彼と彼女のせかいせーふく2 中編

中編

「どう、すればいいですか?」 

 まだ成長途中のこぶりな胸を男の腕に押し付け、上目遣いで男を見る。
 頬が、上気していた。
 欲情に、瞳が潤んでいる。
 拒絶されたらこの世が終わってしまうかのような、表情をしていた。

「口で、してくれないか?」
「おくち?」
「ああ……お前のここで、俺のをなめたりくわえたりするんだ」

 男は少女の頬に手を添え、小指で少女の唇をなぞる。

「んっ…」

 ふるっ、と少女はたまらなさげに身をよじった。

「今の……気持ちよかった……です」
「これか?」

 再び頬を触れ、指で軽く少女の唇をなぞる。

「あ、はぁ……」

 少女の唇がわずかに開き、熱い吐息がもれた。

「ん……」

 少女が、舌を伸ばす。
 くちゅ、と少女の舌が男の小指に絡まり、唾液に濡れた。

「ごめん、ユウ。指を汚しちゃった」
「いや、気にせん。それよりも」
「あ、はい」

 膝をつき、男のズボンに手をかける。
 寝巻きのズボンを下ろし、トランクスを脱がせる際、妙に緊張した。

「はじめてだから、上手くないと思うけど……いっしょうけんめいがんばるね」

 男のモノが露出する。半勃ちであったそれは、少女に見られるうちにムクムクと大きくなっていった。

「……ヘンな、匂い。」

 ソレに鼻先を近づけ、少女はくんくんと匂いをかいだ。

「あまりじろじろ見ないでくれ。ちと気恥ずかしい」
「あ……はい。ごめんなさい、ご主人様」

 ユウ、ではなくご主人様という言葉が自然に口をついた。
 男は呼び方の変化にあえて気づかないふりをし、少女はまったく気づいていなかった。
 おそるおそる、男のモノを、人差し指と親指で輪をつくりにぎにぎと掴む。

「痛く、ないですか?」
「ああ、むしろいい感じだ。つづけてくれ」

 男の言葉に嬉しそうに微笑みを返し、醜悪なソレに唇をつけた。
 ぴく、と男のモノが反応する。少女は軽く目を見張り、ちゅ、ちゅ、とキスをした。

「ヘンな感じ……ちょっと、あつい」

 鈴口に舌を這わせる。

「う……」
「あ。ここが、いいんですね…?」

 くす、と外見年齢に不相応な艶がかった笑みを浮かべ、舌をモノの小さな割れ目に何度も往復させる。
 上目遣いで男の反応をつぶさに観察し、少女は
 すぐに男のモノが唾液まみれになり、先走りがにじんだ。
 また、少女の舌が男の鈴口をなぜる。

「んっ…はぁ………にがいけど……おいし………」

 軽く、逝ってしまったのだろう。
 ぴちゅ、という小さなと共に、少女の身体がふるふると寒気を覚えているかのようにふるえた。
 男は、少女の頭を撫でてやる。

「あは」

 嬉しそうに、少女が笑う。

「うまいな、はじめてにしては」
「だって、ご主人様が気持ちいいと私も感じちゃうんだもん」

 目を細め、伸ばした手で男のモノの袋をやわやわと刺激した。
 男がどうして欲しいのか、どこが気持ちいいのか、身に着けた首輪が教えてくれる。
 男が気持ちよくなると、それ以上に少女は気持ちよくなることができる。
 少女は男のモノに唇をよせ、亀頭をくわえた。

「んっ……はぁ……」

 唇をめいっぱいに開け、口腔の中で舌を必死に動かす。

 ぐちゅ……ちゅ……ちゅちゅちゅ…ぐちゃ……

 喉を犯される少女の口から、唾液がだらだらとこぼれ、少女の喉を汚していた。
 だが、少女はそのことに気づかない。
 時折、深くくわえすぎた男のモノが喉奥をつかれる苦しさも問題にはならなかった。

「ん……そろそろ……出そうだ」
「ふぁい……あひて……くだしゃい……」

 くわえながら、少女が言う。

 じゅぷ…ずちゅずちゅずちゅずちゅ……じゅぶぶぶ

 リズミカルにユミカの黒い髪の毛が上下にゆれ、リップクリームと唾液でかすかに光る唇を男の肉棒が出入りする。

「くっ」

 どぷっ、どくっ、ドクドクッ!

