EDEN 2nd Vol.1

Vol.1

─ 1 ─

「北条さん・・・僕と・・・付き合って欲しい」

 ここはかなたが通う高校の屋上。春の爽やかな風が優しく頬を撫で、かなたの腰まである髪を畏れ多いとばかりに、少しだけ乱した。夕日がかなたと・・・もう一人の姿を赤く染める。
 かなたは、少し戸惑ったように俯き、すぐに相手の目を見詰める為に顔を上げた。そこには恥じらいと、相手に対する申し訳無さを浮かべている。その表情から、どのような結論が導き出されるかは明白だったが、かなたは静かに口を開いて話し出した。それがかなたの、相手に対する誠意の形だった。

「済みません、鷺沼先輩・・・。私、好きな人がいるんです。私の・・・何よりも大事な人が・・・」
「ああ・・・最近、君が綺麗になった気がしてはいたんだ・・・。その・・・今日の事は、気にしないで欲しい。・・・幸せに・・・ね」
「あの・・・ありがとうございます・・・済みませんでした・・・」
「僕は大丈夫だから・・・。それじゃあ、ね」
「・・・」

 無言で頭を下げるかなたが、屋上に一人残された。少し憂鬱気に、暮れなずむ街並みを眺める。その先にある、大事な人が住む館の方へと。

「か~な~た~ちゃ~んっ!鷺沼先輩、落ち込んでたよぉ?」
「ゆかちゃん・・・私も今、落ち込んでるのよ?」

 そこに、元気一杯な口調でかなたに話し掛けたのは、友香だった。どうも、告白シーンを見物していたらしい。かなたにからかうように笑いかけながら、近付いて来た。

「ごめんごめん。でも、今週に入ってから3人目だよ?すごいよっ!”ましょうのおんな”だよっ!いいなぁ~」
「ふぅ・・・。私が好きなのは一人だけなのにね。どうしてこうなっちゃうのかな?」

 憂鬱そうに溜息をついて、かなたは友香に語りかけるでもなく、呟いた。今週に入ってから3人に告白されるというのも凄いが、実は、今月に入ってからは8人目の告白と聞けば、その凄さが判るだろう。まだ、4月も中旬なのだ。

「ぼくから見て、原因は2つだね」
「2つ?」

 かなたが聞き返すと、友香は自慢気に笑いながら、鼻の下をこすった。

「うんっ!1つ目は、本格的に受験に突入する前に、告白しちゃおうって雰囲気になってるって事。最近、カップルが増えてるのが判るでしょ?」

 かなたは少し考え込んでから、頷いた。

「そうかもね」
「”かも”じゃなくって!もぉっ!かなたちゃんって、そういう所がニブいんだからっ!で、2つ目は、最近、かなたちゃんって、すっごくキレイになってるからっ!」
「え?良く判らないんだけど?」
「だからね、最近のかなたちゃんって、ぼくから見てもはっとするほどキレイなんだってば!」
「・・・そう?」

 半信半疑で呟くかなたに、友香は腰に手を当てて見上げた。最初はからかっていただけだったけど、だんだん心配で注意している雰囲気に変わって来ている。いつもはお姉さん然としているかなたと、立場が逆転したようだった。

「そうなの!だから、気を付けなくちゃいけないんだからねっ!かなたちゃんに何かあったら、ゆーいちさんだって悲しむんだからっ!」

 その名を聞いて、かなたの心に一瞬、ざわっとしたものが走る。愛情、欲望、幸せ、そして・・・罪悪感。かなたは思わず、友香を抱き締めていた。

「ちょっ・・・かなたちゃん?」
「ね、ゆかちゃんは、雄一さんの事、好き?」
「うんっ!だぁい好きっ!」

 えへへ。そう嬉しそうに笑いながら抱き付き返す友香に、かなたは背中に回した手で、頭を撫でた。愛し気に、何度も。

「私も好きよ。だから・・・雄一さんの悲しむような事が起きないよう、気を付けなくちゃ、ね」

 そういって上を向く。涙がこぼれないように。

 ・
 ・
 ・

 かなたと友香は夕日に染まる商店街を抜けて、家への道を歩いていた。今日は、雄一が実家に戻っているので、特にする事も無い。それにかなたの家庭は放任主義なのでいいけど、友香の家族の為にも、たまには早く帰してあげたい。
 あの日から、二人の生活習慣は大きく変わってしまった。平日でも夕方から夜まで、休みの日に至っては夜討ち朝駆けで、あの館に入り浸っている。時々は家族に嘘をついて、お泊りもしている。本当は同棲したいくらいだけど、雄一は二人の家族の事まで考えて、ほどほどにね・・・そう言ってくれているので、無理は出来ない。

「ふゃあ~、ゆーいちさんがいないと、退屈だねぇ」
「そうね。でも、今週末までの辛抱だから、がんばろうね」
「うえ~、我慢出来ないよぉ」

 友香はどんよりした目で、ガッツポーズをするかなたを見上げた。それから何か良い事を思い付いたのか、目をキラキラさせて、かなたに向き直った。

「ね、じゃあゆーいちさんがいなくてもいいから、お屋敷行こうよ。お掃除してもいいし、お布団をぽんぽんしときたいし、ね?」
「だぁめっ」
「え~?い~でしょ~?かなたちゃ~ん、ねーねー」
「纏わりついてもだ~め」

 その言葉に、友香は拗ねたようにかなたから離れた。表情がコロコロ変わって、とっても可愛い。でも・・・かなたの心を罪悪感が刺激する。
 雄一さんがいなくても、せめて雄一さんが感じられる場所に行きたい、それって、雄一さんが好きだから?それとも、雄一さん無しではいられない程の依存心を植付けられたから?・・・私が・・・そう、しちゃったから?

