Bloody heart 七.二話

七.二話

「ここは……」
 椎野に抱えられて辿り着いた、木造二階建ての安アパートの二階。
 そこの一室に降り立って、景色を見た瞬間。
「……痛っ!!」
 激しい頭痛が走り、俺は思わずその場に立ちすくんだ。
「セイ君……」
「……どういう、事だよ?」
 伊藤家の所有地に建つ、2Kの木造アパートの一室。
 この部屋は……確か……そう、若い夫婦と赤ん坊の居た部屋だった。海野の『兄貴』や栄子おばさんたちと交流がある一家で、俺も赤ん坊を抱かせてもらっていた……
 なのに……簡素な部屋に置いてあるモノは、どれも一人身の男用のものばかりで、『赤ん坊用品など欠片も存在しない』。
「……この部屋……憶えてる……」
 確か、部屋の番号は……206号室。
「ご主人様、シャワーの用意も整っております」
「ああ、ありがと……う?」
 金髪碧眼のメイドに、暫し戸惑う。……うちに、外人のメイド、居たっけ? ってか最近雇ったのか?
 というか、こんなフリルのついたメイド服って……うちのお手伝いさんは確か、割烹着でエプロンだったよーな? 外人にあわせたのかな?
 それに、何でこんな場所にメイド服で……とも思ったが、まあ、合流場所がココで、俺の家から慌てて服を持ってきてくれたのだろう。何より、シャワーが即使えるのがありがたい。
「とりあえず、血を流してくる。後で応急手当を頼む」
 血ダルマ&泥だらけの顔面をぬぐうべく、シャワー室に入って元栓をひねる。
 ……痛いんだろうなぁ……まあ、とりあえずこびりついた血は流さないと……
 そう覚悟をきめて、シャワーを浴び……愕然となった。
「ど、どう……なって……」
 血の味を、衝撃を、骨格が割れる音を、俺はあのラブホテルのベッドで、確かに感じ、聞いていた。
 だが……血みどろの頭をシャワーで流して、鏡の中に現れたのは、ほぼ無傷の頭だった。
 何より……
「歯が……」
 ばきばきに歯をへし折られて、ガリガリと鳴っていた口の中が、元に戻って……否、妙に伸びた犬歯が二本。
 ……これって……
「は、はは、馬鹿だろ、俺!?」
 吸血鬼、という単語が脳裏をよぎった時点で、俺はそれを全力で否定した。
 馬鹿らしい。
 いや、あの女と付き合ってりゃ、笑う以外に身の処しようのない事件なんて、山ほど遭遇してはきたが……それでも突拍子もなさ過ぎて、笑うしかない。
「……OK、落ち着け、俺」
 シャワーを浴び終えて、元栓を閉める。
 本当はこのまま、体拭いたら布団ひっかぶって寝たい衝動に駆られているが……そういうワケにも行くまい。
「さて、と」
 タオルで体を拭き、あのメイドが用意してくれたと思しき服に、袖を通す。って……
「……あれ?」
 安手の生地のTシャツはいいとして、この穿き慣れた量産モノのGパン……って、こんな服……俺、持ってたっけ? ……まあ、縫製を見る限り悪い品じゃないし、案外、慌てて買ってきてくれたのかな? デザインも悪く無……んんっ?
 普通Gパンというのは、買った当初は、どんな良い品でも頑丈なデニム生地がゴワゴワして肌になじまない。
 が、長期間、穿き潰して洗い倒し、その持ち主の足の線に沿って伸縮を繰り返し色が退色することにより……元が量産品だとしても、長年使いこんだ品ならば、それは持ち主にとってオーダーメイドに等しい価値を持つ品になるのである。
 そして……脱衣所に置いてあったGパンを穿き、上着のシャツを着て……俺は絶句することになる。
「……なんで、ぴったりなんだよ」
 いい具合に足の関節のラインに沿って退色したジーンズ地の色合いは、それが俺が長年穿き潰した品である事の証左。だが……俺はこのGパンに覚えが無いのである。
 やはり、おかしい。
 そういえば、あの場所から……そう、多分、学校。知らない学校に、俺は居た。
 何故? そもそも、あそこに足を踏み入れたのは……何時だ?
 ひとつの端緒をきっかけに、どんどんと矛盾と疑問符が湧きだしてくるが、まだ決定的な『何か』が思い出せない。
「……くそ」
 あの破天荒過ぎる女と付き合っていて思考を停止していた部分が、急に動き出した瞬間、怒涛の如く疑問符が湧きだしてくる。
「えっと……ごめん、君の名前は……」
 脱衣所を出て、そこに控えていたメイドの名を問う。
「セラ、です。セラ・アーネイ」
「セラさん……えっと、一つ聞きたいんだけど、ウチにメイドとして入ったのは何時?」
「……ご主人様に、メイドとしてお仕えし始めたのは、ここ一カ月の事でございます」
「一か月?」
 ……そりゃウチはそれなり以上に広いのは事実だが、雇われて一ヶ月間、一度も彼女とすれ違わなかったとでも言うのか?
 わからない。矛盾だらけだ。支離滅裂だ。
「……何なんだよ、この状況」
 と……
「セイ君」
 私服に着替えたのだろう。椎野の奴が、真剣な表情で俺を見ていた。
「今日……あ、もう昨日か。昨日の夕方。高校の職員資料室で、自分の事を『15歳』って……言ってたよね?」
「あ、ああ。そうだよ。四月の誕生日はもう過ぎてるし、こないだ、親父に『元服だ』っつって御祝いしてもらったよ」
「……そう……」
 一瞬、椎野の奴が、暗い顔を浮かべる。
 ……なんなんだよ、一体……
「聞いて、セイ君。もしかしたら……セイ君が今、記憶が取り戻せないのは、無意識に記憶が戻ることを拒否してるんじゃないかと思うの」
「俺が? 何でさ?」
「それは……あ、あとね、私、もう『椎野』じゃないの。『飯塚』。飯塚佐奈……椎野佐奈は、もう居ないのよ」
「はぁ!?」
 ワケが分からない。なんだそりゃ?
「……ウチのパパとママ、二年前に離婚したの。でね、私の卒業と進学にあわせて分かれて……日本に戻ってきたの。
 だから、私は飯塚佐奈。椎野佐奈じゃないんだよ」
「あ、そ、そうか、悪かっ……ちょっと待て、同い年のお前が二年前っていう事は、ここは二年先の未来なのか!?」
「正確には、セイ君の記憶が二年分、逆行しているってことよ」
 だからか……鈴鹿の背丈が、少し縮んだように見えたのは。何の事は無い。鈴鹿が縮んだのではなく、俺の背が伸びたのだ。
「で……何で俺が、俺の記憶が戻るのを拒否してるんだ?」
「……あのね、セイ君。この二年間の間に、セイ君、とっても辛い目に遭って……その……とても酷い事になってたの。『壊れた』って言ってもいいくらいに。
 だから……もし、知りたくないんだったら、私は……私の事、思い出してくれなくても……このままでいいと思うの」
 少し暗い表情のまま、うつむく佐奈に……何故だろう。俺は……深い焦燥を覚えた。
 ……頭が痛む。まただチクショウ……
「痛っ……つまり、何か? その……『壊れた』ときの記憶を思い出したくない、ってだけの話なのか、俺は?」
「……衝撃で脳を揺らされ、脳細胞が記憶を失った程度じゃ、再生(リジェネレイト)しててもおかしくない……って赤井美佐が言ってた。でも、セイ君が思い出してないって事は……普段、多分、無意識の底に沈めることによって忘れてた記憶を、さらに奥底に封じてるんだと思う」
 ……二年間。一体何があったんだ、俺に?
「ね、どうする?」
「俺は……何で鈴鹿に殺されかけたのか、知りたい。
 幾ら愛している相手だからっつったって、ワケも分からず殺されるなんて、真っ平ごめんだ」
「理由を納得したら、彼女のために死ぬの?」
「それは……納得できるなら……あるいは」
 パンッ!
