誰が為に銃声は鳴る 外伝「疾風の女盗賊」(前編)

外伝 「疾風の女盗賊」(前編)

プロローグ

 夜の帳が町を優しく包んでいる。

 町の外れにある荒くれ達御用達の安酒場、そこのカウンターの端で一人の女が酒を飲んでいた。
 年齢は23、4といったところだろうか、はっきりとした二重瞼に藍色の瞳、肉厚で扇情的な唇が艶めかしい。
 豊満な胸を窮屈そうに服の中に押し込み、ボタンをいくつか外している事で双丘の深い谷間が強調されている。
 しなやかな筋肉質の体は女性にしては高い身長と相まってまるで黒豹のようだ。 
 背中の中程まで伸ばしているチリチリと細かくカールしたウェービーヘアの黒髪も、女のセクシーさを増すのに一役買っていた。

 普通、これ程の美女がこんな場所で一人酒を飲んでいたら無事には済みそうに無いが、女の隣に腰を下ろし彼女を口説こうとする荒くれは一人もいない。
 この酒場にいる者は皆知っていたからだ。
 彼女――マリッサ――の腰にいくつも吊るしてある細い鍔無しナイフの腕前を。

 マリッサの本業は盗賊だ。それもこの近辺ではかなり有名な盗賊で、『闇風(ダーク・ウィンド)』というあまりセンスがあるとは言えない二つ名まで頂戴していた。
(ま、この肌のせいだろうけどね)
 マリッサは自分の浅黒い肌を眺める。

 彼女は黒人と白人のハーフだった。・・・・・・と言えば聞こえはいいが、実際には黒人奴隷だった母親が白人にレイプされて生まれた子供だ。
 だからマリッサは自分の父親の顔も知らない。
 母親は彼女を養う為懸命に働き、それが祟り過労で若くしてこの世を去っていた。

 黒人奴隷政策自体は20年程前に撤廃されていたが、急激に待遇が良くなった訳では無い。
 むしろ奴隷という言葉が大っぴらに使えなくなっただけで、差別自体はなんら変わりなく存在していると言ってよかった。
 そんな中、幼くて学は無く手に職も無いマリッサの選べる道は三つしか無かった。

 すなわち労働者という名の奴隷になるか、娼婦になるか、・・・・・・犯罪者になるか、だ。

 手先が子供の頃から恐ろしく器用で足も速かったマリッサは泥棒になる事にする。それだけの話だった。後悔は無い。
(ま、人には適材適所ってもんがあるしね)
 それが彼女の考え方だった。
 だが、彼女にもプライドはある。盗みに入るのは多少の金品が無くなっても生活に困る事の無い裕福な家のみに決めていたし、盗んだ金の一部はスラムの浮浪児達に分け与えていた。
 別に義賊を気取るつもりは無かったが、過去の自分を重ね合わせていたのかも知れない。

第1章

 酒場のスウィング・ドアが静かに開けられる。盗賊ならではの用心深さで入って来た人物の姿を確認したマリッサの顔がたちまちしかめられる。
 それは彼女がこの世で一番会いたくない人間だった。
 ドアを開けた男は悠々と店内を横切ると当たり前の様にマリッサの隣に腰を下ろす。

「なんだい、しばらく見ないと思ったら生きてたのかい・・・・・・レックス」

 数週間前からこの町に現れていうという情報は仕入れていたが、あえて知らなかった振りをする。
 わざわざこちらの情報を教えてやる義理は無い。
 マリッサはレックスの事が大嫌いだった。・・・・・・この男は毒蛇の様な奴だ。ちょっとでも隙を見せると一瞬でガブリと来る。
 人情家のマリッサにとって他人を自分の道具の様にしか考えてない傲慢な性格も許せなかった。
 4、5年前一緒に組んで何度か仕事をした事がある。その最後の仕事でマリッサを捨て駒にして自分だけ逃げ出した。
 なんとか逃げ切ったが、それ以来なるべく顔を合わさないよう気をつけていたのに・・・・・・。

