もったいない魔王 第五幕

第五幕

 イセルヴァとアリタの襲撃後、カンディスとザジの姿は中央から離れているが交易と商業が盛んな町、リヴェトにあった。
「ここの領主、クラヴィ・ザナド子爵が我輩の出した条件に合う貴族なのだな?」
「ええ、地理的にはもちろん環境も整ってますぜ。領主のクラヴィは、貴族なのに妾の1人も囲っていない点を除けば、ダンナの条件通り人格者で知られていて、領民の信頼も厚い。ついでに、今は別荘で暮らしてるんですが、妻も娘も美人揃い」

 人混みに囲まれて、主従は囁き合う。これから、そのクラヴィ・ザナド子爵が領民に挨拶をするのだ。何でも、ザナド子爵は月に一度はこうして公務を行う役所から、領民に姿を現し町の諸問題について話を聞くのだという。その聞いた話のうち、幾つかは政治の課題として取り上げているのも、彼への領民の信頼に繋がっているのだろう。

 それにカンディス達が混じっているのは、これから操る相手を見ておきたいからだ。
「おっ、出てきたな」
「ダンナ、ちゃんと回りにあわせて」
 怪しまれない程度にカンディスは、マントに隠れたザジの言う通りに回りに調子を合わせながら、耳に付けた『解説魔』を起動した。

 『クラヴィ・ザナド、42才。非童貞。真性のサディストで、加虐性嗜好で趣味は無実の領民・・・特に女子供を拷問し殺す事』
「・・・ザジ、お前の報告とかなり違うようだが?」
「それの故障じゃないとしたら・・・あの領主には裏があるって事すねぇ」

 2人の視界に映るザナド子爵は、貫禄を漂わせた笑顔で領民に演説をし、話を聞き検討することを約束していた。

 カンディスは、『双子の片眼鏡』を使って容易くクラヴィに面会する事に成功した。何せ、黒い面で『我輩は、クラヴィ子爵に秘密裏に面会したくない』と言って、立ち去る素振りを見せると多少荒々しくはあるものの、ご丁寧に裏口からクラヴィ氏の所まで案内してくれたのだから。

 そして同じように『貴様の秘密などに、我輩は興味も無いし聞くつもりも無い』と本音とは逆の事を口にすれば今度も簡単に事は進んだ。
「ダンナ・・・ミステリー物って嫌いでしょ」
「ん? ただ単に我輩葉時間を有効に使っているだけだぞ?」

 かなり身も蓋も無いが、実際時間はかなり省略された。今カンディスはクラヴィの案内で公務を行う役所には、あるはずの無い地下通路を進んでいる。・・・実際は非常時の逃げ道として、こういう物がある事は珍しくないがこの通路は、そういう用途には出来ていないようだ。幅が、それ程広くは無い。ついでに言うと、頻繁に人が出入りしているような痕跡がある。

「この先に私の趣味のための部屋とコレクションがある。しっかりついてきなさい」
 前を行くザナドは、広場で見たときよりも厳しい顔で2人を案内する。

 ここに案内するまで彼は、カンディスとザジに色々と胸の内を離してくれた。
 曰く、コレクションを集めることには苦労した事。
 曰く、それよりは盗賊達の元締めと繋がる事の方が簡単だった事。
 曰く、家族や領民に善人として接しているのは、自分の本性を知った時どんな顔をするか想像するのが楽しいからだと言う事。

「・・・状況証拠だけで、真っ黒だな」
「まあ・・・一応物的証拠も見ましょうや」

 しばらく進むと、まるで芸術品のように禍々しい器具が幾つも飾られている空間に出た。
「見なさい、これが私のコレクションだ」
「ほぅ・・・これはこれは」
 カンディスが見る限り、この器具類は・・・拷問用具か処刑用具ばかりだ。

 鞭や三角木馬などもあるが、SMプレイを楽しむためには殺傷力が高すぎる。しかも、ただ飾っているわけではないらしい。道具の幾つかには使用した痕跡があった。
「ダンナ、この牛は何ですかね?」
 ザジの言う牛とは、金属製の雄牛の像だ。中に人間が入りそうな程大きい。

「それは処刑用具だ。中に罪人をいれ、火で像を熱して焼く・・・牛の形をしているのは、中の罪人の上げる悲鳴が中で反響して、外からはまるで牛の鳴き声の用に聞こえるからだったな」
「・・・・・・ダンナ、しばらく肉料理が食べれそうにありやせん」
「・・・・・・我輩だって吐き気で頭が溶けそうだ」

 物的証拠を大量に見せられて、すでにグロッキー状態な2人だったがザナドはそれに構わず語りだす。過去、どんな拷問をしてどのように殺害したか克明に説明し、最後はこの部屋の隅にある水路の一部を改造して作ってある肉食魚の囲いへの入り口に、捨ててきた事まで。
 これまで語る相手が居なかったのか、充分すぎるほど饒舌に語っていた。

「・・・そろそろ良いか」
 ゴソゴソと白い日記帳をカンディスは取り出すと、それの背表紙でザナドの頭をコツリと軽く叩く。
 すると、ザナドはぱったりと倒れ寝てしまった。安らかな寝息が聞こえるが、その寝息はカンディスが日記帳に筆を走らせると、身の毛もよだつ絶叫に変化する。

「ダンナ、何やって・・・って、それ『悪夢の日記帳』じゃないですかい? 対象の夢を操作できる」
 ザジが日記帳を覗き込むと、拷問器具の名前とその器具で拷問されるとか、処刑用具の名前とその用具で処刑されるとか、そんな事が延々と書かれている。
 日記に書いたとおりの夢を見る、この『悪夢の日記帳』でそんな事を書かれたら、うなされるだけではとても済まない。

