ドールメイカー・カンパニー3 (4)

(4)女衒

 あの日から、一体何日経ったのだろう・・・

 蘭子はベッドの上で気が付くと、ボンヤリとそう思った。
 しかし、疾うに日にちを数えることを諦めてしまっている蘭子には、もうその答えを探ることは出来なかった。

 荒木の言葉どおり、あの日から蘭子は完全に精液便器と成り果てていた。
 家畜以下・・・
 それ以外、表現のしようが無かった。

 あの日、放尿の写真を撮られた後、ヤクザ達は宣言どおり蘭子に浣腸し、その崩壊の瞬間を写真とビデオに記録していった。

 観念したつもりでも、観念しきれない・・・無抵抗でいる筈が足掻いてしまう・・・

 そんな感情を洗いざらい消し去ってしまう程、蘭子にとって衝撃的な出来事だった。

『くっせ~っ』
『なんだぁ、お前。腹ん中にこんなモン溜め込んでたのかぁ?』
『テメェ、出し過ぎだぜ。少しは女の嗜みってモノがねぇのかっ』

 ヤクザ達に口々に罵られ、嘲笑され、首根っこを掴まれて自分の排泄物と対面させられた。

『テメェがいくら気取った事ぬかしても、人前で脱糞しちまった女だって事実はもう消えねぇぜ』

 神宮寺が嘲笑いながら言い放ったその言葉は、蘭子に決定的なダメージを与えた。
 その瞳から輝きが消え、ドロンとした虚無的な視線でヤクザ達の命令に唯々諾々と従う奴隷に生まれ変わったのだ。

 そしてその晩、あれほど嫌がったアヌスを荒木達幹部連中全員に貫かれた後、そのまま若手連中に下げ渡されたのだった。
 事務所にたむろしていた10数名の若いヤクザたちはマイクロバスでこのアジトに押しかけると、久しぶりの獲物に容赦なく群がる。
 最初の2日間は眠ることも出来なかった。
 常に誰かのペニスが蘭子の胎内で律動を繰り返していたのだ。
 前も後ろも区別は無かった。開口器を調節して強制的に口の中も犯された。
 そして当たり前のように衆人環視のなか排泄をさせられた。
 いつも無抵抗の獲物がこの時だけは泣きながら嫌がる。
 しかし、そんな蘭子の反応をヤクザ達は面白がり、かえってその責めをエスカレートさせていった。
 犯しぬかれ、体中を汗とザーメンで汚されきっている蘭子を四つん這いに拘束し、うしろから特大の注射器で浣腸する。
 そしてその姿のまま、いつもの排泄場所へ連れて行くのだ。
 するとそこにはヤクザ達に混じって、綺麗に着飾った女たちが待ち構えていた。

『いやっ!なにぃ?このヒト、きったな~いっ』
『ちょっとぉ、変なの連れてこないでよ。なんか臭いわ』
『このオバサンどうしたの?拉致ったのぉ、それともマゾ豚?』

 蘭子に対し獣欲を抱いている男たちと違い、女達の冷め切った視線は蘭子に死にたいほどの屈辱を与えるのだ。
 女達の嘲笑、そしてその前での強制排泄、そしてその場で放置・・・

 ヤクザ達は蘭子の味わう屈辱を楽しみに、その体と精神を弄んだ。
 そして最初の熱狂が醒めると、その後は本当に便器扱いとなったのだ。

 蘭子に話しかけることも無くなった。
 勝手気ままに監禁室に入ってきては、ベッドで死んだように伏せている蘭子の尻を抱え、すき放題に腰を振っては中に出した。
 汚れたペニスは当たり前のように蘭子の口に突っ込み舌で舐め取らす。
 そして綺麗になるとそのまま蘭子を打ち捨てて部屋を後にするのだ。
 蘭子は男が去ると部屋の隅に置かれた小さな洗面器へのろのろと歩いていきその股間を洗った。
 汚れたままだと、次に来た男に鞭で打たれるのだ。

「そろそろ、頃合じゃないですかねぇ」

 監視モニタに映る蘭子を顎で指して、神宮寺は荒木に言った。
 アジトに設けられた監視室で二人はグラスに注がれたウィスキーをゆっくりと味わいながら、若い衆のペニスを咽奥に突っ込まれている蘭子を見ていたのだ。

「頃合?出荷っていう意味ですか?」

 二人の横に立つ男が訊いた。
 給仕として、ボトルを手に一緒にモニタを覗いている。
 以前蘭子を案内してきた棚橋というヤクザだった。
 幹部候補の一人である。

「あぁ、出荷もじきするさ。ただな、その前にあの牝に引導を渡してやらなきゃならねぇんだ」

 神宮寺は横目でチラリと棚橋を見て答えた。

「引導っすか・・・。なんか、俺からすると、もうとっくと落ちちまってるみたいなんスが」

 不思議そうな棚橋に、二人は小さく笑った。

「タナ、おめぇもそろそろこの商売の勘所を覚える頃だな。そこに座れ。少し教えてやるぜ」

 神宮寺はソファの空いた席を顎で指し、ゆっくりと向き直った。

「牝を落とすのに近道はねぇんだ。ひとつひとつ退路を塞ぎ、じわじわと追い詰める。遣り方は何でも良い、金で縛るもよし、暴力で縛るも、スキャンダルで縛るも、何でも有りだ。無論、一つとは限らねぇ、むしろ併せ技が普通だ。そうやって牝をひっ捕まえる。ふふふっ、この女は少しイレギュラだったが、ま、捕まえちまったら同じだな」

