Bloody heart 六.一話

六.一話

「しっかし……」
 俺は、遠藤の今の姿を見た感想を、素直に口にした。
「相変わらずコスプレじみた格好がメチャクチャ似合うな。中学の文化祭の『コスプレ喫茶』の事件を思い出すよ」
 さて、以前何かの折にも触れたかもしれないが、もう一度、ちょっと想像して欲しい。
 小柄で童顔。背も低い上に、『一見』華奢で色白な肌。まつ毛パサパサの瞳に、見事な桜色の唇で、あまつさえ声まで変声期前の少年声。
 そんな奴が、ピンッと立った秋田犬風の三角形の犬耳&尻尾で、空手の胴着姿。
 こんな外見の奴を見て、『可愛い』以外の感想が出てくる奴は、まずいないだろう。が……
 ヒュッ!!
 座っていたベンチが、鋭い爪に叩き斬られる前に、背筋の反動だけで立ち上がって回避する。
「その短気な性格、少し直したほうがいいぞ」
「うるせぇ!」
 この凶暴かつ硬派な友人の本性を少しでも知っているのなら、そういう不埒な感想は命取りだと理解できるだろう。
「あん時の事は言うなぁっ!」
「……んじゃ、別方面から言わせてもらうがな、遠藤」
 哀れみの目で、一言。
「今の姿もいろんな意味で似合いすぎ」
 斬!!
 反射的にかっ飛んできた蹴り足を回避すると、背後にあった木が真っ二つに斬れた。
「うるせぇ! ……あ、あの女にダマされたんじゃあああああっ!!」
 血の涙を流しながら突っ込んできた遠藤の、鬼のような怒涛の連続攻撃に、俺は驚愕した。
 速い!
 重い!
 何より……
「くそっ!」
 捌いてもいなしても、打撃の切れ目が作れない、生まれない。何より、捌こうとする腕そのものを狙っての斬撃はタチが悪い。
 それでも、なんとか対になる右手をいなして捕らえ、そこから背中側へと回り込みながら……
「セッ!!」
 肋骨の下側を狙って、打ち抜きの縦拳を放ち……
『がっ!』
 クリーンヒット……したのはお互いの拳。
 俺の縦拳が打ち抜いたのは、あばら骨の背骨に近い部分。
 対して、俺の側頭部を打ち抜いたのは……
「あそこで裏拳かよ……」
 こめかみを打ち抜かれ、ぐらんぐらんする視界の中。
「しかし分かんねぇな、遠藤。なんで警告までして、俺を佐奈から排除したがる?」
 一方、肋骨をヤられて苦痛に顔をゆがめる遠藤に問いかける。
「理由なんて関係ないだろう? 時間の無駄だ」
「そうはいかねぇよ。アレは俺の女だ」
 もし、色恋の沙汰ならば遠慮は要るまい。最後の最後まで殴りあうだけだ。が……どうも違和感を感じ、引っかかるのだ。
 なぜ、わざわざ警告を?
 なぜ、わざわざトドメを刺さずに撤退を?
 なぜ、わざわざお面をかぶって正体を隠すような真似を?
 おおよそ、竹を真っ二つに割ったようなコイツの性格から判断するに、色恋沙汰なら正々堂々ぶつかりに来るのが普通である。
 つまり……今回の一連の行動は、相当に『遠藤らしくない』のだ。
 無論、ダークストーカー化による影響とも考えられなくも無いが……
「……ただのお礼参りだ」
「お礼参り?」
 案の定、遠藤の口から出た言葉は、意外なものだった。
「お前、あの女が俺にナニやったか、知らないのか?」
 ふと、脳裏をよぎるあの時の保健室の光景。
「まあ、大体のトコ薄々は予想できる……かな」
 まあ、ねぇ。
 淫魔なんだし?
 多少の浮気といいますか『食事』くらいは大目に見ないと……
「薄々は? そんじゃ俺があのクソメガネにどんな目に遭わされたか、具体的に知ってるワケじゃネェんだな!?」
 遠藤の目は、なんかいろんな意味で殺気と屈辱に満ちていた。
 ……何だ? ナニをやらかした、佐奈のやつ?
「そう、か。なら、なおさらお前と殴りあう理由は無い。飯塚佐奈から手を引け」
「そうは行かねぇよ。あれは俺の女だし、こんな状態のお前行かせたら佐奈を殺しかねん」
「あったり前だろうが! あの淫売ブッ殺してやるために、なけなしの貯金はたいて化け物になったんだ!」
 どうやら、本気でオカンムリのよーである。
「なあ、遠藤。その……一体、マジで何があったんだ?」
 激怒、というにも程があるマジギレっぷりに、逆に心配になる。
「……………」
 その質問には答えられない、とばかりにダンマリに入る遠藤。ただ、まぁ……
「もしかして、チャイルドプレイでもさせられたのか?」
「……………」
「んで、その格好のまま、いろいろ強制奉仕させられたとか?」
「…………………」
「あるいは、その……尻でも開発されたとか?」
「…………………ずいぶん見てきたように具体的な質問だな、清吾」
「いや、完全にあてずっぽうなんだけど」
 どうも、かなり図星らしい。
 佐奈のかけた暗示がダークストーカー化の弾みで解けたのか、それとも真相を教える奴が居たか。
 何はともあれ、全部バレたのは確かなようで。
「あー、まあ、その。何があったか知らんが、まずは落ち着け」
「ほう? つまりお前は、自分の意識が無い時に『チャイルドプレイさせられた挙句、強制奉仕させられて、あげくケツレイプされていた事実』を知って、なお『落ち着け』と?」
「う……」
 まあ、俺でもそんな事されたら、自ら切腹するか、やった奴暗殺するかの二択だろう。
「分かったか? 分かったなら、奴と俺との喧嘩に一切口を挟むな。そして、見なかったフリを決め込んでくれ。
 ……これは、友人としての、せめてもの忠告だ」
 さて、どうしたものやら。
 催眠凌辱系ゲームで言うなら、バッドエンドルート一直線なフラグが立ってしまっているこの状況。
 なんとか回避したい所ではあるのだが……
「んー……とりあえず、佐奈の奴に土下座でも何でもさせて謝らせるってのは……」
「………………」
 構えを解かないまま、目線だけで『ふざけんな』と威嚇してくる遠藤。
 そらそうだ、レイプされた事実を知って落ち着けるワケが無いよなぁ。
 世の中、ゴメンで済めば警察も軍隊もヤクザも必要ないのだ。
「参ったな、どうも」
 お互い間合いの計りあいをしながら、そんなやり取りを交わし続ける。
 小柄な遠藤はリーチこそ無いが、懐にもぐりこんでの打撃の重さや回転速度は凄まじいものがあるし、一撃必倒の蹴り技もある。
 一応、俺にも近距離から打ち抜く鉄拳や、捕まえてからの柔法や組打ちにする手もあるにはあるが、体格の差を活かして遠間から突き放すのが、小兵の遠藤相手にはベターな戦術ではある。
「なあ、遠藤……」
 どうにか回答を模索できないか。
 その試みは、無慈悲な閃光によって、オジャンになった。

