聖天さん 3

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 時代の流れに取り残されたような昭和な商店街、新楽地通り商店街には、昔と比べると減りつつはあるが、まだ子供たちが放課後にたむろしている。シャッターが下りている店舗の前や、路地裏でカードゲームなどに興じていたりする。開店準備前でバタバタしているクラブ、『ヘイジー・ハット』にも、時折、駆けっこだか、スパイごっこだかに熱中する悪ガキが、店内に駆け込んで来ることがあった。

「あ、ごめんねー。ここのお店は、大人しか、入っちゃ駄目なんだよ。」

 鷲尾七海が少し困った笑顔で子供をたしなめるが、あまり子供たちには通用しない。悪ガキたちはキャッキャッと走り回る。七海のような可愛いお姉さんには、叱られるのも嬉しいらしい。

「七海。こういうのは、バシッと言ってやらなきゃ駄目だって。コラッ、あんたたち。ここは未成年禁止だって言ってるでしょ! そもそも、準備中ってドアに書いてあるでしょうが。ほら、出ていかないと、これでお尻、ぶっ叩くわよっ!」

 困惑している七海を見かねて、清掃中の高倉香奈が、長ボウキを薙刀みたいに構えて、叱りつける。悪ガキたちは、キャーキャー言いながら、店から逃げていく。香奈の「怖いお姉さん」キャラですら、近所のスレた男子たちには遊び相手扱いのようであった。それでも、七海よりも迫力のある香奈が出てくると、店からは退散する。商店街には他にも冷やかすことができる店は数あるが、やはり背伸びしたい男の子たちにとっては、お酒やタバコを楽しむ大人のお店というのは、禁断の魅力を持った憧れの場所のようだ。おまけに最近のこのクラブは、以前とはうってかわって、美人のお姉さんたちが殺到している。

 時折、夜中に家をこっそり抜け出して、あるいは友達の家で勉強すると嘘をついて、悪ガキたちは夜の店内を窓から覗き見しにくる。柄の入った分厚いガラス越しに見る、光と音楽の世界は、裸の男女が踊り狂って絡み合う、夢のような、あるいは悪夢のような乱痴気騒ぎとなっていた。

「さっきの可愛いお姉ちゃん、こないだの夜は机の上で裸で踊ってたんだぜ。」

「いっつも怖い顔して俺らを追い出す、あの姉ちゃんも、この前はオッパイ放り出して、色んなオッサンとチューしてたよな。」

「うあーっ。早く俺も大人になりてぇよっ。何とかなんないのかな?」

 路地裏でのけぞったり、悶え狂ったりして、悶々としている男子たち。その中で、いつもは悪ガキたちに後ろからついてくる、大人しめの男の子が口を開いた。

「あのさ、こないだ初めてあのお店覗きに行くの、連れて行ってもらって、ちょっと気がついたことがあるんだけど。」

 お坊ちゃんカットで眼鏡をかけている男の子は、ほかの男子と比べて、若干勉強が出来そうな佇まい。人通りも少ない路地裏で、わざわざ悪ガキたちはスクラムを組んでゴショゴショと内緒話を始めるのだった。

。。。

「ふうっ。テーブル、カウンターは綺麗になりました。」

「オッケー。じゃ、床掃除を集中的にやろっか。なんだか、昨日もドンチャン騒ぎだったみたいだね。毎晩飽きずに、皆よくやるもんだなぁ。」

「香奈ちん、昨日の夜のこと、おぼえてる? 私、こんなにグラスが割れちゃうようなことがあったか、また思い出せないの。店員さん失格かなぁ~。」

「私もあんまし・・・。ま、お客様に楽しんでもらえてるんだったら、いいんじゃないの?」

 髪を後ろでしばって、清掃作業に精を出す高倉香奈は、親友でバイト仲間の鷲尾七海を慰める。店内に気を配って、冷静に給仕を続けているつもりでも、毎晩「ハッスル・アワー」や「パーティー・タイム」にもなると、我を忘れて弾けてしまうのは香奈も同じだ。それでも、このお店の店長の奥住大樹や常連の川野辺翔平、そしてお店のお客様たちは、笑って彼女たちを受け入れてくれる。そんなアットホームなこの店が大好きで、香奈も七海も、お店の人たちに頼まれれば、どんなことでもしてあげたいと思う。お店を一歩出れば、大学でも有名な美女、美少女コンビの2人だが、店内では一切の躊躇も疑問も持たずに、身も心も提供する。顧客サービス命の万能ウェイトレスだ。童貞男子に甘い初体験をプレゼントすることも、中年オジサンにネットリと濃厚なプレイを提供することも、枯れかけたお爺ちゃんを介護のように優しく射精に導いてあげることも、今ではお手の物。そして軽快な音楽が鳴れば、ノリノリになってダンスしながら、洋物ポルノもびっくりの、激しい複数プレイを、絶妙なコンビネーションで披露する。狂騒の中でお客さんたちが見せる笑顔やイヤラシイ目つき、勃起した股間が、今の七海と香奈にとっての、バイト代の百倍も嬉しい、報酬なのだった。

 このお店のアルバイトは香奈と七海が一期生だが、今では20名近いアルバイト仲間が、シフトを組んでお店を盛り上げる。全員が本番あり。NGプレイほぼ無しの、性の天使たち。それなのに、街を歩けば、誰もが振り返るような、選りすぐりの綺麗どころ揃いだ。女子大生の香奈と七海を除くと、システムコンサルタントの玲香さんや、ショップ店員のミチルさんに和佳ちゃんなど、他の仕事と掛け持ちしている人も多い。「超」がつくほどの美人さんやイケてるお姉さまたちと一緒に仕事が出来ることも、七海にとってはこのお店で働いていて誇らしいことの一つだった。

「ま、お店も深夜から朝方には乱痴気騒ぎになっちゃってるから、私たちも収集つかないけど、みんなで閉店時間に『夢の湯』行ってる頃には、だいぶん落ち着いてるみたいだから、それでいいんじゃない?」

