傀儡の舞 1-2

(11)

 鈴菜はそっと自分の体を抱きしめた。伝わってくる感触に、何の違和感もない。
 そろそろ消燈の時間だった。白いチェック柄のパジャマ姿のまま、自室のベッドに腰掛けていた。どうしても、休む気になれなかった。

 朝になって鈴菜が目を覚ました時、見慣れた天井が見えた。そこは、鈴菜の自室だった。
 慌てて自分の股間を確かめてみた。出血もしていなかった。何の異常も感じない。

 あれは夢だったのだろうか。鈴菜は自問する。
 どこだか解らないトイレの中で、一方的に奪われた己の処女。一生忘れる事などできないと思っていた悲劇が、今思えば全てがあやふやに感じられる。まるで誰かに操られていたかのように、勝手に動く自分の体。果して、そんな事が本当にあるのだろうか。

 変わらぬ日常の朝が始まると、自分の記憶の荒唐無稽さが際立った。食堂で、新体操部のみんなと一緒に朝食を取る。双葉ちゃんは朝から元気一杯だ。太るぞ、と脅す早夜子ちゃんの言葉を聞き流し、トーストに大量のアプリコットジャムを塗ってはほお張る。その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

 あれは夢だったのだ。そう思いたがっている自分がいた。昼間授業を受け、夕方からの部活が終わる頃には、鈴菜の中ではそう結論づけていた。

 しかしそれでも、鈴菜は眠るのが怖かった。また『あの時』の続きが始まるかもしれないと思うと、横になる気にはなれなかった。
 あれは本当に夢だったのだろうか。考えても仕方が無いとは思いつつも、ついまた考えてしまう。自分を貫く勃起した男根。子供のそれならともかく、硬く屹立した肉棒など見た事はあるわけがない。なのに、どうしてその形を私は細部に至るまで思い描く事ができるのか。
 鈴菜は、言いようのない不安に捕らわれていた。

 静寂を破り、携帯の着信メロディーが室内に響き渡った。緑心学園では校内での携帯電話の使用は禁止されているが、寮内に限って許可されていた。それは、鈴菜の母親からの電話だった。

「もしもし。鈴菜ちゃん?元気にしていた?病気とかしていない?」

 懐かしい母の声には、いつも心配そうな響きがあった。

「うん、元気」

「新体操の方はどう?怪我はもういいんでしょう?」

「もう平気。がんばっているよ」

 未だに本調子ではない、とはなかなか言いづらい。勤めて明るく言った。
 昨年の活躍で、鈴菜の地元では大変な盛り上がりを見せているらしい。自らの知らないところで、後援会結成の動きもあるようだった。

「今度の大会はいつあるの?お父さんと応援に行こうって話になっているのよ」

「次は8月のインターハイまで無いよ。それに二人が応援に来るのはちょっと恥ずかしいし。お母さんと“おじさん”が」

「鈴菜ちゃん・・・」

 まだ、お父さんとは呼んでくれないのね。途絶えた母の言葉の続きは、鈴菜にはよく解っていた。

「お母さんが幸せなら、私はそれでいいの。でも、私にとって『お父さん』と呼べる人は、この世にたった一人しかいないの」

「・・・」

 電話の向こうで、母は沈黙していた。

 鈴菜の父親は、小さい時に交通事故で無くなっていた。他に兄弟もなく、母と二人の生活が続いた。その後母は再婚し、新たな家庭を築いた。母の再婚相手は、自分に良くしてくれた。特に不満があるわけでは無かったが、それでも父親と呼べる存在は、鈴菜にとってただ一人しかいない。

 幼い日、お父さんは鈴菜を海水浴に連れて行ってくれた。足がつかない深い場所を、浮き輪に捕まった自分を引っ張って泳いでいく。怖くて、父親の体にしがみついた。
 海水の雫に濡れた大きな背中。それが鈴菜の、父の姿のイメージだ。

 『おじさん』と呼ぶのは、特に母親の再婚に反対しなかった鈴菜の、最後の意地のようなものだった。寮のある緑心学園に進学したのも、早く新しい家庭から出たかったからだ。

「そうだ。ね、鈴菜ちゃん。実は折り入って話があるんだけど」

 静寂を破り、母がそう切り出した時、不意に部屋の扉がノックされた。

「あ、ごめんなさい。もう消灯時間なの。また時間がある時にかけるから。うん・・・それじゃ」

 慌てて電話を切り上げると、鈴菜は扉を開けた。そこには、同じくパジャマ姿の早夜子が立っていた。早夜子にしては少し子供っぽい、ラクダがプリントされているパジャマだった。

「ごめーん、鈴菜。英語の課題、ノート写させてくれ」

 早夜子は両手を合わせて鈴菜を拝む。

「またなの?」

 呆れた調子で、鈴菜が言う。学年が二年に上がり同じクラスになってから、頻繁に早夜子は鈴菜のノートを借りにやってきていた。

「いやー、明日提出だってすっかり忘れていてさ。・・・ん?取り込み中だった?」

 どことなくいつもと違う鈴菜の異変に、早夜子は気づいたようだった。

「・・・ううん。何でもないの。さ、入って」

 早夜子の明るさに、鈴菜は救われた気がした。
 鈴菜は、笑顔を作って早夜子を部屋に招き入れた。

(12)
『いいですよ。足もきれいに上がっています』

 解説者の声は、新しい才能を見つけた喜びで上ずっていた。
 画面の中で、鈴菜の体が躍動する。細かいステップとターンの連続から、大ジャンプ。思わず、場内から歓声が上がる。

『緑心学園一年有野選手。素晴らしい演技です』

 アナウンサーの声にも力が入っているのがわかる。それは、去年の国体の映像だった。
 鈴菜が演技をしているところを見るのは、これが始めてだった。確かに鈴菜の演技は、他の選手とは何かが違った。見る者の視線をくぎ付けにするオーラがあった。

