生徒会ゲーム 第2話

第2話

「ってなことで、今日は優奈がいないから、私らが可児田と話するね。」

 澪の仕切りはいつも大雑把。栞は小さく溜息をついたが、目の前の可児田樹は特にそれを気にする様子もなく、頷いていた。

「・・・で、最近どう? なんか、面白いこととかある?」

「あ、あの、特別に面白いこととかじゃなくてもいいの。最近気になったこととか、逆に一見どうでも良さそうなこととか、何でもいいから、お話しようよ。」

 雑にハードルを上げそうになる芹沢澪に、割ってはいるかたちで、鶴見栞がフォローをした。姉御肌でザックリ、サッパリといった澪の性格は男女ともにフォロワーが多い。それでも、引きこもり男子のリハビリには、やはり向いていないな、と栞は分析していた。

 全然気にしていないような素振りを見せながらも、きっとこういう男の子は、自分がどう扱われているか、終始気にしているはずなのだ。小さなわだかまりや憤りを、表には出さずに自分の内側に溜め込んで、ある時、爆発するか塞ぎこむ。それこそ、快活な澪の性格の一部でも注入してもらいたいところだが、ここは丁寧に取り扱わないと、後から厄介になる。栞はカウンセラーを目指している訳でもないが、「活字中毒」、と生徒会メンバーに揶揄されるほどにはオールラウンドに読書好きなので、精神分析や発達心理学といった分野にも多少の知識は持ち合わせていた。

「今日は、湯川君もいるし、女子にわかりにくい話題だって構わないから、お話しよっ。ねっ、湯川。」

「ほいーっす。」

 湯川倫太郎は片手を上げて応じるが、ノリが軽すぎて真剣味は伝わらない。栞はまた一つ、鼻で小さな溜息をついた。竹を割ったような性格の澪に、学園一のチャラ男を自認する倫太郎。生徒会メンバーでなかったら、可児田樹と交わるような人種ではない。今日の『樹ケア』は、栞がリードからフォローまで立ち回るしかなさそうだった。

 それでもこの3人で頑張るしかない。最近の生徒会メンバーたちは、掛け持ちの部活や勉強、趣味の忙しさにかまけて、『樹ケア』を書記の清橋優奈に任せすぎという傾向があった。有閑階級のお嬢様育ちといった、おっとりした性格の優奈が、最近は積極的に可児田樹とマンツーマンで生徒会室に閉じこもって話を聞いてくれている。忙しい残りのメンバーにとって、ありがたい状況ではあった。それでも負担が彼女に寄り過ぎることを生徒会長の高倉沙耶が心配し始めていた。栞の目から見ても、いかに草食系の中でも細い草しか食べていなさそうな超草食系男子、可児田樹の相手とは言え、お嬢さま1人が閉じられた部屋の中で長い時間相手をしているという状況は、気になるものがあった。だから今日は優奈に「お茶の教室が早めに始まる」という嘘までつかせて、樹ケアをいつもと違う3人で申し出たのだった。

 事情を察すると、嫌な顔一つせずに女子バレー部の練習スケジュールを調整してくれた芹沢澪。「可愛い子ちゃんたちとのカラオケが延期になっちゃった」とぼやきながらも付き合ってくれる湯川倫太郎。タイプこそ違えども、やはり頼りになる生徒会メンバーたちの友情に、栞は心から感謝していた。品方向性、学園のスーパーアイドル高倉沙那を中心に、この学校の生徒会メンバーたちは栞の目から見ても選りすぐりのエリート。それぞれキャラクターはばらばらでも、中等部のころから固定メンバーで学園をリードしてきただけあって、結束は磐石だった。

「じゃ、そ、そ、その・・・、僕の好きだった漫画が、つ、つ、つい最近映画化されて、ひ、ひ、酷い改悪ばかりされちゃったという話と、も、も、もし僕が監督だったら、こうしていたのに、っていう話をしたいんだけど。」

「おっ。いいねえ。ちょうどそんな話、聞きたかったんだよ。」

 湯川が皮肉っぽい笑みを口元に浮かべながら、チラチラと芹沢、鶴見の反応を伺ってくる。こいつにとっては、オタク話に苦しんで付き合っている彼女たちの様子すら、後々の小話のネタになるのだろう。栞は湯川の視線を無視しながら、眼鏡を弦を右手で触れつつ頷いた。澪はしょっぱなから、目をガラス玉みたいにして放心している。

「ほぉ。。。ふぅーん。ほへぇぇ・・・」

 澪がこの、引きこもり少年が訴える漫画作品の改悪批判に、全く興味が無いということは、半開きの口から出てくる相槌からも、真っ直ぐ生徒会室の時計を見据えている視線からも明らかだった。倫太郎は、可児田樹と澪のトークの様子を、笑みを噛み殺すように聞いている。栞は樹が傷つかないように、せめて精一杯の熱のこもったリアクションで話を聞くように心がけた。

 しかし、栞の悪癖も顔を出す。あれこれ、考え過ぎるのだ。稚拙な論であっても、樹の思いのたけを聞いてやるのが、今日の目的のはず。それなのに、すぐにいくつもの批判、疑問、異論が頭に浮かんでくる。話を聞き始めて5分で、樹の考えの底の浅さ、一面的なものの見方、斜に構えているようなスタンスでいながら、唖然とするほど世慣れないナイーブな訴えにウンザリしてしまうのだ。

(キャスティングに数字持ってる人とか優先されることなんて、ショービジネスなら当たり前だし、スポンサーがつかなきゃ映画化自体無理だっていうことなんて、映画好きじゃなくたってわかるでしょ? そういうビジネスとの戦いの中でみんな表現したいことを守ろうと戦うんだと思うけど、この子、そもそもそういう構造も一切無視して、自分の愛着だけで話してない? ・・・うぅ、聞き続けるのが辛い・・・。どうして最近の優奈は、毎日のように2時間、3時間とこの子の一人語りに付き合えるんだろう)

 ときどき眉間やこめかみをピクピク引きつらせながら、栞は笑顔を固めて辛抱する。すでに澪の顔からは生気が抜けて無表情。倫太郎ですら、機械的に頷いて遠くを見ている様子だった。

「で、ぼ、ぼ、僕なら、この子たちの、あ、あ、あ、後から姉妹ってわかる設定を生かして、キ、キ、キャスティングにはアズキちゃんと、チルルちゃんを選ぶんだ。」

(それは貴方の趣味であって・・・、一般受けっていう点で・・・、それに短い時間で観客に全容を理解してもらうために、そのエピソードもカットしたんだと思うんだけど、そんなに重要? ・・・ん・・・、澪も倫太郎も・・・放心しちゃった・・・・誰か・・・・)

 呆然と樹の漫画論、映画論を聞かされている生徒会メンバー3人。会計の栞、選挙管理委員長の澪、広報部長の倫太郎。各々がそれぞれに忙しい学園生活のなかで、これほどまでに時間の無駄と思われるプレゼンを受けることは稀だった。

 興味の一切持てない話題。単調なリズム。ループする話。竜巻のように圧倒的な睡魔と闘いながら、栞は辛うじて脳を働かせて思考を止めないようにしていた。

(この単調な刺激で、眠気を催して、意識が沈み込んでいくのって・・・、なんだっけ・・・。半覚醒状態? 変性意識? ・・・高速道路で運転手が眠くなったりする現象だよね・・・・。これって・・・まずくない?)