 香奈が言うと、七海は思い出したように掃除の手を止めて、両手で火照った頬を包み込んで俯く。『夢の湯』はヘイジーハットの常連、川野辺翔平が管理している近所の銭湯。ヘイジーハットからは小さな神社の脇道を入ったすぐそこにあるため、仕事終わりには店員、常連客の他には大樹や翔平が指名したお客さんが、皆で体を休めるための湯に浸かりに行く。そこでまた、背中を流しあったり、しっぽりハメあったりと、裸の付き合いが一通り行われるのだが、いまだに七海は翔平のお気に入りのようで、二人で狭いサウナルームや旧式ジャグジーでイチャイチャしていることが多かった。

 夜中クタクタになるまで踊り狂って、朝方は湯あたりするほど混浴で絡み合って、早朝ちょっと寝ただけで学校や仕事に向かう。時には夢の湯で、もう一度朝風呂に入ることもあることを考えると、よく自分たちの体が持つものだと、不思議になる。それでも、そこは夢の湯の名物である薬湯のおかげか、それともヘイジーハット開店前に皆で清掃してお参りする、小さな神社の御利益なのか、香奈たちの体は全くの疲れ知らずだ。それどころかお肌はツヤツヤと調子が良くて、ホルモンバランスも満点。ますます毎日、健康的な魅力を発散している。

 全てうまくいっている。今日も、お店を時間通り開店させるために、準備を進めよう・・・。そう思っている香奈の邪魔をするように、小ぶりの人影が、また店内に駆け込んで来る。

「お姉ちゃんたち、やっぱり喉乾いたから、コーラだけ頂戴!」

「え~・・・、全部、お店の商品だから・・・・。・・・あの、コーラ飲んだら、皆、大人しく帰ってくれる?」

 七海が悲鳴をあげて、モジモジと困っている。彼女の性格からすると、このまま放っておけば、自分の財布からお金を出して、コーラの瓶を一本ずつ振る舞ってしまうだろう。香奈がため息をついて、また七海を助けに行く。

「駄目だ、っつってんでしょ! 全部、売りもん! 子供の入店禁止! 準備中! ほら、帰んなさいってば!!」

 モップを振り回して、悪ガキたちを追い回す香奈。キャーキャー逃げまどう、すばしっこい悪ガキたち。振り回されたモップから舞うホコリを追いかけて、塵取りに収めようとする七海。他の店員のお姉さまたちも巻き込んで、店内はちょっとしたパニックになっていた。椅子につまづいて転んだ男子を捕まえては、怒った香奈がお尻をぶっ叩いていく。ついにリーダー格に見える、イガグリ頭の悪ガキを、店の角に追い詰めた高倉香奈が、モップを上段に構えた。

「今度という今度は、・・・覚悟しなさいっ!」

 モデル顔負けの美貌を震わせて、香奈のキツイお仕置きが炸裂する・・・かに思われたその瞬間、店内に若干小さめのボリュームで、アラビックなムード音楽が流れ始めた。

「・・ん? ・・・・んんんん?」

 香奈の目がびっくりしたように見開かれる。モップを振り下ろして、邪魔ばっかりする近所の悪ガキにキツイ一発をかましてやろうとしていた両手が、うっかりモップを投げ捨ててしまった。自分が何をしているのか、わからないうちに、腰が左右に、首も左右にスイングしている。

「や・・・やだ・・なんで、こんな時に・・・」

 店名の書かれた黒いTシャツを、いつの間にか捲り上げて、首と両手を抜き取ると、ジーンズのベルトにボタンにチャックに、両手が勝手に伸びていって、香奈は開店前の暗い店内、それも小学生ぐらいのガキの前で、ブラとショーツの下着姿になって、踊り始めてしまう。窮地に追い込まれた怯えた表情から、悪戯っぽいエロ目に変わる男子。香奈はブラの胸を持ち上げて突き出すように強調しながら、助けを求めるように、七海の方を振り返った。

「が・・・我慢できないよ・・・。こんな小っちゃい子に・・・。ご、ごめんね。」

 七海はすでに、香奈よりも悪い事態に陥っているようだった。すでに上半身スッポンポンになって、形のいいオッパイを子供の顔にギュウギュウ押しつけている。真っ赤になった顔は困った表情で香奈に助けを求めているが、体は淫靡な動きで胸を押しつけ、腰をグラインドさせている。

「やっぱり、このコントローラーで、オーディオを操作すると、お姉ちゃんたちも操作出来るんだよ。」

 カウンター裏から出てきたのは、お坊ちゃんカットの眼鏡の男の子。さっきまで悪ガキたちが囮となって店内を駆け回っている間に、カウンター裏に忍び込んでコントローラーを見つけ出し、オーディオの主電源を入れ、夜に観察した店長や常連の行為を再現してみたのだった。

「こっ・・コラッ。店長と翔平さん以外は音響、弄っちゃ駄・・・あ・・・」

 厨房から出てきたミチルさんが、カウンターでコントローラーを手にするカイト君をたしなめようとしたのだが、カウンター近くまで来ると音楽に気がついて、ユラユラと振れ始める。自分の手足を恨めしそうに見下ろすのだが、体はクネクネと、ベリーダンスを披露し始めていた。見る間にポンポンと服が飛ぶ。お店の各所で、悪ガキに注意しようとしていた店員さんたちが、悲鳴を上げながら舞い踊り始めている。

「もうちょっと、音量上げた方がいいのかな?」

 カイトがコンポに向けたコントローラーを弄ると、店内にかかっているアラビック・ミュージックが、営業時間中くらいのボリュームになる。音楽に反応して勝手に動く体に困惑していた香奈たちは、その瞬間、心の底からセクシーなベリーダンサーに変身していた。作業しやすいように後ろでまとめていた髪を解いて、左右にバサッ、バサッと振り乱した香奈は、潤んだ目と媚びるような笑顔で、目の前の(ずいぶん小柄な)カリフに平伏して、妖艶なダンスをご覧頂く。邪魔な布は全て剥ぎ取って、香奈のエッチな全身を心ゆくまで楽しんでもらわなければならない。香奈の引き締まったお腹が、独自の命を宿したかのように、前後左右にグイングインとグラインドする。最初は遠慮がちに、そしてだんだん無作法に、カリフ様の手が伸びて、香奈のお尻を、オッパイをペチペチと触ってくる。香奈はそれをさらに導くように、扇情的に腰を振り、胸を揺すり、ターンしてお尻を突き出して舞い踊る。荒涼とした砂漠の月の下に一時の艶を与えるように、香奈は仰け反ってクネッては、ご主人様にオンナをアピールした。