 神宮寺はそこで一息ついて、理解を確認するように棚橋を見た。
 しかし素人を恫喝して引っ張ってくるやり方は棚橋達中堅どころが一番心得ている。
 軽く肯きながら言葉の続きを待っていた。

「ふふふっ、釈迦に説法だったか?しかしな、タナ。捕まえて監禁して薬を使って・・・これをすりゃぁ、牝は色ボケには出来る。しかしな、最高級品として売り出すには『ここ』が必要なんだ」

 そう言って神宮寺は自分の心臓を親指で突っついた。

「“心”だ。判るか、俺たちに完全に服従しただけでなく、自ら俺たちのレールに乗っかることを望む“心”を植えつける必要があるんだ。そして、それが出来た者だけが一流の女衒と呼ばれるんだ」
「自分から望む?いったい、どうやって・・・」

 棚橋は呆れたような口ぶりで問いかけた。

「99%はおめぇが見ているとおりのことをするのさ。ヤクを使い、徹底的に色ボケさせ、その上で畜生みたいにクソを垂れ流しにさせる。人間らしい日常を消し、ギリギリまで追い詰める。けれど決して死なせない・・・。どんなご立派なご婦人でもな、“潔い死”まで封じられちまうとな、妥協せざるを得なくなるのさ。この蘭子みたいによ、見た目はもう完全な牝奴隷って訳だ」

 神宮寺はそう言って、モニタの中で独り洗面器で股間を洗っている蘭子を見詰めた。

「しかしな・・・。知ってるか?この女、まだマインド・サーカスへの出荷を拒んでやがるんだ。ヤクザに精液便所として扱われるこの暮らしから抜け出せるかもしれねぇチャンスを拒んでるんだぜ」

 その言葉に棚橋は目を剥いた。

「マジっすか?なんなんだ、そりゃぁ・・・考えられねぇ」
「言ったろ?あれはあくまで“妥協”なんだ。ホントに大切な、一番重要なモノを守るために、女はいくらでも演技する。この蘭子みたいにな。そしてな、俺達女衒の能力はな、そんな女達の一番大切なものを見つけることが出来るかどうかに掛かってるんだ」
「こんな、畜生以下の生活をしてでも守りたいもの・・・。何なんです?この女がそうまで拘るモノって」

 棚橋は、まるで想像もつかない様子で神宮寺の答えを待った。

「この女がこうまでして守りたいもの。それはな、『マインド・サーカスへの敵愾心』だな。もう少し具体的に言やぁ、“きつね”とかいう催眠術師へのライバル心なんだろうな」

 神宮寺のこの言葉は、しかし棚橋の意表をついていた。

「へ・・・?なんスか、それ。この女、そんなことでこんな暮らしに耐えているんですかぃ?」

 夫とか、子供とか、そういった相手を人質にとられて仕方なく・・・っていうストーリィなら棚橋にも想像はつく。
 しかし、そんな高(たか)が催眠術の技量程度のことでこんな暮らしに甘んじるとは理解の外だった。

「判らねぇか・・・ま、そうだろうな。俺だってこの女がそこまで拘る理由は判らねぇ。しかしな、この女がそれに命を掛けているってことは確かだ。これだけは、俺の女衒としてのプライドをかけて断言できるぜ」

 神宮寺は自信たっぷりに言い切った。

「へぇ、判りました。でもジンさん、それでこの女を落とすってのは・・・結局どうするんです?無理やり『マインド・サーカス』に連れてっちまうとか?」

 棚橋のその問いに、神宮寺は軽く頭を振った。

「いや、それじゃぁダメだ。上手くいくかもしれねぇが、奴等の対応如何では失敗もある。それにこの女は奴等に引き渡す前に完全な牝奴隷に仕立ててやるつもりなんだ。俺達だけの手で、もっと確実な方法でな」
「どうするんで?」

 夢中で問いかける棚橋に、神宮寺は短く答えた。

「女の最後の望みを断つ」
「断つ?・・・いや、しかしですよ、そんなことしたらせっかく従順な牝になったのに、また暴れだすんじゃ」

 棚橋はストレートに疑問を口にした。
 けれど神宮寺は、当たり前のように軽く肯いて口を開いた。

「そのまま放っとけば・・・そうなるわな。しかしな、望みを絶たれた瞬間、今まさに奈落の底に落ちようとしているその時、救いの手を差し出したらどうなる?たとえそれが腐った外道の手だろうと、差し出された手を振り払うことなんかできねぇんだよ・・・どんなにご立派な女でもな」

 神宮寺はそう呟くと、片頬だけで小さく笑みを浮かべたのだった。
 棚橋は、そんな神宮寺の穏やかな表情に、普段の“強面のジンさん”からでさえ感じることが出来ないような威圧感を感じていた。

「ジンさん・・・おっ、俺にもそれを、その遣り方を教えてくれないっすかっ」

 棚橋は身を乗り出して、神宮寺に懇願した。
 しかし神宮寺はそれには答えず、代わりに荒木に向き直った。

「荒木さん、今からお願いできますか」

 その問い掛けに、二人の話を面白そうに聞いていた荒木は軽く片方の眉を上げて答えた。

「いいぜ。確かにありゃぁそろそろ限界だ。さっさと決めちまうとするか」

 荒木のこの言葉に神宮寺は軽く頭を下げてから、棚橋に視線を向けた。

「タナ、そういうわけだ。オメェはあのモニタを見てな。今から実演してやるぜ、女衒が女を落とすところをな」

 神宮寺はそれだけを言うと、テーブルにグラスを置きゆっくりと立ち上がった。

 ヤクザ達の本当の仕事がこれから始まるのである。

 遠くで鍵の開く音がした。
 続いて扉の軋みと靴音・・・

 蘭子はうつ伏せでベッドに横たわっていたが、その音に気付くと条件反射のように尻だけを高く掲げたのだった。
 振り向くこともしない。
 相手が誰でも興味はなかった。
 打たれている薬の作用なのか、蘭子の媚肉は常に受け入れ態勢を整えている。
 男の命じるまま従順に体を開いていれば、暴力を振るわれることも無かった。
 性器と尻の穴を晒した姿勢で、蘭子は男の指示を待っていた。

