GGSD 第2話《Bパート》

第2話「10月はえろえろの国」《Bパート》

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【10月09日[木]22時34分、N市・阿武倉駅】
 金属が擦れる音とともに、JRのホームに電車が滑り込んだ。
 駅名を繰り返すアナウンスが響き、ホームに人が下り立つ。
 会社帰りの男女が、慌ただしく改札を抜ける。その半数は、私鉄への連絡通路へ向かっている。
 発車を知らせるベルが鳴った。
 ドアが閉まる寸前、もう一人、電車から下りた者がいた。
 少女だった。

 少女は黒いセーラー服を着ていた。
 スカートは膝下と長めだが、不良というわけではない。髪は染めていないし、メイクもピアスもしていなかった。
 白い端正な顔は憂いを湛え、遠くを見つめる瞳には厳しいものが宿っていた。

 ホームの途中で彼女が足を止める。
 右手で自分の首筋をなぞり、胸元から細いチェーンを引きだす。
 先端には銀色のメダルがあった。メダルの中心にはウズラの卵ほどの大きさの青い石が埋め込まれている。
 指先でそっとその石を押さえ、何かを思案するようにあたりを見回し、そのまま薄く目を閉じる。
 意識を集中しているようだった。

 彼女はN市の住人ではない。
 この地を訪れるのはこれが初めてだったし、最初からここへ来ようと思っていたわけでもない。
 県外、それも100キロ以上離れたとある町を出発したのはまだ朝のことだ。途中何度か電車を乗り継ぎ、その度に方向を見定めながら辿り着いたのがこの場所だった。

 胸に下げるメダルが、全体に薄く光を放つ。
 現実の光ではない。だが彼女にはそれが見えている。
「気」あるいは「脈」と呼ばれるものを感じ取る力が、彼女にはあった。
 目を閉じていても、──いや、目を閉じればより鮮明に、青い石の輝きがわかる。
 その光は、大気や地面、様々な自然の状態を反映し、色味と強さを変えていく。

 突然、携帯が震えた。
 メールだった。
 ポケットから取りだし、発信者を確認する。
 田所周一(たどころしゅういち)。──その名前を見て、少女の口元に一瞬笑みが浮かんだ。
 だがすぐに憂いを含んだ表情に戻る。
 瞳が揺れていた。
 携帯を手に、何度か指を動かした。しかし結局、書きかけた返信メールを消去する。
 しばらく画面を見つめていたが、やがて小さくひとつ溜め息をつく。
 携帯をしまい、ゆっくりと顔を上げる。

 指先で胸元のメダルを押さえた。
 石の輝きが、強くなっているようだった。
 目を閉じて、気配を探った。
 石の表面に小さな光の点が現われ、それが薄く広がっていく。光の点はすぐに消えてしまうが、全体の輝きが以前より強くなっている。
 もう一度指先で石に触れ、ゆっくりと瞼を開く。
 嫌な気配を感じた。
 彼女は静かに深呼吸をすると、まっすぐ前を睨みつけ、出口に向かって歩き始める。

 改札を抜けてすぐに、足が止まった。
 駅構内に、赤黒い靄(もや)のようなものが広がっている。
 肉眼では確認できないが、彼女にはそれが見えていた。
 西口の出口を睨みつけ、走り出す。
 構内を抜け階段を降りると、駅前ロータリーに出る。
 街灯の下に、人だかりができていた。

「ああっ……」

 タクシー乗り場から、生臭い声が響いた。
 駅前の交番から警察官が一人、その場に駆けつけようとしていた。
 だが、車道脇のガードレールの手前で、鈍い音が響いた。

 ガツンッ!

 警官の足が止まった。
 彼はふらっと身体をよろめかせたが、倒れることはなかった。
 ただ、そのまま動こうとしない。動きたくても動けなかった。
 何故か身体がいうことをきかない。泣き笑いのような顔を浮かべたまま、その場にじっと立ち尽くすしかなかった。

 流れよわが涙、と警官は言った。
 たちまち目に涙が溢れ、筋となってこぼれ落ちる。
 それでも彼は動かない。
 自分がなぜそんなことを言ったのか、意味がわからなかった。なぜ泣いているのか、それもわからない。

 ただ、確信がある。
 ──絶対に動いてはいけない。動かずに見ていなければいけない。
 彼にとってはそれこそが最優先事項だった。

 石のように凍りついたまま、涙目で前方を見つめる。
 人込みの向こうに女がいた。
 全裸だった。
 ガードレールにまたがり、しきりに腰を動かしている。街灯が煌々と照らす中、白い下半身がくねくねと動くのが見えた。
 その瞬間、自分が動いてはいけない理由も、何を見なければいけないのかも、全てをはっきりと理解していた。

 ──ああ、なんて素敵な腰つきだ。

 警官はまた大粒の涙をこぼし、それが深い感動によるものだと悟った。

 人込みの手前で、黒いセーラー服を着た少女の足が止まった。
 輪を作る人びとの中心に、全裸で腰を振る女の姿があった。
 その周囲に、光る靄が見えている。
 裸体をとりまくように、ゆらゆらと揺れていた。
 女の身体からは、くすんだ紫色の光が炎のように立ち上っている。炎の先が細長く伸び、蛇のように鎌首をもたげて蠢いていた。
 だが少女は、それが自分にだけ見えているのだとわかっている。
 小さく舌打ちをして、人だかりに分け入った。

 群衆をかき分け、最前列に出る。
 淫らに腰を揺らす女へ近寄る。
 ガードレールの上で股間を動かしながら、女は固く目を閉じていた。少女が近づいたことにも気付いていない。
 そっと女の肩に触れた。
 目を開き、一瞬こちらを向いた女は、しかしすぐにまた目を閉じた。パイプの上に濡れた秘部を押しつけ、指先で股間を探っている。
 前後に腰を滑らせながら、差し込んだ指をせわしなく左右に動かしていた。

「あああ、いぃぃぃっ」

 熱い喘ぎをあげる女をじっと見つめ、少女は自分の首の後ろに手を延ばす。
 首に下げたチェーンを外した。
 右手でメダルをつかみ、女に向かって真っすぐに差しだす。
 左手は腰の斜め下に軽く開いている。小指と薬指を曲げ、揃えた人さし指と中指をまっすぐ伸ばしていた。
 低い声で女に尋ねた。

「あなたには、愛する人がいるか?」

「ああっ、えぇっ?」

「……好きな人がいるのか聞いている」

「あああ、いるっ、いますっ」

 くにくにと腰を動かしながら、女が答えた。
 少女は目を細め、小さく頷く。

「ならば、その者を想い……」

 静かにそう言い、それから小さいがはっきりとした口調で命じた。

「おいきなさい、その想いを胸に!」

 女の胸元に、メダルを押し付ける。
 青い石が光った。
 その瞬間、女が喉を反らした。
 大きな乳房がぶるんと震えた。

「ああっ、き、気、持ち、いいっ、……す、好きっ、好き好きっ好きぃいっっっっっ」

 激しく前後に股間を擦り付け、途切れなく熱い喘ぎを放つ。
 それまで体重を支えていた女の足が地面を蹴った。
 後ろに流れた足をぴんとつっぱらせ、大きく背中を反らす。ガードレールにしがみつくように股間を押しつけた姿勢で、動きが止まった。
 ぶるっと、全身が震える。
 女は絶頂を向かえていた。
 繰り返し痙攣が走り、その度に熱い声が上がった。
 やがて震えが収まると、女はガードレールから離れ、崩れ落ちるように地面にうずくまった。

 少女はすぐさま隣にしゃがみこみ、その背中に優しく手を添える。
 全身に汗をかき、肌が火照っている。
 だが、表情はひどく安らかだ。
 少女は微笑を浮かべて立ち上がる。
 だがその時、別の悲鳴が聞こえた。

「うぁぁああ、いいいっ、またイくっ!」

 ──何っ?

