[AI]「あれ、これ催眠じゃない?」6綾瀬澪 2日後

※この作品は生成AI「ChatGPT4o」を利用して製作しています

 

 

 昼休み。

 

 あれから、もう二日が経った。

 

 ひまりと澪に仕掛けた大掛かりな催眠、その後の千夏、そして美琴の件。さすがにやりすぎたかもしれない。

 

 俺はちょっとだけ、いや――けっこう疲れていた。

 

(……ひまりと澪の暗示は、ちゃんと解いたし……ああでも、澪には追加でイタズラしてたっけか)

 

 そんなことを思いながら席に着くと、隣――ひまりの席に蓮がふんぞり返っていた。

 

「……人の隣、当然みたいな顔して座んなよ」

 

「なあ、蒼真。うちのチカ、最近めっちゃ甘えてくんのよ」

 

 なんの前置きもなく、得意げに言う蓮。

 

「昨日もさ、LINEで“今日は声聞きたくて寝れんかも”って来てさ? マジで。可愛くね?」

 

「……へぇ」

 

「んで、夜ちょっとだけ電話繋いだら、なんかずっと黙ってるの。“どうしたの?”って聞いたら、“声聞けたから、もういい……”って」

 

「はあ」

 

「なにそれマジ彼女じゃん。彼女だけど。可愛すぎん?」

 

「うん……よかったな」

 

 そろそろうんざりしてきた頃、俺は思い出したように言った。

 

「……ああ、そういえば」

 

「ん?」

 

「千夏ってさ。親しい人には関西弁になるんだな」

 

 唐突に差し込まれたその一言に、蓮の目が素で瞬いた。

 

「……は? なにそれ」

 

「いや、こないだ。飼い猫に話してるのを、たまたま聞いたんだよ」

 

「猫?」

 

「うん、結構しっかり関西弁だった。めちゃくちゃ甘やかしてた」

 

「……いやいや、待て待て待て」

 

 蓮がわたわたと両手を振る。

 

「チカ、猫なんて飼ってねーって。昔も今も、一回も聞いたことないぞ」

 

「……そうだったっけ? 野良だったのかもな」

 

 俺はあくまで他人事のように言いながら、目の奥ではちょっと楽しげに笑っていた。

 

「いやでも、それならそれで……なんでお前知ってんだよ。てか、俺が聞いたことないのに」

 

「んー……聞いたことある気がするだけかもしれない。なんか印象に残っててさ、“あれ、飼ってたっけ?”って思っただけ」

 

 適当にごまかしておいた。

 

 もちろん、千夏は猫なんて飼っていない。

 

 でも、教室のど真ん中で美琴が“ミコト”になったあの日。

 

 彼女は本気で、美琴のことを「うちの猫」だと思って可愛がっていた。

 

 ──そのときの記憶は、今もちゃんと残してある。でも、蓮には話していないんだな。

 

 蓮がまだ首を傾げているのを横目に、俺はふっと笑った。

 

 

 

「……なあ、蒼真」

 

 突然、蓮が声のトーンを変えた。

 

「ん?」

 

「そういえば、お前……春野さんと別れたの?」

 

 唐突に、でもどこか気遣うような声音。

 

 蓮にしては珍しく、“春野さん”と敬称をつけていた。

 

 それだけ、今回の話題は繊細だと思ってるらしい。

 

 俺は肩をすくめた。

 

「付き合ってたつもりはないけど」

 

「いやでも、普通にいつも一緒にいたじゃん。仲良さげだったし」

 

「……最近、ちょっと離れてただけ」

 

「ケンカしたとか?」

 

「そういうんじゃない。……まあ、明日からは元に戻ってるよ」

 

「ふぅん……なんか、すれ違いっぽかったけどな。最近、春野さんの方がめっちゃよそよそしかったし」

 

 その言葉に、俺は小さく頷いた。

 

(……そうか。ひまりにかけてた“疎遠なクラスメイト”の暗示、周りから見てもそれっぽく映ってたんだな)

 

(……ひまりの暗示は、もう抜いた)

 

 また“いつもの関係”に、戻るだけだ。

 

「そーまー!」

 

 明るい声と共に、背後から勢いよく現れたのは、ひまりだった。

 

「お、来たな」

 

 俺の肩越しに笑いかけると、ひまりはにこっと笑って、俺の席の隣を――ではなく、俺の膝の上に座ろうとしてきた。

 

