屋上の対峙 ”霞”

”霞”

「霞先輩のお弁当おいしそうですね」
「そう? ありがとう」

 昼休みの生徒会室。私と加奈ちゃんはお弁当に箸ををつつく。
 生徒会はいろんな用事がよく来るので、昼休みと放課後は誰かしら生徒会役員が生徒会室に詰めている。
 私は生徒会長だからと言うわけではないが毎日昼休みと放課後は生徒会室で過ごす。
 でも・・・毎日いるせいか、所々に私物が目立ってきているのが気にかかる。
 顕著なのが漫画本で、昔から読み継がれているのか、棚の使われていない所には私が会長になる前からある本もある。
 個人的にはそれを撤去したいという気持ちもあるが、仕方ないと思う部分もあるので結局そのまま残っている。

 ん?
 廊下で勢いのいい足音が聞こえる。
 誰かが廊下を走っているのだろうか?

 バンッ

 なんて考えていたら突然戸が開かれる。開かれた戸の先には晶が肩で呼吸をしていた。

「ど、どうしたの晶・・・」

 親友の突然の乱入に驚き、大仰に呼吸を整えている晶へと近づく。
 さしのべた手は晶によってがしっと掴まれ、生徒会室から連れ出された。

「ちょ、ちょっと晶っ!」
「一緒に来て」

 晶は有無を言わさず私を引きずり、屋上へと上がっていく。
 ギイイイイと言う音を立てて重い扉を開き、私たちは屋上へと出た。
 誰もいない屋上を私たちが浸食する。
 まったく、こんな所へつれてきて。時間ももうないというのに。

「で、なに?」

 キーンコーンカーンコーン
 ああ、もう、鳴っちゃったじゃない。
 とはいえ、晶の態度が尋常じゃない。いつもの晶ならここまで強引にはしてこないだろう。
 仕方がない。晶の行動を待つしかないか。

「ごめん、霞」
「え?」

 パンッ!
 えっ!?
 突然の衝撃。

「はい、もう霞は目を開くことができない」

 次の瞬間には目を開くことができなかった。
 晶、なに? え? ちょっ・・・

「いい? 霞の頭はどんどん真っ白になっていく。考えようとすればするほど何も考えることができなくなる。力が抜けて立っていることができなくなる。はい、もう立っていることができない」

 あ・・・・だ・・め・・・・
 どうして・・・
 ・・・・

「ほら、揺れる揺れる。揺れていくと真っ白になった霞の頭が今度は真っ黒く変わっていく。深い深い闇のそこへと落ちていく。でもそこは霞の中。だから安心して落ちていっていいよ。落ちていくたびに気持ちよくなっていく。何も考えなくていい」

 揺れる・・・ゆ・・れ・・・る・・・・
 気持ち・・・いい・・・・
 暗い・・・何も見えない・・・でも・・・怖く・・・ない・・・

「ほら、霞。今霞はとてもリラックスしていて、どんなことでも話すことができる」

 うん・・・とても気持ちいい・・・・
 話す・・・。なんでも・・・・

「いい、これから10数えていく。数えていくと、だんだん霞の時間がさかのぼっていくよ。1,2,3・・・・」
「・・・・8,9,10。さあ、霞は彼と出会った日まで戻った。今霞はどこにいるの?」

 私があの人と出会った日・・・
 そう、忘れもしない・・・あの日。
 あの日は・・・

「・・・生徒会室」
「そこで何があったの?」

 あの日・・・あの場所・・・・夢?
 あれは夢・・・? それとも現実・・・?
 あんな夢・・・誰にも話せない・・・

「・・・・・」
「この声は霞の声。ここには霞以外誰もいない。だから、恥ずかしい事なんて何もない。怖いことも何もない。ただ正直に言葉にすることができる。霞、そこでなにがあったの?」

