ヒミツの購買部2 琴乃 前編

琴乃 前編

 ……あら?

 その日、私が登校すると、校舎入り口の掲示板前にちょっとした人だかりができていた。

 なにかしら?

「あ~!ほら~、学年テストの成績、もう出てるみたいだよ~、梓ちゃん!」
「ちょっと~!そんなに引っ張らないでよ、梢!」

 掲示板に向かって歩いていく私の横を、パタパタと駆けて行くふたりの子。

 あれは、隣のクラスの高崎さんと伊東さんだわ。
 いかにも仲が良さそうに手を繋いで掲示板に向かって走っていく、あの小柄なお下げ髪と少し背の高いショートボブの後ろ姿は、間違いない、校内でも有名な仲良しふたり組だ。

 そうか、秋の学年テストの成績が発表されているのね。

 私も掲示板に近づくと、ざわついている人混みに入り込んで2年生の成績を見上げる。

「ええ~っ!!ねえっ、一緒に勉強したのになんで梓ちゃんは12番で私は93番なの~っ!?」
「それを言いたいのはあたしの方よ!あれだけ丁寧に教えて、ちゃんとヤマも張っあげたのにどうしてこれだけしか点が取れてないのよっ!?」
「えへ、へへへ……。教えてもらったこと忘れたらタイヘンだと思って寝ないで行ったら、眠くて眠くて全っ然できなかったの~」
「アホかっ、あんたはっ!」
「でもねでもねっ!徹夜するの、すっごく頑張ったんだよっ、私!」
「やかましい!」
「ぎゃうん!」

 などという、みんなの悲喜こもごもの声が聞こえる中、私が見るのはもちろん最上位。

 くそうううっ!またあの女にっ!

 私が見上げたその先には、1番、結城和音、496点、2番、斉藤琴乃、493点という順位があった。

 私の名前は斉藤琴乃(さいとう ことの)。
 自分で言うのもなんではあるが、私は学校の成績は常に優秀、いや、ほぼトップと言っていい。
 ……そう、あの女さえいなければ。

 私は、1番に載っているその名前を苦々しく見上げていた。
 成績は常にトップクラスなのに、1番には絶対になれない。いつも、私の上にはあの女がいた。
 そのせいで、私は万年2位の座に甘んじるはめになっていたのだ。

 成績を見上げながら私は唇を噛む。
 その時、背後から声が聞こえた。

「あら、3点差しかないじゃない。今回は頑張ったのね、斉藤さん」

 それは、今、私が一番聞きたくない声だった。

 振り返ると……うわっ、いた!
 中等部入学以来、高等部にいたる現在まで常に成績で1番をとり続けている女、結城和音(ゆうき かずね)。
 ただ成績がいいだけではなくて、この学園でも指折りの美人ときている。
 その上、絵を描くのが上手くて、美術部にも入っていないのに中等部の時に授業で描いた絵をコンクールに出して市から表彰されたこともある。
 高等部に入ったとき、美術部の部長から三顧の礼で入部をお願いされたのに、勉強に専念したいからとあっさり断ったという噂だ。
 さらには、運動音痴の私とは違って体育の成績もいい。
 きっと、うちの学校が共学だったら男子が放っておかないだろう。
 そうでなくても成績がよくて、一見おしとやかなお嬢様然としているから先生たちの受けもいい。

 成績優秀、容姿端麗、品行方正、多芸多才、才色兼備……。
 どこから見ても、非の打ち所のない優等生だ。

 しかし……私は知っている。

「見ていなさい結城さん、次のテストでは負けないから」
「あら、そんなこと言って、あなたが私に勝ったことが一度でもあったかしら?」

 しゃあしゃあとそう言ってのける、その、余裕綽々の態度。
 私に向けている、その勝ち誇った笑みを見ているだけでむかついてくる。

「それこそ、あなただって次は負けるかもって内心びくびくしているんじゃないの?」
「何を根拠にそんなことを言ってるのかしら。一度でも私よりいい点を取ったことがないあなたにそのようなことを言われても全然こたえなくてよ」
「ぐっ……」

 そう言われては、私には反論のしようもない。

 この女、結城和音は、本当はかなり性格が悪い。
 ずっと、彼女は私の天敵だった。
 彼女のせいで、私はテストのたびに2位に甘んじてきた。
 私なんか勉強しか取り柄がないっていうのに、その勉強ですら勝てないことをずっと思い知らされてきた。
 しかも、長い髪が自慢の美人ときているから、育ちと同じくいたって庶民的な人間の私は彼女と並ぶと絶対に見劣りする。

 でも、彼女が私の天敵なのはそうだからではない。

 天は二物、いや、この場合は三物を与えずと言うか、実際、結城和音はなかなかにいい性格をしていた。
 もちろん、いい性格とはいってもいい人という意味じゃない。
 自分の才能と容姿に絶対の自信を持ち、相当にプライドも高い。
 普段は猫を被っているだけで、おしとやかな優等生だなんてとんでもない話だ。
 そして、私に対してはかなり居丈高に接してくる。

 そう……あくまでも私にだけという限定付きだけど。

 ……あれは、中等部の2年生の頃だっただろうか。

 ある日、珍しく彼女がちょっとしたミスを犯して先生に叱られているところを見かけたことがあった。

 その頃から私は、入学式で新入生代表を務め、それ以来常にテストでトップをとり続けていた彼女のことを意識していた。
 もちろん、勉強には自信のあった私としてはいつまでも彼女の後塵を拝するつもりはなかったし、それなりの対抗意識は燃やしていた。
 だけど、今みたいに陰険な関係だったわけじゃない。
 その頃の私はまだ、彼女のパーフェクトぶりを見せつけられて格の違いに感嘆するしかなかったし、なにより、彼女は私に対しても他の子たちと接するようにおしとやかなお嬢様然として振る舞っていた。
 今から思えば、他の子や先生たちと同じように、私も彼女にころりと騙されていたというわけだ。

 だから、その時も、ああ、結城さんが叱られるなんて珍しいわね、程度にしか思ってなかった。

 だけど、その日の放課後。

「なによっ!朝倉なんか!」

 ちょっと校内を散策して帰ろうと思った私の耳に、ヒステリックな、それも、聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 ……あれは、結城さんの声?

 私は、声がした方に近づいてみた。
 そこは、理科系の教室の入っている建物がある辺りで、生物標本や人体模型がらみの、うちみたいな古い学園にありがちな怪談話なんかもあったりして、放課後にはあまり学生が近づかないエリアだった。

 私が、物陰から建物の裏側を覗き込むと……。

「なによっ、朝倉のやつ!あんなの、私が悪いんじゃないじゃない!」

 そこには、ガンガンと校舎の壁を蹴りながら怒鳴り散らしている結城和音がいた。
 ちなみに、朝倉というのはその日、彼女のことを叱りつけていた教師のことだ。
 朝倉は意地が悪く、嫌がらせかというくらいねちっこく説教をするので、総じて生徒の評判は悪かった。

 でも、それよりも……。

「朝倉のやつ!このっ!」

 ヒステリックに壁を蹴り上げている彼女の目からは涙が溢れてぐしゃぐしゃになっていた。
 それが、本当にあの優等生で知られている結城和音なのか、ちょっと信じがたい思いと同時に、これが彼女の本当の姿なんだなと思いながら私は彼女を見つめていた。
 そして、そんな自分を抑え込んで、おしとやかな優等生として振る舞っている彼女のことを、少し可哀想だと思ったのも事実だ。
 日頃の物腰からすると、きっといいところのお嬢さんで、そういう評判を傷つけてしまってはいけない立場っていうのがあるのかもしれない。

 もっと素直に自分を出せたら楽なのに……と、庶民育ちの私なんかは思ったりする。

 見ていたら悪いと思ってその場を離れようとしたその時、動かそうとした私の足が石につまずいて、がさっ、と大きな音を立ててしまった。

 はっとした表情で結城がこっちを向く。
 思わず、私はその場からダッシュで逃げ出してしまった。

 私のこと、見られてるかもしれない。
 いや、きっと見られてるよ……。

 そんなことを考えながら、私は正門まで走った。
 なんだか、見ちゃいけないものを覗き見していた気分で気まずかった。

 その翌日。

「ちょっといいかしら、斉藤さん?」

 放課後、帰りがけの廊下でその声を聞いた時、ぎくりと思わず足が止まってしまった。
 おそるおそる私が振り返ると、声の主、結城和音がそこに立っていた。

「……え?なに、結城さん?」
「ちょっとあなたとお話がしたいの。来てくれるかしら?」

 その時の彼女はまだ、いつも通りの優等生らしい笑顔を浮かべていた。
 だけど、彼女が私を呼び出すなんて、理由は絶対昨日のことに決まっている。

 ……やっぱり、私のこと見られてたんだ。

「いいけど……」

 そう答えながらも、昨日のヒステリックな姿を一度見てしまうと、今のおしとやかな態度がうわべだけのものに思えて、私は冷や汗が出そうだった。

 そして、連れて行かれたのは昨日の校舎裏。

「斉藤さん。昨日の放課後、あなたはここにいた私のことを見たわよね?」

 振り向きざま、結城は私に前日のことをストレートに訊ねてきた。
 私を見つめるその表情は笑顔を作っているものの、その目は全然笑っていない。
 普段の彼女とも、昨日の姿とも違うその迫力に、足が竦みそうになる。