「っ!?」
 つい一瞬前まで立っていた空間を貫いた閃光を、しかし遠藤は余裕をもって回避していた。
「佐奈!?」
 遠くを見ると、4キロ近く離れた学校の屋上に、佐奈が伏せ撃ちの態勢で、例のライフルを構えていた。
『ご主人様、聞こえますか?』
『っ! ……セラかっ!?』
 続いて、入ってきたのはセラからの『念話』だった。
 これやると脳を酷使するのか、お互いに頭が痛くなるので滅多にやらない。
 そもそも話しがしたければ直接対話かケータイで用が足りるのだからして、活用するチャンスも無かったのだが……確かにこんな緊急事態においては、活用すべき代物だろう。
『今、学校の屋上に居ます。これより、私と佐奈さんとで直接火砲支援を開始します』
『お、おい、ちょっと待てっ!』
「背後から狙撃か。伊藤……ずいぶんエゲツない真似をするようになったな」
 一方、もはや問答無用の気配を漂わせる遠藤。
「違う! おい、三人ともやめろ!」
「問答無用!」
 次の瞬間、遠藤のからだが視界から『掻き消えた』……と思った瞬間、
 ごっ!!
 本日二度目。強烈無比な前蹴りが、再度、腹に突き刺さり、今度は吹き飛ばされた。
 っていうか……なんでだ? 『早い』というより『読めない』といったほうが正しいぞ、この蹴りは!?
「ぁ……が…ぁ」
 しかし、マジにキいた……流石に、同じ場所を一日に二度ぶち抜かれれば、そりゃキくよ。
「じゃあな、伊藤」
 立ち上がれずうずくまる俺の首筋に、ギロチンのような硬質の爪を備えた手刀が振り下ろされようとして……俺の頭上スレスレを通過していく閃光を、これまたアッサリと回避する遠藤。
 というか……回避の速度もさることながら、『撃たれる前から射線を避けている』ようにも見えるんですけど、遠藤君?
 正味、殺気か何かで射線を読んでいるとしか思えない。
『何をしているんですか、ご主人様!』
『お前こそ何をしている! 佐奈の面倒を見てろと言ったはずだぞ!』
 セラの叱咤に悪態で問いただす俺に、セラはしれっと答えた。
『ええ。ですから、ここで佐奈さんの狙撃を、魔眼でサポートさせていただいてます』
『あ、あのなぁぁぁぁぁ!』
 と、俺へのトドメは後回しと考えたのだろうか?
 あっさりときびすを返して、遠藤が佐奈に向かって走り出す。
「やっばいな……」
 くっそ……治れ、治れよ……
 傷の治癒に専念している隙に、遠藤の姿はあっというまに見えなくなる。
 屋根や電柱を鮮やかに跳躍し、電線の上を疾駆しながら、佐奈の狙撃を回避していく遠藤。
 やがて、狙撃による一発必中を諦めたのだろうか、佐奈の奴は何かを呟くと、レバーを動かして再び銃を構え……
 ズバァン!!
「!!??」
 先ほどまでの閃光は、太い光の柱を一直線に絞ったモノだった。が、今度のは無数の細い閃光が、そのまま拡散するように広がっていく。
 無論、射程は遥かに落ちるが……あの無数の光線全てを避け切るのは、不可能に近い。今までのがライフルならば、今度のはショットガンだ。
 なるほど。これならば、避けまくる遠藤相手に当てることも不可能ではないだろう。が、
「あんのバカ! 後始末考えてネェな!?」
 幸い、佐奈自身も屋上の一箇所に陣取ったまま動く気配が無いうえに、射線の方向も学校の校庭側に限定されているが……これで空飛んで無差別シャワーなんてされた日には、もう後始末どころの騒ぎではない。
 遠藤の奴も、遮蔽物の陰を利用しながらの回避運動に専念し始め、双方膠着状態になってきた。
 一方、俺自身の体の傷は治ってきたが、既に遠藤の背中もはるか彼方。
 なにより、自分より優速な相手を背後から追ったところで、間に合う道理も無い。
 何とか二人とも止めないといけないのに……チクショウ!
『ご主人様!? 大丈夫ですか、ご主人様!?』
 ずくん、ずくん、と念話による頭痛も始まって……いや、ちょっと待て? この頭痛って、もしかして……
『セラ。今一度確認する。重要なことだ、心して答えろ……お前は、俺の何だ?』
『……もちろん。私はご主人様の奴隷です』
『お前は俺の奴隷か? 俺の人形か? その覚悟はあるんだな?』
『……ご主人様』
 緊迫した感情が伝わってくる。
 念話で通話しているこの状況は、言わば双方の意識の混濁に等しい。そのため、俺の思考の一部がセラに伝わったのだろう。
『お使いください。この私を。我が体、我が命、我が心はご主人様のモノです』
『……すまない。恩に着る』
 そうして、俺はその場で目を閉じた。

