GGSD 第4話《Aパート》

第4話「N市の遊園地」《Aパート》

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「米国の『Association for Research and Enlightenment』に現存するエドガー・ケイシーのリーディング記録には、ガツンの発生を指摘したと思われる予言が3つ残されています。アカシックレコードへのアクセスでさらなる知識が得られれば、ガツンの解明と除去は十分に可能と言えるでしょう」
 ──ケイシー療法家、大河内晴樹『世界を癒すヒーリングパワー』横浜産業文化会館での講演より
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【10月14日[火]15時27分、N市・緑山遊園】
 二人の男が、ゆっくりとジェットコースターへ近づく。
 一人はサングラスをかけた三十台半ば、もうひとりは髪を黄色く染めた若い男、──独楽師太郎とその手下の足立だ。
 ジェットコースターの中にいるのは、N市警に所属する山下久美と宮本美樹だ。
 女性警官はどちらも、意識朦朧となっていた。
 二人が座るシートは、汗と体液でびっしょりと濡れている。

 男たちが女たちを引きずり出す。
 力の抜けた二人の身体をホームの脇に横たえ、独楽師太郎が電池ボックスのスイッチを切った。
 だが、それでも女の身体は、時折小さな痙攣を起こす。
 足立が股間からバイブを抜き取った。
 それだけでまた女体がびくっと震えるが、女たちはただ小さく呻くだけで、目を開けようとはしない。
 彼女たちの呼吸が穏やかなものに変わったのは、それからしばらく後のことだった。
 先に覚醒したのは美樹だ。

「んんん……」

 髪をかき上げ虚ろな目であたりを見回す。だが、すぐにまた力なく顔を伏せてしまう。
 そんな彼女に、サングラスの男が声をかける。

「でえじょぶかい?」

 美樹はただ、小さく咳をしただけだった。
 独楽師は足立に向かって、千円札を一枚手渡す。

「なんか飲み物買ってきてやれ」

「うぃっす。……師匠もいりますか?」

「俺はいい。とりあえず二人分、買ってこい。お前の分は好きにしろ」

 それから独楽師は声を潜め、足立の耳元で囁いた。

「それから、……また変な邪魔が入るとかなわねえ。ミスターPって言ったっけ? アイツがいねえか、見張っとけよ」

「へいっ」と軽く答えて、足立はその場を離れた。

 その頃には、久美も意識を取り戻していた。
 のろのろと身体を起こし、服の埃を払っている。
 男はニヤっと笑って、二人に近づいた。

「よう、──どうだった?」

 美樹と久美は黙ったままだ。
 そんな彼女たちに、男は勝手に喋り続ける。

「……よかったかい?」

 美樹がいぶかしげに瞬きを繰り返した。
 久美は力の入らない身体で、それでも何とか立ち上がり、美樹の横につく。
 二人ともまだどこか呆然とした顔つきだった。
 だが、独楽師太郎が目の前につきだしたものを見て、すぐに顔を逸らした。

 久美の瞳に、意思の光が戻っていた。
 男が手にしているのは、ぐちゃぐちゃになった二本の淫具だ。
 彼女たちが流した体液が、ねっとりと白くこびりついている。

「こりゃあ、凄いや。さすがにここまで使い込まれたら、返品ってわけにはいかねえなあ……。
 青い方が5万2千円、ピンクのヤツは4万8千円、あわせて10万、お買い上げ頂かねーと。……消費税はまけといてやるよ?」

「えっ?」

 美樹が驚きの声をあげた。
 久美はすでに厳しい顔で身構えている。

「お試しだって、そう言ったじゃないですか」

 美樹がそう言い返す。
 久美は黙って睨みつけるだけだ。

「あははは、冗談は勘弁してくれ。お試しは一回。一回って言っただろう?
 あんたら、何回イった? こりゃどう見ても、一回イきましたって感じじゃねえよな?」

「それはっ……」

 美樹は怒りに言葉を失い、横の久美をちらっと見た。
 久美は不思議なほど冷静で、微かに笑みさえ浮かべている。

「ケチな物売りかと思ったら、詐欺師だったみたいね? 強要罪も適用できそう。……現行犯で逮捕します」

 久美はポケットを探って手錠を出し、美樹に手渡した。
 同時に自分は半身を引き、小さく構えを取る。
 久美は子どもの頃から空手をやっていて、師範の免許も持っている。たとえ相手が男でも、素手なら負ける気がしなかった。
 しかも、手下の若造は今はいない。
 こちらは二人。当然美樹も訓練を受けているし、時々個人的に空手の技を教えてもいる。

 ──これで逮捕できなかったら、警察官失格だ。
 そう久美は思った。

<オープニング・タイトル>
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 これは別世界への旅です。
 目や耳や心だけの別世界だけでなく、想像を絶したイヤらしい世界への旅。
 ……あなたは今、ガツンになろうとしているのです。
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<オープニング・テーマ>

GGSD[ガツン・ゴールデン・スーパー・デラックス]
第4話「N市の遊園地」

※『ガツン』は、ジジさんの作品です
※この物語は、ジジさん、こばさん、みゃふさん、Panyanさん、一樹さん、パトリシアさん、bobyさん(発表順)が書かれた各『ガツン』を元に書かれていますが、一部設定が異なる部分があるかもしれません。ご了承ください。
※各ガツンは、「E=mC^2」サイト内に収録されています。

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<CM挿入>

 にやにやと笑う男を睨みつけ、山下久美が静かに腰を落とした。
 左足を軸に、じりっと右足を出して構える。
 相手は構えすらとっておらず、隙だらけに見えた。

 ──よし。
 一気に間を詰め、左に回って逃亡を阻止する。
 下段の蹴りで動きを止めて正拳、──避けられた場合は手首をとって後ろに回り込む。
 頭の中で瞬時にシミュレーションを終え、久美は足を踏みだそうとした。

 その瞬間、男が手にしたバイブを差しだした。
 淫らな痕跡がこびりついた二本を、ゆらゆらと目の前で揺らしている。
 スイッチが入れられた。
 ウ゛ィイイイイっと、モーター音が響き、首振りと振動が同時に始まる。

「あっ!」

「うっ!!」

 二人の女性警官が、ほぼ同時に呻いた。
 美樹は身体をくの字に曲げ、腹の下を手で押さえている。

「えっ? ……な、何でっ?」

 身体の内側に、振動の記憶が蘇る。
 激しい快感が、腹の奧で再び渦巻いていた。
 二本のバイブを差しだし、男が笑った。

「ふふふ、覚えてるよな、この快感」

「くっ、……何を、したっ?」

 きつく睨みつけ、久美が果敢に近寄ろうとする。
 だが、抉るような動きで、突きだしたバイブを男が空中で回す。
 その途端、身体の深い所をかき回されたような刺激が湧き起こり、久美は下腹部を強く押さえて、その場にしゃがみこんでいた。

「はうぅっ」

 先程ジェットコースターで体験したような、強烈な快感が生まれていた。
 美樹は腹ばいになって、まるで大地と交わるように背中を反らしている。
 だが、おもいきり上げた顔は、男の方に向けられていた。

 いや、正確には男ではなく、男の操る性具を見つめている。
 久美もそれは同じだ。激しい快感に翻弄されながら、二人は無意識のうちにバイブの動きを目で追っていた。
 その動きに合わせて、次々と快感が炸裂し、溢れた体液が大腿を濡らしていく。

