重なる二色、対なる一色 ~序章 前編~

 今日もまた始まった。

「今日もちゃんと持ってきたきた」

「やっぱり『人形』は命令に従うのよ」

「人間以下の人形を従えるのなんて、簡単ですね」

「おい『人形』、何か言うことはないのか?」

「…」

 私は何も言わない。何も言うべきではない。

「もう一度言うわ。何か言うことはない?」

「…」

「何回聞いても何も言わないみたいだし、自由にすれば?」

「そうですよ。『サンドバッグ』ってものもあるみたいですし」

「まあ何でもいいんだけど。何かイライラするし、殴らせてもらうけどね」

 そう言って、『彼女たち』は私を殴る。私はただ何もせずに待つ。嵐が過ぎ去るのを待つかのように。

 彼女たちは帰って行った。ここは『彼女たち』の溜まり場、学校の屋上。まだ肌寒い二月。今は昼休み。私は寝転がったまま、動けない。

 何時間経ったのだろうか。学校ももうとっくに終わっている。部活動を終えた者が帰ろうとしている。私は全身痛い身体を無理矢理起こして、家に帰ることにした。

 私は独りだ。

 生まれた頃から私は母を知らない。居るのかも分からない。父は居た。私のことを何も見てくれなかった。一人でなくとも、独りだった。

 半年前、父が死んだ。死因は不明だが、警察には自殺と判断された。周囲に誰もいなかったからだろう。

 今は助成金と親戚からの支えをもらいつつ、一人用の部屋で暮らしている。

 学校は転校した。家族が居ない事実を、あまり他人に知られたくなかったから。今の学校では、『彼女たち』にいじめられている。『彼女たち』とは、私と同じ一年の、ガキ大将気質で上級生からも恐れられている植山、成績優秀で計算高い仲野、そして上級生との会話にも動じず、先生とも仲良くしている霜川の三人である。私が『人形』と呼ばれているのは、普段から無口で、顔に感情を露にしないからだろう。主ないじめの内容としては、物を盗まれたり、金銭を要求したり、機嫌を損ねたときは先程のように殴られたりする日もある。

 今の学校が楽しいかそうでないか、と聞かれれば、分からないと答えるだろう。前の学校でも、友達と呼べるような人も居なかったし、今の学校にも居ない。正直、大差はないと思っている。

「ちょっと『人形』、突然だけど、来月の生徒会長選挙に出なさい」

 別の日、突然、家の前に待ち伏せされていた『彼女たち』に言われた。

「どうせ出ても負けると思うけど」

「戦う前から負けているってやつですね。『不戦敗』って言うんでしたよね?」

 今通っている学校では、三月に生徒会長選挙がある。新年度での切り替えに合わせるためにこの時期に選挙を行うらしい。あまり規模も大きくなく、立候補者も数人である。しかし、勿論出ている人たちは皆本気なので、勝てるわけもない。そこで大敗を期して、皆の笑われものにしようと『彼女たち』は思っているらしい。

「いい? 出なきゃ殺す」

「殺す宣言はやばいよ」

「まだまだ遊び足りてないので、『人形』さんには死んでほしくないのですが」

「さん付けしなくていい、霜川」

「…」

『彼女たち』は口々に言う。私は何も言わない。それが肯定の合図だと思ったのか、『彼女たち』も今日はそれ以上何もせず帰って行った。

「ただいま」

「お帰り、お姉ちゃん」

 誰も居ない部屋に今日も響く、はずだった。今日は『妹』が居るようだ。

 私の『妹』、内野真知子は、私より一つ下の女の子である。私のような無口さはなく、快活で友人との会話も惜しまない。言わば、私とは正反対の世界の住人である。家も元々は隣同士で、父親が構ってくれないときの遊び相手になってくれたり、父親が死んでから、家に住まないかと誘ってくれたりしてくれた。今も、私が何かあったときのために予備の鍵を持ってくれている。因みに、実際に姉妹ではなく従姉妹で、家が隣同士だったときに勝手に『お姉ちゃん』呼ばわりされた名残である。

「今日は、お姉ちゃんに大事な話があって来ました」

「大事な話って?」

「今年、私も受験生で、一通り受験も終わったんだけど、この度、お姉ちゃんが通う高校に一緒に通うことになりました」

「よかったじゃん。おめでとうございます」

「いやいやそんな、照れるね…」

「勝手に照れられても困る」

 このように冷たいことを言っているが、祝いたい気持ちは本当である。

「あ、そっか。と言うわけで、突然だけど、来月からここに住まわせてくれない?」

「突然すぎてすぐにOKできない」

「もちろんそういうことは承知で早めに来たのもある。けど、もう一つ用があって」

「まだ頼み事があるの?」

「頼み事というか、お願いと言うか…」

「何かあるならはっきり言って」

「あのね、この前おじさんの家に掃除しに行ったんだけど」

 元々父と住んでいた家は、真知子の家の人に任せてある。掃除や遺品の整理など、申し訳ないくらいに任せてもらっている。

「そのときに見つけたレポートを読んでほしくて」

「いいけど…」

 そう言って、真知子は一枚の紙を私に見せた。

意識及び無意識の状態での精神掌握能力について No.01

「読んでどう思った? この【能力】、使いたくない?」

 私が一通り読み終わったのを察してか、急に聞いてきた。

「でも、こんなのやったら犯罪になるからよくないと思う」

「私は、たとえ犯罪だったにしても、おじさんにはもう会えないし、せっかくおじさんがくれた能力なんだから、少しは使うべきだと思う」

「そういうもの?」

「私は、持ってるものは使うべきだと思うだけ。使わなくても生きられるけど、使ってもいいとは思う」

 正直、私は使うのはよくないんじゃないかと思っている。そういうことは犯罪だと思うから。

「それにさ」

 真知子が私の目を見て、泣きそうになっている。

「いじめられているんでしょ」

「そんなこと、ないよ」

「嘘。絶対嘘」

 真知子は泣きそうになっている。

「じゃあどうしてゴミ箱に大量の絆創膏があるの? どうして? どうして、さっき誰かに『人形』って呼ばれてたの? 私には、分からない。他に何か理由があるの? 教えて」