 このままでは、ザナドが超人並みの精神力を持っていない限り廃人は確実だろう。
「いいんですかい? こいつを操って美味しい所だけ頂くのが、一番楽だって言っていたじゃありやせんか」
 いくらカンディスとその作品と言えど、操る精神が壊れてしまっていたらどうにもならない。

「いや、我輩も程々でやめようとは思っていたのだが・・・リクエストが多くてな」
「リクエストって、あっしは別に・・・」
 この地下室にいるのは、ザナドを除けばカンディスと不審げに首を傾げるザジのみ・・・なのだが、カンディスはキョロキョロと虚空に目を向けて頷いたり、小声で「解ったからそう睨むな」と言ったり、不審な行動を繰り返している。

「えーと・・・もしかして・・・・・・足の無い人ですかね?」
「うむ、しかも団体さんでな。・・・拒否すると呪われそうな勢いで我輩に寄ってくるのだ」
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
 ホラーな状態に、ザジは悲鳴を上げるとたまらず逃げ出した。怨霊の類は、強力な者になればそこらの悪魔より恐ろしい存在なのだ。

 ついでに言うと、見えないことが余計に恐怖感を湧かせる。・・・蒼白のカンディスの顔色から察すると、見えていても恐ろしいようだが。
 結果、ザナドはこれまで行った悪行を自分の身でたっぷりと味わうことになったのだった。

 そして、後に残ったのは時折低く呻きながら、虚空を見つめる領主だった生ける屍。
「だ、ダンナ。悪霊はどうしたんで?」
 プルプルと手近な拷問具の陰に隠れながら聞くザジに、カンディスはにやりと笑っで答えた。

「復讐が果たせて、満足したようだな。成仏して行ったぞ・・・『ここ』へな。
 本来なら天界へなのだろうが、彼女らが惨い最期を迎えようとしている時に助けなかった上に、淫魔である我輩が死後思いを遂げさせてやったというのに、神に彼女らを任せるなぞできないからな」
 カンディスは、右手で小さな黒い陶器製の髑髏を見せながらそう言う。

「でもダンナ、ゲームでポイントになるのは『人間界の知的生物を堕落させるか、殺した時』だけですぜ。何人死者を堕落させても、1ポイントにならないじゃないんですかね?」
「たしかにその通りだが・・・まぁ、何かに利用できるだろう。・・・このまま天界に美味しいところをくれてやるのも癪だからな」
 どちらかと言うと、本音は後半のようだ。もっとも、この貧乏性なら何か利用法を考え付くだろうが。

「ポイントといえば、こいつはどうするかな? 元々こんな堕落しきった奴なぞ今更傀儡にしても、得られるポイントは雀の涙だったろうが・・・面倒だ。こうしよう」
 廃人と化したザナドをカンディスは掴み上げると、それまでザナドが死体の処理に使っていた水槽の入り口へ向けて、放り投げた。

 途端、飢えた肉食魚の群れが立てる水しぶきにザナドは包まれ、見る間に小さくなっていく。
「殺せば一応はポイントも入るだろう。隠蔽工作にもなって、一石二鳥だ」
 カンディスは、自分にとって浪費しかしなかった男の死を冷笑で見送った。

 朝、クラヴィ・ザナドの秘書は廊下で首を傾げていた。今朝になってから急に彼の主人であるクラヴィ・ザナド子爵が一段と精力的になったような気がしたのだ。これまでも、時折おかしな時はあった気がしたが・・・昨日までの彼とは、まるで別人のようになったように感じられた。

 その上、彼に『今、町が抱えている問題や我輩にとって重要な予定をリストに上げ、資料と一緒に持って来い』と命じたのだ。そんな事は、もう知っているだろうに。しかも、朝一番に確認する必要は無いはずだ。
 しかし、自分は秘書でクラヴィは自分の雇い主だ。それに、別人に見えたといっても彼は確かにクラヴィ・ザナド子爵なのだから、多少奇妙な行動があっても従わなければならないだろう。

 彼は、重い書類の山を持って執務室に向かった。

 そして今やカンディスが主となった執務室の机では、カンディスが書類に目を通していた。その胸には、『クラヴィ・ザナド子爵』と書かれた『偽称の名札』を付けている。

「ふむ・・・意外と問題や予定が詰まっているものだな」
 カンディスがざっと目を通しただけで、意外と貴族は忙しい職業のようだった
 予定はまずクラビィが設立した神学校への訪問と特別授業。さらに有力商人が主催する、収穫祭への参加。その直後に別荘に親しい貴族を招いての、親交を深めるための狩猟と晩餐会。貴族らしいと言うべきか、とてもゴージャスな物であった。

 しかし問題の方はシビアな物だ。問題の解決の必要性は差し迫っていなくても、他の町に比べれば少ないが孤児や捨て子は減らないし孤児院は不足気味。大抵は子供の火遊び程度だが、決まった家に住まない不良少女や少年がストリートギャング化している事も問題だし、経済的に豊かなこの町にも格差は広がりつつある。

 極めつけは、町の近くの森でエルフ族とダークエルフ族の大きな部族が、領土問題で小競り合いを繰り返している事だ。直接的には影響はまだ無いが、森の近くにあるこの町がいつ争いに巻き込まれないとも限らない。

「この予定や問題を、如何に淫魔らしくポイントを稼ぎながら片付けるかが我輩の問題だな」
「その前に、これも問題なんじゃないですかね? しかも緊急の」
 にやりと笑うカンディスに、ザジが水をさす。しかしザジの言う緊急の問題に気がついたカンディスは、それに気分を害する余裕も無かった。

