赤い靴(改訂版)

【2003年1月1日AM5時20分】

 暗闇を掻き消すように海の果てから一筋の光が伸びてきた。
 それはとても綺麗で温かく感じられる。
 私は目を細めながら光の出所を探った。

――なぜか凄く懐かしい

 やがてそれは太陽というはっきりとした形をとる。
 感動のあまり目に涙が溜まった。
 今にも流れ落ちそうだ。
 おそらく何かきっかけがあれば止まらなくなるだろう。
 両手を広げ太陽の光を全身に浴びる。
 きっとこの光が私にこびりついた泥を全て溶かしてくれる。
 そう!何もかも。

 太陽の光が私についた泥を全て溶かしてくれるなんて言ったらほとんどの人は『そんな事はあり得ない!錯覚にすぎない!』などと言って嘲笑するでしょう。
 『それはあなたの願望にすぎない』と言うかもしれません。
 しかしこれが現実離れしている事や妄想にすぎないという事は自分でも分かっているつもりです。
 でも私は信じたいのです。
 
 『私が今どういう状況に置かれていてこれからどうなっていくか』という事は全て分かってます。
 世間の人から見れば馬鹿げているように思えるでしょう。
 今まで両親や親友と言っていた人達は今の私を見れば『お前は洗脳されているんだ』などと言って彼等の元に引き戻そうとするでしょう。
 しかしもちろん戻るつもりはありません。
 私は今までの垢を全て取り除きたいだけなのです。
 綺麗な身体になり辿り着きたいのです。
 あの温かい光の先へと。

 この一週間は私の人生の中で重要な転機となりました。
 今にして思えばこの期間は凄く短かかったとも言えるし逆に気の遠くなるぐらい長かったとも言えます。

 そもそもあの始まりの日いったい私に何があったと言うのか。
 実は残念ながらよく覚えていません。
 断片的にしか思い出せないのです。
 全ての事柄は点になっていてどうしても一本の線にならないもどかしい状態なのです。
 いったいあの日私に何が起こったのでしょうか。
 12月25日クリスマスの日に・・・・・・・・・

 あの日は朝から仕事でも私生活でも失敗続きでした。
 一日中何も考えられず何をしているのかさえ分かっていない状態でした。
 それはやはり失恋が原因だったのでしょうか。
 街がイブで賑わっていた時たしかに私の恋愛は終焉しました。
 でも、はたして全ての原因がそこにあるのでしょうか。
 そう思いたくないし絶対に信じたくなかったのです。
 そもそも本当に失恋の傷なんかあったのでしょうか。
 あんなに熱く燃え上がった愛も時とともに少しずつ消えていき二人ともいずれ別れが訪れる事は予感していました。
 最後は涙も怒りも笑顔すらないあっけない物でした。
 あの時傷なんてなかった。そうに決まっています。

【2002年12月25日PM10時20分】

「本当に失恋は関係ないんです」

 私の言葉に反応一つ示さないこの男が本当に聞いてくれているかどうかは分からない。
 しかしそんな事はおかまいなしに私は話し続ける。

「そりゃ最初のうちは彼の事を真剣に愛してました。もちろん彼も私の事を・・・・・・・・・・」

 そう、あの愛は永遠に続くと信じていた。
 疑う余地もなかった。
 いずれ別れがくるなんて少しも考えてなかったのだ。

「でも全て昔の事です。本当にもう彼の事はなんとも思ってません」

 自分に言い聞かせるように『本当に』と何度も繰り返す。
 目の前の男は隣の男と何やら話し込んでいる。

「この未練が切れれば彼女は使えるな」

――なんだろう?何を話しているんだろう?