「あ……。うん……見たわよ」

 私には、そう答えるしかできなかった。

「そう。じゃあ、なんであの時あなたは逃げたの?」
「いや……悪いとこ見ちゃったかな、なんて思って……きっと、結城さんだってあんなところ人に見られたくなかっただろうし……」
「そうなの。じゃあ話が早いわね。昨日のこと、誰にも言わないでくれるかしら?」
「も、もちろん言ったりしないわよ!私、そんなこと言いふらす趣味なんかないもん!」

 そんなことで済むんだったらお安いご用だった。
 そもそも、他人の知られたらまずいことを言いふらすなんていうのは私の性に合わない。

 今思えば、それまででやめておけば良かった。
 あの時の私は、それで用が済んだと思って少し気が緩んでいたのかもしれない。

「そう。わかってくれて良かったわ、斉藤さん」
「うん……。でも、私、ちょっとびっくりしちゃった。泣きながら壁を蹴るなんて、結城さんにあんなところがあるなんて思わなかったもの」
「何が言いたいの、斉藤さん?」
「あっ、いやっ!別に馬鹿にしてるとかじゃないのよ!ただ、そういうのを抑えていい子してるのって大変だなって。結城さんもね、もっと素直に自分を出した方が楽だと思うよ……」

 そこまで言った時、彼女の顔色が、さあっと蒼白になったので、思わず私は口をつぐんでしまった。

「……あなたには私の気持ちなんかわからないわよ」

 険しい顔でそう吐き捨てると、結城は私の横をすり抜けて行ってしまった。

 私は、彼女の豹変振りに茫然としてその後ろ姿を見つめるしかなかった。

 今から思い返せば、あの時はマズッたなと自分でも思う。
 でも、本当にあの時は悪気はなかったんだから。
 その頃の私はまだ子供だったと思うし、私の言葉があんなに彼女を不愉快にさせるなんて思いも寄らなかった。
 それに、彼女の心にそんなに深い闇があるなんてことも……。

 とにかく、結城和音の私に対する態度が変わったのはあの時からだった。

 あれからしばらくは、廊下ですれ違っても私を冷ややかに見つめるだけで挨拶すらしなかった。

 だけど、やがて彼女の方から私に話しかけてくるようになった。
 攻撃的で皮肉に満ちた憎まれ口を、冗談めかしたオブラートに包んで。

 いや、それはあくまでも周囲に人の目がある時に限ってのことだった。
 そうやっていると、他人には良きライバル同士の憎まれ口のたたき合いに見えただろう。
 だけど、ふたりだけの時は、もっと敵意剥き出しだった。
 面と向かって、私のことを嘲り、罵倒されたことが何度あったことか。

 とにかく、そんな風に結城和音の敵対的な態度は続いた。
 もう、そこまでいったら私たちの関係は最悪の状態だった。
 なにしろ、売られた喧嘩は買う、というのが私の主義だ。
 もちろん、そこで彼女を張り倒したりしたら私の負けだ。
 彼女が人前ではボロを出さない以上、そんなことをしたら悪いのは私ということになるのは目に見えている。
 それに、彼女は他の子とつるんで陰湿な嫌がらせをすることはしなかった。
 それだけはありがたいと思っていた。
 女と女のタイマンなら、負けるわけにはいかない。

 それにその頃はまだ、彼女にそうさせてしまったのは自分だという負い目が私にはあった。

 だから、彼女の本性を暴き出させてやろうと、私も挑発的な言葉で応酬した。
 なのに、結城ときたら私の挑発には一切乗ってこない。
 そればかりか、その優等生ぶりはいっそう極められて、他の子たちも先生たちもすっかり丸め込まれてしまっている。
 もう、私がいまさら彼女の本性を言いふらしても、誰も信じてくれないほどに。

 しかし、他の子たちの気づかないところで結城の嫌がらせはエスカレートしていった。
 そうして、はじめはまだそれほどでもなかった彼女への憎しみは、時間が経つにつれて次第に募っていくことになったのだった。

 そうだ、去年のクラス対抗バレーボール大会で結城のクラスと対戦した時のことは今でも忘れない。
 ミスを連発した私のせいでうちのクラスは負けた。
 その後、項垂れている私のところに結城がやってきて、「惨めね、斉藤さん。あんな簡単なボールも取れないなんて。あなたのせいで負けて、他の子たちが可哀想だわ」とほざいたのだ。しかも、傍目にはポンポンと肩を叩いて、私を励ますような仕草で。
 あの時は、さすがに私もむかついた。
 本当に、よくあの場で結城を殴らなかったものだと自分でも感心する。
 人って、こんな時に殺してやりたいくらい誰かを憎いと思うんだなと、妙に感心してしまったほどだ。

 あ、それだけじゃなかった。
 うちは、体育の授業は学年全体でやる。
 夏、プール授業の時に、足を引っ張られて溺れそうになったことがあった。
 なんとかロープにつかまり、体勢を立て直して周囲を見回すと、少し離れたところで、潜っていた誰かが水面に顔を出した。
 ……結城和音だった。
 ロープにつかまったままはぁはぁと息を弾ませている私を見た、彼女のその冷たい視線。
 自分が石になって沈んじゃうんじゃないかと思った。

 さすがに、こうなったら女同士のタイマンもへったくれもない。
 あの女の鼻をあかすことができるんだったら、なんだってする。……そう、悪魔に魂を売ってやってもいい。

 時おり、そんなことを考えるようになったのもその頃からだ。

 そんなわけで、彼女と私の敵対関係はずっと続いている
 それも、実際にはテストも含めて私の連戦連敗、完全にお手上げといった状態だった。

「どうしたの、何をぼーっとしてるのかしら?」

 ぼんやりしていた私は、結城の声で我に返った。

 いけないいけない、昔のこと思い出しちゃってた……。

「もう、斉藤さんったら、私に定期試験と学年テストで合わせて23連敗したショックで言葉も出ないのかしら?」

 と、黙っている私をせせら笑うような結城の言葉。

「まあ、私に勝とうなんて大口を叩くのは結構だけど、ひとつだけ忠告しておくわ。そうやって虚勢を張るのは自分を小さく見せるだけでみっともないわよ、斉藤さん」

 勝ち誇った表情で、結城はそう言い放つ。

 ……なんて憎たらしいのかしら。

 そのまま、くるりと身を翻して颯爽と去っていく結城和音の、その、いかにも才媛らしい、真っ直ぐで艶のある長い髪の揺れている後ろ姿に向かって、石でも卵でもトマトでもパイでもなんでもいいから、とにかくなにか投げつけてやりたい衝動をなんとか抑えつける。

 そうやって自分の感情を静めながら、私は足取りも重たく教室へと向かったのだった。

♪ ♪ ♪

 そして、授業中。

「はあぁ……」

 目の前の黒髪を眺めながら、周りに聞かれないように小さくため息をつく。

 何の因果か、この春から結城和音と同じクラスになったかと思うと、この間の席替えではその後ろの席という、最悪のポジションをゲットしてしまったのだ。
 おかげで、あの憎たらしい女の後ろ姿を毎日眺めていないといけないはめになっている。

 本当に、見ているだけでむかつくわね。

 目の前の、腰の下まである長い黒髪までが憎たらしく思えてくる。

 まったく、この髪、椅子にくくりつけてやろうかしら……。

 はっ!だめだだめだ。
 そんな、小学生並の嫌がらせをしたら、私の方が馬鹿みたいじゃないの。
 それに、またこの女が私を蔑むいいネタを提供するだけだ。

 ……でも、なんとかしてこの女に恥をかかせることはできないかしら。

 席替えの後、イライラが募って、いつもそんなことを考えるようになっていた。

 はぁ、こんなことを考えていても気分が悪いだけだわ……勉強しないと。

 私は、先生の話が退屈な日本史の授業は放っておいて、英語の参考書を取り出す。
 今回のテストは、英語で結城和音が100点だったのに、私が97点だったのが痛かった。

 ……うーん、動詞のlastを形容詞と間違えて「最後の」って訳しちゃったのよね。
 ていうか、動詞のlastなんて習ってないじゃないの!
 いや、そんなことを言うときっと結城に「馬鹿ねあなた。じゃあこの文章の動詞がなくなっちゃうじゃないの」とか言われるに決まってるわ。
 なにしろ、あっちは満点なんだから。

 授業そっちのけで、私は内職に励む。
 日本史だったら、この先生の、眠くなるだけで分かりにくい話を聞いているよりも、自分で勉強した方が効率がいい。
 それもこれも、全ては、次のテストで結城和音に勝つためなのだから。

♪ ♪ ♪

 そして、放課後。

 私は、気分転換に校内を散歩していた。
 この学園は、郊外にあるので敷地が広い。
 その割には建物の数が少なく、しかも、人の手の入っていない丘陵地の一角を囲うようにした立地なので、自然が豊富に残っている。
 その間を縫うように遊歩道なんかも整備されていて、自然に囲まれて散歩していると本当に気持ちがいい。
 新緑の季節もいいけど、ちょうど今の時期、紅葉の季節も実にいい感じだ。
 この遊歩道を時々散歩するのは、これといって趣味のない私の、ほとんど唯一の趣味といってよかった。 

 ……あれ?