「・・・なんで、クロス教の異端審問官が捜査に来るのだっ!? しかも後何日も無いではないかっ!」
「ザナドのやった事が、漏れたんじゃないですかね? まぁ、こうしてご丁寧に書類が届いているって事は、犯人がザナド本人だとは、知られちゃいないようですがね」
 クロス教の体質として、中央と違う教義・・・異端を極端に嫌うと言うものがある。その最たる例が異端審問官である。

 異端審問官は尋問のための拷問や、簡易宗教裁判を行う権限を持っており『血も涙無い』と身内から評されるほど残酷な事をやってのける。悪魔であるカンディスから見ても、彼らが本当に神の徒なのか疑問に感じる程だ。
「まぁ、対悪魔の騎士団やら神官団でないのは幸運だが・・・なんで、ザナドの罪で我輩が肝を冷やさねばならんのだっ! 奴に裁きを下したのは神でも異端審問官でもなく、この我輩だというのにっ・・・」
 答え、ザナド子爵に成りすましているから。つまり自業自得である。

「でもダンナ、来る異端審問官は女みたいですぜ」
「なに? ・・・シーラ・レイビ異端審問官。あのシーラ・レイビかっ!」
 沈んでいたカンディスは、書類に書かれた異端審問官の名前を見た途端椅子から立ち上がった。

 シーラ・レイビ異端審問官。レイビ男爵家の庶子で、類稀な才能と美貌に恵まれ、その信仰心もあって幼くして異端審問官になった才女だ。彼女の活躍は、魔界でも話題になって悪魔の中には極一部だがファンが存在するほどである。

「我輩もファンなのだ。特に不和を撒いて戦争を起こそうとしたバカや、毎年多くの生贄を捧げていたクズを見つけ出し報いを受けさせた時は思わず祝杯をあげたものだ」
「・・・悪魔が神の信徒の活躍に祝杯あげてどうするって気もしますが、ダンナ達淫魔じゃ仕方ないですかね」
 淫魔の類は、人間の数が減ってしまう戦争や獲物を他の同類に捧げられてしまう生贄行為は、歓迎しない者が多いのだ。もちろん、カンディスはその代表である。

「ふむ・・・こうなれば必ずシーラ・レイビを我輩の物にしなければなるまい。母上も魔界にまで名の知れた才女を堕落させたとなれば、我輩を評価してくださるだろうし」
「でも、連れて来る護衛はどうするんですかい? 異端審問官は普通凄腕の護衛を何人か連れてるはずですぜ。イセルヴァにでも始末させるんで?」

「いや、そんなもったいない事はしない。我輩は愚かな浪費家とは違うのだ」
 異端審問官はその仕事の特殊性から、長期間の旅をする事もある。そのため間違いが起こらないように過去の教訓を生かして、異端審問官とその護衛の一行は全て同姓で構成される。
 噂では、シーラの連れている護衛は美女であるらしい。

「あの道具を、ああ使ってこう誘導して・・・おお、ついでにこうやれば合理的だなっ!」
 カンディスは浪費家の行いにも、時には得になる事もあるものだと思いながら、カンディスはどうシーラ一行を歓迎するか、策を練った。

 シーラ・レイビ一行は、護衛の2人と共に訪れた目的と自分達の名前を『登記』した後、ザナド子爵の執務室に向かっていた。それはもちろん、この町で度々起こる住民の行方不明事件を捜査するためだ。辺境よりの町で起きた事件とはいえ、この町は充分すぎるほどに発展しているし領主の教団への貢献も高い。教団上層部が彼女を派遣する程度には。

 年から考えても幼く小柄で、折れてしまいそうな程その身体は細い。銀髪の髪と人形と見間違えるほど完成されたその美貌から、彼女を天使や妖精に例える者もいるが・・・その瞳には狂信的とすら言える、強い信仰心が宿っている。

「リオ、クレミア、これからザナド子爵に事情聴取を行いますが・・・油断しないでくださいね」
「わかってるてっ」
「はい、重々承知しています」

 シーラに続くのは十代後半の金髪と、二十代半ばの黒髪の2人のシスター。どちらも俗世から縁を切るのが惜しいと思える程整った、美貌と身体つきの持ち主だ。このリオとクレミアが、シーラの護衛のようだ。
「爵位は子爵だけど、すっごいお金持ちで王宮にもコネがたくさんあるんでしょ?」
「それだけではありません。慈善家で、様々な福祉政策や貧民の救済策を実行に移しています。信仰にも熱心で町に神学校を設立し、そこで孤児や貧民の出の子供に奨学金を出して教育を施しているそうです」

「すごいじゃない。その内聖人の列に加わりそうね」
「ですが、まだ町には格差が依然として存在し広がり続け、近隣の森のエルフやダークエルフとの外交に手を焼いているようです。・・・もっとも、それを差し引いても優秀な領主である事に変わりはありませんが。
 私生活の面では趣味らしいも趣味は持たず、正妻以外には一切手を出さない愛妻家で家族を愛している事で知られています」
 どうやら、クレミアは情報収集を得意としているようだ。彼女の口からは、次々に情報が際限無く出てくる。

「しかし、あまりにも完璧すぎます。聖人君子を装っているという疑いを感じずにはいられないくらい。もし今回の行方不明事件が、同一犯の仕業なら現時点で一番怪しいのは子爵だという事を忘れないでください」
「・・・相変わらず、クールね。まるで全部聖務に捧げてるみたい」
「当たり前です」
 呆れたように言うリオに、シーラは即答で答えた。

