其は打ち砕き、破壊せしモノ Vol.4_2

Destruction.4-2 ~其は全てを愛し、癒すもの~

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 その言葉にオレは、真に歩み寄った。正面から真の目を見詰める。
 この真は、本来の自我を持った真じゃあない。心の力・・・意思の一部を封印の維持の為に残したものだ。言うなれば、残留思念というものがもっとも近いだろう。
 しかし、オレは一人の人間に相対するように、対等の命に向き合うように、目線を合わせた。

「オレは、沙姫を守らなくちゃいけないんだ。その為には、もっと力がいる。認めてくれないか?」

 オレは静かに、説得するように言った。
 今・・・オレは確かに、人間である真に対して、敬意を抱いていた。オレが読み取った記憶だけでは計り知れない力を持った・・・そのクセ、妙にか弱い印象を持った真に。

「ホントに、沙姫を守る為?」

 真が上目遣いにオレの顔を覗き込む。それはまるで、顔を見れば嘘が判るという風に。だから、オレは目を逸らさない。

「あぁ、でなかったら、ここには来ないさ」

 それは、本当の事だ。意地もあるし、怨みもある。でも、沙姫を取り戻したいという気持ちが、今は一番大きい。

「じゃあ、いいよ。でも、ひとつお願いしたい事があるんだけど・・・いいかな?」

 春の日の太陽のように、柔らかく輝く笑みを浮かべて、真が小首を傾げた。そうして見ると、真が沙姫の血縁というのが、激しく納得出来た。

「いいぞ。何でも言えよ」

 オレの返事に、真は照れたように顔を赤らめた。

「もう、封印は無くなるんだから・・・ボクも連れて行ってよ。ずっと・・・一緒に」

 真はそう言って、オレに右手を差し伸べた。何かを期待するような、ワクワクとした目でオレを見ている。それはどこか、子犬のようなイメージを伴っていた。オレの中で混ざり合っている真の影響か、不思議と目の前の真を拒否する気にはならなかった。オレも、右手を伸ばした。

「ああ、行こう」

 オレは、真の手を握り締めた。
 一緒に、闘う為に。

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 沙姫は、身体と魂をゆっくりゆっくりと蝕まれていった。その全てを蝕まれた時、封印されていた邪神が復活する・・・そう認識していたが、沙姫にはどうする事も出来なかった。
 苦痛も無く、快感も無い。
 先程までは酷く近かったそれらは、今は酷く遠く感じられた。
 夢の中の出来事のように、記憶にはあっても実感が残っていない。
 感覚に伴う感情が、消失してしまったみたいだった。
 まるで他人事のように、沙姫は自分が消えて行く様子を眺めていた。

「真ちゃんに・・・会いたいなぁ・・・」

 それまでまったく頭に浮かんではいなかったが、ふと何の気無しに思い付いたその考えは、瞬間的に確固な願いとなった。

「会いたい・・・うん、会わなきゃ・・・」

 それは、生きていたいという思い。自分の事だけを考える者には、到底辿り着けない願い。

「まだ、真ちゃんが死んだかなんて、判らないもの」

 そう言いながら、心のどこかで確信めいたものを感じていた。あんなに自己中心的な性格の魔王が、わたしの真ちゃんが、あっさり殺される訳が無い!
 心の中に想いが満ちて、それは力となって外に溢れた。
 沙姫を取り巻く邪神の意思が、沙姫の力に怯んだ。

「わたし、死んじゃう訳にはいかないの。真ちゃんに、会うから」

 それは、まるで確定した未来のように、凄く自然に、酷く明るく、沙姫は微笑みながら邪神に語り掛けた。沙姫の魂を鎧う聖性が、煌煌と世界を照らしていく。
 邪神の苦々しげに思う気配が、瘴気のような闇を生み出した。沙姫の心に、邪神の意識が接続された。

───貴様・・・何故、我を拒むか───

 常人ならば、その巨大な意思に抗すべくも無く、ひれ伏してしまうかも知れない。しかし、今の沙姫は、大事な事を思い出した・・・いわば生き足掻く者。まっすぐに正面を睨みながら、真っ向から圧力に抗っていた。

「もう一度真ちゃんに会うために、わたしはわたしを無くす訳にはいかないもの!」

 沙姫は、力を込めて叫んだ。すると、沙姫を包む空間の雰囲気が変わった。沙姫を浸蝕しようとしていた闇が、内側からの圧力に抗し得なかったかのように吹き飛ばされる。

───何故だ・・・何故ココロを砕けない───
───ただのヒトが、何故これほどまでに強い・・・?───

 ここは心の世界だ。心の強さが武器となり、心が弱ければ蹂躙されるのみ。今、邪神は自らの力が圧倒されるのを感じていた。一度は容易く取り込めると思っていた娘が、真という存在を思い出しただけで、これほどまでに強くなる。それは、邪神には理解の出来ない事だった。
 ましてや、邪神は永い時を封印され、その力は減衰していた。力押しで沙姫を取り込めない以上、相手の心を壊す以外に方法は無い。しかし、今はそれすらも難しい状況に陥りつつある。

