戻れない、あの夏へ 第5話

第5話 罠

~12~

 宏ちゃん、昨日もまた残業だった……。
 前は、よく仕事終わりに会って一緒にご飯食べてたのに。
 今は、全然会えない……。
 本当に残業なのかしら?
 残業だってことにして、遊んでるんじゃないの?
 私に飽きちゃって、他に女の人でも……。
 バカッ!宏ちゃんはそんなことする人じゃないわ!
 どうしちゃったっていうのよ、私……。

 このところ、結依の心は、宏平への疑念と、宏平を信じようとする思いの間で揺れ動いてきた。
 宏平がそんなことをする人間ではないことはわかっているつもりなのに、湧き上がってくる不安を拭い去ることができない。

 そのまま、数日が過ぎたある日。

「どうしたの?最近元気がないみたいだけど」

 いつものように、津雲が”チャイム”に来て、コーヒー片手におしゃべりに興じていた。

「あ、いえ、なんでもないんです……」
「うーん、なんか、そんな風には見えないんだけどね。そうだ!また占いをしてあげようか?」
「占い、ですか?」
「うん。簡単な方のね。もしかしたら、気休めくらいのことはできるかもしれない」

 いつものように、愛想のいい笑顔を浮かべて津雲が言った。
 その軽い感じに、結依はついつい頷いてしまう。

「は、はい」

 すると、前もしたように津雲が結依の前に手のひらを突き出す。

「じゃあ、この手を見て」
「はい」

 そして、津雲は意識を集中するように目を閉じた。

「……!」

 一瞬、津雲が眉を顰めたのを結依は見逃さなかった。
 だが、次に目を開けたときには、津雲はいつも通りの笑みを浮かべているだけだった。

「どうでした?なにかわかったんですか?」
「あ、ああ。いや、ここ2、3日の間に、きっといいことがあるってね……」

 直感的に、彼が嘘をついていると結依は思った。
 いつもと同じ笑顔、いつもと同じ話し方なのに、少しだけ歯切れが悪い。

「なにか悪い結果が出たんですね」
「い、いや、そういう訳じゃなくて」

 やっぱり津雲は何か隠している。
 ごまかそうとしているその言葉に、結依の感じた直感が確信に変わった。

「隠さずにはっきり言ってください。どんな悪い結果でも、私、ちゃんと受けとめますから」
「む、ユイちゃんがそこまで言うんなら……」

 津雲の顔から笑みが消えた。
 心なしか、少し蒼ざめているようにも見える。

「いいかい。これはあくまでも占いだからね。必ず当たる訳じゃないよ」
「は、はい」

 いつもと違って、言い訳するような話し方がまどろっこしく感じられる。
 それでも結依は、真剣な表情で次の言葉を待つ。

「きみの大切な人が、きみのことを裏切っている。って、そういう占いが出たんだ」
「私の大切な……人が、わたしを、裏切って……」

 一瞬、放心状態で津雲の言葉を繰り返す結依。
 彼女には心当たりがあるだけに、少なからずショックだった。
 残業続きの宏平に対する疑念。
 津雲の占いが、それを裏付けたように思えた。

「ちょ、ちょっと、本当に大丈夫、ユイちゃん?」
「は、はい……大丈夫、です……」
「ま、まあ、占いなんて、当たらない方の方が多いんだから。て、占った僕が言うのもなんだけどね」
「はい」
「それに、占いっていうのは警告みたいなもので、用心しておけば悪いことは避けられるってこともあるしね」
「はい」
「だから、あんまり気にしすぎないでね」

 そう言われても、結依には気にしないでいられるわけがなかった。

~13~

 そして、来週は結依の誕生日というある日。

 宏平の残業続きは相変わらずだ。
 そして、あの日の津雲の占い以来、彼が本当に残業をしているのかという結依の疑念はますます膨らむ一方だった。

「お疲れさまです、マスター」
「ああ、お疲れさま、結依ちゃん」

 夕方、結依は着替えを終えて”チャイム”を出た。

 帰る道々、歩きながら携帯を取り出す。

 ”今夜も遅くなるかもしれない”

 今日も宏平からのメールが届いていた。
 文面はいつもとあまり変わらない。

 結依は、黙ったまま携帯をしまい込む。

 と、不意に、しまったばかりの携帯が鳴った。

 ……津雲さんからだわ。

 携帯の画面には、登録している津雲の名前が映し出されていた。
 その日、津雲は結依が上がる1時間ほど前に”チャイム”から帰っていたはずだった。

「……はい、もしもし」
「”人形になれ、ユイちゃん”」
「……はい」

 聞こえてきた声に、携帯を持ったまま結依の表情が固まる。

「いいか、ユイ。これから、元町通りの商店街に向かうんだ」
「……はい」
「今、僕から電話がかかってきたことは忘れて、とにかく元町通りの商店街に行きたくなる」
「……はい」
「よし。じゃあ、”目を覚ませ、ユイちゃん”」
「……あ、あれ?私?」

 我に返って、きょろきょろと周囲を見回す結依。

「えーと、私、家に帰ってる途中で……そうだ、商店街に寄って帰ろうとしてたんだわ!」

 結依は、手に持っていた携帯をしまうと、元町通りの方に向かって歩きはじめていた。
 彼女には、たった今、津雲からかかってきた電話の記憶は残っていなかった。

 なぜ、津雲がそんな電話を結依にかけたのか。

 それは……。

* * *

 それは、結依の携帯に津雲から電話がかかってくるほんの少し前のこと。

 

 ”ラ・プッペ”の2階、津雲のオフィス。

 携帯の着信音が鳴った。

「……ノゾミか、なんだ?」
「はい、たった今、彼が出てきました」
「なんだって?じゃあ、今日は定時で出てきたということか?」
「そのようです」
「よし、今日がチャンスかもしれないな。いけるか、ノゾミ?」
「はい……。あっ、お待ち下さい、社長」
「ん、どうした?」
「女がひとり来ました。どうやら、待ち合わせをしていたようです」
「女だと?……ふむ、よし、ノゾミ、おまえが奴に近づくのはやめろ。そのまま、しばらく様子を見ておいてくれ」
「かしこまりました」
「で、奴らはどっちに向かっているんだ?」
「元町通り方面です」
「よし、わかった。僕もそっちに向かう。監視を怠るなよ」
「了解です」

