ひめくり

5月18日

 今日はとても不快な日でした。
 大嫌いなアスピーテ様と会わなければならないなんて。

 パンッ
 室内に響き渡る乾いた音。
 それは私が目の前の男性を思いっきりひっぱたいた音だ。

「出て行って! 貴方の顔なんてもう見たくないわ!」
「おやおや、嫌われてしまいましたか」

 目の前の男性はやれやれといった風に肩を竦め、大仰に首を振った。そして、そっと私の目を覗き込んでくる。
 その仕草、その性格、何より、常に値踏みするような、私をからかうようなその瞳が嫌いだった。
 強い意志を込めて、その男性を睨む。

「はは、そんなに怖い顔をしないでください。分かりました、ソレイユ姫。今日のところはこれで引き下がりましょう」

 そういって、煌びやかな服を翻して、男性はドアへと歩いていく。
 潔癖さを彷彿とさせる真っ白な地に豪華さを思わせる金糸による意匠の数々。そんな服に包まれたアスピーテ様の姿を見るたびに私は不快な気分に襲われる。
 ドアまで辿り着くと再びこっちを向いた。

「では、今日はこれで。また今度参上致します」

 部屋を出て、一礼すると彼はドアを閉じた。

 その夜、アスピーテは怪しげな店へと来ていた。怪しげな香の匂いの中、左右の棚には怪しげな物が置いてある。
 店主はなにが楽しいのか、一枚の布きれのような服を頭からすっぽりと被り、机の上に置いた水晶玉を一心不乱に見続けている。

「おい、頼んでいたものは届いているのか?」

 アスピーテは回りの怪しげな品物を気にも留めずに一直線に店主へと詰め寄った。
 ぎろりと小市民であれば誰でも萎縮してしまいそうな雰囲気を醸し出すが、店主には通用しない。

「ひひひ、これですよ旦那」

 笑っているのかいないのか、まるで分からないような表情の下、店主はアスピーテに向かってあるものを差し出す。それを見たアスピーテの眉はぴくっと動き、そして顰められた。

「なんだこれは?」
「見ての通りのものでございますよ」
「ただのカレンダーではないか!!」

 アスピーテの叫び通り、机の上に置かれたモノは一冊のカレンダーであった。ただし、それはアスピーテの見た事のない形ではあったが。
 月は12しかないのにやたらと分厚いカレンダー。ぺろりとめくってみると、一日につき、一枚というとても豪華だと思えるようなカレンダーだった。

「本当にこんなものでソレイユ姫を私のモノにできるのか?」
「ええ、見た目はこのような日常的なモノのでありますが、それ故に相手に怪しまれません、そして、その効果は絶大です。疑いになられるのなら、この話は無かった事にいたしましょう」
「いや、まて。いいだろう。これは買わせてもらう」

 そう言って、カレンダーを取り下げようとした店主の手に前もって提示されていた金額を握らせる。そして、代わりに机の上に置かれていたカレンダーを手に取ると店主に背を向けた。

「おお、そうそう。アスピーテ様。そちらのカレンダーは今月の最後に日付を見せてソレイユ様に渡される方がよろしい。それまではくれぐれもカレンダーをめくらないように」
「わかった。そうしよう」

 その声に返事を返し、アスピーテはその怪しげな店を出て行った。あとに残されたのはひひひと怪しげな笑いを上げる店主と怪しげな品々だけであった。

5月31日

 今日は素敵な贈り物を頂きました。
 一日一枚という珍しいカレンダー。
 早速、壁に掛けてしまいました。

「二度と来ないでって言ったでしょ!!」

 ノックの後開いたドアの先に立っていたアスピーテ様に嫌悪の色をまったく隠さず、私は言った。
 その男はまったく悪びれず、にやにやと笑いながらカレンダーを取り出す。

「今日はこれをお贈りしようと思いまして」
「あなたから受け取るモノなんてないわ」

 この人のモノなんて、何一つ受け取るモノはない。それでも、なにを渡すつもりなのか、その一点だけが気になって、アスピーテ様の手のモノをちらりと覗き見る。
 そして、その瞬間に私の運命は決定した。
 そのカレンダーの31という数字が目に入る。
 何故だろう。
 それだけで、たったそれだけでそのカレンダーがとても欲しいモノだと、心の底から欲しいと思った。思ってしまった。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございますっ! これは大事に使いますね」

