十二の指環 第一章 準備編

第一章 準備編

 指環は各地に広まった。四つは『倭国』日本、一つは『正義の基督国』アメリカ合衆国、一つは『道術大国』中華人民共和国、四つは『魔術の本場』ヨーロッパ、二つは『祈祷師の暗黒大陸』アフリカへと散った。
 しかし、そのほとんどの持ち主が若者であり、六十%以上は女性。それは、古来より夜に縁があり、魔術的意味合いからしても陰の方に分類される女性が持ち主というのは当然だからだ。そして、、この指環の散らばりの目的は、神の遊戯。ならば、より頭が柔らかく、行動的で無茶たる若者が選ばれるのも、また当然であろう。
 

―――――かくして、その遊技は始まった。
 
 
「――――――――――」
 窓からは朝日が差し込み、外では小鳥の鳴く、平和な朝。
 否。全身に激痛が走る、痛みと苦しみの朝を、俺は迎えた。
「ぐぁああっ…………ぐはあっあァァああァァ」
 いや。それさえも、夢のもたらしたものであり、本物ではない。
「…っはぁっはぁっはぁっ」
 起きると忘れている悪夢を見て、苦しみながら起きる。それが、、俺、時原 達史[ときはら たつし]のここ最近の朝の迎え方である。しかし、今日は、いつもとは違うことが二つあった。
 いつもは覚えていない激痛の夢がしっかりと頭の中に残っていることと。
 指に輝く、「69」を横にしたようなマークをあしらったものが表面に彫り込まれている、赤い真珠が嵌めこまれた指環が填っていたことだ。
 まずは落ち着いて考えようか、うん。
 えーと、まず、いつもは覚えていない夢が(嫌なイメージで)しっかりと頭に残っている。そいでもって買った覚えどころか未だかつて見たこともない、きれいな赤い真珠の指環が指に填っている。
「そんな不思議ででたらめなこと、納得出来るワケ無い、納得出来るわけ無いだろっ!」
 盗んだか?ついに俺は眠っている間に盗みを行う非道な男になってしまったのか?いやいやもしかすると俺はついに宝石を生み出せるような男に?いや、姉さんたちがいたずらという線も・・・。いや、それは無い。この手触り、この光沢。宝石について何も知らないこの俺でさえも、この指環がなんとなく高貴なもので、ホンモノだということはわかる。だったら俺に神様からのプレゼント?いやいや、しかし、でも、もしかしたらetc、etc…… 
 思考が混濁している。深呼吸、深呼吸。吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー。あんまり騒ぐと、姉さんが起きてきてしまう。
 もう一度確認しよう。俺は時原達史。三人姉弟の末っ子で、六つ、三つ上の姉が一人ずつ、母さんは俺を生んだと同時に死去。父さんは仕事の関係で海外に移住し、 のんきに海外生活なんてのを楽しんでやがる。ま、給料はしっかり仕送りしてくれるからいいのだが、な。最近宝石店に行ったわけでもなければ、懸賞があたった覚えもない。成績はそれなりに上位、髪は黒、目は黒みを帯びた金色。これはどうもたまにある色素異常らしい。けれど、だからといって特別なことはなく。妖精眼であったり、ギアスを持っていたりするわけでもない。つまるところ、普通なのである。よし。落ち着いた。

 結論。指環の心当たりは全くない。
「とりあえず、姉さん達にバレないようにしよう」
 そう言うと俺は、指にグルグルと包帯を巻いていった。

「タツ君、おはよう。朝ごはん、もう出来てるよ。早く来てね」
 いつの間にか、鳩姉が二階に来ていたらしい。いつもであれば、もう着替がすんで、下にご飯を食べに行っている時間である。包帯をまいた分、遅くなったらしい。
「ん、鳩姉、おはよ。あー、えっと、少し寝過ごしちゃって、着替えたらすぐ行くんで待っててくれる?」
「いいよ。でも、珍しいわね、達史が寝坊なんて。とにかく、鷹子姉さんの機嫌が悪くならないうちに着替えて早く来てね。私はもう食べ終わったから」
「了解。あれ?鳩姉もう大学行くの?」
 大学二年目の小鳩姉さんは、まだ七時過ぎだというのにもうパジャマを脱いで、部屋着ではなく、外出用の私服を着ていた。
「ええ、今日は友達との約束もあってね、早く行かなきゃならないの。じゃあね」
 行ってしまった。…………。
「――――え。今日、鷹姉と二人?」
 つぶやきは、虚空へと消えていった――――――――――