 小さな痛みとなって、少女の首筋に嫌な感触が走った。
 すぐさまガードレールに駆け寄り、声のした方を見る。
 少し離れた場所に、別の人だかりがあった。
 その中心で、腰を振る者がいた。

 一人ではない。
 スカートをずりさげ下半身を露出させた女の尻を後ろから掴み、やはり下半身剥き出しの男が貫いている。
 ガードレールにまたがる形で、二人とも激しく腰を動かしていた。

 彼らだけではなかった。
 半円形に広がる駅前ロータリーのあちこちに、同じようにガードレールにまたがる者たちがいた。
 まるで自転車競技のように、全員が同じ方向を向いて並んでいる。
 ほとんどが女一人だったが、男女ペアのタンデムもいる。
 ペダルを漕ぐかわりに一心不乱に腰を動かし、快楽のゴールを目指していた。
 レースと同様、それを応援する人だかりまでできている。
 遠く、ロータリーの一番端で、歓声が上がった。

「うぁああっ、いいいぃいいっ!」

 続けて、その10メートルほど後ろでつがう男女のペアがほぼ同時に絶頂を迎えた。

「ぉぉぉおおっ」

「ああっ、ああっ、んくぅぅっっ!」

 少女は目の前の女に視線を戻した。
 女はすでに意識を取り戻し、緩慢な動きで地面に放り出された服を身に着けている。
 顔は上気したままだが、恐れや不安の表情はない。それどころか、満ち足りた、──幸福そうな笑みまで浮かべている。
 まわりに靄のようなものは見えない。
 女の肘に、少女がそっと触れた。

「大丈夫ですか?」

「あ、え、……ええ、もう平気」

 微かに狼狽えながらも、女は赤い顔でそう答える。
 少女は、念のため指先で気配を探った。

 ──ちゃんと祓えてる。

 女はすでにガツンの影響下から抜け出していた。
 しかし、今度は後ろで、熱い嬌声が上がった。
 目の前の女を飛ばして、絶頂が飛び火したみたいだった。
 そして、さらに遠くから、複数の獣のような叫びが聞こえてきた。

 一番遠いところで絶叫が響いたすぐその後に、今度はロータリーの反対側の女が切迫した声を上げ始めた。
 絶頂の連鎖に終わりはなかった。
 ガードレールに沿ってロータリーをぐるぐる回るように、繰り返されている。

 少し離れた場所で、再び鈍い衝撃音が響いた。
 白い下着だけになった女が、ガードレールにまたがろうとしていた。
 単なる絶頂レースではなかった。
 次々と参加する者が増えていく。

 少女は目を閉じ、険しい表情のまま意識を集中させる。
 ゆらゆらと揺れる靄が、駅前ロータリー全体を覆っていた。あちこちで青白い光が瞬き、新たな靄が広がっていく。
 ガードレールにそって、夥しい数の紫色の炎が蛇のようにくねっているのがわかる。
 少女は小さく深呼吸を繰り返し、身体の内側の気を張りつめさせる。

 少し離れた場所にいる男女のペアが、獣のような叫びをあげた。
 そこが一番、まがまがしい色が濃いように思えた。
 人だかりの頭ごしに彼らの痴態を睨みつけ、少女はすぐさまそこへ向かう。
 足早に進む彼女の前に、次々と小さな青白い光の点が生まれた。
 横にステップを踏み、その光をかわす。
 そのまま一気に、目の前の群衆に飛び込もうとしたその時、斜め後ろで鈍い音が響いた。

 ガツンッ!

 小さく舌打ちをして、後ろを振り返る。
 大学生風の女が地面にうずくまっていた。
 女の周囲に赤紫の光が揺れ、小さな蛇となって身体へ巻き付いていく。

 ──恐らくそれが彼女自身のオーラなのだろう、薄黄緑をした輝きが身体の輪郭に沿ってはかない光を放っている。
 身体に巻き付く紫色の蛇が輝きを増し、一瞬その黄緑色に変化する。
 彼女自身の『気』に同化し、すべてが同じ黄緑色の輝きとなった次の瞬間、再び元のまがまがしい紫色へと変わる。
 その時にはすでに女の黄緑色は消え失せ、全てが紫色の蛇になっていた。

 ──まだ間に合う。

 駆け寄る少女の右手に、細長く伸びる銀色の輝きが生まれていた。
 長さ20センチほどの針である。
 地面にうずくまる女へ手を伸ばし、首に針を差し込む。細い針の先が女の首筋へ吸い込まれた。
 低い声で静かに唱える。

「鳥の歌いまは絶え、旅に出る時ほほえみを。口に出せない習慣、奇妙な行為を、失われた部屋に閉ざさん」

 首に刺さった針が揺れ、白い輝きを放つ。
 女の身体を覆っていた赤紫の小さな蛇が這い出るように蠢き、次々とその針に巻き付いて、そこで消えていく。
 それと共に、紫色の光は次第にその輝きを弱め、女が元々纏っていた薄緑のオーラへと戻っていく。
 少女が針を抜き取った時、女の首筋には一滴の血も浮かんでいなかった。
 すでに蛇の姿もない。
 まがまがしい気配は完全に消えていた。

 ぼう然と地面にうずくまったままの女を残し、少女はすぐさま目の前の男女に駆け寄った。
 そこはすでに、数えきれないほどの蛇に占有されていた。
 暗い赤紫色をした炎が、命あるもののように蠢いている。何本もの紐を合わせて太い縄をなうように、夥しい数の蛇が絡み合い、一匹の巨大な蛇へと姿を変えていく。
 暗い空にむかって、大蛇が鎌首をもたげていた。
 間違いなく、ここが中心だった。

 何度も激しい絶頂に身体を震わせた女は、次の快感の頂きへ昇り詰めようとしていた。
 最初は余裕を見せていた男も、今では苦悶に似た表情を浮かべ、低く唸りながら腰を振っている。
 男と女の身体からは、暗い紫色をした光が何本も伸び、うねうねと絡まり合い、太く巨大な幹へと成長していた。それはまるで、『淫気』を苗床にして伸びる植物のようでもあった。

 その卑猥で粗野な色と動きに、少女は怒りの目を向ける。
 青く光る石が埋め込まれたメダルを掴んだ右手を差し出し、強く言い放つ。

「たとえいきずりの相手でも、触れ合う喜びがあろう。たとえ一時の交わりであろうと、情は生まれよう。──今この時、汝が交わる相手を祝せ!」

 その意味を理解したのかどうか、大声で男が呻き、口から唾を飛ばしながら叫んだ。

「おおお、凄い……、お前は最高の女だっ」

「ああ、いいっ、あなた気持ちいいっ、好きっ、大好きぃぃっっ!」

 全身を震わせ、大きく反らされた喉から絞り出すように女がそう答えた。
 男は両手を彼女の身体へまわし、固く抱きしめていた。
 女はガードレールのパイプを握りしめた手を押して腕を伸ばし、全身を男に預けていた。
 少女はメダルを強く握りしめる。

「琥珀の瞳、虚空の眼、マインドスター・ライジング。永遠(とわ)なる天空の調(しらべ)をもって、アヴァロンの闇を打ち砕け!」

 低くそう叫び、あわさった男の腹と女の背中の間に、メダルを持った手を入れる。
 汗と分泌液のぬめっとした感触に鳥肌が立つ。
 だが、その嫌悪感に耐えながら、少女はなおも手を押しこむ。
 指をずらして中央の石を二人の肌に触れさせ、命じた。

「おいきなさい。その祝いと共に!」

 女の白い背中が反らされ、大きく開いた口から全身の力を振り絞るかのような声が迸った。
 男に突き上げられ、口からは細い糸のような涎が垂れる。かっと開かれた瞳には、何も映っていない。
 絡まりあう光の蛇たちが、一本の明るい紫色の柱となり立ち上る。それが一瞬さらに激しく輝き、男と女の間にすっと吸い込まれた。
 男の身体がぐらっと揺れた。
 大きく口を開き絶叫しながら、女の身体が崩れた。

 離れた二人の身体の間に、少女の手があった。
 指先からこぼれ出たチェーンの先にメダルが揺れている。ぬるっとした体液にまみれながらも、中央の石はさらにその輝きを増していた。
 獣じみた男女の声が長く尾を引き、やがて消えた。
 彼らが地面にうずくまった時、少女はすでにその場にはいなかった。
 5メートルほど離れたガードレールの脇で、さらに別の女を絶頂に導いていた。

◆ ◆ ◆ ◆

【10月09日[木]23時11分、滋賀県大津市】
 琵琶湖のほとり、京阪電鉄とJR東海道本線に挟まれた市街地のほぼ中央に、その建物はあった。
 真新しいビルで、一階部分の外壁にはレンガ風のタイルが使われている。一見マンションか、プチホテルのようにも見える。
 だが、エントランスの脇には「我積修法会」と表札が掲げられている。我積修法会(がつんしゅうほうかい)、──ガツンを神の業(わざ)とあがめる新興宗教団体の本部である。

 一階と二階は会議や講演に使われる大小のホール、三階は事務所と日々の信仰を高めるための修養所、四階には熱心な信者たちが共に生活を営む部屋となっている。
 最上階の五階は、フロア全体がプライベートルームだ。

