key 第二章の15

第二章の15

 学園祭の翌々日―――つまりは夏休み2日目、午前中に学園祭の後片付けをした俺たちは昼過ぎに街中―――九頭ビル前に集まっていた。

 学園祭の期間中は指環使いとしてのイベントは特に何もなかった。
 あえて言うならいつもの乱痴気騒ぎに巻き込まれ、求められては交わって―――なるべくフラグが立ちそうになったら片っ端からへし折ってきたつもりだが…まぁ、それなりにイロイロあった。機会があったら語ることもあるだろう、良い骨休めにはなった。

 それは同時に音枯は指輪を持って現れなかった、ということでもある。
 もしかすると逃げたり、再参加しているのかもしれない―――が、問題ない。
 止めなければならなかったのは都市伝説になっていたデヴィルまんであり、音枯そのものではなかった。
 その大元であるアモンの指輪を奪った時点で目的は果たしているし、それに音枯に関しては心を読んだが、持って来るつもりだったのに加え、残りの指輪に戦闘に使えるモノは皆無といってもよく、使ったところでそれほどの悪さを出来るようなものもなかった。まぁ、新しい都市伝説になるには十分といえば十分だったが。
 むしろあの手駒で再び、敵として現れるのなら俺は素直に音枯を賞賛するだろう。

 それよりもこれからは終盤戦。
 戦いはほとんどないだろう。だが、その分、激しさはこれまでの比ではないだろう。
 これまでもそうだったがより一層の覚悟を―――

「お待たせしました、ご主人様っ」
 そんな考えを中断させるかのようにひょこひょこと学園祭後日の職員会議から開放されたチビっ子教師が最後の合流を済ませると俺は背後に立つ赤い巨塔に視線を移す。

 ―――九頭ビル。
 先日、サンドステージのオープニングセレモニーにも来ていた2人組の所属しているという組織の建物だ。

「―――ぅ…ん?」

 が、その視線を数十メートル分下げて赤い塔の手前、俺たちから目的地を遮るように真っ白な日傘が咲いており、その傘の中に見知った姿を見つけた。

 そこにいたのは―――

「センパイ!」
「はい、どうも、皆さんこんにちは」
「センパイ、って―――ウチの学校の生徒なの?」
「あぁ、知らないのもムリはないか。
 3年で第2図書館で司書の真似事もしてるんだけどな」

「え? あそこって開いてたんですか? 学園7不思議の内の1つじゃないですか。わたし見たことありません」
「……毎日開いてるぞ。今はオレがその代理をしていて放課後に少しだけ開いてる」

 驚いた声を上げるくいなにジト目で返答する俺。
 そんなやりとりに微笑みながらセンパイが声をかけてくる。

「まぁまぁ、まぁ、開いているように見えているかどうかはものの見方によって変わりますし。
 今日はそんなことよりコレを持ってきました。どうぞ」

 そう言ってセンパイはなにかカードのようなものの束を俺に手渡してきた。
 赤黒い、そして滅多なことで曲がらなさそうなくらいに硬く、そして炎天下の中それだけが冷たかった。

「…これは…?」
「そこの九頭インダストリィ.Coへ行くんでしょう? ただ行くだけでは警察を呼ばれてしまうでしょうからあそこの幹部の来客用のカードを用意させていただきました」

「―――!
 来客用って… これ、まさか、3rd(サード)…?」

 そう言ってくいなが驚いた顔で食い入るようにオレの手の内にあるカードを覗き込んでくる。

「はい、内輪では3rdと呼ばれているらしいですね。よくは知りませんけど」
「3rdって…これだけでブラックカードと同じ役割をするだけでなくLv.D以外の厳重立ち入り禁止区域以外、九頭グループだけじゃない、国内のどこでも入れるようになるって聞いたことある…」
「……いえ、実際にはLv.Dでも入れます。
 九頭グループの中枢のどこまでいけるかは分かりませんが、国内なら会期内の国会でも稼動中の造幣局でもフリーパスで入れます。
 これだけあればこの国の政財界を牛耳ることだって…」

 そちら方面出のひかりが補足を加えた。
 数枚所有するだけでこの国の首相と同等かそれ以上の権限を有することになるってことか。

「…なんかすごいんだな。そしたら2ndとか1stはどうなるんだ?」
「1stは世界で一枚しか存在しないって言われてますね。使用は確認されていませんけど。
 2ndは九頭のほかの頭主達が持っているカードですねぇ。こちらもほとんど使われることはないらしいです…といっても先日のサンドステージの時に使ってるのを見たからそんなでもないのかもですねぇ」

 そして3rdはその直下、党首一人につき3枚のみ発行できるカードです、と注釈を加えて微笑んできた。

「…あの、先輩、会長とどういう関係なんですか?
 これを発行できる権限を持っているのは私が知りうる限り国内では学生会長しか…それに9枚なんて―――」
「やめろ、ひかり」

 センパイに詰め寄ろうとするひかりをそのまま制する。

「そんなの聞いてなんになる。必要なのはここにこの赤いビルにはいる手段がここにある、それだけだ」
「ですが…っ」
「いいですよ、えぇと、朱鷺乃さん…でしたよね?
 少し勘違いしてらっしゃるようなんですが、他の九頭の中にも国内におられる方はいらっしゃるんですよ?」
「!」
「いつもは住所不定で音信不通な神父とシスターなんですがたまたま私のネットワークに引っかかったんで発行していただいたんです」
「なんで…そんな事、普通の人間に出来るワケ―――」
「お酒を奢ってあげたら簡単に了承してくれましたよ?
 というか飲ませるだけ飲ませて一泊一宴の恩義を要求したら意外にすんなりと」

 …退路を断ってから要求したのだろう。
 ある意味、このヒトの常套手段だ。
 それにしても神父とは。世界に名だたる九頭の党首が神父とシスターをしてるのも驚きだがなにより、神父と聞いて今一瞬、何かが脳裏を横切った気がした。…うん、きっと気のせいだ。

「あぁ、そういえばそれと引き換えに架空の人物の遺産相続と管理も頼まれましたね…たしか、外乃宮さん、とか言う名前でしたけど」
「え―――?」

 …今度は千歳が疑問の声をあげた。

「そとのみやさん、て門別町の―――?」
「あら、海鵜先生、よくご存じでしたね」
「それ、ひのとさんの…っ」
「―――っ!」

 今度は千歳の教え子たち―――即ち、俺とクラスが同じ連中の顔が驚きに染まる。

「…センパイ、それ、オレのクラスメイトだ」
「あら、そうだったんですか」

 知っているにも関わらず、さも偶然、というような声をあげる。

「なんでもご本人もトラブルに見舞われたらしく、今は信用の出来る方とご一緒してらっしゃるそうです」

 ……あぁ、そうか、そういう、ことか…
 ようやく、状況が飲み込めた。

「そうだな。きっと…オレと会長の良く知ってるヤツと一緒のハズだ」

 おそらく、先日、パーティーで外乃宮と一緒にいた少女の兄、行方不明とされている人間。
 海の少年―――アイツ自身か、それともその関係者と共に外乃宮は自分の身の回りに起きた災難を解決しようとしているのだろう。
 じゃなければアイツの妹と外乃宮をくっつける要因が見当たらない。

 ……そうか、生きてたか。

 あるいは、もしかすると死んでいるのかも知れない―――が、10年前もそうだった様に死んだと思ってもきっと生きているに決まってる。そういうヤツだった。

「で、その九頭さんからカード発行の交換条件に外乃宮さんが相続する財産整理も頼まれたんですが相当の資産家だったらしく、意外に手間でしたねぇ、数ヶ国の国土を数%ずつ所有していたり、門別町そのものも死去されたご両親の土地だったらしく、相続税をちょろまかそうとして窓際の税務調査員さんとデッドヒートを繰り広げましたっけ」

 ふふふふふ、と困ったように小首をかしげて微笑む。

「センパイ、架空って、どういうことだ?」

 アイツはたしかに、1学期の間、オレ達と一緒にいた。

「あぁ、架空、というのは外乃宮さんではなくて、死去された御両親ですよ。

 調べたら戸籍も何もかも偽造でした。
 それ以上は―――御本人達に聞くしかないですねぇ」
 それは、まだ生きているということか、それとも死体の遺伝情報か、それとも指環によってか。

「やっぱり…貴女は何者…」
「私はただの、そう、ただの3年生の司書ですよ。ついでに司法書士も取っていますが」

 それだけ笑っていうと日傘を持ち直す、ひかりはなにか言いたそうにしていたが予想以上に自分がなにも知らなかった為かそれ以上なにも言わず、唇をきゅっと噛んだ。
 それを見て嘆息するとセンパイの方を向く。

「さんきゅ、センパイ。それじゃ行ってきます」
「はい、いってらっしゃい。あ」
「? どうしました?」
「改めて数えると皆さんで10名でしたね。はい、どうぞ」

 そう言って帽子からもう1枚、赤黒いカードを取り出し渡してくる。

「あ、あぁ。すんません」
「いえいえ、それでは」

 笑顔で可愛らしく手を振って送り出されると俺はそのまま九頭ビルへと歩き出す。

 ちょうど数十歩歩いたか、赤味がかった硬質のカードをポケットの中で弄びながら後ろから歩いてくる連中の顔を見た。
 なんか浮かない顔をして空気が重い。

「…どうした? オマエら」
「その…ご主人様が敬語を使われる方がいらっしゃるなんて…
 サンドステージの時も親しそうでしたし。まぁ、あれなら納得できまますけど」

 世界有数の資本家たちから特別に発行できるカードを準備させ、他人の遺産相続の手続きを行い、あまつさえその相手の素性をすべて明かしてしまう。
 歳―――否、人間離れしすぎた技能に皆、驚きを隠せないでいた。

「オマエら…ヒトをなんだと思ってる。そもそも夜鷹にだって敬語使ってたろ」

 ただ、部下になるということになり、今のような形になっただけだ。

「独りで立てるヤツなら俺は敬意を示す。それだけだ」

 まぁ、礼儀を知ってる相手に限るが。

「建前。にぃ様とに分かり合っててなんだか悔しい。
 役にも立ってたし。この中の誰もそんなの渡せない」

 全員、俺の役に立っているという自分達のプライドを傷つけられた、か。

「冗談、俺たちみたいな人種は分かり合ったらもはや用済みになるんだ。アレは探りあいってんだよ。
 それに役に立とうとしてるんじゃない。自分の思惑通りに物事を進めようとしているだけだ」

 そこにどんな思惑があるのかオレには知る由もない。

「それでも、この中にいる誰よりも、お兄ちゃんの役に立っててお兄ちゃんのことを分かってる」

 女性陣はそっちのウェイトが高いか。
 まぁ…そりゃそうかもな。
 だが、分かってない。それは決していい事ではない事を。

「ま、他人を理解したいなんざ自分のことをわかってない証拠だ。まずはある程度、自分を理解してから他人を知るようにするんだな。
 それになりより―――今は前を見ろ」

 自分の指輪の能力を棚に上げつつ、目の前にそびえ立つ赤い巨塔を睨みつける。
 そう、これからこの街に残った最後の都市伝説を攻略する―――

「待ちなさい、なんですか、君達は」

 ビルの入り口に立つ女の守衛に呼び止められる。ややキツめの視線に毅然とした態度。なにより整った顔が相手に威圧感を与えてくる。
 だが、それも平和という名の枠内にいる人間を対象にした話。

「…どけ」

 いつものクセでダンタリオンの力を使ってどかそうとする。が―――

「? 止まりなさいといったでしょう。聞こえなかったんですか?」
「っ!?」

 ダンタリオンの力が効かない?
 相手の思考は読める。なんてことは無い、ただの一般人。指輪についての知識も、ない。
 なにより、他の指環使いと違って指輪が弾かれない。

 ただ、効かないのだ。
 ビルの敷地内とはいえ、まだ熱気あふれる扉外だというのに。

 思わずぞっとする。

 だが 次の瞬間 俺は 理解した。

 …………だからか。

 だから彼女は現れたのか。
 ここでは俺のこの力が効かないと知っていたから。

 分かっているようで分かっちゃいなかった。

 …っ、正直かなわない。
 思考に苦味を感じ俺は自嘲気味に笑いながら再度、歩みだす。

「聞こえないのですかっ! これが最後の警告です。これ以上は警察―――」
「通せ。これが見えないのか?」
「! それは…っ」

 赤黒いカードを人数分提示すると守衛の表情が固まる。
 末端の警備員にもこの印籠は通用するらしい。
 教育が行き届いていて助かった。この炎天下の中、放置された状態で確認作業なんぞされても困る。

「しっ失礼致しました!」

 畏まり、敬礼する。
 ―――本当に畏れている。
 まぁ、関係ない。俺達は冷気に満ちている赤いビルのエントランスに入る。

「ここが九頭インダストリー…」
「中も赤いな」
「ええ、赤いですね」
「真っ赤」
「ド派手」

 めいめいが思い思いに感想を口にしていると十数階分、吹き抜けたエントランスホールの中央奥のエレベーターから数名の美女の取り巻きに囲まれた女たちが現れ、整列しだした。

 社長格の人物をもてなす為の整列だろう、実際にこうしてみると壮観だな。

 そして、整列した美女たちの奥、中心にいたのはサンドステージのパーティー会場で会ったあの女だった。

「ようこそいらっしゃいました。
 現社長代理の高坂 真由美と―――あら、貴方たちは…」

 慇懃に申し出てくる女。だが、向こうも警戒しているのかある一定以上、近寄ってこない。

「サードは当主を除く八当主と個人的なつながりをもつ友人として扱われますから立場上、トップの客人という扱いになり、あちらよりもこちらの方が上にあたります」

 ひかりが的確なタイミングでこちらに耳打ちしてくる。

「そうか…それならナマイキ言っても平気ってコトか」

 え? と疑問の声が投げられかけるが俺は意に介せず、そのまま吐き捨てた。

「アンタじゃないな」

 どうも臭う。さっきの守衛の件といい、これは俺と同じ。
 場にいた全員がそちらを向く、それは彼女たちが現れたエレベーターの中から悠然とこちらを伺っていたモノ。

 俺と夜鷹が入ってくる前に建物の中にいた唯一の雄。

 整列した女の社員以外に、気配を消していたそいつは視線をこちらへ向けてはにんまり笑い―――

「オレのビルへようこそ―――指環使い」

 そう、赤いスーツに眼帯をした男が皮肉気に告げて見せた。

 赤スーツに赤い眼帯をした隻眼の成年。
 指輪を手に入れて浮かれているただの厨二…ってコトもないだろう。だったら、あんな所に居ないで真っ先に自分からこちらにきているハズだ。

「オマエがここの元締めだな?」
「あぁ、オレの名前は大鷲 碎兎。オマエは?」

 そう言ってエレベーターから出て、こちらに近づいてくる。

「カラス―――烏 十字」
「カラス、か。
 …あぁ、安心しろ、ここじゃなにを言っても別に問題ない。それにしても指輪使いが3rdを複数枚も所持してるとは思わなかったぜ。
 アイツらに、九頭に、しかも数名に干渉し得る指環使いがいるとは、な。
 まさかとは思うが、本社の回しモノじゃないだろうな?」

「別に? こちとら九頭なんとかとはまったく係わり合いのない善良な一般市民だ。
 種明かしをすればコレにしたってさっきここに来る前に知り合いから渡されただけだ」
「そうか…オマエ達自体はヤツラとは関係ないのか。いやはや、取り越し苦労だったか。こちらも安心したよ」

 なにがおかしいのかくっくっく、と笑いながら隻眼をこちらへ向ける。

「じゃあ、行こう。会場は用意してある」
「会場?」
「あぁ、こんなところにまできて社会科見学をしにきたわけでも、ましてや指輪を譲渡するために来たんじゃないだろう?
 だからその為の会場を作っておいたんだ。案内する―――可南子」

 はい、ご主人様。と整列した社員の中から唯一、首輪を付けたメイド服姿の少女が一人、歩み寄り、ぺこりとお辞儀をするとこちらに微笑みかけ、
「ようこそいらっしゃいました。
 これから皆さんを[会場]までご案内させていただきます」

 だが、俺は微動だにせず、大鷲から視線を離さず口を開いた。

「…良いか? 大鷲」
「なんだ?」
「[会場]ってのはなんだ? 納得のいく説明をしろ。じゃなきゃこの場でやり合っても良いんだぞ」

 いきなり電気街にいるような格好の道案内が現れた所で喜ぶ相手だとでも思ったか。
 大いに喜んじゃうぞ、この野郎。…じゃなかった。
 未だに真意がつかめない。つかむ為に動こうにも向かい合ったこの状態ではあからさまに警戒されるだろう。

「[会場]は[会場]だ。
 安心しろ、コレはゲームだ。騙したりなんかしない」
「ゲーム…ね。てコトはイカサマはあるってコトか」
「それはお互い様だろ?
 大丈夫、[会場]そのモノにはイカサマも何もない。
 対等の条件の下、対等に奪い合う。そういうものだと解釈してもらえればいい」

「もし、約束をたがえたら?」
「オレの指輪を全て差し出そう―――契約だ」
「……なら、受ける」
「あぁ、詳しくはその秘書の可奈子に聞いてくれ。
 なんだったらそのまま味わってもらっても良いぜ?」

 さも当然、と言わんばかりに言ってくる。
 それを聞いて俺の背後が気色ばむ。たしかに侍従服を着たこの女は良い女―――だが、
「あいにく、間に合ってる。それより早く案内してもらおうか」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 そう言うと幹部の乗っていた最奥にあるエレベーターまで案内され、可南子、と呼ばれた女の持っていた黒いカード―――おそらく、あれも別の当主から発行されている3rdだろう―――をエレベーターに備え付けられたスロットに通すと表示された階数の前に全てBがつき、表示される数字の数も増えた。
 彼女は慣れたような手つきでそのまま「B72F」と中途半端な階層のボタンを押すとそのまま戸口上のランプが移動するのを見続けた。

 地下72階というと一部屋の高さが大体5mくらいあったとしても単純計算で360m…か。
 もし、世界最速のエレベーターを使っているとすれば秒速約20mくらいで進んでいることになる。そして、既にエレベーターが動き出して1分以上経っているとすると地下600mほど進んでいることになる。
 別に驚くような深度じゃない。
 はるか太陽から飛来し、地下に通過してきたニュートリノを50tの容積を持つ水槽をもって観測するスーパーカミオカンデは地下1000mに存在する。

「………」

 11人も乗って少し手狭になった感のあるエレベーター内、俺はそれを利用して女の影を踏む。
 すると、
(………)