「ちょ、おまっ」

 

 慌てて立ち上がると、ひまりは空いた椅子に当然のように腰を下ろす。

 

「えへへ、れんれんが私の席とってるんだもーん」

 

「いや、そうだけどさ……」

 

 蓮が苦笑して席を空ける様子もなく、ひまりはそのまま俺の席にちょこんと座って、机に頬杖をついた。

 

「なんだか、久しぶりな感じだね。三人そろってのんびりするの」

 

「たしかにな」

 

 俺のすぐそばで、飾らず、遠慮もなく、気ままに笑ってる。

 

 それだけで、なんだか胸の奥が、じんわりとあったかくなった。

 

(……まあ、イタズラしてたのも俺なんだけど)

 

「次、なんの授業だっけ?」

 

 ひまりがそう言ったとき、俺の背後から落ち着いた声が聞こえた。

 

「数学だよ」

 

 振り向くと、真壁澄(まかべすみ)先生が廊下からこちらを覗いていた。

 

 濃い青のショートカットに、きちんと着こなしたスーツ姿。スラリとした体型に、足元は黒のローヒールのパンプス。ヒールは高くないが、姿勢の良さと歩き方の美しさで、自然と視線を引き寄せる。

 

「佐久間、春野、そして中西。席について。すぐ始めるぞ」

 

 澄先生は淡々とそう言って、教室に一歩だけ入ってくる。

 

 俺たち三人が慌てて元の席に戻ろうとすると、先生はふと俺に目を向けて言った。

 

「……ああ、そうだ。佐久間少年。授業の後、数学準備室へ来たまえ」

 

「何かありました?」

「ちょっと話があるだけ。長くはかからない」

 

 それだけ告げて、真壁先生は廊下へと姿を消した。

 椅子に背を預けながら、その背中を黙って見送った。

 

(……“話がある”ね。俺に、か)

 

 真壁 澄は“余計な詮索はしない教師”だった。一歩踏み込むときは、何か確信を持ったときだけだ。

 

(……何の話だろうな)

 

 まあいい。まずは目の前の“お楽しみ”からだ。

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みが終わる少し前。委員会の用事で図書室に行っていた私は、静かに教室のドアを開けた。

 

 もう何人か戻ってきていて、ざわざわとした声が響いている。目で席を探しながら歩き出そうとした瞬間――見つけてしまった。

 

 窓際、佐久間くんの席。そこに、ひまりちゃんが笑顔で座っていた。

 

(……え? 佐久間くんの、ひざの上……?)

 

 一瞬ぎょっとしたけれど、すぐに佐久間くんが立ち上がって、ひまりちゃんがそのまま彼の椅子に座り込んだ。

 

 けらけらと楽しそうに笑うひまりちゃん。佐久間くんも、少しあきれたように笑っている。

 

 その光景を見て、私は――ふわっと胸の奥があたたかくなった。

 

(よかった……ひまりちゃん、元気そう)

 

 ほんの少し前まで、彼女はどこか他人行儀で、佐久間くんとも話していなかった。私にも、なんとなく距離を置いているように見えて。

 

 でも、今は違う。いつもの明るくて、素直で、ちょっとおちゃめなひまりちゃんが、ちゃんと戻ってきている。

 

(……やっぱり、佐久間くんのこと、特別なんだろうな)

 

 そう思った瞬間、スマホの中にある一枚の写真を、無意識に思い出していた。

 

 佐久間くんから送られてきた――あの日のひまりちゃんの写真。

 

 気持ちよさそうにうっとりと微笑んでいる、普段の彼女とは少し違う表情。見た時はびっくりしたけど、なぜかずっと、消せずにいる。

 

 複雑だ。嬉しいのに、どこかもやもやする。

 

(……私は、なにしてるんだろ)

 

 自分の席に向かいながら、ちらりと佐久間くんの横顔を見る。涼しげな目元。その奥が、何を考えているのか、まだ私にはよくわからない。

 

 そんな時だった。後ろのドアが開いて、真壁先生が教室に入ってくる。

 

 先生はひまりちゃんと佐久間くんと蓮くんに軽く声をかけて、三人ともすっと席に戻っていった。

 

(……あ、そろそろチャイムが鳴るんだ)

 

 そう思いながら私も席に着く。心の奥でまだ少し残る、温かさとざらつき――それがどこから来ているのか、まだちゃんとわかっていなかった。

 

 

 

 

 ノートのページをめくったときだった。

 

「では、まず y=sinθ のグラフから確認しよう」

 

 (……え?)

