つい・すと 3日目・??1

3日目・??1 待ち合わせ

 気づくと、目の前にはタンスがあった。

 見下ろすと、俺は立っていた。水着のまま。

 頭がぼうっとする。けれど、目の前にあるものが求めていることは分かった。
(着替えろ、ってことか……)
 それ以外にない。俺はゆっくりと、タンスの扉を開いた。
 タンスの中に吊されている服は、一見して、俺が旅行に持ってきた服だった。そう言えば、全部洗濯に出したっけ――そう思いながら、ポロシャツがかかったハンガーを手に取った。
(あれ)
 違和感があり、俺はそれを見つめた。何かおかしい。
 数秒後。
(もしかして)
 一つの予想が立った。でも、ポロシャツでは、それが正しいか分かりづらい。
 俺の考えを確かめるために、俺は別のものを探した。足下に引きダンスがあることに気づき、俺はそれを引いた。そこには予想通り、俺のトランクスがあった。一つ取り出す。
(やっぱり)
 それは、縁が黒い、グレーのものだ。確かに俺が知っているものだった。
 しかしその形状が、俺の知っているものとは違う。
 全体的に、心持ちサイズが小さい。しかし、決定的なのは、やはり、股間の膨らみがないことだった。

 俺はトランクスから一度手を離し、まず身につけている水着に指をかけた。

 気づくと、街にいた。
 それは、自宅の最寄り駅前の繁華街に、とてもよく似ている。
 自分の周りを、たくさんの人が行き交っている。
 しかし、やはり違和感がある。
 数秒の軽い思考があって、
(夢か)
 そのことに思い至った。そういえば、繁華街なら聞こえるはずの人の声が、全くなかった。と、意識した途端に耳にがやがやとした音が響き出す。
 典型的な、夢の中の仕様だった。たまに見る明晰夢は、いつもこんな感じだ。

 そこまで考えてから意識を戻すと、目の前には三人がいた。
 右に千晶。正面にマコト。そして、左に叶。
 全員、着替えていた。いずれも、最近見覚えのある服装に、とても近かった。

 千晶は水色のワンピースの上に、白の夏物カーディガン。叶は、黒襟に薄いクリーム色のワンピースと、薄めのストッキング。マコトはサイズ大きめの黒Tシャツにフード付きパーカー、ジーンズ、サングラス。そして俺は、ポロシャツにチノパン。
 それは全て、俺達が旅行に来るときに着ていたファッションだった。

 ただ、違うところがある。
 服装に違いがないのは、マコトだけ。マコトのこのファッションは、一番本気で男装するときのものだ。特に、これでフードをかぶると、十中八九かそれ以上、男だと思われる。ホテルに登録した性別を守り通すため、その服装は自然だった。
 千晶と叶は、おっぱいがでかくなって、そこがとても際立っている。どちらのワンピースも、本来は胸を強調するタイプのものではないのだが、今のおっぱいの大きさでは嫌でも目立っていた。ただ、生地が悲鳴を上げている様子はないので、やはり服の形が変わっているのだろう。
 で、俺。
 ポロシャツの前ボタンを留めておらず、濃紺のインナーシャツを着ている。やはり胸の部分が膨らんでいた。そして、インナーシャツは元々、身体にフィットするタイプだったので、ポロシャツの中でそのラインがくっきりと出てしまっていた。

 そして、もう一つ。四人の頭には、やはり花が咲いている。
 千晶は、黄色のバラ。マコトは、白のカーネーション。叶は、赤のバラ。そして俺は、ピンクのカーネーション。今のところ、何も光を放ってはいない。
 俺自身の頭上の様子がすぐ分かったのは、これが夢だからだ。物理的にはあり得ないが、俺の頭上が自分ではっきり見えたのだ。

「全員揃ったね」
 そう口にしたのはマコトだった。そして、腕時計を見る。
「まだ時間あるな。どこかで時間潰そう」
 マコトが腕時計を見て、そう言う。すると俺を含めた三人が、同じ動きをした。
 右腕には、腕時計があった。そこには、デジタル表示の「カウントダウン」が始まっていた。九十分近い残り時間を表示している。
 俺達は特に気にもせず、時計から目を離してマコトについて行った。

