傀儡の舞 1-4

(31)

 アップテンポの曲が、フロアの上に響いていた。音楽に合わせて、女子部員の体が躍動する。一瞬一瞬で描かれては消えていく、花火にも似た刹那的な美しさが、そこにあった。
レオタードに身を包んだ五人の女の子達の一糸乱れぬ演技は、マットの上に咲き乱れる花のようでもあった。フロアの上で実演しているのは、全部で五人。他の者は俺と同じように、壁際で見学していた。五人は瑞希の選んだレギュラー達だ。今年の新レギュラーには主将の貴久乃の他に、二年生から鈴菜と早夜子が選ばれていた。

「ちゃんと動きを音楽に合わせて!」

「古閑さん。演技が雑になっているわよ」

「は、はい」

厳しく指導する瑞希の声も、熱を帯びている。最近は色々な事があったが、新体操に打ち込んでいる時は、元気になるものらしい。逆に、抜擢されたばかり早夜子は、他のレギュラー達の演技についていくだけで精一杯のようだった。心なしか元気も無い。

「やはり、有野さんの演技は、頭一つ抜けていますな」

小声で園田が話し掛けてくる。俺の隣には部長の園田がいた。

「怪我で出遅れて、どうなる事かと心配していましたが。いや、さすがだ」

感心した様子で、何度も頷いている。確かに鈴菜の演技は、レギュラー陣の中でもずば抜けている。団体として同じように演技をしていたとしても、観ている者の目はいつしか鈴菜の姿を追っている。これが天賦の才というものなのだろうか。もう怪我の影響は微塵も感じられない。逆にこれだけ差があると、今度は団体演技として全体のバランスが心配になる程だ。

『そんな事は当然だ』

俺は内心呟いた。
あの、細く可憐な鈴菜の体の中には、自慢のマイクロマシンと、俺自身の精液が取り込まれているのだ。
まるで自慢のコレクションを誉められたかのように、園田の言葉は俺の自尊心をくすぐった。

自室にある俺のパソコンには、鈴菜の体内に同化しているマイクロマシンからの情報が、洪水のように流れ込んできているはずだ。マイクロマシンは完璧に作用していた。

鈴菜は奴隷となったあの日以来、毎日俺のところにやって来ては精液をねだるようになっていた。マイクロマシンを使用して『命令』しなくても、今ではすっかり大人しく俺の言葉に従う。今日も練習を前に、鈴菜の中に精を出してきたところだ。
最近はすっかり感じるようになったのか、情事の最中に激しい反応を見せるようになっていた。あれだけ派手に乱れた直後、今はこうしてすました顔で新体操をやっている。まったく、女は強い。

「確かに。有野さんの演技は素晴らしいですね」

 俺は本心を隠して、園田の言葉に同意した。俺もまた、相手に合わせる日本流の交際にすっかりなじんでいた。

「いや、有野さんだけじゃない。この奇跡的な復活劇には、コーチの手腕によるところが大きい、と思っています」

 こいつは、いちいち言う事が大げさだったりする。俺はただ、無言で頭を下げた。

 フロアの上では、瑞希の指導が続いていた。なぜか鈴菜に対してだけは声のトーンが下がる。どうも鈴菜に対しては、腰が引けているようだった。
 俺は、あいつを連れて来て瑞希に謝罪させていた。鈴菜を落とした以上、学校内の人間関係でのトラブルは避けたかった。こんな事で無駄に人の注目を集める事はない。普通に振舞うよう、よく言い聞かせておいた。

「私も・・・、その、悪かったわ」

 すいませんでした。私、どうかしていたんです。
そう謝る鈴菜に、言いにくそうに瑞希は言った。気位の高い瑞希が謝罪するのを、俺は初めて聞いた。

「有野さんに怪我をさせちゃったのも、元々は私のせいよね。いつか、どこかで言わなければ思っていたのに、言い出せなくって・・・」

 内心気にしていたのだろう。長い間のしこりが取れて、瑞希はどこかほっとしたような表情を浮かべていた。新体操部は、つかの間の平穏を取り戻そうとしていた。
 しかしそれでも、完全に元に戻ったわけではない。一度曲がった針金は、真っ直ぐに伸ばしても完全には元に戻らない。新体操部の人間関係もまた、微妙に変化していた。優等生の鈴菜が垣間見せた強い反発に、どう接していいのか。瑞希の中で、未だに戸惑いがある様子だった。

「高校としても、大学部との合同合宿に有野さんを帯同できそうで、本当に良かった」

「合同合宿?」

園田の言葉に、俺は思わず聞き直した。

「ええ。恒例行事なんですが、連休中は大学部の方と合同で合宿する事になっていまして」

 なるほど。確か大学部の方も新体操には力を入れている。合同合宿と言えば聞こえはいいが、要するに高校部の優秀な選手をスカウトする、いわば青田買いの為の行事といったところだろう。同時にそれは、高校部としての評価に直結する。目玉である鈴菜を出さない事には、面目が立たないといったところか。

「場所は静岡なのですが、どうです、コーチもご一緒されませんか?」

「合宿には全部員が参加する予定ですか?」

「いえ、一年の部員は参加しない事になっています。一年生は、まだ仮入部扱いですから」

「それでは参加するかどうかは、森永先生と話して決めますよ」

 俺はそっけなく言った。そんなものに参加してもメリットなどない。そして俺は鈴菜と離れる事に、何の心配もしていなかった。あいつが裏切る事などありえない。例えどんなに遠く離れたとしても、鈴菜の体を操る糸は、俺の手元から伸びているのだから。

(32)
 学校という所は、人口密度の高いところだ。ほとんど一人になれる場所がない。しかもそれが女子生徒ばかりとなると、息が詰まるような感じになる。
 休み時間の廊下には、生徒達が大勢いた。若い男が珍しいのか、チラチラとこちらに興味本位の視線を向けられる。敢えて俺はそれを無視しながら、廊下を奥へと進んでいった。

 俺は鈴菜の様子を気にかけていた。あいつは普通に振舞っているのだろうか。誰かに不審に思われてはいないだろうか。マイクロマシンを通して、鈴菜の精神が最近は落ち着いてきた事はわかっていた。しかし、それはあくまで生理反応を数値化したものに過ぎない。やはり自分の目で、普段の鈴菜の様子を確認しておきたかった。