 嬉しい。何でこんなモノがこんなに嬉しいのか。それは私にも全然分からないが、とにかく、この贈り物はとても嬉しかった。
 アスピーテ様の手からそれを受け取ると、いそいそとベッドの横へと掛けた。

「では、私はこの辺で」
「ええ、では」

 にやにやと嫌な笑いを浮かべながらアスピーテ様は部屋を出て行った。
 私は、そんな事には興味を持たず、ただ壁に掛かったカレンダーのみを見ていた。

6月1日

 なんてはしたないまねをしてしまったのでしょう。
 この行為を人に知られたならば私は恥ずかしくて生きては行けません。

 夜、私はベッドの上で悶々としていた。
 まだ、夏には早いというのに。カレンダーをちらりと見た瞬間から私は体が熱くなるのを感じた。
 窓という窓を開いて夜気を部屋中に取り入れているというのに、私の体から熱は逃げてくれない。まるで体の中心に蝋燭があるかのように熱っぽさは体の中から湧き出てくる。
 その熱は私をある場所に導いていく。その導きに従い、私はそっと手をそこへ伸ばしていく。
 禁忌の場所。不浄の場所。今まで、排泄としてしか使わなかったその器官をそっと壊れ物を扱うようにそっと、そっと、手を伸ばしていく。
 初めて直に触れたその場所はとても熱く、途方もない衝撃を私に与えた。

「っひゃぅ」

 思わず声をあげて、そして慌てて口を閉じた。
 侍女達には聞こえてはいないだろうか?
 物音を立てないように、あたりの気配に気を配る。何かが動く音など何もせず、ただ静寂がかえって来るのみだった。
 それに安堵し、再びそっと手を伸ばす。熱い、とても熱くなっている私の肉はどうしようもない気持ちよさと共に私の指を飲み込んでいく。

「っはぁ」

 息が詰まる。
 誰もいないのを何回も確認してしまう。そのたびに誰もいない事に安堵して何度も何度も指を伸ばし続ける。
 指を這わせれば熱っぽさも抜けるかと思っていたが、そんなことはなかった。熱っぽさに従って、指を這わせ、そして、熱くなっているその肉に飲み込まれていく。再び襲ってくる衝撃。その中はとても敏感で、ちょっと触っただけでも何とも言えない感覚が私の体を突き抜ける。
 思わず声が出そうになるのを何とかこらえながら、つぷっとなんとか中へと進んでいく。
 その寒さにも似た刺激は体中へと走っていく。びくん、びくんと体が勝手に跳ね回る。寒さにも似た刺激のはずなのに、とても熱く、その熱っぽさは頭を侵し始めていく。

「んっ」

 何かとろりとした熱い液体を指先に感じ、それを左の人差し指で掬う。左手を顔まで持ってくると、奇妙な匂いが鼻についた。親指と人差し指を擦りあわせる。ぬるぬるとした感触が指に絡み、指を放すとつぅっとした銀色の糸が橋を架けた。
 頭がぼうっとして、何も考えられない。
 思わず、その指を口に含んだ。
 しょっぱい。だけど、とても甘く思えた。
 それで理性が吹き飛んだのかも知れない。股間の右手の動きは依然として激しく、左手を胸に持って行く。私の胸の尖がこりこりと固く、そこを触るとぼうっと気持ちよくなっていく。
 気持ちいい。もはやそれしか頭にはなく、もっともっとそれを極めたいという思いのみが私を動かしていた。
 両手の動きが激しくなる。それに併せて、私の中にある何かが必死に蠢いているように感じた。それは卵の中にいるひよこのように私の中から飛び出そうとしてくる。その事に私は怖くなった。しかし、頭の片隅では変わろうとする事への恐怖を感じていたが、指の動きは止まらない。

「あ、あ、ああっ・・・」

 何かが私の中心から、全体へと広がっていく。心臓が高鳴る。ビクンビクンと体が痙攣し、ぴりぴりと頭が痺れていく。もう何も考えられない。

「あああっ、だめっ、だめっ、いやっ。ああぅっ」

 意味不明な言葉が口をついて出る。もう何を言っているのか分からなかった。だというのに、これから起こる事に恐怖し、期待もしていた。

「あ、ああっ、あああああああああっ!!!!」

 先程から感じていた何かは私の至る所へと染み渡る。それと共に目の前は白に埋め尽くされた。

6月18日

 私に何が起こったのでしょうか?
 私には何がなんだか分かりません。
 どうしてこんな事になっているのでしょうか?

