重なる二色、対なる一色 ~序章 後編~

 ハグされてから数日、生徒会長選挙の前日、また真知子が家に来ていた。

「お久しぶり。お邪魔してます」

「鍵持ってもらってるし、勝手に入られるのは別にいいんだけど…」

「今日は、料理下手なお姉ちゃんのために、料理を作りに来たのです」

「…ありがとう」

 こういうところは本当に優しいと思う。

「何かリクエストはある?」

「ううん、何でもいい」

「じゃあ、何か適当に作るね」

 この瞬間だけは、家の台所が輝いていた。

「さて、これからの話なんだけど」

 真知子が作ってくれた麻婆豆腐を食べていると、突然真知子が口を開いた。

「これからの話?」

「うん、お姉ちゃんの話。あと、私の話も」

 やはりいじめのことだろうか。

「お姉ちゃんは、結局どうしたいの? この前は『現状を変えたい』って言ってたけど、具体的には、誰に何をしたいの?」

「…やっぱり、分からない」

 真知子が深々とため息をついた。

「お姉ちゃんらしいと思うよ、その返事。でも、今はそういうのじゃなくて、もっと細かく、必要な情報が欲しいの」

「そう言われても…」

「仕方ない。ちょっと強引だけど」

「え、ちょっと、何?」

 真知子がまた私の前に寄って来る。

「【眠って】」

 そう言われた瞬間、私は…。

「お姉ちゃん、聞こえてる?」

『うん、聞こえてる』

 あれ、今、『聞こえてる』って言ったはずなのに、自分の耳は何も感じない。

「ごめん、お姉ちゃんに眠ってから、少しだけ、身体をいじらせてもらいました」

『それってまさか、【能力】使って?』

「まあ、さすがに気付いてるとは思うけど、【能力】を使って、お姉ちゃんにこんなことしました。ごめんなさい」

『別にいいけど。真知子がだから変なことしないだろうし、多分』

 残念ながら私の思いは真知子には届いていないらしい。テレパシーは【能力】になかったから最もなのだけど。

「まあ、こんな風にしたのにもちゃんと目的があるわけで」

『まあ大体察しはついてるけど』

「お姉ちゃんがさっきみたいに中途半端な返事をするから、いっそお姉ちゃんの深層意識に聞いてみようかというわけ。一応私だけだったら証拠もないから、お姉ちゃんの意識も残してある」

 確かに、言いたいことも分かるし筋も通っている。でも、それで本当にいいのだろうか。

「【今から、お姉ちゃんの深層意識に問います。『はい』か『いいえ』で答えられる質問なので、『はい』か『いいえ』で答えてください。本当は、普通のお姉ちゃんに聞きたかったけど、曖昧な返事しかしないので、深層意識に聞きます。答えるときは、周りがどうこうとか、面倒だとかそういうことは関係なく、本当に自分がどうしたいのか、答えてください】」

『分かった』

「分かった」

『でも、こんなので大丈夫なのかな…』

 そもそも【能力】が本当に実在してるのかも怪しいし、完璧な証拠もない。こうやって実感すれば、真知子の【能力】への自信になるし、私の【能力】の存在を信じさせることができる。そういう意図もあるのかもしれない。

「それではいきます。今、お姉ちゃんは幸せですか」

『幸せとは言えなくても、不幸ではないと思う』

「いいえ」

 最初の質問は、いきなり核心に近付くようなものだったけど、おおよそ合っているようだ。

「次。今、お姉ちゃんは『彼女たち』と呼んでる人が憎いですか」

『そこまで憎んでないと思う』

「はい」

 これも大体合ってる。まあ、今私が思ったような返事したら、また怒られるのだろうけど。

「それじゃあ、最後。今、お姉ちゃんは、『彼女たち』に対して『復讐』をしたいと思いますか」

 ここで一番聞きたかったことを聞いてきた。自分の返事は『分からない』し、何も思わないでおく。

「…はい」

 少し遅れながらも、私は『はい』と言っていた。

「『はい』か…。まあ、深層意識に聞いて正解だったかも。このままお姉ちゃんが変に我慢して、何かあったら、何かあってからじゃ遅いしね…」

 そうか…。私も、どうやら『彼女たち』への『復讐』を望んでいたようだ。ほっとしたような、怖いような、そんな気持ちになっている。

「それじゃあ、続き。【ここからは、『はい』か『いいえ』だけではなく、色んな風に質問をしていきます。その都度適当な返事をしてください】」

『分かった』

 深層意識というのは意識のある私とは関係ないけれど、つい返事をしてしまった。

「それでは、まず。誰に『復讐』がしたいですか」

「…みんな」

『え…』

 思わず声が漏れた。と言っても、実際に声は出ていないけど。みんなって、全員!?

