ドールメイカー・カンパニー3 第2幕(8)

(8)下克上

 川瀬が火照った体にバスローブを纏い風呂から出て行くと、ベッドの上では木之下がうつ伏せの美咲の体に圧し掛かっているところだった。

「どぉだぁ、木之下ぁ?貫通式は無事終了かぁ?」

 備え付けの冷蔵庫から缶ビールを2本抜き取り川瀬もベッドに向かう。

「おぉ、成功、成功っ。いやぁ~っ、すっげぇ良いぜっ、コイツの穴。なんか病みつきになりそうだぜ」

 木之下は締まりのない顔を川瀬に向けてニヤついている。

「なにっ、ホントか?どれ、ちょっと見せてくれよ」

 川瀬の言葉に、木之下は美咲に覆い被さっていた上体を起こした。
 するとその下で美咲は腹這いのままコンパスのように両足を広げている。
 木之下の下腹部がその尻に密着している状態である。
 そして木之下がその腰を少し浮かせると、覗き込む川瀬の目にその結合部分がハッキリと見えたのだった。

「おぉっ!刺さってる、刺さってるっ。すげぇ、ケツの穴ってこんなに広がるんかっ」

 川瀬の言葉どおり、木之下は美咲のアナルを使って楽しんでいたのだ。

「へへへっ、流石に準Aクラスともなるとケツの穴の出来まで上等だぜ。ズルッと咥え込むしギュウギュウ締め付けるしよっ。それになんといってもこのケツの肉の感触が最高っ。腰使った時に玉が当たるんだけど、なんかヒンヤリしててよ、それに柔らかいしよっ」

 木之下は感激に顔を紅潮させながら得意げに言った。
 そして再び美咲に覆い被さり、前に回した両手でその乳房を思いのまま揉みながら腰をゆっくりと使い出したのだった。

「へぇ~?そんなに良いんだ。意外だよなぁ。俺も次はそこ使ってみよ」

 缶ビールを開け渇いた喉を潤した川瀬はそう言うと、自分もベッドに乗り美咲の顔の前で胡坐をかいた。
 そして木之下の責めに顔を紅潮させて喘いでいる美咲の髪を鷲掴みにすると強引に上を向かせたのだった。
 しかしそこに現われた顔は既にチーフとしての威厳など欠片もなかった。
 トロンとした目を潤ませ、木之下の与える肛交の刺激に痴呆のように涎を垂らしているのだ。
 川瀬はそんな美咲の顔を見下ろしフンと鼻で笑うと、バスローブをはだけ自分の股間に無言で押し付けた。
 もう命令の言葉すら必要ないのだろう。
 美咲はまるで自動機械のように目の前につき付けられた勃起しかかったペニスを銜え、顔を前後に揺らし始めたのだった。
 川瀬はそうして奉仕を始めた上官の頭を片手で撫でながら上手そうにビールを流し込んでいた。

 結局、あの河原での美咲のワンマンショウのあと、我慢しきれない2人はその場で美咲を引き摺り下ろすと四つん這いにしてその尻を抱えたのだった。
 しかし流石に真冬の雨の中の青姦は寒さが骨身に沁みる。
 一息ついた2人は手早く体を拭くと、このラブホテルへと直行したのだった。
 そして3人でジャグジーに浸かり体を温めた後、美咲には木之下のリクエストに応じられるよう尻の穴の洗浄を命じ、こうして第2ラウンドを開始したのである。

 そして木之下の言葉に触発された川瀬もその後で美咲の尻の穴に挑み、更に川瀬の果てるのを待ってもう一度木之下がそこを使った。
 無論、相棒が使っている間は、お互い美咲の口に咥えさせ汚れを清めさせている。
 ついでにビールで膨れた膀胱も美咲の口の中に注ぎ込んで処理していた。
 文字どおり『便所』にも使っていたのだ。
 そしてその美咲は、催眠による命令の所為か、あるいは元々アナルに性感帯があったのか、狂ったように感じまくり、ヨガリまくった。
 木之下がゆっくりと腰を使う度に腰を痙攣させ、前の肉溝からダラダラとぬめった粘液を吐き出し続けるのだ。