 次の瞬間、乾いた音と共に、目から火花が散る。
「馬鹿言わないでよ!!」
「い、いや……え?」
「セイ君のばかっ! あんなトンデモ暴走女と、二年間付き合い続けていられたとでも、思ってるの!?」
「いや、普通に付き合い続けてれば、案外何とかなってるんじゃないかと思っているんだけど?」
「……ごめん。セイ君のいい人っぷりなら、マジで有り得るって考えちゃった。
 でもね、そうはならなかった。ならなかったのよ。
 あの女はね! 自分に都合の悪かった事をセイ君の記憶から消して、もう一度やり直すつもりなのよ!」
「……記憶を、消した?」
「セイ君は許せるの? 私は許せない! それが我慢出来ない! だって……だって……私のだもん! セイ君は私のだもん!!」
 ……一体、何がきっかけで、俺は鈴鹿を振り、そしておそらく……椎野、もとい、飯塚佐奈を新しい彼女にしたのか?
 思い出せない。
 彼女が言う二年間は、恐らく、俺にとって激動の年だったのだろう。
 そう、それこそ、俺が『壊れて』しまうような……
「椎……あー……その……佐奈。頼みがある。俺の記憶を元に戻す手伝いをしてくれ」
 だからこそ俺は、そこから目をそむけるわけには、いかなかった。
「セイ君……じゃあ、まず『ココ』から始めよう」
「……ここ?」
 木造二階建て。古いアパートの一室。
 ここに俺の記憶の手掛かりが?
「ここは、今のセイ君が住んでる部屋。信じられないかもしれないけど」
「は?」
「だから、この部屋を探してみて? 色々あるはず」
「……あ、ああ」
 押し入れを開け、中の洋服タンスを開ける。と、そこにある日常の衣服に、何着か憶えのあるモノが。
 さらに、タンスを開けていくと……
「なっ!?」
 それは……俺の黒紋付。ついこの間、元服のお祝に貰った正装だ……
「……冗談、じゃないんだな」
 俺の問いに、無言でうなずく佐奈。
 つまり、今の俺の家は、この安アパートの一室だ、という事になる。
 さらに、食器棚の中には何個かお気に入りの茶碗や食器類があり……。
「俺の……黒楽」
 棚の奥には、愛用の黒楽茶碗を含めた茶道具一式が、袱紗に包まれて鎮座していた。
「っ!!」
 部屋を探るたびに激しくなる頭痛を無理矢理押し殺し、俺は一つ一つ、確認していく。
「ここは……この部屋は……」
 そのうち……薄ぼんやりと、どこに何があるのか、予感めいたものを感じ……そして、その予感どおりの品が出てくるにつれ、予感は確信へと変わっていく。
「……ゲーム、そうだ……ゲーム機を」
 立ち上げたゲーム機のメモリーカードを見ようとし……ああ、何てこった。液晶モニターに画面に表示されている西暦は……俺の記憶よりも、二年先に進んでいた。
 そして、メモリデータの中には、いくつか記憶にないゲームもあるが……というより、この部屋にある物品もそうなのだが、全体的に『完全に俺の好み』のアイテムが揃っているのだ。
 もう、認めざるを得ない。
 ここは俺の部屋なのだ。俺は二年間近く、この部屋で暮らしていたのだ。
 ……じゃあ、何で?
 実家から離れて暮らすには、歩いて五分も無いこのアパートは、家から近過ぎる。
 一人暮らしをするだけなら、伊藤家の所有物には、もっとマシなマンションもあったはずだ。
 合理性が無い? いや、無いわけがない。
 だとするなら?
 酷くなる頭痛を押し殺し、俺は自分の部屋の見分を終える。
「ここは……もう、分かった。次の場所に……案内してくれないか?」
「うん……わかった……」
 玄関を開け、アパートの階段を下りる。
 見慣れた道。知ってる路地。そこを歩く。って……この道は?
「……俺の、家?」
 俺の家に出る、最短ルート。もう少しで……ん?
 家の敷地に立っているはずの、イチョウの大木が見えない。代わりにアソコにあるのは、無機質なマンションのコンクリートの壁。
 ……なんだ? おい……
 頭が痛む。それ以上に、胸の奥、心臓がざわつく感覚。
 脳が、肉体が、不快感と痛みによって『それに向かうな』という警告を発していく。
「セイ君?」
「あ、あれ? おか……おか……しい……」
 ガクガクと震える体。
 見るな。あれを……見るな……。
「っ……逃げて……たまるか!」
 無意識をねじ伏せ、無理矢理一歩を踏み出す。
 あの角を曲がれば、家の敷地が直接見える。瓦の乗った土蔵壁が続き、古い木の門構えの……
「あ……」
 そこには、知らないマンションが立っていた。
 そして……
「あ……あ、ああ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
 俺は……無くした記憶の全てを思い出した。
 二年前、伊藤家のグループ企業の建設会社が、中東のとある国から、大口の仕事を受注した事。
 そして、そこの王族に招かれた両親を乗せた飛行機が、何者かの手によって撃墜され全員行方不明になった事。
 その日を境に、ハゲタカのように遺産を毟りに来た親戚や弁護士たちの事。
 信じていた執事、秘書、弁護士、親戚、親友。
 全てに裏切られ、俺は、伊藤家が持っていた財産の大半を手放す羽目になり……そして……

 ワケも分からず、俺はあの日と同じように走り出していた。
 どこに向かっているのかも分からない。ただ、この場所から一刻も離れたくて走り出した。
 酷い! 酷い! 酷い!
 なんで! なんで! なんで!
 不条理と理不尽と悔しさで、胸がいっぱいになる。
 親も、家も、全てが一カ月もしないうちに消えてしまった。
 心から誕生日を祝ってくれた親父やお袋も。
 そして……この許せない不条理に必ず現れるはずの『正義のヒーロー』は、とうとう現れずじまいで、俺は今更ながらに自分がタダの無力な餓鬼にすぎないのだと、理解する事になった。
 くやしくて悲しくて切なくてさびしくて……何度死にたいと思ったか。
「……あ……」
 気がつくと、近所の山……というか、森の中。
 元々は防空壕だった、短い洞窟の奥で、俺は外を見ていた。
 視界が熱く感じ……初めて俺は、自分が泣いているんだと知った。
「は、ハハハハハ、何だよ、情けネェ……二年前と一緒じゃねぇか」
 そうだ、あれから二年だ。
 いつまでも無力なまま、ガキの頃の遊び場で泣いてるわけにはいかない。
 あの日、失った全てを取り返さなくちゃ、親父たちが『帰ってきた時に』申し訳が立たない。
「……そう、だ。いつまでも正義のヒーローをアテにしてるワケにゃ、いかないんだった……」
 穴倉から一歩を踏み出す。
 あの日と同じように……また雨が降り始めていた。
 ケータイ……は、もう無いんだったな、そういいえば。あのラブホテルと一緒に、財布も爆発炎上してしまった。
 ……参ったな、チクショウ。
「家に……戻らないと」
 と……
「セイ君」
「あ……は、ははは……何だ、ついて来たのかよ。クソ、カッコワリィトコ……また見せちまったな」
 あの日、雨の中、泣き濡れながら歩いていたところを見られた、あの気まずさが、またぶり返してくる。
「……お前と……裕くらいなもんだったよ。変わんなかったのは」
「変ったよ……私は、セイ君のおかげで変わったの。ううん、変われたの」
「そうか……そうだったな……そういえばそうだ。うん、そうだった」
 と……
「!?」
 何か……『とんでもないモノ』がやってくる。
 そんな気配を感じ……
「危ないっ!!」
 佐奈をさらうように抱えながらよけたその場所に、空から降ってきた『丸くて赤い通行止めの交通標識』が、バキバキと木々を薙ぎ倒しながら、地面にぶっ刺さる。
 が……本当にヤバイのは、その地面にブッ刺さった『交通標識の上に乗って飛んできた』人物だった。
 白を基調に青い縁取り、胸元に赤いリボンが印象的なトリコロール・カラーのドレスを身にまとい、あまつさえツインテールの『魔砲少女』のお面で顔を隠した怪人物だ。火力と魔力で全てを解決する白い悪魔な例のアレだが、お面の中身を考えると大体間違ってないのが恐ろしい。
「チッ……お早いおつきで」
「う、嘘……秩父の山奥から、乗り物も翼もなしに、この時間でここまでどうやって!?」
「だから、『乗り物』に乗ってきたんだろうよ」
「乗ってきた? って……?」
「いや、この交通標識ブン投げておいて、後追いでジャンプしてそれに飛び乗って……びゅーんって……」
 と、チッチッチ、と指を振る『魔砲少女』。
 指し示す先。乗ってきた通行止めの交通標識の、赤丸に引かれた幅広の白線の中に『零刃愚覇亜屠』なんぞとマジックで書いてあった。
 ……どうも、あれが魔法の杖のつもりらしい。っていうか、魔法の杖に乗ってきた、っていうつもりか!? つもりなのか!?