「んっ、んぐっ、ん……けほっ!」

 射精の勢いを受け止めきれず、少女はむせ返った。

「あ……もったいない……」

 シーツに落ち、まだゲル状のままの精液にためらいもなく口を寄せる。
 手ですくうのではなく、犬のように口と舌だけで精液を舐めとった。

「ん、おいし……」

 投げたボールを拾い、戻ってきた犬のように誇らしげな笑みを浮かべ、男を見た。

「ご主人様、ご主人様のソレの後始末をさせていただいて、よろしいでしょうか?」
「ああ」

 男が言うと、少女は本当に嬉しそうに男のモノに口づけた。

***

 男が少女に射精する、30分ほど前に話を戻す。

 さて……。

 どうしたものか、と男は思った。
 彼の目の前に、少女がいる。
 少女はスカートを持ち上げ――下着はつけていなかった――まだ毛も生えそろわぬ股間を晒しながら、熱い吐息交じりで男に囁いた。

「せーえき、ちょうだい……」

 少女の顔は赤らみ、頬はうっすらと汗ばんでいた。身体はかすかにふるえ、股間には汗ではないものが滲んでいる。
 もどかしそうに太股をいじるたびに微量の愛液が分泌され、ほんのりとチーズのような匂いが漂ってくる。
 少女は、発情していた。

「はぁー……」

 1人で盛り上がる少女をよそに、男は冷めたため息をついた。

「ユミカくん」

 少女の肩に、ぽむと手を置く。

「ユウ」

 ユミカは男を見上げた。

「すまん」

 謝罪と共に、繰り出される貫き手。
 手刀が肋骨の隙間から肺を強打し、酸素を吐き出させた。

「か…はっ」

 少女が気絶した。
 崩れ落ちようとするその身体を抱きとめ、壁にもたれかけさせる。

「美奈」

 少女ではなく壁を睨み、男は言った。

「どうせ盗聴しているんだろう。これはどーいうことだ?」
『あらあらあらぁ? 若気の至りで発散される性欲の処理に困っているかと案じた妹のプレゼントがお気に召しませんでしたか?』

 壁に埋め込まれたスピーカーから、声が響く。

「お前のためにやっているんだ、とか、その件に関しましては一切記憶にございません、とか。世の中には都合がよい言葉があるが――」

 語るうちに、男はこめかみには青筋が浮いた。

「男を強姦しようとしながら、”女に恥をかかせないで”なんて言う奴を見ると、俺はぶち殺したくなってくる。理解できるかね、マイ・シスター」
『オホホホホホホ。ユミカちんがそれと同類だと?』
「違う。てめーのやり口だ。発情した女をあてがえば喜んで俺が犯すとでも思ったのか?」
『御門お姉さまの時は状況に流されていましたわ』
「あの時とは相手も状況も違う。その気になればお互いに断れる程度の理性は残ってた」
『Oh,year ha-ha-. I tell you what kind of situation you ware and give it,repeat after me “ぬ・る・ぽ” in a big voice .(意訳:オホホホホ。それがどんな状況だったのか教えて差し上げますわ。大きな声で”ぬるぽ”と言いなさい)』

 ふざけた対応にいらついた男は、ゴッ、ガッと壁を力任せに殴りつけた。

「翻訳はできるが意味が分からんわ!」
『駄目ですわお兄様。独逸語だけだはなく英語もきちんと勉強しないと』
「で? これはどーいうことだ。ユミカに一体何をした」
『ちょっと首輪プレイをしてみようと思いつきまして――』

