Tomorrow is another 第五話 観点

第五話 観点

「ん……」
 目蓋を開き、その行為によって、自分が眠っていたことを知る。
 見覚えのある風景に、自分のいる場所が、保健室のベッドの上だということをすぐに察した。
 白いカーテンの眩しさに目を細めながらも、どうして自分が横になっているのかを考える。
「…………」
 数秒かけて、思い出した。
 ……あの野郎。
 どうして俺がこんな目に合わされなきゃならない?
「あ、起きた起きた」
 声のした方を見ると、右隣のベッドに腰掛けていた菜緒が立ち上がり、心配そうに俺を覗き込んできた。
「具合はどう? どこか痛むところはある?」
「……頭が痛いな」
「そりゃそうだ」
 くすっ、と忍び笑いをして、真顔になる。
「冗談は抜きにして、どれくらい痛い? 病院行った方がいいくらい?」
「いや……そこまでするほどでもない」
 俺はベッドから身体を起こし、痛む部分に触れた。耳の上辺りの側頭部。じんわりと痛みが広がっていくが、それだけだ。気絶したのは、おそらく脳震盪か。当たり所が悪かっただけだろう。
「俺、どれくらい気絶していた?」
「んー……、保健室に運び込まれてから、十分も経ってないかな」
 十分か。大した時間は経ってないな。
「山崎……ごめんね」
「は? なにがだよ」
 どうして菜緒が俺に謝ってくるのかわからず、聞き返す。
「ミーちゃんのこと」
「ミーちゃん?」
「津村道子。愛称でミッチーとかミーちゃんとか」
「ああ、あのクソ女のことか。……次に会ったらぶっ殺す――」
「ええっ!?」
「――まではいかなくても、2、3発は仕返しに殴りてえ」
 実際に殴るかどうかはともかく、気持ち的にはそれぐらいしたっていいと思っている。
 思い出すと、あの時の怒りが今になって湧き上がってきた。
「なんなんだ、あの凶暴な女は! 人を見かけりゃ誰彼かまわず襲いかかるどこぞの人食い族か!? 桜ノ宮の平和とカニバリズム撲滅のために、今すぐ抹殺することをここに提案するぞ」
「却下。……だから、ごめんって言ってるじゃない」
 そういえば、どうして菜緒が謝る?
「さっきから、なんでお前が謝るんだよ。関係ないだろ?」
「関係あるよ。ミーちゃんはあたしの親友だもん。それに、ミーちゃんがあそこまで敏感にあの娘のことを気にかけてるのも、なんか分かっちゃったし」
 そう言って、困ったように、寂しそうに微笑んだ。
 いつもクラスの中で女子の中心になっている明るさや、俺や進吾、寛一とやりあっているときの元気も、どこにもない。
 気弱な笑みを浮かべている、静かな少女がそこにはいた。
 俺から目を逸らしたその少女は、唐突にとんでもないことを言い出した。
「あのね、あの留学生の娘、死んだ幼馴染の娘に似てるんだ」
「…………」
 そこで死人の話が出て来るのか。
 こういう話は――はっきり言って、苦手だ。
 その場に降りた重い空気の中、菜緒は話を続けた。
「愛美ちゃん……マーちゃんって呼んでた。昔から、ミーちゃんは元気が良くて、あたしは臆病で内気、マーちゃんは少しとぼけた女の子だった」
 菜緒が臆病で内気? 何の冗談だ――そう思ったものの、今は茶々を入れる場面ではないだろう。俺は黙って聞いていることにした。
「ミーちゃんはあたし達3人の中では一番しっかりしていたから、いつの間にか私達2人のお姉ちゃんみたいになっていて、よく守ったり庇ったりしてもらってた。だけど――」
 はぁー、と深く息を吐く。
「――ミーちゃんの目の前で、マーちゃんは電車に跳ねられて……。ミーちゃんはその事をすっごく悔やんでいて、事故があってからしばらくは、ずっとふさぎこんでた。今でこそ元の元気なミーちゃんに戻ってるけど、それでも時々あの時のことを思い出してるみたいで、そのたびに泣くの。留学生の娘の喋り方というか、雰囲気というか、あのどこかのほほんとしていて話が噛み合わないところとか、マーちゃんに凄く似てるんだ。きっと、ミーちゃんは彼女にマーちゃんを重ねて見てる。あの時、山崎にボールを投げつけたときの顔、山崎は見れなかっただろうけど、あたしには怒っていただけじゃなくて、怯えていたようにも見えた。きっと、ミーちゃんを守れなかったことを、彼女を守ることで償いたい、って考えているんだと思う。だから――」
 だから、あいつを許せ、ってか。
 他人を代替にして、取り返せない失敗をやり直した気分に浸ろうっていうのか。
 まったく――耳の痛い話だな。
 俺はいつも、あの時の失敗は繰り返さないとか、あの時と同じ後悔はしないとか、そんなことばっかり考えている。だから、津村の気持ちもよくわかった。
 共感は、そのまま同族意識を呼び起こす。そういうものに俺は弱い。
 自分でも単純だと思う。だが、それだけでさっきのソフトボールの直撃は、許してやってもいい気持ちになっていた。
 だからといって、素直にそれを言って津村が許された気持ちになるのは面白くないので、黙っておくことにした。
 俺は深く息を吐いて、話題を変えた。菜緒が津村のことを話していて、気になったことがあったのだ。
「なあ、菜緒。一つ言っとくけどな、そういう話はあんまりしない方がいい。そういうプライベートな部分を他人にバラされるなんて、俺だったら幻滅ものだぜ。親友と思ってるんだったら、尚更だ」
「もちろん。こんな話、他の人に話したのなんて初めてよ」
「初めて、ねえ……。俺にバラしてるあたり、その初めてっていうのも信憑性が薄いな」
「そう? これでも山崎のこと信用してるから話したんだけどなあ。山崎って優しいから、こういう話を聞いたら放っておけなくなると思ったんだけど?」
「は? 俺が優しいだあ?」
 我ながらすっとんきょうな声を上げながら、呆れて否定する。
「俺のどこが? 俺に優しさなんて期待するな。期待外れだったからって、悪いのは勝手に期待したお前自身なんだからな」
 俺って結構冷たいし、情け容赦ってものがない。菜緒は知らないだろうが、進学するまでは学内じゃ俺の荒れっぷりは有名だった。今でも噂くらいは聞いていそうな物だと思ってたんだが。最近は大人しくしてるし、勘違いするのも無理はないかもしれないが、どちらにしても迷惑な話だ。
「とにかく、変な期待だけはしないでくれよ」
「はいはい、分かったわよ」
 そう言いながら、菜緒はニヤニヤしている。……気持ち悪いな。

 ガチャ

 ドアが開き、誰かが保健室に入ってきた。ベッド周りのカーテンが引いてあるため、誰が入ってきたのかは分からない。
「あー、駄目。やっぱり駄目だって。ね、パウパウ、いいじゃんあんな奴なんてほっとけばさあ」
 一人は、情けない声で懇願している様子。
「ロんな理由があったとしても、あんな事をして謝らないのレしたら……津村さんを嫌いになってしまうのレすよ」
 もう一人は、にべもなくその懇願を跳ね返している。
 誰が入ってきたのかは、見なくても声と会話内容で知れた。
「さっきの話の続きだけど」
 菜緒が小声で、俺の耳元に唇を寄せた。
「山崎には知る資格があるよ。だって、マーちゃんの恩人だもの」
「俺が?」
 恩人ってことは、その死んだ幼馴染って奴を助けたことがあるのか? ……さっぱり記憶にない。
「ね、山崎、お願いね」
 俺の疑問の声を無視して、菜緒が肩を叩いてウィンクすると、カーテンの外へ出て行った。すっかりいつもの明るい菜緒に戻っている。
 カーテンの外側から、賑やかというよりもかしましいやりとりが響いてくる。
「ほーら、ミーちゃん! いつまでも駄々こねてないで、さっさと謝っちゃいなよ」
「ちょ、ちょっと菜緒ってば――引っ張るのやめな! 自分で行けるって!」
「本当に? 彼女がいなかったら逃げてたんじゃないの~?」
「はい、間違いなく逃げていたのレすね。ここまで連れて来るのも大変ラったのレすよ」
「やめてやめて! 嫌だって、ちょっと2人ともぉっ!」
 カーテンの中に、両腕をそれぞれ菜緒とパウに掴まれた津村が、情けない顔をして入ってきた。
 俺と目が合って、見る間に嫌そうな顔になる。
「あんた……もう起きてたのぉ~?」
「……なあ、こいつ殴ってもいいか?」
 俺が無表情で告げると、菜緒とパウが同時に首を横に振った。
「ミーちゃん、山崎に言うことがあるでしょ」
 小声で告げながら、菜緒が津村の脇を肘でつつく。
 津村は視線を右へ左へと泳がせて俺を見た後、そっぽを向いた。
「一生目覚めてくれなくてもよかったのに」
「……やっぱり殴ってもいいよな?」
 ふるふる、とやはり2人が首を横に振る。
「津村さん、私と約束をしたじゃないレすか。約束を破るのレすか?」
 パウが小声で説得する。
 津村は眉をひそめ、低い声で唸った後、一言。
「……次は、確実に息の根を止めてやる」
「よーし殴ろう」
 ベッドから降りようとする俺に向かって、ぶるぶるぶるぶると猛烈な勢いで首を振る。
「津村さん! ロうしてきちんと謝ってくれないのレすか!」
「ミーちゃん! いくらなんでも今回のことはミーちゃんが悪いよ!」
 両脇からの非難に、津村が辛そうな顔で抗議する。
「だって、あれだってパウパウがいじめられていたから助けようとしただけで――」
「私はいじめられたなんて思っていないのレす」
「うっ」
 パウに助けを求めても無駄と分かったのか、今度は菜緒に同意を求める。
「だ、だけどさ、あの場面を見たら誰だってそう思うじゃない?」
「あたしは一部始終を見てたけど、山崎はいつも通りにしていただけだよ。それよりも、彼女がいじめられてない、って言ってるんだから、ミーちゃんの勘違い、早とちりってことじゃない。それで気絶までさせられた山崎はいい迷惑だよ。ねぇ?」
「おう」
 菜緒の同意を求める言葉に、大きく頷く。
「くっ……そっ。パウパウと菜緒を味方につけていい気になってるな……?」
 悔しそうにうめく津村に、俺も溜飲が下がっていく。
 菜緒の話を聞いたせいもあって、さっきのデッドボールに関しては津村のことを許してもいいような気分になっていた。
 だが、新たに湧いた怒りに関しては、どうしようもあるまい。
 こいつに反省する気が微塵もないということは、ほんの数分のやり取りで十二分に理解できてしまっている。
 ちょっとした思いつきだった『仕返し』という言葉は、今では俺を誘惑してやまない甘美なアイディアとなっていた。
 多少の仕返しくらいはしないと、こちらの気が収まらない。
 津村のことはよく知らないが、パウにこだわっていることだけは理解できる。つまるところ、パウを使えば比較的容易く津村をやりこめるわけだ。
 ……ふむ。
「ふー、やれやれ」
 俺は首を回しながら、ベッドから降りて上靴を履いた。
「パウ。お前、買い物に付き合ってくれとか言ってたよな。いいぜ」
 唐突な話題転換についていけなかったのか、パウがキョトンとこちらを見た後、
「ああ、はい。ありがとうございます」
 理解して、お辞儀をした。
「なんの話だよ。パウパウ、こんな奴の言いなりになっちゃ駄目だって。犯されて殺されて埋められちゃうんだかんね」
 予想通り、津村が食いついてきた。
「俺はどこぞの猟奇殺人犯か。悪趣味な悪口だな。第一、誘ってきたのはパウの方だぞ。なあ?」
「はい、そうなのレすよ」
 それを聞いて慌てる津村。
「パウパウ、そいつを当てにするのだけはやめなさい! 買い物ならあたしが付き合ってあげるから。ね?」
 おお、焦ってる焦ってる。内心ほくそ笑みながら、続けざまパウに声をかける。
「んー? そうか、津村が行くんなら俺はいいか。じゃ、パウ、買い物ついでに俺の晩飯も買って来てくれな」
「はっ。なんでわざわざあんたの餌を買わなきゃいけないのさ」
 津村はパウが断ることを見越して言っているようだが、それは甘い。
「それもいいのレすけど……毎日ああいう物ばかり食べると、摂取栄養が偏ってしまうのレすよ。体に良くないのレすね。拓真さんさえ良ければ、食事の支度をさせてもらいたいのレす」
「おっ? そいつはありがたいな」
 予想外の申し出に、俺は快く了承した。
 なにせ、パウは俺の家にホームステイしているのだ。当然のことながら、特に衣食住の会話に関しては、否定的な感情論など俺とパウとの間に割って入れるはずもない。
 いや、俺は一人暮しだから、ホームステイよりも同居とか居候って言葉の方が近いか。同棲は……なんかやましい響きを感じるからパス。
 パウの言葉にショックを受けて固まっていた津村だったが、硬直が解けると同時にまくしたててきた。
「パ……パウパウ、何を言ってるの! ダメ! ダメダメダメったらダメだ! そいつの家に行くのだけは止めなさい! 一度入ったが最後、監禁されて調教されて従属させられちゃって、こいつのペットとして一生過ごすことになるかもしれないんだよ!?」
「……ミーちゃん、恥ずかしいよ……」
「お前……そんなこと大声で口にして、恥ずかしくないのか?」
 ちょっと引き気味になりながら、俺と菜緒素直な感想を口にした。菜緒にいたっては、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしている。
 俺なんかよりも、端から見てればこいつの方がよっぽど危ない人間に見えると思うぞ。
「津村さん、そんなことはないのレすよ。現にこうして私は学校に来ているのレす」
「え? どういう――」
 そろそろ頃合だろう。
「さーて、そろそろ帰ろうか!」
 パウの言葉を理解できていない、津村の困惑の声を掻き消す大声で、俺はベッドから腰を上げ、上靴を履いた。
 パウの手を取って保健室から出るべく歩き出した。
「ちょっと! 今の言葉、どういう意味だよ!」
「山崎……なにか隠してるよね? 帰るのは洗いざらい吐いてからよ!」
 すぐ背後から迫る追っ手から逃げるべく。
「おら、行くぞっ!」
「えっ? えっ? は、はいっ!」
 俺は全速力で保健室から逃げ出した。