「おはよう」
「うむ。おそかったな」
「あー、今日ちょっと寝坊しちゃって・・・」
「大丈夫か?指も怪我しているようだが」
「これは、昨日俺、食事当番だったじゃん。そん時包丁でミスっちゃってさ。姉さんこそ大丈夫?顔色悪いけど」
「ああ」
「……」
「………」
 うまくごまかせた、と思う。社会人の鷹子姉さんは、それなりに遅くてもいいので、俺を待ってくれていたらしい。無表情なので、実は全て見ぬかれているのでは、と思ったことも過去何度もある。ったく、姉妹で贔屓目抜きでも美人姉妹、全く別の美しさを持っているというのに、鷹姉はなんでこう無表情かな。その上なんか言葉遣いも古風だし・・・。
 話は繋がらないし、ああ、気まずい。過去に、色々なこともこの人とはあったし・・・
 こんな時、鳩姉がいたら、
『まあまあ、タツくんも疲れてるんですよ。たまには休ませてあげないといけませんね』とか気の抜けた感じで場を和ませてくれるんだけど、今の状況、つまり俺だけだと、温度差があって俺がスベってる感じになる・・・。こんな時はさっさと御飯食べて学校行くに限る。

キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン

 うむ。やはりチャイムといはいいなあ。小中と、チャイムがないところへ通っていた俺は、帳野大付属学園[とりのだいふぞくがくえん]に来て本当によかったと思っている。しかし、大学側も迷惑ではないだろうか?授業中などにチャイムが鳴ったりしたりして。
 朝が騒がしかったせいだろうか、どうでもいいことを考えながら、烏羽、水鳥、鴨下、椋井、鷲谷さん等のクラスメートにあいさつしていく。
「おはよう」
「おっはよー」
「どーも」
「おは」
「おはようございます」
 一通り挨拶も終わったようなので、自分の席につく。そういえば、という程度のレベルで指環のことを思い出し、包帯を緩め触ってみる。

―――――――どくん。
 触った瞬間、体中がざわりと総毛立ち、心臓が大きくはねる。
 唐突に、体中を巡る激痛。夢と全く同じようで、決定的に違うのが、その痛みが右人差し指を起点にして成り立っているということ。
 耐える。いつ過ぎるかもわからないこの痛みに、ここは学校だ、気を失ったりして指輪のことがバレたらまずい、その一念のみで必死に耐えた。だが、限界は無情にも来る。
 そして――俺は―――意識を手放した。

 気がつくと、俺はどこかに浮いていた。立っていた、というわけでも、寝ていた、というわけでもない。地面がないのだ。宇宙空間に浮いているように、ふわふわと、当てもなく漂っている。
 ただ見えるのは、真の闇の世界に浮かぶ、大きな月。
 地球から肉眼で見るのでは到底不可能な、視界の七十%を埋め尽くし覆い尽くす、月。
 それが、語りかけてきた。

《汝が、適合者か?》
「は?なんのことだ」
《汝が、適合者か?》
「だからなんのこと―――」
 ずきり。心臓が、軋む。直感的に、本能的に悟った。これは普通じゃない。夢でも、幻覚でも、まして遊びでもない。
 何かがヤバイ、どこかがヤバイと頭の中で警鐘が鳴り響いている。
 だが、なぜだ?俺にはこんなことに遭う理由がないはずだ。
 朝も確認したように俺は普通―――朝?
 指環か!思わず右手を見る。そこには、赤く輝く、真珠があった。
 瞬時に思考が展開していく。夢、真珠、巻いた筈の包帯、月、不思議なマーク、そして今の状況――――――――!?
 けれども、答えは出ない。それも当然。今の俺には、考えるための根本的な知識が、全くと言っていいほど足りない。
 考えろ、考えるんだ。
 この指環が来て、何が起こった?