 脳の奥の奥でかすかに聞こえる、知識の警鐘。しかしそれを覆い尽くすほど、人間の生理的な睡眠欲求は強力だった。自分の頭が船を漕ぎ出していることを理解しながらも、栞はどんどん沈み込んでいく感覚、その奇妙に退行的な快感に抗えずにいた。

(ちょっと・・・、樹君の話・・・、ネムすぎ・・・・・・。もう・・・・駄目・・・)

 鶴見栞の頭がガクンと落ちる頃、すでに澪は大きな口をあけて椅子にのけぞり、倫太郎は目を半開きにさせたまま肩に頭を預けていた。

「・・・じゃぁ、そろそろ本論に入ろうか?」

 今までよりも低い、うわずっていない声で樹が喋った時、栞の意識は完全に落ちていった。

(・・これ・・から・・・本論・・・・・・・・って、・・・無理)

 諦めて椅子に体を委ねると、どこまでも深い、弛緩した眠りが栞の体を優しく包み込んだ。

。。。

「ほら、どんどん、どんどん寒くなる。体中、震えが止まらないくらいの寒さだ」

 栞の意識がかすかに覚醒した。誰かに触れられた感触があったせいだ。体つきから、目を閉じたままでもそれが女の子の肢体だとわかる。澪が寒さに耐えかねて、栞の体に寄りかかって腕を回してきている。震える腕が栞の肌と触れ合うと、彼女の肌が鳥肌になっていることがわかった。おそらく自分もそうだろう。栞は澪と体を寄せ合って、突然襲い掛かってきた寒さを凌いだ。さっきまで生徒会室で引きこもり生徒の相手をしていたはずなのに、急にどこにきてしまったんだろう。眠さとダルさ、そしてかすかな寝入りばなの気持ち良さとで、思考が混濁していた。

「でももう大丈夫。ゆっくりと温かくなります。春のポカポカとした暖かさが皆を包み込みますよ。ほら、あったかい。」

 力強く栞を抱きしめていた、澪の腕から力が抜ける。栞も身を縮めるようにして凍えていた体をゆっくりと弛緩させて、澪から少しだけ離れた。律儀に椅子ごと澪から離れる。椅子の足が床を擦る音を聞いて、また少し栞の意識が明晰になった。

「どんどん温かくなる。初夏の温かさ。ポカポカ、ポカポカ。お日様が照らしているよ。・・・もう、少し暑いくらいかな。いや、結構暑い。真夏の暑さになってきたよ。」

 最初は凍えた手先や爪先を解してくれるような、心地良い温度だったはずが、低くて通る声の表現する通り、汗ばむような熱になって栞を困らせる。隣やはす向かいで、ダルそうな溜息や、衣擦れの音がする。栞も思わず右手で自分の顔を扇ぎながら、制服のジャケットからもう片方の腕を抜いた。シャツの袖ボタンや襟のボタンも外さないと耐えられない暑さだ。

「超猛暑だ。体を動かした分だけ、ドカッとした暑さが襲ってくるよ。どうしよう。暑すぎる。誰も見ていないから、一枚脱ごうか。もう我慢できないくらい暑いよ。脱ぐと少し涼しくなって気持ちいい。」

 栞は額の汗を拭うと、眉をひそめながらベストを完全に脱ぎ捨てた。かすかに涼風が吹きぬけたような気がして、少しだけホッとする。肌に張り付いてくるシャツを、胸元から引っ張って自分の体との間に空気を入れた。誰も見ていないなら・・・と、シャツのボタンを襟元3つめまで外す。栞は急に部屋に誰もいなくなっていることを少しだけ不思議にも感じた。

(誰もいない・・・。でも、さっきから聞こえてくる声は誰の声? 可児田君の声に似てるけれど・・・、喋り方が違うような・・・。ふぅ・・・・涼しい・・・。)

「心地いいから、もうちょっと服をはだけてみようか。人がいたら嫌だけど、ここは誰もいないから、心配しないでいいよね。ほら、どんどん涼しくなる。脱げば脱ぐほど楽になる。」

 栞は自分の行為を意識して、少し顔を赤らめながら、シャツのボタンを一番下まで外してみる。シャツを脱ぐことまではせずに、スカートのチャックも下してボタンも外してみた。膝を上げて、靴下もくるぶしが出るまで下す。捲くれあがったスカートの裾もそのままに、汗ばんだ体がゆっくりとクールダウンしていくのを満喫していた。はす向かいでカチャカチャと、ベルトをいじる音がする。左からはプチッと、プラスチックがはぜるような音がした。今のは・・・ブラのホックが外れた音だろうか? 誰もいないはずの場所で、奇妙な物音が耳に入ってくるのだが、栞がその謎について深く考えようとする前に、それを遮るようなテンポで、また男子の声が響いた。

「脱ぎにくかったら、立って脱いでいいよ。目を開けると、君が1人っきりだってわかる。ここは君の家のお風呂。脱衣所だ。さっきまで凄く暑かった。たくさん汗をかいたから、これからシャワーで汗を洗い流すんだ。だから、服を脱ぐのは当たり前のことなんだよ。」

 椅子から立ち上がって、目を開けると、栞はいつの間にか自宅の洗面所にいた。シンクと鏡。ドラム式の洗濯乾燥機の横にお風呂の扉。中からはオレンジ色の光が照らしている。毎日使っている、栞の家のお風呂場だ。何時の間に帰ってきたんだろう。ボンヤリとした目で見回した。

「ほら、早く汗を洗い流して、綺麗になりたいよね。全部脱いでお風呂に入ろう。周りの物音は気にしないでいいからね。・・・あと、君は全部脱がないでいいから。トランクスは、はいたままにしておこうか。」