 校門から出て、無事に逃げ切ったことを確認した俺は、ようやく一息つくことができた。
 ふっふっふ。これで津村は意味深な言葉の意味に翻弄され、しばらくもやもやした気分を抱えることになるだろう。
 ……我ながら、やっすい復讐だな、おい。
「どうして突然走り出したりしたのレすか?」
「気にするな。そういう気分だったんだ」
 いまいち理解できてないらしく、パウは不思議そうに首を捻っている。
「ああ、一応言っとくけど、俺の家で一緒に生活していることは誰にも言うなよ」
「どうしてなのレすか?」
「なんとなくだ」
「そうなのレすか……? いいのレすけど、気になるのレすよ」
 パウは腑に落ちないといった様子で、顔に『?』マークを増やしている。
 寛一が騒ぎ出すのを避ける意味もあるが、津村に気を揉ませるのにも有効だからだ。
 ……ほんっとうにセコいな、俺。
 自分の底の浅さを垣間見た気がして、少々気落ちしながら商店街へと歩いていった。

 桜ヶ丘駅を挟んで、北には昔ながらの商店街、南には数年前に出来たばかりのデパートが、互いに学生客を呼びこむために競い合っている。
 商店街は、なんといっても店の種類の豊富さが売りだ。痒いところに手が届くというか、狭く深くというか、画材屋や金物屋など専門的な店が並んでいる。その他にも食堂やパーラー、ファーストフード店などの飲食店も多く、帰宅途中の学生達が憩いの場として利用している。
 対してデパートは、百貨店の宿命というか、広く浅くをモットーとしており、日用品や食料品など、行けば店内で一通りそろう利便さがある。その他にも銀行や郵便局のATMに最近流行りのシネマコンプレックスも内包している。
 商店街側もデパート側も、客を奪われないよう必死らしいが、客の視線から言わせてもらえば、『近くにあるし、両方ともちょくちょく使ってるけど?』というのが実情だ。
「とりあえず、差し当たって必要なものは……着るものだな」
 道すがら、購入前に何が必要なのか、パウと一緒に相談する。
 パウの持ち物は、会った時に来ていた服と学校関係の物品のみだ。他は全部焼けてしまっている。どう考えても足りない物が数多くある。
「私の食器も欲しいのレすよ」
「そうだな。今まで一人暮しだったから、食器なんて俺の分だけあれば良かったからなあ」
「携帯電話も新しい物を買わないといけないのれすよー。日本に来日した当日に買った思い入れのある品物レしたから、焼けてしまったのはとても残念なのレす」
「そういやパウ。お前、金はあるのか?」
「銀行に私の口座を作ってもらってあるのレ、そこから引き落とせば大丈夫なのレす」
「ふーん。俺も手持ちはあんまり無いしな。まずはデパート行ってATM使わないとどうにもならないか。ま、適当に見ながら行こうぜ」
 そんなことを話ながら、俺達は駅前商店街に到着した。
 放課後ということもあり、商店街を歩いている客のほとんどが学生服姿だ。
 100円均一ショップ、ドラッグストア、ブティック、ランジェリーショップ(この時ばかりはさすがに店の前で待っていた)などを見てまわり、ふと、パウの足が止まった。
「ん、どうした?」
「ああ……」
 俺の声も聞こえていないのか、ふらふらと誘われるような足取りで、一軒の店舗へと近づいていく。
 なんだ? 今のパウの表情は。魂を抜かれた、という表現がピッタリの顔で、自分の意思というものを感じさせないものだ。
 パウの少し後ろをついて歩いていた俺は、その店舗に近づいてようやく知った。
 店の名前は――『森の小人の工芸店』。
 ウィンドウ越しに展示されているのは、木彫り細工の数々。
 気付いた瞬間、パウは店舗の中へ足を踏み入れたところだった。
「まずいっ!」
 俺は慌ててパウを追って店の中へと飛び込んだ。

 結局、陶酔しきったパウを店から引き摺り出すのに、1時間ほどかかった。

「どうも、失礼しました」
「ああ、またおいでな」
 すっかり親しくなってしまった店主らしき老人に会釈し、俺はようやく木の香りから解放された。
「お前……いい加減にしとけ」
 パウの頭を軽くはたく。
 だが、パウははたかれたことにすら気付いていないらしく、すっかり悦に入った微笑を浮かべている。
「うふふ……お金をおろしたら、真っ先にこの店に来て、みんな私の家の子にしてあげるのレすよ――」
「却下だ馬鹿野郎」
「ええっ!?」
 俺の即否定に、ようやく意識が戻ったらしい。カミナリに打たれたようなショックを受けた様子で、俺を呆然と見返してくる。
 俺は嘆息して、告げた。
「俺の家を置物であふれ返す気か。言っとくけど、俺はそんなのは嫌だ」
「あんなに可愛いのに、何をためらうことがあるというのレすか!?」
「いや、お前の価値観を基準に言われてもな……。俺の家に置かない、っつーんなら、別に買ったっていいんだぞ?」
「買うのは一緒に生活するために決まっているのレすよ」
「じゃあ駄目だな」
「そんな……。そんな……っ!」
 愕然とした表情で凍りつき、そのまま膝から崩れ落ちるパウ。地面に手を当て、肩を震わせはじめる。
「新しい家族を迎え入れることも出来ないなんて……こんなにも辛く苦しいことラったのレすね……」
 商店街のアスファルトに、黒い染みがひとつ、ふたつと増えていく。
 木彫りの人形買えないことが、そんなに辛いことなのかよ! しかもマジ泣きしてるし!?
 通りすがりの、華嵐校の制服を着た女子数名が、俺を見て小声で囁き合っている。
 あーはいはい。そーだろーとも、一見しただけなら明らかに俺がパウをいじめている構図だろーとも。
 はぁ……しょうがねえなあ。
 俺は頭を掻きながら諦めの嘆息。
「わかったよ。1個だけなら買ってもいいぞ」
「……本当なのレすか?」
 顔を上げ、鼻をすするパウ。
「ああ。だから泣くなって。な?」
 そう言って、手を差し出す。
「ぐす……はい。ありがとうございます」
 ようやく笑顔の戻ったパウが、俺の手を掴んで立ちあがる。
 やれやれ。
 嫌な予感がしているのだが、こう言うしかないだろう。
 予感――それは、俺の家が木彫りの人形やら置物に占拠される、といったものだ。
「多分、現実のものになるだろうなあ」
「……え? なんて言ったのレすか? 聞き取れなかったのレすよ」
「なんでもない。俺が頑張れば済むことだ」
 俺はかぶりを振って、ハンカチで涙を拭うパウと共にデパートを目指した。