 けれども大概の男が真っ先に手をだす尻に、入ってきた靴音はまるで興味が無いように素通りした。
 そして蘭子の顔のすぐ横に腰を下ろしたのだった。

 沈み込むマットレスに気付いた蘭子はドロンとした疲れた視線を上げる。
 するとそこには神宮寺の見下したような笑顔があった。

「お嬢様はだいぶお疲れのようだな。ウチの若い衆の味はどうだったい?」

 神宮寺は軽口をたたきながら、蘭子を背後から抱き上げ自分の膝の上に下ろした。
 相変わらず両手は前で拘束され、口には開口器が装着されている。
 神宮寺はその締め付けを確認してから、大きな手を蘭子の顎に当て顔を自分に向けた。
 しかし男たちに掛けられた精液と、汗、そして開口器から毀れる涎で蘭子の顔はすっかり汚れきっている。
 神宮寺は持ってきた蒸しタオルでそんな蘭子の顔を丁寧に拭ってやった。
 虚ろな表情の蘭子だったが、その時だけ気持ちよさげに瞼を閉じた。

「ベッピンさんは得だねぇ。ちょっと拭いただけで、すぐに甦っちまう。へへへ、ホント俺のスケにしたいくらいだぜ」

 神宮寺は蘭子の耳に舌を這わせながら、そう呟いた。

「なぁ、どうだい?俺ぁ本気だぜ。そろそろ観念してマインド・サーカスの奴等に詫び入れちゃぁいいじゃねぇか。お前さんくらいのベッピンだ、奴等も殺したりはしねぇぜ。でよ、暫くしたら俺がお前を貰い受けてやるぜ。だぁ~いじょうぶだって、俺たちと奴等はよ、パートナーなんだからよ。な?だからあんまりこんな所で強情を張らないほうが良いぜぇ」

 神宮寺は蒸しタオルで蘭子の体をゆっくりと拭いながら、そう言って口説いていた。
 しかし、蘭子の反応はそっけない。
 遠くを見詰めるような目で、ゆっくりと首を横に振るのである。

「はっ!オメェ、ホンッとに強情だな。わかってんのかぁ、こんなことあと1週間も続けてりゃテメェのマ○コなんかすっかり擦り切れちまうんだぜっ」

 神宮寺は乱暴な口調でそう言うと、抱えていた蘭子を一旦放り出した。
 そして手早く裸になると、既に臨戦状態の肉棒を見せ付けるようにしながらベッドの上で胡坐をかいたのである。
 そして片手で自分の内股を叩いている。
 “ここに来い”という合図だった。
 言葉も使わずに命令する神宮寺に、しかし蘭子は反抗のそぶりも見せずに従う。
 拘束された両手を神宮寺の首に掛け、そそり立つ肉の凶器に自ら腰を落としていったのだった。
 絡みつく熱い肉に目を細めながら、神宮寺は蘭子を抱えてゆっくりと腰を使った。

「なぁ~、俺ぁホントにお前を心配してるんだぜ。こんないい女がよ、若い衆の便所になって使いモンにならなくなるなんて勿体ねぇじゃねぇか。お前が強情を張っててもな、いつかは奴等に詫び入れる日が来るんだからよ、早いうちに済ましちまった方が絶対オメェの為だぜ」

 神宮寺は再びトーンを下げて蘭子を口説いた。
 しかし神宮寺の肉棒で貫かれ切なそうな表情をしながらも、蘭子にその申し出を受ける様子は無かった。

 更に言葉を重ねる神宮寺・・・

 けれどそれに蘭子が答えるより先に、不意に男が一人この部屋に入ってきたのである。

「おいジン!残念ながら、オメェの読み違いのようだぜ」

 荒木だった。
 余り機嫌がよくなさそうである。

「え?なんスか、荒木さん」

 不思議そうな表情で神宮寺が振り向く。
 しかし荒木は神宮寺にではなく、その膝の上で揺られている蘭子に向って言った。

「蘭子、どうやらオメェの粘り勝ちってことになりそうだぜ」

 その言葉に蘭子はゆっくりと顔を上げる。
 しかしトロンとした表情に言葉を理解した様子は無かった。

「どういうことっすか」

 代わりに神宮寺が訊く。
 蘭子は人形のように神宮寺の膝の上で揺られたままだった。

「実はよ、この女そろそろ頃合だと思ってよ、さっきちょっと奴等に連絡してみたんだ」

 荒木はタバコに火をつけながら話し始めた。

「奴等って・・・マインド・サーカスのことっすか?」

 神宮寺は思いがけぬ話を聞いたというように目を見開いた。
 すると、その言葉にようやく蘭子も気が付いたようだった。
 視線のピントが荒木に合う。

「おぅ。それでよ、あの“くらうん”って奴にこの牝を捕まえたって言ってやったんだ。『お探しの雌狐、当社で確保いたしましたよ』ってなっ!ところがよ、あの狸オヤジなんて言いやがったと思う?」