「俺が生きてちゃ駄目みたいに言うじゃねぇか。まぁ、そう思ってんだろうけどよ」

 レックスはマリッサの敵意を軽く受け流し、バーテンにスコッチを注文する。
 こういうスカした所もマリッサは気に喰わない。
(男ならバーボンかジンを飲みなってんだ)
 苛立ちを抑えながら、冷淡に言う。

「で、誰が隣に座っていいって言ったんだい? 出来ればあんたの顔は二度と見たく無かったんだけどね」
「変わってねぇな。お前みたいにはっきりものを喋る女は好きだぜ。腹の探り合いをするより楽でいい」
「あんたに褒められても嬉しくも何ともないよ。用事が無いんだったら他の席に行きな」

 レックスはスコッチが注がれたグラスを傾けながら、何気ない口調で言う。

「いや、もう一度俺と組まねぇかと思ってよ」
「ゴメンだね。・・・・・・これで話は終わりだね、さっさとどっかに行きな」
「そう邪険にするなって。実はお前に見せたいものがあんだよ」

 そう言って腰のホルスターに手を伸ばそうとするが、その時には既にマリッサの右手はナイフを掴んでいた。

「止めときな、レックス。この距離なら絶対にあたしの方が速い。あんたがそれを抜く前に手首を掻っ切ってやるよ?」
「はは、怖ぇな。珍しい銃が手に入ったんで見せようとしただけだぜ?」
「フン、どうだか」
「まあいいや、今日は顔見せだ・・・・・・また会おうぜ」

 来た時と同じようにレックスは悠々と酒場を出て行く。それを苦々しげな表情で見送ってから、マリッサは飲みかけだったテキーラを呷る。
 ―――――酒の味が一気に不味くなった気がした。

 数日後、仕事の下見の為、夜の町に繰り出していたマリッサは複数の人間に尾行されている事に気づく。
(この距離で気づかれてるんだ、大した腕の連中じゃ無さそうだけど、どうしようかね)
 マリッサはこの町の裏を取り仕切るボスに上納金を納めている。いきなり命を狙われる様なヘマはしていない筈だ。
(一旦撒いてから逆尾行をかけて、依頼者を突き止めた方が早そうだね)

 マリッサのナイフの腕前は確かなものだったが、彼女は出来るだけそれを使わない様にしていた。
 出来れば他人を傷つけたくないし、自分も傷つきたくない。
 他人を傷つければ禍根を呼び、常に復讐の影に怯えなければならない。自分が傷つき、それがもし致命傷だったらどうするのだ?
 盗賊の損得勘定と生来の人情的な性格で、こういう時マリッサは常に逃げる事を優先していた。

 ―――――マリッサの誤算は尾行者がそんな彼女の性格を熟知していた事だった。

 尾行者の数は十人程度に増えていた。もう尾行とは言えない、明らかに襲撃レベルだ。
 前後から人数をかけられ、脱出路も見出せないままマリッサは袋小路に追い詰められていた。

 夜目の利くマリッサは襲撃者の姿に驚きを隠せなかった。その全ての人間がこの前レックスと会った時酒場に居た人間であり、彼女の顔見知りだったからだ。
 全員が脛に傷持つ連中だったが、命を狙われるような事をした覚えは無い。

 そして人垣の中から現れたのは彼女が一番会いたくない人物だった。唇の端を歪める皮肉げな微笑に悪寒がする。

「よう、奇遇だな。こんなとこで会うなんてよ」
「ふざけんじゃないよ、レックス。こりゃあ一体何のマネだい?」

 咄嗟にナイフを抜き両手に構える。蜂の巣にされる理由を作っただけかも知れない危険な行為だったが、レックスは自分の投げナイフの実力を知っている。
 10m以内なら絶対に外す事は無い。
 もちろん殺してしまえばハッタリにはならないが、自分の命が危ないとなれば包囲を解かすきっかけにはなるかも知れない。

「そう殺気立たれちゃ話もできねぇな・・・・・・おい、お前とお前ちょっと盾になってくれよ」
「ああ」
「分かったよ、レックス」

 レックスがそう言うと指名された二人の男が躊躇無く進み出て彼とマリッサの間に立ち、射線を塞ぐ。

(なんだってんだい)
 マリッサはその異様な光景に寒気を感じる。こいつらだってあたしの腕は知ってる筈だ、命を握ってるから殺されるはずは無いってタカをくくってるのか?
 だからって万が一って事を全く考えてない様な、そうする事が当たり前って素振りはおかしい。