「あぁ~っ、き、木之下さまっ、木之下さまぁ、い、いいですっ!み、美咲っ、た、たまりませんっ!んあ~っ、いっ、いってもっ、いってもいいですかぁ~っ!ああああっ」

 いままで聞いた事のないような美咲の甘い声が木之下の欲望を直撃する。
 そしてなにより直属の上司である美咲の尻の穴に入れているという事実が下克上の魔的な興奮を木之下に齎していた。

「ち、ちーふぅ、美咲ちーふぅ、ぶ、部下にぃ、ケツの穴を、掘られるのがぁ、そんなにぃ、良いんですかぁっ」
「ああっ、いいっ!いいのぉっ!美咲のぉっ、お、おしりぃ、あああっ、きのしたぁっ、さまのぉっ、ものぉ~っ」
「だっ、だんなはっ、良いんですかいっ、お、俺達のぉっ、専用にぃ、しちまうぜぇ~っ」
「ああ~っ、いいっ、いいのぉっ!しゅっ、主人にはっ、つ、使わせない~っ!み、美咲は~っ、きのぉしたぁさまとぉ~っ、かわせぇ、さまのぉ~っ、せんよぉ~っ、べ、べんきぃっ!せんよ~っ、なのぉっ!!」

 木之下の言葉に触発された美咲もまた逆の意味で下克上の快感に酔っていた。
 完全に見下していた者に征服されるマゾの快感が美咲の歯止めを無くしていたのだ。

 こうして美咲に施した催眠暗示は、美咲本人だけでなくそれを漁夫の利として我が物にした2人の男達をも巻き込み、尽きることのない淫欲となって夫々の脳に沁み込んだのである。
 ベッドの軋みがようやく治まったのは、結局午前3時を回ってからだった。
 最後は、木之下と美咲の肛交に我慢できなくなった川瀬が、強引に美咲をサンドイッチにして2人同時に貫いて責めあげたのだ。
 そして2人の焼けるように熱い体液が体内に噴き出すと同時に、美咲もまた感電したように体中を痙攣させて最高の高みへと登りつめたのだった。

「へっ・・・へへへっ・・・こ、こりゃぁ・・・たまらん」

 仰向けの川瀬は、精根尽き果てた美咲を下から抱きしめて満足の溜息を吐いた。
 撃ち殺してやりたいほどの怒りは、放出した粘液とともに消え去っている。
 今はもう、この最高の肉の玩具を二度と手放したくないという思いで一杯だった。
 そしてそれは、美咲の背後でまだその尻を抱えたままの木之下も同じなのである。

「こいつはもう俺たちの、俺たちだけの専用の肉奴隷だっ!なぁ美咲っ、そうだよなっ」

 木之下が強引に美咲の髪を掴み、上を向かせて顔を覗き込む。
 たった一夜にして、美咲は忌み嫌われる上司から、絶対に手放したくないペットへと立場を変えていたのだ。

「は・・・はいっ・・・み、美咲は・・・木之下さまと・・・川瀬さまの・・・専用・・・肉・・奴隷・・・です」

 息も絶え絶えといった状態で、美咲が復唱する。

「これからは毎日、俺達を満足させることだけを考えるんだぜっ」

 川瀬が下から美咲を見上げて、その乳首を指先で弾いて言った。

「くんっ!あぁ・・・はいっ、これからは、毎日、川瀬さまと木之下さまの性欲を満たすことだけを考えます」
「任務中だろうがっ、亭主と一緒に居ようがぁ、俺たちがハメたくなったら股を開くんだぜっ」
「はっ、はいっ!任務中でもっ、主人と一緒にいてもっ、木之下さまがハメたい時にお呼びくださいっ」
「ハメるだけじゃねぇぞっ!お前は俺達を楽しませるのが仕事だ。命令されたらストリップショウだろうがオナニーショウだろうが、何でもやるんだっ」