 荒木は腹に据えかねたように、壁を手で叩いて言った。

「“いらねぇ”ってよっ!」

 その言葉に神宮寺も目を剥く。

「なっ、なんでっすかっ?奴らウチと提携した時、言ってたじゃないっすかっ!この女が現れたらすぐに連絡しろって」

 神宮寺の声も自然と荒くなった。
 しかし荒木は眉を顰めて首を横に振った。

「ありゃぁ、俺らの為に言ったんだそうだ。この雌狐がまた催眠でちょっかい出してくるとウゼェから、退治してくれるつもりだったみてぇだ。俺らがコイツの声を出せないようにして調教してるって言ったら、『じゃあ、もう大丈夫でしょう。ウチは別に用はありませんから、あとは柏田さんのところで適当に処分してしまって良いですよ』だとっ!」

「なっ、なんっすか、その言い草わっ・・・」

 男達は大声でマインド・サーカスの態度を批判し始める。
 けれど蘭子はもうそんなことは聞いていなかった。

 (い・・・要らない?・・・この・・・この私を・・・・この私をっ、要らないとっ、そう言ったというのっ!)

 蘭子の脳裏にまたも“きつね”くんの姿が蘇った。

 喫茶「サ・モン」のマスターの暗示破りに失敗した苦い経験・・・
 あの元旦の決戦で部下への暗示を見破られた恥辱・・・
 そして何よりあの閃光弾の罠に嵌った屈辱・・・

 その遺恨の全てを蘭子はずっと“きつね”くんの姿に投影していたのだ。

 (アンタになんか、負けないんだからっ)
 (あたしの本気をアンタは知らないんだわっ)
 (御婆さまのもとを離れてから、私に匹敵する催眠術師なんか1人も見たことないわっ)
 (お前なんか、お前なんかっ、次に会ったら必ずコテンパンにしてやるからねっ)

 蘭子に流れる古い誇り高い血が燃え上がっていた。
 それは相手の実力を認めながらも、なお、自らの能力への絶対の自信がそう言わせているのだ。
 そして、それは無論相手も同じだと思っていた。
 蘭子の能力に対する十分な理解と畏怖を持っているからこそ、ヤクザにまで網を張って自分を捕らえたのだと・・・そう思っていたのだ。

 しかし・・・

 (どういうこと?奴らはどうして私を捕まえに来ない?私を捕まえて、私の催眠能力を、その秘密を暴こうとしないのっ!・・・うそよ・・・そんなこと・・・有り得ないっ!)

 蘭子の中のこの強烈な自負心が、嵐のようなヤクザの陵辱に耐える原動力だった。

 (例え肉体がどんなに酷い目にあっても、私のこの能力だけはお前たちなんかにあげないわっ!)

 この思いがある限り、蘭子は決して諦めることは無かった。
 いつか必ず現れるチャンスを待って、耐え忍ぶ覚悟だったのだ。
 しかし荒木の言葉は、その全てを根底から覆してしまった。

 (い・・要らない・・って?あいつ等には、私の催眠能力など見るに値しないってこと?そ・・・そういうこと・・・なの?)

 その認識は、信じられないほどの衝撃を蘭子に与えた。
 自分に掛けていた暗示が思わず緩む程に。
 そしてその間隙から蘭子がこの数日味わった出来事が、目を背けたくなる出来事が、次々と蘇ってきたのである。

 すきなように犯され・・・
 強制的に排泄させられ・・・
 女達に嘲笑われ・・・
 家畜のように扱われ・・・

 (いやぁぁぁぁぁああああああああああっっ!!))

 まるで心の麻酔が切れたようにその映像は蘭子に鮮烈な痛みを齎す。
 神宮寺の上で揺さぶられながら、蘭子は唇を噛んで頭を振った。
 けれど一旦湧き上がった心の叫びは押さえようが無い。
 無理やり押さえ込んできた克己心にひびが入ってしまったのだ。

 (耐えてきたのにっ、プライドを捨ててまで耐えてきたのにっ!私は・・・、私はいったい何を守っていたと言うの?)

 胸に抱いた宝物が、実はただの石ころだったのである。
 その認識は、蘭子を打ちのめした。
 胸のうちに沈み込んでしまいそうな重い徒労感が充満する。
 その重みで心が軋んだ。
 自己催眠で律していた箍(たが)に限界を超えた重みが圧し掛かる。

 (無駄よ・・・)

 まるで他人事のような言葉が浮かんだ。

 (無意味だったの・・・)
 (何の価値も無い・・・)
 (ただの独り善がり・・・)
 (ただの・・・思い込み・・・)

 自らの言葉が、自らを傷つける。
 絶望の想いが、雪崩をうったように膨れ上がる。
 そしてその嵩が遂に蘭子の許容量を超えたとき、鉄壁の筈の蘭子の自己暗示が一気に弾き飛ばされたのである。

 ドクンッ!

 蘭子の心臓が突然大きく鼓動を伝えた。

 (なっ、何っ!)

 動揺に一瞬蘭子の目が見開かれる。
 すると次の瞬間、全身から耐え難い、気の狂いそうな魔的な快感が物凄い勢いで湧き上がってきたのだった。

 (あっ!ああああっ、拙いっ、コントロールがっ、暴走したっ!)