 私の視線が、目の前の蔦の絡まった建物の窓から灯りが漏れているのをとらえた。

 この建物のことはよく知っている。
 レイチェル館といって、この学園でも最も古い建物のひとつだ。
 たしか、明治時代の終わり頃にこの学園を建てたレイチェル・オズボーンという女性が晩年を過ごしたという建物だ。
 彼女は、今でもこの学園の理事に名前を連ねている資産家の協力を得てここの土地を買い、この学園を建てたそうだ。
 珍しい五角形のこの建物は、今では市の文化財に指定されている。

 私は、この幾何学的な形が好きで、散歩の時は必ず寄るようにしていた。
 だけど、レイチェル館に灯りが点っているのを今まで見たことがない。
 だって、文化財なんですもの、普段は中に人が入れないように鍵がかかっているはずなのに。

 私は、レイチェル館の入り口に近づいて、ドアノブに手をかけてみた。

 あっ、開いちゃった……。

 なんの抵抗もなくノブが回転して、少し軋んだ音を立てながらあっけなくドアが開いた。

 ひょっとして、誰か見学の人でも来ているのかな?

 たしかこの建物は、手続きは面倒くさいんだけど中を見学するのは可能なはずだった。
 もしかしたら、今日は見学の人が来ているのかもしれない。

 だったら、見つかったら怒られるかな?

 そう思ったけど、やっぱり中を見てみたい。
 もともと、そういう文化財とかを見るのは嫌いじゃないし、いつも散歩で見ているレイチェル館だからなおさら気になって仕方がない。

 もし見つかったら、中に入れないのを知らなかったことにしてごまかしちゃえ。

 私は、自分にそう言い聞かせて開いたドアから中に入る。

「ふーん、なんだろう、この部屋……」

 入ってすぐの部屋は、両側の壁が斜めになった台形の部屋だった。
 家具も何もない素っ気ない部屋で、正面の壁にドアがひとつある。
 私は、迷わずに正面のドアノブに手をかけた。

「へえ……今度は六角形なんだ」

 ドアの先は、六角形の空間になっていた。
 今、私が入ってきたドアも含めて、その6つの辺のそれぞれに、ひとつずつドアが付いている。

 ええっと、この建物があったのが五角形の底辺に当たるから、正面の部屋は頂点の角部屋になるわね……。
 もし、正面の部屋の壁がさっきの部屋と同じ様な感じなら、きっとその形は小さな五角形になる。そして、残りの4つの部屋は少しいびつな感じの台形ね。
 そして、中央に六角形の部屋……へえ、面白い。

 頭の中で私は、レイチェル館の構造をイメージしてみる。
 幾何学的なだけでなく、なんだか意味ありげで、私はますますこの建物が気に入ってしまった。

 そして、次に私が開けるドアは決まっている。
 正面のドアだ。
 さっき、灯りが漏れていたのはあの先、五角形の頂点に当たる部屋の窓のはずだった。

 中に入ってみて、これは見学とかで開いてるんじゃないっていう気がしていた。もちろん、根拠はないけど。
 でも、だったらなおさらあの灯りのもとを確かめてみたくなっていた。

 もしかしたら泥棒?……まさか、こんな明るい時間に。
 お化けでもいるのかな?いや、そんなものは存在しないはずだ、たぶん……。
 でも、この学園って何かと怪談も多いし……。

 ちょっと怖い気持ちと、好奇心が自分の中でせめぎ合っていた。
 でも、最終的に勝ったのは好奇心の方だった。

 私は、おそるおそる正面のドアを開ける。

「へっ……?」

 きっと、その時私はものすごく間の抜けた顔をしていたに違いない。
 私が開けたドアの先は、予想通り五角形の部屋になっていた。

 ただ、その中身は、”売店”だった。

 部屋の真ん中に置かれた大きなテーブルの上には、所狭しと文房具が並んでいる。
 それだけではなく、飲み物も置いてあるみたい。

 だけど……どれもこれも見たことがないメーカーのものに見えるけど……。

「おや、お客さんかえ?」
「きゃあっ!?」

 私が、半ば茫然として入り口で突っ立っていた時、不意に声をかけられて思わず悲鳴を上げてしまった。

「なんだい、そんなに驚かんでもよかろうに」

 声がした方を見ると、そこには、白髪頭のお婆さんが椅子に腰掛けていた。

「すっ、すみません!」
「よいよい」

 そういって、お婆さんはふぇっ、と、おかしな声で笑う。
 その、まるで、おとぎ話に出てくる魔法使いのような日本人離れした高い鼻。

 ……もしかしたら外国の人かもしれない。

 いや、顔は皺だらけでよくわからないんだけど、そんな気がした。
 心なしか、瞳の色も黒じゃないような気がする。

「ところで、ここになにを買いに来たのかな?」
「え?買いに……って?」
「そうじゃ。なにしろここは購買部じゃからの」
「ええっ!だって購買部はここじゃなくて!?」

 私が驚いた声をあげると、お婆さんは、はぁ、と大きなため息をついた。

「ここに来る娘は皆同じことを言いおるわい。よいか、ここの方が歴史は古いんじゃぞ」
「……はあ?……あっ、でもっ、私、別にここが購買部だって知ってて来たわけじゃなくてっ」
「うむ、じゃが、お嬢ちゃんがここに来たということは、手に入れたいものがここにあるというわけじゃ」
「はい?」

 いや、なに言ってるの、お婆さん?

「お嬢ちゃんが心の底で望んでいることを叶えるものがここにはあるんじゃよ。じゃから、お嬢ちゃんはここに来たんじゃ」
「いや、そんな……だって……」

 ここにあるのって、どこにでもありそうな文房具とかばかりじゃないですか。
 そう言いかけて、途中で言葉を飲み込んだ。

 なんだろう、お婆さんの言ってることが本当かどうかはともかく、ここには普通じゃない雰囲気が漂っていたことは事実だった。

 よく見てみると、ジュースだけじゃなくて、うちの購買部じゃ売ってないはずのお菓子なんかも置いてある。
 ただ、ジュースと同じで、どこのメーカーのものなのかわからない。
 いや、もっと正確に言うと、色合いといい包装といい、とてもではないが日本製とは思えない。

 それに、見ると壁に並んだ棚にもいろんな物が入っている。

「あ、こんなものまで売ってるんだ……」

 私は、臙脂色の細いネクタイを思わず手に取っていた。
 この学園の制服は、ブレザーに白いブラウス、そしてこの、細めのネクタイを結ぶが秋から春の間の正装だ。
 これが、夏の間だけは半袖のブラウスにリボンになる。
 もちろんブレザーにネクタイっていっても、女子校だからみんなスカートを穿いている。
 白いブラウスに淡い茶色のブレザー、紺のスカートにネクタイを締めるうちの冬服は、他校の男子生徒に人気があるらしい。
 ちょっとスカートの丈が短いから、真冬はけっこう寒くて私はあまり好きじゃないんだけど。
 ちなみにネクタイとリボンは、見たら色で学年がわかるようになっていて、高等部の1年生は濃い水色、2年生は臙脂色、3年生は深緑色だ。

 でも、これってなんの変哲もない制服用のネクタイよね?