「ああっ、ああっ、ああああっ」

 びくびくっと私の体が跳ね上がる。
 これで6回目の絶頂だった。
 だが、まだ足らない。もっともっと、体が絶頂を欲している。しかし、今までの絶頂で体力がどんどん失われているのも事実だった。

「あと・・・12回・・・・」

 呟くと私はこの自慰行為に没頭し直した。
 初めてこの行為に始めてから今日で18日目。日に一回ずつ増えていく絶頂の回数。それを求め出す体に驚きながらも拒む事などできない。
 結果、私は毎日増えていく絶頂に体を淫らにくねらせる。

「っぁ!!」

 毎日達しているせいか、声が掠れる。喉が渇くが、そんな事は後回しだ。まだ足りない。まだ体が求めている。
 ぜいぜいと息を切らし、びしょぬれとなったシーツの上で、ふやけた右手を、未だに熱く滾っている肉の中へと埋め続けた。

6月30日

 もっと、もっともっともっともっと。
 全然足りない。もっと快楽を。もっと絶頂を。

「ああああああああっ!!!」

 これで今日何回目だろうか?
 私はベッドの上で何回目かの絶頂を味わった。喉が渇き、お腹が空腹を訴えてくる。だが、絶頂を追い求めるは激しく、両手がミミズのように蠢き、生まれたままの姿、絹のようなきめ細やかな肌を這い回る。

「姫様。姫様。後生ですからここを開けてください」
「だめ・・・、はいってこないで」

 部屋の外で叫ぶ侍女達を弱々しい声で拒む。こんな姿は誰にも見せられない。こんな浅ましい姿、誰にも。
 しかし、そんな事を考える理性は隅に追いやられ、体と本能は絶頂を追い求める。
 今日は30回。最近は数が増えてきているので朝から部屋に籠もりきって自慰をしないと数が足りない。
 すでに汗と涎と涙と愛液でぐしゃぐしゃになったシーツの上に私の体が動き回る。
 すでに慣れた私の体に走る刺激はすでに苦痛のみとなり、それでも私は絶頂を求めて体をまさぐる。

「あぐぅ、ぅぅ・・・あぅ」

 どうしても、30回達しなければならない私は苦痛の中でも体をまさぐる。
 苦痛の中、何とか絶頂へと達する。

「あと・・・・1回」

 すでに時刻は午後11時。朝起きた頃は一時間に4回5回達していたのにだんだんその回数も減り、今の絶頂も前の絶頂から1時間経っての事だった。

「ソレイユ様。ソレイユ様。お願いですから、ここをお開けください」

 扉はひっきりなしに叩かれ続ける。外にはたくさんの侍女達がいるのが分かる。今のは私を生まれた時から見ている乳母の声だった。

「だめよ・・・・アルマイヤ。大丈夫だから入ってこないで・・・あぐぅっ」
「そんな声を上げてどこが大丈夫なのですか。ここを開けてくださらないというのでしたら、私はここで自害します」
「だめよ、アルマイヤ。そんなことしてはだめ」
「でしたら、このアルマイヤを止めるというのでしたら、どうかここをお開けください」

 ごめんなさい、アルマイヤ。それだけは。それだけはできない。こんな浅ましい私を見たら、アルマイヤはその場で自害をしてしまうかもしれない。
 泣き崩れたのか、ドアの外から漏れ聞こえてくるアルマイヤの嗚咽に私も心の内で泣いた。
 あと・・・1回。早く、終わらせてアルマイヤ達に元気な姿を見せないと・・・。
 思い、そして、私は指を動かす。
 熱く滾っていた肉は冷め、その肌は指と擦れて傷になっている。痛みを覚えて指を見ると、擦れたところから滲んだのか右手の指には血が絡みついていた。仕方なく私はそこへの刺激を諦める。代わりに唾液をたっぷりつけて胸を重点的に責め上げる。
 たぷ、とまるで水の入った袋のような、それでいて中身の詰まっている感触。その感触を指で楽しみ、ふにふにと形の変えられていく胸の快楽を愉しむ。

「く・・・ぅふ・・・」

 ここに来て、快感を感じられるのはまさに奇跡だった。両手は胸の上で蠢き、体はビクン、ビクンとベッドの上でダンスを踊る。ぬるま湯にずっと浸かっているような感覚のまま。体だけが跳ね回る。敏感になっているが、何も感じられなかった。
 快感を感じているはずなのに、私はそうは感じない。何も感じられない中、私の両手が蛇のように蠢いている感触のみ感じる。気持ちいいはずなのにとても気持ち悪かった。
 はやく、はやくいかなくちゃ。アルマイヤ達が待ってる。
 ごろんと寝返りを打つ。その時、久し振りに刺激を感じた。胸の尖、そして、股間の敏感な何かが反応したのだ。そのままの体勢で体を前後に動かす。
 ビクンッ