・・・・・・・
・・・
・・

「――つまり、”呪いの首輪”を外すために精液を摂取させろ、と」
『はい。その通りですわ』
「それ以外で首輪を外す方法は?」
『外科手術でも一応は可能ですわ。ただし脳神経と複雑怪奇に接続されてますのでその手術は高度な技術を必要とする上、失敗すれば命にかかわりますわ。もちろんご存知かと思いますが手術の前に髪も全部剃っていただいて、頭骨をぱかっと空けないといけませんけど』

 男は深い深いため息をついた。

「罰として朝飯当番2ヶ月延期。その他のペナルティは後で打ち合わせるから覚悟しとけ」
『え゛ー。何のための家事分担の取り決めですのお兄様。毎朝定時に起きてご飯を作る健康的な生活はもう飽きましたわ。それに家事でお兄様の担当する分がまた減ってしまうではありませんか』
「知るか。これ以上俺を不機嫌にさせたくなかったら盗聴器を切れ」
『オホホホホ、情事を妹に聞かれたくありませんものね。かしこまりましたわ』

 ぶちっ、という音。スピーカーからのノイズが消えた。

「やれやれだな、まったく……」

 緊急避難、という言葉が男の頭によぎった。
 よぎったが、気が進まぬことに変わりはない。

「おいユミカたん、起きなさい。起きないと寝たまま犯すぞ」

 男は少女の頬をぺちぺちと叩いた。

***

 深夜。
 青年と、少女が眠っていた。
 青年は片方の腕を少女に差し出し、少女はそれを枕代わりに眠っていた。

「優め、ようやく寝たか」

 呟きと共に、青年が起き上がった。
 先ほどまで寝ていたベッドの足元に放っていたズボンのポケットを探り、携帯を取り出す。
 登録していた電話番号を引き、ボタンを押した。コール2回で相手が出る。

「俺だ。……ああ、今しがた起きた。経口だが一応、優美香に精液をやれた。とりあえず現在のところ問題はなさそうだ。ああ、後の処置はお前に任す。俺は少し夜風に当たってくる」

 3ヶ月ほど、前。
 彼と彼女は、生物を無から創造することに成功した。
 現行の科学にあるような、まっとうな方法ではない。
 中世において錬金術が一世を風靡した頃、幾らかの胡散臭い魔道書が残った。
 その胡散臭い魔道書の数百編を集め、興味本位で調べたところ、本物があった。

 空気と銅を常温で核融合させ、幾らかの処理を経た後に最終的に金を作り出す方法。
 人為的にガン細胞を作り出す方法と、逆に癌の特効薬を作る方法。これを応用すれば、肉体は不老不死に限りなく近づく。

 その魔道書にはホムンクルスの製法も載っており、注意書きにはかくかかれていた。

”この製法で造られたホムンクルスはマスター登録された者の精液で肉体を保ちます。フルチャージには健全な成年男子が3回出す程度の分量。もし必要量を摂取できなければ、肉体の形状を保つことができず死に至ります”