 栞の左隣からもポンポンと布を脱ぎ捨てるような音がしていたのだが、すぐに気にならなくなった。栞が、乱れた自分の服装を多少整えながら制服を脱いでいくと、スマートフォンのシャッターのような電子音が前で鳴る。それでも、1人でお風呂場にいるということを確認した後は気にすることなくシャツから腕を抜き取り、スカートを下ろし、薄手のキャミソールから頭を抜いて、下着姿になった。さっきまでの汗を吸って、重くなったように感じる下着を剥いでいくと素肌に涼しい風が当たる。不快な汗を全部流し落せると思うと、ヒンヤリとした空気が自分の裸に触れるのも嬉しかった。ブラを外すと小ぶりの胸が自由になる。またシャッター音が近くで鳴らされたような気がした。

「パンツも脱いで、全裸になったら、気持ちよく伸びをしようか。全身が自由になった気分。いつもよりも開放的で、リラックスした、最高の気分になれるよ。」

 言われるままにショーツを降ろして足から抜き取ると、栞は両手を頭の上に大きく上げて、伸びをする。全身の関節が解れていくような、解放された気持ちになった。

「ううんっ・・・・」

 左隣からも心地良さそうな声がする。間近でシャッター音が聞こえていた位置から、数歩下がるような足音がして、やや遠目からもう一度シャッター音がする。栞は深呼吸をするように両腕を後ろから降ろしていく。全身が楽になっていくのを感じて、思わず笑みを漏らした。学校の皆が知ったら、珍しがるかもしれない。鶴見栞はなぜか、学校ではあまり笑わない、冷徹な秀才美少女と言われているのだ。中身は普通の女の子なのに・・・。

「さ、浴室に入ったね、シャワーを浴びようか。お湯は丁度いい温度。とってもリラックス出来るよ。いつも汗をかきやすい部分を重点的に洗い流そうね。」

 気がつくと、いつの間にかバスルームに入っていた。栞がノズルを回すと、シャワーヘッドからお湯が撒かれる反響音。体にお湯の粒が何百と浴びせられる。気持ちのいいシャワータイムだ。栞はお尻から太腿の裏にかけてよく洗い流すようにする。読書家の彼女が本を読み出すと、何時間でも座ったままでいるので、この部分に汗をかきやすい。肘から腕にかけても良く洗うようにする。机や本は色んな人が触れる場所で、雑菌も多いはず。・・・そして女の子なので、いつも下着に締めつけられている胸元や股間もしっかり洗う。当然のことだ。

「今日は凄く寒くなったり、凄く暑くなったりしたせいで、血の巡りが変になっていたのかな? シャワーを浴びた部分から、痒くなってきましたよ。うーん痒い痒い。」

 声が聞こえると、栞の体に変調が訪れる。我慢できないくらいのムズ痒さが、栞の体のそこここに襲いかかってきたのだ。慌てて体をくねらせながら、あちこちをポリポリと掻き始める。

「爪を立てると跡がついちゃうから、君たちの指は肌から1センチ離れた空間しか掻けないよ。でも、掻くと気持ちい。・・・だけど、掻いたと思った部分は、どんどん痒くなる。もう我慢できないくらい、痒い痒い痒い。」

 繰り返される言葉に急きたてられるように、栞は体中を掻き毟る。自分の指は肌に触れることはなく、1センチほど離れたところまでしか届かずに空を掻いているのだが、それでも一瞬、痒みが引いてくれたような気がして、口元がほころぶ。だけど楽になったのはその瞬間だけで、すぐにさっきの痒みが倍になって返ってくる。我慢できなくなった栞は両足を大きく開いて、右手と左手で前後から股間を掻き毟った。堪えきれない痒みで両足をバタバタさせると、浴室は水の跳ねる音が響く。

「ここ・・・。バスタブの角に押しつけて擦ってみようか? 痒みが劇的に減るよ。でも離すとまた痒くなる。」

 1人で浴室にいたはずなのに、誰かの手がポンポンと角を叩いたような気がする。それに導かれるまま、痒みの虜になっている栞が、必死に痒い部分を押しつける。その場所からは、バスタブには似つかわしくない、木の感触・・・。まるで机の角で体を擦っているような感触が返ってきた。

「うぅっ・・・痒いよー!」

 ドンっと突き飛ばされたような感触、栞はよろめく。

(私の家のお風呂なのに・・・澪がいる?)

 唯一栞の体を痒みから救ってくれる、大事なバスタブの角を、なぜか裸の親友に奪われてしまった。混乱する思考を整理する間もなく、痒みは襲ってくる。

「じ・・・順番だよっ」

 栞が懸命に押し戻す。澪の体の横から自分の裸をネジ混んで、バスタブの角にお尻を押し付ける。2人で角を奪い合うようにして、お尻や股間、胸元を争って擦りつけた。

「もっ・・・もうちょっとそっちにずれてよっ」

「駄目っ。順番だからっ」

「私の家のお風呂なんだから・・・」

「何言ってるの? 私の家じゃん・・・。もうっ!」

「押しくらまんじゅう」のように互いのお尻を押し付けあって「バスタブ」の角を奪い合う親友同士。猛烈な痒みのあまり、喧嘩になりそうなところで樹が割って入った。

「はい、2人とも椅子に戻って眠ってください。痒みは全部引きました。服はちゃんと着ていますよ。何も心配ない。椅子に腰掛けると心地良くてふかーい眠りに落ちていきます。ほら、3、2、1、眠ってー。」

 自分の家の浴室に、澪が裸で割り込んで来ただけでもおかしなことなのに、可児田樹が制服のまま入り込んできて仲裁する。一瞬事態の異常さに混乱した栞を鎮めるようになだめるように、樹が椅子へと誘導する。何となく言われるままに椅子に腰掛けると、自分がきちんと制服を着て生徒会室にいることに気がついて安心した。椅子まで歩く間に、何か布きれが左足にまとわりついたような気がしたのと、はす向かいに何故かトランクス一丁の湯川倫太郎がいたことが変と言えば変だったが、そのことを深く考える前に、鶴見栞は幸せな眠りの底へと落ちていった。

。。。

「はい、目が覚める。でも僕が言った通りになってるよ。」

 男子が手を叩く音がする。栞が瞼を開くと、そこには熱帯性気候の湿潤な熱気が充満していた。生命の匂い。ジャングルだ。四方で虫やトロピカルな鳥の声がする。鬱蒼としたジャングルの中にいる自分に気がついても、栞は不安を感じたりすることはなかった。ジャングルの主、パワフルなゴリラになっていたからだ。椅子から立ち上がって、腰を低く落としながらノッシノッシと歩き回って自分の力を誇示する。両手両足を使って歩く、ナックルウォークだ。みなぎる野生のエネルギー。周囲を威圧するように睨みをきかすと、ニシローランドゴリラのシオリは、誇らしげに両胸を叩いてドラミングを始めた。

