ホントの私

(1)

「うん。この辺がいいかな」

 芝生を踏みしめながら、男は周囲を見渡して言った。眩しげに両目を細めていた。
 遠方で鳴く野鳥の声が響いてきた。広々と開けた空間を、暖かい春の風が通り過ぎていた。

 『N市総合運動公園』
 そこは、地元出身の代議士がゴリ押しして作った、と噂のある公園だった。多額の税金が投入され施設は充実しているが、街の中心から遠く外れた山の中にあった。公共の交通手段が一時間に一本しかないバスに限られており、市民からの評判は良くない。野球場がいくつも入る広さだが、その為にただでさえ少ない訪問者が散らばってしまっていた。それでも休日は自動車で家族連れがやって来たりもするのだが、平日は閑散としている事が常だった。

 そんな人気の無い時間帯に、男が立っているのはその公園の中でも奥に位置する芝生の広場だった。その広場だけでサッカーができるほど広い。公園の管理事務所からも一番離れた所にあるそこは、寂しい公園の中でも最も人が寄り付かない場所だった。

「エリもそう思うだろ?」

 言いながら、男は後ろを振り返った。
 男の後ろ、影のように女が寄り添っていた。春の昼下がりの公園で、真冬のように厚手のコートをしっかりと着込んでいる様子は、明らかに異質だった。暑いのか、その顔は少し赤い。

 エリと呼ばれた女性は、怯えたようにあたりを見回していた。その視線は落ち着きが無い。おずおずと、形の整った唇が動いた。

「マコト、さん。本当にこんな所で……その、するの?」

 身を硬くしてエリは言った。両手は自分を守るかのように、しっかりとコートの襟元を握り締めていた。
 マコト、と声をかけられた男はニンマリと笑う。

「ふふ、当然じゃないか。そうじゃなかったら、わざわざこんな遠い所まで来ないよ。こんな場所でするのが、エリは好きだったじゃないか」

「そ、そうなのかな?私、正直言って今でも『あんな事』していたなんて、とても信じられないの」

「そんな事言いながら、いざ始めるとあんなに乱れるんだからね、エリは」

 マコトは取り合わない。エリとは対照的に、その態度は確信に満ちて堂々としたものだった。

「でも……」

 エリは逡巡していた。さらにきつく自分の体を抱きしめた。その仕草で前にせり出した豊満な胸が、潰れて無残に形を変える。
 チリンと金属同士がぶつかる音が、小さく響いた。

「それとも観客がいないとやる気が出ないのかな?それなら誰か呼んで――」

「ま、待って!」

 歩きかけたマコトを、慌ててエリは止めた。数秒間の沈黙。

「大丈夫だよ、これは、昔からエリはやっていた事なんだ。そんなに特別な事じゃない。もう一度、やり慣れた『遊び』を繰り返すだけさ。――さ、始めて」

 優しくも毅然としたマコトの言葉。エリの逃げ場を塞ぎ、急き立てていく。

「ああ……」

 よそ風にかき消されそうな小さなため息をつく。絶望の憂いを帯びたその息は、一方で驚くほどの熱かった。まるでエリの体内に生まれたマグマのような興奮が、漏れ出したかのようだった。

 きつく握り締められていたエリの手が、ゆっくりとほぐれていく。細く白い指先は、自ら着込んでいるコートへと伸びた。一つずつ、ボタンを外していく。自分自身を解放する為の儀式のように。

「……」

 そんなエリの様子を、マコトは無言で見つめている。平静を装ってはいるが、その目は血走り爛々と輝いていた。
 全てのボタンを外し終えると、エリはコートを脱ぎ芝生に落とした。コートの下、エリは裸だった。黒いハイヒールに黒い首輪。それが、エリが身につけている物の全てだった。
 首輪から伸びた細い銀の鎖は、地面近くまで伸びている。風に揺れてチリンと音を立てた。そよ風はそのまま舞い上がって裸体を撫で、エリの下腹部を覆う繊毛を揺らしていた。
 エリは恥ずかしそうに背を丸め、抱きしめるように体を隠そうとしていた。豊満な乳房は抵抗するように、腕の間からその大半がこぼれていたが。そんなエリの動きを、マコトの声が優しく制した。

「エリ。気をつけ、だよ」

 マコトの言葉にエリの動きがピタリと止まった。そのまましばらく静止していたが、その両手は諦めたように体の横にダラリと垂れた。エリの背筋も、次第に真っ直ぐ伸びていく。

 春の昼下がりの公園に、全裸の若い女性が立っていた。その魅力的な肉体を恥じ入りながら。目を引く重そうな胸も、黒々とした下腹部の茂みも、肉付きのいい太腿も、全て日の光に晒している。現実離れした光景だった。
 モデルのような抜群のプロホーションなのに、身に着けている首輪とハイヒールが、その印象を決定していた。疑問の余地が無いまでに。この女は、異常な性癖の持ち主で、この男の所有物なのだ、と。

 鋭角に尖った円錐形の豊乳は、重力に負ける事なくそのきれいな形を維持したまま、フルフルと体の動きに合わせて揺れていた。
 その頂点にある薄桃色の乳首は、ピンと張り詰めて日の光を反射していた。

