由美子の賑やかで忙しい一日

*******お読みになられる方へ*******

    この作品を読む前に、E=mC^2のサイト内の小説を一通りお読みになられることをお勧めします。
    そうしないと、何が面白いのかわからないと思われるので。

「―――あ、あれ?」
 北城由美子(ほくじょう ゆみこ)は、突如として響きわたった絶叫で我に返った。
 辺りじゅうから、驚きや涙混じりの声が沸きあがっている。
 何事かと周囲を見回すと、衣服をすっかり脱ぎ去った女性たちが右往左往しているのが目に入った。
 どの女性も、自分がどうして全裸になっているのかわからないといった様子で、狼狽しながらとにかく人目を避けようと路地や植え込みに駆け込んでいく。
 なかにはパニックのあまり逃げ出すことも出来ず、その場にへたりこんで泣き出す者もいた。
「あの人たち、どうしたんだろ?あんなすごい格好で・・・」
 そうつぶやく由美子も、白ビキニにリボンタイをつけ、股下五センチ程度の超ミニスカートを着用となかなかすごい格好である。
 まあ彼女の場合、学校指定の制服というしっかりとした理由があるのだから、別物ではあるのだが。
 とにかく、昼下がりの繁華街は全裸及び半裸の女性たちの黄色い悲鳴でものすごい騒ぎとなっていた。
「へーんなの・・・・・・ん、むぐ!?」
 ふいに、口に異物を感じた。
 自分でも気付かぬうちに、何かを口に入れて噛んでいたらしい。
 急いで口内にある異物を吐き出した由美子は、手に納まったそれを見て目を丸くした。
「やだ・・・・・・なんで!?」
 グチャグチャに丸まったその物体は、白ビキニのパンツの方だったのである。
 しかもずいぶん噛んでいたらしく、唾液でベトベトのグチャグチャになっている。
 (えーと、えーと・・・アタシ、街中でパンツ食べてて、それで、裸の女の人が―――って、それはアタシとは関係なくて・・・)
 落ち着け。とりあえず、今日あったことを順番に思い返してみるのだ。
 由美子はパニックになりそうな自分にそう言い聞かせ、深呼吸をした。

 今日は期末テストの最終日だった。
 科目は数学と現国。
 数学はまだしも、現国は由美子の苦手な分野だったので悪戦苦闘した。
 机の上でしゃがみこみ、オナニーをしながら校長先生が用意したテキストを朗読するというテストなのだが、敏感な由美子はどう我慢しても喘ぎ声が混じってしまい朗読が途切れてしまうのだ。
 昨晩あれだけ練習したのに、三回も嬌声を上げてしまった。減点は免れまい。
 そんな憂鬱なテストも終わりを告げ、昼過ぎに下校になると由美子は繁華街に直行した。
 本来は登下校の際の寄り道は禁じられているのだが、久しぶりの部活のない貴重な空き時間を少しでも無駄にしたくなかったのだ。
 『夏休み中の部活動』について校長先生があれこれ悩んでいるようで、しばらく全ての部活動は休みとなっている。
 仕事に忙しい校長先生には悪いが、由美子は正直ラッキーなどと思っていた。
 さて、繁華街に着き、サンドイッチにアイスコーヒーといった簡単な昼食をすませると、由美子は特に目的もなくぶらぶらとショーウィンドウを眺めながら歩き始めた。
 と、前方に女の子ばかりの行列が目に飛び込んできた。
 それは女の子なら目がない食べ物の屋台―――クレープ屋だった。