「カイト、凄えっ。ホントに、お姉ちゃんたち、音楽で操られちゃうんだな。うわっぷ・・」

 カウンター脇に立つカイトに興奮した声をかける悪ガキは、蛇のように絡みつく七海にディープなキスをされて、口を塞がれる。さっきまで顔を赤くして困りながら服を脱いでいた美少女店員さんは、今は肩幅まで開いた両足をぐっとガニ又にして、インド舞踊のように首を左右に動かしながら、男の子の顔を、胸元を、縦横無尽に舐めまわす。嬉しそうに舌なめずりする七海からは、清純美少女の素顔はすっかり蒸発して消え去っていた。彼女は今や、マハラジャの夜の楽しみのために身を投げうつ、ムガール系のベリーダンサー。目の前のマハラジャの気を一時引くためなら、どんなことでも踊りに絡めて披露することが出来る。店内あちこちで、マジャールたちを接待する後宮の舞が繰り広げられていた。

「これ、今は適当に42番って打ったんだけど、他にも色々あるんだと思うな。」

 カイトが違う番号を打って、再生ボタンを押す。

「ジュリアナ・トーキョーーーーッ」

 イントロで男性の叫び声がかかると、ベリーダンサーたちは急に慌てて我先にとカウンターまで駆けてきて、全裸であることも気にせず、お行儀悪く足を大きく開いてカウンターに上り込んでしまう。ユーロビートにのって腰を振りながら、手をヒラヒラさせて踊りだした。何人かのお姉さんはトレイを片手に持って、扇子のように振り回している。さっきまでの妖艶な舞とアンニュイな目つきはどこに行ったのか、元気一杯、「ワーオッ」とか「フォーッ」とか叫んで、カウンター前に集合した悪ガキたちの見上げる視線を楽しんでいる。

 ドカッと大きな音がして、男子たちの目がカウンターの横に集まる。素っ裸のまま、ヘッドスライディングのような姿勢で床に倒れているのは、鷲尾七海。倒れたまま、まだ健気にバブリーなダンスを踊っている。どうやら、カウンターの上で場所を取り合った挙句、親友の香奈にヒップアタックで突き落とされてしまったようだ。カウンター上、男の子たちの視線を独占できる場所は限られている。笑顔のお姉様たちだが、実は熾烈な場所争いを繰り広げているようだった。また必死でカウンターによじ登ろうとした七海が、アイドルのような綺麗な顔を、別のお姉さまにお尻でプッシュされる。悲しそうな笑顔で、七海はカウンター端で遠慮がちに腰を振るのだった。

「これが37番か。バブル時代のお立ち台ダンスかな? ・・・じゃ、38番は?」

 カイトがコントローラーに触れると、一転して曲調がお堅くなる。教養たっぷりのお高いクラシック。「白鳥の湖」だった。カウンターから降りた裸のお姉さまたちは綺麗に両手を前でつないで、すまし顔で背筋を伸ばすと、爪先立ちで並んで歩きだす。全員がバレリーナに変貌を遂げていた。さっきまでカウンター端で遠慮がちに踊っていた七海が、途端に足をピンと突き上げて、優雅にターン&ジャンプ。空中で両足を開いて、白鳥のお姫様そのものになっている。全員、全裸でなければ、とても晴れやかなバレリーナたちの競演に見えていたはずだ。

「39番は?」

 また曲調はガラリと変わって、懐メロのポップスが流れ出す。「黄色いサクランボ」という往年のお色気ソングだった。さっきまでのすまし顔とはうってかわって、キュートな女の子スマイルになったお姉さんたちが、一人ずつ悪ガキたちに歩み寄って、プリプリとお尻を振ったりオッパイを突き出したりしながら、エロ可愛くてオマセな女の子アピール。自分の乳首を摘まんで見せたり、しゃぶらせたりと、大サービスを繰り広げていた。

「じゃ、40番。」

 格好いいJ-Popが流れると、女性ボーカルが歌いだす。途端にお姉さんたちはセクシーな女盗賊に変身して、童貞を盗みにやってきた。音楽は「キャッツアイ」。美女、美少女の店員さんは世界中の童貞を盗んでしまう、セクシーでゴージャスな怪盗になっていた。その場にいた悪ガキたちは全員童貞。見る間にお姉さまたちの手慣れた手ほどきでキッスの間に押し倒され、スリも驚く鮮やかな手口で、ズボンもパンツも脱ぎ取られて、まだ子供のおチンチンをお口で固くされてしまう。悪戯っぽい笑顔でおチンチンの皮を剥かれた悪ガキたちは、抵抗儚く、お姉さまたちに跨られて、あったかく湿ったオンナの秘密兵器の中で、敏感なおチンチンを責められる。すぐに果ててしまった。悪ガキたちに、また悪戯っぽい笑みでキッスをくれた女盗賊たちは、猫のような敏捷さで、その場から飛び去ろうとする。

「あぁっ、・・・ちょ、ちょっと待って。・・・41番!」

 寝転がって、射精の強烈な余韻に浸っていたカイトが、慌ててボタンを押す。今度は荒っぽいパーティー・ヒップホップが流れる。「Who Let the Dog Out?」という曲だ。黒人ボーカルたちが真似る犬の鳴き声とともに、鮮やかに立ち去ろうとしていた女盗賊たちは、野良犬に変身する。全裸のまま四つん這いになって、全員ワンワンと吠え立てる。童貞喪失の快感と、あっけない喪失感とでぼんやりしていた。その間に、せっかく綺麗に掃除されたはずの店内は、エネルギッシュなワンちゃんたちに、大いに荒らされてしまう。おっとりした美少女のはずの和佳が舌を限界まで突き出して、ハァハァ言いながら股間を机の脚に擦り付けている。鷲尾七海はあろうことか、神聖な仕事場の角に足を上げて、マーキングの水流をひっかけてしまっている。縄張り確認をするかのように、その水流のかかった場所を、香奈がクンクンと嗅ぎまわっていた。