 男がニヤッと笑った。

「ふふ、不思議だよな? でも、たまらなく気持ちいいだろ?」

「何でっ! 何でこんなっ……」

 地面にぺったりと座り込み、アスファルトに愛液の染みを作りながら、久美が喘いだ。

「すぐにでもイきそうなんだろ?」

「ああああああっ、い、嫌っ」

「いいさ、何度でもイかせてやるよ。俺は逝かせ屋だからな」

「い、イか、ないっ! ……イきたく、ないっ」

「嘘つけ。イきたくて仕方ないって顔してるぜ?」

 唐突に、男が性具の動きを止めた。

「あ、あっ、そんなっ……」

 美樹が驚いたような声を上げた。
 久美は唇を噛みしめ、激しい衝動と闘っていた。

「くっ」

 だが、彼女の腰は断続的にぴくぴくと動いていた。
 潤んだ目は、性具から離れようとしない。熱のこもった視線で、それが動き出すのをじっと待っていた。

「どうだ? ホントはイきたいんだろう?」

 そういって男は、僅かに性具をゆらっと左右に振る。

「んんんっ……」

 美樹が呻いた。
 久美の目の奧で、潤んだ瞳が揺れている。

「さっきみたいに思いきりイきたくねえのか?」

 再び、左右にバイブが振られた。
 二人の体が、ひくっと蠢く。

「い、イきたく、なんか……」

 久美はそう答える。
 だが、その声はか細く、震えていた。

「これが、……欲しいんだよな?」

 男が電源ボックスについたスイッチをいじる。
 突然、バイブが鎌首を回転させ始めた。

「あうっ、あうっ!」

 二人ともオットセイのような姿勢と声で、大きく喉を反らし熱い喘ぎを上げる。
 だが、スイッチはすぐに切られた。

「どっちなんだ? 欲しいのか、欲しくないのか」

 男はニヤニヤしながら、手に持ったバイブを二人の前で揺らしていた。

 荒い息をつきながら、久美と美樹は共に強く歯を噛みしめる。
 だが、快感に潤んだ目は、物欲しそうに淫具を凝視したままだ。

「……ああっ、も、もう、もうっ、それっ」

「ほ、欲し、い……」

 小さい声で途切れ途切れだったが、そうつぶやいたのは、殆ど二人同時だった。
 じっと淫具を見つめながら、くいくいと腰を揺らしている。
 身体のどこかに触れられているわけではない。にもかかわらず、二人の身体は絶頂寸前まで昂ぶっていた。

「ふふふ、ガツンの女はホントつまらねえな。あっという間にかかっちまう。……何が欲しいんだい? はっきり言ってみろよ」

 愉快そうにそうつぶやき、男は二人に言い放った。
 一瞬、久美の目に悔しさの混じる光が戻った。
 だが、男が淫具を左右に揺らすと、ぶるっと全身を震わせる。

「ああ、ああ、ああっっ……」

 すがるような目で、美樹がそれを見つめていた。
 久美もまた熱い視線を送っている。

「あ、あのっ、……ば、バ、バイブが」

 先に声を出したのは美樹が先だった。
 久美もすぐに後に続いた。

「あ、あ、あ、その、バイブっ、欲しいっ……」

 男はにやりと笑って、再び淫具を揺らす。

「そんなに気に入ったか。
 でもな。お姉ちゃんたち、あんまりバイブでイきまくってると、コレ無しじゃあ満足できなくなるぜ? バイブが生活必需品になっちまう。
 それでもいいかい?」

「そ、それはっ……」

「んんんんんんっ」

 そう言われては二人とも躊躇う。
 だが瞬間、独楽師が再びスイッチを入れた。

 ──ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛。

 モーター音と共に性具が首を振る。
 同時に久美と美樹が全身を波打たせ、快楽の悲鳴を上げる。

「ああああっっっっっっ」

「はんんんんんっっっっ」

 だがまたすぐに、スイッチが切られた。

「あ……ゃあっ」

「い、やっ、もうっ!」

「ほらほら。クセになる、……そう言ったろう? まあ、お姉ちゃんたちが、どうしても欲しいっていうなら、売ってやるけどさ。……どうする?」

 独楽師が冷酷にそう告げながら、バイブを目の前でゆっくりと揺らした。
 美樹は何度も瞬きを繰り返し、唾を飲み込む。
 久美は悔しそうな顔をしているが、その目は独楽師の手にしたものに釘付けになっている。
 先に言葉を発したのは美樹だ。

「あ、あの、い、今は、……今だけ、欲しいっ、だから……」

「……ああああ、いいから早くっ!」

 美樹に続いて、久美が叫んだ。
 だが、独楽師は執拗だった。
 ゆっくりと久美の方に一歩踏み出し、彼女に向かって妙に優しく尋ねる。

「バイブ、すげー気持ちよかったよな?」

「え、あ、ああっ……」

「気持ちよすぎて、大好きになっちまったんだろ?」

「……ち、違うっ、そんな、好き、じゃないっ……」

「でも、いっぱいイったよな? 最高に気持ちよかった、そうだろ?」

「い、イったっ、けど……、ああっ、気持ち、よかったけどっ……」

「ほら、今も、どんどんイきたくなってる。このバイブがありゃ、何度でも気持ちよくなれるぜ? あの凄い快感がまたすぐに押し寄せてきて、思いっきりイけるんだ。……イきたいよな?」

「ああっ、い、イきたい……」

「じゃあ、ちゃんと言ってみなよ。『バイブがとても気に入った』ってさ」

「そ、そんなこと……っ!」

「あれだけ何度もイったんだ。こんな凄い快感、今まで感じたことなかった。……そうなんだろ? だったら当然さ。誰だってそうなる。クセになっても仕方ねえのさ」

「あああ、だけどっ」

「ほら、この青いバイブがあれば、何度でもイける。最高の快感を味わえるぜ。
 だから、……自分でちゃんと言ってみな。『バイブがとても気に入った』って」

「そ、そんな、……ああ、で、でも、でもっ、ああああっ、あのっ、ば、……バイブ、が、とても、き、気に、入ったっ。……ああっ、嫌っ!」

「ふふん、正直に言うと気分が楽だよな。
 ほんじゃ、その調子で素直にいこうや。──お姉ちゃんの体は、バイブの快感覚えちまった。すぐに何度も連続でイっちまう。……また、あの快感を味わいたい……。そうだよな?」

「い、やぁっ。ああっ、ああっ、そうっ、だけどっ……」

「じゃあまた、ちゃんと自分の口で言ってみようか。『バイブで、思いきりイきまくりたい』……そうなんだろ?」

「そ、そんなの無理っ! 言え、ないっ、言いたく、ないっ」

「そりゃあ、恥ずかしいもんなあ。あんなに簡単にイくなんて、思ってなかっただろうし。
 でも、あれだけ強烈な快感なんだ。恥ずかしくたって仕方ねえんだよ。……だから言ってみな?『バイブで、思いきりイきまくりたい』ってさ」

「ああ、そ、そうっ。仕方、ないっ……。
 ば、バイブでっ、思いきり、イき、まくりたいっ!」

 小さく震えながらも、しっかりとそう言い切る久美の顔は、いつの間にか陶然としたものに変わっていた。目は潤み、薄く開いた口からは、荒い息が漏れている。
 独楽師太郎が、そんな彼女を見下ろしていた。

