Run up Love! Run up Love!

「やっぱり、お金持ちは違う…」

 今は誰もいない『お姉さま』の部屋をきょろきょろと物珍しそうに見渡しながら、私は思わずつぶやいた。
 大きさはうちのリビングよりも広く、敷き詰められた絨毯は柔らかく、調度品はどれも格式高く高級そう。勉強机一つにしても、「19世紀末のアンティーク」と言われたら納得してしまうような物が置かれていて、それは徹底されていた。木製の本棚には参考書や難しそうな文学全集と一緒に、少女向けのライトノベルが収まっているのがちょっと意外に思ったけれど、逆にお姉さまの意外な一面を見られて、私は嬉しかった。確か、この本って女子校を舞台にした女の子同士の恋愛物だったっけ。お姉さまもこういうの読むんだ。いや、お姉さまだからこそ、かな。
 それにしても、このベッドの大きさときたら! 部屋の大きさからすれば適正な比率かもしれないけど、一人が寝るには大きすぎますって。キングサイズ、いやクイーンサイズって言うのかな。とにかく高級ホテルのスイートルームにありそうなベッドが、さも当然のように置かれている家。そんな家に住んでいるのが、私のお姉さまという人なのだ。
 そのお姉さまはと言うと、「紅茶でもいれてくるから、ここで少し待っていなさい」と言ったきりまだ戻ってこない。私は「ちょっとぐらいいいよね」と言い訳しつつ、問題のベッドにちょこんと腰掛けてみた。
 すごい、ふわふわ。腰に体重を少しかけて反発力を試すと、スプリングの感触がぽよんぽよんと愉快な具合に伝わってくる。
 楽しくなってきた私はいったん立ち上がり、制服のスカートのままなのを気にせず、えいっと枕元めがけてジャンプしてみた。ぼふっという感じの擬音とともに、私の体は白いシーツに覆われたふかふかの布団に受け止められた。
 いいなぁ、こんなベッドだったら、1分あったら寝てしまえそう。私はうつぶせの姿勢で、枕に顔をうずめながらそんなことを思っていた。『お姉さまが使っている枕に』。
 と、そこに気づいてしまうと、急に心臓がどきどきと鼓動を早めた。お姉さまが毎晩寝ているベッドに、今私が横たわっていると思うと、いけないと思う気持ちと、このままでいたいという気持ちがせめぎあって、よりどきどきと興奮してしまう。何となくいい香りがするのも、やっぱりお姉さまの…。
 どうしよう、いけない気持ちになってしまいそう。でも、私の体は…

「…何をしているのかしら」

 ドアの方から呆れたような声がした。
 恐る恐るその方を振り返ると、そこにはまぎれもなく、湯気の立つティーカップを2つ載せたトレイを手に持ち、私と同じセーラー服を着たお姉さまが戻ってきていたのだった…。

「あ、あはは、あはははは…」

 私は、冷や汗をかきながら苦笑を返すしかなかった。

 私と『お姉さま』こと天元寺沙紀先輩との出会いは、入学式だった。不安と期待に胸を膨らませながら、緊張した面持ちで式に臨んでいた私の視線の先、正確には体育館の壇上に現れたのが、生徒会長として式辞を述べにやってきた沙紀先輩だった。
 その美しく整った容姿、抜群のスタイル、艶やかで長い黒髪と清楚な振る舞い、そして凛とした声に私は一瞬で惹きつけられてしまった。最初は憧れの対象だったけど、それが恋だと気づくまでに時間はかからなかった。
 その美貌に加え、学業は優秀、スポーツだってこなすし、実家は名家でお金持ち。だからか、ついた異名が『白百合姫』。確かに、壇上に現れた時は背景に百合の花を背負っていたような気がするのは、私のひいきのしすぎか。
 そんな人だから、今年から共学になったうちの男子生徒たちが放っておくはずもなく、噂では他校の生徒も沙紀先輩にアプローチをかけていたらしい。中には甲子園のエースピッチャーや、モデル事務所から声のかかっている二枚目も。でも、先輩はその誘いを全部断っていた。これまた噂では、振った人数は軽く3桁の大台に乗っているとか。
 そんな先輩に、一世一代の決心をして、私は告白した。どうせ相手にもされないとわかっていたけど、それでも告白せずにはいられなかった。ところが、何かの間違いか、それとも奇跡か、私の告白を聞いた先輩は、私の『お姉さま』になってくれたのだった。その時のお姉さまの興味深そうな顔が、今でもまぶたに焼き付いている。
 そして、急転直下でその日のうちにお姉さまの家に呼ばれ、今に至る…。

