男の子の夜が怖くなる 第五夜 好きでもない女の子にも…

第五夜 「好きでもない女の子にも…」

 ここは、都内にある厨学と高校がいっしょになった私立の男子校で、それも意外なほど静かな環境に建てられている学校である。
 わけでも、少し変わった特徴なのは、美男子の非常に多い学校と言われている。実際、スポーツなどでは名前を上げていないのであるが、どちらかといえばおとなしく、外見も色白で、制服を着ていなければどことなくいっしゅん女の子みたいな男の子の多く通っている学校だった。
 駅やバス停からもだいぶ遠い場所にあるのも、あまり人目にふれさせないような環境を作るためであるが、近所にほかの学校は全く見当たらないところで、美男子が多いという話を聞いて、遠くから女子学生たちがわざわざ来て「品定め」をしていることもあるという。
 学校からの木陰に囲まれた帰り道を、足ばやに片手にかばんを抱え、背中に腰まで届いている黒髪を揺らせながらひとりの男子学生が歩いていた。この日で中間試験が終って、気候の暑さもあってすでに制服はワイシャツ姿だった。ことし、高校二年生になった利佐矢といって、女の子でもそんなに伸ばしている者は余りいないかもしれないその自慢の黒髪は、厨学に入学してからずっと切らないで伸ばし続けており、背も高いほうであるから腰のベルトあたりにかかるぐらいなら80センチぐらいはあるようだった。学校の校則で、茶髪などの色染めやちりぢりのパーマ、またいわゆる剃りこみなどは禁止されていたなかにあって、長髪にすることは許可されていたのであった。そのため、この学校には彼のように髪の毛を長くしている者も多く、全学生で平均して肩ぐらいまではあるという。うち、入学したての一年生は短髪であるから、だいたいみな伸ばし、高校生だけに限ると胸ぐらいまで伸ばしている者も半分ぐらいいるようである。なお、中高一貫の学校で、高校からの中途入学はできないし、また勉強のレベルも高く、入学試験も難しい学校である。
 ただし、髪を伸ばせても通学中また校内では、かならず黒いゴムで一本にうなじのところでしばっておくというのも規則になっている。おとなしい学生の集まりで、こうした厳しい校則には文句を言うものもまずいなかった。むしろ、髪を伸ばしたいという男の子にとっては、それだけができるのならと志望して、あとのことはきびしくてもかまわなかったのである。帰宅してからは、もちろんその髪の毛をほどいて、いま歩いている利佐矢のようにゆったり背中にひろげたり、女の子のまねをしてポニー・テールや三つ編みなどのおさげにしたりする者も多い。利佐矢も、三つ編みができるくらい伸びてからは、夜中に寝る時はかならず女学生のような二本の三つ編みにして毎朝を迎えていた。最初は母親に編んでもらっていたが、のちに自分で編んだりするようになっていた。
 この美しい黒髪に、ひそかに毎日のように追っている少女がいた。追っているといっても、ストーカーのようについていくというわけではなかった。毎日の通学で同じ時刻に帰ると偶然目にするので、いつのまにか気にするようになっていただけである。奈美佳という、小柄な、利佐矢と一学年下の高校一年生で、場所は利佐矢の通っている男子校とは全く遠くはなれた女子高校に通っている少女だったが、利佐矢とは逆に髪形をおかっぱのショートカットにしていたのだった。しかし、住んでいる家は非常に近かった。ただ、利佐矢も最近、引っ越して来たばかりなので、利佐矢のことを知っている者も当然近くにはいない。そしてもちろん、奈美佳のほうからは気にしても、利佐矢の眼中には奈美佳は全くなかった。髪の毛を伸ばしているように、やはり好きな女の子のタイプは髪の毛を長くしているほうだったから、奈美佳の片思い同然であった。

