Shadow Twins 第3話 『予兆』

第3話『予兆』

 その日、美影の教室にいつもと違うことが起きた。

「はい、今日は新しくこの学園で学ぶことになった人を紹介します。お入りなさい」

 クラス担任の促す声に合わせて教室のドアが開く。瞬間、クラスにどよめきが走る。
 教室に入ってきたのは、すらりとした長身に凛々しい顔とスレンダーなボディが特徴の少女。
 まるでタカラヅカに出てくる『男装の麗人』を思い起こさせる風貌にもかかわらず、ポニーテールにまとめた青みがかった長髪や、いかにも女性らしい白と青を基調にしたセーラー服がしっくりなじんでいるところが不思議な雰囲気を醸し出している。
 クラスが思わぬ来訪者にざわめいている中、美影は一人、その少女に違和感を抱いていた。

(この感触、『あやかし』……にしては何か違いますわね……ひょっとすると……)

 美影の戸惑いをよそに、会話を進める担任。

「はいはい、みんな静かに……ではナガセさん、自己紹介をお願いね」

 そう言ってチョークを手渡す。ナガセと呼ばれた少女は黒板に向かって字を書き出す。
『永瀬真澄』……なかなか達筆な字を書き終えて黒板に背を向ける。

「ながせますみ、です。以降よろしくお見知りおきを……」

 凛とした声と共に軽くお辞儀をする永瀬真澄。クラスの人間は拍手を持って彼女を迎えた。

 いつもなら美影を中心にした話で盛り上がる教室。だが、この日ばかりは転校生・永瀬真澄にその注目が集まっていた。
 いつもと変わらぬ表情ながら、その内心ほんの少しだけほっとする美影。こっそりクラスメートと真澄の会話に耳を傾けると……

「永瀬さん、どこの生まれなの?」
「生まれは京都だ」
「京都だったら関西弁とか京都弁しゃべれるの?」
「そんなに長い間いたわけでないからな、期待するようなしゃべり方はできないぞ」
「じゃあ、結構転校とかしているの?」
「まあな……これで何回目だったかな……」
「ねえねえ、スポーツとかやってるの?」
「剣道を少々……」
「剣道やってたの? じゃあ、剣道部入ったらレギュラー確定ね」
「そうそう、うちの剣道部弱いから、経験者ってだけでも歓迎されるんじゃないの?」

 ある種転校生への定番の質問を繰り返しながら、盛り上がるクラスメート。対して真澄は慣れた手つき……いや、口つきで答えていく。転校を繰り返しているというのは嘘ではないようだ。
 だとすると、彼女がここに転校してきた理由というのは、ひょっとすれば自分たちにあるのかもしれない……
 美影はほんの少し警戒心を強くする。しかし、具体的な行動には出ない。向こうが何もしないならば、わざわざ動いて自分から危機を招く必要はない、台風が通り過ぎるのを待つだけだ。
 それにしても、京都出身の美麗なる女剣士か……これで、実は比叡の山奥に伝わる暗殺剣の使い手です、とか言ったらそれこそどこかのラブコメマンガよね……
 美影がそう思ったかどうかは定かではない。

 一方、真澄は軽く受け答えをする傍ら、相手に気取られないようしながら周囲の気配を探る。

(……どうやら、このクラスに『あやかし』はいないようだな……)

 先日感じた『あやかし』らしき気配の主は十中八九この学園の中にいる。だから学園の門をくぐってからずっとその気配を探ってはいるのだが、少なくともこれまで出会った人物の中にはいないようだ。
 本当ならば学内を歩き回って探し出したいところだが、この様相ではしばらくは動けなさそうだ……落ち着くまでゆっくりするのもいいか。真澄はそう考えていた。