「うわっ、お店が滅茶苦茶になっちゃう。ストップ!」

「いっ、いやあっ」

「なにこれぇー」

「ひぇえええ~」

 音楽が突然止まってしまうと、全裸で股間から若い男の子の精を垂らしている店員さんたちは四つん這いのまま、犬が冷水をぶっかけられたかのように、不意に我に返る。小学校高学年くらいの子供に強引に性の手ほどきをしてしまった自分を思い出す人、訳もわからずに蹲って裸を隠す人。やっと止まったオシッコを見ながら、放心したような美少女。間近で嗅いだその匂いを、かき消すように鼻を押さえながら、放心の少女を慰める親友。じゃれあうように噛みつきあって歯形を付け合っていたバイト仲間同士で誤っている美女たち。店内は騒然となってしまった。

「と、とりあえずもういっぺん、38番ね」

 やっと冷静さを取り戻したカイトがまたボタンを押すと、今の狂騒がなかったかのように、落ち着き払った表情で、バレリーナたちがまた舞い始めた。七海が可憐に跳ねると、少しだけ飛沫が飛んでしまうのだが、今はカイトもこれに文句を言ってはいられない。

。。。

「なんか・・・訳もわかんないうちに、凄いエロの洪水に流されちゃった感じだけど・・・。俺たち皆。ヤッタな。」

「歳上の・・・それもこんな綺麗なお姉ちゃんたちに、裸見せてもらって、オッパイとかお尻とか好きに触らせてもらって・・・サセてもらっちゃった。」

「ここ、俺らの秘密基地として、過去最強じゃね?」

 悪ガキたちが、まだ陶然とした表情で話し合う。研究熱心なカイトは、まだコントローラーを片手に、曲のメニューを片っ端から試していた。ナンバーに寄っては、カイト以外の悪ガキたちも踊りだしてしまう。この悪ガキグループの中ではどちらかというとイジられキャラだったカイトにとっては、あらゆる意味で痛快な機械を手にした思いだった。

「これ、やっぱり、あえてちょっとボリューム落としてみたり、戻したりすると、面白いよ。お姉さんたちの正気が戻りかけたり、また飛んでっちゃったりするのが、より一層、自由自在な感じで楽しいし。」

「いいな。さっきの仕返しには、こんなのが丁度いい具合かも。」

「や、やめてよ~。」

「こっコラ。あんたたち、おぼえてらっしゃいっ! 大人を怒らせると・・・」

 四つん這いでお尻を突き出しながら、赤くなるまでモップでスパンキングされている香奈が、真っ赤になって怒っても、あまり迫力はない。横では、お店のテーブル席に置かれていたアロマキャンドルの蝋を、乳首周りに垂らされて、七海が悶えている。裸の体をボンレスハムみたいに縛られているミチルさん、机の角で責められて、股間から恥ずかしい液をとめどなく垂れ流す和佳ちゃん。全員、正気は保っているのだが、店内に絞ったボリュームでも「恋の奴隷」というムード歌謡が流れている限り、体はSMプレイを拒むことが出来ないで悶えてしまう。香奈がそれでも、気力を振り絞って刃向おうとするので、ちょっとカイトがボリュームを上げる。すると香奈の表情から見る間に怒気が薄れ、子リスのように弱々しい、媚びた表情が現われる。

「あはぁあんっ・・・ごめんなさい。・・・香奈が悪い子でしたっ! ・・・ご主人様、もっとぶってください~。」

「あひぃっ・・・あついのがっ・・・感じますぅ~」

「もっと縛ってっ。ミチルに、もっとご主人様の御寵愛をくださいっ」

 涎と涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、お姉さんたちは悪ガキたちの責めに悶え狂って喘ぎまくる。またボリュームをさらに絞ると、今の芝居がかった自分の台詞を思い出して真っ赤になって怒る美女たちが帰ってくるのだった。

 景気のいいアメリカンロックが流れると、それまでの真性マゾヒストたちのビザールな宴は、一転して健康的な女子プロレスラーたちのスパーリングに変貌する。親友、バイト仲間、職場の先輩後輩が、技を競ってぶつかり合う。しかしここでもボリュームが絞られると、体はプロレス技をかけながら、お姉さんたちの正気が混在して、戸惑いながら、誤りながらのスパーリング。悲喜こもごものキャットファイトが展開される。

「ひどいっ、ひどいっ。香奈ちんの馬鹿~。」

「ゴメンってば。私も、したくないんだって。」

 泣いて非難する七海に四の字固めをかけている香奈は、謝りながらも体を伸びあがらせては地面に叩きつけて、技をよりキツく決めてしまう。七海は頭を両手で抱えて悲鳴を上げる。和佳もショップでも一緒に働いている、尊敬する先輩、ミチルさんにキャメルクラッチをかけながら謝っているが、ミチルさんは笑顔のまま白目をむいて失神していた。吊り天井を決められて苦悶しているお姉さんの、おっぴろげられた股間周りには悪ガキのギャラリーが群がっている。スタイル抜群の美女たちが、一糸まとわぬ全裸で、顔だけ恥ずかしがったり口では嫌がったりしながら、正統派のレスリングを見事に繰り広げる様は、シュールな光景だった。

。。。

「アンタたち。ガキが、大人のお店で何やってんの?」

 中年で小太りのオカマが店に入ってきた時、クラブ「ヘイジー・ハット」の店内は悪ガキたちの王国に変貌してしまっていた。個室ブースのそこここで、温泉芸者さながらの花電車や高級ソープのような二輪車が披露されている。カウンターの上では鷲尾七海と高倉香奈とが、向かい合ってヒンズースクワット競争をしていた。ちょうど股間の場所にはコーラの空き瓶。二人は若干の正気を残して羞恥心に悶えながら、大事な場所に、固定された瓶をズボズボとスクワットでインサートさせながら、回数を競い合っている。店内ではブレークダンスの尺取虫のような仕草でビタンビタンと豊満なバストを床に打ちつけて跳ねている美女。大開脚してウィンドミルを見せている美少女。両手、両足、アソコお尻、お口でそれぞれ別の男の子に奉仕している別嬪さんなど、狂気に満ちた光景が広がっていた。店のオーディオ機器の操作法を覚えたカイトたち悪ガキが、近所の友達も呼び寄せて、学校外の「お楽しみ会」を開いていたのだ。

