うらぷら 第6話

第6話

「イカせて・・・・・イカせて・・・・・イカせて・・・・・」

 静かな部屋。闇に包まれた部屋に声が響く。
 魂希は仰向けになり、焦点の合っていない瞳で茫然とどこかを見ている。僅かに開かれた口からは壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返していた。
 その魂希の傍らで水乃はぎゅっと瞳を閉じていた。
 瞼の端からはぽろぽろと涙が零れ、口から漏れる嗚咽が水乃の悲しみを表していた。
 水乃は朱美から解放された後、魂希にできる限りの事をした。しかし、壊れてしまった魂希の精神を戻す事などできず、魂希は元に戻らない事実を認めざるを得なかった。

「魂希っ・・・・ちゃんっ・・・・・」
「イカせて・・・・・イカせて・・・・・イカせて・・・・・」

 水乃の悲痛な声。自らの名前に反応することなく、魂希は言葉を紡ぎ続ける。

「魂っ・・・・希っ・・・・・・」

 嗚咽に喉が詰まる。涙がどんどん溢れ出て、床に零れ落ちた。

「水乃ちゃん。ご飯だよ」

 脳天気に明るい声が響く。いつの間に入ってきたのか、水乃の後ろには朱美がにこやかに立っていた。その手にはスパゲティの入った皿。そしてフォークが握られていた。

「・・・・・・・・」

 ギリ。
 俯き加減の水乃の口元からそんな音が鳴る。
 朱美はその音を聞いていなかったかのように水乃に近づいた。

「はい」

 そう言って、水乃の隣に置く。
 そして、二三歩下がり、水乃の様子を眺めた。

「・・・・・・・・・」

 水乃は魂希を見つめたまま動こうとしない。
 しかし、よく見ると、その体はブルブルと震えているのが見て取れる。
 朱美はそんな水乃の様子にふうとため息を吐き、肩を竦めた。

「だめだよ、水乃ちゃん。ご飯はちゃんと食べないと元気がなくなっちゃうよ」

 朱美の人を食ったような言葉。
 次の瞬間、水乃の右手が動いた。
 ガシャン!
 傍らにあった皿が弾き飛ばされて、ひっくり返る。その拍子に中に入っていたスパゲティはべっちょりと床にぶちまけられた。
 それを見て、朱美は再び肩を竦める。

「だめだよ。食べ物を粗末にしちゃ」

 朱美はひっくり返った皿にぶちまけられたスパゲティを戻す。

「新しいのを持ってくるから、今度はちゃんと食べなさいね」

 そう言って、朱美は空間に溶け込むように消えさった。
 ギリ。
 魂希の声がBGMとなった空間で水乃が歯を噛みしめる音が響き渡った。

「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 部屋全体に嬌声が響き渡る。
 嬌声の主―――朱美は俺の上で腰を振っていた。
 ビクビクと体が快楽に震え、桃色に染まった肌はほどよく体温が上昇している。
 こりこりと固まった乳首を刺激し、さらなる快感を与えてやる。

「ぁぁぁっ!! ぁっ!! くあぁっ」

 首を傾け、仰け反ってきた頭に当たらないように避ける。ズンと肩に頭の重みが乗るのを感じながら、朱美の口内へと指を差し入れる。

「んっ・・んむっ・・・・あむぅ・・・」

 恍惚とした表情で俺の指に舌を絡ませる。柔らかい舌の感触が指に絡み、その感触を楽しむためにさらに指を動かしていく。
 ビクッ、ビクッと朱美の体が震える。ハアハアと熱い吐息を漏らしながらも、俺の望むように体を動かす。
 口内から指を引き抜いた時には指は唾液まみれになっていた。

「これで・・・・・いいん・・・・・ですよね・・・・・・」
「ああ、よくやった」

 震える声で朱美が問いかけてくる。それに答えて、指に絡みついた唾液を胸へと擦りつけてやる。
 その感覚に刺激を受けたのか、ビクビクと朱美の体が震えキュッと秘所が強く締まる。