 まじまじとそのネクタイを眺めている私に、お婆さんが話しかけてきた。

「なるほど、それがお嬢ちゃんが欲しいものなんじゃな」
「いえ、欲しいとか、そういうのじゃなくて、ちょっと手に取ってみただけで」
「だから、お嬢ちゃんの望んでいることを叶えるためにそれが必要じゃから手に取ったんじゃよ」

 だから、さっきからなにを言ってるの?
 だって、これ、ごく普通のネクタイじゃない、色も2年生用の臙脂色だし。
 お婆さんの言ってることの意味が全然理解できないから、私は心に浮かんだ疑問をはっきりとぶつけてみる。

「そもそも、このネクタイでどんな望みが叶うというんですか?」
「うむ、そのネクタイを手渡した相手を、自分の言う通りに操ることができる」
「はいいっ!?」

 あれ?今、お婆さん、なんて言ったの?
 相手を自分の言うとおりに操ることができる、って言ったように聞こえたけど、そんなことできるわけないじゃない。

「あのー、それって、どういうことですか?」
「じゃから、そのネクタイを相手に手渡す、相手がそれを身につける。それだけで、もうその相手はお嬢ちゃんの言う通りになってしまうようなるのじゃ」
「……冗談ですよね?」
「本当じゃ」
「だって、そんなものがこの世にあるはずがっ!」
「現にここにある。それにどうじゃ?お嬢ちゃんには思い通りにしたい相手がいるのではないかの?」
「あっ……」

 瞬間的に、結城和音の顔が頭に浮かんだ。
 たしかに、お婆さんの言うことが本当なら、あの女に恥をかかせてやることができる。
 でも、そんなネクタイなんてこの世に存在するはずがない。

「そんなことがもしあるとして、いったいどんな理屈になっているって言うんですか?」
「うーむ、よくある言い方をしたら、魔法じゃな」
「魔法って!そんなバカなことがっ!」

 いやっ、それはあの女の鼻をあかすことができるんなら悪魔に魂を売っても良いとかちょっとだけ思ったけど、でも、魔法とか、そんなこと現実にあるはずがないわ。

「うむ、魔法と呼ぶか、超能力と呼ぶか、超科学と呼ぶか、そんなことはどうでもよいのじゃよ。ただ、人智を越えた力というものはたしかにあるのじゃ」
「その力が、このネクタイにはあると?」
「うむ。まあ、正確にはそのネクタイだけではなくてこの店の商品全部がそうなんじゃがの。ただ、ここの商品は、それを必要としている者と引き合う性質を持っておる。お嬢ちゃんは、そのネクタイの力を必要としていた。だから、それを手に取ってみる気になったんじゃよ」
「そんな、本当にそんな魔法の品があるなんて……。でも、これってきっと高いんですよね?」
「1050円じゃ」
「はいいいいいいいっ!?」

 今度こそ、本当に驚いてしまった。
 正門横の購買部で売っている、普通のネクタイと同じ値段じゃないの。しかも税込み!?

「あの~」
「ん?なんじゃ?」
「やっぱり冗談ですよね?」
「なんでここに来る者はみんな同じことを聞くんじゃろうな」
「だって!これはすごい魔法の品なんですよね!?購買部で売ってる普通のネクタイと同じ値段じゃないですか!?」
「ここも購買部じゃと言ったじゃろうに。購買部である以上、学生に買える値段でしか売らんのじゃよ」
「でも……そんな。人を操ることができるネクタイが1050円だなんて……」
「ちゃんと消費税は取っておるぞ」
「いえ……そういう問題じゃなくて」
「どうじゃ、買うのか買わんのか?」
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんじゃ?」
「さっき、このネクタイを身につけた相手を操ることができるって言ってましたよね。それはつまり、ネクタイを身につけている時、つまり、制服を着ている時しか操ることができないということですか?」
「ふむ、そうなるの。しかし、ネクタイをしているときに命令したことはネクタイを外してからも有効じゃ。じゃから、大切な命令は制服を着ているときにしておくことじゃな」
「そうですか……」

 そこまで聞いて、私はポケットから財布を取り出す。
 よく考えたらそんなものが存在するはずがないのに、その時の私は、きっとその部屋の不思議な雰囲気に呑まれてしまっていたのかもしれない。

「じゃあ、1050円ですね」
「うむ、じゃあ、うまくやるんじゃぞ」

 私は1050円を支払うと、ネクタイを受け取る。

「あの……これって、ネクタイを手渡されたことになるんじゃ……」
「ふぇふぇふぇ、心配するでない。今、そのネクタイの所有者はお嬢ちゃんじゃ。お嬢ちゃんがそれを誰かに手渡した時点で効果が現れるのじゃよ」
「そうなんですか」
「まあ、あまり余計な心配はしないことじゃな」

 そんなこと言われても、どう考えたって怪しいじゃない。
 でも、お婆さんの雰囲気が口答えすることを許さなかった。

「……はい。……では、失礼します」
「うむ、まあ、もう会うことはないかもしれんがの」

 私を送り出す、お婆さんの言葉がおかしなことに気づかないくらい、私はお婆さんのペースに乗せられていた。
 それ程までに、そこはおかしな空間で、おかしな雰囲気が充満していた。

「……もしかして、あの人、レイチェル・オズボーン?」

 そんな考えがよぎったのは、もうレイチェル館を出た後だった。

「まさか。それこそ、そんなはずあるわけないよね」

 だって、レイチェル・オズボーンは100年くらい前に亡くなっているはずだ。
 今の時代まで生きているわけがない。

 ……もしかして、今のは全部まぼろし?
 それとも、幽霊?

 そう思った私の手の中で、さっき買ったネクタイだけが全部本当のことだと主張していたのだった。

♪ ♪ ♪

 本当にこんなので?

 その夜、私はあの店で買ったネクタイをぼんやりと眺めていた。
 改めて見ても、やっぱりどうということはない普通のネクタイに見える。

 本当に、これを手渡した相手を私の思い通りにできるのかしら?

 そのネクタイのことが気になって、勉強が手に着かない。
 普通に考えたら、そんなことができるものがあるはずがない。
 でも、よく考えてみたら、人がいないはずのレイチェル館の中に売店があること自体がおかしいのだ。

 だったら、このネクタイって、本当に魔法のネクタイなの?
 そもそも、あんな所に売店があったことがおとぎ話みたいな話よね。
 だったら、そこで魔法のネクタイを買うなんてこともあるのかも……。
 それに、だめでもともとなんだから。
 制服のネクタイの予備を買ったと思えばいいのよ。

 そう、自分に言い聞かせる。
 もし、これが本物だったら、これを使う相手は決まっていた。
 もちろん、結城和音だ。

 でも、どうやってこれを手渡したらいいのかしら?
 そうだわ!明後日の体育の授業の時に!

 体育の授業の時は、みんな体操服に着替える。
 その時がチャンスだ。

 でも、手渡さなくちゃいけないのよね。
 どうやって……。

 実際に、どうやってこのネクタイを手渡すか、私はそのことをずっと考えていた。

♪ ♪ ♪

 2日後。

 5時間目の体育の授業が終わると、なるべく目立たないように、でも、できるだけ急いで教室に戻る。

 ……ふう、まだ、誰も戻ってきてないわね。

 教室に戻って、誰もいないことを確認する。
 古い校舎を改装しながら使っているうちの学園には、更衣室がない。
 まあ、うちは女子校だから特に不便はないのだけど、今日はそれが幸いした。

 私は自分の前の席を見る。

 きちんと畳んで重ねてある制服から、ネクタイを引っぱり出すと自分のカバンの中に隠す。
 あのネクタイは、予め私の机の中に入れておいた。

 そうしておいて制服に着替え始めると、ようやくみんなが教室に戻ってきた。

 よし、誰にも見られなかったわね。

 そして、私は何食わぬ顔で着替えを続ける。

 昨日の放課後、念のためにレイチェル館に行ってみたけど、ドアには鍵がかかっていた。
 外から背伸びして、あの売店があった部屋の窓を覗いてもみた。
 すると、部屋の中はがらんどうで何もなかったのだ。
 そのことが、やっぱりあのネクタイは普通のものじゃないという思いを強くさせた。
 だから、今では、きっと本当に魔法のネクタイに違いないと思うようになっていた。

 と、そんなことを考えていた、その時だった。

「あら?」

 制服に着替えていた結城和音が、なにか探すように机の下やカバンの中を見ていた。

「おかしいわね、どこに行ったのかしら?」

 首を傾げながら、辺りを見回している。

 よしよし、今ね……。

 そんな彼女の姿を、内心ほくそ笑んで眺めながら、私はこっそりと机に隠していたあのネクタイを取りだした。

「結城さん、ひょっとして、あなたが探しているものはこれかしら?」
「え?……あっ!」

 私の手にしたネクタイを見て、結城は小さく声をあげる。

「どこにあったの、それ?」
「私の机の上よ」
「じゃあ、あなたのじゃないの?」
「ほら、私はちゃんと自分のネクタイをしてるわよ。私の机にふたつネクタイがあったから変だと思ったのよね。どうしたの?これを探してたんじゃないの?」
「……あ、うん」

 納得していない様子で、結城は私の手からネクタイを受け取った。

 よしっ!
 これで後は、そのネクタイをつけて……そうそう!