 なにも考えてはいなかった、ただ、無心にランプが移動するのを見ていた。
 要するに、なにもない、ということだ。
 俺が近づいたにも関わらず、なにもしないのを後ろ見でちら、とみると再び彼女はもう一度、B72のボタンを押した、すると微かに感じる程度のGがかかり、ランプの数字が高速でカウントされ、物の数秒でドアが開いた。
 開いた先にはエレベーターのドアと同じ幅を持った通路とその突き当りには近代建築には不釣合いな装飾の金属のドアのみがあった。

「このまま奥へお進みください、あとのルール説明等はそちらで行われます」
「アンタはこないのか? もしもの時のために人質が欲しいんだが」

 なにしろ、あの扉はダミーで全員がエレベーターから降りたらガス室に変わる、って場合もある。
 なんせここは入り口が一つきりの地下、人知れず殺されても誰にも知られない。
 だが、言われた側は特に意に介した様子もなく、
「構いません。ですがなにもございませんし、私に人質の価値もありません」

 …ち、本気でそう言っている。

「分かった。じゃ、そっちの流儀に従うとしよう」
「よろしいんですか?」
「あぁ、案内ご苦労さん」
「かしこまりました。では失礼します。…あぁ、そうそう」

 閉じていくエレベーターの中から一言。

「例え、お連れの方がいてもこの中で私を抱かなかったのは貴方が初めてでした。なにか落ち度でもありましたか?」
「いや? 十分、魅力的だったぜ、安心しな」

 ただ、そんなものじゃ今のこの昂ぶりは収まりがつかない、ただそれだけだ。
 閉じていくエレベーターから見えるその笑顔はなぜか悲しそうに見えた。

「さて、と―――」

 意を決してドアを開く―――と、そこは想像に反して30畳くらいの豪奢な紅い絨毯の敷き詰められた部屋が広がっていた。
 これまでとは違い、壁は白く中央には大テーブルがあり、それを囲むようにソファーが置かれていたが特に目を引いたのは壁の一面に埋め込まれた巨大なテレビだった。
 ゲーム好きなら誰でも夢見るであろう等寸大の格闘ゲームができそうな大きさだ。
 他にも空調は26℃くらいだろうか、少し気を許せばうたた寝してしまえそうなくらいの温度を保っていた。

 全員が部屋に入ると扉は自動で閉まり、がちゃり、と鍵がかかった。

「!?」
「…罠か」

 佐乃が動いていない、ということは直接的な危害はこない、か。
 あるとしたら空調か、それとも爆発物か。
 一方、そちらの探知系の指輪を持つくいなが部屋の奥にあったドアのノブを回す。がそちらにも同様、鍵がかかっているのだろう、びくともしなかった。
 こちらも必要以上に焦っていないことから特に害になるようなものはない、か。

 俺はそう分析してソファーに埋もれ、なにも映っていないテレビ画面を見ていた。
 華南と夜鷹もそれに倣ってソファーに座ると他の部下たちもそれに倣ってソファーに座った。
 するとそれを見計らったかのようにテレビがつき、先ほど別れた男の顔が映った。

『どうも、信頼してもらえたようだな』
「冗談。とっととルールとやらを話せ」

 そもそもこのタイミングでテレビがついたってことはどっかに監視カメラがあるってこったろーがよ。

『あぁ、君たちは全員、指環使いかな…いや、それを言うのはフェアじゃないか。じゃあ、質問を変える。そちらの戦闘ができる人間を1、3、5、好きな数を選んで出してくれ。こちらもそれに合わせる。ついでに対戦方法もそちらに任せる』

 …なるほど、そういうことか。

「じゃあ、5名で戦闘方式は勝ち抜き戦で良いか?」
『あぁ、こちらもそれが好ましい。そして初めてだ。
 わざわざコレだけのものを用意したのにほとんどが1人きり、多くて3人組だったからな』
「戦闘できる人間を、って事は指輪使いじゃなくても良いんだな?」
『あぁ、そもそも指輪使いが複数で来るのなんて今回が初めてだ。そして残りの数を考えれば5VS5が出来るのは最初で最後かもしれないな。
 せっかく用意したんだが…まぁ、他の事にも使えるからいいっちゃいいんだがな』
「………………」

 これだけの設備を準備した、それはこの赤ビルにまつわる都市伝説の形成させる以前から、ということか。なぜならココのウワサが一人歩きしてそれになったのだから。
 …一体、どれだけの相手を沈めてきたというのか。

『勝敗はギブアップ宣言か相手を戦闘不能にした場合にのみ決するものとする。
 勝敗が決した場合、勝者が連戦を希望しない場合にはその日の残りを休憩としてはさみ、翌日の正午から戦闘を行うものとする。
 そして誰かが一度でも使用した指輪は全ての決着が終わるまで他の利用者は使用できず、全てが決したら負けた側の持っている全ての指輪を勝者に譲渡するものとする。これでいいか?』
「異論はない」
『じゃあ、戦闘の開始は今回のみ2時間後の15時。一人選んだら赤い扉に入ってくれ。中になにも用意してきていなかったヤツのために古今東西の武器は一通り用意してあり、こちらも同じ用意がしてある。
 それと人目がつくエントランスでは指輪を使えないようにしていたがそこや闘技場…ここでは【BOX】と呼んでいるがそこでは指輪が使えるようになっている。
 あと、エレベーター通用口以外の扉は開錠した。中の施設は自由に扱うといい』

 そう言うとぶつっ、とテレビの電源が消え、部屋に静寂が戻った。

「………………………………………」

 そこでオレは思わず黙り込む。

 …これで良かったのか?
 今にしてみれば1VS1というのも集団戦が出来ない、ということだ。援護専門の雪花や情報担当のくいな達は集団戦でないとその有用性が発揮できない。
 ならばいっそのこと総力戦の方が―――
 いや、考えすぎるな。深く考えれば考えるほど相手の思うつぼだ。
 ―――そう、要は勝てば問題いい。

「こちらのメンバーは佐乃、夜鷹、華南、みなぎだ。頼んだぞ」

 言わずともなが5人目は俺だ。

「ご主人さま、私も…」

 そう言ってきたのはつい先日、大金星を上げた千歳だった。確かに千歳は強い。が、
「ダメだ。確かにオマエの能力は強いが問題はサレオスだ。ヤツはそうそう顕われちゃくれない。

 ついでにいうならオマエの能力はこの戦いでなにかあった時のためにとっておきたい。俺たち以外に付いてきた連中の引率を頼む」

「…はい、わかりました」
「あと、くいな。終わってるか?」

 そう言うとさっきから部屋の中でせっせと動いていたくいなに呼びかける。

「はい! とりあえずこの部屋の隠しカメラ、マイクの類は全部無効化しました。他の部屋も順次、無効化していきます」

 どうやら大鷲の言っていた事は本当だったらしい。始めにくいなの調べた方のドアは解錠されていた。
 指輪を使い、くいなが向こうの盗撮、盗聴機器を見つけ出し無効化できている。

「頼んだ」

 はいっ。と言って開錠されたドアの奥へ入っていく。

「さて、と。先鋒は…と、みなぎ、いけるか?」

 どこかの誰かが無言でそれがしに、それがしにと訴えかけていたがあえて黙殺し、最年少の少女に声をかける。

「うん、いける」
「危なくなったら即ギブ宣しろ。その為に危険の判断のできるオマエを先鋒にする」
「ん、わかった。もし倒したら?」
「ご褒美だ。一勝ごとになんでも一つ、いうこと聞いてやるよ」

 すると、それがし直訴(今、命名)が強くなったがうっとうしいのでとりあえず、
「あぁ、佐乃はいらないみたいだから佐乃が勝ってもオマエの一勝にするとするか」

 意気消沈、というよりは魂が抜け出ている気がするが気にしない。

「…大丈夫、自分の取り分くらい自分で取る。それよりにぃさま、勝ったら2人きりで遊園地行きたい」

 周囲が気色ばむ。が、俺とみなぎは元々、そんなのを気にするような性格じゃない。

「分かった分かった、それくらいだったら勝たなくても叶えてやるから、ちゃんと相手の様子を見て危険だったら帰ってくるんだぞ」

 頭を撫でてちゃんと言うことを聞くよう伝える。ここで変に勝とうと欲を出して薮蛇になるのだけは避けたい。
 再び背後で、それがしはその…祖父母に会って頂きたいのですが、と寝言が聞こえたが、気にしない。

「ん、だいじょうぶ」

 こくりと頷いて赤い扉を開けようとする。

「おい、あと2時間後…」
「準備。あと、少し精神集中。…久しぶりに本気に、なる」

 それだけ言うとそれまでただ無言でいた少女が明らかに他者とは異なる空気を纏ってその中に消えていった。

「みなぎ…いまの」

 ひかりが声を震わせる。
 佐乃にいたっては思わず抜刀しかけていた。
 ………杞憂だったか。この平和にも似た状況に退屈していたのは俺だけじゃなく、不甲斐なさをかみ締めていたのも俺だけじゃなかったようだ。
 …そう、心配ない。

 もともと、アイツもオレと同じ穴のムジナなのだから―――

 みなぎが奥に入った後、なにもすることがなく、どうしたものかとモダンな部屋に不似合いな天井のシャンデリアを眺めているとしばらくしてから奥の部屋からくいなが出てきて片足でこの上なく軽そうな敬礼してきた。

「ご主人様っ、任務完了しましたー」
「ん、ごくろうさん」

 そう言って労うとくいながはしゃぎだした。

「スっゴいですよ、厨房まがいのシステムキッチンにスパ、トレーニングルームに人数分のスィートルームにプールまでなんでもありますよ!」

 おぉ、と従僕たちが色めき立ち、非戦闘要員+佐乃は開き直って奥の廊下に入っていく。
 リビングにはオレと華南、そして夜鷹がソファに埋もれ、残っているだけだった。

「ああも無邪気だと助かりますね」

 華南がみんなが出て行った扉のほうを見ながら微笑む。

「それだけじゃない。もしものとき、自分たちがどうなるか感じ取っているんだろう」

 指輪は元々、俺が与えたものでそれに依存するようにはしていない。そこら辺は問題ない。
 問題は身の振り方。都市伝説・赤いビルの顛末。
 あの整列していた社員の中の一人にされてしまうのではないのか、と。うすうす感じ取っている。そして、負けてしまえばおそらくそうなるだろう。

「ま、元気に騒げているうちはまだ大丈夫だ。それより順番なんだが次鋒は佐乃、中堅に華南に行ってもらう。副将が夜鷹、オレが大将で出る。
 怪我をしたらどんな傷だろうと休憩を入れて雪花に治癒してもらえ」

 ヴェパールの様なヤツがもういないと信じたい…が、敵もまた、指環使い、何をされるか分からない。

「あと、少しでも違和感を感じたらギブアップして帰って来い。
 全員、オレの我がままに振り回されているんだから命を捨てるような真似はするな。
 そして大将戦―――オレは、まぁ、どんな状況からでも勝つつもりだ」

 たとえ死んでも、とは言わない。が、とりあえずはそのつもりだ。なにより勝ち抜き戦にしたのもその為。
 わかりました、わかった、と返事が返ってくると俺は席を立った。
 オレの番が回ってくるまでに少なくともあと3日はかかるだろう。それまで神経を研ぎ澄ませているなんてのはオレの性にあわない。ゆっくり、そう、ゆっくり休んでいるさ―――

 2時間後、テレビのモニターがつき、そこには赤い闘技場が広がっていた。
 コロシアムの天井には同じ規格のモニターが8つ取り付けられ、その中には俺たちと大鷲以外に6人、趣味の悪そうなツラのジジババが映っていた。
 …大方、VIPに向けた見世物とギャンブルの元締めでもしているんだろう。腐っても企業、か。

 闘技場は30m×30m×30mくらいの紅い部屋の中に15m×15m×15mのアクリル―――いや、それ以上の硬度を持つ何かで製造されているのだろう。だた、透過度は水族館のアクリル並みにほぼ透明で中はしっかりと見える―――が設置されていた。

 そして両サイドには2m×2mほどの通路のようなものが繋がっていた。
 と―――繋がりのあった部分の中央に縦の切れ目が入り、スライドしてそこからみなぎが入ってくる。

 控え室には武器だけではなく防具も用意してあったのだろう、元から来ていた黒シャツとスカートの上に大量のフリルがついた白のエプロンのようなワンピースを着て、メイドっぽい印象を持つ服装をしている。が、武器のようなものは一切持っていない。
 …まぁ、みなぎのことだ。あのワンピースの中に暗器として武器を服に格納しているのだろう。

 みなぎが一歩、闘技場に入ると扉はスライドし、再び継ぎ目の見えないくらいに密閉される。すると今度は向かいの扉が開く―――と。

「…なんだ、アレ」

 答えられるものは誰もいなかった。
 いや、アレがなんであるのか、そんなものは誰にだって分かった。

『どうだ? 最近の家政事業の一環で警備業と介護を混ぜてみたんだが』

 盗聴器や盗撮カメラは無効化したが、向こうとの通信用の機器までは無効化していない。
 テレビにはテレビ電話機能があるのだろう。会場の映ったモニターの中、邪魔にならないような位置に大鷲のウィンドウが現れ、こちらに語りかけてくる。

 正直、目を疑った。

 そこには―――重火器…ガトリングを持ったメイドが、いた。

 互いが中央に近づくと試合開始のブザーが鳴る。

「…アホか、悪趣味すぎる」
『そうかな? そんなに悪いものでも』

 とても少女が扱うには重たすぎるであろう重火器が縦横無尽に火を噴き、みなぎがいた場所をなぎ払い、蜂の巣を作る!

『ないだろう?』
「ふん、甘く見るな」

 愉快そうに響く大鷲の声に反論する。

「そう、メイドがこれ見よがしに武器を携帯するなんて無粋すぎる」

 こちらの会話が闘技場にも聞こえているのか、みなぎはそう言うと宙を舞い、天に足を向け、スカートの中に手をいれ【なにか】を投擲する。

「!!」

 かかんっ!

 相手の衣類―――メイド服に防刃、防弾繊維でも仕込んでいるのか、身体に当たった投擲物―――ナイフは弾かれ、地に落ちる。
 弾丸なら衝撃で内部にダメージでも入ったのだろうがいかんせんナイフでは向こうの防御を貫くことは出来ない。
 回避行動を行わなかったことによってみなぎの着地を狙う余裕が出来てしまう。
 ……だが、問題ない。
 みなぎのナイフは敵の肉体ではなく、影を縫う―――!

「!? なっ!」

 メイドが驚愕の顔をする。着地を狙おうと動こうとしたものの、身動きが封じられ、表情を変える以外どうすることも出来ない。
 そんな少女の背後から姿を現し、むき出しの首筋に苦無を当てる。

「ちぇっくめいと」
「OK、こちらの負けだ」

 会場に大鷲の声が響き、ブザーが鳴る。

「はっはっは、矢張り、素人が銃器を持った程度では勝てない、な」

 負けたというのにさも当然と言わんばかりに軽い口調で声を上げる。
 今のは小手調べ…ってとこか。
 まぁ、問題ない。向こうが一勝を進呈してくれるってんならありがたく頂戴しておくだけだ。
 なにより、向こうも俺と同じ考えなのだろう。

 決着は 自分の手でつければいい。

 そういう考えであるならばこの小手調べも納得がいく。

「ゆうえんち、げっと☆だぜー」

 みなぎが無表情なまま、カメラのあるこちらにVサインをしてくる。

 命がけで闘っているコイツ等の前では口が裂けても言わないが、結局はそういうことだ。
 だが、意味がないわけじゃない。
 言うなればキングをキングでしか取れないチェスのようなものだ。
 無論、それまでにチェックメイト出来るならそれに越したことはない。
 キングに至るまでの駒達がキングを追い詰める役になる―――

「どうする? このまま勝負を続けるか? それとも時間を空けるか?」
「続ける」
 分かる人間だけが分かる対外的なモノへの口調で返答をする。
「じゃあ、【BOX】―――闘技場の後片付けや―――そちらも武器の補充とかもあるだろうから。15分後に再開する。
「……分かった」

 無機質に答えると自分が出てきたドアの方へ進むと自動ドアのようにそこは開き、みなぎが姿を消していく。
 と、同時にBOXの外の出入り口から20人ほどのメイドが出てくる―――と、BOXがパネルのように展開し、その中へメイド姿の少女たちが乗り込んで立方体を片付けていく。

 その手際はやはり一流と言うしかないのだろう、3分もしない内に全てを片付けるとそのまま重火器とそれを扱っていた少女ごと撤収してしまった。
 その後、なにごとも無かったかのようにパネルが立方系に合体し、再びBOXとしてその存在を顕わにした。

 そして、約10分後、再び、みなぎが姿を現す。

「……おいおい」

 今度はこちらが声を上げる。
 なんと、みなぎが自分の身の丈もある大剣を持っていた。

「ひとかりいこーぜー」
「…さっき自分でナニ言いやがった…」

 これ見よがしな武器を見せ付けて先ほど相手が出てきた出入り口を睨みつける。

「さて…と、それじゃ残りは特務課が相手をするか…晶」

 そう大鷲の声が響くとやや長身のメイドが姿を現した。
 気の強そうな顔がメイド服を気にしてか恥ずかしそうにミニスカートを押さえて頬を赤く染めている。

「晶、せめて一人くらい突破して見せろ。じゃなきゃ特務課の名折れだ」
「はっ!」

 それまで羞恥に浸っていたものの、返事をするやいなや毅然とした態度になる。

「では―――試合開始」

 ブザーがなると同時に互いが動き出す。

「はっ!」

 鋭い掛け声と共に銃声が鳴り響く。

 ブザー音がなり終わる頃には大剣の影から出ていたみなぎのスカートの裾が吹き飛んでいた。
 どうやら考えなしにあんなデカブツを持ってきたわけではないらしい。
 遮蔽物がないあの箱の中での立ち回り方を自分なりに考えての策、だったということか。

 向こうも向こうでそれまで触ることすら出来なかったみなぎに攻撃が届いた、ということで愉快そうな声が上がる。

「さすが銃器も使い慣れたプロが使うのと素人が使うのとじゃワケが違うな」

 …成る程。ここからが本番…正確には大鷲が統括しているであろう【特務課】とやらのお出まし、ということか。
 おそらくその名の通り通常業務の範疇外、荒事専門のエキスパートたちで統括されている部署なのだろう。
 外見はさっきまでと同じだがさっきのメイドが銃器を扱っていたのとは逆で銃器を扱う人間をメイドにしたってワケか。
 そんな事を考えていると、【BOX】の中で動きがあった。

「はぁっ!」

 晶と呼ばれていた女がみなぎの苦無を掻い潜り、隠れたみなぎを巻き込むように大剣をけり倒す!