 2人は嵩にかかって美咲に命令をした。
 そして美咲は唯々諾々とその命令を復唱する。
 積年のフラストレーションが一気に解消する爽快感を味わいながら、2人は漸くこの長い陵辱を一旦終了としたのだった。

「さぁて、それじゃもう寝るとするか」

 美咲がシャワーを浴びる音を聞きながら、木之下は眠そうに川瀬に言った。
 けれど、その言葉に川瀬は少し意外そうな顔をした。

「え?あぁ、そうだな。俺ももう寝ようとは思ってたんだけど・・・」
「ん、何?何か忘れ物?」

 歯切れの悪い川瀬の様子に気付いた木之下は訊いた。

「忘れ物っていうか・・・、アレ、美咲はどうするんだ」
「どうするって?」
「いや、だからさっ、このまま寝ちまっていいのか?何か、寝る前に処置とかしないのか」
「処置って・・・?」
「いや、別に何もいらないんならいいんだけどよっ。俺は催眠の専門家じゃないんだからさ、よく判らんのだ。このまま寝ちまって、朝目覚めたら、美咲の催眠がすっかり解けちまってるなんてこと・・・ねぇよなっ」

 意外に心配性なことを口にする川瀬だったが、木之下はそれに軽く肯いて答えた。

「一晩や二晩で醒めるようなシロモノじゃないと思うぞ。曲がりなりにも催眠術師とは付き合いが長いんだ。比較出来ない程遥かな高みの腕なんだが、それでもそれくらいの事は判る」
「つまり寝首を掻かれることは・・・ない、と」
「少なくとも今晩はな」

 木之下はそう言うと、ベッドから降り立った。

「だけど、確かにお前の言うとおり念のための対策はとっておいた方が良いよな」
「なんか、しとくのか?やっぱり」

 腹這で煙草を吸っていた川瀬は上体を起こして木之下のほうを見た。

「あぁ、長い付き合いになるんだからな。美咲には俺がマスターだと認識させておいたほうが良い」
「何をするつもりだ?」

 興味深げに見上げる川瀬に軽く肩を竦めると木之下は短く言った。

「一旦、催眠を解く」
「えっ?」

 両方の眉を大きく上げた川瀬に、木之下は丁寧に付け加える。

「別に驚くことじゃない。何も美咲に銃を持たせて今までのことを全部説明する訳じゃないんだ。ほんの一瞬だけ目覚めさせる。そしてまた例のキーワードですぐに催眠状態に戻す」
「それで?」
「それだけ。これを2,3回繰り返しておしまい」
「それが何の役にたつんだ」
「掛けては醒ます、掛けては醒ます。このシンプルな繰り返しが催眠の深化を促すんだ。どんなに深い催眠も放っておけばいつかは醒める。だけど、繰り返し掛けていれば深まる事はあっても醒めることはない」

 木之下は自信たっぷりに言いきった。
 一方、川瀬にはその理屈がよく理解できなかったのだが、それでも木之下の自信だけは判った。
 そしてそのタイミングで風呂のドアが開き、美咲が姿を現したのである。
 見詰める2人の男に気付いた美咲は、すぐに駆け寄ってきた。

「ご、御用でしょうかっ、木之下さま、川瀬さまっ」

 ピンク色に上気した素肌にバスローブを羽織っただけの美咲は不安そうに2人を見返す。
 侮蔑と冷笑しか見せたことのない上司の浮かべるこの表情に、木之下は改めて催眠の凄さを実感した。
 そして逆転した立場を再認識するように、余裕たっぷりに美咲の顎に手をかけた木之下は、見下したような薄笑いを浮かべて語りかけるのだ。