 それから数日後の昼休み……由紀は校舎の屋上に顔を出した。
 理由は影美と昼食を取るためだ。

「明日の昼食、私が作ってきますから一緒に食べませんか?」

 昨日の部活動が終わった後、由紀はこう言って影美を誘ったのだ。
 建前は先日夕食をご馳走になったお礼。でもそれ以上に、影美先輩に何かをしてあげたい……あの時以来、膨らみ続けるその想いが、由紀をこんな思い切った行動へと突き動かしたのだ。
 あの時からなかなか二人きりになれる機会がなく、なんとなく心の片隅で『さびしい』想いをしているのも、それを後押しする要因となった。

「いいわよ、楽しみにしてるから」

 半分ダメ元でのチャレンジだっただけに、この返事がもらえたとき、由紀の心は天に昇ったかのように舞い上がった。思わずその場で万歳をしてしまったほどだ。

 そんなわけで、今日の由紀はいつもよりも早く起きて、影美のために張り切って弁当を作ったのだ。

 由紀はうきうきした心持ちで屋上への階段を駆け上がる。早起きの影響からかなんとなく体が気だるいが、その気だるさが却って心地よいぐらいだ。
 手持ちの手提げ袋には二人分……と言うにはやや多目のサンドイッチと、紅茶入りの魔法瓶が入っている。
 でも影美先輩大食いだから、これぐらいぺろりと食べちゃうかも……由紀はそんな事を考えながら屋上の扉を開けた。

 影美はまだ来ていない。前の時間が体育で少し遅くなると聞いていたから、ここで待つことにした。
 由紀が屋上に入って少し歩いたころ、背後で鉄の扉が閉まる音がした。
 影美が来たのかと思って振り返ると、そこには竹刀を持ったセーラー服の少女が立っていた。
 学園指定のブレザーを着ていないからおそらくは部外者なのだろうが、そんな人間がなぜここにいるのか理解できず混乱する由紀。

「あの……どちらさまでしょうか?」

 自分でもなんとなく間抜けだなと思いつつ、そう聞いてみる。

「やっと見つけたぞ……『あやかし』!」

 対する少女は由紀に竹刀を突きつけ、激昂したように強い声を張り上げる。

「へ? いきなり何を言い出すんですか?」
「わからないのも無理はない……だが、お前が『あやかし』という悪しき魂を持った存在に操られているのは事実だ」
「あ、あやかし? なんなんですかそれは!?」
「大丈夫だ、痛くはない……ただ、少々精神的に苦しむかもしれないが、それは我慢してくれ」

 言って竹刀を中段に構え、少しずつ歩を進める少女。
 どうやら自分が狙われているらしいと気づき、少しずつ後ずさりする由紀。

「あの……だからあなたはいったい何を……」

 しどろもどろに言葉を紡ぐうち、背中がフェンスに当たる。
 少女はそれを確認すると、竹刀を振り上げる。その眼は獲物を見定める鷹のようだ。
 思わず眼をつぶる由紀。そのとき、再び鉄の扉が閉まる音が聞こえた。

「そこで何やってるの?」

 聞きなれた声にほっとして眼を開ける由紀。
 果たして、少女の後ろ……屋上の扉のそばに影美が立っていた。
 少女は由紀から目を離さぬまま、影美に問いかける。

「この娘の関係者か?」
「そうだけど」
「ならば手出しは無用。今この娘に憑いている『あやかし』を断ち切らねば、お前にも被害が及ぶことになるぞ!」

 そう言って振り上げた竹刀を再び構えなおす少女。
 白と青のセーラー服、ポニーテール、そして膨れ上がる少女の『力』……影美はそれに覚えがあった。そして『あやかし』を断ち切る、という言葉から推測するに……ここは止めに入らないとまずいことになる。
 影美はすばやく少女に近づくと、竹刀が振り下ろされる前に、少女の右手首を掴み、強めに握る。同時に強めの『力』をほんのわずかの間少女に送り込む。