「ンくっ……」

 羞恥に耐えかねて、エリは顔を背ける。それでも体を隠そうとはしなかった。
 色白の肌が、ほんのりと赤く色づいていた。エリは、全身で赤面していた。

「きれいだよ。エリの裸は、やはり昼間に外で見るに限るね。きらきらと、まるで光っているみたいだよ」

 マコトの口から、思わず感嘆の言葉が出た。

「あまり見ないで……。お願い……」

 風にかき消されそうなかすれた声で、エリはマコトに哀願した。

 芝生を踏みしめて、マコトはエリに近づいた。エリの頼みを無視して、嘗め回すようにその発達した裸身に視線を這わせた。本来秘められているはずのエリの全てが、無防備に露わになっていた。若々しい張りのある肢体は日差しを浴びて光り、そよ風になびく陰毛のさらに奥には開きかけた裂け目が見えた。
 エリは羞恥を押し殺し、全てを晒したままで立っていた。エリ自身の意志で。

 マコトは愛おしげに、エリの細い首筋に巻かれた首輪を撫でた。ゆっくと、愛撫のように。そのまま指を鎖に絡ませて握ると、エリに告げた。

「さあ、エリ。楽しく遊ぼうか」

(2)

「ん……」

 目を覚ました時、天井が見えた。白いはずの天井は、淡い水色に光っていた。青地のカーテン越しに、太陽の光が差し込んでいた。
 そこは殺風景な部屋だった。自分が寝ているパイプベッドに、簡素な机と椅子。机の上には小さな観賞植物の鉢が置かれていた。ただそれだけの部屋。生活感が乏しいそこは、まるで病室のようだ、と思った。

 どこだろう、ここは。全く記憶に無い部屋だった。他人の部屋に上がりこんだような、何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
 私はベッドの上で身を起こす。随分長く寝ていたみたいだ。長く眠りすぎて、逆に頭が重いくらいだ。ぼんやりとしていた意識が、次第に覚醒していく。

 私は地味なチェック柄のパジャマを着ていた。可愛いデザインが好きな私の趣味からは、かけ離れている代物だ。
 なぜ私は、この部屋で寝ていたのだろう。まだ焦点がぼやけた頭で考えようとしたその時、慌しく部屋の扉が開かれた。

「エリ!」

 一人の男が入ってきた。その人は、私を見るなり叫ぶようにそう言った。

「気がついたね。エリ」

 状況が理解できず、私は呆然としていた。その男の人はベッドの傍まで駆け寄ると、私の手を痛いくらいに握り締めた。その目には、うっすらと涙を浮かべていた。

「良かった。本当に良かった」

 男は、何度も何度もそう言った。感激していた。そんな様子を見ていると、逆に私の頭は冷えていった。傍観者のように。なぜ、この人は私の事を『エリ』なんて名前で呼ぶのだろう。私は、私は……。

「……」

「エリ?」

 ぼんやりとした私の様子に気づき、男の顔には訝しげな表情が浮かんだ。

「どうしたの、エリ。僕がわからないの?僕だよ。マコトだよ」

 私はこの人を確かに知っていた。確か名前も、そう、マコトで間違いない、はずだ。
 飲み込みづらい大きな錠剤を無理に飲み込むように、心の中で引っかかりながらもそう認識した。

 まだ寝ぼけているのか。私の頭はすっきりしなかった。いや、もう十分目は覚ましたはずなのに、それでも頭の中の一部分には未だに霧がかかっているかのようだ。マコトの事も、よく知っているはずなのに、記憶の輪郭がぼやけている。微妙にマコトの言う言葉が、私の頭の中ではかみ合わない。よく思い出そうとすると、直前でブレーキがかかる。急に面倒になって、考えるのを止める。まだ夢でも見ているみたいだ。

 思わず疑問を口にする。

「マコト、さん。エリって私の事なの?」

「エリ。何を言っているんだよ」

 私が冗談を言っていると思っていたらしく、マコトの言葉には苦笑に似た響きがあった。

「……」

「エリ?」

 それが、冗談で私が言っているのでは無いとわかると、みるみるマコトの顔が青ざめていく。じっと私の目を見て、マコトは言った。

「エリ。まさか記憶を失っていないか?」

 そんなはずはない。だって私はこんなにしっかりしているのに。でも……。
 記憶を辿っても、湧き出してくるのは焦りだけだ。昔の事は知っている。だけどそれはぼやけている。何一つ焦点が合わない。自分が何者であるかも、わからない。
 マコトの言葉の通り、私は記憶を失ったまま目を覚ましていた。

(3)

 目の前に置かれたコーヒーから、ユラユラと湯気が立ち上っていた。

「飲んで。落ち着くよ」

「ありがとう」

 コーヒーを入れてくれたマコトに、私はお礼を言う。香りを嗅いでいるだけで、気持ちが落ち着いてくる。
 私達は、居間のテーブルに向き合って座っていた。

「エリは昔からコーヒーが好きだったからね」

 自分が誰だかわからないという事は、自分の足場が崩れるような不安を感じた。その中にあって、自らの事を『マコト』と呼んだ男性の事は、唯一しっかりと固定された足場と言って良かった。。私は、マコトの存在に安心感を覚え始めていた。

「取り乱して、ごめんね。今はエリが目を覚ました事だけでも喜ばないといけないのにね……」

 マコトのその言葉は、私にというより、自分に言い聞かせるかのような言い方だった。私は、温かいコーヒーを一口飲んで、口を開いた。

「あの、マコト、さん。色々教えてほしいの。私の事」

 自分の考えに耽っていたマコトは、はっとした表情を浮かべて私を見た。

「ああ、そうだったね。説明しないと何もわからないよな。大丈夫。ちゃんと分かるように教えてあげるから。そうだな……。まず、僕とエリの関係について教えるね。僕とエリは、とても親しい間柄だったんだ」

「それは、恋人同士って事?」

 マコトの態度から、薄々そうではないかと思っていた。
 しかし、マコトは小太りで、自分より随分年も上だろう。優しそうではあるが、正直言って異性としての魅力には乏しい風体だ。昔の事は思い出せなくても、自分が好きになるタイプでない事はわかる。