 デパート内にあるキャッシュディスペンサーで金をおろした後、こちらでも物色する。
 携帯電話のメーカーショップで、パウは新しい携帯電話を購入した。ついでと言ってはなんだが、俺も携帯電話を手に入れた。
 今まで必要とも思わなかったのだが、非常時にパウと連絡を取るのに持っていた方がいいだろう、という考えがあってのことだ。
 非常時とは、こいつが迷子になった時であり、例の放火犯の仲間に対しての用心でもある。どれだけ役に立つかは分からないが、無いよりはマシ、といったところか。
 ここでは他にもパウ用の食器の他、パウが料理をするのに使うという調理道具、調味料、料理の本なども買った。それに文房具、バインダー等の学校用品や、服も数着。
 ついでにと言ってはなんだが、下着も購入した。
 この買物には、かなり精神的に疲れさせられた。
「これは可愛いのレすね~。拓真さん、こういうのは好きなのレすか?」
「……俺に聞くな」
 パウは何か気に入ったのがあるたびに、身体に当てて俺に感想を聞いてくるのだ。
「拓真さんが好きなのを選んでくれていいのレすよ。お世話になっている恩返しなのレす」
「こういう形で恩返ししようとすんな!」
「嫌いなのレすか?」
「そういう問題じゃないだろうが……」
 女性客や店員の冷たい視線を一身に受け、パウの下着選びに付き合わされた。これで疲れないという方がどうかしてる。寛一だったら小躍りしそうなシチュエーションなのだろうが、俺は寛一ではないから嬉しくない。できれば彼女となる女の子と、こういうことをやりたかった。
 第一、女性物の下着は家にうんざりするほどあるので、何度か物置を整理している間にすっかり見慣れてしまっていた。そのため下着売り場にいたところで興奮するとかそういったことは一切ないが、それはそれで青春を謳歌する一男子としては枯れているような気がする。いや、別に興奮したい、と言っているわけではないのだが、ふとした寂しさがよぎるのである。
 デパートを出た俺達は、再び商店街へと戻った。こっちでは、先ほど寄ったブティックで目をつけていた普段着や、ゴミ袋やティッシュなどの日用品数点と、パウの要望でもあった木彫り人形を買うためである。
 すっかり太陽も傾き、空は薄暗くなっていた。それでも商店街は未だ学生たちの活気で溢れている。制服姿が減り、私服と背広姿の数が増えたようにも見える。
「あの氷菓子、美味しそうなのレすね」
 パウの視線が向いている方を見ると、ソフトクリームの売店があった。もう十一月も半ばに差しかかろうという季節にもかかわらず、繁盛している様子だった。
「氷菓子って……まあ、間違いじゃないけどな。普通ソフトクリームって言わないか?」
「Oh……,It is called soft ice cream also in English. I have――」
「……悪い、日本語で喋ってくれ」
 そう言うしかなかった。
 英語で何か喋っているが、全く意味が把握できない。
 何度でも言うが、俺は英語の成績はさっぱりなのだ。
 第一、ここは日本なのだから日本語で意思疎通をしろ、と言いたい。
「……あ、またやってしまったのレす。ごめんなさい。英語が元になっている外来語は使わないようにしているのレすよ。使うと頭の中が混乱して、つい英語で言葉を話してしまうのレす。レすから、私は氷菓子と言うのレすね」
「なるほどな。っつーか、今後俺の前では英語禁止な。具合が悪くなってくる」
 英語と関わるなんて、勉強の為だけで充分だ。
「で、どうする? 買うか?」
「いいのレすか?」
「ソフトクリーム買うくらいで、どうして俺の許可が必要になるんだよ。いいから買おうぜ」
 そう言って、売店へと歩き出そうとした時――
「なにしてくれんだ、アァ!?」
 男の罵声がすぐ側から飛んできた。見ると、おかっぱとショートヘアーをした2人組の女子が、チンピラに絡まれていた。チンピラは、白スーツ赤いシャツ、胸元には金のアクセサリーをジャラつかせた、いかにもな姿の金髪男だ。女子の着ている制服は、見覚えはあるのだがどこの学校のものかわからなかった。
「す、すみませんっ」
 おかっぱが頭を下げて謝っているが、もう一人のショートは腕を組んだまま直立している。
「……おい、お前。なんか文句ありそうな顔だな?」
 男が、もう一人の女子を睨みつけている。
 俺の立っている位置からでは女子の顔は見えないのだが、男の表情と態度から察するに、何やら挑戦的な顔でもしているのだろうか。チンピラ相手に度胸のある女だな。
「そっちからぶつかって来たのに、私達が怒鳴られるのはおかしいと思うんですけど?」
「ンなこと知るか! スーツを台無しにしてくれて、言うにことかいてこっちが悪いだと? 身体に教えこまなきゃ分からねえか?」
 見れば、スーツにベッタリと茶色い染みができた。そこの売店で買ったチョコアイスだろうか。
 それにしても。自分からぶつかっていったのなら、どう考えたって男が悪いだろう。『ンなこと知るか!』ってのはなんだ。責任転嫁もはなはだしい。
 あの男、何様のつもりなんだ?
 やり取りを見ているだけでも反吐が出る。
 何でも自分が正しいと思っているような態度がイラつく。
 すぐに暴力で脅しつけようっていう考えがムカつく。
 だったらどうする? このまま黙って見ているのか?
 弱い者が強い者にいいようにいたぶられる様を見ているというのか?
 商店街を通り過ぎる者は、みんな見てみぬ振りをするか、遠巻きに見ているかで、男を止めようとする者はいない。
 このままでは、俺もそんな人間の一人になってしまう。何も行動を起こさない人間に。
 そんなのはご免だ。
「パウ。しばらくここで待ってろ」
 俺は手に持っていた荷物をパウに押しつけた。
「…………」
 パウは、無言で俺を見返してくる。俺のしようとしている事をどう思っているのかは分からないが、俺が何をしようとしているのかは理解しているようだ。
「お前は荷物番だ。いいな?」
 パウは一度だけ頷き、微笑んだ。
「ご武運を」
 古臭い上に仰々しい物言いだな。
 ……勘違いされるのは勘弁してもらいたいし、断りを入れておくか。
「別に、あいつらを助けるためじゃない。あのチンピラが気に食わないだけだ。ムカツくから突っかかるなんて、やることは結局あいつと同じなんだよ」
 笑って見せて、歩き出す。
 歩き出した俺の背後から聞こえてくる、パウの声。
「同じレはないのレすよ。貴方の目的に関わらず、助けてもらった人は感謝をすることレしょう。例え誰かに罵倒されても、それが誇りに沿う行動なら気高さは増すことレしょう。主観と客観が別の評価をすることは当然なのレす。自分を卑下してはいけないのレすよ?」
 ――それでも、俺の我侭を美化されるのは気持ち悪いんだよ。
 無言で反論し、俺は女子生徒達の後ろに立って、男を睨みつけた。
「ひっ」
 チンピラの仲間と勘違いしたのか、おかっぱが怯えた顔で振りかえった。
「――っ!? お前は……」
 おかっぱの顔は、見覚えがあった。だが、どこで見たのかは思い出せない。彼女を見ていると、なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
「あの時は悪かったな」
 思わず、口から謝罪の言葉が漏れてしまった。どうして謝っているのか、自分でも分からない。
「え?」
 俺の言葉に、おかっぱが不思議そうに俺を見返す。それを無視して、少女2人を両脇にどけて、男の正面に立つ。
「あ? どいてろ餓鬼。邪魔だ。すっこんでろ」
 男が威圧してくるのを無視して、両脇の女子生徒2人に告げる。
「この低脳の相手は俺がするから、お前らは行っていいぞ」
「はぁ!? ふざけてんじゃねーぞ糞餓鬼。痛い目見ないと分かんねえか? 殺すぞ、おい」
 両手をポケットに突っ込んだまま、ガンを飛ばしてくるチンピラ。
 2人はいまだその場にいる。恐怖のあまり思考がマヒしてしまっているのだろうか。
「行け!」
 俺が一喝すると、身体を震わせてショートが我に返った。
「カスミ! 行くよ!」
「えっ」
 ショートに腕を引っ張られておかっぱもようやく動くことを思い出したようだ。2人は脱兎の如く逃げ出した。
 当然、チンピラの注意が2人に向く。
「てめえら、逃げてんじゃ――」
「お前の相手は俺だよ、馬鹿」
 あの2人を逃がすのに手っ取り早い方法。チンピラの敵意をこちらに向けさせてやればいい。
 二兎追うものは一兎も得ず。片方の兎が目の前で止まっているのなら、チンピラに選択の余地はないだろう。
 女子に注意が行ってしまって隙だらけのチンピラ目掛けて、鳩尾に正拳突き。
 チンピラは逃げる女子2人を追いかけようと、足を踏み出した瞬間を狙う。
 不意打ちの、絶対に防げない一撃だ。
 そのはずなのに。
「――っと」
 不自然な体勢ながらも、俺の拳はチンピラの右手にがっしりと掴まれていた。パチィ、と小気味良い音が響く。
「……マジかよ」
 正直、驚いた。まさか防がれるとは思っても見なかった。
「速攻不意打ちか……完璧やる気だな。いいぜ? 望み通りやってやる。相手してやるよ」
「ちっ!」
 残っていた左腕で、男の顔面を狙う。だが、これも受け止められてしまう。
「オラァッ!」
「くっ」
 チンピラのヘッドバッド。両腕を捕まえられている俺は逃げられない。歯を食いしばり、頭を振ってこちらからも迎え撃つ。
 身体の内側から響く「ゴンッ」という鈍く低い音。
 衝撃が、脳天を貫いていく。
「つぅ……」
 グラグラする頭を支えるので精一杯で、追い打ちをかけるどころではない。だが、チンピラにはダメージがいっていないらしい。揺れる視界の中で、チンピラがその場で大きく足を振り上げるのが見えた。モーションの大きいハイキック。軌道からみて、狙いは俺の頭部か。
 チンピラの蹴りは隙だらけだ。このまま懐に飛びこんで突きをくらわせようと、足を動かした。
――動かない。
 動きは見えているのに、その場から動けない。ヘッドバッドのショックで足が固まったか。
 蹴りが近づいて来る。
 まだガードは間に合う。自由になった両腕で蹴りの軌道を遮る。
 衝撃。
「ぐっ!」
 重い!? 防ぎきれない!
 ガードした腕もろとも、俺の頭が蹴り飛ばされた。そのまま横殴りの勢いを殺しきれず、俺は衝撃に身体を浮かせた。
 くそっ!
 そのまま倒れこむ身体を、強引に引き起こす。バランスを崩しながらも、俺はなんとか両足を踏ん張って倒れることだけは免れた。
「……野郎」
蹴りを防いだ個所がジンジンと痺れる腕をさすりながら、チンピラを睨みつける。
「へっ」
 無様な俺を鼻で笑うチンピラ。
 周囲はかなり騒然としてきている。誰かが警察に通報していてもおかしくない。もう少しすれば、警察がこの場を収めることになるだろうが、警察の世話になるのは御免だ。この男だってそうだろう。
 ……何より、この男。見掛け倒しの口だけかと思っていたら、かなりやる。不意打ちの正拳突きを掴んで止めるなんて、並大抵の反射神経と腕力ではない。それに、ガードに意味を成させないあの脚力。
 正直あまり相手にしたくない相手だ。真っ向勝負での決着は火を見るより明らか。俺に勝てる見込みはわずかしかない。
 この場は、負けさえしなければいい。負けないのであれば、逃げたって構わないのだ。現状では、できれば逃げたい。だが、今ここで俺が逃げては、先ほど逃げたばかりの女子生徒2人が、逃げた俺を追うチンピラに見つかってしまうとも限らない。
 もう少し時間を稼ぎたいところなのだが、果たしてそれまで俺が立っていられるかどうかが問題だ。
 久々の喧嘩で、いきなりこんな窮地に立たされるとは。全くもってついていない。
「余裕じゃねえか。ヘラヘラ笑っていられるなんてよ」
「まあな」
 適当に返事をしたが、実は言われてはじめて俺は笑っていることに気付いていた。何がおかしいというわけでもないのに、俺はどうして笑っているんだ?
 まあ、いい。
 俺の目的は、喧嘩に勝つことじゃない。あいつらを逃がすことだ。
 足止めを目的にするなら、ここで踏ん張らなければならない。最初から、ボコられるくらいは覚悟のうちだ。
「…………?」
 ふと、チンピラの背後の方角から、サングラスをかけた男が歩いてくるのが見えた。黒いスーツに、白いダウンコートを着ている。髪は角刈りで、年齢は40前半くらいの渋いオヤジだ。チンピラの兄貴分、といったところだろうか。
 あれは、ひょっとして――
「その余裕かました顔が、いつまで続くか楽しみだな、おい」
 チンピラが指の骨をバキボキいわせながら、くっくっく、と喉の奥で笑った。
 直後。
「がっ!?」
 チンピラの頭が下にズレた。
 サングラスのオヤジが、チンピラの直頭部に拳を振り下ろしたのだ。
「~~~~~~っ!」
 完全な不意打ちだった。
 声にならない悲鳴を上げ、しばらく頭を押さえていたチンピラだったが、
「俺様に喧嘩を売る馬鹿がこれで2人目か! いいぜ、まとめて相手して――」
 振り向きざまに殴った相手の襟首を掴み、そのまま硬直した。
「ほう、ワシに喧嘩を売るのか……。随分と偉くなったもんだな、野村」
 俺をよそに、サングラスのオヤジは襟首を掴まれたまま、落ちついた声で話し掛けている。
「は、半田さん……!? い、いいいいや、違うんっすよ、これは別に喧嘩を売ろうだなんてそんなつもりじゃとんでもないははははは」
 ほんの僅かな時間で額にびっしりと脂汗を滲ませたチンピラが、乾いた笑いを浮かべながら弁明している。
 チンピラがサングラスのオヤジを名前で呼んで、確信した。
 やっぱり、この人は半田さんだったのか……。
「……喧嘩を売っているんじゃあない、と?」
 サングラス越しの視線に、チンピラがブンブンと首を何度も縦に振る。
「そそそそうなんすよ! 俺はそんなつもりは全く全然さっぱり無いっす!」
「だったら――この手をさっさとどけんかい!」
「だっ!?」
 再び拳骨がチンピラの脳天を直撃。
 半田さんは頭を押さえて悶絶しているチンピラを一瞥し、俺に頭を下げてきた。
「すいやせん、ぼっちゃん。うちのモンが迷惑をかけたようでして」
「いや、半田さんが謝ることじゃないですよ」
 俺がそう言っても、半田さんは一向に頭を上げようとはしない。
「ワシがこいつに煙草を買いに行かせたばっかりに、こんなことになったんです。本当に申し訳ありやせん」
 ようやく、半田さんが頭を上げてくれた。
 半田さんは、親父が死んだ直後から遺産やら家の問題やらのゴタゴタを一挙に引きうけてくれて、他にも色々と世話してくれた俺の恩人だ。そんな人に頭を下げられるなんて、はっきり言ってとんでもないことなのだ。恐縮してしまう。
「てて……半田さん、こいつは一体なんなんっすか?」
 ふらふらと立ち上がったチンピラが、俺に訝しげな視線を送りつつ半田さんに訊く。
「こいつなんて口、ワシの前で二度ときくな。この方はな、山崎さんのご子息だぞ」
「げ――」
 さあっ、と血の気が引いていくチンピラ。半田さんと一緒にいるということは、麓風会関係の人間、ということになるだろう。
 世間では、ありていに偉い人間の身内も偉くなってしまうものだ。社会を動かしているものの一部分が私情で出来ているからだろうが、俺には関係のない話である。
「偉いのは親父であって、俺じゃない。半田さん、いちいち親父の名前を出すのはやめてくれ。あんたもビビッてんじゃねえよ」
 と、チンピラを睨む。さっきまで俺にガンくれてた人間が、今ではすっかり萎縮して怯えてしまっている。
「てめ……いや、ぼっちゃんは会長亡き今、麓風会を受け継ぐ人間っすから。失礼な態度は取れないっすよ」
 へこへこと頭を下げながら、チンピラが告げた。
 ……最低の気分だ。
 チンピラが悪いというわけじゃない。麓風会が、完全な縦割り構造になっているせいで、上の人間に歯向かうことはイコールで処罰、厳罰の対象になるのだ。
 俺は、なにが偉いというわけでもない。自分の評価が、誰かの功績のフィルターを通してでしかされないなんて、これほどふざけた話があるだろうか。
 虎の威を借る狐に成り下がるつもりなんて、ない。
「俺は会長になるつもりなんてない。だからあんたもそんな態度を取ってんじゃねえよ」
 そう言った途端、チンピラの態度がコロッと変わる。
「お、そうか? 俺だっててめえに使われてるわけでもないのに媚びるなんざまっぴら御免だ。に、してもだ。糞餓鬼にしちゃあイッパシの口をきくじゃねえか」
 どういった理由からか、先ほどまでとは多少打ち解けた様子で、へへっ、と口元を歪めた。
「調子に乗るな」
「ごっ!?」
 三度目の拳骨がチンピラの頭に降った。
「ぼっちゃん……下のモンに示しがつきやせんから、そういったことはつつしんでくだせえ」
 うずくまっているチンピラには見向きもせず、半田さんが眉を寄せて渋い顔になる。
「事実じゃないですか。会長は他の人間が継いだって半田さんが俺に教えたんですよ」
「あんなもんは、ぼっちゃんが会長に就くまでの飾りですわ。麓風会一同、ぼっちゃんが会長を継いでくれることを一日千秋の想いで待っとります」
 深く頭を下げられて、俺の心境は複雑だ。半田さんには恩があるが、俺は会長になんてなるつもりはさらさら無いのだ。
 頭を上げた半田さんは、少々残念そうに告げた。
「申し訳ありやせん、積もる話はあるんですが、急ぎの用があるんでワシらはそろそろ失礼させていただきやす――いくぞ、野村」
「うっす、半田さん。……糞餓鬼、次に合うまでヘタレてんじゃねえぞ」
「口の利き方に注意しろと言った」
「でっ!?」
 拳骨をくらいくらわせ、半田さんとチンピラが人垣の方へと歩いて行く。関わるのを嫌って人垣が割れてゆき、その間を2人は悠々と歩いていった。
 久しぶりに半田さんと会って、麓風会は未だに俺のことを諦めていないのか、と嘆息した。
 必要としてもらうのは悪い気分じゃない。ただ、必要なのは親父の息子であって俺じゃなくてもいいんだと思うと、例え恩人であろうとも唾を吐きかけたくなるのだ。
 麓風会のことを考えていると、自然と昔のことを思い出してしまう。
 くだらない、だけど今の俺を俺として存在させる要因が詰まった日々を。