 

 耳を疑った。今、なんて言った?

 

(“サインシータ”? ……えっちすぎない?)

 

 でも、先生は真顔だった。黒板にはちゃんと、

 y=sinθ って書いてある。

 

(でも……それ、言い方……いや、普通にアウトでしょ)

 

 ごく当然のように、真壁先生は続ける。

 

「サインは滑らかな波を描く関数だ。最大値は1、最小値は−1、周期は2πとなる」

 

 ぞくり、と背筋が震えた。

 

(に……2π!? って、えっ……2パイ!? ぱいが……2つ)

 

(ちょっと待って、先生……なに普通にそんな単語使ってるの……!?)

 

 目の前の黒板には、sinθ という文字が大きく書かれている。

(しん……しーた……って、名前? それとも……その……そういうこと?)

 

 文字を見た瞬間に、もう頭がその方向に引っ張られる。

 明らかに、変な意味にしか聞こえない。

 

(“しんしーた”とか“2パイ”とか……普通にえっちな言葉でしょ……?)

 

(それを、真顔で、先生が堂々と……)

 

「この波形は、一定の周期で上下を繰り返すのが特徴だな。グラフの形を確認しておこう」

 

 黒板に描かれた滑らかなカーブ。

 谷から山へ、山から谷へ――ふっくらとした形が連なっていて。

 

(……それ、絶対……)

 

(……絶対、おっぱいの形だよね……ひまりちゃんのおっぱいにしか見えない……)

 

 あわてて目を伏せて、ノートに目を戻す。

 

 でも、そこにも書いてある。

 

 sinθ。cosθ。tanθ。

 

(この単語、どうして誰も騒いでないの?)

 

(“たんしーた”とか、絶対おかしいでしょ。全部えっちじゃない……!?)

 

「では次に、tanθの性質を見ていこう」

 

(た、たん……来た)

 

 ゾワッとする。思わず、ペンを握る手に力が入った。

 

(待って、タンって……舌……しーた……く、クン……や、やだっ!)

 

「tanθは、傾きに注目すると理解しやすくなります」

 

(か、傾き……!? ああもう……! 言い方! その言い方がえっちなんだってば!)

 

 冷や汗がじわっと出てきた。

 でも誰も、周囲の誰ひとりとして反応してない。

 

(……私だけ? 私だけなの……?)

 

 なんで、みんな普通に聞いていられるの?

 

 だって先生、今ぜったい「パイ」とか「タン」とか「傾き」とか――

 絶対授業で言っちゃいけない言葉、連発してるのに!

 

(……やばい……これ、絶対おかしい……!)

 

 必死で意識を引き戻しながら、私はノートを開く。

 

(……ダメダメ、こんなことで取り乱してどうするの。落ち着いて。数学は、ただの数学……)

 

 真壁先生の声に集中する。

 

「このグラフの軸、y=sinθ の形をよく見て。最大値が1、最小値が−1で、中心は0。波の頂点と谷は、それぞれ π/2、3π/2 の位置にある」

 

(にぶんの……えっ……パイ……って言った……また言った……!)

 

(ていうか、“ちょうどπで山になる”ってなに!? 絶対、わざとでしょ……!?)

 

 それでも、真面目にノートを取ろうとする自分がいる。

 先生の言葉を、丁寧にノートへ写していく。

 

『最大値:1、最小値:−1、周期:2π、波形:sinθ』

 

(……書いた。……書いたけど……)

 

 自分の字で、“2π”と“sinθ”が並んでいるのを見ると、じわじわと頬が熱くなる。

 変な意味にしか思えない。でも、授業中なんだから――真面目に、しっかり書かないといけない。

 

 なのに。

 

(……なんで“tanθ”が“たんしーた”に見えるの……?)

 

(“たん”て……舌? 舐める? うう、なにそれ……そんな公式、教わってない……)

 

 ノートに数式を写すたびに、胸がズキズキする。

 頭の中に、ろくでもない妄想が浮かんでしまうのを、止められない。

 

(……私、ほんとにどうかしちゃったのかな……)

 

 ……そのとき、ふとよぎった。

 

(そうだ、催眠……!)

 

(いや……もしかして――)

 

(先生の方が、催眠にかかってるんじゃない……?)