―――――――《汝が、適合者か?》《汝が、適合者か?》《汝が、適合者か?》《汝が、適合者か?》《汝が、適合者か?》《汝が、適合者か?》《汝が、適合者か?》《汝が、適合者か?《汝が、適合者か《汝が、適合者《汝が、適合《汝が、適《汝が、《汝《汝が、適合者か?》が《汝《汝が、適《汝が、適合者か?》合者か?》が、適合者か?》、適合者か?》適合者か?》合者か?》者《汝が、適合者か?》者か?》か?》?》》―――

 鬱陶しい。久しぶりにまともに頭を動かしている最中に、こんなことを大音量で叫ばれると、非常に鬱陶しい。
「ああ、そうだよ!俺はその『適合者』様だよ!わかったら、少し静かにしていてくれないか!」
 そう捨て台詞よろしく叫び、集中しようとする。だが、それは許されなかった。
《よろしい。汝を十二のうちの一つ、第四の適合者として、参加を認める。汝は月の象徴とし、その力を授けん。この言葉を、魂に刻みつけよ。活動の水、感得の象徴、適応の可能性よ。隠されし力を表すは【赤の住処】。力の使い方は指環から引き出せ、それは汝の意のままに》
―――――!『指環』、確かにそう言った。なんだ、なんなんだ?
「おまえは――――」
 意識が途切れた。

「ん・・・」
「だ、大丈夫ですか?ときはら君」
「え、ええ、大丈夫です。千鳥せんせ。昨日、寝不足でして」
 そんなに長い間気絶していた訳でもないみたいだ。まだHR、か。よかった、指環のことは誰にもバレていないようだ。どうせ俺のことだ、大方ゲーム化何かのやり過ぎで突っ伏しているとでも思われたのだろう。それにしても、千鳥せんせに声をかけられるとは、相当危ない状態だったらしい。この指環がなんなのか、どうして俺のもとにきたのかなどは詳しいことは一切わからない。しかし、使用方法はなぜか少しだけ、断片的な状態で、頭の中に浮かび上がっている。おそらく、先程の体験が原因だろう。あれはいったい、なんだったのか。臨死体験?いや、そんなものじゃない。ただ指輪を触っただけで死ねるならば、この世には死が満ちている。そして、あの言葉。この指輪がなんなのかは、あの言葉と、このマークに付いて調べればおそらく出るだろう。
「む。なんだかサボタージュしていただけの雰囲気がプンプンします」
 教室が笑いに包まれる。
「失礼な。俺だってたまには勉強をしてるときもあるんですよ?」
「本当だったら謝りたいところなんですが、普段のときはら君の行動を鑑みると、それはありえないですね。まず、自分でたまにはというところで、嘘臭さに溢れています」
 断言されてしまった。このエリート童顔国語教師め。千鳥 鈴[ちどり すず]は、俺の担任で、身長は百七十五の俺の肩くらいしかない。顔通りに胸はなく、メガネを着用している。一応二十歳前半で一昨年はただのせんせ、今年からうちのクラスを受け持つことになったれっきとした先生である。パッと見同級生、下手すると俺より年下である。けれども、その豊富な知識、話し方から判断すると、相当老成したように感じられる。もっとも、何かがおかしい、何かが作り物めいていると思ったことはあるが。
 まあ、その外見について散々からかった馬鹿とか、失礼なことをたくさん言い過ぎて泣かせたばかりか、他の先生からも注意を受けた阿呆とか、それでもやめなかったから生徒指導の先生に反省文を書かされそうになった間抜けとかもこのクラスにいたりする。全部俺ですよ、もちろん。
 それから、どこかの地主で、高級マンションの地主をやっているとかいう話を本人から聞いたことがある。だったらなんで教師なんかやっているのか、という問には、『小さい頃からの夢だから』とかロマンチックなことをおっしゃってくれた。
「ときはら君?また何か失礼なことを考えていたでしょう?」
「いいえ?ただせんせはちっこいなぁとか、彼氏なんて売春に引っかかるから、とか言って逃げてくんじゃないかなとか、きっとお酒買いに行くときも、『二十歳超えていないだろう?』と言われるんだろうなとか、そんな感じの愉快なことぐらいしか考えてませんでしたよ?」
「とーきーはーらーくぅーん?帰りに、職員室に、来なさいね?もちろん、先生への、暴言が、原因です」
「ぐっ。はい……」
 涙目の千鳥せんせの迫力と、と、俺の押され気味の返事に、あはははははははは、とこんどこそ教室は大爆笑に包まれた。
 ま、いいや。指環を試しに使うにはいい相手だ。