「・・・そうよ。嫌なテストも終わったし、気晴らしにクレープでも食べよっか!って気分になって、行列に加わって―――」
 それがどうして、パンツなんぞを食べることになったのだろう?
 由美子はしばし首を捻り、なんとか論理的に答えを導こうとし・・・・・・
「・・・・・・・・・ま、いっか」
 案外あっさりとあきらめてしまった。いくら考えても無駄な気がしたのだ。
 原因は何であれ、『パンツを食べていた』などという恥かしい記憶はさっさと頭の引き出しの奥の方に閉まっておきたい。
 というわけで、由美子はその出来事をなかったこととして処理することに決めた。
 さっそく証拠隠滅のため、誰も見ていないことを確認しつつパンツを履きなおす。
「うわ・・・ぬるぬるして気持ち悪~い。夏でよかったよ・・・」
 乾くまでの辛抱、辛抱と不快感を堪える由美子。
 と、そんな彼女の前に人影が立った。
「・・・・・・少し、尋ねたいことがある」
 そう言って由美子に声をかけてきたのは、薄汚れた服を着た二十代くらいの青年だった。
 浮浪者かな、と一瞬由美子はたじろいだが、どうやらそうでもないらしい。
 埃っぽくはあるが服はしっかりとしたものだし、男の顔自体は小奇麗なものである。
 ただ、その服装というのが西洋の昔話に出てきそうな時代がかったものであり、浮浪者とは別の意味で怪しい。
「えっと・・・なんでしょうか」
「山猫亭という喫茶店を探してるんだが・・・」
 割とまともな質問だったので、由美子は拍子抜けしてしまった。
「山猫亭ですか。う~ん・・・ごめんなさい、知らないです」
「・・・・・・そうか」
 男は納得したように頷いた。そしてそのまま、動こうとしない。
 顔の上半分を覆い隠すように伸びた前髪の間から、青みがかった鉛色の冷たい目が由美子を見据えている。
「あのぅ・・・?」
 男の迫力に押され、由美子は一歩後ずさった。
「・・・もう一つ、いいか」
「はあ、なんでしょう」
「その格好は?」
「え・・・と。制服ですけど。清昴女学院の」 
「そうか・・・。ありがとう」
 場違いなその男は、踵を返すと「始末する相手が増えたな」とかなんとかブツブツとつぶやきながら去っていった。
 残された由美子は、ポカンと口を開けて男を見送る。
「な、なんか怖い人だったなあ。変な服着てるし・・・」
 あれが噂に聞くコスプレとかいうものだろうか。
 そういえば、オタクの中にはブツブツ独り言をつぶやきながら歩く危ない人もいるとか。
 由美子は背筋に寒いものを感じた。
 ただでさえこんな挑発的な制服を着ているのだ。
 見知らぬ男の人には用心したほうが懸命かもしれない。
「さてと、気を取り直してまたショッピングでも・・・」
 チラッと由美子は腕時計に目を向ける。
 間髪置かず、「ゲッ」とカエルがトラックに踏み潰されたような声を漏らしてしまった。
 時計が指し示していた時間は、午後二時半。
 記憶が飛んでから一時間半も経過してしまっている。
「ふえ~ん、せっかくの貴重な時間が~!」
 大慌てで一歩駆け出したその途端、

 ガツンッ!!