 その五階にある畳敷きの広間に、男が一人座っていた。
 歳は50前後だろうか。紬の作務衣(さむえ)を身にまとい、どっしりと胡座(あぐら)をかいていた。
 我積修法会代表、赤井烈堂(あかいれつどう)である。
 向かってもう一人、こちらはきちんと正座をしている。
 30代後半の落ち着いた雰囲気を漂わせた女性で、紺色のジャケットに白いブラウス、下は柔らかな生地のパンツスタイルだ。
 部屋は薄暗い。
 窓には黒い遮光カーテンが引かれている。外の景色は見えない。
 二人から3メートルほど離れた前後左右に等間隔で燭台が置かれ、炎がちろちろと揺れている。光源はそれだけだ。
 蝋燭の炎が動くのに合わせ、女の顔に影が揺れる。だが視線は静かに男に注がれたまま動かない。

「あんた、よう、決心したなあ」

「いいえ、これも先生のおかげです」

「わしは勝手に思ったこと、考えたことを言うとるだけや。世間でどう言われてるか知っとるやろ?」

 赤井烈堂は豪快に笑い声を上げた。
 本名は赤坂幸男(あかさかゆきお)、5年前ガツンに見舞われている。
 ──普通、ガツンに遭遇した者が、自分からそれを吹聴することなど滅多にない。
 だがこの男は違った。赤井烈堂と名乗り、講演を始めたのである。
 ガツンは人類進化のためのプロセスであり、自らの煩悩を知りそれを克服するために与えられたチャンスだというのがその内容だった。「人は煩悩の塊であり、同時にその煩悩が人を生かす」──それがガツンによって得られた真理なのだという。

 最初はほとんど誰にも相手にされなかった。
 しかし、いつの頃からか数人が行動を共にするようになっていた。全員、ガツンを経験した者たちだった。
 やがてガツンに遭ったことのない者も加わり、次第にその数を増やしていった。
 今、烈堂と向き合って座る市村和枝(いちむらかずえ)も、比較的最近入信した信者の一人だ。

 互いの浮気がきっかけとなり小池博文と離婚したのは、もう何年も前のことだ。姓は離婚した際に元に戻している。
 浮気相手の男とも昨年別れた。

 ──赤井烈堂の講演を聞いたのは、丁度その頃だった。
 徐々に足しげく会場を訪れるようになり、つい先日、修法者として共同生活に入る決意をしたばかりだ。
 そして今、修法者になる儀式のために、烈堂の前に座っている。
 緊張を滲ませる彼女に、烈堂が屈託のない笑みを投げ掛けた。

「……もう迷いは捨てたんやな?」

「ええ、大丈夫です。……私、どうしても元のダンナが許せなかった。
 浮気現場で隠れていたタンスから出ていった時のことを、今でもアリアリと思い出せます。本気で殺したいと思ってました。
 あの時はガツンが本当にあるなんて知らなかったけど……、でもあれは絶対にガツンじゃありませんでした。
 元ダンに嘘つかれて、……そんな馬鹿馬鹿しい言い分けで済むと思われた自分自身にも腹が立って。
 実際にガツンがあるとわかった後も、その怒りと悔しさは消えませんでした」

「……そやな。そんな簡単なことではないわな」

「なのに結局、許してしまった……。それどころか、おおっぴらに不倫相手のところへ行くようになったダンナを、笑顔で送り出したりしてたんです」

「そら多分、自分を守るためにやったんとちがうか。そうでもせんと、もっと惨めになる気がしたんやろ」

「ええ、そうかもしれません。でも、それがいけなかったんですね。
 怒りばかりが溜まっていき、朝から晩までイライラしてて。不安で仕方なかったし、逆に腹が立ってる時は自分がおかしくなりそうな気もして、それも怖かった……」

「……ほんであんたも『浮気してやろう』と思うたんやな」

「そうです。自分もガツンだって嘘ついて……。
 ダンナみたいに自分勝手に楽しめば、少しは気が晴れると思ったんです。
 でも、ちっとも楽しくなんかなかった……。男に抱かれている時でも、独りぼっちでした。
 ──だけど先生に会って、全部煩悩だと言われて、逆にすっと気持ちが楽になったんです」

「そないなこと言うとるけど、……最初の頃はずいぶん疑り深そうな目でわしのことを睨みつけとったやないか」

 そう言う烈堂はにやにやと笑いを浮かべている。
 和枝もつられて笑みを浮かべ、かすかにいやいやをするように身体を揺らす。

「……絶対インチキだから、尻尾掴んでやるとか思ってました」

「うははは、正体バレとったんかいな。こら、キッツいわあ」

「うふふ、正体って何なんですか。……あ、でも、ほら、この前の一ノ瀬(いちのせ)さんの『修法』、……あれがきっかけなんですよ? 本当に100パーセント信じられたのは」

「なんや、つい先月のことやないか。それまでずっと疑ってたんかい!」

「先生のいうことはもっともだって思ってましたよ? でも、さすがに『修法』は、この目で見なけりゃ信じられません」

「……ま、そやろな。
 そやからわしも、できるだけ人前で言わんようにしとる。インチキやと思われるんがオチやからな。ほんま、つらいわ」

 烈堂は苦笑しながらそう答え、小さく頷く。
 同じように頷きながらほほ笑みを浮かべる和枝の顔に、先程までの緊張は残っていなかった。

「うふふ、全然つらそうに見えませんけど」

「ほら、またこれやがな。かなわんわ」

「全部先生のおかげだっていうのは本当です。怒りが気にならなくなったのも、煩悩に気づけたのだって……」

「今更おべんちゃら言わんでもええ」

「おべんちゃらじゃありません。結局私は、……元ダンはもちろん、ガツンにあった人たち全員を憎んでいたんだと思います。何の責任もない状態になって好き勝手やって、なのにそれが許されるなんて、って……」

「ああ、ええ気づきや。でも、それかて煩悩の一部やで?」

「そうですよね。でも、最近少しわかった気がするんです。
 ……もしかしたら私、本当はガツンに遭いたかったんだって。ガツンになって、何もかもどうでもよくなりたかったのは自分の方だったんじゃないか、って」

 そういって烈堂の目を見つめる和枝の顔には、すでに何の迷いも浮かんでいない。
 目が濡れた輝きを放ち、唇の端には微かに笑みまで浮かんでいる。
 その清楚な笑みの奥に、淫靡な期待がたっぷりとしまわれているようだった。

 蝋燭の炎が揺れた。
 烈堂が立ち上っていた。
 座ったままの和枝に向かい、まっすぐに両手を差し出す。
 彼女の顔の前で、大きく手のひらを開いて見せた。

「ガツンっちゅうヤツは、大気の中に薄く広がっとる。そやけど雷さんみたいに、時々一カ所に集まって、こう、『ガツンッ』と来るんやな。
 目には見えんけど、こうやって集めることもできる……」

 烈堂は深呼吸をしながら、左右に開いた手のひらを、時計回りに回転させる。
 陰陽の「両儀」、その根源である「太極」を表すシンボルをなぞる円の動きだ。

「煩悩は煩悩を呼ぶ。わしも煩悩の塊やった。それでガツンに打たれたんやな。
 これまた雷さんと同じで、ガツンは一気に走り抜ける。
 その時に、身体の中に溜まっていた煩悩も一緒に押し出してくれる。
 それには素直な気持ちでいるのが一番や。『拒まず、惑わず、躊躇わず』……逆らったらあかん」

 烈堂がすーっと息を吐く。
 わずかに開いた口元からこぼれる音が長く尾を引き、やがて止まった。
 ほぼ同時に、和枝も息を吐き切っている。
 和枝が静かに息を吸い始めると、烈堂もほぼ同時に息を吸う。
 彼が呼吸のタイミングをあわせていることに、和枝は気づいていない。
 同じことを何度も繰り返した後、烈堂がぼそっとつぶやく。

「おお、わかるで。和枝さんの中にまだえらい怒りがあるわ。
 そやけどこれは、……元々哀しみだった怒りやな。悔しくて寂しくて、ほんま、辛かったやろうなあ」

 静かにそう語りかける烈堂に、和枝は答えようとしない。
 ただじっと、円を描く烈堂の手のひらの動きを虚ろな目で追っている。

「自分を責めたりもしたやろ。自分にも至らぬところがあったのではと、ずいぶんと悩んだ筈や……。
 そやけど、答はない。その問いもまた、煩悩なんやから」

 いつの間にか潤んだ目を、そっと和枝が閉じる。
 溢れたものが一筋、両の頬を伝った。

「恥ずかしがることなんか、ひとつもあらへんで。
 ……人は誰だって煩悩でいっぱいや。誰もが煩悩に苦しんどる。苦しみには果てが無い。そやけど、ガツンに打たれた者は煩悩そのものになる。
 ──煩悩即菩薩。
 愛も煩悩、喜びも煩悩。男と女が互いに求める欲がまっさらの子どもとなって産まれてくるように、煩悩とひとつになってもう一度産まれ直すんや……」