「ホッホッホッホッ」

 なぜか今日に限って、胸の一部が柔らかすぎて叩きにくいので、鎖骨の下辺りを叩く。近くでスマートフォンのカメラを構えているのは、ディスカバリーチャンネルの少年カメラマンだ。横にいるトランクス一丁のチャラそうな男はきっと、原住民の若いバカ男だろう。シオリはクスクスと笑いを噛み堪えている少年カメラマンの前に立ちはだかって、大振りに胸を叩いて威嚇してやる。野生のメスゴリラの生態を見せつけてやる。

「ウホッ、ホホッ」

 横から、シオリの邪魔をするように横入りしてカメラの前に陣取ろうとする邪魔者の存在に気がつく。ゴリラのシオリも一瞬呆気にとられてしまう。全裸の人間。均整のとれた引き締まった体つき。ヒトの感覚で言えば恐らく、相当な美女と言えるかもしれない。そんな人間の女が、素っ裸でゴリラの真似をしていた。顔も動き方も、すっかりゴリラになりきっているが、見た目は完全に普通の美女。その姿は滑稽でしかない。本物のゴリラである、シオリに対する侮辱のようにも感じられた。

「ウホッ! ホウホウホウッ!」

 シオリが怒りを露にして、胸を激しく叩いた。本物のゴリラがどれほど恐ろしいか、愚かな「猿真似」人間に思い知らせてやるつもりだった。しかし、向こうは向こうで、シオリに対して怒りの目を向け、歯を剥きだしてドラミングを返してくる。まるで私が本物のゴリラだ、お前は偽者だと言わんばかりの不遜な態度だった。一触即発の空気。その緊迫した状況を、収めようとしたのは先ほどの、少年カメラマンだった。

「はい、メスゴリラさん、こっちに間抜けな原住民がいますから、こいつを先にぶっ飛ばすのはどうでしょう? 遠慮なくやっちゃってください」

「・・・へ? ・・ちょっ、待っ。」

 原住民のバカ男がリアクションを取る前に、シオリと人間のメスの2匹が飛び掛っていた。人間の癖に、こちらのメスはなかなか運動神経がいい。シオリよりも先に男に飛びかかって、ラリアットを食らわしていた。シオリも容赦ないアッパーカットをかましてやる。哀れなバカ男は、泡を噴いて倒れていった。

 少年カメラマンは、実は動物学者でもあるらしい。野生動物の生態を熟知しているのか、シオリたちを実に巧みに誘導する。ゴリラ語も話せるあたりが好感が持てる。気を許したシオリは、少年カメラマンの導くままに、オナニーという行為を初めて学習した。性器の辺りを前足で摩り、湿地帯のように潤ってきたところで膣に前足指を入れる。後は野生のおもむくままに前足指を出し入れ。なかなか心地良く、メスゴリラは声を荒げてエキサイトした。

「ウホホッ、ウホッ! ウホッ!」

 飛び跳ねながら、指の出し入れを激しくする。先ほどからゴリラの真似をしている偽者の裸女も、嬉しそうに腰を前後させんがらナックルウォークをしていた。

「はい、お疲れ様。2人とも椅子に戻ってまた眠ってー。」

 少年カメラマン・・・、いや、可児田樹が両手を叩くと、シオリは自分がメスゴリラではなく、生徒会の会計だったことを思い出す。真っ赤な顔で指を大切なところから抜き、体を隠そうと思うのだが、猛烈な睡魔に襲われて、倒れこむように椅子に体を預けてしまった。体は椅子の上で止まっても、意識は底無しに下へと落ちていく。頭がガクリと左へ向くように傾くと、一瞬視界に裸の澪が同じように椅子に身を委ねているのが見えた。さっきまで、ゴリラを侮辱して物真似していると思われたヒトのメスは、よくよく考えると、生徒会選挙管理委員長で栞の親友、芹沢澪だった。どうして気がつかなかったのだろう? その答えに辿り着く間もなく、栞は深い眠りの底へと沈み込んでいく。

。。。

「ほらっ、鶴見さん。良く見て。」

 可児田の声でまた目が覚める。いつの間にか生徒会室にはカーテンが閉められ、その外は薄暗くなっているようだった。ボンヤリとした頭を左右に振って、意識をはっきりさせようとする鶴見栞。視界の端に、トランクス一丁で泡を噴いて倒れている倫太郎の姿が見えた。

「倫太郎? 何をして・・・え? ・・・やだっ。何、これ?」

 腐れ縁の幼馴染のことを気にする間も無く、栞はさらに異様なものを目にしてしまった。全裸のマネキン。それも彼女の親友、芹沢澪にそっくりの全裸のマネキンであった。まるで悪趣味なオブジェのようだ。

「何なの、これ・・・、澪、そっくりじゃない。」

 もともと女子バレー部のスター選手である澪は背も高く、手足が長い、女子から見た理想の体型をしている。そしてこのマネキンは出るところも出ていて、日本人離れしたスタイル。顔も良くハーフと間違われるような濃いめではっきりした顔立ちという、何というか「マネキン映え」する澪を良く模していた。いつもの大人びた、姉御肌の澪とは異なり、張り付いたような笑顔で立っているが、その表情以外は、澪そっくりだと言っても過言ではない。両手を腰に当て、足は肩幅ほどに開いて、直立不動の澪マネキン。背筋をピンっと伸ばしているせいで、豊満なバストが突き出されるようにその存在をアピールしている。女子であってもその迫力に若干ゾワゾワするものを感じさせられた。

「どう? ・・・なかなか良く出来てるよね? このマネキン。素材も普通のマネキンとは違って、人肌そっくりなんだってさ。触ってみたくならない?」

 一瞬たじろいで、自分を落ち着かせるようにメガネに手をやった栞だったが、すぐに嫌悪感を表情に出した。

「なんか、悪趣味。誰がこんなの作ったの? 澪が見たら、張り倒されるんじゃない? ・・・私も、触りたくなんかないよ。」

 栞に非難の視線を投げかけられ、可児田樹は自信なさげに目をそらす・・・と思われたが、今の可児田は余裕のある態度を崩さない。

「そう? ・・・秀才の呼び声高い鶴見さんだから、『学術的興味』にかられて、新型マネキンをアチコチ触りまくるんじゃないかって思ったんだけど、そうじゃなかったか・・・。」

「うぅっ!」

 突然体がブルブルっと震え上がった栞は、肩をすくめ、胸のあたりを押さえる。自分を抑え込もうと必死になる。なんだろう。急に体が燃え上がるほど、情熱が溢れ出てきてしまう。

(澪にそっくりなマネキン・・・。すっごい興味ある! ・・・・触れてみたい。)

「ち・・・、ちょっとだけ、・・・いいかな?」

 自分の鼻息がマネキンの肌に触れるほどの至近距離まで近づいて、間近に見る。息が当たると、マネキンの肌にかすかに鳥肌が立ったような気がする。人指し指で、二の腕部分を押してみる。スベスベした柔らかい肌の下に、しっかり筋肉が張っている感触。どこまでも澪の体そっくりだ。しだいに遠慮なく、マネキンの体中あちらこちらを突っついたり、引っ張ったり、鷲掴みにしたりする。どこも一点の隙もなく、人間の素肌を再現出来ている。ボリュームのある乳房のタプンタプンする揺れ具合から乳輪への微妙な色合いの変化。ツンっと上を向いた生意気そうな乳首の固めの弾力など、見事としか言いようのない出来映えだ。ところどころ、触れる部分によって、マネキンの表情が一瞬、変わるような気すら覚える。まるで生きているみたいなマネキンだ。鎖骨の下が妙に赤く腫れているのも、誰かに何度も叩かれた跡なのだろうか?

