この狭い部屋の中で、至近距離で男性と向かい合っているがたまらなくなる。たまらなく・・・欲しくなる。もう・・だめだ。とろけたような表情と、潤んだ目に戻った彼女は、目の前にある整備士の腰に力なくまとわりついた。

「しゃぶらせてください・・・。一生懸命・・頑張りますから。」

うわごとのようにそれだけ言うと、整備士のズボンのチャックを降ろし、それほど見慣れてもいないはずの、異性のモノを、いとおしそうに頬擦りした後、おもむろにむしゃぶりついた。必死に舐め上げ、奉仕する。整備士は、相変わらずあまり反応しないまま、時折腰をひくつかせた。

美沙は、夢中で男のモノをくわえながらも、頭の片隅でふと、この男は本当は、単なる整備士ではないのかも、と考えていた。男の体にしなだれかかっていても、ほとんど汗臭さは感じられないのだ。外回りとして方々のスピード写真機を整備して回ってきたようには見えない。時々上を見上げると、腕まくりして作業している男の両腕も見えるのだが、日焼けの跡は全くない。ただ、基盤の整備か何かには手馴れているようなので、技術系の職員ではあるようなのだが。

丁寧に裏筋の辺りを舐め続けていると、男のモノは、美沙の口の中で、瞬間、大きくなって、すぐに熱い粘液をぶちまけた。上下に暴れるそれを、苦闘しながら口の中に抑え、美沙は出て来たものを全て、確認もせずに飲み込んだ。喉に貼りついてくるような感触は、彼女を大いに満足させていた。しかしすぐにその粘液が逆流しそうになる、胃と喉のせめぎあいで、目には涙がたまってきた。その理由だけの涙なのかは彼女には分からなかった。とにかく呼吸がだんだん穏やかになってきたのと一緒に、美沙は心地よい疲労感と、達成感を味わっていた。

男は無言のまま自分のモノをしまい、チャックを上げると、同時に作業を終えたようだ。蓋をして、ねじを締めて、ヘッドホンを外した。機械音はいつのまにか止んでいる。ぼんやりとした目で男を眺めている美沙を見下ろして、男は口を開いた。

「テクニックはまだまだですが、一生懸命さが伝わってくるところは、なかなかよかった。容姿は申し分ないし。あんまり、遊んでないようなのも・・・合格点です。あとは、自分はこれだ、という技を持てば、かなりの働きが見込めますね。」

今までとは、別人のようなテキパキとした口調に、美沙は目を丸くする。何の話なのか、全く分からないのだ。何が合格で何の審査なのだろう?

「川尻ともうします。山瀬セイコーのエンジニア兼リクルーターをしているんです。あなたを我が社の総合職・レディースタッフとして推薦したいのですが、いかがでしょう?」

ジャケットを羽織っただけの美沙の表情が一転する。

「山瀬・・精密工業さんの社員に、ですか?」

「山瀬セイコーとお呼び下さい。精工というのは当て字でして、本当は違う漢字を使うんです。我が社は大企業ではありませんが、情報技術やそれを応用した各種サーヴィスで最先端をいく、これからの成長企業です。いくつかの部門で既に顧客の圧倒的な支持を受けていますが、性急な拡大はせずに、地道に我が社独自の道を歩んでいる、安定企業でもあります。」

滑らかに川尻の口から流れ出る文句を、美沙は夢見心地で聞いていた。情報技術・・IT産業だ!成長企業!安定!各種サーヴィス!こんな所でこんなに良い話にめぐり会えるなんて、誰が考えただろうか。

「お、・・お願いします。推薦してください。私、秘書検定も英検2級も持ってるんです。それから、・・・そうだ、明るく積極的な性格である私は、大学時代には・・・」

「まあ、落ち着いて、聞いてください。資格も大事ですが、我が社は、心を尽くした、人と人とのふれあいを通じたサーヴィス、というものをモットーにしています。女性の、より一層の社会参加も社訓の一つですので、女性の社員には男性同様あるいは男性以上に活躍をしてもらっています。給与もよいし、やりがいもあるとは思いますが、その分、楽な仕事ばかりではないですよ。それでも志望なさいますか?」

ずっと美沙が理想としてきたような会社だ!男子社員同様に活躍できる成長企業。お給料が高くてやりがいがあるらしい。文句のつけようがない。満面の笑みが浮かぶのを抑えきれない。

「是非お願いします。一生懸命やりますので。」

就職。美沙の夢が、今かなおうとしている。

「なんでしたら、このまま本社まで行って、面接をうけますか?形式的なものです。試験の大半は、もう済んでいるようなものですから。」

「本社に伺えるんですか?喜んで行かせてもらいます。あっ・・・でも、あの・・・」

「どうなさいました?」

美沙は少しうつむいて迷った後、川尻の顔を上目遣いで覗き込んだ。

「その前に、もう一枚だけ、ここで写真を撮らせてもらってもいいですか?」

< 終 >

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