「大人の店? 違いますよ。ここは、大人が僕らを楽しませる、新楽地子供会の秘密基地として、改装オープンしたんだ。オジサンも、邪魔出来ないように、踊らせてあげよっか? ほらっ」

 オーディオのスピーカーは、ダンスフロア、カウンター付近、個室ブースとそれぞれ、個別の操作が出来る。微妙な音域や角度の調整をするために、個別の配線がされているのだ。大樹も翔平もそんな操作方法にまで気が回らなかったが、近ごろの子供の探究心はそれを上回っていた。オカマっぽいオジサンに「YMCA」でも踊らせてあげようと、自信満々で右手のコントローラーを操作したカイトだったが、すぐに異変に気がついた。

 オカマのオジサンはピクリとも動かない。カウンター上の香奈と七海は苦しそうに瓶の上でスクワットをしながらも、両手でYMCAを踊っているのだが、肝心のオカマは、タプタプした顎の肉を掻きながら、「ムフゥーッ」とため息をつくだけだった。

「アンタねぇ。このお店の不思議な現象。全部アタシの神通力で起きてんのよ。アタシ自身に効くわけがないでしょうが。」

 小太りのオカマの体が、心なしか大きくなった気がする。おでこのホクロも、いつの間にか光を放ち始めている。カイトは思わず後ずさりした。他のガキたちは今もお姉さんたちの色香に惑っている。

「ガキが大人を馬鹿にするもんじゃないわよ・・・。あと、おぼえておきなさい。アタシはオジサンじゃなくて、オネエさんじゃ、ゴラァアアアアア!」

 カイト君は消えゆく意識の中で、このオカマの、怒りポイントが違うのでは、と、かすかに思った。全身がさらに大きくなって、金色に光り始めたオカマのオジサン。いやオネエさんは、カイト君の、か弱い悲鳴も無視して、おでこから七色の光を放出する。店内を光の洪水が包んだ。店内にいた、ショーデンさん以外の全員が想像を絶するエクスタシーに達して、昇天した。股間からドボドボと射精をするか潮を噴いて、白目を剥いて歓喜の表情で失神。七海と香奈は両手で「M」の字を作ったまま、股間にコーラ瓶を挿入したまま絶頂を迎えて気絶した。手を仁王像のようにかざして、暑苦しいため息をつくショーデンさん。店内は腰を痙攣させている、美女たちと悪ガキたちの「抜け殻」が転がるばかりだった。

。。。

「ったくアンタらの店でしょうが! 近所のガキなんかに乗っ取られるなんて、恥ずかしいと思わないの? しかも、乗っ取られてることすら気づかずに、呑気に風呂で遊んでたって・・・。のぼせんのも大概にしなさいよっ。それに、音量調節して正気の残し具合を操作したり、ブースごとに違う操作をしたり・・・、今日初めてこれに触れたガキの方が芸の細かいこと出来てるってどういうこと? アンタらには工夫が足りないのよ。」

 オカマにすごい剣幕で叱られながら、うなだれている大樹と翔平。店長と店のブレーンのはずの二人が、ただの常連のオカマの前で、床に正座して頷いている。駅前のモデル事務所から大量の美女を迎え入れた夢の湯で、極楽浄土のような宴を催しているうちに、悪ガキたちに店のからくりを暴かれ、危うく店を乗っ取られるところだった。今、それについて、ショーデンさんからキツイお灸を据えられているとこである。ショーデンさんのお灸は、大樹と翔平にとどまらない。カイトや悪ガキたちは、お店の清掃、それが終わったら近所の清掃。特に近所の神社の清掃を言いつけられている。ヒョコヒョコ歩いているのはズボンとパンツを膝上まで下して、10秒に1回、本気で自分自身でお尻をペンペンしているから。抵抗したくても、体が自分に罰を下してしまう。なぜかお店のお姉さんたちも、ショーデンさんから同じ罰を与えられていて、お尻を赤くしながら清掃を急いでいる。

「私たち悪くないのに~」

 シクシクと涙を流す七海。香奈も文句を言おうとするのだが、そのたびに自分の手が自らへのスパンキングを強めてしまって、痛さに跳ね回る。どうも女の子たちは単純に、「オジサン」呼ばわりされたショーデンさんの、怒りの捌け口になってしまったようだった。

。。。

「お前ら、お疲れ~。そろそろ店も開店時間だし、二度と悪さしないって誓うなら、解放してやれって、ショーデンさん言ってるぜ。」

 クラブ「ヘイジー・ハット」のすぐ横。祠のように小さな神社を、真っ赤な尻を出しながら清掃していた男子たちに、クラブの店長、大樹が声をかける。コーラの小瓶をケースごと持ってきてくれた。

「一応、店の片づけ、手伝ってもらってるからな。これ、小遣い代わりだよ。あと、翔平お兄さんが、そこの銭湯入ってって良いってよ。打ち身の痣も、あそこの薬湯ですぐに治っちまうぜ。」

 コーラを受け取りながら、カイトは自分の尻を見る。赤いどころか、少し青く黒くなっている可哀想な尻。銭湯の湯なんかで治るとは思えなかったが、今日の色んな出来事を思い返すと、疑う気も失せた。

「ねぇ・・・、なんで僕ら、特に念入りに、このボロ神社の掃除をさせられたの?」

 コーラではしゃいでいる他の悪ガキたちを尻目に、カイトが大樹に聞いてみる。大樹も首を捻った。

「さぁ? ・・・もともと、ショーデンさん・・・、さっきのオネエさんと最初に会ったのも、この神社に俺が商売繁盛祈って、お供え物あげてた時だから、なんか、あの人の思い入れある場所なんじゃねえか?」