 でも許しを得てない時は彼らが何を言っているのか私には意味が分からないのです。
 それはたしかに私の知っている言葉の筈なんですがどうしても理解する事が出来ないんです。
 やがて男は私に視線を移すと抑揚のない声で話し始めました。

「よく聞きなさい。あなたは全てを捨てたいんですね。 それなら大丈夫!その望みは叶えられますよ」

 そう!目の前の男が言うとおり私は全て捨てたかったのです。
 認めたくないないけど彼との愛情は残っていなかったなんて強がりに過ぎないでしょう。
 本当のところ二人の愛は終わっていなかった。
 まだお互いを必要としていた。
 しかし別れを決めたあの日はあの状況のもと何を言っていいか分からなかったのです。
 どういう表情をしてればいいか分からず別れた後も呆然としたままでした。
 ただ自然と涙はこぼれ落ちていました。
 いつまでもいつまでも止まらなかったのです。
 
「生まれ変わる?・・・・・・・・・本当にすべて捨てられるの?」

「そう、本当だとも」

 あの時それがどんな危険な事か分かっていたつもりでした。
 しかし既に私の選ぶ道は決まっていたのです。

【その3時間30分前 PM6時50分】

 その三時間半前私の目は一枚の絵に釘付けになっていました。
 それは古ぼけたビルの前に無造作に置かれている看板に描かれているなんの変哲もない絵でした。
 そんな絵なんかは普段は見向きもしなかったのですがあの時はどうしても目を離す事が出来ませんでした。
 不思議な事に雑踏の中に私とその絵だけの異空間が出来ていたのです。

「悲しみ!苦しみ!もしそんなものが無い世界があったら」

 異空間の中、突然背後から聞こえた声に驚き私はわれにかえりました。

「ここは?」

 たしかあの絵を見ていたはずののになぜこんな所に居るのだろう。
 なぜここはこんなに暗いのか。
 いったいどうなっているのだろう。
 それに今目の前にいるこの男はいったい誰なんだろうか。
 いろんな思いが私の脳裏を駆けめぐりました。

「表に出してある絵は深い悲しみや苦しみを持った人を惹きつける力があります」

 突然目の前の男が口を開いた。
 その口調は淡々とした抑揚のない物でした。
 いぶかしげに見つめる私の存在を無視するかのように言葉を続けました。

「だからあなたをここへと導いたのです」 

「導く・・・・・・・・・・ここへと?」

 何がなんだかわけが分かりません。
 やがて暗闇にも目が慣れてきて少しずつ目の前の男がどんな顔をしているのか分かってきました。
 その男は射抜くような目で私を見つめながら語りかけてきました。

「ここに導かれた事によりあなたは苦しみや悲しみから解放されるのです」

 この時自分が非常に危険な状況におかれた事は分かっていました。
 でもなぜあの場を逃げなかったのでしょう。
 それは今となっては分かりません。
 私はひたすら心地よい音楽に身をまかせていました。

「悲・・し・・・み、苦・・・・し・・み・・・なんか・・・・ない」

 頭の中に霧がかかったような状態になり既にまともに話す事すら出来なくなっていました。

「そうですよ。それがどんな素晴らしい事か分かりますよね」

 男は無理矢理その無表情な顔に笑みを浮かべました。
 はっきり言ってその笑顔は嫌悪感を覚えさせるだけの物に過ぎませんでした。
 しかしその声はいつしか私の身体に入り込み全身を手なずけていたのです。

「素晴ら・・・・し・・い?・・・・・でも・・・悩み・・・なん・・・・か・・・・ない」

 男は不自然な笑みを浮かべて何度もうなずきました。
 その時急に私の背後で流れていた音楽が変わったのです。

「音が・・・・・・変わった・・・・・・・」

 男の表情が少し変わり両眉が微妙につり上がりました。

「よく分かりましたね。なかなか鋭いお嬢さんだ。 いいでしょう、ひとつ教えてあげましょう」

 男はゆっくりとした口調で説明らしき物を始めていました。
 しかし頭の中の霧は更に強くなりはっきりと理解する事は出来ませんでした。

「人間には五感というものがあります。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚などと言われるものですが一番占める割合が多いのはどれだと思いますか?」