「もう、体が、我慢できなくなってる……」

「ああああっ、そうなのっ。……もう体がっ、が、我慢……! ああっ」

 独楽師が右手に持った青いバイブを揺らす。
 途端に久美が大きく喘ぐ。
 にやにやしながら、独楽師が言った。

「じゃあ、最後にもう一度確認だ。
 この青いバイブは、太いし頑丈だから、すぐには壊れない。──強いお姉ちゃんにはぴったりだ。
 『バイブがないと満足できない』……そうだよな?」

「ああああ、バイブが、ないと、満足できないっ!」

「ふふふ、いい感じになってきたじゃねえか。『私はこの青いバイブで、何度も激しくイきまくる女になる』──そう言ってみな?」

「あああああっっっ! わ、私はっ、この、青いバイブでっ、な、何度もっ、ああ、ああっ、激しくっ、い、イきまくる、女になるっ!」

「そっか。そこまで『青いバイブが絶対必要』って言うなら、喜んで売ってやるよ。もちろん、今すぐイかせてやる。なんたって、この青いバイブはお姉ちゃんのものになるんだからな」

「あ、ああ、あああ、い、言う、言うっ。
 あ、青いバイブが、絶対必要っっ! 
 言ったから、んあっ、だからイかせてっ、今すぐっ! ああ、バイブっ、私のものっ。お、お願いっ、買うからっ!」

「おお、そうか。毎度ありー! んじゃ、たっぷり愉しみな」

 男が淫具を突きだした。
 青いバイブを、久美へ向けてくねらせる。

「ああああっっ、もうっ、もうイくっ!」

 嬌声が上がった。
 独楽師は、淫具の膨らんだ先端で宙を突きながら、スイッチを入れる。
 ウ゛ィィィィという振動と、ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛という回転が重なって鳴る。
 それだけで、久美はすぐに達した。

「いいいいっ、イくいくイくぅううーっっ」

 だが、それで終わりではなかった。
『何度も激しくイきまくる女になる』と自ら宣言した通り、すぐに次の絶頂が訪れた。

「んああああああああーーーっっっっ」

 声を限りに叫んでいた。
 血走った目つきで、『ないと満足できない』『絶対必要』な性具を見つめ、激しく腰を動かしている。
 次々と訪れる激しい快感の爆発が、さらに新たな絶頂へ押し上げ、久美は繰り返し達し続けた。

 彼女は気づかない。
 連続で絶頂を迎える姿を、隣で美樹が見ていることに。
 後輩の女性警官は、久美の熱い叫びに合わせるように、ぶるぶると体を震わせながら、眉間に皴を寄せ熱い喘ぎを上げていた。
 そして久美がイく度に、その柔らかな体をくねらせ、咽喉を反らし、大腿を痙攣させ、──やはり絶頂に達していた。

 いつのまにか戻っていた足立が、缶ジュースを独楽師太郎に差し出す。
 その場に崩れ落ち再び意識を失った女たちを見下ろし、それから独楽師の顔を見る。

「さすが師匠、相変わらず凄いっすね」

「ふんっ、誉められても嬉しかねーや。相手はガツンの女だぞ?
 ……催眠と、それに気功も少し使ったが、技というほどのもんじゃねえしな」

「それにしても、いい女じゃないっすか」

「ふふん、お前、どっちが好みだ?」

「俺っすか? 俺は、そうだな……」

 足立は地面に気絶したままの女たちに近づき、その顔や身体を舐め回すように見比べる。
 それから男の顔を見上げて言った。

「やっぱ、こっちのおっぱいちゃんっすかね」

「んじゃあ、目が覚めたらヤらせてやんよ。俺は気の強い女が好みだからな。多少は抵抗されねえと燃えねえんだ」

「師匠の趣味はわかってますって。コイツさっき、空手か何かの構えしてたでしょ? あん時の師匠、めっさ嬉しそうだったっスよ?」

「なんだ、妙に帰りが遅いと思ったら、影で見物してやがったのか」

「へへへへ」

 二人の男が鼻の下を伸ばしあっているところへ、一組の親子が近づいてきた。
 どうやら、ジェットコースターに乗ろうとしているらしかった。
 30代前半と思われる母親と、まだ幼い少女である。
 母は日本人形のような和風の美人で、少女も整った顔をしていた。柔らかそうな頬に、愛くるしい笑みを浮かべている。
 独楽師は、足立に小声で耳打ちした。

「てめえ、ロリもありか?」

「全然オッケーっス。やっぱ師匠は人妻の方ッスか」

 足立はニヤニヤしながら小声で答えた。
 ブースから出てきた係員を無理やり押しとどめ、独楽師が親子の方に向き直る。

「ジェットコースターお乗りになりますか? ああ、地面に寝てる二人は気にしないで。ガツンのようでしたが、今は寝てるだけなんで」

「え? あ、は、はい……」

 母親が娘をかばうように遠回りさせて、コースターに近づいていく。
 そんな彼女の腰に、独楽師がそっと触れた。
 その途端、ビクンと身体が震えた。

「あっ!」

「どうしました?」

 何喰わぬ顔でそう聞き返し、師匠は弟子に目で合図する。
 同時に母親の腰へ、指を突き立てた。

「……なっ、何するんですっ?」

 突然の妖しい刺激に戸惑い、母親の顔に驚きの表情が浮かぶ。
 だがすぐに、小さく開いた口から、熱い吐息が漏れた。

「あ、い、嫌っ、やめてっ!」

 もちろん男はやめたりしない。
 さらに深く、腰に指を食い込ませる。
 息が荒くなり、そこへ甘い喘ぎが混じりだす。
 足立は脇にしゃがみ込み、幼い少女に目線を合わせた。

「大丈夫だよ。おかあさん、ちょっと具合が悪いみたいだけど、心配ないからね」

 猫撫で声でそういって、後ろへ下がろうとする少女の身体を抱きしめた。
 そのまま脇に手を回し、自分が立ち上がるのと同時に抱き上げていた。

「いやーっ」

「や、やめてっ」

 娘と母親が同時に叫んだ。
 一瞬遅れて、別の場所から鋭い声がした。

「ま、待ちなさいっ」

 いつ意識を戻したのか、地面に横たわっていた山下久美が、力の入らない腕で上半身を起こそうとしていた。あれほど激しく連続アクメを極めたにもかかわらず、強さの戻った目で鋭く男たちを睨みつける。