 麓風会の実体は、俺も知らない。会社ではない、ということは知っている。ヤクザの組寄りの存在と言えば、イメージしやすいだろうか。御園山市で後ろ暗い商売をしている人間は、必ず麓風会となんらかの関わりがある。この土地で、少しでも裏社会を垣間見た者には常識だ。
 親父はその麓風会の創設者であり、前会長なのである。
 麓風会を使って得た資産は親父個人の所有物で、その中には組織という意味での麓風会そのものも当然入る。
 親父が死んだとき、その遺産を巡ってどこからともかく親戚を名乗る輩がわいて出てきた。親父は天涯孤独と聞いたことがあったのだが、どこから噂を聞きつけたのか親父の親戚を名乗る連中が押しかけ、遺産獲得に躍起になっていた。もちろん、義母方の親戚一同も負けてはいなかったが。
 とにかく、それだけの人間を狂わす金と権力を、親父は持っていたことになる。
 実は、俺と親父は法的には無縁の人間だ。
 血は繋がっていると、お袋と親父は言っていた。だが、問題は血縁ではなく、俺の気持ちにあった。
 お袋が俺を身篭った際、親父は俺を認知せずに雲隠れした。そして、俺が8歳の頃にふらっと戻ってきては突然に父親面をし始めたのだ。そんな奴を父親だなんて認められるはずもなく、俺と親父との仲は最悪だった。戻ってから半年後、お袋が死ぬまで2人は内縁関係のままだったことも、俺のわだかまりを強くした。
 親父は俺を養子に迎えるわけでもなく、成り行きのまま、同じ家で暮らし続けた。
 俺は親父を嫌っていた。憎んでいたと言ってもいい。父親としても、1人の人間としても、親父は最悪だった。親父とは何度も喧嘩になったが、ボコボコに殴られて身体中に痣を作るのは決まって俺だけだった。強くなるために道場に通いはじめたのは、この頃だった記憶がある。
 しばらくの間、親父は俺がいるいないに関わらず、女をとっかえひっかえ家に連れ込んでは昼夜場所問わず行為にふけっていた。
 それが日常になって数年が経ち、見知らぬ女が家に居ついた。それっきり、親父が女を連れこむことはなくなった。そのときになってようやく、親父がその女と籍を入れたことを知った。それでもなお俺の父親面を続けており、相変わらず戸籍上は赤の他人で、俺は暇さえあれば親父に殴りかかっていた。
 義母の優しさが鼻についたのもあって、中学に上がってすぐに家を飛び出した。親父と結婚したんだから、義母もろくでも無い奴としか見れなかった。
 この頃になると、生きていく、生活していくという意味や手段についての知識も備わっていた。家にさえいなければ良かった俺は、2年間ほど自活しながら学校に通っていた。当然のことながら、親父は俺を探しはしなかった。麓風会の情報網は、間違いなく俺を見つけ出していたはずだったが、親父は一切関わりを持とうとはしなかった。親父に対して評価できる点を挙げるとしたら、この一点に尽きるだろう。
 生きていくために必要な金を稼ぐのに、世間は中学生という身分に厳しかった。生活レベルは最低だったが、自分の力で生きている、特に親父の力を借りずに生きているという手応えは、日々最高の糧となった。
 生活がギリギリなのにもかかわらず学校に通っていたのは、俺の意地だった。親父の世話なんかならなくても、俺は真っ当に生きていられることを証明したかったのだ。あの頃の苦しい生活を思えば、薄っぺらな見栄、虚勢、痩せ我慢もいいところだが、俺は挫けなかった。
 そんな中で、俺は親父の訃報を知った。中学3年の夏だ。
 親父との仲は最悪なままだったし、戸籍上も無関係だったのもあって、親父が俺に遺産を残すはずもないと思っていた。そもそも遺産なんて欲しくもなかったし、親父の力を一切借りず、今のまま自分の力で生きていくつもりだった。
 もちろん遺産分配の場に俺は立ち合わなかった。
 遺産分配には、親父が残した3通の遺言状と、俺の立場が状況を複雑怪奇にした、らしい。この辺の話は半田さんの漏らした言葉から知った半端な知識であって、詳しくは知らない。俺が聞きたがらなかったのだ。
 結論から言うと、麓風会以外の親父の財産、3分2以上が俺の懐に転がり込んできた。転がり込んでしまった。
 遺産放棄は出来なかった。そう遺言状に書いてあったそうだ。その直後から、俺は恫喝や命の危険に晒されるといった事件が立て続けに起きた。間違いなく、遺産目当ての親族連中がしでかしたことだ。それらから俺を守ってくれたのが、半田さんと麓風会なのである。
 麓風会の現会長は俺を嫌っているが、先ほどの半田さんの言葉にもある通り、実権は無いらしい。麓風会の人間は全員親父を崇拝しているらしく、その息子たる俺を守るのは当然のことだったようだ。それ以来、俺は半田さんと麓風会には頭が上がらないのである。さっきのようなチンピラは例外だが。
 遺産を手に入れたことで親父の死を実感した俺は、何もかもどうでも良くなってしまった。反抗する理由も相手もいなくなってしまって、ようやく俺を俺として支えていたのは反発だけだったということに気付いた。
 2年振りに家に戻ると、俺の家のあった場所には高級マンションが建っていた。言われるままに遺産の一つであるマンションの一室に入居すると、遺産を食い潰しながら中学を卒業、高校へ進学した。目的が無かったので、世間の一般的な流れに迎合したまでのことだ。
 道場も辞めた。強くなる理由を失ってしまったからだ。
 ダラダラと日々を過ごすうちに、俺は少しずつ自分の気持ちに整理をつけていった。
 ――何かに反発するのではなく、自分の好き勝手に生きる、今の生活も悪くないな。
 最近は、そう考えられる余裕ができるようになった。

 俺は、複雑な表情で2人の背中を見送ると、パウの元へと戻るべく背を向けた。
半田さんと久しぶりに会ったせいで、昔のことや親父を思い出してしまい、妙な気分になってしまっていた。
 空を仰いで思いきり深呼吸をし、気持ちを切り替えた。
 俺とチンピラの喧嘩には、結構な野次馬が集まっていたようだ。俺の後ろにもちょっとした人垣ができている。見世物が終わったのと、俺が近づいてきたのもあって、人垣が一気に崩れる。
 その隙間から見えた向こう側に、パウの姿は見つけられなかった。代わりといってはなんだが、背の低い少女が1人、荷物番のように地面に置かれた買物袋のそばに立っていた。買物袋には、当然パウが買った品物が入っている。
 少女は背が低く、幼い顔立ちからも一見して小学生程度に見える。ヘアピンで髪をきっちりと留めており、前髪はほんの少しだけ額に垂らしており、短い髪で無理矢理つくった小さな尻尾が頭の上でお辞儀している。
 少女が着ている服は、なんと桜ノ宮校の制服だった。胸のスカーフの色は黄色。桜ノ宮では学年毎に赤青黄の三種の色が割り振られているのだが、色も年度毎に移って行くので、入学してから卒業するまで、同じ色と付き合っていくことになる。ちなみに今年度は一年が赤、二年が黄、三年が青で、彼女は容姿からはとても想像できないが、上級生ということになる。
「……あ」
 少女が俺を見つけて、少し驚いたような顔になる。
 俺は無言で近づいて、少女の頭をわしっと掴んだ。頭が小さいせいと、背が低いせいで、ちょうど良い位置にある頭は掴まずにはいられないものがある。
 ……そう思う思うのは俺だけか。
「どうしてお前がここにいる」
「どうして、って……」
 少女が困惑顔で俺を見上げてくる。
 頭を握ったまま、手を動かす。
 ぐりぐり。
「ああっ!?」
 首を基点に、面白いように頭が回る。慌てた少女が、俺の腕を掴む。
「目が、目が回ります! 凄い勢いで風景が流れていきます!」
 抗議しているつもりなのだろうが、自分の状態を逐一報告しているだけのようにしか聞こえない。
「文句がないんなら、このまま続けるか」
「ひええっ!?」
 無情にも、回転速度を上げる。
「なんだかあああ~、気持ちが悪くなてぇえええええ――」
 言葉にならない声をあげながら、少女が健気に報告を続けている。
 自分から始めておいてなんだが、抵抗という抵抗もせずされるがままになっているのを見ていると、さすがに可哀想になってきた。この辺で許してやるか。
「仕方ない、やめてやる」
 俺は少女の頭から手を離してやる。
 が、少女の頭の回転は止まらず、ふらふらと数歩よろけると、売店の壁に頭をぶつけた。