『お、いたいた』

 自分の部屋を出る前に、マイクロマシンを通して居場所は確認していた。そこは鈴菜達の教室前の廊下だった。
 鈴菜は廊下で、同級生と話をしていた。その表情に、特に影らしいものは見当たらない。年頃の女の子の眩しいばかりの笑顔が、そこにあるだけだ。

 安心するのと同時に、何とも言えない感情が湧きあがってきた。もう決して俺に向けられる事はない、鈴菜の笑顔。いくら鈴菜を操ってみたところで、あんな自然な笑顔は作れない。おっと。
 自分の感情の正体が嫉妬だと気付いて、苦笑しながら頭を振った。俺とした事が、子供のような感傷に浸ってしまうとは。

 話していた鈴菜の同級生が、俺に気付いた。つられて鈴菜も振り返って俺を見る。それを合図に、俺は声をかけた。

「やぁ、有野さん」

「こんにちは。コーチ」

 鈴菜は頭を下げた。その様子に、変わった所は見られない。『コーチと選手の関係』そのものだ。先ほどまでの輝かんばかりの笑顔には、俺にしかわからないほど微妙に影がさしていたが。

「有野さん、今日のメニューなんだけど」

 鈴菜の様子を見る事が目的だったから、特に用事があるわけではない。しかし、何も言わないのは不自然だ。俺は今日の練習メニューについて話す事にした。

「ちょっと用意が必要なんだ。少し早めに来てもらえるかな?」

「はい。わかりました」

 俺の言う『メニュー』が一体何なのか。その事を、鈴菜は体で知っている。しかしそれでも俺の言葉に同意する。その反応に、俺は内心満足した。

「ちょっと・・・」

 クラスメイト達が鈴菜の腕を肘で突付いているのに気付いた。鈴菜に向かって、目で何かを訴えてかけていた。

「あ、あの。紹介します。二人は同じクラスの」

「河合です」

「森本です」

 鈴菜が紹介するよりも早く、二人は口々にそう告げた。二人とも可愛い顔をした少女達だ。もちろん鈴菜には劣るが。

「始めまして。新体操部コーチの村川です」

 にっこりと微笑むと軽く頭を下げた。俺は外面の良さには自信がある。ふと教室の方を見ると、いつの間にか多くの生徒達の視線がこちらに向けられていた。

「それじゃ、有野さん。後でね」

 余り目立ちたくはない。俺は早々に会話を切り上げて、その場を離れた。

「あれが噂のコーチ?」

「格好いい人じゃない!」

「いいなぁ、鈴菜は。あんな人にコーチしてもらえて」

「あーあ、私も新体操部に入れば良かった」

「あら、ユキの場合は、まずダイエットから始めないとね」

 俺の耳に無遠慮な生徒達の声が飛び込んでくる。年頃の女の子に『格好いい』なんて言われて、気分が悪いはずがない。
 学生時代の俺は、根暗な肥満児だった。当然女性にもてた事もない。『変身』したのは、アメリカに行ってからだ。もし、学生時代にそんな事を言われるような存在だったら、今頃は健全なまったく違った人生を歩んでいた事だろう。

 しかし、余り目立っては今後の計画がやりにくくなる。ここは女子生徒ばかりなのだ。噂好きの学生達に、変な噂を広められては迷惑だ。俺には、鈴菜を始め極上の女達だけで構成された小さなハーレムがあればいい。
 俺は、より慎重に行動しようと決意していた。

(33)
 早足でコーチの元へ向かう。それがコーチの、いやご主人様の『命令』だから。
 その先に何が待っているのか、わかり切っている。凶悪な形をしたコーチの分身に己の体を貫かれるか、そのモノに奉仕をさせられるのか。どちらにしても、その後は精液をすすり、新体操部の練習に参加する。それが、今の自分の日常だ。

『人間はどんな環境にも慣れる』

 あの人はそう言った。事実、最初はこんな恥辱に紛れた生活は嫌で嫌で堪らなかったはずなのに、最近は一人部屋で泣く事も無くなった。
 私の体は、あの人の命令どおりに動いてしまう。それが怖くて、近頃は自発的にあの人に逆らわないようにしている。自分の体が勝手に動いてしまう事は、底冷えのする恐怖そのものだ。まだ自分の意志で従っている方が安心できた。それが結局、同じ事であっても。

 今でも嫌には違いない。では、どうする?新体操を諦めるのか。今の自分の全てを捨てるのか。その決断ができない以上、今の生活を受け入れるしかない。嫌悪感も、覚悟を決めてからは次第に薄れてつつある事を感じていた。
 確かにあの人は、私の窮地を救ってくれた。しかし、その逃げ道は一本道でしかなかった。避けようのない性奴隷への転落が待っている、ただ一本の道。

 ギイ。

 あの人のいる部屋の扉を開く。

 鈴菜の小さな胸に、奇妙な期待感が沸き起こる。
 『慣れていく自分』に、もう一つ心当たりがある。コーチとの情事は、鈴菜が今まで経験した事ない、強烈な快感をもたらした。セックスの快感とは、ここまで甘美で、魅惑的なものなのか。鈴菜は学校での情事を思い出し、夜ベッドに入ってから自分を慰める事もあった。それは鈴菜自身も気付いてはいなかったが、性の快楽に溺れつつある事を示していた。

「来たか」

 コーチの部屋には、いつの間にか新しい機械が増えていた。以前はコンピューター機器だけだったのに、今はガラス容器のようなものが大小並んでいる。中には、何かの液が入っているようだった。

 それ以上コーチは何も言わない。ここに来ているのは、鈴菜自身の意志であり、あくまでも自分の方から行動しなければいけない事だ。

「・・・一日中、ハメハメの事ばかり考えている、オ○ンコ中毒の、どうしようもない淫乱な性奴隷の鈴菜に・・・、ご主人様の大切なおチ○ポにご奉仕させてください。舌でペロペロして、手でシコシコして、心を込めてご奉仕します。どぴゅどぴゅって、たくさん臭い汁を射精して、それを精液なしでは生きていけない雌犬の鈴菜に、お腹一杯飲ませてください。お願いします」

 命令されている精液ねだりの口上は、長くなる一方だ。鈴菜は、一呼吸して澱まずに言った。恥ずかしがったり、うまく言えなかったりすれば、何回でも言わされた。一見鈴菜の表情は平静を装ってはいるが、内心は火が出るほどの恥辱にその身を焦がしていた。