「へえ、こりゃ大した女だ。まだ逆らう気力が残っているとはな」

 驚きと悦楽、両方の表情を浮かべながら、独楽師が卑猥な笑みを向ける。
 久美は手を伸ばし、意識を失った美樹の身体を揺すりながら、なんとか立ち上がる。

「同意のある無しに関わらず、児童への性的行為は犯罪です。子どもを離しなさいっ!」

 少女を手に入れて興奮したのか、足立は血走った目で久美を睨み返した。

「くぅー、面白いこというねえ、お姉ちゃん。だけど、こっちも裏稼業で飯食ってんだ。児ポ法が怖くて、エロゲー買えるかっつーの」

「何わけわからないこといってるの。買春でもポルノでもないじゃないっ」

 久美が腰を低めながら、足立の前にゆらっと一歩踏み出す。
 横から独楽師が声をかけた。

「まあまあ、婦警さんよ。そいつはただ、女の子を抱き上げただけだろ? 
『おい足立、その子を離せ、とりあえず』……ありゃ? 五七五になっちまった」

 ニヤニヤ笑うその手の下で、母親の腰がくねった。

「ああ、い、や……」

 甘く溶けた声を漏らして、母親が白い喉を反らせる。
 足立が少女を地面に降ろした。

「お、おかあさんっ……」

 少女が叫んだ。その声の先には快感に顔を歪める母親がいた。
 なんとか駆け寄ろうとするが、足立が両手で肩を押さえて逃がさない。

「ふ、二人を離しなさいっ!」

 足立を睨みつけ、久美がさらに足を踏みだした。
 だが、独楽師が行く手を遮る。

「あんた、まだわからねえのか?」

 青いバイブが突きだされた。
 その途端、前のめりになって、久美は再び地面に倒れた。

「あうっ!」

 顔を上げ男を睨むが、バイブが揺らされると、悔しそうな顔に愉悦の表情が混じる。

「ああ、卑怯者っ! やめなさいっ! そ、そのっ……、バイブは駄目っ!」

 淫具を見つめながら、久美の腰が何度も大きくうねった。
 男が手招きをするように、自分の方へバイブを動かす。
 くねくねと腰を揺らす久美の尻が持ち上がり、再び下ろされる。その度に、まるで尺取り虫のような動きで、身体がじりじりと男の方へ這い寄る。

「い、だ、めっ、やぁっ、やめてっ!」

 大声で拒否の言葉を叫びながらも、久美の淫猥な動きは止まらなかった。
 再び高く尻がつきあげられる。
 制服のスカートは完全にまくれあがっている。丸い尻の肉の間で、どろどろに濡れそぼった粘膜が充血して膨らみ、淫靡な花を咲かせていた。

「ああ、い、嫌ぁっ!!」

「嫌じゃねえだろ、まだ金は払ってもらってないが、これはもうお姉ちゃんのバイブだぜ?」

「ああああっっ、そうっ、でも、ああ嫌っ、気持ちいいっっ……、青いバイブ、私のっ……!」

「そうそう、アンタの大好きなバイブだぞ?」

「ああああああ、だけどっ、ああ、簡単、にっ、すぐイっちゃうからっ! ああああっっっっ、私のっ、青いバイブっ、ああっ、思いきりっ、……ああ、もうっ、もうすぐっ、ああああ駄目ぇえええっっ!!!」

「さあ、こっちまでこい。まだまだいっぱい逝かせてやるぜ?」

 男がニヤリと笑い、バイブで手招きする。

「あうっ、あうっ、あうううううっっっ!」

 久美の目から光が失われ、次第に陶酔の色を濃くしていく。
 オットセイのような声と尺取り虫の動きで、男の方へ寄っていく。半開きの口から、つーっと一筋、涎が垂れた。

 その時だった。
 どこからともなく、高らかな笑い声が響いた。

「ふは、ふはっ、ふははっ、ふはははははははははは──っ」

 足立と独楽師は、同時に後ろを振り向いた。
 激しい快感に身をよじっていた久美と、ようやく意識を取り戻した美樹が、ゆっくりと顔を上げる。
 悦楽に溺れかけていた母親も、幼い身体を恐怖に震わせていた少女も、あたりを見回し声の主を探していた。

「ふはっ、ふはっ、ふぐっ? んぐんぐっ、ぐほぐほぐほぐほっ」

 唾が絡んだのか、笑い声は途中から咳に変わっていた。
 遠く、曲がりくねって続くジェットコースターの頂点に、白い影があった。
 白いのは頭まで覆う全身タイツだ。
 胸の中央に赤いランプがひとつ、その下のせりだした腹にはピンク色の蛍光シールで「P」の文字がでかでかと貼り付けられていた。膨らんだ腹を持ち上げているのは黒いベルト。但し、半ば肉に埋もれている。
 ベルトの腰部分には黒い紐が束ねられていた。
 顔に大きなゴーグルをかぶっているため、正体はわからない。だが、白いタイツが食い込む股間の膨らみは間違いなく男だ。

「貴様っ、何者だっ?」

 足立が叫ぶ。
 全身タイツの男がそれに答えた。

「げほげほっ。げほんっ。んんんっ、あ、あ、えーっ、……たっ、たった一つのプライド捨ててっ! 生まれ変わった大人の身体っ。ケツのアクメは叩いてイかす、パニャーンがやらねば誰がやる!」

 その口上を聞いて、足立と独楽師太郎が半歩後ろへ下がった。ほとんど無意識の動きだ。
 その声はどこかで聞いた覚えがあった。さらに、腹の「P」に嫌な記憶が蘇る。

「……き、貴様、もしやミスターP?!」

 裏返った声で独楽師がそう叫び、その師匠に向かって足立が困った顔を浮かべた。
 そこへ、美樹が冷たい視線を投げ掛ける。

「もしかして、……知りあい?」

「あ、あんなのと?」

 久美もすかさずそれに乗っかった。
 目には隠しようもない侮蔑の色が浮かんでいる。
 独楽師は彼女らを振り返り、慌てた様子で答えた。

「い、いや、知りあいというほどのつきあいはねえ……」

「ミスターP? パニャーン? 何それ?」

「あんなのと知りあいって……、あんたも同類?」

「マジきもいんですけど」

「……美樹、やめときな! こんなヤツらと関わり合ってると、マジで結婚できなくなるからっ」

 女たちの悪口はどんどんその熾烈さを増していく。
 淫らな技をかけられた筈の母親は、久美を操ることに注意が向いていた独楽師から逃れ、すでに十分な距離をとっていた。
 少女も、白い怪人に気をとられた足立から逃げ出し、母親の元へ走り寄る。

「お母さん……」

「ああ、よかった! 早く行きましょ、変な病気が移らないうちに」

「ねえねえ、あのおじさんたち、上の白い人とお友だち?」

「じろじろ見ちゃいけません。可哀想な人たちだけど、関わりになっていいことはひとつもないのっ!」

 母と娘の会話が、男たちに追い討ちをかける。
 母は去り際に、さらに心無い言葉を続けたが、再び高らかに響き渡る笑い声でかき消された。

「ふふぁふぁふぁふぁ、……どうやら女に捨てられたようだなっ、と」

 白い怪人の言葉に、二人を追おうとした足立の足が思わず止まった。
 ほとんどお前のせいだと文句のひとつも言いたかったが、それを言ったとして伝わるとも思えない。
 困った顔を向け無言で独楽師に指示を仰ぐが、頼りの師匠がそれに気付く様子はなかった。

「き、貴様っ、……いいから、そこから降りてこいっ!」

 そう言って、独楽師はしまったという顔になった。
 二人の女性警官は、やっぱりという顔でこちらを見ている。

「ないわー。さすがにあれは無理」

「無理、無理、無理、無理、無理っ! マジで無理ーっ!」

 だが、彼女たちの誤解を解くヒマはなかった。
 先程はミスターP、今はパニャーンと名乗ったその男が、再び高らかに叫ぶ。

「欲情したギャルの切ない身体の疼きにつけこみ法外な値段で淫具を売りつけ、麗しき母を無理やり快感で操り、あまつさえいたいけな童女まで毒牙にかけようとする□リ⊃ン腐れζЖポ野郎! 許さんっ!」