 俺達は、いつの間にかカフェにいた。
 移動課程は覚えてない。まあ、夢だし。

 ふと腕時計に目をやると、八十分あまりになっていた。一応、時間は進んでいるらしい。
 丸テーブルを取り囲むように、四人で座っていた。並び順は同じままだ。

 気づくと、いつの間にか俺達の元には飲み物が運ばれていた。
 千晶と叶はそれぞれ紅茶、マコトと俺はコーヒーのようだ。
 試しに、口をつけてみる。確かに、コーヒーの味がした。夢なのに。
 俺の動きが合図になったのか、千晶達もそれぞれ、飲み物に手をつけ、一口飲んだ。

「そういえば、カナちゃんは夏休み、けっこう予定決まってるの?」
 雑談の口火を切ったのは、意外にも千晶だった。
「え、うん。来週、また友達と旅行いくつもり」
「どこ?」
「それがさあ、友達が、山が好きで。この前も高尾山に行ったんです。三度目ですよ三度目! ……」
 答えになってない、と言ってはいけない。それが女の、もといこの二人の会話だ。その証拠に、千晶は叶の話にいつも通り聞き入り始めているので、俺はダンマリを決め込むことにした。四分ほど経ってやっと、叶が友人と桜島観光を計画していることがわかる。
 そこまで叶が話し、一息ついた、その時だった。

 ぴぴっ、と、右腕から音が鳴り。
 同時に、じわぁっ、と、何かが起こったのが「分かった」。そして、その正体も、すぐに分かった。
「光ってる……」
 花が。千晶の、マコトの、叶の、そして俺の、頭上の花が。
 鈍く、光り出した。
 腕時計を見る。そのタイマーは、ちょうど、七十分を割ったところ。
 多分、七十分になったところで、花が光り出すことになっていたのだろう。
 けれど、俺は少し困惑していた。
 頭上の花が放つ光は、青。
 その色は、見たことがなかった。
 すると。
「ん……」
 頭の中で、何かが起こった感覚があった。
 感じたことをそのまま言うなら……頭の中に、錠剤か薬のカプセルが埋め込まれたような感覚。
 その奇妙な感覚は、頭上の花の付け根から伝わってきていた。
 俺だけでなく、千晶達も僅かに顔をしかめたり、軒並み微妙な表情をしている。多分、俺と同じ感覚を覚えているのだろうと思った。

 そんなことを考えている間に、違和感はだんだんと弱まり、気にならなくなっていった。
 その物体の感覚は、頭の中に残ったままだったが。

「そういや、シュン達はどうすんのさ、残りの夏休み」
「え、俺達は特に何もないなあ。千晶、なんかある?」
 千晶も、首を横に振った。
「まあ俺、バイトあるしなあ。シフト変わってもらうにも限度が」
 今回も、旅行のためにバイトの同僚にシフトを変わってもらった。そのせいで、旅行日は午前中だけバイトという変則的なことになったのだ。
「まあお前らは円熟夫婦もどきだからなあ」
 マコトはそう言って、笑う。
 俺にはなぜかそれが、影のあるものに見えた。
「お買い物とかかなあ」
 話の流れを読んでいるのかいないのか、千晶がぽつりとつぶやいた。
「いやー、そりゃ予定は予定だけどさあ。また洋服選んでもらえば?」
 マコトのからかいに、千晶は顔を伏せ、俺は苦笑いをした。
 確かに、今着ている千晶のワンピースは、元はと言えば俺が選んだものだった。どういう経緯か、マコトはそれを知っているのだろう。
「そのワンピ可愛いよねー、千晶らしくて」
「ありがとう」
「真琴さん」
「叶は似合ってるに決まってるよ。それどこで買ったの?」
 叶が一瞬だけムッとしたが、マコトが綺麗に切り返していた。実は下北沢なんですよ、などとと自慢げに答える叶は、あっという間に不満を忘れ去っていた。
 そして、その叶の様子を何となく見ていた俺は、ふと――叶の胸元が目に留まった。