「―――っ」

 が、みなぎも寸での所でかわし―――

 ぶわっ

「!?」

 倒れた大剣から煙が上がる!

「これは―――!?」

 煙幕か。

 おそらく大剣の影に忍ばせておいたのだろう。隠れる場所がないのなら全体を隠れる場所にしてしまえばいい、ということか。
 密閉された空間で煙が充満するのはあっという間で時間はかからなかった。
 視界の断絶。
 たしかにこれならみなぎの方に分がある。
 だが

「これじゃ影が縫えない―――!」

 煙が遮光し、影ができない!
 しかも相手はおそらく近接格闘も出来る。
 いくらプロフェッショナルとはいえ、大人と子供では膂力に違いがありすぎる。
 どうするつもりだ?

「―――」

 何も 見えない。
 徐々に煙が薄くなっていく…とモニターを見ていた少女たちが小さく悲鳴を上げた。

「……………」

 ムリもない。そこには晶…だったか、の影の代わりに両手足首の甲をサバイバルナイフで床に縫いつけたみなぎがそこに立っていた。

「いったい、なにが…」
「………っ!!」

 最も近しいひかりが蒼白になっているのだ、なにがあったのか分かるワケがない。

『……どうやらこっちの負けらしいな。それにしても…本当にその子は面白いな』

 画面向こうの隻眼がみなぎを見つめて面白い玩具を見つけたような声を上げる。

「そりゃどーも」
『で、どうする? 続けるか?』

 今度はみなぎに問いかける。

「…続ける」
 返り血を浴びたままどこまでも無機質な声を上げてみなぎが出てきた支度部屋へと戻っていくとそのまま先ほどと同じように後片付けが始まる。

「見事なモンだ…とはいえ、あんま見せられたモンでもないな。
 お前たち、向こうに行ってろ。これ以上見ても仕方ないだろ」

 それにみなぎもあまり見せたくないハズだ。

「さ、みなさん、行きましょう」

 そう言って華南が戦闘要員を除いて奥へと先導していく。

「連れてこない方がいいとは思ったんだが連れてこないってワケにも行かなかったからな」

 残った佐乃と夜鷹に言い訳のように呟く。

「……」

 あぁ、あと1人、みなぎの肉親であるひかりが残っていた。

 結論から言ってしまえば俺単体では城塞と化しているこのビルを攻略することは出来ない。
 城塞としているこのビルに行使できる指輪はフールフールの雷落としぐらいだ。雪花をさらったあの雁屋のマンションやあの守衛とのやり取りからも分かるようにこちらの指輪が無効化されるようになっては手も足も出なくなる。

 そんな異世界化という地理的な条件を無視して平地で闘うというのであれば今やもう俺たちはほぼ敵なしなのだが。現実はそう甘くない。

 企業のトップともなればその所在は多岐にわたるし、なによりその所有している組織がどの程度、この件に関与しているか分からない。

 なので何があってもいいように探知機能を高めたくいなと治癒の出来る雪花、それに指輪を使わなくても能力の使える千鳥とみなぎを連れてここまでくる必要があった。
 ひかりは―――…言っちゃ悪いがオマケの様なものだ。この街において発言力が強くてもそれが世界的な企業であれば相性が悪い。が、動かせる人間がこの街に多岐に渡っている以上、一応の抑止力にはなる。

 とはいえ、そこまで意識を弄っていないので荒事を見せるのは刺激が強すぎる。
 なにより俺自身が、みなぎを続けさせるか躊躇った。

 このままで良いか逡巡していると扉が開き、華南がお盆に菓子と飲み物を載せて運んできた。

 そして、それら全てがテーブルの上に置かれると準備の整った【Box】が映し出され、みなぎが先ほどのと同様に大剣を担いで出てくる。
 そしてもう一方が開く…と、和装のメイド服…と言えばいいのだろうか、袴姿のメイドが出てきた。
 やや高めの背におかっぱの様に腰のあたりでで切りそろえられた髪に笑みを絶やさない美人。
 そしてその腰には二振りの長刀と脇差が下げられていた。
 それを見て佐乃が声を上げる。

「! あれは竜造寺の…」
「知り合いか?」
「はっ! 過去に何度か手合わせしたことがあります」
「実力は?」
「師範クラスです。それも込みで九頭.Coに入ったとか聞いていましたが」
「ふぅん…師範、か。ちなみにオマエは?」
「同じです」

 つまりは佐乃と同等の使い手だった、ということか。

「とはいえ、指環使いになってからは手合わせしていませんし、指輪によってどう変わっているかも分かりません」

 そう、女―――龍造寺の指には俺達の見慣れた指輪が嵌められていた。

「どんな闘い方なんだ?」
「流派が違いますから上手く言えませんが一言で言えば技に頼った守りの闘い方です」

 技、と言えば聞こえはいいが、結局は流派によって決まった型でしかない。
 ある型から次の型へ繋いで行き、相手を圧倒する。
 佐乃の場合、基本が一撃必殺であり、よしんばそれを避けられたとしてもヒットアンドアウェイでの一撃離脱型の攻撃が多い。
 打ち合う剣術、という意味合いでは相手―――竜造寺の剣術の方が見応えがあるだろう。
 ただ、竜造寺は決して攻めようとしないのだという。
 なにより、警戒すべきはその指に光る指輪。

 一環のみ。
 だが、一環であっても指輪がどれだけの力を持っているのはこの場に居る誰もが知っている。

 元々の下地が出来ている為かそれに拠った闘い方ではないのか、実際、先ほどブザーが鳴ったが向こうは抜いた剣先にみなぎを捉え、微動だにしない。
 つまりは、そういうことだ。
 防御の為の剣、切り返しを前提とした定点戦闘法、それが竜造寺の闘法だった。

 だが、それなら投擲がメイン戦術であるみなぎの方に分がある…のだといいのだが。
 正直、邪道で正道を覆すには先方にそれを使わせる前にコトを終えなきゃいけない。
 …要するに、剣を抜かせて相対した時点でみなぎの不利は否めない。

「……しゅっ!」

 相手が仕掛けてこないのを確認して袖口から苦無を取り出し投擲したのだが―――

「――――――………」

 攻撃したハズのみなぎの衣類に切れ筋が出来、そこから一筋の血が流れていた。

「あれは―――」

 最初、佐乃と闘った時の…
 佐乃を見る。と首を振る。

「いえ、かまいたちではありません。飛び道具を打ち返しました」
「はあぁぁ?」

 思わず間抜けな声が出る。
 見れば苦無は竜造寺の近くにではなく、全てみなぎの後方に落ちていた。
 かまいたちも非常識だが、飛び道具を打ち返すのも十分非常識すぎる。

「今なら納得できます。

 剣と剣で打ち合っていたとき、違和感を感じましたがこれならば違和感が納得できる…
 対近接用の戦闘ではなく、更に汎用性を拡げ、飛び道具にすら対応した後の先の極。それが竜造寺の剣…!」

 佐乃の声が強張っている。

「……」

 一方、みなぎは傷口を一瞥するとそのまま移動しながらの次の投擲に入る。
 今度は打ち返されても当たらないされないよう高速で移動しながら様々な暗記を投擲する。

 が、相手も然る者。
 みなぎのいた場所ではなく、防御しながらみなぎの高速移動する先を予測し、打ち返してくる!
 影を縫おうと投擲するがそれすらも長い刀身に尽く打ち返される。
 後の先だが、十分有効な闘い方だ。

「…っ!」

 埒の開かないやりとりに少し眉をひそめながら今度はスカートの内、足の付け根の部分に付けた白レースのバンドに挟めた拳銃を取り出して両手両足に撃ち込む。
 が―――

「キメジェス公、征きますよ?」

 竜造寺が指輪を熾こす!
 そして笑顔のままほぼ同時に4ヶ所に打ち出された銃弾すら弾道を在り得ない方向に変えて兆弾させ―――みなぎに打ち返す!
 が、それもある程度予測していたのか打ち返した場所にみなぎはいなかった。

(No.66 キメジェス。
 能力はそこまで特殊…とはいえない。だが、知勇を与え、探知能力まであるオールラウンダーだ。大幅な底上げ、と言うことを考えれば戦士としての下地が出来ているモノにとっちゃ理想系の魔王だわな)

 オロバスが解説を入れてくる。

「それにしても―――バケモノだな、ありゃ」

 こうなるとみなぎが勝つのは難しいか。

「……佐乃、勝てるか?」
「勝て、とだけお命じください」

 大分高揚しているのだろう。声に熱が入っている。

「…ん、それはこの戦いが終わってからだ」
 気が変わった。
 何故ならば、まだ冷めたみなぎの目から熱は消えていない―――

 相手に効かない拳銃を持ったまま竜造寺に相対する。
 相変わらず竜造寺は打って出てこない。

「………」
「………」

 沈黙が支配する。
 悠然と佐乃を見つめる竜造寺は降参しろ、とは言わない。まるで子供の駄々を飽きるまで受け止めようとするかのように息すら乱さずただ切っ先にみなぎを捉える。
 みなぎは無表情。竜造寺は笑みを崩さない。

 ここまで硬直した後はおそらく―――

「……ん、さて…と」

 しばらく長考した後、意を決してみなぎが動き出す。
 だが、歩みは緩慢だ。が、動きは一瞬。

 ぱぅんっ!

 クイックドロウで放たれたみなぎの弾丸。だが、やはり竜造寺に弾かれ、銃を持っていた右手に射ち込まれる!

「…っ!」

 弾丸によって背後に大きく振られる右手。それに隠される形でこちらのカメラからみなぎの表情は見えない。
 ただ口元、歯を食いしばるのが見えた後、相手に向かって吶喊する!

「いやああぁぁぁぁっ!!」

 それまで黙していたひかりが悲鳴を上げる。
 それもそうだ。遠距離だからこそ、投擲によって出来る僅かな時間によって硬直から逃れ、後の先を取る竜造寺の反射にも対応できていた。
 が、近接距離、それは竜造寺の必殺の間合い―――!
 それでも、俺は何も言わない。いつの間にか自分も歯を食いしばってみなぎが何をするかを見届ける。

「………」

 竜造寺は何も言わず、そのまま瞬時に納刀し、居合いの体制に入る。
 そしてぶつかり合う―――

 ぶしゅううぅぅぅっっ!

 みなぎが貫かれる!

「なっ!?」

 驚愕の声を上げたのは誰でもない。竜造寺、そしてその次に佐乃だった。

「っっっっ!!!!!!」

 みなぎは歯を食いしばって耐えている。
 そう、それこそが異常。

 居合いは薙ぎ、払い、切断するもの。が、みなぎは

[貫かれる]

 ―――払ってきた刀の切っ先に合わせて自分の手のひらを突き刺し。
 ―――そのままの勢いで自分の手を切り裂いて出ようとする刃に自分の骨を絡ませ、―――骨と交換するように無理矢理腕を曲げて骨と刀を折り、―――それまで何も持っていなかった左手に宙を舞っていた銃を手に取り、―――驚きに目を見開いていた竜造寺の眼窩に銃口を突き刺す!

「あッ!! ああぁぁぁぁぁっっ!」

 幸い、拳銃の銃身は浅い為、脳までは行かず、眼球を傷つけたか運がよければ押し込んでいるだけだろう、が、引き金を引いてしまえばどうなるかは明白。
 それはこちらも同じ、痛みによるショックで死んでもおかしくないにもかかわらず、意識を手放すまいとギリギリの所で踏ん張って相手の次の行動次第では引き金を引こうとする。

『OK! こちらの負けだ。
 連戦は無理だろうから明日の正午を次戦にしよう!』

 返事はない。
 相手の負け。という言葉が聞こえ次第、みなぎは気を失ってそのまま倒れていた。

「………」

 倒れたみなぎを抱き上げて天井に向かって声を上げる。

「おい、大鷲」
『なんだ?』
「そっちに治癒が出来る指輪か技能はあるか? なければこの女も治療するが」
『こっちをなんだと思ってる。九頭Coだぞ。無くてもその程度どうとにでもなる』

 …てコトはアイツの眼帯はコスプレ…という訳でもない、何か秘密があるってコトか。

「―――そうか。悪かったな。

 竜造寺だったな。もし、後遺症とかが残ったら佐乃に連絡をつけてくれ。こっちが治せる内は責任をもって治す」

「…佐乃…遼燕寺さんがそちらに?」
「あぁ、コイツが負けたら佐乃を出すつもりだった」
「そう…ですか。それは残念でした」

 未だ眼を押さえているところを見ると何かしら異常があるのかもしれない。

「コイツもオレがアンタも治すことを前提に捨て身に出たからな。異常があったらちゃんと連絡してきてくれ。場合によっては俺も負けるから―――…負けたらオマエの主にでも頼め」
「いえ、この傷は慢心していた自分への戒めとさせていただきます。

 なにより、主(ぬし)様を信じてますから」

「できたら完治させて眼帯にでもしてくれ。こっちの夢見が悪くなる」
「くすっ、貴方ではなく、その子がですね?」
「さてな。それじゃ養生してくれ」
「あの」
「ん」
「その子の名前を…」
「玉鴫 みなぎ。詳しくは佐乃にでも聞いてくれ」
「分かりました―――主様」

 俺に対してではない、大鷲に対してだろう、宙に向かって呟く。

『なんだ?』
「申し訳ありません、負けてしまいました」
『…あぁ、そうだな』

 温かくも、冷たくも無い声にもう片方の目も閉じて背筋を伸ばし、颯爽と去っていく。

「ったく」

 ため息をつく。無茶はすんなつったのにドンだけ無茶をすれば気が済むんだ。

 …まぁ、あれに至った経緯は理解してる。
 最後の衝突の際の始めの反射。
 あれでみなぎは行けるか試した。
 あの場面、無防備なみなぎに竜造寺は拳銃を使用していた腕に射ち込んできた。
 倒すつもりなら心臓か頭部を狙えばいい。だが、そうはならなかった。
 そう、いきなりぶっつけ本番でそんな危険な賭けに出たわけではない。
 最初のナイフの反射から始まり、銃弾に至るまで全て胴体ではなく、両手両足に狙いを定められていた。
 つまりは、命を奪うつもりは無かったということ。
 それ故、吶喊してきたみなぎに躊躇し、竜造寺の剣速が捕捉可能な速度になってしまった為、あのような結果になった。

 何がそうさせたのかはわからない。
 人を斬ったことが無かったのか、それとも年端もいかない少女を斬ることを躊躇ったのか、心を読んだときには既にその思考をしていなかった。

 そしてそれはみなぎにしても同じ、あの例外的な最後以外、急所となる部位には攻撃せず俺が抱きかかえた時には竜造寺への治療についてだけ俺に頼んでいた。
 結論として言うと、勝負は命を獲りに行ったみなぎの負けだ。が、それでもみなぎは勝ちを取りに来た。

「ったく」
 プロならあそこで手を引くべきだったってのに。
 言いたいことは山ほどある。が、みなぎは指環使いじゃない。早くしないと出血多量になっちまう。
 俺は早歩きで【BOX】を後にした―――

 ぱぁんっ!

 いい音が部屋に響く。
 その音を聞いて、ようやく俺は頬を張られたことに気付いた。

「すまなかったな」
「……ッッ!」

 いつもなら出る悪態が今は出てこない。
 そんな俺の態度を卑怯だ、とひかりの思考が俺を糾弾し、全力で俺の胸を叩いてくる。
 俺が悪くないのはひかりも分かってる。
 だが、激情のはけ口がそこにしかなかった。
 当のみなぎは雪花に治療をしてもらった後、ベッドで寝息を立てている。
 とはいえ、血を大量に失い、おそらくは戦闘はしばらく無理だろう、というのが戦闘のプロ―――夜鷹の意見だった。
 だから、俺もひかりが望んだ言葉を口にすることにした。

「安心しろ、もう戦わせない」
「ん…っ」
「みなぎ!」
「ん、んん……? ぁ…」

 記憶が混乱していたらしい。ようやく視点の焦点が合うとこちらを見てくる。

「みなぎ! 大丈夫!? 痛いところはない?」
「ん、ねぇ様。だいじょぶ」

 手を出そうとしたのか布団の中でもぞもぞと動くがそのまま抱きしめられる。

「………ん、心配かけてごめんなさい」

 目を閉じてそのままひかりの抱擁に身を任せる。

「……」

 それを見届けて部屋を出るとそこには夜鷹、華南、佐乃がいた。
 誰も何も言わない。俺もただ佐乃を見る。
 こくり、と頷くとそのままリビングへ向かった。

 リビングに戻ると全員が戻ってきていた。
 厨房で作ってきたのだろう、テーブルには夕食の準備がしてあった。
 各員、好きなのを作ってくるのでメニューに節操が無いのはいつものことだ。

 いつもと勝手が違うのは食卓ではなく、ソファというところか、まぁ、違和感こそあれ問題にはならない。

 ふと部屋の時計を見るとデジタルの時計が19時を指していた。

「もうこんな時間だったか」

 日の当たらない室内に籠もっていて時間の感覚が狂ってきたのかやけに早く感じる。

「そんじゃ食べるかって…お前たち、どうした?」

 何故か妹達の顔が暗い。

「私たち、こんなことしか出来ないから…」
「いや、オレなんか今日はただ座ってただけだしな。
 別に闘えないことを気に病む必要はない。そもそもそれだったら俺たちだけで来てる。
 ただ、お前たちに期待しているのはもっと別のことだったからな。そっちの方で頑張ってくれればいい」
「……っ! うんっ」

 曇っていた顔が笑顔になる。やれやれ。

「それじゃ食べるぞ―――」

 俺がそう言うとめいめいにいただきます、といって食事を始める。と、隣に座っていた雪花が体を寄せてくる。
 いつもはイスだからこんなことはないのだが。

「行儀悪いぞ」
「いいの! …そういえばお兄ちゃん、さっき室内プールがあったんだけど」
「……晩飯の後にプール、か? んー…」

 あからさまな魂胆に渋い顔をしていると千歳が補足をして雪花に助け舟を出してきた。

「それなりの大きさのスパも併設されてましたので行ってみても良いかもしれませんね」
「あー…分かった。気が向いたら行くとする」
「行く時は声をかけてね!」

 あぁ、と返す。

「そういえば人数分の寝室はあるのか?」

 たらこスパを小皿に取りつつ聞いてみる。

「はい、そこの扉の入ってすぐと最奥に上下の階層への階段があってそこに各施設が点在していました」

 そうだったか。
 くいなの解説はとにかく娯楽施設があることを伝えようとして構造までは解説されて居なかったからな。

「こちらが部屋割りと簡単な施設の位置です」

 そう言っていつの間にどうやって用意したのかコピー用紙が渡される。
 部屋は1人1室、雪花たち非戦闘要員を挟むようにして佐乃と華南の部屋が両端に配置されている。
 が、部屋に書かれていない名前があった。

