催眠術師 鋭次01 (18)(19)

(18) 手紙で呼び出され

「それじゃあ、行ってきまーす」
 朝の9時すぎ、梨華は、母親にショッピングに行くと言って、自宅を出た。憂鬱な気分である。
 ショッピングなら、どんなに楽しいだろう。 だが、行かないわけにはいかない。
 どうなるか、わからないからだ。待ち合わせは、銀行の近くの駅前のルンルン書店の前である。
 今日の梨華は、ベージュ色にカーネーションやバラの柄が入ったシックなスカートに、グレー色のセーターで、シンプルにキメている。そして、黒いリュックを右肩にかけている。
 リュックの中には、鋭次の手紙に書いてあったように、ビデオと手紙が入っている。
 梨華は、10分前に着いて待っていたが、鋭次は、それより前から、少し離れた所で待っていた。
 梨華の様子を伺っているのだ。梨華の可愛い顔には、不安がいっぱいという様子が見てとれる。
(不安を取り除いてやるか・・・)
 鋭次は、約束の10時になると、梨華の方に近づいていった。

「やあ、こんにちは」
 鋭次が、梨華に声をかけた。
「あっ!! こんにちは」
 梨華が、同じように言い、ペコリと頭を下げる。
「初めまして。っていう、間柄でもないしな・・・」
 鋭次が、嫌味を言う。梨華は、何か言いたそうであったが、黙っていた。
「こんな所で話もなんだから、場所を移しましょう。一緒に来てくれますね?」
 鋭次は、梨華に言った。行かないわけにはいかない。梨華は、渋々鋭次についていった。
 近くに、高級車が停められていた。鋭次は、助手席に座るように梨華に言うと、車を走らせた。
(どこに行くの?)
 梨華は、聞こうと思ったが、3分も経たないうちに、目的地の地下駐車場に着いたので、梨華には、それがどこか分かった。銀行の向かいのシティホテルである。
「一緒に来て下さい」
 鋭次が、優しく言う。そして、二人でエレベーターに乗ると、19階まで昇った。
 エレベーターを降りると、部屋に向かって歩きはじめた。部屋のカードキーをカードケースから取り出すと、1919号室(スイートルーム)のカード挿入口に差した。
 カチャリ。部屋の鍵が開く音がする。
「どうぞ」
 鋭次は、梨華に入るように勧めると、梨華は、渋々、部屋の中に入った。
「きれいな眺めだろう? さすが、最高級の部屋だけはある!」
 鋭次は、梨華にリラックスするように話しかける。
「そこに座って」
 と言って、鋭次は、窓近くのソファを指さした。梨華は、言われたとおりに座った。
 向かい合ったソファのまん中に小さいテーブルがあった。梨華は、テーブルの上にある白い紙袋にが気になった。紙袋の中には、ビデオテープらしきものが、何本か入っている。
「何か、飲むかい? たいがいのものはあるよ」
「じゃあ、紅茶をお願いします」
「紅茶ね」
 鋭次は、楽しそうに梨華との会話を楽しんだ。

 紅茶とコーヒーをテーブルに持ってきて、梨華に勧める。
「悪いね。呼び出したりして。でも、外ではちょっと、話しづらいからね」
 鋭次は、すまなさそうに言う。
「いえ・・・」
 梨華は、軽く返事する。梨華が、紅茶を飲み始めたので、話を切り出す。
「ビデオは、見ていただけたでしょうか?」
 鋭次が、梨華に確認する。
「はい・・・あれは、一体、どういう事なんでしょう? どうして、あんなビデオがあるんですか?」
 梨華が、鋭次に問う。
「どうしてって言われてもねぇ・・・ あれは、事実ですよ!! ビデオのままです!!
 としか、言いようありません」
 鋭次が、梨華に言い放つ。
「そんな・・・私、覚えがないんです・・・」
 梨華が、どういう事なのかと困惑した様子を見せる。
「そう言われてもねぇ・・・俺も最初は驚いたよ。君のような可愛い子が、”処女を貰って下さい”だもんな。 でも、君のような可愛い子におねだりされたら、断る訳にもいかないし・・・」
「だけど、あまりにも君が、”処女を貰って下さい”って言うもんだから、仕方なく戴いたって、訳だよ」
 鋭次が、説明する。
「そんな・・・私、あの夜は、おかしくなっていたんです・・・」
 梨華が、鋭次の説明に対して、口を濁らせる。
「そんなこと言ったってねぇ・・・」
「とにかくだ!! このビデオが事実なのは間違いない!! もちろん、作り物でも無いからな!! おねだりをした梨華ちゃんも覚えているだろう?」
 鋭次は、宣言するように言い放った。そう言われると、梨華も記憶を思い出し、何も言えなくなってしまった。