 『意識』を集中させ、自身の『記憶を認識する』。
 『己』が何者かを己に問う。
 そして、己の『血』の在処を、『存在』の在処を、問う。
 
 そして……『そこ』に俺は居た。

 目を開いた時、まず目の前にあったのは、伏せ撃ちの体制のままの佐奈の後姿だった。
「佐奈……すまん!」
 その首筋から後頭部めがけて、『俺』は拳を握り、突き下ろした。
 意識が断たれる瞬間まで、佐奈は何をされたのか理解出来なかっただろう。何しろ『背後を守っていた味方が、突然攻撃してきた』のだから。
 そこへ、狙撃によって頭を抑えられていた遠藤が、勢い込んでやってくる。
「死ねぇぇぇぇぇ!」
 開けた校庭を刹那で駆け抜け、校舎の屋上まで壁を一気に駆け上がる勢いで跳躍。
 ギロチンのように爪の生えた脚を、気絶した佐奈に向かって振り下ろし……その足を『俺』は捕らえると同時に、足首の関節を真横に捻った。人間に限らず生物の足首の関節は、基本的に前後(進む方向)に動かす分には強靭に出来ているが、その方向に対して真横の角度に捻られるとかなり脆い。
「くっ!」
 捻られる勢いと方向に逆らわず、受身を取りながら残りの足で蹴りを繰り出して、なんとか逃れる遠藤。
「……そういえば、お前が居たな」
「遠藤、頼む。許してやってくれないか」
 そう言いだした『俺』の言葉に、遠藤は無言で睨みつけてくる。 
「……そうか」
 交渉は無駄だと判断し、俺は縦拳と同時に、膝狙いで踏み込むような蹴りを繰り出した。右と右、上下同時の攻撃だ。
 それを、両拳を突き出す『山突き』で返す遠藤。
「っ!?」
 このままもつれて組打ちにされる『必勝パターン』に嵌められることを、反射的に嫌った遠藤が大きく間合いを取る。
「今の変則コンビ……縦拳のクセ……何だよ、オイ……『お前、何者』だ!?」
 一合で『俺』の正体を悟ったのか、今度は驚愕に顔がゆがむ遠藤。
 ……まあ、遠藤がビビるのも無理は無い。なにしろ、今の俺の体はセラのモノなわけだし。
 そう、今、おれがやってることは、念話の出力を強力にして、セラの体を無理やり乗っ取っている状態なのである。
「いま、手を合わせて分かっただろ。『俺』だよ、『俺』」
「う、嘘だぁっ!?」
 ほう……嘘だ、と申しますか?
「遠藤。お前は中学二年生の時の文化祭で、コスプレ喫茶でメイドのコスプレをしていた。
 最初は周囲も本人も面白がっていたが、じょじょに周囲の目がマジになった事に気がついて怖くなったお前は、『俺』に泣きついて人気の少ない柔道場の影にかくまってもらっていた。一方、『俺』は『俺』で、執事の格好でギャルソンをしていたため、かばい続けることができなかった。
 そして、間の悪いことに、そこにやってきた手持ち無沙汰の柔道部員が一人。
『……可愛いな、君』
 その一言と共に迫ってくる、立派な彼女持ちの柔道部員に……」
「OK、その続きは語らなくていい。証明としては十分だ」
 ちなみに、その柔道部員は、その日なぜか『階段から落下して』そのはずみで『ノドと目とミゾオチと股間に、ピンポイントに的確極まりない打撲』をわずらうという『不幸な事故』の末に救急車で病院に運ばれる騒ぎとなり、イロイロな意味で事なきを得ている(もちろん、事故の目撃証言者は遠藤と俺だ)。
 それはともかく。
「どんな手品使いやがった、伊藤」
「秘密。
 とは言え、多分、長くは持たないんで、これで最後にさせてもらう。
 最終確認だ、遠藤。拳を収めるつもりは?」
「無い!」
 即答で返してくる遠藤に、むしろこの頑固なバカをどういう風にブン殴ってやるか、楽しみになってきてしまった。
 そう、それはあたかも、試合の前の緊張にも似て……
「そうか……よっ!」
 刹那、拳と爪が交錯した。

 それは、ハタで見ていればちょっとした約束稽古のようにも見えたかもしれない。
 正中線にそって前に出した両手だけで、『俺』は超高速の遠藤の打撃……否『斬撃』をさばき続けていたのだから。
「どうした? 打撃のキレが落ちてるぜ」
「っ!!」
 焦った遠藤の放った奇襲の裏拳をかわしながら、『俺』はすれちがいざまに低く、鋭く踏み込んで、全力で肘の先端を、先ほど打ち抜いた肋骨に叩き込んだ。
「くっ!!」
 たまらず後退する遠藤。だが……正味な話、こちらとしても攻め手を欠いた状態だったりするのだ。
 本来の体じゃない(あまつさえ女の体だ)せいか、俺の打撃はどうしても軽くなってしまう。
 というか……多少なりの弱体化は覚悟したが、ちょっと魔力や筋力の差による技の威力の低下が、想像を超えていたのだ。
 じゃあ、なんで遠藤の攻撃をさばいて回避出来るのかというと、セラ自身が持っている『魔眼』の能力を拝借して、その『読み』にあわせて回避しているわけで。
「っのぉっ!!」
 槍のように突き出される、『あの』前蹴りを『俺』は余裕を持って両手でさばいた。
 と、同時にセラの『魔眼』がこの蹴りの正体を教えてくれた。
「なるほど、『アレ』かぁ」
 以前、遠藤の奴が座興にムーンウォークの真似事を廊下で披露した事があった。
 本人曰く『わき腹の筋肉を利用して、見た目の重心に錯覚を起こさせる』のだそうだが、先ほどの蹴りも『ソレ』の応用だったのだろう。蹴りのモーションが『見えない』というより『初動の認識を誤認させる』特殊なモーションで蹴られたのだ。
「一種の視覚的な催眠術だよな、こーいうのって」
 まあ種が割れてしまえば、さして怖くもない……などとは素人考え。
 多分、『元の体』ではフェイクかホンモノか絶対に見抜けない上に、繰り出される技そのものの速度が圧倒的。つまり……シークタイムゼロセコンドで、正解の無い二択三択問題を答え続ける羽目になる。
 今現在は、セラの『魔眼』の力を借りているからこそ、トリックモーションとの違いを見抜いて、こうして先読みで捌く事が出来ているわけだが……先ほども言ったとおり、正味、このセラの体では攻撃の手が無い。
 いや、『この体でも』使える技もあるにはあるんだが……『アレ』は狙う場所もタイミングもピンポイントだから、高速で動き回る遠藤相手には使いようが無い。
 さて、どうしたものやら……
 先ほどブンなぐったわき腹が効いてきているのか、動きは多少なり鈍くなりつつあるが……ん? ……もしかして。
(……セラ! セラ! 起きろ!)
(っ……ふぁ……ごしゅ……じん、さ……ま?)
 やばい、意識が完全にトび始めている。このままだとセラが廃人になってしまう。
 双方手詰まりに見えて、実際の所、追い込まれているのは俺だったりするのだが……
「!?」
 と、
 一度、距離を置いた遠藤が、今度は静かに『構え』を取る。
「……来い、伊藤!」
 三戦の構え。
 俗に『防御に優れる』と言うが、人間の肉体には厳然と耐久力の限界は存在する。
 むしろ船の上で開発されたこの構えは『防御』と言うよりも『倒されない』ことに重きがある。つまり……一撃は受ける覚悟で『合い打ち』もしくは『受けて返す』刀で相手を倒す、まさに『肉を斬らせて、骨を絶つ』覚悟の構えなのだろう。
 無論、遠藤の鉄拳は『一撃必殺』を成し得る威力を秘めている事は、証明済み。
 つまり……賭けに出てきたのだ。
 が……
(起きろ、セラ! お前の出番だっ!)
(は……い、ご、しゅ……)
 チッ……
「シャキッとせんかぁっ! 自分!!」
 パァン!! と己の頬を両手で張る。
(はっ、はっ、はいいい!)
(よし……セラ! そのまま、自分の体をしっかり認識してろ! 今から『俺』が奥の手を使う! そのために時間を稼げ!)
 脳内会話を悟られないように、構えを取る。
 幸いにして、さっきのアレを、遠藤はただの気合入れだと解釈してくれたらしい。……助かった。
(え、で、でも無理、無理ですよ! 私では『見えて』もご主人様のように捌いたり出来ません!)
(立って、俺の構えを真似て崩さないでいるだけでいい! 遠藤を警戒させてあの構えを続けさせろ!)
(は、はい!)
 セラの体の主導権を返す。さて……次は……