「・・・」

 いいとも、だめとも、コーチは言わない。ニヤニヤと鈴菜を見ているだけだ。
 踏ん切りをつけて鈴菜はコーチに近づくと、その足元に跪いた。椅子に座ったコーチの下半身が、ちょうど眼前にあった。

「お、お願いします。奴隷の、鈴菜におしゃぶりさせてください」

 鈴菜はコーチがその気になるように、ズボンの上からそっと股間を刺激する。土下座するような、娼婦が男に媚びを売るような、なんとも情けない姿だった。惨めさで胸が一杯になる。それこそが、この男の目的なのだ。自分を弄んで楽しんでいる。そして、自分にはそれに従うより他に術がない。

「ふん。そんなにやりたいなら、勝手にやれ」

 そういうと、コーチは椅子より少し腰を浮かした。後は鈴菜に任せるつもりだ。

「ありがとう、ございます」

 鈴菜は、慣れた手つきでコーチのベルトを緩めると、ズボンと下着を足元へと下ろした。コーチの肉棒が露になった。
 鈴菜の頭上で、コーチの手が動く気配を感じた。何かされるのかと、一瞬その身を硬くした。ピッという電子音がしたかと思うと、いきなり大勢の人の声が耳に入ってきた。コーチが、テレビのスイッチを入れたのだ。

 大勢の人の笑い声が聞こえてきた。どうやらバラエティ番組の再放送のようだった。コーチは鈴菜の奉仕を受けながら、テレビを見るつもりのようだった。ムードも何もない所業だ。わざとらしいテレビの笑い声が自分への嘲笑のような気がして、鈴菜は思わず唇を噛んだ。

「どうした。やらないのか?」

「い、いえ。します」

 慌てて鈴菜はコーチの男根を口に含んだ。雄の匂いが鼻をついた。
 自分はこの人の恋人ではない。奴隷であり、道具なのだ。この人の考えがどうであれ、私は奉仕するしかない。あくまでも自分の意志で。
 鈴菜は自分に言い聞かせ、熱心に舌を肉棒に絡ませていった。少しずつ、肉棒が硬さを増していくのを舌で感じていた。不思議な達成感で満たされる。

 どうしようもなく惨めな自分を、もう一人の自分が見下ろしている。もう一人の自分は、惨めな性奴隷を演じている自分を見て、激しく興奮していた。屈折した感情が、ゾクゾクするような性的興奮を呼び覚まし、より高い快感を誘発していた。

「ちゅ・・・くちゅ・・・ぺちゃ・・・」

 口に含んだ空気が漏れて、淫靡な音を立てていた。ふと気付くと、コーチは荒い息をしている。その分身はもう口に入りきれないほど、大きく張り詰めていた。

「鈴菜。お前フェラチオうまくなったな。新体操より、こっちの才能の方があるんじゃないのか?」

「ちゅ・・・そんな・・・」

 鈴菜は舌を裏筋に這わせる。それだけで、肉棒は快感にその身を震わせた。

「フフ、新体操で手具を扱っている時より、チ○ポをいじっている時の方が上手じゃないか」

「あまりいじめないでください。私は新体操の為に、あなたの奴隷になったのですから」

「新体操の為に、ねぇ」

 馬鹿にしたような口調でコーチはそれだけいうと、黙って鈴菜の奉仕に身を任せた。

 そう。私がこんな事をしているのも、新体操の為。新体操で成功する為。そしてこれは仕方の無い事なの。
 鈴菜は自分に何度も言い聞かせていた。

 母にもまだ告げてはいない事だが、鈴菜はもう実家に戻るつもりはなかった。あの家は、母と『おじさん』の家なのだ。自分の居場所などどこにもない。学生の自分が、家を出て一人で生活するなんて普通はできる事ではない。しかし新体操で成功すれば、それが可能になる。寮もあれば、特待生として進路も開ける。親に頼らずに生きていく事ができる。だからこそ、新体操にかけてきたのだ。

「しかし、お前は、随分幸せな青春を送っているな」

『私が、幸せ・・・?』

 意外なコーチの言葉に、上下に揺れ動いていた鈴菜の頭の動きが、一瞬止まる。

「だってそうだろ?お前は新体操界のスターとして、輝かしい未来が約束されている。そしてそんな人間にありがちな演技への不安やプレッシャーとも、今は無縁な存在だ。それに」

 コーチは身を屈めて、手を伸ばした。学生服の上から優しく鈴菜の胸に愛撫する。鈴菜の乳首は、自分でもはっきりわかるほど固く尖っていた。

『ん・・・』

 甘い快感が胸に広がる。最近、鈴菜の体は今まで以上に敏感になっていた。

「毎日、こんなに快楽を貪っている。こんなに幸せな青春はないだろ?」

『詭弁です。そんな事』

 鈴菜が反論を口にする事はなかった。した所でまったく無駄な事だ。
 言いかけた言葉を飲み込み、再び鈴菜は自分の主人の股間へ顔を寄せていった。

(34)
 口の中には、まだ精液の味が残っていた。
 それでももう練習が始まる時間だ。身だしなみを整える間もなく、鈴菜は体育館へと急いでいた。
 コーチの用事、と言えば遅れても叱られる事はない。それでも、根が真面目な鈴菜は、遅刻しまいと早足になる。

 舌の上に残る、この臭くて苦い味にも随分慣れた。もうどれくらいの精液を注ぎ込まれただろう。それをマイクロマシンが吸収する。マイクロマシンは己の体と同化していた。つまり、自分は精液を喰らって生きているのだ。私の体は精液臭いのではないか。思わず自己嫌悪にとらわれる。

 新体操の為、自分の為。

 何度も自分を言い聞かせてきた言葉に、いい加減飽きてきた。一度は納得したものの、それで全てが割り切れるというものではない。自分の為というが、こんなに苦しむ事のどこが自分の為なのだろう。
 自分の心が枯れていく。その事を、最近鈴菜は感じていた。

「鈴菜。今度の休みは暇か?」

 コーチは、精を私が飲み込むとそう言った。

「今度のお休みは、もうすぐ合宿なので、みんなと買い物に行く予定です」

「そうか。それは断れ。買い物には俺が連れて行ってやる」

 それは命令だった。学校以外の場所で、コーチと会った事はない。休みの日まで自由になれない事に、鈴菜は落ち込んでいた。

『誰にも見つからないといいけど』

 街で二人きりの所など、もし自分を知っている人に見つかれば、どれだけ噂になるかわからない。それが心配で堪らなかった。

 校舎から体育館に伸びる廊下の角から人影が現れた。鈴菜の行く手を阻むように、こちらを向いて立ち尽くしていた。

「早夜子ちゃん・・・」

 それは早夜子だった。ここで鈴菜を待っていたのだろう。もう練習が始まろうかという時間に、まだこんな所にいるのだから。
 何か重大な決意を秘めている事は、その表情からもわかった。いつもは男勝りで陽気な早夜子が、今日ばかりは所在無い様子だった。