 首を傾げながら、彼女はネクタイを結んでいく。

 ふふっ、これでもう、あなたは私の言いなりなのよ。

 ここまで予想以上にすんなりといったことで、私はすっかり嬉しくなってしまった。
 最初はネクタイのことを疑っていたことも忘れて、まるで結城和音をターゲットにしたゲームを楽しんでいるような気持ちになっていた。

「それにしても、結城さんって案外いいかげんなのね。外したネクタイを人の机の上に放り投げるなんて」

 ついついそんな嫌味が出てしまったのも、舞い上がっていたせいだったのかもしれない。

「大人げないのね、斉藤さん」
「……なんのことかしら?」
 
 なによ、その目は。

 睨み付けるようにしている結城の視線。
 彼女のその表情は久しぶりに見た気がする。
 かつて私に向けていた、冷たく射るような視線。
 悔しいけど、最近は勝ち誇った表情しか見てなかったから思わず怯んでしまったじゃないの。

「私のネクタイを隠して困らせようなんて、小学生じみたことをするじゃないの」
「なによ、私がネクタイを隠したなんて、言いがかりをつけるつもりなの?」

 本当は隠したんだけど……。
 いや、正確には隠したんじゃなくて取り替えたって言った方が……。

 て、そういうことを言ってる場合じゃないわよね。
 そうよ、彼女はもう私の言いなりなんだから。
 きっと、そのはずよね……。

「私はちゃんと畳んで自分の机に置いたわよ。だから、誰かが隠さないとなくなるはずがないのよ」
「なによ、見つけてあげたのは私なのに」
「そう言って恩でも着せようっていうの?あなたが隠したくせに」
「だから、なんで私があなたのネクタイを隠さなきゃいけないのよ?」
「私を困らせるために決まってるわ。こんな、子供っぽいことして。……そうだわ!さっき、あなたの方が先に教室に戻っていたじゃないの」
「だからって、なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ。変な言いがかりつけてるのはあなたの方じゃないの!謝ったらどうなの、結城さん」
「どうして私が謝らなければいけないのよ!?」
「つべこべ言ってないで謝りなさい!」

 私が、そう言った時だった。

「……ごめんなさい」

 あの結城和音が、ごめんなさいと言って私に向かって頭を下げた。
 でも、頭を上げた時のその表情ときたら、とてもじゃないけど謝った人間のそれじゃなかった。

 どうして自分が謝ったのかわからないとでもいった顔。
 そして、私の顔を見て悔しそうに唇を噛んだ。

 やっぱり、あれ、本当に魔法のネクタイなんだ!

 私は、ちょっと感動して彼女の胸元から下がるネクタイを見ていた。

 これで、この女は私の言いなりよ。

 近くの席の子たちが、いったい何があったのかとざわつきながら私たちを見ていた。
 その中で、結城が私をじっと睨んでいた。

 もう、唇を噛んでこっちを睨み付ける視線なんか全然気にならない。
 だから、すっかり嬉しくなって言ってやったんだ。

「それでいいわ、わかればいいのよ」
「なっ!」

 結城が色をなして反論しようとしたその時にチャイムが鳴って、先生が教室に入ってきた。
 私が席に着くと、彼女も渋々といった様子で席に座る。

♪ ♪ ♪

 6時間目の数Bの授業の間、彼女がちらちらとこちらを気にしている様子が後ろの席からは丸わかりだった。

 さっき、なんで謝ってしまったのか、きっといろいろ考えているんだろうな。
 でも、どんなに考えたって、自分がつけているネクタイのせいだってことがわかるわけがない。

 そして、6時間目が終わり、ショートホームルームも終わった後。

「斉藤さん、ちょっといいかしら?」

 そう言って振り返った時の、凄みのある顔ったらなかった。
 でも、どんなに凄まれても今の私はへっちゃらだ。

「どうしたの?」
「ちょっと、一緒に来てくれない?」
「なんだかよくわからないけど、いいわよ」

 私は、彼女の後について立ち上がった。
 思えば、結城に呼び出されるなんて、中等部のあの時以来のことだ。

 そして、連れてこられたのは、校舎から離れた、遊歩道からも少し外れた草むらの陰。
 周りに誰もいないのを確かめると、彼女は私の方に向き直った。

「斉藤さん、さっき、あなたは何をしたの?」

 いきなりそう切り出されて、私はすっとぼける。

「……?いったいなんのことかしら?」
「ふざけないで、さっき、あなたが謝れと言ったら謝ってしまった。まるで、体が勝手に動いてしまったみたいに」
「はい?なに言ってるの、あなた?」
「私は謝りたくなんかなかったのに、悪いのはあなたなのに……」
「あら、謝りたくなかったの?だめね、私はてっきりあなたが悪いと思ったから謝ったと思ってたのに」
「なんで私が謝らなくちゃいけないのよ!?」

 ひょっとして、この子って頭悪い?
 まあ、勉強ができるのと頭がいいのは違うってことかしらね。

 目の前で怒りだした結城の姿に、私は半ば呆れていた。
 普通に考えたら言ってることは無茶苦茶だし、もし、本当に何かされてるって思ってるのなら、人気のないところに連れ出して当の本人を問い詰めるなんて危険極まりないじゃない。

 まあいいわ。
 幸い周囲に誰もいないし、この状況を活用させてもらおうかしら。

「残念だわ。結城さんがそんなこと思ってたなんて。これは、土下座して謝ってもらわないとね」
「なんで私が土下座なんかしないといけないのよ!?」
「だって、反省の色が全く見えないんですもの」
「わっ、私には反省することなんかないわ!」
「いいから、土下座して、私が悪うございました、って言いなさい!」
「……っ!……わ、私が、悪うございました」

 命令すると、私の前で、結城が土下座してそう言った。

 改めて、私はあのネクタイの効果に感動していた。
 しかし、立ち上がった彼女の顔は屈辱にまみれ、体が小刻みに震えていた。

「どうしてっ!?また……また私になにかしたわねっ、斉藤さん!」

 胸ぐらを掴みそうな勢いで結城が突っかかってきた。
 だけど、私は慌てない。

「あら、まだ反省してないの?これはお仕置きが必要ね」
「お仕置きって……何をする気!?」

 そうね、どんなことをさせたら彼女の置かれた状況を思い知らせてやることができるかしら?

 ……そうだわ!

「そうね、じゃあ、ブラウスのボタンを外しなさい」
「なにをっ!……いやっ!?ど、どうして!?」

 結城の手が伸びて、自分のブラウスのボタンを外していく。

「そうそう、じゃあ、次はブラも外して胸を私に見せるのよ」
「……くっ、なんで!?あなたっ、私に何をしたのよ!?」
「口答えしないの……そうそう」

 屈辱や怒りよりも、驚きの表情を浮かべて結城の手がブラのホックを外す。

 ブラウスをはだけ、ブラも外して露わになった彼女の胸。
 私の胸よりも少し小さいそれを見て、勝った、と思ってしまった自分がちょっと情けなかった。

「じゃあ、自分で乳首をいじるのよ」
「そっ、そんなことっ!あっ、やっ、またっ!?」

 戸惑いの声をあげながら結城は自分の手で、自分の乳首を摘む。

「くううっ!こっ、こんなことさせて!」
「わかってないわね。それはあなたが自分でやってるのよ」
「ちっ、違うわっ!これはあなたが!」

 私がからかうとすぐムキになる結城。
 本当は楽しくて仕方がないんだけど、わざとつまらなさそうに欠伸をしてみせる。

「ねえ、あまり気持ちよくなさそうね」
「あっ、当たり前よ!」

 うわー、本当にわかりやすい反応をしてくれるわね。

 恐怖と怒りにひきつった顔で叫ぶ結城を眺めながら、私は吹き出しそうになるのを必死に抑える。

 でも……それもそうよね。

 私だって、たまにひとりでやることはある。
 だって、そういう年頃だもの。
 でも、いきなり乳首を摘んでもあんまり気持ちよくないのよね。
 だけど、えっちな気持ちが高まって、乳首がつんってなって、コリッと固くなってくると、まるでなにかのスイッチが入ったみたいに感じちゃうの。
 そこにちょっと手が当たっただけで、ビリビリくるほど気持ちよくなっちゃうのよね。

 だから……。

「それはいけないわ。もっと感じなさい。あなたは、乳首がすごく感じるの。そうやって、すごく気持ちよくなるのよ」
「なに言って!ひああっ!んふうううううっ!」

 いきなり、彼女の体がビクッと仰け反った。

「あああっ!これはっ!?はううううっ、ううっ、むふううううんっ!」

 目を白黒させているけど、あれは間違いなく感じちゃってるわ。
 だって、あんなに悩ましげに喘いでるんだもの。

 本当にこれがあの結城和音なの?

 それに、乳首、こっちから見てわかるくらいに、つん、て上向いちゃってる。
 すごい……。
 あのネクタイ、本当になんでもできちゃうんだ。

「気持ちいいのね、結城さん。そんなに乳首をカチンコチンにしちゃって、いやらしいわ」
「そんなああっ!わたしっ、いやらしくなんかっ、ない!」
「そんな格好で何言ってるの?だめよ、自分の気持ちに素直にならないと。どう?気持ちいいんでしょ?」
「んふうううっ!ああっ、はああああんっ!いやあっ、だめえっ、これっ、きもちいいいいっ!」

 すごい!すごいわよあのネクタイ!
 あの憎たらしい女が、こんなことして感じちゃってる!
 しかも、こんな大きな声で気持ちいいって叫んじゃって!