 この大会から、鈴菜の人気に火が付いたそうだが、それも納得できる話だ。

 教官室で、瑞希と二人、昨年の鈴菜が活躍する映像を見ていた。俺が瑞希に、鈴菜の演技が見たいと申し出たのだ。

「彼女は・・・有野さんは、天才ですわ」

 ポツリと呟くように、瑞希は言った。そこに同じ競技を志した者の嫉妬を感じたのは、俺の気のせいだろうか。

「まるで現役時代の森永先生を見ているようですね」

「私なんかとは、全然違います」

 俺の言葉を、瑞希はサラリと聞き流す。

「新体操でトップをいく選手というのは、小学生の頃から始めるのが普通です。彼女の場合は、バレエをやっていたとはいえ、中学から初めてあれだけの完成度の高い演技をするのですから」

 瑞希の顔が、画面からこちらに向き直る。

「コーチもアメリカで優秀な選手を多数見てこられたからご存知だと思いますが、トップになれる選手というのはやはり違うものですわ。まったく同じように練習して、同じように演技しても」

「確かに。私は新体操の事を知っているわけではありませんが、アスリートとして彼女の非凡な才能は感じますよ」

「私の仕事は彼女の才能を磨き、より上のステージに無事送り出す事です。それが指導者としての、義務だと思っています。・・・リハビリの方はいかがですか?」

「順調ですよ」

 俺は短く断言した。しかし、瑞希は完全に納得したわけではなさそうだ。

「コーチのような専門家に、私のような者が口を出すべきではないのかもしれませんが」

 瑞希はそう前置きした上で、言葉を続ける。

「コーチのメニューは見させていただきましたけれども、正直申し上げてそれほど代わり映えしない、というのが感想ですわ」

「リハビリ目的で行うメニューというは、基礎体力の回復に焦点を当てていますからね。特別変わったものである必要はないんですよ。無論、選手のコンディションには細心の注意が必要ですが」

 鈴菜と特別メニューをやるようになって一週間。コーチとして、俺はきちんとやっていた。こんな事で学園から目を付けられるわけにはいかない。

「夏のインターハイまで、そう時間がありません。そろそろ大会用の演技の練習を始めないと」

 大会用の演技というものは、何度も何度も練習して、微調整を繰り返し、完成度を高めていくものらしい。まだ本番まで100日以上もあるにも関わらず、瑞希の顔には焦りの色すら浮かんでいた。

「リハビリの重要性は分かります。けれども、正直申し上げてそんな事を今やっていて本番で間に合うのか、と思ってしまいますわ」

「ふむ、それでは試してみますか」

 俺の意外な提案に、瑞希は驚いた様子だった。

「試す、と言いますと?」

「先ほど申し上げたように、リハビリの経緯は順調です。今日辺り、有野さんには新体操の実演をしてもらい、その回復具合を見てもらうのもいいと思います。そうだ。園田部長も心配されていましたし、一緒に見ていただきましょうか」

 そろそろ焦ってくる頃だと思っていた。新体操部支配の為にも、俺はコーチとしての実力を示しておく必要があった。鈴菜は手に入れた。しかしコーチはクビになったでは、何の意味もない。

 そして俺にはマイクロマシンという、勝算があるのだ。

(13)
 俺が体育館に入ると、それを見た鈴菜が声をかけてくる。

「こんにちは、コーチ。今日もよろしくお願いします」

 鈴菜は早夜子達とストレッチをやっていたようだ。今日も別メニューだと思っていたのだろう。部員達が皆レオタード姿なのに対して、一人トレーニングウェア姿だった。

 処女を喪失して以来、鈴菜に特に変わった様子は見られない。セックスをしている最中、俺は鈴菜の性本能を活性化させ、その上で痛覚を鈍化させていた。情事の最中も痛みは感じていなかったはずだ。その後も性器の痛覚を鈍化させ、性器内の治癒能力を強化していた。出血もすぐに止まったはずだ。俺は何一つ、痕跡を残さなかった。そう、鈴菜の記憶以外は。
 鈴菜はあの出来事を、怖い淫靡な夢の中の出来事、とでも思っているのかもしれない。

 鈴菜、お前は今体の自由を奪い、無理矢理に操を奪った男と話しているんだよ。
 つい、そう告げたくなる欲求に駆られる。

「有野さん。レオタードは持ってきている?」

 俺は自分の影を隠すように、努めて明るく話し掛けた。

「は、はい」

 俺の真意を測りかねて、鈴菜は曖昧な答えを返す。

「それじゃ、ちょっと着替えてきてくれるかな。今日は新体操の演技をしてもらうから」

 鈴菜の顔色が曇る。

「で、でも。私・・・」

「どうした?怖い?」

 しばらく躊躇って、正直にコクンと鈴菜は頷いた。うまくできない状態が長く続いたせいもあって、演技する事を怖がるようになっていたのだ。

「何。リハビリの一環さ。別にうまくやる必要はないよ。どこまで体調が戻ったか、知りたいだけだから」

「わかりました。それでは着替えてきます」

 鈴菜は俺の言葉に納得したようだ。そう言うと更衣室へと向かった。しかしその顔は、少し青ざめていた。

(14)
 更衣室で、レオタードへと着替えている鈴菜に、元気の良い声が飛んだ。

「あー、先輩がレオタードに着替えている~!」

 鈴菜の姿を目ざとく見つけた双葉が、駆け寄ってくる。

「鈴菜、今日から復帰か?」

 抱きついてくる双葉の後ろから、早夜子が声をかける。

「そういうわけじゃないけど・・・。これもリハビリの一環らしくて」

「そうかー。でも鈴菜のレオタード姿も久しぶりだな」

 早夜子はジロジロと無遠慮な目で鈴菜を眺める。まるで、男性みたいにいやらしい。

「久しぶりに着ると、なんだか少し恥ずかしいな」

 鈴菜は顔を赤らめて、タオルで体を隠そうとする。

「何言っているんだ?去年はレオタード姿が全国放送されたくせに」

 すっと人影が現れて、鈴菜と早夜子の間に割って入った。

「伊勢主将・・・」

 貴久乃は無言で立っている。その表情は、不気味なほど穏やかだった。ミディアムロングの黒髪を、今は綺麗に結い上げていた。

「古閑さん。蔵本さん。全体練習がもうすぐ始まりますわよ。急ぎなさい」

「は、はい」

 早夜子と双葉に向き直って、穏やかに貴久乃が言った。主将にそう言われては仕方がない。ちらちらと鈴菜の方を見ながら、二人はフロアの方へと向かっていった。更衣室には、鈴菜と貴久乃の二人だけが残された。気まずい沈黙の時間が過ぎる。