「鈴菜・・・ちょっと、いいかな?」

 早夜子はためらいがちに、そう切り出した。

 あの日、更衣室できつく言い合いをした後、二人は自然とお互いを避けるようになっていた。鈴菜自身コーチに呼び出される回数も増えた事もあるが、顔を合わせるのは何よりも気まずかった。部活の時など、ちらちらと様子を窺っている早夜子の視線には気付いていた。何かを言いだけな、でも言えないもどかしげな視線。それは、竹を割ったように真っ直ぐな性格の早夜子らしからぬ事だった。

「う、うん・・・」

 そう答えつつも、次の言葉が続かない。自然と、二人は視線を落したまま、黙り込んでしまった。鈴菜は内心、自分から発する精液の匂いを早夜子に気付かれないか心配していた。思わず、少し遠ざかる。

「・・・ごめん」

 沈黙は、早夜子の意外な言葉で破られた。

「私、今まで鈴菜の力になれていると思っていた。でも、それは勝手にそう思い込んでいただけ。『親友』なんて顔をして、鈴菜の事、何もわかっていなかった。まさか、まさか、私自身が鈴菜を傷つけていた、だなんてね・・・。自惚れもいいところだね」

 早夜子が自嘲気味に言う。

『大丈夫。鈴菜は天才なんだからさ。スランプなんて関係ないって』

 怪我をして鈴菜が以前のようにうまく演技ができない頃、早夜子はそう明るく言っていた。
 『友達面なんてしないで』と言い放った鈴菜の言葉に、早夜子も一人でいろいろと考えたようだった。しかし、別に早夜子に悪気があったわけではない。怪我も早夜子のせいではない。早夜子が鈴菜の為にと思っていろいろと励ましてくれた言葉が、あの時の自分には少し重荷だっただけだ。

 どうして私は、あんな事を言ってしまったのだろう。今更ながら後悔した。謝らなければいけないのは自分の方なのに、早夜子の方から謝ってくれた。これでは逆ではないか。

「そ、それだけ言いたかったんだ。それじゃ」

 黙っている鈴菜に気まずさを感じたのか、早夜子は早々に話を切り上げ、逃げるように去ろうとした。

「あ、待って」

 慌てて鈴菜は呼び止めた。背を向けたまま、早夜子の動きが止まる。振り返るのが怖いのか、こちらを見ようともしない。その背中に、鈴菜はためらいがちに言った。

「私の方こそ、ごめんなさい。早夜子ちゃんは私の力になってくれようとしてくれただけなのに、あんなひどい事言ってしまって。・・・その、早夜子ちゃんが良ければだけど、これからもずっと、友達でいてくれると、嬉しいんだけど・・・」

「・・・いいのかな?」

 鈴菜の方を振り返った早夜子の目に、うっすらと涙が溜まっていた。早夜子が泣くのを見るのは、ずいぶん久しぶりのような気がした。

「私、まだ鈴菜の友達でいていいのかな?」

「うん。もちろん」

 鈴菜は笑顔で頷いた。

「そっか・・・。私、まだ鈴菜の友達でいていいんだ」

 早夜子は呟いた。そっと涙を拭った顔に、ようやく笑みが浮かぶ。

「改めてって言うのも変だけど、これからもよろしくな。鈴菜」

「うん、こちらこそ。早夜子ちゃん」

 二人の美少女は、笑い合っていた。今まであったしこりが取り除かれて、以前より仲が良くなった気がした。

「もう、もう隠し事はナシにしような、お互いに。・・・重荷に感じるようなら、言ってくれよ」

 今度は嬉し涙を浮かべて、早夜子は言った。

「うん」

 笑顔で鈴菜はそう答えた。しかし、それは本当ではない。鈴菜には、誰にも言えない秘密がある。そして今の生活を守る為には、それを早夜子に告げるわけにもいかない。

『だったら私を助けてよ』

 鈴菜の闇の部分が毒づいていた。早夜子は、自分の抱えている問題に全く無力だ。無力なくせに、言う事だけは立派だったりする。役に立たないどころか、自分の秘密を早夜子に知られては、どんな事態になるかわからない。危険な存在だ。
 結局、早夜子は『友達ごっこ』がしたいわけだ。何一つ隠し事のない親友と、学生時代に新体操に打ち込む。後で思い返せば、さぞ楽しい思い出だろう。

『いいわよ。その友達ごっこに付き合ってあげる』

 早夜子といつまでもいがみ合っていても、周囲の目を引くだけの事だ。普通に振舞え、あの人はそう言っていた。

 偽りの笑みを浮かべて、鈴菜は『親友』を見つめていた。

(35)

「うん・・・体の方はもうすっかり大丈夫」

 ベッドに腰掛け、鈴菜はリラックスした格好で、電話で話し込んでいた。電話の相手は母だった。この前途中で遮るように、電話を切った。その事が少し心に引っかかっていた。

「今度の連休?だめだよ。新体操部の合宿があるから、帰れないよ。うん、大学の方と合同なんだ」

「鈴菜ちゃん。それでね、この前の話なんだけど」

 そら来た。結局、それを私と話したかっただけなんでしょう。

「どうするか、考えてくれた?S大の方からは何度もお電話いただいて、申し訳なくって」

「いいのよ、そんな事気にしなくて。それがその人たちの仕事なんだから」

 鈴菜は冷たい表情を浮かべて、電話の先の母に言った。
 結局周囲の人間は、自分を利用する事しか考えていない。S大のスカウトなど、その最たるものだ。
 どうせ自分を売るのなら、せめて。