「うん、そうだね。確かに僕達は恋人同士だった。とても仲のいい……。僕達の心は、深い部分で繋がっていたんだよ」

 懐かしそうにマコトは言った。
 ちょっと信じがたい話だった。昔の私は、マコトのどこに惹かれていたのだろうか。

「僕達は一緒にこの家で住んでいたんだけど、ちょうど半年前にエリは交通事故に遭ったんだ。幸い外傷は大した事無かった。でも、頭を強く打っていてね。ずっと目を覚まさなかったんだよ。それで僕がこの家に連れ帰ったんだ。いつか、目を覚ましてくれると信じていた……。きっと今日のような日が来るってね」

「そうだったの……。全然覚えていなくてごめんなさい」

 私はマコトに謝った。それを見て、慌てたようにマコトが言った。

「いいんだ、そんな事。こうしてまた話ができた。それだけで、もう十分だよ」

 マコトの顔には優しそうな笑みが浮かんでいた。

「でも、何も覚えていない私が、いつまでもこの家にいたら迷惑だよね」

「そ、そんな事ないよ。昔からこの家が僕達二人の家だったじゃないか。……それに、エリのご両親はもう亡くなられているし、頼れる人なんていないんだよ。ここより他に、エリが行く所なんて……。いや、そんな事を抜きにして、僕はエリにはここにいて欲しいんだ。お願いだからどこにも行かないで欲しい」

「ありがとう。優しいのね」

 今は素直に、マコトの優しさが嬉しかった。

「それに記憶だって大丈夫さ。ゆっくりと時間をかけて思い出していけばいいよ」

「そうね……。そうだ。ね、昔の私の写真とか無いかな?見たら何か思い出せるかもしれないし」

「ああ、それならいい物がある。僕達がどんな関係だったかも、それを見たらよく理解できると思うよ。ちょっと待っていて」

 マコトは椅子から立ち上がった。その顔は、笑みを浮かべたままだった。

「?」

 ふと気がつくと、マコトの笑みには少し影のような黒さが混ざっていた。いたずらを楽しむ子供のように。少し気になったが、私の興味はマコトが持ってきた物に移っていった。

(4)

「これは?」

 マコトが持ってきたのは、一枚のDVDだ。自宅で作成した物らしく、表面の白地にペンで日付だけが書き込まれていた。マコトが教えてくれた現在の日付からすれば、一年ほど前の日付だ。

「僕達二人の記録さ。エリがきれいだから、その姿をずっと映像に残しておこうと思ってね」

「そんな……」

 私は顔が熱くなった。

「でも、エリは昔からカメラで撮影されるのが好きだったんだよ」

 笑いながら言い訳がましくマコトが言う。そう言われれば、カメラを向けられるのは悪い気がした。
 マコトは居間の奥に置かれた大型液晶テレビの所まで移動すると、その下に設置されているDVDプレイヤーに、園をディスクを挿入した。

「驚かないでね」

 念を押すようにマコトが言う。リモコンを操作すると、すぐに映像が映し出された。そこには、私が知らない私がいた。

 その場所は、この家の庭だった。昼間のようだ。間隔を空けて植えられた生垣の先には、たまに行き交う自動車の姿が生垣越しが映っていた。

 私は生垣に背を預けるようにして立っていた。
 上下を黒い皮製のビキニを着ていた。覆っている面積はあまりにも小さい代物だった。乳房の大半はこぼれ、下半身には食い込んでいた。しかも乳首と股間には、強調するように大きな星のマークが白地で描かれている。下品だ。見ている方が恥ずかしい。ビキニの紐の部分には、奇妙な金属製の部品が取り付けられていた。

 そんな格好をした私は、カメラに向かって、満面の笑顔を浮かべていた。

「エリ。カメラに向かって自己紹介してごらん」

「はい」

 マコトの言葉に、映像の中の私は従順に頷いた。

「牝犬の、エリです」

 ドクン。

 心臓が高鳴った。
 『メスイヌ』という言葉に、私は激しく動揺していた。それは私にとって、なぜか特別な言葉のように思えた。
 映像の中の私が続ける。

「私は飼い犬です。マコトさんに飼われています。マコトさんは怒るととっても怖いけど、エリがいい子にしていたら、優しいの。私はマコトさんのペットになれて幸せです」

 私の言葉は異常だった。しかし無理に言わされている様子はない。その顔には、幸せそうな笑みを浮かべたままだった。

「人間のふりをしているけど、本当の私は牝犬だから、人間のフリは疲れるの……。ご主人様ぁ、もういいですか?エリ、我慢できません」

 ねだるように、私は体を揺らす。上目遣いにマコトを見る。明らかに、マコトに媚びていた。

「仕方ないなぁ、エリは。もう我慢できないのか。仕方ない。それじゃあ本戻ってもいいよ。本当のエリに」

「やったぁ!ありがとうございます。ご主人様。大好き!」

 映像のフレームの外から、にゅっと腕が現れた。カメラを持っているマコトの腕のようだ。手には黒い箱のような物を持っていた。よく見ると表面にはボタンのような物が見えた。リモコンのようだった。それは真っ直ぐ私の方を向いていた。
 カメラに見せつけるように、マコトがリモコンのスイッチを入れた。途端にカチャリと金属音が響き、私の胸を覆っていたトップスが解けた。プルンと双乳が踊る。