 通話を終えると、津雲はすぐに身支度を整える。

 ……ふむ、女か。
 好都合だな。これでノゾミを奴にけしかける手間が省けた。
 後は、結依に現場を押さえさせるだけだ。

 津雲は、携帯を取りあげると結依の携帯にかける。

「……はい、もしもし」

 少し訝しむような結依の声が聞こえてきた。

「”人形になれ、ユイちゃん”」
「……はい」

 津雲がその言葉を言った途端に、結依の声から生気が失せたのがわかった。

~14~

 その日、宏平は久しぶりに定時で会社を出ることができた。
 オフィス街の角で、時計を見ながら立っている宏平。

 と、そこへ。

「待った?」
「いや、こっちもさっき出てきたところだよ」

 待ち合わせていた交差点にやってきたのは飛鳥だった。

「今日は定時なの?」
「ああ」
「聞いてるわよ、ここんところ残業続きなんだって?」
「うん」
「だったら!たまに早く上がったときくらい、あたしなんかを呼び出さないで結依に会ってあげなさいよ!」

 非難するように、飛鳥が唇を尖らせて宏平をはたいた。
 そんな飛鳥に向かって、宏平は手を合わせる。

「わかってる。わかってるけど、今日はおまえに頼みがあるんだ」
「頼み?そもそも、宏平があたしを呼び出すなんて、いったい何があったのよ?」
「いや、来週、結依の誕生日だろ。でも、俺、女の子へのプレゼント選びって苦手でな。なに買ったらいいかわからなくてさ」
「ていうか、あんたたちつき合ってもう5年になるんでしょ?今までどうしてたのよ?」
「最初の時は、ぬいぐるみを……」
「ああ~、なんか結依の部屋にあるわね。いつの間にかコレクションになってるけど。で、次の年は?」
「ぬいぐるみだけど」
「……ちょっと待って。じゃあ、3年目は?」
「……ぬいぐるみを」
「あの年々数が増えていくぬいぐるみコレクションはあんたのせいだったんかい!」
「ああ、でも、あいつ、喜んでくれてたんだけどな」
「いや、あの子、そういうので文句言うような子じゃないし。たしかに、ぬいぐるみとか好きそうだけど……」
「でも、さすがにもう社会人だし、いつまでもぬいぐるみってのもなんだなって思って」
「うんうん、宏平もちゃんと大人になっていってるのね。って、いや、それがフツーなのよ」
「それで、どんなもの買ったらいいかおまえに相談しようと思ってな。こんなこと聞けるの飛鳥しかいないし、おまえ、デパートに勤めててそういうの詳しそうだし、結依の好きなものも知ってるだろうし」
「……あんた、元カノに今の彼女への誕生日プレゼントの相談しようなんて、いい度胸してるじゃないの」
「なあ、そんなこと言わないで、頼む!」

 そう言って、飛鳥にすがりつくようにして拝み倒す宏平。

「て、冗談よ。相談に乗ってあげるから安心しなさい」
「助かる!ありがとな、飛鳥」
「で、とりあえずはどんなものにしようと思ってたの?あんたが考えてたものを聞かせてよ」
「うん、指輪をな……」
「プロポーズでもするんかいっ!いや、そりゃ、もう25才だし、つき合って5年になるし、そこまで考えていい年だけどね」
「いや、別にそういうわけじゃなくてだな」
「じゃあ、なに?あんたは別にプロポーズするわけでもないのに指輪をプレゼントするとでも?」
「ええっ!?だめなのか?」
「あんたねぇ、それまで毎年ぬいぐるみで、いきなり指輪もらったら普通どん引きするわよ!まあ、結依はそういうこと気にせずに喜びそうだけどね」
「じゃ、じゃあ、何にしたらいいんだ?」
「……もう、仕方がないわね。あたしに任せなさい!結依の誕生日プレゼントでしょ。心当たりがあるんだから!」
「本当か!?」
「もちろんよ!じゃあ、ついてきて!」

 そう言うと、飛鳥は元町通りの方に歩いていく。
 宏平も慌ててその後に続いた。

 からかいはしているものの、飛鳥にはそんなふたりが本当に微笑ましかった。
 やっぱり、結依に宏平を紹介してよかったと、そう思える。

 いつまでたっても初々しいふたりの姿を見ていると、ふたりをひき会わせた頃のことをはっきりと思い出すことができた。

「結依~、こいつが山下宏平。小学校の時からの腐れ縁なの~。で、この子がサークルの友達の椙森結依ね、宏平」
「なんだよ、その紹介の仕方は。人を紹介するときはだな……」
「ほら、この通り。真面目すぎるところが宏平のだめなところ、いい?」
「ええ?でも飛鳥、真面目なのはだめなことじゃないと思うけど?」
「ね、わかった、宏平。いい子でしょ、この子」
「いや、だからおまえの紹介の仕方がだな……」

 はじめは、そんな軽い感じだった。
 下手にきちんと紹介するよりも、その方がふたりにはいいと思ったからだ。

 それからしばらく経ってからのことだった。

「あのね、それでね飛鳥。この間、山下くんと遊びに行ってね」
「ふふ~ん、結依ったら、宏平とそんなことしてるんだ?」
「あっ、いやっ、そんなことって、なに想像してるのよ、飛鳥!?」
「きゃっ、冗談よっ!冗談だってば!」

 結依に叩かれながら、声をあげて笑う飛鳥。

 そして。

「あ、もしもし~、宏平~?」
「なんだよ、飛鳥」
「聞いたわよ~、結依とうまくいってるみたいじゃないの~」
「なっ、なに言い出すかと思ったら!?」
「隠したって無駄だからねっ、あたしは結依から聞いてるんだから!」
「そ、それはだなっ……」
「いいのいいの。ね、いい子でしょ、あの子」
「……うん」