「あら、有野さんはレオタード姿なの。今日から練習に復帰されるのかしら」

 初めて鈴菜の格好に気づいたという様子で、貴久乃は視線を投げかける。穏やかな中に、冷ややかなものが混じり始めた。

「い、いえ。まだ復帰というわけじゃありません」

 鈴菜の声は、消え入りそうなほど小さかった。

「へえ、そうなの」

 貴久乃は腕を組み、鈴菜の前に立っていた。それ以上、何も言わない。

「あ、あの。コーチが待っていますから。失礼します」

 沈黙に耐えかねて、鈴菜は着替えを再開した。

「別に、いつまでリハビリをされても、構いませんのよ」

 背中に投げかけられる貴久乃の言葉に、一瞬鈴菜の動きが止まる。

「でも、レギュラーの椅子がいつまでも空けてある、とは思わない事ね。練習にすら出てこない者が、大会に出られるわけはありませんもの」

 鈴菜は黙って、貴久乃の言葉を聞いていた。ひたすら嵐が過ぎ去るのを待つかのように、身動き一つしなかった。

「今思えば」

 貴久乃はさらに鈴菜に突き刺すように、言葉を続ける。

「現在のあなたの状態こそ、本来の実力なのではありませんこと?昨年のあなたの成績は、まぐれではないのかしら」

 貴久乃は鈴菜のすぐ後ろに立っていた。息をすれば、かかるような位置だ。

「・・・という声も出るかもしれませんわ。早く練習に戻れるといいですわね」

 ぽんと肩を叩くと、貴久乃は更衣室を出ていった。

 一人更衣室に残されて、ふうっと、鈴菜は大きな息を吐いた。貴久乃の言葉は、気にしても仕方が無い。厳しい言い方ではあるが、間違いであるとは言えない。

 今できる事をやっていくしかない。鈴菜は気持ちを切り替えて、自分のロッカーを開けた。ロッカーの扉の裏に、一枚の写真が貼ってあった。まだ鈴菜が小さかった頃、お父さんが生きていた頃、七五三の折両親と撮った写真だ。綺麗な着物を着て、少し得意げな自分の姿が写っていた。もう二度と訪れる事のない、幸福な時。

「お父さん・・・お母さん・・・」

 ロッカーから紺のリボンを取り出した。いつも新体操で演技をする時、鈴菜は紺色のリボンをつける。それは新体操をする時の、儀式のようなものだった。
 鈴菜は久しぶりに、紺のリボンで自分の髪を縛った。

(15)
「お待たせしました。コーチ」

 レオタード姿になった鈴菜が、再び俺の前に現れた。ほう。その姿に感心する。トレーニングウェア姿の時とはオーラが違う。レオタード姿になった事で、鈴菜の中の『スイッチ』が入ったようだった。

「それじゃアップの後、少し時間をおいてから、今日は演技をしてもらうよ。内容は去年のものでいいからね。手具はクラブでいいかな?」

「はい。わかりました」

 覚悟を決めたような思いつめた表情で、鈴菜は頷いてみせた。

 慌てた様子で、園田がフロアに入ってきた。

「どうも、遅れました」

 この男はよく汗をかく。額の汗を拭いながら、俺に向かって一礼した。やや小太りの中年だが、急いで来たのだろう。少し息が荒かった。

「もう有野さんの演技は終わってしまいましたか?」

「いえ、まだですよ」

 ちょうど鈴菜はフロアの上で、新体操の基本的な動きを何度も繰り返していた。新体操の演技も久しぶりだ。慎重にその感触を確認していた。
 俺は瑞希の方を見た。その意図を察して、瑞希は頷いた。

「みんな。ちょっとフロアを空けて」

 瑞希の声が体育館に響いた。フロアの上でばらばらに練習していた部員達が、一斉に瑞希の方を見る。

「えっ有野さんが演技するの」

「へえ、随分久しぶりじゃない?」

 部員達が小声で話しているのが聞こえる。練習の手を止めて、フロアの隅に移動する。
 
「有野先輩、ファイトです!」

 瞳をキラキラ輝かせて、双葉は可愛く握りこぶしを作ってみせた。

「鈴菜・・・」

 心配そうな目で、早夜子は見ている。

「・・・」

 無言で、冷ややかな視線を貴久乃は投げかけている。

 体育館にいる者全ての視線が、フロアの中央にいる鈴菜に注がれていた。鈴菜は、所在なく立ち尽くしていた。その顔面は蒼白だ。

「それでは初めてよろしいですか?コーチ」

 瑞希が俺に確認する。

「ちょっと待ってください」

 俺は鈴菜の元へ駆け寄った。

「コーチ・・・」

 救いを求めるような目で、鈴菜は俺を見る。完全に自信を失っているようだ。

「少し硬くなっているようだね。深呼吸しようか。目を閉じて」

 俺の言葉に従って、素直に目を閉じて鈴菜は深呼吸した。

「そのまま聞いて。去年の大会の事を思い出してみて。どうだった?」

「どうって言われても」

「何でもいいから。思い出してみて」

「えっと、すごくたくさんの人がこちらを見ていました」

「それから?」

「ライトが眩しくって、フロアが光って見えました。すごくどきどきしましたけど、音楽が聞こえてくると平気になれました」

 その時の事を思い出しているのか。鈴菜の強張っていた表情が少し緩んだ。

「演技を始めると、不思議なくらい落ち着いていて・・・でも体は軽くってふわふわして・・・とても、気持ち良かったです」

「そうなんだ。ああ、そうそう。君の怪我なんだけど、もう完治しているよ」

「えっ」

 驚いて、鈴菜は眼を開けた。
 こうした事は、あっさり言う方がいい。それが当たり前だという感じで言う事が、暗示では大切なのだ。

「無理にいい演技をする必要はないよ。ただ昨年の演技をイメージして、それを再現する事だけを考えるんだ。いいね?」

「は、はい」

 俺は瑞希に合図をした。

(16)
『いい演技をするんじゃない。去年の演技のイメージを再現するだけ』

 鈴菜は、心の中でコーチの言葉を繰り返していた。床に座り、片膝を立てた状態で音楽を待つ。
 不思議なほど落ち着いていた。演技をする前に考える事は、いつも演技への入り方だ。出だしでつまずけば、その後の演技はがたがたになってしまう。
 こんなに落ち着いた、いい精神状態で演技に入れたのはいつ以来だろうか。今までは、どうしても怪我の事が頭から離れなかった。肉離れがいつ再発するかもしれない。それが怖かった。でも今は、どうでもいい事のように思えてくる。純粋に演技に集中していた。