 ・・・・・・ごちゃごちゃ考えててもしかたない、こうなったら口でなんとかするしかないか。
 素早くそう考えると、マリッサは恐らくこの襲撃の首謀者であろう男に向けて口を開く。

「いいのかい、レックス? あたしはこの町のボスに金を払ってる。あたしに手を出すと只じゃ済まないよ」
「ああ、グレッグとかいう野郎か? アイツと俺とはもう『親友』なんだ。お前の命も好きに使っていいとよ」

 皮肉げに笑うレックスの言葉にマリッサは戦慄する。
 確かにグレッグは金と女に汚い男だったが、彼女の知る限りそういう所で義理を欠くような人間では無かった筈だ。
(コイツが何かしたってのかい? 何? 一体何が起こってるていうのさ?)
 平静さを装ってマリッサは尋ねる。

「それで? あんたはあたしを殺すつもりなのかい? 立場が逆な様な気がするけどね」

 目の前の男達が陰になりレックスの姿は見えないが、マリッサの耳にはリボルバーのシリンダーを回す音が聴こえていた。

「殺す? 馬鹿言うなよ。ちょっとした遊びに付き合って貰うだけだ・・・・・・魔弾№.5<誤認>」

 パァン! 乾いた銃声が響き、二人の男の肩越しに突き出された銃から発射された弾丸がマリッサの胸に命中する。
(ッ! クソッ! 撃ちやがった!)
 マリッサは慌てて傷を確認するがそこには傷などなかった。大体胸を撃ち抜かれて立っていられる状況が異常だ。撃ち込まれた弾丸が体に拡散していくような奇妙な感覚はあったが、体自体は全くの無傷だった。
 マリッサの目に激しい敵意が燃え広がる。姿勢を低くしいつでも攻撃出来る態勢をとる。

「あたしに何をしやがった!!」
「だから言ってるじゃねぇか、楽しい遊びだってな・・・・・・ところでお前の持ってるもん、それが何かお前には分からない」

 レックスの言葉にマリッサは呆気に取られる。
(はぁ? 何を言ってるんだい? あたしが持ってるのは・・・・・・あれ?・・・・・・持ってるのは・・・・・・え?・・・・・・あれ?・・・・・・これって・・・・・・何だっけ?)
 マリッサが持っているのは彼女が普段使い込んでいるナイフに間違い無かったが、今の彼女にとってそれはいかにも頼りなげな、薄っぺらい金属の棒に過ぎなかった。
 自分はこんな物で拳銃に立ち向かおうとしていたのか? 今の自分は丸腰じゃないか。こんな状態で戦える訳が無い。

「どうした? それはお前の得意のナイフじゃねぇのか?」

 レックスがからかう様な調子で聞いてくる。
(バカなこと言ってるんじゃないよ)
 マリッサは考える。ナイフは知ってる、何かを切ったりする時に使う道具だ。でもこれはナイフなんかじゃない、何か別の道具だ。どう使えばいいのかさっぱり分からない。
(ちぃっ、ナイフさえあれば・・・・・・どうして今日に限って忘れてきたりしたんだろう?)
 マリッサは用途の不明な金属の棒を投げ捨てて啖呵を切る。
 丸腰とはいえ、弱みを見せたら付け込まれる。

「で、なにかい? 丸腰の女を男十人も集めてどうにかしようって訳かい? つくづく見下げ果てた野郎だね」

 精一杯の冷笑を浮かべてレックスを睨みつける。
 それでどうにかなるとはマリッサ自身も思って無かったが、レックスは楽しそうに言う。

「そりゃそうだ。全くもってお前の言う通りだよ。丸腰の女を襲うなんて、スマートじゃねぇよ。・・・・・・はは、その通りだぜ」

 馬鹿にしたようにマリッサに一瞥をくれると、後ろに控えている男達に声を掛ける。

「おい、てめぇ等もう帰っていいぞ」
 
 突然の命令に何の異も唱える事無く、レックスに別れの挨拶をすると男達は帰って行く。
 襲撃の駒に使われ、盾にされ、これからという時に帰される。その事に文句を言う奴が一人も居ないのは、普段の彼らを知っているマリッサにとっては不気味な光景だったがこれはチャンスだった。
 レックスは妙な銃を持っていて自分は丸腰だ。でも奴一人なら隙を見て逃げ出せる可能性がある。
 何とか奴に隙を作らせたい。そう思ってマリッサはレックスに話しかける。・・・・・・それが自分の首を絞めるとは知らずに。

