リアル術師の異世界催眠体験3

※この作品には一部フィクションが含まれています。

◆宮廷魔術師のお漏らし体験?

 ――。

「――さて、お待たせしました。ミリちゃん」

「っ、えぐ、くふ、ううう、ううううう、ううううううー!!」

 私は、股間に潜り込ませた手を隠すこともできず、泣いていたのだった。外はすっかり昏くなって……冷えた空気が殊更、悲しくて堪らなかった。

「あー……こうかな。いい子、いい子」

「なっ、何ですか!?」

 脈絡なく頭を撫でられた。なんなのこの男。

「あっ泣き止んだね」

「泣いてないですし。どこの世界に、猫になって交尾してる侍女が羨ましくて泣く宮廷魔術師がいるんですか」

「僕の世界には居なかったですね」

 こっちにも居ない。居ません。居てたまるか。

「だいたい、もう分かってるんですよ」

「はあ、何がです」

「レシヒトさん、私に、その、知らないうちに……『催眠術』、掛けてますよね?」

 どう考えてもおかしい。確かにリルちゃんはエッチだった。気持ちよさそうだった。でも、羨ましくて泣くほどのことはないでしょうが。その、こんな、人前で、オナニーぶっ始めるわけないでしょうが。絶対何かされた。こんなのは私ではない。

「んー、どうしてそう思うの」

「……その、だって。リルちゃんのこと、なんか、うわわーって、羨ましくなってきましてですね……これは少し変だと思うわけでして……」

「それなら、僕は掛けてないですよ」

「はあ!!??」

 だったら私が自分であんなんなってたって言うんですかね。なるかもしれない……いやならないって……なる、か?

「まあ、ネタばらしはしておこうと思うので……座っててください」

 レシヒトさんが、私の目の前まで来ている。ぞくっ、とした。というか、あんなエッチなことが繰り広げられていたところで、よく知りもしない男性に近寄られるのは、さすがに……。

 ぴと。

 おでこに指。人差し指で眉間を押さえられた。何?

「今日掛けた催眠のこと……ちっとも覚えていませんね……だけど、身体が覚えてる……心が覚えてる。だから今、こうしているだけで……ほら。勝手に気持ちよく……なってしまう」

「あ、あ、ああぁあ、だ、だめ、これだ、め」

 ぞわぁっと背筋がくすぐったくなった。背骨の付け根のあたりがずくんと重くなって、だめ、これ……思い出しちゃって……。

 目が、勝手に、指の方に、吸い寄せられて……思い出して……。

 ……思い出す? 何を?

「目が閉じる……すうーっと吸い込まれるように、意識が眠りに落ちていく……」

「ぉ……ぁ……」

 頭が、瞼が、重い。おでこの指一本で、かろうじて、支えられて、いて……もう、おもく、て……。

「ほら、気持ちいいところへ、吸い込まれてしまいますよ……3、2、1……ゼロ」

「ぁ……」

 かくん。

 指が引っ込められ、私の首は前へと倒れた。今絶対涎垂れた。そんな思いが一瞬だけ浮かんで、気持ちいい暗闇に溶けていく。

「ぐーるぐる……頭の中、回ってますね……すごー……く、気持ちいいですね……」

「……ぅぁ、ぅ……」

 ぐる、ぐる。かくん、くたり。

 レシヒトさんは、どうやら、私の頭を両手で……優しく支えて……ぐる、ぐる……回し、。

 そこまでだった。

 私が辛うじて、意識と呼べそうなものを持ち合わせていられたのは……ここまで。

 ――。

 

 ぱちん。

「ぁひ」

「……おはよう」

「ふぁ……おはよう、ございま……っ、うああああああ!!」

 目を覚ますと、さっきまで靄がかかっていた記憶が、急にはっきりとしてきて……。

 その、恥ずかしい記憶が一気に、溢れてきたのだ。

「やー、ごめんねミリちゃん。あんまり良く掛かってたものだから」

「ミリセンティアさん……すごかった、です……」

 いつの間にかリルちゃんも起きてるし。さっき私はどれだけ寝てたんだ。

 ……。

 落ち着いて冷静になって、記憶をたどる。

 ここに来てすぐ、リルちゃんの見ている前で……催眠を、掛けられた。思っていたよりもずっとすごくて……気持ちよくて、あ、そう。何度も、何度も……落とされて、起こされ、て……。

「う、ぁ、ちょ、ふあぁ……」

「それ、気をつけてください……ミリセンティアさんは、今日されたことを思い出すと、気持ちよかったのも一緒に思い出してしまうようにされています」

「あっリルさん、なんでバラすのさ」

「ふざけんな……!」

 でも、気持ち、いい……これ。こんなの、されてたとは……。

「思い出さないでおくのも、手かもしれません」

「いやそれ、気持ちよくなるようなことされてたのに、気付かないままってことでしょ」

「そうなる」

「嫌すぎです。思い出すから、少し待って……!」

「あぁ……気持ちいいの、思い出したいですよね……わかります」

 リルちゃんはどうしてこう共感のツボが完全にずれているのだろうか。前からだけども。

 

「思い出せそう?」

「……少し……あ、すごく、深く、されたんだ」

 そこまで言って、思い出す。思い出して……しまう。

「……は、あ?」

 まずはぽかんとしてしまう。理解が追い付かない。それから、腰のあたりに……ドロっとした塊を、感じた。

 咄嗟に、椅子から下りて……床に座り込めたのは、我ながら賢かったと思う。

「え、っあ、っイ……っぃ、ふっう、うくぅぅぅぅッ!!」

 イった。そんなんじゃ済まなかった。イき続けたのを、いっぺんに思い出した。

「あー……ミリちゃん、すこーし……楽になるよ……力を抜くやり方を思い出す……気持ちいいのを、止めないで……体の中を、通り抜けていくのに任せましょう……」

「ぁ、……ぉ、ぉぉ……ぉ、ほぉ」

 びくん、びくんと、間隔を空けて身体が跳ねる。それが、少しずつ収まっていく。

「ミリセンティアさん……大丈夫ですか」

「……だいじょうぶ、だけど……」

 気持ちいいとか、そんなのより、なんか、途中でわかんなくなっちゃったけど……。

 死ぬほど……恥ずかしいことを、言われていたのでは……?

「もっと思い出してみる?」

「貴方ホント……何考えてんですか……」

 ダメだ、立てない。こんな気持ちいいことある?

「『さっきのやつ』は思い出せる?」

「はあ?」

 さっきのやつ……って、何だっけ……。

 そう思った瞬間、何かこう、箱みたいなものが開くように……思い出されてきた。

 私……リルちゃんの猫エッチを見せられて、すっかり羨ましくなって、ちょっとオナニーまでしちゃって……そこまでは覚えてた。

 その後。

 さっき……気持ちよく、また、落とされて……そう。露出狂。露出狂に、された……。意識を、完全に、乗っ取られて……。

「え、うそ……や、やあぁあこれ、これマジでしたんですか私!?」

 この椅子の上で……パンツ脱いで、大股広げて、レシヒトさんと……リルちゃんにも!! イくとこ、見て欲しく、なって……!