「あうっ!?」

 思わず右手を離し、構えを崩す少女。その右手が掴まれていることを確認すると、その先にある人物……影美の姿を確認する。

「まさか……お前も『あやかし』に魅入られたものか?」

 少女は驚きの顔で影美を見る。それを見計らって影美は少女に質問する。

「『あやかし』というのがどういう存在かは知らないけど、人違いじゃないの?」
「そんなはずはない、確かにこの娘から『あやかし』の気配が……あれ?」

 少女は顔に疑問符を浮かべる。先ほどまではっきり認識できた『あやかし』の気配が感じられなくなっていたのだ。

「やっぱり人違い? まあ人違いでなくても、初対面の相手にいきなり暴力を振るうのはまずいでしょ?」

 影美は手を掴んだまま、由紀から離れながら少女を諭しはじめる。

「今度入った転校生でしょ。確か……永瀬さんだっけ? その転校生がいきなり問題起こしたら事じゃないの?」

 少女……永瀬真澄は、しばしの思案の後、右手を強く振り下ろして、影美の拘束を振りほどくと、きびすを返して屋上から走り去っていく。

「あらら、行っちゃった……出来ればもう少し話を聞きたかったんだけどなあ……」

 真澄が出て行った扉を見つめる影美。一応誤魔化すことには成功したようだ。
 先ほど真澄に『力』を送り込んだのは、彼女の感覚を麻痺させるためである。そのために真澄は一時的に『あやかし』の気配を感じ取れなくなったのだ。ちょうど、強烈なにおいを嗅いだ直後に繊細な香りが感じられなくなるように。
 ちなみに手首を強めに握ったのは、『力』による痺れを肉体的な痛みで誤魔化すため。今の反応を見るに、自分が『力』を使ったことには気づかれなかったようだ。

「先輩、今の人知ってるんですか?」

 後ろから由紀が声をかけてきた。

「直接は知らないけどね……美影のクラスにセーラー服の転校生が入った、って話を聞いただけで」
「でも、『あやかし』って一体……何か取り憑いてるって言われたんですけど……」
「マンガの世界とかによく出てくる悪霊とかじゃないの? さっきのはさしずめ悪霊祓いの巫女さんだったりして」
「えー、じゃあわたしお祓いしてもらわないと悪霊に取り殺されるんですか!?」
「大丈夫だって、そんなことあるわけないじゃない……それよりも、早く昼飯食べちゃおう」
「あ、はい!」

 屋上で二人、昼食を取りながら、影美は頭の中で思案する。
 うかつだった……由紀がすでに自分の影響下にあるなら、由紀から『あやかし』の気配が出てもおかしくはないのだ。
 今回は素直に退いてくれたようだが、いつまた由紀を襲うとも限らない。
 さて、どうするべきか……下手に彼女と戦って騒ぎを起こしたくない。出来ることなら彼女を説得したいところなのだが……

「……あれ?」

 考え事をしながら伸ばした右手には何の感触もない。

「ふふっ……先輩、サンドイッチはもうありませんよ」
「あらら、もう食べちゃったのか……結構おいしいもんだからついつい……」
「そう言っていただけると、由紀とっても嬉しいです☆」

 影美の好評価を得て、満足げに微笑む由紀。
 その由美から紅茶を受け取り、ゆっくりと口に含む影美。

「なんでしたら……由紀も、食べていいですよ」

 ぶっ!? げほっ、げほっ、げほっ……
 由紀の突拍子もない一言に思わず紅茶を噴き出す影美。そのままむせてしまう。

「ああっ、影美先輩!?」
「げほっ……はぁ、はぁ……い、今、なんて言った!?」
「だから、由紀も食べていいって……」
「ど、どこでそんな言葉覚えてくるのよ!? 大体その言葉の意味分かってて言ってる?」
「一応、分かっているつもりですが……この前みたいに影美先輩が由紀のあそこにかぶりついて……」
「あうぅぅぅ……」