 音楽が鳴り始めた。途端に、体が反応する。
 体を前に倒して前屈。床の上で反転して後屈。一つ一つの演技が、パズルに嵌まっていくかのように、その場その場にピタリと止まる。それは、芸術的な美しさだった。

「これは・・・」

 鈴菜の演技を見つめていた瑞希は、驚愕の表情を浮かべた。

 曲のテンポが上がる。鈴菜は立ち上がって右足を横に上げてバランスをとる。古傷である右足が、何事もなかったかのようにきれいに、まっすぐに伸びていた。

「先輩・・・すごい・・・」

 ため息をつくように、双葉は呟いた。その目は、鈴菜の姿に釘付けになっていた。

 ステップとターンを繰り返し、クラブを宙に放り投げる。すかさず前転。早い。鈴菜は二回前転すると、正確に目の前にクラブが落ちてきた。思わず息を飲む瞬間。無事、鈴菜がクラブをキャッチすると、体育館に歓声が上がった。

『あ・・・この感じ・・・懐かしい』

 体は、鈴菜のイメージ通り動いていた。昨年の、大会の感覚が甦る。体に羽が生えて飛んでしまうような、不思議な高揚感があった。

 更に鈴菜の小柄な体が躍動する。右足前の大ジャンプから続けて左足前の大ジャンプ。ぴんと膝の伸びた、高さ、開き、ともに申し分のないジャンプだった。

「これは・・・昨年の演技と遜色がない」

 園田は呻くような声で言った。

 右足を軸にして三回転。駒のように、鈴菜の体が回る。鈴菜の演技は、体育館にいる者の視線を捕らえて離さない。

 右足前開脚、肩抜き、足上げ、そしてフィニッシュ。鈴菜の演技は完璧だった。一際大きな歓声と拍手が降り注ぐ。
 その歓声の影に隠れるように、貴久乃は不機嫌な顔で、ぷいと体育館を出て行ってしまった。

 『私、まだ新体操できるんだ・・・』

 クラブを高々と掲げた鈴菜の視界に、天井のライトが入る。少し明かりが滲んでみえた。ぼんやりとその明かりを眺めながら、鈴菜はそんな事を考えていた。
 自分ではいい演技ができたかどうか、判らない。しかし演技をやっている最中に甦ってきたあの『感覚』。それが、鈴菜には嬉しかった。新体操に全てを賭けてきた自分にとって、それは興奮と安堵の入り混じった、なんとも形容しがたい感動だった。

「有野先輩、すごいです!」

 双葉が駆け寄ってきた。いつも以上にはしゃいでいた。

「すごいじゃないか。鈴菜」

 それは早夜子の声だった。早夜子はそっと鈴菜に耳打ちする。

「鈴菜の演技を見ていた、貴久乃お嬢様の表情ったらなかったぜ」

「早夜子ちゃん・・・」

 意地の悪い早夜子の言葉に、鈴菜は困った表情を浮かべた。

(17)
「いやー、素晴らしい。完全復活、ですかな」

 園田の顔は興奮に紅潮していた。待望の金の卵が復活したのだ。それも当然と言って良かった。

「そうですね。素晴らしい演技ですわ」

 瑞希も園田の言葉に同意する。鈴菜の演技は非の打ち所がない、完璧なものだった。まったくブランクを感じさせない。

「それにしても解りませんわ。どうして、こんな短期間に」

「それはもちろん、コーチのおかげでしょう」

 園田は興奮の余り、俺に握手を求めてきた。ブンブンと握った俺の手を振り回す。

「さすがです。いや、素晴らしい」

「全ては有野選手の努力のお陰ですよ。私は手助けしたに過ぎません」

 園田の興奮に、内心苦笑しつつも、ここは謙遜する事にした。瑞希の立場もあるのだ。

「いやいや、それを引き出したのもコーチのお手柄というものですよ。ねえ、森永先生?」

「ええ、そうですわね。素晴らしい手腕だと思います」

 とうとう瑞希に認めさせた。これで俺は、新体操部に確固たる地位を築いたと言っていい。鈴菜が素晴らしいのは当然だ。何しろ彼女は俺の『人形』なのだから。
 自分のコレクションを自慢したがる収集家のような、俺はそんな気分になっていた。

 ふと、空気が変わった。

「おい、鈴菜。どうした」

 人一倍大きな早夜子の声がした。反射的に、俺は鈴菜に駆け寄った。

「どうしました?有野さん」

 鈴菜は、人の輪の中央で左足首を押さえて座り込んでいた。

「大した事ではありません。ちょっと左足に電気が走ったような感じがして」

「ちょっと、診せてくれる?」

 俺は鈴菜の左足を簡単に診察した。幸いな事に異常はない。

「どうですか?コーチ」

 俺の背後から、瑞希が心配そうな声をかけてくる。

「大丈夫。異常はありません。久しぶりの演技で使い慣れない筋肉を使ったからでしょう」

「そうですか」

 瑞希は安堵して言った。

 スポーツの為にマイクロマシンを使うのが、『正しい使い方』というヤツだ。俺は鈴菜の運動能力を強化していた。だから、あの程度の演技をさせる事など簡単だ。もっとも、少し体の方には負担がかかったようだが。