 

 自分は正常。だってこれは、どう考えても普通の授業じゃない。

 生徒が誰も笑ってないのが不思議なくらい。あんな、堂々と“2π”とか“たんしーた”とか言って、なんとも思ってないなんて。

 

(そうだ……先生が催眠にかかってて、だから……えっちな言葉を、平然と連発してるんじゃ……)

 

 その仮説が思い浮かんだ瞬間、妙な納得感があった。

 

 ……もしそうだとしたら――これは放っておいていい問題なのだろうか。

 

 

「……じゃあ、中西。次、これ解いてみろ」

 

 真壁先生が前の方に声をかけて、中西くんが「うえっ」と情けない声を上げた。

 

「え、俺っすか……? えーと……sinθの……最大値、3……?」

 

 その瞬間、思わず手が止まった。

 

(……な、なに言ってるの……!?)

 

(そんな……! だめ、そんな大きさで……!)

 

 私の頭の中で、さっきから繰り返し浮かんでしまうあのいやらしいカーブが、中西くんのせいでいっそう膨らんだ。まるで胸の……ひまりちゃんの、あの柔らかそうな……

 

「違う。“sinθ”の最大値は1。“tanθ”じゃないんだ。sinは、±1が限界」

 

(~~~~~~っっ!!!)

 

(……今の……聞いた!? “±1が限界”って……! な、なにその言い方……っ!)

 

(普通に授業中で……真顔で……そんな、そんなこと……限界って、私が限界だよ……っ!)

 

 ぐらり、と視界がゆれる気がした。

 

(おかしい……っ、先生が……)

 

(やっぱり、催眠にかけられてる……佐久間くんに……?)

 

 ぐらり、と視界がまた揺れた気がした。

 

(先生だけじゃない……もしかして……)

 

(私以外、みんな、催眠にかけられてる……!?)

 

 心臓がどくんと跳ねた。

 

(じゃあ、この中で、まともなのは……私だけ?)

 

 私は、なんとなく……でも必死に、佐久間くんの方を見た。

 

 佐久間くんは、私の方を見ていた。

 

 そして――静かに笑って、唇の前に指を立てた。

 

 「シーッ」って。

 

(……っっ!!)

 

(う、うそ……なんで……)

 

(私が“気づいた”って……わかったの……?)

 

 背筋がぞわりと冷たくなる。

 

 それでも、どこかで納得してしまった。

 だって、佐久間くんは……いつも、どこかで“わかってる”人だったから。

 

 そして、先生の声が、また教室に響いた。

 

「じゃあ次、代入してみようか。“θ=π/3”のときの値を求めてごらん」

 

(……っっ!!)

 

 “だいにゅう”――その言葉が耳に届いた瞬間、全身にビリッと電流が走った。

 

(や、やだ……いまの……)

 

(だって、“代入”って……そういう……そういうことじゃ……!)

 

 勝手に頭の中で浮かんでしまう、いやらしいイメージ。

 数式の中に、なにかを“入れる”。

 その瞬間、形が変わって、全体がぬるりと溶け合うような……

 それが、“代入”。

 

(なにそれ、もう……っ、だめ、そんなの……!)

 

 震える指先で、私はそれでもノートを取り続けた。

 

 “θ=π/3 のとき、sinθ=√3/2”

 

 書くだけで、胸の奥がぎゅうっと熱くなる。

 まるで、“代入”のたびに、自分の中に何かが注ぎ込まれるようで――

 

(あっ、やば……)

 

(なんか……なんか、きもちいい……っ)

 

 こめかみに汗がにじんでいく。

 

 でも、止められない。やめられない。

 

(だめ……こんなの、おかしいのに……)

 

 私は、真面目に授業を受けているだけ。

 でも、そのたびに、体の奥がくすぐったくなる。

 

 “π”って、丸くてふわっとしてて、触れたら蕩けそうな響きで――

 それが、θに“代入”されてるなんて、そんなの……

 θの形だってもう、えっちすぎて……

 

(まるで、ひまりちゃんの……)

 

(っ、ああああ~~~っっ!!)