「ぁっ・・・ぅ」

 激しい刺激に呼吸が止まる。あれだけ慣れてしまった刺激をさらに凌駕する刺激が私の中にあった事に驚き、そして恐怖した。この刺激すら感じられなくなってしまったらどうなってしまうのだろう。
 だが、そんな理性での恐怖をそっちのけに私の本能はその刺激を求める。より深い絶頂を求めて。

 ビクッビクッビクッ

「あ・・・ぁうっ」

 胸は私の自重でつぶれ、その先と股間の突起が私に与えてくる深い快楽。それにおぼれそうになる自分に恐怖しながら、快感を高めていった。すぐそこに見えているゴールにむかって。
 廊下には私を待つ侍女達。そして、アルマイヤ。
 早く、彼女たちに私の無事を見せないと。
 そのためにも私は深い快楽を受け入れていった。
 何度味わっただろうこの感覚。切羽詰まったような感覚。鼓動が速く乱れていくのを感じ、呼吸が困難になっていく。
 間違いなく絶頂へと足を踏み入れる感覚だ。
 体の動きを速くする。それに伴い、鼓動も、呼吸も間隔が短くなっていく。これが極限まで言った瞬間、絶頂へと意識を飛ばす。それを目指して体を動かす。

「はっ・・・・ぁっ・・・・」

 左手は胸を弄ったまま、右手を股間の突起へと持って行く。先程まで知らなかった私のスイッチだ。

 ビクビクッ

「ぃっ・・・・・」

 ちょっと触っただけでこれほどの刺激が体を襲う。普段だったらこれだけで絶頂へと達してしまっていただろう。
 気を取り直し、そして、そっと右手を蠢かす。そこからの刺激で鼓動、呼吸が短くなっていく。
 目の前にゴールがあった。
 鼓動、呼吸が極限まで短くなるのと同時に、左手で胸の尖を、右手で股間の突起を軽く潰す。
 途端、抜きんでた刺激に襲われた。

「ぃっ・・ーーーーーーーっ!!!!」

 声なき悲鳴。とっさに、顔をベッドに押しつけ声を漏らさないようにつとめた。
 途方もない絶頂の波が私の中を通り過ぎる。体中が痺れてうまく動けない。何とか体を動かして、ふらふらとドアへと向かう。
 アルマイヤ達を安心させてあげないと・・・・
 ドアを開けると、目の前には嗚咽を漏らしながら泣き伏せっているアルマイヤをはじめ、侍女達が集まっていた。
 アルマイヤはドアの開く音に安堵の色で顔を上げ、そしてその表情のまま凍った。

「アルマイヤ。心配・・かけて・・・・ごめん・・なさい。でも、私・・・・だいじょう・・・ぶ・・だから、しんぱ・・い、しない・・・で・・・」

 目の前が真っ黒に染まり、そして、真っ白に染まった。
 遠くで、アルマイヤ達の叫び声が聞こえるような気がする。だけど、遠いから私の事だと思わなかった。

7月5日

 どうなっているのでしょう。私の体は。
 どうなってしまったのでしょう。私は。
 この間の事は誰にも知られないようにしなければ。
 今日もアスピーテ様がいらっしゃられた。会いたくないのに。

 私が目を覚ますと、そこはベッドの上だった。どうにも体中の節々が痛い。まるで私が動いていなかったかのよう。
 ノックと共に侍女が入ってくる。その侍女を私は不機嫌そうに睨んだ。ノックのあとに返事も聞かずに部屋にはいるなんて。そんな礼儀のなっていない侍女がここにいるのに腹が立った。
 その侍女は私と目が合うと、もの凄い形相で外へと出て行った。そんなひどい顔をしていたのだろうか。いずれにしても失礼な話だ。
 そのすぐあと、先程の侍女がアルマイヤを連れて戻ってきた。アルマイヤは腫れ物にでも触るようにぷるぷると震えながら、私に触れる。