 私はベッドの端に腰掛けたまま、顔を真っ赤にして小さくなっていた。あんなところを見られて堂々としていられる方がおかしい。どうしよう、嫌われたらどうしよう…。
 お姉さまはトレイをガラス製の小テーブルに置くと、私のすぐ横に腰掛けた。至近距離に接近されて、シャンプーのようなコロンのような心地よい香りが私を包み込み、私の心臓はより高鳴った。

「あ、あの…、ごめんなさ」
「別に怒っているわけではないわ。それとも、怒られるようなことをしていたのかしら?」

 私がやっとの思いで紡ぎ出した言葉をさえぎって、お姉さまが口を開いた。その口調は糾弾しているわけではなく、どちらかというと、私の反応を面白がっているようだった。
 私はお姉さまの顔をまともに見ることができず、ただひたすらかしこまって答えた。

「い、いえ、その、そんなことは…」
「あら、本当かしら。本当に…?」

 そう言うなり、お姉さまは私にさらに体を密着させると、すっと私の膝に手をのばしてきた。

「おっ、お姉さまっ!?」
「私と、こういうことがしたかったのではなくて…?」

 あまりのことに動転する私を無視するかのように、お姉さまは耳元でささやきながら、膝元にのばした手を、スカートの裾から中に差し入れてきたのだった!
 さすがに私は、ばっとスカートの上から両手でお姉さまの手を制止した。

「だっ、だめですっ!」
「あら、意外と固いのね。私とこういうことがしたくて、家まで付いてきたのではないのかしら?」

 あの清楚なお姉さまが、こんなことを言うなんて。でも、お姉さまが耳元で甘くささやく度に、私はどんどん抵抗する気力を失っていく。だって、こういう関係になりたかったのは事実なんだから。お姉さまと一つになりたくて、夜毎に妄想にふけっていたのは事実なんだから。
 でも、でも、

「だめ、だめなんですぅ…」
「何がだめなのかしら?」
「言えません…、言ったら、嫌われちゃう…!」
「嫌ったりしないわ、だから…ふっ」
「ああっ…!」

 不意に耳元に息を吹きかけられ、ぞくぞくとした快感が背筋を走る。その瞬間に、私は思わず手の力を弱めてしまった。お姉さまの手は、私の股間を包む下着にすっとあてられていた。絶対に、絶対に知られたくなかった部分に。

「ふふっ…、硬くなってるわね…。あなたの、ここ…」
「ああっ、ごめんなさい、ごめんなさい…」

 お姉さまがそこをさする快感を感じつつも、私は泣きそうな気持ちでいっぱいだった。
 私のクリトリスは、並外れて大きかった。しかも、刺激を受けると男の人ぐらいに大きくなってしまう。こんなことを知られたら絶対に嫌われると思っていた。だから知られたくなかったのに…。
 しかし、お姉さまは私のあそこをさすることをやめなかった。

「謝ることではないでしょう? たまたまこう生まれただけじゃないかしら」
「お姉さま…?」
「そう、あなたはこんな体に生まれただけ。『気にしなくていいわ』。これぐらいではあなたを愛さない理由にはならないわ」
「…お姉さまっ!」

 気にしなくていい、という言葉が染み渡り、私の心を開放した。
 嬉しい。私の体のことを知ってなお、お姉さまは私を受け入れてくれた。
 私は喜びのあまりにばっとお姉さまに抱きついた。お姉さまは不意のことでバランスを崩し、ベッドに背中を柔らかく打ちつける格好になった。
 私は大慌てで、お姉さまの体の上からどくことも忘れて、全力で謝罪した。