 そ、そうだ。『リルちゃんより気持ちよく上手にイけるもん~♥』って! 言った!! 言わされてた!!

 バカ? 私バカなんじゃないの? 宮廷魔術師改め変態マゾビッチじゃん。何それ、ちっとも似てませんが?

「うそでしょ……?」

 サーっと血の気が引く。どんどん記憶が蘇ってくる。

 アホみたいにあんあん言いながら、おまんこぐちゃぐちゃ言わせて、イきながら、おしっこ漏らして……は、はあああああ???

 てか、やばい、これ、思い出してるから……!

「あ、あ……き、た……出、出てるぅ……や、やああぁ……っ、く、ぅぅ……っ」

 お漏らししながら、イくの……思い出して、感じてるとか……。

「可愛いなあ」

「可愛いですねえ」

 こんなの、本当に、やっちゃったなんて……嘘だ。絶対、そんなのうそだ。

「やだ……うそ、うそですよね……あ、だってほら、服だって濡れてない……濡れて、ない……?」

「うそですよ」

「うそだよ」

「はあ!!?????」

 マジでうそなの!!??? どういうこと???

「ほら……『さっきのやつ』、ちゃんと思い出せる……ひとつ、ふたつ、みっつ。はい」

 ぱちん。

 ん。ん? んんんんんんんん~~~????

「あー……なるほど。そういうこと、ふーん」

「おわかりいただけましたか」

「大丈夫です。ミリセンティアさんはお漏らしオナニーショーなんてしていません」

 してたまるか。そんなん、して、たまるか!!

 ……リルちゃんは公開交尾ショー、してたけどさ……。神経が! 太すぎ! る!!

「つまり、してもいないことを、催眠で、やったように……思わされて、いたと」

「そういうことです」

「ははーん。じゃあやっぱり、めっちゃ落とされて気持ちよくされたあれもですか」

「それは本当です」

「はい、見ました」

「知ってたんですけどね。微かな希望というかですね……」

 とにかく、一番ヤバいところが嘘だったのは本当に良かった。むしろ彼も、嘘だから好き勝手言ったんだろう。普通に考えてお漏らしは、ない。無い。

「まあ、お漏らしをさせるならおむつくらいは準備しないと」

「ミリセンティアさんの、おむつ替えですか……!」

「あんたたち本当にいい加減にしてくださいね」

 やる気なのだろうか。マジで、絶対、やめて欲しい。というか、リルちゃんが完全にあちらサイドになっている気がして、本当に嘆かわしい。

「……あれ?」

「どうしたんですか」

「……いや。私に、公開オナニーの、記憶というか……ぶち込んでくれたのって、レシヒトさん?」

 の、ような、何かおかしいような。

「まあその辺は僕でした」

「待ってください。その辺以外は?」

「まあまあ、ミリセンティアさん。その辺にしてはどうでしょうか」

「うるさいですよ?」

 もう分かった。分かりましたよ私は。私にお漏らしだの『上手にイけるもん~♥』だの吹き込んできたのは、ぜーんぶリルちゃんだったということがですね!!

「仕方なかったんです。私も催眠で無理やり……」

「嘘こけこら」

 一瞬信じそうになったが、一瞬で否定されていた。第一、リルちゃんはもともと性格がおかしいのだ。これくらいやらかしてくれても確かに不思議はないんですよ。なんなのこの子?

「それだけじゃないですよね。私が、リルちゃんのこと羨ましくなるとかいうのもきっと」

「やめてください。それ以上追及すると、私は泣いてしまいますから」

「いやあ、リルさんって結構すごい人ですよね」

 本当にそれはそうだし優秀な子なんだけど、明らかにおかしくなっているので。

 そこで。私はこう言うことにした。

「……レシヒトさん。私は今度でいいですから、リルちゃんに催眠をかけてください」

「え? あれ? どうしてです?」

「なるほど、お仕置きをしてあげようと」

 つまり、そういうことである。私にしたよりも、もっと恥ずかしい目に遭ってもらえば、少しは懲りるのではないか、と……。

「いいんですか!?」

「リルちゃん?」

 どうも、駄目そうだとは思った。

 いや、うん、まあ。あれだけ気持ちいいというのをわかってしまった……分からされてしまった以上、催眠はもう止めなさいとも、言いづらいものはあるのだ。

 なにせ……。

 私も、これだけ酷い目に遭わされておきながら……『今度』掛けられてしまう、というか……掛けてもらうときのことを、考えてしまっているのだから。

 ――。

◆宮廷魔術師と後催眠暗示

「……じゃあ、リルさんに掛けるけど……時間大丈夫?」

「確かに、だいぶ遅くなってしまいましたね」

 気付けば、外は暗くなっていた。全然、そんなに長い時間やってた気はしないんだけど……それは単に、記憶が飛び飛びだから、なのかもしれない。

「実際は、結構な時間が経ってたってことかー」

 呑気に言ってみたけど、体感時間が信用できないというのは困ったものだ。

「実は私たちの知らないうちに、丸一日経っている可能性もありますよね」

「勘弁してください」

 無い、とも言い切れなくなったのが恐ろしい。記憶が飛ぶだけでなく、変わっていることもあるんだから、もう何でもアリだった。催眠に掛かっている間のことは、何一つ信用できない。

 ……本当に、漏らしたのを見られたと思ったんだから。

「まあ、寝ているときだってそういうものでしょ」

「確かにそうです。眠っていれば、時間はとても短く感じます」

「それもだけど、それだけじゃないですよね」

 私にはピンときた。この現象は、寝ている間の夢にちょっと似ている。

「寝ている間のことは簡単に忘れてしまうし、逆に、寝ぼけちゃうことも……夢で見たことを現実にあったと思ってしまうこともあるわけで」

「そうですね」

「さすが、ミリちゃんは賢い」

「雑な持ち上げ方やめてもらえません?」

 素直に喜べないんですけど。

「まあ、実は結構長時間やってるのはその通りなんだ」

「どうりでお腹が空くと思ったんです」

「確かに……そもそも、どうしてこんなに長々と催眠で遊んでいるんでしたっけ?」

 この分だと、そろそろ夕食が出ている頃合いだ。どちらにしても戻らなきゃいけないが。

「ミリちゃんがもっと強力な魔法を使いたくて?」

「いやそれは知ってんですよ。結局やってないでしょうが魔術の実験」

 危うく気持ちよくなることが目的になるところだったよ。騙されてはいけない。

「それは、いきなりやっても仕方ないからね。深く掛かれるようになってもらわないと」

「ほーん」

「私も、昨日掛けて頂いてから、今日の午前中に魔術の特訓ってことになって……何度も落としてもらって……はふ……♪」

 何思い出してるんだこの子は。

「つまり今日のこれは催眠に掛かる練習だったというわけですか」

「そういうこと」

「……やたら気持ちよくされたのも?」

「そうだよ。気持ちいいって覚えないと、深く掛かってはくれないし」

「……猫エッチを見せられたのも?」

「他の人が掛かっているのを見ると、安心して深く掛かれるようになるよ」

「ほーん。つまり今日の辱めは私が催眠魔法(?)を使えるようになるために必要なことだったと?」

「必要必要」

 ホントか? 適当言ってない?