「よし」
 俺の『本来の体』のどてっぱらの傷具合を見て、とりあえず動けそうだと確信。ただ……
「ちょっと長期の戦闘は無理っぽいな」
 だが、『一撃を放つ程度』ならば支障は無い。
「さて、と……」
 公園から学校まで4キロ。まあ……ギリギリ射程内ではあるか、な? あとは、極力セラや佐奈を巻き込まないように威力を絞らねばならない。
 高高度爆撃機を消し飛ばした時は、威力も射程も範囲も考えず、ただ魔力に任せて上空めがけてフルパワーでぶん殴っただけだから、ある意味楽だったが、今度は狙って目標に当てなければならない。
「やりますか」
 腰を落とし、呼吸を整えて、地面に足を踏ん張り、へその下……丹田に意識を持っていく。
 拳は緩く。
 体内を循環する『魔力』を意識しながら、ゆっくりと拳の弓を引き……
「せいやぁぁぁぁぁっ!!」
 敵との空間は『壁』。
 それも『空気』という強力な『壁に向かって打撃のインパクトをそのまま伝えるように』縦拳を叩き込んだ。
 緩く握った拳で『タメ』を作り、当たった瞬間に握り込むことで、相手の意表を突いた多重衝撃を伝える……某漫画では『二重の極み』などと言われてたりするが、実際の話、流儀流派によって、呼び方や構えや握り方は様々にあれど、『原理的に』同じような技を伝える流派は結構あったりする。
 で、かくいう俺の習った拳法にも伝わっていたりするのだ、そんなのが。
 無論、覇王としての魔力を相乗させたからこそ『ぶん殴った衝撃を空気越しに伝える』などという荒業が可能なわけで。
 それはともかく……
「っ!!」
 防御重視の三戦の構え。あまつさえチンクチ(筋肉を締める技)で防御に徹していた事が仇となった。
 固めた筋肉を緩めて、持ち前の柔軟な敏捷性を発揮して回避する間は無く、完全に『空間を渡る衝撃波』の直撃を受けた小柄な遠藤の体は、派手に吹き飛んだ。
 やがて、伝わった衝撃波より遅れて遠雷のように『ズドォン!!』という衝撃音。
「……よし!」
 会心の一撃の感触にひたりつつ……ふと、気がついた。
「やっべぇ!! 遠藤のやつ、死んでないだろうな!?」
 不安に狩られた俺は、学校まで全力で走り出した。

「おーい遠藤ー、生きてるかー!?」
 かつては、屋上と三階を繋ぐ塔屋部分だった瓦礫の山に、呼びかける。
 一応、吹き飛ばされた遠藤の体が埋没する瞬間は見ているのだが……
「ん……あ……痛たたたたた、首が」
 最初に目を覚ましたのは、佐奈の奴だった。
「すまん、佐奈。ちょっとああするしかなかった」
「ああするしか? ……あ、あ、あああああっ!!」
 意識が飛ぶ最後の瞬間、協力者の裏切りを思い出したのか、佐奈は絶句した。
「ちょっと、セラ! 一体……セラ?」
 一方のセラは、少し離れた場所で倒れて気絶していた。
 遠藤の奴に立ち居地が近くて、衝撃の余波を受けたのかもしれないが……それ以上に、血の傀儡にした挙句、魔眼を駆使させて、さらに運動経験の薄い体で無理矢理に拳法の技を振るった事のほうが深刻なようだ。
 ……っていうか、全部俺のせいだよなぁ。
「セラが佐奈を殴ったのは俺のせいだ。あとで幾らでも怒られるから、とりあえず遠藤を探そう」
「探すって……あれ?」
 完全崩壊したガレキの山を指差す佐奈。
「一体、何をしたの?」
「以前、宗教屋のハンターたちの爆撃機にカマしたアレ」
「あ、それじゃ探すだけ無駄ね」
 あっさりときびすを返す佐奈を、俺はむんずと捕まえた。
「あっさり諦めるなよ!」
「生きてるわけ無いでしょ『あんなの』喰らって!」
「ちゃんと死なないように威力は抑えてあるに決まってるだろ! 手加減抜きの全力でぶっ放したら、校舎の塔屋どころか、あたり一帯全部、超振動で『粉末』になってるよ!」
「手加減したっての? あれで?」
 何やらモノ言いたげな目で瓦礫の山を見やる佐奈。
 ……いや、生身の人間相手だったら確かに木っ端微塵だけど、仮にもダークストーカーなんだし……
 と、
「ずいぶん、好き放題、言ってくれる……な」
 がらり、と瓦礫の山を押しのけて、立ち上がったのは……
「遠藤」
「っ!」
 反射的にライフルの銃口を跳ね上げた佐奈の手を、俺は掴んだ。
「やめろ、佐奈」
「だって!」
「……遠藤の奴がな。お前に『したことされたこと』、全部思い出したそうだぞ?」
 次の瞬間、佐奈の顔面が蒼白になり、ライフルを取り落とした。
 ……やっぱり心当たりがあるのか。
「あ、あ、あの、その……え、え、遠藤君。そ、そ、その、落ち着いてまずは話を……」
 シリアスモードから素に戻っちまったのか、あわあわとパニクりながら後退する佐奈。もちろん、その目線は200メートル4種メドレーを全力で泳ぎまくってる。
「や、だってその、悪意は無かったっていうか、誰しも一度は試してみたくなるというか、だって私、淫魔だし、その、あの……ちょっとごちそうさまといいますか、日々の糧というものが必要でございまして」
 一方、遠藤の奴は無言のまま、問答無用のオーラを漂わせて瓦礫の山から歩を進める。
「だ、だ、だ、だってこんな可愛い顔をしてて、女の子ならちょっとした妄想を抱いちゃうのは仕方ないといいますか、ほら、都合の悪い記憶は削除できちゃうわけで、本人が覚えていなくて誰も見ていなければそんな罪な話でも無いかなー……っていうか、ごめんなさい! 本当に悪かった、悪かったって反省してる、もう二度としないからカンベンしてって、あの、私の話を聞いてますかもしもーし!!」
 弁解しながらワタワタと後退する佐奈を、遠藤の奴は屋上の隅に追い詰め……
「ふんっ!!」
 ごっ! がっ!
 佐奈の横っ面と顔面に一発ずつ、鉄拳を叩き込む。
「……きゅ~」
 そのまま、ずりずりと屋上を囲う柵を背もたれにへたり込み、再び夢の世界に旅立つ佐奈。
「鼻の骨も折ってねぇし、傷も深くないから跡は残らねぇが……しばらく鏡見るたびに、シッカリ反省しろ」
 ガッツリと青タンの刻まれた佐奈の顔に吐き捨て……遠藤はその場で大の字に倒れこんだ。
「……くそ、体が動かん。疲れた」
「遠藤……すまん」
 正味。
 あの状況でも遠藤ならば、佐奈の顔面を再起不能の抽象画に変える事も出来ただろう。だが……
「なあ、遠藤、それでも一言いわせてほしいんだが」
 ぴくりとも動けそうに無い遠藤に、俺はどうしても気になる事があって問いかけた。
「お前これからどうする気だ? こんな化け物になって……」
「……さあ、な。とりあえず……」
 脳天気に登る太陽をながめながら、
「今は疲れた」
 そのまま、気持ちよさそうに寝込む遠藤。
「……そうだな。俺もつかれたよ」
 とりあえず、全面的に同意すると同時に……佐奈の流れ弾とか、ぶっ壊れた屋上とかの後始末の事が脳裏をよぎり、続いて完全にダウンしたセラ(後始末担当者)の姿を見て、ゲンナリした。