「美咲チーフ、せっかく部下の僕達が体の洗浄を許可してあげたのに、こんなもの纏ってちゃ確認ができないでしょ」

 そう言ってローブの裾を引っ張った。

「あっ、も、申し訳有りませんっ!私っ、勘違いをしてましたっ」

 言われた美咲はまるで教師に叱られた優等生のような口調で、大慌てでバスローブを脱ぎ去った。
 そして全裸に眼鏡だけといった姿で、その場に直立不動の姿勢になったのである。
 木之下はその姿を当たり前だというように見下ろし、そして右手で軽く乳首を引っ張った、まるで商品の検分でもするように。

「ふん、なるほどねぇ。美咲チーフとしてはこの姿が部下に洗浄確認をしてもらうために最上の格好だと・・・そう思ってるんだ」

 まるで普段の美咲の口調をそのままコピーしたようなネチネチしたセリフを木之下は吐く。
 すると立場を変えた美咲も、まるで普段の木之下のようにオドオドと答えた。

「は・・はいっ、あ、あの、体を調べていただくには全裸が最も相応しいかと・・・」
「ほぉ、そうですか。それではお聞きしますが、美咲チーフが洗ってきたのは何処ですか?俺たち部下が一番使ったところってこのオッパイでしたっけ?」

 優しげな口調とは裏腹に、その指はぎゅぅっと美咲の乳首をひねり上げた。
 けれどそれでやっと美咲は木之下の意図するところを理解した。

「あぁっ!も、申し訳ありませんっ!も、もしっ、宜しければ美咲の洗浄後を御覧くださいっ」

 そう言って乳首から指を離した木之下に頭を下げると、そのままベッドに仰向けになり両足を抱え込んで自らの手で淫裂を割り広げたのである。
 横で2人の様子を見ていた川瀬は、しかし不思議そうに木之下に囁いた。

「なぁ、木之下ぁ。これの何処が催眠深化に必要なんだ?」

 すると木之下も小声で返した。

「別に関係ないよ。ちょっと虐めて遊んでみたかっただけっ」

 そう言ったパチッとウィンクをしたのだった。
 そして肩越しに川瀬の深い溜息を聞きながら、木之下はやっと本題に入ることにした。

「さて、美咲チーフ。その姿勢は基本ですから忘れないように願いますよ。いいですね?はい、結構。それじゃ今夜はもう良いですから、いつまでもそんなところを広げてないでさっさと服を着てしまってください」

 急き立てるような口調となった木之下に、美咲は少し戸惑った顔をしたが、視線に促されてすぐにバッグを漁った。
 そして下着からシャツ、ズボンの全てを新しく取り出し手早く身に着けていく。
 その様子を見ながら、木之下もまた同じように服を着ていった。

「川瀬も念のため服を着といたほうがいいよ。短時間とはいえ一旦は目覚めさせるんだから」

 木之下のこの言葉に、川瀬も素直に従う。
 つい数時間前の美咲の目覚めっぷりを考えたら、ノンビリとバスローブ姿でいられる訳がなかった。
 最悪の場合、一目散に逃げ出すことも有り得るのである。

 そして3人の用意が完了したところで木之下は再び美咲の頭に両手を掛けたのだった。
 ゆっくりと回すように頭を揺らし、低い落ち着いた声で語りかける。

「美咲、今夜のキミの任務はこれで終了だ。大変よくできた。2人とも満足していたようだな」

 労いの言葉に、美咲の口元に晴れやかな笑みが広がる。
 そしてそれを見た木之下の口にも笑みが毀れた。
 催眠誘導者としての言葉が美咲に届いていることを確認できたからである。

「さぁ、それでは一旦キミへの命令を解除してあげよう。いいかい、いまからゆっくりと数を数える。10までだ。ひとつ数える度にぃキミへの命令が薄れていく。そしてぇ、10まで数え終わるとぉ、キミの頭からはすっかり命令のことが消え去るんだ。そしてぇ、す~っきりした頭で目覚めることが出来る。いいかい、10数え終わるとぉ、キミは今の命令もぉ、自分の行ったこともぉ、全部忘れ去ってしまうんだ。いいねぇ、さぁ、いくよ、い~ちっ・・・」