「難儀なものだ。俺では美奈以外抱けんしな」

 黒いコートを羽織り、男は夜の街へとくりだした。

***

 翌日。

「たーたん、たたん、たんたんたんたんた、たーんたーん♪」

 少女が鼻歌を歌っていた。
 朝食の用意をしている。
 肌着と呼べるものは、白地のエプロン1枚きり。背後からは白桃のような尻が丸見えだった。

「恥ずかしいんだからあっち向いててよ!」

 突然、少女が包丁を投げつけた。
 男は首をいなし、かわした。
 投げつけられた包丁はそのまま中を滑空し、木製の柱にぶっすりと突き刺さった。

「ユミカくん、俺を殺す気かね?」

 柱に視線をよこし、男はおっとりとした口調で非難した。
 ユミカは謝るどころか腰に両手を当て、薄い胸板を強調するかのようにふんぞり返ると

「乙女の肌を晒していいのは将来の旦那さんだけなの!」

 語気も荒く言い返した。

「ほぅ。気持ちは嬉しいが俺はお前を娶るつもりはないぞ」
「私だって変態の奥さんになるつもりはないわよ!」

 今度は茶碗が宙を舞い、男は当然それをかわす。
 壁に当たった茶碗は、パリーンという音と共に天に召された。

「ユミカよ、変態という意見には同意しよう。しかしこんな美男子を捕まえて変態とは非常識だぞこんちくしょうめ」
「………………」

 天井を仰ぎ、しばし男の言葉の意味をユミカは考えたが理解できなかった。
 できなかったので、男のことは放っておいて料理に専念することにした。

「………ふ、ん」

 男は鼻をならし、再びなんともなしに可愛らしい尻に視線を向けた。
 素っ裸で料理をする方が変態チックだと思ったが、目の保養になるのであえて指摘しない。
 そこへ、BGMが近づく。
 ショパンの夜想曲、第13番ハ単調
 現れた女の右肩の上には、ひどく古い型のCDラジカセが乗っていた。
 因みに曲目によりその日の体調とテンションをあらわしている。電波ソング>アニメソング>ロック>>クラシック>演歌という順位付けで、美奈が生理の時は決まって演歌が流れる。今日はどん底から2番目らしい。

「オホホホホホホホホ、ぐっどもーにんぐお兄様、ユミカちん。一晩でずいぶんと仲良くなったようですわね。やはり身体と身体で行われた会話は万言や億言での言葉のやり取りにも勝りますわ」

 壁から包丁を引き抜きながら言う。

「で? まさかお前、家族関係を円滑にするために昨日の行動を起こしたなんて言うわけでは、あ る ま い な ?」

 語尾を奇妙なイントネーションで区切りながら、男。

「そうよ美奈ちん! 昨日のあの首輪はなによあの首輪は。おかげでひどい目にあったんだから!」
「ホホホ、ユミカ」

 美奈の手が、ぱっ、と閃いた。

 カッ……びぃん、びぃん、びぃん……

 包丁が、震えた。
 美奈の投げつけたそれは、ユミカの頬をかすめ、ステンレス鋼のキッチンに突き刺さっていた。
 なまなかな、人間にできる技ではない。

「他人に包丁を投げつける、ということがどういうことかお分かり?」

 底冷えのする瞳で、女は少女を見た。

「はい……ごめんなさい」
「理解したのなら料理を続けなさい。働かざる者喰うべからずが倉木家の掟ですわ」

 ユミカは身をすくませ、慌ててきびすを返すと料理を再開した。
 身体が、恐怖に震えていた。

「おい、くだらん行動で話を逸らすな」
「くだらないとは存外なお言葉。子供への躾は重要なことですわ。身体つきは大人に差し掛かってはいても、あの子の脳内わーるどはまだお子様ですもの」
「だったら今の注意で躾は終わったな。俺の質問に答えたまえ」
「あっ!」

 台所から、鋭い声がした。

「ああ、血が、血が出てる。どうしよう………」

 優と美奈がそこを見ると、ユミカは包丁でざっくりと小指を傷つけてしまっていた。

「ユミカちん落ち着きなさい。この程度で混乱するような娘を造った覚えはありませんわよ」
「お前が過剰に脅すからだ、馬鹿者」

 美奈は止血点を圧迫しながら傷の程度を確認し、彼女の兄の方は包帯や消毒液などの道具一式を用意する。
 修羅場に慣れているのだろうか、兄妹の行動は迅速だった。

「縫う必要はなさそうですわね。しばらく痛いだろうけど我慢しなさい。家事は私とお兄様とで受け持ちますわ」
「うい……ごめんなさい」
「お前が謝る必要はねー。全面的にこいつが悪い」