「あれ、夜鷹は?」
「それが…」
「あぁ、ボクはここに居よう。向こうから何か連絡してくるかもしれないしね」
「いいのか? いつものようにしてくれてもいいんだが―――」
「いや、ここは敵の城の中だ。彼女の魂魄に万が一があっても困るからね。
 だから、ここでいいんだ」
「まぁ、そう言ってくれるなら助かるんだけどな」

 正直、夜鷹が言わなければここには俺が寝ようと思っていたくらいだ。

「ボクもおそらく明日は出番が無いだろうからね。みんながこっちへ来たらどこか空いてる部屋でゆっくりさせてもらうよ」
「あぁ、そうしてくれ。それじゃご馳走様。また後でな」
「あ、デザートありますよ?」
「ん、そんじゃ貰う」

 マンゴーシャーベットは美味かった。

「起きてるか?」
「ん、にぃ様」

 薄暗い部屋に差し込んだ光を受けてみなぎが起きあがる。ひかりは…ここに来るまでに会わなかったってコトは自室に戻ったかそれとももう片方の階段を使用したかか。

「晩メシは?」
「さっき、ねぇ様に食べさせてもらった」
「どうだ? もう動けるか?」
「ん、本妹の治療は完璧」
「ムリすんな。指環使いじゃない分、治りも遅いし、フェニックスは本来、蘇生させるためのもので治療する為のモンじゃないからな」
「それでも動けるものは…っ」

 ベッドから降りて立とうとするがよろめく。

「ほれみろ。ムリすんな」
「むぅ」

 眉をしかめる。

「ま、風呂には入れんだろ」
「風呂? もしかして一緒に? きゃ」
「…スパな。プールもあるし水着着用。なによりみんなで入る」
「それはそれは、いくらでもヤリようがある」
「…だから、他の連中も入るからな。却下だ」
「むぅ」

 残念なんだかよく分からない返事をすると俺は雪花たちを呼びに他のフロアへと向かった。

「ふぅ…」

 …なんかこうしてジャグジー入ってるとデジャビュだよなー。
 今年はまだ海はもちろん授業以外でプールにも入ってないハズなのだが。

「お兄ちゃん、プールの方は?」
「食後に激しい運動をするつもりはないな」
「こっちだと湯気があるのに…」

 暗に水着姿を見て欲しい、と言っているのだろう。

「…湯気程度で文句を言われても」
「むー! しかもジャグジーじゃもっと見えないよ!」

 わめく妹に嘆息しつつ、視線を移す。

「そう言われてもな…ほら、あっちを見てみろ」
「え?」

 乳の重さから開放され、華南と佐乃は近くの温泉風の岩風呂でくつろいでいた。
 二人とも水着はビキニで水面には双丘が浮いている。

「あれくらい余裕を持ってくれるとおにいちゃん大助かりだ」

 ちなみに千鳥とくいなは少し離れて下った場所にある25メートルプールで未だに競争を繰り広げている。
 千歳はというとこれまた重い髪の毛から開放されてお子様用プールを独占する形で浮いている。悪いがぶっちゃけ土座衛門にしか見えない。
 そしてみなぎとひかりはというと―――

「お兄ちゃん、とにかく動かない?」
「動こうにも動けない」
「ぶくぶくぶく」

 そう言う俺の膝の上にはみなぎが乗っていた。
 おかげで俺の向かい側にいるひかりの目が痛い。

「ぶくぶく。本妹もすわる?」
「え? いいの?」

 それまでの剣幕はどこに行ったのかぱぁっと顔を輝かせる。

「ん、傷を治してくれたお礼」
「…! じゃ、遠慮なく」
「ん、くるしゅうない」
「…それ、どう考えてもオレのセリフだろ」

 が、聞く様子も無く右ひざに移動したみなぎの反対側の左ひざにに乗ってくる。
 それと同時に互いが腕に抱きついてきてとうとう両腕の自由が利かなくなる。
 ただでさえ軽い上に水の浮力でそれほど重さは感じないものの、視界と両腕がふさがれてはくつろぐどころじゃない。

「本妹、本妹」
「ん? なに、みなぎちゃん」
「…つーか、その本妹っていうのどうにかならんのか」

 なんなんだ。その本妻と妾的なノリは。

「せっかは本妹。本当の妹。わたしは義妹。結婚も可」
「なー!」
「いや、することしてる時点でいちいち目くじら立てんのもどうかと思うが」

 まぁ、互いの対抗意識の表れなんだとは分かっちゃいるが…めんどくさい。

「それよりもこっちこっち」

 我関せず、と言わんばかりに肢体を腕に絡ませているみなぎが近い方の雪花の腕を取ってオレの股間に導く。

「ぁ…いいの?」
「おんなはどきょう」

 そう言ってトランクス型の水着から俺のペニスを取り出してさすり始める。

「…ダメだつったろ」
「そうです、あれだけ大ケガをしたんだから今日は安静にしてなさい」

 行為に及ぼうとする妹に釘を刺してくる。

「むぅ、ではごほうびの一つ」
「…こんな所でか?」

 こくん、とみなぎが頷く。
 みんなが居るこの状況。イヤな予感しかしねぇ。とはいえ、
「約束は約束だからな、仕方ない」

 それまでの主張を翻した俺に対してひかりが向ける視線があぁ、痛い。

「ねぇ様も」
「わっ私はいいですっ!」

 反対した手前、参加、というわけにもいくまい。

「参加してくれた方が負担が少なくてすむ」
「それなら、ヤらない、という選択肢を加えてくれ」
「それはない」

 そう言ってこちらのトランクスタイプの水着の中に手を差し込んでまさぐりだす。

「……っ!」

 そんな光景を見ていたひかりは何か言いたそうにするもそのまま湯船から上がる。
 まぁ…そうなるよな。
 そんなことを考えながら嘆息し、風呂の縁に頭を載せて天を仰ごうとすると後頭部になにか柔らかいものが当たった。
 更に首を反らすとそこには剣呑としたひかりの顔が。間近でこちらを睨んでいた。
 どうやら回り込んで膝を落としていたらしい、柔らかいものはひかりの美乳だった。

「……」
「………」

 しばらく、と言っても数秒だろうが見詰め合う。そして―――

「んんっ!」
「んんんっ!?」

 頭を掴まれたかと思うとそのまま体を前に倒してきて真逆の体勢で口づけをしてきた。
 当然のように舌を入れてくる。

 舌の表面と表面がいつもより多く接触し、絡まりあう。

 ちゅぶっ、ぬちゃっ、れちゅれりっ、べちゃっ、れろれろれろっ、ふぁうぅんっ…ちぅううっ…

「 あぁ…んっ…ふぅっ…んっ」

 オレの顔が埋まるのに合わせて二人が膝から降りると望まれるままに下半身から力を抜いて水面に屹立した肉棒を浮かすとぴちゃぴちゃとす挿おん化、それとも水音を立てだす。
 腕はというと互いの股間に指先を持ってきて俺の手で自慰行為をするように弄らせる。

「はぁ…はぁっ! はぁ…はあぁん…っ!」
「はぁ! あ、んはぁっ…はぁっ」

 それに平行して股間で肉棒を弄ぶ妹たちが動きを巧妙に、かつ速く大きいものにしていく。
 なにより―――

 ちゅ、ちゅぅっ、ちゅぶ…っ、んんぅ…っ、ぬぅぅ…ちゅぷぅっ

(息ができねぇ…っ)

 鼻は空いている、が―――ひかりのムネが押し付けられて鼻の穴が潰される。
 それを知ってか知らずかひかりの舌はより奥へ侵入し、身体はより密着してくる。
 腕を使おうにも妹に占拠されて使えない。
 必然とひかりの呼気を貰おうとこちらもひかりに吸いつき、文字通り口吸いが濃密なものになる。

「ん、ちゅむ、わ、スゴい、お兄ちゃんこんなに大きくしちゃってる…」
「んんっ、じゅぷ…くちゃ…っ、やっぱり、ねぇ様がいると違う」

 違う! 呼吸が出来てねぇんだよ!
 ただでさえ湯の中で血流が活発になり酸素を消費しているのだ。
 俺が声にならない声で唸りをあげる一方で―――

「♪」

 密着した唇からひかりの口端がざまぁみなさい、と言わんばかりに得意気になるのがわかる。
 どう考えてもここ一連の意趣返しか。

 …んにゃろぅ。

 いい度胸だ。
 ひかりから空気を貰えるといってもその量は微量だ、意識が薄くなっていたが燃料が投下された。
 とはいえ、指輪を使おうにも両腕は妹達に―――と、そこで思いつく。
 下半身を再び、ジャグジーの中に沈め、それまでぴちゃぴちゃと水音を立てて肉棒に舌を這わせいた2人を股間から持ち上げ、そのままジャグジーの縁に下ろすとそのまま自由になった手でコイツをどうにかしろと見えないところから二人に指で指示する。
 と、密着していたひかりの唇が離れ、そのまま舌が引き抜かれる。

「んっ…んふぅんっ、ちょ、ちょっと、貴方たち―――! んんっ!」
「んむ……ちゅぶぶっ、んむ…あん、ひぁむ! …んむむぅっ!」

 自分の口で深呼吸をしているとすぐ上の方でひかりの少し苛立ちの混じった声が聞こえてくる。
 相変わらず、鼻から上はひかりの乳に潰されている。
 ひかりが顔を上げたことによって密着率は下がっているものの、吸い付くような肌の乳房のおかげでまだ視界は晴れていない。

 どうやら、途中でくぐもったところをみると抗議を口で塞いだらしい。

「んん…っ、んんん…! どぅ、ねぇ様。にぃ様のおちんちんの味」
「そ…そんなこ―――んんっ!」

 再び、口が紡がれたのだろう。言葉が途切れる。
 困惑してるひかりを見るのもいいが、ここはひとまず―――

「ふぐぅ…っ、んんっ!? ん~~~~っっ」

 この押し付けられている両胸の先をついばまれ、ひかりの膝枕がもぞもぞと動く。

「んむ…っ、ふはっ、お兄ちゃんのオチンポの味、もう身体で覚えてますもんね?
 ちゃんとお兄ちゃんの味の濃さそうなところ舌で探して…いやらしい」

 佐乃としている時の様にSっぽさがでてきた雪花が責めるようにひかりに囁く。

「そ…そんな…っ、んんんっ! んんんんっ、んぅ……!?」

 否定しようとするがすぐに喘いでしまう。

 さて、そろそろいいか。
 俺がひかりの乳首を開放すると弾けるように弾んで再び吸い付いてくる。
 自由になった手でそれを押しのけて頭を起こして口付けどころか愛撫しだした三人に指示を出す。

「さて、と[闇の王の命令](ダーク=オーダー)オマエら、風呂に入れ気持ちいいぞ」
「はぁ…んはぁ…っ え? うん…」

 それまでの流れを止められて落ち着かない様子だ。
 特にひかりは身をよじって怒るように視線を送ってくる。
 まぁ、愛撫を止められたことではなく、主導権を握ったと思ったらあっという間になすがままにされたことによるものだろう。
 安心しろ、こっちもこのまま止めておくつもりもない。

「どうだ? いいだろうジャグジーもまるで、泡がオレの指のようじゃないか?」

 そう言うと―――湯に浸かった目の前の3人の様子が変わっていく。
 ひかりは惚けたように宙を見ながら泡によって身体に走る快感を感じ、雪花は目を閉じて…ジャグジーの泡で良く見えないがおそらく、水着のクロッチ部分を片側に寄せて直接、泡を股間に当てているのだろう、身体を更に沈め、そしてみなぎはというと―――蕩けた表情でガマンできなくなったのか少しずつ、こちらに寄ってきていた。
 背後には上下の水着が浮いている。
 まぁ、さっきからほとんど相手にしていなかったからな。
 目の前まで迫ったみなぎは風呂の熱…ではないだろう。肌を赤くして発情しきった眼で俺を見ていた。

 股間の風呂のお湯とは異なる淫液でテカった割れ目に時折、ジャグジーの泡が当たり、反射的に腰の辺りがビクついている。

「いいぞ、来い」

 そう言うとこちらに背を向けて腰を下ろし、そのまましなだれかかってくると俺は膝の裏に手を差し込んで抱えあげ、足をM字に広げ肉棒を宛がう、とそこで止める。

「ふぅ…ん!?」

 そのまま貫かれると思っていたみなぎが不満そうな声を上げる。
 無理やり腰を下ろそうにも子供がおしっこをさせられるように膝裏を持ち上げられていては下ろせない。
 だが、無防備になっている陰部には容赦なくジャグジーの泡が当たり、肩から下を俺の手に嬲られている感覚がみなぎをイヤでも昂ぶらせる。その証拠に―――

「どうしたみなぎ? もうオマエの穴に宛がってるのに広げる必要なんかないだろう?」
「にぃ様のゆびっ…っ! ゆびが…ぁっっ!」

 こぽこぽと泡が開かれた蜜壷に当たり、うわ言のように口をだらしなく開けてしまう。
 意識が半分混濁し、そこに―――

 ずんっ、んちゅうぅっ…ぐにゅうぅっ!

「ん…っ、ふあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 俺の剛直がみなぎの一番深いところに突き刺さる!
 散々焦らされるだけ焦らされたからだろう、今の一突きで達してオレの肉棒をきゅうぅっ、強く締め付ける。

「うっ…お、ふぅ…っ! うううぅぅぅっ!」

 息を荒くして余韻に浸る。が、俺はまだイってない、ただ一突きしただけだ。
 だから―――

「みなぎ、オレの背中がジェット部分なんだが―――…」

 そう言うと気を抜いていたみなぎがぎくっとする。

「に…にぃ様…ま、まだらめ―――」

 こっちの意図にすばやく反応する。が、弛緩した身体が言うことをきいてくれない。
 その間にも俺の身体は反転し―――

 ぶしゅうううぅぅぅぅっっ

「ら…っ、ぇ…っ!!! っっっ!!!」

 声にならない悲鳴を上げる。

 その証拠に―――

 びくっ、びくびくびくっ、びくんっ

 俺が腰を動かさなくてもみなぎの膣が蠕動して俺を昂ぶらせていく。が、このまま動かないワケがない。

 じゅぷっ、じゅぽっ、じゅぽじゅぽじゅぽっっ!!

「ひぅっ、くあぁっ! くふっ! ふぅっ…んっ、うぅんっ……っ!」

 一突きされる度に絶頂する。
 俺からしてみれば緩慢な水中セックスだが、みなぎ達にとっては触手で出来た風呂に入っているようなモンだ。
 俺からしてみれば気色悪いだけだが―――

「あ…ぁ…んっ、んんっ…っ!」
「うっ……くっ、うぁっ…んっ…はぁ…はぁ…」
「はぁっ…はぁ……はっ…はあぁっ…」

 コイツ等からしてみれば散々、快楽を与えてきた…そもそも、俺の一部、というだけで昂ぶらせるには十分だ。
 その証拠に―――背後に眼をやるとひかりは俺たちの目が無いことをいいことに片手で泡が当たるように乳房にまとっている水着の下から手を入れて乳首を慰め、もう片方の手で股布もめくって―――もしかするとそのまま弄っているのかもしれない。
 雪花はというとこんな機会もそうないと踏んだのだろう、自分からジェット部分でおっかなびっくりしながら自分のいいように自慰をしていた。
 多分、この命令は最も雪花に対して効いている。夢現でこちらから声をかけない限りずっとあの調子だろう。

 そしてこちらも―――
 膣の蠕動の感覚が短くなってる。
 それに伴って俺の方もいつでもイける状態になってる。
 そんじゃ…みなぎの耳元で囁く。

「泡が指じゃなくて今入ってるコイツに変わるぞ」
「………! くふうぅぅっ! うっ! あ、あうっ! くふううっ! あっ、ああんっ!」

 言われ、ずんっ、と突き上げられた瞬間、これまでで一番の締め付けが来る!

 ぬっ…ちゅぅっ…くぽっ……んちゅうぅっ…ぐにゅうぅぅぅぅっっ!!

「~~~っ! ほら、イクぞっ!」

 そういうとみなぎの最奥で精を解き放つ!

 びゅ―――っ! びゅくんっ! びゅくっ、びゅるっ! びゅくっびゅくんっ!

「うっ、ううぉっ、あっ、くふううぅぁ~~~っ! はぁ…っ、にぃさまぁ…っ!」

 びゅるるるっ! びゅるっ! ぬっ…ちゅぅっ…くぽっ……んちゅうぅっ…

 だらしなく端の挙がった口からだらしなく涎をたらし、虚ろな目でこちらを見つめてくる。
 俺はみなぎにかかったこの場の命令を解除して休ませると自分を慰めてる二人を呼び寄せる。
 コイツ等は感じまくっていたが俺はまだ一発出しただけだ。まだ―――足りない。

「ほら、お前たち、もう準備はいいだろう? そこに手をついて尻をこちらに向けろ」

 そう言うと2人並んで縁に寄りかかり風呂のお湯とは異なる液で水着を濡らした淫部をこちらに差し出してくる。
 若干、開いている淫裂が水面から出てこようとしていないのに苦笑すると俺は雪花の腰を掴んでみなぎの淫液と精液がまとわりついたままの亀頭を水着をずらし、露わになった雪花の蜜壷に突き入れる!

「ひっ!? ふぁっ! ふぁっ! ひぃああぁぁ~っ! はぉあ…うぅっ…あん…んっ、あはぁっ…っ!」

 雪花が嬉しそうに大きく喘ぐと隣でそれを物欲しそうな眼で見ていたひかりがこちらの視線に気付くとこちらを睨んでくる。
 睨む、というより拗ねているんだろう。

 俺はそれを見て苦笑すると雪花にあてがっている内の片手を寂しそうにしているひかりの股間のクロッチ部分の下に忍び込ませると親指と人指し指で前後の穴の入口を愛撫する。

 ちゅっ、ちゅぽっ、ぬぷっ、にゅぷんっ!

「ひゃあんっ、あ、あ――― あ、おぉうっ! くふぁっ、あふうぅぅっ!」

 そろそろせっかがイキそうになるのを見極め、イく直前で肉棒を抜いてしまう。

 ずっ…ぬぅっ…にちぃっ…ぐちゅぅっ、ぬちゅんっ!