「それは…」

 どうやら『妹』には全てお見通しのようだ。

「うん。まあ」

 私はありのままを話した。

「そっか」

 真知子は私の言い終わるのを待ってか、それだけを言った。

「お姉ちゃんは、このままでいいと思ってるの?」

「分からない。でも、痛いときは痛いし、辛いときは辛い」

「そこまで言えれば少しはましかも。人間って、言えないときは何も言えなくなるから。自分で溜め込んで、自爆するの。まあ、その最悪の事態はもう回避できそうだけど」

「ありがとう…?」

「今はお礼はいらない。私はお姉ちゃんが望まないことでも、お姉ちゃんのためなら何でもするから」

「ちょっと、重い」

「そうかもね…。でさ、一番今思うことは」

 ここまで来ればなんとなく分かる。

「お姉ちゃんは、どうしたいの? このまま、卒業するまで、あの人たちの言いなり?」

「言い方…」

「でも、実際そうみたいだよ?」

「…」

 何も言い返せない。

「私は、お姉ちゃんが望むようにする。見ぬふりをしてほしいならそうするし、改善したいと思うなら手伝う。だから、お姉ちゃんはどうしたい?」

「現状を、変えたい」

「どう変えたい?」

「…分からない」

 本当に分からなかった。今のように痛いのはもう嫌だ。でも、何をどうすればいいのか、自分が何を思ってるのか、分からない。

「じゃあ、今日はここまでにあいよっか。お姉ちゃん、疲れてそうだし、私も眠いし。だからね、お姉ちゃん♡」

 突然、真知子が私に抱きついてきた。

「久しぶりにギューすると、何か落ち着くね」

「自分から抱きついてきて何言ってるの…」

「『お姉ちゃんも、落ち着く』でしょ?」

「確かに、少し落ち着いたかも…」

「何か、色々話してたらから、眠くならない?」

「…たしかに…ねむ…い…」

「…【おやすみなさい】、お姉ちゃん」

 それから先のことは、何も覚えていない。

「…ちゃん。お姉ちゃん」

「…ん」

「寝起きのお姉ちゃんかわいい」

「…気持ち悪い」

「そう?」

「ああ、いや、ごめん。今のなし」

「別に正直でいいのに。おはよう、お姉ちゃん」

「おはよう。ごめん、今何時?」

「ええと、朝の五時」

「ああうん五時…って五時!?」

「うん、そうだけど?」

「お風呂は?」

「入ってない」

「というか、まず無断で外泊じゃないの?」

「ううん、お姉ちゃんが寝てる間にお母さんに電話した。喜んでたよ、二人でパジャマパーティーだって」

 ごめんなさいお母さん、私は娘さんのハグに甘えてただけです。

「それならいいけど…。もう学校じゃない」

「帰ってから準備して行くってお母さんに言ってある。遅刻するかもって言うのも」

「それで遅刻っていいの?」

「最近真知子と一緒に遊べてないから、思いっきり遊んできてもいいって。休んでもいいくらいだって」

 さすがお母さん。懐が広すぎる。

「で、学校はどうするの?」

「お姉ちゃんは、どうする? お姉ちゃんがいないのに家にお邪魔するのも申し訳ないから、そのときは帰ろうかと思うけど」

「私は、学校に行こうかな。変に学校休むとまたバカにされるし」

「じゃあ、またここに来てもいい?」

「もちろん、いつでも。ただ『彼女たち』には、ね…」

「大丈夫だって。それじゃあ、そろそろお暇ということで」

「それじゃ、また」

 真知子はそう言って帰って行った。真知子は本当に強いと思う。でも、その強さも、確かに父が言う通り、少し不安なのも確かなのだと、独りになった家でそう思うのだった。

5件のコメント

  1. 月さん、はじめましてでよ。
    みゃふと名乗っている四色猫でぅ。

    重なる二色、対なる一色早速読ませていただきましたでよ。
    まだ序盤というかほぼ何も始まっていないので何とも言えないところなんでぅけど、能力者にも普通に能力が通じてちょっとにやにやしてしまいましたでよ。
    この時点で真知子ちゃんに能力を使う事に対しての忌避感をなくされてたりしてw

    『彼女たち』をどういうふうに操っていくのか楽しみにしていますでよ~

  2. コメントありがとうございます。
    色々考えながら書いていったら文量がすごくなってしまったので、序章すら分けてしまうきとになりました…。
    これからかなり長期間にわたって投稿していこうと思っておりますので、長い目で見ていただけたら幸いです。

  3. 読みましたー。

    さて、科学者による能力植え付けものなのでしょうか。
    今のところ情報が少ないですが、どんな能力かの詳細と、その能力をどう使って、いじめっ子たちにどんな風に仕返しするかが肝ですね。
    生徒会選挙が近いという情報からすると、恐らくそれを絡めて色々とやるんじゃないかなーとは思いますが。
    にしても、会話のテンポが独特ですね。
    さて、続きも楽しみにしています。

  4. ありがとうございます。
    色々言いたいことがありすぎて、内容が薄く広くなってしまってますね…。
    目標は二週間に一コマを目指してますので、少しずつになりますが読んでもらえると嬉しいです。

  5. いじめの描写にリアリティーがあって(言葉でネチネチ来る感じが)なかなか良かったです。
    これは仕返ししてもいいだろって感じになりますね。

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