 今や、結城は完全に私の玩具だった。

「ほらほら、そんなんじゃ全然物足りないでしょ。もっと激しく、胸をぎゅっと掴むのよ。そうしたらもっと気持ちいいから」
「んくうううっ!こっ、こんなっ!あんっ、あはああん!」

 屈辱にまみれ、怒りに燃えた目で私を睨み付けようとするけど、すぐに大きく喘いでしまって長くは続かない。
 この、結城に命令して痴態を曝させるゲームにすっかり私はのめり込んでいた。
 今まで感じたことがない高揚感に包まれて、私は自分の乳房をこね回して喘いでいる彼女を眺めていた。

 あれ?なに、すっごい内股になって、ふとももを擦り合わせてない?
 はは~ん、なるほど……。

「あなたって、本当にいやらしいのね、結城さん」
「やっ、違うっ、これはっ!」
「何が違うの?だったら、なんでそんなにももをもぞもぞさせてるの?」
「こっ、これはっ!むふうううっ!」
「しかたないわね。じゃあ、アソコもいじっちゃいなさい」
「そんなっ!やあっ、またっ!?ああっ、あくううううっ!」

 さっきまで乳首をいじっていた手の片方が、彼女のスカートの中に入っていく。

「ホント、いやらしい。でも、いいのよ、いっぱいいじりなさい、そして、いっぱい感じなさい」
「やあああああっ!こんなことっ、あっ、ああああっ!んんっ、きゃん!」

 片手でおっぱいを掴んで、もう片方の手をスカートの中に入れていた彼女が、バランスを崩して前のめりに倒れた。

 なんてみっともないのかしら。
 いいざまね。

 結城に命令して、自分でいやらしいことをさせるこのゲームにサディスティックな興奮を覚えながら、膝をついて、それでも喘ぎ声をあげながら胸とアソコをいじり続けている結城の姿を私は見下ろしていた。

 でも、これじゃあなたのみっともないところを見られないじゃないの。

 私は、足許の彼女に向かって次の命令をする。

「なによ、そんな姿勢じゃ何してるのかわからないじゃないの。ほら、仰向けになるのよ」
「んんんっ!ああっ!」

 結城は、抗う素振りを見せるけど、私の言うことには逆らえない。
 そのまま、体を回転させて仰向けになった。

「スカートをめくって、あなたがアソコをいじっているところをもっとよく見せなさい」
「いやあっ、そんなことっ!だめっ、だめなのにいいいっ!くううっ、くふうううん!」

 胸をいじっていた手がスカートの裾にかかり、大きくめくり上げていく。
 丸見えになったそのショーツは、シミができるのを通り越して、すっかり色が変わってしまっていた。
 湿って透けてるせいで、その中に手を入れてアソコをいじっているのがはっきりと見える。

「どうしたの、結城さん。ショーツがぐしょ濡れよ。あなたって、そんなにいやらしい人だったの?」
「これはああああぁっ!あなたがっ、やらせてっ!んんっ、んはああっ!」
「なに言ってるのよ。あなたが自分でやってるんじゃないの」
「でもっ、私がこんなことするはずっ!くうううううっ!ああっ、手がっ、勝手にっ!んくううううーっ!」

 私がからかうと、結城は悔しそうに唇を噛む。
 でも、アソコをいじる手は止まらないから、すぐにその口から切なそうな喘ぎ声が漏れてくる。

「そう?だったら、本当に私も手を貸してあげようかしら」
「なっ、何をする気!?んんっ、あああっ、ちょっと、斉藤さんっ!!」

 手を伸ばして、彼女の手をいったんアソコから退かせると、ショーツに手をかけて一気にずり降ろした。
 あられもなくさらけ出された、その、ピンク色のワレメ。
 ぱっくりといやらしく開いて、おツユが溢れ出してきている。

「ふーん、本当にいやらしいのね」

 しゃがみ込んで、彼女のアソコに顔を近づけてわざとそう言うと、結城は嫌そうに首を振った。

「いやあっ、だめえっ!見ないでッ、見ないでええええぇっ!」
「こんなに面白いことから目が離せるわけないでしょ。人に見られながらこんなことして感じちゃうなんて。ふふふっ、学年一の秀才がこんなヘンタイだったなんてね」
「違うっ、私はヘンタイなんかじゃっ!あうううっ!」

 大きく体をよじり、ばたばたと頭を振って結城は必死に否定するけど、その姿は私をいっそう喜ばせるだけだった。
 今まで溜まっていた鬱憤から、私の命令はどんどんエスカレートしていく。

「でも、気持ちよさそうじゃない。いいのよ、もっと感じちゃって。ほら、中まで指を入れて。うん、そうやってるとすっごく気持ちいいわよ」
「ああっ、んくううううっ!」

 面白ーい!
 指がワレメの中にずぶずぶ入って、体がびくんびくんって跳ねてる。
 私がそう言っただけでそんなに感じちゃうの?
 
 あの高慢ちきな女が、こんなところで、それも私の見てる前でひとりえっちして喘いでる。
 こんな楽しい見せ物ったらないじゃない。
 これは、最後までいってもらわないとね。

「ほら、あなたはイっちゃうまで自分でやるのを止められないわよ」
「そっ、そんなっ!」
「でも、とても気持ちよさそうじゃない。それならすぐイクことができるわよ」
「んぐうううっ!ああっ、ふあああああっ!」
「ホントにすごいわね。やっぱり私も手を出しちゃお」
「なっ、何をするのっ!?あっ、あひいいいいっ!」

 私が、ワレメの上にあるお豆に触っただけで、彼女が狂ったように体を悶えさせる。

 さっきから気になってたのよね。
 だって、真っ赤になって、ポチッとなってて目立つんだもん。
 よく考えたら、自分のクリがそんな風になってるところなんか見たことないし。
 私がひとりエッチする時は、私のクリもこんなになってるのかな?

 私が、そんなことを考えながら目の前の赤いボタンみたいなのをぐりぐりとすると、結城の体がきゅうっ、と仰け反った。

「ひいいっ、あふううううううううっ!」
「きゃあ!」

 なによ?アソコからビュビュってお汁が噴き出してきたから、びっくりしちゃったじゃない。

「んふうっ、ふあああああああんっ!」

 結城は、弓なりに反らせた体を固まらせたまま、何度もビクビクと震えている。

 そうか、イっちゃったのね。

「ああんっ、んふううううぅ……」

 ようやく震えがおさまったかと思うと、その体からがくりと力が抜けた。
 ぐったりと寝転がったままで、大きく息をしている結城の姿を私は見下ろす。

「すっごいイキっぷりだったわよ、結城さん」
「んんっ、はあっ、はあっ……さっ、斉藤さんっ、あなた、いったい私に何をしたの!?」

 まだ、言葉も途切れ途切れに喘ぎながら、それでも私を睨み付けてくるのはさすがだと思う。 

「ふふふっ!あなたにね、おまじないをかけたの」
「おまじないですって!?」
「そう。あなたが私の言いなりなってしまうっていうおまじない」
「そんなバカなことがっ!」
「でも、今、あなたは私の言ったとおりにしてしまったでしょう」
「でもっ、そんなことができるおまじないなんて!?」
「あら?まだ信じられないの?しょうがないわね。じゃあ、両足を広げなさい」
「なにをっ。あっ、あああ、またっ!?」

 仰向けに寝転がったままで、結城が悲鳴を上げた。
 その両足が、ゆっくりと開いていく。

「そうそう。アソコがよく見えるようにね。もっと開いて、膝を折って、両手で支えるのよ」
「いやっ、こんなことっ!いやああああああっ!」

 はははははっ!なんて格好なの?
 あの結城和音が、私の目の前で思いっ切りMの字に足を開いてる!
 しかも、さっき私がずり降ろしたショーツがソックスに引っ掛かったままつま先でぶらぶらしてるし、さっきイったばかりでぐしょぐしょのワレメが丸見えだわっ!