「どうした、これだけでイッたのか?」
「は、はぃぃ・・・・・あたしはっ・・・裏緑様にしてもらうとぉ・・・・直ぐにっ・・・イッちゃうんですぅ・・・・」

 硬骨の表情で朱美が言う。
 そうなるように変えたとはいえ、あの朱美がこんな言葉を吐くのには笑みを抑えられない。

「もっとイカせてやるよ」

 浮かんでくる笑みを隠さずにそう言うと、ズンと腰を跳ね上げた。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 ビクンと朱美の体が震える。それだけでイッてしまったようだが、まだまだこれからだ。座っていたベッドから立ち上がり、体を反転させて、朱美の手をベッドにつかせる。
 そして、覆い被さるように朱美の体を包み込むと、胸を揉みながら腰を動かした。

「あぅっ!! ひあぁっ!! こ、これぇっ!! いいのぉっ!! も、もっとぉっ!! もっとぉぉぉっ!!」

 パンパンと腰を動かし、朱美の快楽を送り続ける。
 腰を動かす度に朱美は声を上げる。ビクビクと体を震わせて、次から次へと溢れ出してくる快感に飲み込まれていった。

「ぁぁっ!! くぅっ! くるぅっ!! すごいのくぅっ!!!」 

 朱美の体の震えが一段と激しくなる。さっきから開きっぱなしになっている口からはだらだらと涎が垂れ、汗や愛液などと一緒にシーツに染みを作る。

「さあ、イッちまえ!!」

 大きく腰を引き、乳首とクリトリスをぎゅっとひねると同時に目一杯朱美の中へと突き入れた。

「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 朱美の体がビクビクと震え、直後に脱力する。
 ガクンとベッドへ崩れ落ちた朱美から肉棒を引き抜くと、自分の後始末だけした。

 いい声で鳴くだろう?
 頭の中のもう一人に問いかける。
 同じ感覚を共有しているあいつは、目を逸らす事も、耳を塞ぐ事も許されない。俺がそうだったように緑松も俺の行動を見続けている。
 もういいだろ!! いい加減にしてくれよ!!
 頭の中に怒声が響く。
 こういう反応を期待していたんだ。笑みが浮かぶのを抑える事ができない。
 何でこんな事をするんだ!!
 何でってそりゃあ、楽しいからに決まってる。好きなように生きて、楽しくない人間なんていないだろ?
 緑松の怒りが手に取るようにわかる。
 楽しいから? 楽しいからやってるっていうのか!! こんな事をっ!!
 その通りだよ。俺はお前の反応が楽しいんだ。お前の怒り、悲しみ、苦しみ、絶望。全て俺の悦びとなる。ずっと閉じこめ続けてくれた恨みはこんなもんじゃ簡単にははれないぜ。それが嫌なら、俺から奪い返してみろよ。できるもんならな!
 その言葉に緑松の怒りが増大する。もっと楽しませろよ。
 見ろよ、この姿。最高だと思わないか? あの朱美がこんなになっているんだぜ、魂希もそうだ。だけど、まだ足らない。やっぱりお前を絶望させるには水乃を壊さないと駄目みたいだな。
 ビクンと緑松が動揺する。
 さて、どうやって壊してやろうかな? 飢餓? 快楽? 怒り? それとも絶望か? はははっ!! 想像するだけでも面白いな!! あのコンピューターガールが壊れるんだぜ!! 精神病院で余生を暮らすんだ!!
 ふざけるな・・・・・
 底冷えのするような思念が響く。今までの怒りとは違う、氷のような怒りがそこにあった。
 そんな事やってみろ、どんな事をしたって絶対にお前を・・・・・

 殺すぞ!!!