 リーンゴーンガーンゴーンリーンゴーンガーンゴーン
 うちの学校は、チャイムの種類が沢山ある。得した気分になるのはGOODだ。
「起立、気を付け、ありがとうございました」
「「「ありがとうございました」」」
「じゃ、ときはら君いらっしゃい」
「はーい」
 さて、と。ミッション開始、かな。
「どこがいいかな?マンツーマンで話をするから、相談室にしようか?」
 願ってもないセンセからの提案。防音、窓なし、鍵がかかるという高条件。
「場所、相談室に決まったんですか?だったらさっさと移動しませんか?」
「そうですね、用事もあることですし、移動しちゃいましょうか」
 教室は二階で、相談室は一階の保健室の横なので、階段を降りるだけですぐつくので、千鳥せんせもそれがいいと思ったようだ。
「先生、少し生徒との相談で、一時間くらい相談室かりさしていただきます」
「いいよ。わたし、もう今日は用事があってもう帰るんだ。時間とか自由だし、鍵をしっかり片付けてくれるなら保健室の薬(ニトログリセリンとかもあったりするけど)とかも全部使っていいよ」
 ヲイ。言い知れぬ悪寒を感じたぞ?なんだろう、この危険な予感。
 しかし、新任同然の教師に薬関係まで任すなんて、適当なことで有名な伝説の保険医。風邪薬や消毒液とかならばともかく、病気持ちの生徒のためかなんかで、薬局並みの薬があるんじゃなかったか?さすが帳野付属で近づかない方がいい教師ナンバーワンである。理由は迷惑をかけられるから、だそうだ。ちなみに、ナンバーツーは生徒指導の信田先生だ。暑苦しいことで有名だし、ねちっこくてしつこい。ま、どこにでもいそうなステレオタイプの体育教師だ。
「これで許可は取れたから…。じゃ、入ってください」
「わかりました。失礼します」
 カチャリ。鍵が閉まる音がする。その瞬間、俺は指環の基本能力、根源となる力を起動させ、基本的な使い方をする。リアルタイムでせんせの思考を獲得、つまり読み取れるようにした。この指環は、一番基本の能力が『感得』であるらしく、詳しい原理としては、せんせの思考を得るということを連続的に使用し続ける、というのが詳しい原理みたいだ。もし信じられるならば、の話だが。

――うー、なに話そう。実は暴言だけでここまで怒れるほど校則厳しくない……。かと言って別にときはら君成績落ちてるってわけでもない、どうしよう。
  むー、こんなのほっといて早く帰りたいよ~。―――そういえば、マンションの家賃取り立て明日だったな―――