 ある交差点のかどにいて、女子高校のセーラー服を着た奈美佳が、利佐矢が来るのを待っていた。
「もうそろそろ来る頃だわ。よし…」
 と、いっても、奈美佳はべつに利佐矢を誘うわけでもなかったし、なにかプレゼントでも渡そうとするのでもなかった。ただ、利佐矢が通りがかれば胸をときめかせようとするだけだった。
 ところが、その時より先に奈美佳に後ろから声をかけた者があった。奈美佳と同じ少学校と厨学の同級生の伊久代だった。こちらは、肩すれすれ程度の髪の長さがあり、髪の量が多くて三つ編みはできないストレートでセミロングの黒髪である。共学の公立高校に通っていて、制服ではなく、Gパンをはいていた私服姿であった。
「奈美佳じゃない」
「うあ!」
 いきなり声をかけられたから、奈美佳もおどろいて、しかも片手に持っていた文庫本サイズのような書物を落してしまったのである。それも、奈美佳にとって運の悪いことに読んでいたページのところが見開きになったまま、地面にべったりついていたのである。そして、伊久代がすぐそれを拾って読んでしまった。
「なあに、奈美佳ったら、こんなの読んでんの」
「ああっ、ちょっと、それ」
「なになに?髪の毛を長くしている男はどういう女を好きかといえばって、あんたなあに?長髪の男なんかが好みだったのお?」
「伊久代、読まないでよ、それ」
 ところが、そのとき、奈美佳が期待していたことが、悪いタイミングで起こってしまった。奈美佳が目当てだった利佐矢が通りがかってしまったのである。しかも、いつもは髪をひとつに束ね、以前にはときどきほどいてなにもしばらずにほどいてたことがあったが、この時は前髪をふたつに等分してそれぞれ耳のあたりに黒いゴムをたばねて後ろの髪といっしょに背中へおろしていたのである。そのため、髪形を変えていた利佐矢の姿を見た奈美佳はよけいにぼおーっとなったのである。その奈美佳に、伊久代が小声で話しかけた。
「うふふふ、奈美佳、あの男の子なんじゃない?あんたのお目当ての子」
「えっ?や、やだあ」
「すごく顔が赤くなってるわよ」
「伊久代、やめてよ」
「うふふ、いいじゃない。すごいからだつきもかっこいいし、いまいっしゅん見たけど、顔もほっそりしていてきれいだったわねえ。こうなったら、追いかけちゃったら」
「そんな、ストーカーじゃない」
「あーら。とっくにあんたのやってること、ストーカーよ。ここで毎日待ち伏せしているの、あたし、以前からずっと見ていたのよ。さあ、こんどの同窓会たのしみね。このこと言いふらしちゃおうかしら」
「伊久代、おねがいよ、このこと、誰にも言わないでよ」
「じゃあ、あたしといっしょに今から行くのよ」
「ええっ?どこへ」
「決まってるわよ、あの男の子の家、じつはあたしと同じマンションに住んでるの。最近、引っ越して来て、ずいぶん髪の毛が長くて女の子かと思ったら、男の子だったわ。学生服着て初めてわかった」
「そんな、急に行って、どうするの」
「あんたの気持ち伝えてやるわ。だいじょうぶよ。ちゃんとおつきあいできるようにしてあげるから」
「だって、相手がわたしのこと、興味なかったら…」
「来ないの?じゃあ、こんどの同窓会…」
「わかったわ、行く」
 弱みを握られた奈美佳は、結局、伊久代のいうとおりにするしかなかった。

 奈美佳は伊久代に連れられてきたマンションに入った。
「彼の家は5階よ。ひとりっ子でお母さんも会社に行ってなんか偉い地位にいるそうよ。だから、彼ひとりしかいないはずだわ」
 エレベーターを降りて、伊久代が奈美佳の手を引いて、利佐矢が住んでいる部屋のある玄関に近づいていた。すぐに奈美佳がイヤホンを押した。
「ちょっと、伊久代、もう、いきなり呼び出すの?」
「行動は思い立ったらすぐやるものよ」
「伊久代ったら」
 奈美佳にとっては、心の準備もまだできていないという感じだった。
 しかし、何度か押したが、玄関のドアは開かなかった。
「帰ってないみたいね。それともまた出かけたのかしら。いいわ、あたしの部屋に行きましょ。一階下だから、あたしも両親が働きに行って、いま誰もいないしね」
「わかった。でも、これからどうするの?帰って来るの、待つの?」
「奈美佳はあたしの部屋で休んでて、来たら知らせるから」
 やはり、伊久代のいいなりになって、奈美佳は伊久代についていって、伊久代の部屋で待つことにした。

