key 第二章の17

第二章の17

 昼前、誰にも気づかせずマンションを出て約束の場所に行こうと歩くこと5分。後ろに気配を感じた。

「…しろがね、付いてくるな」

 勝敗なんざ後から分かることだろう。

「言ったでしょ。ボクを待っている相手が、くろがねが向こうにいる」
「……どういうことだ?」
「この戦争は指輪使い同士が手を組み合わなければ勝てない仕組みになっている」
「―――なに?」

 それはこの戦いを仕組んだクリスの思惑か?

「別に驚くことじゃない。一騎当千の指環使い。一人よりも二人いた方が強いのは明白。
 だから最初から複数まとめて配られた」
「……」

 確かに。普通、指輪は一つずつ買う。
 なのにみんな行き倒れが相手とはいえ2つ以上所持していた。

「誰もが最初に出会った指環使いと手を組めばいいところまでいけるようなマッチングをされていた。
 だけど、前までいた大鷲以外、それを拒否して闘った」

 …確かに、シャックスとセェレを持ったあの女―――隠岐乃、とか言ったか、大鷲の手に落ちていたアイツと手を組めばそれからの戦いは有利に進んだだろう。
 だが、それは無く、当然のことだった。
 どんな国にも王は一人し存在しないのだから。

「まぁ、貴方も例外だね。勝ち続けてきたし、最初、じゃなくその後に出会った指環使いたちを手中に収めてきた」
「たまたまだ」

「そう? あ、剣」
「剣? あぁ…」

 佐乃から渡された真剣か。

「忘れた」
「必要?」
「いや、必要ない」

 佐乃には悪いがわざと置いてきた。

「そ」

 そう言うとしろがねは自分の指からマルファスの指環を抜いて俺に押し付けてきた。
 またか。この指輪だけは何度手に入れようと俺の元からいつの間にかなくなっている。
 ハルファスの指輪に至っては契約していたにもかかわらず、しろがね…マルファスの指輪が手元に来た時点で行方不明になっていた。

「持ってて、これがあると返って、邪魔」
「……」

 指輪から畏怖が伝わってくる。
 …あぁ、そうか。
 しろがね。お前は王じゃなかったのか。
 魔女でも魔術師でもない。常に王の影につきしたがうもの。
 

―――まほうつかい

「いい答え、だけど厳密にはちょっとだけ違う。ボク達は」

「二人で一人のまほうつかい」

 正面、白いコートの麗人と共に白いフリルの付いた黒いドレス―――ゴスロリの服を着た少女がいた。

「だから―――私はしろがねを」

 それに対し、黒衣の俺と白シャツに黒の燕尾服を着た少女がいた。

「ボクはくろがねを」

 ころして、ほんもののまほうつかいになる―――

「いよう」
「……やぁ」

 しろがねと話をしている内にたどり着いてしまった。

 …学園祭が終わり、何もなくなった夏休みの学園の校庭、しろがねとくろがねの後見人が学園長にかけ合って使わせてもらえるようになったらしい、もちろん、敷地外からは誰もいないようにしか見えていない。
 部活動があるはずなのに誰もいない。
 補習や課外授業があるにもかかわらず、誰もいない。

 まるで、白昼夢。

「待ってたか。ずいぶんと退屈させたみたいだな、悪かった」
「いや、問題ない。それにしても…懐かしいな」

 校舎を見上げる白鷺。

「いい思い出なんて無いだろ」
「―――いや、あったさ。まぁ語るまいよ。さぁ、はじめよう」
「あぁ」

「…しろがね」
「…くろがね」

 二人が―――消えた。
 位相に消えたのだろう、ただただ強力な力と力のぶつかり合いに空間が悲鳴を上げるのがこちらにまで伝わってきた。 

「…」
「……」

 俺達に言葉はいらない。
 どちらからともなく指輪を起動した―――

 ぱああぁぁぁぁんっっ

 どおおおぉぉぉぉぉんっっ

 まるで紛争地帯のように巨大な爆撃が互いに行き交う。

「はああぁぁっ!!」

「ムダだぁっ!」

 互いに繰り出す能力を無効化しながら徐々にバトルは激しさを増していっている。
 既に、校庭で無傷な場所は一つもなく、校舎も一部が剥ぎ取られたようにその一角を失っていた。

「ちぃっ!」

 どれだけ引出しを隠し持ってやがる!

((どれだけこちらの用意した命題を乗り越えてくるんだっ!))

 互いの思考が同調しながら火花を散らす!
 己の有していない指輪がもう片方の手の内にある以上、相手の能力は暴かれている。
 にも拘らず、互いの予想を上回る手を互いに繰り出す!