 なぜだろうか。宏平の、照れたような返事が嬉しくて、でも、ちょっと泣きそうになった。

「よかった。宏平とあの子となら合うと思ったのよ。あたしも紹介した甲斐があるわね」
「ああ。……飛鳥」
「なに?」
「……サンキューな」
「なに昔の彼女に女の子紹介されて素直に感謝してんのよ。バっカじゃないの?」
「いや、でも本当に俺はっ」
「ああもうっ、切るからねっ」

 通話をオフにすると、飛鳥は携帯をぎゅっと抱きしめる。

 あのふたりの性格なら、きっと相性がいいと思っていたから、飛鳥はふたりを引き合わせた。
 自分とはダメだったけど、結依とならきっとうまくいく。宏平のことを幸せにしてくれる。
 それになにより、結依もいい子だし、飛鳥にとって大切な友達だ。だから、幸せになって欲しい。

 だけど、同時に、胸が締めつけられる思いがした自分が悲しかった。

 あれから、3人とも少しだけ大人になったけれど、宏平と結依は相変わらずの微笑ましい関係が続いている。
 飛鳥も、時にやきもきすることもあるけれど、今では、素直にふたりが幸せになることを願っていた。

「ほら、これよ」

 商店街の中の、一軒のアクセサリーショップの前。
 ショーウィンドウには、シルバーのネックレスが飾られていた。
 飛鳥が指さしたのは、シンプルなデザインで、トップは小さな水滴の形で、見る角度によってはハートを逆さにしたようにも見える。

「これね、前に一緒にここをぶらぶらしてた時に、結依が気に入っててね、すごく欲しそうな感じで見てたんだ」
「そうなのか?」
「うん。結依がこれしてるの見たことないから、自分で買ってないよ、きっと。ま、あの子ってけっこう質素だし。これ、いい値段するしね」
「……そうだな」
「さあ、いっちょ太っ腹なところ見せて来なよ。ていうか、指輪買うのとそんなに変わんないしね」
「よし、わかった」
「じゃあ、いざ店内へ!」
「て、腕を引っ張るなって!」
「なに言ってんのよ!さっさと買って、そしてとっとと結依のところに行ってやんなさいよ!なんなら買ったプレゼント今日渡してもいいから!」
「乱暴なこと言うなって!」

 宏平の腕を引っ張って、飛鳥は店の中に入っていく。

 実際に、飛鳥にはなんの悪気もなかった。
 この間の、寂しそうな結依の様子が気になっていて、そして、今日、相変わらずに結依のことを想っている宏平の気持ちを知って、そして、幸せそうな宏平に当てられて、ちょっとはしゃいでいただけだったのに。

 その光景を、一番見てはならない相手が目撃していた。

「……あれは、宏ちゃんと……飛鳥?」

 飛鳥と宏平が、笑いながら店に入っていく姿を見ていたのは結依だった。
 仕事終わりに、買い物でもしようと元町通りの商店街まで来た時のことだ。

 そんな……宏ちゃん、今日も遅くなるかも、て言ってたのに、どうして飛鳥とこんなところにいるの?
 それも、アクセサリーショップに……。
 飛鳥、あんなに笑顔で手を引いて……。
 まさか……まさか……。

 ”きみの大切な人が、きみのことを裏切っている”

 津雲が占ったあの言葉が、結依の脳裡に鮮明に甦る。

 そんなっ、宏ちゃんと飛鳥が私のことを裏切っていたっていうの!?
 ずっと残業だって言って私のこと騙して……。
 飛鳥も、そんな素振り見せなかった。
 ……ひどい、そんなのひどいよ。

「あれ、ユイちゃんじゃないの?」

 茫然と立ちつくしていた結依は、その言葉とともにポンと肩を叩かれた。

「あ、津雲……さん……」

 振り向くと、そこには笑みを浮かべて津雲が立っていた。

「こんなところで何してるの?」
「津雲さん……うっ、うううっ!」
「わ!?ど、どうしたの、ユイちゃん!?」
「ううっ、うわあああああっ!」

 急に涙が溢れてきて、結依は津雲に飛びつくと、その胸に顔を埋めて泣きじゃくり始めた。

「いったい何があったんだい、ユイちゃん!?」
「うわあああっ、津雲さん!ううっ、うああああっ!」
「うんうん、ちょっと落ち着こうね、ユイちゃん。しばらく僕がこうしててあげるから」

 少し困ったような表情で、それでも津雲は優しく結依を抱きしめてやる。

「うううっ、はい……うっ、ひっく、ううううっ」

 結依は、なんとか頷くものの、なかなか泣きやみそうにない。

「ちょっと、ゆっくり話が出きるところに行こうか」
「ううっ、は、はい……」

 結依の肩を抱いて、津雲が夕暮れの街を歩きはじめた。

~15~

 レストラン”メゾン・ドゥ・プッペ”の個室。

 津雲と差し向かいで座っている結依。
 もう泣きやんではいたが、出される料理にほとんど手をつけようとしない。

「なるほど、彼が女友達と一緒にいるところを見たのか」
「……はい」
「でも、それだけじゃきみを裏切っていたということにはならないんじゃないのかい?」
「だって、今日も遅くなるってメールがあったんですよ!私のことを騙してたんですよ!」
「だからといって、そのふたりは友達同士なんだろう?別にやましいことはしていないのかもしれないよ」
「だったらどうして黙ってるんですか!?嘘のメールなんか送るんですか!?飛鳥と会うってはっきり言ってくれたらいいのに!」
「いやー、それはちょっとねぇ。女友達と会うなんて、彼女には言いにくいものだよ」
「そんなっ。やましいことがないなら、はっきり言ったらいいじゃないですか……。それに、飛鳥だって……そうよ、飛鳥も飛鳥だわ……」
「そこだ。その彼女はきみに彼を紹介したんだろう?ふたりがそんな関係なら、なんでそんなことをするんだい?」
「それは……。あの時はそうじゃなかったかもしれないですけど……その後にそうなったのかも……」
「そんな、きみという彼女がいるのに?」
「……そうだわ、飛鳥、宏ちゃんの好みとか詳しかった……きっと……」