 っおおおおおおお!ほんとに思考が読める、というよりBGMのように感じられる。っていうかマンションの地主って本当のことだったのか・・・。
 考えている内容が大きく変わるとき、ザザッというような音がして変わるので分かりやすい。
 この力を使って実感した。この頭に残っている、この指輪の使い方は妄想でも何でもなく、実際にあることなんだ。能力を使うのはこれが初。心臓ドッキドキだったことはお兄さんとの秘密だ。
 よし、これができるならばあれもできるだろう。せんせが考えている今のうちだ、さっさと仕込みを終えておこう。
 仕込みとは、さらにこの力を発展させ、思考を感じ取るだけではなく、自分の考えている方まで誘導するという反則的な能力の仕込みのことだ。
 『水』をイメージし、せんせの『思考力』に染み込むさまをさらにイメージする。あとは『活動』をイメージ、というより強く考えることにより、俺が考えたことに思考を変化させることができる。
 水とは自分のことであり、滲み込むとは俺に染まることであり、それが活動するということは、滲み込んだ相手の考えが俺の思い通りになること、らしい。
 とはいえ、これも使うのは初めてなので、かかるかどうか緊張しているのだが。だいたい、十分荒唐無稽な読心術が使えるなら、書き換えもいけるはず!

――――よしっ。「何か悩んでいることはありませんか?先生が相談にのりますよ?」でいこうかな。これなら当たり障りがないし、会話の始まりとしては十分だよね――― 

 いやいや、包帯どうしたの?と聞くほうが先だろう、と思った瞬間、変化が訪れた。
「何か悩んで、ん、いや、包帯指にまいてるけれどどうかしました?」
 おお。こうなるのか。思っただけ、なのか?この力、慎重に扱わないと、危ないみたいだ。
「いえ、料理している途中に包丁で切りまして」
「そう、でしたね。お姉さん達と三人暮らしだったですものね」
「ところで、朝の暴言に対してなんですが・・・」

――そうだよね。どうせこの子も結局は、私のことを子供としてみてるに違いない。今まで付き合った男の人と同じ、か――

 やはり、そうか。『朝の暴言』というキーワードで一気にここまで考えが飛躍するなんて、よほど自分が子供の外見であることにコンプレックスを持っているんだろう。実際、意識の深いところまで行くと、「大人」への憧れ、「こども」の外見に対する、つまり自分の外見に対する嫌悪感が強く根づいていた。
 ま、当然だろう。周りの人がぐんぐん大人へと変わる。自分だけ取り残され、追いつきたい、早く成長しろ!そういった思いがことごとく叶うことなく過ぎてきた。それがコンプレックスとなるのも何ら不思議であることはない。
 だから、か。生徒に対する口調と考えの中身の口調との違い、無理に気取ったメガネ、これらも合わせて考えると、『大人』として相当背伸びした感が伺える。
 けれど、俺は悪い人間なのかもしれない。いまからその、コンプレックスに浸け込ませてもらって自分の欲望を満たそうとしている。

――ときはら君は普段、お姉さんが近くにいるし、溜まっているよね。それを解消してあげるのも『大人の』先生としての仕事だよね。やってあげなきゃ。

 と、思考の書き換えをさせてもらった。さらに、教師としての責任感、義務感なども強化しておく。
「せんせ、朝の暴言は、本心からじゃないんです」
「っ。う、うん。わかってるよ。大人の先生が怒るわけないじゃないですか」
 せんせはビクリ、と顔を赤くし、答える。すると、こちらを黙って見て、何かを考え込む。と言っても、俺には筒抜けなわけだが。「どうしよう、先生としてときはら君のを抜いてあげなきゃ。でも恥ずかしいなぁ。ときはら君にどう思われるかな」といったことを考えていた。羞恥心などは弄っていないので、納得出来る考え方か。
 そして過ぎること五分間、ついに口を開いた。
「………と、ときはら君、た、溜まってるでしょう?先生が解消してあげますよ」
 と、PTAが永井豪の某漫画よりも激怒しそうなことをいきなり(どもりながら)言い出し、ズボンのチャックを下ろし始めた。
「せ、せんせ?どうしたんですか?」
 何も知らない生徒のように、何も知らない子供のように焦ったふりをして、言う。
「い、いいの。き、君は大人の私にしたがって」
 おいおい、声が震えてるぞ?記憶を読み取ったところ、今までお付き合いしてきた男は、全員せんせの、いや、もう鈴でいいだろう、子どもじみた容姿に嫌悪感を示し、キスはともかくペッティングにさえいったことがないらしい。朝、軽ーい気持ちで言ったことはしっかりを的を射ていたようだ。自分でもびっくりだ。