「どう考えても地上最強の殺し屋のほーだと思うんだが……ま、ガワも中身も大体似たようなもんか」
「ふっ……暴れるダークストーカーあればトコトンぶちのめし!! 愛する彼氏は無理矢理独り占め!!
 大胆不敵! 電光石火! 勝利は私のためにある!!
「いや、大体あってるとはマジで俺も思うけど、やっぱ違うって、それ」
「シャラーップ!! と、いうわけで、問答無用、見敵必殺!」
 ぶぉん!! と豪快な音を立てて、『魔砲少女』の手の中で旋回する通行止めの交通標識……もとい、『零刃愚覇亜屠』。
 こんな森の中で振りまわしたら、逆に引っかかりそうなものだが……
 斬!!
「!?」
 嫌な予感がして飛びのいた空間を、鋭く一閃した交通標識の平面……というよりエッジによって、周囲の木々が『すっぱりと切断されていた』。
「セイ君! あの女の能力は、ただ一つ。やってる事自体は、物凄く単純よ。
 人間の魔術師や魔法使いには基礎的な技能。私やセイ君みたいなダークストーカーだったら無意識レベルの『能力』よ」
「え?」
「恐らく……その能力をあそこまで極めて、かつ高い魔力で、かつ……あんなフザケた使い方をしてる人間は、他に居ないとは思うけどね。
 彼女の能力は『強化』。それも強化する物質やどういう風に強化するという方向性を一切問わないの。だから実質的に『変質』や『支配』に近いモノだと思って!」
「それでか!?」
 つまり……あの教室での『コイン曲げ』は、コインの『柔軟性』を『強化』したのだろうし、今の場合は交通標識の『強度』と『切れ味』を強化しているのだろう。30ミリガトリング砲の直撃を受け続けて耐え抜いたのは、車体の強化。無論、鈴鹿自身の肉体も、基礎体力とは別に強化済みなのだろう。
 ……って
「ホントになんでもアリじゃねーか。まあ、俺も大体やる事は一つなんだが……」
「俺たちも、でしょ♪ セイ君が前に出て、私が狙撃。OK?」
 微笑みながら、佐奈につっこまれ……俺は、あえて首を横に振った。
「佐奈、彼女とのケリは、俺一人でつける必要がある」
「ちょっ、あんな化け物相手に!?」
「化け物は俺たちのほうだろ? 彼女はあくまで人間で、しかも『正義の味方』だよ……処刑人(パニッシャー)とも言うがな」
 そう、思い出したのだ。
 俺は、俺のまま、迷わずに。全てを受け入れ、全てを取り戻し、そして、全てを俺の都合で振りまわす。
 その覚悟を決めたからこそ、俺はあの日の夜にこの牙を受け入れ、そして夕暮れ時の保健室で佐奈を抱いて牙を突き立て、そして……あの夜に、佐奈は俺の嫉妬と欲望を知り、俺に全てを委ねたのだ。
「だから、そこで待っててくれ、佐奈。ちゃんとケリをつけてくるから」
 だからこそ。
 二年前の恋の決着は、俺の手でつけなければならない。
「さあ、かかって来いや『正義の味方』!! 魔界の大魔王様が相手になってやる!」
「上等!」
 『魔砲少女』の振りまわす交通標識……もとい『魔法の杖』が、ハルバートよろしく振りまわされ、周囲を荒々しく切り裂いていく。
 速い、重い、休まない。
 長柄武器相手では、こちらが受け止めるのもままならない。
 一応、日拳や空手には、対刀剣を基本とした武器相手の技もあるにはあるが、それでも槍の間合いは脅威以外の何物でもない。無為に掴むのも論外。武器をつかんだ相手を、テコの原理で逆に相手を捩じ伏せるのは、洋の東西問わず、長柄武器に共通する技だ。
「ぬぅぅあああああっ!!」
 それでも、横薙ぎに払われる一撃を無理矢理に受け止め、脇の下に抑え込み、ねじ伏せた。
 ゴッ……ギッ……
「! ……右アバラ3本。思った以上に安い買い物だな」
 ミキミキミキっ、と交通標識のポール部分が二人の圧力を受けてひん曲がる。
 ふと思う。
「おい、どっちかっつと、お前の能力的に『弟子のロボ子』のほーがお似合いじゃねーのか?」
「流石に、ローラースケートで森の中走れないよ」
「お前はやるだろーが! そういう無茶を」
「何もない空に道作ったりとか、出来るわけがないでしょ!」
 なるほど、元が無い物は作れないし弄れません、ってことか。
 などとやり取りをしていると……
「!?」
 瞬間、ギリギリと押し合いをしていた交通標識が、ゴムロープのような柔らかさに変化した。
 硬度を下げ、柔軟性を上げる強化? ってまさか!?
「うわっ!?」
 つんのめってバランスを崩した俺に、ゴム化した交通標識……もとい、『魔法の杖』が、まるで鞭のように上半身に絡みつき……
「拘束(バインド)!? っておい、こーゆーのもありかよ!?」
「安い買い物には理由があるのよ!」
 上半身拘束された上に再度硬化、固定する『魔法の杖』によって、身動きが取れなくなってしまった。
 くそっ!
 魔力を活性化、中和、相殺……って、何だこの馬鹿魔力はっ!? 相殺……しきれん!
「っだぁぁぁぁぁぁっ!!」 
 魔力と筋力、両方の力技で、何とか拘束を振りほどこうとするが、ありえない程頑丈に『強化』された『魔法の杖』の拘束は、どうしようもない。っていうか、普通、こんな馬鹿魔力注入したら、元の物質が崩壊するんじゃないのか!?
 って……
「げッ!」
 気がつくと、鈴鹿は……その手に『恐ろしい物』を握っていた。
 石、である。というか、岩、と呼んで差し支えないサイズだ。
 言っておくが……俺は上半身を交通標識にふんじばられたままである。
「やばっ!」
「レイジング・オブ・ハートの名のもとにっ!! 私のこの手が真っ赤に燃える! 愛取り戻せと轟き叫ぶ!!」
 冗長かつ外連味あふれる詠唱……っつかキメゼリフと共に、見るだけでハッキリと分かるほど、片手でひっつかんだ岩にギリギリと指を喰い込ませ、膨大な魔力が注ぎ込まれていく。
「っておい!? 愛取り戻すために元彼ふんじばって岩投げつける女がどこにいる!?」
 そんなツッコミ聞く耳持たぬとばかりに、背中見せるほど全力で振りかぶる『魔砲少女』。
「全力全壊! 超・級・猛・女・投・石・弾!!」
 ズゴォン!!
 強烈な余波と轟音と共に、星を軽く石破天驚しそうな程の魔力が込められた岩が、問答無用で砲弾のように螺旋を描きながら突っ込んでくる。(……ナゼか、その投石に『どこぞの正義の神に仕える猛女』の顔が浮かんでいたりするのには、流石にもうやり過ぎてツッコむ気にはなれなかった)
「セイ君!!」
「来るな!!」
 庇おうとして飛び出してきた佐奈を、瞬間的に目線で制し……
「うおおおおおおおおおりゃああああああっ!!」
「!?」
 右足で踏み切ると同時に、左足で投石を踏みつける! この状況で、左足一本なら上等だ!