 それは、あっという間だった。
 まるで全身の血液が燃え上がったように蘭子の体は熱に包まれた。
 胎内で律動している神宮寺の肉棒から爆発的な快感の波動が体中を駆け巡り始める。

 (あっ、いやっ、ぁあんんんんっ!だっ、ダメ、このままじゃオカシクナルゥ)

 蘭子は必死に立て直そうとした。

 しかし・・・

 (もう・・・いいじゃない・・・このまま・・・身を任せましょ)

 蘭子の中にもう一つの想いが湧き上がった。

 (もう・・・逃げ出せないのよ。私なんかの力では・・・ヤクザの罠でさえ・・・突破できない)

 どんなに自己催眠で肉体を律しようとも、それで薬物の影響を完全に排除できるものではない。
 まして蘭子は捕えられて以来、途切れることなく媚薬カクテルを打たれ続けていたのだ。
 その魔力が、制御を失った今、蘭子の脳に容赦なく襲い掛かった。
 強い意志も、その拠り所を失っては役に立たない。
 快感に追い捲られ、途方にくれたような視線が助けを求めて彷徨いだしている。

 そんな蘭子の様子を、神宮寺は冷徹とも言える鋭い視線で観察していた。
 荒木と会話しながらも、膝の上の蘭子から一瞬たりとも注意を逸らしていない。
 だから蘭子のこの状態は、既に手に取るように把握していた。

 (やっと崩れやがったか。全く大したモンだぜ、催眠術ってのはよ。あのカクテルにこれだけ耐えられたのはコイツだけだぜ。だが・・・)

 神宮寺は、まるで失禁したように結合部から愛液を溢れ出しはじめた蘭子に強い律動を尚も加える。

 (だが、それも、もうお仕舞いだ。ここらで引導を渡してやるぜ)

 そして神宮寺は一瞬だけ視線をモニタに向けた。
 見ている筈の棚橋に合図を送ったのだ。
 しかし再び蘭子に向き直ったとき、その表情は一変していた。

「蘭子ぉ・・・酷ぇ目に合わしちまったが・・・もう我慢しなくて良いんだぜ。うんと気をやんな、オメェは勝ったんだ。あのマインド・サーカスに行かずに済んだんだからよ」

 まるで父親のように優しい真摯な眼差しで神宮寺が蘭子にそっと語りかけた。
 そして片手を蘭子の首の後ろに伸ばすと、開口器の鍵を外し蘭子の口を開放したのである。
 しかし、その一方で神宮寺の腰は力強い律動を繰り返し、蘭子を膝の上で躍らせている。
 媚薬に蕩かされている脳はその肉の刺激に圧倒され、神宮寺の言葉を吟味できない。
 男の言葉を鵜呑みにする。

 (カッタ?勝ったの?わたし・・・もう・・・我慢しなくて・・・いいの?)

 背筋をぞくぞくするような快感信号が駆け抜けている。
 息も出来ないほどの欲情が全身に絡みつく。
 目の前の神宮寺が、本当に頼もしい父のように見えてくる。

 キケン、キケン、キケンッ!

 頭のどこかで激しいアラームが鳴っていた。
 しかしそれさえ激しい自分の呼吸音でかき消されてしまう。
 狂ったように腰がうねった。
 胎内に飲み込んだ肉棒に、蘭子は飲み込まれかかっていた。

 (さぁて、あと一押しっ)

 神宮寺は胸のうちでそう呟くと、そこで最後のセリフを口にしたのである。

「蘭子ぉ、オメェはもう俺のモンだぜっ、蘭子!たった今から俺のスケだっ!逝かせてやるぜぇっ、何度でもなっ、とことん満足させてやるぜぇ、お前は俺のスケになったんだからなっ」

 神宮寺は一転して荒々しく蘭子を抱き、その所有を宣言する。
 優しげな視線は、獲物を狙う鷹のように鋭くなった。
 あらゆるお膳立てをし、全ての退路を塞ぎ、逃げ場を完全に無くしてから、最後に男は牙を剥くのである。

 もう、このヒトからは逃げられないっ・・・

 女の中に、その諦めの想いを抱かせたら、神宮寺の勝ちだった。
 特に蘭子のようにプライドの高い女は尚更である。
 一度屈服すれば、生涯尽くす牝になるのだ。

 (えっへっへっへ、墜ちろ、堕ちろぉ)

 神宮寺はその瞬間を待ちわびた。
 腰の律動はますます激しくなる。

 (ぁんっ、ぁんっ、ぁあああんっ、たっ、たまらない・・・しっ、痺れる、んあああっ、こっ、こんなっ、いっちゃうっ、ああっ、凄いっ)

 蘭子は肉体と同時に、その心の中まで追い詰められていた。
 まるで嵐で難破しかけている船のように、頼るすべもなく快感の大波に叩き付けられているのだ。 砕け散った先に待ち構えているのは、快感と絶望の入り混じった虚無の深海だ。
 一度そこに落ち込んだら、二度と浮かび上がることは出来ない。

 (ぁぁああああっ、いやっ、怖いっ、引きずり込まれるっ!助けてっ、誰かぁ)

 蘭子は本能的にその危うさを見抜き、死にものぐるいで足掻く。
 しかし媚薬カクテルの魔力は既に蘭子を半ばまで取り込んでいた。
 じたばたと足掻くそのエネルギーが徒に吸い取られる。

 (もう・・・無理なのよ・・・諦めましょう・・・あぁっ・・・こんなに気持ちいい)

 いつの間にか湧き上がったその想いに、心が染め上げられる。

 (違うっ!私はこんな所で負けない!だって私は・・・私はっ!)

 今にも折れそうな気力だが、それでも蘭子は足掻く。
 けれど心に刻まれた決定的な傷は、少しも回復していない。

 『いらねぇってよっ!』

 荒木の言葉は蘭子の心に突き刺さったまま、更に傷口を広げているのだ。

 (いやぁぁあああっ、聞きたくないっ、そんな事、知りたくないっ!)

