超越医学研究所HML 海へ、see you

海へ、see you

 うふ、うふ、うふふふふ……。

 ここは海水浴客がよく利用する海辺の旅館の和室。
 一人の女性が床の間を背に正座している。
 旅館の東向きの部屋には、朝の日差しが差し込んで、女性の眼鏡のレンズをギラギラと輝かせていた。
 そのため彼女の表情を読み取ることは難しかったが、どうやら笑っているらしい。
 旅行カバンの中から取り出した漆黒のビキニの水着を手にして、謎めいた微笑を浮かべている。

「とうとう、この日が来ましたわ」

 皆さ~~ん、超越医学研究所・主任研究員の神保美紀です。今回の舞台は海ですの。
 超越医学研究所・毎年恒例海の家と温泉ツアー……ダサいネーミングですわ。

 だけど、どんなに貧乏ったらしいツアーでも、たとえここがワイキキでもサイパンでもない、国内のひなびた海水浴場でも、私には関係ありませんわ。
 この日のために、買ってまいりました黒ビキニ。
 でも、私が水着に着替えるのは、ただお一人の男性のため。

 昨年は、お忙しくて参加いただけなかった、水道橋正宗所長に、今年は万難を排してご同行いただきましたわ。
 だから私も、思い切って生まれて初めてのきわどいビキニ。
 これで先生を悩殺して、ステキな恋の始まりの予感ですわ。

 バストをおおう布地をギリギリまで小さくした三角ブラと、ボトムはショーツ・サイドを紐で結ぶ大胆なデザイン。
 機能的とは言いかねますが、手に取って見ているだけで、期待と恥じらいに思わず胸が高鳴りますわ。さて……。

 着・替・え・ち・ゃ・お・う・か・し・ら。

 幸い同室の小川もと子ちゃんと、キャシーさんは、朝のお風呂ですわ。
 誰も見ていませんですわよね。
 それでは失礼して。
  ・
  ・
  ・
 え~と、僕は猿楽一郎といいます。
 超越医学研究所の研究員として採用され、初めての夏を迎えました。
 夏の社内旅行にまで連れてきてもらって、なんてすばらしい職場なんだろうと感激してます。
 もっとも、今回、男性陣の参加は僕と水道橋所長の二人だけですので、まあ、僕なんか体のいい荷物運び、雑用係といったところなんですが。
 朝食もすんだし、浜辺に繰り出すのに、みなさんに声をかけて回っているところです。

「神保主任……。浜辺までマイクロバスが出ますので、9時に旅館の前に集合して……」
 と、部屋の奥を覗き込んだ時、僕の目に飛び込んできたものは
 こ、こ、これは、じ……神保主任の、裸の背中?!

 着・替・え・中・の・よ・う・で・す・ね。……ゴクリッ!

 失礼いたしました。
 ソレジャアジャマシチャワルイデツネ……。しばらくここで待機させていただきます。
 しっかし、いい身体してるなぁ……。ウェストがキューっと締まって、それに吸いつくようなもち肌っていうか。
 あっ……あっ……、見える……見えるぅ……。
 もうちょっとこっち向いて……。

 と、その時、背後から女の声が。
「おめえ、何やってんだ?」
 げッ! キャシー竹橋!
 え~~、この人はうちの患者で、介護士見習いで、元女兵士で、怒るとこわくて……。
「あっ、あのぅ、私は通りすがりのただの医者です」

 不審に思ったキャシーが、襖のすき間から中を覗いてみたときには、僕は抜き足差し足でその場から逃げようとしていたんだけど、一瞬遅く、彼女に首っ玉をつかまれて……。
「うぎゃ――――――――ッ!!」

「きゃっ!」
 部屋の中で、美紀が鳩が豆鉄砲くらったような顔をしている。
「何ですの? 今の声は?」
「なあに、バカがひとり、二階の窓から落ちたんだ……。
それにしても悩ましいカッコだな。黒のビキニかよ」
「いやですわ」

「なあ、美紀よ……」
「なんですの?」
「あたしもついお前にうまいこと誘われて、こんなところまで来ちまったけどよ。
研究所から外に出して、お前、あたしが逃げるとか思わなかったのか?」
 あたしはもともと研究所に強制収容された身分だ。今ではいくらかの自由は認めてもらっているが、長居する理由は何もない。
「あなたは逃げたりしませんわ」
 美紀が罪のない笑顔であたしのことを見上げている。

 疑うことを知らないのか、それとも逆に鋭いのか?
 たしかにあたしは今こいつらと一緒にいるのが一番いい。
 研究所にいれば安全だし、食い物にも不自由しない。
 美紀の顔を見ていると、何となく安心できる。
 嫌な思い出も少しの間だが、忘れさせてくれるしな。

 ま、とにかく泳ぎに行くことにしよう……。

        ―――――

 さて、やってまいりました、真夏の太陽がさんさんと輝く海辺。
 日頃は医療の現場で職務にいそしむうら若き美女達が、今日は素肌を惜しげもなくさらし、大胆な水着姿で海辺に集う!
 それでは、私、猿楽一郎が、超越医学研究所・海水浴ツアー、お約束の水着ショーを実況させていただきます!