 烈堂は静かにそう言いながら、そっと和枝の背後に回り込んでいた。
 目を閉じたままの彼女はそれに気づいていない。
 ぼうっとした頭の中に、ただ烈堂の言葉だけが入り込んでくる。
 彼女の肩を、烈堂の大きな手が柔らかく掴んだ。
 そのままゆっくりと左右に揺らされる。

「情も煩悩、欲も煩悩、それをガツンが押し流す。ガツンは全てを解放する……」

 烈堂は徐々に声を低め、耳元で囁くようになっていた。
 ほとんど力を入れなくとも、和枝の身体が勝手に揺れていた。
 烈堂が右に手を動かせば右に、左に動かせば左に揺れる。
 前へ、後ろへ、そして円を描くように──。
 やがて烈堂は、その動きを小さくしていく。
 僅かに指で押すだけでその方向へ揺れることを確認し、ゆっくりと身体を後ろへ引く。
 彼女の体重を支えながら、耳元で囁く。

「ガツンは人を煩悩そのものにする。
 生き、交わり、快楽を求めるは生命(いのち)の理(ことわり)、儚くけなげな生き物の宿命や……」

 そう言って右手を大きく後ろに引き、そして叫んだ。

「ほれっ、ガツンっ!」

 同時にぱしんと音がした。
 烈堂の大きな手のひらが、和枝の後頭部を叩いていた。
 ずざっと音をたてて、畳の上に和枝の身体が崩れた。

 畳敷きの和室に、蝋燭の炎がちらちらと揺れている。
 四本の蝋燭に囲まれた中央に、白い裸体が蠢いていた。
 和枝の衣服は全てはぎ取られ、燭台の外に乱雑にうち捨てられている。
 力なく広げられた彼女の足の内側に、烈堂がしゃがみ込んでいた。
 彼女の両足首を掴み、押し出す形で持ち上げる。
 膝が胸の膨らみに達するほど深く折り曲げ、今度はそのまま大きく左右に開いていく。
 楕円を描いて生える黒い茂みと、その下で息づく女性器が露になった。
 熱帯の花のような襞の奥からたっぷりと蜜を吐き出し、濡れた花弁がねっとりとした光を反射している。

「あ、ああっ、こんなっ……」

「これはガツンや。何もかも全部さらけだすとええ」

 太ももに手をすべらせ腰が浮くまで押し込むと、烈堂はそれまで押さえていた所に自分の膝をあてがい、今度は両手で彼女の手首を掴んだ。
 空中にM字を描いて揺れる足の外側から、彼女の手を膝の内側に引き入れ、そこで強く押さえた。

「和枝さん、自分で持ち……」

「で、でもっ、こんな格好っ」

「もうその手は離れへんで」

 再び彼女の手の甲を強く押さえ、烈堂の手が離れる。
 だが和枝は、大きく開いた両膝を自らの手で抱える姿勢を崩さなかった。
 上気した顔を僅かに背けながら、大股開きの中心からは休むことなく蜜を溢れさせている。
 烈堂の節くれ立った指先が、そこへ触れた。

「くっ……」

 ほとんど声にならない悲鳴と共に、熟れた身体が揺れた。
 濡れた襞を指先で上下に擦られ、彼女の口から一気に熱い吐息が漏れ出す。
 その息には、すでに甘い喘ぎが混じっていた。

「なんや、もう、とろとろやないか」

「嫌っ……」

「ずいぶんと量多いんやな……。いつもこんなに濡れるんか?」

「やっ、言わないで、くださいっ」

「恥ずかしがることなんかあらへん。たっぷり濡らしたらええ」

「んあああっっ」

 烈堂はにやりと笑い、襞の中心にずぶりと指を埋め込んだ。
 彼女の熱い喘ぎを楽しみながら、中を探る。

「ほら、ここはどうや? Gスポ、……ガツン・スポットやで?」

「あああっ、駄目っ、おかしくなりますっ」

「おかしくなり……」

 烈堂の指がせわしなく動いた。
 見つけたポイントを押し込むように、激しく指を抜き差しする。
 じゅぶじゅぶと音をたてて、指の間から愛液があふれ出てくる。
 それを潤滑剤として、さらにピンポイントで烈堂が指を動かした。

「ああっっっっ、そこっ、駄目ぇぇっ」

「楽しみなはれ」

「あああっ、駄目駄目駄目ぇえっ!」

「ガツンや、お前はガツンになるんや。ガツンになって、煩悩を全部出しきりなはれ」

 烈堂の腕が大きく揺すられた。
 前後に激しくピストン運動を行いながら、内部では指先で探り当てた場所を上下にタップし続けている。
 悲鳴に近いあえぎ声を上げながら、それでも和枝は両手でしっかり腿(もも)をつかみ、姿勢を崩そうとはしなかった。

「イきそうな時は、ちゃんとそう言うんやで?」

「あっ、あっ、駄目っ。……で、出ちゃう、からっ」

「ええ、それでええ。たっぷり出しなはれ。これまで溜め込んだ煩悩も一緒に、全部出し切るんやっ」

「ああああっっっ、嫌ぁああっっ!!」

 激しく中をかき回していた烈堂の手が、勢いよく引き抜かれた。
 その瞬間、びゅっと熱い飛沫が飛んだ。

「やぁぁぁぁっっ」

 びゅっ、びゅっ、びゅっと、続けて3回弾けた体液が、畳の上に水たまりを作る。
 蝋燭の炎が淫靡な影となって揺れる畳に、大量の水分が音もなく吸い込まれていく。だがその頃になっても、和枝は淫らな姿勢を崩そうとはしなかった。

 和枝の腰が、大きく上下していた。
 自分で大腿を抱えた姿勢で中をかき回されて一回、挿入されて一回、さらに体位を変え、すでに合計で三回絶頂に達している。
 だが、興奮は収まろうとしない。
 イけばイくほど、快楽が深くなっていた。

 今は手と膝を床につき、獣の姿勢で烈堂に背後から貫かれている。
 身体に埋め込まれた烈堂のものは、先程よりも大きく膨らんでいるようだった。
 それが奥まで届くと、頭の奥がかぁっと熱くなり、何も考えられなくなる。
 大きな尻が、くいっと突き出される。
 細い身体に似合わぬ大きさを、自分でも気にしている尻だった。だが、深い場所に届くと、あまりの快感に我を忘れる。
 身体が勝手に反応し、声を上げながら背中を反らせる。
 逆に腰を引かれる時には、一緒に何か巨大なものを引き出される感じがする。
 そして、勝手に尻が突き出され、それを追ってしまう。
 自分でも知らないうちに溜め込まれた淫らな欲が噴出し、それがさらに大きな快楽となる。
 そしてまた、その膨れ上がった快楽と欲情の全てが、烈堂の肉棒と共に身体の深い場所に押し戻される。僅かに抜き差しを繰り返されただけで、身体が震え出し、甲高い声が搾り出された。

「ああああっ、……ま、またっ、またイきそう、ですっ」

 烈堂から指示されたとおり、恥ずかしい言葉を口にする。
 だがその途端、それまで激しく突いてきていた烈堂のものが、ゆっくりとした動きに変わった。
 身体の中にみっしりと埋まったものが、時間をかけて奥まで届く。
 きつい感触がゆっくりと身体の中を移動し一番奥にあたると、激しい衝撃を伴った熱が生まれる。
 その熱は一瞬で全身に広がり、鋭い快感が頭のてっぺんに走り抜ける。
 そしてまたゆっくりと引き抜かれる。
 動きは激しくない。
 ただその太いもので、身体の内側をゆっくりと擦られる。
 動きが緩慢な分、刺激を受ける時間が長い。
 気が遠くなるような快感が、たっぷりと腹の奥に溜まっていく。