 聞いている自分のほうが恥ずかしくなってくる影美。思わず真っ赤になった顔を手で覆う。
 一方で由紀はそんな影美の反応が理解できずに小首をかしげる。

「あの……先輩?」
「……ふう……」

 影美はため息を一つつく。
 分かっていたことではあるのだが……影美は改めて自分の『力』が持つ影響力の大きさを実感していた。
 今の由紀は影美に『尽くす』ことが何よりの幸せなのだ。ああいうぶっ飛んだ発言が飛び出すのも、すべては『影美のため』。

 やっぱりむげに断ると……悪いわよねえ……
 由紀の心を支配しているのはほかならぬ影美である。だからたとえ断ろうが何しようが由紀はそれを素直に受け入れるし、逆に自分のほうが好き勝手に弄ぶ事だって出来るはずなのだが、それでもやはり由紀の心は尊重してあげたい……それが影美の素直な気持ちである。

「じゃあ、由紀ちゃんを食べてあげる……でも、あまり時間はないから、今日のところは口だけよ」
「はい!」

 大きな声で返事する由紀。それだけでどれだけ嬉しいか分かろうというものである。
 今回はカチューシャをつけたままにする。今回は由紀の精気を摂取する必要はないし、下手に外すと永瀬真澄に『感知』される恐れが、という事情もある。『普通の』由紀の反応を見てみたいと思ったのも理由の一つだ。

 目を瞑り、静かに影美の到着を待つ由紀。影美はまず自分の右人差し指の先をちろっと舐めると、その指で由紀の唇に触れる。

「あん……」

 ほんの少しだけ漏れる声。そのまま由紀の口の中へ人差し指を入れていく。それにあわせて指を舐め始める由紀。その舌使いはまさにおいしい食事を丹念に味わうかのようだった。
 少し待って静かに指を引き上げる。それをそのまま自分の口の中へ導き、舐める。由紀の唾液の味をじっくりと確かめる。

 続いて由紀を抱き寄せ、ゆっくりと唇を合わせる。初めはついばむように二度、三度と触れては離す。触れる瞬間にほんのちょっとだけ吸い込むことで微妙な刺激を与えていく。
 そして長いキスの時間……互いにじっくりと相手の唇の感触を確かめ合う。
 影美がほんの少しだけ舌を差し入れ、由紀の唇を舐めるようにして刺激する。影美の舌が自分の口の中に戻っていくと、入れ替わりに由紀の舌が影美の唇を刺激していく。

 由紀の舌がやや深めに侵入する。今度は影美の歯にこすりつける。歯の表面のわずかなざらつきを確かめるかのようにゆっくりと、丹念に舌を動かしていく。
 そんなとき、引っ込んでいた影美の舌が由紀の舌に触れる。由紀の舌をくすぐるように細かく動き、こすっていく。
 びっくりした由紀は思わず舌を引っ込めてしまう。それを追いかけて今度は影美の舌が由紀の口の中へ侵入する。

 そんなやりとりを二度三度と繰り返したあと、互いに唾液のやりとりをする。まずは影美から由紀へ送られる。由紀はしばし口に含んでその味を確かめ、喉を鳴らして飲み込む。続いて由紀から影美へ。影美も味を確かめてゆっくりと飲み下す。
 そして、影美が由紀の肩を押してゆっくりと唇を離す。その間を名残惜しそうに細く透明な糸が繋ぎ、やがて切れる。

「あ……先輩……」
「今日はここまで。もうお昼も終わるしね」

 言われて由紀は腕時計を確認する。午後の始業まであと5分。確かにもう時間がない。
 二人で急いで片づけを済ませ、屋上を出る。

「じゃあ先輩、今日の放課後にまたお会いしましょう」
「ああ」

 階段を降りながら、こちらを向いてにっこり微笑む由紀。
 その無邪気な笑顔を見ながら影美は思う。
 いつか、由紀にも本当の事を伝えないといけないのかな、と……

 その日の夜……

 公園を急ぎ足で歩く一人の女性がいた。
 女性の名は立花七海。双葉学園の養護教諭である。
 婦女暴行騒ぎを受け、早めの帰宅を要請されているのは教師とて同じ。
 だが彼女の場合、立場上どうしても部活をしている生徒より先に帰るわけにはいかず、従って帰宅時間も相対的に遅くならざるを得ない。
 対策として、できるだけ人通りの多い道を選んで帰ってはいるものの、自宅付近周辺だけはどうしても人がまばらになるため、最短距離かつ電灯の多い公園内をショートカットしているのだ。