 ムラッとした。

 その途端、叶の腕が、胸を抱えるように組まれ、俺は目を離す。
 気づかれた、と思った。叶はこちらを見ていないが、腕の動きは意図的なものだ。
 気まずい思いをしながら、おかしいな、と思う。

 あまりに、沸点が低い。
 ムラッとする感覚自体は、とても慣れ親しんだものだった。周りが見えなくなるような欲情ではなくて、普通の男なら日常的に覚えるだろうそれだ。

 しかし、その感覚は強すぎた。
 今の叶のおっぱいは、確かに男なら誰でも目を引かれるものだ。しかし、その女の象徴は、今はワンピースに完全に隠れている。それを見るだけで、ここまで身体が反応するのは、いくら何でも変に思えた。これじゃまるで、男子中学生のような反応だ。

 そう思ったのが、悪かったかもしれない。
 女性三人に囲まれている現状が、とても毒なものに見えてきた。
 一度意識してしまうと、全員の一挙手一投足が、性的な昂ぶりに繋がっていく。

 例えば、千晶の厚めの唇が動くと、いやらしい水音が聞こえる気がして。
 例えば、マコトの耳元が意外に白くて、そこを食んだらマコトがどんな反応をするか、妄想してしまって。
 例えば、叶が俺にまたがって、デカいおっぱいが大きく揺れたら、どんな様子になるかを思い描いてしまって――。

「どうしました? 真琴さん」
「いや」
 俺とは何も関係ない、そのやりとりで、俺は我に返った。
(何考えてるんだ、俺は)
 小さく頭を振る。エロ妄想は男の専売特許とはいえ、ハマりすぎだ。しかも、よりによってマコトで妄想してしまうのは、程度として相当危ない。
 一旦、気を取り直して。

 そこで、違和感を覚えた。

 マコトの目が不自然に泳いでいる。
 なぜか、俺達の誰とも目を合わさず、視線が宙に浮いていた。
「どうしたの?」
 そのマコトに、今度は千晶が声をかける。何とはなしに千晶を見て、……俺はその千晶に、別の違和感を覚えた。

 千晶が、笑っている。

 それは、普段の笑い方ではなかった。その表情を、俺はつい最近、見たことがある。
 見るものの欲情をかき立てるような、艶やかな笑み。

 がたん。
「あっ」
 反対側から音がして、振り向く。すると、叶のそばに合った紙ナプキンが、ひらひらと地面に落ちるところだった。
 叶と俺が、同時に立ち上がる。しゃがむのは、叶の方が一瞬早かった。
(!)
 叶がしゃがんだせいで、本来はそれほど広くないワンピースの首元が緩み、奥の方に、叶の谷間がはっきり見えた。
 俺の目が、完全に釘付けになった。

 ゆっくりと、千晶は紙ナプキンを手に取り、
「そんなに、私の乳房が気になりますか?」
 からかうように、見透かすように。下を向いたまま、叶は小声で俺に問うた。
 俺の血の気が引いた。
(あっ)
 それと同時に。脳の中にあった、錠剤のような感覚が、じわじわと溶けていくのに気づいた。
 まるでクスリが溶けて、成分が脳に浸透していくように。
 思考が、麻痺していくのが、自分でも、分かって。
 俺は、自分の身体の芯が蕩ける感覚と共に……そろそろと、誘われるように、叶に近づいた。
 叶の顔が、ゆっくりとこちらを向く。

 笑っていた。
 誰をも欲情させるような、破壊的に美しい笑み。
 その笑みに気をとられている、一瞬の隙を突かれて。

 叶の唇が、俺の唇を奪った。
「ふぅっ!」
 その瞬間に、俺の股間が、燃え上がるように熱くなった。既に蕩けかかっていた全身が、完全な欲情モードに切り替わる。
 叶の唇が離れたとき、俺はもう自らの情欲の虜になっていた。
 熱い。おっぱい揉まれたい。女乳首を擦り潰されたい。悦楽が欲しい。セックスしたい!