 まずは看護婦シスターズの入場だあ!
 ロリっ娘、幼児体型の小川もと子は、花柄プリント地のフリル使いのビキニで決めたあ~~っ!! 蕾のようなバストと、小さなお尻をつつむ、フルカップのブラとボトムが愛らしい。布地の奥は少女のひみつの花園か?!
 可愛い子ちゃんぶりっこを演出した、小悪魔的なスタイル。
 しかもアイテムの浮輪は、キティちゃんグッズだあ! おじさんにはたまらない!

 続きまして、大人の魅力・須田悦子ナース!
 白地にマリンブルーでアーティスティックな柄をあしらったワンピースは、大胆なUVカットで、胸の谷間が悩ましいぞ!
 ヒップラインと巨乳を強調したお色気ムンムンのボディがオイシソー!
 ムッチムチの太腿にかぶりつきたあい!!

 そして、よい子の憧れ、女医さんの、HML研究員・江錦華!!
 ミステリアスな微笑を振りまきつつ登場だああ!
 目にもまぶしい純白のワンピースで、スレンダーな肢体を強調。
 背中は大胆に開き、しかも、ハイレグ・カットで自慢の脚の長さを見せつける!
 長い黒髪を風になびかせ、清楚な中にも、セクシーな魅力をたたえた最強のデザイン!

 さて、お次は本日の超目玉! 介護士見習い・キャシー竹橋!
 豹ガラのビキニのブラに、ショート・パンツと渋く決めたが、110センチのダイナマイト・バストは、今にも水着からあふれんばかりのド迫力!
 鍛え上げた肉体に汗が光る。日に焼けた褐色の、健康的な肌は、まさに夏の女の代名詞!
 この夏の、海の女王決定か?!

 ちょ~~~っと待ったあ!

 HMLのヒロイン、主任研究員・神保美紀の登場だあ!
 知性のシンボル、涼やかな眼鏡は海辺でも必須なアイテムか?!
 理知的で端整なマスクとはアンバランスなグラマラスなボディ!
 日頃の白衣姿からは想像もつかない、大胆黒ビキニに思わず生唾ゴックン状態だ!

 おや? おや?
 おおおおおお~~~~~~っ!!
 さてどんじりにひかえしは……というわけでもあるまいが。
 ビーチに姿を現わしたのは、われらが所長、水道橋正宗博士!
 な、な、なんと目にも鮮やか真っ白な六尺ふんどしを、股間にキリリと締め込んでの登場だ!
 豪快なもっこり感が男らしいぞ!
 しかも、とても年齢を感じさせない、逆三角形、筋肉隆々の肉体美!!
 はい、それではここでボディビルダーのガッツポォ~~~ズ!

「キャ――――ッ!! ステキですわ~~~~っ!!」
 神保主任、さっそく乙女の祈りポーズに、眼鏡の奥の瞳が、ハート・マーク状態だ!
 ハァハァしてるのが気になるが。しかし物好きな……。

「てめえ! オヤジ!!」
 お~~っと!
 所長のあまりにシュールなスタイルに逆上したかキャシー竹橋?!
「いい年して恥ずかしくねえのか?! この変態医者!! いつぞやは油断して遅れを取ったがな、今日はそうはいかねえぜ! いざ尋常に勝負しろい!!
 おきて破りの場外乱闘か?! 水道橋正宗所長の前に立ちふさがったあ!!
 水道橋所長に、いきなりキャシー竹橋がバトルを挑む!

「いけませんわ! キャシーさん! 所長に向かって!」
 神保主任が割って入るが、キャシー竹橋おさまらない。
「下がってろ、美紀! このオヤジとはいつか決着をつけなければならねえと思ってたんだ!」
「いいではないか、神保君。わしは喜んで相手をしよう」
 おんや、なんと水道橋所長、この勝負を受けて立ったあ!

 さて、どうなる?!
 華やいだ水着ショーの現場は、一転して緊迫感のただよう戦場と化した!
 キャシー竹橋の軍隊仕込みの格闘術は、戦場で相手を倒す一撃必殺の荒技だ!
 一方の水道橋所長は、何か格闘技の心得があるのか?!
 年齢差からいっても、このバトル、水道橋所長に圧倒的に不利か?!
 しかし、水道橋所長、余裕の笑みを浮かべて、来なさい来なさい、かかってらっしゃいと若いキャシーを挑発する!

 自然体に構える水道橋所長を前に、先手必勝と踏んだか、キャシー竹橋が一気に間合いを詰めた!
「うおおおおおおお!!」
 十二分に腰を割った体勢から、正拳を叩き込んだと思った刹那、水道橋所長が紙一重でこれを見切って体をかわしたあ!
 そして、次の瞬間、キャシー竹橋の巨躯がふわりと浮き上がったかと思うと、スローモーションのように一回転し、そのまま背中から砂浜に叩きつけられた!
 これは柔道でいうところの一本か?!
 唖然としているキャシー竹橋を尻目に、所長はかんらからからと高笑い!
「また、いつでもかかってきなさい」

 あまりにあっけない幕切れに、声を忘れて静まり返る一同を尻目に、水道橋所長は、砂浜で悠然と準備体操。
 オイッチニー! オイッチニー!
 以上、超越医学研究所・海水浴ツアーの海辺から、私、猿楽一郎がお伝えしました。