 男は、妹にコブラツイストをかけた。

「あぐ…が…痛いですわ、痛いですわお兄様。鎖骨から後背部の第5番にかけての骨髄とお肉が奇妙に圧迫されていますわ!」
「まだまだ余裕がありそうだな」

 さらに力を加える。

「オホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホホ!」

 美奈は、けたたましく笑った。
 否。
 笑わされた。
 数十秒もの間――
 そうして妹を笑わせた後、男は力を緩めた。
 ぜぇ、はぁ、と荒い息をつく美奈。

「――美奈よ、ところでまだ俺の質問には答えてもらってない」

 妹を見下ろす視線の奥に、一瞬だが殺気ともとれる青白いきらめきがあった。

「今日の講義はサボるわけにもいかんのでもう出るが……今夜、時間を空けろ。昨日の夜のことについてじっくりと聞かせてもらうからな」

 美奈の返答はなかった。

***

 男と女が、カフェテリアで座っている。
 男の前にはシナモンティーとぜんざいがあり、女の前には紅茶とチーズケーキがあった。
 午後15時の大学構内。その日の講義を終えると、2人で適当な場所に落ち合ってまったりと過ごす。
 それが彼と彼女との平日の定番だった。
 だが、今回はいささかおもむきが異なっている。
 両者とも、何やら深刻な顔をしていた。

「隠し子、ですか……」
「いや厳密に言うとそうでもないのだが。まぁそう考えてくれて大して違いはないか」
「父親は誰です?」
「分からん。俺ではないことだけは確かだ」
「当然です。実の妹さんでしょ」
「うむ。邪推しないでくれて助かる」

 男はぜんざいを一口ほおばった。

「なんだか良く分からない話ですけど……とどのつまり、扶養家族が増えたってことですよね。その……大丈夫なんですか?」
「ん、何がだ?」
「倉木家の財政は」

 両親がおらず、兄と妹の2人きりで生活保護を受けながら暮らしている。大学に通う費用だって、学業成績で勝ち取った奨学金からだ。彼らの表向きの事情はそうであったから、女の心配も無理からぬことであった。
 男は女の心配を鼻で笑ってから、小さな嘘をつくことにした。
 事実、経済的に困っているわけではなかったが。
 まさか美奈が数十億もの金を簡単に稼いでいるなどと説明して、信じられるわけがない。

「心配するな。親が残した遺産が腐るほどあるから、月の負担が10万や20万増えたところで大して影響はない」
「面倒は誰が? この時期優さんも忙しいし、美奈さんはすでに就職しているんでしょう」

 御門は、立ち入ったことを承知でたずねた。
 男が嘘をついていないか見極めたい。恋人が困っているなら助けたいし、それが経済的な理由ならいくらでも援助できる力が自分にはある。

「いやまー、自分で飯もつくれるだろうし手はかかってないんだが。まぁ何か問題があれば家政婦を雇おうかと思ってる」

 人を雇うという発想が出たことから、本当に金には困っていないようだと御門は判断した。

「しかし………かせいふ、ですか」

 ほわんほわんほわんほわん……

 ご主人様、お料理が出来ました。
 ご主人様、お背中をお流しいたします。
 ご主人様、夜伽に参りました。
 ご主人様、朝の性欲処理に私をお使いください。

 メイド――しかも下世話な漫画にあるような偏ったイメージを――想像して、御門は顔を赤らめた。

「どうした?」
「い、いえなんでも」

 御門は首を振った。

「美奈さんの影響かしら……」

 呟き、しばしこれまでの人生について深く考察してしまう。

「美奈がどうかしたか?」
「い、いえ。毎回毎回ピリオドの向こう側を突っ走ってるなぁ……と」

 ふぅ、と御門はため息をついた。
 自分の言葉から、過去にあったさまざまなことを連想してしまう。
 優と付き合うようになって約半年。
 その間、優を交えての脱衣マージャン(3人打ち)に付き合わされた。
 理不尽な難癖をつけられ、何故か股間にピンクローターを装着して優とのデートに繰り出す嵌めにもなった。
 そういえば、首輪をつけて夜の散歩というメニューもあったような……なかったような……
 とにかく。
 他人にはとても言えぬ、とてつもなく恥ずかしい目に合わされている。
 そういえばメイド服のコスプレをして”ご奉仕ごっこ”をさせられたこともあった。
 もちろん優をご主人様に見立てて色々と身の回りの世話をしたわけなのだが、まさかどこぞにあるようなアダルトゲームじみた真似をさせられるとは――
 だ、けれども……
 いやでは、なかった。
 その後にたっぷりと気持ちよくしてもらえたので、またの機会を望んでいたりする。