「それでは、俺の話も聞いてもらうとするか」
 鋭次が、話を切り替える。
「ビデオにあったように 君は、銀行のお金を横領したね? この事が世間にバレたら、どうする?」
「・・・」
 梨華は、黙っている。
「何年かは、刑務所に入ることになるだろうなぁ・・・会社もクビになるだろうし、君のお父さんやお母さんも、家の外に出るのがいやになるだろうな」
 鋭次が、バレると大変なことになる話をする。
「あぁ・・・そんな・・・」
 梨華は、バレた時の事を回想し、顔が青くなっている。
「この事を明後日の月曜日に、マスコミや君の銀行にバラそうと思う。ビデオもあるので、証拠にもなるからね」
 鋭次は、いきなり、”バラす”と言いだした。梨華にとっては、いきなりのピンチである。
「あぁ・・・お願いです。お願いですから、この事は誰にも言わないで下さい」
 梨華が、鋭次に懇願する。
「そう言われてもねぇ・・・」
 鋭次が、何かを要求するかのように、曖昧に返事する。
「お願いです。お願いします!!」
 梨華が、泣きそうになりながら訴える。
「そうか・・・それじゃあ、黙っといてやるよ!!」
 鋭次が、助け船を差し出す。あっけなく、了解してくれた。
「本当ですか?」
 梨華が、嬉しそうに、鋭次に問い直す。
「あぁ、黙っといてやるよ。約束する!!」
 鋭次が、優しく梨華に言う。
「ありがとうございます」
 梨華は、頭を下げて、礼を言った。この時、梨華には、鋭次が仏様のように感じただろう。
 この後の話をされるまでは・・・。

(19) ビデオの取り引き

「では、もう一つの話ですが・・・」
 鋭次が、ぼそっと語り始めた。鋭次の手が紙袋に近づく。紙袋から、ビデオテープを取り出した。
 見覚えのあるビデオテープだ。
「それはっ!!」
 梨華は、思わず声を出した。鋭次は、テーブルの上に、10本のテープを積み上げて、言った。
「そうです。これは、あなたに昨日プレゼントしたものと、同じビデオテープです。
 10本あります。 もう一つの話というのは、このテープを買ってもらいたいのです」
 鋭次は、テープを買ってほしいと、言いだした。梨華は、少し考えたが、買わざるを得ないようだ。仕方なく、金額を聞くことにした。
「あの・・・いくらでしょうか?」
「そうですか! 買ってくれますか!」
 鋭次は、嬉しそうに、話の続きをすることにした。
「テープのパッケージにも書いてあったと思いますが、1本、10万円です」
 鋭次は、テープ1本分の金額を述べた。
「と、いうことは、100万円ですか!?」
 梨華が、金額があまりに高いので、不満げに聞き返した。しかし、買わないわけにはいかないので、渋々言った。だが、不満げな様子は表情に表れていた。その表情を見て、鋭次は、すぐに言った。
「買うのが嫌でしたら、買ってもらわなくてもいいですよ」
 ”買わなくてもいい”と言っている。
(売りつけるのをあきらめたのだろうか?)
 梨華は、そうならばいいなと思ったが、続いて、鋭次の口から出た言葉は、そういう意味ではなかった。
「買ってくださらないのなら、このテープは明後日に、マスコミや君の銀行の人やビデオ屋や裏ビデオ関係の知り合いに、ばらまくことにします」
「そんな・・・」
 ほとんど、脅迫と同じである。
「一躍、君は、有名人になれるよ」
 鋭次は、笑いながら、そうなった時の状況を回想する。梨華も、同じように回想し、再び顔が青ざめている。
「それだけは・・・テープをばらまくのだけは、許して下さい」
 梨華は、必死に、鋭次に頼みこんだ。そんな梨華を尻目に、鋭次は、なおさら追い打ちをかける。
「そうだよなぁ・・・このテープが見られると、君の恥ずかしい姿が知られるというのもあるけど、もう一つ・・・」
 思わせぶりに言う。
「もう一つ?」
 梨華が、問い直す。
「そう。もう一つ あります。このテープを見られるということは、君が、”銀行のお金を横領した”という事がバレますね。つまり、二つの大変な事がバレることになりますね。とっても、有名人になれますよ。はっはっは・・・」
 思わず、笑ってしまう鋭次であった。梨華は、ますます、顔が青ざめている。いつもの明るい可愛い顔が台無しである。泣きそうになりながら、声を出した。
「買います! このテープ、全て、買いますっ! ですから・・・」
 決心したかのように、梨華が、鋭次に向かって言った。
「そうですか! 買ってくれますか!」
 鋭次が、何か嬉しそうに言う。

「100万円 払えばいいんですね?」
 梨華が、渋々、取り引きの話をする。
「ええ、お金の方については、そうです」
 おかしな事を言う。
「しかし、こんな大事なビデオテープを、それだけで売るわけには、いきませんね!!」
 もったいぶった言い方をする。金額をつり上げようと言うのか?
「100万円と、”このメモに書いてある事を実行する”それが、条件です」
 そう言って、鋭次は、小さなメモを梨華に渡した。そこには、次のように書いてあった。

『西川梨華 は、明日の夕方5時まで、

 野口鋭次 の言うことをなんでも聞く事。言われた通りにする事。

 - 以上 - 』

 メモには、ワープロに打たれた文字で、短く書かれてあった。梨華は、そのメモを見て、
(なるほどね・・・ やはり、そういう事ね・・・ また、恥ずかしい事をしようとしているんだわ・・・)
 と、あれこれ考えたが、梨華には、選択の余地はなかった。この条件を呑まないと、ビデオテープが、ばらまかれてしまう。梨華は、渋々、返答することにした。
「わかりました。言われた通りにします」
「そうですか!!」
 鋭次は、嬉しそうに、優しい笑みになった。

< つづく >

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