「おお、おお、ソレイユ様・・・・」
「アルマイヤ。どうしたの?」

 アルマイヤの目からは止めどなく涙が溢れ、いつまでも「おお、おお」と言っている。まるで、アルマイヤが子供になったかのようだ。私は思わずアルマイヤの頭を撫でると、アルマイヤは涙を多くして私に抱きついてきた。私の胸で嗚咽を漏らし、肩を震わせる。
 アルマイヤをしっかりと胸に抱き、いつまでも頭を撫で続けた。

 コンコン。
 その音にアルマイヤと私は我に返る。慌てて離れるといろいろと取り繕った。

「はい、どうぞ」

 その言葉に反応し、開いたドアの先にいた人物を見て、私はしかめ面になった。それはとてもあいたくない人物。アスピーテ様がそこにいた。

「やあ、ソレイユ姫。ご機嫌麗しゅう」
「貴方を見て、よかった気分が悪くなりましたわ」
「おやおや、それは手厳しい」

 ふうと肩を竦め、アスピーテ様は部屋へと入ってくる。

「どうぞこれを」

 そう言って、アスピーテ様は一輪の百合を取り出した。
 私はそれを受け取ると、アルマイヤに渡す。アルマイヤは、それを生けるためにそそくさと部屋を出て行った。
 自然、私とアスピーテ様が部屋に残る。
 沈黙に包まれた部屋で私とアスピーテ様は見つめ合った。いや、私は睨んでいたから見つめ合うという表現は間違っていたかも知れない。
 そんな私を見て、アスピーテ様はふっと笑った。

「いや、失礼。ソレイユ姫がとても可愛らしかったもので」
「何のようですか?」
「お見舞いですよ。ソレイユ姫が倒れられたと聞いて、居ても立ってもいられなくなったものです」
「そうですか。それはありがとうございます。ですが、私は貴方に会いたくなんて無かったです」

 ふいとアスピーテ様から目をそらし、外へと視線を向ける。外の樹には野生の雀がとまっていた。

「はは。では、今日のところはこれで帰ります。ソレイユ姫。ではご機嫌よう」

 アスピーテ様は私の視線の先には気付かず帰っていった。アルマイヤが一輪挿しに百合を挿して持ってくる。サイドテーブルの上にそれを置いているのを尻目に外の雀たちを私はただじっと眺めていた。

7月15日

 今日もアスピーテ様が来てくださいました。
 毎日のように来てくださって、とても嬉しいのです。
 アスピーテ様の顔を見るたびに愛しい気持ちが湧きあがってきます。
 ああ、アスピーテ様。

「やあ、ソレイユ姫」
「アスピーテ様」

 待ち遠しかった。今か今かと待っていたアスピーテ様の到着に私は心を躍らせた。
 そんな私を見て、アスピーテ様はまるで子供の動作を見るように微笑ましげに笑った。

「あ、ひどい」
「いや、失礼。まさか、ソレイユ姫にこんな一面があったとは思いませんでしたから」

 そう言って、アスピーテ様は再び微笑む。つられて、私もにっこりと笑っていた。
 アスピーテ様を見ていると愛おしさが溢れる。その瞳、その口、その顔に引き込まれる。その声、その匂いに魅了される。好きだという事をいくらでも自覚させられ、その事実に私は顔を赤くして俯いた。

「どうしました、ソレイユ姫?」
「いえ・・・なんでも・・・ありません」

 近づいてくるアスピーテ様のお顔にさらに恥ずかしくなりながら、なんとかそれだけ答えた。

「本当ですか? なんだか、お顔が朱いですよ」

 すっと、アスピーテ様の手が伸びてくる。びくっと体を震わせて、私はその手を額に受け入れた。

「ん~。まだ熱があるのかな?」
「い、いえ・・・だいじょうぶです」

 ぴきっと私の体は固まって、どうやっても動かす事ができない。回りの音が遠ざかり、どきどきとした私の鼓動だけが聞こえていた。

「やっぱり、まだ熱がありますよ。熱い。まだ、本調子じゃないみたいですね。無理させちゃったかな?」

 そういって、アスピーテ様は侍女を呼ぶ。侍女に私の状況を言うと、ドアへ向かって歩いていく。

「あ、アスピーテ様っ」
「またきます。それまでにちゃんと体を治しておいてください。大切な体なんですから」
「はい・・・・はい」

 その言葉に私の胸は熱くなった。胸から溢れ出る愛おしさを抑えるように胸をおさえ、何度も何度も頷いた。

7月31日

 今日は今日まで生きてきた中で最高の日でした。
 この先、今日以上のよろこびが来るのかどうか・・・・心配であると同時に期待もしています。
 だって、これからはアスピーテ様もずっと一緒ですもの。