「うぃーっす」
 翌朝……といっても、三時間後。
「おーっす。あれ、珍しいな。飯塚と一緒じゃねーのか?」
「風邪だってさ。あと遠藤も休むって」
「あいつが風邪かよ。氷の妖精にでも憑かれたか?
 あ、そうだ。屋上の溜まり場で煙草(ヤニ)フカしたバカが居たから、暫く出入り禁止だって、さっき赤井先生が言ってたぞ」
「ふーん。まあ、そりゃショーガネーか」
 猪上の言葉にちゃんと『校舎全体にかけた暗示』が利いている事に安堵した。
 あの後。
 気絶した三人を担いで自分の家に保護した俺は、とりあえず栄子さんに放課後までの面倒を頼むと、現場に戻って証拠隠滅に協力してくれそうなハンター機関と連絡を取ったのだが……結局、完全に修理して証拠隠滅するには圧倒的に時間が足りず、一時的に情報操作と意識誘導で『誰も屋上に上がらないように』するのが、一番ベストな選択肢だという結論に落ち着いた。
 ちなみに、崩壊している部分で、学校の外からも見える部分は、とりあえずその場にあったダンボールに描いた絵で補正した上で、ハンターの人たちが認識を誤認させる幻術をかけてくれた。
 後は……深夜、急ピッチで進む極秘修理が終わるまで、今日一日雨が降らない事を祈るのみである。
「いつもすいません。ご迷惑おかけします」
 ペコペコと謝り倒して、後で本部と協力してくれた個人宛に、またひよこ持ってお礼に行くとハンターたちに言ったら、丁重に断られた。
 っていうか、全員、俺を恐怖の目で見てるのが悲しいというか……俺が一体何したってんだよ人外の喧嘩必死んなって止めてんだぞコンチクショウ!! ……などと逆ギレるとますます怯えられて悲しくなるので、あえてコメツキバッタの要領で頭を下げていたりいなかったり。
 それはともかく。
「……………」
 空いてる俺の後ろと、左斜め向こう――遠藤と佐奈の席を見て、俺はため息をついた。
 ぶん殴られた佐奈。ぶん殴った遠藤。仲裁に入る俺のせいで完全にグロッキーになったセラ。
 確かに生死の沙汰は避けられたが、どうもこの結末は後味がよろしくない。
 ぶっちゃけて言うなら……俺は腕力で無理やり『止めた』だけで、根本的な解決に向けた方策を何一つ見出しちゃいないのだ。
 さて、どうしたものやら。
 HR前の雑然とした状況の中、一人、悶々と悩んでいると……
「遅刻遅刻遅刻遅刻ーっ! おっはよーっ!!」
 と。
 ガッバーン!! と教室の扉を開けて、チャイムギリギリの時間にナタリアがやってくる。さらにもってきて『おっはよー!』などと周囲から返事が返ってきたり。
「うぃーっす、海野さん」
「おーっす♪」
 あまつさえ、猪上あたりと脳天気にやり取りを交わしてたり。
 ……昨日今日で、もう教室に馴染んでいやがる。
 合気道の達人曰く「自分を殺しに来た相手と友達になること」こそが最強技だと言うが、今のナタリアの姿を見ていると昨日の自分の行動の結末が、ひどく不恰好なモノに思えてきてしまい、少し物悲しくなった。
「……案外、コイツ最強かもしれねーな」
「ん? なんか言った?」
「いや、まあ。お前って強いなーと」
 などと言うと。
「決まってるじゃない♪ あたしってばさいきょーなのよー♪」
「……⑨」
「? また何か言った?」
「いや、別に。
 そいや、朝、居なかったけどドコに居たんだ、お前?」
 明け方。
 栄子さん家をノックして、とりあえず気絶した面子3人を俺のアパートの空いてる部屋に運んで、俺が帰る放課後までの面倒を栄子さんに頼んだ時、何故かナタリアの姿だけが無かったりしたのだが。
「ん? ゲーセンとカラオケボックスと居酒屋。
 あの後、家にヌイグルミ置いて、街でナンパされて、まあ、その場のノリで盛り場ハシゴして、そこから制服だけとって学校直行? みたいな?」
「………」
 改めて、アメリカザリガニ顔負けの適応性に沈黙。
「ああそうそう。4件目の酒場で、佐野口のおじさんと盛り上がっちゃったのー♪ しかもママの娘だって言ったら『いつでも遊びにいらっしゃい』だって♪」
「ブッ!!」
 その人は俺も知っている。
 地元の盛り場を仕切っていて、表向き土建屋や産廃屋もやっている、このへんのヤクザの親分だ。
「……お前、どんな催眠術使ったんだ!?」
「は? そんなの必要ないよ。人徳人徳♪」
 パタパタと手を振るナタリアに、暫し呆然。そこでチャイムが鳴り、朝のHRが始まった。