 マコトの持っていたリモコンは、私の水着を脱がせる代物だった。

 普通の人より大きくて恥ずかしい、私の乳房が丸見えになった。家の庭、それも真昼だというのに、私はボトムだけを身につけた、トップレス姿になっていた。

「んー」

 ようやく開放された、という様子で、私は頭の上で手を組んで背伸びまでしてみせた。重い胸が揺れる。

「まったくエリは、裸が好きなんだからなぁ。こうして僕が管理していないと、すぐ服を脱いで裸になりたがるし」

 マコトの言葉には、少し呆れたような響きがあった。
 この仕掛けが私を裸にする為の物では無く、裸にさせない為の物であるかのような口ぶりだった。

「だって、エリは牝犬なんだもん」

 私は頬を膨らませて言い返す。

「だから、ねぇ。ご主人様。下も……。エリを完全な牝犬にして……」

「うーん。どうしようかな?」

「ご主人様ぁ。お願い……。エリは素っ裸になりたいの」

 焦れたように、私は異常なお願いを口にした。言いながらフルフルと体を揺らすと、いやらしく乳房も動いた。

 再びマコトの手が映る。マコトがリモコンのスイッチを入れると、唯一身に付けていたボトムスが芝生に落ちる。私の黒いアンダーヘアが丸見えになった。

「ああ……」

 モニタの中の私から声が漏れる。その声は、喜びに溢れていた。

(5)

「目をそらしちゃだめだよ」

 いつの間にか、マコトは私の横に移動していた。映像を観る私の耳元で囁いた。体もぴったりと密着させてきた。

「で、でも。こんな」

「こんな、何だい? これがエリの正体じゃないか。昔のエリは僕といつもこんな事ばかりやっていたんだよ」

「おかしい、おかしいよ……」

 私は弱々しく顔を振った。

「大丈夫だよ。これはみんな、昔のエリが喜んでやっていた事なんだから。さあ、もっとよく見てごらん」

 マコトの言葉に誘導されるように、私の目はモニタを凝視した。
 ただ全裸になった事に飽きたらず、モニタの中の私は、自分で自分の体をまさぐり始めていた。片手は胸に、もう片手は股間に伸びていた。

『あン……。ふぁ、うぅ……。やっぱり、お外でするの、気持ちいい……!』

 ガクガクと腰が震えていた。立っているのもやっとの様子だった。足は開いており、指は敏感な部分を直接刺激しているようだった。
 すぐ後ろの道路をたまに自動車が走り抜けたりするが、私が自慰を止める様子は無かった。人に見られたら、私は一体どうするつもりなのだろう。私は、私は……。

「嫌がっているように見えるかい?」

 画面を凝視したまま、横に首を振る。とてもではないが、そうは見えない。

「無理やりやらされているように見えるかい?」

 もう一度横に振る。

「とっても気持ち良さそうだよね」

 重力に負けるように、コクンと頷いた。
 横に座っているマコトの手が伸びて、私の胸に触れた。何度か軽く撫でるようにタッチすると、次第に大胆な手つきになっていった。鷲づかみにして上下左右に動かした。

「……」

 マコトの行為を拒否する事ができなかった。刺激が強い映像に、私の頭は麻痺してしまったみたいだった。ぼうっとモニタを見つめたまま、マコトのおもちゃになっていた。自ら胸を愛撫する映像の中の私と、同調しているような気がしてきた。驚くほど体は敏感になっていた。

『はぁっ、んン……あ……』

 快楽に喘いでいるのは、今の私なのか、映像の中の私なのか、もうよくわからなかった。
 外でこうやって恥ずかしい事をするなんて、一体どんな気分なんだろう。想像しただけで体が熱くなった。
 そう、この焼けるような快感を私は知っている。記憶は失っていても、この体は覚えている。

 とうとうモニタの中の私は、立っていられずに座り込んでしまった。尻餅をついたのではない。片手を体の後ろにつくと、腰を前に突き出しながら足を開いた。

「ご主人さまぁ。エリの恥ずかしい所、見てぇ!」

 そう言うと、私は自分の指で秘所を開いて見せた。サーモンピンク色をした私の女性器が、淫らに広げられる。そこは既にぐっしょりと潤い、お尻の方まで濡れていた。

「昔の自分の姿を見たら何か思い出すかも、なんてエリは言っていたけど、何か思い出したかな?」

「いいえ……。これが本当に、私なの?」

「そうだよ。これがエリの真実の姿だよ。昔のエリは、こんな事をするのが大好きだったんだ。さ、もっとよく見てごらん」

「……」

 ぼんやりと、私は私自身の痴態を眺める。

「でも、とっても気持ち良さそうだろ?」

「……うん」

 モニタの中では、日の光を浴びてヌラヌラに光っている私のアソコが大写しになっていた。よく見た事は無かったが、グロテスクでスケベな形をしている。これが私の本性だろうか。それをぼんやりと見つめながら、私は頷いていた。操られるように、私の口が動いた。

「またこんな事をやれば、思い出すのかな……。お、教えて…・・・もう一度最初から、エリに」

 さっきコーヒーを飲んだはずなのに、喉がカラカラに渇いていた。

「ふふ、いいよ。また教えてあげる。たっぷりと調教して、いやらしい牝犬奴隷だった事を思い出すようにね」

「……」

 恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。恥ずかしすぎて、まるで酔ってしまったかのようだ。恥辱に酔い、私は何も考えられなくなっていた。ただ、マコトに体をまさぐられながら、自分の痴態を見つめていた。

 モニタの中の私は、自分の肉裂を左右に大きく広げたまま、円を描くように腰を動かし始めていた。上を向いた肉の丘がプルプルと揺れた。下品でいやらしい仕草だ。まさしく浅ましい牝犬そのものと言っていい。それをやっているのが自分だなんて信じられない。でも私の体は、その快楽を知っていた。その興奮を思い出したかのように、この体は発情していた。足の付け根を濡らしているのが自分でもわかる。