「触りたかったら、触っていいんですよ」
 叶はそんな俺に、その爆乳を差し出した。俺の右手を取り、叶のおっぱいに触れさせる。俺は自分のおっぱいを揉む代わりに、叶のそれをワンピースの上から掴んだ。
「あんっ」
 わざとらしく、叶は啼いた。
 鬱憤を晴らすように、叶の爆乳を揉み潰す。叶のそれはとてもしっかりとしていて、弾力がある。
 そして、下着の感触がなかった。
「あっ……もっと、もっと……」
 俺の激しい愛撫に身を任せ、叶が独り言のように囁く。その吐息は、俺の耳には灼熱のように思えた。

 身体に、力が入らなくなっていく。
 それは、自分の身体が欲情しているからだ。
 腕以外から、力がみるみるうちに抜け、俺は叶の胸を責めながら、その場にへたり込んだ。
 その様子を見て、ふふ、と叶が笑う。

「男らしい愛撫、好きですよ」

 そう言って俺から少し離れ、叶はワンピースに手をかけた。側面のファスナーをゆっくりと下ろす仕草を、俺は見守るしかできない。
 ファスナーが完全に下ろされ、叶がワンピースを脱ぎ去る。その中には、黒に紫縁の、モノキニが隠れていた。道理で、下着の感触がないわけだ。

「ん……ぁぁっ……」

 叶は俺の視線を悦ぶように、全身を震わせた。そして、膝立ちになり、俺のゆっくりと近づく。
 そのまま、俺を抱きしめた。
「おおっ!」
 ちょうど、俺の顔が、叶のおっぱいに埋まった。俺は胸の谷間に顔を挟まれる。
「俊一さんも、乳房が大好きなんですね」
 軽く嘲りの色を含んだ叶の言葉に,何の反論もできず、俺はその感触に酔いしれていた。俺の全身がますます熱くなり、触るまでもなくマンコが涎を垂らしている。
「私を気持ちよくしてください」
 命令のような叶の言葉に、一も二もなく左胸に口を這わせた。モノキニがまくれ、勃起した乳首が露わになる。俺はそれを強く吸い上げた。
「あはぁんっ!」
 今度は本気の様子で、叶が嬌声を迸らせる。
 同時に、甘い匂いが立ち上り、俺の鼻をついた。
(なんだ、これぇ……)
 それを嗅いだ途端、ぽわあああっと、頭の中がピンク色に染まった。口で叶を責めながら、楽しいような気持ちいいような、その感覚を楽しむ。
 そして、しばらくして。
(あは、俺、イキかかってる……)
 その感覚を、やっと理解した。

 全身が、脳が、限界まで昂ぶっていた。
 身体が熱くなって。おっぱいが張って。女乳首が立ち上がって。お腹が蕩けて。マンコが溢れて。
 どこをどうされても、イキそうになっていた。
 まだ、何もされてないのに。
 甘い匂いを嗅いだだけで。
 もう、追い詰められていた。

 そのまましたら、何もされなくても、イッてしまうかもしれない――そう思ったところで。

 ぴぴっ
「……時間ね」
「……え?」
 無情な電子音と共に、叶が冷たくつぶやき、俺から身体を離した。俺は予想外の出来事に、一瞬茫然としてしまう。しばらくして、やっと腕時計に思い至り、俺は表示を見た。
「六十分……」
「そうですか? 私のはゼロになりました」
 俺のつぶやきに反応し、叶は腕時計の表示をこちらにかざした。そこには確かに、コンマ以下まで含めてゼロが六つ、並んでいた。
「じゃあ、行きます」
 叶は翻り、店の奥に歩を進めた。そこに、もう一つの人影がついて行く。
 俺の方を一顧だにせず、後ろ姿だけを見せて。
 赤いスリングショットを身につけた千晶が。

 そこには、円形のボートが浮かんでいた。ボートは金属製に見え、座る部分はベンチ状で、ぐるりと一周している。いかにも遊園地の乗り物といった様子だった。
 よく見ると、ボートの場所から店のキッチン方向に向けて、水路ができていた。
 叶と千晶が、それに乗り込む。ゆっくりとボートが動き出し、店の奥に消えていく。
 千晶は俺に完全に背を向けていて、表情を伺い知ることは、最後までできなかった。

< つづく >

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