 蘭子の気力をもってしても、その言葉を正面から受け止めることは出来なかった。
 しかし目を逸らすことは、即ち甘く暗い罠に取り込まれることに他ならない。

 (もう、いいわ・・・私は精一杯頑張った・・・もう十分よ)

 甘い誘惑の声が麻酔のように心を癒す。
 歯を食いしばっていた蘭子の眦がふと弛緩する。
 一瞬力が抜ける。

 その途端に味わう途方も無い開放感・・・

 蘭子は誘惑の甘い汁を啜ってしまったのである。

 (全部・・・忘れてしまうのよ・・・そうすれば楽になれる・・・過去を捨てれば・・・私は生まれ変われる)

 蘭子は遂に堕ち始めた。
 心の目を閉ざし、流されるに任せたのだ。
 最後の支えを無くした蘭子の脳には、更に勢いを増した媚薬が怒涛のように流れ込んできた。
 世界が極彩色に染まる。
 激しい呼吸音と鳴り響く鼓動が、外界の全ての音を掻き消した。

 脳裏に白神が浮かぶ・・
 何かを叫んでいる。
 しかし蘭子には聞こえない。

 (いらない・・・わ)

 まるで魔法の杖を振るように、蘭子は脳裏からその映像を消し去った。
 そして、それを皮切りに蘭子の脳裏に次々と記憶の映像が蘇った。

 同僚が、部下が、催眠で操った者達が・・・

 しかしどれ一つ蘭子の中に留まることは出来なかった。

 (いらない・・・みんないらない・・・私には・・・関係ない)

 一つ消す毎に躊躇いが消えた。
 一つ消す毎に快感が増した。

 (いらない・・・いらない、いらないっ、いらないっ!お前も、お前も、お前もよっ)

 腰がガクガクと痙攣していた。
 豊かな乳房の頂点には、乳首が血が噴出しそうなほど勃起している。
 それを神宮寺の手で荒々しく揉まれる。
 それだけで気が狂いそうな快感が全身を襲う。
 胎内深くに挿入された肉棒が、蘭子の全てになる。
 その肉から生み出される快感だけを求める淫獣へと変貌しようとしていた。

 (全てを捨てるのっ・・・・・全てを捨ててぇ、このっ、快楽をっ、手に入れるのぉ~っ!!)

 そして・・・

 そして遂に、最後のイメージが蘭子の脳裏に浮かんだのだった。

 切れ長の涼しげな瞳・・・
 さらさらの髪に、華奢な体・・・
 そして、キラキラと輝くように艶のある声・・・

 あの日の“きつね”くんが蘭子の脳裏に浮かんだのである。

 一瞬、体が強張る。
 しかし快楽へと突き進む蘭子は止まらない。

 (いらないっ!お前なんかっ、関係ないっ!)

 その叫びに、脳裏の“きつね”くんがスッと薄れる。
 しかし驚いたことに、次の瞬間“きつね”くんのイメージは復活した。

 (何故っ?)

 一瞬の戸惑いは、すぐに激しい怒りへと変わった。

 (邪魔ばっかりするんじゃないわよっ!消えなさいっ!消えてっ、消えて、消えて、消えて、消えてぇ!)

 気がふれたように蘭子は繰り返した。
 もうすぐそこまで肉体の絶頂が迫っているのだ。

 イキタイ、けれどもイケない・・・

 そのジレンマに気が狂いそうだった。
 しかし、“きつね”くんは消えなかった。
 薄く輪郭がぼやけても、その瞳だけは決して消えようとはしなかったのだ。

 蘭子は泣いていた。
 操り師である筈の自分が、これでは逆に“きつね”くんの操り人形のようだった。

 (なんでよぉっ!なんで、アンタは私の邪魔ばっかりするのよっ!)

 それは体が爆発しそうな怒りだった。
 奥歯を噛み締め、心のうちに居座る“きつね”くんをまるで焼き殺すような視線で睨みつけた。
 その視線を、しかし“きつね”くんは平然と受け止める。
 時を越えてあの対決の日を再現するように、今再び二人の視線は絡み合ったのだった。

 (負けるもんですかっ)

 蘭子の脳裏に浮かんだのは、その純粋な想いだった。

 かけ引きや打算などとはまるでかけ離れた、シンプルな想い・・・

 蘭子の精神はこの一瞬、肉体を抜け出した。
 全ての束縛を振り切り、全身全霊で“きつね”くんに対峙した。
 すると、初めて“きつね”くんの視線に変化がでる。
 ただじっと見詰めていたその瞳に、初めて感情の色が浮かんだのである。
 そして今の蘭子にはそれが手に取るように判った。

 湧き上がる興奮・・・
 まるで少年のようにキラキラと、真っ直ぐに注ぐ好奇心・・・
 ワクワクする冒険に出会ったようなその感動・・・

 心に流れ込むその感情は、今の蘭子をしても驚かずにはいられないほど純粋だった。
 そこに一点の欺瞞もなかった。

 だからこそ・・・

 蘭子は初めて自分の心を理解した。

 なぜ、自分はこうまでこの男に拘ったのか・・・

 意地や、屈辱感は飾りに過ぎなかった。
 このピュアな想いこそが、蘭子が“きつね”くんに拘った最大の理由だったのだ。

 庇護者の下を離れて以来、蘭子は孤独だった。
 白神の組織に迎えられても、それは変わらなかった。
 蘭子はその特異能力のおかげで組織の一員となり活躍の場を得たのだったが、しかし同時にその能力の所為で疎まれてもいた。