 鈍器で殴ったような音とともに、後頭部に衝撃が走った。
 眼鏡がズルリと斜めにずれる。
「・・・?・・・・・・・・・!!」
 カッ!!と由美子の目が見開かれる。
 先ほどまでの目つきとはまるで違い、鬼気迫るほどのかなり真剣な目つきである。
 そしていきなり、すれ違おうとした褐色の肌の少女の腕をガシッとつかんだ。
「ふえ!?な、なんレすか!?」
 驚く少女を強引にひっぱり、由美子は周囲に目もくれず一直線に足を進めてく。
「痛いのレす~!離してくださ~い」
 紫色にも見える美しい三つ編みの髪をプルプルと振りながら、少女は訴えてくる。
 だが由美子には全く聞こえていないようである。
 少女を引きずったまま由美子は交差点を渡り、反対側の歩道をグングン突き進んでいく。
 その先にいるのは、ひょろりとした痩せ型の大学生くらいの青年。
 由美子はその青年の前に立つと、通り中に響きわたるくらいに元気な声で叫んだ。
「すいません、アタシたちと3Pしてもらえませんか!」
 その言葉に、周囲の通行人の視線が瞬時にして彼女らに集中する。
 青年と、彼の仲間らしき数人の男たちはあっけに取られて言葉が出ないようだった。
「アタシたちとここでセックスしてください!今すぐに!」
「私は関係ないレすよぉ~」
「・・・なんですか、このコたちは?」
 男たちの中で一番年を食った、額が後退しはじめている丸顔の中年がつぶやく。
「“きつね”、おまえのドールじゃねえのか?」
 がっしりとした体格の男が尋ねると、“きつね”と呼ばれたその青年は驚いたように首を振る。
「違いますよ~!こんなコたち知りませんって!大体、俺は美少女よりもフェロモン系が好きだって前言ったじゃないですか」
「ねえ・・・これって、もしかしてガツンじゃないですか?“くらうん”さん」
 やや太目の男性が、ポツリと言った。
 “くらうん”と呼ばれた中年は、太目の男性に顔を向ける。
「ガツン?」
「ええ。ほら、最近よく聞くじゃないですか」
「―――ああ、あのガツン」
 “くらうん”は頷いて、「そうなの?」と由美子に訊いてくる。
「はい、ガツンです」
 由美子は笑顔で即答した。
「ガツンじゃ、仕方がないですねえ。“きつね”くん、相手してあげなさい」
「ちょ・・・っ!こんな不特定多数の人が見てるところでなんて、できませんよ~!」
 “きつね”くんは困惑した顔で周囲を見る。
 やじうまはすでに何重もの輪となって、由美子たちを取り囲んでいる。
「すいません、通してください!」
 そのやじうまの輪をこじ開けて、少年が入り込んできた。
「あっ、拓真さん!助けてほしいのレす~!」
 褐色の少女が涙目で手を振る。どうやら、少女の連れらしい。
 少年は怒ったような顔で“きつね”に近付き、肩をつかんだ。
「おい、この女はアンタの彼女かなんかか!?オレの知り合いを変なことに巻き込まないでくれ」
「違いますって!このコ、ガツンにやられちゃったみたいで・・・」
 “きつね”くんは必死で弁明する。
「ガツンって、あの?」
「ええ、あのガツン」
 少年はしばし沈黙すると、ため息をついて“きつね”くんから手を離した。
「そりゃしかたないか。あきらめろ、パウ」
「そんなぁ―――っ!」
「なんでもいいから、早く3Pしてください!」
 各人、好き勝手なことを言い、事態はますます混乱しはじめる。
 ワイワイと騒いでいると、パトカーのサイレンの音が近付いてきた。
「皆さん、下がってください!ガツンは見世物ではありません!」
 パトカーから飛び出してきた婦警たちが、やじうまを追い払いはじめる。
 レディースワットだ、という声がやじうまたちの輪の中から聞こえてきた。
「まったく・・・繁華街じゅうの女性が乱痴気騒ぎを起こしたと思ったら、今度はガツン?なんて日なのかしら」
 チーフらしき婦警が、苦虫を噛み潰したようにつぶやく。
 一方、ガツンに見舞われた哀れな被害者たちは話し合いを始めていた。
「むう・・・仕方はないとはいえ、さすがにセックスにまで参加しろとは言えないなあ・・・」
「そうですねえ。そちらのお嬢さんは、ガツンではないようですし」
「っていうか、俺が無理矢理犯されるってことに関しては皆さんスルーなんですね」
「早く、は~や~くぅ!もうアタシ、おま○こ濡れちゃってるんです!ほら、こんなにいやらしい液が垂れちゃって!あっ・・・んふ・・・」
「うう・・・周りの視線が痛いのレす・・・」
 う~ん、と由美子とパウと呼ばれた少女以外の関係者は何かいいアイデアがないかと首を捻る。
 ―――と、パウの連れである少年が手を叩いた。
「あ!こういう妥協案はどうでしょう!?」