 津雲の言葉が耳に入らないかのように、沈鬱な面持ちで呟く結依。
 その口からは、悲観的な言葉しか出てこない。

「ちょっとユイちゃん。その子は彼とは幼なじみなんだろう?だったらそれくらい知ってても」
「……もしかして、あのふたり、昔つき合っていたんじゃ……それで、今になってよりを戻したっていうことも考えられるわ……」
「ユイちゃん。ちょっと悪い方に考えすぎなんじゃないかな?」

 俯きながら呟いている結依は、自分をなだめながら、一瞬、津雲が口許を歪めて笑ったことに気がつかない。
 悪い方にばかり考えてしまう結依の思考が、宏平と飛鳥が昔つき合っていたという事実を言い当てていたことを、結依も津雲も知る由もない。

「だってっ、私の大切な人が、私のことを裏切っているって、そう言ったのは津雲さんなんですよっ!宏ちゃんも、飛鳥も私にとって大切な人だって、そう思ってたのに……」
「いや、あれはあくまでも占いだから、必ず当たるってわけじゃ……」
「じゃあ、なんであのふたりがあの時間にあんな所にいたんですかっ!?」
「うん、それは……」
「やっぱり、宏ちゃんと飛鳥は私のこと騙してっ……うっ、うううっ!」

 再び、結依の目から涙が溢れ出してくる。

 結局、話は振り出しに戻ってしまい、堂々巡りになってしまう。
 そして、話せば話すほど、結依の宏平への不信感は募っていき、その心は宏平から離れていく。

 それは一見、結依をなだめているように見える津雲の思惑通りだったのだが。

「大丈夫かい、ユイちゃん?」

 店を出た後も、結依のことを津雲は気遣うが、結依は涙をこらえるようにぎゅっと唇を噛んで、険しい表情のままだった。
 そんな姿をじっと見つめていた津雲が、そっと結依の肩を抱いた。

「ちょっと僕の家に寄っていかないかい?」
「……え?」
「ひとりにしておくのが心配なんだよ」
「で、でも……」
「僕はかまわないよ。帰るときにはタクシーできみの家まで送ってあげるから、気が落ち着くまで話をしていったらいい」
「……ありがとうございます、津雲さん」
「じゃあ、行こうか」

 その言葉に、結依は黙って頷く。
 津雲は手を挙げて、通りかかったタクシーを止めた。

* * *

 都内の高級マンション。

「……津雲さん、一人暮らしなんですか?」
「ああ、僕は独り者でね。甲斐性なしだろ」
「い、いえっ、そんなことないです」
「ははは、ありがとう。まあ、座ってよ。なにか飲む?お酒じゃない方がいいよね?」
「あ、すみません……」
「はい、どうぞ。て言ってもペットボトルのお茶だけどね」
「ありがとうございます」

 津雲に勧められるまま椅子に腰掛け、お茶の入ったグラスを出されて結依は頭を下げた。
 その隣に、津雲も腰掛ける。

 そうして、お互いに何も言わないまま、時間だけが過ぎていく。

 どのくらい、そうやって黙っていただろうか。
 先に口を開いたのは津雲の方だった。

「あのね、ユイちゃん」
「もういいんです。私、決めましたから」
「え?」
「私の方から、彼にさよならを言います」
「ちょ、ちょっと」
「いいんです。もう、彼のことも飛鳥のことも信じられない。だから、私……」
「そうか……」
「すみません。津雲さんにはこんなに気を遣ってもらっ……」

 結依の言葉が、ふっと途切れた。
 そのまま、柔らかい表情でこちらを見ている津雲の顔を見つめている。

 なんだろう……。
 津雲さんを見てると、胸がドキドキしてくる。
 私、もしかして、津雲さんのことを好きなの?
 それは……。津雲さんはとてもいい人だし、私にこんなに優しくしてくれるけど。
 それに、あんなに私のことを気持ちよくしてくれて……。
 ……なに考えてるのよ!?あれは、私の夢で、本当の津雲さんじゃないんだから!
 あんないやらしいこと、津雲さんがするわけないんだから!

「ユイちゃん?ちょっと、ユイちゃん?」

 気がつくと、津雲が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「えっ?あっ、いえっ!」
「本当に大丈夫?」
「は、はい、大丈夫……です」
「そうかい?それならいいんだけど……ねえ、ユイちゃん」
「……?なんですか、津雲さん?」
「僕は現場を見たわけじゃないし、本当のところはどうなのかはわからない。でも、もし、ユイちゃんの言ったとおりだったとしたら、その彼は馬鹿な男だね。ユイちゃんを捨てて他の女を選ぶなんて」
「え?津雲……さん?」
「ユイちゃんはこんなにいい子で、可愛らしいのにね」

 津雲の手が、そっと結依の頬を撫でた。
 その瞬間、電気が走ったような気がした。

 じっと結依が見つめる前で、まるでスロー映像のように津雲の口が動いた。

「”僕のことは嫌いかな、ユイちゃん?”」
「あ……いいえ。そんなことは……」

 いきなり、堰を切ったように一気に胸が高鳴って、間近で津雲の顔を見ていると、緊張で体が固まってしまう。
 津雲に見つめられると、呼吸がうまくできなくて息苦しくなってくる。

 ……間違いないわ。私、津雲さんのことが好き。それも、ものすごく。

「じゃあ、僕のことは好き?」
「……はい」
「嬉しいね。僕もユイちゃんのことは好きだよ」
「津雲さん……あ……」

 津雲の顔が、ゆっくりとこっちに向かって近づいてきて、結依は思わず目を閉じた。
 自分の唇に、津雲の唇が当たる柔らかな感触……。

 キスだけなら、宏平ともやったことがあった。
 でも、それとは全然違う。蕩けそうなほどに心地よい感覚。
 それに、体が溶けそうなくらい熱い。

「ちゅ……ん……んむっ……」

 結依は、ごく自然に自分から腕を伸ばして津雲の頭を抱きかかえると、その唇に吸いつく。

 そのまま、情熱的に口づけを交わす。

 津雲さんとのキス、すごく気持ちいい……。
 でも、まだ足りない。もっと……もっともっと気持ちよくなりたい……。
 なんでだろう?もっといやらしいことがしたい。
 私、そんな女だったの?