 ゴン。

「くぴゃっ!?」
 奇妙な悲鳴を上げると、そのまま頭を抱えてうずくまる。
「うははははははは!」
 うっわー、面白え! 『くぴゃっ』って言った! 『くぴゃっ』って!
 相変わらず期待を裏切らない奴。
「うう、痛いよう、痛いよう……」
「悪い悪い。ちょっとやりすぎたな」
 頭をさすりながらうるんだ瞳を向けてくる少女。その両腕を掴んで持ち上げて、強引に立たせる。背が小さいせいか、体重もびっくりするほど軽い。小さくて軽くて小回りが効いて反応が抜群。いつまでたっても、俺はこいつをオモチャにして遊ぶのをやめられない。
 見た目は子供だが、頭の中身はやっぱり子供。でも俺より年上で成績は学年主席というアンバランスな彼女が、桃口春だ。ちなみにこいつは俺の幼馴染で、秋さんの妹でもある。
「いつもいつも……どうしてハルを苛めるんです? もう少し優しくしても罰は当たりませんよ?」
 少しふくれながら、スカートについた埃を払う。名前は『シュン』と読むのだが、こいつは自分のことを『ハル』と呼ぶ癖がある。ちなみに秋さんのことは『アキちゃん』だ。
「いやあ、苛めてるつもりはないぞ。ただ、からかうと面白くてな」
「それが苛めるというんです!」
 と、春が襲いかかってきた。小学生低学年最強の技、ぶんぶんアタックだ。ま、両腕をぐるぐる回転させて突っ込むだけなんだが。
 ある程度知能が発達すれば、この攻撃の弱点はあっさり見破られる。俺は、春の頭を右腕で掴んで固定させた。リーチの差は火を見るより明らかで、春の両腕は虚しく空転するのみだ。
 ぶんぶんぶん。
「むーっ!」
 ムキになった春は、顔を真っ赤にさせて腕の回転速度を上げた。
 ぶんぶんぶんぶんぶんぶん。
「はっはっは、いい風だなあ」
 俺がことさら爽やかに言い放つと、ようやく自分の行動が丸っきり無意味だと気づいたのか、向かってくるのを諦めたようだ。腕の回転を止め、春が俺から離れた。
「拓真ちゃんなんて、嫌いですっ」
 すっかりふてくされた春は、そっぽを向いてしまった。そうは言っていても、今の不機嫌など次の話題に入った頃にはすっかり消えてしまっているだろう。嫌いと言ったのも抗議するぞというポーズで、今のはそれほど怒ることではない。付き合いが長いと色々と見えてくるものだ。
 その長い付き合いが災いしてか、春は幼い頃のまま、いまだに俺のことを「ちゃん」付けで呼ぶ。人前で、特に学校の廊下なんかで偶然出会ったときに「拓真ちゃーん!」なんて呼ばれるのは恥ずかしいったらない。いくらやめろと言ってもやめないし、もはや諦めている。
「で、お前はどうしてここにいるんだ?」
 すっかり忘れ去られているであろう、最初の疑問を繰り返す。
「荷物番です」
「荷物番? なんでまた――」
 ――パウの荷物をお前が見ているんだ?
 そう続けようとしたら、春が胸の高さで両手をポンと合わせ、
「そうだ! 今日は拓真ちゃんに夕食を作ってあげます!」
 いいアイディアだ、といわんばかりの満面の笑みで俺に告げた。
 ……相変わらず、唐突な。
 春は時々思考が飛ぶ。いや、それは端から見ていての感想で、本人の頭の中ではキッチリ繋がっているのかもしれない。とにかく、突拍子もない発言をすることがままあるのである。
 春は時々俺の家に来ては、炊事選択掃除をしてくれている。1人暮しの俺を心配してくれているようだ。正直言ってありがたいのだが、口うるさく「日頃から部屋を片付けておかないと駄目です」だの「もっと栄養バランスを考えて献立を決めないと駄目です」だのと、春の口からは「駄目」が氾濫して非常にうっとうしい。
 世話を焼くのが好きなのだろう、学校でも生徒会副会長という立場で全校生徒の世話をしている。
「ハッシュドビーフでいいですか? ハル、最近憶えたばかりなんです」
 もう春の頭の中では、夕食を作ることは本決まりのようだ。こういう時は決まって押しが強い。
 うーん……どうしたもんか。
 パウも晩飯を作ってくれる、って言ってたんだよなあ。
 おそらくは、今後パウが俺の家から離れるまで飯の世話になるのは確実だ。それだったら、なにも今日作ってもらわなくてもいいわけだよな。
 だったら春に頼もうか――いや待て!
 春を家に上げたら、パウと同居していることが明日にもバレることとなってしまう。
 こいつは頭に「馬鹿」がつくほどの正直なのだ。素直と言えば長所に感じられるかもしれないが、隠し事が一切できないというのはどう考えたって都合が悪いだろう。
 例えば。「秘密だからな」と念を押せば、こいつの顔には「隠し事があります」と顔に出て、友人に白状させられておしまい。かといって、何も言わなければあっさり世間話の種に使われて、やっぱりおしまい。
 せめて、留学生フィーバーが収まってからなら、事態の収拾も容易なのだろうが……。
 まずいな。
 それならば、パウがいない今のうちに春を追い払ってしまわなければ。でも、今の春に晩飯の用意を諦めさせるのはかなり困難な作業でもある。
 どうする。
 ――どうしよう?
 頭の中がこんがらがってきた。
 ああ、くそっ。
 どうしてこんなことで悩まなけりゃいけないんだ。
 なんだか面倒くさくなってきたぞ。
 ……どうでもいいか。なるようになれ、だ。
「ん。じゃあ、今日は頼むわ」
「ハルにお任せです!」
 薄い胸を叩いて、春が満面の笑みを浮かべる。
 面倒を背負うのが楽しいなんて、俺には理解できない領分だ。
 料理の腕に関して、春に疑う余地はない。持つべきものは、料理の上手い幼馴染。何度こいつにわびしい食生活を救われたことか。
 問題が解決したら――というか、解決させることを放棄したら気が楽になった。後はパウが来るのを待つだけか。
「ハルは材料の買い出しがあるので、拓真ちゃんは先に帰って部屋の片付けをしていて下さい」
「いや、俺も待ってるわ」
「ハルに気を使わなくてもいいですよ?」
 そういう訳でもないんだよな。
 とにかく、春がパウを噂の留学生当人であると気付くのは時間の問題だ。
 登校、昼休み、教室移動時と、あれだけ注目を集めていた留学生の存在を、例えパウとは学年が違うからといって、春はまだ知らないのかもしれないなんて考えるのは甘すぎる。
 パウがどうして春に荷物を預けて消えてしまったのかは知らないが、ま、トイレかなんかだろう。春が荷物番をしているということは、少なくとも2人は顔見知りだと考えられる。
 ……ということは、もう何もかも手遅れって気がするな。
 それでも俺は、俺とパウとの関係をどう説明しようかと悩む。どうにかして春にパウとの同居を知らせないようにしたい。もう諦めたはずなのに、ついつい思考は悪あがきする方向に向いていく。
「拓真さん、お疲れ様レした」
 死角からの声に、俺は目蓋を閉じて諦めた。
 どうやら、悪あがきはここでおしまいみたいだ。
「別に疲れてはいないけどな、その言い方は――」
 振り向いて、パウの姿を認めた俺は、思わず口をつぐんだ。
「――お前、どこに行ってたんだ?」
 頭のてっぺんから靴の先まで、全身を薄い灰色にさせたパウが、俺の言葉に「はい?」と首を傾げている。
「いや、だからその全身の埃はなんなんだ?」
「え? ――あらら?」
 ようやく気付いたのか、全身を見て自分の惨状に気付いたパウは、泣きそうな顔になる。
「埃まみれなのレすよ~」
「だから、そう言ってんじゃねえか。一体なにをやったらそんな格好になれるんだ?」
「廃屋の中を駆け回っていたのレすけロ……拓真さんも埃まみれになりたいのレすか?」
「んなわけあるか!」
 どうしてそう思えるんだ。やっぱりパウはボケだ。今更確認するまでもなく天然だ。っつーか、何が楽しくて廃屋の中を駆け回る? さっぱりわからない。
「とにかく、とっとと埃を払えよ。みっともない」
 言いながら、髪や肩の埃を軽くはたいてやると、パウも胸の辺りやスカートを払い出した。たちまちパウから白い靄が立ち上る。
 パウの背中を払おうと立ち位置を移動した。すると、いままで視界外にいた春の姿が目に入ってきた。
「…………」
 春は、困ったような表情で俺を見ていた。
「なんだよ」
「彼女を知ってたですか?」
 うーん……丁度いいな、どうせ時間の問題なんだし、さっさと白状してしまおう。
「隣のクラスに入ってきた留学生で、今は俺の家に住んでいる」
「ええっ!? 彼女がお世話になる家って、拓真ちゃんの家だったですか!? そんな――」
 春は何か言おうとして口を閉じると、ぶつぶつとなにやら考えこんでしまった。
 変なことを言う奴だな。ま、いいか。
 あーあ。これで明日からの学校生活が面倒くさいことになりそうだな。
 明日以降、確実に起きるであろう騒動を考えるだけで、早くもうんざりした気分になる。
「さっさと買い物を済ませて帰ろうぜ」
 俺は地面に置かれていた買い物袋を持ち上げ、2人に告げた。
「はい」
「はーい……むー」
 返事をした後、何が気に入らないのか春は不機嫌そうに唸っていた。

 商店街で買い物をしながらパウと春の話し合いが行われ、その結果夕食は春の提案通りハッシュドビーフということになった。
「拓真ちゃんの家に、牛肉とかありますか?」
 パウがジーンズショップで試着をしている間に、春がそんなことを言い出した。
 そしてすぐに言い直す。
「あるわけないですね」
「あのなあ。分かってんなら最初から訊くなよ」
 肉なんて、買ったその日に全部食ってしまうのが常だ。主に塩胡椒を振って焼けばいいだけだから簡単だし。他の料理に使って、余った肉もやっぱり焼く。肉の買い置きはしたことがない。というか、すぐに食ってしまうから残らないだけか。
 俺が冷蔵庫の中にある物を春に伝えると、メモ帳を取り出してなにやら書き殴りはじめた。
 書き終わったらしく、メモ帳を破って俺に見せた。
「なんだよ。えーと、牛薄切り肉400g、玉ねぎ2個、生マッシュルーム……って、材料か?」
「そうです。買って来てください」
「俺が?」
「当然です。一番食べる人が、一番働かなくてどうしますか」
「……いや、どうもしないが」
 春の言いたいことは分かる。パウの買い物はまだ時間がかかるし、分担できる買い物は分担した方が時間がかからなくて済む。
「お前が行けばいいだろ」
 こいつは料理の腕は良いが、食材選びやら値段やら、そこらの主婦よりよっぽどうるさい。俺が買いに行けば後でなんだかんだとケチつけるに決まっているのだから、それならば最初から自分で行けばいいのだ。
「拓真ちゃん……デリカシーが無いです」
 少々軽蔑した視線を俺に送りながら、春が声のトーンを落とした。
「下着の買い物に、男の子がついてきてすることがありますか? それとも、ライナバルトさんが下着を選んでいる様子を逐一観察しないと気が済まないですか?」
 そんなことは当然ながら、ない。それは春も知っているはずだが、ま、俺がいても役に立たないと言いたいのだろう。
 デパートで下着を買っていたが、パウは商店街のランジェリーショップでも目星をつけていた。そういや、さっき2人で下着の話で盛りあがっていたような気もする。春のおかげで案内という仕事を御役御免となり、先ほどから暇を持て余しているのだ。
 俺としても、いちいち下着が似合うかと感想を求められるのも勘弁してもらいたいし、丁度いいか。
「分かった。ここに書いてあるもん買ってくればいいんだな?」
「そうです。できるだけ、色がよくて、つやがあって、形の良いものを選んできてください」
「ああ」
 俺がメモを片手に手をあげて、歩き出す。
「行ってらっしゃーい」
 何が楽しいのか、春は腕を大きく振りながら満面の笑みで俺を送り出した。
「……?」
 俺はその笑顔になにか不自然なものを感じたのだが、普段との違いも見つけられず、俺は気のせいだと自分を納得させて歩いていった。