「あむっ、ちゅばっ、んんっ。はぁっ、ちゅぶ、ちゅぱ、あむっ」

 明らかに素人。
 やはり、聞きかじりの知識だけ、それも友達のを立ち聞きした程度の知識でやっているせいか、全く上手くはない。けれど、先生と、こんなところでやっているという背徳感。同級生、下手するともっと下に見える女とやっているというギャップ。そしてこのペニスから伝わるきつい感触。正直言って、そろそろ出そうである。
 しかし、これで満足してはいけない。ここからどう持っていくかが、問題なのだから。
 無表情を装い、あえて、生徒の口調で告げる。
「なんだ。この程度ですか。せんせ、溜まってはいますが、こんな『子供』みたいな奉仕受けるよりは、ヌイててないのを我慢したほうがましですね。『大人』の私?そんなの口だけじゃないですか」
 タブーワードを連続で告げて、さらに畳み掛ける。
「せんせ、もういいですよ?やっぱり、教え子との関係ってまずいんじゃないですか?」
「えっ、あっ、きゃっ」
 さっきの、仕事であるという暗示はすでに解いてある。だから、焦っているはずだ。なんでこんなことをしてしまったのか、これからどうなるのかの恐怖と不安。それがありありと顔にも出ていた。
「じゃ、俺もう帰るんで」
 ペニスを仕舞いつつ、俺のものが欲しい、諦められない、欲しい、欲しい、もうそれ以外目に入らない―――そういった性的な欲求を強くしていく。
「ま、まって。どうすればいいの?お、教えて…何でもしてあげるから・・」
 コンプレックスである、聞きたくなかった「子供みたい」という言葉に、欲求をプラスされ、必死の千鳥。教師としての理性はどこへやら、いつのまにか言葉遣いも教師の時の演技じみたものから素へと戻っている。いや、この場合、地が出たというべきだろう。
 少しだけ、そんな鈴に対して、罪悪感が湧いてくる。だが、つけあがられてはいけない。情けをかけてはいけない。あくまで、俺の意思で、俺のやりたい通りに持っていくからだ。そこに他人が介入するということはあってはいけないのだ。
「駄目だね」
「ええっ、なんで!?」
「教えて『もらう』あいてに、何でもして『あげる』?ずいぶんとまあ偉そうじゃあないか。それともなにか、お前はそんなに偉いのか?そんな態度の相手に教えることなんかないね」
 地が出てしまったところも利用して、鈴を責める。
「ああっ」
 扉へとゆっくり歩いて行き、カチャリ、と鍵を開く。嫌におおきな音がする。
 今、鈴の中で、良識と、俺のものが欲しいという性的な欲求が、せめぎ合っているのだろう。指環を使えば簡単に落とせるが、そんなことはしない。自分から落ちることで、心が俺に屈服したことになるのだ。
 焦りの気持ちをさらに高める。そして、鈴は決断した。
「ま、待って。いえ、待ってください、時原様、御主人様ぁ」
「くくくっ。そうだよ、その態度。そうすれば、教えてあげないこともないんぞ」
「こ、このエロい先生のぉ、千鳥鈴にぃ、エ、エッチな事をぉ、おし、教えてくださいぃ」
 あまりの羞恥にどもり、真っ赤になりながらも、自分で考えつく精一杯のエッチな言葉を並べてみたらしい。
「いいだろう。口を開けろ」
「はぃいっ」
 今のうちだ、混乱してしまって、なんの疑問も抱かない今の混沌とした精神状態は絶好のチャンス!
 俺に対する警戒心をなくさせ、無意識に俺に従う、ということを深層心理へと摺り込む。さらに、適当にキーワードを作り、そのキーワード付きで何も考えられない、俗にトランス状態とよばれるところまで一気に持っていくということも摺り込んでおく。これは、キーワードを聞くと非常に安心出来る、気持ちよくなる、何も考えられないといった風に焦っている心の片隅で誘導してみたら、存外簡単に摺り込めてしまった。