「これって・・・、人形なのに、刺激に反応する?」

「さすが観察力抜群の優等生。『学術的興味』の赴くままに、マネキンを思いっきり弄ってみてよ。」

 樹にそう促されると、栞のマネキンに対する扱いが若干粗くなる。左右の頬っぺたを、両手で限界まで引っ張ってみる。思いっきり、弄ってみたくなってしまったのだ。指を離すと、パチンと若そうな頬の肌は元に戻って無機質な笑顔を取り繕うが、両目の端には微かに涙のような液体が浮かんできたような気がする。無防備な両脇を悪戯っぽく擦ってみる。マネキンは震えるみたいに小さく振動した。首が小刻みに左右に振られているようで、まるで止めてくれ、と懇願しているような反応を見せた。乳首をピンっと指で弾いてみる。マネキンが固い笑顔のまま、「ウッ」と息を漏らしたように聞こえた。

「本当に良く出来たマネキンでしょ? 生きた人間みたいな反応を返すよね。・・・せっかく裸なんだから、エッチな刺激を与えた時に、どこまで人間っぽい反応を示すか、試してみない?」

「・・・そ・・・、そんなことまで、しないでいいよ。もういいわ。マネキンの話はおしまい。」

 そう言いながら、未だにマネキンの体を無遠慮に弄る栞。樹が余裕綽々の様子で言葉を継いだ。

「栞ちゃん、澪マネキンがエッチな刺激にどんないやらしい反応を返すか、『学術的興味』がそそられない?」

「・・・・んんっ・・・」

 栞の中で、さっきから妙な変化が起きつつある。樹の言葉の中に、栞の心の敏感な部分をくすぐる、謎めいた効果がある。具体的にどの言葉なのか、今の栞には見当もつかないのだが、ある一定の言葉が囁かれるだけで、栞のスイッチがパチンと入ってしまうのだ。まるで電車の線路のレールが、信号に従って切り替わるような効果。それを意識することが出来ても、切り替わったレールの行先は変えられない。走り出した電車も途中で止めることは出来ない。まるで栞自身が、樹の言葉の信号で自在に切り替わるスイッチを次々と増やされているような気すらした。今も、普段学校の中で感じたことのない程の、猛烈なパッションに突き動かされていく。頭がぼうっとなるほどの興奮と熱情に操られて、親友を模したマネキンに、変なことをしようとしている。それでも、自分を止めることなど出来なかった。

 腰を下ろし、マネキンの股間を間近から凝視する。女性として、女性の体の仕組みは良くわかっているつもりだった。文学作品の中にも、際どい描写を見つけることは珍しくない。それでも、こうして親友の体そっくりとされている秘密の場所を、電気の点いた明るい部屋で見ることになるとは・・・。黒々と健康的なアンダーヘアを選り分けてみると、若干、色のくすんだ粘膜の部分が露出される。割れ目が繋がるあたりには小さなポッチ。肉と襞の寄り合わさる、女性の生殖器。それは一見グロテスクなようでもある。そしてこの性器が学園中にファンを持つ姐御、アスリート美女の芹沢澪についているという事実は奇妙にエロチックなものでもあった。

 自分のもの以外、触った経験のない栞だったが、想像力を働かせつつ、優しく、丹念にマネキンの性器回りを指で刺激していく。やがて肉の襞を押し分けるように、クリトリスの芽がぷっくりと起き上がる。割れ目の内壁が擦れあうたびに、ピチャピチャと液体の音がするようになった。

「本当に良く出来てる・・・。本物の反応そっくりだわ。」

「本物の反応そっくりって、鶴見さんがプライベートでオナニーしてる時の、鶴見さんのアソコの反応とそっくりっていうことですか?」

「なっ何を言ってるの、それとこれとは・・・。」

 自分自身のガードが緩くなっているのだろうか、ふとした呟きに突っ込みを入れられて、栞が一瞬、我に返る。耳まで赤くなっているのが分かる。どうして今日の自分は、こうも無防備に可児田なんかの前でボロボロと自分の心情を吐露してしまうのだろう。

「鶴見栞さん、研究に専念してください。恥ずかしがらずに客観的に全てを記録するのも、科学の進歩に大切なことでしょ。貴方の『学術的興味』の探索は羞恥心なんかより強いはずです。」

「は、はい。・・・そうです。」

 隣で、可児田樹がスマートフォンを動画撮影モードにして構えていてくれていることに気がついた栞は襟を正してマネキン股間研究に意識を戻す。樹が、まるで自分の指導教官になってくれているような気がした。

「ご自分のアソコと比べて、この澪マネキンのアソコはどう評価されますか?」

「し・・・、色素の沈着度合はこちらの方が濃いように思われます。でも物理的な刺激への反応の良さは、こちらが上ですね。私は、何といいますか、妄想を精一杯働かせて、やっとここまで濡れるのですが、その、オルガスムに達しそうになると、罪悪感で手を止めてしまうことも多いです。多分、彼女の・・・、このマネキンの場合はもっと素直にナチュラルに性器に触れていると思うし、あと、絶対的な経験も差がありそうです。」