 白鷺はこちらに思考が読まれてもオレが回避できない策を用意してくる。
 俺はそれを指輪の力を駆使してなんとか乗り越えている。

 全く―――楽しくてしょうがない。 

 何度かやってくるこの昂揚。
 敗北すれば全てを失うというのに俺は―――いや、俺たちは笑っていた。
 全力―――いや、全力以上を以って真っ向勝負を挑める相手がここにいる。
 それがなんとも言えず俺らを楽しませる!

 眼前の相手も同じ想いなのは一目瞭然。端正な顔がこちらに向けて笑っている。
 だが、これは戦にほかならない。
 勝つのはただ一人―――!

 笑顔ということは互いにまだ余裕があるということ。
 俺も白鷺はまだ大技を出していない。
 些細な傷でもできようものなら奏出つぐみにされたようにヴェパールの腐敗呪殺をかけようとしているのだが、向こうには72柱中、最高の治癒技能を持つNo.10 ブエルの能力だろう、呪いの届く前、刹那に傷が癒えてしまう!

 そればかりではない、埒が開かない、とアスモデウスとマルコシアスの剣技で腕を吹き飛ばしたが吹き飛ばした側から傷口同士が結びつき、癒着してしまった。
 なにより、未だに白鷺はNo.1の指輪を、魔王バァルを装着していない。
 ならば―――

「はああぁぁぁっっ!!!」

 どぐっしゃあぁぁっっ!!!

「んぐぁっ!」

 アモンの憑依を使った俺の強烈な一撃をくらって地にめり込んだ白鷺が自分の敗北ごと否定するかのように起き上がってくる!

「まだだッ!まだぁ―――終わりじゃないっ!」
「んの…っ!やろおおぉぉぉッ!」

 どこまでも、そう、どこまでも足掻きつづける。
 どんな劣勢になりながらも、どんな苦境に立たされようと立ち上がって―――俺に向かってくる。
 伝わってくる。
 白鷺の覚悟、そして―――決意。
 …あぁ、そうか。それが、オマエの―――意思か。
 …なら、オレもその覚悟に敬意と決意を表す!

「更に降りろッ!アモン!アスモデウスは我が手に剣を!」

「―――っ!その時を待っていた!」

 ―――!? 待って、いた。だと?
 そう言って白鷺はNo.1 東方王バァル、No.2アガレスの指輪にその指を通す!

「バァルッ!アガレス!」

 …っ!ちっ―――
 アガレスがオレを震源地に地震を起こし、体制を崩し―――かつてのカナンの豊穣神にして数多の神々の源流であるバァルが72柱最強の呪いをかけてくる!

 しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね、しね

「―――っ!」

 呪いに対する絶対防御の能力を持つアスタロトの指輪と護符をしているにも関わらず、その上から俺を殺そうと呪いの魔眼が俺を貫く!
 焼死、病死、衰弱死、溺死、絞殺死、圧死、餓死―――一言一句に様々な死に様が浮かんでくる。
 この囁きを一つでも肯定しようものなら俺はカエルとなって精神はそれに永劫囚われる。

「な…めるなぁ…っ!ガァプッ!」

 すかさず俺は白鷺の背後に出現する。
 だが、俺そのものを対象とした2柱の呪いは移動しても瞬間移動に使用したパスを追い、すぐさま追走し、再び俺を捉える。

 くそっ、このままじゃジリ貧だ。

 アモンを憑依させる事によってレジストレーションそのものが上がっている上に呪術無効・反射属性をもつアスタロスのものを始めとした幾重もの魔力障壁が展開されている。
 にも拘らずそれを上回る魔力で責められてはこの身体は魔力を、呪いを通しやすい素材に過ぎない。
 その上、この能力はすさまじい勢いで魔力をエンプティに近づけていく。
 俺はすかさずアモンの指輪を外すと代わりにフェニックスの炎を召還し、シャックスによって光を完全に屈折させる!!
 干渉媒体を失った呪いは止み、あらゆる穢れを払うフェニックスの浄焔によって溜まっていた呪いが緩和される。

 これならアスタロスで何とかなる。あとは―――

「うっ、おおおぉぉぉぉぉっ!」

 なけなしの魔力を振り絞り、マルコシアスの指輪を駆動して弛まなく俺の周囲に起こる地震によって崩れていく大地を駆け抜ける!
 砕けた大地を足場に跳躍していく。
 得物は、ない。だが、問題ない。
 そう、何も召喚が使えるのはお前だけじゃ、ない!