「ね・・・あなたは神様なのに、どうして怯えるの?わたしはただの女の子なのに。どうして?」
───うるさいっ!ウルサイ、煩い、五月蝿いっ!!───
───ダレが怯えるものカ!シネ、シンで我に食われるがイイっ!!───

 そう喚き立てる存在は、もう邪神としての威厳や力など、微塵も感じさせない卑小な存在へと成り果てていた。逆に沙姫を包む光が、世界の全てを覆うほどに光輝く。それは、朝の清浄なる光が、夜の闇を駆逐する様にも似ていた。

「あなたも、怖かったんだね。わたしも怖かったから、判るよ」

 そう言いながら沙姫が近付くと、闇の奥で邪神は怯えたように後退った。しかし、それ以上に光が闇を払拭する方が早い。全ての闇が取り払われた後には、驚く程小さく萎んだ邪神が、自身を抱き締めるように跪いていた。まるで、自らの罪に怯えるように、ガタガタと震えている。

「もう、怖くないよ。わたしがずっと一緒にいてあげる」

 沙姫は両手を広げて、邪神を抱き締めた。
 世界の全てを、限りなく聖浄なる光が埋め尽くした。

- 6 -

 目の前に、EGW_X1の振るう闇の大剣が、圧倒的な質量を持って迫っていた。
 どうやら、オレの中での出来事は、一瞬にも満たない時間での出来事だったようだ。

「ははっ、行くぜ、真っ!」

 オレは、笑いながら左手を突き出した。闇の大剣に触れた瞬間、オレの左手は飲み込まれるように消えて行く。苦痛は無い。それは今までとまったく同じだ。しかし、今のオレなら違う結果を導き出せる・・・即ち、勝利を。

「はははっ!」

 オレは、目の前で動きを止めた闇の大剣を見ながら・・・その向こうで、無表情な中にもきょとんとした顔をしたEGW_X1を見ながら、笑った。あれほどのダメージを与える攻撃が、いまはなんて事の無い子供騙しにすら思える。

───榊、お前の仇・・・取ってやる!───

 オレは、榊に向かって、心の中で語り掛けた。
 堪らなく気分が高揚するのを感じながら。

 EGW_X1が、茫然と視線を下に向けた。闇の大剣を握る自分の手を・・・その手を下から押さえ付ける、何も無い空間から生えたオレの左手を。
 よろよろとEGW_X1が後ろに下がると、それに伴ってオレの左手が消えて行く。そして代りに、大剣に飲まれた左手が元に戻る。ついでに腹と右腕を修復して、オレは五体満足な状態で立ち上がった。

「ははっ・・・理解出来ないって顔だよなぁ」

 無表情な中に、怯えにも似た感情を読み取って、オレは笑みを深くしながらEGW_X1に近付いた。EGW_X1が下がるが、それも無駄な足掻きだ。

「教えてやるよ。・・・オマエのワザは、触れた物を無に帰すんじゃないんだ・・・別の世界、別の次元、別の宇宙・・・ここじゃあないどこかに闇を繋いで、触れた物をばらばらにばら撒き散らす・・・それがこの闇の正体さ。
 今のオレは、オマエに負けた時のオレじゃあない。・・・今のオレはこの闇を制御して、自分の好きな所に触れた物を飛ばすように作り変えられる・・・そういう事だ」

 今は、EGW_X1の揮う力の質が、完全に理解出来ていた。それどころか、外側から制御する事も容易だった。それは、EGW_X1が既に敵では無いという事でもある。

「・・・ッ!」

 EGW_X1は唇を噛むと、左手をかざした。そこから生み出された無限増殖する闇色の蝶が、世界を覆うかという勢いでオレに殺到する。しかし・・・オレが突き出した右手に、ことごとくが吸い寄せられ、闇の球体に変化した。

「!」

 表情の乏しい顏に、それでも驚愕の色を浮かべたEGW_X1に、オレは闇の球体を変化させて作った一振りの剣を突き付けた。コイツの揮う力は、オレにはもう通用しない、それを判らせるには十分な演出だった。