「あっ、あのっ、ごめんなさいっ」
「いいのよ、こうしたかったのでしょう? その大きなクリトリスで…」

 お姉さまは私の体の下から抜け出ると、足がMの字を書くように、両足を開いて座り込んだ。そして、すすっ…とスカートの裾を持ち上げていく。まるで、私を挑発するかのように。

「私のここに、いやらしいことをしたかったのでしょう…?」

 私は、お姉さまから目を離すことができなかった。
 あらわになったお姉さまの下着は、イメージ通りと言っていいのかわからないけど、高級そうな黒のレースだった。色合いが、たまらなく色気を感じさせてしまい、思わず私はごくりとのどを鳴らしてしまった。
 そしてお姉さまは、私を誘うような魅惑的な声色で言った。

「あなたが思う通りにしていいわ…。その代わり、ちゃんと私を気持ち良くさせるのよ」
「は、はい…」

 私は、ふらふらと四つんばいの格好でお姉さまに近づいていった。そして魅入られたように、お姉さまの足の間、黒い下着に包まれた禁断の園に顔を近づけていった。
 私の視界には、もう黒と限りなく白に近い肌色しか見えなくなっていた。その黒い部分に、私はどんどんと顔を近づけていった。

「私がどうすれば悦ぶか、わかるわよね…?」

 視界の外から、お姉さまの声が聞こえてきた。そうだ。私がしたかったこと、そしてお姉さまが悦ぶこと。その二つをしなければならない。お姉さまのために。お姉さまの望む通りに。
 私は、お姉さまの股の間に顔をうずめ、そして、下着の上から柔らかな部分に舌を這わせた。

「…んっ。そう、悪くないわ…」

 私の舌の動きに、お姉さまがぴくりと反応する。
 お姉さまはご褒美とばかりに、私の頭を優しく撫でてくれた。そうされることが今の私にとって一番の喜びで、私はより「ご奉仕」に力を入れた。
 ぴちゃりぴちゃりと音をさせてそこを舐めしゃぶっていると、黒い下着なのにより漆黒の染みの部分が出来上がっていった。半分は私の唾液のせい、もう半分は…お姉さまの蜜で。

「ふふっ…、もういいわ」
「あ、はい…」

 お姉さまがやめるよう言われたので、私は舌の動きを止めて、顔を上げた。まるで主人の命令を待つ犬のように。

「今度は、あなた自身で感じさせてちょうだい」
「えっと…その、どういう意味でしょうか」
「あら、遠慮なんてしなくていいのよ。あなたの、私に入りたくて硬くなっているクリトリスを、思う存分使っていいのよ」

 あけすけなお姉さまの言葉にちょっと驚きを感じながらも、次の瞬間には私の心の中は『お姉さまの言う通りに』したくてしょうがなくなった。
 腰が、特に突起が熱くてしかたない。心臓がばくばく音を立てている。心なしか呼吸も荒くなっている。そうだ、お姉さまと一つに、一つになるんだ…。
 私は、まずスカートを脱ごうとホックに手をかけた。が、

「待って。スカートは脱いではだめよ」

 とお姉さまに制止されてしまった。私が不思議そうな顔をしていると、

「…私の趣味、ということにしておいて。不満かしら?」

 そこまで言われたら、ぶんぶんと首を振って「い、いいえっ!」と答えるほかない。
 私はリクエスト通り、スカートを脱ぐこと諦め、裾から中に両手を差し込んでごそごそと動かし、コットンのショーツだけを両足から抜き取って、ベッドの下に捨てた。行儀悪いかもしれないけど、あんな高級そうなものと比較されるのがちょっと嫌で、お姉さまの視界から消し去りたかったからだ。
 ふと見ると、お姉さまもあの高級ショーツを脱いでいるところだった。それにしても、下着を脱ぐという動作一つとっても、優雅さを感じるのはさすがだと思う。
 お互いにスカートの下は何もつけてないけど、見た目はいつもの制服のまま、という奇妙な状況で膝立ちでベッドの上で向き合っている私たち。
 やがて、お姉さまが沈黙を破って口を開いた。