「ちなみに私は深く掛かれていましたよね」

「それはもう」

「……じゃあもう辱められる必要はないのでは?」

 当然の帰結だ。明日にでも魔術の実験をしよう。それで目的は達成できるはず。

「いや、そんなことはない。明日からもやらないと」

「ほう?」

「自分はミリちゃんの恥ずかしいところをたくさん見たい」

「同感です。ぜひ今後も催眠を掛けて頂くべきですよ」

「あんたらさあ」

 頭痛くなってくる。

 いやまあ実際……それで明日からは無しって、なっても……うん。スッキリしない、というか。

「まあ真面目な話、深ければ深いほどいいはずだし。ミリちゃんさえよければ、今後も練習していこうよ」

「……そういうことなら、まあ」

 ……。

 別に、言い訳をもらったとかそういうのではない。

「じゃあ時間もないようだし、リルさんへの催眠は短いやつにしようね」

「えっ、やるんですか?」

「解散の流れかと思ってた」

 そもそも短いやつって何? ちょっと落としてもらうとか?

 そんなのただ気持ちいいだけでは。リルちゃんへのお仕置きにならないんですけど。

「まあまあ、せっかくだからね――ほら、二人とも。この声を覚えていますね……首の後ろがゾクゾクして、頭がぼぉーっとしてきますよ……」

「あっ……」

「えっ……?」

 今、『二人とも』って……言わなかった……? なん、で……。あ……。

「すぐ、力が抜けて……リルはベッドに……ミリちゃんは、椅子に……吸い込まれる……気持ちいい……」

「ぁ……」

 きもち、いい……。

 ――。

 ぱちん。

「あれ」

 ぽかんとする。私、何してた? また何かされた?

「あ、ミリちゃん。もらい落ちしてたねえ」

「もらい、落ち……ははあ」

 リルちゃんに掛けていた催眠に、聞き入っちゃって……私も、気持ちよくなってしまったわけだ。

 確かに、見学していてもそういうのは、感じた。引きこまれてしまうんだろうな……。

 まあ、何かわからないけど、気持ちよかったから……得したのかもしれない。

「リルちゃんには、もう掛けたんですか?」

「いや、まだ落としただけ。これから後催眠暗示を入れていくよ」

「後催眠……暗示。後に何かするということですか」

 何となく言葉のイメージはわかったけど、絞り切れなかった。

「そう。催眠から解けた後でも、認識や記憶を変えたままにしておくことができたり」

「……えぇ? 付与魔法(エンチャントメント)?」

 いや、そんなわけない。レシヒトさんの術は私達の魔術が引き起こす魔法現象とは違うはずだ。第一、そんなに簡単に付与魔法が実現できてたまるか。

 ……でも実際、催眠術ではここまで見た限りでも、付与魔法に似たことが起こっている気がする。そんなことある?

「その辺の魔法の話っぽいのは気になるな。後でご飯でも食べながら教えてくださいよ」

「いいですよ。それで、後催眠暗示というので何をやるんですか?」

「そう、それ。まあ変えっぱなしにしたり、暗示で条件を埋め込めば、後で術者がいないところで行動を操ることもできる」

「……はあ?」

 ちょっと待て。聞き捨てならない。それって私も、後で遠くから操られるかもしれないってことじゃないか。レシヒトさんと離れたら安心かと思ってたんですけど?

「あ。遠くから催眠を掛けて指示をするのは、多分この世界じゃ無理だよ」

「よかった」

「でも、お使いを頼んでおくことはできるよね?」

「お使い……? あ、あー……? なるほど?」

 誰に頼むって、私やリルちゃん、催眠に掛かっていた相手自身にだろう。それがどういう意味かって言うと……。

「後催眠暗示というやつで……『後で』こうしてしまう、『後で』こうなってしまう、と言っておく……?」

「そ。そういうのを、僕たちは暗示を『入れる』って言ってるね」

 入れる。しっくりくる言い回しだった。そして、考えてみると恐ろしいことだった。

 レシヒトさんと離れて、普通に生活しているときに……催眠で入れられた暗示が、知らないうちに私を操っているかもしれない。そういうことになる。そして、それは……。

「それって、そんなの……やられる方……多分、いや、普通……気付かない、かもじゃないですか」

「ミリちゃんなんかは絶対気付かないだろうね。いやあ賢いなあ」

 馬鹿にされてますか??? されてるよね???

 というか、これ、やばい。さっき、『催眠に掛かっている間のことは信用できない』と言ったけど。ちょっと次元が違った。

 ――私は、今後一切……私の意思も、記憶も、感情も……全部ずっと、信用できないことになる。

「……私には、やらないで下さい……ね」

「どうしようかな。とりあえず、リルちゃんにやってみるから、見ておいてよ」

 頷く。そんな怖い話があるなら、見ておかねばならない。

 だって。

 ――明日には、王宮の庭で私が、一人で、勝手に……猫になっているかもしれないってこと、だから。

 きっと私はそうされても、自分は生まれつき猫だと信じ込んでいるはずだし……絶対、気付かない。

 リルちゃんを猫にしたときの暗示の入れ方。あんなの、自分にやられたら絶対、そうなるに決まっている。それくらいは自分でもわかる。

 怖すぎて、ぎゅっと股を閉じて、掌を重ねた。

「じゃあ……リル、お待たせ。とっても深いところで……幸せになることができました。今なら、この声をとても……深いところで、聴くことができますね……」

「……ぁ……」

 ……気持ちよさそう。そして、レシヒトさんの声に気をつけなくては。『もらい落ち』とかいうの、しそうになるから。

「でもね、リル……君はこの声を、もっと深いところで、聴くことができます。……意識を完全に、眠らせて、剥き出しの心で、聴くことができますよ……その気持ちよさを想像すると、ほら……お腹がじーんと温かくなって……とっても、幸せですね……」

「うわ……」

 なんて危ない暗示だ。そんなのされたら、自分が完全に知らないところで、自分が関知できない暗示が、自分の心の奥に勝手に入ってくるわけで……。

 嫌だと思った暗示は受け入れない、というのが本当だとしても、嫌かどうか判断するタイミング自体がないということに。

 そんなことを許せば、簡単に……人間が、作り変えられてしまう。

 私は、あんなことされないようにしなくては。気をつけよう。リルちゃんは喜んでるからいいんだろうけども。

「さあ、リル。これから数を3つ……うん、3つ数えます。3つ数えたら、リルはもっと深い催眠に落ちて……リルの意識は、その途中で……落としてしまう。どこか暗いところに……落として、手の届かないところに……いってしまうよ」