「今すぐに決めるより、ぎりぎりまで決めない方が、条件はもっと良くなるよ。その方が、『おじさん』の仕事にもいいんじゃないかな」

 私はこんな思いをしてまで、新体操での成功を目指している。それを安売りする気はない。

「私はまだ二年生だし。これからどんどん活躍するよ。そしたら、よりいい条件の話が来る。今決めてしまう事はないよ」

「・・・鈴菜ちゃん。何かあったの?」

 ただならぬ鈴菜の様子に、母の声は心配そうな調子になる。少し胸が痛んだ。でも。

『お母さんが心配なのは、私ではなく私の新体操じゃないの?』

 一瞬、鈴菜の脳裏に母と『おじさん』の情事が浮かぶ。男女の営みがどんなものか。もう鈴菜はよく知っている。二人もたるんだ肉体で貪欲に快楽を貪っているのだろうか。

「何もないよ。ただ、自分の価値に気付いただけ」

「・・・」

 母は黙っている。

「前にも言ったけど、今は新体操に集中したいから進路の事は考えたくないの。でも、『お話をいただいて本人はとても喜んでいました』って伝えてくれる?そのS大の人に」

 脈が無いと思われて、諦められても困る。私の争奪戦には、ぜひとも参加していてくれないとね。
 私にはもう、新体操の道しかない。その為に、魂すら売り渡した。ならばせめて、自分をより高く売りたい。

 電話を切った鈴菜は、ふう、とため息をついた。壁ぎわに置いた鏡に自分の姿が映っていた。いつもと同じ顔。だけど今の自分は狡猾な魔女に見えた。

 今の私は荒んでいる。

 そう鈴菜は悟っていた。

(36)
 休日の繁華街。道行く男達の視線が、誘導されるたかのように集中する。視線の先に、一人の少女の姿があった。
 綺麗に金髪に染められた髪に、安っぽい派手な服装。夜通し遊んでいるかのような少女だが、その顔は並外れて美しい。少女は、男達の視線になど気づく事なく、のんびりとウインドウショッピングを楽しんでいた。

 ふと、ウインドウの中のガラスに自分の姿が映る。それを見て、少女はくすりと笑った。
 少女は、鈴菜だった。

 休日の朝待ち合わせ場所に行くと、既にコーチは待っていた。発進した車の中で、コーチは用意した服に着替えるよう命令した。その服は、普段の鈴菜なら絶対に着ないような、あまり上品とはいえない派手なものだった。

「俺といる所を誰かに見られたら困るだろう?変装だと思えばいい」

 コーチはそう告げた。どんな理由であれ、鈴菜に拒否できるわけがない。車のガラスにはフィルムが貼ってあり外から見えはしないが、コーチからは丸見えだ。それも我慢して、狭い後部座席で着替える。車はゆっくりと発進していた。着替えが終わり、一緒に手渡された化粧用具を使おうと鏡を見た鈴菜は、思わず驚きの声を上げた。自分の黒い髪が、いつの間にか金髪に変わっていた。

「マイクロマシンを操作して、髪の色を変色させた。脱色したわけではないから、髪が痛む事はない」

「こ、困ります。これでは学校に行けません」

 泣きそうに抗議する鈴菜に、コーチは可笑しそうに答える。

「何、今日一日だけさ。ちゃんと元通りにしてやるから安心しろ。その格好なら、誰も有野鈴菜とは思うまい。思う存分楽しむがいい」

 車は繁華街に到着した。学校からはかなり離れた街で、鈴菜自身ここに来た事はない。
 コーチは『一人で買い物していろ』と言うと鈴菜を下ろし、そのままどこかへ行ってしまった。
 見知らぬ街で、鈴菜は一人になった。

「一体、どういうつもりなんだろう」

 鈴菜は、コーチの意図がわからなかった。誰一人自分を知る者のいない街で、急に不安にもなった。

「でも」

 鈴菜は背伸びをした。

「こんなにのんびりしたのは、久しぶりかな」

 一躍有名人になってから、思えば心休まる時間は無かった。いつも誰かに注目され、自分で自分を演じていたような所があったような気もする。鈴菜の心は、開放感に包まれていた。

「ねえ、彼女」

 不意に鈴菜は声をかけられた。振り返ってみると、いかにも遊んでいますという風体の男が立っていた。

「一人?どっか遊びに行こうよ」

『えっ・・・ナ、ナンパというものかしら』

 鈴菜には、こうして男性から声をかけられた経験がない。遠くからジロジロと無遠慮な視線で見られる事はたくさんあったが、こうして正面から声をかけられた事は無かった。鈴菜がどちらかというと内向的な性格であった事もあるが、男の方が高嶺の花だと勝手に萎縮してしまっていたようだった。今、鈴菜が姿を変えた事で、その心理的なハードルも下がったようだ。

「え、えっと、あの、その・・・」

 どう答えていいかわからず、しどろもどろになる。

「ねえ、行こうよ」

「残念だが、先約があるんだ。すまんね」

 鈴菜の背後から声がした。男は、そちらに視線を移し、ばつの悪そうな顔をして雑踏の中に消えていった。鈴菜は振り返って言った。

「コーチ・・・」

 鈴菜の後ろに、コーチが立っていた。いつの間に着替えたのか、ラフな私服姿だった。
 鈴菜はコーチの存在に、少し安心している自分を発見していた。

「買い物はもう終わったか?では、いくぞ」

 二人は並んで歩き出す。
 休日の昼間の繁華街は、大勢の人でごった返していた。通りすぎる人々が、不思議そうに二人の姿を見ている。

「フフ。変装していても、お前は目立つようだな」

 耳元で、コーチが囁く。

「俺達は何に見えるかな。年の離れたカップルか。それとも援助交際か」

 少し鈴菜の頬が赤くなる。二人は無言でそのまま街を歩いた。それでもコーチが自分に合わせて歩調を緩めていてくれているのは感じていた。思わずその肩に体を寄せた。
 二人がある角を曲がった時、視界に派手なネオンが飛び込んできた。そこは、ラブホテル街だった。

「コ、コーチ・・・。どこへ行くんですか?」

「フフフ。援助交際なら、どこへ行くか、なんて決まっているじゃないか」

「そんな。もしバレたら」

 今日、何も無いとは鈴菜も思っていなかった。どうせまた体を蹂躙されるに決まっている。しかしそれでも、こんな場所に連れ込まれるとは思っていなかった。ラブホテルになど来た経験は無い。もし誰かに自分の正体がわかったら、それこそ一貫の終わりだ。

「何の為に、変装しているんだ?今のお前は有野鈴菜ではない。ただの男好きの淫乱女だ。誰も不思議になんか思わないさ」

 そう言うと、スタスタと一人でホテルの中へ入っていく。その前で鈴菜はしばらく逡巡していたが、最後には躊躇いがちにコーチの後を追って、ホテルの中へと消えて行った。

(37)
 大型のジャグジー風呂に、大型テレビ。白と黒で統一されたシックな室内は、鈴菜の想像よりずっと清潔感があった。
 しかし部屋の中央には、ダブルベッドが鎮座している。その枕元にはコンドームが二つ。その事が、この部屋があくまでもセックスの為にある事を思い出させた。