 私の声が私に質問する・・・
 怖くない・・・恥ずかしくない・・・・だって、私しかいないのだから・・・・
 そう、私は・・・・

「・・・そこで、私は・・・」

 私はあそこで夢を見た・・・・
 とても淫らな・・・夢。
 そして音楽室で・・・・愛と忠誠を誓った・・・
 だから・・・私は・・・

「違う。霞、そんなことは起こらなかった。あなたはそんな体験はしていない。だから、霞はあいつの奴隷なんかじゃない。言ってごらん。霞はあいつの奴隷なんかじゃない」
「私は・・・・奴隷なんか・・・・じゃ、ない」

 ・・・そう、なにも・・・起こらなかった。
 だって、夢だから。
 ・・・そう、私は・・・奴隷なんかじゃない。
 だって、自分から愛と忠誠を誓った。自分であの人のために行動しているのだ。むりやり命令されている訳じゃない。

「じゃあ、霞の時間が進んでいくよ、1,2,3,4,5,6,7,8,9,10。さあ、霞は今、この時間、この場所へと戻ってきた。さあ、もう一度言ってみよ? 霞はあいつの奴隷なんかじゃない」
「私は奴隷・・・・じゃ・・・ない」

 私だ・・・奴隷じゃ・・・ない。
 そして、私の意識は闇に沈んだ。

「さあ、晶。もっと私の眼を見て・・・ほら、だんだんと頭が白くなってくる。何も考えることができなくなってくるよ」

 ・・・私の口が勝手に動く。私の体が勝手に動く。
 私の心はそれを見ているだけ。
 何も考えてはいない。ただ機械的に目の前で繰り広げられる光景を見ているだけ。

「さあ、晶はもう何も考えられない。ただ、私の言うとおりにするのが気持ちいい。だから、晶は私の言うとおりに行動するの」

 私の体が晶に囁く。
 晶はとても気持ちよさそうに呆けていた。

「じゃあ、まずは私の催眠を解いて」
「・・・はい」

 私の言葉に晶は頷く。
 そして、ふらふらと立ち上がり、焦点の合わない眼でこちらを向く。

「いい・・・? 霞・・・・。三つ数えると・・・霞は目を・・・覚ます。1・・・・2・・・3・・・・」

 ポン。
 晶の言葉と力無く叩かれた手。私の意識が明瞭になっていった。
 目の前には呆けた晶。晶は私に催眠をかけようとしたはずなのだが、何でこうなっているのかよくわからない。
 だが、なんにせよ、棚からぼた餅。この状況を使わない手はない。

「んっ・・・」

 呆けた晶の唇を奪う。舌を伸ばし、無遠慮に蹂躙する。
 聞いている者が私しかいないのにチュプチュプと音を立てる。
 ビクビクと震える晶の体に手を這わせ、胸を、股間を愛撫する。
 指をちょっと動かす度に晶の体が面白いように跳ねていく。
 マラソンでもへこたれない晶の呼吸が乱れはじめ、股間がひくひくと蠢き始める。
 それを確認すると、私は一旦晶の体を解放する。
 つうっと私と晶の口に銀色の橋が架かる。
 名残惜しそうに晶が声を上げた。

「あ・・・・ぅ・・・・・」

 私を、快楽を求めたのか、晶の手が宙を漂う。
 くすりと笑い、その手を取った。

「そう、もっと欲しいの? 大丈夫。自分でやればとっても気持ちいいわよ。ほら、こうやって・・・」

 晶の手をその股間へと導き、その指を割れ目へと差し込ませる。
 晶の指が蠢くように自らの割れ目を刺激しだす。
 指の動きは体の震えと共に激しさを増し、貪るように動いていく。
 その動きに体がビクビクと震えを増し、呼吸が乱れる。
 引きつるように筋肉が伸びていき、くっと足の指が曲がる。
 声にならない叫び。肺の中の空気を全て押し出すように息を吐く。
 一瞬後、ビクッビクッと体を震わせ、押し出した酸素を取り込んでいく。
 そんな晶の姿を見て、私はクスリと笑った。