        ―――――

「主任、ビーチまで来て眼鏡かけてるのも変ですよぅ。水陸両用ですか?」
「私、ひどい近視ですので、眼鏡がないと視界がどうも」

 看護婦の小川もと子ちゃんが、ひと泳ぎして、ビーチに上がってきましたわ。
 私はどうせ泳ぐつもりで来たわけではありませんし、別にこのままでもいいのですけれど。
 たしかに眼鏡をかけて海水浴も変ですわね。

 え~~、では、眼鏡をはずしますわ。
 はい、はずしました。
 だからどうだと言われても困るんですが。

 でも、ちょっとつまらないですわ。
 せっかく海まで来ましたのに、所長と二人きりになる機会もありませんし。
 私の水着姿もあまり見ていただけませんし。

「あっ……所長が泳いでいきますよぅ」
「えっ! どこですの? どこですの?」
 もと子ちゃんの指差す方、目を細めてジイ~~~~っと海のかなたを見つめていますと、どうやら見えてまいりましたわ。
 海水浴場の沖合いに小島があり、そこを目指して、ざんぶざんぶと豪快に波をかきわけ、突き進む孤影がひとつ。
 あれがどうやら水道橋先生のようですわ。
 海水浴客でにぎわう海辺を離れて、水練をなさろうというのでしょうか。
 これはひょっとしてチャンスですわ。
「もと子ちゃん、私ちょっと泳いでまいりますわ」
「浮輪なら貸してあげますよぅ」
「あら、実は私、水泳はけっこう得意ですのよ」

「あっ、行っちゃった……。
あたしも別に主任が溺れるとは思ってませんけどぉ……。そのビキニでリキ入れて泳ぐのはちょっとヤバイっすよぅ」

        ―――――

「なあ、猿楽」
「何でしょう?」
 浜辺のビーチパラソルの下で一息入れていると、江錦華先生が隣に座り込んで、声をかけてきた。
「ええ天気やなあ」
「そうですね」
「何や、そっけないなあ」
「別に……。泳がないんですか?」
「海水浴より……うちなあ、実は最近日本近海の海の生物に興味があんねんけどなあ」
「海の生物といいますと、クジラとかイルカとか、タイやヒラメとかでしょうか?」
「いや、ヒトデとかウツボとか、ウミウシやウミヘビとかや」
「やっぱり……」

「ま、冗談はさておいてや」
 冗談なのか?
「その先の入江に、海上洞穴があるねん。けっこう生物学的にも注目されとる場所みたいやで。うちのこと、そこまで連れてってくれへん?」

 膝を抱えて、砂浜に座る白いワンピの水着姿の錦華先生が、小首をかしげて、にっこりと微笑むと、長い髪がサラサラと潮風に吹かれてきらめいて見えた。
 可愛い……。
 い、いや! だまされてはいけない!
 錦華女史はこう見えて、中国伝来の秘法・蟲術(こじゅつ)の使い手。
 蟲類の毒素を使って、相手を意のままに操るのが得意技。
 このあいだもこの色気にだまされて、ひどい目に会ってるんだ。
「イヤだと言ったらどうします?」
「夜寝る時は、寝床に蛇がおらんか気ぃつけるんやな」
 ……本気だよ。この人。

 ゴムボートで、突堤から外海に漕ぎ出した。

 狭いゴムボートの中に、僕と錦華先生が向かい合って座って、僕がオールを漕ぐんだけど、
 錦華先生の白い水着姿を間近で見ていると、オールを漕ぐ動きにも刺激され、僕の股間は思わずムクムクと元気が出てきそうになる。
 知ってか知らずか彼女は遠くを見る眼で髪を風になびかせている。
 はぁ……。これが普通の女性相手なら、最高のデートなんだけどなあ。
 時々彼女がお嬢さん座りの脚の組み方を変えるたびに、ハイレグの股間が僕の位置から丸見えになる。
 わざとやってるのかな?

 ビーチの歓声が遠くなり、潮の流れに乗るようにして、僕はボートを漕いで行った。
海水浴場からは、海に突き出て木立におおわれた山の鼻をひとつ廻り込んだ崖のところに、その海上洞穴はあった。
 洞穴の入口は、完全に海水に浸かっており、周囲は切り立った断崖だから、なるほど舟を使って海側から近づくしか洞穴内に入る方法はなさそうである。

 おそらく長い年月をかけて、海水に浸食されてできた天然の洞穴なのだろう。
 僕はオールを操って、洞穴の中へとボートを漕ぎ入れた。

 直射日光のささない洞穴の中は、涼しい空気に包まれていた。
 おや、何だあれは?
 暗くてよく見えないが、洞穴の天井部分に何か得体の知れない小動物が無数にへばりついてうごめいている。
 100や200といった数じゃないぞ。
「コウモリやな」
 コ、コ、コ、コ、コウモリ?!