「さあ、エリ。これからまた遊ぼうね。きっとエリは病み付きになるよ」

「……」

 耳元で囁くマコトの言葉が、頭の中に響いていた。

(6)

「……」

 私は四つん這いで歩いていた。両手と両膝には、芝生の感触があった。
 身に着けているのは、首輪とハイヒールだけ。正常な人間の格好ではない。誰が見たって牝犬だろう。
 肉の詰まった胸が下にひっぱられ、釣鐘みたいな形になっている。一歩進む度に揺れ、私の羞恥を煽っていく。

「いい天気になって良かったね。エリ」

 のんきなマコトの言葉だった。背中の方から声がする。首輪に付けられた細い銀の鎖は、緩く後ろに伸びていた。
 マコトは私を先に歩かせて、のんびりと後をついてきた。多分、その位置から私の恥ずかしい所は丸見えだろう。しかし、隠す事もできなかった。既にぐっしょりと濡れているそこに風があたると、ひんやりと冷たい感覚に襲われた。それは、腰が抜けるような快感だった。

「……」

 緊張感の無いマコトの様子とは対照的に、私の心臓は高鳴っていた。

 今、この公園にいるのは私とマコトの二人だけだ。しかし、いつ他の人が現れるのか、わかったものではない。この道の奥から、あの木の陰から、今の瞬間にも誰か来るのではないか、そう考えるだけで頭がどうにかなりそうだ。しかもこの公園は広く、そんな場所が無数にあるのだ。

 早くこんな事は終わりたい。そうしないと、私はおかしくなってしまう。

 映像で見るのと、自分でするのは全然違う。こんなに恥ずかしいなんて、想像していた以上だった。どうしてこんな事を教えてほしい、なんて自分から言い出したのだろう。恥ずかしさのあまり、私の口数は減っていた。

 マコトが指示したのは、公園の隅に置かれたベンチまで、四つん這いになって歩く事だった。マコトの命令には、なぜか逆らう事ができなかった。『こんな事』を早く終わるには、早く辿り着くしかない。自然と私の歩みは早くなった。焦れば焦る程、私の牝犬というより牝牛のような乳肉はタプタプと激しく揺れた。その事が、更に羞恥を煽った。

「はぁ…はぁ…はぁ……」

「おいおい。そんなに急ぐなよ」

 息が荒くなる。早くベンチに着かなくてはと、気ばかりが焦る。ぐいぐいご主人様を引っ張っている様子は、まるで散歩にはしゃぐ本物の犬のようだ、と思った。

 ベンチに辿り着く頃には、私の息はすっかり乱れ、うっすらと全身に汗をかいていた。
 マコトは正面に回り、ベンチに腰を下ろした。私は四つん這いの姿勢のまま、見上げるように彼を見た。

「ふふ、全身が桜色になっているね。そんなに良かったのかな」

 せり出した腹を揺すってマコトが笑う。かぁっと全身が熱くなる。

「もう、許して」

 搾り出すように私は言った。

「許すって何を? これは別に罰ではないよ。これは、エリ自身が自分の意思でやっている事じゃないか」

「そ、それは……」

 私は口を濁した。続く言葉はどこからも出てこなかった。変態としか見えない痴態を晒しておいて、今さら何を言っても説得力は無かった。

「まだ記憶が戻るには不十分みたいだね。昔のエリは、こうやって外に連れ出したら自分から止める、なんて言い出さなかったよ。それじゃあ、次は何をしようか」

 私は本物の犬のようにうなだれたまま、マコトの言葉を聞いていた。

(7)

 マコトは、私の首輪から鎖を外した。ただそれだけの事なのに、なんだか悲しい気分になった。捨て犬はこんな気持ちになるのだろうか。

「ほら、よく飼い主と犬がやる遊びがあるでしょ。ボールとか枝を投げて、それを取ってくる、というやつ。あれをやって遊ぼうか。僕が投げるから、エリはそれを拾ってくるんだよ。もちろんエリは牝犬なんだから、四つん這いで拾いに行くんだ」

 マコトはよくしゃべるようになっていた。よく見ると、ズボンの前が膨らんでいる。私の恥ずかしい姿を見て興奮したのだろうか。それを思うと、恥ずかしくも嬉しかった。

「それで取ってくる物なんだけど、普通にボールとか枝じゃ面白くないでしょ。エリはいやらしい牝犬だから、エリにとって魅力的な物じゃないとね。だから」

 マコトはズボンから、大人のおもちゃを取り出した。男性の性器を模したそれは、派手なピンク色で所々が逞しく隆起していた。

「ほーら、エリの大好きな物だよ。嬉しいかい? 僕がこれを投げるから、エリはそれを取ってくるんだ。もちろん手を使っちゃだめだよ。牝犬らしく、口に咥えて持ってくるんだ」

 そう言うと、マコトは手にしたバイブを軽く投げた。

「ほら、とってこーい」

 間延びしたマコトの言葉とともに、ピンク色のそれは宙を舞い、5メートルほど先に落下した。
 これ程の恥辱があるだろうか。女性を馬鹿にしている。怒り出してもおかしくない所業なのに、私の胸は奇妙な喜びで一杯になった。こんな事を、私は楽しいと感じていた。

『やるしか無いのね……』

 私はマコトの命令に逆らう事ができない。エッチな命令であればエッチな命令であるほど、私はそれを歓喜とともに忠実に実行してしまう。恥ずかしさが極まって、頭の中が麻痺してしまったようだ。考える間もなく、私の肉体はマコトの命令に従おうとしていた。体を反転させると、再び恥ずかしい場所をマコトに見せたまま、のたのたと張型まで這っていった。