「しかし今の時期、故障するわけにはいきませんからね。どうでしょう。通常の練習と平行して、引き続きリハビリを続行するというのは。怪我に強い体作りというのも、リハビリの目的ですし」

 もう、俺の言葉に反論する者はいない。

「そりゃいい。どうかな、森永先生」

 園田が促す。

「ええ・・・そうですわね。どう、有野さん?」

 瑞希は鈴菜に話をふった。

「私は、コーチの指示に従います」

 俺を見て、はにかみながら鈴菜は即答した。少し頬が上気して見えるのは、演技の後だからだろうか。
 どうやら俺は、鈴菜の絶大な信頼を得たようだ。しかし俺が、鈴菜にしている事を知ったらどう思うだろう。
 そろそろ教えてやるか。悪夢としか思えない現実を。

「よし。それじゃまず、念の為保健室に行こうか。湿布ぐらいはした方がいい」

 俺は鈴菜を助け起こし、他の者に会釈すると、二人でフロアを出て行った。それを咎める者は、誰もいなかった。

(18)
 二人が体育館を出て、保健室に着いてみると、既に明かりは消えていた。もう下校時間を過ぎていた。養護教諭は、もう帰宅したようだった。
 保健室の扉には鍵がかかっていた。コーチは立場上、保健室の予備キーを持っている。扉を開けて、二人は保健室へと入った。

「久しぶりだったのに、いきなり無理させちゃったかな」

 申し訳なさそうに、コーチは言った。

「い、いえ。平気です。それより、私うれしいんです。また、あんなふうに新体操できるようになるなんて」

 自分でも声が弾んでいるのがわかる。それほどうれしかった。

「そう言ってもらえると、コーチ冥利に尽きるよ。・・・湿布を探すから、それまで横になっていたらいいよ」

 鈴菜は大げさだ、と思ったが、コーチの指示には素直に従う事にした。コーチの指導に従ってきたからこそ、今日の自分があるのだ。
 保健室の二つあるベッドのうち、奥のベッドで横になる。鈴菜はトレーニングウェア姿のままだった。
 コーチはカーテンを閉めると、なにやら棚の辺りを物色している物音が聞こえた。

「湿布はどこにあるのかな・・・。置いてある場所を聞いておけば良かったな」

 コーチの、そんな独り言が聞こえてきた。
 鈴菜はとりあえず安心して目を閉じた。

『あ、あれ?』

 脱力していた鈴菜の両手が、いきなり自分の股間を触りだした。さわさわと、股のあたりをいじり出す。

『こんな所で・・・何考えているの』

 自分で自分が恥ずかしい。止めようと思ったのに、止められない。鈴菜は愕然とした。

『これは、あの時の』

 忘れようとした、忘れかけていた悪夢が甦る。あの時と同じように、鈴菜の体は勝手に動き出していた。自分の体でありながら、自由にならない不思議な感覚があった。やはりあれは夢ではなかったんだ。鈴菜は、いきなり残酷な現実に引き戻された。落ち込む間もなく、焦ってしまう。

『今はだめ。すぐそこにはコーチもいるのよ』

 鈴菜は歯を食いしばって、股間を愛撫する自分の手の動きを止めようとした。だが、鈴菜の両手はそんな鈴菜の意志を無視して性感を刺激し続ける。コーチの気配が、やけに鮮明に感じられた。こんな所を見られたら、何と言えばいいのか。これはもちろん自分の意志ではない。だが、『勝手に体が動く』など、信じてもらえるものだろうか。

 鈴菜の股間は、少しずつだが潤いを増していた。こんな背徳的な状況が、逆に激しく興奮させているかのように。鈴菜は自己嫌悪にとらわれた。不意に、指が女芯に触れる。電気のような甘い快感が、全身を駆け巡った。

「あ・・・」

 思わず声が漏れた。

「有野さん?」

「い、いえ何でもないんです」

 慌てて鈴菜が否定する。しかしその間も、股間をまさぐる指の動きは止まらない。

「有野さん。ちょっといいかな」

 カーテンのすぐ向こうに、人影が見えた。どうしよう。一瞬迷って鈴菜は慌てて、ベッドの隅に畳んであった布団を口で咥えると、引っ張って自分の体にかけた。

「ど、どうぞ」

 カーテンが開く。コーチは、手に何も持っていなかった。

「探したんだけど、湿布が見つからなくってね。ちょっと教官室まで取りに行ってくるから、待っていてくれるかな?」

 鈴菜は安堵した。今、布団をめくられたら、自分の状態がばれてしまう。布団の下で、相変わらず鈴菜の両手は股間を弄り続けているのだ。

「わかりました」

「それじゃ、ちょっと待っていてね」

 コーチはそう言うと、カーテンを閉めて、保健室から出て行ってしまった。一人、鈴菜だけが残される。
 今は下校時間も過ぎている。生徒が保健室に来る可能性はほとんど無かった。保健室は本校舎の一階にあり、教官室は独立した別の建物で距離も離れている。コーチが戻ってくるまで、まだそうとう時間がかかるはずだった。

「ああ!」

 まさか安心したからではないだろうが、鈴菜の手の動きは激しさを増した。トレーニングウェアの中に手を入れて、直接刺激を与えようとする。股間を触る自分の指に、湿った感触があった。自分がこれほど濡れている事に、改めて驚かされた。

 どうすれば、自慰を止める事ができるのか。鈴菜には見当もつかない。だが操っている者が、悪戯のように中途半端で終わらせるつもりがないだろうという事は、容易に想像できた。相手は自分の処女を奪った男なのだ。そして最初に夜中自慰をさせられた時も、開放されたのは絶頂を迎えて気を失ってからの事だった。

『また、いかなくちゃ・・・いけないの・・・?』

 どうせいかなければ自分は開放されないのだとしたら、なるべく早くいくしかない。早くしなければコーチが戻ってきてしまう。それは快感に呆けた鈴菜の、淫ら極まる決意だった。