「止めろっ!止めろ止めろ止めろぉおおおっ!!」

 オレが突き出した剣とEGW_X1の間に割り込むように、サイズが立ちはだかった。近付いていたのには気が付いていたが、なんの力も無いと放っておけば、こんな無駄な事をするとは。ただの人間など、オレが闇の剣で少し突つくだけで、あっさり死ぬというのに。

「EGW_X1は、私の最高傑作だぞ!手を出すなど、許さんっ!」

 温厚だったサイズの顔が、憎悪と恐怖に歪んでいる。ある意味哀れではあるが、生かしておかなければいけない理由など、ありはしない。生かしてはおけない理由なら、いくらでもありそうだったが。

「そうかい」

 声と共に伸ばした剣が、サイズとEGW_X1を同時に貫いた。ランダムに飛ばすなんてしない。剣が触れた部分は、すべて太陽の中心核にばら撒いた。さすがに1500万℃もの熱で焼き尽くされれば、灰すら残りはしないだろう。

「マ・・・マリア・・・」

 こぷ、と口から血を溢れさせながら、サイズが茫然と口にした。もう身体もまともに動かないだろうに、なんとか後ろのEGW_X1の方に振り返ろうとしている。

「おとう・・・さ・・・ま・・・」

 力の核たる部分を消し去られたEGW_X1が、今にもエネルギー切れで止まりそうなロボットのような口調で、サイズを呼ぶ。傷口が広がるのも構わずに、サイズの背中に抱き付いた。その切なそうな表情は、EGW_X1が初めてはっきりと浮かべた、人間らしい表情だった。
 オレは、小さく鼻を鳴らした。自分の娘を平気で闘わせる父親と、人間以外になってまで父親に尽くす娘・・・反吐が出そうだ。

「もういい、消えろ」

 オレの手の中で、闇の剣がその質量を増した。オレの思うがままに増殖した闇が、一瞬でEGW_X1とサイズを覆い隠した。ゆっくりと闇が収縮したその後には、親娘が存在していた証は何一つとして残ってはいなかった。ただ涼しげな朝の風が吹き抜ける。

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 ・
 ・

「真ちゃん、勝ったんだね」

 オレの目の前には、いつの間にか女神が佇んでいた。美しい均整の取れた身体を覆うのは、純白のシーツ。穏やかな笑顔を浮かべる美貌に、沙姫の面影が色濃く残っている。そして、姿が変わっても押さえようのない聖性が、沙姫である事の証明のように、周囲の空気を優しく抱き締めるように包んでいる。

「ああ・・・」

 そして、沙姫の背中から生えている、左右3対の純白の翼。ただの人間なら、感動の涙を流して跪く事だろう。まさしく神々しくも美しい女神の姿だ。
 オレは茫と返事をしながら、沙姫の変化に目を奪われていた。ただ立っているだけなのに、その身に強大な力を宿しているのが判る。EGW_X1程度では、敵ではないだろう。今のオレでやっと良い勝負が出来るぐらいだ。

「お前・・・随分姿が変わったな・・・」

 オレの言葉に、沙姫は照れながらくるりとその場で回って見せた。未成熟だった胸が確かな質量を持って揺れているのは、もともとあったコンプレックスの反動か。
 恐らく、EGW_X1とは別の邪神がいて、それと融合したんだろう。オレの時とは違って、沙姫の人格が完全に支配しているように見える。

「えへへ・・・でも、わたしはわたしだよ。真ちゃんが真ちゃんであるみたいに、ね」

 沙姫が、腰の後ろで両手を組みながら、腰を曲げて下からオレの顔を見上げた。その視線に、なんとも居心地の悪い気分になる。しかも、成熟した女神の外見で、こういう幼いとも言える仕草は、何か狙ってるんじゃないかと疑ってしまうほど、凶悪だった。

「ふん、まぁいい。帰るぞ」

 オレがぶっきらぼうに言うと、沙姫は嬉しそうに微笑みながら、右手をオレに差し伸べた。手の平を上にして、オレの手を求める仕草。奇しくもそれは、心の中の世界で、真がオレにした姿と同じだった。

「手を引かなくても、自分で飛べるだろう?」

 意地悪く言うと、沙姫はぷくっと頬を膨らませた。垂れ下がり気味の目が、微かに目尻の角度を変えている。

「飛べる飛べないじゃ無いよ。わたしをエスコートするのは、真ちゃんの役目なんだからね。・・・これからも、ずっと!」

 それから伸ばした手を、軽くくいくいと振った。この手を取らないと、ずっとこのままだぞ、なんて言わんばかりのリアクションだ。しょうがなく、その手にオレの手を重ねる。たったそれだけの事で、沙姫の顔が輝くような笑みを浮かべた。

