粘土遊び 第1話

第1話 夕焼けの綺麗な日

 人の心とは、粘土のようなものだ。

 つまり、少しの力・・・「刺激」さえあれば、簡単にその心は形を変えてしまう。

 しかし、その「刺激」は、本人が受け入れなければ、そいつの心には届かない。

 本人が力を受けるのを拒めば、粘土の形を変えるのは不可能、ってわけだ。

 ・・・だが、俺は・・・その「拒み」を退かす事が出来る。

 日が沈み、夕焼けが綺麗な日だった。

 授業の疲れだろうか。思わず背伸びをして、大きく息を吐く。
 もう空気も冷たくなっているのだろう。俺の口から白い吐息が出て、消えていく。

 いい夕焼けだ。

 有名写真家が撮ったような。
 有名画家が描いたような。

 何か心に響く、感動のある夕焼け。
 それだけでも気分が良くなる。

 ・・・いや、これだけでは終わらない。

 上手くいけば・・・今日は最高の日になる。
 俺の人生・・・「桂 幸平(かつら こうへい」の人生において、最大の転機。

 ・・・思えば、そのせいで風景が綺麗に見えるのかもな。
 見慣れない道は、なんだか余計に新鮮で、綺麗だった。

 まず話しておくべきは、俺が子どもの頃の話だろうか。

 「麻生 早耶香(あそう さやか)」という、同級生の女の子がいた。

 まぁ、言うなれば、クラスのアイドルってところだっただろうか。
 まだまだ小さいガキ共は妙に色気づいて、揃いも揃って早耶香のファンだった。
 ファン、というより、全員、恋心を抱いていたのだ。

 同級生全員が全員、早耶香に惚れ込んでいた。

 しかし、早耶香はかなり強気な性格だった。
 喧嘩にゃ負けた試しがないし、告白してきた男は全て切ってきた。

 ・・・そう、この俺もだ。

 しかも、俺の場合は、多分一番酷い切られ方だっただろう。
 小さい頃の俺はかなりのチビで、顔こそ悪くはなかったが、性格は内気。
 彼女と話した試しなんかないくせに、何を思ったか、俺は手渡しで手紙を渡した。
 俗に言う、ラブレターってやつだろうか。そして・・・