 ここの商店街、なんというか、食品関係の店が少ない。飲食店は揃っているが、八百屋や魚屋、肉屋などが一切ないのだ。豆腐屋はあるのだが、ハッシュドビーフには入らないし。
 そんなわけで、デパートまで戻って材料を買い揃えた俺は、のんびりとした歩調で商店街へと戻ってきた。
 パウのことだから、間違いなく例の工芸店で時間を食うはずだ。1個しか買えないとなれば、木彫り好きのパウは相当に悩むことだろう。
 店の並びからいって、ランジェリーショップの前に工芸店を通る。奴が我慢できるはずがない。
 そういったわけで、俺は迷わず『森の小人の工芸店』に入っていった。
「……あれ」
 そう広くない店内は、見渡せばどこに誰がいるかくらいすぐにわかる。だが、パウの姿はどこにも見当たらなかった。
「おや、さっきのお兄ちゃんじゃないか」
 前に訪れたときと同じくカウンターに座っていた爺さんが、俺の姿を認めて髭だらけの顔を笑みの形に変えた。
「あの愉快なお嬢さんを探しているのかい? さっき、別の女の子と一緒に来ていたよ」
 愉快……まあ、確かに愉快ではあるな。この店の中にいるときだけ、パウは人格を変える。
「そうですか。失礼します」
 俺は軽く会釈して、店を出るべく振り返った。
 予想外に早かったな。こりゃちょっとミスったか?
 ちょっと早足で店を出ようとすると、爺さんが声をかけてきた。
「あのお嬢さんに、いつでも好きなときに好きなだけいていいよ、と伝えておいてくれないかい? お兄ちゃんも女の子もそうだが、歓迎するよ」
 パウの奴、すっかり気に入られたな。
 俺が言わなくたってあいつの場合入り浸りそうな気もするが、これで店主の許可がおりたわけだ。
「わかりました、伝えておきます」
 言って、俺は店から出た。
「拓真さん!」
 途端、俺を呼ぶ声がする。顔を向けると、随分と焦った表情のパウが、俺に駆けよってくるところだった。
「た、たす、助けてくラさい! 私レは、もう――」
 パウの余りの慌てように、俺はゆっくりと緊張が高まっていく。
 もしや、例の放火犯か――!?
 ドクン、と一度だけ心臓が高鳴った。
 こんな人の多いところで襲ってくるのかよ!
 いや、アパート丸ごと焼くくらいだ。常識を期待するのはやめた方が良さそうだ。
「……そうか」
 表情が硬くなるのが自分でもわかった。
 ああくそっ、刃物くらいは持ってると考えた方が良さそうだな。こんなことだったら耐刃ジャケットやカイザーナックルを持ち歩いておくんだった。
 俺は、危機感が足りなかったことを痛感した。
「お前は逃げろ」
「で、でも、拓真さんはロうするのレすか?」
「俺は足止めだ。できるだけ時間を稼ぐから、その間に全力でここから離れろ」
 パウが息を飲んだ。そして、矢継ぎ早に言葉を投げかけてくる。
「そんな! 全部私に責任があるのに、拓真さんにラけ危険に晒すなんてことは出来ないのレす! 私ラって、なにか手伝えることが――」
「いいから、行け!」
 俺はパウを突き飛ばし、通りの反対側を睨んだ。
 口論している間に、どれだけ敵が間を詰めてきているかわからない。
「拓真さん!」
「ちっ」
 パウはまだ動こうとしない。俺は舌打ちして、もう一度パウを怒鳴りつけようとして――
「っ!」
 通りの向こう。通行人の間を一瞬だけ、なにかが過ぎったのが見えた。
 おそらく、あれが敵か。
 目を凝らす。
 また過ぎった。
 人間離れしたスピードで、人と人の間を縫うようにこちらへと近づいていく。
 もう駄目だ。目を離して見失ったりしたらヤバい。
「とにかく、俺の前には出るなよ!」
 俺は背中のパウに注意しながら、構えをとって敵を見極めるべく集中した。
 人込みの中を、一瞬だけ通る影に目を凝らす。
 随分と小さい影だ。まるで地面を這うような姿勢なのに、走るより速く動いているようだ。
 通行人も影の存在には気付いているらしく、遠くからざわめきが近づいてきている。何人かは周囲を見まわしていた。
 目を凝らす。
 段々と、死角が減ってきたせいか影が捉えやすくなってきた。
 隠れて、隠れて、見えて、隠れて、隠れて。
 よし、次の隙間で――
「…………!」
 見えた!
 ……見えた?
 見えた――けど。
 …………えーと。
 影は、もはや5メートル、といった距離にまで迫ってきた。
「キシャァァァァァァァァァァッ!」
「きゃああああっ!」
 俺には目もくれず、影は俺の背後にいたパウ目掛けて飛びかかってきた。
 ボクシングのジャブの要領で、俺は素早く腕を突き出し、影を掴んだ。
「ぐえっ」
 喉が締まったせいだろう、不細工なカエルの鳴き声が腕の先からした。
 ブラーンブラーンと、襟を掴まれて揺れているのは、春。
「…………」
 頭痛い。
 空いていた左手で、俺は眉間を押さえた。
「ガルルルル、ガルッ!」
 獣のような鳴き声で、パウを引っかこうと宙を掻く春。
「御免なさい! すいませんレした! 申し訳ありませんレした! 謝りますから、許して欲しいのレすよ~」
 春の間合いの外で、ぺこぺこと何度も頭を下げているパウ。
「あのな、パウ」
「は、はい」
 俺はなんだか生きていくことに疲れてしまったよ――そう言いたいのをグッと堪えて、淡々と告げた。
「春は、自分の体にコンプレックスを持っている。身長とか、スリーサイズとか、とにかくそういうものの大きさを春に告げたり、表現してしまった場合、このようになる。こうなった場合、こいつは人間ではなく猛獣として扱わないと危ないから。憶えておくように」
 ――はーい、ここはテストに出ますからノート取りましょうねー。
 棒読みの台詞が脳内を通過していった。
「…………」
 一体なんなんだ。これでは茶番もいいとこだ。
 パウは俺に助けを求めただけで、それが誰かとは言及していなかったわけだから、俺が勝手に慌てふためいただけってことなんだろうけどな。
 それにしたって、このやるせない気持ちはなんだ?
 本当に敵が襲ってくれば良かったとは言わないが、精神的疲労が甚大で、ともすれば春を放り出してしまいそうになる。
 誰も悪くない。ならば、俺の中でたまり続けているこの鬱屈した感情を、一体どこへ向ければいいのだろうか。
「…………」
 目の前に、手ごろな物体が。
 許せ、春。
 口元が緩んでいるような気がするのは、きっと俺の勘違いだ。
「おーい、春ー。正気に戻れー」
 春の体を引き寄せると、喉に左腕をかけて、きゅっと締める。
「キ――」
 何か叫ぼうとして、春の首が力無く傾いた。続いて、四肢がだらりとぶら下がる。
「よし、落ちた」
 俺は満足げに頷くと、春の首から腕を離した。
「あの、拓真さん……? 桃口さんは大丈夫なのレすか?」
 ぐったりとした春を見て心配になったであろうパウが、それでも間に俺を挟むようにしながら恐る恐る近づいてきた。
「大丈夫だ。気を失ってるだけだから」
 地面に座らせ、背中を真っ直ぐに伸ばして、肺のある辺りをちょっとキツ目に叩く。
「――っ!?」
 体を震わせて、春の目蓋が開いた。
「ふあっ……あれ、曾おばあちゃんは……?」
 ぼーっとした顔で周囲を見まわした春は、そんなことを言った。ちなみに、春の曾婆さんは俺が小学3年の頃に死んでいる。
「曾婆さんは元気だったか?」
「……うん。体に気をつけな、って言われた……」
 声にいつもの張りがない。まだ頭がぼんやりしているらしい。
「そうかあ。それじゃあ気をつけないとなあ」
 はっはっは、と笑いながら、春の頭をぽんぽんと軽く叩いていたが、内心では冷や汗を垂らしていた。いつもながら最高の落ちっぷりだったが、うっかり空の彼方まで意識を飛ばしていたか。久しぶりだったせいか、意識の飛び具合が半端じゃなかったな。例の河を渡る前に起こせて良かった。
 昔の話だが、俺はふざけ半分で春を落としていた時期があったのだ。残りの半分は……まあ、「何秒で落とせるか」のチャレンジ精神というか。
 ちなみに、これが正しい気付けの方法かどうかは知らない。何度も春を落としていると、たまに帰って来るのが遅いことがあって、それであれこれ試しているうちに見つけた春専用気付けスペシャルなのである。
 すっかり手馴れてしまったせいか、今でも首に腕をかけてからおよそ3秒で落とすことができる。さすがに春以外の人間には危険なのでそんなことはしないが。
 春はなんというか、特別なのだ。逆の意味で。
「で、もう買い物は終わったのか?」
「……今日は、もういいのレす」
 パウは春をちらりと見てから、俺にそう言った。
 なるほど。下着はまだ買ってないけど、春を連れていってさっきの二の舞になることを避けようというわけか。懸命な判断だ。
「……あれ? ハルはどうしてこんなところにいるですか?」
 ようやく調子を取り戻してきた春に、俺とパウは「なんでもない」「何も問題はないレすから」と連呼しながら駅へと歩いていくのだった。