「行くぞ!」

 勢いをつけるように声を出した。斜め後から、「はい!」という弾むような声。振り向かなくても、どんな顔をしているか、判る気がした。
 オレ達は、明るさを増していく空へ、比翼の鳥のように飛び立った。

「ずっと・・・一緒・・・だよっ!」

 握りあった手に、きゅっと力が篭もる。

「フン・・・」

 オレは振り向きもせずに、鼻を鳴らした。唇が笑みの形に歪んだのは、取り込んだ真のせいだろうか。
 爽快としか形容のしようが無い空を、オレ達はどこまでも飛んで行く。

- 跋 -

「おいおい、人に頼むだけ頼んで、事が終わったらさっさと引き上げかよ。つれないなぁ。な、瞳」

 廃墟となった城の上に、ケビンと榊が立っている。二人は光を纏って空を翔ける、二柱の神を見ていた。まるで流星のように尾を引いて飛ぶそれは、見ているだけで幸せになれるような、どこか暖かい光を放っている。

「だって、魔王様の目的は達成したのですもの。後は帰るだけですわ」

 榊は嬉しそうに微笑んでいる。着ている服は紺のワンピースで、肌の露出している部分には、傷の痕は見当たらない。

「おいおい、邪神くんの洗脳前の状態で生き返らせたのに、邪神くんラブは変わらないのかよ。手順を間違えたか、おれ?」

 ケビンは長い金髪を指先で掻きながら、不本意そうな顔をした。
 ケビンは魔王に請われ、榊の肉片からホムンクルスを作ったのだ。時間が無くてクローンとは違う作り方をしているが、記憶や思考方法を過去の特定ポイントで復元するという技まで用いているので、本人そのものというレベルに仕上がっていた。

「うふふ。私が魔王様を愛してるのは、頭で思い込んでいるからじゃなくて、魂からですもの。当然でしょう?」

 嬉しそうに、どこか自慢げに、榊は微笑む。その目はもう見えなくなってしまった魔王達を追って、蒼穹の空を見詰めている。

「で、これからどうする?」

 そう言うケビンの声は、先程までのいじけた感じを残してはいない。魔王がレベルアップし、沙姫が邪神の力を取り込み、復活した榊は前よりも強大な力を手に入れた。総合的な戦力ではまだ足らないが、あの邪神の力にかなり近付いた・・・そう確信していたから。足りない力は、別の所で用意すれば良い。ケビンはにやりと笑った。

「家に帰るわ。魔王様も帰って来ると思うし、ね。その後は・・・そうね、人間が女神様と、魔王様を取り合うっていうのも楽しそうね」

 榊は楽しそうに言うと、ケビンの方に振り返って頭を下げた。

「ありがとう、Dr.ケビン。あなたのおかげで、また私は魔王様にお仕え出来るんだもの。いつか・・・このお礼はしますね」

 もう一度頭を下げて、榊は微笑んだ。自分が生き返った事よりも、魔王にまた逢えるという事が、嬉しくて堪らないらしい。ケビンはなんだか損した気分で、それでもにやりと笑ってみせた。

「おぉ、また今度な。邪神くんにもそう伝えてくれ」

 榊は笑いながら、「はい、必ず」と短く答えて、右手を前に伸ばした。まるで空間を撫でるようにして、ぐるりと身体ごと、自分の周りを一回転する。手がなぞった後には、炎で出来た魔術文字が魔方陣を構成していた。それは、ケビンが光で作る転移の魔方陣と、同じものだった。

「それでは、失礼しますね」

 その声を残して、榊は界を渡った。後には炎が無数の蛍のように、キラキラと宙を舞った。ケビンが戦力アップのつもりで榊に魔術知識を埋め込んだのだが、それは正常に機能しているらしい。ケビンはやや満足そうに、榊が消えた後を見詰めた。
 本当は、魔王が暴走した時の為の予備戦力として榊の復活を期待していたのだが、結果は思ってもいない方向に落ち着いてしまった。しかし───ケビンはにやりと美しい唇を歪めた───戦力には違い無いし、まぁ気にするほどの事も無いだろう。何しろ、神と魔が手を取り合う時代になったのだから。

「また、そのうち逢おう。それまで、お幸せに・・・さ」

 ケビンは祝福を与えるように呟いて、自らも転移の魔方陣を構築した。
 我が家へと意識を馳せながら、ふと・・・ふいにケビンは新しい時代が来たのを実感して、興奮を覚えた。それは、時代の変遷を見るものの、高揚感と同じ物だ。ケビンはにやりと、唇の端を吊り上げて笑った。

 今、神と魔の織り成す、新たな世紀が始まる───。

< 終わり >

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