「ん・・・あはっ、すごい・・・っ。おっきくて・・・やっ・・・奥まで・・・きてる・・・あ、ああん!」
 警察が見守るなか、由美子は道路に寝転がった“きつね”くんに跨って一心不乱に腰を振っていた。
 その顔は恍惚としており、だらしなく開いた口からは涎がとめどなくこぼれ落ちている。
 反面、“きつね”くんは疲れた顔をしてマグロ状態だ。
 「もう好きにして」といった心境だろうか。並ならぬ投げやりオーラが滲み出ていた。
「くはぁん、気持ちいい!きもちひぃよぉ!」
 呂律のまわらなくなった口で喘ぐ由美子。
 その右手は横へと伸ばされ、側に立っているパウの胸を服の上から力任せに揉みまくっている。
「・・・・・・あう~、あう~。そんなに強く揉まれると痛いのレす~」
 まったく思いやりのない愛撫に、パウは顔を歪めて苦しんでいる。
 少年が同情の目で声をかけた。
「我慢しろ、パウ。ガツンは絶対あきらめないんだ。これが最大限の譲歩なんだよ」
 少年が提案した、パウの貞操を守りつつ3Pさせる方法。
 それがこの、『由美子に胸を揉まれまくる』という手段だった。
 一応プレイに参加していることになるので3Pには違いないという屁理屈に近い案だったが、見事に由美子を納得させることができたのである。
「ううう・・・早く終わってくださイ・・・」
 男である“きつね”くんに揉まれるよりかは精神ダメージは少ないだろうという配慮から由美子に揉ませることになったのだが、パウの様子を見るに由美子相手でもダメージは大差ないようであった。
 全く気の乗らない二人を置いてきぼりにして、由美子は一人快感を貪っていく。
 ―――と、突然。
「ガツン!ガツン!」
 警察にわめかれながらも遠巻きに注目していた男たちが、次々に叫びながら突撃しはじめた。
「ガツン!あ、オレもガツンだ」
「オレも!しかたないよな、しかたないよねえ!?」
「あ―――っ、もう!」
 薄々こうなるんではないかと感づいていた婦警たちは、拳銃を取り出した。
 そして上空目掛けて威嚇射撃をする。
 一瞬にして場の空気が凍りついた。由美子だけは、我関せずと腰を振っていたが。
「みなさん、ガツンを装うことは犯罪行為です。バカなことは考えず、ただちに解散してください」
 男たちは互いに顔を見合わせ―――突撃を再開した。
 ガ・ツ・ン!ガ・ツ・ン!と叫ぶ声が重なり、まるで野球の声援のごとく大きなうねりとなる。
 恐るべきかな、男の性欲。
「ど、どうしましょうチーフ!?」
 必死で男どもを押し返しながら、婦警の一人が悲鳴をあげる。
「もう、こうなったら多少手荒な真似をしてもいいわ!なんとしてでも食い止めて!」
 婦警たちは警棒を取り出し、男どもを殴り倒しはじめた。
 一人、また一人と倒れていくが、男どもは決してあきらめない。
 次から次へとわき出てきては、突撃していく。
 徐々に警察側が押され始めてきた。
「こ、このままでは・・・!―――あっ!!」
 一瞬の隙を見逃さず、ついに一人の青年が突破に成功する。
 青年は歓喜の声を上げながら破廉恥な行為に加わろうとした。
 が、突如として出現した人影が青年の前に立ちはだかり、行く手を遮った。
「めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!」

 スパコ―――ンッ!

 小気味のいい音とともに、青年が崩れ落ちる。
 そこに立っていたのは、竹刀を持った高校生らしき勇ましい少女だった。
「晶ってば、危ないよ!」
 友人らしき少女が叫ぶと、剣道少女は不敵に笑った。
「大丈夫だって、霞。ちょいと警察に協力するだけだから」
 言うが早いか、婦警たちに加勢すると少女は目にも留まらぬ速さで男たちに竹刀を打ち込んでいく。
 それに勇気付けられたのか、劣勢だった婦警側が盛り返しはじめた。
 

 そんなふうに周囲で激戦が繰り広げられるなか、ついに由美子はクライマックスを迎えようとしていた。
「・・・うっ、うう、俺もう限界かも・・・・・・」
「出して!アタシのおま○こに精液注いでくださひぃ~!」
 腰をぶつけるスピードがさらに増していく。
 結合部がグチュグチュと泡立ち、淫靡な音を奏でた。
「う、うううっ!出る!」
「あ・・・ああっ、ふあああぁああ!」
 “きつね”くんが射精すると同時に、由美子も果てた。
 プルプルと身体を震わせながら、精を流し込まれる感覚に酔いしれている。
 長い長い快感の余韻が引いていくと、“きつね”くんはホッとしたような顔をした。
「こ、これで満足したよね?」
「・・・・・・まだよ」
「へっ!?」
「こんなのじゃ、全然物足りないの~!」
 由美子は再び腰を降り始める。
 “きつね”くんの仲間の体格のいい男が、あわてて由美子の肩を掴んだ。
「おいおい、もう勘弁してやって―――」
「邪魔しないで~っ!」
 由美子は男の腕を掴むと、軽々と投げ飛ばした。
 ガツンの強制力が生み出した火事場の馬鹿力であろうか。常識はずれのパワーである。
 宙を舞ったその男は、歩道橋の支柱に激突してズルズルと崩れ落ちた。
「び・・・・・・Bモード・・・」
 気絶する寸前に男はそうつぶやいたが、その言葉は誰にも聞こえなかった。