「で、さっきの銃は何なのさ? 空砲って訳じゃないんだろ? 確かに体に何かが当たった感覚があったしね」
「いや、只の空砲だぜ? 発射音が鳴ったから撃たれた様な気がしたんだろ・・・・・・これから先、俺がお前に銃を撃つ事があってもそれは全て空砲だ」

(そうか、只の空砲だったのかい)
 マリッサはとりあえず安堵する。確かに体に何かが当たった様な気がしたが、今となってはその記憶も曖昧だ。
 確かに気のせいだったのかも知れない。体に傷一つ無いのがその証拠だ。レックスの言う事は全く信用出来ないがこれだけは信じてもいいだろう。
 ついさっきの記憶を忘れる事などありえない筈だが、マリッサはそれこそが事実だと認識していた。
 
「結局あたしに何の用なんだい? 始末したいって事じゃないみたいだし、レックス様ともあろうお方がこれだけの手間かけて、女一人犯して終わりって訳じゃないんだろ?」
 
 プライドをくすぐる発言をしてみる。レックスはかなりプライドが高いからこれは有効な牽制になる筈だ。
 マリッサにとってはかなり賭けに近い発言だったが。自分がそうやって生まれた子だという事実は子供の頃からマリッサを苦しめていた。
 彼女はレイプという犯罪を心の底から憎んでいたし、自分がそうされる位なら死んだ方がましとまで考えていた。
 唯一の希望はレックスが誰かをレイプしたという噂を聞いた事が無いという一点のみだった。

「ああ、もちろん無理矢理なんて俺の趣味じゃねぇ。お前が進んで俺のものになるまでゆっくり待つさ」

 案の定、レックスの答えはマリッサの期待通りだったが、その答えに彼女は思わずふき出しそうになる。
(あたしが自分から進んであんたのものになるだって? バカ言ってんじゃないよ。あたしにはちゃんと恋人がいるんだ。尤もそんなものが居なくてもあんただけはゴメンだけどね)
 スラムで労働者をしている恋人の顔がちらりと脳裏をよぎる。彼にはすまないと思ったが、ここまでレックスが自意識過剰ならここを乗り切る手はもうこれしかない。
 マリッサはしなを作ると、媚びた視線をレックスに向ける。
 そして妖艶な微笑から甘ったるい声を出す。

「ねぇ、レックス? あんたさえその気なら一回だけなら・・・・・・いいよ? その代わり、ここは見逃しておくれよ・・・・・・」

 そう言って2、3歩近づいてみる。レックスに特に警戒の様子はない。
(イケる!)
 そう判断したマリッサは更に大胆に距離を詰めレックスにしなだれかかり、次の瞬間にはレックスの腰のホルスターから銃を抜き取っていた。
 マリッサはスリの腕前も一流だった。
 素早く位置を入れ替わり、銃口をレックスに向けながら袋小路の出口にジリジリと後ずさって行く。

「形勢逆転ってとこだね。近づくんじゃないよ! 一歩でも動いたら撃つからね」

 しかし彼女の警告など聞こえていないかのように、顔に酷薄な笑みを貼り付けたままレックスはマリッサへ向かって歩き出す。

「撃ってみろよ。撃てるもんならな」
 
 嘲る様に言うと躊躇無く近づいてくる。

(ナメやがって! あたしが撃てないと思ってるのかい?)
 マリッサはレックスの足に照準を合わせる。
 こんな時でも急所を狙わないのが、彼女の優しさであり、甘さでもあった。
 しかしそんな気遣いは杞憂に終わる。
 安全装置は外してある、撃鉄も起こしてある、しかし引き金はまるで何かに固定されている様に全く動かなかった。