「あっ、あっ、ああっ、い、やっ、も、もうっ、ああああっっ」

「和枝さん、あんたはガツンなんや。次にイく時は、もっと大きなガツンが来る。
 ガツンがきたら、ちゃんと『ガツン』と言うんや」

「えぇっ? ……あ、あっ、あううううっ」

 答える間も無く、太い肉棒が押し込まれる。
 時間をかけて膣壁を擦り、やがて禍々しいほどに膨らんだ先端が子宮口に押し当てられた。

「あああああっっっっ、もうっ、もうイきますっ、イくぅっ!」

「ほれ、またガツンが来るで」

 両手で彼女の腰をつかみ、烈堂が突然動きを速めた。
 腹の奥を激しく突かれた。
 信じられないほどの快感が一気に弾け、和枝の身体を貫いた。

「ああ、イくっっっ」

 彼女はさらなる絶頂に到達しようとしていた。
 その時、烈堂が彼女の後頭部をぺしっと叩いた。
 堅く閉ざした目の奥で、白い火花が散った。

「あああああああっっ、がっ、ガツンっ、ですっっっ!」

 くいっくいっと腰が蠢き、何度も背中が反らされる。
 汗と体液を飛び散らせながら、身体が痙攣を繰り返す。
 だが、烈堂の動きは止まらない。

「ほれ、もっと凄いガツンが来るで」

「ああっ、もう駄目ぇっ……、す、凄すぎるっ」

 烈堂が腰を突き出す。
 同時にまた、後頭部がはたかれる。

「おぁぁあああっ、またっ、ガ、ツンがっ、……ああああああ、ガツンっっっ!」

 全身を細かく震わせながら、和枝の背中がさらに大きく反らされる。
 口を半分開いたまま、咽喉の奥から長く湿った嗚咽が延々と流れ出ていく。

「ぁぁんんんんんんんんんんーーーっ」

 腰を振り続ける烈堂の額にも、びっしりと玉のような汗が浮かんでいた。
 その顔には、先程以来ずっと同じ薄笑いがこびりついている。
 だが、ふとその表情が真顔に戻った。

 和枝は声を枯らし、ひきつけるように荒い息を繰り返すだけとなっていた。
 すでに何も考えることができない。
 快感以外のどんな感覚や感情も感じない。ただ延々と続く快楽に漂う一匹の雌と化していた。
 そんな彼女と後背位で繋がった腰を止め、低い声で烈堂がつぶやいた。

「……黒部(くろべ)か」

 その視線の先に、いつの間にか黒い作務衣を着た男が座っていた。
 黒部と呼ばれたその幹部信者が、小さく頭を下げる。

「たった今、連絡がきました。大量のガツンが発生したようです」

「場所はどこや?」

「U県N市です。今、市内にいる信者から詳しい状況を聞いているところです」

「……いよいよだな。で、色樂舎(しきらくしゃ)の方は?」

「すでに向かったそうです」

「そうか。……これが済んだらすぐに行く。集会室にみんなを集めておき……」

「わかりました」

 再び小さく会釈を返し、黒部が座ったまま後ろへ下がる。
 燭台の外へ出たところで、その姿は闇に溶け込むように消えていた。
 烈堂は目の前で涎を垂らす和枝の尻を手のひらでぺちぺちと叩く。

「ほな、わしも楽しませてもらうとしようか」

 そう言って、自分のものを女の身体から引き抜く。
 ぐらっと和枝の腰が揺れた。
 崩れそうになるその腰を片手で抱え上げ、烈堂はもう一方の手で己の怒張を掴んだ。
 イチモツを滑らせ、溢れた淫液が回り込んでいる後ろの門へあてがう。
 その途端、朦朧となっていた彼女がかっと目を開いた。

「やっ、そこはっ!」

「苦楽ともに拒まず」

 烈堂は、にやっと笑う。
 そして、和枝のそこへ自らの怒張をねじ込んだ。

「い、いや、いやいやああああっっっっ」

 しわがれた声しか出なくなっていた和枝が、再び大きく悲鳴を上げた。
 しかし、彼女のそこは、意外なほどすんなりと怒張を受け入れていた。
 ゆっくりと腰を送り込むと、赤く染まった肌に震えが走る。
 最初はくぐもった呻きを上げるだけだったが、徐々に声が甘く溶け、やがてあからさまな快感を訴えるようになっていった。

「あ、あ、やぁ……、お、お尻がっ……」

「淫(いん)してなお惑わず」

「はぅうぅっっ、あふぅうぅっ……」

 烈堂の動きにあわせて、大きく開けた口から、熱い吐息が絞り出される。
 彼が、少しずつ腰の動きを速めていく。
 和代の声が切迫したものに変わり、全身に震えが走った。

「んあっ、い、や、……い、い、いっ」

「欲(よく)するを躊躇(ためら)わず」

 そう言って烈堂は、激しく腰を送り込む。
 それに合わせて腰をくねらせ、和枝が叫んだ。

「ああ駄目、い、イきそうっ、……イくイく、イくっ!」

 烈堂が和枝の後頭部を叩く。
 その途端、彼女は尻を突きだし、白い背中を大きく反らす。

「ああガツンっ、あああっ、お尻でガツンっ!」

 ぶるぶると全身を震わせながら、彼女は数回大きく尻を動かし、そのままの姿勢で動きを止めた。
 強烈な締めつけに烈堂は己を解放し、和枝の腸内に大量の煩悩を吐き出した。

◆ ◆ ◆ ◆

【10月10日[金]01時31分、山梨県富士河口湖町】
 よく整備された道路を、一台のバイクが疾走していた。
 ヘッドライトの光が暗い森に尾を引き、重い排気音が流れ去る。
 ZZR1400、──カワサキが海外向けモデルとして生産したフラッグシップマシンである。
 排気量1400cc、並列4気筒DOHCの圧倒的なパワーを誇る。アルミモノコックフレームの車体は安定感に溢れ、ハンドリングも軽やかだ。

 最高のマシンと一体になり、風を切り裂いて走り抜ける。その快感は体験した者でなければわからない。
 ──そう彼は思う。

 バイクを走らせているのは中山和己(なかやまかずき)、岐阜県高山市で建築設備の仕事をしている男だった。
 地元のホテルから受注があり、ホテルの親会社がある横浜まで出向いた帰りである。久しぶりのまとまった仕事で、契約も滞りなく済み気分は悪くなかった。
 担当者から食事に誘われ、少し飲んだ。

 先方と別れた後、酔いを覚ますためにレイトショーの映画を観て、ネットカフェで時間を潰し、それからバイクにまたがった。
 気分が高揚しているせいで、疲れは感じていない。
 まっすぐ帰れば夜明け前には家につける。
 だが、少し寄り道をしたくなり、御殿場から富士へ向かった。

 国道138号の御殿場から富士吉田、そこから139号線に入り朝霧高原へ至る区間をあわせて富士パノラマラインと呼ぶ。
 特に富士吉田から河口湖の南側を抜け、富士山の北側をまわりこむ形で本栖湖へと向かうあたりは、美しい風景が続く観光の名所だ。路面もよく整備されており、ツーリングスポットとしても有名な場所だった。
 深夜なので風景は楽しめないが、そのかわり交通量が少なく、走行は快適そのものだ。

 西湖の南側を一気に走り抜け、鳴沢氷穴への入り口を通りすぎる。右、そして左へ身体を倒してカーブを曲がりきると、富士風穴前の信号が見えてくる。
 信号は青だった。
 そのまま一気に走り抜けた。
 だが、信号を過ぎた途端、背筋に緊張が走った。
 ほぼ直線で続く道路の先に、何か動くものが見えた。
 上空には細い三日月がある筈だが、雲に塞がれ姿は見えない。道を照らしているのは等間隔で続く街灯とZZR1400のヘッドライトだけだ。
 前にも後ろにも、走る車の姿はない。道の左右には、黒々とした森が広がっている。

 青木ヶ原樹海──。
 その時ようやく中山は、ここが自殺の名所であることを思い出していた。
 スピードは落とさずに、前方を注視する。
 視界の脇に、確かに動くものがあった。
 何かが、闇の中からさ迷い出てきたように見えた。

 ──このまま通り過ぎてしまえばいい。
 そう思った次の瞬間、ヘッドライトが人の姿を照らし出した。
 髪の長い女だ。
 白い服を着ている。
 速度は落とさず、そのまま真横を通り過ぎる。
 何か言われた気がした。
 ドップラー効果を起こしながら、か細い声が後ろへ流れ去る。

 ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい──。

 心臓が早鐘のように鳴っている。
 だが彼は、次の瞬間ブレーキをかけて停車していた。

「助けてくださいっ」

 か細いがはっきりとした声を聞いたからだ。
 バイクをターンさせると、ヘッドライトの光に女の細い身体が浮かび上がる。

「……どうした?」

 距離をとったまま、中山は声を張り上げた。
 よろよろと女がこちらに歩いてくる。
 足はある。
 どうやら幽霊ではないらしい。「幽霊には足がない」というのが本当ならば。

「……お願い、助けて」

 若い女だった。
 恐らくまだ10代だろう、ノーメイクの顔には、幼さが残っている。
 髪はゆるくウェーブのかかったセミロングで、白いワンピースの肩から胸にかかっている。

「どうしたんです?」

 中山がそう尋ねた時には、すぐ目の前にまで近づいていた。
 再び、恐怖と不安のないまぜになった緊張が走った。
 ワンピースの前がはだけられ、内側に肌がのぞいていた。かろうじて乳房は隠れているが、どうやらブラは付けていないようだ。
 ライトに浮かび上がる白い顔は、かなりの美少女だ。しかし、魅力的なその顔には、苦悩の表情が浮かんでいる。