 川瀬は目の前で行われているこの催眠ショウを息をひそめて見守った。
 美咲は目を軽く閉じたまま木之下の両手でその頭を回されている。
 木之下の言葉はまるで空気のように美咲に吸い込まれているように見えた。
 カウントの声が川瀬に緊張を強いる。
 そして見詰める川瀬の目の前で、最後の数字が毀れでたのだった。

「さぁ、これで最後だ、じゅうっ!」

 声と同時に木之下は両手を美咲の頭から離し、顔の真ん前でそれを打ち鳴らした。
 パンッという大きな音が木之下の怪しげな口調を切り裂く。
 催眠の世界の終焉を告げる、確かな区切りとなっていた。
 横で見ていた川瀬も思わず目を瞬く。
 そして美咲もまた、ビックリしたような表情で目を大きく開けたのだった。

「チーフ、ご気分は如何ですか?」

 一歩退いた木之下が訊いた。
 既にその口調は、いつもの気の弱い木之下のモノに戻っている。
 川瀬は唾を飲み込んで、美咲の返答を待った。
 ポケットに忍ばせた拳銃に無意識に手が伸びている。
 けれど、美咲の返答は予想外のものだった。

「はいっ、気分は爽快です」

 短い言葉である。
 けれど木之下の目を剥かせるには充分だった。

「爽快・・『です』・・・?」

 それは全く有り得ない返事だと思った。
 そもそも普段の美咲であれば、こんな質問にまずまともに返事などしない。
 無言で睨むか、いきなり襟首を掴まれることもある。
 こんな丁寧な言葉で返事がくるなど考えられないのである。

「チ、チーフッ・・・あ、あのっ、今回のですね、任務は・・・どんな」

 戸惑った木之下は曖昧に訊いた。
 すると美咲もまた首を軽く傾げて訊き返すのだ。

「あ、はい。任務はなんでしょうか。あの、美咲はどんな任務にも従いますっ」

 まるで『らしくない』口調と表情・・・
 木之下はそこで初めて大きく溜息を吐いた。

「うわぁ・・・大失敗・・・みたいだ」

 そう、美咲の暗示は全く解除されていなかったのだ。
 横で見ていた川瀬も同じように息を吐く。

「なんだよ、全然駄目じゃん。どうなってんのっ」
「っかしいなぁ。少し表現が曖昧だったかなぁ」

 木之下は首を傾げるともう一度美咲の頭に両手を伸ばした。
 不思議そうに2人を見詰めていた美咲は素直に両目を閉じる。
 その様子を確認した木之下は、口調を改めると再び催眠解除の誘導を開始した。

「さぁ、よく聞きなさい。今からキミにかけた暗示を解除してあげよう。良いかい?僕が今から10数えるから・・・えっ?」

 そこまで話したところで木之下は驚いた声を出して、誘導を中断した。
 目を閉じていた筈の美咲が、パッチリと目蓋を上げ木之下を見返しているのだ。
 そして申し訳無さそうに口を開いた。

「あのぉ・・・すみませんが、その命令だけは無理です」
「無理?あっ、いや、違うんだ。いいかい、これは命令じゃなく・・・」

 宥めるような口調の木之下に向かって、しかし美咲は短く言った。

「だって、私、最初から催眠になんか掛かっていないのですから」

                    *

 この一瞬、部屋の中の男2人は完全に凍りついた。
 木之下は目が飛び出すほど見開き、川瀬は息をするのも忘れてポケットの拳銃を握り締めた。
 目の前に立つ女が魔女に見える。
 とんでもない罠に嵌ったような悪寒が全身を襲った。
 けれど、最初に我に返ったのはやはり木之下だった。
 震える手で拳銃を取り出そうとする川瀬を咄嗟に止める。