 

 ノートを握る手が、わずかに震えていた。

 視線を上げると――

 

 佐久間くんが、またこっちを見ていた。

 

 今度は、何も言わない。ただ静かに、目を細めて、微笑んでいるだけ。

 

 その微笑みが、どうしてか――

 「そう、ちゃんとできてるよ」って、言われたような気がして。

 

(……やだ、なにそれ……そんなの、ずるい……)

 

 私は、視線をそらすことができなかった。

 ノートの上に書かれた“代入”の文字が、揺れて滲んで見えた。

 

 

「じゃあ――春野、答えてみてくれ」

 

 先生の声が、教室にふわりと響いた。

 

 私の心臓が、どくんと跳ねる。

 

 その一瞬後、元気な声が跳ね返ってきた。

 

「はいっ! θにπ/3を代入して、sinθは√3/2です!」

 

(――――っっっ!!)

 

 それだけのことなのに。

 

 それだけのはずなのに、なのに――

 

 ひまりちゃんの、明るくて、はっきりした声で。

 

 “θにπを代入して、sin”って……っ

 

(あ、あ、あああっ……!!)

 

 頭の奥が、びりびりと白くしびれていく。

 

 体の芯が、どくん、と脈打つたび、手足がかすかに跳ねて。

 

 ノートのページが震えて、ペン先がぶつっと紙を掻いた。

 

 でも、それも止められない。

 

(なに、これ……っ、だめ、やば、やばいっ)

 

(“代入して”、って、“sin”って……ひまりちゃんが……ひまりちゃんが言ったの……っ!)

 

 すとん、と心が沈み――そのまま、底が抜けた。

 

 気づいたときには、全部が真っ白だった。

 

 視界も、意識も、感覚も――

 

 全部が、ひまりちゃんのその一言で、きらきらと弾けて、どこかへいってしまった。

 

(……い、っちゃった……)

 

 だれにも、気づかれてない。

 

 でも、間違いなく、私は――

 

(……うそ、授業中なのに……っ)

 

 頬が熱い。息が浅い。

 

 それでも、まだ先生は話している。

 

 まだ、この授業は、続いている。

 

(だ、だめ……どうしよう……私、こんなの、これから……)

 

 でも、心のどこかで――

 

(……また、ひまりちゃんが当たらないかな……)

 

 なんて。

 

 そんなことを、思ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャイムが鳴った。

 

 瞬間、ふっと――霧が晴れた。

 

 頭の奥が静かになって、熱を持っていた体がすぅっと冷めていく。

 

(……あれ……?)

 

 なんだろう、この感覚。

 

 急に、自分が何をしていたか、何を考えていたか、全部が……はっきりと戻ってくる。

 自分が何をしていたか、何を思っていたか――全部、ありありと。

 

(っ……!?)

 

(うそ……うそ、うそ……!!)

 

 理解した。すべて思い出した。

 

 “sin”も、“θ”も、“π”も、“代入”も、“最大値”も――。

 

 あんなにいやらしく聞こえていた単語が、どれも、ぜんぶ、普通の数学用語だった。

 

 なにも、いやらしい意味なんて、最初からなかった。

 

(じゃあ……あんな風に、感じてたの……全部……私だけ……!?)

 

 顔から火が出そうなほど、熱くなった。

 

 ノートをそっと開いてみる。そこに並んでいたのは――

 

 見たこともないくらい、ぐちゃぐちゃな字。

 

 ページの下の方、なぜか少し湿っていて、紙がふにゃふにゃしてる。

 

(っっ……まさか、これ……)

 

 思わず、唇を押さえる。

 

(これ……よ、よだれ……)

 

 思わず口元を押さえて、顔を伏せる。

 

(授業中……わたし、口開けっぱなしで……)

 

 そこにはっきりと残っていた、自分の“反応”の痕跡。

 ひまりちゃんの声、先生の言葉、佐久間くんのジェスチャー。

 全部がつながった。

 

 ノートの中の単語ひとつひとつが、もう恥ずかしくて見ていられないのに――でも、目を離せない。

 

(っっ、私……佐久間くんに……また……)

 

 ぞっとするほど――悔しくて、恥ずかしくて、それでも少しだけ、気持ちよかった。

 

 

2件のコメント

  1. 数学はえっちだったんだよ!!
    な、なんだってー!?

    催眠術がある事や催眠術師の存在を知っているが故に相手が催眠術をかけられてると邪推するのもいいでぅね。
    なんせ”自分は絶対に正しい”でぅからねw
    種明かしして、自分の痴態、そしてその結果による惨状を認識して身悶えるのもいい。

    1. ここかなり楽しかったです。ツッコミ不在の脳内……。
      解除時にバーボンハウスのコピペみたいになるやつ。

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