 すでに男の言葉を理解する能力が無くなっていた私はただぼんやりと男を見つめていました。
 そんな私に構わず男は更に話し続けました。

「視覚ですよ。目で見る事によって人間は様々な判断をくだし行動するんですよ。傷ついたあなたの心はあの絵に隠された真の部分を見ていたのです」

「真の・・・部・・・分」

 それは著しく思考能力が低下している私の口から自然に出た言葉でした。

「そうですよ。 だからこの暗闇の世界に惹きつけられたのです」

「く・・・ら・・・・や・・・・・・・み」

「そうです。暗闇です。あなたは目覚めた時この暗闇のなか必死に周りの状況を見ようとしていましたね」

 薄れゆく意識の中私は必死に思い出していました。

「視覚が優先されたわけです。でも今のこの状況では目に入ってくる情報はたかがしれている。そこで浮上してくるのは聴覚なんですよ」

「聴覚?」

「そうです。聴覚ですよ。今あなたの頭の中ではこの音楽と私の声が一番の情報源となっています。あなたはこの音楽に乗せて聞こえてくる私の声に従わざるを得ないんです。あなたの脳は私の声を聞きたがっているのですからね」

 もはや男の言ってる意味は分かりませんでした。
 ただ私は逃げられないところまで来ているんだという実感があるだけでした。

「あなたのご両親、兄弟、友達の事をお聞かせください」

「分か・・・・ら・・・な・・・・い」

「大丈夫ですよ!あなたの頭の中にあるもやもやは綺麗に取れてすっきりしますよ」

 音楽が鳴り止み不思議な事に男の言ったとおり私の頭はすっきりとして様々な記憶が蘇ってきました。 
 そして男の言葉に従うように次々と語り始めたのです。
 驚く事に私がすでに忘れてしまっている事も蘇ってきました。

 何時間くらい話していたんでしょうか。
 不思議な事に次々と親や兄弟、友達への思いは私の頭から消えかけていました。
 あの男は親や兄弟そして友達にも私の事は忘れ去るようにするから安心しろと黄色く変色した歯を見せて笑っていました。
 そして・・・・・・・・・・・・・・

【2002年12月25日PM10時30分】

「あなたをこの世界に最後まで縛りつけているのはその男です。心と頭は切り離しても身体はまだあの男を覚えているのです」

 彼のぬくもり。
 あの快感。
 そうなのです。まだ忘れていなかったのです。
 身体はまだ彼を覚えていたのです。
 男の言葉に反応するように私の頭の中で彼が蘇ってきました。

「心配しなくていいですよ!すべて断ち切ってあげます」

 そう言いながら男はカチッと音を鳴らし何かのスイッチを入れました。
 するとまた私の背後に流れていた音楽が変わったのです。
 その音楽は今まで流れていた落ち着けるものではなく身体の中の何かを呼び起こす怪しげな物でした。

「どうです?心臓が高鳴ってきたでしょう。おなかの辺りから痺れてきたでしょ。すぐにそれは手足の先まで広がっていきます」

 あの男が言ったようにたしかに私の身体には異変が生じていました。
 自分でも分かるほど呼吸は荒々しくなり鼓動は痛いほど激しくなっていました。
 そしておへその辺りに発生していた微かな温もりと痺れも時間が経つにつれ大きく広範囲の物へと変化していったのです。

「はあ、はあ、はあ、いったい私どうしちゃったの? 身体が・・・・」

 そうです。不思議な事にこの時私は男性の身体を強く求めていたのです。
 何かを口に含みたい。何かをあそこに入れたい。強く抱きしめられたい。
 私の頭の中はそれらの言葉がせわしなく渦巻いていました。

「彼とのSEXはそんなに良かったですか?あなたにとって最高の物だったですか?」

 男の声は聞き取れないほど静かで穏やかな物でした。
 しかし信じ難いほど力強い物だったのです。
 それはとても抵抗は出来るような物ではありませんでした。
 私の口は自然に開き包み隠すことなく全てを吐き出していたのです。