 だが……

「おっ、いい女じゃねえかよ」

 そんな声と共に現れる数人の不良たち。思わず足をすくめる七海。
 まわりを見渡す……しかし、逃げ出せそうな道はない。絶望的なシーンが七海の頭をよぎる。
 不良たちがにじり寄ってくる。そのとき、別のところから男の声がかかる。

「女相手によってかかってとは、スマートじゃないな」
「あん? なんだてめえ?」

 現れたのは、優男と呼ばれそうな青年。七海を囲っている不良たちと比べると体格的に劣っているように見える。

「とらわれのお姫様を助けるナイト気取りか? 無理無理! 怪我しないうちに引っ込みな!」
「それとも何か、俺たちと一緒に楽しみたいか? でも残念、俺たちが先着~」

 不良たちが好き勝手言っている間も、優男は歩みを止めない。

「おら、何とか言ったらどうなんだ、ああん?」

 不良の一人が優男に襲いかかる。
 二人が激突する。その瞬間くずおれたのは……不良の方だった。
 みぞおちにパンチが奇麗に決まっていた。

「な……!?」

 不良たちの間に一瞬の動揺が走る。それでもリーダーらしき男が声を上がる。

「てめえ……なにしやがった!」
「そっちが襲ってきたから正当防衛したまでさ」
「くっ……おい、まずこいつをやっちまうぞ!」

 その声と共に不良たちが一斉に襲いかかる。

 数分の後、そこに立っているのは……優男一人だけ。不良たちは腹を押さえながら、あるいは口を押さえながらうめいている。
 七海はその光景にしばしの放心状態に陥っていた。それでもなんとか状況を把握すると、優男に対してお礼の言葉を述べる。

「あ、ありがとうございます……」
「当然のことをしたまでさ」
「なんとお礼を言っていいか……」
「礼なら、これからもらうから、気にしなくていい」

 どういう意味かと問い返そうとした瞬間、七海は優男の目が光ったように見えた。
 七海の目から急速に意志の光が消えていく。

「これから、おまえの家に行く。案内しろ」
「ハイ……」

 虚ろな表情のまま、自宅へ歩いていく七海。男はそのあとを静かについていった。

 そのころ、真田家。
 帰宅したあと、風呂に入って本日の汚れを落とす影美。
 その後、寝間着代わりのスウェットスーツを着てリビングへ行き、キッチンで夕食を作る美影に声をかける。

「美影」
「なに?」

 影美に呼ばれて顔を向ける美影。それを待って影美は言葉を続ける。

「前に言ってた永瀬真澄……美影の推察どおりで間違いないと思う」
「どうしたの?」
「昼間、由紀が永瀬真澄に詰め寄られてた。『あやかし』じゃないかって」
「なるほどね……」

『あやかし』……自分たちを除けば、この言葉を使う人間には共通点がある。それは、とりもなおさず美影の推察が正しかったことを意味する。
 そして、真澄が取った行動から考えると、おそらくその目的も美影の推察どおりであろう……だが、影美の言葉に少し疑念が浮かぶ。

「でもちょっと待って、由紀ちゃんってそんなに出てないでしょ?」
「うん、だからあたしも油断してた。あのレベルを感知できるとなると……侮れない相手だと思う」

 そう言われて美影はしばし思案する……由紀が持つ『あやかし』の気配はかなり小さい。美影自身、触れてやっと感知できる程度でしかない。それを離れたところで感知したとなると、少なくとも感知能力に関しては自分たちよりも優れていると見ていい。
 また、それだけ鋭敏な感覚を持っているとなると、あゆみの事も悟られる可能性がある。