「……あら~どうしたの~? あの三人の~面倒を見るんじゃなかったの~?」
 スーパーマルトミのバックヤードで、白衣姿の栄子さんに声をかけられた俺は、泣きそうになりながら返事を返した。
「……いえ、ちょっと、店長に泣き叫ばれまして」
 放課後。
 まっすぐ家に帰るつもりが唐突にケータイにかかってきたのは、バイト先の店長の身も世も無い号泣だった。
 泣いてすがって歯茎を剥いてあれこれ前フリをされたが、結論を要約すると、こうなる。
『新人君が逃げた』
 かくて、上官の泣き落としに屈した古参兵は、かつての戦場へ舞い戻り、読み取りにやたらとコツと熟練を要する崩壊寸前のレジ打ち機を相方に、対買出し主婦軍への要撃作戦に駆り出されることになった。
「……店長、もーちょい俺らバイトの時給上げて、ついでにこのレジ買いなおしたらどうですか? 新人君逃げたの、これで何度目でしたっけ?」
「うーん、検討しておくよ」
 とても前向きな言葉と目線をあわさない店長の態度に、血の涙が止まらない。
 さらに、栄子さんたち調理師の面々が帰宅した後も、今度は遅番が逃亡したとの事でマウンドから降板も許されず続投決定。閉店後の品出、廃棄、売り上げチェックその他諸々の作業を終えたのが、なんと22時。
「伊藤君。どうだね、高校卒業したらウチに就職しないか?」
「うーん、検討しておきます」
 目線をあわさず返事だけ前向きな答えを返し、家路を急ぐ。
 ……まずいな。乱闘になってなきゃいいんだけど。
 いちおう、栄子さんが先に帰宅しているが、最悪、アパートが『蒸発』している可能性を考えると、自然と足が速くなる。
 と……
「いーやーっ! ウチで飼うのーっ!!」
「いけません、ウチはペット禁止です! 捨ててらっしゃい!!」
 アパートの部屋の前で、口論しているナタリアと栄子さんと遭遇してしまったり。
 見ると、ナタリアが一匹の犬を抱え込んでいた。フサフサとした青灰色の毛皮にピンッと立った耳。雑種っぽいが精悍さと愛くるしさを兼ね備えたヌイグルミのような小型犬だった。
 なるほど、ナタリアの好きそうな……ん?
「あ、大家さん、いい所に。ちょっとこの子止めてください。言うこと聞かなくて困ってるんです」
 はて。この犬どっかで見たような……
 と、俺の目線に気がついた『犬』がジダジダと暴れだした。が、ナタリアにがっつり拘束されて動けないでいるようだ。
「もしかして……遠藤?」
「ワ…ワン♪」
 ナタリアに抱きかかえられた犬は、パタパタと尻尾を振ったりして、必死に『犬ですよ』アピールを繰り返す。
 どうも、正体バレたくないらしい。
「ナタリア、ちょっと貸して」
 地面において座らせる。
「お座り」
「ワン♪」
「お手」
「ワン♪」
「ちんちん」
「ワン♪」
「よしよし上手上手、『裕子』ちゃーん♪」
「誰が裕子ちゃんじゃボケェェェェェェェェェ!!」
 ゲシッ!!
 犬形態から人狼形態に戻った遠藤の蹴りが、顔面に飛んできた。
「……っ!!」
 一方、やっちまったという顔で顔面蒼白な遠藤。
「と、まあ、こんなわけで、ペットとしては無理があるんじゃないか、ナタリア?」
「いや、そんなの分かってるし」
 と……
「わ、分かってて……お前……風呂に!?」
 顔面蒼白になって、泡を食う遠藤。
 ……その風呂場でナニが起こったかは想像に難くないが、あえて黙っておく。
「ん? だって可愛いじゃーん♪ ほらー♪」
 そのまま、ダイビングで抱きつくナタリア。
「う、うわぁぁぁ、は、離れろバカ! 可愛いとか言うなーっ!」
「うーん、つべつべお肌にふさふさの毛皮のコントラストな触感もかわいいなー♪ このへんもモサモサー♪」
「ぎゃあああぁぁぁ、どこ触ってやがるーっ!!」
 一方の遠藤は、半泣きでパニックだ。
 ……まあ、あいつの性格と容姿からして、女性に『モテる』というより『からかわれる』経験が多かったから、仕方ないのだが。
「い、い、か、げんに……しろーっ!!」
 ゴッ!!
「えぶっ!」
 と、遠藤の肘が、ナタリアの脳天を直撃。
「ったく、どいつもこいつも! 男をからかうんじゃねぇや!」
「……ふーん」
 と……ナタリアの空気が変わった。
「そんなに嫌なんだ、私のペットになるのが」
「あったりめぇだ、この⑨女」
 一方の遠藤も、マジモード。
 完全に一触即発だ。
 ……やばいな、これは。
「はいはいはいはい、そこの二人!」
 二人の間に割って入る。
「お前ら、ここをドコだと思ってる? 俺の家だぞ? 喧嘩っ早いのは結構だが、場所くらいは弁えろ」
「伊藤」
「むぅ…」
 双方、矛先は納めたが、それでも納得のいきそうに無い空気。
 と、
 ピンッと、脳裏にひとつのアイディアが閃いた。
 ……はてさて。大岡裁き、成るか否か。
「ナタリア、何度も言うようにウチはペット禁止だ。犬を飼うなんぞ論外! それが嫌なら出て行ってもらうぞ」
「ぐ……」
 なにか言いたげなナタリアに、目線で『まあ、待て』と静止をかける。
「それと、遠藤。実際の話、これからどうする気だ?」
「どうする、って……別に普段と変わんないよ」
「認識甘いな。人間のハンターは俺らみたいな異端の生き物を狩る事に血眼になってるって知ってるか?」
「だから?」
「……あの『姉』はともかく、お前、自分の家族人質に取られたりとか、正体バレたりとかいう危険は考えてるか?」
「!!!??」
「佐奈も俺もドンパチ初めて以降、人間側をさんざん撃退して、どうにかこうにか協力状態まで持ち込んだけど……まあ、あくまでそれは『俺と佐奈の関係者だけ』って話でな」
「う……」
 沈黙する遠藤。
 両親居ない俺や、母親ひとりな佐奈と違い、こいつの家は両親に姉一人、弟二人と妹一人に祖父母という、大家族だ。しかも弟たちはほとんどが小学生や幼稚園である。
 で……
「さて、遠藤。そんなお前にイイ話がある。
 ここのアパートの105号室。ボヤ騒ぎ&風呂場で首吊り自殺が出て借り手が居ない部屋が、なんと家賃が今なら他の部屋と同額。おまけに少女海賊の三食お世話付で絶賛貸し出し中だ♪」
 それぞれ、違う意味で血相が変わるナタリアと遠藤。
「ナイス提案! 大家さんっ! いや、あんた地球一すばらしい魔界の覇王様だ!」
 ガッツポーズで狂喜乱舞するナタリア。
「ちょっとマテぇぇぇぇぇ! 嫌だぞ俺はあんな部屋! 俺が怪談苦手なの知ってるだろぉが! っていうか、何でこんなのがついてくるんだー!」
 一方、以前、散々怪談のネタにした部屋を持ち出されて、遠藤は完全にパニックだ。
「いいじゃねーか、ここに居る面子全員、どうせオバケの親玉みたいなもんだろ」
「実害が無いのと怖いのとは別問題だっ! せめて他の部屋にしてくれ! って言うか、事故物件を定価で貸し出すなんて鬼かお前は!?」
「一応、吸血鬼だが何か?
 それに、すぐに使える部屋がこの部屋しかないんだよなー。どーせ、あの姉から逃げ出すために独立資金ためてたんだろ?
 いい機会じゃねーか。なんなら100円くらい安くしとくぞ?」
「ううううう……」
 完全に恨めしげな目で睨んでくる遠藤。だが……
「OK、分かった伊藤。とりあえず、首吊り自殺と失火騒ぎの出た部屋の、家賃について相談しようぜ」
「……100円引きじゃ不満かね?」
「アタリマエだこの非常識!! 事故物件価格に決まってんだろ」
「……チッ! セコい奴め」
「どっちがだ!!」
 かくて。家賃をめぐる親友との第二ラウンドのゴングが高らかに鳴った。