『早く、いかなくちゃ・・・気持ち良く、ならなくちゃ・・・』

 奇妙な決意を込めて、鈴菜は一人保健室のベッドの上で、激しく自分を慰めていた。

(19)
 俺が教官室に戻ってみると、そこには瑞希の姿があった。

「おや、今日の練習は終わりですか?」

「ええ・・・。有野さんの様子はどうですか?」

「特に異常はありません。元気ですよ」

 俺の言葉に、瑞希は安心した様子だった。

「もう心配はいりませんよ。有野さんの事は、私も気をつけていますから」

 あなたの事も気にかけていますよ、という意味も込めて、俺は優しく告げた。

「・・・助かります。有野さんが復活できたのも、すべてコーチのおかげですわ」

 今日の瑞希はやけにしおらしくなっていた。あれだけ劇的な鈴菜の復活を目の当たりにすれば、それも当然かもしれないが。

「私にできるのはここまでです。後は先生のお力で、有野さんを導いてやってください」

 俺も殊勝な事を言うものだ。瑞希はただ無言で、頭を下げた。

「基本的に有野さんは練習に参加する形でいいと思います。私の方は空いた時間にリハビリ用のメニューをやらせていただきますよ。まあ練習時間に食い込んでしまうような場合は、その都度相談させていただきますので」

「ええ。それで結構ですわ」

 瑞希は俺の提案に同意した。

 俺は棚から湿布を取り出した。だが、そのまま保健室に戻ろうとはせず、いったん自分の席に戻った。閉じていたサブノートを開いてみる。
 画面には、現在の鈴菜の状態が表示されていた。オナニー狂いの鈴菜ちゃんは、一人になって激しく自慰に耽っているようだ。かなりの性的興奮状態にあった。

『イケば開放されると思っているのか?甘いよ、鈴菜ちゃん』

 瑞希に悟られないように、俺は邪悪な笑みを浮かべた。
 俺は鈴菜の性的興奮状態を、極めて高い状態で固定した。これで鈴菜は激しく興奮しつつも、絶頂を迎える事もできず、ひたすら快感地獄の中に身を投じるしかなくなったわけだ。

 鈴菜の中のマイクロマシンには、時間になったら自慰を始めるように設定しておいた。最初から、今日はあれこれと理由をつけて保健室に連れ込むつもりだったが、時間設定はちょうど良かった。今日は養護教諭が出張でいない事も、最初から知っていた。
 鈴菜が布団をかけていたのは傑作だった。本人はあれでもばれていないと思っていたのだろうが、ばれるどころか俺が全てを仕組んでいるのに。

 俺は『音声入力』の機能をオンにした。これで鈴菜の肉体は、文字通り俺の言いなりになったわけだ。

「先生、すいません。有野さんとは今日治療が終わった後、少し今後のメニューについて打ち合わせをしたいんですが」

「わかりました。部員達にはそのように伝えておきます」

 瑞希は特に疑う様子もなく言った。

「よろしくお願いします」

 俺は懸命に自慰に耽っているであろう鈴菜の姿を想像し、少しゆったりした足取りで、鈴菜のいる保健室へと戻っていった。

(20)
「あ・・・あ・・・」

 保健室に場違いな喘ぎ声がこだまする。
 鈴菜は、ひたすら自分の股間をいじっていた。両手を股間に突っ込み、その手を挟み込むように足を閉じる。自分の指がもたらす快感に、鈴菜は溺れていった。

 保健室、という異常な場所が、鈴菜の性感を余計に刺激していた。いつ誰が入ってくるかもしれないというスリルが、ゾクゾクするような快感となって翻弄する。
 最初はそれでもとまどいがちだった自慰が、早くいかなければならないと気持ちを切り替えた事で、今は何の躊躇いもなく快感を貪っている。自分が、これほどいやらしい人間だとは思わなかった。今鈴菜は、ひたすらイク事だけを考えて、オナニーに耽っていた。

 あの時の感覚が甦る。真夜中、ベッドの中で行った自慰。体を操られて無理やりオナニーさせられたあの時、鈴菜は初めて絶頂を知った。どこまでも浮き上がるような、沈んでいくような感覚。今自分が、その感覚に近づいている事を感じていた。
 
『あ・・・あ・・・あ・・・いきそう・・・!!』 

 性感が高まり、鈴菜は追い詰められる。火照ったほほに、髪の毛がはり付く。これから更に性感は高まり、頭の中が真っ白になりそうな瞬間。それを、鈴菜は待ち受ける。

『あ・・・どうしてぇ?』

 するりと、快感がすり抜ける。いく寸前に、鈴菜の性感は急にクールダウンした。いきそうでいけない。もう何度も、こんな事が続いている。

『このままじゃ・・・狂っちゃう』

 しかしそれでも、鈴菜は自慰を続ける他ない。両手は再び怪しく動き出す。今度こそいけるように。オナニーのもたらす快感に、その身を焦がしていった。再び鈴菜の口から喘ぎ声が漏れ始める。

 扉をあける音が、やけに大きく感じられた。
 自由にならないはずの体が、一瞬ぴくっとけいれんした。ずかずかと荒々しい足音がしたかと思うと、無言でカーテンが開けられた。

「ごめんごめん。遅くなっちゃったね」

 コーチが、湿布を手に立っていた。

「どうしたの?顔が真っ赤だよ」

「いいえ、何でもありません」

 鈴菜は努めて平静に、コーチに返事をした。布団一枚下では、未だ鈴菜の指は性器に触れたままだ。ぐちゅぐちゅと、潤った音を自分の性器は立てていた。

「何でもない事はないだろう。汗もかいているようだし」

「いいえ、なんでもないんです」

 コーチは心配そうにこちらを覗き込む。どんなに怪しくても、鈴菜には否定するしかない。

「ん?」

 コーチは不審そうな表情を浮かべて、鼻をひくひくと動かしている。

「何か匂わない?嫌な匂い」

 赤かった鈴菜の顔が、更に赤くなった。
 不意にコーチは無言で布団を掴んだ。

「あ・・・!」

 布団を取られたくない。しかしそれを制しようにも、鈴菜の両手は動かない。
 布団が剥ぎ取られた。鈴菜の下半身が外気に触れる。誰にも見せた事のない秘め事が、今白日の下に晒された。