「どう?これでわかったでしょ?」

 すっかり勝ち誇った気分になった私が余裕たっぷりに見下ろすと、彼女はそのみっともない姿勢のままで悔しそうに顔を歪めた。

「くっ、あなたっ、こんなことしていいと思ってるの!?」
「あら?じゃあ、先生にでも言いつける?そうしたら、あなたがこんなに恥ずかしいことをしたのも知られてしまうわよ」
「だからそれはあなたがそうさせてっ!」
「だったら、そう言うの?あなたが言いなりになるおまじないを私がかけたって?」
「う……そ、それはっ……」
「聡明なあなたならもうわかってるわよね。人を言いなりにさせるおまじないなんて、そんな話、誰が信じると思うの?」

 だって、私だって実際にやってみるまで信じられなかったんですもの。 
 まあ、本当はおまじないじゃなくて、あなたがしてるそのネクタイのせいなんだけどね。
 
「もうわかったでしょ。そんなこと言っても、あなたがおかしいと思われるだけよ。ああ、それともそれがいいんだ。だって、人の目の前でひとりえっちしてイっちゃうヘンタイだもんね」
「くっ!……あなた、許さないから!」

 そう吐き捨てるように言って、彼女は私を睨み付けてくる。
 ここまでされても気の強さは変わらないのね。

 ……あ!そうだ!
 いいこと思いついちゃった。

「そう?許さないのならそれでけっこうよ。でも、いつまでそんな気でいられるかしらね」
「こ、今度は何をする気なの!?」

 さすがに、その顔に少し怯えた表情が浮かんだ。
 それがまた、私を楽しませる。

「あなたに、私のことを好きになってもらうわ」
「な、何よ……それ?」
「あなたは私に恋をするの」
「そ、そんな……」
「ほら、私を見て。私の顔を見てると、すごく好きになってきて、胸がドキドキするわ」
「……や、いや……そんなの、いや」

 嫌がってるように首を振ってるけど、私を見つめる彼女の頬がぽっと赤くなってきた。

「ほら、あなたは私のことがものすごく好きになってしょうがない」
「ち、ちがう……これは、おまじないでそうさせられて……でも、ああ……」
「私のことが気になって、私のことが恋しくて、私にもあなたを好きになってもらいたくなる」
「あああ……さ、斉藤さん……。ちっ、違うっ!これはっ、おまじないで無理矢理!こんなのっ、私の本当の気持ちじゃ!」

 私を見るその視線がうるうると潤んできた。
 しかし、自分を奮い立たせるように、涙目で私を睨み付ける。

「強情ね。でも、あなたはもう、私のことが大好きなの」
「あ……ああ……だめ……そんなのだめなのに……私、私……」
「そんな私のことをあなたは告げ口できるっていうの?」
「……できない。私にはそんなことできない」

 うなだれたまま、力なく首をふる結城和音。

 ふふっ、これで私の勝ちね。
 でも、それだけじゃないの。

「うん、いい子ね。でも、私はあなたのことを好きじゃないから」
「……え?」

 なによ、その怪訝そうな表情は?

「あなたは私のことをとっても好きだけど、私はあなたのことを好きになってあげない」
「そ、そんなっ!」
「あなたは、もう大好きな私のことを貶めることも告げ口することもできない。でも、あなたがどんなに私のことを想っても、私はあなたを好きになってあげないんだから」
「そんなっ、そんなひどいこと……!」

 その両目からポロポロと涙がこぼれ落ちてきた。

「あら、泣いてるの?本当は泣き虫なところは中等部の頃から変わってないのね」
「だって、こんなっ、こんなっ……!」

 あの、憎たらしくてプライドの高い女が、私を見つめて涙を流している。
 それを、私は胸のすく思いで見下ろしていた。

「まあいいわ。そうね、じゃあ、今日はもう自由にしていいわ」
「……え?」

 私がそう言うと、ようやくM字に足を開いた体勢から解放されて体を起こす。
 でも、茫然とした表情で涙を流しながらその場に座り込んだままだった。

「あら?何か期待していたの?言ったでしょう、私はあなたのことを好きになってあげないって。だから、あなたにはもう用はないの」
「ひどい、ひどいわ斉藤さん……」
「じゃあね、また明日、結城さん」

 まるで、子供みたいに泣きじゃくっている結城和音を放置して、私はその場から立ち去る。

 この程度で楽にしてなんか上げない。
 そうよ、まだまだ苦しめてあげるんだから。

♪ ♪ ♪

 翌日。

「おはよう、結城さん!」

 教室に入ってきた結城に、私はわざと明るい調子で挨拶をする。

「……おはよう、斉藤さん」

 力なく返事をして、ちらりと私の方を見たその目。
 恐怖、怯え、屈辱、怒り、悲しみ、そういった感情がどんよりと渦巻いているのに、それでいて物欲しそうな、熱っぽい視線を私に絡みつかせてくる。
 それに、なんて顔してるの?
 真っ赤に充血した目の下に隈を作って、まるで徹夜でもしたみたい。

 ふふふ、昨日は眠れなかったみたいね。

 あのネクタイの効果にほくそ笑みながら、私が椅子を引くと、ガタンと、思っていたよりも大きな音がした。

 その時、私の前に座る結城の体がビクッと大きく震えたのを見逃しはしなかった。

 面白ーい!なにびくついちゃってるの?

 結城のその過剰な反応に、私はついついにやついてしまった。

 本当に、その日の授業の楽しいことといったらなかった。

 ビクビクと、私の方を気にしているのが後ろからはまるわかりだ。
 私がちょっと椅子を引いただけで、結城は大げさなくらいに体を竦める。
 一度、私のノートの角がその背中に当たった時なんか、「きゃっ!」って声をあげたものだから、先生に、「どうしたの?結城さん?」て訊かれて、真っ赤な顔をして「なんでもないです!」とごまかしている結城の姿に、私は笑いを堪えるのに苦労したものだ。

 あんまり面白いから、次の時間にはわざとノートを当ててやったけど。

 これ、ペンとかでつついたらどうなるのかしら?

 ふと、そんな疑問が湧いてきた。
 さすがに、授業中にあんまり大騒ぎになっても、とは思うけど、この誘惑を抑えきれない。
 だから、6時間目終わりのショートホームルームでやっちゃった。

「きゃあっ!」

 派手に叫び、ガタンと椅子を倒して結城が立ち上がった。

「どうしたの、結城さん?なにかあったの?」
「あ、いえ、ちょっと虫が飛び込んできただけです」
「そう。結城さんにも嫌いなものはあるのね。まあいいわ、座りなさい」
「は、はい……」

 担任の橋本先生が、くすりと笑って結城に座るよう促す。
 だけど私は、別の意味で笑ってしまった。

 虫が飛び込んできたですって?
 こんなに私にからかわれているのに、それすらも言うことができないなんて。

 そんな調子で、いつまで我慢できるのかしらね。

 ホームルームが終わると、私はさっさとカバンを持って教室を出ていく。
 もちろん、私に向けられる結城の視線をひしひしと感じながら。

「ちょっと待って!斉藤さん!」

 正門の手前で、結城に呼び止められた。

「なにかしら、結城さん?」

 振り向くと、結城は、走ってきたわけでもないのに息苦しそうに喘いでいた。

「頼むからもうこんなのやめてちょうだい!」
「なんのことかしら?」
「お願いだから私を元に戻して!」

 頬を染めて、荒く息をしながら、結城はそう頼み込んでくる。
 私を好きだという気持ちと、恐怖と屈辱のない交ぜになったその表情が私の嗜虐心をそそる。
 でも、まだまだ切羽詰まった感じはしない。
 なにより、まだ自分のプライドを保とうとしているのが気にくわない。

「まだわからないの?あなたはもう私に頼み事なんかできる立場じゃないのよ。それに、何を言い出すかと思ったら、元に戻して、ですって?そんなことできるわけないでしょ」
「でもっ、苦しいのっ!こんなの、切なくて、辛いのにっ!」
「だったら、どうすればいいのか自分で考えるのね」
「ええっ?」
「言っとくけど、私はあなたのことを絶対に元に戻さない。その上で、あなたがこれからどうしたらいいのか自分の頭で考えるのよ」
「そ、そんな……」
「あーら、優等生のあなたにもわからないことがあるの?」
「ひ、ひどいわ、斉藤さん……」

 そう言った結城の目から、涙が溢れそうになっていた。

「あら、また泣くの?いいわよ、泣いても。こんなところで泣いて、みんなに見られてもいいっていうんならね」
「くっ!」

 結城は、ぎゅっと目を閉じると、正門の外へと駆け出していった。

 さーて、どうするのかしら、彼女。
 あ、もしかしたらナイフで刺されちゃったりして、私。
 でも、そんなのへっちゃらよね。
 だって、そんなことできるわけないんだもん。
 私が、止めなさいって言ったら、彼女、逆らえるはずがないんだし。
 あ、でも、学校の中でナイフ出されたらきっと大変なことになるわよね。
 まあ、そうなってもたぶん私は被害者扱いだし、悪いのは彼女ってことになるよね、きっと。

 そんな妄想をふくらませながら正門を出ると、私は家までの坂道を下っていった。

♪ ♪ ♪

 翌日。

「おはよう、結城さん!」

 その日、学校に来た結城から返事は返ってこなかった。

 なんというか、疲れ切った表情で、私を見る目は澱んでいるのに、瞳の奥にぎらぎらと熱っぽいものを感じる。

 これを、憔悴した顔っていうのかしらね?