「やめろ、川瀬っ。違う、コイツの言う事は違うんだっ」

 そして美咲を振り返ると緊張した声で命令した。

「美咲っ、そ、そこで四つん這いになれっ!命令だっ」

 正気の美咲が聞いたら間髪をいれずに殴り倒されるだろう。
 けれど美咲は、まるで何事も無かったかのように素直に肯いた。
 そして何の躊躇いもなくその場で四つん這いになったのだった。

「なんなんだ・・・いったい、何だって言うんだっ!」

 川瀬が汗を拭いながら苛ついた声を張り上げる。
 すると木之下はがっくりと肩を落としながら呟いた。

「なんだか暗示がネジくれてるよ。コイツ、自分は催眠に掛かってないって思い込んでやがる」
「それって、どういうことだよっ」
「見たまんま。コイツには暗示解除の命令が効かねぇってこと」
「効かねぇって・・・それじゃどうするっ」
「仕方ねぇ・・・またあの薬でお目覚めだ」

 川瀬は思いっきりヤな顔をしたが、それ以外方法はなかった。

「美咲、抗催眠試薬を持って来い。覚醒薬のほう」

 木之下はそう命ずると、自分は脱ぎ捨てたバスローブの紐を抜き取った。
 そして3人分で3本の紐を手にすると、薬を持ってきた美咲の両手と両足をその紐で固く縛りつけたのだった。
 美咲が目覚めたときの用心である。

「川瀬も準備いいよな?今度は最初から拳銃を手に持ってろよ。ヒステリーを起こしやがったらそれ見せて制圧するんだ」

 テキパキと指示を出し、木之下はベッドに仰向けになった美咲の顔を覗き込む。
 キョトンと見上げるその表情にはやはり催眠の解除を示す兆候はなかった。

「しかたねぇ・・・。美咲っ、口を開けろ。大きくな」

 そして今夜2度目の覚醒薬をその口に垂らしたのだった。
 口を閉じさせると、すぐに喉が動いた。
 間違いなく薬は美咲の体内に飲み込まれていった。
 その効果は、瞬く間に現われる・・・・・・・・・筈だった。
 しかし、河原ではあれほどハッキリと覚醒の兆候を示した美咲が、何故か今回は無反応なのである。

「おいっ・・・」

 先程の反応を覚えている川瀬も、苛立たしげに訊く。
 しかしそれは木之下を急かすだけである。
 焦れた木之下は普段の実験のルーティンをすっ飛ばし、強引に言葉を美咲にかけた。

「チーフッ、目覚めです・・・チーフ、もう目を開けられます・・・」

 祈るような言葉が美咲の耳に吸い込まれる。
 すると、なんの前触れもなく突然美咲の目が開いたのである。
 一瞬ボンヤリと宙を彷徨った視線は、すぐに木之下に焦点を合わす。

「チーフ、気が付きましたっ?僕が判りますかっ」

 期待を込めて訊く木之下に、しかし美咲はハッキリとした声で答えた。

「はいっ、判ります。貴方は木之下さま、私の部下です」

 けれどその明るい口調は、逆に木之下を打ちのめした。

「うそだろ・・・おい」

 まじまじと美咲を顔を覗き込む。
 しかし、やがて力なく首を振ると小さな声で呟いた。

「最悪だ・・・これは、本当に最悪だ・・・」

 そしてそのまま膝をついてしまう。

「なんでだっ、なんで今回は効かねぇんだっ」

 背後の川瀬が怒鳴るように木之下に詰め寄った。

「・・・よくは判らねぇけど、最初から効いてなかったのかも」
「効いてただろっ!!目ぇ醒ましたじゃねぇかっ!」
「だけど、あの時のコイツは俺たちが催眠の途中で掻っ攫ってきた状態だった。つまり、何ていうか不安定・・・だったんだ。でも今は俺たちが正しいキーワードでコイツを催眠に落としてしまった。見たことを無いほどの暗示の深さだ。効かない・・・ってことも、不思議じゃない」