「…ふえぇ…?」

 そのまま絶頂させられると思っていた雪花は間抜けな声を上げてこちらを見る。
 俺はというと、今度はずらしていたひかりの水着の横ヒモを片方だけ解くとこれまた糸を引いて露わになったひかりのヴァギナにペニスを挿入する。

 ちゅぷっ、ちゅく…んりゅぅ…じゅぷ…ぐにゅうぅっ! ぱちゅんっ!

「きゃふぁあぁん…っ、んふぁあっ、あうぅぅんっ!」

 一方、雪花はというと―――再び水中に尻を埋め、両手で両穴を広げ自慰行為をしていた。

「はぁっ、んっ……! あぁっ! くふぅっ!」

 それでも若干不満そうにこちらを見ている。
 ホント、ワガママな従僕達だ。

 俺は苦笑するとさっきひかりにしたように今度は雪花の股布に指を忍ばせ、泡を受け入れていた尻穴に人差し指を突き入れる。

 じゅぷっ、じゅぽっ、じゅぽじゅぽじゅぽっっ!!

「おにぃひゃぁん…っ、んっ、あ…っ、ひぅんっ!」

 恥ずかしそうにしながらも膣内で慰めている指の動きが早くなり、アナルをかき回すこちらの指をなぞるようにも動いてみせる。

「きゃふぁあぁん…っ、んふぁあっ、中でこすれてぇっ! きもちいいぃぃぃっ!」

 そして、ひかりも達しそうになる寸前に―――

 ちゅぶ…っぬぷぅっ

 肉棒が糸を引いてひかりの膣口から出てくる。

「んっ! はぁ…はぁ…んっ、あ、んはぁっ…はぁっ はぁ…っ!?」

 もうここまで来るとひかりも甘い吐息で泣きそうな潤んだ瞳でこちらを見てくる。
 安心しろ、ちゃんとイかせてやるよ。
 笑いながら再び、雪花の膣中に自分の分身を埋める、
 ちゅ、ちゅぅっ、ちゅぶ…っ、んんぅ…っ、ぬぅぅ…ちゅぷぅっ

「ん…っ、あ…っはぁ…っ、あっ、あ、は……っ、く、う、うぁっ、おにぃちゃん…っ」
 雪花が嬉しそうな声を上げて腰を振る。

 ちゅっ、ちゅぽっ、ぬぷっ、ぐちゅぅっ、ぬちゅんっ!

 今まで指で昂ぶらせていた女性器は本来、求めていたモノを受け入れ、受け入れるべきを受け入れようと収縮してくる。

「はぁ…んはぁ…っ! ふぁっ、あああぁっ、ひああぁあああっ!」

 にゅぷっ、くぷんっ、ちゅくっ! ぬちゅっ、ちゅぱんっ、ちゅぶっ、ぐにゅうぅっ!

 だんだんと俺の方も下半身の方が込みあがって―――

「っ、そろそろイクぞせっか。どこに出して欲しい?」
「ふぅ、んっあっ! なかっ、膣中にっ! 膣中に射精してぇっ!」

 びゅるっ! びゅびゅっ! びゅるるっ! びゅくっ、どくっ、どくどくっ!

「ひあぁっ! いくイくっ! ああああぁぁぁぁああああああああ―――っ!」

 締め付けたままの一際甘い声で鳴く雪花の中から抜き出すとそのままひかりの中へ埋没させ、射精を再開する。

「きゃふぅっ! やぁっ! らめぇえっ! そんなっ、なかっ中にっ! あぁうっ、ひぃああああぁぁぁっっ!」

 どくんっ! どぴゅっ! びゅるびゅる…っ! びゅる、びゅっ! ぴゅぴゅっ!

 びくんっびくびくびくんっ!

 ひかりもいきなりの挿入にもかかわらずすんなりと俺を受け入れて最奥で俺の肉棒に吸い付き、白濁を受け入れそのまま絶頂する!
 しかも、今のこみ上げていた分は全部出したというのにひかりの肉壷がさらに俺の輸精管から吸い上げようと敏感になっている男性器を貪欲にシゴきあげて快感を与えてくる。

「っ!」

 びゅくんっ! びゅる、びゅっ! どぴゅっ…びゅる……ぴゅっ……

「はぁっ! はぁっ! んはぁっ! はぁ…っ! ふぅんっ」

 ひかりの蠕動が終わり、出すものを出し切った俺の肉棒が出ると隣で水着越しに白濁液を垂らしている妹同様、締まっていく膣道から精液が溢れ出る。

 こぽぉっ

「んぅんっ」

 だらしなく蕩けきった表情で激しく息をつき、水着によってふたをされ膣内に残る俺の精を感じてブルっと身体を奮わせていた。

「ふぅ……と、さーて、どうしたモンか」

 ジャグジーでも分かる程の精液の浮かぶ風呂に入り続けるのも気が引ける。
 従僕達は―――息を荒げて朦朧としてはいるが意識までは手放していない。このまま放っておいても問題ないだろう。
 とりあえず俺はひかりと雪花への命令を解除して自分だけ他の空いている風呂へ逃げることにした―――

「―――……ふぅ」

 目が覚める。幸い、部屋には内鍵は閉められた為、ゆっくりと眠れた。
 ガラス戸から見える朝日に起こされていく町並みはは地下にいる、という認識さえなければ本物だと疑わないほどだ。
 時間は―――……そろそろ起きるか。

「――――――」

 衣類は戦闘のための物だろうか、衣裳部屋が在りそこである程度調達してきた。
 俺の出番はまだ時間はかかるだろう、このまま籠もっているのも悪くはない、が―――

 臣下が傷つくのを見ず怠惰であり続ける王でいるつもりはない。

 扉を開く、とそこにはメイド姿になった華南と千鳥が通路の向かいに待機していた。
 衣装ケースにあったものだろう、思考は―――いつも通り、何もされていない。

「……」

 ぱたん、と閉めようとした。が、寸でのところで開けられる。

「おはようございます、御主人様」
「さぁさ、もう朝食もできあがってますよ」

 華南だけならまだしも千鳥ともなると分が悪い。
 このまま足掻いても引きずられて行くだけなので諦めて大フロアへと向かう。

「さて、次は佐乃に行ってもらう」

 朝食を食べながら今日のオーダーを伝えるとみなぎが不機嫌そうな声をあげた。

「…まだ、行ける」

 みなぎが唸る。

「ダメだ。言っただろ。あくまで命の危険の及ばない範囲で闘えって。
 オマエのアレは明らかにそっから逸脱してたからな。なにより―――」
「?」
「オマエがああいうマネをするとオレが引っ叩かれるハメになる」

 そう言ってまだ若干赤く腫れている頬を掻いてみせる。

「あぅ、ごめんなさい」
「オレは構わないんだがな。なによりもう3勝したんだ。他の連中に出番を譲ってやれ。佐乃」
「はっ」
「次はオマエに行ってもらう」
「ありがたき幸せ」

 そう言って戸口に向かう。と思ったのだが…
 みなぎの肩に手を当てる。

「お疲れ様。あとは任せろ」
「……ん」

 それにしても佐乃とみなぎとが、か―――珍しい。闘う者同士のシンパシーといった所だろうか。
 以前はその闘い方が相容れず諍いを起こしたってのに。
 …成長してる。
 俺や雪花以外に目を向け慰めた佐乃も。それを受け入れたみなぎも。
 佐乃が部屋を出て行くとみなぎと二人きりになる。

「みなぎ、そういやあの2戦目どうやって勝ったんだ?」
「死角から近づいてそのまま手足の甲をぶすり、と」

 …なるほど、それなら納得できる。

「………」

 が、それで納得していいものか。

「相手の衣類は防弾、防塵繊維が織り込まれているモンだと思ったが…」

「? かんたんにちぎれた」

 相手の過剰な自信が生んだ結果だったか。
 俺が納得するとテレビの電源が入り、大鷲が姿を表した。

「―――以上だ。
 みなぎはもう闘わない。次からは佐乃で行く」
『あぁ、構わない。興行的には次こそ指環使いを出してくれると助かるんだがな』
「さてな、それはオレが決めることだ」
『まぁ、構わない。そちらの指環使いに勝てる一般人がいるというのならそれも一興だ』

 そう言ってテレビのモタニー越しに大鷲が指を鳴らす、と今度は【BOX】の大鷲サイドの出入り口が開き、女が出てくる。と―――

「あの女は!」

 アイツは―――最初に会った自分以外の指輪使い…

「ご主人様?」
『懐かしいだろう? 実は彼女を通してオマエの事だけは知っていたんだよ。
 そして彼女の名前は隠岐乃=アルバトロス=弛那、オレが最初に堕としていた指輪使いだよ』
「!」
『まぁ、先日、潜入してきた指環使いに与えていた指輪を3つも奪われたんで降格の辞令を用意していたんだがな。
 さ、弛那。オレの部下に戻るか、それとも上で見ている連中に売り飛ばされるか、結果で示せ』
「はっはい…っ」

 大鷲の声に萎縮しながら返答する。
 正直、安心する。

『静が言っていたが指環使いの剣士か。これまた面白いモン従えてるじゃないか。
 ウチのと闘わせたかったぜ』
「………」

 佐乃は何も語らない。
 みなぎ同様、こと戦いにおいてプロフェッショナルとなる。

 試合開始のブザーが鳴る。
 次の瞬間、佐乃の姿が消え、隠岐乃の立っていた場所に姿を現した。

「―――っ」

 そこに隠岐乃はいなかった。
 おそらくは龍造寺の入れ知恵だろう、あらかじめ敵に含まれていた佐乃の戦闘スタイルを告げられていたか。
 これ以上ない気迫で隠岐乃も指輪を発動させる。
 だが、いかんせん分が悪い。この遮蔽物のない狭い箱、佐乃ならば端から端と跳躍が可能―――!

「くっ!」

 すんでのところで得物を前に出すが鉄板程度、佐乃にとっては無きに等しい、これで4勝目―――

 きぃんっ!

「なっ!?」
 佐乃の木刀が金属音を響かせる。

 これは―――

 ぶぉんっ

 それを確認する間もなく今度は佐乃を圧殺するように直上から何かが落ち、佐乃のいた場所に小さいクレーターを作る!
 佐乃はというと既にその場にはおらず、自分の間合いに入れた状態で構えようとするが、再び見えない攻撃が追撃してくる。
 それを気配のみで再びかわし、今度は距離を測るように小刻みにジャンプを繰り返し、離れていく。が―――

「!」

 佐乃の背後に障害物の感触が―――
 アレは【BOX】の中だったら見えない攻撃が出せるってのか。
 だが、佐乃にも俺にも焦りはない。
 横っ飛びに飛んでそのまま今度は全ての面を床にする!
 死角から死角。眼で追うのがやっとの隠岐乃。
 僅かにだから気付いていないかもしれないが佐乃が詰め寄ってきている。

 そして、一瞬。隠岐乃の眼に留まるように1秒ほどだろうか、留まり、残像を作ってそのままそれに目を取られている隠岐乃の背後から一閃―――!

 が、
 かぁんっ!

 再び金属音によって佐乃の木刀が弾かれる。
 これは…間違いない。
 これが隠岐乃の指輪の力か。
 衝撃波を放ち、そのまま金属を操る魔神なんてのは聞いたことがない…が、衝撃波の方は魔王としての力の片鱗。どうにかなるが、これを一体がしているとは思えない。となると―――

 思った通り、隠岐乃の両手の指には1環ずつ、計2環の指輪が光っていた。
 それを指揮を取るかのように腕を躍らせて佐乃に放つ。

「攻守に別々の魔王の力を使うか」

 唸る。
 流石は魔女から直接、指輪を受け取っただけのことはある。
 指輪は大鷲から授けられたのだろうがその扱いは今まで見てきた指環使いと遜色なく操っている。
 しかも未だになんの魔王か把握できていない上に、この2回の交錯で焦っていた隠岐乃がペースを取り戻し始めた。

 だんだんと指向性の力のキレがよくなってきている。

 だが、佐乃も負けてはいない。しっかりと全方位からの奇襲に備えて回避行動をとっている。
 が、このような回避を長い間行っていればどうなるかは分かりきった事。
 同時にそれは隠岐乃にも言える。
 指輪を同時に並列で使うのは単一能力強化とは異なり、魔力の燃費が著しく悪くなる。
 そこにあのテンパった状態での開幕、その所為で2環を同時にフル稼働させていたのだろう。
 マラソンで開幕スタートダッシュをするようなものだ。なのでこっちも既に不安材料を抱えている。
 互いに全力で攻撃しながらのチキンランだ。スタミナがなくなった方がその瞬間、敗北する―――!

 どれだけ経ったか、おそらくは時計でそこまで進んでいないハズなのだが、何倍もの時間を感じている。
 それだけ中身の濃密な戦いだ。おかげで時々、隠岐乃の周囲に揺らいで現れる幻影の影を捉えられてきた。
 危なくなった際、護衛しているのが騎馬に跨った黒い甲冑の騎士。
 攻撃しているのが牛の頭を持つ人影だった。佐乃の身体ほどあるメイスを振り下ろして攻撃している。

「ありゃあ、No15.エリゴールとNo21.モラクスだな。

 武人と狂戦士、といったところか、ま、モラクスもそこまで戦闘狂ってワケでもないが」
 オロバスが注釈を入れてくる。
 相性が悪い。と、オロバスがいう。

「重装歩兵に軽装歩兵が正面から挑むようなモンだ。いくら素早い攻撃をヒットさせても持ってる装備でそれを無効化しちまう。その上、相手の攻撃が一撃でも当たればこっちは致命傷だ」

 その上、矛盾にもある通り、シールドと攻撃をぶつけようにもぶつからないよう、隠岐乃の付近では全て直情からの打ち下ろしになっている。

「なにより面倒なのはあの両方共が未来予測が出来るってことだ」
「予測?」
「あぁ、俺っちも持っているが、2環直列なら数秒先も予知に近い。そうすることによってあの嬢ちゃんの攻撃を防いでいるんだろう」

 たしかに。
 マルコシアスの力を借りた佐乃の攻撃速度は常人の反射速度を超える。
 それを初見で対応するのはたとえ、竜造寺から話を聞いていたとしてもまず不可能。
 となると、それに対応できる力を持っている、というのが妥当だったか。

 だが、それを知っても俺は眉をぴくりとも動かさず言う。

「んー…まぁ、大丈夫だろ」

 予知予測に関してはその理解速度を超えてしまえばいい。
 なにより俺が過去に佐乃を下したといっても指環の力で不意をついて勝ったようなもの。
 奏出戦でもそう、遅れを取ったというよりも奏出の能力とセェレとヴェパールの能力によって無効化された。
 そう、俺は知っている。

 遼燕寺 佐乃という武人は正面から斬り合ってきた相手には一度も負けていない―――

「はあぁっ!」

 回路を一気に活性化させ、一気に自分の動作を鋭敏化させた佐乃が何度目かの突貫を行う。

「ムダよ! あなたの攻撃がどんなに早くてもエリゴールの甲冑に包まれた私には届かな…い?」

 そう言いながら隠岐乃が驚愕する。
 エリゴールの防御が佐乃の突進力に押されている―――!?

「くっ!?」

 焦る。だが、まだ手があるのだろう、苦々しそうにするがキッと佐乃を見据える。

「はっ! あああぁぁぁぁぁっ!」

 ぱりぃんっ

 硬質のガラスが割れる音がして佐乃が、佐乃の木刀がエリゴールのシールドを突破する!

「―――っッ!?」

 否。
 佐乃が体制を崩している。
 アレは突破したんじゃなく、寸前でシールドを解除―――そう思った瞬間、
「モラクス!」

 佐乃目掛けて直上からではなく、至近距離、隠岐乃の指先からモラクスの攻撃が飛ぶ!
 カウンターか!

「!!」

 どぅんっ!!

 モラクスの攻撃の余波が【BOX】の壁を大きく震わせ、攻撃が止む。

 隠岐乃の正面、視界内に佐乃の姿はない。それもそのはず、上半身ごと壁にぶつかって血潮だけに、その証拠に木刀がそこに転がって―――

 とんっ

「え?」

 壁を確認する前に背後から首筋に鋭い一撃を与えられ、意識が断絶する。
 倒れた隠岐乃の代わりそこに立っていたのは佐乃だった。

 一瞬のことで把握できなかったのだろう、モラクスの一撃が到着した瞬間、佐乃は剣を手放しまるでツバメが風圧を受けたかのように、ふわり、とかわして、そのまま佐乃に向かい死角が生じていた右手の下からそのまま背後に回りこんでいた。

 ただ、それだけ。
 そうとしか見えなかった。
 だが、直上のモニター越しの連中を含め、見る目の肥えたこの場にいる全員はそれがどれだけ難易度の高い技量かを理解していた。

 どんなに精度の高いオートガードも自分から解除してしまっては意味がない。
 まぁ、復活していても再びどうにかしたのだろうが、とりあえず―――

「よくやった、佐乃」
「はっ」

 短く返す。

 褒めても雪花と一緒にいる時のように浮かれることもない。
 一度、スイッチが入ってしまえばどんなに嬉しかろうと油断を生むようなことはしない。

 正確には心の琴線が別のところにシフトする、と言うべきか。
 こうなってしまえばもう、渇きは戦うことでしか満たされない―――

『それまで…まったく、所詮はアホウドリか』
「吐(ぬ)かせ。キサマのいらん脅しがなければこちらが先に力を使い果たしていたぞ」
『…ふぅん』

 佐乃の切り返しに機嫌を良くしたのか大鷲の声がトーンを上げた。

『よかったなぁ、弛那。あと一歩だったそうだぞ?』

 残念ながら、あと一歩だったがな。
 そう言って大鷲はブラックアウトする。

「………」

 隠岐乃は何も言わずゆっくりと起き上がる。

「―――…安心しろ。売られることはない。あのような外道、某が―――」
「…黙りなさいっ!」

 これ以上ない視線で睨まれ、今度は佐乃が黙りこむ。
 自分が負けたことよりも自分の主を貶められたことを何よりも憤る、か。
 大した忠誠だな。

「あい済まない。浅慮だった」

 それを理解し、佐乃が謝罪を口にすると隠岐乃も微笑む。
 何も言わない。主人を罵倒された下僕ではなく、敗者と勝者であるならば敗者は語るべき弁を持たない。

 翌日の正午。
 大鷲は出会ったときと変わらず無手で帯刀した佐乃と相対していた。

「やれやれ…オレが出てくることになろうとは、ねぇ?」

 どいつもこいつもだらしねェな、とため息をついて気楽に降りてきた大鷲は見たところ、武器らしい武器はなにも持っていなかった。
 だが、分かる。
 今まで出てきたメイド連中は飾りだと。
 どこまでもスタンダードな指環使いの武器は―――指輪なのだから。

「なぁ、嬢ちゃん、この戦いが終わったらウチの所属になってもらうつもりなんだ。

 だからキズモノになっちゃこっちも困る。ギブ宣してもらえねーかな」

 なにをバカなことを…
 大鷲を除く誰もがそんなことを思った矢先だった。

「ぎ…ぎぶ…っ!!」

 ―――!
 今、佐乃はなんと口にしようとした!?
 必死になって口をつぐみ、画面越しで分かるくらいに本来自分の行使している力とは異なる力―――魔力回路をフル回転させて抵抗している。

 ―――っ! どういうことだ!?