 かくて、この第六話は終わり……ではない。
 一つだけ。
 とても重要な案件が一つだけ、残っていた。

「……」
 深夜。
 アパートの空部屋に、セラ寝かせて血を与えた後。
 俺は自室に座り込んで、彼女を待ち続けていた。
 やがて……
 こん、こん。
 遠慮がちに、玄関の扉をノックする音が、鳴った。
「あいてる」
 背中を向けながら、俺は入ってきた人物の気配に、沈黙で答えた。
「その……」
 口を開いた淫魔姿の彼女……佐奈の言葉をさえぎって、俺は切り出した。
「一個だけ、一個だけ答えてくれ。佐奈。『遠藤とのセックスは楽しかったのか?』」
「……………」
 淫魔の彼女にとって、それは臓腑をえぐる一言であり、あえて俺が口にしなかった一言でもある。
 だが……どうしても、今の俺は、その言葉を抑えることはできなかった。
「楽しくなかった、といったら嘘になっちゃう。でも……」
 その言い訳を続けさせず、俺は反射的に佐奈を押し倒した。
「セイくっ、痛っ! 痛い!」
「……っ!」
 欲望と感情と理性の狭間。
 なんとか俺は、その激しい衝動を押さえ込んだ。
「いろんな事を言いたいが……まあ、正直なところをひとつだけ。
 遠藤に嫉妬した。
 『俺の佐奈が、なんであいつを向いているんだ』って」
「……セイ君」
「分かってる。こんなガキっぽい幼稚な独占欲は格好悪いし、みっともない。
 お前は淫魔なんだから、そっちの方面で奔放に振舞う事くらい受け入れなきゃ、とも思った。
 ただな……やっぱり喜怒哀楽ってモンは、ちゃんと俺にもあってな……その。理解してくれると嬉しい」
 手を離し、再び佐奈に背中を向けると、そのまま布団にもぐりこむ。
「……すまん、ちょっと冷静になれそうにないから、俺、もう寝る。明日も学校が早いしな」
 部屋に落ちる沈黙。
 12時を指している時計の秒針の音を聞きながら、俺は眠りについた。
 