「最高という事はなかったけど悪くはなかったわ。 でもそんな事より彼とのSEXには愛がありました」

 この時男の目はあきらかに私を見下していました。

「ではなぜ『別れ』という選択をしたのですか?」

 男の口調は強くなり私を責め立てました。

「お互いゆずれない夢があったから」

 この時それまで表情を崩さなかった男の顔に笑みが浮かんだのです。

「なるほど夢ですか!ではあなた達の愛は夢なんかに負けたわけですね」

「違う!そうじゃない。 違うわ」

 男に全てを否定されているようで声を上げられずにはいられなかった。
 しかし『何が違うのだろう?』とか『この男の言うとおりかも』といったような事も頭に浮かび言葉が続かなかったのです。

「そんなに大事なあなたの夢とはいったいなんですか?」

「それは・・・・・・・・」

 実を言うと私の夢は本当にちっぽけな物だったのです。
 ただ彼の夢の実現の為には私の存在は邪魔なものでしかなかった。
 私は意識的に彼を遠ざけ次第に二人の仲も壊れていったのでした。

「過去の過ちは忘れてしまえば良いですよ」

 彼と過ごした長い年月は全て過ちだったのでしょうか。
 そんな考えが頭の中を駆けめぐりもはやパニック状態になっていました。

「何も考えなくて良いですよ。あなたの身体は私を欲しがっています。彼ではなく目の前にいる私をです」

「えっ?・・・・・・」

 男が言うように私の身体は欲しがっていたのでしょうか。
 本当に抱かれたかったのでしょうか。
 あの時は混乱する頭の中必死に考えていました。

「すでに身体中が敏感になっているはずです。試しに服の上からでもいいから乳首の辺りを自分の手で触ってごらんなさい」

 なぜあの時言われるがままに手を動かしたのか分かりません。
 しかし私の手はたしかに乳房へと向かったのです。

「んっ!」

 軽く触れただけで脳天まで突き上げてくるような快感が襲ってきました。
 次第に私の手の動きは激しさを増しもはや止められなくなっていました。
 今からして思うとあの部屋に入った瞬間からそうする事を身体が欲求してたのではないでしょうか。
 私は男の前で歓喜の呻き声を上げながらただひたすらに自慰行為にふけったのでした。

「あぁぁん!いい!ひろし!ひろし!」

 私の口から別れた男『ひろし』の名前が出てくる。
 自分の胸をまさぐり別れたばかりの男の名を叫ぶなんて本当に惨めな女です。
 でも身体はまだ忘れる事が出来なかったのです。

ぶちゅっ、ちゅぱちゅぱ!

 気がつくと突然目の前にいた男に抱きしめられキスをされていました。
 それに対し私は男の身体に両腕を回しました。
 今にして思えばなぜ私はあの男を受け入れたのでしょう。
 でもたしかに私の身体はあの男の身体を必要としていたのでした。
 抑えきれないほどの欲情が身体の芯から沸き上がりひたすら男の身体を求めていたのです。

「うっ!」

 男の背中に爪をたてた時男は思わず声を上げました。
 それは肩から腰の辺りまで延びる爪後は少し血が滲むほど強い物でした。
 そしていつ噛んだのか憶えてませんが男の肩には私の歯形がはっきりとついていました。
 私は夢中であの男の身体を欲求したのです。
 一方男は私の恥部を長い時間をかけ時には優しく時には激しく責め立ていました。

「あぁぁん!はうっ」

 心身とも崩壊しそうな快楽の中脳裏ではまるで私をつなぎ止めるようにひろしがまだ居ました。

じゅぶじゅぶじゅぶ!

 きっと私はあの時さかりのついた猫のようだったのでしょう。
 男の指と舌に身体全体が支配され歓喜のあえぎを幾度もはてる事なくあげていました。

「お願い!入れて!入れて!何かも忘れさせて」

 私の声に男は即座に応えました。

「何もかも忘れなさい。君はただ快感に身をまかせればいい」

 次の瞬間男の物は私の身体に入って来ました。

ずぼっ!