 その手紙は、読まれずに俺の目の前で破り捨てられた。
 
 相当俺の性格やら容姿が苦手だったのだろう。
 破られた紙が地面に落ちていく様が、今でも目に焼き付いている。

 もちろん、俺の心には深い傷が入った。
 一生消える事のない、深い、深い・・・絶望という名の傷。
 好きな女に、そんな事をされたのだから当然であろう。

 しかし、それでも俺はアイツの事が好きだったのが・・・更に痛かった。
 そう、今でも・・・忘れられないのだ。

 これは、治療だ。

 俺の傷の、治療。

 この力は、多分、その傷を治す「薬」として与えられたのだろう。

 ・・・いや、与えられたのではない。

 これは、俺の中にあった力だ。

 この・・・「粘土遊び」は。

 あれから何年が経ったのか。考えるのも辛い。
 よく言う言葉だが、まるで昨日のように、あの出来事が脳裏に浮かぶ。

「・・・ふ、ふふ・・・っ・・・」

 思わず、笑ってしまう。
 道に誰もいなくて助かった。

 数年間の苦しみ、悔しさ、痛みが・・・全て報われるのだ。
 笑いたくもなる。

 早耶香と俺は、違う学校に通っていた。
 とは言え、住んでいる場所から1番近い学校に通う俺と、2番目に近い学校に通う早耶香。

 当然、二つの高校も近い。場所は当然分かっていた。

 やがて俺の足が止まる。
 見慣れない、大きな高校の校門に着いたのだ。

 早耶香に逢う約束はしていない。
 既に帰ってしまったかもしれない。
 だが、俺は校門の前で早耶香が現れるのを待ちつづけた。

 情報が1つだけあった。
 この高校に通う、中学からの友人がいたのだ。
 そいつに聞いたところ、「彼女の部活は、いつも六時くらいに終わる。」らしい。

 現時刻、5時40分。日も暮れ、夜の闇が辺りを包み始める。
 ・・・まるで俺の心のようだな・・・。
 そんな感情に浸っていると・・・

 来た。

 心臓の鼓動が、いつになく高まる。

 間違いない、間違いようがない。あの「麻生 早耶香」に間違いない。

 小さい頃から変わっていない、長いポニーテール。

 大きな、ぱっちりとしたつり目は今も変わっていなく、可愛らしい。

 背は、俺より少し小さめだが、凛としていて、そんな事は感じさせない。

 部活の仲間にさようならを言うと、一人、校門へと歩いてくる。
 好都合だ。ついている・・・!
 校門まで入ってきた彼女に、俺は声をかける。

「・・・やあ」

「・・・えっ?」

 下向きだった彼女の視線が、俺に向けられる。

 可愛い。一瞬で、その感情が俺に戻ってくる。
 違う学校に通って、麻痺していたその甘い感情。

 ・・・そんなものは必要ない。
 「恋愛」なんて・・・そんな感情は。

「久しぶり。俺の事、覚えてる・・・?」

「・・・?・・・あ、えーと・・・?」

 早耶香は俺をじっと見て、ゆっくり自分の記憶を探っているようだ。

「・・・桂・・・クン・・・?」

 俺の苗字が出てきた。俺はコクン、と頷いて、少し微笑んでみる。

「覚えててくれたんだ」

「あ・・・う、うん・・・。久しぶり・・・だね。・・・どうしたの・・・?急に・・・。誰かと待ち合わせ?」

 君と。なんて言えるわけないだろうな。
 早耶香とは逢う約束もしてないのだから、まぁ、こういう反応は当然だろうな。
 予想していた事だ。

「いや、実は麻生さんに話したい事があってね」

「え・・・?あたし・・・?」

「そう。ちょっと、急な事でさ・・・携帯の番号も分からないし。この学校にいるって事は分かってたからさ。ココで待ってた」

 よく考えれば、無茶苦茶な理由だ。
 まぁ、急に逢った人間に言われても、一応は受け入れるしかないだろう。
 それに・・・俺にとっては、とても重要な事だ。

「そう・・・なの・・・?え、急な事って・・・何?」

 彼女は、少し怯えながら聞く。
 小さい頃でも、一度フッた男の話だ。何の事か分かったものではないだろう。
 しかし・・・ここでは、都合が悪いな・・・。まだ帰る生徒がいる。

「帰りながら話すよ。そんなに驚くような内容でもないからさ」

「帰りながら・・・」

 一緒に帰る、という事にも抵抗があるだろう。
 しかし、かなりの細道で、人気がほとんどない帰り道は、「粘土遊び」の絶好の場所。
 この機会は逃せない。

「麻生さんの将来に関わる事なんだ。・・・大丈夫。変な話じゃないから・・・」

 少し真剣な眼差しを作ってみる。我ながら上手い演技だ。

「・・・ぅ、ん・・・。・・・じゃあ・・・」

 俺と早耶香は、帰り道を歩き出した。

 夕飯時も幸いして、細い路地には人気は無いと言っていいほど静かだ。
 ・・・いける。・・・これはいけるぞ・・・!
 期待に胸が膨らみ、思わずまた笑ってしまいそうになる。

「あの・・・桂クン?それで、話って・・・」

 ・・・おっと、危ない。早耶香の声で目がさめた。
 妄想で終わりそうになってしまった。これを現実にするには・・・俺次第だ。

 俺は右手を早耶香に見えないように背中に隠す。
 その右手に、集中し、何かを握るような手の動作をする。
 ・・・出てきた。
 俺の「粘土」。淡い赤色をした、粘土のような物体が、俺の手に握られる。
 これは、俺にしか見えない物。