 恥ずかしい思いを抑え込むように、わざわざ神妙な顔つきで、赤面を隠しながら答える栞。澪の経験について触れると、マネキンの内腿がキュッと強張ったような気がした。

「愛液の出がいいわけですね?」

「はい。・・・少し、だらしないといっていいくらい、ダラダラ出てきます。」

 観察対象の太腿がプルプルと震えている。栞が見上げると、マネキンは固い笑顔のまま、眉をハの字にひそめ、両目を固く閉じていた。ずいぶん繊細な表情のマネキンだ。

「愛液の味は? 人間のものと比べてどうですか?」

「わ・・・私が人間の愛液を味わったことがないのですが・・・これは、・・・うっすらと塩味です。ほんの少し酸味も感じます。」

 人指し指を第二関節まで、遠慮なく膣に突っ込んで、抜き取った栞は舌を伸ばして正直に樹に伝える。

「空気に触れて、・・・あるいは鶴見さんの指に触れて、味が変化している可能性は排除出来ていますか?」

 指導教官の指摘を受けて、栞はハッとする。またも、恥ずかしさのために、学術的興味への真摯な取り組みを怠ってしまった。反省の念を込めて、栞は自分の顔をグッとマネキンの股間に押しつけ、舌を伸ばして愛液を直接舐めとる。自分の評価を何度も繰り返し確認するように、執拗に舌を膣の入り口に押し込んで這わせた。鼻が股間に押し込まれることで、うっすらとした尿の匂いと、成長期の女の匂いが鼻孔に充満する。額から頬にかけてを、澪マネキンのアンダーヘアーがくすぐった。マネキンが粗い呼吸をするような反応。ここまで人間に近い反応を見せると、気色を悪さを超えて、尊敬の念を抱きさえする。素晴らしい研究対象だ。

「そのまま頑張って舌を動かすと、マネキンがイッてくれると思いますよ。このマネキンはとても感じやすいし、なにしろ『チームワーク』に関しては最高に献身的なんです。」

 指導教官が説明すると、マネキンが微妙に腰を動かし始めた気がする。栞が舌を伸ばす瞬間に合わせて内壁がキュッと閉まり、腰が押しつけられる。まるで栞の舌の動きを貪欲に味わうように、マネキンの下半身が蠕動する。栞の体を張った観察にも熱が入る。激しく舌を出し入れし、頭を前後に振って最大限摩擦係数を増やしてやると、やがてマネキンは膣口をギュッとすぼめ、痙攣する。やがて愛液がダクダクと溢れ出た。

 顔中にマネキンの粘液を噴きかけられて、栞が咳き込みながら顔を離す。相当な運動量だったので、思わず手を床に付いた。

「はーい、お疲れ様。栞さん。3秒正気に戻ってからまた深い催眠状態に落ちましょう。澪さんも3秒自由になった後、深~い催眠状態ね。ほら、3、2・・・」

 鶴見栞の思考が急に、霧が晴れたように明晰になる。周囲を見回すと裸の自分と異常な光景に凍りつく。

「やっ・・・なんで?」

「栞の馬鹿野郎~。」

 人形のように固まっていた澪が腰を抜かしたように床に崩れ落ちる。両手を床について栞を恨めし気に睨むのだが、目はまだどこか、エクスタシー後の陶酔を宿していた。栞と澪が向かい合って目を合わす。何か言おうと栞が口を開いた瞬間に、与えられた3秒が過ぎ、2人は同じ方向に体を崩していった。全裸のまま床に横たわる澪と栞。2人ともスヤスヤと安らかな眠りに落ちていた。

。。。

「はいはい、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。新製品、次世代型ダッチワイフの大セールだよ!」

 景気の良い声で売り子の芹沢澪がお客を呼ぶ。売り物の身ながら、鶴見栞は内心うんざりしていた。澪は、黙っていればモデル顔負けのイイ女なのに、口を開けば大雑把な体育会系。売り物が売り物だから仕方が無い部分もあるものの、もう少しデリカシーを期待したいところだ。

 そんな栞は今、全裸で四つん這いになって、無表情の顔を上げている。口をポッカリと「O」の字に開けて、購入者が現れるのを待っている状態だ。売り子の商品説明が栞の命運を握っている。製品として開発・生産された以上、誰にも使用されずに在庫処分で破棄されるのだけは避けたいと願っていた。

「あれ? ・・・こんなところで、何売ってるんですか? ・・・次世代型ダッチワイフ? ・・・何か、これまでのものと違うところでもあるの?」

 即売会のブースで足を止めたのは、地味なオーラをまとった暗そうな高校生。栞の好みの男性のタイプとは全く違うものの、商品としての栞のターゲットカスタマー層には・・・ばっちり当てはまって見えた。栞は心なしか背筋を伸ばし、あごをグッと上げて背中を弓なりに反らす。

「おっ、お兄さん。お目が高い。こちらは栞1号と言いまして、とってもお薦めの多機能型ダッチワイフです。まずは触ってみてくださいよ。触り心地最高ですよ。栞ちゃんはピッチピチの女子高生っていう設定なんです。色白で華奢で、ちょっとお高くとまった優等生タイプ。こんな子を思う存分楽しみたいっていうお客さんに大好評なんですよっ。」

(いっ、いつ私がお高くとまってたっていうの! 澪っ!)

 口を丸く開けたまま、栞1号は心の中で抗議する。物言えない商品である栞に代わって、売り子さんに栞を素敵にアピールして欲しいのに、彼女のトークはいつも雑だ。

「確かにこの子、可愛いね。メガネはオプション?」

「メガネは付属品です。って言っても、この子、いつもメガネかけてる訳じゃないんですよ。学校内や読書中はメガネかけてますけど、外で買い物の時とか、あとは生徒会室では、よくメガネを外してます。そこは女の子なんですよ。・・・っていう設定の商品です。」

(ちょっと、澪。もう余計なこと言わないでいいよ~)

 上目遣いでお客さんと売り子さんのやりとりを不安気に伺う栞1号。この売り子さんのフレンドリーなぶっちゃけトークは、商品にとっては迷惑な部分も多かった。

「女の子・・・生徒会室・・・。誰か、生徒会に気になる人でもいる。っていう設定なの?」

「鋭い、お客さん! 生徒会の広報部長、湯川倫太郎とご近所で幼馴染なんですけど、中等部の頃に周りに内緒で付き合ったことがあって・・・。でも、キスまでしかいかずに、破局しちゃったんです。倫太郎、女癖悪いですしね。・・・だけどここだけの話、栞はまだ、倫太郎に気があるんじゃないかって、私は見てるんですよっ。」

(ひ~。もうやめてー・・・・。お客さんも、冷やかしなら、早く帰って~)

 声にならない悲鳴を心に響かせつつも、栞は全裸で四つん這いのポーズを維持しなければならない。お客さんに耳打ちするような仕草をしながら、売り子の澪は全く声のボリュームを落としてくれる様子がなかった。

「へぇ~。それは知らなかった。・・・でも、キスまでってことは、お姉さん・・・。」

「そうっ。だからお目が高いって言ったでしょ。この栞1号。こっちの穴はまだ開封前の新品です。新品ピッカピカの、ヴァージンちゃんですよ。」

 四つん這いになっている栞の背後へとお客さんを誘導した澪が、ご丁寧に栞のお尻を両手でムンズと掴んで広げてくれる。割れ目の奥の、処女膜まで日の目に晒されているのだろうか、栞はダッチワイフとして生まれたこの身を悔やんだ。トークのリズムをつけるように、澪はペチペチと栞のお尻を叩く。親友の売り子さんのはずなのに、澪は栞に何か恨みでもあるのだろうか。少し扱いが粗雑だ。何か恨みでも・・・。