 買い物を終えた俺達は、真っ直ぐ俺の家に帰りついた。
 そして今は、パウと春が台所で料理をしており、俺はリビングでぼーっとテレビを見ているわけだ。
 だが、どうにもテレビに集中できない。
 俺はちらりと背後――台所に立つ二人を盗み見る。
 パウは普段と変わらない調子で包丁を握っているのだが、俺が気にしているのは春の方だ。
 春は微笑んでいる。機嫌良さそうにしゃもじで鍋で炒め物をしている。ちなみに春は台所に立つには背が足りないため、専用の台に乗っている。
 どこにも不自然なことはない。
 それなのに、俺は何かが違うような気がしてならないのだ。
「これくらいの大きさレいいのレすか?」
「はい。それじゃ、鍋の中に入れてください」
 玉ねぎと牛肉が炒められていた鍋の中に、人参、じゃがいも、マッシュルームが投入される。
 パウはそのまま散らかっているまな板の周辺を片付けはじめ、春は相変わらず鍋の中をかき混ぜるべく腕を動かし続けていた。
 鼻歌混じりだが、俺の目には無理をしているように映る。
 何かあったんだろうか、と思う。
 何もないのかもしれない、とも思う。
 そもそも、そう考える根拠もなにも、ただの勘だ。根拠も何もあったもんじゃない。
 春との付き合いは長い。長いからこそ、些細な違和感にも目をつけられたのだとすれば、勘と言うよりも説得力はあるだろう。
 春の後ろ姿を見つづけても、答えが出てくるわけもない。
 どうしたものか。
 俺は頭を悩ませる。
 俺が春を気にかけるのは、単に幼馴染だからというわけではない。春にはいくつも借りがある。
 俺が家を飛び出したとき、親父が死んだとき、俺を助けてくれたのは桃口姉妹だった。特に秋さんとの問題では、春のおかげでどれだけ助かったか数えきれないほどの恩がある。
 あいつはいい奴だ。いい奴はもっといい目に合うべきなのだ。俺のせいで面倒ばかりかけた幼馴染を、助けたいと思うのは当然だろう。
 ただなあ。
 俺はテレビに視線を戻して、嘆息した。
 春は絶対に弱音を吐かない。どんなに辛くても、苦しいときでも、1人で乗りきっていく奴なのだ。もし俺が感じた違和感が春の無意識が発信している信号だとしても、俺が「どうかしたのか?」と尋ねてしまっては、春が悩みを抱えていたのなら殊更自分を元気に見せて、なんでもないとアピールするだろう。それは見ていて痛々しくて、俺はどうにもかける言葉が見つけられなかった。
 テレビでは夕方のニュース番組が流れている。
 海外で列車事故があったとニュースキャスターが喋っていた。乗客に日本人はいませんでした、とお決まりの台詞を吐いている。まるで「日本人さえ被害にあわなければ何人死のうが安心だ」と聞こえる。普段はそんなこと考えたりしないのに、ついニュースキャスターを睨んでしてしまうのだった。

 ハッシュドビーフは美味かった。
 食事中は会話も弾んで、パウと春は随分と打ち解けたようにも見える。
 気がつけば、春に感じていた違和感もなくなっていて、俺は少しほっとしていた。
 食事が終わると、春は後片付けを引きうけて台所で皿洗い、パウは和室で今日買って来た荷物の整理をはじめた。
 手持ち無沙汰な俺は、なんとなく自室に引っ込んで、数学の復習――自前の問題集を解いていくことにした。
 暇潰しと考えれば、勉強ほど最適なものはないと思う。俺みたいに格別やりたいことが見つからない人間にとっては、だが。
 遊ぶ時間が足りない、と嘆いているクラスメートがいたが、なんでもいいからやりたい事があるのは羨ましいことだ。
 今の俺には何もない。
 遊ぶのは楽しい。だが、夢中になれるほどでもない。趣味といえば身体を動かすことだが、「時間が足りない」と思うほど熱中しているわけでもない。
 集中度というか、充実度というか、どこか物足りない気がするのだ。
 でも今はちょっと違うか。
パウが家にやってきて、俺の周囲は随分とドタバタしている。
 苦労をしたい、というわけではないのだが、こういうのも悪くない。
「ああ、そうか」
 悪くないのか。そう感じている自分に気づいて、俺は小さく笑った。
 シャープペンを置いて、椅子の上で大きく伸びをしたとき、

 コンコン

 誰かが部屋のドアを小さくノックした。
「どうぞ」
 俺の言葉にドアの向こうから姿を現したのは、春だった。
 小さく開いたドアの隙間から身体を滑りこませるように入り、そのまま音を立てないよう静かにドアを閉めた。
「少し、話があります」
 低く小さな声で呟いて、春は俺を見た。
 俺は椅子を回転させて、身体を春の方向へ向ける。
「なんだよ」
「その……お願いがあるです、けど――」
 ぼそぼそと、聞き取れるギリギリの音量で春が告げる。
「――今晩、ハルを泊めてもらえないですか?」
「別にいいけど」
 春が俺の家に泊まりたいなんて言い出すとは。
 春は俺との距離をいつも『近からず遠からず』といった距離でキープしているので、こういった申し出は今までになかったことだ。珍しいこともあるもんだな。
 一昨日にこんなことを言われたのなら断固として断っていただろう。女と一つ屋根の下にで寝るなんて、考えられなかった。ところが今はパウがいる。こうなっては1人増えようが2人増えようが大した問題ではない。
「で、できれば明日も泊めてもらいたいです」
「ああ」
 明日もか。ま、別に2日くらい――
「明後日も明々後日も、いいですか?」
「……いや、いいんだけどな」
 こいつ、いったい何日泊まる気なんだ?
 疑問をそのまま春にぶつけてみると、しばらく言い難そうに口をもごもごしていたが、俺が黙って答えを待っているので、しぶしぶといった感じに口を開いた。
「来年の4月まで、です」
 それは泊まるとは言わない。居候、って言うんだ。
「おい」
 俺が半眼で見ると、春がビクッと身体を震わせた。
「は、はいっ?」
「どういうつもりだ?」
「え、ええと。その。あの。……んと、ハルは、拓真ちゃんと一緒にいたいなー、って思っただけですけど……」
 んな馬鹿な。
 らしくない言葉に、俺は訝しげに春の顔を見た。
 それは、今まで近づいてきたこともない距離に足を踏み込む、ということだ。
 春にそういう気があったのなら理解もできるが、それはあり得ない。今までの春を見ていればわかることだ。せいぜい、仲の良い幼馴染でしかない。
 パウに焼きもちを焼いているっていうんなら、わかりやすくていい。
 だが、そうではないだろう。
 春が何を考えているのか、さっぱり理解できない。
 単純で、正直者で、考えていることはすぐ顔に出る――そう捉えていた春の人物像が間違っていたのではないかと、俺は無性に自信がなくなった。
 ふと、思いついた事をそのまま口にする。
「ひょっとして、パウが関係しているのか?」
 こういうときのひらめきを、俺は信用していた。
「どうして、ライナバルトさんの名前が出て来るんです?」
 疑問に疑問で返す春は、困ったように微笑む。
 奇妙な違和感。
 春の微笑に、俺はなにかしっくりこない物を感じる。
 パウが関係している。推測でしかないが、俺は確信を持った。
 俺は椅子の背もたれにのけぞるように背中をあずけ、腕組みして天井を見た。
 どうして4月まで、と言い切れる? 4月まで俺の家にいなければならない理由はあるのか?

『期間はまだ未定だが、長くても3月一杯までしかこの学校にいられないらしい』

 朝のHRで、パウは4月までに学校を離れると京極さんが言っていた。
 春は4月までいさせてくれ、と言う。
 これは偶然だろうか?
「理由はそれだけか?」
 視線は天井に向けたまま、俺は春に尋ねた。
「え?」
「俺と一緒にいたい、って理由だけで4月まで置いて欲しいと言ってるのか? と訊いている」
「そうです」
「パウは関係ない、ってわけだな?」
「ライナバルトさんは関係ないです」
 笑顔で否定する春。
 ああ、そうか。
 俺はようやく、春に感じていた違和感の正体に気付いた。
 この笑顔だ。
 春は笑っているが、その笑顔が心と直結していないんだ。
 春の笑顔は、いつも自然に出て来るものなんだと思う。顔で笑いながら頭の中では別のことを考えている、っていう器用なことはできないと思っていた。
 だが、春はおそらく愛想笑いをしている。
 それに気付けただけでも、俺はほっとした。良かった、俺は春のことをわかってやれている。
 それが、春に近づく権利のように思えたのだ。
 俺は目蓋を閉じて、春の隠している物に触れるか触れまいか悩んだ。
 このまま俺が頷いてしまえば、春は満足するのだろうか。俺が無理していると感じる、あんな笑い方をしていて、満足できるのだろうか。
 春のためになにかしてやりたいと思う。
 そのなにかは、これなのだろうか。
 春が隠しているものを暴くのがこいつの為になると考えるのは、ただの俺の傲慢じゃないのか。
 かといって、放っておきたくはない。
 そっとしておくのも、近づき触れるのも、どちらも正解とは思えない。きっと、正解なんてないんだろう。
 正解がないのなら、俺は近づく方を選ぶ。
 ……よし、決めた。
「パウが入居していたアパートが火事で焼けて、それでその場にいた俺が、パウに済む場所を提供した」
 腕組み。背もたれに仰け反る姿勢。天井に向けられた顔。閉じたままの目蓋。俺は姿勢を一切変えず、言葉だけを変えた。
「火事の原因は、放火だそうだ。パウが住んでいるアパート、という理由で火がつけられたらしい」
 春は口を開かない。俺は話を続ける。
「パウの親父さんが、俺の家にパウを住まわせるように頼んできた。なんでも、親父の息子と一緒にいるのが一番安全だから、とか言ってたな」
「危ないとは思わないんですか?」
 春が静かな声で告げた。
「こんな嘘みたいな話を信じるのか?」
「拓真ちゃんが嘘を言っていないのはわかりますよ」
 なんとなく、俺の言った話は春が知っているような気がした。俺を信じるのではなく、嘘を言っていないのはわかる、と言っただけなのに。
 春にパウと同居しているときを伝えたときの反応が、少しおかしいなとは思っていたのだ。俺と同居することには驚いていたが、誰かの家に身を寄せているのは知っている風だった。
 少なくとも、春にこの事件性の高い話題を聞いても動揺はしていない。
 俺は春に苦笑してみせて疑問に答えた。
「危ない……なんてのは、実感は湧かなかったな。パウが狙われてるってのもそうだし、パウを住まわせることによって俺が巻き込まれてるってのも、な」
 俺は苦笑を消し、目蓋を上げた。姿勢を正して、春を見る。春は、複雑な表情で俺を見ていた。
「かといって、安全だと確かめられる方法はない。危険に巻きこまれる可能性があるのに、そんな浮ついた理由で一緒に住むことを俺は認めるつもりはない」
 当然、俺は一緒にいたいなんてのが取ってつけた嘘だとわかっている。だが、そう言った本人が否定できるはずもなく、春は何も言い返せないでいた。
「……だったら、ライナバルトさんとはどうして一緒に住んでるんです?」
「なりゆきだ」
 春が辛そうに目を細めた。それでも、口元の微笑は残っているが、今のはただの苦笑だ。俺がなりゆきで問題を起こしたり、面倒に首を突っ込んできたことを思い出しているのだろう。
 俺にとっての『なりゆき』は、何かをするには充分な理由になると春は知っているのだ。
「……どうしてハルは駄目なの? ハルが一緒にいたい気持ちは、拓真ちゃんのなりゆきと比べてちゃんとした理由にならない? どうして、ライナバルトさんはいいの?」
 春の言葉遣いが昔に戻った。気が昂ぶっているのだろう。
 それにしても、一緒にいたいという理由に随分とこだわるな。
「パウは関係ないだろ」
「関係あるよ」
「関係ないな。お前が関係ないって言ったんだ」
 ぐっ、と言葉に詰まる春。
「そ、それは今の話とは――」
「だったら、その笑いをやめろよ」
「……ハル、笑ってた?」
 俺の言葉の意味が把握できないのか、春は自分の口元を触っている。
「ああ」
 俺は頷いた。
「家に帰ってから、お前はずっと笑ってた。いや、思えば商店街にいるときから笑ってたな」
「え、でも、おかしかったら笑ったりするよ?」
「そういう笑いだったらいいんだよ」
 春は気付いていなかったのだろう。俺は嘆息した。
「お前、ずっと愛想笑いしてただろ」
「……え?」
 困惑顔で、俺を見返した。
「わからないとでも思ったか? 何年来の付き合いだと思ってんだよ」
「拓真ちゃん――」
 春が唇を噛んでうつむいた。
 そして、顔をあげた。
「拓真ちゃん!」
 真剣な顔で、春が俺に詰め寄ってきた。真剣、というよりも切羽詰った雰囲気がある。
「な、なんだよ」
 勢いに押されて少々腰を引きながら応えると、春がとんでもないことを言い出した。
「ライナバルトさんを、これ以上拓真ちゃんの家に置いてあげるのはやめて!」
「……そんなの無理に決まってるだろ?」
 一度引き受けたからには、パウのことは最後まで面倒を見る。
 重大な理由でもあればいざ知らず、ただお願いされて「はいわかりました」なんて言えるはずもない。
 というか、春ならそれぐらいわかっているはずだ。
 これだけ春が熱くなるということは、本当に危険が迫っているのかもしれない。
 どうしてそんなことを知っているのか疑問は残るが、今は春の問題の方が先決だ。
 春は一歩も引き下がらず、なおも熱心に俺を説得する。
「お願い、わかって。拓真ちゃんのためなの」
「どうして俺のためだって言うんだよ」
「だって、狙われてるんだよ? 危ないことに巻きこまれるんだよ?」
「まあな。でも、危ないとわかっているんなら尚更見捨てられねえよ」
「だったら!」
 叫んで、春は加熱する一方だった頭を冷やすように深呼吸をした。
 そうして、ゆっくりと切り出す。
「ハルをここに置いて。なんでもするから。家事でもなんでも、拓真ちゃんの言うことなんでも聞くから。ご飯も貰えなくていい。寝る場所もなくてもいい。ううん、ハルを拓真ちゃんの好きにしていいから――」
「おまえっ!」
 カッとなった俺は、立ちあがると襟元を捻り上げてで俺の顔の高さまで春を持ち上げた。体重の軽い春は、たいした労力もなく持ち上げることが出来る。
「ふざけんな! 下らねぇこと言ってんじゃねえよ!」
 今のはそれほど怒ることでもない。
 他の誰でもない、春の発言だからこそ、俺は一瞬で頭に血が昇ってしまったのだ。
 秋さんのことがあって以来、俺はそういうことを考えないようにしていた。それは当然春も知っているはずで、例え勝手な言い種だろうとも、「春ならば俺のことをわかってくれている」という信頼を裏切られたことに対する怒りだった。
「いいもん! 拓真ちゃんだったら、ハルは何されたっていいもん!」
 涙を浮かべながら春が叫んだ。
「この……! まだ言うかよ!」
「げほ、かは……」
 セーラーカラーを握る腕に力が篭もる。喉が締まっているのだろう、春が苦しげにむせている。
 どうしようもなく、腹が立って、悲しかった。
 ここまで言うんだ、相当の理由があるのだろう。なのに耳すら貸さない自分の狭量さが許せなくて、全て知っているはずの春にこんなことを言われるのが辛かった。
「もう黙れ! てめえは喋るな!」
 俺の一喝に、春は首を大きく横に振った。苦しげに、うめくように、声を張り上げた。
「は――ハルが、拓真ちゃんの一番近く、に、いられるんだったら、なにをしたっていい! このまま、じゃ、拓真ちゃん、絶対危ないこと、するもん! もう何も、しないで、見てるのは嫌だよ! 今度は、ハルが、拓真ちゃんを守るんだからぁっ!」