「具体的に、言えるだけでいいので言ってくれますか」

「はい。いじめていた『彼女たち』、それを見ている人たち、何も知らないふりをしている学校の先生、それ以外にも学校の人、私をこんな風にした父…」

 結構いるな…。深層意識の方では、相当疲れていたのだろうか?

「ちなみに、私は『復讐』の対象に含まれていますか」

『そんなわけない』

「いいえ」

 さすがにここは合ってもらわないと、真知子が悲しむから、合ってて良かった。

「じゃあ、お姉ちゃんは、みんなにどんな風に『復讐』がしたいですか」

「…みんなを弄びたい」

 弄ぶってほぼいじめると同じ意味だよね…。

「でも」

 まだ続きがあるのだろうか。

「学校ごと弄びたい」

 学校ごと!? まあ、『復讐』の対象自体が学校の全員だから、そうなるのも分かるけど。

「それじゃあ、最後の質問。『復讐』は、お姉ちゃん一人でしたいですか。そうじゃないときは、協力して欲しい人も教えてください」

「はい。一人は嫌です。真知子にも協力して欲しいです」

 やっぱり、深層意識の方でも、真知子は必要なようだ。

「分かりました。ありがとう、お姉ちゃん」

『ううん。こっちこそ、ありがとう』

「それでは、最後に、今答えたことを思い出してください」

『ええと…』

「お姉ちゃんは幸せじゃなくて、『彼女たち』を憎く思って、復讐したい。でも、本当は『彼女たち』だけじゃなくて、みんなに復讐したいと思っている。生徒も、先生も、それ以外の人も。そして、お姉ちゃんは、私と一緒に、学校ごと弄びたいと思っている」

『うん。確かにそう言ってた』

「【そのことが、深層意識だけじゃなくて、お姉ちゃん自身の思いになる。でも、その憎しみは殺したいほどじゃないし、突発的に殴りかかろうとまでは思わない。でも、憎く思うのは本当になる】」

「分かった」

『私は、みんなを憎んでいて…復讐したい』

「どう、少しは頭の中がすっきりした?」

『だいぶすっきりした。何か、自分のやりたいことが分かった気がする』

「それじゃあ、お姉ちゃん、もう一回【眠って】」

「分かった…」

『おやすみ…』

「…ちゃん、お姉ちゃん」

「んん…」

「おはよう、お姉ちゃん」

「おはよ」

「やっぱり、お姉ちゃんの寝顔かわいい」

「もういい。恥ずかしいから」

「どう? 少しはすっきりした?」

「うん、色々ありがとう」

「どういたしまして」

「さて、私もよく寝たことだし、一旦家帰るね」

「あれ、泊まらないの?」

 時刻はまだ10時になっていない。

「お姉ちゃん、ごめん。もう朝」

「嘘!?」

「色々やってたら、遅くなってた。でも、今日は学校休まない? お母さんにはこの前と同じように言われたし。受験も終わったし、お昼からおでかけしない?」

「ごめん、それは無理かも」

「なんで? 何か用事?」

「生徒会選挙が今日あるから」

「今日か…。お姉ちゃん、そのこと前に話してくれなかったよね? どうして?」

「あんまり真知子には関係ないかなって思って」

「そんなことないよ! むしろ、お姉ちゃん頑張って会長になってよ!」

「いやいやどう関係あるのかも分からないし、会長になる理由も分からないんだけど」

「ここで会長になれば、先生と触れ合う機会も増えるし、学校のイベントを少しでも思い通りにしやすいと思わない?」

「確かに、そうだけど…自信ないよ」

「最初は皆そうだよ。じゃあ、頑張って、お姉ちゃん。私は今日はもう少しおじさんの資料を探してくる」

「分かった。できる限りやってみる」

 学校に着いてすぐ、担任の先生に呼び出された。

「夢野が遅刻か…。何だ、寝坊か?」

「はい、まあそんなところです」

 寝坊と言えば寝坊ではある。

「今日はこの後生徒会選挙もあるし、緊張するのは分かるが、勉強ももう少し頑張ってくれよ」

「はい」

「それじゃあ、教室に戻れ」

「失礼しました」

 やっぱり先生は、分かっていない。私がいじめられていることを。恐らく、三人の連携で人間的な信頼を維持しつつ、誰にも分からないように私をいじめているのだろう。やっぱり、先生も復讐の対象なんだなと改めて思う。