 聞くに耐えない口上を叫び終えると、ジェットコースターのレールの上で白い男がジャンプした。

「とおっ!」

 その跳躍距離はおよそ40センチ、しかも横に動いただけで依然レールの上だ。もちろん、地上に飛び降りたらよくて骨折、打ち所が悪ければ死ぬからだ。
 とはいえ、ヒーローとして自慢できるジャンプではない。
 しかし彼はすぐに気を取り直し、ジェットコースターのレールの上を猛然とダッシュした。
 太った身体を揺らし汗を振りまきながら走る姿は、確かに勢いがある。
 その速度は時速6km弱、成人男性の平均歩行速度を僅かに上回る程度だ。
 それでも当人的には決死の覚悟、足を踏み外したら一巻の終わりの高所を無謀な速さで駆け降りる。

 ──だがもちろん、頂上から降りてくるにはそれなりに時間がかかる。
 独楽師太郎と足立は、露骨に面倒臭そうな表情になっていた。
 しかし、彼らには彼らの流儀がある。暗黙のルールに従い、白い全身タイツの男の到着を待つより他に道はない。

 ようやく地上に到着したミスターPが、両腕を真横に伸ばしてポーズを決める。

「ドデっと参上、ドピュっと解決。人呼んでさすらいのヒーロー!
 快傑パニャーーーーンッ!!」

 だが、さすがの独楽師もあきれ果てた顔で、付き合ってられないとばかりに背を向けた。
 慌てて足立がその後を追う。
 パニャーンがさらにその後を追う。ただ、いかんせん速度が足りない。汗の量なら余裕で勝っていたが。

 当然のことだが、すでに二人の女性警官はその場を立ち去っていた。罪のない母娘も、当の昔にその姿を消していた。

◆ ◆ ◆ ◆

【10月14日[火]15時34分、N市・阿武倉駅北口】
 CGAエンジェル・姫野班の車列が、阿武倉駅前のロータリーへ入った。
 東阿武倉でガツンに被曝した母親とその子どもは、CGA経由の連絡で駆けつけたN市警の警官に委ねた。救急の到着を待たずに姫野たちは出発したが、母親に使用した薬物の種類や分量についてもCGA本部から伝達済みだ。今頃は最寄りの病院で眠っている筈だった。

「電磁場の変動を感知、増大しながら移動中」

 助手席に座る一条夏希が、緊張の滲む声でそう告げる。
 姫野たち一行は東阿武倉でガツンに遭遇した後、さらに2回ガツンに襲われていた。
 そのうちの1回は、車体に施された電磁シールドが効を奏し、車が激しく揺れただけで終わった。その次は車体の揺れだけでは収まらず、SUVの内部にまでガツンが侵入した。だが、すぐに後続のバンに乗る桐野祐子と川嶋桃佳コンビがサイコバリアを張り、大きな被害は出ていない。

 だが、夏希の表情は冴えない。
 少し前に、彼女にもガツンが起きたせいだ。
 エリカ・フォーテルの開発したGEARによって、ヘルメットをコツンと軽く叩かれた程度の衝撃しかなかった。認知の歪みや性欲の昂進など、実際の被害は全くない。
 ただ、自分がガツンにやられたということが、夏希にはショックだった。

 彼女の能力は未来予知、数分先のビジョンを視る力である。
 それが何故か、働かなかった。
 被害が起きないから、ビジョンを視る必要もなかった──。
 理屈ではそう考えることもできる。
 だが、これまで何度もその能力によってガツンの被害を免れてきた夏希にとって、その力が働かなかったことは大きな不安だった。
 他のエンジェルたちの手前、何事もなかったように振る舞ってはいる。
 だが、姫野真琴に対してだけは、不安を隠せない。

「……すみません、うまく予知が働かなくて」

「謝ることはない。特に危険がない状況だから、予知が働かなかっただけでしょ」

「もう少し、自分の意思でコントロールできりゃいいんですけど……」

「なんでもかんでもコントロールすればいいってもんでもないからね」

 そういって真琴は小さく笑う。
 だが、夏希の顔は曇ったままだ。

「……チーフにはかなわないな」

「かなわない、って何が?」

「同じSAPとは言っても、チーフは別格ですよ。なんといっても『ジェニュイン』だし」

「んー、確かにガツンの発生前から『力』はあったけど、特殊能力っていうよりスキルの部分も多いし」

「私なんか、さっきコツンとやられただけで、一瞬だけど、もう駄目だって思っちゃいましたよ。……今はもう平気ですけど」

「ホントにマズそうな時は、すぐにそう言ってよ?」

「はい。でも、チーフこそ平気なんですか? ……あんなに何度もガツンにあって」

「大丈夫……。どうしてもヤバくなりそうだったら、自分で麻酔打つから心配するなって」

 そういって真琴が笑う。
 夏希はそんな彼女を見て、小さくため息をついた。
 エンジェルのチーフに対する尊敬や信頼は変わらない。だが、今彼女の心を大きく占めているのは、自分自身に対する無力感だった。

「チーフがヤバくなるなんて、想像もできないけど。……ただ、あれだけガツンにやられて、よく平気だなあって。……まるで影響がない、わけじゃないんですよね?」

「まあ、無理やり押さえつけようとすると、ちょっとシンドくなることあるけどね。
 ──変な考えや感覚が沸き上がってきても、『あ、あるな』って確認だけして、それ以上注目しない。自分の意思や目的に集中して、それ以外のことは放って置く……。
 そんな感じで何とかなるんだ、私の場合。
 だから、今のところは問題なし。ま、今回は、エリカ女史のGEARもあるし、随分と楽させて貰ってる」

「やっぱかなわないや……」

「何言ってんの。……私には未来を知ることなんてできないし、夏樹の能力がなければ作戦だって立てられないでしょ?」

「……でも私、自分が足ひっぱらないか心配なんです。それに万が一、チーフが麻酔打たなければならないような状態になったら、どうしていいか全然わからないし」

「まあ、その時はその時。……みんなで仲良くガツンになるっていうのもアリじゃない?」

 そう言って声を出して笑う真琴の顔に、焦りや不安は微塵も窺えない。
 夏希もつられて苦笑いを浮かべる。

「それはどうかと思うけど……。でも、ありがとうございます」

 少し気を取り直した様子の夏樹に、真琴が静かに微笑みを返す。
 その時、ヘルメットに内蔵されたインカムを通して、後ろのバンに乗る桐野祐子の声が響いた。

『チーフ、また気の集中が移動してるぞ。ちなみにRNG(乱数発生器)の偏りは32.8%、上下はしているものの、さっきから30%を切らない。どうかしてるな……』

「まったく、こちらが追っているのか、それとも導かれているのか。……どちらにしろ、意図を感じずにはいられないね。……停車するぞ」

『了解』

 一瞬遅れて、桐野が答える。
 真琴は静かにブレーキを踏み、SUVを停めた。
 助手席に座る夏希は何も答えない。
 横目で隣を見た真琴の顔が、突然真剣な表情に変わる。
 一条夏希はシートに身体を預けたまま顔を天上に向けている。
 固く閉ざされた瞼の奥で、激しく眼球が動いていた。

 姫野真琴の声がした。

『大丈夫か?』

 彼女の唇がそう動く。
 ほとんどノーメイクだが、唇にはリップを使っているようで、ぬめっと光沢を放っている。
 何故か、そのことがひどく気になって仕方なかった。

「ち、チーフ……」

 掠れた声で囁くのは自分の声……。

 ──ああ、これは夢だ。
 ビジョンが始まっていることに気づく。

 ガツンっ!