 結局、由美子はその後三回も行為に励み、ようやく満足したのであった。

「すみません。・・・本当に、すみませんでしたっ」
 正気に戻った由美子は、しきりに頭を下げていた。
 目の前には、胸を押さえて涙を流すパウ、やつれた顔をした“きつね”くん、揉みくちゃにされて服装の乱れたレディースワットの面々と晶の姿があった。
「まあ・・・しかたないわよ。ガツンなんだから」
 晶が慰めるように由美子の肩を叩き、去っていった。
「さて、後始末をしなくちゃね。―――あなたも、もう忘れたほうがいいわ」
 レディースワットたちは、撃沈されてうめき声をあげる男どもを搬送するための準備をはじめる。
「それじゃあ私たちも行こうか、“きつね”くん。今日中に仕上げをしなくちゃならんのだろう?」
「あ、はあ・・・」
 “きつね”くんも、仲間の男たちに連れられて、フラフラと立ち去っていった。
「うう・・・痣になっちゃったのレす・・・」
「見せなくていい、バカ。ほら、帰るぞ」
 パウと連れの少年も、そそくさとその場を去った。
「本当に、申し訳ありませんでした―――っ!」
 由美子は最後にもう一度深々と頭を下げると、大急ぎでその場から逃げ去った。
 闇雲に通りを駆け回り、角を三つ曲がったところでようやく足を止める。
「もう・・・バカバカ!なんでガツンになっちゃうのよ。えらい恥をかいちゃったじゃない」
 ブンブンと頭を振って、腕時計を見る。
 午後三時半。
 また一時間、無駄に消費してしまった。
「あ~あ・・・こんな時間じゃ、もう全部の店を見て回るのは無理だなあ」
 かといって、家に帰るのにも中途半端な時間である。
 どうしたものかと顔を見上げた由美子の目に、映画館が映った。
 そういえば、最新の映画はまだチェックしていなかった気がする。
 放映しているタイトルを見ると、『帝国軍特別女子収容所』と『ファンタジーシティ』の看板が掲げられていた。
 『帝国軍特別女子収容所』は、主人公である尋問官の心理作戦が実に巧みに描かれていると評判の洋画である。
 『ファンタジーシティ』は、今流行の異世界ものとして若者に絶大な支持を受けている邦画だ。
 どちらも、チェックしておいて損はないタイトルだった。
「う~ん・・・よし、映画に決定!」
 そう言って一歩足を進めた、その途端。

 ガツンッ!!