「サレオス!オレにガントレットを―――っ!」

 巨大な手甲が腕を覆う。
 怪腕公、サレオスの魔力で駆動する手甲が俺の手に召還される。
 巨大な質量が俺にのしかかり、装着の際の魔力が奪われることへの脱力感で切迫へのスピードが落ちる。が、それでも常人にはまだ捉えられないスピードを保っている。
 この手で扱うのはあの剣しか考えられない。

「来い―――!」

 宙に魔方陣が描かれそこから厳かに、だが、誰もが無視できない威厳を以って彼の剣が呼び出される。
 剣をつかむ!

 だが、そこまで。

 前に進めるのはそこまでで俺の魔力はあと1度しか起動できない。

 何故なら、術者であるアガレスがその契約者である白鷺をこの振動から護るためだろう。
 奴等に近付いた今、足場にする飛礫が視界から減ってきている。

 あと一度の跳躍、あと一度の跳躍でこの剣が届くのにその跳躍する足場がどこにも無い。

 しかも剣の質量、これが加わり、とてもじゃないが普通の疾走しか出来なくなった。その上、尽きかけている魔力をセーブした分、サレオスのガントレットの重量が復活し、担ぎ上げる事が難しい。

 そして相手もそれを理解しているのだろう。
 俺の次に行う最後の指輪の起動―――瞬間移動に備えて、いや、転移する場所は一ヶ所しかないと踏んでそこに向けて残った全魔力をありったけ魔王達に注ぎ込んでいる!

 ならば、その場所はどこか?
 決まってる。その場所はもちろん―――頭上。
 この剣は持っているだけ、あとの落下によってに攻撃になるただ唯一点、これを防がれれば魔力の枯渇した俺はたちまち敗北するだろう。

 だが、だがな?

 
 もし、おれが、おれのねらいが、頭上、そこじゃなかったら―――?

「うッ!おおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっ!!!!」
「っ!!!」

 失速して地に墜落する前に俺は―――更に一歩踏み出す!

「な―――!」

 そこには、何も、ない。

―――いや、ある。

 見えないだけで確かにオレの足場は、大気はそこにある―――!

「ダンタリオン―――フルドライブ!」

 俺の全てを、脳によって規制されている全ての肉体限界を取り払う!
 この瞬間、俺は人間の限界を超える―――!

 限 界 突 破

 代償は大きい、肉体強化分も振り絞って魔力をつぎ込み、限界を超える速度で大気の壁を蹴りつけた俺の両足は踏み出した足の順に粉々に砕け、勢い良く中身が表皮を突き破って飛び出てくる!

「な―――何を考えているんだ!キミは!」

 うるせぇ、こうでもしないとオマエに勝てねぇだろうが。

 限界突破は腕にも対価を払わせる事によって眼前の敵に予測不可能な軌道を描かせている。

 魔力を使い果たし、筋力で動かしている今、サレオスのガントレットはただの重し以外の何物でもない。そんな中、

 右腕を犠牲にすることによって剣を少しだけ振り上げ―――筋肉が張り裂け
 左腕を犠牲にすることによって剣を少しだけ振り下ろす――肘の関節が骨ごと砕けた。

 大中段。なんて格好いいモンじゃない。まるで野球のフルスィングだ。

 だが、問答無用の一撃は違うことなくたった一人の敵に収束する!

「おっ!おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!」

 だが、敵も然る者。
 直上に展開していた陣を無理矢理引き下げて俺の渾身の一振りへの盾にする!
 ―――だが、俺は構わずに振り切る!

 ―――いや、既に手を添えているという状態、もう既に満身創痍のオレに残された力はない。
 これで倒せなければオマエの勝ちだ―――!

「――――――――――――――っ!」
「―――――――――――――っ!」

 そして

 2つの影が地面へとたどり着き

 俺が―――地面に 崩れた。

 砂ぼこりが舞う。
 俺は既に満身創痍、指輪による自己修復は進むものの、今はもう、立つこともままならない。
 そんな俺を見下して男が笑う。

 笑って男は―――そのまま地面に倒れこんだ。

 …
 ……
 ………
「あぁ…ボクは…負けたのか…?」

 いつの間にか言葉使いが指輪を手に入れる前のモノに変わっていた。

「オマエは負けちゃいない。だが、オレが勝った。それだけだ」

 互いに全力を出し切った。ただ、俺の方がほんの少し早く動けるようになり、止めをさせるようになった。それだけのこと。
 静かに、指輪が、互いに横たわった身体を修復していく。