 奈美佳を留守番させた伊久代は、階段とエレベーターが近くにあるところまで来て、一階上のエレベーターがあいて誰かが出て歩いている足音を聞いた。伊久代がそのあとを追うと、まだワイシャツの制服姿の利佐矢で、髪形も先ほどと同じ前髪を分けて耳もとでしばったままだった。さきほど、奈美佳と会った交差点で目の前を通りすぎてから、どこか途中に寄ったようである。事実、かばんのかげに近くの百円ショップの店らしいビニール袋を抱えていたので、そこでなにかを買っていたようだ。
「やっぱり、買い物をしてたんだわ。それにしても、すごい長くて多い髪の毛、制服着てなければ、やっぱり男に見えないわ。うふふふ」
 とつぜん、伊久代は不気味に笑いだして、目を赤く光らせた。足音をたてずに歩幅をあげて近づき、利佐矢が玄関の扉をあけて入ろうとする瞬間、黒髪に覆われている背中の上に、すばやくとびついたのであった。
「きれいなかおりね。奈美佳にはもったいないかも、でも、いいわ」
 敷居に上がると、利佐矢の背中から、いったん伊久代は後ろにおりていった。利佐矢は自分の部屋に行ってかばんを置き、百円ショップで買ったものを入れた袋を抱えながら三面鏡のある洗面所に入っていた。私服に着替える以前に、先に自慢の髪の毛をとかすようだった。利佐矢には、伊久代が背中におぶさっていたこともずっと気づいていなかった。なにか重いものが後ろにとびついたという感覚は少しだけあったが、髪の毛をとかせばわかるだろうと思って、そのまま洗面所まで歩いたのである。
 まず、左右の前髪にゆわえていたちょうちょ結びの黒いゴムを髪の毛からほどいて、ゴムは輪にしたままそれぞれの手首に巻いていた。そして、洗面台から女もののくしを取り出し、鏡を見ながらていねいにブラッシングを始めていた。
「見ていると、ますます女の子みたいね。あんな、『ひみつのアッコちゃん』にあるみたいなコンパクト持っていて、呪文でも唱えて化けるのかしら」
 伊久代も、やや利佐矢の行動におどろいている感じだった。
 百円ショップの袋から取り出したのは、ふたつの白いゴムのついた小さなリボンだった。さきほどの黒いゴムをゆわえた位置より少し下のほうで、耳のうしろにまとめたところにとめたので、前の方から見ると少しだけしかリボンが見えないようになっていた。先に両方とも前髪をまとめると、その髪をこんどは三つ編みに結いはじめていた。
「やだ、あいつ、明らかに女装じゃない。ひょっとして、制服脱いだらスカートでもはくのかしら」
 伊久代も、利佐矢の髪をまとめる姿を見て、だんだんと興奮してきたようである。
 三つ編みに編んだ先にさきほどの黒いゴムをふたたびはめて、後ろにおろし、もういっぽうの前髪も同じように編んでまた後ろにおろした。ようやく、まず髪の整理が終ったようで、制服のズボンを初めてぬぎだした。ワイシャツもぬいで半裸状態になったところで、となりにある便所に動きだした。だれもいないと思って便所の扉を開け放しにしながら、すぐにトランクスの穴から性器をとりだして洋式の便器に向け、用をたしにかかった。
「ほほほほ、髪の毛は女の子みたいになっていても、からだは立派な男だわ」
 うしろで見ている女の子がいるともしらず、しかも半裸のまま立小便をしていた利佐矢は、用を足し終って性器を振り、液が出つくしたことをたしかめて性器を元に戻そうとしたその時に、利佐矢は左側の三つ編みにした髪の毛を引っぱられた。
「わあっ、なに?いたーい」
「うふふふ」
「あっ、この手、だ、だれ?」
 腰の右側からは、するするっと腕が伸びてきて、利佐矢の性器をわしづかみにしてしまった。利佐矢の家に忍び込んでいた、伊久代の手だった。そして、初めて利佐矢に向かって伊久代が声をかけた。
「ほらほら、もっと、興奮して精液もだしなさいよ」
「や、やだ、女の子なの?どうして。あっ」
 後ろを振り向こうとすると、たしかに誰かがいることが、利佐矢には初めてわかった。
「気づいたわね」
「ちょ、ちょっと、離して、やだ」
 利佐矢は、自分の性器を握っている伊久代の手首をつかんで振りほどこうとしたが、なかなか伊久代は利佐矢の性器を握ったまま手放さなかった。伊久代がそのまま、利佐矢のクリトリスに刺激を与え始めたため、ぼっきして、とうとう精液もとびだしてしまい、やっと伊久代も手を離した。