「さあ、いらっしゃい」
「よ、よろしくお願いします…っ」

 なにやら奇妙な返答だが、私はゆっくりとお姉さまに膝歩きで近づいていった。その距離が30センチ、10センチ、5センチ…と縮まり、そして、ゼロになった。
 膝と膝、腰と腰、胸と胸が密着し、当然のように唇と唇も。これがキスなんだ…と思う間もなく、舌と舌までもが密着し、絡み合った。それにつられるように、両手でお互いの体を抱きしめあい、より深く、強く密着させる。本能に導かれるように、私は目を閉じて、快感だけに身をゆだねた。

「んっ…ふっ…、おねえ…さまっ…」

 あまりの快感に、声が漏れる。今までの人生で感じた快感を全て集めても、このキスにかなわないのではないのかと思えるほど、それは甘美で、快感だった。
 ずいぶんと長い時間、でも本当は短い時間全身を絡ませあった私たちは、どちらからともなくほんの少しだけ距離を置いた。ゆっくりと目を開くと、視界の全てが美しくも淫靡な表情をしたお姉さまが占めていた。

「楽しみましょう。身も溶けるほどに…」
「はい…」

 お姉さまが発する言葉が、私の思考の全てを支配し、肉体を高揚させる。
 お姉さまは私を受け入れるように腰を下ろして足を開き、私はそれに導かれるように、ふわふわとした心持ちで体を前に倒していった。やがて、仰向けの姿勢でベッドに横たわるお姉さまの上に、私がのしかかろうとしている格好になった。
 スカートの裾がめくれてあらわになっているお姉さまの下半身は、美しく均整の取れた芸術品だった。その付け根には、しっとりと濡れて光る、茂みというよりは若草と言った方が適切な…あそこがあった。
 私はスカートを持ち上げ、徐々に、徐々にそこへと腰を落としこんでいった。本能の命ずるままに。やがて私の先端がひくひくと息づく花弁に触れると、消え去ったはずのほんのわずかな理性が、私の動きを押しとどめた。
 少し怪訝そうな表情を見せて、お姉さまが私に問うた。

「…どうしたのかしら」
「あ、あの…、お姉さまを傷つけやしないかと思ったら…」
「気にすることはないわ。慣れているから」
「…えっ、それってどういう意…」
「『気にしなくていいわ』。今は私を気持ち良くさせることだけに集中なさい」
「…はい、お姉さま」

 お姉さまが強く命じると、私の思考は再びお姉さま一色となる。そうだ、私がしたいこと、お姉さまが望むこと、それは…、

「いきますっ…」

 お姉さまと一つになること。

「んっ、ああああっ…!」
「はあああっ!」

 私がお姉さまに侵入した瞬間、二人が同時に声をあげた。それは歓喜と悦楽の入り混じった、今まで聞いたことのない合唱だった。
 そして私は、身体が欲するままに、腰を前後に揺すぶった。

「ああっ、お姉さま、お姉さまぁっ」
「んはあっ、いいわっ、指とか、道具じゃ考えられないぐらいっ! これが私の欲しかった…あはあっ!」
「あっ、ああっ、お姉さまの、なかっ、熱いですっ…!」
「ええ、もっと、もっと私を、感じさせなさいっ!」

 お姉さまが何か叫んでいたが、私はそれどころではなかった。お姉さまを想って一人でいじっていたのとは比べ物にならない快感が、私に押し寄せて意識を押し流してしまっていた。お姉さまの中は、きつくて、熱くて、とろけそうなほどに気持ち良かった。こんなのを知ってしまったら、もう戻れなくなってしまいそうな。