 そのまま、空中で前転するように全力を込めた右足を叩きつける胴回し回転蹴り――近代空手の大技が、『魔砲少女』のお面をカチ割った。
「っ!?」
 顔を押さえてよろけながら、膝をつく鈴鹿。それでもダメージは、致命傷には遠いだろう。
 だがそれでいい。狙いは打撃そのものではない。
「鈴鹿。悪いが……俺はもう、お前を愛することは出来ない」
 『正体不明の正義のヒーロー』ではなく、あえてお面を割ったその下。
 素顔の遠藤鈴鹿に、俺は語りかけた。
「あの時……今みたいな宵闇の雨の中に、『正義のヒーロー』がいてくれれば、お前とは別れずに済んだのかもしれない。
 ……でもな、居なかったんだよ。
 俺が憧れた、かっこよくて、無敵で、正体不明の『正義のヒーロー』は、あの時、どこにも居なかったんだ。
 だから俺は、強くなるしか無かった。強くなって、俺が取り返すべきモノ全てを取り返すために。そして……今の俺に残された、数少ない大切なモノを守るために。
 だから……俺がお前を愛する事は二度と無い! もうお前のわがままに付き合ってやれる余裕は、俺には無いんだ!」
「っ……そ……それが、答えか?」
「……すまない! お前の無茶は、もう飲めない!」
 ぶるぶると震える手が、固く握りこまれる。
「こっ、こっ……この……この、バ彼氏がぁぁぁぁぁぁ!」
「っ!」
 『強化』された拳で思いっきり殴り倒され、もんどりうって倒れる。
「立てぇい! 二年越しの、会うに会えなかった女心を袖にするなんぞ、Nice boatにされたいか! このバ彼氏がぁっ!」
「っ……言われんでも……!!」
 バキバキに折れた左足を踏ん張り、拘束されたままの上半身を起こして、無理矢理立ちあがる。
「何度でも言うさ! 俺は全てを取り返す! だから、お前のわがままに付き合う余裕は、俺には無い!」
「ええい、私の思いがまだ分からんのか、このバ彼氏がぁっ!」
「分かるさ、鈴鹿……だから、涙は『正義のヒーロー』には似合わない」
 雨で誤魔化していたそれを指摘され、硬直する鈴鹿。
 次の瞬間、
「っ……あああああああ!!」
 思いっきり振りかぶったフルスイングの鉄拳が、『魔法の杖』の拘束ごと引きちぎって俺の腹に突き刺さった。
「……鈴……鹿……」
 吹き飛ばされて木に叩きつけられ……それでも、何とか……何とか踏みとどまる。
 ここで倒れたら、もう二度と立ち上がれない。
 左足は崩壊中。殴られ続けたせいで全身満身創痍。
 それでも、右手が自由に動くのなら……問題は無い。
 この『技』に、力は要らない。
 ただ、狙い通りに腕が動けば。読み通りに相手が動いてくれれば、それでいい。
「鈴鹿……今、止めてやる」
 拳を緩く握り、構える。
「清吾ぉぉぉぉぉぉ!!」
 泣き顔のまま、一直線にダッシュして鉄拳を振りかぶる鈴鹿。それにあわせ、俺は右の拳を走らせ……
 ……とん……
 何の破壊力もない右拳が、鈴鹿の胸――心臓の真上の場所に当たった瞬間、ここに俺の『必殺技』が成立した。
「がっ! ……な……!?」
 何が起こったのか分からない、と、愕然とした表情を浮かべる鈴鹿。
 無理もない。
 これは――少なくとも俺の知る限り――既存のどんな拳法にも存在せず、また仮に存在していたとしても……人前では絶対に披露できない技だからだ。
 強制的に心臓震盪を起こさせる『コレ』は、どんなに相手がタフだろうが、決まってしまえば、ほぼ確実に相手を絶命に至らしめる事が出来る。
 その技の名は――
「――……じゃあな、鈴鹿……」
 胸を押さえて崩れ落ちる鈴鹿を受け止め、俺は耳元でささやいた。

「終わっ……たの?」
 木陰から出てきた佐奈が、おずおずと俺に声をかけてきた。
「……ん、大体は、な。ちょっと待ってろ、最後の仕上げだ」
 そういうと、俺は倒れてる鈴鹿の上半身を起こすと、背中側に回り、両腕で肩をしっかり掴むと、首筋に顔を寄せ……
「よっ!!」
 右膝を背中に当てながら、背筋で反動をつけ、思いっきり心臓に『活』を入れてやる。
「ぐはっ、がっ……ぶはっ! げはっ、げはっ、げはっ!」
「落ち着いたか、鈴鹿? 悪いが水は無いぞ」
 背中をさすってやりながら、落ち着くのを待つ。
「……な、なんで……」
「助けたか、って? 決まってんじゃん。
 大魔王を正義のヒーローが倒さない限り、物語は打ち切りにはなっても終わりにはならない、だろ?」
「……」
「そう腐るなよ。人間やめた俺だってさ……『かっこいいヒーロー』とのガキの頃の思い出くらいは、大切にしたいんだよ」
 そう、これは俺の勝手。わがままだ。
 本当なら、殺すなり血を吸うなりしなければいけないのだが……それを俺は、あえてするつもりは無かった。
 彼女に恨みがあるわけではない。
 彼女に対する羨望や憧憬の思いはそのままに、ただ……愛する事が出来なくなった。
 それだけなのだから。
「……清吾。あのさ、『全てを取り返す』って言ったよね?」
「ああ」
「その中に……私との思い出は、もう含まれ無いのか?」
「含まれるよ。ただ……思い出だけじゃ今のお前を愛する事は出来ない。それだけだ」
「そっか……はは、参ったな……失恋なんて、この年で初めてなんだ」
「すまない。それしか……言えない。
 でもな、俺にとってお前は、やっぱり今でも『カッコイイ最強のヒーロー』なんだから、カッコよく居てほしいんだよ。
 ほら、言っただろ? ヒーローに涙は似合わない、って」
 そう言って、俺はうつむいた鈴鹿の目じりをぬぐってやる。
「……そう、か……」
「うん、まあ、ただ……少しはおとなしくしてほしいかな。流石にもうこれ以上、俺も無茶は飲めないしな。
 じゃあな、鈴鹿……生きてたら、また、どっかで」
 そう言って、佐奈を連れて立ち去ろうとした、その時だった。
「待って」
「?」
「……あの……その……悪い、立ち上がれなくて……起こして」
「ん? 『止めただけ』だから、そう重症じゃないハズだぞ?」
「そうじゃなくて……清吾に、立たせてもらいたいの……最後に、お願い」
「……ったく……」
 しょうがないな、とばかりに右手を伸ばしかけ……
「……腕つかんだ瞬間、関節技とか投げ技とか、やったりしないだろうな?」
 この騒動の端緒、『一発殴られる』だけの話が、どんだけ致命的な結果をもたらしたかを思い出した。
「むー……信用無いのね、私」
「しない、って誓えるか?」
「はいはい、誓う、誓うわよ。殴ったりもしない、関節技もしない、投げたりもしません!」
 基本的に、この女は絶対に嘘をつく事『は』無い。約束はちゃんと履行するタイプである。
「よし。ほら、手を出せ」
 だからこそ、右手を差し出し、それを鈴鹿が両手で握り……握……あ、あの?