「学校でするのもスリルがあっていいがな。ここなら邪魔が入らない。思いっきりヨガリ声を出しても大丈夫だぞ」

 コーチの冷やかしにも似た言葉に、ただ鈴菜は黙って耐えるしかない。この瞬間から、コーチと教え子という仮初めの関係は終わり、ご主人様と奴隷という関係に戻る。

「・・・」

 命令されるより早く、自主的に鈴菜は服を脱いでいく。全裸になると、今度は甲斐甲斐しくご主人様の服を脱がせていった。自らの体を隠す余裕はない。緩やかな曲線を描く胸も下腹部の翳りも、全て見られていた。
 ご主人様は、自分から動こうとはしなかった。既に半分固くなった肉棒が、ダラリと垂れ下がる。それを見て、鈴菜は赤面した。

「まずは目で楽しませてもうおうか。ここでオナニーしてみろ」

「そ、そんな」

「どうした。初めて見られるわけでもあるまい?」

 確かに自慰姿を見られた事はある。しかしあの時、鈴菜の体は操作されていた。今度は自分の意志でやれ、という。それは、やはり抵抗があった。

「やっぱり、恥ずかしいです」

「恥ずかしい事をさせるから面白いんじゃないか。それとも、やはり操られないとできないのか?」

 そう言われては、鈴菜はどうする事もできない。鈴菜は裸で二人掛けのソファーに座り、おずおずと股間に手を導いた。

「ん・・・」

 微かに声が洩れる。気持ち良くないわけではないが、恥ずかしさが先にくる。感じるどころではなかった。

「どうした。まだ恥を捨てられないみたいだな。今のお前は有野鈴菜ではない。ただの淫乱女だ。恥も外聞も忘れて、みっともない姿を見せてみろ。胸も触れ、がばっと足も開いてみろ」

「そんなの・・・」

 そう言われて、はいそうですかと従えるものでもない。鈴菜はついこの前まで、男を知らぬ普通の少女だったのだ。

「そうか。それでは仕方ないな」

 ご主人様は、ベッドに座ったままノートPCを取り出し開いた。鈴菜の方からは見えないが、何かキーボードを操作している。

「一体、何を・・・?」

「フフフ。オナニーに集中できないようだから、お前の体の感度を上げさせてもらう。これでインラン痴女の出来上がりだ」

 突然、電流にも似た強い快感が走った。ビリビリと痺れるような甘い感覚が、沸き起こってきた。鈴菜の理性が痺れる。

「ああっ・・・な、何・・・ひぃ・・・!」

 鈴菜の声が、大きくなる。いくら我慢しようとしても、もう鈴菜の意志を無視していくらでも喘ぎ声が湧き出してしまう。
 すっかり鈴菜の体は敏感になっていた。僅かな空気の流れだけでも、ゾクゾクするような快感が駆け抜けていく。

「そ、そんな・・・!!あ・・・あ・・・元に、元に戻して、ください!」

 必死に鈴菜は叫ぶ。ご主人様は、ニヤニヤと笑っているだけだ。

「オナニーは大好きなんだろ?遠慮しないで素直に楽しめばいいじゃないか」

 最初は大人しく動いていた指は、より激しくよりいやらしく動くようになっていた。片手で己の乳房を揉み解しながら、もう一方の手でクリトリスをこすり上げる。いつも夜ベッドで行う自慰とは比べ物にならない、強烈な快感が沸き起こってきた。自制心がどろどろに融けていく。いつしか自慰に熱中していた。

『どうして?どうしてこんなに気持ちがいいの?』

 瞑っていた目を開ける。ベッドに腰掛けているご主人様は、自分の方を眺めている。残忍そうな笑みを浮かべてはいるが、その目は興奮で爛々と輝いていた。視線は体に絡みつき、鈴菜の肉体は火傷しそうなほど熱くなる。

『ご主人様。見ていますか?私がいやらしくオナニーするところ』

 ご主人様が、自分の恥ずかしい姿を見て興奮している。その事実が、鈴菜を更に強い快楽へと押し上げる。

「くは・・・くぅん・・・あ!ああっ!!」

 正面に、鏡があった。全裸でソファーに座り、快楽を貪っている金髪の女。それが今の自分の姿だった。

『私はオナニー大好きのただの淫乱女。だってご主人様に、そう変えられてしまったもの』

「あっあっはぁ・・・はぁん・・・ん・・・!」

 快楽に呆けた頭で、鈴菜は心の中でそう繰り返していた。ご主人様に変えられた。今の自分は有野鈴菜ではない。ただの淫乱女。そう思うと、この快感に身も心も委ねてしまいたいという気になる。
自ら言い訳を用意して、鈴菜の自制心は急速に壊れていく。そんな中、鈴菜の性感は急激に高まっていった。

「あ・・・あ・・・はぁ・・・くぅ・・・ご、ご主人様。イキそうです!いっちゃいそうですぅ!!ああ、だめ!い、いってもいいですか」

「ああ、いいぜ」

 ご主人様の一言。鈴菜はその言葉を聞いた時、一瞬、心も体も震えるのを感じた。

「あああああ~~~!!」

 鈴菜の華奢な体の許容範囲を超える強い快感が駆け巡る。真っ白になっていく意識の中、鈴菜は不思議な開放感と安堵感を感じていた。

(38)
 むず痒いような、微かで、甘い快感。とろ火に身を焦がすような感覚に、鈴菜は我に返った。
 鈴菜の体はベッドに横たえられていた。隣には、やはり全裸のご主人様。小さな鈴菜の体はすっぽりとご主人様に包まれるように、寄り添っていた。ご主人様は、右手で鈴菜の乳房をいじっていた。愛撫と呼ぶには、余りにも興味本位の手つきで。

「ふふ。派手にいったようだな」

 あくまでも残忍に、ご主人様は鈴菜を苛める。鈴菜は、先ほどまでの自分の痴態を思い出して赤面する。
 前戯のような、後戯のような、甘く気だるい雰囲気が漂っていた。そう言えば、普通の恋人同士のように、こうしてまともにベッドインをするのは初めてだ。いつもなら慌しく情事を行って、日常に帰るところだ。