 この間わずか0.25秒!歌って踊れる人工知能もかなわない早業だろう。
 そして鈴に命令を出していく。
「まず裏筋と呼ばれる、そこだそこ、と丁寧に舐める。おおっ、そんな感じだ。そしてそのまま亀頭を下を使って擦りあげろ」
「ぺろ、ぺろ、じゅぱぁっ、じゅこっじゅこっ」
 先ほどとは段違いの気持ちよさ。やはり、受ける側の男から指示をもらうと、格段に俺の受ける快感が上がっているようだ。
「いいぞ、そんな感じだ」
 さらに、口だけではなく、手も動かすように指示を出していく。
「片手でしごき、もう片方で玉をなぞれ、緩急をつけて、だっ」
 しゅっ、しゅしゅ、ずるっ、さわさわっ、じゅっじゅるる、きゅっきゅっ、ずずずずずっ
 反応が良かったことが気に召したのだろう、一気にペースを上げ、濃密になってきた。口と手が合わさることで、さらに快感がまして行く。
 口に頬張ることで滑りも良くなったのだろう、手と舌の気持ちよさも半端じゃない。
「そ、のまま喉っ、と食道をっ使ってぇ、ペニスを上下させろ」
 さっきと違ってもう堕ちた女教師。もう遠慮の必要もない。
「んんっ、ぐうぅぅ」
 ずこっずこっずこっずこっ
 俺も鈴の頭をつかみ、間髪入れず、上下に動かしていく。
「ぐぎゅう、ぐぎゃっ、あっ、きゃっ」」
 百五十ちょっとしかないその体では、少し苦しいだろう。だが、それが気持ちよく感じ、出そうになる。
「いいぞ、でる、出るぞ、飲み込め」
「ふぁあい、ザームェン、ザームェンでるぅ」
 ドクドクドクドクッ
 一段と深く突き入れて、吐き出させないようにする。
「んぐっ、うぐぅ」
 ごくんごくんごくん
 一滴もこぼさず飲み込んでしまった。フェラを受け入れたことで、思ったより、こいつは俺に対する依存心、俺の命令を遂行しようとする意識が、さっきの無意識の刷り込みで考えていたものより強くなってしまったらしい。
 なぜか、精液がいつもの倍以上出て、その上疲れも余り無い。
 しかし、それ以上に、この気持ちよさが天にも昇る心地である。
「どう、でしたか?御主人様・・・」
「ああ、最高だったよ、鈴。予想以上に、な」
「ありがとう、ございます」
 どこか放心したように答える鈴。
 直接的な性交ではなく、フェラにこだわったのには意味がある。
 一つは片付けが大変なこと。
 もう一つは精液とは水、液体であることだ。先程の精神支配と同じ要領だ。しかし、精神的な意味ではなく、肉体的な意味で水を取り込むこと、それは精神だけでなく、身体をも俺の能力に預けると同義語である。つまりは、完璧な奴隷化だな。
「御主人様ぁ」
 おっと、学校でもこんな態度を取られちゃ困る。
[エッチな鈴]  キーワードを告げ、トランス状態にさせる。
 …お前は俺の奴隷である。普段からそれを認識しているが、それを態度で表すことなく、今まで通りに生活する。ただし、俺がいいといった場合と、俺とふたりっきりになった場合は別だ。

 これぐらいやっておけば大丈夫だろう。
「一週間後の土曜日、お前のマンションに案内しろ。おもいっきり抱いてやる」
「は、はい!」
 喜色満面、といったところだろうか。一人暮らしで高級アパートの大家兼住人。自分でも地主なんか何故続けているかわからない。そこで儲けたお金はすべて貯金している。
 だが、彼女は今、マンションの大家であることを、心底歓喜していた。
 そして彼はこう思う。

 さて、と。一人目ゲットだ。次の獲物はどうしようか―――――――――

< 続く >

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