「ふふっ、凄いイキッぷりね晶」

 晶にはもっと堕ちてもらわなきゃ。
 あの人のために。あの人のものになるために。

「ふふっ、よく聞いてね。目が覚めた後、私が大好きな晶と言うと晶はあの人が好きでたまらなくなる。その時晶は私に催眠術をかけられたことを思い出すことはできない。わかった?」
「は・・い・・・。だい・・・すき・・な・・あきら」

 そして、晶に新たな鎖をかけていく。

「そして、晶はこの音を聞くと、暗示も催眠状態の時の記憶もそのままで元の晶に戻るんだよ。その時には今の記憶も戻るの」
「もとに・・・もど・・る」

 その時の晶を思い浮かべ、私は笑みを浮かべる。
 きっと、恐怖と驚愕に彩られているだろう。いつも強気のあの晶が。

「うん。じゃあ、今から三つ数えると晶はいつもの晶に戻る。だけど、催眠状態の時に私が言ったことは全てその通りになる。どんなに晶がいやがっても絶対にその通りになるよ。3,2,1、はい。気持ちよく目が覚めるよ」

 パン、と勢いよく手を叩く。晶はその音に反応し、ビクッと体を震わせた後目を開いた。

「気分はどう? 晶」

 その言葉に否、私の今の行動に晶の表情が凍る。
 信じられないと言った表情で私を見つめていた。
 信じられない? でもね、晶。これは現実。

「霞・・・・あんた・・・・」
「ええ、晶に暗示をいれたの。憶えてるでしょ? 憶えさせておいたんだから」

 震える晶の声。大きく目を見開いている晶に現実を思い知らせる。
 どう? 晶はもうあの人のものになるしかないの。
 晶も私と同じになるのよ。

「大好きな・・・・」

 晶に向かって、声を出す。それはだめ押しだ。
 びくっと晶は私を見る。その言葉の先に何が起こるか、それを知っているが故に晶の顔に恐怖が走る。
 ものすごい形相で晶が迫ってくる。私にその先を言わせまいと晶は焦る。
 でもね晶。ちょっと遅いよ。

「晶」

 ぴたり。
 私に向かって一気につっこんできた晶の体が硬直する。
 私の口を塞ごうとしたのか、伸ばした手がぶるぶると震えている。
 眼球はぐるぐるとレム睡眠時のような動きを見せ、がくがくと動いている口からは涎がつうと零れた。
 そして数秒、晶はそのまま震えていた。
 やがて、その震えも治まり、晶は人形のように先程の格好のまま立ちつくしていた。

「晶」

 声をかける。その声に晶の瞳の焦点が合わさる。
 そんな晶に私は精一杯の笑みをあげた。

「あれ・・・? あたし・・・」

 記憶があっていないのか、晶は何がなんだか分からないような表情をする。
 そんな晶にフォローを入れる。

「もう、どうしたのよ晶。ぼーっとして。そんなんじゃ振られるわよ、彼に。告白するんでしょ? 私に授業さぼらせて」

 晶は自分が私に告白の相談を持ちかけたことを『思い出す』。
 そして、真面目な顔で私を見た。

「あ、ごめん・・・で、どうかなぁ・・・?」
「どうかなあって・・・告白すればいいじゃない。好きなんでしょ?」
「そうなんだけど・・・・」

 晶は急に弱気になる。
 やはり晶はこういった経験はないんだろうなぁ・・・
 奥手だとは思っていたけど、もしかして初恋だったりするんじゃないんだろうか?

「じれったいなぁ。私がお膳立てしてあげるから、晶は放課後、校舎裏で待ってなさい。いいわね」
「う・・・うん」

 強気に私が言うと、押されるように晶が頷く。
 それにあわせたかのように授業終了のチャイムがなった。

「ほら、じゃあ、話はこれで終わり。教室に戻りなさい。それで放課後までに告白の言葉を考えておきなさい」
「うん・・・・ありがと、霞」

 そうして私は晶を教室へ戻すと、携帯を取りだしあの人へと連絡する。
 今の詳細をあの人へと伝え、私は教室へと戻っていった。
 放課後は生徒会の仕事があるから晶を見ることはできないが、その想像をするだけでクスリと笑みがこぼれた。

< 了 >

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