 迂闊に近寄れない危険人物・・・

 仲間達の目からその警戒が消えることは無かった。
 だからこそ、蘭子はマインド・サーカスの噂を聞いたとき黙ってられなかったのだ。

 『催眠の技を悪用するチンピラどもめ。叩き潰してあげるわっ!』

 しかし、遂に追い詰めたと思った相手に浮かんだその表情、その眼差し・・・

 それは皮肉なことに、初めて蘭子が向けられた好奇心いっぱいの視線だったのだ。
 自分の能力を知った上でなおそんな視線を向ける相手が居るとは蘭子は考えもしなかった。
 蘭子の中で久しく眠っていた負けん気がむくむくと頭をもたげた。

 『生意気なのよねっ!この私に挑戦するつもりなのっ!』

 しかしその瞳はキラキラと輝き、口元には晴れ晴れとした笑みが浮かんでいたのだ。

 (もう一度・・・もう一度会いたい)

 そのフレーズは蘭子の脳裏にポツンと浮かんだ。
 そして脳裏に住む幻の相手に、蘭子は無意識に問いかけていた。

 (お前は、どうなのよ)

 しかし、その問いに答えは要らなかった。
 問いかけることが即ち答えだった。
 蘭子は気付いたのだ。

 無意識に感じていた違和感・・・
 絡め取られるような恐怖感・・・

 その原因、その理由にっ!

 (言う筈ないじゃない・・・あんなこと、お前が言うはず無いじゃないっ!!)

 蘭子の背筋にビリビリと電気が走る。

 (誰よりもこの私を待っているお前がっ、この私を『要らない』だなんてっ、そんなこと言う筈ないじゃないっっ!!)

 一瞬にして蘭子の全身を鳥肌が立った。
 余りの怒りに体が吹き飛んでしまいそうだったっ!

 蘭子は一瞬で理解したのだ、ヤクザ達の罠をっ、女衒の手管をっ、そしてなによりそんな手に簡単に引っかかっていた自分自身を。

 (よ・・・よくも・・・この私を・・・嵌めてくれたねっ)

 体は尚も神宮寺の腰の上で揺すられ続けている。
 全身にびっしょりと汗を掻き、今にもイキそうに腰を痙攣させている。
 しかし、脳を占拠しかかっていた媚薬は、信じ難いことに一瞬で駆逐されたのだ。

 蘭子の脳裏には自分から“きつね”くんへと続く道が、もうハッキリと見えていた。
 そして同時に、その行く手を阻むように横たわるどす黒い川の流れも・・・

 (小賢しいっ!この私の行く手を貴様らのような下種が阻むというのかっ)

 蘭子は脳裏に描いたその道を構わず歩みだした。

 一歩ずつ、ゆっくりと・・・

 するとそれを待っていたようにもう一人の蘭子が現れる。

 (無理よ、戻りなさい。どんなに頑張ってもこの川は越えられない。だって私の声は出ないんだからっ!越えられっこないじゃないっ)

 しかし蘭子は止まらない。
 その瞳に漲る意志に迷いは無かった。

 (もう誰にも邪魔させない。何が有ろうとも、もう一歩も引かないっ)

 蘭子の魔眼が復活していた。
 一瞬にして相手を絡め取るその瞳が蘇っていたのだ。
 しかし、それだけでは足りなかった。
 声が出せない現実は、たとえ蘭子の魔眼であっても覆せない。

 (無理よ、引き返しなさい。今度しくじったら私はホントに殺されるわっ!)

 もう一人の蘭子の必死の叫びが耳に響く。
 しかし蘭子はその声を認識しながらも、歩みを止めなかった。
 逆に全ての迷いを吹っ切るように疾ったのだった・・・黒く、腐臭を放つ川に向って。

 (失敗したら殺される?・・・ふふふ、素敵なことじゃない。あと腐れない方が清々するわ)

 蘭子の意思は加速する、まるで一本の矢のように。

 向こう岸が見えないほど暗く広い大河。
 その暗闇へ挑む蘭子に、しかし恐れは無かった。
 全てを超越せんとする強靭な意志が、逆に蘭子にエメラルドのような光を集めていた。

 (越えてみせる、言葉の壁をっ!越えてみせる、意識の壁をっ!!)

 蘭子はたった一つの『ワード』を選び出すと、それを高純度の意思に昇華させ凝縮した。

 (この『意思』が届けば私の勝ち、堕ちればお仕舞いっ。さ、行くわよっ“きつね”!しかっり見てなさいよねっ)

 蘭子は脳裏の“きつね”くんに最後の挨拶をすると、全てを吹っ切り後戻りのできない道を加速していったのだった。

 神宮寺は、しかしそんな蘭子の変化に全く気付いていない。
 たった今まで媚薬に脳を蕩けさせていた女が、ホンの一瞬で蘇るなど想像の外だったのだ。
 現に蘭子の肉体は少しも変わらず神宮寺の腰使いに反応し、狂ったようによがっている。
 神宮寺の目には、もう堕ちる寸前に映っていた。

 (くっくっくっ、さて、そろそろ限界だな。お前さんの堕ちるところを、イキ顔を、たっぷりと拝ませて貰うとするか)

 神宮寺は、腰を激しく使いながら蘭子の頤に片手をあてその顔を覗き込んだ。
 汗まみれの顔が上を向く。
 視線が徐々に上がってくる。

 しかし神宮寺は気付かない、蘭子の中を物凄い勢いで駆け上ってくる存在に!