 戸惑いながらも、火照った体を持て余したように結依が腰をもぞもぞさせ始めたその時。

「んむっ!んむむっ!」

 津雲の手に、服の上から胸を掴まれた。

「むむむっ!むむーっ!」

 乱暴に胸を揉まれて、キスをしたまま結依は呻く。
 でも、嫌な感じはしない。それどころか、ますます体が燃え上がっていくようだ。

「んむ……ん、んふう……」

 ようやく口づけを終えて目を開いたときには、結依の目は、さっきまで浮かんでいた悲しみの涙はなく、期待と喜びに満ちた涙目になっていた。

「あ、ご、ごめん、ユイちゃん。いきなりこんなことして」
「いいのっ!」

 ばつの悪そうな津雲に、結依の方から抱きついていた。

「ユイちゃん?」
「お願い、津雲さん、私を抱いて!」

 なんの躊躇いもなくその言葉が口をついて出た。

 津雲とキスをして、胸を揉まれて、それがとても気持ちよかった。
 宏平では満たされなかったものが満たされていくような気がした。
 でも、まだ足りない。もっともっと、気持ちよくなりたい。
 津雲に抱かれたら、彼とひとつになることができたら、それが満たされるような気がした。

 だから、結依には迷いはなかった。

「私、津雲さんのことが好きです。だから、津雲さんに抱いて欲しい」
「ユイちゃん……」
「……やっぱり、嫌ですよね。たった今、彼氏と別れる決心をつけたばかりなのに、すぐにこんなこと。そんな、尻の軽い女なんで……」
「そんなことないよ、ユイちゃん」
「つ、津雲さん……」
「本当に、いいのかい?」
「はい」

 少し緊張した表情で結依が頷く。

 そこに、津雲がかけた言葉は……。

「”人形になれ、ユイちゃん”」

 その言葉を聞いた瞬間、結依の瞳から光が失せる。

「きみはこれから僕に体を捧げる、そうだね?」
「……はい」
「きみはセックスは初めてかい?」
「……はい」
「じゃあ、最初は痛いだろうけど、すぐに気持ちよくなるから安心するといい」
「……はい」
「僕とのセックスはとても気持ちよくて、きみは僕なしではいられない体になるよ」
「……はい」
「よし、じゃあ、今の会話は心の奥にしまっておこうか」
「……はい」
「じゃあ、”目を覚ませ、ユイちゃん”」

 その言葉で、結依の瞳に光が戻る。
 だが、まだ少しぼんやりとしていた。

「ユイちゃん?」
「え?あ、は、はいっ」
「いったいどうしたんだい?」
「いえ、だ、大丈夫です」
「で、どうなの?」
「え?」
「本当に、僕とセックスしたいの?」
「あ、は、はい……」

 そうはっきりと訊かれて、さすがに結依は顔を真っ赤にする。
 しかし、恥ずかしそうに俯いて、たしかに小さく一度頷いた。

「そう。僕も嬉しいよ。ユイちゃんのことは前から素敵な子だって思っていたからね」
「津雲さん……あ……ん、んむ……」

 津雲に抱きすくめられて、もう一度キスをする。
 今度は、さっきのとは違って、軽く、短いキス。
 でも、それが、抱いて欲しいという自分の言葉への返事だと思うと、胸の高鳴りを抑えられない。

 そして、津雲は結依をベッドルームへと誘う。

 そこで、互いに着ているものを脱いで、ベッドに腰掛ける津雲と結依。

「やっぱり、ちょっと恥ずかしいですね……」
「そんなことないよ、ユイちゃんの裸、すごくきれいだよ」
「あ、ありがとうございます……」

 そう言って、結依は耳の先まで真っ赤にする。
 その胸は、恥じらいと期待で爆発寸前だった。

「本当にきれいで、かわいらしいよ」
「え……あっ、あああっ!」

 津雲に胸を揉まれて、結依は切なそうな声をあげる
 服の上から触られた時とは違って、まるで電気のようにビリビリとした快感が走る。

「この胸も、形がよくて、柔らかくて、本当にかわいいよね」
「やっ、あんっ!は、恥ずかしいですっ!あふうんっ!」
「ごめんごめん。でも、本当にきれいな胸をしてるから」
「やだっ、津雲さんったら!」
「本当だって。まあ、僕みたいな遊び人に言われても嬉しくないよね」
「やっ、そ、そんなことないです」
「ユイちゃんは、初めてなのかな?」
「は、はい……きゃあっ、あうんっ!」

 いきなり、津雲の指が自分のアソコを触った。
 敏感なところを弄られて、結依は喘ぎながら体をよじらせる。

 いやだ、くちゅくちゅって音がしてる……恥ずかしい。

 これまでの仕込みが効いて、そこがすっかり準備万端になっているのを確かめ、津雲がほくそ笑んだことに結依は気づかない。

「ほら、ユイちゃんのそこにね、これが入るんだよ」
「え?あ、ああ……」

 ……これが、男の人のおちんちんなんだ。

 津雲の股間のものに、結依の視線が釘付けになる。
 それは、すでに少し起きあがってきていたのだが、意識のある状態で初めて男のものを見た結依にはそういうものだとしかわからない。
 いずれにせよ、こうやって男の人のものをじっくりと見るのは初めてのはずなのに、嫌な感じはまったくしない。

 それどころか、無意識のうちに結依は手を伸ばしてそれを握っていた。

「ユ、ユイちゃん?」
「え、あっ、ああっ、ごめんなさい!」

 驚いたような津雲の声に、結依は我に返る。

 やだっ、私ったら、なんてことを!?