「私は聖務に全てを捧げています。いえ・・・本来信仰とは神に全てを捧げ無私となるべきなのです。
 この頭は神に下げるために存在し、この目は神の奇跡を目撃するために存在し、この耳は神の声を聞くために存在し、この口は神を讃えるために存在し、この腕は神に導かれるために存在し、この脚は神に跪くために存在し、この身体は神に捧げるために存在する。・・・それが信仰です」

「・・・・・・そう」
 正直リオはこのシーラの狂信にリオは、度々ついて行けない事があった。だが異端審問官と言う仕事を考えれば無理も無いだろうと今は考えられるため、護衛を続けている。
「まっ、事件の犯人が悪魔だったり子爵が暴力に訴えてきたら、あたしに任せなさいっ! 片っ端からぶっ飛ばしてあげるから」
 肉弾戦や力仕事担当のリオは、気分を切り替えて拳を握って見せた。

 もっとも、彼女の拳もクレミアの情報も、シーラの才も活かされる事は無いのだが。

 成金趣味がほとんど無く、品の良い内装や家具で揃えられているが何処か無個性な子爵の執務室に通された3人はまず、ザナドの容姿に面食らった。話では柔和な中年男性と言う事だったが、柔和さが全く無い白い片眼鏡をかけた若い男のように見えたが気がしたが・・・気のせいだろう。間違い無く本人だ。

「この度は、我が町の事件を捜査してくださるとの事で、真にありがとうございます。我輩に出来ることなら、何でも協力いたしましょう」

「はい、ご協力に感謝致します。それでは、事情聴取と現時点での情報の開示をお願いできますか?」
「ああ、少々お待ちください・・・はい、大丈夫です。まずは、事情聴取ですね」
 ザナド子爵は、日記帳か何かに書き終えると改めて向き直った。

「はい、ではまず・・・どうしましょう?」
 事情聴取を始めようとして・・・いきなり次の手順がシーラの頭の中から消えてしまっていた。幼くともすでに何度も事件の調査を行ってきたと言うのに、どうしても思い出せない。

「何言ってるの。事情聴取は・・・えーと、クレミアが専門だったわよね」
「そうですね。・・・こういう時は・・・・・・」
 リオとクレミアまでどうしたら良いか分からず、困惑するばかりだ。まるで、頭の中から記憶と知識が消されてしまったかのようだ。

 実は、その通り3人の記憶と知識は目の前のザナド子爵だと偽っているカンディスによって、消されてしまったのだ。使ったのは、『忘却の日記帳』。これに『事件の捜査の方法と知識と、過去の事件の記憶』と書いたので、彼女達は『事情聴取』をするために、どうすれば良いのかがさっぱり分からないのだ。その他にも『クロス教の教義』もカンディスは消しておいた。

 困惑する3人に向かって、カンディスは柔和な笑み(だと自分では思っている)を浮かべながら、提案の形で彼女達を誘導し始めた。
「そうですな・・・まずはその服を脱いだらどうでしょうか? 聖なるお勤めに、旅埃に塗れた格好ではいけないでしょう」

 普段なら、まだ確証は無いとは言えこれから取り調べる相手の提案をきく異端審問官は居ない。しかし、今のカンディスは『双子の片眼鏡』の白い面で、やる事なす事善人にしか見えない。今の提案も、非常識どころか説得力溢れる言葉になってしまう。

「そう・・・ですね。脱がせていただきましょう」
「脱ぐって・・・この場で?」
「もちろんです。一刻も早い事件の解決を主もお望みなのですから」
「はーい」

 3人はごそごそと服を脱ぎ始める。そのまま放り出さず、きちんと畳んで置く所に品の良さが感じられる。
 リオとクレミアは、服の上から見た印象通り乳房も尻も充分に肉がついていながら、腰は括れているという素晴らしいスタイルをしていた。
 シーラも実は着痩せするタイプ・・・っと言う事は無く、胸の膨らみはほとんど無く尻も小ぶり。しかし、その人形のような華奢な肢体は、思わず蹂躙したくなる欲求を感じさせた。

「ザナド子爵も服を脱ぐのですか?」
「ええ、私にそのつもりはもちろんありませんが、私が凶器を持っていたら大変ではないですか。それに、私は取調べを受ける身ですからね。あなた方が服を脱いでいるのに、私だけ着ているというのも・・・」
「それも・・・そうですね」
 何かおかしい気がしたが、クレミアは首を傾げるがその程度だ。

「では、早速事情聴取を始めます」
 カンディスの裸体にも動じず、クレミアが仕切り始める。本格的な拷問はともかく、事情聴取の段階では彼女の担当なのだろう。

「それでは質問しますが・・・質問しますが・・・えー、そのぅ・・・・・・そうだ、行方不明になった少女達と面識はありますか?」
 捜査方法・・・つまり事情聴取の時質問する事柄を忘れている状態にしては、クレミアは良い質問を思いついた。

「実は・・・我輩は行方不明になった者の内2名に、行方不明になる前日に会った事があるのです」
「本当ですかっ!?」
 クレミアはいきなりの重大新情報に、早速崩れてきたカンディスの演技に気がつく事も忘れ、驚き目を見張った。シーラもリオを、思わず身を乗り出す。

「行方不明になった少女2人は、我輩に懺悔を聞いて欲しいと面会を求めてきたのです」
「懺悔を? 貴女は聖職者ではないはずですが?」
「ええ、その通りです。正確には、懺悔ではなく自分達が関わってしまった犯罪の告発に来たのです」