 精神の中に響き渡る緑松の絶叫。
 次の瞬間、二人の意識は暗転した。

「あ・・・・・・れ?」

 俺は床を見下ろしていた。
 見覚えのない風景。キョロキョロと周囲を仰ぎ見て、ベッドの上に全裸の朱美を見つけた時点でどこかを思い出した。
 三四郎さんの家の一室。
 裏緑と名乗っていたあいつがさっきまで朱美とやっていた場所だ。

「もどっ・・・・た?」

 わきわきと手を動かす。手は俺の思う通りに動き、足も自分の思うがままに動く。
 そして、朱美を再び確認すると、重い気持ちがのしかかってきた。

 何度夢ならいいと思っただろう。
 何度現実から逃げようとしただろう。

 だけど、その思いが叶う事などなく、目の前には朱美が全裸のままで横たわっていた。
 極力裸を見ないようにして手近にあった毛布をかぶせると、そのまま部屋を飛び出し、ブブブブブブブブと着信を示している端末に気づく事はなかった
 雪の森ちゃん、雪の森ちゃん、雪の森ちゃん!
 頭の中はそれだけだった。
 廊下を駆けて、階段を急いで下りる。
 裏緑に体を乗っ取られていた時に延々と見せ続けられていた。道を間違える事はない。
 廊下を曲がり、目的のドアを勢いよく開いた。

『あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』 

 頭の中に直接響いてくる声。耳を塞いでもその声は直接届いてくる。

 どうしてこんな事になったんだろう?

 響き渡る声を必死に振り払いながら水乃はそんな事を思った。
 暗い部屋。目の前には友人の妹が横たわっている。
 茫然とした表情。開かれた瞳は焦点があっておらず、口は延々と同じ言葉を繰り返している。

 どうしてこんな事に―――――

『は、はぃぃ・・・・・あたしはっ・・・裏緑様にしてもらうとぉ・・・・直ぐにっ・・・イッちゃうんですぅ・・・・』

 頭に直接響いてくる声。
 きっと助けてくれると思っていた希望が淫らな声を上げている。

 どうして―――――

 ぎゅっと、自らの体をかき抱く。センサー公園での出来事。家での出来事。
 そして、ここでの出来事。

「魂希ちゃん・・・・・高屋敷さん・・・・・・」

 ギッ。
 それもあいつのせいだ。

 にやにやと笑う緑色の髪が瞼に浮かぶ。

 あいつが魂希ちゃんを、高屋敷さんを・・・。
 沸々と湧き上がる怒り。ギリギリと拳が握りしめられ、全身に力が込められていく。

 甲高い癪に障る声が耳に聞こえてくる。

 緑君を!
 あいつは緑君を消したと言っていた。
 面白いから。それだけの理由であいつは緑君を殺したというのか。
 全身に憎しみが満ちていく。

 面白いからさ。

 あいつの言葉が響き渡る。怒りと憎しみが水乃の体を駆け巡り、それが最高潮に達した時。
 バン
 ドアが開かれた。

 開かれたドア。そこに立っている緑色の人物を見た瞬間、水乃の頭は真っ白になった。
 緑色の髪、緑色の瞳。今の今まで思っていた相手がそこにいる。ハァハァと肩で呼吸をし、嬉しそうに水乃を見ていた。
 ギロリ。
 憎しみが籠もった瞳で水乃は緑松を睨み、弾かれたように体を動かす。
 立ち上がる瞬間、手元にあったフォークを拾い上げ、緑松に向かい走っていく。

「うぅらぁみどりぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

 響き渡る絶叫。水乃は拾い上げたフォークを構えて、緑松に体当たりした。
 どす。
 肉を貫く感触。そして突然の痛みが二人に走る。

「え・・・・・」

 体に走る感覚に緑松は目を見開いた。
 痛みの発信源に視線を移す。鋭い痛みが走るそこに金属製のフォークが突き刺さっていた。
 どうして。
 どうしてこんなものが刺さっているのか。
 緑松はその理由を理解する事ができなかった。

「え・・・・・」

 茫然と声を出す緑松。だが、それ以上何かをする前に緑松は足をかけられ、床に倒されていた。
 廊下へと倒れ込みながら、水乃は緑松の体からフォークを引き抜く。
 すぐにマウントポジションをとり、逆手に持ち替えていたフォークを喉めがけて振り下ろした。