「いや、いいんだよ、そのままで」

 慌てててを引っ込めようとした結依を、津雲の言葉が制する。

「ええ?」
「そのまま、手を動かしてくれないかな」
「こ、こうですか?」

 言われるままに、結依は握った手を動かし始める。

「ああ、そう、そんな感じで」
「はい……きゃ!」

 手の中でむくむくと大きく膨れ上がった肉棒に、結依が驚きの声をあげた。

「すごい……男の人のおちんちんって、こんなに大きくなるんですか?」

 不思議なものでも見るように、手の中で膨れ上がった肉棒を見つめる結依。

 だが、それだけではなかった。

 すごく熱い……それに、手の中でどくんどくんってしてる。
 なんでだろう、こうしてると、私もドキドキしてきちゃう。

 肉棒を握っていると、結依も、自分のアソコがじんじんと熱くなってくるのを感じていた。

「ああ、津雲さん……こうしてると、私もなんだか……」
「うん、じゃあ、そろそろいいかな」
「え?……あっ!」

 津雲が結依の体を押して、ベッドの上に仰向けに寝かせた。

 そして、津雲に両足を抱え上げられる。
 すると、アソコに固いものの先が当たる感触がして、結依は体を強ばらせる。
 少し怖いけど、それ以上の期待とときめきで、心臓が飛び出しそうだった。

「じゃあ、いくよ、ユイちゃん」

 津雲の言葉に結依はこくりと頷く。

 結依の両足を抱える津雲の腕に少し力が入ったかと思うと、すぐに、アソコの肉をかき分けて固くて熱いものが入ってくるのを感じた。

「……ああっ!くううううっ!」

 その時、ぷつん、とごく軽い感触がしたような気がした。
 そのせいなのか、それとも単純に固くて大きなものが自分の中に入ったせいか、ひどい痛みが襲ってきた。
 その苦痛に結依は顔を歪める。

「ごめんね、痛かったかい?」
「く……いえ、大丈夫……です……」

 自分に気を遣ってくれる津雲に、結依は歯を食いしばって返事をするが、ズキズキと灼けるような痛みはなかなかおさまらない。

 痛い……私の中いっぱいに、固いのが入ってる……。
 これが、男の人のおちんちんがアソコに入る感触なの?
 ……これが、男の人とのセックスなの?

 痛みと同時に感じる、その、自分の中に大きくて熱いものが入っている異物感。
 夜、ひとりエッチをするときに、自分の指でやるのとは大きな違いだ。

 気を遣っているのか、そんな結依を津雲はそっと抱きしめてくれていた。

 そうしているうちに、少し痛みが弱まったような気がして、結依は津雲を抱く腕に力を込める。

「いいかな、ユイちゃん。動くよ」
「は、はい……」

 これが動くと、どういうことになるのか、今は、期待よりも恐怖に近い感情の方が大きい。

 すると。

「いっ、いあああああっ!?」

 自分の中のそれが動いて、擦れるような感触。
 いや、擦れるなんてものじゃない。それが動くたびに、アソコがめくれそうになる。

「あっ、ああっ、やっ、擦れてるっ!中で擦れてるのっ!」

 こんな感覚は初めてだった。
 もう、痛みどころの騒ぎではない。
 自分の中を固くて熱くて大きな物が出入りして、アソコの内側を擦る感触。
 いままで感じた、どんな感覚よりも異様で圧倒的な感覚。
 さっき、入れられただけで、それが男とのセックスだと思った認識が間違っていたことに、ようやく結依は気づく。

 ……でも、この感じ?

「ふああっ、あっ、やあっ、気持ちっ、いいっ!?」 

 初めての感覚で戸惑っていたけど、これ、自分でしてるときと同じ……これは、快感?
 それも、自分でやっているときよりもずっと気持ちいい。

 自分の中でそれが動くたびに、あの、電気が走るような快感を感じる。
 それが強烈すぎて、快感だということにすら気づかなかった。
 そんなことが、気持ちよすぎて戸惑うなんてことがあるなんて、結依は思ってもいなかった。

「どうだい、ユイちゃんっ?」
「んふううっ、気持ちいい、気持ちいいわっ、津雲さんっ!」

 津雲にしがみついて喘ぐ結依。
 自分の声が、自分のものでないみたいに甘く切なく聞こえる。

 それに、さっきから結依は、快感がどんどん大きくなっていくように感じていた。
 まるで、それが自分の中で動くたびに、アソコの表面をこそげ取っていって、快感を感じる神経を剥き出しにしていっているみたいだ。

 ふあああ……これが、男の人の、おちんちん?
 これが、男の人との、セックスなんだ……。

 トロンとした瞳で津雲の方を見る結依。
 すると、津雲も、微笑みながら結依の方を見つめてきた。

「僕のことは、雄司って呼んでくれないか?」
「はっ、はいっ、雄司さん!あっ、ふあああああああっ!」

 今や、結依は純粋な快感に支配されていた。
 自分の中に出入りしているそれのもたらす快感が、頭の中を埋め尽くしていく。

「あああっ、雄司さんとのセックスっ、気持ちいいっ!すごくっ、すごく気持ちいいですううっ!」
「よかった。じゃあ、こんなのはどうかな?」
「えっ!?あっ、あふうううううううううんっ!」

 津雲が体勢を少し変えて、強く腰をぶつけてきた。

 その瞬間、結依の視界で火花が散った。

 さっきよりも違う角度で、それもずっと奥深くまで入ってくる。

「いあああああああああっ!そこっ、そこおおおおおおっ!」

 津雲の肉棒が、自分の奥の入ってきたときに突いてくる場所。
 そこに当たる時の、とてつもない快感に目の前が真っ白になる。

 まだっ、まだこんな快感があったなんて……。
 こんなの、宏平は与えてくれなかった。
 こんなに気持ちいいの知っちゃったら、私、もう元に戻れなくなっちゃう。
 でも、戻れなくていい。雄司さんにもっともっと気持ちよくしてもらうの……。

 満たされなかった思いが、ようやくいっぱいになった気がして、結依は快感に全てを委ねる。

 でも、でも、これ、気持ちよすぎて、私、わたし……。

 津雲の肉棒が、自分の奥の敏感な部分を突くたびに、頭の中が白くなっていく。

「ふあああああああっ!気持ちよすぎてっ、わたしっ、わたしいいいいっ!」

 目の前が完全に真っ白に弾けて、体が勝手にビクンと跳ねた。
 全身が痺れたようになって、体に力が入らない。
 いや、体だけではなく頭の中まで痺れるみたいに感じる。
 ただひとつ確かなのは、その痺れが、ものすごい快感を伴っていること。
 まるで、快感の海を漂っているようだ。