「あっ!あん」

 私の身も心もすぐに侵入してきた物に支配されているかのようでした。
 私の身体に残ったひろしの存在をかき消すように激しく動きました。

「あぁぁん、壊れちゃう!壊れちゃうよ!」

「壊しなさい。何もかも」

 その時私の中では『どうなっても良い!全て壊したい』といった感情とひろしとの思い出が最後まで戦っていました。
 
「ひろし!ひろし!」

 再び私は『ひろし』の名を連呼していました。
 頭の中では彼に最初に告白された時や最初のデートの時の記憶が鮮明に蘇っていたのです。

「私を離さないで」

 その言葉はひろしに対して言ったのでしょうか。
 それともあの男に対して言ったのでしょうか。
 今となっては分かりません。
 ただひたすら離されないように男の身体にしがみついていました。
 そんな中ひろしとの最初のキスや結ばれた日の思い出が頭の中を駆けめぐっていたのです。

「あぁぁん!もう」

 私の身体はすでに絶頂を迎えようとしていました。
 それに合わすかのように男の動きも激しさを増していきました。
 口からは涎が流れ落ち身体は小刻みに震えだしその時を迎えようとしていたのです。
 頭の中では真っ白になりそうな状況の中ひろしと最初に喧嘩したあの日や将来の事を語りあったあの夜の記憶が蘇っていました。

「あぁぁぁぁん!もう!もう!もう!」

 震えは更に大きくなり自然に身体は反っていました。
 男も限界が近いのか強く私を抱きしめてきました。
 それとシンクロするように私をいつまでも抱きしめ続けたバレンタインの日のひろしの姿が思い浮かんでいたのです。
 
――たしかあの前の日は雪が強く降りつける中初めて彼に涙を見られたわ。

「いきそうなの!いきそうなの!」

 子宮が震え強烈な快感が脳に迫っていた。
 一方頭の中ではひろしの優しかった笑顔や一度だけ私に見せた涙、いびきや激しい歯ぎしりなどが次々と思い出されていました。
 あの時は彼の欠点も含め全てを愛していたのです。

「もう!駄目!いっちゃう」

 男のペニスが膨らみ私の呼吸が一瞬止まりました。
 それと同時に頭の中では彼が去っていた部屋でいつまでも泣き続けていた私の姿が浮かんできました。

「あっ、あんっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー」

 私は絶頂を迎えた。
 そしてそれと共に全ての事が消え去ったのです。
 頬には一筋の涙が伝っていました。

【2003年1月1日AM5時30分】

 あれから一週間が過ぎました。
 私の中から親、兄弟、友人、そして恋人に至るまで全ての存在は消えました。
 もちろん名前や顔などは覚えています。
 ただそれは覚えているというだけで今の私の中では何の意味もなさないのです。

「oh!oh!」

 誰かが感嘆の声をあげたようです。
 なぜか私は隣に立っていた異国の少女に目をとられました。
 少女はあどけない顔で私を見つめ返すとあの光の先にある島を指さし何かをつぶやきだしました。
 胸にある36の数字が入ったバッジが太陽の光を浴び綺麗に輝いていました。

「ようやくたどり着いたようだな」

 私をここまで連れてきたYと名乗る男が早朝からビール片手にやって来た。

「最近日本女性の価値は下がる一方だからな。頼むぞ89!」

 私は男の言葉にゆっくりと頷く。
 今の私には正式な名前はない。
 89と言うのが仮の呼び名なのだ。
 正式な名前はあの島にいる私のご主人様となられる方がつけてくださるのだ。

「ええ!まかせてください。きっと!きっと・・・・・・・・・・・・」

 私の脳裏に一人の男性が浮かびあがる。
 あの御方の為にも私は期待に応えなければならない。
 日本の未来は私の手にかかっているのだ。
 私の手に・・・・・・・・・・・・・・。

【時は流れて】

 2012年、ある国の密告により国際的人身売買組織COSは世間の目にさらされる事になった。
 米英独日など主要7ヶ国を含む36もの国の政府が関与の疑いがかけられた。
 しかし当然の事ながらすべての政府は否認を貫きとおした。
 そんな中でCOSの代表と見られるイギリス人女性の遺体が発見された。
 疑惑は全て闇の中に葬られ人々の関心もいつしか薄れていった。
 尚女性達の消息は今だに不明である。

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