 再びガツンが由美子を襲った。
「はい、そこのあなた。ちょっとこっちへ!」
 近くにいた青年をこれまた強引に引っ張って、街灯の側に佇んでいた男と対面させる。
「なんだ、オマエは」
 冷たい印象を与えるその男は、不機嫌そうに由美子が連れてきた青年をにらみつける。
「知るか。この女に無理矢理引っ張られてきただけだ」
 由美子の手を振りほどく青年も、負けず劣らず不機嫌そうに男をにらみつけた。
「はい、同じような洗脳能力を持つもの同士が繰り広げる60分一本勝負!ファイ!」
「何!?」
 二人の男は同時に声をあげ、驚いたように由美子を見る。
「貴様・・・どうしてオレの能力を知っている」
「さあ?アタシはただのガツンですから。ただ、ジャッジを務めるだけです」
 プロレスのレフリーのようなポーズをとる由美子を見て、男たちは顔を見合わせた。
「・・・うせろ」
「ああ、こっちも暇じゃないんでな。そうさせてもらう」
「だめです!まだ二分四十七秒しか経ってません!」
 由美子は立ち去ろうとする青年を怪力で押し戻し、再び男の前に突き出す。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 二人の男性は、ただ無言で互いをにらみつけあった。
 二十三分十五秒が経過したところで、ようやく男が口を開く。
「・・・貴様、名前は」
「鋭次だ。そういうオマエはなんだ」
「・・・影一だ」
「おおっと!さすが同じ能力を持つもの同士!名前も似通っております!」
「オマエは黙って時間を計ってろ」
 由美子の頭をはたくと、影一は鋭次に忠告した。
「貴様が何をしようが勝手だが・・・オレの獲物に手を出したら、潰すぞ」
「ふん。それはこっちの台詞だ」
 嘲うように鋭次も言い返す。そして、再び互いをにらみつける。
 その状態のまま、六十分が経過した。
「―――はい、終了~!膠着状態のまま、勝負はつきませんでした。よって引き分けとみなします!」
 右手を挙げ高らかに宣言した由美子は、次の瞬間ハッと我に返った。
「は・・・あれ?」
 冷や汗が頬を伝っていく。
 二人の男が冷酷な笑みを浮かべながら、由美子を見据えている。
 ヒクッ、としゃっくりのように喉を鳴らすと、由美子は全速力でその場から逃げ去った。

 バスから降りると、由美子はふらふらと住宅街に入っていく。
「うう・・・結局、何もしないまま夕方になっちゃった」
 二人の男たちから逃げたあと、由美子はそのままバスに乗り込んだ。
 もう帰宅をしなければならないような時間帯だったし、何よりいたたまれない気分だったのだ。
 たとえ時間に余裕があったとしても、迷わず帰宅していただろう。
「しばらく、あそこには近づけないなあ。はあ~・・・」
 ため息混じりに角を曲がる。
 と、そこにはボンデージレオタードに身を包んだ妖艶な雰囲気を醸し出す女性と、サソリの着ぐるみを着た少女が立っていた。
「―――という作戦でいくわ。いいわね、サソリナ」
「はい。おまかせください、ブラックローズ様」
 奇抜な格好をした二人を、由美子はただポカンと口を開けて眺める。
 と、ブラックローズが由美子の存在に気が付いた。
「あら、こんにちはお嬢ちゃん。・・・見てはいけないものを見ちゃったわねえ」
 口元に手をやって含み笑いをすると、ブラックローズは由美子に近付いてくる。
 得体の知れぬ恐怖を感じ、由美子は後ずさりをした。
 その足がよろめく。
 本能的なものなのか、無意識のうちに身体が小刻みに震えていた。
「安心なさい。あなたは私がかわいい奴隷人形にしてあげるわ」
 サソリナも顔をにやつかせながら、近付いてくる。
 由美子はどうすることもできず、その場に立ち尽くした。
 ブラックローズの手が、由美子の手を掴もうとしたその瞬間。
「ファイア・ストリーム!!」
 掛け声とともに灼熱の炎の波が走り、それを遮った。
「くっ・・・何者だ!」
 ブラックローズは、炎が放たれた方向に目を向ける。
 その目線の先には、真紅の衣装に身を包んだショートカットの勝気そうな少女が立っていた。
「覚悟しなさい、ネメシス!ヴァルキリー戦隊、炎のカーネリアが相手よ!」
「新手のクリスタルレディか!?」
 二人の声が重なる。
 ―――そして、微妙な空気をまとった沈黙が場を支配した。
「・・・・・・・・・ネメシス?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・クリスタルレディ?」
 どちらも、互いの言ったことが理解できない様子だった。
「と、とにかく悪党には変わりないわけね!?なら、倒すまで!」
 先に動いたのはカーネリアだった。
 手に持った剣を構えると、ブラックローズ目掛けて斬りこんでいく。
 ブロックローズもようやく我に返り、それに応戦した。
「何やってるの!?早く逃げて!」
 ブロックローズとサソリナの二人を相手に奮闘しながら、カーネリアが叫ぶ。
 由美子は弾かれたように走り出した。
 とにかく、とにかく遠くへ。
 家に逃げ帰ることも思い浮かばず、由美子は住宅街を滅茶苦茶に走り回る。
「もう・・・何!?今の一体何なのよ!?」
 動物と人間を掛け合わせたような、奇妙な人物。
 それと戦う、派手な衣装を着た女の子。
 まるで幼いころに観た特撮のようではないか。
 
 ―――特撮?