「お姉さまっ…好き、ですっ、好きぃ…」
「ええっ、私もよ…っ。気に入ったわ、ああんっ、こんなの、初めて…っっ!」

 ぐちゅぐちゅと腰を動かし、手で大きく柔らかな胸をまさぐり、再び舌を絡め、唾液を交換する。文字通り、身も心もお姉さまと一つになる。
 やがて、腰の辺りが、私の先端が爆発しそうな感覚に襲われた。わからない、何が起ころうとしているの。その圧倒的な感覚に、私はおかしくなりそうだった。

「お姉さまっ、私、私、おかしくなりそう…ですっ。もう、もう…」
「はあっ、んっ、そうね、もう、限界かもね。こんなの初めてだから、私も、そろそろ限界…」
「ああっ、あっ、もう、もう、だめぇっ」
「いいわ、『許可する』わっ!」

 その言葉を聴いた瞬間、私の中で封じられていた『何か』がはじけて消えた。もう私は、『それ』を押しとどめることはできなかった。

「ああっ、あっ、出ちゃう、出ちゃいますっ!」
「いいの、出しなさい、ああっ、あっ…」
『ああああーーーーっ!!』

 私たちの悲鳴のような歓喜の叫びが部屋に響き渡ると、私は脳が焼ききれそうな絶頂感とともに、お姉さまの中にどくっ、どくっと射精していた。
 ………射精? なんで射精?
 そもそも私…、私? 『僕』じゃなくて私?
 射精の気持ちよさが引いていくとともに、だんだんと僕の意識がはっきりとなっていく。『女の子』ではない、『男』としての自分が…。
 僕は快感の余韻に浸りながらも、わなわなと震えながら、言った。

「…な、なんて…」
「あら、解けてしまったようね…」
「なんてことするんですか、天元寺先輩ーーーっ!」

 もう恥ずかしいやら泣きたいやら何やらで、本当に穴があったら入りたい気分だった。憧れの女性に告白して、その人に部屋に呼ばれて、そして感動の初体験が…よりによってセーラー服を着せられただけでなく、完璧に女の子になりきってだなんて…。
 そして、着替えをどうもわざと洗濯されてしまったので、今も僕はセーラー服姿のまま、ベッドの端に腰掛けて頭を抱えていた。

「先輩、なんで、なんでこんなことするんですか…。僕のこと嫌いなんですか?」
「ある意味イエスで、ある意味ノーね、その質問は」

 泣き言半分で言った僕の質問に、横に座った先輩があっさりとした口調で答えた。

「ある意味イエス、というのは?」
「あら、あなた、私の噂聞いてなかったのかしら。私がレズビアンだって」

 …確かにその噂は聞いたことがある。あまりにも男を振りすぎるから、同性愛者じゃないのかとか半分冗談半分悪口で言われていたのを。その時は、振られた男か、先輩を良く思わない女子が流した事実無根のことだと思ってたけど…。

「あの噂、本当よ。私、女の子しか愛せないの」

 先輩は、僕にとってショック極まりないことをさらっと言ってのけた。
 う、うそでしょうー!? でも、だとしたらわからないことがある。僕は衝撃のあまりにまだ震える口で、聞いた。

「だ、だったら、僕が告白したときに、何でOKを出したんですか? 女の子しか愛せないなら断って当然なのに…」
「あなたはいい『素材』になれると思ったの」
「…『素材』?」
「そう、素材」

 先輩はいったん呼吸をおくと、話を続けた。

「私は女の子しか愛せない。でも私を愛してくれる女の子はそうはいないわ」

 確かに友達関係ならともかく、恋愛までとなると異性愛が普通の世の中ではなかなか難しいだろう。それに、「美人で」「できすぎる」先輩は、女子の間では意外とやっかみの対象になっていると聞くし…。

「だから、催眠術で好みの女の子を私の虜にしてきたの」

 そんなむちゃくちゃな! でも、その催眠術の腕前は本物であることは間違いない。そう言われれば、この部屋に通された後、リラックスして私の目を見て…と言われたような記憶がおぼろげにある。あの時は告白当日に先輩の家に上がれたことで舞い上がってて、何も疑問に思わないまま言われる通りに…。おそらくその時に僕は催眠術をかけられて『私』になったのだろう。
 僕は、とんでもない人を好きになってしまったのかもしれない。でも…。