 サラサラと、嘘八百を並べ立てるカンディス。内容はともかく、上辺だけなら何時でも淫魔から詐欺担当の悪魔になる事が出来る嘘つきぶりである。

「彼女達のおかげで、この町で起きた幾つかの組織犯罪について大変貴重な情報を手に入れることが出来ました。しかし、彼女達はそれに褒美を求めるどころか、『犯罪に関わってしまった罪深いこの身を、罰してください』と私に自分から願い出たのです」

 ここ一帯の地域では、クロス教の教義に関する事柄以外の裁きに関しては、法律で一応の罰則が決められているが権力者がかなりの融通を利かせることが出来る。裁く側の権力と、裁かれる側の犯した罪にもよるが。
「彼女達は、情報提供の見返りに自分達の罪を軽くしてくれとも言わずに、逆に裁いてくれと申し出たのです。
 その清い心に我輩は感動を覚え、罪に・・・このまま安易に赦しては、彼女達の心の中にある罪悪感は彼女達自身を何時までも苦しめ続けるだろうと判断した我輩は、彼女達をあえて罰する事にしたのです」

「・・・そんな記録は見ていませんが?」
「はい、書類には残していないのです。公的に罰せば彼女達の名誉に傷がついてしまうので、我輩が私的に罰を与えました」
 ここでザナド子爵の偽善者ぶりが役立った。普通の貴族なら情報提供者とは言え、平民のためにそこまでしないものだが、ザナド子爵の日頃の行い(表向きの)なら、ありえるかも知れないと思わせる事ができたのだ。

「では、どんな罰を与えたのか教えてくれませんか? もちろんこの事は私達も内密にしておきます」
「はい、こちらにおいでください」
 カンディスは執務室の机の脚を操作すると、ゴトリッと音を立ててザナド子爵の自慢だった地下室への隠し通路の入り口が壁に開いた。

「これは・・・一体なんですか?」
 シーラは、目の前に置かれた鞭や三角木馬や拘束具等を眺めて首を傾げた。異端審問官としては馴染み深いはずの拷問具も、今の彼女には奇怪な物体でしかない。

「っと、言うかここは何なの? とてもプライベートルームには見えないんだけれど」
「はい、ここは私の一族が昔から自らを悔い改め、罪を清めるための懺悔するための道具を置いておくための部屋です。
 この部屋で彼女達2人の罪悪感を晴らすために、我輩は彼女達を罰したのです」

 姿隠しの術で隠れているザジが、笑い出すのを懸命に堪えなければならない事を、カンディスはやはり真顔で言い切った。もし、クラヴィ・ザナドの先祖がこの嘘を聞いたら、化けて出て来る事だろう。

「でも・・・自分を戒めるための体罰としては、道具の殺傷力が高すぎませんか?」
 置いてあった鞭の1つを手に取ったクレミアが、そう疑問を口にする。そう感じて当然である。この部屋は肉食魚の水槽への入り口に蓋をして塞いだ以外は、以前置かれていたザナドのコレクションである拷問具や処刑道具がそのまま置かれている。『スペースの無駄』なので、出来る事ならカンディスも処分したいのだが時間が無かった上に殆どが大きくて運び出せなかったのだ。

 その代わり、カンディス好みの道具も少し持ち込んであるのだが。

「ふむ・・・つまり、我輩が彼女達に罰を与えると言って、ここの道具で死に至らしめたのではないかっと、お疑いな訳ですな。では、その疑いが真実か誤解かを確かめるには、再現するしかありませんな」
「再現、ですか?」
「ええ、再現ですとも。我輩はあの2人の勇気ある少女にしたのと、まったく同じ事をこの場でもう一回行います。それで、もし我輩の行いが拷問や処刑に類する行為だと判断できれば、我輩は罪人決定。逆ならば、無実が明らかになるわけです」

 色々と突っ込み所の多い(例えば、真実を偽り無く再現しているのか当人以外は分からない事等)捜査方法を提案するカンディスに、しかしクレミアとリオは名案だと言わんばかりに頷く。
「ならあたしとクレミアが、その勇気ある女の子役ね。シーラ様、もしあたし達が死にそうになったら、ちゃんと助けてね」
「そうですね。・・・お願いします」

 そう言いながらリオとクレミアが自分から前に出るのを、カンディスは笑顔に歪みそうな口をどうにか堪えながら向かえた。
「ご安心ください・・・っと、我輩が言っても説得力が欠けるかもしれませんが、ここにある道具は見かけだけでそれ程危険な物はありません。お2人にもすぐにそれがご理解いただけるでしょう」

 ご理解いただけるでしょうとは言っても、実際にはこの部屋にあるのは完全に拷問器具の類のみ。三角木馬を使えば股間が裂けるだろうし、鞭を振るえば皮膚はズタズタになり肉も抉れ骨が顔を見せるだろう。
 しかし、そうはさせないのがカンディスが唯一この部屋に持ち込んで置いた道具とザジの役目だ。

 自分と同じく『姿隠し』の術でシーラ達から隠した『髑髏教授の数学盤』に、ザジが数式を書いていく。

 この部屋の道具の数式 殺傷力 ÷ 100 + 快感 = 痛みだけで殆ど肉体を傷つけず、快感を与える拷問道具。

 リオとクレミアの数式 敬虔な信徒 + マゾ性 =敬虔でマゾな信徒。

「お2人とも、我輩の罰に耐えられなくなったら『もうダメ』だと正直に言ってください。やせ我慢は身体に毒ですからな」
 ザジが指示した通りの内容を書いたのを確認して、カンディスは2人にそう言ってこの部屋にある道具がどれくらい苦痛を与えるのかを、針小棒大に説明し最後に『如何にお2人でも、耐えるのはつらいだろう』と締めくくった。
 『双子の片眼鏡』をその間だけはずして。