「ピッカピカのヴァージンちゃんか・・・。お姉さんとは違って?」

「へっ・・・お、お客さん。それはちょっとお答え出来ないですよ。プライバシーですぅ。」

 急にブリッ子みたいな仕草をして、笑いでごまかそうとする澪。しかしお客さんは声を一段低くして、澪の背後から囁いた。

「澪ちゃん。よーく聞いて。君はノリの良さと正直さがモットーの売り子さんだ。お客さんに商品を気に入ってもらうためなら何でも話して、何でもするのが君に求められている『チームワーク』だよ。・・・そうだよね?」

 話しかけられた澪の目が一瞬、遠くを見つめるように生気を失う。口を半開きにしたまま、数秒間、呆けていた。

「はぁ・・・・あぁ・・・・チーム・・・ワーク・・・。」

「もう一度聞いちゃおっかな? 売り子さん、貴方はこのダッチワイフとは違って、ピッカピカのヴァージンって訳ではないの?」

「あ、はいー。・・・ごめんなさーい。私はもう、2人の男性と経験済みです。最初の人は中等部の時に高等部3年だった先輩で、バレーがすっごく上手だったんです。2人目は大学生で、半年前まで、付き合ってました。これでも、外見よりは身持ちが固いって言われるんですよ。だけど生徒会メンバーでは私が一番経験豊富ですね。・・・あ、もちろんお客様にお買い上げ頂いたあとは、この栞1号が私を抜いて、男性経験一番の大ベテランになるんじゃないかな? なんちゃって。」

 澪が、あっけらかんと自分の男性遍歴を、今会ったばかりのはずのお客さんに大きな声で披瀝してしまう。モデルばりの大人びた外見で、ガールズトークなどもぶっちゃけるように見られる澪は、実は男女交際に関しては意外と真面目なタイプ。その澪が冗談交じりに彼氏話を打ち明けて、お客さんに媚を売っている。栞は澪がどうなってしまったのか、心配せずにはいられなかった。

 もっとも、ダッチワイフとして全裸で店頭に並んでいる自分の身の上こそ、それ以上に心配すべきだと、思い直した。売り子の澪がまだお尻の肉を引っ張っているせいで、さっきからお尻の穴までお客さんたちに丸見えになってしまっているではないか。

「そっかー。売り子さんも心を開いて真心で説明してくれるし、このダッチワイフも確かに可愛いし。どうしよっかなー買っちゃおうかなー?」

「お買い得だよー。お客さん! 処女! ・・・・どーだっ」

 売り子の澪はいつも以上に「ノリの良さ」を発揮して、栞1号のお尻をグイグイ左右に引っ張る。お客さんは苦笑しながら首をひねっていた。

「うーん、処女はわかるんだけど、僕個人的には、オッパイがもうちょっと大きくてもいいんだけどなぁ・・・。」

 栞1号の秘かなコンプレックスを刺激されて、ダッチワイフなのに微妙にプルプルと震えてしまう。

「おっぱいか~。いや、お客さん。気持ちはわかるんですよ。正直私も、最初にこの製品見たときには、開発陣にクレーム付けたかったです。男に売るなら、もうちょっとオンナをアピール出来るバストサイズにしなきゃ。これじゃ、断然、物足りないって。」

 ダッチワイフが、丸く開けていたはずの口を一瞬閉じて、下唇を噛みはじめる。この売り子さんとは長い付き合いなのだが、こんな風に本音をあっさりぶつけられたのは初めてだったからだ。2人でいる時はそんな素振りも見せてこなかったのに、こんな風に思われていたなんて・・・。

「だけどね、お客さん。逆にこうも考えてみて欲しいんです。このダッチワイフ業界、牛みたいなオッパイした巨乳人形なんて、ありふれてませんか? せっかく高校1年生のピッカピカなヴァージン人形として売っているんですから、体もまだ大人びてない、未成熟な方が盛り上がるでしょ? なんなら中学生と見間違えるくらいの幼い体型の方が、背徳的な楽しみが増すっていうもんです。ほら、この固めのオッパイ。男を知らない、ぎこちない膨らみ。これこそが栞1号の醍醐味ってもんです。」

 売り子さんがお客さんの手を取って、四つん這いのダッチワイフの胸に触れさせる。ダッチワイフは、褒められているのか、けなされているのか、よくわからない。反応に困ったような表情を見せたが、胸を隠すようなリアクションは取らなかった。人形なのだから、されるがままになっているのが、当たり前のことだ。

「売り子さん、なかなか上手だね。僕もだんだん、購買意欲が湧いてきたような気がする・・・。でも、ちょっと待ってね。実は今日、ダッチワイフの目利きが得意な鑑定人を連れてきてるんだ。今、連れてくるよ。彼も太鼓判押してくれるんなら、ここで決めちゃうよ。」

「大歓迎です!」

 また違う人の目にも晒されるのか。抗議したい思いを飲み込んで、栞1号は売り子の澪に従う。お客さんは、同年代くらいの男子を連れてきた。不思議と、どこか見覚えがあるような気がする。

「ダッチワイフ鑑定人の湯川と申します。可児田様にはいつも大変お世話になっております。店員さん、こちらの商品、触らせて頂いてよろしいですか?」

「どーぞ、どーぞっ」

 澪が元気よく、栞1号のお尻をもう一度ペチンと叩いた。なんだか学芸会のような芝居口調で登場した湯川という鑑定人だったが、栞の前でしばらく微妙な顔をしていた。

「鑑定人さん、どうしたの?」

「あっ・・・。はい・・・。ちょっと、この顔・・・。見覚えがあるような気がして、私としたことが、一瞬気を散らせてしまっていました。」

「へー。どちらかというと親近感が湧く顔っていうより、整った美形で、近寄りがたいような才女顔に見えるけどね・・・。鑑定人さんからすると、好きな顔なの?」

「・・・オホン、プロとして、個人的な好みをご説明するのは気が咎めますが・・・、はっきり申しまして、とてもタイプです。おっしゃるように、とっつきにくいような美形という第一印象を与えがちですが、こういうタイプは意外な女らしさを隠し持っているものです。・・・私も素直でないので、普段こういうことは言わないのですが・・・。」

 栞1号の顔から、ボオッと湯気が出たような気がした。ただ単に、一体のダッチワイフが鑑定されているというだけなのに、何故か長年の思いや鬱屈が噴き出してくるような熱い感情が体にたぎる。