 勃起した性器の形をしたそれは、咥えやすくはない。咥えようと何度も芝生に落として、正面から咥え込む事で、ようやく持ち上げる事ができた。私のほほは窪み、大人のおもちゃにフェラチオしているみたいだった。そのままマコトの所へ向かう。下を向いていたら落としそうだ。意識的に顔を上に向けて這っていく。マコトは家庭用のビデオカメラを手にしていた。ニヤニヤしながら私の痴態をカメラに収めていた。なぜか文句を言う気にはなれなかった。

「よしよし、偉いぞ」

 マコトは、私の頭を撫でてくれた。それだけで、漏らしそうになるほど気持ちいい。飼い犬がご主人様に褒められる時は、こんな気持ちになるのだろうか。

 ゴシュジンサマは、私の口からバイブを取り上げた。その先端から私の舌まで、唾液が糸を引いていた。別れを惜しんでいるみたいだった。
 ごしゅじんさまは、再び張型を放り投げた。

「ほら、とってこーい」

 無条件に体が反応する。男性器の形をしたそれを追いかけていた。

 マコト様が無造作に投げたバイブレーターを、私は無我夢中で追いかける。不器用にそれを咥えると、またご主人様の元へ這って戻る。

「ほら、とってこーい」

「ほら、とってこーい」

 何度も何度も繰り返す、無意味な行為。
 それなのに私は、楽しい気分になっていた。夢中になって張型を追いかける。これは、私とご主人様の遊びなのだ。楽しくないはずがない。

 途中から、ご主人様はバイブのスイッチを入れた。生き物のようにウネウネと不気味に動いている。咥えにくくて、芝生に顔をうずめるようにしてようやく拾い上げた。口の中に入れても暴れている。落とさないように、深く咥え込んでぴったりと唇で固定する。本物の男性器を口に含んでいるかのようだ。歯を立てたくはなかった。

『あまり暴れないで』

 必死に舌を動かした。
 ご主人様の元に駆け寄った時、思わずその股間に目がいく。そこは、大きく膨らんでいた。もし今口に含んでいるのが偽物では無く本物だったら……。

 ゴクリと、喉が鳴る。はしたない欲望が、むくむくと湧き上がってくるのを感じた。
 何を考えているの、私は。自分の中に芽生えた汚らしい欲望に、驚きつつも否定する。確かに今の自分はとても恥ずかしい事をしている。まともとは思えないような行為だ。しかしそれでも、これはご主人様に命令された事なのだ。自分からそれを求めてしまうのとは、やはり違う。それを自ら望んでしてしまえば、自分は変わってしまう。そんな躊躇いがあった。

『どうして我慢なんてするの?』

 脳裏に浮かんだのは、モニタの中の私。庭で痴態を晒す牝犬の私の姿だった。

『チ○チ○欲しがるなんて、当たり前じゃない』

 でも、私は……。

『エリは牝犬でしょ?』

 私が牝犬……。

『発情した牝犬が、チ○ポ我慢なんてできるはずがないじゃない』

 発情した、牝犬……。我慢できない……。発情している……。

『一日中チ○ポの事考えているくせに。チ○ポ、気持ちいいよ』

 ち○ち○……。チ○ポ……。勃起した、逞しい……。

 頭に牡の生殖器のイメージが浮かぶ。途端にその妄想は、際限なく膨らんでいった。

 チ○ポ。チ○ポ。チ○ポ。チ○ポ。チ○ポ。チ○ポ。チ○ポ。チ○ポ。ああ……!チ○ポ!!

 振り払ったはずの欲望が、べっとりと私にまとわりついていた。私の頭の中は、ご主人様のアソコの事で一杯だ。アレを直接感じる事ができたら、どんなにいいだろう。

 バリバリと、自分を形成していた殻が壊れた。内側から現れるのは本当の自分。淫乱で露出狂いの牝犬奴隷としての私だ。

 私は牝犬。ご主人様に飼われる牝犬。

 一旦それを認めてしまうと、信じがたい開放感に包まれた。卵から羽化するような、快感と喜びがあった。

「ん、どうしたの? そんな物欲しそうな顔をして」

 今の私には自制心が無い。ただひたすら自分の欲望に忠実な、下品で下等な生き物にすぎない。なんて幸せなのだろう。生まれてきて良かった。

「ご主人様……」

 私は、ご主人様を仰ぎ見た。自分のはしたない欲望を口にする。はしたない行為だから、興奮する。

「エサを、ください。ご主人様の、チ、チ○ポを……」

 頭の中が真っ白になった。下劣な欲望を告白しただけで、軽く登り詰めたようだ。
 自分の欲望に素直になる事が、こんなに気持ちいい事なんて、思いもしなかった。
 汚い言葉を使う方が気持ちいい。それはきっと、私自身が薄汚い存在だからだろう。その事が、甘い疼きを生んでいる。こうなると、完全な変態だ。

「僕のチ○ポをどうしたいのかな?」

「舌で隅々まで舐め上げたり、口に含んでジュポジュポ動かしたりしたいです……」

 今までどこに潜んでいたのか、いやらしい言葉が沸いてきた。既に私の唇は半開きになり、口の中を舌が動き回っていた。唾液が溜まていた。淫らに条件付けされたパブロフの犬だ。