 あまり気持ちのいいものではないな。
 日暮れ時になると、餌を求めて人里にまで飛来してくるコウモリは、昼間はこうして穴倉の中などでじっとしているらしい。
「コウモリの群生を観察するには絶好の場所や。外部からは遮断された環境で、生き物も独特の生態系を築いてきたらしいで。まさに天然記念物モノやな」
 錦華先生の声が、洞穴内に響いてエコーがかかる。
 しかしうれしそうだな。こういう時の錦華先生は。
 潮は洞穴内のけっこう奥まできているが、凪いでいるせいか、波は静かだ。
 時々魚影のようなものがオールの下を潜り抜けていく。

「あそこから岸に上がれるで。行ってみよ、猿楽」
 洞穴の奥まりが、平坦な岩場になっている。
 ゴムボートを洞穴内の適当な岸につけて、まず僕が岸に降り立った。
 錦華先生の手を取って、ぐいと引くと、体勢を崩した彼女が「あっ」と短い叫び声をあげて、僕の胸の中に飛び込んできた。
その勢いで、二人一緒にバランスを失い、もんどりうって倒れそうになった。
「あ、危ない……!」
 僕は懸命に踏みとどまった。
 すぐ近くに彼女の顔があり、潮の香りに混じって、彼女の髪の匂いが鼻腔をくすぐった。

 わざとやっている気がする……。
 この時の僕に下心がなかったとは言い切れないんだけど。

 目が暗さに慣れてくると、どうやら洞穴内の情況がはっきりしてきた。
 洞穴内には、海水が湾のように満ちてきているが、僕たちが降り立った地点からは、平坦な岩棚が洞穴の中に向かって続いており、歩いて中に進めそうだ。けっこう奥が深そうだな。
 鍾乳石がいくつもぶら下がっており、幻想的な風景が目の前に広がっている。

「猿楽、見てみ。あっこに横穴があるわ」
 行ってみよう、と言いたいらしい。どうもイヤな予感がするんだが。その時はもう彼女は小走りに駆け出して、洞穴の奥へと入って行った。
 こうなると僕も後を追わないわけにはいかない。
 暗がりの方へと歩みを進めた。

        ―――――

 ビーチの喧騒から離れて、広々とした洋上に出ました。
 沖合いの小島をめざして、波をかきわけ泳いでいますと、まるで人魚になったような気分ですわ。
 小島と言いましても、広さはせいぜい3LDKといったところでしょうか。岩礁に木が生えた程度のものですわ。
 私は岩場の一角に取りついて、海中から身体をザバッと持ち上げて、陸地に降り立ちました。
 濡れた髪をかき上げ、水泳用のゴーグルを額のところにずらし上げます。
 ふう、少し疲れました。

 そして……いらっしゃいましたわ。水道橋先生のたくましい後姿。
 岩の上で、腕組みをして海を見ていらっしゃいますわ。
 何を考えていらっしゃるんでしょう?
「先生……」
 私の声に、先生がこちらを振り向かれました。
「やあ、神保くん」
 ドキッ、といたしました、その時私。
 波の音が聞こえる海辺に立って、裸に近い姿の男と女が向かい合う、原初的な時間――。

 先生は、私のことを頭のてっぺんから足のつま先までねめまわされました。
 ああ、まるで視線で犯されているみたい。私って自意識過剰でしょうか?
「いや、なに、おカズのことを考えていてね」
「おカズですの?」
 少々お下品な表現ですが、私にも何のことかわかりますわ。
 殿方が妄想たくましくなさる際に、思い描く異性のイメージのことですわね。
 まあ、それってもしかして私のことを、おカズになさるということですの?
 恥ずかしいですわ。
 でも、先生ならもちろんオッケーですわ。
「今晩のおカズのことでな」
「はあ?」

 その時、目の前の海面が見る見るうちに泡だってきまして……。
 ザバッと、しぶきを飛ばして海上に顔を出したのは……キャシーさん!

 水中眼鏡をかぶったキャシーさんが、水面下からヤスを高々とかかげました。
 ヤスの切っ先には、獲物のヒラメが突き刺さっていて、尾ひれをバタバタさせて生きのいいところを見せていますわ。
 彼女はすぐに視線をめぐらせて、私がいることに気がついたようです。

「ん……何だ、美紀じゃねえか?!」
 いったい彼女は、いつのまにここまで?! 私の泳ぎを上回る速さで島までたどり着いていたということですわね。
せっかく所長と二人きりになれるチャンスと思っていましたのにぃ!
 つまらないですわ。
「これで今晩のおカズはヒラメの刺身だよ、神保くん」
「そう……ですわね」

 波間にただよいながら、獲物のお魚を誇らしげにかざすキャシーさんの笑顔がとても生き生きとしていて、それに水道橋先生もそれに笑顔を返していらっしゃる。
 さっきの浜辺での一騎討ちのわだかまりなどまるでなく、二人の世界に入ってしまわれているようで、私は複雑な思いをかみしめていました。
 私、きっとその時やきもちを焼いていたのだと思います。
 心の貧しい女ですわね、私。

 でも、やっぱりここまで来てよかった。
 青い空、白い雲。
 私たち三人のほかに誰もいない。岩場ばかりで、砂地が少ないのが玉にキズですけれども、まるでプライベートビーチのようですわ。

 水道橋先生は、ゴーグルをかぶると、岩場から、身を躍らせて海に飛び込みました。
 私はちょっと、お魚をとるのは苦手ですけれど、飛び込みなら得意ですわ。
 お二人だけで、泳いでらっしゃるのを黙って見ているのもつまらないですわね。

 真っ青な海の色にまるで吸い込まれそう。
 私は深く息を吸い込むと、はずみをつけて、まっすぐにのばした手の指先から、まっさかさまに海に飛び込んだのです。

 ザブ――――――――ン!!