「右の耳たぶを引っ張るとダッチワイフが稼働して、自己紹介をしながら反復動作をしてくれるって、説明書に書いてあるけど、そうなの?」

 お客さんはいつの間にか、手にマニュアルらしき冊子を持っていた。

「はっ、はい。その通りです。」

 美人の売り子が揉み手をして、媚を売りながら返事する。高校生くらいに見える鑑定人も、「ではでは」と栞1号の右耳を下に引っ張った。

「ワ・・・タシハ、シオリ、1ゴウ。カワイ、ガッテ、クダサイ」

 アニメに出てくるロボットのような甲高く無機質な声を出して、栞1号がしゃべり始める。

「ウ・・・・ウイーーン、ウイーーーン」

 ダッチワイフは口から機械音を出しながら、若干ぎこちなく、四つん這いの姿勢から腰を前後に動かし始めた。鑑定人がふむふむと、したり顔で観察する。その視線を感じると、栞1号の目にはうっすら涙が浮かんできてしまった。栞1号にはその涙の訳が自分でも理解できない。ただの水漏れ、オイル漏れだろうか? ただ新型ダッチワイフが、鑑定人の目の前で全裸で動作確認をしてもらい、その後、見知らぬお客さんに買われるというだけのことなのに、口から洩れる機械音は細くかすれている。自分は不良品なのだろうか? そう思うと、栞1号はすっかり悲しくなってしまった。

「他にも色んな動きが試せるって書いてあるけど、バリエーションがあるの?」

 お客さんが美人で背の高い売り子さんに質問をすると、揉み手の売り子さんは腰を低くして、精一杯の営業スマイルで答える。

「も、もちろんです。腰をもっとエッチにぐるぐる円回転させたり、ネットリと8の字回転させたり、小刻みに横振動でブルブルしたり、お客様の好みに従って自在に動くんですよ。」

 売り子が嘘を言ったのでは、製品ごと信頼を失ってしまう。栞1号は澪の言葉通り、懸命に腰をくねらせてお客さんを納得させる。しかし鑑定人の視線を感じると、体がオーバーヒートしてしまいそうになった。なぜだか、鑑定人にだけは、この姿を見てもらいたくないような気がした。それでも機械仕掛けのダッチワイフ。精一杯「エッチに」、「ネットリと」といった動きも表現しようと腰を振る。尻肉をブルブル左右に振動させる。お客様の欲望を満たすのに相応しい大人の玩具としての、自分の機能性を懸命にアピールした。

「うんっ。これはいい仕事すると思います。素晴らしいダッチワイフです。」

 鑑定人の、不思議と聞き慣れたような気のする、鼻にかかった声。ポンと背中を叩かれる。温かい手だった。嬉しいような、悲しいような。栞1号の複雑な気持ちも、鑑定人さんにポヨポヨと胸を触られると、緊張の解きほぐれるような喜びに変わった。

「OK。現金一括払いで。」

「お買い上げありがとうございまーす!」

 聞き慣れたといえば、売り子さんの声も、耳に馴染んでいる。ただ、栞1号の持ち主となった、お客さんの声だけが、耳慣れないほど低く深く、澱みなく響いていた。

。。。

「アァ、モット、シオリヲ、イジメテクダサイ、ゴシュジンサマ」

 単調なトーンではあるものの、栞1号が機械として精一杯、色っぽい声を出して腰を振る。四つん這いの次世代ダッチワイフは持ち主となった可児田様にバックで貫かれながら腰を前後に振っていた。太腿をつたう破瓜の血はまるで人間の血液そのもの。鑑定人も売り子さんも、間近で見ながら感心してくれた。

「右、左、右。今度はデンプシー・ロールよっ」

 売り子さんから、セコンドに転身したような澪の掛け声に合わせて、懸命に栞1号は腰を動かして、持ち主・樹を喜ばせるために奉仕する。鑑定人の湯川倫太郎まで、「景気づけに」と栞1号の乳首を丁寧に弄ってくれている。この倫太郎に左右の乳首をクリクリと捏ね繰り回されながら、初仕事をしなければならないのが、複雑な気分にさせられるのだが、性欲処理の目的で生産された栞1号としては、より多くの男を喜ばせているなら、自分は幸せだと思うようにして、股間の痛みと胸の疼痛に耐えている。

 持ち主の可児田樹様がイキそうになっているのは、お尻の横を爪を立てるように掴む手の力からも、先ほどからさらに一段膨らんだ、モノの様子からもわかる。その気をそらすかのように、樹が呟いていた。

「う・・・うはっ。凄いな。・・・・頭のいい子ほど催眠暗示にかかりにくいのかと警戒してたけど、意外と・・・秀才ほど、・・・チョロいのかも・・・・。いきなりのダッチワイフ暗示・・・。元カレまで交えても、これだけ、はまるなんて、・・・予想外だったよ。」

「よっ、ほっ、・・・そらよっ」

 ノリが良すぎて、すでに売り子というよりも太鼓持ちか、新人ホストにでもなってしまっているような芹沢澪は、樹の腰が奏でるピストンのリズムに乗って、変な音頭を踊っている。湯川倫太郎はただただ丹念に、栞の乳首を指で捏ねて刺激していた。栞はただただダッチワイフの使命を全うするために、腰を8の字にくねらせながら樹の腰のリズムに合わせてパンパンと打ちつけている。

「もしかしたら、頭のいい人ほど、既成の固定観念に縛られずに、暗示に対して自由な発想で追いついてきてくれるのかもしれないな。・・・ひょっとしたら、優等生集団の生徒会メンバーの方が、一般生徒よりも僕の玩具になりやすかったりして・・・。ふふふ、だったら、高倉会長も、・・・いけちゃうかも、しれないな・・・。」

 学園のマドンナにして、絶対的リーダー。生徒会長の高倉沙耶に対して、失礼な口のきき方がされている。普段だったら見逃すはずのない生徒会メンバーたちだったが、今は反応することすら出来なかった。ここにいるのはただのダッチワイフ販売員と、鑑定人、そして本日昔の彼氏と良く似た鑑定人にサポートされながら初の開封がされた、次世代型ダッチワイフだけだったからである。

 可児田樹が我慢の限界に達して、熱い精液を遠慮なく栞の中に放出する。芹沢澪が「おめでとーございます」と大げさに声を上げると、湯川倫太郎も笑顔で両手で摘まんでいる若い乳首にギュッと力を入れる。顎をのけぞらして、鶴見栞がオルガズムに喘いだ。栞を包んでいるのは性行為に達した、生き物としての本能的な喜びと、ダッチワイフとしての使命を全うしている達成感。そして秘かに、かすかな想いを寄せていた男にそっくりの鑑定人の、仕事を手助けが出来たという幸福感まで味わっていた。

< つづく >

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