「んっ・・・・・」

 ふと、うたた寝から目覚める。時刻は3時。昼下がりの陽気に包まれて思わず眠ってしまった。

「くあ・・・・」

 そっと、欠伸をかみ殺す。こんな姿、アスピーテ様やアルマイヤには見せられない。腕と共に固くなった体を伸ばし、ぽきぽきと関節をならす。その動作はとても気持ちよくて、終わったあとに思わず息をついた。

「ふぅ」
「ソレイユ様、なんです、その仕草は」
「!!」

 突然の声に私の体は殺気とは違う意味でぴしっと固まる。キキキキという音が聞こえてきそうな仕草で私がそっと後を振り向くと、そこにアルマイヤが立っていた。

「いいですか、ソレイユ様。あなたは一国の姫なのです。姫ともあろう者がそのような仕草をしないように小さい頃から私が何度も何度も・・・・」

 またはじまった。アルマイヤはいつもいつもこのような説教ばっかりする。もちろんのこと、これにはもう飽き飽きしていた。

 コンコン

「アルマイヤ、私に免じてその辺で赦してくれないか?」
「あ、アスピーテ様っ」

 キィとドアが開き、アスピーテ様が顔を見せる。そのお顔を見るだけで、私はとても嬉しくなった。
 そして、そのアスピーテ様の登場で話の腰を折られたアルマイヤはふうとため息を吐く。

「今日だけですよ。もう、アスピーテ様はソレイユ様に甘いんですから」

 ぶつくさ言いながらもアルマイヤは出て行く。その前に私に「誰も近づかせませんからお楽しみに」と言い残して出て行った。
 その言葉にいろいろと意識させられ、一気に顔が熱くなる。きっと説教を途中でやめさせられたアルマイヤの反撃だと思う。
 顔を真っ赤にして俯く私にアスピーテ様は近づいてくる。

「おや? 今日も顔が朱いですよ。まだ治ってないんですか」

 その言葉。ちょっと叱っているようなニュアンスの含まれた声に私はぶんぶんと首を振る。

「ふふ、そうですか。では、なぜ、そんなにお顔が朱いんですか?」

 意地悪な質問。多分、アスピーテ様は全てを知っていて、それで言っているのだと思う。
 それを分かっていながら、私は何一つ言う事ができなかった。そんな私をみて、アスピーテ様はふっと笑う。その態度に少し反感を覚えるものの、恥ずかしすぎてアスピーテ様のお顔を直視出来ない私には何も言う事ができなかった。

「ふふふ、ソレイユ姫はやはりかわいいですね」

 すっと覗き込まれる。その瞳には私が映り、きっと私の瞳にもアスピーテ様が映っているだろう。さらに何も言えなくなって、どんどん体を硬くしていく。
 そして、その硬くなった体を解きほぐすようにアスピーテ様はそっと私の顔に手を当て、顎を上げる。目を白黒させる私の隙をつき、アスピーテ様は唇を重ねた。生々しい触感が広がる。愛おしい気持ちが溢れ出る。気付いたら私から抱きしめていた。
 長い長いキス。私の唇を割って、アスピーテ様が侵入してくる。歯茎を舐めあげ、私に開門を迫ってきた。それに簡単に降伏する。歯を開き、使者としてこちらの舌も差し出した。友好の証とばかりに互いの舌は絡み合う。にちゅにちゅと音が響き、舌からはえもいわれぬ感覚が流れ込んできた。

「ん・・・・んぅ・・・・・ぷはっ」

 ようやく、2人の唇が離れる。その間には離れがたいと銀の糸が伝っていた。
 ハアハアと呼吸を整える。ドキドキと鼓動は速く、何とも言えない思いが私を支配していた。

「アスピーテ様・・・・」
「どうしたのですか? ソレイユ姫」
「大好き・・・・」

 放したくない。この方を放したくない。
 その思いに突き動かされ、私はアスピーテ様を強く抱きしめていた。

「私も大好きですよ。姫」

 アスピーテ様は私をロッキングチェアからひょいと抱き上げると、そっとベッドの上に横たえた。

「いいですか?」

 覆い被さるように私を見るアスピーテ様。その質問に含まれた意味も全て理解しつつ、私はこくりと頷いた。

「はい、私と一つになってください」

 アスピーテ様はベッドに仰向けになっている私に覆い被さるように四つんばいになる。そして、そのまま軽くキスをすると、アスピーテ様は私の胸を揉みしだく。前に、胸の感触をしったが、自分でやるのと人にしてもらうのとでは天と地ほどの差があった。
 アスピーテ様に揉まれる度に私の体はピクッピクッと反応する。私の奥の何かが刺激され、もっともっとと私を高ぶらせていく。