 時は来た。

 全ての授業が終わり、生徒会選挙の時間になった。

「次は、現在一年二組、夢野都さんです」

 拍手は鳴らない。ほとんどの人がおしゃべりをし、こっちを見ない。でも、それでいい。そのくらい無意識でもいい。だって、これから私が言うことは、私が会長になれば、絶対にそうなるのだから。

「皆さん、こんにちは。一年二組の夢野都です。

 私が生徒会長になった理由としては、この学校を変えたいと思うからです。

 この学校は、生徒数が百二十名程度と少なく、先生の数もあまり多くはありません。だからこそ、皆が団結し、皆の思いを一つにする必要があるのです。

 そのためには、まず校則の一部改訂を行いたいと思います。具体的には、服装の制限を緩和し、皆さんに少しでも自由な時間を過ごしてもらいたいと思っています。次に、学校行事の民営化です。民営化というよりは、一般生徒の介入の機会を増やせたらと思っています。最後に、他校との交流です。ここは女子校で、人数も少ないので、普通は男性との接触する機会も少ないです。しかし、今後男性との交流があったときに上手くできないというのはいささか問題だと思います。そこで、他校、特に男子校との接触を学校単位でできたらと思っています。

 私はただの一生徒に過ぎませんが、皆さんの協力のもと、この学校を新たなる方向へ導いていけたらなと思っております。

 ご清聴、ありがとうございました」

「どうだった、生徒会長選挙」

「自信ない」

 生徒会長選挙が終わり、家に戻ると、真知子がいた。

「まあ結果が分かるまでは不安だよね。私の受験もそうだった」

「真知子も?」

 真知子はこれでも成績は優秀な方のはずだ。私の通っている学校なんて、余裕で受かるはずだ。

「私もね、もしお姉ちゃんと同じ学校に行けなかったら、三年間も離れていないといけなくなる。今までずっと側にいたお姉ちゃんが、私たちを気遣って、一人で引っ越しして、頑張ってる。私はそんなお姉ちゃんが好きだから。でも、私は、そうやって一人で頑張っているお姉ちゃんを支えたいって思ったから、同じ学校を受けたの」