「……ぁ……」

 レシヒトさんは、リル、って呼んでくれてるから、もらい落ちはしないで済んでいる。私の中の何かが、『これは自分じゃない』って聞き分けてくれているのを感じる。

 きっと、これも意識してやっているんだろうな。

 ――。

 そうして、レシヒトさんはリルちゃんをドロドロになるまで催眠に落として……リルちゃんが絶対気付かないようにして、彼女に……後催眠暗示を入れていった。

 その内容は……うん、アホか? と思った。

「なんちゅう暗示入れてるんですか……」

「ははは。これくらいしないとお仕置きにならないでしょ」

「それはそう」

 まあ、私は知らないし、楽しみに見ていることにしよう。

 本当にうまくいっているのなら、きっと可愛いものが見られるから。

「それじゃあリル、君はすっきり、さっぱりした気持ちで目を覚ます。僕が数を3つ数えると、合図とともに目が覚める。君の意識ははっきりする……でも、催眠に落ちていた間のことは、なんにも覚えていませんね……ほら、ひとつ、ふたつ……みっつ。はいっ」

 ぱん。

「あ……はい。おはようございます。……ん、ん」

 リルちゃんが目を覚ました。伸びをしている。あー、短くやるとは言っても、それなりの間は催眠状態だったはずだから。

「じゃあ、そろそろご飯に行きますからね」

「うん。自分も行っていいんですよね」

 レシヒトさんを召喚したことは、既に王宮には知れている。そうでなくても、一人分くらいの食事の余裕はだいたいいつも、あるはずだった。

「ええ、いいと思います。……ん、んん? あれれ……」

 リルちゃんがベッドから起き上がろうとして、何やらモゾモゾしている。

「どうしたの?」

 白々しい。貴方が仕込んだ後催眠暗示でしょうが。

 ……とはいえ私も、この後リルちゃんがどうなるかは、とても興味がある。

「いえ……私、何かよからぬ催眠を掛けられていますよね?」

「どうだかなあ」

「どうだろうねー」

 あっ。これちょっと楽しい。リルちゃんはこんな気分で私を辱めていたんだな。その気持ちがちょっとわかる。許さん。

「あの……レシヒトさんは自分で言っていましたけど、私、ミリセンティアさんほど掛かり方が深くないので……催眠に掛かっていることは、わかるんですよ」

「リルさんはそんな感じだよね」

「私がバカみたいだからそれやめて欲しいんですけど」

 なんで? されたこと全然覚えてないの私だけ?

「それで、おかしいとわかれば、結構気付いちゃうじゃないですか……なんで、こんなイタズラするんですか?」

 リルちゃんはくすくす笑っている。ああ、これ……すっごい、面白い。見ているだけでゾクゾクする。人間が玩具にされるのって、こんな感じなんだ……。

「おかしいとは思ってたんですけど……やっとわかりましたよ」

 そう言って、リルちゃんはベッドの上でモゾモゾと……パンツを脱ぎ始めた。

「ほら、こんなにベットリじゃないですか。猫になってたときに履いてたものを、なんで人間の私が履いてるんですか? こういうのやめてください」

 スカートの中から抜き取って広げて……ぽい、とリルちゃんはパンツをベッドに捨ててしまった。

 これは……相当、面白い。

 ……そう。彼女は、レシヒトさんの催眠を見破ったというつもりになって……後催眠通りに操られている。実際に掛かっている暗示は、『人間が猫のパンツを履いているのはおかしい』『催眠で気付かないようにされてしまっていたけど、リルはそれを見破ることができる』というもの。

「なるほどなー……こうなるんだ」

「そうですよ……ミリセンティアさんとは違うんです」

「ぷっ……う、うん、そうだね……」

 思わず笑ってしまった。そして嬉しくなった。

 ――リルちゃんもやっぱり、彼の催眠に逆らえない。

 私だけじゃない、とわかって、だいぶ気が楽になった。

「それでは、食事の支度をしますので失礼します」

「うん、ミリちゃんと一緒にすぐ行くよ」

「全く。部屋を出る前に気づけて良かったです……危ないところでした、本当」

「それはまあ、本当……そう」

 ぶつくさ言いながら、リルちゃんはノーパンのまま、食堂へ向かっていった。

「か、可愛いなぁ……」

「でしょ。ああいうの可愛くて好きなんだよね」

「むっ。私にはやらないでくださいよ。自慢じゃないですが絶対気付かないと思うから」

 言っても無駄かもしれないけど。でも、ことによると私達の運命は、全部彼が握っているとも言えるわけで……。

 正直、軽率だったし、手遅れなんだろうな。

「さて、それじゃ行きましょうか。ちょっと待ってくださいね」

「あ、うん」

 行く前にちゃんと準備しなくては。さすがに、オナニーした後のパンツを履いたまま食事には行けない。

「あっち向いててくれます?」

「いいけど」

 素早く脱いで、ポケットに。後で洗う。そして、代わりの下着を着けて……よし。少しひんやりするけど、ばっちりだった。

「できた?」

「はい。あー、猫の汁が染み付いてて、ちょっと冷たい……」

 まったく。私はリルちゃんの猫パンツを履かないと、この部屋から出られないっていうのに。リルちゃんがちゃんと暗示通りに動いたからいいようなものの、危ないところだった。本当。

「じゃあ、元のやつを履いたら?」

「嫌ですよ。あんなことした後のパンツとか履けるわけないでしょ」

「そっちはいいんだ?」

「? 今履いてるのは、リルちゃんのですよ? 猫のときの染みが、ベットリついてるやつで……」

 いいに決まってる。むしろ、これじゃなきゃ駄目なのに。何言ってるんだこの男。あれ?

「ああ、そっか。それならいいね」

「でしょう」

 ――まったく。何か間違ったかと思ってしまった。間違ってないよね。ちゃんとリルちゃんのパンツだ。

 催眠に掛けられていると、こういう当たり前の事でも自信が無くなってきて、良くない。

 ――。

「うーん、可愛いなあ」

「リルちゃんですか? 確かに、あれは可愛かったですね」

 食堂へ向かいながらも、気は緩められない。

 すぐ明日にでも、私もさっきのリルちゃんのようにされるかもしれないんだから――。

 

 

 

◆リアル術師と魔術の話

 一日たっぷり使って催眠を楽しんだ後、自分たちは食堂で夕食を採りにきていた。

 周辺に人の数は多くないが、それでも何人か、食事を摂ったり動き回ったりしている人がいる。誰が誰かはよくわからないし、向こうもこちらを『誰?』みたいな顔で見ていく。

「魔術師様、こんばんは」

 そんな中、落ち着いた物腰の、やや年配……というには失礼かな。妙齢? そんなエッチな感じは全くない……というかそういう意味じゃないんだっけ、妙齢。

 うーん。おばさん、でもないよな……そんな感じで表現に困る女性が、ミリちゃんに声をかけていた。

 服装はリルのものに似ているので、恐らく使用人の一人なのだろう。

「はい。お食事頂きますね」

「ええ、召し上がって下さいね。そちらは神盟者の方ですか?」

「そうです。レシヒトさんとお呼びしています」

「レシヒト・マネカで通っています、よろしくお願いします」

「あらあら、今回の方はきちんとお食事を摂られるのですか?」

 なんだそれ。ちゃんと食事を摂らないガチャ仲間がいるのか?