「だーりん♪」
 にっこりと最高の笑顔を浮かべる鈴鹿。
 そして……
「握撃だっちゃ♪」

 鈴鹿さんとの別離の『握手』は、肉がハヂケる程に強烈でありました。

「おーっす、清吾……って、どうしたよ?」
 翌日……というか、日が昇って。珍しい梅雨の晴れ間の日差しは、とうに夏の激しさを伴っていた。
 そんな直射日光バリバリの中、右腕と左足がバキバキになった末に、全身ボロボロの状態で、右腕を三角布で釣って左手で松葉づえを突きながら、どうにか学校に登校したのは、普段よりもかなり遅れて、遅刻ギリギリの時間だった。
「あー、鈴鹿さんの逆鱗にね……うん、ちょっと」
「ああ、そうか」
 ご愁傷様、という目で俺を見てくれる、猪上以下、クラスの一同。
 ううううう、痛い、辛い、吐き気までする……
 どうも、鈴鹿のつけた傷は相性が悪いのか、治癒の速度が普段と比べて異常に遅いのだ。加えて、この直射日光である。
『これ、どう頑張って安静にしてても、一週間以上かかるわねー』
 とは、赤井美佐の弁である。
 いっそ、家で寝て安静にしているべきだったかもしれないが……
「……おはよう」
「……や、やあ、おはよう」
 ぶすっ、と膨らんだ佐奈の顔に、俺はひきつった。
「……あ、あの……佐奈さん?」
「ん? なあに?」
 ニッコリと微笑みながらも、その顔にはキッチリとカンシャク筋が浮かんでいる。
「お、怒ってる?」
「怒って無いように見える?」
 やっぱり……
 昨日の大騒動の末に、何とか家までは肩を貸してもらったものの、終始無言だったうえに、ひとしきり俺の世話をすると、一言『バカじゃないの』と言い捨てて出て行ってしまったのだ。しかも、何故かセラまで一緒に。
「……その……なんだ」
「授業始まるよ?」
「うん……でも、その前に。助かった、ありがとう。マジで感謝してる」
「……それだけ?」
「……その……愛してる」
 周囲に聞こえないように、ぼそっとつぶやいた。
「……ん、よろしい」
 そこで、ようやっと笑顔を浮かべる佐奈。
 ……よかった……何とか円満解決か。
 ガタガタの体をおして、学校に来た甲斐があったというものである。
「あ、裕。お前もありがとうな」
 自分の席に着いたとき、後ろに座っていた裕の奴にも声をかける。
「……バイクに乗った時よ。お前、俺のアバラおもいっきり押したろ?」
「う、悪かった」
「ま、お前もあの時は重傷だったし。
 それに、あんだけやりゃ、姉貴も暫くおとなしくなるだろうし……それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない。彼女を幸せにしろよ。
 っていうかさ、ようやっと昔の呼び名に戻ったのな?」
「まあ……な……ほら、ちょっと昔の呼び方してるとさ、色々思い出して。
 でも、ちゃんとケリ、つけたからさ」
「そっか……良かったな、清吾」
 などとやり取りを交わしていると……
「遅刻遅刻遅刻遅刻ーっ! おっはよー!!」
「うぃーっす!」
 例によって例の如く、遅刻のデッドラインを示す存在と化したナタリアの奴が教室に飛び込んできて……
「はい、じゃあ、朝のホームルームを始めます。日直ー!」
 赤井美佐の号令で、いつものホームルームが始まった。
「起立! 礼! 着席!」
 よっこいしょ、と片足で立ちあがり、頭を下げ……って……げっ!
「あー、伊藤君、無理がありそうならちゃんと言ってね。保健室に連れていくから」
「は、はぁ……」
 鈴鹿さんが、教室の隅にしれっと入って立っていたりなんぞする。
 ……そうか、そうだよな。実習の期間は二週間あるわけだから、昨日一日で終わるわけが無いよな……
 まあ、あれだ。ちゃんと分かれも告げたし、問題は無い……はず……だよな?
 そして、あれやこれやのホームルームが終わり、最初の国語の授業が始まった直後だった。
 慣れない左手で、何とか黒板の内容を書き取っていたが、やはり利き腕が使えないというのは不便なもので。
「あ」
 手からこぼれおちたシャーペンを拾い上げようとして、微妙に手が届かない。
「……むぅ」
 しょうがない、とばかりに筆箱からもう一本取り出して、さらに書き取りを始め……また落としてしまう。
 というか……直射日光が傷に染みて、だんだん酷くなってきたっぽい。
 ……ああ、やばい……な……

「……お?」
 気がつくと、保健室のベッドの上だった。
「……馬鹿でしょ?」
 そして、そばに、佐奈が立っていた。
「ひょっとして、俺……倒れた?」
「そうよ。ものの見事に。ガッターンって!」
「ああ、そっか……」
 とほほほ、情けない。骨折の一つ二つしても、昔は元気に授業に出てたものなのだが。
 なんか、吸血鬼になって弱くなったんじゃなかろうか?
「はい、これ!」
「?」
 手渡されたのは、血液のビニールパック。
「セイ君さ。血を吸いたがらないのは分かるけど、怪我した時くらい、ちゃんと飲みなよ。
 輸血パックの血ならトマトジュースより少しはマシでしょ? セラだって飲んでるんだし」
「……あーうん。そう、だな……」
 実を言うと輸血パックの血って、時間が経ってて不味いうえに、毒か何かを入れられる可能性もあるので、少々怖いのだが……
「ついさっき、朝一番搾りたての新鮮な血だってさ」
「そうか、すまない……」
 一口、すする。
「お!?」
 普通とは違う。強烈な魔力を秘めた、濃厚な血の味に、少し夢中になりかける。
「美味しいな、これ。誰の血だ?」
「……『正義のヒーロー』からの差し入れだって」
「そうか。うん、ありがとうって伝えといて」
 消化した血がエネルギーとなって、治癒速度が大幅に加速していくのが分かる。
 うん、この調子なら、三日もあれば……って。
「……おい?」
 セーラー服のブラウスのボタンをはずし、服を脱ぎ始める佐奈。
「吸って……」
「え、おい、ちょ……何」
「いいから! 私の血を吸って! それで怪我が治るんでしょ!」
「い、いや、その……」
 確かに、治る。
 だが、それは吸血鬼の本能や衝動を加速させる事でもあるのだ。
 野生動物(に、限らず人間もだが)が怪我や病気から回復する時に、旺盛な食欲を示すのと一緒である。
「佐奈、ここじゃマズいって」
「……だもん……」
「え」
「私がセイ君の一番だもん。だから、お願い……私を食べて、元気になって」
「……佐奈……」
 寄り添うように、ベッドの中に潜り込んでくる佐奈を俺は抱き寄せ……
「こ、ここじゃ……やっぱりマズいと思うぞ、佐奈」
「大丈夫。だからセイ君……おねがい」
「いや……その……後ろ」
「ふぇ!?」
 そこに立っていたのは……
「……あーのーねー、若々しくてラブラブなのは結構ですが、保健室はラブホテルじゃないのよ? 分かってる?」
 この保健室の主、養護教諭の熊谷先生と、実習生の遠藤鈴鹿の姿だった。
「う、うひゃわわわわわ!!」
「全く! 『部屋の鍵閉めて』一体全体、学校で何しようっての!? おまけに、中からつっかえ棒か何かしてたでしょう!?」
「ま、そういうことだ♪ そういうわけでな、二人は早退って事にしておいてやるから、ケガ人連れてとっとと帰れ♪」
 憤慨する保健室の主と、その背後に立つ教育実習生の皮を被った無敵の魔法使い。
「伊藤君、飯塚さん。この事は先生の胸にしまっておいてあげる。
 でもね、ちゃんと避妊はしなさい? ゴムはつける事! いいわね!」
「は、はい……」
「気をつけます」
 ひたすら恐縮するしか無い、俺と佐奈。
 『術』で堕とそうにも、後ろにはこれ以上、絶対敵に回したくない生き物が控えていたりする。
「ああ、それと……二人ともちょっと」
 廊下に出て、ちょいちょい、と鈴鹿さんに手招きをされる。
「来学期から、多分、産休の吉本先生の代わりに、この学校に正式に赴任することになったから♪」
「はぁ!?」
「ちょっ、鈴鹿さん? なんで?」
「いやねー、みんなに言わなかったんだけど、私、正式な教員免許はちゃーんと持ってるの。
 でもねー、教師なんて久しぶりだから、暫く実習生って事で、肩慣らしさせてもらってたのよねー」
 は、はいいい!? 