 ──幽霊、じゃないよな?
 何とかそう思おうとしている中山に、少女が言った。

「まだ友だちが中にいるんです。なんか、変なことになっちゃって、……その、ガツンが来て」

 ──よかった。本当に幽霊ではないらしい。

 そう思ったが、今度は皮膚の内側にざわざわとした感触が走るのを感じた。

「ガツン? ……どうして、こんなところで」

 ガツンについては、ニュースなどで見聞きしている。
 だがそれは、人の多いところで起こることが多いと言われていた。
 まさか富士の樹海で起こるとは想像もしていなかったし、そもそも何故若い女が深夜にこんな場所にいるのか、それが解せない。

「ネットで知りあった人たちと今日初めてここに来たんです。でも、樹海の中でガツンが起きて……」

 途切れ途切れにそう話す女の顔が、一瞬ぼうっとしたものに変わる。
 得体の知れない衝動が、熱を伴って中山の身体の奥に湧いてくる。

 この感覚を、彼は知っている気がした。
 それが何なのか、いつ、どこで起きたことなのか、それはわからない。
 しかし、ふらふらと車道に彷徨い出てきた女の影を見た瞬間から、妙な懐かしさを感じていたようにも思える。

 エンジンを切り、バイクを降りた。
 ヘッドライトの消えた夜道は、柔らかなオレンジ色の街灯だけになり薄暗かった。

「なんでこんな時間に、わざわざこんな所に来たんです?」

 そう尋ねる中山の声は、妙に上ずっていた。
 女は目を泳がせ、あらぬ方向へ顔を背けた。
 だが再び彼に向かうと、どこか遠くを見るような表情のまま、ぼそっとつぶやいた。

「みんなで、一緒に死ぬ筈だった。でも、ガツンになっちゃって……」

 彼女は潤んだ目で中山を見つめ、そして突然倒れるように彼の胸に抱きついてきた。

「お願いっ! 助けて!」

 小さくそう叫んだ彼女の声は、甘く溶けていた。

 女を抱き止めた中山は、胸の中で膨らんでいく奇妙な感覚に戸惑っていた。
 もしかしたら彼女がガツンだということを、最初からわかっていたような気がした。さらには、以前これと似たような体験をしているような感覚が、どうしてもぬぐい去れない。
 いわゆるデジャヴというヤツなのかもしれないが、それにしては皮膚の下のざわざわとした感触は、さらにはっきりとしたものになっている。
 額にはいつの間にか、汗が吹き出している。
 身体の内側から、何か得体の知れないものが溢れてくる気がした。

 腕の中にすっぽりと収まった女の身体は、熱を帯びていた。
 その華奢で柔らかな身体から、体温と共に甘い匂いが運ばれてきた。
 皮膚の下のざわめきは益々大きくなり、身体の中に自分でも理解できない強い衝動が育っていた。
 乾いた唇を舐めながら、彼は尋ねた。

「……まだ、ガツンなんだな?」

「ああ、そうっ! だから、助けて! だから、……してっ!」

 ぐいぐいと身体を押し付けてくる女を抱き止めて、彼は己の内側から込み上げる衝動と闘っていた。

「あふっ」

 腕の中で、少女の咽喉が反らされ、口元から甘い息が漏れた。
 その吐息が合図だったみたいに、中山は女の身体を地面に横たえた。
 足下にしゃがみこみ、ワンピースをまくりあげる。
 暗い闇の中から、白い大腿がぼんやりと浮かび上がった。
 手を滑らすと、下着をつけていない。

「……も、森の中で全部脱いだのっ」

 聞かれてもいないのに彼女はそう言った。
 その声は、すぐにまた熱い吐息に変わった。
 顔をうずめた中山は、すでにたっぷりと潤っていた秘部に舌を這わしていた。
 足の付け根に口を押し付け、分泌した愛液を吸いまくる。

「んんんんんっ」

 暗い森に、甘い喘ぎが響く。
 そろえた指を二本挿入すると、喘ぎ声が甲高いものに変わった。
 広げられた秘裂の上で凝った突起を、中山が強く吸い上げる。

「あうっ」

 彼の顔を、柔らかな大腿が強く締めつけた。
 きゅっと足を閉じたまま、彼女が言った。

「……も、もう、挿れてっ」

 一瞬何を言われたかわからぬように、中山は瞬きを繰り返す。
 だが、すぐに身体を起こし、ズボンを脱いだ。
 下着も脱ぎ去る。
 左手で掴んだ自分のペニスは、すでに熱く反り返っていた。
 手探りで先端をあてがう。
 彼女のそこは、熱く濡れていた。
 ゆっくりと挿入した。
 その内部は狭く、だがどろどろに溶けていた。

「ああんんっっ」

 甲高い声が、中山の耳元で上がる。
 声と同時に女の中が、きゅっと締まった。
 たとえようもなく淫靡な感触だった。
 腰を動かさぬうちに、ただそれだけで達してしまいそうなほどだった。
 快感に耐えながら、中山はゆっくりと抜き差しを繰り返した。
 奥にあたると、彼女の身体の深い部分が、きゅっと吸い込むような動きをみせる。
 その度に女は身体を震わせ息を止める。
 あまりの快感に腰を引く。だが、滑らかな感触が中山の分身にまとわりつき、再び奥までいざなわれる。
 耐えきれず、欲求に任せて腰を振り始めると、喘ぎがどんどん激しく切羽詰まったものになっていく。

 彼女は達する寸前のようだった。
 中山も限界が近い。
 女の甘い体臭と、絡みつくような感触に、すぐにでも放ちそうだ。
 歯を食いしばって耐えてはいるが、腰の奥に次々と生まれる快感は、解放の時を求めて荒れ狂っていた。

「ああああああっ、気持ち、いいっ!」

 女が甲高い声で喉を反らした。
 その声に誘われ、中山は精を放ちそうになった。
 だがその時──。
 暗い森に、微かな光が差し込んだ。

 空を覆っていた雲が流れ、細い月が顔を出していた。
 透明な光が、中山の上にも降り注いでいる。
 身体の奥で、狂おしい熱が一気に膨れ上がった。
 ぞわっと、体毛が逆立つ。
 皮膚の下に感じられていた戦慄が、現実の感触となって蠢いていた。
 全身から汗が噴き出す。
 それでもなお、彼はぎりぎりで射精せずに耐えていた。
 天を仰ぐ顔に、苦悶の表情が浮かぶ。
 しかしその苦悶には、たとえようもない悦楽が含まれている。

 ガツンっ!

 突然、後頭部に衝撃が走った。
 そして彼は悟った。
 自分はガツンに呼ばれて、ここに来たのだと──。

 ごぶり。
 皮膚の下で何かが大きく動いた。
 音をたてて骨がきしみ、肉が膨らむ。
 瘤のようなものが生まれ、皮膚のすぐ下を移動していく。
 中山の肉体は、驚くべき速度で変形し始めていた。
 メタモルフォーゼ、──変態である。
 暗い夜空に、月が浮かんでいる。月光を浴びて肉体が変異しているように見えた。

 ──だが月齢は3.5日。
 満月にはほど遠い。
 再び雲が月をさえぎるが、それでも変身は止まらない。
 むりむりと膨れ上がる手足の肉、変形していく頬や額に、野生の狼の特徴が、……表れてはいなかった。
 どうやら、狼へ姿を変えるわけではないようだ。

 女の身体に埋められた深いところで、ペニスまでが変形を始めていた。
 固く勃起し張りつめた表面にいびつな瘤が生まれ、膣内部を押し広げるように膨らんでいく。

「ああっ、な、何っ? ……あ、あっ、ああっ、ああああっ、もう、い、イっ、ちゃ、ぁぁぁぁあああああっっっっっ!!!!」

 激しく叫びながら、女が絶頂に達した。
 だがそれでもなお、彼が精を放つことはなかった。
 ぐきぐきと嫌な音をあげて関節が曲がり、筋肉が変化していく。
 びちっと音をたてて、頑丈な筈のレザージャケットが破れ、金具が飛び散った。
 丸太のように膨らんだ手足の生地が裂け、中に着ていたTシャツや下着ごと、ぼろぼろの繊維となって四方に散らばる。
 全裸になっていた。
 夜空に、再び上弦の月が姿を現す。

 ひゅうるるるるるる~~~~~。

 時には龍笛(りゅうてき)のように、はたまた二胡(にこ)にも似た響きで、物悲しい調べが天を目指して昇っていく。

 ひゅるうぅ~~~~~~~~~~~~~~。
 あるう~~~~~~~~~~~~~~~~。

 その音色は、空を仰ぐ中山が発したものだった。
 大きく反らされた咽喉の奥から、上空の月へと届けといわんばかりに、言葉にならない声が高く低く伸びていく。
 それは変異の激痛に耐え切れずに漏れる、苦悶の叫びだった。
 そして同時に、内側から生まれ出ようとするものが上げる歓喜の咆哮でもあった。
 その姿の行き着く先は、中国大陸から日本に渡ってきた幻獣、……という訳でもない。