「そうみたいです。何て言いますか……普通の人みたい、なんですよね」

「普通の人です」

 こればっかりは本当に普通の人なので仕方ない。というか、神盟者というのは思ったよりバラエティに富んでいるらしい。会ってみたくなってきたな。

 何となく、他にも自分と同じく、自分の良く知っている現代の地球から招かれた人たちがいるんだろうと思っていたけど……そういえば、ミリちゃんが獣人だの鉄人だの言ってたっけ。

「ではお食事を持たせますからね。ゆっくり食べて行かれて下さい」

「……ミリちゃんミリちゃん」

「何ですか?」

「自分みたいに普通の人間の身体してる神盟者って、他にはいないの?」

「あー……記録にはありますけど。今はいないんじゃないかな? 西の塔のことはよくわかんないんで」

 ぷい。露骨にそっぽを向かれた。

「自分の世界には、普通の人間しか居なかったんだけどな」

「レシヒトさんの世界とは違う世界から招かれた人なんでしょ」

 やっぱり、そういうことになるよな。神盟者召喚(ガチャ)はこの世界と自分の世界との1:1の繋がりというわけではなくて、下手すれば毎回別の世界に繋がっているのかもしれない。

 ということはやっぱり、同じ神盟者同士であっても常識がまるで通用しないってことだ。参ったな。

「どうせ私は普通の人しか召喚できない方の宮廷魔術師ですから」

 ふーん。と拗ねてしまった。どうも、西の塔の宮廷魔術師にはだいぶ思うところがあるらしい。しかし、そんなにツンツンしたところで、ミリちゃんが今履いているのはリルの愛液の染み付いたパンツなんだけどな……なんか不憫だ……。

「じゃあ、一緒に見返してやろうか」

「……そのつもりですけど?」

 うん、その意気だ。

「ミリセンティアさん、レシヒトさん」

 そんな話をしていると、リルが食事を運んできた。いかにも使用人然とした、初日に見たような整った振る舞い。……まあ、この子今、パンツ履いてないんだけどな……。

「お食事並べさせていただきます」

「わーい」

「レシヒトさん、基本子どもっぽいですよね」

 悪いか。ごはんへの感謝と喜びは大事なことだぞ。

 食事は相変わらず可もなく不可もなくだが、やはりお腹が空いているので美味しそうに見える。出ているメニューも特に変なものはなし、肉と野菜で、まあ海外旅行で食事をするような感じだ。どうも時代の感覚がよくわからないんだよな。これとか、じゃが芋じゃないのか? 西暦何年ごろの食文化?

 まあ、異世界なんてそんなもんか。同じ歴史を辿っているはずもないし、文化も文明もまるで違う。自分たちの常識を元に、進んでいるとか遅れているなんて判断するのは傲慢なことだ。

「それで、食事の時に聞きたいと言ってましたっけ」

「あ、うん。なんの話してたっけ?」

 ミリちゃんと食事中。リルはここには居ない。まあ使用人だもんな、普段仲良くしていてもこういうところでは別室になるわけだ。少し寂しいけど、ノーパンで澄まして振舞っているリルを見るといちいちウケてしまうので、少し離れていてくれる方がちょうどいいのかもしれない。

「付与魔法(エンチャントメント)についての話?」

「ああ、それ。なんか驚いていたようだけど」

「そうですね……まず、昼間にお見せしたやつ、覚えてます?」

 ミリちゃんが魔術を見せてくれたときだ。大きな黒曜石の剥片を出現させて、火山弾の勢いで撃ち出す。その威力は、庭木の太い枝を一撃で切断した。庭師さんもいい迷惑だ。

「エンチャントメントと言うと、何か効果を与えるイメージだ。あの魔術はそうではないよね」

「まあ。ああした魔術が引き起こす現象は、現出魔法(カンジュレイション)と呼ばれててですね。まあ、魔術と言うと普通こっちで」

 現出魔法。つまり、無いはずのものを生み出すということだ。

「なるほど。石を出現させたわけだ。ミリちゃんが言うには、純真な精霊たちを言葉巧みに騙して」

「無駄に人聞きが悪いのやめてくれません?」

「合ってるのに」

「で、現出魔法は出したら出しっぱなしです。あと、すぐ消えちゃう。あの時も、ずっと石を出しておくことはできないって言ったでしょ?」

「言ってた。ずっと想像しておくのは無理って」

「それをやってしまうのが付与魔法です」

 ふむ。つまり、魔法で産まれたものを維持することができる?

「ミリちゃんの出した黒曜石、あれを出したままにしておける?」

「付与魔法では、さすがに無いものを出したりはしないみたいですね。例えば、樹の棒をしばらく鉄に変えてしまうみたいに、性質を与えたり変化させたりする……みたいですよ」

「魔法だ」

「魔法ですよ。でも、そんなことは誰もできません。ずっと昔の時代の本には記述がありますが、眉唾です。理屈は科学的ですが、人間の想像力じゃ長時間の魔法の維持は無理なんで」

 科学的なんだそれ。お兄さんよくわかんないよ。

「それで、ああ、なるほどね。催眠暗示は、付与魔法に似てるんだ」

 持続的な性質の付与や変化。確かに、似た現象を引き起こすことができるのかもしれない。

「そう。例えばですけど、深く催眠に掛かってる人がいるとして」

「ミリちゃんみたいな」

「黙っててくれます?」

「はい」

 めっちゃ怖い目で睨むじゃん。

「それで、その人に棒を渡してですよ。レシヒトさんが『これは鉄になる。とても重く硬くなる』ということを暗示で入れたら」

「まあ、その人はそう感じるようになるだろうね」

 実際そう感じるのはその人だけで、本当に鉄になったり重くなったりするわけではないのだけど。

「それで充分でしょ?」

「確かに、充分だ。やっぱり、ミリちゃんは頭がいいなあ」

「そうですよ。これでも田舎では、30年に一度の天才って言われてたんですから」

 なんだその絶妙な数字。すごいのになんかすごくないぞ。

 

 そうして話していると楽しくて、思わず手が止まりそうになる。いかん、飯に失礼だ。お腹が空いていると多少文化に違いのある食事でも、とても美味しく頂けるのだ。よい。

「まあ実際、一度催眠を体験しただけで、こんな風に想像の応用が利くのはすごいことだと思う」

「それはまあ、これでも宮廷魔術師ですから」

 そうだった。この世界で優れた魔術師をやっているということは、『想像の応用』なんてことは日常的にこなしていなくてはならないはずで。やはりミリちゃんは催眠術師にとって最高のおも……、面白いパートナーになる資質を持っている。