「残念だったな。そいつは俺にしか使えねぇんだ」

 レックスがすぐ側まで迫っている。マリッサは咄嗟にレックスに銃を投げつけきびすを返すと、袋小路の出口に向かって駆け出す。
 もう待ったなしだ。出来るだけ急いで逃げるしかない。

「お前は走り方を忘れる」
 
 しかし、レックスのその言葉が耳に届いた瞬間、彼女は派手に転んでしまう。意識していないのに右足が左足の前に勝手に出てきて、自分の足に引っ掛かって転倒したのだ。
(くそっ、これじゃまるでバカじゃないか、何やってるんだい、あたしは)
 起き上がり再び走り出そうとして、マリッサは愕然とする。
 走り方が分からない。・・・・・・歩く事は出来る。しかしいざ走り出そうとすると足がもつれてどうしても上手くいかない。
 マリッサは混乱しながらも必死に考える。
(走るってどうするんだっけ・・・・・・落ち着けマリッサ! 冷静になりな。右足を出して、それからもう一度右足を出して・・・・・・)
 その場でクルクルと回り始めるマリッサをとっくに追いついていたレックスがニヤニヤと笑いながら見ている。

「何笑ってんのさ! やっぱりあんたが何かしたのかい!」
「何かって何をだよ。俺に何かするヒマがあったと思うのか?」

 走るのを諦め怒鳴りつけるマリッサに、レックスは冷静に切り返す。
 確かにレックスに会ってから、特に何かをされた記憶は無い。レックスにしか使えない銃なんて怪しいけど、それで撃たれた訳じゃないのは自分がよく知っている。
(でもアイツに走り方を忘れるって言われてから突然走れなくなったのは、いくらなんでもおかしすぎる!)
 マリッサが口を開きかける前に、機先を制してレックスが話し始める。

「お前が走れなくなったのは簡単だ。お前が自分の本性に目覚めたからだよ」
「本性だって?」
「そうだ、お前は世にも珍しい人語を喋る牝犬だ。犬なら二本足で歩けなくても不思議はねぇだろ?」
「はっ! バカ言ってんじゃないよ。何を言い出すかと思ったら・・・・・・気でも狂ったのかい?」
「いいや、お前は見た目は人間だが魂は牝犬なのさ。だから心の底でご主人様と認めている、俺の命令には逆らえねぇんだ」
「確かにあたしは犬かもしれない! でも、あんたの事をご主人様なんて認めた覚えはないよ!」

 叫んでからマリッサは違和感に気づく。
(あれ?違う、そうじゃないだろ。あたしは牝犬なんかじゃないって言ってやるんだ)

「あたしは犬なんかじゃ・・・・・・」

 そう言いかけたマリッサだったが、何故か自分のその言葉に疑問を感じる。本当に自分は牝犬じゃ無いんだろうか?
 自分は確かに人間から生まれた。それは間違いない・・・・・・と思う。でも魂が犬のものではないって証明はあるんだろうか?
 何らかの形で犬の魂が人間の中に入り込みそれがマリッサという女になった。そうは考えられないだろうか?
(それにあたしは自分の父親の顔も知らないんだ。もし父親が犬だったら・・・・・・)
 そこまで考えてマリッサは自分の考えを慌てて否定する。
 自分の母親が、自分の為に死ぬまで働いてくれた母親が犬にレイプされている所など想像したくもない。
(違う! やっぱりあたしが犬なんだよ。二本足で走る事が出来ないって事はそう考えるしか無いじゃないか。何かの手違いで人間の体に犬の魂が入っちまったんだ)
 母親への思慕が、憎むべき強姦魔である父親への拒絶がマリッサの思考を捻じ曲げていく。

 本来なら人間と犬の間に生まれたという考えの否定と、犬の魂が自分に入り込んだなどという荒唐無稽な可能性には何の関係も無い筈だが、今のマリッサはAで無ければBであるという考えをすんなり受け入れてしまっていた。AもBも両方違うなど想像も出来ない。
 それと同時に自分の正体をすんなり見抜いてしまったレックスに対する畏怖の念も湧き上がってくる。
(怖い・・・・・・レックスってこんなに怖かったっけ?)
 そう思ってレックスを四つん這いの姿勢で見上げる。もう立ち上がる事も出来ない。犬は四本足で立つものだ。
 マリッサの目に映るレックスはとても大きく、決して越える事の出来ない気高い聖山の様だったがその考えを必死で頭から追い払う。
 上目遣いでレックスを睨みつけ、震える声で虚勢を張る。