「は・・・ぁ・・・・」

 自然と声が零れる。それを聞き、さらにアスピーテ様の責めは執拗になった。スカートを持ち上げて、私の足を露わにする。そして、右手で胸を、左手で内股をさするように動かす。休む事を知らずに襲ってくる刺激にだんだんと私の頭は麻痺させられていった。
 固くなった胸の尖をつまみ、くりくりと転がす。今までぬるま湯に浸かっているようだった刺激は突然、冷たい氷柱へと代わり、ちくちくと私を責め上げる。それと共に一月前の出来事が私の頭によみがえってきた。

 一人でずっと行っていた痴態。その時の感覚がよみがえってくる。

「ぁ・・・・・」

 ビクンと体が跳ねる。この感覚は知っている。先月、何度も何度も感じた感覚。絶頂という深い快楽。そこへ辿り着く一歩手前の感覚。
 ビクンビクンとからだが痙攣する。この感覚を知っているがためにこの先を期待してしまう浅ましい私。その私の浅ましい期待に違わず、すぐに目の前が真っ白になった。

「ーーーっ!!! ・・・・ぁ」

 声なき絶叫。度を超えて叫ぼうとすると逆に声が出なくなるのだろうか? ハアハアと肩で呼吸をし、服はたっぷりと汗を吸収している。一度絶頂を味わった私は、その疲労からベッドへと深く沈み込む。
 何を知っているわけではない。私は感じるまま、体の動くに任せて、アスピーテ様のズボンを引き下ろした。初めて見るそれはとても堅く、とても熱かった。

「どうですか、私のものは」
「熱い・・・です」

 ぼうっとした頭で私は言う。それを見て、アスピーテ様はくくっと笑ったような気がした。

「これから、これが貴方の中へと入っていくのですよ。貴方の大切なものをいただきます」

 アスピーテ様の言葉。その言葉の前者に恐れを、後者に喜びを抱く。そして、恐れよりも喜びの方が私の中では強かった。私の期待に満ちた目を感じたのか、アスピーテ様のものはぴくんと震えた。
 アスピーテ様は私の股間へと指を伸ばし、そこへ触れた。私の体がびくんと跳ねる。ぴくぴくと震える私にその指に絡みついた液を見せつける。ぬるぬるとして、粘性があるその液が私が出したものだと気づいた。

「どうやら、ソレイユ姫の方の準備は良さそうですね。では、すこしこれを舐めてくださいませんか?」
「・・・はぃ」

 体中を駆けめぐる熱に私の思考能力は消えていった。ぼぅっとした頭で、ただ大好きなアスピーテ様へと思いを募らせる。
 その固く熱い棒をちろちろと舌で舐める。味はちょっとしょっぱかった。

「もっと下の方から、そう、とてもいいです。これを全て口の中へと頬張ってください。歯を立てないように気をつけて」

 言われた通りに口を動かし、そして、その大きなものを口いっぱいに頬張る。頬張るなんてはしたない事は初めてだった。先っぽが喉の奥の方にちょこちょことあたり、そのたびに私は咽せる。

「まだソレイユ姫には早かったようですね。だんだんと慣れていきますから、今日、上はこれくらいにしておきましょう」

 そういって、私の口からそれを引き抜く。それに絡みついた唾液がつつっと私と橋をつくった。
 アスピーテ様は体をずらし、私の体の上をとてもきつそうに張っているそれを這わせていく。
 胸。お腹、お臍。下腹部。そこにぬめぬめとした道を造るように通るそれ。そして、股間。そこにはアスピーテ様のそれを入れるために作られたのではないかと思う亀裂があった。ぴたりとその亀裂の上で止まるアスピーテ様のそれ。

「いきますよ。お力を抜いてください」

 つぷ。
 アスピーテ様は私に声を掛けると同時に侵入してきた。めりめりと私を侵略して進んでいく。その感覚。攻め込まれているという感覚にぞくぞくしながら、アスピーテ様のものへとなり、アスピーテ様にわたしを捧げるという事実に興奮した。
 だが、そんな思いもある痛みの前に吹き飛びかける。突然、私の中から湧いて出た痛み。それは私を冒す熱と同じ場所から出て来る痛み。その痛みが全身へと一気に広がり、先程までの熱を取り去っていこうとする。それに負けまいと私はさらに力を入れた。
 そんな私の努力など知らず、アスピーテ様は奥へ奥へと進んでいく。そしてついに、その守りは崩壊した。