「ちっ、やっぱり指環使い相手には効き目が悪いな…まぁいい。それじゃ始めるぞ」

 試合の開始に依然として弛緩したままの大鷲に対し、佐乃は木刀を顔の横に構え、目を閉じる。
 おそらく、視線を合わせないようにする為の策なのだろう。

 試合開始のブザーが鳴る。

「―――!!」

 大鷲が目を見開く。
 眼前にいたハズの佐乃が瞬時に消える!
 否。外から見ているこちらからは佐乃が雁屋戦に見せた超高速移動によって大鷲の死角に移動し、そのまま部屋を駆け巡る!

 どぅんっ! がっ! ががががっ!

「ちっ、ぐぁっ! こいつぁ…ッ! ぐふぁっ!!」

 交錯する刹那に打ち込まれているのだろう。大鷲の赤いスーツに切れ目が走り、その度に大鷲の身体が大きくしなる。
 これならば、勝てるだろう。そんな予感が生まれる。

 …この【BOX】はあの雁屋と相見えたあの人形マンションの最上階の戦場に似ている。

 おかげで未だに佐乃の姿は見えず、それどころか【BOX】の中は光に包まれる。
 俺の推測が正しければこれで大鷲の能力の行使条件をキャンセルさせられるハズ―――
 ここに来てからの違和感。それは間違いなく赤の色彩。
 そこに真紅公とくれば間違いなく赤が能力発動の行使条件。
 おそらく、赤が占有する空間か、それともオレの影同様、赤という色を媒介に力を行使しているのだろう。
 その証拠に光に包まれた空間で大鷲は力を使えず、打たれるがままになっている。
 これなら俺まで回ってくることはないだろう。
 …だが、開幕前のあのやりとりがどうしても振り切れない―――

 そう思った矢先―――

 びしゃあっ!

 【BOX】の内壁に大きくなにか赤いもの―――血飛沫が降りかかる!

「!!」

 驚きで目を見開く。

 どちらの血だ―――喫驚しながら目を凝らす―――と光が消滅する。
 まさか佐乃が?
 戸惑いながらも次の瞬間、BOXの全貌を見てようやく把握した。
 大鷲の首の横から血が勢いよく飛び散っている。あの勢いの良さから頸動脈を切断している。完全な致命傷だ。

 佐乃は―――驚いている。何故なら佐乃の木刀は一切、血を纏っていない。
 だが、大鷲の首にはスパッと切れた痕があった。
 いや、その気になれば佐乃もそういう芸当はできる、が。今回はそうじゃなかった。

 大鷲がいつの間にか手にしていた黄金色の短刀で己が頚動脈を切り開き、目を見開いた佐乃が動きを止めていた。
 佐乃の停止によって燐光が失われ、それを見て頚動脈から血の吹き出している大鷲がにんまり、と笑っていた。

「…は!? く…っ!」
「目を瞑っても無駄だ。もう終わってる」

 悠然として佐乃を見下す。
 出血多量によりもってあと数秒。というこの状況でなんで笑っていられる?
 と、血の吹き出す首筋を撫でる。

「!!」

 すると傷口が光り、血が止まる。
 大鷲のなぞった首筋、あれは―――金、か。
 インプラント…という訳でもないだろう。おそらくは魔王の力。
 血を金に変えたか…にわかには信じがたいが血は対価として申し分ない素材。

「う…うぅぅ…」

 懸命にその言葉を口にすまいと唇から血を垂らす佐乃。

「大した精神力だ。まだ粘るか。
 そうだな、さすがに血が足りないしあと2、3発で倒れるかもしれないぞ」

 悠然と佐乃を見下ろす大鷲。
 だが、紡ぐまいとしていたその言葉は無慈悲にも数刻後に紡がれた―――

『着眼点は悪くなかったな。むしろ当たっていた。だが、赤は自分の内にあるんだぜ?』
「だからってあんなマネをすれば数日間は出来ないだろ」
『あぁ、そんなワケで今日はもうお終いだ。続きは明日の正午だ。よろしくな」

 そう言って大鷲が【BOX】から出ていく。

「戦闘中に血を大量に失えばそれだけで不利になる。
 大方、輸血用の血液でも大量に用意しているんだろうが…」

(いや、大将。おそらく血液変換だ)

「―……!」

(水をワインに、そしてワインを血液に変換する。そういうことが出来る連中がいる)

 普通ならその奸寧にのって過程の中に存在するワインによって絶命するが、その過程をすっ飛ばすのだという。
 そうすればワインを輸血と同じ要領で血管に入れてしまえば、いくら出血してもかまわなくなる。

(血液変換できる連中は同時に金属の黄金練成もやってのける。あの傷口はそれによるものさな)

「血液変換…てことはあの金はやっぱ血液を変えたものか」

(正確には血液の中の鉄分を、だろうがね。こんな芸当が出来るのは3柱ほどいるが…)

 記憶を紐解く。たしかNo.28ベリス、No.48ハァゲンティ、そして―――No.61ザガン、か。
 大鷲の指を見る。と、さっき首筋を撫でた指には3環の指輪が嵌められていた。

 それにしてもどういうことだ…?
 大鷲の指に嵌められている指輪は黄金変換の指輪以外は皆、一環のみ。
 ならば、マルコシアスの指輪を嵌めている佐乃ならば十分、防御できるはずなのに―――

「―――オロバス」
「ないんだい大将?」
「向こうの指輪だが―――」
「紅といえばNO.26 真紅公ゼパル。
 間違いなく真紅公の入れ知恵。だろぅな。おそらくこの建物の赤い壁…アレで指輪数個分に匹敵するだけの強化がされてる。
 あの剣士の嬢ちゃんのマルコのオッサンだけじゃ抵抗力が足りなかったってトコさな。
 あのレベルでもアスタロスの姉ちゃんなら防げるが…もしかすっとそれでもキツイかもしれんね」
「能力はダンタリオンと同じようなものか?」
「あぁ、ただし真紅公のは女性限定とそこまで万能じゃないがね。
 だが、今も言ったがここは敵の城の一部だ。なにあがあっても不思議じゃない」

 普通ならば指輪の能力は同数の指輪の装備でレジストできるのだが――おそらくはこのビルの内装で増幅されているのだろう。

「そうやって条件を強化されてると絶対防御はより完全なモノじゃなきゃいけない。
 だが、そうそうすればするほど」
「華南自身の魔力の消耗が激しくなり戦闘できる時間は少なくなる…か」

 相手が1の力で済むものをこちらは10の力で抵抗し続けなきゃいけない。

 なかなかやってくれる。
 視界を遮るもののないフィールドに赤で染められた建物―――たしかに平等だよ。

 だが、華南の戦闘スタイルは短期決戦にも使える格闘術だ。
 常套手段としては男の夜鷹を出すのが筋なのだろうが油断を誘うには華南の急襲がベストだと考える。

「まぁ、向こうの大将に戦闘能力がなければ不意をついて勝てる。か…」

 幸い、みなぎと佐乃で大鷲まで引き摺り出したおかげでこちらの指輪の能力は看破されていない。
 だが、戦闘できない能力の持ち主がわざわざあんな固定された狭いフィールドで戦おうとするか?
 その為の武器の使用ルールならそれで良い。
 だが、そうでありながらあえて武器を持たない在り方はどうも気になる。なにより、普通なら一撃で昏倒する佐乃の攻撃を何撃も耐え切った。
 あの面、あの余裕。アイツはまだ何か隠している――

「お館様、申し訳ございませぬ!」

 帰ってくるなり佐乃が土下座してくる。

「気にするな。アレは相手が1枚上手、というより仕込みによるモンだ。
 あのまま正面からやりあってればオマエが勝ってた」
「ですが…ッ!」
「問題ない。そうオレは言ったはずだぞ?」
「…っ! はっ!」
「とっとと頭をあげろ。
 向こうに毒されんな。別に負けた所でどうこうしない」
「は…っ、はいっ」

 ばつが悪そうに佐乃がこちらを見上げる。

「もう戦えないオマエは助言することで勝利に導け。
 後悔は胸に秘め、未来をつかむことに邁進しろ」
「…っ! はっ!」

 それだけ言うと俺は部屋で休む、と言い、後を華南に任せリビングを後にした。

 翌日正午。
 ブザーが鳴り試合が開始した。

「征きます!」
「! なッ!」

 佐乃の超高速にも似た速度で繰り出されたハイキックを紙一重で避け、背後攻撃を避けるためだろう、角に陣取ろうとする。

「―――ムダ、ですよ。私はあの子達と違って手加減なんてしませんから」
「―――っ!!!」

 真紅公の能力が効かない事実に戦慄しながらも紙一重で避けつつ止まない攻撃に憎まれ口を叩く。

「……まさか…それだけ見事なモンつけててニューハーフ…だなんて言わないよな…指輪の力か」
「ご想像にお任せします」

 悠然と大鷲に答える。
 だが、いつも一緒いる俺からしてみれば焦っているのが見て取れる。
 思った以上に魔力の消耗が激しいのだろう。

「今更ながら思ったんだが、女限定、だったんだよな」
「あぁ」
「じゃあ、オリアクスで男性化しちまえば良かったんじゃ…」
「かもね。だが、完全にそうとは言い切れない」
「何故」
「奴さんの…真紅公の術式が肉体・精神・魂魄。どの部分に起因させているかわからないからさな」
「……」
「たしかに、モノがついていれば生物学上は男だ。だが、精神が女だったらそれはどっちなのか」

 性の同一性…か。たしかに。

「はたまた、その誘導に携わる魂魄が女である場合だってある。そこまで深く変えようとすればもうそれは別人を造り出す作業に他ならない。
 この前の人体操作を見ただけではオリアクスは精神構造は変えられてない。
 それにダンタリオンの旦那を使って精神構造を変えても魂魄の構成までは変えられない。」

「その作業領域が出来るのは?」
「残念ながら。魂魄操作を行うムールムールにしろ、フェニックスにしろ、在ったモノを再構築するまでが限界だ。それこそ、魔法使いならできるんだろうが…

 それこそ御伽噺でそのどれもが時をかけてじっくり馴染ませていくべき作業だ。全てを同時に一遍で、なんてのはお勧めできない。脆くて複雑なパズルを力任せにしようとするようなモンだ。完全に人格が崩壊しちまうぜ」
 そもそも―――

「大将。あの管理人の嬢ちゃんにそこまでしようと思うのかい?」
「……それもそうだな」

 最初に言った。これはオレの私闘に等しい、と。
 だから、そんな事をしてまではきっと、勝利を求めない。
 華南の戦いは華南のまま闘って決着をつければいい。

「はあああぁぁっっ!!!」

 華南が一方的に蹴り上げていくが一向として大鷲に深刻なダメージの入る様子がない。
 それもそうだ。前の戦い、残像すら残さない佐乃の木刀の斬撃を数秒間受けきった。
 …おそらく、あの紅いコートそのものが九頭特製の耐衝撃用の防刃防弾チョッキの上、体組織を金属変換し、硬化している。
 なんせ、致命傷さえ喰らわずに相手を視界に入れておくだけで勝ちになるのだ。
 まったく、面倒なことこの上ない。

 だが、そこが付け入り処になる。
 そう、答えは既にみなぎが出している。

「はぁっ!」

 華南が大鷲の意表をついてハイキックを行う。
 大鷲も両腕で防御を行う。が、薄っぺらいコートだけでは真空を発生させるだけの脚力を持つ華南の蹴りの威力を無効化できず、大きくガードが崩れる!

「そこっ!」
「…!!!」

 ハイキックの慣性を利用して宙に舞ったまま、回し蹴りの要領でもう片方のダイヤモンドで出来た靴のヒールでピンポイントに大鷲の瞳を狙う―――!

 そう、最も重要な瞳。
 そこだけはいくら硬化しようとも限度がある―――!

「ふっ!」

 金属音が響く!

 …っ!? 金属音?

「…たしかに。オレ…だけじゃないな。万人共通の弱点なのには間違いないが。
 わざわざ弱点を危険に晒すと思うか?」
「…っ!」

 むしろ、そこを狙えと言わんばかりにさらしていたということは―――
 誘われた―――

 大鷲の眼前、1センチ手前に魔方陣が浮かんでおり、そこから真紅に光る突起物が刺突しようとしていた華南のヒールの中心点を捉え、拮抗する形で受け止め―――そのまま勢いよく飛び出してくる!

「く…う…っ!」

 そのまま出てきたそれに弾かれるようにそれまでの回転とは逆に宙を回り、距離をとる。

「あれは…」

 俺のアスモデウスの魔剣と同じ―――

「驚かない、か。ま、この程度なら誰か出来るヤツもいただろう」

 そう言って自分の丈ほどある赤い洋槍―――ランスを手にした大鷲が上機嫌で口端を上げる。

 華南はランスを見たまま動かない。
 普通のランスならそれほど警戒する必要はない。
 だが、魔方陣の中から出てきたとなれば話は別。

 それは俺の側にいる華南も理解している。
 その証拠にタイムリミットが刻一刻と近づいているにも関わらず間を詰めようとしていない。
 なにかある。そう思って当然だ。
 アレを使うには【BOX】は小さすぎる。
 その上、馬上で扱うわけでもなく、重装歩兵のように盾を持つワケでもない。だとすると洋槍という得物はあからさまに非合理的なモノだ。

 だとすればアレに何かしらの魔術が付与されている、と考えるのが妥当だろう。
 そして、その程度ならアスタロスの完全防御で防ぎきれる。
 だが、アスモデウスの魔剣のように自動律をもっているとしたら―――?

「………」

 華南は動かない。時間も少ない。が、このままではいないだろう。
 少なくとも次に繋がらないような真似はしない。

「はっ!」

 意を決して華南が槍を持った大鷲のほうへ駆けていく。

「ほぅ?」

 そう言って大鷲は開いている方の目で華南を捉え、刺突の体制に入る。
 カメラの目線が横になり、二人の影が近づき交差する―――!

「はっ!」
「そうらぁっ」

 高速の華南の人影を大鷲の槍が貫く。かの様に見えた。
 が、そのまま華南は背中から血を出すことなく、そのまま大鷲に肉薄する。

 ランスのロングレンジの内に入る。ランスは交錯時の刺突を主眼に置いた得物。
 即ち、そのレンジに入ってしまえばただの重い鉄棒―――!!!

「!? なにぃっ!?」

 俺が驚きの声を上げる。

 華南の背後にある槍の穂先、鋭いはずのそこが鋭さを失い短くなる!

 即ち、それは曲がって華南の背中目掛けて突撃するということ―――!

「…っ!」

 だが、流石というべきか、背中に集中していたか、それとも何かを感じ取ったか、明らかな死角からの背撃に華南はそのままの速度を殺さず跳躍し、大鷲を飛び越して背後にある壁を蹴って対応する!

 そのまま空中で大鷲…いや、槍を視界に捉える様に一回転してそのまま横に跳び、再び横壁を蹴って大鷲に突貫するが今度は飛び込む前から穂先に捉えられ、直前でブレーキをかける。
 幸い、槍は曲がることはあっても伸びることはないのか一定距離を離れていれば問題ないようだ。
 が、これで華南の攻撃はほぼ打つ手がなくなったということになる。
 肝心の大鷲が防御しかしないので槍にしか気をつけなくていいのだが…

『…っ!!! はぁっ…はぁ…っ! …申し訳ありません、ご主人様…ッ、ギブアップです…っ』

 肝心の本人がそう言って膝をつく。
 魔力が空になってもそれ以外の所で捻出したのだろう。体力もほとんど残していないに違いない。

「よくやった。あとは任せろ」
『…っ、はい…っ』

 唇をかんで悔しそうな顔で控え室に戻っていく。
 今の華南にかける言葉はない。
 飛び道具がないのでは相性が悪い、その一言に尽きる。が、それは同情にしかならず華南には必要のないモノだ。
 いま、必要なのは悔しさをバネに更に高みへ上ろうとする意思。

『次は明日の正午だ。また女なら望むところなんだがな』

 そう言ってモニター越しのこっちを見て大鷲が向こうの控え室へと帰っていく。

「…夜鷹、話がある。こっちに来てくれ」
「あぁ、分かった」

 そうして俺と夜鷹は空き部屋の一室へと向かった。

 翌日、正午。大鷲と夜鷹は【BOX】の中央で対峙していた。

 厄介なことに開始前から大鷲はあの魔槍を手にしている。

「生憎、オレの指輪は男には効かないんでな―――本気でいくぞ?」
「……来い」

 どがぁっ!

 ブザーが鳴ると同時にそれまで行っていた防衛が始めからなかったかのように勢いよく槍ごと突撃する。
 ! 速い! あいつ、アレだけの力を隠して立ってのかっ。

「……っ!!」

 が、そこに夜鷹はいなかった。

「…そこかっ!」

 そう言って闘技場の対角線を睨む。
 が、睨むまでそこにいた夜鷹は既にいない!

 今度は大鷲の死角、頭上に姿を現している。
 そして、そのまま落下すると共に拳をつき立てようとする!

 明らかに通常の移動ではない。
 大鷲の完全に不意をつく!

 が、
「っ!!?」

 隠岐乃の使用したエリゴール同様、オートガードなのだろう、槍が夜鷹目掛けて軸をズラしてきたのでそのまま姿を消し、再び対角線上に姿を現す。

「……」
「瞬間移動か」

 詰まらなさそうに大鷲が吐き捨てて次の手を繰り出そうとする。が、その前に夜鷹が構えに入る!

「―――! セェレッ!!」

(りょうかいっっ!!)

 そう、夜鷹のその指には慣れ親しんだビフロンスとムールムールの他にセェレが嵌っていた。
 夜鷹の拳の前に魔方陣が浮かび上がり同様に大鷲の全方位にも現れる!
 そして―――

「はああぁぁぁぁっ!!」

 目にも留まらぬ速度で夜鷹が魔方陣に向けて拳を突き出す!