 結依は快感に浸りながら、思うようにならない自分の体を、津雲の体に必死に腕でしがみつかせる。

 ……ああ、イっちゃったんだ、私。

 だが、結依には絶頂の余韻を味わう余裕はなかった。
 なぜなら、なおも津雲が力強く腰を打ちつけてきて、快感の激流が止まらなかったから。

「いはああああああっ!わたしっ、イってるのにっ!ふああああああっ、またっ、イクうううううううううっ!」

 わたし……イってるのに……またイっちゃうなんて……。
 そんなことがあるんだ……あ、ああ……そういえば、あの夢の中で……。

 朦朧とした意識の中で、あのレストランで見た夢の中で、オナニーしながら何度もイったことを思い出した。
 あれと同じような快感の奔流、いや、こっちの方がすごいかもしれない。

「いいいいいいいっ!気持ちよすぎてっ、わたしっ、おかしくなっちゃうううううっ!ああっ、ふああっ!」
「おかしくなってもいいんだよ、ユイちゃん。僕とのセックスが忘れられないくらいにね」
「あああああっ、はいっ、はいいいいいいいっ!」

 もう、こんなの知ってしまったら、絶対に忘れられない。
 もう、わたし、雄司さんとのセックスなしでは生きていられない。
 こんなにすごいのを知っちゃったら、こんなに気持ちいいセックスを知っちゃったら。

 ああ……もう……なにも考えられない……雄司さんのことしか……この気持ちいいことしか考えられない……。

 雄司さん雄司さん雄司さん雄司さん雄司さん雄司さん雄司さん雄司さん雄司さん雄司さん雄司さん……。
 大好きよ大好きよ大好きよ大好きよ大好きよ大好きよ大好きよ大好きよ大好きよ大好きよ大好きよ……。
 気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい気持ちいい……。

 ……ああっ、またっ、またイクうううううううっ!

「ああっ、ふわああああああああああっ!」

 何度目かの絶頂に達し、結依の体がきゅう、と固まった。

 そして、その頭の中が完全に真っ白に染まり、思考が停止する。

「ああああっ、ふああっ、あっ、あふうううっ!」

 次の瞬間、結依の表情がだらしなく緩みきった。
 津雲が腰を動かすたびに、甘い喘ぎ声をあげて体を震わせている。
 まるで、一突きごとにイっているかのように。

「どうだい、気持ちいいかい?」
「ふぁうっ、くふうっ、はううっ、あふうっ」

 津雲の言葉にも、蕩けきった顔で意味のない喘ぎ声を返してくるばかり。
 ほとんど意識は残っていないのだろう。
 だが、それとは裏腹に、結依の中はどろどろに熱くなり、肉棒にねっとりとまとわりついて刺激してきていた。

 いままで、さんざん快感を刷り込まれながら、肉棒をそこに入れることだけはお預けをくらっていた。
 その溜まりに溜まった欲望を体が覚えているのか、喜びに打ち震えるかのように肉棒を締めつけ、襞が包み込んでくる。
 その反応は、もう本能的としか言いようがない。

「あふうっ、ふうううっ、ふぁっ、ふああっ!」
「くっ、出すぞっ、ユイ!」

 もう、完全に意識の飛んでいる結依から返事が返ってこないことはわかっていた。
 津雲は、深々と肉棒を突き挿すと、その中に一気に精を放つ。

「くふううううううんっ!はううっ!」

 甘く蕩けた声をあげて、結依の体が仰け反る。

「んふうううんっ、くふうっ、ふあっ、ふあああっ!」

 肉棒をしっかりと咥え込んで離さない結依の中に、津雲は大量に射精する。
 結依は、体を何度も震わせてそれを全て受けとめていく。

 涎を垂らし、緩みきった笑みを浮かべて、体をひくひくと痙攣させている結依。

 「あふううぅ、んはあああっ!あぁ、んんん……」

 絶頂になんども体を震わせて、津雲の精液を全て搾り取っていく。
 そうして、長い絶頂の後、結依の体から力が抜けてぐったりとなった。
 目を閉じたその顔は、心の底から満ち足りた、そしていやらしい笑みを浮かべていた。

~16~

 それは、宏平が飛鳥と一緒に結依の誕生日プレゼントを買いに行った翌日のことだった。

「おい、山下。今日はもう帰っていいぞ」
「……え?」
「今月は、かなり残業してるだろ。ここらへんでちょっと残業調整しておけ」
「は、はい、わかりました」

 ちょうど、キリのいいところだったので、宏平はそこで仕事を切り上げて荷物をまとめる。

 結依に電話しないとな……。

 会社を出たところで、携帯を取りだす。

 昨日、プレゼントを買った後で何度電話をかけても結依は出なかった。
 そんなことはこれまでなかったことなので、今朝、もう一度電話をかけてみたが結果は同じだった。
 仕事の間、ずっとそのことが引っ掛かっていたので、終わったらすぐに電話を掛けようと思っていた、その矢先のことだった。

 ん?メール?
 ……結依からか。

 携帯がメールの着信を知らせる。送り主は、結依だ。
 宏平は、急いでそのメールを開く。

「な、なんだよっ、それ!?」

 メールを見た瞬間、思わず、大きな声が出てしまった。

 そこには短く、”さようなら、宏ちゃん。飛鳥と幸せにね”、とだけ書いてあった。

「いったいなんだってんだよ!?」

 宏平は、携帯をポケットにねじ込むと、夕暮れの街に駆け出していった。

「おいっ、結依!いないのかっ!?結依!」

 結依の住んでいるマンションに着いて、インターホンをいくら鳴らしても結依は出てこない。

「くそっ!」

 外に回って、結依の部屋のある辺りを見ても、灯りが点いている気配はない。
 どうやら、まだ部屋に帰っていないらしかった。

「どこに行ってるんだよ!?」

 事態の把握ができずにいらつく宏平。
 結依が自分に別れを告げる理由が、どう考えても宏平にはわからない。
 いったい、今、結依はどこにいるのか……。

「そうだっ、あいつの店!」

 まだ、仕事先にいるかもしれないと思って、宏平は”チャイム”へと走り出す。
 それに、あそこのマスターならなにか知っているかもしれない。
 ”チャイム”には、結依とつき合い始めた、まだ学生の頃から何度も行っていて、マスターとも面識があった。
 もちろん、マスターも結依と宏平がつき合っていることを知っている。