「いいからさっさと再現しなさいっ! あたし達がこんな事で降参すると思ったら大間違いよっ!」
「まったくです。素人の、それも懺悔目的の拷問の真似事など大した事はありません。私達が貴方の無実を証明してご覧に入れましょう」
 2人は、カンディスの挑発にあっさりと乗ってしまった。リオはともかく、普段なら冷静なクレミアまで。素人の気遣いに見せかけた挑発は、2人のプライドを傷つけたようだ。

「では、まずはクレミアさん・・・どうぞこちらに」
 カンディスがどうぞと手で指すのは、三角木馬だ。これがSMの道具でないことは、木馬の背に金属が使われていて角度がきついことから明らかだが・・・その殺傷力は本来の1パーセント程しかない。今なら、乗っても血が流れるどころか、せいぜい皮膚の弱い場所や粘膜が腫れるぐらいで済むだろう。

「三角木馬ですか・・・分かりました」
 クレミアは横に置いてある踏み台を使って、三角木馬に跨ると・・・顔をしかめた。
「思っていたよりも、痛く作ってありますね。しかし・・・痛いだけでこれで死ぬ人はいないでしょうが」
 感じる痛みはそのままだから、『懺悔のための道具』と言うカンディスの説明の説得力はシーラにとって増しているようだ。

「しかし、シーラ殿。今クレミア殿は腿に力を入れて股間に体重がかからないようにしています。我輩が罰を与えた少女達はそのような事出来ませんでしたが・・・」
「なるほど・・・たしかに腿に力が入っていますね。クレミア、力を抜いてもらえますか?」

「は、はい・・・うっ、くぅ」
 言われた通り、クレミアは腿に入っていた力を緩める。その途端、それまで腿で分散させていた体重が股間に集中してしまい、たちまち痛みと・・・何故か快楽で上がりそうなる悲鳴を洩らしてしまった。そして、やはり反射的に腿に力を入れてしまう。

「シーラ殿、我輩は少女の片方をこの三角木馬に跨らせた後、この重りを脚につけたのです」
 そう言ってカンディスが出したのは、棚に置かれていた足かせに鉄球の付いた重厚な重りのセット。1つ約5キロの重りは、普段ならともかく今のクレミアには重すぎる。

「これを、ですか。では付けてください。
 ・・・クレミア、どうですか?」
 カンディスが重りを二つともクレミアの脚につけ終わるのを見届けてから、シーラはクレミアにそう質問した。何が『どう』なのかとは、もちろん『これは死に至りかねない程過酷な罰なのか?』と言う意味だ。

「いえ、痛みはありますが、これでは・・・。それに、身体が熱くなって、うぅっ! くっ・・・」
 ジワジワと重りと汗で、腿がすべり始め股間にかかる体重が増していくクレミアは、最後まで言い終えることが出来ずに喘ぎ始める。

「熱く・・・ですか?」
 一方シーラは、痛みはともかく何故身体が熱くなるのかが理解できない。痛みが激しくて、灼熱感のように感じる事がある事は知っているが、もしそれだったとしたら相当危険なはずだ。クレミアが言葉を濁す理由が無い。

「おそらく、クレミアさんは神に懺悔し罪から解放される事に喜びを感じていられるのでしょう。
 ご覧くださ・・・いっ!」
 カンディスは壁にかかっていた鞭から比較的痛みの少なそうな物を選ぶと、素早くクレミアの背に振り下ろした。殺傷力がほとんど無いとわかっているから、いつもより行動に躊躇いが無い。

 ピシィィィィッ! っと、クレミアの背を鞭が打つがやはり背中が赤くなる程度で済む。
「あぐぅぅうぅっ!? はぁっ、うう・・・」
 ビクンと、打たれた瞬間クレミアは背を弓なりに反らすと小刻みに身体を震わせながら荒い息をつく。軽くイってしまったようだ。

「ほら、感じているでしょう?」
「たしかに・・・そのようですね。
 クレミアっ、恥を知りなさいっ! 聖務の最中に淫するなど、主への冒涜以外の何物でもありませんっ!」
「わ、私は感じてなど・・・」

「偽りを言わないでください。あなたは仮にとは言え懺悔をしているのですよ? 良い機会ですから、この場で真実を主に申し上げ罪を悔い改めなさい」
 上司の叱責に抗弁しようとしたクレミアを遮って、シーラは有無を言わさず懺悔を命じた。捜査の最中でも見逃す事は出来ないようだ。

「はい、私は・・・聖務の最中に、うっ、く・・・発情してしまいました。三角木馬の角が、私の性器に食い込むと身体が熱くて、鞭で背中を叩かれると、背中が・・・あぁっ」
「言葉を途切れさせてはいけません。正確に、言いなさい」
「はいっ、背中が蕩けそうになってしまうんです。ああっ、今もイきそうなのを、必死で我慢して・・・」
 懺悔している最中でも、クレミアの快楽は高まっているようだ。今のクレミアには、上司の叱責も懺悔も言葉責めでしかない。

 世にも珍しい敬虔な神の使徒の言葉責めを聞きながら、カンディスはリオに使うための拘束具を準備していた。
「ザナド子爵、その拘束具を使ってどんな事をするの?」
 リオが『これは不安だから訊くんじゃなくて、ただの好奇心だから』と言うような顔で質問するが、その演技の下の不安がカンディスには透けて見えた。

「もちろん拘束するのですが・・・その後我輩はリオ殿を辱めます」
「辱めるってっ・・・拷問で罪を清めるんじゃないのっ!?」
「何を言われますリオ殿、辱めることで自分が罪人であり、惨めな存在であると言う自覚を促すのです。それが改心につながり、己を律する心を育てることになる。・・・そうは思いませんかな?」