「うふふふふ。あたしのいるのにやっと気づいたわね」
「ど、どういうこと?会ったこともないと思うのに、いつのまにうちに、どうやって入ってきたの?ぼくになんの用なの?」
 もはや、半裸になってしかも小便をしている場面や性器も見せてしまい、利佐矢は恥ずかしいという思いもなく、おどろいてあぜんとしているだけだった。それでも、顔は赤くなっていた。
「用はべつにないの。あたし、あなたに興味を持ったのよ。あなたのこと、ひと目で見てお友達になりたいと思ったの」
 すぐに、伊久代は、半裸になって性器をトランクスに戻している利佐矢の身体に迫ってきた。便所で、洋式の便器を背にしている状態である。
「あ、あの、待ってよ。ぼく、女の子は苦手なの。ほら、こんな女の子みたいなぼくのこと、追いかけてもしょうがないでしょ。すごく弱いし」
「うふふふふ。そのきれいに編んだ長い髪の毛が気に入ったわ。そのながい髪の毛が好きだって言っている女の子がいるのよ。その子の恋人になってあげてほしいの」
 利佐矢は、なるべく女の子のことを傷つけたくないと思っていたので、怒ったりすることはしなかった。
「えっ?わかったから。そんなに脅迫しなくても、あなたたちとお友達になるから。だけど、その、いやらしい、へんなことはやめて」
「ふふふふ。おびえてるわね。でも、からだはしょうじきね、ほら、おちんちんまた立ってるわ」
「えっ?やだ」
 利佐矢は、伊久代の攻勢にたじたじとなるだけだった。
「ほんとうは、女の子とエッチなことがしたいんでしょう。あたしたちも、やりたいのよ。ふふふふ。あなたを、夢の世界につれていくわ」
「いや、ごめんね。ほんとうにいやなの。あなたのこと、ぼくの好みじゃないし」
「わかってるわ。あたしはあまり髪の毛が長くないし、髪の毛を長くしているあなたはやっぱり女の子も長い髪の子が好みということ。でも、あたしは自分のことを好きじゃない男の子でもむりやりせまるのよ。とくにあなたのような男の子を襲うの、快感よ」
「やめて、ほんとうに、はっ」
 伊久代がついに目を赤く光らせていた。そして、口がカパッと大きく開いていた。伊久代の正体は、恐ろしい吸血鬼だったのである。
「くくくく」
「うわあーっ!」
「もう、あたしからは逃げられないのよ」
 便所のなかで、利佐矢は洋式の便器のほうに後ずさりをしていたが、伊久代の目ににらまれて動けなくなった。伊久代が利佐矢の身体の正面にとびつき、利佐矢は便器の上にたおれた。
「ああっ!」
「そのきれいな髪の毛、便器について汚れないようにあげておくわ」
「ううっ!いたい」
 伊久代は、利佐矢の腰まである三つ編みをした二本の前髪ごと背中にかかっていたすべての髪を片手でわしづかみにしていた。もういっぽうの手で、伊久代は利佐矢のトランクスをはいで、性器をまさぐりだし、とうとう自分のちつに挿入させてしまった。
「おほほほ、これであなたも童貞喪失ね」
「や、やだ。たすけて」
「いやでも、だんだんいやでなくなってくるのよ。きっとあたしのこと、好きになるわ。ふふふふ」
 いやいやをしても、もうどうにもならなかった。もがく利佐矢の首に伊久代は噛みつき、鋭い牙をさして血を流させ始めた。
「う、ううっ」
「くくくく。あなたも、もうすぐ吸血鬼になるのよ。あたしも、同級生の男の子で髪の毛を胸のあたりまで長くしている子がいて、その子を追いかけたら逆に襲われて吸血鬼になったの」
「ああ、ううん」
 ストレートのセミロングのヘアーを何度も揺らしながら、伊久代は利佐矢の首から血を何度もちゅばっ、ちゅばっとなめて吸い続けるのであった。髪の毛をわしづかみにされながら、利佐矢は女の子のように悶えた声を出し続けていた。
「おほほほ。さあ、あなたはあたしのおもいどおりに動くのよ。まず、あたしの部屋で待っている奈美佳のところへ行って吸血鬼にしてくるのよ。うふふふ」

< つづく >

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