 ふと、由美子は足を止めた。
 あれは・・・・・・もしかして、特撮の撮影だったのではないか。
 そう考えた途端、足の力が抜けて由美子はへなへなとその場に座り込んだ。
「あ、あはは・・・な~んだ、そっか・・・」
 力ない笑い声が洩れる。
 そうだ。あれは特撮に違いない。
 あんなとんでもない姿をした連中が、現実に存在するはずがないのだ。
 そういえば、よその県に引っ越した友達も同じようなものを見たといっていたような気がする。
 たしか、ジュエルなんたらだとか、クノイチだとか、そういう名前だったはずだ。
 そうだ。それと同じ、子ども番組の撮影に違いない。
 由美子はそう信じこもうとした。
「お客さ~ん、店ん中でヘラヘラ笑わないでくださいよ~。ちょっと不気味ですよ」
 ふいに声をかけられる。
「えっ?」
 二十代くらいの男性が、困った顔をして由美子の顔を覗き込んでいた。
「きゃっ・・・」
 驚いて立ち上がろうとすると、ガンッ!と肩が棚にぶつかる。
 気が付くと、由美子はどこかの商店の中にいた。
 夢中で逃げ回っているうちに、入り込んでしまったらしい。
「す、すみません!」
「ま、いいけどね・・・。それよりもお嬢さん、いい品物があるんですよ。買いません?」
 お店の男性は、それぞれ別の色がついた七つの飴玉みたいな物が入ったガラスの箱を取り出した。
 そして得意気に説明しはじめる。
「七色丸薬!この商品は、飲むことによって相手の神経伝達を思い通りに操作できるようになる丸薬です!これを使って、素敵な彼氏をゲットしませんか?」
「・・・・・・結構です」
 勝手に上がりこんでおいて、失礼な態度かとは思ったが。
 あまりにも胡散臭すぎたため、由美子は冷たくあしらった。
「で、では、こちらの商品はいかかでしょう?他人の精神、記憶、常識等を書き換えることが出来る鉛筆!」
「いりません」
「なら・・・こちら!人に見せるだけでその見せた人間を深い催眠状態にさせる不思議な石!その昔、賢者の石とも呼ばれていた由緒ある代物です」
「いりませんってば」
 由美子は次々と出される商品を、片っ端からつき返していく。
 実は、こういうオカルトチックなアイテムには以前痛い目に合わされているのだ。
 雑誌の広告に乗っていた、欲望を実現させるというブラックデザイアという本を、興味本位で購入したことがある。
 高かった。由美子の小遣いが全て消えた。
 それだけ期待した代物だったゆえに、なんの効果もないただのメモ帳だと判明したときのダメージは大きかった。
 もう二度とこういった類の物は購入しまいと固く誓ったほどだ。
 大体、人の心を操れるような大層な代物がおいそれと手に入るわけがないのである。
 もしブラックデザイアの本物があったとしても、由美子のような凡人のところにまわってくることは一生ないだろう。
「とにかく、アタシは何も買いませんから!」
 きっぱりと言い放って、由美子は店から飛び出した。
 まさか追いかけてはこないだろうとは思ったが、念のため振りかえってみる。
 ―――そこには店などなく、空き地があるだけだった。
「・・・・・・・・・」
 由美子はうんざりとした表情で、天を仰ぐ。
 疲れている、と思った。
 今日は二回もガツンに襲われた。だから、ありもしないものを見てしまったのだろう。
「早く、家に帰ろ・・・」
 つぶやいて振り返った途端、誰かとぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい・・・」
 なんだか謝ってばかりだなあ、と思いつつ顔をあげると、そこには見覚えのある顔があった。
「・・・また、会ったな」
 それは、繁華街で由美子に道を尋ねてきたコスプレ青年だった。
 服がボロボロに切り裂かれ、身体のあちこちから出血している。
「え・・・!?ちょっと、大丈夫ですか!?」
「気にしないでくれ。大した怪我じゃない」
 コスプレ青年は、「まさかあれほど手強いとは思わなかった」とかなんとかブツブツとつぶやく。
 その右手からは、長さ一メートルはある裁ち鋏の刃の部分のようなものが飛び出していた。
 よく見ると、何やら血のようなものがべっとりとこびりついている。
 ・・・これは、本気で危ない人かもしれない。
 そう感じた由美子は、ダラダラと血を流すコスプレ青年をほったらかして、そそくさと近くにあった自然公園に逃げ込んだ。
「はあ・・・。もう、この街に平凡な日常は存在しないの・・・?」
 なんだか、数年分のハプニングをまとめて先取りしてしまった気がする。
 もう、早く家に帰ろう。
 そうすれば、変な事件も起こるまい。
 そう考えながら公園内を横切っていると、茂みからコソコソと話し声が聞こえてきた。
「・・・?」
 訝しんで覗いてみる。
 OLらしき女性が乱れた服装で芝生の上に横たわり、ハアハアと息を荒げていた。
 その股間からは白濁液がトロトロとこぼれ落ちている。
 その傍らで、小学生くらいの年齢の男の子が下半身丸出しで座り込んでいた。
「こ~のドアホ!こんな目立つところでヤってしもうて、騒ぎになったらどうするんや!」
「だ、だって・・・あの状況じゃ、こうするしかなかったじゃないか。それに、淫魔君だってノリノリだったくせにぃ」
「う、うるさい!わしは知らんで!お前が勝手にヤッてしもうたんや!」
 ―――男の子は、自分のおち○ちんと会話をしていた。