 ご主人様の指が、鈴菜の乳首を集中的にこねくり回す。絶頂の残照を留めている乳首は充血したまま、その指の動きに従って形を変える。その度に、鈴菜は甘い疼きを感じていた。

「すっかり淫乱になったようだな。出会った頃の清楚な鈴菜はどこにいってしまったのかねえ」

「そ、そんな・・・。だってそれは、ご主人様が操作したから」

 可愛い顔で鈴菜は抗議する。自分が乱れたのは、マイクロマシンで感度を上げられたからではないか。操作した本人に、そう言われるなんてあんまりだ。ご主人様は残忍だ。いつも自分を弄んで楽しんでいる。今夜もそれは同じなはずなのに、こうした怠惰な空気の中だと、何か恋人達の戯れのような感じもしないでもない。

「マイクロマシンをいじって体の感度を上げた、というのは嘘だ」

 可笑しそうにご主人様は言う。

「えっ」

「俺は何もしていない。お前が勝手に感じたのさ」

 そんなはずはない。だって、あの時、私の体は確かに気持ちよくなったのだから。

「なあ、『ラポール』って知っているか。信頼とかそういう意味だが、これがないと催眠術にはかからない。お前が俺の事を憎んでいると思うが、お前は俺が操作すればその通りになると思っている。信じている。だからこそ、お前の体は俺の言った通りになったのさ。マイクロマシンに命令しなくても」

 確かに鈴菜にとって、ご主人様は絶対的な存在だ。鈴菜の体は、自分の意志よりもご主人様の命令を優先している。その事の説得力の力強さは、並みの恋人同士の信頼関係の比ではない。
 ご主人様を好きなわけではない。憎んでいると言ってもいい。しかし肉体がそうであるように、鈴菜の心の中でご主人様の存在は、自分の意志より上位に位置していた。

 それを悟る事は、自分がご主人様に従属していると認める事だった。体だけではなく、心さえも奴隷となりつつある。新体操の為という妥協も、もはや意味は無かった。それは、鈴菜にとってあまりにも残酷な現実だ。

「鈴菜。今の生活はつらいか」

 ご主人様は、不意に問い掛けた。

「あ、当たり前です」

「ではそのつらい事、悲しい事を、まとめて俺によこせ」

「・・・」

「お前は俺の奴隷だ。それ以外の何者でもない。つらい事も悲しい事も感じる必要なんてない。お前は俺から与えられる快感の中に、幸せを見つけていればいいんだ。残りの人生全てを、俺によこせ」

 ご主人様の言葉は、不思議な程鈴菜の中に浸透してくる。随分、ひどい言葉だと思う。その一方、これほど熱烈な好意もない、とも思う。この人は悪い人だ。そして多分、こんな形でしか自分の気持ちを表現できないのだろう。頬が熱くなっていた。感動にも似た感情が沸き起こってくる事に、我ながら驚く。

 皆が皆、自分に好意を持って近づいてくる。しかしそれは、本当の自分ではない。新体操をする、人形としての自分だ。本当の自分は、そんな染み一つ無い綺麗な存在ではない。だけどこの人だけは、ありのままの自分を欲してくれる。いくら汚い所を見せても、この人だけは。

『お父さん…』

 脳裏に浮かんだのは、父の姿だった。昔海水浴に行った時、海の上で自分を引っ張っていく大きな背中。足の届かない深い所であっても、お父さんの背中がそこにあれば安心できた。
 しかしその背中は、永遠に失われた。鈴菜が見たのは、泣き崩れる母の姿。

 鈴菜はいい子であろうとした。『有野鈴菜』という人を、一生懸命演じていた。無理もした。母は自分を裏切って『おじさん』とくっついた。しかしそれでも、鈴菜は演じ続けようと思った。怪我をして、挫折を経験するまでは。潮が引くように、周囲の視線は冷たくなった。では、自分ががんばって演じていたのは一体何だったのか。気づくと鈴菜は、父の背中を探していた。

 『有野鈴菜』は重荷でしかなかった。憎んですらいた。その偶像を守ろうとする一方、壊せればどれだけ楽になれるか考えていた。そしてそれを壊してくれるのは、この人しかいない。

「ご主人様・・・」

 鈴菜は体を回し、ご主人様に抱きついた。その胸に、顔を埋める。いつしか、鈴菜の目には涙が溢れていた。

「私を、鈴菜を、滅茶苦茶にしてください・・・」

 その日初めて、鈴菜はご主人様を求めた。

(39)
「ああ・・・ん・・・!」

 押し殺した喘ぎ声が、部屋の中に響いていた。鈴菜は、足を広げ、ご主人様を受け入れていた。何度も重ねた体と体。しかし、今日の鈴菜は少し違う。例えるなら初夜の花嫁のように、快楽の中に幸福感を見出しているようだった。そう、鈴菜は、本心からセックスを楽しんでいた。

 優しく自分の分身を包み込み、締め上げる。新鮮な感覚があった。
 無理矢理に蹂躙するのもいいが、感情の入った交わりもいい。こすりつけるように、ゆっくりと腰を動かした。

「んん・・・はふ・・・いい、いいです。とっても・・・」

 うっとりと、夢でも見ているように鈴菜は呟く。これが、ついこの前まで俺に犯される度に泣いていた女なのか。
 深く腰を突き入れるだけで、鈴菜は苦しげに喘ぐ。いつもの清楚な姿からは想像もできない、男を狂わせる色気があった。

「そんなに気持ちいいのか?」

「は、はい。ご主人様とのセックス。とても気持ちいいです」

 新体操の為にと割り切って体を委ねる事を選択していた鈴菜は、いつしかセックス自体が目的となっていた。

「ご主人様・・・いけない奴隷の鈴菜を、もっと滅茶苦茶にしてください」

 鈴菜は、奴隷となった自分を見下ろしているのだろう。汚されていく自分に、興奮している。それは倒錯したマゾヒストの快感だった。

 こいつ、本心から俺のセックス奴隷になったようだな。

 俺は心の中でほくそ笑む。男に溺れる女など、この世にはいくらでもいる。鈴菜には無理矢理そうなってもらっただけの事だ。

 元々鈴菜は怪我によって追い詰められていた。俺との出会いで一旦は救われたと思っただろうが、それは間違いだった。犯されて、奴隷になると宣言させられた。それは本心からの同意ではなかったのだろうが、不安定になった精神は俺に依存する事でしか救われない。