「おや、いらっしゃい、宏平くん。どうしたんだい?」

 店の中に駆け込んできた宏平の姿を見て、マスターが驚いたような表情を見せる。

「マスター!結依は!?」
「あれ?宏平くんが聞いてないのかい?」
「聞いてないって……何をですか?」
「なんでも、実家のお父さんが倒れられたそうでね。今朝になって、急に辞めるっていう電話があったんだよ」
「そんな……本当ですか!?」
「ああ。あの子のことだから嘘はついてないと思うんだけどね。僕は、休み扱いにしてあげるから、辞めるかどうかはお父さんの容態を見てからでいいと言ったんだけど、本人がどうしても、って言うから」
「そうなんですか……」
「でも、変だね。そういうことは、真っ先に宏平くんに知らせてると思ったんだけどね」

 そう言って、マスターは不思議そうに首を傾げる。

 ……ここもだめか。

「……すみません、マスター。お騒がせしてしまって」
「いや、僕はいいんだけどね」

 がっくりと肩を落として店を出ていく宏平の後ろ姿を、マスターは心配そうに見送っていた。

* * *

 ……本当に、どこに行っちまったんだよ、結依。

 すっかり日の暮れた街を、宏平はとぼとぼと歩いていく。

 ”チャイム”のマスターが嘘をついているようには見えなかった。
 嘘をついているとしたら結依の方だ。
 もし、本当に実家の父親が倒れたのなら、宏平に来たメールの意味がわからなくなる。
 だいたい、それだと店を辞める理由にはなっても、宏平と別れる理由にはならない。

 いったい、何があったんだよ……。

 ふらふらと歩き続けて、辿り着いたのは、結依のマンションの前。
 エントランスの階段に、宏平は力なく腰掛ける。

 どうしてこんなことになったんだ?
 この間、出張帰りに会ったときにはあんなに嬉しそうにしてたじゃないか。

 いくら考えても、宏平には見当もつかない。

 それに、あのメールの文面。
 飛鳥とお幸せに、て、どういうことだよ?

 まさか、飛鳥が結依になにか?
 ……それはないな。あいつはそんなことは絶対にしない。

 気ままなところはあるが、飛鳥は人をはめたり裏切ったりするようなことはしない。
 本当は寂しがり屋で、他の人とのつながりを大切にするし、自分の周りで不和やいざこざがあるのを嫌がる。
 長年のつき合いで、宏平は飛鳥のそういう性格はよく知っていた。

 だから、飛鳥がなにかしたとは思えない。
 その証拠に、昨日だって、表面は茶化しながらも、親身になって結依へのプレゼントを考えてくれた。

 ああもう!訳がわからねえよっ!

 考えれば考えるほど混乱してきて、宏平は頭を抱える。

 そうやって、どのくらいの時間、階段に座って考え込んでいただろうか。

「送ってもらってありがとうございます、雄司さん」

 一台のタクシーがマンションの前に止まり、ドアが開く。
 その中から、聞こえてきた声。

「……結依?」

 聞き間違うはずがない。
 今のは結依の声だ。

「結依!」
「……え?宏…平?」

 車から降りた結依が驚いたように宏平を見つめる。
 少し言い淀んだ後に、宏ちゃん、ではなく、宏平、と呼んだ。

「どこ行ってたんだよ、おまえ!?それにあのメール、いったいどういうことだよ!?」
「どういうことって、そのままよ」

 そう答える結依の態度が、やけによそよそしい。

「わけわかんないよ!なんだよ、飛鳥と幸せにってのは!?」
「なに白々しいこと言ってるのよ。宏平には全部わかってるでしょ」
「なに言ってんだ、おまえ?」
「毎日毎日、残業だって言って、私のこと騙して。それで飛鳥と会ってたんじゃないの!」
「なんだよ、それ!?飛鳥と会ったのは昨日だけで!……あっ!」
「飛鳥と昨日会ってたことは認めるのね」
「それはっ!そういうわけじゃ……!」
「もういいの、宏平。もう、隠す必要も騙す必要もないの」

 言葉を途中で遮った結依の、宏平のことを軽蔑したような表情。

「な、何が言いたいんだよ?」
「私ね、好きな人ができたの。その人は、本当に素敵な人で、宏平では満たされなかった私の心を満たしてくれたの」
「……結依。おまえっ…なに言ってるんだよ……!?」

 そう言ったまま、宏平は二の句を継げないでいる。

 その時、止まったままのタクシーからひとりの男が降りてきた。
 スーツを着て、髭を生やした、40代くらいの男。

 その男は、宏平をギロリと睨み付けて口を開いた。

「きみか?彼女を騙していた男っていうのは?」
「な、なんなんだよ、あんたはっ!?」

 男の威圧的な態度にも怯むことなく、宏平は食ってかかろうとする。
 だが、男が答える前に、結依が口を開いた。

「言ったでしょ、好きな人がいるって。それが彼、津雲雄司さん」
「……さっきから…なに言ってるんだよっ、結依っ!?」

 感情の高ぶりに、宏平が語気を荒げる。
 ひきつった顔から血の気が引き、唇が小さく震えていた。

「今の私には雄司さんがいるの。だから、宏平は私のことは忘れて、飛鳥とお幸せにね」
「なに馬鹿なこと言ってるんだよ!俺と飛鳥はそんな関係じゃ……!」

 その続きを、もう結依は聞こうとしなかった。

「行きましょう、雄司さん」

 宏平に背を向け、男の方に振り向いて言う。

「いいのかい、帰らなくて?」
「気が変わったわ。雄司さんの好きなところに連れていって」
「そうか。ユイがそう言うんなら」

 そう言って、男は宏平を一瞥するとタクシーに乗り込む。

「じゃあね、宏平。もう、私の前に姿を見せないで」

 そう言い捨てると、結依もタクシーに乗り込んだ。

「お、おいっ!待てよっ!」

 慌てて駆け寄ろうとした宏平の目の前で、タクシーが発車する。

 ひとり残された宏平は、茫然として立ちつくすことしかできなかった。

< 続く >

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