 抗催眠試薬の開発に携わっている当の木之下からそう言われ、川瀬は言葉を失った。

「そっ・・・そんじゃ、どうなる訳?」

 気弱な呟きに、木之下は首を振った。

「言ったとおりだよ、さっき。どんなに深い催眠暗示も放っておけばいつかは醒める。だけど、その覚醒タイミングを俺たちがコントロールできないってことは・・・時限爆弾を抱えてるようなもんだ、いつ爆発するかわからねぇヤツをなっ」
「さっ・・・最悪じゃねぇかっっ!」
「最悪・・・だよ」

 木之下の言葉に川瀬もへたり込んでしまった。
 そしてお互い色を失った顔を見つめあう。
 けれど、やがて川瀬は何かを決心したように溜息を吐いた。

「ちょっと、こっちこいよ」

 ゆっくりと立ち上がり、部屋の隅を顎で指す。
 そしてやってきた木之下に小声で言った。

「取れる手は2つだ。俺達はアイツを目覚めさせられる奴を知っている」

 その言葉とともにジッと目を覗きこむ川瀬に、木之下は目を見開いた。

「おまえ・・・まさか蘭子に・・・」

 かすれたような声の木之下に川瀬は微かに肯いた。

「あぁ、蘭子だ。あの女なら多分アイツを目覚めさせられるだろ」
「ばっ、馬鹿かっ?そんなことしたら俺達のしたことも全部見抜かれちまうっ」
「それは最悪は覚悟しないとな・・・。だけどよ、その前のあの女の殺人計画も一緒に暴露されるんだぜ」
「あぁ、確かにな。だがそれで俺達の罪が消えるわけじゃない。判ってるのか、この仕事はリタイアはあっても馘首(くび)はねぇんだっ。気まずいから転職なんて有り得ねぇっ。上の信頼を失ったら最後、飼い殺しだぜっ」

 まくし立てる木之下に、川瀬も否定はしない。
 その代わり、顔を紅潮させる木之下にポケットの中身を取り出して見せた。

「じゃあ、もう手はこれだけだな」

 その右手には拳銃がしっかりと握り締められていたのだ。

「殺るしかない・・・このままさっきの河原にでも誘き出して。ストーリィはアイツが自分で喋ってただろ?敵地に侵入したのはアイツだけだ。奴等に操られて俺達を殺そうとしたので止むを得ず・・・ってな」

 静かな川瀬の口調に、今度は一転して木之下の口は重くなった。
 確かに川瀬の言うとおりだと判っている。
 しかし、それを踏ん切るだけの決心もできなかった。

「う、上手くいくと思うか?そんな言い訳で。俺はさっきアイツにもそう言ったんだけど、このての事件は徹底的に究明されるんだぜ。それこそ蘭子が登場するかもしれない。お前、あの『魔眼』に嘘を吐き通すことが出来るのか?」
「じゃあ、やっぱり最初の案だ。謀殺が暴かれるより、レイプ犯のほうがまだましだぜ」

 川瀬は何の躊躇も無く自分の意見を口にする。
 そして木之下を見詰めて決断を迫っているのだ。
 けれどそれは究極の選択である。
 どちらに転んでもこの仕事を続ける上で致命的なダメージを負いかねない。

(何か無いのかっ、コイツの催眠を解除する手立てはっ!蘭子に頼らずに解除する方法はっ!)