「あたしが牝犬だって見破ったのはお見事だけど、だからってそれであたしを好きに出来ると思ったら大間違いだよ!」
「別にお前をどうこうしようなんて思ってねぇよ。ゆっくり俺の事を主人だと分かってくれりゃあそれでいい・・・・・・でもまあとりあえず服位脱げよ。犬が服なんか着てるのはおかしいだろ?」
 
 マリッサは逡巡する。確かにその通りだけど、でも・・・・・・。

「は、恥ずかしいよ・・・・・・」
「お前が恥ずかしいとか恥ずかしくれねぇとかそんなものに興味はねぇ。俺は服を脱げって言ったんだぜ?」
 
 頬を染めながらの必死の抵抗は一蹴される。悔しかったがマリッサはレックスに強く出られると逆らおうとする意志が萎んでいくのを感じていた。
 犬は強いリーダーに従うものだ。
 肌を朱に染めながらノロノロと服を脱いでいく。尤も浅黒い肌はその変化を外に伝える事は無かったが。
 脱ぎながらマリッサは考える。
(どうして、あたしは人間の姿で生まれて来ちまったんだろう? ちゃんと犬の姿で生まれていればこんな恥ずかしい思いはしなくて済んだのに・・・・・・) 
 屈辱的な気持ちでどうにか全部服を脱ぎ終える。

「ぬ・・・・・・脱いだよ・・・・・・あ、あんまり見るんじゃないよ・・・・・・」
 
 羞恥のあまり汗で体を光らせながら、しなやかな肢体をなるべくレックスから隠そうとする。母親譲りの浅黒い乳房は重力に逆らえず地面に向かってたぷたぷと垂れ下がっていたが、その張りを失うことなく深い谷間を強調していた。その先についている桃色の乳首は夜風のせいだろうか、ツンと尖っている。
 引き締まった尻は出来るだけレックスに見られないように、彼の反対側に回り込もうとしてくねくねと動き、それがかえって艶めかしい。
 レックスは全裸になったマリッサのナイフ・ホルスターだけを肩に担ぎ、次の指示を出す。

「それじゃあ、散歩に行くぞ。俺の後について来いよ」
「さっ、散歩? この格好でかい?」
「牝犬が他にどんな格好するんだよ。何の為に服脱いだと思ってんだ」
「そりゃそうだけど、でも、無理だよ! 恥ずかしい」
「ちっ、面倒くせぇ女だな。人間の姿してるだけでお前は牝犬なんだよ・・・・・・まぁいいや、じゃあ俺が行きやすくしてやるよ」

 そういうとレックスは<発情>の魔弾を一発だけマリッサに撃ち込む。全身に染み渡った魔弾の効果はマリッサの全身を激しい歓喜と快楽の波で包む。乳頭はさっきとは比べ物にならない程固くしこり、秘裂からはとろりとした愛液が流れ出す。全身が甘く火照る。信じられない程気持ちがいい。

「あああぁっっ! んうぅんっ、はぁっ!」
「感じて来ただろ? それはお前が恥ずかしいと思えば思う程、興奮する牝犬だからだ」
 
 快感に悶えながらマリッサはレックスの言葉を聞いていたが確かに納得がいく。
 体の快感は凄まじいものでそれだけでイキそうだったが、散歩の事を考えるとそれだけでアソコから蜜が溢れてくる。
(あっ、レックスの言う通りだ。恥ずかしいって思ったら凄く気持ちよくなる。はぁっ、散歩だけでこんなに興奮するなんてやっぱりあたしは牝犬なんだ)

「それじゃあ行くぞ。俺の後について来い」

 レックスはそう言い捨てると路地裏から出て行く。マリッサはふらつきながらも懸命にその後を追った。
(恥ずかしいし、レックスの言葉なんかに従いたくないけど、あんなのでも一応ご主人様なんだ。牝犬のあたしは命令を聞かないと)