 幾千万の水泡が身体をつつみ、私は、深く、青く、冷たい水底に向かって一気に突き進んで行きました。
 もうこれ以上は潜れないという深さまで来たとき、私は手足をかいて、体勢を整えました。
 小魚の群れが、銀鱗を輝かせてかたわらを通り過ぎていく。
 海中の水の冷たさが、肌に心地よい。

 いけません、そろそろ息が切れてきましたわ。
 真上で輝いている太陽の光に向かって、私は上昇して行きました。
 ガバッ!!
 空に突き抜けるような勢いで、私は波間に浮かび上がりました。新鮮な空気を、胸いっぱい吸って、最高の爽快感に私はつつまれていました。
 その時です。少し離れたところの水面に顔を出していたキャシーさんが、
「美紀! 胸!」
 と、私の方を向いて叫びました。
「きゃあ!」
 私、おそろしいことに気がつきました。
 たぶん今しがた海に飛び込んだ時ですわ!
 私のビキニのブラは、その時のショックで、結び目がほどけ、ぺろりんとはずれてしまっていたのです。
 私のバストがあらわになって、波間にぷかりと浮かんでいますわ。
 一瞬どうしてよいかわからずに、頭に血がのぼっていたのだと思います。
 私、条件反射的に両腕で胸を隠しました。

 手がふさがったため、私はバランスを崩し、海中に大きく沈み込んでしまいました。
 ガボッ……!
 ゲホッ! ゲホッ! 少し水を飲んでしまいましたわ。
 そして体勢を確保しようと、つま先で海底をまさぐったのですが、
 かなりの水深がある地点ですので、足ももちろん底にとどきません。
 私がやむを得ず、手を使って水を掻こうとしたその時でした。
「神保くん! しっかりしたまえ!」
 私のすぐ近くで先生の頼もしいお声が……。
 私が遭難しかけているのをご覧になって、先生はわき目もふらず、助けに来てくださったのですわ。
 うれしい……!

 先生は私の背後から、たくましい腕をまわして、私の身体を抱え込もうとしたのですが……。
 むにゅう……!
 きゃっ! そ、そこは私のむき出しのおっぱい!
 生チチというやつですわ。
 水の中でのことですので、上下左右もない、くんずほぐれつ状態。
 い、い、い、いけませんわ先生! こんなところで!
 ああ、まだ心の準備が。

「な、な、な、何やってんだ―――っ、お前ら――――っ!!」

 キャシーさんが波間から顔を出して、絶叫しています。
 あン……そんなに騒ぐことありませんのに。

 先生は今度は私の腕を抱えるようにして、岩場の方に誘導してくださいました
 まずご自分がざぶりと岩の上に上がると、私に手をさしのべてくださいました。
「神保くん! つかまりたまえ!」
「先生!」
 先生がのばした右手をはっしと握りますと、先生はすごいお力で私をぐいと海中から引き上げてくださいました。
 ところがあまり勢いよく持ち上げていただいたものですから、私、勢い余ってつんのめってしまいました。
 岩の上でバランスを崩して、両手をバタバタさせて前のめりに倒れそうになった私を、先生は支えようとして、手を前に出された……のだと思います。
 ちょうど、先生の胸の中に倒れこもうとしましたその時。
 ぱふぅ……!
 先生の両手が、私の両の乳房をすっぽりとキャッチしてしまったのです。
 ちょうど露出した部分を覆い隠すように。お手製のブラとはこのことですわ。
「いやあん……!」
 あ、ちょっとうれしいこの感触。

「ふむ、86のFというところか」
 さすがは先生! ズバリですわ!
 あ、先生、しっかりつかまえていていただかないと、私、また海に落ちてしまいそう。

「このセクハラおやじ! 美紀から手をはなせ!!」
 海中から身を躍らせ、ざんぶと海辺に立ち上がったキャシーさんは、まるで頭から湯気でもたてているかのような勢いで怒り狂っていますわ。
 誤解ですわ、キャシーさん。

「さっき浜辺では油断したがな! この女の敵! ぜったいに許さねえ!
いざ、尋常に勝負しろ!」
「はっはっはっ、どこからでもかかってきなさい」
「おやめになって、キャシーさん! 私は別に……」
「お前は黙ってろ! これはあたしとこのオヤジの問題だ!!」

 こうなってはもう彼女を止めることはできませんわ。
 私も、つい悪乗りしてしまいましたわ。深く反省しなければいけません。これもきっと夏のせい?
 ああ、私をめぐって水道橋先生と、キャシーさんが決闘という事態に……少し違いますわね。

        ―――――

「あんなあ、猿楽。少し寒うないか?」
 日の当たらない洞穴内は、真夏とは思えない涼しさで、しかもどこからか風が抜けているのか、冷気がひしひしと押し寄せてくる。
 先ほどまで、洞窟内の海水だまりに生息するヒトデやら、イソギンチャクやらをつついて喜んでいた江錦華だが、どうやら体表の温度が下がってきて、震えがきたらしい。
 錦華先生は、自分の肩を抱くようにして、
「寒い……寒い」
 と、ふるえ始めた。
「なあ、猿楽。うちのこと抱いてんか?」