「っ・・・・ああああっ!!!」

 全身を襲う一瞬の激痛。その痛みに声を耐える暇もなく大声を上げた。
 ずきんずきんと、そこは悲鳴を上げる。そして同時にぴくぴくとした歓声も上げていた。

「ソレイユ姫、ソレイユ姫・・・・」
「アスピーテ・・・さ・・ま・・」
「よく頑張りましたね、ソレイユ姫」

 その言葉で私の中はいっぱいになった。アスピーテ様を強く抱き寄せ、そして、その胸元へ顔を埋める。とにかく嬉しい、アスピーテ様と交われた事も、アスピーテ様に初めてを捧げた事も、アスピーテ様に愛された事も。その嬉しさ、喜びは天井知らずで私の中を巡っている。

「嬉しい。私、嬉しいです。アスピーテ様」
「そうですか。わたしも、あのソレイユ姫とこんな風になれるなんてとても嬉しいですよ」

 そういって、私達はしばらく見つめ合う。そして、どちらからともなく腰を使い始めた。
 痛みと快楽とが等しく私を襲ってくる。それに耐え、そして受け入れる。胸、唇、耳。ありとあらゆるところをアスピーテ様は弄くっていき、そして、私に深い快楽を与えてくれる。
 痛み混じりで先程よりもゆっくりと昇っていく快感と気分。そして、気付くと私の呼吸はすっかり荒くなっていた。
 どくどくと胸は音を速め、体の奥からはまた熱が湧き出て、私の中を縦横無尽に暴れ回る。
 そして、腰を使った事により私に新たな変化が起こった。その変化にビクンビクンと体を痙攣させる。

「ひぁぁっ、あ、アスピーテ様っ・・・こすっ、腰がこすれっ・・あああっ」

 2人の腰がぶつかりあい、私の腰のスイッチが擦れる。私の体に氷柱が入ったような刺激が走り、感覚を麻痺させる。その快楽は私の中を駆けめぐり、体を跳ね上げ、心をかき乱す。

 ずちゅ、ずちゅ。

 嫌らしい音が部屋に響く。廊下までには聞こえなくても、耳に届くその音に私は浅ましくも興奮していた。もっとその音を、もっと強い刺激を、もっと激しい快楽を求めて私は腰を振る。ビクンビクンと体は痙攣し、私の中は収縮していく。それはアスピーテ様にも快楽を与えているようだった。

「くぁ・・・・」
「あ・・・あ・ああ・・・あ・・・・・」

 落ち着かない。何度も何度も味わった、私が絶頂へと達するその前段階。この状況が何か分かっていても、私の心はいつも通り落ち着かなかった。
 熱が体中を暴れ回る。頭は鈍感に、感覚は鋭敏になって快感、痛みの両面を伝えてくる。その両面の刺激に体は激しく跳ね回った。

「あっ!! あああああっ、ああああああああああっ」

 体中を冒している熱がある一点へと集約していく。さっきまで何も考えられなかった頭が急に冴え、頭は冷静になる。しかし、体はある種の熱を持って、最後を期待していた。
 それはアスピーテ様も同じなのか、何かに焦った顔をしながら、何かを耐えていた。

「あ、アスピーテ様っ。私、わたしぃっ」
「ソレイユ姫っ。私もですっ」

 アスピーテ様がそう叫んで、私の中へと深く深く突き入れた。その瞬間、私もアスピーテ様も限界を超えた。
 どくどくとアスピーテ様がが私の中へと流れ込む。それを一滴たりとも逃すまいと、私は強くくわえこむ。

「ーーーーーっ!!!」
「ーーーーーっ!!!」

 私はアスピーテ様の胸に、アスピーテ様はベッドの布団に顔を埋めて声を潜める。長い長い無呼吸が続いた後、2人一緒にぷはっと顔を上げた。
 自分たちの顔を見合い、そして力無く笑いあったあと、力尽きて眠りに落ちた。

 温かい空気。温かい世界。アスピーテ様に私が包まれているのが分かる。それは私に幸福感を与えてくれる、大切な方。
 隣にアスピーテ様を感じ、私は夢心地の中で笑った。

< 了 >

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