 そして朝。
 起きてみると、昨日座っていた場所に、まだ佐奈が居た。
「……おはよう」
 か細い声で、佐奈が答えた。
「……寝てないのか?」
「夢魔なんだから別に寝ないのは平気だよ。でも……」
 そのまま、沈黙してしまう。
「セイ君。その……私の話、聞いてくれる?」
 搾り出すように吐き出した言葉に、俺は自分の感情が……それも感情の水面ではなく、水面の底の暗い部分が蠢くのが分かった。
「自信がない。でも……努力はする」
「ありがとう」
 そこから、佐奈な慎重に言葉を選ぼうとして……再び沈黙してしまった。
「……ごめんなさい。
 いっぱい……言いたいことあるんだけど……ぐちゃぐちゃで分かんなくなってきちゃった。
 ごめんなさいしか、今、言えない」
 辛うじて絞り出た言葉は、それだけだった。あとは嗚咽にまぎれてしまう。
「……なんで謝る必要があるんだよ。佐奈は佐奈だろう……」
「違う!」
 何かを全否定するように、佐奈は叫んだ。
「セイ君が居ないと私じゃなくなっちゃうの! 私が私で居るためにセイ君が必要なの!
 抑えられないの! とまらないの! だって……だって……今だって……」
 泣きながら、佐奈は俺に抱きついてきた。
「ごめんなさい……許してくれなくてもいいから、少しだけ……こうさせて……でないと壊れちゃいそうで、怖いの」
「……………」
 抱きしめながら、俺はどうしていいか、途方に暮れていた。そして……
「なあ佐奈。お前、ダークストーカーやめていいよ。
 大丈夫。そのぶん、ちゃんとお前は俺が守るから……」
 あまりにも危うい幼馴染の姿に、俺はこう言わざるを得なかった。
「……ありがとう。ありがとう。セイ君。でも……それは嫌」
「佐奈!」
「だって! セイ君が危険な目に遭ってるのに、私だけ蚊帳の外なんて、耐えられないよ!
 ナタリアの時だって! 今回だって!
 頼りないかもしれないけど、私はセイ君と一緒になるために、こんなになったんだから!
 だから……だから一緒に居させて! お願い! 一人で勝手に、どっかに行かないで!」
「……………」
 返す言葉が見当たらなかった。
「……セイ君ってさ、誰にでもすごく優しいけど、他人の気持ちを読むのって苦手だよね」
「ん……かも、しれん。すまん」
「責めてるんじゃないの。だって私が悪いんだもん。それに……セイ君じゃないと……」
 再度、沈黙してしまう佐奈。
 そのまま、何かに耐えかねるようにもじもじとすりよってくる。
「……俺じゃないと?」
「……………」
「ん?」
「………いの……」
 体を震わせて泣きついていた佐奈は、次の瞬間、絶叫した。
「感じないの! ドキドキしないの! あったかくないの! セイ君じゃないと、セックス気持ちよくないの!
 人のオスがただのエサに見えて、それをがっついてるだけで……体は気持ちよくても、だんだん心が乾いてくるの!
 それで、遠藤君相手に……あんなことしちゃって……殴られて当然なんだよ。最低だよね、こんな女」
 泣きじゃくる佐奈の頭を、俺は優しく撫でてやった。
「そうだな。佐奈は淫魔だもんな」
 股間を撫でるだけで、ぶるっ、と佐奈が震える。
「だから……こんなに濡れてるんだ」
 べっとりとした愛液で濡れた手のひらを、見せつける。
「うん……セイ君の匂いだけで感じちゃうの……セイ君の匂いだけで濡れちゃうの……セイ君じゃないと、もう満足できないの……
 どんな風に思われてもいい……もう、セイ君が居ないと、私が私じゃなくなっちゃうの……」
「……どんな風に思われてもいいんだな?」
「……うん。最悪は、もう覚悟したよ……」
 泣きはらし、諦観の目で佐奈に……俺は言葉より先に、キスで答えた。
「佐奈を愛してる。だから泣くな」
「セイ……くん」
「だから泣くな……お前は俺の女で、俺のモノだ。だから……」
 俺は、佐奈の体を押し倒し、今度は犯すようなキスで舌を捻じ込んだ。
「お前が一番欲しがってるモノで、そのはしたない淫乱なマ●コを徹底的に躾けてやる!」
「セイ……君……?」
「くっくっくっくっく、覚悟しろよ、佐奈……」
 牙が自然と伸びる。欲望に滾る股間が、姦通を主張してやまない。
 嫉妬と、情欲と、征服欲の入り混じった衝動が、体の中を吐き出し口を求めて荒れ狂う。
「あ、やっ、学校……行かないと……」
「だめだ。佐奈。お前を今日は徹底的に調教する。完全に俺のモノになるまで、な」
「セイ君……」
 驚愕に怯える恋人の目は、そのまま淫らな情欲に期待した雌のモノへと変わる。
「はい……はしたない佐奈のオマ●コを……セイくんのたくましいチンポで躾けてください」
「いい返事だ」
 再び唇を奪いながら、佐奈の胸を揉みしだく。
「んぁっ、あっ……」
「くっくっく、もうエロ乳が出てるな……勃起乳首からいやらしい匂いがしてるぞ」
「ああぁっ……うん。セイ君に触られて……発情しちゃったの」
「そうか……」
 そのまま、乳房に牙を突き立てると、直接中に毒を注ぎながら母乳をすする。
「いっ、ぐぁっ……あっいいいいいいいっ!!」
「んっ……んっ……ふぅ……いつもより乳液の味まで濃くしやがって……つくづく躾甲斐のあるエロい体だよ、佐奈」
 一方、毒の回った佐奈は、胸を押さえながら、ピストンのように溢れる母乳を撒き散らして、もがいた。
「あぁぁぁぁぁ、ち、乳首ぃぃぃ、熱いぃぃぃぃぃ! おっぱい、おっぱい止まらないぃぃぎぃぃぃ!!」
「ははは! さあ、もっと熱いものをくれてやるぞ、佐奈!」
「あっ、あっ……」
 発情のあまり崩壊した表情で、それでも期待と歓喜の入り混じったまなざしを、俺のいきりたったモノに向ける佐奈。
「さあ、くわえろ!」
「んぶもぉぉぉっ!! んっふもぅ!!」
 肉竿に蹂躙されながらも、佐奈の口腔は雄の精気を求めて蠢き、分割し、伸張した舌を尿道まで求めてくる。
「んっ、そうだっ! 佐奈! もっとエロい舌使いをしてみせろ。お前の欲望を調教してやる……くっ!」
 髪の毛を捕まれ、強制的に前後させていた頭は、いつしか胸まで用いた積極的な愛撫へと変わり、巧みに精を搾り取る淫らな蠕動へと変わっていく。
「っ……そうだ。来るぞ……飲め、しっかり飲み干せよ!! おぉぉぉぉぉ!!」
「んっぶぅぅぅぅぅ!!」
 だくだくと溢れる精液が、佐奈の口腔を蹂躙し、逆流した鼻腔から溢れさせる。
「んっ、ぐっ、ごっ……んっ……あぁぁぁ」
 わずかに溢れた精液を体に塗りたくりながら、飲み干された精を反芻を繰り返して快楽に酔う佐奈。
「四つんばいになって、尻を上げろ」
「はぃ…ぃいっぐぅぅぅ、そ、そこはぁぁぁ!」
 四つんばいに突き出された尻の穴に指を入れてまさぐると、そこからも淫らな匂いが漂ってくる。かすかに蠢く菊座は、欲望に濡れていた。
「どうせ、前じゃなくてお尻ならとか、甘いことを考えていたんだろう?」
「っ! そ、それは……」
「やっぱりな。さあ、まずはケツマ●コから徹底的に躾てやる!」
「あぁぁぁぁぁ、やぁ……だめぇ、見ないで、お尻の穴、見ないでぇぇぇえぇ!」
「おいおい、佐奈のこれは『お尻の穴』じゃなくてケ・ツ・マ・●・コだろ? ん?」
 指を捻じ込みながら、佐奈を攻める。
「ほらみろ、ウ●コ出すより、チ●ポくわえ込むほうが得意な変態穴だ。指を勘違いして、ヒクついてくわえこんでやがる」
「いやぁぁぁぁぁ、言わないで、言わないでぇぇぇぇぇ!」
「くっくっくっくっく、凄いな、本当に絞り上げるような反応を返してきやがる」
「ぁぁぁぁぁ……許して……もう……もう……」
「もう? なんだ?」
「お …お、尻……ケツマ●コ弄らないで……指じゃ……指じゃもう足りないのぉ!」
 突き上げた尻を振りながら、佐奈が完全に発情した。
「ぶち込んでぇぇぇぇぇぇぇぇ!! 前でも後ろでもどっちのオ●ンコでもいいのぉ! セイ君の勃起チ●ポでズポズポしてぇぇぇ!!」
「あはははは! いいぜ、佐奈。その淫乱な本性に俺の『モノ』を刻んでやる!」
 尻の穴に、勃起しきった怒張を捻じ込むと、やすやすと佐奈の菊座は飲み込んでいく。
「あがぁぁぁぁぁ、これぇぇぇぇぇ、この逞しいくてバキバキに焼けたチ●ポ欲しかったのぉ!」
「くっくっく、いろんな男のモノくわえ込んだせいか、締め付け方はマ●コより上手だな、佐奈」
「あぁぁぁあぁぁ、あひぃぃぃぃぃ!! ごめんなさい、ごめんなさいいぃぃぃ! 佐奈はケツマ●コで感じちゃう変態なのぉ!」
「いよいよ悪魔らしくなってきたな。すごい締め付けだ、そらそら!」
 パンッ、パンッとリズミカルに響く音に、じゅりゅっじゅりゅっという粘着音が混じる。
 精液と母乳と愛液と汗とフェロモンと。情欲と退廃の匂いに高ぶったモノが、最初の臨界を迎える。
「はぁっ、はぁっ……そろそろ出してやるぞ、佐奈」
「ああ……頂戴ぃぃぃ! あっつい勃起汁、ケツマ●コにいっぃぃいいぎぎぃぃぃぃ!!!」
 ひときわ大きく蠕動した肉竿から吐き出された精液が、佐奈の腸内を蹂躙していく。
「あっ……あぁあぁぁ……熱いのが……中でびゅくびゅく……」
「ナニを呆けている。まだこれだからだぞ」
 ゴリゴリと中を蹂躙しながら蠢く肉竿に、佐奈が白目を剥いて絶叫をくりかえす。
「あっぎぃぃぃぃぃぃぃ! 熱いぃぃぃぃ、熱いのぉぉぉぉぉ! ケツマ●コ熱いぃぃぃぃ!!」
「はっ! まだまだだ。出すぞ!」
「いっがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 そのまま、勃起した肉竿で15回ほど吐精しながら佐奈の直腸を蹂躙すると、明らかに佐奈の反応が変わってきた。
「ぁっ……ぁぁぁあぁ……お尻ぃぃぃ、ケツマ●コいいのぉぉぉ……」
 意識を半分飛ばしながら、それでも尻を掲げる佐奈から、いきり立ったままの怒張を抜き取る。
「あっ……お尻……何か……変」
「そうだよ、佐奈。俺が『調教』したからな……」
 ……この調教の結果の先の事をかんがえると、少々頭痛がするが……まあ、責任は取らないとなぁ。
「……なあ、佐奈」
「ん?」
「こんな事しておいて何だけど……お前を愛してる。うん。言ってることとやってる事めちゃくちゃだけど、嘘じゃないよ」
「……いいよ。セイ君の欲望を私は知ってる。でもセイ君はそれをちゃんと手綱を握ってコントロールしている。
 熊谷先生が言ってたんだけど、欲望や感情を押さえつけるんじゃなくて、コントロールできるのが『人間』なんだ、って。
 だから、ダークストーカーの性衝動をコントロール出来てる時点で、セイ君は凄いんだよ」
「そう、かな? それってアタリマエなような気がするけど」
「違うよ。だって……」
 勃起したままの肉竿に手を触れながら、佐奈は囁く。
「私には無理……もっと……今度は前にほしいの」
「佐奈……」
「セイ君の欲望……私に頂戴」
 朝の日差しが差し込む部屋の中で。
 俺は自らの欲望に吼え、再び佐奈の中に精を解き放った。

< 続く >

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