 抱いて?
 え~と、この場合の抱くというのは、文字通り抱きしめることだよな。
 やっぱり女性が困っている時に助けてあげるのが男の務めだな、と自分に言い聞かせると、彼女のほっそりした身体を、かばうように軽く抱きしめた。
 錦華が身を固くし、僕はあ然とした。
 錦華は……水着をつけていなかった。
 いつの間に脱いだんだ? 薄暗いので気がつかなかった。
 ギョッとして振りほどこうとしたが、彼女は僕にしがみついて離れなかった。
 裸の胸の感触が、僕の肌にじかにつたわってくる。

「なあ、うちのこと嫌いか?」
「そ、そんなこと」
 ありません、と言いたいんだけど、彼女の性格も性癖も知り抜いている僕としては、素直にうなずけないところがある。
そんなためらいがちな態度を察してか、彼女は僕にしがみつく力をますます強くして、

「うち、猿楽のこと、ほんまに好きになってしまいよった。
せやから二人きりになりとうて、こんなとこまで誘い出したんやんか!
うちかて恥ずかしいわ、おなごの方からここまでせんならんなんて。
なのに、猿楽ったら、まるでうちのこと、鬼か蛇みたいに言いよる」
 錦華がしゃくりあげると、両眼から涙があふれ出た。

 まっ、まずい! 彼女に密着されたものだから、不肖のムスコが本能的に固くなってしまった。
 もちろん、それはすぐに錦華に気づかれてしまった。
 ずるそうな目で僕の顔を見上げている。
「うれしい。猿楽、うちのこと抱きたいて思うてくれてる」
 いや、これは男の生理というやつで。
 彼女はその場にしゃがみこむと、僕の海パンをズリ下ろして、いきり立ったモノをささげ持つようにした。
「猿楽のちんちん、ナマコみたいやな」
 どういう意味だ?
「なあ、岩場で寝ると痛いさかい、立ったまましよ」
 錦華先生は、岩壁に両手をついて、僕の方に向けてお尻を突き出した。
 これって「バックから挿れて」ってことだよなあ……。
 しかも立位で。
 一度やってみたかったんだよなあ。

 薄暗い中で、彼女の真っ白なヒップが浮かび上がって見える。
 僕がまさぐるように、錦華の陰唇に指をはわせると、ねっとりとした感触があり、
「ああんッ……!」
 錦華がせつなげな声をあげた。彼女の敏感な部分に触れてしまったらしい。
「じらさんといてぇ」
 じらしているつもりはないんだけれど。
「あのぅ……ひとつ確認したいことが」
「心配せえへんかて、虫なら下してあるがな。気にせんとイッキにきてぇな」
 そうですか。では遠慮なく……。

 僕は、彼女の秘部に亀頭をあてがい、一気にヌブリッ、と貫いた。
 多汁性な彼女の膣からは、それだけでもう大量の愛液があふれ出て、ツーと彼女の内腿をつたった。
「ああん!」
 彼女が、岩壁に爪を立てるようにして、喘ぎ声をあげた。
 僕は、彼女のヒップを押さえて、二回、三回と腰を突き入れた。
 僕のペニスが、彼女の中でますます硬さを増しているのを感じながら、僕はグラインドのスピードを速めた。
「あん! やん! はあん! ふうん!」
 錦華の背中が汗をかいて、長い髪が振り乱された。
 こうしてバックから突くのって、男にとって征服感があるなあ。
いつも頭があがらない先輩医師の江錦華の、おマ×コをかき回して、感じさせているんだという快感に、僕はすっかり興奮していた。
「見てみ! 猿楽! うちらのいやらしいことしとるのんが……そこに!」

 洞穴内の、ちょうど僕らの足元の、海水だまりの水面には、ろくに日がささない場所にもかかわらず、不思議なことに、鏡に映し出したように、僕と錦華が交わっているところが映っている。

 錦華のおっぱいがたぷたぷと揺れて、僕の勃起したムスコが彼女のアソコから出たり入ったりしているのが、はっきり見えて、すごくエロい。
 長い髪を振り乱し、ウェストから下が、まるで別の生き物のように激しく動く。
 端整な顔が快楽に上気して赤く染まる。
 彼女が、岩場で足を踏みしめている筋肉の緊張が、膣壁から僕の肉棒にもつたわってきて……。う……す、すごい締め付けだ……!
「突いてえ……! 奥まで、突いてえ!!」
「イク……! イッちゃうよお!」
「ま、まだや! もっと、グチャグチャにしてえ!!」
 彼女の性器からお尻の穴まで、丸見えになっているんだけど、僕がペニスを出し入れするたびに、はみ出た肉ヒダがまとわりついて、ジュポッ! ジュポッ! と、いやらしい音をたてている。
 キ……キモチいい! でも、な、なんか変だぞ。
 僕らが激しく腰を使っているのに合わせて、洞窟の壁がグラグラ揺れているような。
 地震か? そ、そんなバカな。
 それに、目の前を黒いものがよぎった。これは、コ、コウモリ?!