「…詭弁だね。あぁ、だけど―――ようやく、辿り着けた気がする」

 そう言ってすっきりした顔で仰向けになっている。
 傷の方も見た目は派手だがブェルの力で癒せるだろう。
 そう、傷は、治せる。

「…………なんでだ?」

 俺は尋ねる。

「…?」

「…なんで、契約に自分の魂魄を代償に差し出すことにした」

―――そう、それが、コイツの決意。

 使用の度に己の生命を削る超々増幅。
 破格にパワーアップしていたのも頷ける。

 元々、高い天賦の才能に―――差し出した代償も高いものだった。
 全てを手に入れられればそれで良し、だが敗北、もしくは終わるまでに自分の命を使い切ればそれは即ち―――

「…ボクはね。手にいれたんだ。
 欲しいもの。指輪じゃない、なにがなんでも手に入れたいもの。
 だから、その為にだったら、そいつの為にだったら命をかけても惜しくない」

 姿を現した2人で1人の魔法使いを見て言う。
 その言葉に嘘偽りはない。だが、それ故にその告白は俺を傷つける。

「…からすくん、キミは…まだ、見つけてないんだね。ほしいもの―――命をかける理由」

 ……どちらが、心が、読めるのか、わからない。

「………あぁ、まだだ」

 王になる、それはただの退屈しのぎだった。
 いや…それすらただの言い訳だった。
 あの時から、10年前のあの時から、そんなモノは、俺に大切になるモノは見つけるということは、持つことは許されないと思ってた。

「………大丈夫、だよ」

 穏やかな声が、下から俺に降り注ぐ。

「何があったかは知らないけどボクが、聖人が、キミの罪を許す。
 だから、キミは―――じぶんの、のぞむ、ものを…っ!がはっ」

 まるで逆に聖人にすがるように俺に手を差し延べる白鷺。
 その両手を取って額を当て、祈るように目を瞑る。

「………あぁ―――ありがとう…」
「代わりといってはなんだけど…頼みがあるんだけどいいか、な?」

「………あぁ、なんだって聞いてやる」

「ボクの体、これに別の魂魄を入れて欲しい」
「!!」
「可哀想な魂、見つけたんだ。だから、その魂を…っ
 長続きしないのは分かってる…だけどね、教えてあげたいんだ―――」

 なにを、かは聞けない。

「ママにも…っ、『僕』が死んだら悲しみがすぐになくなるよう記憶を操作して欲しい。
 出来る限りボクの痕跡を消して…っ!ごほっ!ごほぅっ!」

 今際の際、それに触れてもオマエは他人のことを。

「…あぁ、わかった。だけどな、オレはオマエを―――忘れない」

「…ありがとう」

 何に言ったのかはわからない。瞳は既になにも捉えてはいなかった。

「あぁ、それで、それだけで、ぼくはさいわいなにんげんになれる」

 そう言って笑いかけるともう一人の片割れに向かって這い出す―――
 見えてはいない。見えていなくても、わかる。

 正面からぶつかれば対消滅してしまう。
 そのために代理人を仕立て、戦い、そして雌雄が決した。

「―――くろがね…」
「しろがね、ありがとう。さぁ、いっしょになろう?」

 しろがねの頬を撫でるくろがねの手。
 その手に紅色と無色の液体が伝う

「ねえさん…っ」

 静かな慟哭が、聞こえた。

 ………全てが終わりかけている。
 フェニックスでは癒せない。
 しろがねがくろがねの魂魄を取り込んだ以上、生き返らせるのに必要なくろがねの魂魄が用意できない。
 そして白鷺も、自分の敗北した際の魂を代償に契約していた以上、同じく生き返らせることは出来ない。
 俺の力を借りず、しろがねの力を借りず、2人は本能で共に這いずって互いを目指す。
 あと3メートル。

「しらさ…ぎ…」

 …あと2メートル。

「…あぁ、くろ…が…ね、オレもオマエに逢えて―――良か…った…っ」

 あと―――1メートル。50センチ―――

『ありが…と…う…』

 互いの手が力を失い落下し――――――手が、重なった。

 ぽつ…ぽつ……ザアアアアアアアアアアァァァ

 雨が降る。
 激しい雨。
 まるでその場にいるみんなが泣いているかのように全員の頬を水が伝い落ちる。
 最後、これで最後なのに初めて訪れるやりきれない想い。
 それは憤りを通りこしてワケの分からない声になり天に―――消えた。

「…行くぞ」
「…うん」
 それ以降、誰も口を開くことはなかった―――

 指輪は全て揃った。
 戦争は、終結、した―――

 ……本当に、これで、良かったのか―――?
 天を仰ぐ。
 答えるモノはなく、俺はただ雨に濡れていた―――

< つづく >

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