 肉体は凄まじい変異を遂げ、すでに元の中山とは別の存在といってもいい。メタモルフォーゼと呼ぶにふさわしい驚異の変身である。
 だが、ゾアントロピー(獣人化現象)ではなかった。
 全身から滝のような汗を滴らせてうずくまるその姿に、人にあるまじき異形の特徴はない。
 骨を押しのけて増殖したのは、大量の脂肪だ。
 ビフォー・アフターを比べてみれば、一目瞭然。
 ──彼はただ、太っただけだった。
 驚くべきは、凄まじい速度で肥満が完了したという、まさにその一点。

 腕の内側に、女の身体があった。
 いや、腕の中というのは正確さに欠ける。
 腹や胸をでっぷりと覆う柔らかい肉に、半ば埋もれる形で抱かれていた。
 女の体内では、ペニスに生まれた瘤が膣壁を擦りながら移動し、根元から先端に向かって歪な膨らみが蠕動していた。
 その移動する膨らみが、強く子宮口に打ち付けられる。

「んあぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

 絶頂を迎えたばかりの女の体が、さらに昇り詰めようとしていた。
 太く膨れた中山の指先が、背中から尻へとまわされた。
 女の肛門に指を這わせ、そこをトントンと軽く叩いた。

「ああイくっ、イぐうぅぅぅっ」

 少女は大声で叫びながら、彼の肉に手を食い込ませてしがみつく。
 伸ばされた爪が皮膚を削り、血が滲んだ。
 だが、中山はぼうっとした表情のまま、痛みも感じていない。
 目も虚ろで、半分意識が飛んでいるようにも見える。
 再び、雲が月を隠した。

「羞恥とプライドかなぐり捨てて……」

 ぶつぶつとそうつぶやく中山の口元から、涎がこぼれていた。
 すでに腰も動かしていない。だが、ペニスだけが別の生き物のように女の中で蠕動し、次々と絶頂に押し上げる。

「あああもう無理っ、無理無理、む、りっ、あ、ああっ、やぁあああイくぅっ、イ、くっ、イくイくイくぅうーーーーーーっ!!」

「……か弱い乙女をガツンの魔の手から救うべく」

「やめてやめやめだめだめだめだぁあああだめっ、また、イっ、……ぃ、イっくぅぁぅぅぁぁあああああーーーーーーっ!!」

「やってきた私は、……私? わたし、わたしは……?」

 その時、雲間から細く尖った月が再び顔を出し、澄んだ光が森へ降り注いだ。
 その光を浴びて、中山は何度か瞬きをした。

「……そう、私はガツンレンジャーっ!!!」

 瞳に輝きを取り戻し、彼は高らかに宣言する。
 左右の腕を重ねて横に伸ばし、ポーズを決めた。
 その瞬間、再び少女が絶頂に達した。

「ぅぅううああああっっ、ぐふぅうぉおあああああああああああーーーーーーー!!!」

 獣じみた嬌声を聞きながら、記憶が溢れ出していた。
 随分長いこと、別の人生を送っていたようだった。
 だが、すべてを思い出す。
 確かに彼は、元ガツンレンジャーだった。
 記憶を失ったのが、度重なる頭部への打撃のせいだということも何となくわかった。
 だが怒りはない。
 完全に変態を遂げ、さらなる変態として覚醒した彼にとって、己の過去など些事にすぎない。
 今はまず、なすべきことがあった。
 中山は女を己の肉で包み込んだまま、ゆっくりと身体を起こした。

 分厚い肉の壁と太い腕にはさまれ、彼女の身体が宙に浮く。
 下半身を凶悪な変形を遂げたペニスで繋げまま、すり足で森の奥へ進んだ。
 見事な寄り切りを見せる力士のように移動し、おあつらえ向きの太い幹に、女の背中を押し付ける。
 前にも横にもはちきれんばかりに膨らんだ中山の肉体に、女の華奢な身体が埋もれていく。

 ふふり。

 声無き笑いが唇の端に浮かんでいた。
 自在に動かせるようになったペニスをくねらせた。

「ぅあぉおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」

 全身で快感を叫びながら、女が次の絶頂にうち震えた。

◆ ◆ ◆ ◆

【10月10日[金]1時37分、滋賀県大津市・我積修法会本部】
 20畳ほどの集会室に、信者が集まっていた。
 全員が修法者と呼ばれる出家信者で、本部ビルで共同生活を送る者たちである。
 ほとんどの者がジャージやトレーナーなど動きやすい私服の上に、オレンジ色の法被(はっぴ)を羽織っている。
 修法士と呼ばれる幹部の者は、揃いの黒い法被だ。
 ほぼ全員が揃ったところへ、赤井烈堂が姿を現した。
 彼だけは茄子紺の作務衣を着ている。
 小さく頭を下げる信者たちに片手を上げて答え、前に進み出た。

「仔細は黒部から聞いてくれたことと思うが、N市で起こったガツンは、これまでのガツンとちゃう。
 さ、いよいよやで。人類の新たなステージの幕開けや!」

 そう言って烈堂は満面に笑みを浮かべ、一人ひとりの顔を見まわす。
 信者たちもそれぞれ小さく微笑みを返した。
 一人の男がマイクの前に立つ。
 赤井烈堂の右腕にして、我積修法会のナンバー2、黒部楽(くろべがく)である。

「崇高なるガツンの降臨は、人類を悟りへと導く統一宇宙意志の御業(みわざ)。
 私たちは皆、煩悩の奴隷──、自らの煩悩を認めて初めてその向こう側へ至る道が開けます。
 大いなる喜びのうちにガツンを迎え、その神秘に我が身を捧げましょう」

「そや、これで全員がガツンの神秘を体験することになる。わしのちゃちな修法なんかやなしに、正真正銘、大自然の大いなるガツンを味わうことになるんやで」

 烈堂の言葉に集会室がざわめいた。
 実際のガツンに遭遇したことのある者は高位の修法士となる。
 それ以外の者は、烈堂の行う『ガツン修法』を通して修法者となった。
 そんな彼らにとって、ガツンとは『ガツン修法』によって与えられる忘我の境地に他ならない。
 だが、以前から烈堂は、自分の業(わざ)など取るに足らないものだと説いていた。──天然のガツンは神の業であり天然の強大な力を持つという。
 その大いなるガツンを自分も体験することができると言われ、後から入信した信者たちは色めき立っていた。

「ええか。ガツンの神秘にあずかるっちゅうのは、それだけで奇跡や。ここにおる修法者だけでなく、在家の信者さんたちも含め、できるだけ多くの人に体験して欲しいと思うとる。
 苦楽ともに拒まず、淫してなお惑わず、欲するを躊躇わず。
 ……黒部たちがあれこれ準備しとるけど、皆も一丸となって協力したってや」

 その言葉に、一同は深く頷く。
 烈堂は笑みを浮かべて頷きを返した。

「拒まず、惑わず、躊躇わず」

 マイクに向かって黒部がそう言った。
 それに合わせて、全員が復唱する。

「拒まず、惑わず、躊躇わず」

 烈堂は再び彼ら一人ひとりの顔を見て、満足そうにまた大きく頷いた。

◆ ◆ ◆ ◆

【10月10日[金]02時29分、青木ケ原樹海】
 森の中に、女の身体が横たわっていた。
 彼女だけではない。
 左右に男が二人、仰向けで地面に横たわっている。
 中山が女を木の幹に押し付け犯している所へ、後から現れた二人だ。
 女と共に、自殺目的で樹海を訪れた男たちだった。
 激しく交わる中山と女を見つけ、すぐそばまで近寄りながら、しかし彼らは行為に加わろうとはしなかった。
 ──恐らくそれもガツンの影響なのだろう。二人は食い入るように行為を見つめ、自らの性器をしごいて繰り返し自慰に耽った。
 周囲の地面は、何度も放出された精液で汚れている。
 そんな彼らも、今は完全に失神していた。

 ただ一人、暗い森の中に立っているのは中山だけだ。
 その股間では、未だに硬度を失わない肉棒が大きく反り返っている。
 結局、一度も放出せぬままだった。
 それでも、深い満足を感じている。
 先程まで空を覆っていた雲は完全に流れ去り、三日月が青白く輝いていた。