「で、結局どうしたの?」
「とりあえずは誤魔化して向こうに退いてもらったけど、あの手はそう何度も使えないな……」
「説得、出来そう?」
「実際はともかく、第一印象は結構堅物と見るな、ありゃあ……一筋縄ではいかなさそうだ」
「となると……私たちのこと、あゆみや由紀ちゃんに知ってもらう必要がありそうね」
「やっぱり教えるのか……正直、気が進まないなあ。知らないよりはマシだ、というのは分かってはいるんだけど……」
「仕方ないわよ。所詮、私たちはそういう存在なのだから……」

 言って二人してため息をつく……どうやらこれから先、厄介な事態になりそうだ……と。

 とあるマンションの一室……その表札には『立花』の名があった。
 そのリビングに二人の人間がいた。
 生まれたままの姿になった女……立花七海が、下半身だけをさらけ出した優男の股間に顔を埋めている。
 一心不乱に男の肉棒を舐める七海。その瞳はどんよりと曇ったまま。
 そんな七海を気にすることなく、七海が持っていたショルダーバッグの中をあさる男。

「立花七海……女子校の教師か。思わぬ拾いものだな」

 言って七海の顔を見る男。それにも気付くことなく肉棒に刺激を与え続ける七海。
 それも当然のことだ。七海には肉棒を舐める以外のことを考えられないよう処置を施しているのだから。
 射精感が男を襲う。七海に命令する。

「ほら、飲むんだ。こいつはおまえの好物だ。こぼしたらもったいないよなあ」

 そして七海の口の中に精液を流し込む。七海は恍惚とした表情でそれを飲み下す。
 男の肉棒が抜ける。七海はまず自分の口まわりに付いた精液を舐め取る。続いてもう一度男の股間に近づき、肉棒に残った精液を丹念に舐め取った。

「おまえに命令を与える」

 七海が肉棒から口を離す頃を見計らい、抑揚無く七海に命令を下す。
 それをうつろな瞳のまま聞く七海。

「おまえは俺と交わったことで、俺の力のいくつかを使えるようになったはずだ。その力を使って、おまえの学校にいる学生を俺のところに連れてこい。くれぐれも第三者に気付かれないようにしろ」
「ハイ」
「おまえは俺の奴隷人形だ。だが、おまえがそういう態度をとれるのは俺の力が働いているときだけだ。普段は普通の人間として行動しろ。おまえの正体を、俺の存在を悟らせないようにしろ」
「ハイ」

 七海に一つ一つ言い聞かせるように命令する男。その一言一句を聞き漏らすまいと全神経を集中させる七海。

「もし、これらの言いつけが守れなければ、おまえは俺に関わる全てを忘れる。そしておまえの心に絶対的な絶望感が襲う」
「アア……イヤ……」

 七海は頭を抱えて苦しむ。心の中では全てを否定する闇が覆い尽くさんとしていた。

「心配しなくていい、『守れなければ』と言っただろう。守れたらおまえは俺の人形として、この幸福をずっと味わうことができるんだ。褒美もやろう」
「アア……ウレシイ……」

 その顔に浮かぶは、全ての苦しみから解放された喜び。

「この幸せな時を守れるかどうかはおまえの努力次第だ……やれるな?」
「ハイ……ガンバリマス……」
「では、今日はこれまでだ、ゆっくり休むがいい」
「ハイ……シツレイシマス」

 七海はのそりとした動きで服を着て、寝室へ向かう。
 一人リビングに残った男は、たばこを吹かせながら一人ほくそ笑む。

「これから楽しくなりそうだ……」

 男の頭の中に描かれる光景……それを知るのはその光景を描く当人だけである。

< 続く >

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