 それで、妙に堂に入った授業が出来たのか!?
 って……まさか、それって……
「っては、表向きの理由。本当の意味は……あんたたちなら分かるわよね」
 ぼそっ、と耳元でささやかれる。
 やられた……
 つまり、学校にせよ、登下校の最中にせよ、うっかりしたら家に居ても。
 何かコトが起こったら、『神出鬼没のアニメのお面を被った正体不明の正義のヒーロー』が現れる事になるのだ。
 図らずも昨日の出来ごとは、ハンター側のこちらへの抑止力としての鈴鹿の存在を、完全証明する事になってしまったわけで。
「じゃ、そう言う事で。ああ、あと……あんたの『アレ』は私以外には見せないほうがいいわよ。
 ったく……真面目で素直だったアンタが、何でああいう一回こっきりの邪道な拳を身につけるのかねぇ」
「……う」
 そう。
 あれは『読み』が全てであると同時に、定石的な攻防では、ほぼ成立しないと言っていい。
 相手は避けるし、防ぎもする。あの時は鈴鹿が完全に直線的な動きに終始してくれたから、成立しただけだ。
 ……いや、一応、全てを『アレ』につなげるための連続技も、あるにはあるが、まだ実験中だし。一応、押し込み強盗相手には成功してるが、鈴鹿に通じるか否かは、恐ろしすぎて試す気にはなれない。
 ……っていうかもう二度と、この人とは喧嘩どころか実撃(組手)だってしたくありません。いや、マジで……怖すぎるし。
「ま、そういうわけで、よろしく♪ じゃ、私は次の授業だ♪」
 そのまま、飄々と去っていく鈴鹿さんを、ひきつった顔で俺と佐奈は、見送る事になった。

「なんか……とんでもない事になっちゃったね……」
「ああ、そうだな」
 木造アパートの一室……つまり、俺の部屋。
 包帯まみれの俺を支えて歩いてきてくれた佐奈は、俺を布団に寝かせて包帯を交換してくれた。
「も、もう学校でとか、無理だね……」
「そうだな」
 保健室はもちろん、放課後に教室でどうこうなんてしたら、どうなる事やら。
 ……まさか『私も混ぜろ』とは言いだすわけも無かろうが、気まずいうえにイロイロヤバいのは間違いない。
「まあ、いいんじゃないか? なんつーかこー……ひとつの仕切りっつか、区切りみたいなのが出来てさ」
「むー……」
 とりあえず、軽く納得できた俺に、ふくれっつらの佐奈がうなる。
「なあ、佐奈。社長とか企業の大株主とか……金や権力持ってる人間の暮しって、どんな暮らしだと思う?」
「え? どんな、って……昔のセイ君の家みたいに、大きなお屋敷に住んで……っていうか、お金持ちの人の暮しって、昔のセイ君の家くらいしか知らないよ」
 だろう、な……
「派手にしていれば叩かれる。地味すぎちゃナメられる。人目を気にして作り笑顔で握手交わして、裏じゃ物凄い青い火花をバチバチ散らして。そんで、背負ってるモンは、会社組織っつーアカの他人の人生なんだぜ? テメーで自由に出来るモノなんて、結婚相手も含めて、これっぽっちもありゃしない。
 そんで、ちょっとでも隙を見せたら、『金持ちにタカるのは当たり前』ってツラしたハイエナみてーな連中が、こっちの財産むしっていく。
 だからな、金持ちの生活って、人にもよるけど意外と質素なんだぜ。……少なくとも、俺の家はそうだった」
「そう、なんだ……」
「どんだけ札束を積み上げても、どんだけ偉そうな肩書がついても、どんな立派な家で暮らしてても。
 明日の朝には、全部消えてなくなっちまうかもしれない。
 実際にひと月で肉親と家無くして路頭に迷って、親父が言ってた言葉の意味を、身をもって理解する羽目になったけどな」
「何が……言いたいの?」
「だから、さ……明日にゃ俺は『吸血鬼』じゃなくなって、お前も『淫魔』じゃなくなってるかもしれない、って事。
 で、お前、そんな時に『学校じゃないと感じないの』なんて事になったらどうする?」
「セイ君……」
 何か言いたそうな目で、俺を見る佐奈。
「まあ、最悪、お前も『行方不明』とか『敵にまわりました』なんてオチがつく可能性もあるから、『何が起こるか分かんない』って意味じゃ考えても無駄かもしれないんだけどさ」
「セイ君」
 今度はジト目で睨まれた。
「ああ、悪かった。
 で、だ……鈴鹿の事がバレたついでに白状するとさ。俺、中二の頃には、家の都合でもう許嫁が決まってたんだ。
 っつっても、俺も相手の顔を知らねぇ。
 小学校上がるか、そのちょい前くらいに一度会ってるらしいんだが……正直、顔が記憶にねぇ。まあ、そんな相手だよ。
 とはいえ、許嫁は許嫁だ。
 でも、その相手……っつーか、家はな、うちがハイエナにタカられてる現状を知っても……まあ、何もしてくれやしなかったよ……いや、ハイエナと一緒に足並み揃えて、ムシりに来なかっただけマシか……まあ、そんな、誰かが助けてくれる、って思ってたクソガキだったんだよ」
 猪上の馬鹿も含めて、何人かの馴染みの知り合いに『お前は冷めてる』なんてたまーに言われるが。
 いっぺん両親と全財産失って路頭に迷ってみりゃ分かるぞ、って言ったら、みんなあっさりと納得してくれた。……諦めた、とも言うが。
「……でもな。そんな俺でもな……親父の腹心だった人が家族そろって首吊った、なんて話を聞かされたりとか、新しい経営者の馬鹿社長っぷりを聞かされりゃあよ……あれだ、いきなり親に呼び出されてロボに乗って化け物と戦わされるアレじゃねぇが……じゃあ、俺が何とかしてやるしかねぇだろう、って思っちまうんだ。これが」
「……何が、言いたいの?」
「乗っ取られた会社を乗っ取り返す。むしられた財産をむしり返す。俺なりのやり方で、な。ハイエナに王者の戦を見せてやる……」
 実際の話。ひそかに俺は元々の自分の家の関連企業の株を買い集めて運用し、その資産はトータル『だけ』で見れば、かなりのモノにはなってはいた。無論、銘柄も広く浅くだし、ブラフも多いから、まだ『敵』には察知されていないが……というか、半分はセラのおかげでもあるのだが。
「……この話な、仕事を頼んだセラにも話してない。
 奴は俺の命令に従ってるだけで……まあ、半分以上は感づいてるだろが、核心の部分は話してない。ディレッタントの外面をはずすには、まだ時期が早いし、俺自身も修行が足りてないからな。
 でもこれがな、伊藤清吾にとっての本当の『戦い』なんだ。
 なあ、佐奈。
 それを踏まえた上で……本当に俺に……ついてこれるか?」
「……それって……『ついてこい』でも『ついてきてくれ』でもなくて?」
「これから先、俺が俺の戦いを続けていけば、悪魔とか鬼とか言われるかもしれない。……いや、現に吸血鬼なんだがな。
 ……実際、ああいう世界には、鬼より怖い生き物はゴロゴロいるんだよ」
 親父もその一人だったがな……と、心の中で付け加えておく。一応、佐奈に対しては『優しいくてカッコイイ近所のおじさん』だったのだから。
「お前は、その世界を知らない。そのうえでこんな質問をするのは、卑怯かもしれないが……一度足を踏み入れたら、逃げ出す事は愚か、安易に死ぬことすらも許されない。
 そんな世界だ。
 それでもお前は……ついてこれるか?」
 これ以上無い、俺の真剣な問いに、佐奈はあっさりと……
「うん、ずっと一緒だよ♪」
 さらっと、笑顔で答えてきた。
「俺が踏み入れるのは、逆玉とか、成金セレブとか、そういった世界じゃねぇんだぞ!?