「今何か言いかけました?」

「何も。ところで宮廷魔術師と言えば。もう一人いるんだっけ?」

「……ええ」

 また不機嫌になる! どんだけ嫌いなんだ。

「一応、教えてもらってもいい?」

「興味があるんですか……? え、どうしよう。あの人に催眠かけるんですか。マジで?」

「そういうわけではないけど、知識くらいは」

「いやあ……確かに強力な魔術師ですから、掛かれば掛かるでしょうけど、嫌ですよ。私の魔術をまず強くしてくれるって話で」

「それはそうだし、掛ける予定もないよ」

 何もわからない。何者なんだ西の宮廷魔術師。

「ああでも……あの人が催眠であんな目に遭ってたらウケるな……いいかも……」

「ミリちゃん、帰ってきてくれ」

 西の宮廷魔術師の話になるとまた違ったおかしさを発揮し始めるようだ。

「はい。まあよく考えたら、信頼してもらうというところがアウトでした。こんな胡散臭い人が信頼されるわけないですからね」

「なんで僕何もわからないまま罵倒されてるの?」

 理不尽極まりない。とりあえず、何となく西の宮廷魔術師の人物像は見えてきた。ミリちゃんに嫌われていて、強力な魔術師で、ミリちゃんに嫌われていて、他人をあまり信用しなくて、ミリちゃんに嫌われている。

「とにかく、アウレイラさんに催眠を掛けるのは待ってください」

「アウレイラさんって言うんだ」

「はい。この国で……一番の魔術師、と、言われて。言・わ・れ・て、います」

 言われて、を強調してきたぞ。

「そもそも今は聖都を留守にしているので、話しても仕方ないんですけど」

「あ、そうなんだ。どこ行ってるの?」

「……うー」

 そこ不機嫌になる?

「旅行? 出張?」

「出張です。北方戦線へ出ています」

「あれ。戦争してるの?」

 知らなかった。そういえばもうちょっと早く聞くべきだった。催眠で遊ぶのが楽しすぎた。

「あ、この聖都が戦禍に巻き込まれてるわけではないです」

「国境。それも北の……てことね」

「他方面も安心ではないんですけどね。北方のダモクレシアという国が最近、領地を広げようとしているみたいで、手が掛かってるというか」

 領土的野心を持つ隣国との、国境での小競り合い……みたいな感じか。

「そのアウレイラさんって人はそっちへ?」

「そうですけど? 何か文句あります?」

「いや何? まあ、西の塔には今その人居ないんですね」

 マジで何?

「あの人の方が私より戦力になりますからね。私はいっつもお留守番だって言いたいんですか? 大きなお世話なんですけど」

「そんなこと言ってないんだけど」

「大体ですね。あの人は雪氷魔術(チルクラフト)しか使えないんですよ。だからそこに想像力を自信満々で向けられるわけで、ずるいじゃないですか」

「はあ。そうなんだ」

 よくわからないが、アウレイラさんという人は氷の魔術のエキスパートなのだろう。そして、想像の精確さ、深さがモノを言う魔術において、得意分野を絞ることが大きなアドバンテージになることは想像がつく。

「ミリちゃんは得意な魔術あるの? この間の石の魔法?」

「岩鉱魔術(ガイアクラフト)が特別得意というわけではないです。というか、特に得意とか苦手とかなくて……何でも中途半端に、というか……」

「へえ、すごいじゃん」

「損なんですよ。集中を欠いているわけですから」

 いや、そんなことはないぞ。今やミリちゃんには催眠術師がついているわけで……。

 実際リルは、もともと魔術が得意ではなかった上に、マジで爆発の魔法しか扱えなかった。選択肢が狭かったのだ。

「そう思うんだったら、一緒に頑張らないとね」

「……そうですね。そのために、あんな辱めに堪えているわけで」

 酷い言い草だ。ミリちゃんだって楽しんでたじゃないか。

「目標があるといいな。そのアウレイラさんは魔法でどんなことができる?」

 この世界の魔法のすごさ、ちょっと基準がわからないところがあるので。

「……そうですね、私や他の人よりも広い範囲に影響を及ぼすことができます。これ説明も難しいんだけど……」

「まあ聞いてみる」

「えっと、わかんないと思いますが、魔術に要する想像力というのは、引き起こす魔法の強度と、持続時間、それから範囲。この3項の乗算で……いやすみません。分かるわけないですよね」

「いや分かるよ。掛け算で表せるんだ」

「レシヒトさん、算術できるんですか!!???」

 あれ? もしかして僕、馬鹿にされてる?

「そりゃ学校で習うし」

「は? なんで魔術の基礎もわからない人が算術修めてるのか、何も意味がわからないんですけど」

「そこで驚かれる意味がこっちもわかんないんだよなあ」

 学問体系がまるで違うことはなんとなくわかった。

「ええ……そんなイメージ全然無かったのに……」

「それが失礼なのも分かるぞ」

 逆に。この世界、算数はちゃんとあるようだ。なんか魔術理論的なやつより上位の学問っぽいけど。

「とにかく……伝わるなら助かるのでそれで。魔術は威力が出ないと意味ないので、持続時間と範囲をぎりぎりまで絞って出力を上げるのが普通の現出魔法(カンジュレイション)です」

「なるほど。掛け算だからそういう理屈になるんだ。でもアウレイラって人は、範囲の係数を上げることができる?」

「本当に算術を理解してる……!?」

 そんな目を丸くして驚かれても困るんだけど、むしろ傷つくんだけどな……。

「まあわかったよ。でもそれなら問題ないじゃん」

「……つまり、できるんですね?」

「多分。リルちゃんにやったようにすれば」

 催眠を上手く使えば、その『範囲魔術』くらいは実現できるはず。当然、ミリちゃんでも。

「――元になっている想像力のプール、それ自体を拡張する?」

「そういうこと。ワクワクしてきたね」

 カタン。フォークを置いて、食後酒を一口。

「もしかすると、レシヒトさんを召喚したのはやっぱり、私の運命だったのかもしれないですね」

「でしょ? 明日は実験だ、今日はそろそろ休もう」

「ふふ、ふふふ」

 ミリちゃんは不敵に笑い――。

「レシヒトさんと一緒なら……あの人に一泡噴かせられる?」

「どんだけ嫌いなんだよ」

◆宮廷魔術師の自主催眠練習

 集中を開放する。想像力によって生成していた岩塊が消失し、背後で魔術リフトががらがらと降りていく。

 ――ふう。

 窓からの夜風を受けてため息をついた。ここは東の塔の最上階……宮廷魔術師、つまり私の自室である。自室と言っても実際は、寝室。寝起き以外でそうそうここに戻ってくる機会はない。普段は2階の休憩室を使ってるし。何といっても、最上階なんて不便極まりないのだ。