 いつの間にかそれは、気のせいといえるようなレベルではなくなってきた。
 岩壁が、足元の地面が激しく揺れて、ビリビリとした震動が伝わってきた。
 く、崩れてくる?!
 見ると無数のコウモリが、僕たちのまわりを飛びかって、まるで緊急事態を告げているかのようだ。
「猿楽っ! や、やめんと、そこッ、そこおッ!」
 岩盤に亀裂が入り、細かい石片がパラパラと落ちてきた。
 これって本気でヤバイ?!
 まさか本当に、僕と錦華がSEXしているおかげで、天然の海洋洞穴が崩壊しようとしているのか?!

 それでも、僕は快楽の波に取りつかれたように、腰を振り続けた。
 なぜかやめることができなかった。
 このままだと逃げ送れて、生き埋めになってしまうかもしれない。
 こんな暗い洞穴の奥で、Hをしながら生き埋めになるなんて!
「いいッ! いいわぁ! 猿楽……す、好きや! 好っきやでぇ!」
「ぼ……僕も、錦華さんのこと……! うッ!」
 ドピュッ! ドプッ! ビュルッ!
 彼女の膣内に思い切りザーメンを吐き出したその時だった。
 大きな亀裂が岩壁に走り、頭上にあった、無数の巨大な鍾乳石が、音をたてて崩れ落ちてきて、僕たち二人の上に襲いかかってきた。
 グワラガラガラガラガラ……!!
 コウモリの群れが、狂ったように羽ばたいて、洞窟内をおおいつくそうとしていたのを、僕はボー然として眺めていた……。
  ・
  ・
  ・
 ハッ!!
 目が覚めた。
 ここはどこ?! 僕は誰だ?!
 そうだ! たしか僕は江錦華先生と、海上洞穴冒険に乗り出して、洞穴の奥に入り込んで……そして……。

 僕は、洞穴の中の岩場の波打ち際に身を横たえている自分の姿に気がついた。
 おかしいな? 洞穴が崩れて、僕らは生き埋めになったんじゃなかったのか?
「どないしてん? 猿楽」
 かたわらには、妖艶な微笑をたたえた江錦華が、何事もなかったかのように膝をかかえて座っている。
 僕は身体を起こして、あたりを見回した。
「あれ、錦華先生? 僕達たしか二人で洞穴の奥の横穴に入って……」
「横穴? 横穴なんてあらへんがな。夢でも見たんちゃうか?」

 たしかに彼女の言うとおり、僕たちが寝そべっている岩棚から先は、それほどの奥行きもなく、横穴などどこを見回しても存在しない。
潮が満ちてくれば水没してしまいそうなスペースである。

「それとも、うちの穴にでも突入したいんか?」
 下卑た冗談に、しかし僕は笑えなかった。
 江錦華はおかしそうにくすくすくすと笑った。
「猿楽、あんたボートから岸に上がるときに、ひっくり返って頭打ってな、そのまま今の今まで気ぃ失っとったんやないか? 心配したで」
「??????」
 そんなバカな?!
 僕は射精の有無を確認しようとして、自分の海パンの中をのぞきこんだ。
 とたんに僕の頬に、江錦華の平手打ちが飛んできた。
 バシィッ!!
「な……何を?!」
「おっと、動かんとき」
 彼女は、僕の背中に手を回すと、首筋にへばりついていた何か得体の知れないモノをつまみあげた。
 げっ! いつのまにか、でかいナメクジのような生物がヒルのようにはりついていたらしい。気がつかなかった。

「これはナマコの一種や。微弱やが神経性の毒素を分泌しよる。
うっかり刺されると、人によっては、失神したり、錯乱したり、幻覚を見たりすることもあんねん。
気ぃつけた方がいいで。くっくっくっくっ……」

 僕は思わず自分の首筋をなで回した。
 江錦華の含み笑いを聞いた時、僕は心底ぞっとして、もう二度と彼女の色香には迷うまいと決心したのだった。自信ないけど。

        ―――――

 沖合いの小島の磯の白砂に……さながら巌流島の武蔵と小次郎のように、対峙する水道橋先生と、キャシー竹橋さん。
 トップレス状態の私一人を蚊帳の外に、いま熱い戦いが繰り広げられようとしていますわ。ああ、私どうやってビーチまで帰りましょう。

 お互いの間合いをはかり、ジリジリと間隔を詰めました。
 今度はキャシーさんもうかつに踏み込むような真似はいたしません。
 殺気がみなぎり、一陣の風が決闘場を吹きぬけたと思った瞬間!
「イヤ――――――ッ!!」
「キエ――――――ッ!!」

 裂帛の気合をこめて、二人が同時に動きました。
 お互いの命が激しくぶつかり合う接点に向けて!
「肉を引き裂き骨を断つ! 一撃必殺の極星十字拳!! 受けてみな!!」
 ああ、キャシーさんの必殺技が炸裂するのでしょうか? それとも……。
 次の瞬間、二人はお互いの身を躍らせ、激しく空中で交錯……!
 一瞬の後、二人の体は入れ替わり、それぞれの岩場にハッタと着地しました。
 そして、まるで時間が止まったかのようなしばしの間……。

 ハラハラドキドキ……!
 どちらが勝ったんですの?!
 私には二人の技をとても見切ることができませんでした。
 達人同士の勝負は一瞬で決着がつくと言われていますわ。
 でも、二人のどちらにも傷ついてほしくない。

「手ごたえあり」
 手刀を胸の前で交差させ、ニヤリと会心の笑みを浮かべたのはキャシーさんですわ。
 すると、この勝負の行方は……どうなったのでしょう?