 冗談抜きでハシの上げ下げひとつ、茶漬け喰うにもハシ先3センチ以上濡らせない……スゲェ窮屈な世界なんだ」
「いいよ♪ テーブルマナーも茶道でも華道でも、ちゃんとマスターするから♪」
 これまた、あっさりと言い切る佐奈に、俺は鼻白む。
「セイ君の食事ってさ、急いでいても凄く優雅だったじゃない。女子とか結構憧れてたんだよ? ああ、これが元上流階級なんだなー、って……浮いちゃって、周りに合わせるようにしてからは普通だったけど」
「そういう問題じゃねぇ! 俺が言ってるのは!」
 叫ぼうとして、みしっ!! と、折れた肋骨に響き、顔面が蒼白になる。
「お、俺が、言ってるのは……」
 痛みにこらえながら叫んだ言葉は、キスによってふさがれた。
「覚悟ならとっくに済ませてるよ」
「……佐奈?」
「私はセイ君と一緒に居たい。ずっと、一緒に」
「思いだけじゃ、ついていけない世界だぞ?」
「思いが無きゃ、一緒にいられないよ。それに……」
「それに?」
「うん、って言わなかったら、今度はセイ君が私の記憶を、消しに来そうでさ」
「う……」
 図星を突かれて、俺は絶句した。
「案外、遠藤君あたりに、記憶の中のセイ君の存在をすり替えて、一人で挑んでたんじゃない? そういう世界に」
「……よく、分かったな」
 パンッ、と音が響く。
 ……ひっぱたかれた。全力で。かなり痛い。
「馬鹿にしないで! セイ君に記憶を弄られても、私はセイ君を忘れない自信がある! それくらい、私はセイ君を愛してる! セイ君が好きなの! セイ君にイカレてるの!」
 そのまま、ずいっと顔を近づけてくる。何故か、淫魔のギロチンウィングを伸ばして……
「もしそんな事したら、それこそマジで首チョンパして、Nice boatで旅に出るわよ!?」
 恐ろしい事に、目が完全にガチだ。まったく……俺の身の回りには、どーしてこんなキョーレツな女しかいないんだ?
「う、わ、わかったよ……。
 でもなあ、佐奈。本当に、俺はお前を幸せに出来るのかって、いまいち自信が……」
「まだ言うか、この口はっ!」
 ほっぺたを掴まれて、両サイドに引っ張られた。
「いへへへへ、えひゃい、えひゃいっへ」
「言ったでしょ! 私はセイ君が大好きで、セイ君にイカレてて! だから、私を幸せにできるのはセイ君しかいないの!
 出来る、出来ないじゃない! 私は絶対にセイ君を幸せにする! だからセイ君も私を幸せにするの!」
 そう言って、佐奈が俺の布団にもぐりこみ、体を寄せてくる。
 ふわり、と発情した佐奈独特の、男性の本能をわしづかみにする甘いにおい。淫魔のフェロモン。
「佐……!」
 再び、強引なキスと共に、股間を撫であげてくる佐奈。
「んっ……んふ……ん……」
 唇を割り込んで、丹念に舌で愛撫しながら、股間のジッパーを下ろしてホックをはずしに来る。
「……ねえ、セイ君。大好きな人とキスしてセックスできるのって、凄く幸せな事だと思うよ?
 私は、あの女にどういう事情があったかは知らないけど……それでも思うもん。かわいそうだな、って」
「かわいそう?」
「二年間セイ君と会えなかったんでしょ?
 でも彼女は、その理由を一言も言わなかった。多分、言えない理由があるんだと思う」
「それは、彼女自身が、俺たちを『狩る』側に回ったから、って事じゃないのか?」
「それはここ数カ月の事でしょ? なんで二年間もセイ君を放置していたの?
 ……私には分かるよ。彼女もセイ君が好きで好きで好きで、愛していて、イカレてたんだ、って……でなければ、記憶をトバしてヨリを戻そうなんて考えないはず。そこ『だけ』は同情するよ」
 わざわざ強調して言い切るってあたりは……それ以外は絶対に許さん、という意味なのだろう。
「だから、いっぱいセックスして、いっぱい気持ちよくなろうよ……それが出来るのは、多分、幸せな事だよ。
 ……ね、私の体、触って」
「……ああ」
 包帯まみれのまま、すりよってきた佐奈の体を抱きしめる。
「ぁ……ぁ……」
 ぶるっ、と……佐奈の体が震える。
「だめ……触られただけで……イッちゃう」
「変態だね、佐奈は」
「……うん……見て、クリも乳首も……Hなお汁でぬるぬるで、ビキビキに勃起してるでしょ
 今度はどんな風に、私を抱いてくれるのかなって、凄くドキドキしてるの」
 情欲に目を輝かせ、佐奈が懇願する。
「彼女になって、女になって、牝になって……自分の中の欲望と快楽が、どんどん引き出されて、自分が変わっていくのが凄くドキドキするの。マゾの悦びを教えてもらった時なんか、感じ過ぎて……もっと壊れるくらいに激しくしてほしいって自分からおねだりして……ようやっと」
 抱き寄せるように俺の手を掴んで、自分の胸に当てる佐奈。
「セイ君が、ちゃんと私をモノにしてくれた。完全に私を支配して……本性見せてくれた。
 私で勃起して、私でケダモノになって、私を犯して、私で性欲を満たして、私で満足してくれたのが、すごく嬉しいの。セイ君の中の綺麗な思いだけじゃなくて、そのドロドロとした欲望全てを、私で満たしたいの。私で満足してほしいの。
 だから……お願い、セイ君……この淫らなマゾ奴隷の私に、もっと快楽と欲望を教えて。その、固く灼けた逞しいオチ●ポで、佐奈の淫らな牝穴を躾けて」
「佐奈……」
 伝わる鼓動と共に、牙が伸びる。
 傷ついた肉体の欲求、生存本能からくる下半身の衝動。吸血鬼としての食欲。それら全てが、目の前の牝を貪れと命じてくる。
 何より……もう、認めねばなるまい。俺は彼女を真剣に愛していて、だからこそ……失う事を、本当に恐れている、と。
「愛してるよ。だから……いただきます」
 ゆっくりと、首筋に牙を埋め込み、血をすする。
「っぁ……ぁ……ぁ、ぁぁぁああっ!!」
 傷を癒すため、体を回復させるため。そのために血を啜る……はずだった。
 だが、今、俺が佐奈の血を啜っているのは……単純な支配欲。手元に置きたい、失いたくない、行ってくれるな。それは、完全に俺のワガママだ。
 だからせめて……今の俺に出来得る限りの幸せを、与えてやるしかない。
 まずは……快楽を。
「……っぁっ……からだ……ちから入らない……」
「美味しかったよ、佐奈。」
 次に、深く、ぎゅっと抱きしめて安心させる。
「愛してる。ずっと、一緒に居よう」
「……うん」
 自分でも信じきれない言葉を口にする事に、罪悪感を感じ……それを情欲で無理矢理塗りつぶした。
 言葉は言葉だ。それが虚しいと感じるならば……示すしかない。愛していると。手放したくないと。そして……お前の全てを支配したいと。だから……
「それに、言っただろう。佐奈の体は既にもう、俺の『モノ』だって。……だから、俺が手放すわけがないだろう」
「セイ君……」
 不安に揺れる佐奈の耳元に顔を寄せて、俺は囁いた。
「……見せてごらん、佐奈……俺が教えた佐奈の本当の姿を。
 ご主人様専用の肉便器に生まれ変わった、忠実なる淫乱マゾ奴隷の体を」
「……はい、ご主人様」
 淫蕩な微笑を浮かべて立ち上がった、佐奈の体が変化する。