 袋小路から出てしばらく歩くと大通りにでる。マリッサが拠点にしているこの町はかなり大きく、大陸横断鉄道の駅も設置されていた。夜とはいえまだ人通りは多い。
 レックスが迷い無く大通りに出るのでマリッサもしかたなくついていった。股間を濡らしながらだったが。
 大通りを歩いていた人々は突然現れた、四つん這いで歩く浅黒い肌の全裸の美女に仰天したが、その目はだんだんと奇異な物を見る侮蔑の視線に変わっていった。
 その視線だけでマリッサは羞恥と興奮に身を捩っていたが、ここは彼女の拠点だ、当然知り合いも多い。

(お、おい。あれマリッサじゃねぇのか?)
(マジかよ。なにやってやがんだ? 気でも狂ったのか?)

 そんな囁き声が聞こえるたび、マリッサはイキそうになる。下世話な奴は口笛まで吹いてくる。
(・・・・・・悔しい。恥ずかしい。あたしが牝犬でさえなけりゃあ、黙らせてやるのに)
 だが彼女の心は確実に見られたり囃し立てられたりする事に興奮していた。
 興奮して太ももまで愛液を垂らしていたマリッサだが、彼女がまだ冷静でいられたのは別の事情もあった。
 全裸で夜風にあたっていたせいだろうか、オシッコがしたくて堪らない。さっきから我慢していたが、そろそろ限界だった。意を決してレックスに言う。

「あ、あの、その辺の路地裏に入ってくれないかい?」
「何でだよ?」
「いや、あの・・・・・・トイレだよ! 言わせないでよ!」
「なるほどな。でもここですりゃあいいじゃねぇか。家の中でも無い限り、犬がどこで小便しようが気にする奴なんかいねぇぜ」

 レックスは冷酷にマリッサの訴えを拒絶する。マリッサは衝撃を受けると同時に、言う通りにしなければレックスは決して許さないだろうという事も感じていた。
(ここで? こんな大通りのど真ん中であたしがオシッコをする? そんな事出来る訳無いじゃないか。)
 ・・・・・・本当に? マリッサの心に迷いが生じる。あたしは犬なんだ。レックスの言う通り、どこでオシッコしようと関係ないじゃないか。
 それにしてみたい。皆の見てる前でしたら、どれ程気持ちいいんだろう。恥ずかしさで死にそうな気持ちだったが、そう思う事でなおさら花弁からは甘い蜜が流れ出し太ももを伝う。
 心はゾクゾクと震え、皆に見られながらするという妄想で頭の中は一杯になる。
 ついに我慢出来なくなったマリッサはその場でしゃがみ込み下腹部に力を入れる。

 シャアアアアアァァァァァァ・・・・・・

 我慢していた分だけ大量の小便がマリッサの足元に溜まり、たちまち水溜りを作っていく。人々の好奇と嘲りの視線を浴びながらマリッサは達していた。
 体は小刻みに震え、上手く流れなかった液体が足首まで達していたが、それにはねっとりとした透明の液体も含まれており、黄金水だけではないのは明らかだった。

「ああっ、はあぁぁっ、あっ」

(人前でオシッコするのって恥ずかしいけど、凄く気持ちいい・・・・・・やっぱりあたしはいやらしい牝犬なんだね・・・・・・)

「はっ、はあっ、んはぁっ、はあぁん」
「今日は俺の隠れ家に泊めてやるよ。餌と寝床の世話位はしてやるぜ」

 まるで犬の息遣いの様な声を上げて喘いでいるマリッサに、冷笑を浮かべながらレックスが言う。

「・・・・・・餌の世話までしてくれるのかい。なかなか優しい所もあるんじゃないか。でも、そんなのであたしのご主人様になったつもりなら考えが甘いよ」

 餌という単語に何の疑問も持たず、自分では気づいてないだろう媚びた視線を向けてくるマリッサをレックスは面白そうに見つめる。
 マリッサにはレックスの表情の意味は分からない。しかし自分に笑顔を向けているレックスの顔を見ることは、彼女に不思議と安心感を与えるのだった。

< 続く >

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