 今日、鈴菜を連れ出した事はもちろん考えあっての事だ。鈴菜には過度のストレスがかかっている。新体操の事だけでも大変なものなのに、俺にはレイプ同然に弄ばれている。理性では納得したとしても、いつかは壊れてしまう。俺といる事、俺に従っている事、それで開放感を味わえると条件付ける必要があった。もちろん、情事も含めての関係で。その為に今日は、脳内の神経伝達物質を意図的に分泌していた。鈴菜は今までにない自由さを味わったはずだ。感覚は感情となり、記憶となって永遠に残る。そして最後には思考すら変わっていく。俺の望む方向へ。

 鈴菜。お前は新体操なんて始めるんじゃなかったな。いや、それだけの才能と美貌を持って生まれた時から、俺の奴隷になる運命だったのさ。

 俺は会心の笑みを浮かべ、鈴菜の中により激しく自分の分身を突き入れる。荒っぽく扱っても、鈴菜は文句一つ言わない。代わりに歓喜の声を上げるだけだ。

「くう・・・ん・・・はぁ・・・ああっ・・・ご主人様!」

 何度となく、『ご主人様』と繰り返す。最初のうちは強制されてもなかなか出てこなかった言葉が、今は言うだけで快感になっているようだった。

 お互いの下腹部を激しくぶつけ合う。その度にベッドが軋み、いやらしい音が漏れ出していく。鈴菜は金髪を振り乱してよがっていた。髪の色が変わっただけで、まるで印象が違う。天使と交わっているような快感と感動が胸を過ぎる。

「そろそろ出してやるぞ。中がいいか、外がいいか」

 鈴菜の答えはわかっている。それでも、敢えて言わせる。

「ああ、ああああ!中に、どうか鈴菜の中に出して、下さい。お、お願いします!!」

 鈴菜は自分の中に射精するように懇願する。もはや、新体操の為ではない。奴隷としての快楽の為だ。
 『新体操界の新星』として、芸能人並みの人気を誇る鈴菜を自分のセックス奴隷に調教し、中出しを懇願させる。俺は自分の計画が、予定通りに進行している事に、強い達成感を感じていた。

「いくぞ。おら!」

「あああああ~~~!!」

 俺の体が震えた。俺の欲望の塊を、鈴菜は体中で受け止める。その顔には、天国をさ迷っているかのような、幸福そうな笑みが浮かんでいた。たとえそれが、仮初めの天国かもしれなくても。

(40)
 月曜の朝を迎えた学校は、静まり返っていた。まだ、生徒達が登校する時間ではない。校庭に咲く草木は、朝露に濡れていた。
 校庭の北側は土手になっており、その上にはツツジが一列に植えられていた。ツツジの先には林のように樹木が生い茂り、その先には高い壁になっている。出入りする門も無い。生徒達にはあまり用のない場所であり、実際人が来る事もほとんど無かった。

 そんな場所に一人、博は一人煙草を吸っていた。

「ご主人様・・・」

 恐る恐る現れたのは、鈴菜だった。トレーニングウェア姿で、寮を抜け出してきたらしい。もちろん、博の命令だ。

「来たか」

 博は煙草をもみ消した。

「鈴菜。お前は俺の何だ?」

「・・・奴隷です」

 一瞬の逡巡の後、鈴菜は躊躇いなく言った。

「そうだ。鈴菜。お前に俺の奴隷としての心得を教える」

 博は高らかに宣言した。

「は、はい」

 緊張した面持ちで、鈴菜は返事をした。

「学校内では、普段コーチと教え子として振舞う。だが、それは仮の姿だ。その事をお前が一日も忘れないよう、お前に命令する」

 博は、一本の桜の木を指差した。かなりの大きな木だ。

「お前が責任をもってこの木の世話をするんだ」

「世話ですか?」

 不思議そうに鈴菜は聞き返す。

「ふふ、肥料と水さ。これからは、用を足したくなったら、必ずこの木の根元でするんだ。大きい方も、小さい方もだ」

 鈴菜の顔が青ざめた。

「そんな・・・!無理です。それだけは許してください」

「だめだ」

 短く、博は否定する。有無を言わせぬ調子だった。

「ところでお前、昨日からトイレ行ってないんじゃないのか?」

 その顔には、見慣れた残忍な笑みが浮かんでいる。それを見て、思わず鈴菜ははっとなる。

「まさか・・・」

「マイクロマシンを操作した。もうお前は、ここでしか用の足せない体になっている」

 それは死刑宣告にも等しい言葉だった。

「この木の根元に特殊な電波の発信機を埋め込んでいる。ごくごく狭い範囲にしか届かないその電波が無ければ、お前の中のマイクロマシンは排泄を拒否するってわけだ。そら、そろそろ用を足したくなるんじゃないのか?見ていてやるから早速してみろよ」

 急にそわそわと、鈴菜の落ち着きが無くなる。必死に湧き上がる尿意に耐えているのだ。既に鈴菜の中のマイクロマシンは、電波を受信して排泄を促しているのだ。

「言っておくが、排泄を永遠に我慢できる人間なんていないんだ。諦めてひり出したらどうだ?」

「うう・・・」

 鈴菜の顔は青ざめてきた。もう、精神力で我慢できる限界にきているようだ。これ以上時間が経てば、このまま漏らすだけだ。

「み、見ないでください・・・」

 そう言うと、鈴菜は諦めて下をおろして木の下にしゃがみこんだ。その目には、涙が浮かんでいる。

「フフ・・・そうはいかない。ここまでお膳立てしたんだ。よく見えるように、背筋を伸ばせ。足を広げろ」

 そう言うと。鈴菜は言われた通りの姿勢になる。マイクロマシンが作動したからなのか、本能的に命令に従ったからなのか。もうそんな事はどうでもいい。鈴菜の意識は、用を足す事に集中しているようだった。

「褒美をやろう。お前はここで用を足す度に、快感を覚えるようになる。元々人間にとって排泄は快楽を伴うものなのだが、それをお前は異常に感じるようにしてやるよ」

「ああっ!出ちゃう・・・!いや!見ないで!!」

 鈴菜の股間から、黄色く光る液体が、短く弧を描いて流れ落ちる。

「ああ・・・!」

 歓喜にも、絶望にも似た声が、鈴菜の口から洩れた。
 微かなに聞こえる水音は、しばらく静寂の林の中に響いていた。

< つづく >

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