「何をやっているんだ!」

 普段は温厚なコーチの罵声が、鈴菜に叩きつけられた。目を吊り上げて怒っていた。

「すいません・・・すいません・・・」

 自然と涙が溢れてきた。後悔の念が沸く。余りのショックに羞恥心はかき消え、代わりに惨めさだけが残った。

「お前は学校というものを何だと思っているんだ!やめなさい!!」

 コーチの怒声に、鈴菜の全身はすくむ。しかしそれでも、鈴菜の両手はオナニーを止めない。くちゅくちゅと湿り気のある音が、自分の股間から聞こえてきた。

「すいません。違うんです」

「何が違うんだ?私がこれだけ言っても悪ふざけは止めないんだな。だったらもういい。森永先生にでも園田部長にでも言って、注意してもらうからな」

 コーチは荒々しく保健室を出て行こうとしていた。他の誰かを呼ばれる事ぐらいなら、死んだ方がましだとさえ思えた。

「すいません。でもこれには理由があるんです。お願いですから、誰も呼ばないでください!」

 ベッドの上から鈴菜は懸命に哀願した。オナニーを続けながら。

「・・・誰も呼んでほしくないんだな?」

「はい、はい・・・コーチに全て話ししますから・・・お願い、します」

 鈴菜の声は、既に涙声だった。
 博は、保健室の扉を閉め、鍵を掛けた。そのガラス戸に、その姿は映っていた。口元が、悪魔にように歪んでいた。

 コーチが再び鈴菜の所に戻ってきた。安堵の為か、鈴菜の両目からはボロボロと涙が零れ落ちた。
 コーチはカーテンを閉め、ベッドの横に立った。未だに自慰を続ける鈴菜を、見下ろしていた。

「・・・まだ続けているのか。お前は」

 コーチの声は、呆れたような、嘲るような、そんな調子だった。惨めさで胸が一杯になる。

「それで?一体どんな理由なんだ?」

「実は・・・体が勝手に動いて、こんな事をやってしまうんです」

「はあ?お前は俺を馬鹿にしているのか?」

「本当なんです!本当に、誰かが私の体を操っているんです。嫌なのに・・・本当はこんな事したくないのに・・・」

 自分の股間を愛撫したまま、奇妙で必死な説明は続く。こんな状況でも、鈴菜の指は熱心に快感を貪っている。絶頂寸前までいった鈴菜の性感は、相変わらず昂ぶったままだ。

「お前、本当に嫌がっているのか?おもらししたみたいに濡らしておいて。本当は好きでやっているんじゃないのか」

 忘れていた羞恥心が戻ってくる。今自分は、誰にも見せた事のない、オナニー姿を見せ続けているのだ。
 鈴菜は、怒っていたはずのコーチの顔に、いつの間にか下卑た笑みが浮かんでいる事に気づいていなかった。

「違います!本当に、こんな事したくないんです」

「俺をからかっているんだろう」

「そんな事ありません!信じてください」

「こんな事して、気持ちいいんじゃないのか?」

「気持ちよくなんか・・・ありません」

 鈴菜は顔を背けた。今、ここで『気持ちいい』とは言えない。

「確かめてやる。下を脱げ」

「そんな事・・えっ」

 自分がどんなに念じても性器から離れなかった鈴菜の手が、コーチの命令に従って動く。ショーツごとスボンを一騎に脱ぎ去った。何も覆うものもない下半身が、コーチの視線に晒される。鈴菜の薄い恥毛は愛液に濡れて、べったりと腹部に張り付いていた。いやらしく充血した性器まで、全て丸見えだった。

 見られた。誰にも見せた事のない恥ずかしい部分を。しかし、自分はなぜ服を脱いでしまったのだろう。そんなつもりなどまったく無かったのに。想像もできない状況に、鈴菜はすっかりパニックになっていた。

「足を大きく開いてみろ」

 足が大きく開いていく。内腿まで濡れた鈴菜の下半身が露になる。

「ククク・・・きれいな色をしているじゃないか。使い込んではいないようだな。その割には、いやらしい匂いをぷんぷんさせているが」

 鈴菜は初めて、コーチの顔に浮かんでいる邪悪な笑みに気づいた。
 コーチの言う通りに、自分の体は動いている。自分の体を操っていた人物の影が甦る。真夜中に、オナニーを強要された。公衆トイレに呼び出され、そこで処女を奪われた。その時感じた悪魔のような男の気配。それが今、コーチの姿と重なった。

「まさか、コーチが」

 そこまで言って絶句する。鈴菜の顔面は蒼白になっていた。熱心に自分の股間を覗き込んでいたコーチの目が、ゆっくりとこちらを向く。その顔は、邪悪な喜びに溢れていた。

「その通りさ。君を操っているのは、この俺さ。お前を女にしてやっただろ」

 これは悪い夢だ。余りのショックに鈴菜の精神は現実逃避しそうになる。ふと、コーチの指が自分の性器に触れた。長時間自慰に耽って昂ぶっていた鈴菜を、甘い快感が駆け抜ける。

「あ・・・」

「教えてやるよ。最初のトレーニングの時に飲ませたドリンク。あの中には俺がアメリカで開発したマイクロマシンが何億個もウヨウヨと泳いでいたのさ。マイクロマシンは、それを飲んだお前の体のありとあらゆる個所に定着し、お前の体の一部となった。マイクロマシンは俺からの命令に忠実に従い、お前の体を操作する。つまりお前は、生きた俺の操り人形になったのさ」

 コーチはさわさわと鈴菜の頬を触ってくる。コーチは興奮の余り、饒舌になっていた。

「そんな、嘘・・・」

「だったら今のお前の状態をどう説明する?俺に性器を弄ばれ、逃げる事も抵抗する事もできない。ついでに教えてやるが、お前がさっきやった新体操の演技。あれもお前の実力なんかではなく、全部マイクロマシンのおかげだ。元々俺は、アメリカでマイクロマシンドーピングによって大金を稼いでいたんだからな」

「嘘よ・・・嘘よ・・・」

 鈴菜は弱々しく呟いていた。コーチが自分の体を操れるのは、もう疑う余地のない話だった。だとすれば、新体操の話も真実なのだろう。
 演技をしていた時に感じた高揚感溢れる記憶。今はそれが、こなごなになって砕け散った。