「ただいま・・・」
 ようやく家にたどり着いた由美子は、重い足取りで階段を登る。
「おかえり。・・・どうしたの、疲れた顔しちゃって」
 母親が台所から声をかけてきた。
「うん・・・ちょっと、ね。少し、寝かせて・・・・」
「夕飯は?」
「いらない・・・」
 自分の部屋に入ると、由美子は着替えもせずにそのままベッドに身を投げ出した。
「・・・大丈夫、今日会ったことの八割は夢だから」
 自分に言い聞かせ、目を閉じる。
 すぐに泥のような眠りが由美子の意識を沈めていく。
 意識が完全に消え去る直前、由美子はこう心の中で願った。
 どうか。
 どうか、明日からは平凡な日常が戻ってきますように―――。

         ****登場作品一覧*****

         コウソク
         注文の多い喫茶店 ・・・・・・著者猫さん

         BLACK DESIRE ・・・・・・KRTさん

         渡来商店 七色丸薬編 ・・・・・・困った独楽さん

         催眠術師 鋭次 ・・・・・・EIJIさん

         KUNOICHI・・・・・・MCTさん

         TEST・・・・・・ユキヲさん

         白と黒
         おろろん淫魔君・・・・・・bobyさん

         帝国軍特別女子収容所 ・・・・・・紫真人さん

         正義の女戦士クリスタルローズ・・・・・・舞方雅人さん

         Tomorrow is another day・・・・・・海老フライさん

         ファンタジーシティー・・・・・・FX_MCさん

         洗脳戦隊・・・・・・邯鄲夢さん

         ドール・メイカー・カンパニー・・・・・・MCきつねさん

         剣道場の囁き・・・・・・みゃふさん

         ガツン・・・・・・ジジさん

         魔法使いの小冒険・・・・・・・永慶さん

         えんぴつ・・・・・・KKKさん

         きれいな石・・・・・・NISIさん

         糸切り人・シザー
         ジュエルエンジェル・・・・・・わさび

                               (順不同)

 各作品の作者様方、勝手な真似をしてすみません。どうしても書いてみたくなって、やっちゃいました。
 もし苦情があるようでしたら、どうか遠慮なく言ってくださいませ。
 本当は全作品からませたかったのですが、さすがに無理でした(汗
 選んだ作品は特に基準はなく、からませやすいものを片っ端からです。
 なお、当たり前のことですが、この作品は各々の作品とは何の関係もないバカストーリーです。
 本編とのつながりは一切ありません。ご了承ください。

< 終 >

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