「うちの生徒会のメンバー、可愛い子揃いでしょう?」
「ええ、まあ確かに…」

 先輩が急に変なことを聞いてきたので、僕は思わず素直に答えた。

「彼女たちも、みんな私のものにしてきたわ。もちろん心だけでなく、体もね」

 そ、そうだったのかー! クールな副会長の青山先輩も、おしとやかな書記の皆川先輩も、眼鏡で巨乳な会計の広崎先輩も、みんな天元寺先輩とあんなことやこんなことを!?
 ピンク色の妄想に僕が浸りかけると、先輩はふっと表情を曇らせて話を続けた。

「でもね、満足できなかったのよ」
「…何がですか?」
「セックスが」

 今までの僕なら清楚で可憐な天元寺先輩の口からセックスという単語が出ること自体が信じられなくて卒倒していただろうけど、すでに現実はそれ以上に信じられないことだらけになってしまっていて、感覚が麻痺させられてしまっていた。
 そんな僕に構わず、先輩は告白をさらに続けた。

「指を使っても舌で舐めあっても、色々ないやらしい道具を買ってきて使ってみても、彼女たちは満足できても、私はできなかった。どうしても最後の最後までのぼりつめることができなかったの」
「はあ…」
「そこで考えたの。ペニスの生えた女の子ならどうだろうと。でもそんな女の子は実際にはいないだろうから、いないなら作ってしまおうと思ったの。女の子になりうる資質を持った男の心を、催眠術で『女の子』にしてしまえばいいんじゃないかって」
「そして、のこのこと告白しに来た僕がそれに選ばれた、というわけですか…」

 男としてはショック以外の何物でもない。『男として』先輩と付き合うことが完璧に否定されたのだから。でも、『女の子になれれば』付き合えるかと思うと、心中は複雑だった。

「そういうことよ。それにあなた、告白の時に『私、服装の好みにうるさいけど』と言ったら、『合わせるよう努力します!』って言ったじゃない」
「そ、それは…! だからって普通、催眠術で女装させるだなんて思いませんよ!」

 冗談めかしてくすくす笑いながら言う先輩に、僕は抗議の声をあげた。でも嫌な気はしない。これだけのことがありながら、そのくすりと笑った姿についときめいてしまう先輩の魅力は凄いと思う。

「まあ、それもそうね。それにしても、あなた最高よ。気に入ったわ。あのごりごりとこすり上げる硬い肉棒の熱さと、射精のあとの膣内にじわっと広がる満たされるような感覚。あれは本物のペニスでないと味わえないわ…」

 うっとりとした口調で、幸せそうに普段の様子からは想像もつかない言葉をぽんぽんと発する先輩。おそらく、普段の清楚な先輩も、今の淫乱な先輩も、どっちも本当の先輩の姿なんだろう。
 それなら素直に男を付き合えば…と言いたいところだけど、『女の子しか愛せない』と言い切ったぐらいだから、その一点は絶対に譲れないのだろう。僕が気に入られたのは嬉しいけど。
 そして先輩は、改めて僕に視線を合わせると、柔らかな口調で、でも真剣なまなざしでこう言った。

「だから、あなたには今から2つの選択肢をあげるわ」

 その言葉に、まるで人生の決定的な選択の瞬間の張り詰めた空気を感じた僕は、先輩の次の言葉を恐る恐る待った。

「一つは、ふしだらで変態な私の性癖を受け入れて、このまま交際すること。決して不幸にはさせないし、普通では味わえない快感も約束するわ」

 決して不幸にはさせない、と言われた瞬間、どきっとしてしまった。本当は僕が言いたかったセリフなのに。でも、不思議と言われて嫌な気はしない。さっきまで女の子女の子していた影響なのかもしれないけど。
 それに、普通では味わえない快感! さっきまでの体験は僕の人生観を一変させるほどの強烈で、素晴らしく甘美なものだった。それを、また…。