 セミショートの髪の毛からねじれた角を生やし、黒く濡れ染まった唇に、淫らにヌメる赤い舌。そして、眼鏡の奥の蟲惑的に怪しい光を湛えた瞳に、禍々しく尖った黒い尻尾。
 蝙蝠を模した、赤と黒を色調にデザインされたボンテージレオタードと、同じ色調の、太ももと腕まであるエナメル質のブーツと手袋。いつもの淫魔姿ではあるが、ボンテージの乳房の部分は縁どられて強調するように露出し、股間の部分の股布は肉襞に添ってスリットが入り、淫らな愛液を溢れさせて肉竿を求めていた。
「あぁ……ご主人様……御覧ください……」
 全体的に面積の少なくなった布地が食い込み、より一層淫らな面を強調したその姿は、最早、雄を誘惑して精気をすする淫魔などではなく、完全に主の肉竿と精を求める、あさましい肉奴隷のソレであった。
「ご主人様のチ●ポ欲しさに、疼いて……よだれこぼしながらヒクついて……ぁぁっ、み、見られてるだけで……い、イキそ…い、いいっくぅ!!」
 ボンテージのスリットごと広げた肉襞の中が怪しく蠢き、盛大に潮を拭いた。
「ぁっ……ぁ……ご、ご主人様ぁっ! お願いします! オチ●ポ! オチ●ポ嵌めて!! オチ●ポをマゾ穴に嵌めてゴリゴリズボズボして、佐奈の肉便器躾けてぇぇぇぇぇ!!!」
「くっくっく、ちゃんと『モノ』になってるようだな……いいだろう!」
 そう言って立ち上がると、抱き寄せた。
「さあ、忠実なるマゾ奴隷に、ご褒美をくれてやろう」
「ぁぁぁあ、ご主人様ぁぁぁ」
 体ごと抱きかかえながら、ずぶずぶとうねる肉壺に竿をねじ込んで突きあげる。
「ひぐぅ! ふ、深いぃぃっ、い、ぎぃぃっ!」
「ははははは、いいぞ、その顔だ! もっともっと壊れてみせろ!!」
 乳首から母乳を飛沫ながら、白目を剥いてだらしなく舌を垂らしたアヘ顔の佐奈を、体ごとオナホールのように肉竿で弄びながら、俺は『思考』した。『来い』と。
 そして……
「ご……ご主人様……何が……ひっ!」
「来たな……あがれ」
 玄関を開けて入ってきたセラの目が、完全に怯えているのも意に介さず、俺はセラに強制的に命令した。
「さて、と」
 ずるり、と一度抜くと同時に、今度は後ろを向かせた佐奈の尻穴に先端をねじ込む。
「ぁへぁあああああぁ……いいぃぃ、け、ケツマ●コぉ、ケツマ●コしゅきひぃぃぃぃ!! ゴリゴリズボズボォォォォォ!!」
「くっくっく、佐奈……お前の肉体に、新たな欲望を教育してやる」
 ゆっくりと、抱きかかえながら犯す佐奈の首筋に、俺は再び牙を埋め込んだ。
「ぎっ!! ひぁぁぁぁぁぁ!!」
 貫かれる快楽に反応した佐奈の体は、俺専用の肉便器に相応しい締めつけでもって、肉竿に射精を促してくる。
 だが、それだけではない。そう……セラを呼んだのは、他でもない。
『生やせ』
 俺の思考に、佐奈の肉体が変化を始める。
「ひぁぁ……ぁ、あぁああぁぁぁぁあああ!!!!」
 繰り返し俺に抱かれ、そして血を啜られた事によって、俺は、佐奈の肉体を完璧に支配しているのだ。
 その血の流れ、心臓の動き、髪の毛一本、細胞の一つひとつまで。俺が望めば、佐奈をタダの人間に戻す事も可能だし、逆に完全に人外の存在へと変貌させる事も可能だ。
 そう、今のように……
『イけ』
「あっぎぃいいいいいいいいい!!!」
 腸内に俺が射精したと同時に、盛大に絶頂の潮や母乳を肉襞や乳首から噴き出しながら、勃起したクリトリスがミキミキと膨張しながら勃起し、大きくエラの張った肉竿となって天にそそり立つ。
「……ぁ……ぁ……こ、これ……オチ●ポ……私に……」
 先端の割れた鈴口から、先走りの汁すらもしたたらせながら、赤黒い剛直が見事な勃起をしていた。
「ふぁぅ♪」
 ずるり、と抜いて、佐奈を畳の上に放りだした。
「佐奈」
 目線で指示をする。その先には、真っ青な顔で呆然と怯えるメイド姿のセラ。
「犯せ」
 俺の言葉の唐突さに、最初呆然となっていた佐奈が、その意味に気付き、興奮の笑みを浮かべる。
「かしこまりました、ご主人様」
「ひっ!」
 口元に涎を、乳首から母乳を、股間からは愛液と精液を、そしてそそり立つ剛直から先走る汁を漏らしながら、フラフラとおぼつかない足取りで、それでも未知の興奮と欲望に支配されたギラついた目で、佐奈はセラに襲いかかる。
「い、嫌ぁ! こんな、ご、ご主人様ぁ!!」
「セラ……濡らせ。そしてイけ」
 俺の言葉に忠実に。怯えるセラ意識に反して、その体がビクンと震え、そして愛液を漏らしはじめる。
「ぁ……ぁ……そんな……」
「はぁ……はぁ……牝のにおい……牝ぅぅぅ!!」
 セラを強引にねじ伏せて押し倒した佐奈は、メイド服を引き裂くと、前戯もなしに一気に挿入する。
「ぁぁあああああ、イイ! オチ●ポイイ!! オマ●コにチ●ポ入れるの気持ちイイィィィィィ!!!」
「いぐぅぅ!! 嫌ぁあぁぁぁああ、ご主人様、ご主人様ぁ!!」
 狂気の表情で、泣き叫ぶセラを犯す佐奈を見て、俺は満足しながら笑う。
「安心しろ、セラ。後で俺も嵌めてやる。二番目にな」
「ぁ……は、はぃ……ご、ご主人……様…ぃうぎぃ!!」
 こぼれるセラの涙を、長く伸ばした佐奈の舌が舐め取る。
「んはぁ……美味しい♪」
 完全に狂気に陥った佐奈に、俺はさらなる悦楽を与えるべく、その肉襞に背後からあてがった。
「ぁ……ご主人様」
「嵌めるぞ」
 セラと繋がったままの佐奈の肉壁をかき分けて、俺は中から激しく突き上げる。
「はっうぐぁぁ!! い、いぎ、が……あひぃぃぃ!! ち●ぽが、ち●ぽ嵌めながらオマンコしゅごひぃぃぃぃ!!」
「はぐぅぅ、ご主人様ぁ……オチ●ポ、佐奈さんのチ●ポがビキビキって……」
「ははは、そうだ肉便器ども! ご主人様のチ●ポで好きなだけイくがいい!」
 ジュボジュボと卑猥な音を立てながら、ドロドロの快楽が加速していく。
「いぐ! いぐ! いぐ! いぐ! チ●ポとマ●コ両方でいぐううううううううう!!」
「ご主人様、ご主人様ぁあぎいいいいいいいいいいいい!!!」
「そうだ、もっと締めつけろ! さあ、出すぞ!! ……っ!!」
 そして、俺が射精をした瞬間。
「いっっっぐぅぅぅぅぅぅ!!!」
「ひいいいいい!!」
 完全に白目をむきながら、壊れたアヘ顔で絶頂を迎える二人に、俺は満足し……
「何をしている肉便器ども。とっとと次の穴の用意をせんか」
 自分でもはっきりと分かるほど、邪悪な笑顔で股間の剛直をいきり立たせていた。
「は、はひぃ……」
「ご主人様……」
 壊れた顔の二人が、正気に戻る間も与えず、俺は肉竿を奴隷の肉壺へとねじ込み、その首筋に支配の牙を埋め込んだ。

 結局。
 二泊三日の連続ぶっ続けで励んだ事によって、俺の傷は完治したものの、同じ期間学校に行けなかった佐奈との間に関する噂は、色々な意味で確定的なモノとなってしまいましたとさ。……とほほのほ。

< 続く >

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