 頭の後ろに激しい衝撃を感じた。

 ──違う! これは夢だ!
 念じるようにそう思った。

 気がつくと、SUVの助手席のシートが倒されていた。
 そこに横たわっているのは、自分だった。
 場面が変っていることに気付いた。
 助手席にいる自分の姿が見える。まるで幽体離脱でもしているみたいに、上から眺めている。
 自分自身を外から見るビジョンは初めてのことだった。

 シートに座る夏希は、左右の腕を開き、力なく横たわっている。どうやら、意識を失っているようだった。
 なぜかヘルメットはつけていない。

『夏希……』

 いたわるように真琴がそう呼びかけている。
 彼女もまた、ヘルメットをしていなかった。
 真琴が身を乗り出し、顔を近づける。
 二人の顔が重なり、小さく湿った音がした。

 ──え? 何?
 一瞬、何が起きたのかわからなかった。
 ただ、胸がドキドキして、顔が熱い。
 真琴はすぐに身体を起こし、後ろのバンに指示を飛ばす。

『一条が被曝した。眠らせたのでもうビジョンはない。警戒を怠るな!』

『……ああっっ、わ、私もっ、ガツンですっ』

 甘いあえぎ声が響いた。
 次の瞬間、目の前に桃佳の姿が見えた。
 バンの中だ。
 彼女はシートに深く身体を預け、足をつっぱっている。
 両手は身体の左右で、シートの端をきつく握りしめていた。

『あぅぅぅっっ』

 大きく反らされた白い咽喉から、絞り出すような喘ぎが漏れる。
 腰や胸を上下させながら身悶える姿は、目に見えない何かに犯されているかのようだ。

『桃佳っ!』

 桐野祐子の悲痛な声が聞こえた。

 グわぁぁぁぁぁんっ!

 バンが左右に激しく揺れる。
 そして次の瞬間、大きな打撃音が響いた。

 ガツンっ!

 ベルトできっちりと固定されていた筈の桃佳のヘルメットが、横にずれていた。

 ──錯覚だろうか?

 ガツンは人がそう感じるだけで、現実に衝撃を受けるわけではない。
 しかもエンジェルたちが装着しているのは、CGA技術班が総力を結集して開発したGEAR内蔵の特殊ヘルメットである。ガツンによって損傷するなど、あり得ないことだった。
 だが、桃佳のヘルメットの後ろ側には、どう見ても打撃によって生じた傷にしか見えない細い筋が刻まれていた。

『大丈夫か?』

 そう尋ねられた。
 いつの間にか、真琴の顔が目の前にある。

 ──ああ、目が覚めた。

 そう思った。
 だが、何かが変だ。
 違和感の原因はすぐにわかった。真琴がヘルメットをしていない。
 それは夏希も同じだった。
 真琴が、心配そうに顔を近づけてくる。
 心臓の鼓動が苦しいくらいに速くなっているのがわかる。

 ぴしっ。ぴしっ。ぴしっ。
 何かが割けるような音がした。

『夏希っ!』

 真琴が小さく叫ぶ。
 切ない気持ちが沸き起こり、それから気付いた。
 こんなのは普通じゃない。だから、やっぱりこれも夢だ。
 だが、夢だと思った途端、自分を律するのが馬鹿馬鹿しくなった。

『ごめんなさい……。ガツン、です』

 そう言って夏希は身を起こし、真琴の首に両手をからませる。

 ──ヘルメットを脱いでいる彼女が悪いのだ。
 そう思った。

 相手の唇に自分のそれを重ねる。
 だが、すぐに押しのけられた。

『しっかりしろっ』

 拒まれたことが、酷く哀しかった。
 ──これは夢だ。夢なんだ。
 明晰夢だ。未来のビジョンを視ていることも、ちゃんと自覚している。

 ぴしっ。
 まただ。また、小さく何かが鳴る。

『チーフは、……私が嫌い、ですか?』

 気がつくと泣いていた。
 目からぽろぽろと涙がこぼれる。

『夏希っ!』

 再び、場面が変っていた。
 真琴の手が、麻酔器を掴んでいる。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ──。
 その手を掴んだ。

 姫野真琴の能力は強力な意志の力による肉体や精神の制御だ。
 自分の意思で体温を上げたり、筋力を限界まで高めたり、呼吸や心臓の鼓動まで抑えることができるという。
 元々の能力に加え、バイオフィードバックや自己催眠などの技法も習得している。そのため、信じられない瞬発力を生み出すことができるし、ヨガの行者のように火傷せずに焼けた石の上を歩いたりもできる。
 どれだけガツンに被曝しても、理性を保ったまま行動できるというその能力の一端は、夏希も実際に見て知っていた。

 だが、今回の任務で、真琴は何度もガツンに被曝している。
 GEARの保護はあるとはいえ、あれだけ繰り返しガツンを受けて、何の影響もない筈がない。
 夏希はその考えに、妖しい期待が膨らむのを感じた。

 未来は変えなければならない。予知能力のある彼女には、それが可能だ。
 ──今を逃したら、もう二度とチャンスはない。
 そんな気がした。

『チーフ、今だけ……、一回だけ、キスしてください。そうしたら、大人しく眠ります』

 心臓がバクバクいっているのがわかった。
 夏希の右手に真琴が手を重ねてきた。すぐそばに顔がある。
 目に優しい笑みが浮かんでいた。
 それが最後にみた真琴の表情だ。夏希は静かに目を閉じていた。

 ──チーフっっ!

 声を出せぬまま、夏希は喘いだ。
 顔が熱い。頭が熱い。全身が熱にうかされているみたいだ。
 首筋に小さな痛みを感じたが、それすら快感だった。

 あ……。
 そっと唇が重ねられた。
 それだけで、全身の力が抜けるような快感が走った。
 ジュクっと、身体の奥が潤むのがわかった。

「夏希……」

 真琴に名前を呼ばれた。
 意識が薄れていく。
 麻酔が効き始めたらしい。即効性の薬効がちょっと恨めしかった。
 ほぼ同時に身体が揺すられていることに気付いた。
 夢が終わりを告げていた──。

「大丈夫か?」

 真琴の唇が目に飛び込んできた。
 潤いを感じさせる光を反射し、妙に艶めかしく動いている。
 それだけで夏希は、自分の心臓が高鳴るのを感じた。

「ち、チーフ……」

 掠れた声で答え、デジャヴに気付く。
 両手で自分の顔に触れようとし、シールドに阻まれた。

 ──大丈夫、ヘルメットはかぶっている。

 先程見た夢は、まだ十分変更可能な未来だ。逆に言えば、『予知によって変更された現在』に夏希は存在している。
 ただ、今までのビジョンとは明らかに違っていた。複数の枝分かれした未来が、折り重なり絡まりあうように存在しているように思える。

「報告を」

「あ、はい……」

 何をどう言っていいのか迷った。
 確かにガツンが来る、それは間違いない。間違いないのだが……。

「桃佳が被曝します。桐野さんはわかりません……」

 チーフは平気です、と言いかけて、夏希はまた言葉を呑み込む。
 ビジョンでは、真琴はきびきびと指示を出していた。
 それはつまり、ガツンの影響を受けなかった証拠だ。たとえ被曝していたとしても、彼女の特殊能力がガツンの影響を排除した筈だった。

 ──でも、だったら、あれは何だったんだろう?