「重いね…」

「あと、お姉ちゃんと同じ家に住みたいな、とも思ったし。結局、一緒に住んでくれるの?」

「多分断ったら一生言われそうだから、もう諦める」

「やった~!」

 手を大きく上に挙げて、子供みたいに喜んでいる。

「あと、おじさんの家をもう一回探したら、またレポートの一部が見つかって」

「また見つかったんだ」

「意外とたくさんありそうだし、時々探すようにするよ」

「ありがとう、真知子」

「どういたしまして」

「さ~て、今日は晩ごはんに何作ってほしい?」

「何でもいいけど、できるなら野菜を…」

「OK。何となく分かった。お姉ちゃんの好みは私が全て把握しているのです」

 何それ怖い。でも、本人は自慢気だから、何も言わないことにする。

「多分、こういうときは、野菜スープが欲しいんでしょ?」

「うん。ごめん、ありがとう」

「ううん。料理作るの楽しいし」

「ごちそうさまでした」

「いえいえ、お粗末様です」

「あのさ、おじさんのレポートのことだけど、また見つかったの、別のやつ」

 そう言って、真知子はまた一枚の紙を私に見せた。

〈レポートのリンクを貼る〉

「【能力】に条件があったんだ…」

「そうみたい。でも、【握手】くらいなら私たちでも簡単そうじゃない?」

「確かに、そこまでは難しくなさそう」

「でしょでしょ? これなら、私でも、お姉ちゃんでも【能力】を使うのに問題なさそうだね」

「あとは生徒会長になれることを祈るだけかな」

「きっと大丈夫だよ。何とかなるなる」

「ありがとう。先にお風呂入ってもいい?」

「あのさ、お風呂、一緒に入っても、いい?」

「二人で?」

「うん。でも、お姉ちゃんが嫌なら諦めるけど、お姉ちゃんがいいなら、一緒に入りたい」

「いいよ、そのくらい。真知子には色々お世話になってるし」

「お風呂気持ちよかった~」

「そうだね」

「お姉ちゃんとも色々話せたし、今日はもう寝よっか」

「今日も泊まるんだ…」

「だめ?」

 真知子が上目遣いで聞いてくる。そんなことされれば、誰だって許してしまうよ。

「分かった分かった」

「それじゃあ、おやすみ。お姉ちゃん」

「おやすみ、真知子」

「嘘…でしょ…」

 端的に言えば、生徒会長選挙に当選していた。来年から、本当に私が生徒会長になる。しかも、2位の立候補者のダブルスコア。普通に考えて、あり得ない。

「夢野が生徒会長か…。先生、心配になってきた」

 昼休み、先生に呼び出された。

「ただでさえサボりが多い夢野が、本当に生徒会長としてやっていけるのか…」

 そんなこと言われても、困るだけだ。

「でも、頑張ってみます」

 精一杯の取り繕った笑顔で、そう答えておいた。

「会長当選、おめでとう」

 先生からの呼び出しが終わると、職員室の前に『彼女たち』が待っていた。

「来年から生徒たちの手本になれるの?」

「新入生からも馬鹿にされる未来しか見えません」

 いつも通りの物言いである。

「まあ、応援はしてないけど、好きにやれば?」

 どこか余裕のあるゆび、植山がそう言った。

「…」

 私は何も言わない。でも、もう今までとは違う。そう思えるだけで、少し気が楽だ。

「それじゃあ、来年からもよろしく」

 そう『彼女たち』は言い残して、どこかに行ってしまった。

「やったじゃん! これで来年から『復讐』が本格的に進められるね!」

「うん、皆への『復讐』なんて、わがまま言ってごめん、真知子」

「全然気にしなくていいのに…」

 今日も真知子は家に来ていた。でも、泊まるのが目的というよりは、引っ越しの準備の方が大事なはずなのだが、この前と大して変わらないような気さえする。

「ここから、始まっていくんだね」

「そうだよ、お姉ちゃん。私たちにしかできない、私たちなりのやり方で、私たちの『復讐』が」

「そこは『お姉ちゃんの』じゃないの?」

「お姉ちゃんがいじめられてるのなら、私にも『復讐』の権利があると思います」

「そうなのかな…」

「それじゃあ、二人で、頑張るぞ~!」

「お、お~」

 こうして、私たちの『復讐』が始まった。

5件のコメント

  1. 読みましたー。

    Σ生徒会選挙、特に企みとかもなくすごいあっさり終わった!
    真知子ちゃんが恐らくは裏で色々と操っていたのだとは予想しますが、さて。

    それにしても、女子校を丸ごと操って、学校行事の民営化と男子校との交流ですか……
    文化祭とかで男子を大勢呼んだり、「自由な服装」で色々したり……なるほど、ほう……ふふふ……。
    どんなことをするのかわかりませんが楽しみにしています。

  2. 読ませていただきましたでよ~。
    次回から復讐が始まるのでぅね。
    ただ、みんなに復讐ということで学校全体を弄っていく方向になるみたいでぅが、新入生に関しては復讐というよりか八つ当たりになりそうでぅね。(もちろん、都ちゃん本人がそれに気づくとは思わないでぅけど)

    操るのに握手が必要とのことで、どうやってそこをクリアするのかという問題もあるんでぅけれど、よっぽど嫌われてなければ握手は問題なさそうでぅよね。(現段階でも生徒、教師合わせて130~40人くらいと握手しないといけないのは面倒という問題はありますが)

    完全無意識と自分がやってる事自体は認識している違いがこの先どういうシチュの差になって現れるのか楽しみにしていますでよ~。

  3. 今回も読んでいただきありがとうございます。
    何が起こるのか、楽しみですね…。書いていてもすごく楽しいです。
    まだまだ創作活動も始まったばかりですので、あまり具体的なことは言えませんが、これからも読んでいただければ嬉しいです。

  4. 今回も読んでいただきありがとうございます。
    この作品においては、やはり「意識」と「無意識」の違いをMCにおける代償(実際にそう機能しているかは分かりませんが)として使用しています。
    なので、そこをしっかりと意識しながら創作しています。
    次回作も読んでいただければ嬉しいです。

    (一年生へは確かに八つ当たりにも程がありますね、あまり考えてませんでした…)

  5. このジワジワしたかんじいいですね。
    行が開いてるも、横書きだと読みやすくていいと思います。
    まずは会長になって復讐の環境整備っぽいですが、いろいろ仕掛けがありそうな感じもします。

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