 何階あるんだったっけ、階段で上り下りとかしたい高さではない。というか、この部屋に階段はない。

 この部屋に昇ってくる方法は、魔術リフトだけだ。魔術リフトはその名の通り、いくつかの踏み板で作られた設備。これを動かすためには、組み合わせた滑車と歯車を通して吊られたカゴに、何らかの重量物を入れる必要がある。それによって自分の体重を超える力を生み出し、引き揚げてもらう仕組みだ。科学の力ってすごい。

 踏み板からカゴに向かっては格子が嵌められており、直接物を投げ入れられるようにはできていない。つまり、直接入れるのではなく、カゴの中に重量物を出現させることで動かす。

 ……まあ、そんなことは現出魔法を使えば簡単だが、現出魔法でないと難しい。つまり、魔術師だけが簡単に昇降できる仕組みだ。

 そして、そんな設備の駆動に手を焼くような人間は、この部屋の利用者にはならない。ここは宮廷魔術師の私室なのだ。

「まあ防犯にはなるよね」

 この建築は、下手な錠前よりも防犯に優れており、塔に侵入してくる賊への対策となる。普通、賊はリフトを動かすに足る魔術を使うことはできないから。侵入を試みる悪い魔術師が居ないとも限らないが、そんな輩はどうせ、他の手段で防犯に勤めても防ぎようがない。対策する意味がない。

 そしてここは、宮殿の敷地内に聳える塔の最上階。外壁をよじ登ることも不可能ではないだろうが、誰にも見つかることなくそれをやり果せるには困難を極めるだろう。

 つまり、現実的な侵入・窃盗への効果的な抑止になっている。私の部屋に自力で出入りできるのは私と、あとはまあ、西の宮廷魔術師アウレイラ。他に国内の有力な魔術師が何人かというところだろうか。実際、アウレイラがここを訪ねるときは、氷塊を生成してリフトを動かしている。

 私はと言えば、特別得意というわけではないと言ったけど……なんやかやで、岩鉱魔術系統はよく使っていることになるのかな。

 まあ、つまり、大事なのは何かと言うと。

 もし、寝静まったころに宮廷魔術師の寝込みを襲い、枕元でよからぬ暗示を吹き込もうとする痴れ者が居たとしても、流石にここには入ってこないのだ。これはとてもありがたいことだった。

 安心して寝巻きに着替える。夕食の後はお風呂に入ってさっぱりした。あんな経験の後だと、やっぱり何か変な催眠が入ってるんじゃないかと警戒してしまうけど……こう、たとえばお風呂場だと思ったら廊下だったとか、レシヒトさんと一緒に入ってるとか、お風呂上がりに下着を忘れるとか、いかにもやりそうな感じがするわけで。

 一つ一つちゃんと確かめてある。お風呂場は間違いなくお風呂場だったし、私の他に人は居なかったし、お風呂上がりにはしっかりリルちゃんの染みのついたパンツを履いてきた。ひとまずは安心だけど、本気で掛けてこられたら多分、警戒していても気付かなかったりするんだろうな。

 そんなことになっては困るので、自分をしっかり持たなくてはいけない。私はリルちゃんのようにはならない。

 ひとまず今日のところは安心。寝間着に着替えて……ベッドに、寝られない。

 

「……掃除、しなきゃな……」

 ちなみに、当然リルちゃんもここには入れない。私は片付けが得意ではない。あとはわかりますね?

 ベッドの上の包装紙なんかを脇にどけて、うん。おやすみなさい。

 ――。

 自室のベッドの上は、やはり落ち着く。こうしていると、波乱万丈だった一日の疲れが抜けて、頭の靄もすーっと晴れていくみたい。そう……。

 夜風が涼しくて……火照った肌に気持ちいい。股間もやけにじっとりしていたのが、ひんやりして……。

 ……ん?

「……は?」

 え? は? なんで?

 ……。

「なんでこんな……」

 べろーん。目の前に小さな布。もちろんリルちゃんのパンツだ。私が履いていたやつ。今脱いだ。いやいや、なんで私が履いてるんだ。間違えることはないでしょいくら何でも。

「やられた……!」

 間違いなく、彼の仕業だ。いやリルちゃんかもしれない。どちらにしてもあの時だ。

 気をつけようなんてとんでもない。既に私もあのアホみたいな催眠イタズラの餌食になっていたわけか。まずい。もう何も信じられない。

 とはいえ、今は警戒するだけ無駄だった。彼の部屋に今から怒鳴り込むのも面倒だ。この後まだ、やることもあるんだし。

「はー……全く、なんなのあの男」

 私は気を取り直して、自主練習を始めることにした。

 ――。

「気持ち、いい……」

 あ、これは結構いいかもしれない。布団で、リラックスして、天井を見上げてぼんやりする。ゆっくり深呼吸をする意識。こうして、練習しておけば……きっと明日の実験でも、深い催眠に入ることができる。

「絶対……ぎゃふんと言わせるんだ……ううう……」

 まあぎゃふんとは言わないと思うけど。アウレイラさんが出張から帰ったとき、私はとんでもない大魔法使いになって、彼女を驚かせるのだ。そのためには、今よりももっと、ずっと、深く催眠に掛からなくてはいけない。そう思った。

 だからこうして、練習している。今日から早速始めたのだ。大体のやり方は見ていたし、気持ちいいのを思い出して、落ちそうになったら我慢する。

「きもちいい……ぁ、ぁ……っく、ふー、ふー……っ」

 そもそも、我慢するのがたまらなく気持ちいい。これは癖になりそうだ。気持ちいいことをして、魔法が強力になるということなら、そんなうまい話があるだろうか。騙されているのでは?

 でも実際、リルちゃんは気持ちいいことをして魔法が強力になっていたから……うーん?

「あー……んぅ……きもち、いい……」

 思えばあの“花火”だって、催眠で見せられた幻だったりするのでは?

 いやあの頃はまだ催眠に掛けられてはいなかったはず……え、いや。これだって本当だろうか?

 さっきだって、いつ暗示を入れられたかわからないのに、リルちゃんのパンツを履かされていたわけで。

「自分で……落ちちゃいそう……あ……そうだ……」

 思いついた。こうしたら自分で催眠に入ることができるのでは?