 麻酔で眠らされる直前、彼女が顔を重ねてくるシーンを思い出す。それだけで身体の奥に得体の知れない衝動が込み上げてくる。
 夏希にとって真琴は、頼りになるチーフであり、信頼できる先輩だ。だが、それだけだった筈なのに……。

「どうした? 何を視た?」

「……私が、ガツンになります」

 そう答えた途端、かぁっと顔が熱くなった。
 隣に座る真琴に、キスして欲しかった。優しく、あるいは強引に……。
 どこかで、小さく何かが割かれるような音がした。

 ぴしっ。
 夏希はその音に聞き覚えがあった。

『RNGの偏り、72.6%! 恐らく、すぐに来ますっ!』

 インカムを通して桐野祐子の声が響いた。
 ──そして、ほぼ同時に車体が揺れた。

 グわぁぁぁぁぁんっ!

 下から突き上げられるような衝撃に、一瞬身体が浮く。

「一条、ビジョンの説明を!」

 真琴の細い指先が、ダッシュボードのコントロールパネルを操作している。
 白くて、美しい指だった。
 その指に、触れたい。指と指を絡めたい。──そして甘いキスをする。
 何かが変だった。
 彼女が視たのは未来に起こる出来事だ。いや、夏希にとっては回避可能な、避けるべきガツンの筈だった。
 今まさに、夏希がビジョンを視て、さらに真琴に伝えた。そのことで、すでに未来へ続く経過は変更されている筈だ。

 だが、ビジョンで感じた欲求が、身体に熱く残っている。
 体験が単なる記憶ではなく、はっきりとした欲求と、さらには身体的な反応として残っていた。

 川島桃佳から緊迫した報告が来る。

『まもなく第2波、来ますっ!』

「桃佳、気をつけてっ!」

 嫌な予感に、夏希は思わず叫んでいた。
 そして、妙に軽い音が車内に響いた。

 カーン!

 真琴のヘルメットから小さな打撃音が聞こえた。
 だが、彼女は平然とパネルの操作を続けている。

『川嶋です。被曝しましたが、GEARとサイコバリアにより衝撃は軽微、問題ありません。……一条さん、ありがとうございます。すぐに自分のまわりにバリアを展開したおかげで無事です』

『こちら桐野、私も軽微な被曝、許容範囲内。……但し、右前方にさらに大きな気配が集中しつつある。指示を!』

「SORAのデータを確認しつつ移動。ロータリーを回って退避。……次の予測地点に民間人はいるか?」

『少なくとも外には誰もいません』

「よし、すぐに移動開始。……一条、外を見ろ。風景に見覚えは? 会話に覚えはないか?」

 桐野祐子の報告を受けながら、真琴はすでにSUVを発進させていた。
 とりあえず桃佳への激しいダメージは回避できた。
 そのことに夏希は微かな安堵を覚えながら、バックミラーで後ろのバンが続いていることを確認する。
 ただ、この先は何がどうなるかわからない──。

「すみません、場所も時刻も特定できません。ビジョンが混乱していて……」

 泣き出しそうな声で、夏希がそう言った。
 自分のこと、真琴のこと──。詳しい内容について、どうしても言葉にできない。
 真琴は一瞬穏やかな表情で小さく頷き、すぐにまた厳しい顔つきに戻って指示を出す。

「一条、電磁シールドの調整とRNGの確認頼む」

 だが、夏希がコンパネに手を伸ばした時、新たな衝撃が襲った。

 ぐわぁあああんっ!

 横殴りに打ちつけられる衝撃で、SUVの車体が大きく左に傾いだ。
 流された後部タイヤが悲鳴にも似た甲高い音をたて、空回りしながら擦れる。
 だが、真琴はブレーキをかけることなく、逆に思いきりアクセルを踏み込んだ。
 ぎゅるるっと音をたてて速度が上がり、スピンすることなくSUVが態勢を立て直す。
 エンジェルたちの車列は、駅前ロータリーを抜け出そうとしていた。
 その時、再び夏希のヘルメットが硬質の音をたてた。

 カーンっ!

「あっ」

「大丈夫か?」

 助手席の夏希を横目で見ながら、真琴が右手だけでハンドルを切る。
 左手は何故かヘルメットのベルトを外そうとしている。
 そのことに気付き、夏希が小さく叫んだ。

「チーフ、何をっ!」

「ヘルメットがなければ、私が襲われる筈。どうやら私たち、ピンポイントで狙われているみたいだからね」

「駄目っ。ビジョンでは、……チーフも私もヘルメットをしていませんでした!」

「だったら一条は絶対にヘルメットを外すなよ?」

 そう答える真琴の顔には、悪戯を思いついたような笑みが浮かんでいる。
 片手でヘルメットを脱ぎ、隣の夏希に差し出す。
 一瞬、指先が触れ合った。
 それだけで、身体の内側からぞくぞくするような興奮が沸き起こる。
 夏希は慌てて左右に頭を振り、その感覚を振り払おうとした。

 ──大丈夫、まだ我慢できる。

 微力であってもみんなの役にたちたい──。エンジェルに起用されて以来、夏希はずっとそう思ってきた。
 たとえそれがかなわなくとも、せめて真琴の足を引っぱるような真似だけはしたくない。
 現在起きることは変更された。だが、その改変された現在からどの分岐を辿っても、やはり似た結末が待っているとしたら?
 ……たとえそうであっても、最後の最後まで麻酔を使うのは避けたかった。

 しかし──。
 多分、たとえGEARで保護された状態であっても、もう1回ガツンに遭えば、自分はおかしくなる。……おかしくなって、あのビジョンの通りになる。
 そうだ、自分から迫ってはダメだ。拒否される。だから、麻酔は受け容れるしかない。ただその前に一言、キスをねだる。……それでいい。

 ──自分は何を考えている?

 ぴしっ。ぴしっ。ぴしっ。
 立て続けに、乾いた木が割けるような音が鳴った。
 ぞくっと、妖しい熱情が高まるのがわかった。

 ──駄目、駄目、駄目っ!
 心の中で悲痛な叫びを上げながら、横目で姫野真琴のクールな美貌を盗み見る。
 顔が熱い。
 身体が熱い。
 心が熱い。
 そして、すぐにそれがやってきた。

 ガツンッ!

 後頭部をしたたかに殴打されたような衝撃が走った。
 前のめりにダッシュボードへ頭を打ち付けた夏希は、そのままの姿勢で顎に回されたベルトを緩め、ヘルメットを脱ぎ捨てていた。

「夏希っ!」

「ごめんなさい……。ガツン、です」

 夢で言った同じセリフを口にして、しかし今度はそれが現実であることを夏希はよくわかっていた。
 心の底から沸き起こる熱情、──それはビジョンでは味わうことのなかったさらなる興奮と、そして大いなる歓喜に彩られていた。

◆ ◆ ◆ ◆

【10月14日[火]15時57分、U県W市蔵田山】
 白いパジェロのサイドウインドウを下げ、男がメビウス・スーパーライトに火をつける。
 結婚してすぐに禁煙した。再びタバコを吸い出したのは、離婚届に判を押した直後のことだ。
 小池博文、──不倫が原因で妻と離婚し、その直後にリストラされ、再就職した会社も3ヶ月前に倒産。今は失業者である。