 (堕ちろ、堕ちろ、堕ちろっ)

 神宮寺の目が爛々と輝く。女衒の意思が迸る。

 (越える、跳ぶわ、跳び越えるのっ)

 蘭子の魂が疾しる。
 放たれた矢のように、光り輝く流星のように

 そしてまるで時が止まったような一瞬、二人の視線は宙で交錯したのだった。

 …

 見下ろす神宮寺の咽がゴクリと鳴る。

 暗く虚ろな瞳・・・

 神宮寺が脳裏に描いたとおりの瞳が見詰め返している。
 神宮寺の表情に押さえいれない勝利感が湧き上がる。
 傍若無人の視線が蘭子の瞳の奥を覗き込む。

 しかし神宮寺は気付かない。
 それが蘭子の罠であることに。
 見るもの全てを絡め取り、催眠の牢獄に引きずり込む魔眼の罠であることにっ!

 僅か一呼吸で神宮寺の表情が抜け落ちる。
 意識が吸い出される。
 神宮寺の視線は絡め取られたまま微動だにしない。

 息が詰まるような一瞬

 そのホンの僅かな一瞬に、蘭子は全てを賭けた。
 迸る強烈な意思が蘭子の瞳から放たれたのだっ!

 蘭子の瞳は一瞬だけ光り輝いた
 まるでエメラルドの宝石のように・・・
 まるでサブリミナルの映像のように・・・

 決して目には見えない光・・・けれども魂に焼きつくような強烈な閃光

 エメラルド色したその閃光は、一直線に神宮寺の瞳を射抜いていた。
 神宮寺の表層意識を通り抜け、その潜在意識にまで到達せんとする勢いで・・・

 果たしてその光が何処まで届いたのか、それは蘭子自身にも判らなかった。
 気力の続く限りギリギリまで意識を送り込んだ蘭子は、しかし次の瞬間限界を超えてしまったのだ。

 すっと意識が薄れる・・・

 まるでデスマスクのように表情を無くして見詰め合う二人。
 まるで自動人形のように腰を振り続ける神宮寺。

 しかし、やがてゆっくりと時が流れ出した。

 無表情だった神宮寺に染み出すように勝利の笑みが広がって行ったのである。

「くっくっくっくっ・・・」

 押さえようにも押さえきれない湧き上がる喜びが神宮寺の心を満たす。
 一方、蘭子の表情には生気が戻らなかった。
 紙のように白い顔で呆然と神宮寺を見上げているのだ。

「残念だったなぁ、お嬢さんよ。さ、これが引導だ。さっさと受け取りやがれっ」

 人形のように呆然と見上げる蘭子に完全勝利を確信した神宮寺は、もう欲望のコントロールを放棄した。
 生意気な女催眠術師を1匹の牝奴隷に墜した勝利感が、脳を焼いた。

「行くぜ、行くぜ、行くぜっ!テメエのマ○コは俺が頂いたっ、これからは俺の命令どおりに股を開くんだぜっ!判ったかぁっ!」

 そして神宮寺は蘭子を軽々と人形のように上下に揺さぶり、我慢できなくなっていた欲望を何の躊躇いもなく蘭子の子宮の奥底に噴出したのだった。
 その熱い濁流を感じ取った蘭子の肉体は、条件反射のように収縮する。
 体が仰け反り、両足が持ち上がり、爪先が反り返った。
 体中の筋肉がブルブル震え、声にならない絶叫が漏れる。
 そしてじっと見詰める神宮寺の目の前で、蘭子は瞳はくるっと裏返り、そのまま完全に失神してしまったのである。
 あとに残ったのは、神宮寺の荒い息遣いだけだった。

「おい、ジン。どうしたぁ?墜せたんか?」

 横で見ていた荒木が神宮寺に問いかけた。
 それに汗まみれの神宮寺が振り返る。

「バッチリですよ。もう間違いないでしょう」

 自信たっぷりにニヤッと片頬で笑いながら言った。

「ただ・・・少し遣りすぎちまったようですがね」

 そう言って、完全に失神している蘭子を顎で指した。
 荒木はまるで商品でも扱うように無造作に蘭子の顎に手を掛けその状態を確認したが、すぐに鼻を鳴らす。

「ちっ、しゃぁねぇなぁ。どうする、鉄は熱いうちに打たねぇといけねぇんだろ?オメメがパッチリするヤツでも打って続けるか?」

 荒木は注射を打つ手真似をして神宮寺に訊いた。
 しかし、神宮寺は首を横に振った。

「いや、こいつ限界っすよ。大丈夫、ちゃんと墜してありますから無理することないっすよ。少し休ませましょう」

 荒木は神宮寺のその言葉に少し意外そうに眉を上げた。
 責め時の女を休ませる事など神宮寺にはまるで似合わないことだったのだ。
 その表情に気付いた神宮寺は、しかし小さく肩を竦めた。

「せっかく墜したのに、死なせちまったら元も子もねぇでしょう。コイツは捉えてからずっとカクテルを打ちっぱなしだったんすよ」

 その神宮寺の言葉に荒木は軽く肯いた。

「あぁ、そうだったな。ま、いいぜ、こいつの処置はお前に任せる。あとはオメェの好きなように仕込みな」

 荒木はそう言うと、ようやく腰を上げた。
 そして隠しカメラの方に向いて怒鳴った。

「おいっ、タナッ!ちゃんと見てたんだろうなっ!お勉強は今回だけだぜっ、次はテメェがやるんだ。気合入れとけよ」

 口調は乱暴だったが、しかし表情は決して不機嫌ではなかった。

「じゃ、俺は行くぜ。ジン、オメェも少し休憩しろ」

 肩越しにそう言うと荒木は出て行った。
 神宮寺はそれに頭を下げて挨拶したが、しかしそこから動くことは無かった。

 ひっそりと静まり返った部屋には、蘭子の弱い呼吸音と、それを見守るように居座る神宮寺のそれだけが静かに漂っていたのだった。

< つづく >

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