「がっ・・・・・・」

 喉を貫かれ、緑松の口から声が漏れる。
 刺さったフォークを引き抜いて、何度も何度も喉を刺す。喉はぐちゃぐちゃにつぶれ、大量の血が水乃の体にふりかかる。

「お前のせいでっ、お前のせいでっ、お前のせいでぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 ドスゥッ!!
 大きく振りかぶったフォークが喉に深々と突き刺さる。
 喉を貫通せんばかりに深く突き刺さったフォークの柄を掴みながら水乃は大きく肩で呼吸していた。

「あ゛・・・・・・う゛・・・・・・」

 なんで・・・・・・こんな・・・・・雪の森ちゃん・・・・
 ヒューッヒューッと穴の空いた喉から空気を漏らし、緑松は声を出す。
 ブルブルと震える手を伸ばし、そっと水乃の頬に触る。
 頬にべっとりと付いた血を引き延ばす。
 その動き、その様子が水乃の心に疑問を産む。
 避けられたのに避けなかったのか?

「ゆ゛き゛・・・の゛・・・・も゛り゛・・・・・・ち゛ゃ゛・・・・ん゛・・・・・ゆ゛き゛・・・の゛・・・・・・」

 震える声。ちゃんと発音出来てない声で語りかける。
 その言葉。震える声に水乃は一つの過程に至った。

「みどり・・・・・くん?」

 水乃の声に微かに頷いた・・・・・・様に水乃には見えた。
 否、それは水乃の願望だったのかもしれない。
 だが、その願望はかなった瞬間に絶望へと変わる。

「ゆ゛・・・・き゛・・・・・の゛・・・・も゛・・・・・り゛・・・・・」

 震える声でそういって緑松の意識は闇へと消えた。
 腕は力を失って、ガクンと床に崩れ落ちる。
 え?
 なんで・・・・・

「みど・・・・り・・・・くん・・・・・・」

 恐る恐る声をかける。
 しかし、緑松からの返事はない。

「緑君、緑君! 返事しなさいよ。ちょっとどうしたのよっ!!」

 今まで声を出していたじゃない!
 何をやっているのよっ!
 また演技なんでしょっ!!
 様々な言葉が口から溢れるが、そのどれもが緑松を動かす事はない。

「返事をしてよ! 答えてよっ!!」

 ドン。
 緑松の胸板に両拳を叩きつける。
 そして、己の手についた赤い液体に気がついた。

「あ・・・・・・・」

 恐る恐る握った拳を開いていく。
 両手はべっとりと緑松の返り血にまみれていた。
 私が。
 ドクン。
 心臓が高鳴る。もはや一つしかないその答え。その答えを見るのが怖い。
 ドクン。
 私が。
 ドクン。
 私が。
 ドクン。

 殺した。

「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 水乃の絶叫にもう一つ叫び声が加わる。叫び声の先。そこには朱美の姿があった。

「あ・・・・・・あ・・・・・・あ・・・・・」

 それはどちらの言葉だっただろう。
 朱美はふらふらと近寄り、水乃はそんな朱美の姿をビクビクと見ている。

「あ・・・あ・・・・・わたし・・・・わたしが・・・・」

 水乃の声を聞き流し、朱美はふらふらと歩いてくる。
 そして、直ぐ側まで来ると朱美は水乃を、否、水乃の下にあるモノを見つめていた。

「あ・・・・・あ・・・・・・・ああ・・・・・・・」

 震える声が朱美の口から零れる。
 見開かれた瞳がブルブルと震える。
 ガクンと膝をつき、四つん這いになり絶叫を上げた。

「あ・・・ああ・・・・・ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 絶望の声。その声は家中に響き渡った。

 翌日、朱美にも緑松にも連絡がとれない事を不審に思った組織の緑色人達が三四郎の家を探し当てた。
 そこで彼らが見たモノは精神に異常をきたした少女達と一人の男の死体。そして、何事もないように生活を続ける一人の男の姿だった。

< 了 >

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