 そんなことを考えている私をよそ目に、結城は自分の席に着く。

 その日は、なんか妙な感じだった。
 相変わらず私の方を意識してビクビクしているのに、つついても、昨日と違って反応は鈍い。
 
 なによ、もう参っちゃったの?
 面白くないわね。
 それとも、これはナイフが近づいてきてるってことなのかしら?
 でもまあ、もう1日様子を見てみましょうか。

 明日の様子を見てから、次にすることを決めようとその日は放っておくことにする。
 結局、その日は帰りがけに呼び止められることもなかった。

 そして、次の日。

 教室に入って来た結城の様子は、昨日一昨日とはまた違っていた。

 思い詰めたような表情で私を見つめる瞳はうるうると潤んで、熱でもあるみたいに赤い顔をしている。
 その日は、後ろからつついても少しビクッと反応するだけ。
 それまでの、ビクビクしている気配は感じられない。

 そして放課後、待ちかねたように結城が私の方に振り向いた。

「斉藤さん、ちょっといい?」

 その、あまりに真剣な表情に私の方がビクッとしてしまった。

「な、なによ?」
「ちょっと話したいことがあるの。この間の場所で、私の話を聞いて欲しいの」
「い、いいけど……」

 彼女の迫力に押されて、ついつい応じてしまう。

 これは、いよいよナイフのお出ましかもね……。

 結城があんまり思い詰めた顔をしてるものだから、ついそんなことを考えてしまった。

 そして、ふたりしてやってきたのは、人目につかない、遊歩道から外れた草むらの陰。
 3日前、結城が私の目の前でひとりえっちして派手にイってしまうという痴態を曝した場所だ。

「で、私に話したいことってなんなの?」

 どうせ、また元に戻せとか言うんじゃないかとその時は思っていた。
 それと、ナイフが出てくる可能性も少し。
 あるいは、ナイフを突きつけて元に戻せと脅すとか。

 まあ、どのみち私にはそんなの意味無いんだけど。
 結城は私の玩具なんだもの。

「お願い、斉藤さん。私の気持ちを受け入れて……」
「へ……?」

 やだ、予想もしてなかった答えに思わず間抜けな声が出ちゃったじゃないの。

「私、あなたのことを好きなの!大好きなの!それは、無理矢理こんな気持ちにさせられたことはわかってる。でも、もうどうしようもないの!あなたに私の思いを伝えて、あなたに受け入れてもらえないと、私、どうにかなっちゃいそうなの」

 そう言って私を見つめる結城は、完全に恋する乙女の表情になっていた。

 ……とはいえ。

「私はあなたのことを好きにならないってこの間言ったでしょ。そんなこともわからないの、あなたは?」
「私っ、なんでもするから!」
「ええっ!?」

 いきなり、結城がガバッと土下座したものだから、思い切り面食らってしまった。

「私は、今まであなたに随分とひどいことをしてきたわっ!だから、きっと赦してもらえないことはわかってる!だから、そのお詫びに私、なんだってする!あなたのためになんでもするから、あなたの側にいさせてください!お願いします!」

 別に、命令してもいないのに、結城は頭を地面に擦るほどに下げて懇願してくる。

 それには、さすがに私も戸惑っていた。

 この、プライドの高い女が自分から土下座してそんなことをお願いしているのがちょっと信じられない。
 3日前の私の言葉が、こんな結果になるなんて想像もしてなかった。
 だって、あれは単に彼女を苦しめるための、これまでの仕返しを兼ねた意地悪のつもりだったのに。
 だいいち、この間のあれも私の前で恥ずかしい思いをさせるためで、別に女の子の裸とかに興味はないし、女の子同士でつき合うとか、そんな趣味は私にはない。
 私は、いたってノーマルなはず……だもの……。

 だけど、彼女を元に戻すという選択肢はない。
 せっかく蹴落としたライバルを元に戻すなんてもってのほかだ。
 それに、彼女をからかったり辱めたりするこの楽しみを、もう私は手放せそうになかった。

 だからといって、結城の思いを受け入れて恋人同士になるっていうのも癪に障る。
 そもそも、私には女の子同士でつき合う気はない。

 じゃあ、どうすれば……。

 そうだ!

 ふと、名案が浮かんだ。

「そうね。今、ここであなたを受け入れてあげるわけにはいかないわ。それは、これからのあなた次第にしましょう」
「……え?」

 土下座していた結城が、怪訝そうな表情で私を見上げてきた。

「あなたはこれから、私の奴隷になるの。いい?」
「……奴隷?」
「そうよ。今日から私があなたのご主人様になるから、これからずっと、あなたは私のことだけを考えて、私の気に入ることだけをする私の奴隷になりなさい。そうでなかったら、私の側にいることはできないわよ」
「なるわっ!私、あなたの奴隷になる!」

 あまりに躊躇なく返事を返してきたので、私は思わず吹き出しそうになった。

 結城を私の奴隷にする。
 私のことだけを考えて、私には逆らえないような、それでいてヘンタイの奴隷にしてやる。
 たった今思い浮かんだそのアイデアが、私にはすごく魅力的に思えた。

 これで、結城は私のライバルでもなんでもなくなる。

 でも、そうと決めたからには徹底的に教育してあげないといけないわね。

「なによ、その口のきき方は?あなたは私の奴隷で、私はあなたのご主人様なのよ。それが奴隷の主人に対する口のきき方なの?」
「もっ、申し訳ありません!なります!あなたの奴隷にならせていただきます!ですから、どうかお許しください!」

 そう言って、結城はもう一度地面に額をつけるくらい頭を下げた。

 ていうか、誰もそこまでやれとは言ってないんだけどね。
 ま、勉強ができるだけに飲み込みは早いってことかしら。

「いいわ。あなたを私の奴隷にしてあげる」
「ありがとうございます!」

 嫌がるどころか、満面の笑みを浮かべて礼を言う結城の姿は、少し気持ち悪いとすら思えた。
 この間までの憎たらしい態度とのギャップが激しすぎて、なんだか別次元の出来事みたい。

「じゃあ、これからは、私のことは琴乃様、って呼びなさい」
「はいっ、琴乃様!」
「私は、あなたのことは和音って呼び捨てにするから」
「どうぞ、私のことは琴乃様の好きなようにお呼びになってください!」

 私が何を言っても、結城は素直に返事をするばかり。
 それが、あのネクタイの効果なのか、彼女が私の奴隷になったからなのか、もう私にもよくわからなくなってきていた。

「ただし、私のことを琴乃様って呼ぶのは、ふたりきりの時だけよ。他の人がいる時は琴乃様って呼んだらだめ。あなたが私の奴隷だって他の人に気づかれてもだめ。今まで通りみたいに振る舞うのよ」
「そんな……おそれ多いこと……」
「私が嫌だって言っているんだから、そうするのが奴隷の務めじゃないの!?」
「はいっ、申し訳ありません!」
「いい?私とあなたの関係は、他の人には絶対に知られたらいけないの」
「かしこまりました!琴乃様のおっしゃるとおりにいたします!」
「それでいいわ。そうやって、私の気に入ることをしていれば、私はたっぷりとあなたを可愛がってあげる。もしかしたら、そのうちあなたのことを好きになってあげるかもしれないわよ」
「はいっ、ありがとうございます!」

 何度も何度も、結城は私に向かって頭を下げる。
 その姿に、すっかり私は気をよくしてしまった。

「うん、いい返事ね。じゃあ、ご褒美をあげるわ」
「え?ご褒美ですか?」
「そうよ。いい、和音。これから、私の手はあなたにとって魔法の手になるの」

 そう言って、私は両方の手のひらを結城に向ける。

「魔法の手、ですか?」
「そう。私の手で触られると、それがどこでもすごく感じちゃうの、すぐにイっちゃいそうなくらいに。そしで、私の手で触られていると、すごく気持ちよくなって、何度も何度もイって、そして、とっても幸せな気持ちになれるの」

 そう言ってから、私は手のひらを結城の頬に当てた。

「あんっ!ふああああんっ!」

 ほっぺたを撫でた、ただそれだけなのに、情けないほどに甘ったるい声をあげて結城はその場にへたり込んでしまった。

「本当にこれだけでイっちゃったの?」
「ふわぁい……軽くイってしまったみたいですうぅ……」

 そう言って私を見上げた結城の瞳は、完全にトロンとしていた。
 それに、なんて蕩けた声出してんのよ。

「それじゃあ、ここはどうなの?」
「ひゃあんっ!あふうううっ、あっ、しゅごいですっ、琴乃さまぁ!」

 今度は、スカートからはみ出た太ももに手を当てると、ピクッと体を震わせてよがり声をあげる。
 まるで、アソコの中やクリや乳首を触られたかのように。

「ふやあああああっ!あっ、わたしっ、またっ、またイキますうううううううっ!」

 派手に体を仰け反らせて後ろに倒れると、結城はすぐにまたイってしまった。

「こんなところでそんなに派手にイってしまうなんて、あなた、なんてヘンタイなの?」
「んふううううぅ……でも、琴乃さまぁ……」

 ぐったりと横たわったまま、結城が私を見上げてくる。

「そう、あなたはヘンタイなのよ。私の見てる前でこんなにいやらしい姿をさらして気持ちよくなるヘンタイ牝奴隷なの」
「はいいいいいぃ……わたしはぁ……ヘンタイ牝奴隷れすうううぅ……。んんん……ふやあああ。こんなに、可愛がってくれて、ありがとうございます、琴乃さまぁ……」

 仰向けになって、だらしなく足を開いたまま、潤んだ瞳で私を見上げている結城には、かつてのお嬢様然とした優等生の姿は微塵も見られない。

 こうしてその日、彼女、結城和音は私の奴隷になったのだった。

< つづく >

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