 あまり深く考えず、ちょっと無精髭の伸びた顎をポリポリかいている大樹。カイトは神社の脇に立つ、木の棒の古ぼけた墨の字を読み上げた。

「回春山・新楽地聖天。明治十四年開山。歓楽街、新楽地通りの鎮守。・・・あとはなんか読めない字が多いけど、ここの聖天って、ショーデンって読むのかな?」

「聖天・・・、そっかな? なんか近所の神社の由来なんて、全然気にせずにいたけど、これ、シンラクチ・ショーデンって読むのかも・・・。」

「そうだよ、ショーデン。歓喜天とも言うんだって、うちの婆ちゃんが言ってた。」

 カイトと大樹の後ろに来て口を開いたのは、この商店街で育った翔平だった。

「歓喜天様は男女の和合の象徴で、ここらへんが花街だったり赤線地帯だった頃から、ここを守るために祀られてるんだって。御本尊は象の頭した男女が繋がってるっていう衝撃的なビジュアルだから、いつも秘仏にされてるんだってさ。」

 カイトがしばらく黙りこくる。コーラを飲み終わった悪ガキたちが夢の湯に向かっても、カイトと大樹と翔平はその場に立っていた。

「男女の和合・・・、もしそんな神様が、人間の格好をして現われたら・・・、男と女の両方か、そのどっちでもない形で出てくるのかな?」

「お・・・オカマ?」

 大樹と翔平が顔を見合わせる。

「ムフーゥ。・・・アンタたち、気づくの遅すぎよ。それに、今日会ったガキんちょが先に気づくって、どういうこと?」

 いつの間にか3人の背後に立っていたのは、小太りの中年オカマ。おでこにホクロ、鼻の下にチョロンと髭を伸ばした、パンチパーマのオネエさんだった。

。。。

「昔は遊郭、そのあとは花街。赤線を経て歓楽街として栄え続けたこの通りも、今ではこんなに寂れちゃってるでしょ? アタシだって寂しかったのよ。せっかくの数少ない若い男も、すぐに店畳んじゃうみたいな相談してるから、ちょっとはアタシの神通力で、最後に一花咲かせてあげようって思ったわけ。他の通りにもその土地土地に土地神がいるから、あんまり派手なことも出来ないかと思ったけど、意外と近所も、人通りばっかり多くなっても土地神様たちは皆、弱ってるみたいじゃない。ちょっと横着させてもらったってところよ。」

 クラブのカウンターで偉そうにビールを飲むショーデンさん。自慢げに自分の身を明かしているあたり、神様という存在とは縁遠そうな、俗物臭が漂っていた。

「ちょっと横着って・・・、この神通力は、ずっと続くもんじゃないの?」

「そりゃあ、まあ、アンタたち次第よ。鰯の頭も信心からっていうでしょ? アタシも一応、男女和合の神様なんだから、男ばっかりイイ目に会わせておくのも、ちょっとね。アンタらが、もうちょっと女の子たちも楽しめるような店に変えていけば、少しはアタシの神通力も長持ちするかもね・・・。」

「営業形態、変えた方がいいの? ・・・って言っても、もう年の瀬だし、来年からじゃ駄目かなぁ?」

「年の瀬・・・。そーねー。もうそろそろ、お正月じゃないの。・・・久しぶりに、この商店街、新春セールで盛り上げてみよっか? それでアタシは、しばらく休むわよ。」

 両手を膝に当てて、重い腰を上げた聖天さん。店を出て両手をかざすと、歳末大売り出しも地味にしか行われていない、寂れた新楽地通り商店街に、おでこから光を放ち始めた。

「大樹、翔平、海斗。見ときなさい。土地神様の力ってものよ。」

。。。

 元旦の朝、年賀状を受け取った近所の美人、美少女、綺麗どころたちが慌てて新楽地通り商店街に殺到した。「新春初売り大セール」。急遽決まった、商店街上げての大イベントに、半ば強制的に美女たちが駆り出されたのだ。友達同士で初詣に行ってきた美少女。彼氏と楽しい年始を迎えるはずだった美女。家族とゆっくり元旦を楽しむつもりだった若奥様。寝正月を決め込んでいた美人OL。皆、年賀状と銘打った招待状を読んで、大慌てで新楽地通り商店街に駆けつける。

「あっ、七海も来てるのね。」

「香奈ち~ん。大変だよ~。・・・あ、明けましておめでとうございます。」

「う、うん。あけおめ・・。」

 情けない顔で親友の香奈に泣きつく晴れ着姿の鷲尾七海。ゴージャスな髪を、今日は清楚に上でまとめている、着物姿の高倉香奈も、七海同様に右手には大樹、翔平とショーデンサンから連名で送られてきた年賀状を握り締めていた。

『謹賀新年。昨年中は大変大変お世話になりました。今年もよろしくお願い致します。皆様に一方的なご連絡で恐縮ですが、貴方は新楽地通り商店街の初売りセール目玉企画、商店街福袋の中身の一つになっております。誰かに購入されてしまうと、その買主が今年一年の貴方の持ち主になってしまいますので、ご自分でご自身を購入されたい方は、急ぎ初売りセールにお越しください』

 下には、仰々しく紋付袴姿で3人並び、手をついてお辞儀している大樹、翔平、ショーデンさんの写真。本来だったら寝言にしか聞こえないような怪文書だったが、受け取った女性陣にとっては、不吉な説得力があった。

「あっ、やったー。すっげー綺麗な女の人の写真と連絡先入ってるぜ!」

 商店街入り口付近では、すでに紺色ジャンパーとマフラーに身を包んだ男どもが、熱狂していた。履物屋、帽子屋、写真館、玩具屋。新楽地通りの各店舗が、店先に赤い紙袋を並べている。一袋五千円らしい紙袋。中身は各店の昨年の在庫が混ぜ合わされているようで、あまりそそられないのだが、香奈と七海はお互いを見つめ合って頷き合うと、懸命に福袋を買い漁る客の人だかりに加わった。

「店長~。仕事納めの記念にって、ポラロイドカメラ回してたのって、これだったんですか? 酷いよ~。」

 七海がベソをかきながら紙袋を両手に持って、昨年のバイト代を散財する。香奈も見知らぬ男と引っ張り合って、「自分の所有権が入っているかもしれない」福袋を手当たり次第、確保した。

 女性たちは無言のうちに、暗黙の紳士協定を共有する。女性が女性の所有権を当てたら、その人を解放してあげる。変な男の手に落ちたら・・・、「お勤め」が終った来年、優しく迎え入れてあげる。