「待て、と言っても、我慢できそうじゃないね。どう? 自分が牝犬だって事は思い出せた?」

「はい。私は、牝犬です。その事は、絶対間違いありません」

 口にするだけで、甘い電気が全身を駆け巡った。

「それでエリは野良犬なの? 飼い犬なの?」

「私は、マコトさんの飼い犬です。だから、ご主人様にご奉仕したいです」

「フフ。仕方ないね」

 苦笑しながら、ご主人様は下半身を露わにした。ご主人様の陰茎は固く勃起していた。なんておいしそうなのだろう。

「ああ、ご主人様……」

 そう言うと、私はご主人様の下半身に顔を埋め、夢中になって舐めしゃぶっていた。

(8)

 太陽は傾き始め、時刻は夕方になろうとしていた。
 大きく開けた公園で、私は裸を晒していた。首輪とハイヒールだけを身に着けて。そして男性の下半身に顔を埋め、肉棒を口で愛撫していた。淫らな夢を見ているような光景だった。だがそれは、全て私が望んだものだ。
 男性の股間からは、プンと牡の匂いが漂ってくる。その匂いを嗅いでいるだけで、頭がクラクラするほど興奮する。この匂いは癖になる香りだ。この香りを肺の奥まで吸い込みたくて、つい深呼吸をしてしまった。

 ご主人様はベンチに座り、私の愛撫にその身を委ねていた。その分身は先ほどより大きくなったようだ。私の唇と舌による奉仕に感じてくれている、と思うと胸に熱いものがこみ上げてきた。嬉しくなって、つい熱心に頭を振る。気がつくと、男根の先端からは蜜が滲んできていた。夢中になってそれをすする。なんて美味しいんだろう。
 私の関心の大半は、いつの間にかご主人様の事に絞られていた。

「はむ…はぁ、ああン……くちゅ、ぺちゃ……!」

 甘えるように鼻を鳴らしてしまった。唇を突き出して何度もキスをし、満遍なく舌で舐め上げる。先端からぱっくり口に含むと、優しく上下にこすり上げる。堪らなくなって、顔面にご主人様のモノを擦り付ける。自分の顔がチ○ポ臭くなる事がうれしかった。

「くちゅ、くちゅ、くちゅ、くちゅ……」

 張り出したえらの部分に自分の唇をかぶせて、リズミカルに細かく頭を上下させた。エラに引っかかるように。気持ち良さそうにご主人様が呻いた。気持ちいいんですか? ご主人様。
 私の体は、勝手に動いていた。いやらしい奉仕の仕方を、この肉体は覚えているのだ。

「エリ。後ろを向いて」

 その事が何を意味するのか。私は瞬時に理解した。
 ご主人様の分身から口を離すと、嬉々として体を反転させた。自分の性器を差し出すように。私のそこは、先ほどからの羞恥責めと男根奉仕で、ぐっしょり濡れて充血しきっているだろう。なんてはしたない。よく見て欲しくて、足を開き気味にしてお尻を高く持ち上げる。
 お尻を高く持ち上げるのとは対照的に、私の顔は低くなり顔と乳首は芝生をこする。自分がしている恥ずかしい格好を想像するだけで、私のアソコが一層激しく濡れていった。既に乾いてしまった愛液の跡の上を、新たな愛液が糸を引きながら流れ落ちた。

「ああ、ご主人様……下さい……」

 私の手は自然に動き、自分の貝を指で開いていた。気がつくと物欲しそうにお尻を振っていた。映像の中の私と同じだ。

 悠然とご主人様が立ち上がった。かちゃかちゃとベルトを緩めている。余裕ある動作だった。その間、私は微動すらしない。あそこを広げたまま、突き入れてくれるのを待つ。その時間はとても長く感じた。
 ようやく待ちに待った肉棒が、私の中心を押し開いて入ってきた時、あまりの気持ちよさに体が痙攣してしまった。

「ん……!きつい!大きいっ!!」

 半狂乱になって叫ぶ声が、自分の発したものだなんて信じられなかった。私は獣じみた歓喜の声を上げずにはいられなかった。
 私の花弁は、抵抗なくご主人様の分身を飲み込んでいく。電気にも似た甘い痺れが私の全身に広がっていった。
 ご主人様の分身は、私の一番奥まで深々と突き入れられていた。それを余す事なく味わおうとするかのように、私の子宮はぎゅうぎゅうに収縮する。隙間なく押し包む私の肉壷は、今ご主人様の男根の形になっているに違いなかった。

 一旦私の奥に納まった怒張は、暴れるように動き出した。敏感な粘膜をかき出そうとするかのように、荒々しくピストン運動を開始した。

「ああン……ひぃ……くぅっ……!だ、だめです、ご主人様!激しすぎます。ふぅあっ……!!」

「だめなものか。昔からエリのここは美味しそうに僕のナニを咥え込むじゃないか。エリも腰を振って!」

 私の腰も動き出した。もっと深く陰茎を呼び込むように。もっと快感を味わう為に。パンパンと私のお尻とご主人様の腹がぶつかり合った。その度に、私の頭に火花が飛んだ。
 既に十分高まっていた性感は、待望の剛棒を得て、私を容易に絶頂まで押し上げた。

「もうだめ……!だめです!エリ、いきそうです!!」

「いいよ。いっても」

 ご主人様の許しが、とどめになった。

「イっちゃう!イっちゃっう~~!!」

 ガクガクと頭を振った。目の前が真っ白になっていく。無限に落下する感覚の中、体から力が抜けていった。ご主人様は、倒れこもうとする私の腰を掴むと、猛然とペースを上げていった。
 絶頂を迎えて敏感になった私の秘裂は、許容量を超える快感にビクビクと痙攣を繰り返した。そこに構わず猛り狂う男性器が突き入れられた。肉の杭を打ちつけるようにその動きに、私は再び天国から快楽地獄へ引き戻された。