 夜空同様に、彼の心も晴れ上がっている。
 ここ数年、別に何も不自由は感じていなかった。
 しかし、記憶が蘇った今、まるで生まれ変わったような気がする。
 実際、ほとんど別人にしか見えないほど、太っていた。
 脱いだズボンは、すでに入らない。
 靴だけはかろうじて履いているが、ほぼ全裸のままだ。
 だが、それも全く気にならなかった。

 正体なくのびた三人を残し、悠然と歩き出す。
 破れたライダースジャケットの残骸から携帯と財布を回収し、そのままバイクへ戻った。
 携帯を手に、随分昔に登録した番号を表示させた。つい先程まで、登録されていることも忘れていた相手だ。
 通話ボタンを押すと、数回の呼び出し音の後、電話が繋がった。

「ご無沙汰してます、中山です」

『あら、久しぶり。長い間どこでどうしてたの? ずっと連絡ないから死んだかと思ってた』

 電話の向こうから懐かしい声が聞こえた。
 その声を聞いた途端、興奮と焦りと、そして期待が膨らんだ。

「どうやら記憶喪失になってたみたいです」

『あら、そう。……まあ、いいわ。丁度、キミに頼みたいことがあるんだけど』

「実は、今まさにガツンに出くわしたばかりで……」

『……そんなことより、我積修法会って知ってる?』

 中山は小さく笑った。
 電話の相手は、相変わらず他人の話を全然聞かない。
 だが、それも含めて懐かしかった。

「いえ、聞いたことありません」

『だったら、色樂舎は?』

「……初耳です」

『キミ、ホント何も知らないのねえ。情弱ってヤツ? それとも本気のバカ?』

「すみません、ずっと記憶喪失だったもんで」

『それはそっちの都合でしょ。……で、今どこ?』

「……えっと、富士の樹海ですけど」

『じゃあ、琵琶湖はちょっと遠いか。……だったら、伊豆に向かって。そこに情報持ってる人がいるから。ちょっと調べてきてよ。
 詳しい内容は追ってメールする』

 電話の相手はそう言って、一方的に通話を終えた。
 そういう自分勝手なところも昔のままだ。
 中山は静かに微笑んだ。
 これから自分が向かう先には、クレイジーでアバンギャルドな冒険とセクシーな美女たちが待っている。
 ──そう中山は確信していた。

 全裸のままZZR1400にまたがり、エンジンをかける。
 素肌に直接マシンの鼓動を感じるのは初めての体験だった。
 4気筒DOHCの振動がダイレクトに伝わり、たまらない刺激となって走り抜ける。尾てい骨から背骨を一気に駆け昇った快感が、脳天で破裂した。

 ばうんっ、とエンジンが吠えた。
 ZZRが発進した。ほぼ同時に、彼はあっけなく射精していた。
 マシンと一体になって、中山は疾走する。──反り返ったペニスから大量の白濁液を迸(ほとばし)らせながら。

 白い精液は長い軌跡を描いていたが、やがて射精が終わる。
 それと同時に、全裸でバイクにまたがり、樹海を切り裂くように走り抜ける中山の身体に、異変が起きていた。
 徐々に肉が減り、変身前の姿に戻っていく。
 飛び散る汗とともに、脂肪までが流れ落ちている。
 精を放つのと同時に、メタモルフォーゼを引き起こした『何か』が失われたようだった。

◆ ◆ ◆ ◆

【10月10日[金]03時24分、東京都内】
 暗い部屋の中で、男がパソコンに向かっている。
 夜はいきつけのサイトを巡回し、掲示板にレスを書き込むのが常だ。
 だがこの日は何の書き込みもせず、ただ同じサイトを何度も繰り返し巡回していた。チャット用のクライアント・ソフトも立ち上げたままになっているが、そこにも書き込みはしていない。
 彼は、ネット上に新しい書き込みがないかを調べていた。

 探しているのは、「般若」というハンドルネームである。
「般若」と書いて「パニャー」と読む。本名は知らないが、数年前ネットで知りあい、その後何度かオフ会で顔をあわせるうちに仲良くなった相手だ。
 数日前、新宿で会う約束をしたのにもかかわらず、彼は現われなかった。メールも送ったが、返事はない。
 その日は、きっと何か急用ができたのだろうくらいに考えていた。
 だが、翌日もその次の日も返事は来なかった。

 突然連絡が途絶えたことに、微かな不安を感じた。何か気分を害するようなことでもあったかと考えたが、思い当たるふしはなかった。
 ただ形にならない不安だけがある。
 その不安は、ハンドルネームを検索にかけることで、さらに大きくなった。

 とあるページに、「般若」の文字がひっかかった。
 リンクの先は、ハンドルネームらしきものだけが羅列されたテキストデータだ。
 しかもその中には、やはり行きつけのサイトで何度か目にしたり、ネット上で会話したり、実際に会ったことのある者のハンドルネームも含まれている。
 URLから、ドメインを確認した。
 末尾を削りホームページへアクセスすると、とある企業のページが開かれた。

 ZONAX社──。
 いくつかのキャッチコピーや使われている画像などから、各種エンターテイメントやアミューズメントを提供する会社らしいことはわかった。
 だが、具体的に扱っているのがゲームなのか映画なのか、はたまた流通会社なのか制作グループなのか、まったく書かれていない。WEBでの展開を中心にしているのだとしても、具体的な説明は一切なかった。

 その上、最初にアクセスしたテキストはサイトマップにも載っていない。知り合いのハンドルネームを含んだ名前の羅列と、この企業がどういった関係にあるのか、それもわからない。
 怪しい気がした。
 会社宛に詳しく尋ねるメールを書こうかとも思ったが、やりとりするのも嫌だったし、何をどう書いていいかもわからなかった。

 それとは別に、ネットをあちこち見て回っているうちに、気になる情報を目にした。
 主に20代~30代の男性が、突然姿を消す事件が起きているというのだ。もちろんそれは都市伝説にすら至らない、小さな噂に過ぎなかった。
 だが、失踪する男たちにはある共通点があるらしい。
 それは彼らがみな、エロ小説や妄想を投稿する、いわゆるオンライン・エロ作家だということだった。

 確かに彼の友人である般若も、行きつけのサイトに多数の作品を投稿していた。その作品は多くの人に評価され、大いにサイトを盛り上げていた。
 噂について読んだ後、彼は再びテキストデータへアクセスし、今度は自分の名前で検索をかけた。
 彼もまた、般若と同じサイトにエロ作品を投稿していたからである。

 結果的に、彼=宮埠俊夫(みやぶとしお)が使っているハンドルネームもヒットした。
 だが、わかったのはそこまでだった。情報を繋ぐ糸はそこで途切れた。
 彼は再び行きつけサイトを巡回しながら、また小さく溜め息をついた。

[関西弁監修:G.W/設定・文章協力:みゃふ+Panyan]

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<エンディング・テーマ>
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<CM挿入>
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<予告>

あ、どうも。真鍋智子、専業主婦です。
最近は主人ともご無沙汰でした。私はそれほど、困ってませんでしたけど。 えっ? あっ、ヤだ、……晩ご飯の話ですよ? 料理は結構得意です。好きなんですね。趣味って言ってもいいんですけど、やっぱり「美味しい」って喜んで貰えると、凄く嬉しいんですよね。

さて、次回GGSDは……
「少女はコンビニで愛に目覚め、二人の女は高みを目指す。天使が力を解き放つ時、天才は己の才能に陶酔する。直観より生まれし論理が信仰を形作る時、名もなき警官は口を閉ざす──」

第3話「ガツンの長い午後」。お楽しみに!
さあ、そろそろ夕食の準備しないと! 今夜も、いっぱい食べてもらうつもりです。もちろん娘にも……。家族みんなで美味しい食事をする、それれがウチの、家庭円満の秘訣なんです。

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<エンドカード>

※1 この作品は完全にフィクションです。実在の国名、地名、組織・団体名、人名などが登場しますが、現実の国家、地域、組織・団体、人物とは一切関係ありません。

※2 SF小説、映画、テレビドラマ、アニメなどからの引用が多々ありますが、オリジナルの価値を損なう意図によるものではありません。愛すればこそです。

※3 今作において、関西弁の監修をG.Wさん(E=mC^2に作品を投稿されています)にお願いしました。ご快諾頂き、感謝に堪えません。緻密な校正と詳細な解説、本当にありがとうございました。

※4 チェレンコフ光は肉眼でも見ることができるようですが、実際のスーパーカミオカンデで、どのような形でニュートリノ観測が行われているか、作者は知りません。観測や記録をどのように行っているのか、モニタールームなんてあるのか。何もわからないまま、きちんと調べもせずにいい加減なことを書きました。慎んでお詫び申し上げます。

※5 それはそれとして、何か根本的な間違いにお気づきの場合は、ぜひお知らせください。

< 続く >

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