「それも・・・そうなのかしら?」
 もっともらしい事を並べ立てられて、首を傾げながらもリオは大人しくカンディスに言われるままに、腕や脚を拘束される。
 その身動きの取れなくなったリオの視界の外で、カンディスがローション・・・ごく少量の『淫花の香水』に使う媚薬を混ぜたローションを手に取る。

「それではリオ殿、これよりあなたの肛門で我輩と性交していただきます」
「肛門でっ!? つまりお尻の穴出って事っ!? 何でそんな所で・・・汚いし、そもそもあたし達は・・・えーとそう言う事はダメなんじゃなかったけ?」
 リオの記憶から姦淫をするべからずと言う戒律は消えているが、貞操観念までは消えていないため少し言いくるめる必要があるようだ。

「肛門で性交を強要される事にこそ意味があるのです。女性としての部分を無視され、排泄期間でしかない場所を犯されると言う事は、女性として屈辱的だと思いませんかな? それに、たしかに純潔を守るのは大事ですがこれから犯されるのは肛門。問題は無いでしょう」
「そうかなぁ? えっ、ちょっと何やって・・ひうっ!?」

 ぬめりのあるローションを、カンディスはリオの肛門に塗りつけていく。ローションは潤滑油となって、硬く閉じていたリオの肛門を開きやすくする。
「あ、熱いっ、気持ち悪いけど・・・何で感じるの? お尻の穴を弄られてるのにぃ・・・」
 ごく少量でも強力な媚薬はすぐに粘膜からリオの体内に吸収され、発情を促す。

「それでどうですかな? この時点で我輩のこの行いのせいで少女達が死に至ったと思うのなら、この先まで実行する必要はありませんが」
「・・・・・・それは・・・」

 お尻の穴でセックスするなんて、とんでもない。でも・・・それだけの理由で事件の捜査をやめるのは良くない。それに、さっきからお尻が熱くて、弄って欲しくてたまらない。・・・別に、お尻ならいいかな? 間違っても妊娠しないし。

「まだ、わからないから、やってみて。お尻の穴を弄られて、死んじゃう人間がいるはずないし」
「では・・・初めてでしょうが、正確に再現するために激しくいきますよ」
 そう断って、カンディスはほぐれたリオの肛門にペニスを押し付けると、ねじ込むように突き入れる。

「うっ・・・ぐぅぅうぅっ! あがぁぁぁぁ・・・・」
「どうですかな? これで死んでしまう人間はいますかな?」
「わ、わかんないっ、まだわからないから、もっとお尻ほじってぇ!」

 ずぶりと根元まで突き刺したら、逆に亀頭が抜ける寸前まで引き抜いて、それから尻の肉に叩きつけるようにまた突き入れる。
 パンパンと自分の尻の肉とカンディスの腰がぶつかる音を聞きながら、リオは大きな快楽に酔っていた。

「お尻の穴あついぃっ! 熱いのが、とっても気持ち良いのぉぉぉっ! もっとぉ、もっとお尻の穴めちゃくちゃにしてぇぇぇえっ! 死んじゃうくらい、お尻熱くして欲しいのぉぉぉおぉっ!」

「いやいや、そこまでしてしまったら我輩有罪なのだが・・・まぁ、それでも良いか」

 ふとシーラが気がつくと、クレミアもリオも静かになってしまっていた。
 クレミアは結局、懺悔を始めて4回目の絶頂で失神してしまった。懺悔の最中にイってしまうのだから、何時までたっても懺悔が終わらなかったのだ。

 リオは、拘束されたままぐったりとしている。肛門がだらしなく半開きで、そこから精液をどろりと垂らしているが、クレミアと同じように失神しているだけだろう。
「・・・とりあえずザナド子爵、あなたの無罪ははっきりしたようですね。懺悔として適正だったかはともかく、これで死に至る人はいないでしょうから」

「それは喜ばしい。ところで・・・1つ質問をしても良いですかな?」
「構いませんが、何か気になることでも?」
「あなたの身体は誰に捧げられているのかなと・・・」

 ザナド子爵の質問に、シーラは軽いため息をついた後答えた。こんな当たり前の事を、何故わざわざ言わなければならないのかと。
「私の身体は、全て神に捧げています。
 この頭は神に下げるために存在し、この目は神の奇跡を目撃するために存在し、この耳は神の声を聞くために存在し、この口は神を讃えるために存在し、この腕は神に導かれるために存在し、この脚は神に続くために存在し、この身体は神に捧げるために存在するのです」

 その返答に、ザナド子爵は何事か持っていた手帳か何かに短くペンを走らせると、「もう一度」と言った。仕方が無いので、シーラは同じ答えをもう一度答えようとした。
「私の身体は・・・身体は・・・誰に捧げたのでしょう?」

 思い出そうとしても、思い出せない。とても大切なはずなのに、一日たりとも忘れたことなど無いはずなのに、どうしても思い出せない。

「では、どのような信仰をしていたのですかな?」
「それはもちろん・・・もちろ・・・ん・・・?」
 思い出せない。祈りをどうやって捧げるのかも、何時礼拝すればいいのかも、そもそも礼拝とは何だったのかも。
 何が神聖で、何が邪悪なのか。
 何が正統で、何が異端なのか。

 自分は信仰の正統を守るために、神聖な職務についていたはずなのに何も思い出せない、わからない。それがどうしようもないほど恐ろしい。凶暴な犯罪者や異端者の持つ刃も恐れなかった自分が、恐怖している。脚が振るえ、視界には涙が滲んでいる。