「ひぃぁああ!だ、だめです。ご主人様ぁ!これ以上は……!気持ち悪いの。気持ちよすぎて、気持ち悪いの!!」

 私の目には涙が浮かんでいた。狂ったように叫んでいた。それでも、私の体は浅ましく横暴な快感に服従し、受け入れた。

「もう少しだから。くっ……!僕もいきそう……!!」

「あ。ああぁぁぁ!だめぇ、またイっちゃう!エリ、またイっちゃうぅぅぅ!!」

 ドクドクと温かいご主人様の精が私の子宮に注ぎ込まれた。その感覚に感動しながら、私は二度目の絶頂を迎えていた。

(9)

 マコトが部屋に入ってきた。朝エリが目を覚ました、簡素な部屋に。
 マコトに続いてエリが部屋に入ってくる。チェック柄のパジャマ姿だった。

「……」

 エリの顔には精気がない。ぼんやりと開いた目には、何も映っていないようだった。表情というものが抜け落ちたその様子は、夢遊病患者のそれだった。

「横になって」

 マコトがそう言うと、エリはゆっくりとベッドに向かって歩き、その身を横たえる。両目が開いているので、まるで精巧な人形のようだった。

「今日も一杯遊んだね、エリ。お風呂にも入ったし、もう寝る時間だけど、その前にいつものヤツをやろうか」

 マコトはベッドの横に立ち、エリの耳元で囁く。

「エリはまぶたが重い。ゆっくり目が閉じていく」

 決め付けるマコトの言葉通り、エリの瞼は自然に閉じていく。

「エリの前には階段があるよ。周りは真っ暗だ。暗闇の中、白い階段が浮かび上がっている。その階段は、まっすぐ下に向かっている。下に降りてみよう。僕が一回手を叩くと、エリは階段を一段降りる。もう一回叩くと、もう一段降りる。降りる度に、エリの眠りは深くなる。いいかい?」

「……」

 黙ってエリは頷いた。

 パン、とマコトが手を叩く乾いた音が部屋に響いた。エリの様子に変化は無い。構わずマコトは手を叩く。
 ゆっくりしたペースで、マコトは自分の手を何度も叩いていく。部屋の中は、定期的にマコトが手を叩く音だけが響いていた。

「さあ、エリは一番下に着いたよ。もう何も考えられない。ただ、僕の声だけが聞こえてくる」

 しばらくして、マコトは言った。エリの指は少し曲がっていた。力が抜け、完全に弛緩していた。深い催眠状態にある証拠だ。

「そのまま聞くんだよ。今からエリは眠ってしまう。深く、深く。そして明日の朝目を覚ますと、何もかも忘れている。自分が誰かも覚えていないんだ。エリは記憶喪失になっている」

 子供に諭すように、マコトはゆっくりとエリに話しかける。

「記憶を失っているから、とても不安なんだ。昔の事を思い出したい。本当の自分が何者なのか、どうしても知りたい。でも、自力では思い出せない。だからエリは、僕に協力してもらって、思い出すように努力するんだ。その為には、どんな恥ずかしい事でもやれる。むしろ、やってみたい。エリから僕にお願いせずにはいられないんだ。『教えて欲しい』ってね。わかった?」

 エリはゆっくりと頷いた。
 何度も繰り返した暗示なので、エリの中には条件づけができつつあった。すんなりマコトの言葉を受け入れた。

「僕が『昔から』と言ったら、それをエリが疑う事はない。エリ自身は思い出せないけど、僕だけがエリの過去を知っているんだから。いいね?」

 もう一度エリは頷く。

「じゃあ、エリ。今日はゆっくり休むんだよ。……いい夢を」

 マコトはエリの額にキスすると、そっと部屋を出て行った。

 窓から日の光が差し込んでくる。青いカーテン越しの光が、室内を淡い青色に染めていた。もう朝になっていた。
 ゆっくりと、エリの体が起き上がる。不思議そうに室内を見渡していた。その様子を、部屋の隅に仕掛けられた隠しカメラが捉えていた。

 不意に部屋の扉が開き、マコトが慌しく入ってきた。マコトは、エリを見るなり叫ぶように言った。

「エリ!」

 月日が流れ、少し肌寒い季節になっていた。エリとマコトの『遊び』は、毎日繰り返し繰り返し行われた。エリの痴態を記録した、マコトのDVDコレクションは、随分その数が増えていた。

「エリ!」

 今朝もエリを監禁した部屋を入るなり、マコトはそう叫んだ。
 ベッドから起き上がったエリは、決まって不思議そうな表情でマコトを見る。毎朝繰り返された光景だ。
 その日のエリは、いつもと様子が違っていた。微笑みを浮かべてマコトを見つめていた。

「どうしたの、エリ?」

「ううん。私はどうもしてないよ」

 即座に顔を横に振った。エリはもう完全に覚醒していた。優しい笑みを浮かべてマコトを見ていた。
 最後の願いがようやく実現しそうだという予感に、マコトの心臓は高鳴った。

「エリ。まさか記憶を失ってはいないか?」

 念の為、いつもの言葉を繰り返してみた。

「ううん……。私はちゃんと覚えているよ。私は牝犬。マコトに飼われた、エッチな牝犬でしょ」

 その瞳には、微塵も迷いが無かった。忘却の暗示の力を超えて、エリは自分が何者かを完全に理解していた。
 よく見ると、その顔には淫らな色が浮かんでいた。パジャマの下からは、固く尖った二つの突起物の形が見て取れた。
 エリは、重い胸を揺らしながら、マコトに向かってにおねだりした。

「今日も万年発情牝犬のエリと遊んでください。ご主人様」

< 終わり >

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