 私は先生のほうに視線を移しました。
 ふっふっふっふっ、と肩が少し揺れているのが見えました。
「いやあ、わしとしたことが思わぬ不覚。
 今日のところは素直に負けを認めようじゃないか」
 こちらに背中を見せておられました水道橋先生が、くるりと振り向きますというと、
 その拍子に、その、何ですわ……水道橋先生の、おフンが……!
 おフンドシが、はらりと下に落ちて、あとには……先生が全裸で仁王立ちになっておられました!

「キャ―――――――――ッ!!」
 今のは私ではなく、キャシーさんの悲鳴ですわ。

 何ということでしょう。先生の腰からお股にかけ、しっかりと巻かれていたはずの六尺フンドシ(ああ、私としたことが何というはしたない単語を連発して……)が、おそらくキャシーさんの必殺技によって鮮やかに断ち切られ、ずんばらりとはずれてしまったのですわ。
 でも堂々として、隠そうともなさらないところが男らしいですわ。

 え~~と、なぜ私が瞬時にキャシーさんほどの衝撃を受けなかったかというと、眼鏡をしていなかったので、はっきりとは見えていなかったからですわ。
 チッ! 眼鏡をかけてくるんでした。
 でもそれでも、焦点が合ってくるにつれて、先生のモノは否が応でも、近眼の私でも十分なほどの巨大さとリアリティをもって迫ってきたのです。
 それでは私も遠慮なく、

「キャ――――――――――――――ッ!!」

 先生の股間の男性器は、平常の状態(!)であるにもかかわらず、何と表現すればいいのか、それはそれは衝撃的に大きかったのです。
 潮風に吹かれ、海水に洗われて、赤黒く光るナニ……いえ、男性器はさながらバズーカ砲のような偉容を誇示しておりました。

 あらいやですわ。私、つい医者の性が出て、描写してしまいましたわ。

 さすがは先生、少しもあわてず騒がず、恥じ入る様子もなく、
「いやあ、しまったなあ。まいったまいった、はっはっは」

 対照的にキャシーさんはすっかり取り乱しているのが見て取れました。
「バ、バ、バ、バカヤロウ! お、おかしなもの見せやがって!!」
 そう言って強がってみせるのとは裏腹に、完全に動揺しているのが見てわかりました。
 残念ながらこれ以上の戦闘続行は不可能ですわね。
 するとキャシーさん、真っ赤になって私のことを指さして、
「美紀! 胸! 胸!」
 あら、いけない。隠すのを忘れていましたわ。

 つまるところ私もキャシーさんもあまりの衝撃の大きさに、ただボー然としていたのですわ。
 海鳥が私たちの頭上でくるりと輪を描いていましたのが、まるで別世界の出来事であるかのように思えた昼下がりでした。
 そういえば、私のバストが丸見えになっていたのに、先生にはいっこう感じたご様子のないのが、少し哀しかったですわ。

 見るといつのまにか、私の水着のブラが波打ち際に打ち寄せられ、ぷかぷかと浮かんでおりました。
  ・
  ・
  ・
 さて、その夜のことですわ。
 すぴ――っすぴ――っ、と旅館の三人部屋で布団にくるまって、安らかな寝息をたてて熟睡している小川もと子ちゃんのかたわらで、悶々とした夜を送る私とキャシーさんのしどけない姿がありました。
 何度も寝返りを打ち、浴衣の帯もずれてしまって。
「なあ、美紀よ……起きてるか?」
 キャシーさんが寝苦しそうに声を出しました。
「起きて……ますわ」
 すでに時計の針は午前零時を回っていたと思います。
 キャシーさんは、天井を仰いで思い切りため息をつきました。

「野郎のキンタマなんざ、珍しくもねえけどよ、あんなすさまじいモノは初めて見たぜ。
今夜は眠れそうもねえよ……」
 最後の方はほとんど泣き声ですわ。

 私だって、診察でイヤになるほど男性器ぐらい見ましたし、大学にいた時は献体の陰茎部の解剖だってやりましたわ。
 でも……昼間のことは、特別ですもの。
 私、まだ胸のドキドキがおさまりませんわ。
 どうでもいいですけど、キャシーさん、布団にくるまって、さっきから何をごそごそしていますの?
 変なリズムで布団が揺れていますし……なんか悩ましい声も聞こえてきますし。
 まさか、こともあろうに所長を……お、お、お、おカズになんて……。
 ダ……ダメです! ぜったい許しませんわ!

 でも、そういう私も、身体の火照りをどうすることもできませんの!
 まるで先生のショック療法にあてられてしまったかのように。
 知らず知らずのうちに、指がおマタの方に伸びて、自分で自分のいちばん熱い部分を刺激せずにはいられませんの!

 ついつい、イメージを膨らませてしまって……。
 ああ~~~~~~ん!!
 いやああああ~~~~~~ん……ですわ!

 海辺の旅館の夜は更けてゆくのであった。

< 終わり >

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