「・・・ちょっと耳を貸して。・・・周りに誰かいるとマズい」

「え・・・うん・・・」

 思えば、すっかり早耶香もおとなしくなったな。
 昔の尖った性格が嘘のようだ。

 ・・・まぁ、関係ないがな。

「実は・・・」

 そう言った次の瞬間。
 俺は、早耶香の心臓に右手を突き出す。
 触れるスレスレの所で、「粘土」は俺から離れ、早耶香の体の中に入っていく。
 まるで水に入っていくように、何の抵抗力もなく。

「・・・あ・・・」

 早耶香の目が、何処か遠くを見るような視線になる。
 正確には、何処も見ていない。「粘土遊び」の特徴だ。
 ・・・変化は劇的だった。

「・・・ッ・・・あ、ぅんっ・・・!」

 早耶香は制服のスカートの中に手を入れ、手を細かく動かし出す。
 オナニーだ。あの早耶香が・・・何の恥じらいもなく・・・自慰をしている。俺の前で・・・!
 ・・・成功だ・・・!俺は心の中で歓喜する。

「そ、れで・・・ッ・・・話って・・・ぇ・・・!な、に・・・ぃ?」

 股間をまさぐりながら、俺に質問してくる。
 自分の行為には、全くの疑問は持っていない。

 俺は、粘土に意思をこめた。
 「帰り道に、この場所に来るとオナニーをする。それは常識だ」
 と。

「・・・いや、ちょっと待って・・・まだ早い」

「そう・・・っなのぉ・・・?ッ・・・!早くぅ・・・いってね・・・?・・・ぅああっ・・・!」

 早耶香の喘ぎ声が大きくなっていく。
 どうやら下着の上から動かしていた指を、下着の中へと入れたようだ。

「麻生さん・・・何してるの?」

「な、に・・・てぇ・・・!お、オナニーに決まって・・・あアッ!き、決まってる、でしょ・・・?」

「・・・そう・・・なんだ・・・」

 駄目だ。笑いがこらえられない。あの・・・早耶香が・・恥じらいもなく・・・!
 これが、俺の力。
 人には見えない、「粘土」に力をこめ、対象に粘土を埋め込む。
 すると、その「粘土」は、対象の持っている心に混じる。
 そして・・・粘土に粘土が張り付くように、それは違和感なく、そこに溶け込む。
 ・・・どんなことでも、違和感なく・・・。

「ひゃあッ!く、ゥん・・・!桂クン・・・何、笑ってるのぉぉっ・・・!?」

「・・・いや、何でもないよ・・・」

「変、な・・・桂、くんんっ・・・!!」

 100人が見て100人が早耶香の方が変だと言うだろう。
 しかし、彼女は決しておかしいと思わない。
 それが彼女の「常識」なのだから。

「くふゥゥッ!!や、だめェっ・・・!い、く・・・ぅ・・・!」

「麻生さん、どうしたの?」

 わざと聞いてやる。

「はぁッ・・・はぁっ!や・・・い、イクゥゥゥーーーッ!!!ああああああああッ!!!」

 とびきり大きな声を出すと、早耶香はその場に崩れ落ちる。

 少しだけ、愛液がスカートの中から溢れ、地面に飛び出る。
 ・・・ふふ、少し余計に感じちゃったかな・・・?

「はぁ・・・はぁ・・・」

 俺は、早耶香に手を伸ばす。

「どうしたの?急に座り込んじゃって・・・」

「・・・あ・・・ごめん・・・。・・・どうしちゃったんだろ・・・急に・・・」

 自分が座り込んでしまった事に疑問をもちつつ、俺の手を借り、立ち上がる。

「さ・・・行こう」

「・・・うん・・・」

 俺たちは、帰り道を再び歩き出す。
 こんなものでは終わらせない。
 まだまだ・・・粘土遊びの時間だ。

< つづく >

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