 停めた車のすぐ向こう側、少し傾斜を昇れば、その先は坂道を下るのみとなったところで、行く手を阻まれていた。
 木々の間を縫うように太い金属製の杭が地面に打ち込まれ、3~4メートル間隔で斜面に沿って並んでいる。高さは2メートルほど、杭と杭の間を繋いでいるのは、簡単には切れそうにない極太の有刺鉄線だ。さすがに電流は流れていないだろうが、そう簡単には通り抜けられそうにない。
 山道はもちろんのこと、恐らくこの山全体がN市の手前で封鎖されているのだろう。付近に警官の姿はないが、たとえここを突破しても、その先のN市側にはまた別の障害があるかもしれない。

 煙草をくゆらせ、小さく溜め息をつく。
 西新橋の定食屋でガツンのニュースを見た後、車を借りて高速に乗り、何かに突き動かされるようにここまできた。
 N市に入って、何をどうするというような考えがあるわけではない。
 八方塞がりの人生の、何かが変わるチャンスがあるようにも思えなかった。
 ただ、自分の人生を大きく変えたのはガツンであるという思いが、胸の中から消えようとしない。

 なぜか2週間ほど前、元妻の和枝から荷物が届いた。
 恐らく、彼女の荷物の中に混じっていたのだろう。古い本とCD、それにもう何年も着ていない服が数枚入っていた。
 そんなものをわざわざ送ってくることに、何かメッセージが込められているように感じた。
 だが、そういった言語化されないメッセージの意味を考えることを、随分前から博文はしなくなっている。

 人づてに、元妻が新興宗教にはまっているらしいことを聞いた。
 彼が知る限り、和枝はそんなことに興味を持つ女ではない。
 博文自身、新興宗教に入る者の気持ちなど全く理解不能だったし、その話を聞いて何とも言えぬ嫌な気分になった。
 だが今の彼には、かつて自分が共に暮らした妻のことを、何も知らずにいたのだという思いの方が強い。
 少なくとも今の自分よりは、夢中になれるものがあるだけマシにも思える。

 博文は、大きく息を吐き出す。
 車の窓から静かな森の中へ、タバコの白い煙がひろがっていく。

 ──もう一度、ガツンに遭う。
 それで何がどう変わるのかはわからない。
 ただ、テレビで見たお天気キャスター=原田若菜の痴態に、血が騒いだのは確かだ。
 久しぶりに感じた衝動だった。
 以前ガツンに遭い町中で乱交を楽しんだ時、同僚の今川と共に喫茶店でウエイトレスの久美子とことに及んだ時、──能天気でただただヤル気だけはたっぷりあったあの頃の感覚が、微かに戻ってきた気がした。
 ガツンには一切後遺症がないというのが一般的な見解だ。

 だが、体験すると何かが決定的に変わる。
 そう博文は考えている。
 どっぷりと浸かってしまったら、元には戻れない。たとえ身体や精神に影響はなくとも、人生そのものが変わってしまう。
 ──ここまで変わってしまうのは、自分くらいなのかもしれないが。
 唇の端に苦笑を浮かべ、博文はまた大きく煙を吐き出す。
 その煙の流れていく向こうは、N市だ。

 ──とにかくここまで来たのだ。もう行くしかない。
 そう思った。

 その時、ききぃっと、小さな動物の鳴き声のような音が聞こえてきた。
 窓から顔を出し、後ろを振り返った。
 曲がりくねった斜面を、一台の自転車が近づいてくる。
 やってきたのは、先程出会った少年だった。

「あの、さっきは、……ありがとうございました」

 パジェロの右脇に自転車を停めて、少年が頭を下げる。
 男は車から顔だけ出して、微笑んで小さく頷いた。

「面倒な団体さんが来てくれたおかげで、こっちは助かったな」

「聞きましたか? あの音……」

「ん? 何の音?」

 男はいぶかしげな表情になる。
 少年はここへ来る途中で耳にした発砲音のことを話した。
 男は真顔になり、しばらく黙って少年の話を聞いていたが、やがてぼそっとつぶやいた。

「ったく、何もかもデタラメだなあ」

 無精ヒゲがのびた男の顔は、40代後半だろうか? 蓄積された疲労が滲んでいるように見えた。
 灰色の背広を着ているが、ネクタイはしていない。
 少年の目には、その冴えない風貌と、光沢を放つ白いパジェロがどうにもそぐわないものに映っていた。
 少年が黙っていると、男は小さく笑った。

「あ、俺は小池博文、現在無職」

「田所周一です……」

 ぼそっと名前だけを告げる。
 だがそれ以上何も言わず、ただ怪訝な表情を浮かべていたせいか、聞かれもせずに博文が話し出す。

「なんていうかね、……俺はガツン経験者なんだよ」

「そうなんですか」

「えっと、田所君は? ガツンに遭ったことあるの?」

「僕は、……その、見たことはあります」

「ビックリしただろ?」

「あ、はい、……まあ」

「俺はね、人生がらっと変わった」

「そうなんですか」

「変わったっていっても、もちろん悪い方に、だけどね。
 その時はすっごく楽しかったし、しばらくは良かったんだけど。でも結局、夢みたいなもんだったなあ……。だからさ、なんとか、もう一度変えたいと思ってさ」

 そう言われても、周一には何と答えていいかわからない。
 黙って小さく頷くのが精一杯だ。
 しばらく沈黙が流れた後、再び博文が話す。

「君もN市へ行くんだろ?」

「……はい。そのつもりで、ここまで来ました。行けるかどうかわからないけど」

「君もガツンに遭いたいの?」

「いえ、……そういう訳では」

「じゃあ、誰か、いるの? ……N市に」

「え、……ええ、まあ」

 周一は言葉を濁し目を逸らす。
 博文は口の端にどこか下品にも見える薄笑いを浮かべていた。

「女?」

「……そう、ですけど」

「お、いいなあ。好きな女と会うために非常線突破って、……カッコいいね」

「そんなんじゃないです」

「誰かのためにしたいことがあるってのは、悪くないと思うけどな?」

「いえ、僕は……」

「ああ、すまん。別に無理に聞き出したいわけじゃないんだ。……ほら、自転車乗せなよ。後ろ開けるからさ」

「え?」

 少年は驚いた顔で、男の目をじっと見つめる。
 男は小さく微笑み、親指だけ立てた拳を振って、車の後ろへ回るように指示した。

「こんな車、町の中じゃああまり意味ないし、乗ったことなかったんだけどさ。
 実は前から一度、こういう無茶な場所、乗り回してみたかったんだよな」

 カタ、と小さな音がして、バックドアのロックが解除された。
 博文は車を降り、周一を急かせる。

「ほら、早く」

「でも……」

「あの柵どうやって乗り越える? この車なら無理やり押し通れそうだろ?
 いや、俺だってこんなこと初めてだけどさ。……ちょっと映画みたいじゃないか? ついさっきまで見ず知らずの他人だった俺とキミが出会って行動を共にする、っていうのも悪くない。たまたま目的地が一緒だったってだけの理由でさ。
 ……確かに普通じゃあり得ないかもしれないけど、これが映画なら、そういう展開だってアリだろ?」

「はあ、じゃあ、すみません。……お願いします」

 ぼそっとそう答えて頭を下げる周一に、博文は小さく頷く。
 木々の間を抜けて林の中に差し込む光は、いつのまにか柔らかな橙(だいだい)色に変わっていた。

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<CM前アイキャッチ>
<CM挿入>
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< 「N市の遊園地」《Bパート》へ続く >

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