 男たちはその点、遠慮が無い。五千円で、涎が出るほどの綺麗どころを恋人にもセックスフレンドにも、メイドにも出来る権利が手に入る。ハズレの袋もあるにはあるが、2つに1つは美人のお姉さまのポラロイド写真と連絡先つきの「大当たり」袋だった。

「ひっ!」

 福袋争奪戦の中で、晴れ着を振り乱して戦っていた、美容師のお姉さんが、顔面蒼白になる。小物袋から取り出すと、スマートフォンがブルブルと震えていた。

「は・・・はい。千村綾香です。・・・・あ・・・・ご・・・、ご主人様ですね? ・・・ただいま、伺います。どちらのお店におられますか? ・・・・は、はいっ。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願い致します。」

 息巻いて福袋を奪い合っていたはずの美容師さんは、電話に出た途端に背筋をピンッと伸ばして、緊張気味にペコペコお辞儀をしながら応対する。福袋争奪戦から離脱して、一目散に「ご主人様」のもとに駆けていった。その変貌振りが、近くにいた七海や香奈の背筋を寒くする。

「七海っ。今のお姉さんには気の毒だけど、私たちは絶対に自分の福袋、見つけ出さないと駄目よっ。」

「香奈ちん・・、でも・・・まだ見つからないよ~。」

 福袋をめぐる狂騒から火がついたかのように、寂れていたはずの商店街の至るところで、異常な光景が目に付くようになっていた。アーケードの柱の上、街灯の部分に括り付けられているプラスチックの造花に、女性ものの下着が一枚、また一枚とぶら下がる。柱の側を通ろうとした女性が、ついついズボンをおろし、あるいはスカートや着物の裾を捲って、大切なパンティーを下ろしてしまい、柱をスルスルと、出初式のように器用に登ると、下着を括りつけて降りてくる。白、ピンク、水色・・・、色とりどりの下着で商店街のアーケードが華を添えられる。写真館では見知らぬ者同士の「ハメ撮り記念撮影」に列が出来てしまう。洋服店の前ではお嬢様たちの生着替えショー。スポーツ用品店の前ではヌードボディービルダーたちの街頭パフォーマンスが突発的に開催される。キャストの女性たちは、福袋を買い占めようとしていたはずなのに、突然これをしなければいけないような強迫観念に襲われる。しぶしぶながらも笑顔を取り繕って、寒さにも耐えて肌を晒している。新春早々の年間ベスト級のショットに、カメラ小僧たちが興奮の人だかりを作っていた。

 まだ元旦のお昼前なのに、商店街のアーケードの中は、酔った様なホカホカした雰囲気に包まれている。これが正月呆けというものだろうか。一人で商店街に来たはずの男性が、目もくらむような美女とカップルになって商店街を後にする。どうみても釣り合わないようなカップルも多いが、女性の方が積極的に腕を絡めてイチャついていたり、あるいは甲斐甲斐しく男性にかしずいていたりする。年始早々、ラブホテル街の方向に消えていくカップルも、少なくないようだった。なかには路地裏の大人の玩具のお店で、白昼堂々とローターやバイブなどを買い込み、女性に装着していくカップルまでいる。店先では、清楚な様子のお姉さまが、顔を赤くしながらも従順に着物を巻くって、今日初めて会ったばかりのご主人様に玩具を挿入させていた。

「ま~、一年なんてあっと言う間だよ。これも経験。みんな年末に帰ってきて、大樹さんのお店で踊りまくれば、嫌な思い出も吹き飛ぶし、うちの薬湯に浸かれば一年分くらい楽勝で若返る。家族や上司、元彼も、うちの湯に連れてくれば、みんな固いこと言わずに元の生活に戻してくれるはずだしね。」

「そう言う割には、翔平。お前は未練たっぷりに福袋買い占めてねぇ?」

「それ言ったら、大樹さんだって・・・。」

 七海、ミチル、和佳・・・。翔平や大樹のお気に入りの子たちのポラロイドと連絡先が入った福袋は、実は前日から大樹、翔平が買い占めてしまっていた。それどころか、用意された数百の福袋のうちの半分近くが、すでにこの2名に購入されていた。今は慌てふためいて、両手に紙袋をぶら下げて奔走している七海も和佳もミチルも、結局のところ大樹と翔平の手のひらで今日も「踊らされている」だけだった。

「うーん。それでも、手放すことになる半数が、・・・惜しいよな。」

「ま、百人超えたら実際なかなか面倒見切れないし・・・、今年も色々ご新規さんにも来て欲しいし・・、しょうがないっしょ? ・・・僕は強いて言うと、手放しちゃった2名の大物が、もったいない感じかな?」

「あ・・・香奈と玲香さん? 香奈はまだしも、玲香さんちょっと可哀想だよね。年末には大事にしてあげよ。」

「嘘・・・で、ございますよね? ・・・ご主人様。」

 怒りか恐怖か、最新式の携帯を捻り潰しそうなくらい右手に力を入れて、沢井玲香チーフは、ワナワナと体を震わせていた。誰もが羨むような美貌に青筋をたてている。

「いや、オラも良く分かんねえんだけどよ。長い航海の前に、景気づけに東京さ来て、一杯やって、気が大きくなっちまって福袋なんか買っちまったんだよ。そしたら、足袋と風呂敷のセットの他に、すんごい別嬪さんの写真と、連絡先が入ってるじゃねえか。ここに書いてあることが本当なら、オラたちの船、みんなでお姉さん歓迎すっから、今すぐ上野駅まで来てくんねいか?」

「ふ・・・冬のオホーツク・・・、領海ギリギリでの蟹漁の合間に、漁師の皆さんを温めるお仕事でございますね。あの、ご主人様の仰せなら、わたくし、何でも致します・・・。その、今、高いヒールを履いてしまっているのですが、このまま漁船に乗れますでしょうか?」

 沢井チーフや北島たちのチームのプロジェクトは、今年は難航しそうだった。優秀なキャリアウーマンでチーフの沢井玲香が、突然北の海へ遠洋漁業の旅に出てしまうのだから・・・。それでも、毅然とハイヒールを右手に抱えて、ストッキングのみの素足で駆け出した玲香の、颯爽たる走り姿。それを見送る大樹と翔平の脳裏には、荒波に揉まれて、また一段と逞しくなって返ってくる、年末の玲香の姿が、鮮やかに浮かび上がるのだった。