「教えてください・・・教えてくださいザナド子爵っ! 私は何を信じていたのですかっ!? 私は何を行えばいいのですかっ!?
 教えて・・・ください・・・」

 がっくりとシーラは膝を床に着くとうな垂れてしまう。
 人格と言うものは、幾つかの柱によって構成されている。欲望や愛、忠誠心や虚栄心、そういった物が人格を構成し意思を形作る。

 幼いと言えど、強靭な意志を持つシーラ・レイビの柱は信仰と言うたった1本。太くて並大抵の事では折れない強靭な物だが、それがそっくりそのまま消えてしまえば? 例えば忘れるなどして。
 柱をなくした人格はあっさりと崩壊し、シーラ・レイビ異端審問官から、ただの幼い少女シーラ・レイビとなる。

「ふむ・・・では、教えてやろう」
「っ! 本当で・・す・・・か?」
 不安に苛まれ、震える腕で自分を抱きしめていたシーラはカンディスの言葉に顔を上げ・・・そして、蝙蝠のような黒い翼を生やした、カンディスを目にした。・・・その足元には、名札のような物が落ちている。

「悪魔っ!?」
「そう悪魔だ。しかし、何をそこまで怯える必要がある? シーラよ、お前は我輩に、このカンディスにその身と信仰を捧げていたというのに」
「そんな馬鹿な事が・・・」

「あるはずが無い、か? なるほど、過去を否定するのも良いだろう。お前は惜しいが、我輩の元を離れるというのなら仕方が無い。お前は自由だ、何処へなりとも入って好きに生きるがいい」
 余裕の笑顔でそういう悪魔に、しかしシーラは何も言い返す事が出来なかった。

 自由? 好きに生きる? それは生まれたときから戒律に縛られ、信仰こそ唯一無二の生きる道、善悪の判断基準であると信じてきたシーラにとって、解放の言葉ではない。飼い主が飼い犬に「お前はもう要らない」と、捨てる前に言われる言葉に等しい。

「いや・・・自由なんていやっ! 好きになんて生きたくないっ! お願い、何をすれば良いのか、何をしちゃいけないのか教えてっ! 私それを守るからっ! 何でもするからっ・・・私を導いて・・・」
 何が正しいのか、何が悪いのかなんて考えたくない、わからない。でも、正しくいなきゃいけない。

「良いだろう・・・では我輩がお前にもう一度教えてやろう。戒律や信仰についてな」

「あぐぅっ、ひぎっ・・・・あぁーっ!」
 艶のある悲鳴を上げながら、人形のような細い肢体と腰をシーラはカンディスの上で躍らせていた。その性器はすでに何度か膣内に出されたのか、処女だった証と精液の混ざった液体がカンディスのペニスが出し入れされるたびに漏れ出ている。

「さて、復習だシーラ。お前の身体は誰の物かな?」
「それは・・・カンディス様の物ですっ!」
 ずちゅりにちゅりと、淫らな音を立てて腰を上下に動かしながらシーラは答えた。

「私の瞳はカンディス様のお姿を映すためにっ! 私の口はカンディス様を讃えるためにっ!」
 私の下で笑っている男は、悪魔だ。それも、女を堕落させる淫魔。それで、私を堕落させようとしている。

「私の耳は、カンディス様の言葉責めを聞くためにっ! 私の胸はカンディス様にっ、吸ってぇ・・・」
 私が以前はこの男以外の存在を崇めていた事も、知っている。

「私のお尻はカンディス様に辱めてもらっ・・・あぁぁぁあぁあぁぁーっ!」
 私の今している行為が、とても淫らな事だという自覚もある。

「どうした? まだ途中だが達してしまったか?」
「わらひの・・・おまんこはぁ、カンディス・・・様の、おチンポを・・・」
 それでもいい。私を縛ってくれるから。

「楽しませる・・・ために、ありますぅ」
 自分の膣に流し込まれる精液と同じ様に白く濁っていく意識の中で、シーラはそれでも幸福だった。

「さて、次は何に手を出すかな?」
 カンディスは手に入れた3人の元異端審問官を床に寝かせて、この町の問題について考えていた。
 もちろん、この町をよりよくするためではなく競技のポイントと自分の楽しみのためだ。

「とりあえず、エルフとダークエルフは厄介なんじゃないですかね? 連中は子供でも魔力が使えるって、聞きますからねぇ。
 今回みたいに、上手くいくとは限りませんぜ?」

 シーラ・レイビの様な意思が強い固体や、魔力を持つ者に道具の効力を行使するのは若干難しい。
 大量の魔力で力押しに頼るか・・・対象が自ら道具の影響下にある事を希望するか。

 幻術で台帳に見せかけた『忘却の日記帳』に自分達から名前を登記させ、それを『姿消し』を使ったザジがこっそりカンディスに届けるという手段で、どうにかなった。
 今回はザジが大活躍である。・・・目立っていないけど。

「そうだな。そっちはアリタを呼んで準備させるか。後は治安と孤児、それに不良少女の問題だな。格差は、短期計画ではどうにもならんから、置いておくとして・・・。
 ふむ、これはもしかして関連性のある問題かも知れんな」
 孤児が増え、教育が受けられない子供達が不良化しストリートギャングもどきになり、治安が悪くなる。それが全てではないが、関連性が無いとも言い切れない。

「・・・こいつらの事もあるし、次はそれらの問題を一度に解決してみるか」
「そりゃまた、働き者なこって」
 ザジはそう主人を皮肉りながらも、楽しい悪戯の予感に笑みを零さずにはいられなかった。

< 続く >

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