 もちろん、分かっている。

『倉木兄妹に、調教されている』

 ということを、彼女は十分に理解していた。
 その半面、既に逃れられない蜘蛛の巣に捉えられていることも分かっていた。
 唯一の救いは男が自分を愛してくれていることだが――愛を求めるが故に身体を重ね、それが快楽への依存を高めるという悪循環。
 と……。
 嫌な予想をしてしまい、御門は顔をしかめた。

「まさか――とは思いますけど優さん、その子に手を出したりしてませんよね?」
「いや。既に手遅れだ」

 悪びれもせず男は言った。
 御門はさらに視線を険しくし、男を睨んだ。

「また美奈さんに嵌められたせいですか、それとも自分の意志で?」

 嘘をつくべきか、正直に話すべきか、男は数秒迷った後に後者を選んだ。

「両方だ、な。いい女だったから抱いた。醜女だったら断固として拒否してる」
「でも、私はまだ優さんの恋人ですよね?」
「うむ。俺はそう思ってる」
「なら、その子とは身体だけの関係ですか?」
「さあ。これからどうなるか俺にもわからん」

 この節操なしを、グーで殴りつけたくなってきた。
 拳を握り締め、実際にそうしたところを想像したら――何故か悲しくなり、怒りはどこかへ消えてしまった。

「男の人ってみんな、行きずりの女といかがわしいことができるものなの?」
「いや違う。性欲を満たしたいだけなら、街で一山幾らの女を買っておるわ」
「だったらなんで手を出して…!」

 周囲の人々が、何事かとこちらに目を向けた。
 言葉を切り、御門は顔を俯かせた。

「いえ、いいんです。浮気の1つや2つ。うちの親だってその口ですし、母だって父が知らない間にこさえたお妾さんと知らない間に仲良くやってるくらいだから別に受け入れられないわけじゃあないんです」

 一気にまくしたてながら、女はフォークでぶすりぶすりとチーズケーキを突き刺した。

「でも……」

 言葉を切り、フォークを置いた。

「私を捨てないでくれますか?」
「……………」

 男は瞠目し、しばし言葉を失って女を見た。

「意外、だな。お前がそんな心配をするなんて」
「だって……」

 私の代わりなど、幾らでも用意できるでしょう――?

 女は腐るほどいるのだ。高い地位や、優れた能力、好みの容姿やセックスの相性。御門よりも優にとって都合のよい女はいるだろう。
 欲しければ、洗脳して愛させればいい。
 彼女にそうした時のように。

「よし御門。提案がある」

 男は女の髪を撫で、2、3度そうしてから女の頬に添えた。

「結婚しようか」
「え…………」

 十と数秒の空白。

「え、え、ええぇ!?」

 あたふたと手で顔を覆ったりティーカップをいじくったりとしつつ、真っ赤な顔になる御門。
 女の取り乱すさまを見て、男はにやにやと笑った。

「って優さん、からかってるでしょ。笑ってるでしょ。私の取り乱すさまをみて悦に浸ってるでしょ」
「うむその通り。しかし御門、俺はお前のそういうところが大好きだのだよ。わかるかね?」
「分かりませんっ」

 むにゅ、と爪を立てぬように、御門は男の頬をつねった。
 男はその手をとり、強引に女を引き寄せた。

「えっ?」

 がしゃん

 テーブルが揺れ、ティーカップの中身がぶちまけられる。
 周囲から注がれる好奇の視線に加え、かすかなどよめきが広がった。
 男は、観衆を無視した。
 無視して御門を抱きしめ、女の耳元に囁いた。

「愛してる」

***

 愛してる、と……

 その言葉を聞いたとき――
 女は、うっとりとして顔を火照らせた。

「愛は偉大。愛は永遠。愛は粘膜のこすれ合いがもたらす錯覚……嗚呼……お兄様があんな歯の浮くような戯言をおっしゃるなんて……御門さんは悪女ですわ……」

 盗聴器のイヤホンを耳から引っぺがし、壁に叩きつけると、

「わたくし、ブチ切れますわよ?」

 疑問系で呟いた。

「ユミカ、お茶とキンツバ持っていらして。ダッシュで」
「は、はいっ」

 ユミカは身体をびくっとすくませ、キチガイの命令を遂行した。よほどに恐ろしく見えたらしい。
 美奈はそんな少女に、目もくれない。パソコンのキーボードをカチャカチャと鳴らし、流れ出るプログラムコードに時折舌打ちした。