「なっ! んぅ…っ!! っっぅ!!」

 夜鷹に向けて突進していた大鷲の身体が慣性を無視してあらぬ方向に大きくブレる!
 2発、3発…次々に衝撃が加わり、突進が止まる。
 それどころか―――
「がっ! んぐっ!」
 衝撃だけで大鷲の身体が後退していく。
 死角から、なんて生易しいモノじゃない。全方位。
 ただでさえ見えない飛ぶ拳撃が全方位から飛んでくるのだ。
 こうなっては攻防一体の魔槍も意味がない。急所を押さえ、できるだけ何も無い空間を作らないようにと角へ摺り歩いていく。が、僅かな隙間から出現する夜鷹の攻撃には意味を成さない。
 何より夜鷹の攻撃は衝撃波、つまり、振動さえすればそれらは全て衝撃を生み出す―――!

 なんとかコートと硬質化で対抗しているものの、ついには防戦一方になった。

 夜鷹の強化。理由は何のことはない。もし大鷲が手の内を明かしてくるとしたらこの夜鷹戦からだからだ。
 これまでの対女性戦は絶対的な有利があるが故に相手に商品的価値を見出せば無傷で戦いを済ませてきた。
 だが、ここからは向こうも容赦しない。
 そしてこちらも無能の集団じゃない。佐乃は能力の行使条件を暴き、華南はヤツの武器の能力を晒した。
 おかげでここまでは夜鷹のペースだ。このまま相手を行動不能にできればいいのだが―――

「ん…?」
「どうした? オロバス」
「あの敵の左手の指輪…あれ、なんだか違和感が…」

 そう言って致命傷を避ける為に急所をカバーする大鷲の左手の中指を見るとそこに嵌められている指輪は真鍮にしては輝きがワンランク違って見える。
 アレは…たしかどこかで見た気が…

「あれは…銀かプラチナか? それに、足元がガードしてるにはなにか動きすぎ―――」

 そうだ、アレは華南が所有していたプルソンの―――
 そこまで言って言葉がさえぎられる。

(―――っっ!! 大将! ヤベェッ!!!)

 オロバスが脳裏に大声で訴えてくる。

「…っ!?」

 オロバスの声が聞こえるのと同時に連撃を受けている側頭部に着けられていた眼帯が飛ぶと同時に大鷲の口がつり上がる。

 一瞬の空白。
 眼帯が失われたそこには眼窩に収まった球体が在った。

「アレは…なんだ…?」

 眼球じゃ、ない。
 眼球ならば無ければいけない黒からなるレンズ部がない。

 そう、その球体はただ無色で眼窩の赤を透過していただけだった。
 大鷲が叫ぶ!

「空白の万眼の力により出でよ狂乱の王!
 その憤怒の炎によりて眼前の全てを灰燼に帰さしめよ!」

 ばちぃっ!

 それまで大鷲の周囲に浮かんでいた魔方陣が弾けるように消え、代わりにうっすらと魔方陣が浮かび上がってくる。

(マズいっ! ありゃ空白の万眼じゃない! 万願の瞳だ! 大将、悪いことは言わねぇっ! ギブアップさせろ!)

 オロバスが俺に叫びかけてくる。

「万願の瞳っ?」

(召喚魔術士最高の魔眼さな! アレさえあれば契約した魔神の力を能力発動の鍵なしに際限なく発動させられる!)

「なんだとっ!」

「―――こおぉいぃっッ!!! べりとおぉぉぉっっ!!!」
「!!!」

 叫ぶと同時に、闘技場内に殺意が満ちる!

(わたしをオオォォォッッ! 呼ぶなああぁぁぁぁっっ!!)

 大鷲の頭上に王冠をかぶった威厳のある精悍な顔の映像が現れ―――口から火…いや、爆炎で闘技場内を埋め尽くす!!

「っっ!!!」

 夜鷹に逃げ場などない。
 無事な場所―――炎がないのはそれまですり足で大鷲が描いていた魔方陣の中のみ。
 灼熱を超えた焦炎に夜鷹が焼き尽くされるかと思った瞬間、BOXそのものが開き、そこからバックドラフトを起こして炎が逃げると同時に酸素が流入する!
 大鷲はそれを見届けると同時にベリトの炎を召還させた。
 夜鷹は既に展開された【BOX】外壁の角に転移していた。

 オロバスの説明を聞いて大鷲がベリトを召喚するより先にこちらの敗戦の意思を向こうに伝えたがギリギリで間に合った。

「このタイミングってことはバレたか。まぁ問題ない。次の試合はこの空白の万眼の力の戻る24時間後だ。
 首を洗ってまってろ」

 そう言って去っていく。

「なんなんだ、あの眼は…空白の…万眼?」
「…違うさな」

 オロバスが幻影として現れ、苦虫を噛み潰したような声をあげる。

「おそらく、あっちの魔神たちがつるんで隠してるんだ。
 それほどに…俺っちたちが危惧するほどにあの瞳は脅威なんだ」

「―――!」

 魔神たちに脅威…?

「空白の万眼じゃない。万願の瞳。あの眼そのものにはなんら力もないが、ある限定した能力を持つモノが使うと魔眼よりもタチの悪い王権を持つ瞳さね」
「どういうことだ?」
「あぁ、あの瞳は神も悪魔も持たない。人間が俺たちを超えるべく鍛え上げた神域を越えた人域。

 故にあの瞳は―――代償なしにあらゆるモノと契約し、代償なしにその力をくみ上げることが出来る」

「なっ……デタラメすぎんだろ」
「おそらく、大将たちと違ってそこら辺の知識には疎いんだろう、あの瞳をブースターとしての魔眼【空白の万眼】として利用してる。
 あぁ、これであの非常識な思考操作のブーストの謎も解けた。無意識にだろうがあの瞳の力を使って際限なしにベリトの力を引きずり出せば指輪が本来持つキャパを超えられる」

 指輪じゃない。あの眼が力の媒体だったってことか…なんて、タチの悪い。
 分かりやすく言うなら俺達が蛇口でしか指輪の力を使えないのに対してアイツは、大鷲は消防車の大型ホースで契約した魔神の力を使用できるということだ。

「…アイツの目の非常識さはよく分かった。弱点とか、ないのか?」
「わかんねぇ。神や悪魔が持つ、特殊な力をもつ眼を魔眼、神眼と呼ぶワケだがそのほとんどは対象を眼で捉えた瞬間、無意識下に魔術が発動したり自分自身とリンクして全てを理解したりする。
 自慢じゃないがそこら辺の知識は網羅してるつもりだ。
 だがアレは違う。
 俺たち悪魔や神すら持ち得ない、神域を越えた人域。ヒトが鍛え上げたヒトとしての限界突破した執行武装。それがあの眼さな」
「…ってことはあの眼は普通の眼なのか?」
「朽ちた御伽の一つだからよくわからんが多分、そうさな」
「くちた、おとぎ?」

 また出てきた聞き慣れない単語におうむ返しになる。

「―――遠い、そう、遠い昔話さ。
 誰の深層にも刻まれている、だけど誰にも思い出されない。そんな悲しい記憶の一つさね」

 敗者の神話。零落した昔話。あえて忘れていることにされた記憶。だが、その鮮烈さは忘れられることなく深層に刻まれている記憶。それらを指すのだとオロバスはいつになく寂しそうな、それでいて懐かしそうな声で言う。

「強すぎるが故に時の権力者たちにその存在を葬られたモノ達だ。
 その存在と概要は知られてても詳細までは知られちゃいない。
 なんせ、葬った側もよく分かっちゃいない、恐ろしいというだけでなかった事にしたのだから」
「……そんなの現代だって同じだ」

 理解はしない。だが、異口同音に好き勝手言う。
 なにより―――10年前のあの悪夢も、俺がいなくなったことも【ないこと】になっている。
 ただ、それが誰からも認められたかどうか。誰からも認められる力であったかどうか。

「結局は分からない、か。だったら―――試せる限り試すだけだ」

 とりあえず、あの眼の攻略が最優先だ。アレの存在を知ることが出来ただけでも僥倖だった。

「……さて、と。せっか、悪いけど夜鷹の治癒を頼む。しばらく、一人になる」
「うっ、うん…っ」

 どうにも…それなりに楽が出来るかと思ったがそんなことは無かった。むしろ生死を分かつ戦いになりそうだ。
 だが、いい。
 そちらの方が俺の目的に適ってる。
 そう、所詮は退屈しのぎ。生きるか死ぬかの―――

 とはいえ、明確な策がポンポン浮かぶわけもない。

「…………」

 ここまで大鷲は開幕にある程度の隙を用意している。
 つまり、先に一撃で制圧してしまえば―――

 が、翌日、【BOX】の中、目の前の大鷲の口からそれを否定する言葉が紡がれた。

「とりあえず先に言っておく。開幕からベリトを呼ぶぞ。
 灼き殺されるのがイヤだったら戦う前に降参しろ」

「……なんだ。オレの手札は見ようとしないのか」

 おどける。

「―――思考操作」
「……」

 黙る。

「言っただろう、弛那からオマエの事は聞いている、と。
 オマエはオレと同じく思考操作の指輪を持っているんだろう?
 だから裏切りを想定せず…いや、裏切られようと意に介することなく指輪を貸すことが出来る」
「…どうだか。もしかするとオレすら操作されてるのかもしれないぜ?」
「そうかもな。だが、否定しないオマエの出方を見る、なんて危険なマネはしない。一気に制圧するぞ」
「ふん」

 どのみちダンタリオン1環での洗脳は不可能だ。
 だが、こちらの手札は見せないようにしておくに越したことはない。

「降参はしない…か。それじゃ、始めるぞ」

 そう言ってブザーが鳴る。

「フールフールっ」

 俺が叫ぶと同時に大鷹の周囲に電弧が描かれ―――

「!! ベリ―――っ!」
「アークッ!!」

 大鷲を中心に電撃がスパークする!
 ムダだ。電気は熱によって弱まるとはいえ、ベリトの炎ではあの電撃の速度を超えることは―――

 カッ

「なっ!」

 目もくらむ怒槌が視線を奪った後、俺は驚嘆した。
 真紅の世界の中、輝いく光を封じ込めた黄金が大鷹を包み込むように展開されていた。
 この場で展開され、至近距離のフールフールの電撃をより電気抵抗の弱いモノに電磁誘導する…間違いない、アレは純金だ。

「…ベリト、じゃない。ベリス、だ」

 俺の心理を読んだかのように淡々と告げてくる。

(ベリス…っ!?)

「さて…と。さすがに今みたいなのを連発されても困るんでな」

 そう言って大鷹が地面を睨む―――するとどうしたことか、黄金の盾がとけて、地面にそのまま黄金色が拡がっていく―――!

「黄金っ! 練成―――!」

 錬金術の究極。
 そして大鷲の眼と眼が合い、告げてくる。

 ―――オマエも 黄金に なるか? ―――

「―――!!」

 思わず戦慄する!

(大将!)
「分かってる…っっ!! アスモデウスッ!!」

 瞬時にアスモデウスの剣を地面に突き刺す形で召喚し、剣から伸びている手に飛び乗る!
 魔王の剣そのものが持つ魔力抵抗により黄金に出来ず、練成がストップし、再び対峙する。

「ちっ!」

(大将…やっぱ、行使条件無視はこういった状況じゃ凶悪すぎるなぁ)

 ンなこたぁ言われなくたって分かってる。
 対策も一応だが考えてある。
 効けばいいが…まぁ、最悪、視界を混乱させるだけでも―――いつも通りの一か八かだ。

「それじゃそろそろベリトを―――っっ!!!」

 眼帯をめくった大鷹が電撃に打たれたかのように目を見開き驚愕する。
 この反応…っ!! よし―――! かかった!

「うっおおおおおおぉぉっ!」

 魔剣をそのまま大鷲に向けて倒す!

「っ、ぅあああぁぁぁっっ!!」

 が、相手も然るもの。瞬時に厚い金の盾を展開してこちらの攻撃から逃れ、こちらを睨みつける。

「オマエ…っっ!!」

 大鷲があまりの憤怒に歯軋りをする。だが、その白眼はこちらを捉えてはいなかった。

「ネタばらしが早すぎたな。その眼の力なら一時的に奪わせてもらった」

 そういったオレの指に光るのは―――No.44 シャックスの指輪だった。
 そう言って彼女から受け取った指輪を相手に見せる。

「…弛那の奪われたシャックス…っ」

 あの眼に対する有効手段、思いついたものを片っ端からやっていくつもりだったが、一番最初のものが聞いて助かった。ま、最も効果がありそうなものを最初に持ってきたので効いてくれなければ困ったのだが。
 シャックスの能力、それは視力を奪うだけじゃない。その眼に宿る全ての能力すらも所有者から剥奪する。
 指輪を持つ俺にも効いたことからシャックスの視力剥奪はダンタリオンの思考読破同様抵抗を突破するのは分かっていた。。

 が、朽ちた御伽と呼ばれる、魔眼でも神眼でもない視力を無効化できるかどうか、それだけは賭けに等しかった。
 いや、むしろそうであったから効いた、というべきか。よくは分からない。
 というかシャックスですらどちらに転ぶかわからない。と言ってのだ、幸い結果はここに好転した。
 その証拠に大鷲は今、使用した黄金錬成の為の指輪を2環を抜いて1環にしていた。
 今の剣の回避で思ったより…いや、ここにきて初めて自身の消耗を感じ取ったのだろう。

「前の男の…セェレも…そうか、オマエは既にアイツを―――」
「あぁ、手強かったぜ、つーか死にかけた。さて…この状態で勝てる手はあるか? なければ降参しろ。
 じゃなきゃ生き地獄を味わってもらうことになる」

 形勢逆転。倒したアスモデウスの大剣をいつでも射出できる状態で再度呼び出しておき、開戦前に大鷲に言われたセリフをそのまま返す。

「…ふん、そんな台詞は勝ってからするもんだ。ようやくイーブンになっただけだろ」
「ベリトは使えなくなったってのにまだ戦う意思があるのか。流石だなぁ?」
「当前」

 そして、真紅の王は高らかに告げる。

「瞳の力があろうがなかろうがオレはアイツらを凌駕する!」

 そう言って指輪を掲げる。

 ―――来い、ベリス

 言葉が響き渡ると同時に華南・夜鷹戦でも見せた紅い槍が―――

 だが、同程度の能力量ならば俺の方が―――

「!?」

 いや、違う。

 それまでとは一回り大きい巨大な槍を 何者かが 掴んでいる。
 そう、真紅の鎧甲冑をまとった全長6メートル強の紅い騎兵が俺と大鷲を遮るかのようにして虚空に現れる!

「な―――!」

 あれは千歳と同じ―――

「完全、召喚だとぉっ!?」

 コイツ、万願の瞳の力も無しにこんな事できたってのか!

「…指環使いに…いや、実戦で使うのは初めてだ。
 光栄に思え、そして後悔しろ。これが俺の培ったオレの信じる力だ」

 ―――征け、真紅公。

 そう叫んで大鷲は騎兵に命じる。

「ちぃっ!」

 戦慄する。
 せっかく大鷲の視力を封じたってのに目が見える敵―――しかも、その脅威は大鷲よりも遥かに上!!
 この【BOX】は一辺が15メートルくらいしかない。
 つまり逃げ場がほぼ皆無―――!

 そして―――

「…っ!」

 巨躯の騎兵が一足飛びに馬を踊らせる。

 っ! 早い!

 さもありなん、コイツと同じ指輪に棲む魔神であるサレオスは瞬間移動を有していた奏出をそのスピードだけで凌駕した。
 あまりのことで思考の焦点が定まらない。

 赤い疾風、そう、感じた。
 次の瞬間には俺の眼前にランスが広がっていた。

「―――!」

 とてもじゃ無いがこんなデタラメな一撃、避けられるハズがない!
 よしんば避けられたとしても背後の地面と衝突した際に発生する飛礫がある。それは至近距離で背後から散弾銃を撃たれたようなもの―――逃げ場などない。
 瞬間移動しようにもセェレは夜鷹が使用してしまっている。
 ハルファスは限定条件、戦闘が始まる準備段階でしか能力を使用できない。
 つまるところ、オレに瞬間移動の出来る指輪は―――

 どごぉっ!