 だって。もし、本当に催眠で強力な魔法を実現できても、そのたびにレシヒトさんに気持ちよくされていたら持たない。身も心も。尊厳も。

 自分で催眠状態になって……魔術を……うん。それだ。

「10……9、ぁ……8……、な、な……」

 自分で数を数え始めると、他には何も聞こえなくなった。瞼の裏は真っ暗く塗り潰され、意識は頭の後ろへ落ち窪んでいく。早すぎる、こんなんじゃ無理に――な、る……。

「……6……5、……4」

 落ちる。私は落ちていく。気持ちよく……落ちる。

「3……2……1」

 数字が0になると……とても、気持ちいい場所に……。

「ぜろ……、ぁ」

 落ちる――。

「……わたしは……後催眠暗示により……上手に、催眠状態に……なること、が……でき、ま……した……」

 私の口から……声が聞こえます。

 真っ暗で……深くて、とっても気持ちよくて……なにも、わかりません……。

「わたしは……じぶんで……催眠を……深く、ふか、く……することが、できます……」

 なにも……わからないけど……なんだか、とても……うれしいような……いい気持ちです……。

「催眠人形の……ミリちゃんは……りっぱな……魔法使いに、なるために……きもちよくなる、練習を……します……」

 何言ってるのか……意味が、わかりません。

 知らない言葉が出て……誰もいない部屋に、消えていきます。

「私は……おっぱいで、きもちよくなることが、できます……」

 なに、言って……。

「こうして自分で……言葉に、することで……暗示が、より深く、入ります……」

 そうなんだ……じゃあ、この言葉は……私の、中に……入っていくんだ……。

「催眠人形の、ミリちゃんは……3つ、数えると目を覚まして……ぜんぶ、わすれてしまいますが……」

 うん……忘れる……。

「かならず、おっぱいで……気持ちよく、なります……」

 なります……。

「おっぱいで、気持ちよくなったら……リルちゃんのパンツを嗅ぐと、イくことができます……」

 そうなんだ……。

「ひとつ……ふた、つ……みっつ……あ、あう」

 ――あ?

「……あ。そっか……」

 目が覚めた。そりゃそうだ。

「自分で、催眠状態になったら……起こしてくれる人がいないと、困るんだ……」

 流石にやる前に気付くべきだと思った。

「危ない……落ちきったら、朝になってたよね、これ」

 どうにか、意識があるうちに帰ってこられたけど。これ、結構やばい。気持ちいい。もちろん、掛けてもらった時には全然かなわないけど……いっぱい落とされてしまったのが染み付いている感じで、思い出すだけで、気持ちいいんだ。

「んー……じゃあ、催眠状態になるのはまた今度で……」

 虚空に呟いて、考える。自分の声を聴くのって大事だ。あやふやなことをはっきりさせて、確かめることができる。

 そうだ、自分で落ちるのは駄目でも、気持ちよくなる練習ならできる。催眠に深く掛かるというのは、つまり気持ちよくなることなので……。

「気持ちよくなればなるほど、魔法が強力になる」

 そういうことだ。毎日、気持ちよくなる練習をして……必ず、国一番の魔術師にならなくては。

「じゃあ、オナニーをしよう。これは魔術の特訓です」

 自分で言うと、確かめることができる。

「オナニーでは、おっぱいを弄って気持ちよくなる」

 うん。間違いない。早速始めよう。

「ええと……薄い布地越しに、すりすり、すりすり、触ります。うん。こう……あ……」

 薄手の寝間着の上から、乳首の先を、両手の指で優しく擦る。乳首の形がぜんぜん変わらないくらいの、触れるか触れないかの力ですりすりすると、一瞬で腰の奥がじわっと甘く……。

「気持ちいい……これを続ける……」

 すりすり、すりすり。これを……飽きるまで、続けていい。オナニーのやり方は覚えている。すりすり、すりすり……。

「気持ちいい……あぁ、魔法の力が上がってる……」

 腰の奥の快感は、魔法の出力を高めてくれるらしい。これをたくさん溜めると、私はすごい魔法が使えるようになるはずだった。

 夢中ですりすりしていると、指の動きが自然に速くなっていく。

「すりすりが、物足りないなら……先っちょだけ、小さく、こちょ、こちょ……っひぃっ!?」

 きゅうううううっ、すごい。すごく魔法力が溜まっている。足がぶるぶる震えるくらいに。

 これを毎日続ければ、私は絶対最強の魔術師になれる。

「っあ、あ、あ、気持ちいい、きもち、きもちい、すき、これすきっ」

 きゅん、きゅん、きゅん。

 力が集まって、破裂しそう。もう限界。でも、次は?

「あ、あー、ぁ、あ、あ、あー……すき、しゅき、しゅき……♥」

 気持ちいいのがずっとで、おかしくなる。おっぱいこちょこちょが、こんなに気持ちいいなんて。

 きゅんきゅん。気持ちいい、嬉しい、幸せ。こんなに気持ちよくて、すごい魔法も、できるようになるなんて……。

 足の指がきゅうっと丸まって、ぶるぶる震えて、気持ちいいのが集まって。

「つぎ、つぎぃ、えっと……あ、また、すりすり……すりすりぃ……♪」

 甘い。こちょこちょと違って、腰がじわーっと溶けるような感覚。変な感じだ。乳首を弄っているのに、股間の奥が気持ちよくなってくる。きっと、魔法の力が溜まっている証拠。

「もっと、もっとするぅ……これずっとする……♥」

 でも、だんだん切なくなってくる。私は知っている。こんなことしても、イけない。イけないまま、おまんこ、気持ちよくなるばっかりで、どんどん切なくなって、我慢できなくなる。

 ……何をだっけ?

 オナニーは……今してる……あれ?

「やぁああ、わかん、ない、あ、こしょこしょ、こしょこしょするぅ、っくひゅぅぅん♥」

 足がびくびくする。腰が浮いて膝が震える。突き出した胸の先端だけを、ひたすら、こちょこちょ、こちょこちょ。

「ぉ、ぉ、ぉぉぉ、っぁ、あーあー、あーーーーーー♥」

 くねくね身体が揺れる。こんなに気持ちいいのは知らない。イきたい。

「イく、イくのぉ、イかせて、イ、あ、あー……イきたいぃ……」

 イくの、どうやるんだっけ。だって、オナニーって、おっぱいいじって、それから。

 なにか、わかんなくなってる。多分忘れてる。やだ。あ、何かきた。頭の中、ぱぁーって明るくなって……。

「おぼえてるもん。かしこいから、わかるもん……♥」

 身体を横にひねって……枕元のパンツに顔を埋める。普通なら、自分が履いてたパンツとかむりなのに……全然、気にならなくて……。

「猫ちゃんの、おつゆ、んぅぅ、すー、すん、すぅー、すぅー、は、ふはぁああ……♥」

 くさい。いやらしいにおい。イける。これイける。

 私は、思いっきり……『こちょこちょ』することにした。

「すん、すん、ぁっ、ぅあ、こしょこしょ、だっ、め、ひっイ、イッぐ、ぅぅぅ~~~ッ!!」

 こしょこしょこしょ。かりかり。こしょこしょ。

 かっくんかっくん腰が前後に暴れて、肘のあたりがぶるぶるして、手元がぐちゃぐちゃ。くりゅくりゅ。

「イっ、イっでう、イっでるの、ぉ、お゛ぉぉ……ふゃあぁ……♥」

 ぶるぶる震えて……私は、布団に沈んだ。

「ぁー……きもち、ひ……さん……にー……、いちぃ……あれ……?」

 何か聞こえる……あ、これ……私、だ……。

「ぜろ……ォおぉ……」

 きもち、いい――。

 

<続く>

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