「スランプになりましたわ。精神的に不調ですわ。このままこのもやもやを放置しておいては本業の世界吃驚おもしろ計画に支障が出てしまいますわ」

 ぱくっとキンツバを口にし、ずずずとお茶を飲む。本日のお茶はニラ茶であった。キンツバの甘さにはほどよく苦い。

「アン・ビバレンツ」

 ぱちんっ、と親指と中指をこすり合わせ、小気味よい音を鳴らす。

「直訳すると二律背反。あっちを勃てたらこっちが勃たない。正直お兄様が御門さんとくっつくのは野望のために喜ばしいことですが妹として微妙ですわ。嫉妬という世俗の感情を持ち合わせているなんて教祖様として失敗ですわ。そう思いませんか、ユミカちん」
「…………よくわかんないです」
「む」

 美奈はユミカに流し目をくれた。つまらなそうな顔をしている。

「手持ち無沙汰なようですわね。暇ならまた首輪をつけます?」
「遠慮しますです」
「そ。話し相手にお友達役も作るべきでしたかしら。でも双子って私嫌いですし……何故って性格設定を正反対にするとうざいですし、同じにすると見分けがつかなくてさらにうざったいですもの。ねえ、ユミカ。姉か妹は欲しい?」
「簡単に作れるものなの?」
「コップ2杯分のプルトニウムがあれば、ね」

 何かがツボにはまったのか、美奈はくっくっく、と不気味に笑った。

「いいえ駄目ですわ。あれは今や貴方専用の設備ですもの。ご主人様がそう決めてしまわれましたもの」

 その声に、目の輝きに、何故かユミカは寒気を覚えた。

「気分転換にデートしましょうか。今度はいかがわしい真似はしませんわ。3、4時間くらい街をふらりと見物するだけですけど、ユミカはお誘いに乗ってくださる?」
「ん~~~……」

 小さな唇にちょこなんと人差し指をあて、ユミカは美奈の表情を観察した。
 読めない。
 読めるはずがない。相手はキチガイさんなのだから。

「お願いします」

 ともあれ断るのも後が怖い気がしたので、ユミカは神妙にうなずいた。

***

 そびえ立つビル郡を血の色に染めあげ、日が沈んでゆく。
 都会は埃が多いためだろうか、夕日はひどく赤かった。

「和む、な……」

 膝枕の上に頭を乗せた体勢で、ぽつりと、男はつぶやいた。

「ええ、本当に……」

 女が頷く。
 身に着けるのは、身体の最小限の部分を隠すだけのわずかな肌着のみ。
 頬が上気していた。
 肌はうっすらと汗ばんでいる。
 男の髪を撫でる手は行為の火照りを残し、あたたかかった。

「名残惜しいが、時間だ」

 ゆっくりと、男が起き上がった。

「泊まっていけばいいでしょう?」
「美奈が家で待ってる」

 ズボンをはき、ベルトを締めて男が言う。

「……」

 女は、落胆と嫉妬の混じったため息をついた。

「まぁ、これで許せ」

 ちゅっ、と女に軽く口付ける。
 1度だけでは物足りなさそうな顔をされるので、2度、3度、4度と。

「ずるい、ひと……」

 女は男の唇をふさぎ返し、舌を挿れた。

 くちゅ……ちゅく………

 唾液の橋がかかり、銀色のきらめきと共にはかなく切れる。

「それだけじゃ、足りない」
「じゃ、あと1回だけな」

 今度は男の方から唇を塞ぎ、唾液を与えた。

「んっ……んっんっんんっんっ……うふぅ……んっんっ……じゅるぅ」

 最後のキスは、特に濃厚だった。

< つづく >

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