「生徒会の子たちにも紹介してあげるから、皆で楽しみましょう。楽しむ時は当然『女の子』になってもらうけど、普段は男として生活できるし、私の願望を押し付ける代わりに、今日みたいにあなたの願望もかなえてあげるわ」

 生徒会の綺麗どころ揃いの皆さんと一緒に…と思うとちょっと妄想してしまったが、最後に妙なことを言っていたので、それをぱっぱと振り払って僕は聞いてみた。

「…僕の願望?」
「ええ。『セーラー服を着たまま』『黒い下着の』私としたかったのでしょう? だからわざわざ下着を替えてきたのよ」

 あけすけにそう言われた瞬間、僕の顔は一気に熱くなった。その姿は僕の妄想の中の先輩の格好で…。

「ちょ、ちょっと待った! な、なんでそれを…」
「聞き出したのよ、催眠術で。他にもブルマーとかビキニ水着とか素肌にエプロンだけとか、メイドの衣装とか…。最後のは仕立てておく必要があるから、すぐには無理ね。あと他にも…」

 指を折りながら楽しそうに次々と『僕好みの』コスチュームを述べていく先輩を前に、僕はもう顔から蒸気が噴き出してもおかしくない状態だった。うわーん! プライバシーの侵害だぁ~!
 ただ、スケベな妄想を聞き出しておいて嫌な顔一つせず、その格好を実際に喜んでしてくれる、というのはありがたいようなそうでないような…。

「…で、もう一つは?」

 半泣き状態で聞いた僕に、先輩は再び真剣な顔で言った。

「もう一つは、催眠術で今日の記憶、そして私への想いも皆きれいさっぱり消してから、お別れすること。そしてもう二度と、少なくとも二人きりでは会わない」
「な、なんで!? 僕、言いふらしたりしませんよ!」
「失礼な言い方だけど、男は信用できないの。これは私への保険。それに、いいように操られたあげくに捨てられた、って、あまりいい思い出じゃないと思うけど?」
「・・・・・」

 先輩の口調は、いつになくきつかった。おそらく、男に対して深刻なまでの不信感があるのだろう。そしてそれは、『男のままの』僕では解きほぐすことができないほどに…。

「今日はとても楽しませてもらったから、選ばせてあげるわ。本当なら問答無用であなたの心を私に縛り付けることだってできるんだから…」

 違いますよ先輩。そんなことをしなくても、たぶん僕の心は入学式のあの瞬間から縛り付けられていたのかもしれない。ここまでされても、先輩のことを嫌いにはなれなかった。
 でも、先輩を受け入れるということは、男であることを事実上やめること。その鎖から逃れるチャンスは今しかないのもわかっている。
 僕は、どうすればいいんだろう。いや、どうしたいんだろう。
 そんなことを必死で考えていると、先輩が軽くため息をついて、言った。

「それにしても、どうしてそんなに女装を嫌がるのかしら」
「普通嫌ですよ…。男であることを否定されるみたいだし、それに、気色悪いでしょう」
「だから、あなたがいい素材だと思ったからこそ、こうして呼んだのに…。私の目に狂いはなかったわ。ウィッグだってぴったりだし、メイクだって気合い入れてしてあげたんだから…、ほら」

 そう言って先輩は、僕の頭を両手でそっと包み込むようにして、横に向けさせた。視線の先には、部屋の隅に置かれた全身鏡があって、そこには、綺麗な黒髪の先輩と、栗色で少しウェーブのかかった髪をした、お揃いのセーラー服を着たかわいい女の子が映っていた。
 誰だろう、あの子は…と僕が首をかしげると、その子も首をかしげた………って、その子が自分以外の何者でもないことに気がついた瞬間、背筋にぞくぞくぞくっ!と感覚が走る。その意味が何なのか、あまりにも強烈すぎてわからないほどに。

「…さて、聞きましょうか。あなたの答えは?」

 鏡越しに、期待に満ちた視線で先輩が僕に聞く。どっちに行くにしろ、答えたらもう戻れない。
 僕の答えは――――

< 終 >

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