「そんな事止めてください。元に戻してください」

 鈴菜の哀願を、コーチは鼻でせせら笑う。

「不可能な事を言うもんじゃない。もうお前は、一生俺の人形として生きていくしかないんだ。諦めて楽しくやろうぜ。とりあえず、俺とここでセックスするってのはどうだ」

 そう言うと、コーチはベッドの上へと上がってきた。

「嫌!大声出しますよ!」

「だからそれが不可能な事だと言っているだろ」

 自分の体は、もう完全に操られているのだ。大声を出す事など、できないのだ。鈴菜は絶望に包まれる。
 コーチは余裕ある態度で、自分の服を脱いでいく。コーチの屹立したものが露になった時、それが自分が脳裏に思い描いていた男根とぴったり一致する事に、今更ながら失望を覚えた。自分は、あれに処女を奪われたのだ。

「あまり遅くなるとまずいからな。鈴菜の用意もできているようだし、早速いただくとするか」

 コーチは鈴菜の下半身を抱きかかえると、肉棒を少し近づけた。

「嫌!いやー!」

 自分の口から漏れた拒否の言葉は、蚊が鳴くように小さかった。
 ゆっくりと少しずつ、コーチの肉棒が己の中に入ってくる。

「あ・・・あ・・・あ・・・」

 狭く、熱い性器に、肉棒が割って入る。処女膜という壁を失った子宮は、たやすく進入を許してしまう。
 コーチのものによって、鈴菜は深々と貫かれた。

「相変わらず、鈴菜の中はきつく締め付けてくるな。新体操をやっているとオ○ンコの中まで鍛えられるものなのかな」

 快感に上ずった声で、コーチが呟く。その体が鈴菜の上にのしかかってきた。
 貫かれた瞬間に、電気にも似た衝撃が頭の中を駆け巡る。それは自慰よりも、ずっと強い快感だった。

「くうっ・・・は・・・あ・・・」

 眉を寄せて、鈴菜は喘いでいた。肉棒がもたらす快感に、必死になって耐える。息もできない程だった。

「くくく。すっかり俺の肉棒が気に入ったようだな。肉人形の鈴菜のオ○ンコは」

 勝ち誇ったコーチの声が聞こえてきた。屈辱に、肉の快感で遠のいていた意識が戻ってくる。

「いくら体を自由にされても、心までは自由にさせません!」

 きっときつい表情で、コーチを睨みつけた。それは今の鈴菜にできる精一杯の抵抗だった。自分の中にそんな激情があったのか。我ながら戸惑う。

「フフ。だったらその心とやらと取り出して、俺に見せてみろ」

 コーチは意に介さず、うそぶいてみせた。
 言葉を失う鈴菜に、コーチは続けて言う。

「心なんてない。あるのは脳の働きだけだ」

 コーチはゆっくりと、肉棒を出し入れし始めた。何か反論しようとしていた鈴菜を、波状の快感が押し流す。
 長時間自慰によって溢れ出ていた愛液が、性交の為の潤滑油となって、二人のセックスを盛り上げる。肉棒が出し入れされる度に、掻き出されるように愛液がシーツを汚す。いつの間にか愛液は、無色透明なものから異臭を放つ白濁色のものへと変わっていた。

「あ・・・あ・・・あ・・・!」

 ショックと絶望と怒りと悲しみ。自分では処理できない量の感情が、胸中に渦巻いている。そしてそれを肉棒がもたらす快感が、体ごと自分をどこかに押し流していく。自分はどこに流されていくのか。次第に、鈴菜の心は霧に包まれたように何も考えられなくなっていった。

「本当に具合がいいな、鈴菜のオ○ンコは。きつく俺のものを締め付けてくる・・・そろそろいきそうだ」

 コーチの言葉に、一瞬我に返る。この人は避妊具など使っていない。このままでは、子宮の中に精液を出されてしまう。

「いや!中には、中に出さないで!」

 必死になって鈴菜は叫ぶ。その様子を見て、コーチは可笑しそうに笑う。腰の動きは、一瞬も弱めようとはしない。

「自分ばかり気持ちいい事していないで、少しはマイクロマシンの事も考えたらどうなんだ?」

 一体コーチが何を言っているのか。鈴菜にはわからなかった。

「マイクロマシンも機械だ。燃料なしには動かない。しかしマイクロマシンの燃料って一体何だと思う?」

「嫌、そんな話聞きたくない」

 鈴菜は、左右に激しく首を振る。

「ククク。そう言うなよ。なかなか傑作な話なんだから」

 心底可笑しそうに、コーチは笑っていた。それが自分にとって良くない話でしかない事は、想像できた。

「マイクロマシンの燃料は、体内に取り込まれるたんぱく質さ。ただし、鈴菜。お前の体内に入れたやつは特別製でね。俺の遺伝子情報をもったたんぱく質だけを燃料とするんだ。俺の遺伝子情報をもったたんぱく質って何だかわかるか?俺の体液、主に精液だよ。つまりお前が新体操でいい演技をしようと思ったら、俺に精液を注入してもらわなければいけないのさ」

 鈴菜は目の前が真っ暗になった気がした。

「お前は俺にザーメンを入れてもらって踊る人形なのさ。おら、そろそろ出してやるぞ」

「そんな・・・あっ」

 コーチは腰の動きを早めた。射精の瞬間が間近である事は、鈴菜にもよくわかった。拒否の声を上げようとしたが、それが色々な意味で無意味である事を悟った。子宮を男根でえぐられる。自分の子宮から生まれた強い快感は、背骨を駆け上がり頭の中まで痺れさせる。もう余計な事は考えられなかった。

「出すぞ、鈴菜。お前の中に・・・くっ」

 お腹の中に何か熱いものが出されるのを感じた。これが精液なのだろう。絶望を感じつつも、自分でも理解できない満ち足りた感覚が湧き上がる。

『私の体・・・この精液を食べているの・・・?』

 そんな事を思いながら、鈴菜の精神は真っ白に染まって落ちていった。

< つづく >

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