「えっ・・・嘘・・・。いや・・・。」

 香奈が、両手に持っていた紙袋をボトボトと落として、バッグから携帯を取り出す。可愛らしい着信音が鳴り響き、携帯が震えていた。それをみた七海が、両手で口を押さえる。香奈は生唾を飲み込んで、携帯を顔に近づけた。

「は・・・はい。・・・高倉です・・・。」

「僕だよ~。お姉さん。カイト。よろしくね~。今年は、クラブの外でも、僕たちに色々教えてくださーい。」

 以前よりずいぶん明るい口調になった、カイトが電話口で自己紹介。後ろで悪ガキグループが、はしゃいでいるのが聞こえた。香奈は嫌な想像と同時に、せめて知り合いが出てくれたという妙な安堵で、肩を落とした。

「あ・・・アンタか・・・、いえ、・・・ご主人様。・・・何でも教えます。何でもしますから・・・今年は・・・どうぞ、私を可愛がってください。」

「あぁ、固いこと言わないで、いつものSっぽいお姉ちゃんでいいよ。僕たちそんな香奈さんに色々遊んでもらうのが大好きだから。クラブのお仕事も、夢の湯のボランティアも、去年どおり続けてもらっていいからね。よろしくでっす。じゃ、僕たち、親戚の集まりの後で、トイザラス行ってくるから、帰ってきたら電話するね。」

 子供たちは、お年玉の回収に忙しいようで、香奈は一旦は解放されたようだ。ホッとしたのかゾッとしたのか、よくわからない感情が突き上げてきて、香奈は七海と抱き合った。とりあえずのところ、香奈の今年のご主人様は、香奈の生活を一変させることはないようだ。・・・ガキたちへの性の手ほどきやら、遊び道具に使いまわされたりは、去年より増えそうだが、香奈も七海もあまりそうしたことは覚えていないので、抱き合ったまま、とりあえず安堵のため息をついた。

。。。

「俺だって、香奈ちゃん、ガキどもに取られるの辛いんだぜ。でも、ショーデンさんがああ言ってんだから、しょうがないじゃん。」

「香奈ちゃんは、これまで通り、お店の手伝いしてくれるんでしょ? じゃあ、いいじゃん。それより玲香さんのあの体。年末まで拝めないかと思うと・・・。ショーデンさんに内緒で、もう2人分の福袋くらい、なんとか細工出来なかったのかな?」

「あんたら、全部聞こえてるわよ。」

 ギクリとした翔平と大樹が振り返ると、昨夜よりもデップリして、金色に光ったショーデンさんが、神輿に担がれて鎮座していた。お神輿を担いでいるのは、ヘイジーハットの女性店員さんたち。みんな裸に白いフンドシを締めて、捻り鉢巻とピンクの半被。髪は髷を結ったみたいな勇ましい姿で、神妙に木の棒を肩で担いでいる。

「ムフゥー・・・。去年、さんざん偽装問題が世間で騒がれたことも知らないなんて、相変わらず経営センスゼロね。そんなんで、今年一杯、お店を維持出来るの? 商店街で年に一度の新春初売りセールって打ち出しておいて、目玉の女の子たちが皆、いい子をあんたたち運営側に独占されてたら、お客さんだって納得しないでしょうが。一年くらい、我慢しなさい!」

「はい・・・仰る通りです。」

 大樹と翔平がうなだれる。秋口には、近所のオカマという程度の扱いしかしていなかったショーデンさんだが、神様とわかっては、大人しく従う他ない。

「アタシは他の場所にも分祀されてるから、日本全国、迎春の顔見世に行ってくるわ。アンタたちも、もっと気合入れて、アタシがいない間も、ちゃんとお店を、商店街を盛り上げるのよ。わかった? ・・・・それじゃ、みなの衆、元気を出して参りましょう。」

「おうっ! ・・・わっしょい、わっしょい、そーれ、そーれ」

 女の子たちが声を上げて、半分裸のような格好でお神輿を担いでいく。ショーデンさんは神輿の上で、松の枝を片手に、もう片方の手で花びらをばら撒きながら、何かの舞を舞い始めていた。女衆の後姿を見ると、みんな半被の背中に「迎春」と力強く書かれていた。

「迎春・・・ゲイだけに・・・かな。」

 呆然と見送りながら、ボソっと呟く大樹。翔平が冷たい視線を送った。

「いくらなんでも・・・そんな寒いオチはないでしょ?」

 神様なのに地獄耳のショーデンさんが、また金色の顔に筋を立てて、振り返って2人を睨む。

「大樹・・・、アンタ、経営センスどころか、そういうセンスもゼロね。アタシがそんな寒いギャグを意図して、揃いの半被を準備したとでも思うの? 神様を馬鹿にするのも、いい加減におしっ。だいたい、オカマとゲイも全然別物よ。そのへんも、アタシが帰ってくるまでに、しっかり勉強しときなさい!」

 頭から湯気を立てて怒鳴り散らしながら、ショーデンさんの神輿が小さくなっていく。初売りセールが一段落ついた商店街は、狂乱の祭りのあと、後片付けに追われることになる。大樹と翔平は、買い占めた大量の福袋の処理に追われる。よくよく考えると、クラブや銭湯の年末特需で溜め込んだ利益を、商店街の在庫一層のためにほとんど散財してしまったようなものだった。・・・まあ、近隣の商店が皆で儲けを分かち合ったのだから、良しとするか・・・・。

 祭りの後の、少し気が抜けたような、ぼんやりした気持ちで、大樹と翔平は一旦、自分の店に戻る。ポストには朝方投函されていた年賀状が、束になって入っていた。一際目立ったのは、金の縁取りがされ、芋版でデカデカと「迎春」と押された、ショーデンさんからの年賀状。他の年賀状の束とは別に投げ込まれていた形跡を見ると、直接ショーデンさんの手で投函されていたようだった。迎春の文字の斜め下には、ショーデンさんが得意満面でウインクしている自画像が描かれている。その口の部分の横には吹き出しが描かれ、
「ゲイだけにね」

 と、得意げに書かれていた。

< 終わり >

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