 ピシッ

「痛っ!?」
 手の甲に鋭い痛みが走り、俺は思わず春を落としてしまった。だが、春は上手いこと着地して、顔を真っ赤にして俺を睨みつけた。
「ふーっ、ふーっ」
 呼吸が荒いのは、首が締まっていたのもあるだろうが、涙を我慢しているのも大きな理由となっていそうだ。
「拓真ちゃんの馬鹿っ! どうしてわかってくれないの!?」
「無茶言うな! お前が俺に隠し事ばっかしてるから何もわかれないんだろうが!」
 あ。
 しまった。
 勢いで、春が何か隠していることに気付いていると白状してしまった。
 ストレートに言ったら駄目だ。尚更ガードが固くなる。だから回りくどい喋り方で、少しずつ春に水を向けていたというのに。
 お互いに睨み合いながらの沈黙。
 春の表情は変わらなかった。
 ただ、瞳から涙がボロボロと零れはじめる。
「拓真ちゃんの馬鹿っ! 言えるわけないじゃない! 言えないから秘密にしてるのに、そんなの、そんなの言えるわけないじゃない! 拓真ちゃんの馬鹿っ! 拓真ちゃんの馬鹿っ! 拓真ちゃんの、拓真ちゃんの――」
 はっとした表情。
 一度引っ込みかけた言葉だったが、勢いに任せて春の口から飛び出してきた。
「――拓真ちゃんの強姦魔ぁーーーーっ!」
 叫びながら、春はそのまま部屋から飛び出していった。
 廊下を走る音が遠ざかってゆき、やがて玄関のドアが閉まる音。
 ……家を飛び出していったか。
 俺は乱暴に椅子に腰を下ろし、深く息を吐いた。
 春を泣かしてしまった。
 以前ならば、春と喧嘩をすれば秋さんが間に入ってくれた。
 だが、秋さんは頼れない。俺一人でなんとかしなければならない。
 気まずいな……。
 明日、どんな顔で春と会えばいいんだろう。どんな言葉をかければいいんだろう。
 どうして今日になって突然、俺に気があるような素振りをするんだ。
 それがわからない。
 いや、それだけじゃない。
 俺は、春が何を考えているのか、全然理解できないでいる。
 俺にとって身近な人間は、秋さんと春の2人だけだった。秋さんと交流が途絶えた今、一番近くにいるのは春しかいない。
 長い付き合いだ。本当に、長い。だからこそ、お互いの良いところも悪いところも沢山知っている。
 俺の一番古い記憶は、俺と、秋さんと、春の3人で遊んでいるところだ。
 俺は、春のことがわかっている。春も、俺のことをわかってくれている。そんな気安い関係だったはずなのに。
 俺は春のことがわからなくなってしまった。
 春は、俺のことがわからなくなることがあったのだろうか。
 そんなこと、考えたこともなかった。
 どうしてこんなことになったんだろう。
 なにがいけなかった?
 どこで失敗した?
 うっかり口を滑らしたことか? それとも、もっと他の――
 ――春を怒鳴りつけた。
 ――春の愛想笑いを指摘した。
 ――春に夕食を作るという申し出を受けた。
 やはり、無闇に春の隠している部分に近づいたのがいけなかったのだろうか、と考える。
 全部俺がやったことだ。全部俺が選んで、俺が決めた行動の結果だ。
 やって後悔するか、やらずに後悔するか。
 俺は、前者を選んでいくと決めた。それはいい。
 それでも、後悔は付いてまわるものだろう。
「倒れるんなら、前のめり~」
 気を紛らわせるために、即興の鼻歌を唄った。
 一見前向きっぽいけど、倒れるときのことを考えてる時点で後ろ向きだよな、と口にした後で思う。
 からかって泣かしてしまったことは何度かあったが、こういう口論になって泣かす、というのは初めてだ。
 それに、最後の捨て台詞。春は素直な奴だから、腹が立ったらそれだけ悪口の内容も上がる。
 あの一言は、効いた。
 まさか春にあんなことを言われるとは思わなかった。正直、ショックな部分が大きい。
 許すとか、許さないとかはどうでもいい。
 ただ、このまま喧嘩別れだけはしたくなかった。
 手の甲が次第に痛みと熱を訴え初めてきて、俺は目を向けた。
 さっき痛みが走った部分だろう、両の甲にはそれぞれミミズ腫れができていた。

 リビングに行く。
 部屋から多少離れていたとしても、あれだけ大声で口論をしていれば、当然パウも気付いているはずだろう。
 言い訳というか、とにかく何か一言でも言っておこうと思ったのだ。
 リビングを通って、和室に近づいていく。和室には障子が引かれていて、室内の様子がわからない。
「……パウ。ちょっと話があるんだけど、いいか?」
「――――」
 返事がない。
「パウ?」
「――――」
 やはり返事がない。
「勝手に入るぞ。……入るからな? 入った後で文句言ったって聞かないからな」
「――――」
 ここまで言っても反応が無いのだ。もう入ってもいいだろう。
「開けるぞ」
 障子を開ける。
 そこに、果たしてパウはいた。
 だが、パウの心はそこにはいなかった。
 パウは和室の隅で、壁に背をもたれさせ、膝を抱えこむように座っていた。
 眼前に掲げるように持ち上げているのは、掌大の木彫りの人形。あれは――猫か。
「……ああ、なるほど」
 思わず納得してしまう。
 この分だと、俺と春が喧嘩したことにすら気付いていなさそうだ。
 俺は邪魔するのも悪いと思い、そのまま和室から出て静かに障子を閉めた。

 寝巻きにしているジャージに着替え、電気を消して布団に潜りこむ。
 とても勉強の続きをする気になんてなれなかった。
 春の様子から、おそらくパウを庇うということは、相当の危険を伴うことは察せられた。春が放火犯と繋がっているわけはないだろうが、あの様子から何か知っているのは間違いない。
 俺の知らない場所で春が何をしているか、気にならないわけでもないが、俺の悩みはそこではない。
 どうやって春との関係を改善するか。俺の思考はその一点に集中している。
 俺にとっては、自分に迫った危険よりも、春の事の方が重要な問題なのである。
 暗闇の中、ベッドの上で考えているのだが、いいアイディアは何も浮かばない。
 俺が一方的に悪いわけじゃないんだから、俺から謝るってのはおかしいだろ。
 かと言って、春が謝りに来るのを期待するのもどうかと思う。
 …………。
 …………。
 …………。
 くそっ、俺はこういうのが苦手なんだ!
 布団の中で「ぐああっ」と唸って枕を投げ飛ばした。
 俺は行動を起こしたり突っ込んでいくのは得意だが、その後に残った問題のフォローがどうしようもなく苦手なのだ。特にその相手が知り合いだったりしたら、最悪。何もできなくなってしまう。
 どっちも問題にぶつかるという意味では同じなのだが、どうしてか、事を起こした後に生まれる問題対して尻込みしてしまう。
 尻込みしたままフォロー不可能になるまで問題を放置したことが過去何回あったことか。そういう自分が嫌で、変わろうと決めたのだ。もう2度と後悔するまい、と。
 結論から言うと、最初に問題に突っ込む勢いとスピードが2倍になったが、フォローは相変わらず苦手なままだ。
 これじゃ変わってないだろうが!
 布団を蹴り飛ばして、俺は「ぐううっ」とうめく。
 しばらくそのままベッドの上で悩んでいたが、
「…………」
 寒くなってきたので枕と布団を回収するためにベッドから降りた。
「はあぁぁぁ」
 自分の不甲斐なさに、出るのはため息ばかり。
 あれだけ世話になったあげく、俺の勝手な思いこみで怒鳴りつけてたんじゃあなあ。これじゃ春に愛想つかれるのも当たり前だ。
 これでは恩返しどころの話ではない。
 情けない。
 俺は結局、いつまで経ってもくだらないままなんだ。
 くそっ、みじめだ。
 手の甲も痛いな。
 ……なんだか泣きたくなってきた。

 その後、思考の悪循環にはまった俺は、眠りにつくまで自分を罵り続けたのだった。

 ――識別コード 入力要請を確認・・・・・・・・――確認完了
 ――識別コード ≪反発する自我≫ で入力します・・・・・・・・――入力完了

 ――識別コード ≪反発する自我≫ が入力されました 初期設定モードをスキップします

 ――入館ゲート 検査開始・・・・・・・・――検査完了

 ――入館ゲートより、優先命令『意思を継ぐ者』を確認
 ――識別コード ≪反発する自我≫ は『意思を継ぐ者』に従い、再設定モードへと移行します

 ――再設定モードへ移行・・・・・・・・――移行完了

 ――接続コード 設定・・・・・・・・――設定完了
 ――精神フォーマット 設定・・・・・・・・――設定完了
 ――識別コード 設定・・・・・・・・――設定完了

 ――再設定モードを終了します・・・・・・・・終了完了

 ――ようこそ、館長候補 山崎拓真様

 ――放浪大図書館は、貴方の入館を歓迎します
 ――世界が記憶、蓄積した万物の知識が、世界の為に使われるよう、館長一同、切に願っております

 ――全ては、遥かなる明日の為に

< 続く >

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