 無慈悲にもランスが俺のいた場所を貫き【BOX】の破片がすさまじい勢いで弾かれ、飛礫と化す。

「ごしゅじんさまぁっ!」

 従僕たちの悲痛な叫びが会場に木霊する。

 返事は、ない。

「…勝負、ありだな」

 その地に立った唯一人、真紅公の召喚者である大鷲が不敵に笑い、勝利を宣言する。

 全ては計算通り。
 このステージの周囲の赤色と空白の万眼によってゼパルの能力を増大させ、指輪単体でも抵抗できないほどに強化していた。
 だが、決して浮かれることはない。
 本来の敵は指環使いではない。あくまでこの眼の力を使って勝てるかどうか分からない本社の…いや、九頭達なのだから。
 今回はそのための準備が幸いした。
 【BOX】のサイズは真紅公を呼び出した際、相手が逃げられないサイズで設計していた。
 故に15×15の大きさは最もそれに都合が良かった。
 相手…カラスの指に嵌められた指輪は片手に5環のみ、雷撃―――フールフールに剣王アスモデウス、それに忌まわしい眼力殺しのシャックス、残り2環の内1環はおそらく知識教授だろう。
 自分の持っている空白の万眼に関する知識を教授するだけじゃない。相手の指輪の能力、それに対応できるよう分析と判断を行い、冷静に対処できるようアドバイスをさせているのだろう
 そして残り一環は言わずもがな、最初に指摘した洗脳系の指輪。計5環。おそらく、それがヤツのしてきた指輪―――

「ふん」

 まぁいい、今はただ勝利に酔いしれる―――

 ―――が、ここに唯一の誤算が生じる。

「なっ!」

 それまで烏 十字のいた場所には真紅のランスが突き刺さり、その周囲には飛礫同様、勝利に酔う為の美酒、血が撒き散らされ―――てはいなかった。

 どこかで見た光景だ。

 はっ、として背後を見る。
 だが、そこにもいない。

 そう、逃げられない。
 平面の戦いなら、よけられ、ない。

 そして、俺は立っていない。立っているのは大鷲だけだ。

「―――有難う、と言っておこうか、真紅の王よ。お前さんが昨日休んでくれたおかげで俺は最後の指輪と契約できた」
「―――っ!? なっ!?」

 大鷲が見えない目で声のした方角―――直上を見上げる。
 そこには落下する俺がいた。

 大鷲の推測は当たっていた。
 確かに俺がしていた指輪はフールフール、アスモデウス、シャックスそしてオロバス、最後の洗脳系って言うのも間違っていない。
 が、ダンタリオンでは ない。ダンタリオンでは瞬間移動は出来ない。
 そう、真紅の王の直上に現れたオレの人差し指には長い間嵌っていたダンタリオンの指環ではなく、第6環―――その多才ゆえに契約可能な期間が1年の内、1ケ月しかない家令公子、NO.33 ガァプの指環が在った。

「どうやって…っ!!」
「安心しろ。あと―――2回しか使わない」

 そう言って上を向いていた大鷲の死角、正面真下に姿を現すと素早くガァプの指輪の嵌った人差し指にポケットから出していたダンタリオンの指環を嵌め―――直列の能力強化をして、そのまま今度は下を見下ろしてきた大鷲の眉間を突いた。

「バカな…セェレ以外の瞬間移動能力だとぉっ!?」

 上から聞こえていた声が瞬時に下に来たことを悟ったのか、驚愕の声を上げる。

「なかなか楽しかったよ。だが―――ゲーム・オーバーだ」
「ふ…ざ、ける…なぁっ!」

 瞬時に全身を発条にして距離を取ろうとするが指先一つ動かせない。
 そう、自律神経は全て俺が掌握した。
 だが、コイツの目は死んじゃいない。

「えりすぅっ! なにひてぅ…っ! 早ふほいつお…っ!」

 ―――マズいっ!
 あの切っ先が俺の方を向いたが最後、刹那の妙技にて俺は貫かれる―――!
 早く! 早くこの契約者の口を自分の意のままに開口させなければ―――

「ムダだ。おとなしく諦めろ。
 どんなに抗っても―――オマエの能力は女性限定だ! その上、どれほど魔王本体の能力でレジストしたところで結局はゼパル一柱しかできないっ」

 まるで相手じゃなく、自分に言い聞かせるように口をする。
 こちらは最も深い精神操作の出来るダンタリオンにガァプの精神操作が加われば―――

「ぐ…っ! ぐああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 大鷲の抵抗と共に訪れる苦痛に歪む顔を見て俺の顔も愉悦に歪む。
 だが、それも表面のこと。内心では強い抵抗にあせりを感じている。薄氷どころか白刃の上にいるのは依然として変わらない。
 完全召喚のため、魔力をかなり使用していると思ったが、これほどとは…っ!
 おわれ、終われ―――っ! よし、終わった!
 そう思った瞬間、大鷲の向こうにいた―――ベリスが動き出した。
 ―――! マズいっ、コンマ1秒、1秒差で俺が遅かったかっ!?

「ちぃっ!」

 あの移動速度。ガァプの瞬間移動を起動させるのに他の指輪を外しているヒマはない。

「くそっ!」

 アスモデウスの剣を呼ぶ。
 大丈夫だ。あの膂力、あの勢いでは召喚者の指環使いごと巻き込んでそのまま壁に圧殺しかねない。だから減速するハズ―――

 が、そんな思いとは裏腹に瞬時に感じる違和感、そう、これは―――殺意!

 それは俺に向けられたものではなかった。

 残虐公ベリスのあの表情―――主殺し。むしろそれが目的かッ!!

 がぅんっ!

 全てを刺殺する魔槍が全てを斬殺する魔剣を弾―――いや、そのまま圧殺するべく押し込んでくる!

 どごぉぉぉぉぉつっ!!!

 それまで絶対的な強度を誇っていた【BOX】が衝き破られ、ほこりが舞う。

「いぁぁぁっっ!! ご主人様ぁぁぁぁ――っ!」

 今度こそ互いの侍従から悲鳴が上がり、それが終わるくらいにカメラを遮っていたベリスの巨躯が姿を消した。

 煙が晴れる。

「……大丈夫だ」

 膝をついたままの体制で姿を現す。大鷲も動けずそのまま転がったが命に別条はないようだ。
 何があったかは分からない。
 ただ、剣を呼び出したつもりだが人影のようなものが見えた、気がした。
 が、俺も限界いっぱいだった。一瞬の召喚しか出来ず、おそらく、召喚したであろうアスモデウスの剣は既にそこにはなかった。
 ベリスも同様、主への叛意を悟られ、強制的に召還された。

 ずきんっ

「……っ!」

 まただ、いつかオレに走ったあの痛みが身体をはしる。
 …まぁ、いいか。今は生きている、それだけで十分だ。

 粉々になった戦場に残ったのは敗者と勝者。
 好対称の二つの顔は全てを物語っていた。

「…どうにか、なったか。じゃあ、指輪はいただくぜ」

 未だ身体の自由を奪われたままの大鷲の手を開かせ、一環ずつ指環を抜いていきながら呟く。
 さすがにとっさの事態により、シャックスの能力は消えている。が―――代わりにダンタリオンの能力が万願の瞳の発動を制御していた。

「…覚え…っ、てろっ! いつかオマエに…いや、オマエを先に…っ」

「―――あぁ、構わない。ま、オレのことを覚えていられれば、だがな」

 指輪を抜ききる。

「―――っ!」

 魔力に対する抵抗力を失い、全てを呪うかのような視線を俺に遺して意識を失う。
 そして理解する。大鷲が今までに至った経緯を。

 戦いが終わり、互いの従者が【BOX】の中へ入ってくる。
 どいつもこいつもこっちがボロボロだってのに抱きついてくる。

「あぁ、俺は会社の経営なんかにゃ興味ないんでな。コイツに全部任せるわ。で、アンタはどうするんだ?」
「私は…課長秘書ですから」

 そう言って気を失った大鷲を膝枕していたのは俺たちをこの階にまで連れてきたあのメイドだった。

「こちらで管理していた全ての指輪をご用意しました。どうぞお納めください」

 そう言って自分の横においていた小型のジェラルミンケースを差し出してくる。

「………」

 コイツの洗脳も解いておくか…と思ったが止めた。
 コイツもウチの連中とほぼ同じ。解いても解かなくても変わらない。いや、そもそも…

「…いいのか? アンタ元々、指輪の効果なんて効いてないのに」

 最初はかかっていたのかもしれない。だが、根底から造り直されてはおらず、今では本心からコイツの傍にいたいと思っていた。

「…えぇ、だけど関係ありません。この方はこの広い世界で私を見つけだしてくれたんですから」
「―――」

 一見、電波な科白だがその実、違う。
 その異能ゆえ、誰からも必要とされなかった少女が初めて認めてもらった相手。それがこの男だった。それだけの話。
 最も側にいた大鷲もそれに気付かなかったのか、それとも気付いていてあえて指輪を与えなかったのかは分からない。
 ただ、分かるのは目の前の相手のまるで刷り込みのような恋心だけだった。
 …まぁ、わからなくもない。
 いや、恐らく、だれよりも分かってる。それこそこのダンタリオンの指輪の持つ―――
 そこで思考を留める。意味がない。それが元からあったものにしろ後付されたものにしろ、なんであれ、俺たちは受け入れることしかできない。

「……そうか。んじゃ、指示は既に出した。ソイツを殺したくなければソイツの言うとおりに動く事だ」
「わかりました。あぁ、あと―――」
「ん?」
「この方からお話が―――」

 そう言ってメイドの背後から銀髪の少女が歩いてきた。
 大鷲の記憶の断片に2、3回出てきていたな。が、興味がなかったのか特にこちらが気にすることも無かった。
 白銀の髪に長いまつげ、まるで御伽噺に出てくるような美少女。

 ノースリーブの燕尾服のような上着に黒いスカートを履いていた。
 だが、最も注視すべきところはそんなところじゃ―――ない。
 細い腕、その先の指先。

 そこには、一環のみ指輪が嵌められていた。

 …指環使い。

「約束を違えたか! お館様―――」

 佐乃が俺をかばうように前に出てこようとする。だが―――

(大将、大丈夫だ。アレに戦う意思は、多分、ない)
「…根拠は?」
(こちらがハルファスを所有しているからさな)

 ハルファスを?

(あぁ、ヤツはハルファスの対―――)
「ホントなら最後に残った指環使い同士、私のマルファスとくろがねのハルファスを持たせて決着をつけるハズだったのに…なに考えてるんだか…」
「オマエがここを用意したのか…」

 マルファス…そうか、だからハルファスの用意した雁屋の人形マンション同様、場所場所に能力使用の制限がかかっていたのも頷ける。

「半分正解。私は最後の工程を手伝っただけ」

 悪びれずに言ってのける。

「……オマエ、名前は?」
「しろがね。あたり しろがね」

 日本語で答える少女は名前も日本語だった。
 しろがね…くろがね…
 たしか―――

「あ、オマエがしろがね、か」
「ん、もしかしてくろがねから聞いてた?」
「名前だけな。なんのことだか分からなかったが。
 それより答えろ。指輪はどこで手にいれた」

「クリスから」
「…アイツの名前を知ってるのか」
「元々、知り合いだったし」
「…オマエ、魔術師か」
「ううん」
「じゃ、魔女か」
「まさか」

 ま、アイツの知り合い=魔術師や魔女と捉えるのも単純か。それにアイツは同業者―――魔術師や魔女には指輪は配っていないはずだ。

「悪いがその指輪を渡すか、無駄な抵抗をして俺のモノになるか選べ」
「指輪はあげる」
「そっか。じゃあ…」

 あとは用はない、そう思ったら―――

「貴方の配下に加わる」
「………オレのモノになるってんだったら大鷲のように扱うかもしれないぞ」
「構わない、それに―――その気があるんだったらそうは言わない。
 なにより、例えそうだとしてもそれだけの対価は払わないと釣り合わない」
「対価?」
「そうよ」
「なんのだ?」
「最後の戦い。それはボクとくろがねの代理戦争でもあるの」
「戦争…ね」

 たった2人の戦争、とは。なんとも仰々しいな。

「そんなことより―――オレは別にオマエの為に戦うつもりなんてないんだが」
「そんなの当たり前だよ。会ったばかりの人の為に命をかけるなんてそっちの方がおかしいよ」

 違いない。

「それで? ボクは貴方の世話になっていいの?」
「あぁ、別にかまわない。帰ったらこの華南に世話をしてもらえ」
「うんうん、よろしくね」
「はい、よろしく願いします」

 笑顔で挨拶するものの、さっきの会話の内容からか、戦々恐々としていた。

(もうっ、これ以上増やしてどうするんですか…っ)

 …いや、別にハーレムを作るのが目的じゃないんだが。
 まぁ、他の連中の思惑も自分の割り当てが減ることへの懸念になってるあたり、俺の支配体制って間違えてたのかなーとか、思ったり。

「…あの」

 そう言って可奈子―――課長秘書が声をかけてくる。

「…なんだ?」
「ご主人様の命を助けていただいてありがとうございます」

 深々と礼をしてくる。

「別に。この場合の方がアンタの主にとっちゃ死ぬより辛いだろうしな」
「だと思います。だから、これは私からのお礼です」

 微笑んでくる。
 ……慈愛を見出さなきゃいけない所なんだろうがどっちかってーと女の怖さを見せ付けられた気がする。
 まぁ、いいか。

「じゃあな、指輪を幹部に見せなきゃいけない時が来たら連絡をくれ。貸し出すから。
 それじゃ―――帰るぞ」

 はい、と言って主に膝枕をして抱く少女を背後に残し、戦場を後にした。

 エントランスに戻る。
 大鷲も俺と同様、指輪を使用せずとも自分の影響力を保てるように細工をしていたのだろう。
 来た時と変わらず、混乱している様子も無かった。

「さて、と忘れ物はないな?」
 まるで保護者のような物言いの自分を呆れつつ、俺たちはようやく開かれた入り口を開くと、思わず閉口するような熱気に身をさらす。
 相変わらず、クソ熱い。
 だが、数日間地下にいた分、この日差しも心地いい。
 そう思った次の瞬間だった。

 ――――――!

 目の前にはこの炎天下の中、灰色の街並みを拒絶するように白色の花が咲いていた。
 背にしているこの建物に入る前、通行許可証を与えてきた女性のいた場所に白いコートを着た美青年が立っていた。
 そして、その腕には音枯が―――

「オマエ、まさか―――!」
「キミ達を監視していた指環使いはそう少なくない。餌がバラ撒かれればそれを奪うのは道理だろう」

 音枯が来なかったのはコイツが―――!

「オマエ―――!」
「ま…待ってくださいっ!」
「!!」

 そう言ったのは誰でもない。白鷺の腕の中にいた音枯だった。

「この人は…助けてくれたんです」
「なに?」
「貴方の所に指輪を持っていく途中で襲われて…この方が助けてくれたんですっ。
 それで貴方の所へ行くって言ったら付き添ってくれて…何日も、その…一緒に」

 俺がダンタリオンによって変えたハズの音枯の性格の反応とは若干違う。
 上書きされたか―――いや、違う。純粋に心酔…惚れたか。

「………」
「ここにいる最中も襲われて…でも、助けてくれて…」

 音枯の言うこともにわかには信じがたい。だが、そうでもなければここまで来る必要はなかったハズだ。
 音枯の指輪にしても奪ってそのままにしておくか口封じでもしてしまえばいい。

「だから、あの…これ…」

 そう言っておずおずと俺に巾着を渡してくる。
 中からこすれる金属音が聞こえる。この中に指輪が入っているんだろう。
 本当はこれまで助けてくれた白鷺に渡したいという思惑があったにもかかわらず、渡してくる。
 スジは通す、ということか。同時にそれは何より一緒にいてくれた白鷺の行為に報いる唯一の方法でもある。
 それを見届けると白鷺がこちらに背を向けた。

「待てよ」

 そう言って今、手にあったものを投げつける。
 向こうも振り向きざま、それをキャッチする。

「…これは?」

 それは音枯が俺に渡してきた巾着袋だった。

「オマエがいなきゃコレは手に入らなかったし、なによりコイツは恩人でな。
 助けてくれたことに対する礼だ。その指輪は全てオマエのものだ」

 そう、これは一旦、俺の手に渡ることではじめて白鷺の元へ行くことが許される。

「べつに? 礼がほしくて助けようと思ったわけじゃない。
 勝負もせずに掠め取ろうとする見苦しいモノが嫌だっただけだ。
 なによりこの生餌のおかげでキミ以外の指輪は残らず頂いた」

 まるでかつての自分自身に対して、そして、助けてくれたことに対して謝辞以上の感情を抱いていた音枯をあえて突き放すように口にする。
 だが、俺にもわかる。
 俺がここにいる、ということを知っていたという事は俺たちを地下に閉じ込める、もしくはトラップを仕掛けることだって出来たハズだ。
 だが、コイツは音枯と約束した訳でもないのに俺たちがここに現れるのを待っていた。

「それでもいい、助ける方も勝手にするなら礼をする方も勝手だろ。なにより、そん中に入ってんのはそんなに使えないモンばっかだ。だから、構わない」

 そう言って突っ返す。
 具体的にはなにが入っているのかはわからないが―――既に俺と白鷺しか残ってない以上、後の確認はオロバス、若しくはセンパイから借りたあの本で確認が出来る。
 そんな俺の言葉に目を瞑った白鷺が柔和にほころんだ。

「…それもそうだな。それじゃ受け取っておく」

 そこに礼はない。
 それでいい、俺たちは戦いあうのだから。

「―――で? これで残るはオレとオマエなんだろう? どうする?」
「―――…」

 ただ、ただ、かつてそうした様に自分から移動して影を俺に踏ませる。

「…あぁ、分かった。オマエの望みに応えよう」
「―――これはオマエの望みでもあるんじゃないのか?」

 笑う。

「あぁ、たしかにそうだ」

「じゃ、3日、3日後だ」
「それまでに全部片をつけておくことにする」
「相、理解った」

「これで貸し借りはチャラだからな」
「そうなるのか、まぁ、いい」

「しろがね」

 白鷺の背後から少女が1人現れる。
 周囲に遮蔽物がないにもかかわらず、それまで存在感を感じさせなかった。
 会ったことがある。たしか、しろがねと因縁のある―――

「くろがね…それがオマエのパートナー? キザったらしいね」
「女ったらしいのについてくしろがねより何倍もいい」
「ぐっ」

 と、軽く舌戦に負けて俺に肘打ちをして八つ当たりしてくる。
 白鷺はただ歩いていく。
 背後に対して気を使う風もない、いま不意打ちを仕掛ければどんな攻撃でもまともに食らうだろう。
 だが、そんなことはないとこちらを信じ、こちらもそれに応える、それだけ、だけどそれ以上はない別れで今回の戦いは幕を閉じた―――

 城に帰ってきて各自、自分の階層に戻り俺も自分の部屋に戻ってきていた。
 ただ、例外として大量の魔王と契約するので華南がサポートとしてこの部屋にきていた。

「ふぅっ」

 無事、契約も終わりあとは対白鷺用の指輪を選別するだけ―――
 と、ふとベリトの指輪が目に付いた。

 ベリトの能力―――不妊、か。
 嘆息する。ようやく避妊能力を手に入れられた。
 今までは出来たら出来た―――だったがこれからはばっちし中出し避妊がきる。
 子供が出来るのがイヤなら避妊薬でも使えばいいのだろうがそこまでする気はなかっただけで指輪を使うだけで避妊が出来るのならば話は別だ。

「全力でレジストしますから」

 っ!?

 いきなり背後から声がかけられる。
 見ると華南がこちらにアスタロスの指輪を見せびらかす形で頬に手を当てて全力で笑っていた。
 笑顔なんだが…心なしか目が笑ってない。

「あぁ…えぇと、あぁはい」

 分かってくれればいいんです。そう言ってそのまま去っていく華南。
 去った後にどっと滝のような汗が流れていく。

「な…なんというプレッシャー…っ」

 まぁ、問題ない。
 他の学生連中と違って華南は社会人だ。
 といっても、学院生でいられるくらいには若いのでそこまで大人大人してるかといわれれば否、なのだが。
 …そういえば華南っていま何歳なんだ…?
 ヤベェ、一度気になりだすと気になって止まらない。が、素直に聞いてもお決まりのパターンでかわされそうだし、どうしたらいいものか。
 しれっと本人に内緒で調べようかと思うがさっきの笑顔がリフレインして生存本能でそれは止めろと訴えてくる。

 おそらく、外見は俺より年上、20代前後だが、それはあまりに大人びているからに過ぎない。
 今や学院生に見える小等部生や小等部に見える教師もいるワケだから外見で判断するわけには行かない。
 話題性にしても子供の頃は海外を渡り歩いていたらしく、各世代に共通する話題は皆無に等しい。

 まぁ、とりあえず。
 つかの間の平和を満喫するとしよう―――

< つづく >

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