 川瀬の視線がもたらす無言のプレッシャが木之下を追い込む。
 けれどその時、ひとつのアイディアが木之下の脳裏に閃いた。

 (このままこの組織で冷や飯を食わされるなら、いっそのこと・・・)

 背筋をゾクリとした悪寒が走った。
 けれど後頭部は反対にカッと熱くなる。
 無意識のうちに息が荒くなった。

「おいっ、木之下・・・」

 何かを感じ取った川瀬が訊く。
 すると木之下は大きな溜息を吐きながら、ゆっくりと視線を上げた。

「あったぜ。もうひとつの手段が」
「もうひとつ?まさか」

 ビックリしたように見返す川瀬に、木之下は続けた。

「もう1人、いるだろ?アイツの催眠を確実に解除できる奴がよっ」
「確実にぃ?誰だ、お前の元上司の主任さんかっ?」
「いいや。アイツにゃ無理だ。少なくとも今の最高傑作があの覚醒薬なんだ。これ以上はすぐには望めない」
「じゃ、誰だっ。俺の知らん奴かっ?」
「いや、知ってるさ。俺と同じ程度にはな」

 木之下はそう言って背後を振り返り、ベッドに縛られている美咲を見た。

「アレを施した奴・・・あの『きつね』とかいう催眠術師なら、確実に美咲を目覚めさせられる」

 突拍子もないこの木之下の言葉に、川瀬は目を丸くした。

「そ・・・それって・・・何なんだ?お前・・・何をするつもりなんだ」

 心底、理解不能といった表情である。
 そんな川瀬に木之下はゆっくりと説明していった。

「奴と取引をする。目的はチーフの完全奴隷化。俺たち用に絶対服従の暗示を掛けさせる。これだけの腕を持つ奴だ、蘭子にさえ嗅ぎ付けられなければ、絶対に誰にもバレやしねぇ」
「そ・・・そりゃぁそうだが・・・」

 川瀬は唾を飲み込んだ。

「俺達の取引材料は何なんだっ。ああいうアンダーの世界の奴等は確かに条件によっては取引に応じるけど、大概ものすごい金額を要求してくるんだぜっ。お前、用意できるのかよっ」
「いや、金はない。当然だろ、俺が持ってるわけないじゃないかっ。でもな、金の代わりになるものがある。奴等が取引に応じる筈のモノがな」

 木之下は自信たっぷりにそう言うと自分のポケットから小さなモノを取り出したのだった。

「これを・・・これを奴等に提供する」
「お前・・・こりゃぁ・・・『抗催眠試薬』・・・」

 川瀬は信じられないといった口調で木之下の手を覗き込んだ。

「マインド・サーカスにとっては自分達の商売を潰す可能性を持った薬だ。欲しくない筈はないよな」
「し・・・しかしよ、結局これ通用しなかったんだろ?」
「今のはな。だけどよ、これが最終形態じゃない。これからも研究は続くし、もっと良いヤツも開発される。それを定期的に供給するってことにすりゃぁ・・・」
「定期的っ!!」

 これはもう完全に組織に対する裏切りだった。
 一時しのぎの誤魔化しではなかった。

「本気・・・なんだな」
「あぁ。中途半端をしてたら、俺達に未来はない。一生をうだつの上がらない仕事で浪費するのか、それともあの美咲を奴隷にしてのし上るか。あの女、性格は最低だが流石に準Aだけのことはある。アイツに俺達を専属チームに指名させりゃぁ、この先の道が開けるんだぜっ」

 木之下のこの言葉に川瀬は息を呑んだ。
 そして相手の目を見ながらゆっくりと息を吐いたのだった。

「賭けて・・・みるか。俺達の未来を・・・この女によっ」

 呟くような声が川瀬から漏れた。
 けれどこの瞬間、2人の運命は大きく舵をきることになったのだ。

「気に入らねぇ上司さまだが、牝奴隷には最適だぜ」

 川瀬はゆっくりと美咲のところに足を運ぶ。

「肉便器といって欲しいね。あったかくて、濡れてて、締めつけることだけがコイツの価値だからな」

 木之下もそれに続いた。
 そして、やがて2人は美咲の両脇に添い寝するように横になった。
 挟まれた美咲は、そんな2人に交互に視線を向けて命令を待っている。

 既に、運命の新しいページは始まっていたのである。

< つづく >

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