「ねぇ、かなたちゃん、どうしたのぉ?」
「えっ?あ、ごめんなさい。すこし、ぼんやりしちゃった」

 てへっ。そんな声が聞こえそうな表情で、かなたはぺろっと舌を出して微笑んだ。例え自分が苦しくても、人を安心させる為になら、かなたは笑う事が出来る。それは、小さい頃からの悲しいクセだったけれど。

「取り敢えず、今日は早く家に帰って、家族サービスする事っ」
「はぁ~い」
「うん、よろしい」

 二人は顔を見合わせて、くすくす笑うとそれぞれの家に帰って行った。そのまま、かなたは心のざわめきを面にだす事は無かった。

─ 2 ─

 ふぅ。この所、自分の部屋で溜息をつく事が多くなった気がする。それは例えば、最近色んな人から告白される事が多くなったせいでもあるし、今ここにいない、雄一さんのせいでもあるかも知れない。
 かなたは寝間着でベッドに寝転んで、掌を天井の電灯にかざしてみた。今日感じたあの罪悪感・・・あれは、雄一さんも感じているんだろうか?私がゆかちゃんに感じるように、雄一さんも私に対して・・・。

 ───なんだか、私ってだんだんダメになって行ってるみたい───

 昔から、気持ちの切り替えがすぐにできなくて、落ち込むと長引く事が多かった。しかも、他の人といるときは、表面上は普通に見えるように振舞うクセもあったし。
 ・・・でも、それは平気だからじゃなくて、弱い自分を隠す為だと思う。

 ───私も・・・雄一さんに依存してるんだろうか?───

 掌で、顔を・・・目を覆った。それは・・・イヤだと思う・・・。自分が雄一さんにべったりになってしまう事よりも、雄一さんの負担になってしまう事が・・・。きっと、雄一さんは私を・・・私達を受け止めようとするだろうから・・・。

「雄一さん、早く帰って来ないかな。そうしたら、嬉しいのに・・・」

 きゅんっ。胸の奥が疼く。本当に誰かの事を好きになると、女の子は心臓が痛むって、初めて知った。そっと、寝間着越しに胸に手を置く。とくん・・・。鼓動が手に伝わってくる。さっきよりも、少し速くなってるかも知れない。

「この手が雄一さんの手だったら、この指は雄一さんの指ね・・・」

 そっと、左手を添えた右手にキスをする。手の甲に、爪に、指先に・・・その都度、身体が熱くなるのが判った。

「雄一さん・・・すき・・・」

 吐息のように儚く、静かに呟いた。目を閉じて、ゆっくり右手を滑らせる。頬を撫で、のどをくすぐり、胸の頂きを経由し、お腹を爪で擦って、寝間着のズボンの内側へと。雄一さんの声、雄一さんの匂い、雄一さんの唇、雄一さんの触り方を思い出しながら。

「あ・・・は・・・」

 パンティの上から、割れ目に沿って指を押し付ける。熱くなってるそこに、食い込むように。背中にぞくぞくする感じがして、思わず手を太ももで挟みこむ。指だけが、まるで私の指じゃないかのように動く。雄一さんの動きを模して・・・。

「んっ・・・くぅん・・・あ・・・ゆういち・・・さぁんっ・・・」

 漏れる喘ぎ声を止めることが出来なくて、うつぶせになって枕に顔を押し当てた。自然と腰が上がる。雄一さんを受け入れる時みたいに。

「んっ・・・んふぅ・・・んぁ・・・」

 つぷっ。もどかしくなって、ゆっくり指を2本挿入する。溢れる程に蜜を湛えたそこは、痛みも無く受け入れる。でも・・・まだ足りない・・・身体は貪欲に欲しがってる。

「はっ・・・んんぅ・・・」

 最初はおずおずと、それからだんだん激しく指で掻き混ぜる。最近、天井側の壁がお気に入りで、今も指先でそこをぐりぐりと触れる。まるで身体が自分のものでなくなったみたいに、勝手に跳ね上がる。

「ゆっ・・・いち・・・さぁんっ・・・!」

 親指が、優しくクリトリスの根元を擦る。これは雄一さんの指、雄一さんの愛し方。閉じた目に、ちかちかと光が見える。快感の曲線が、一気に頂点を目指す。挿し込まれていた指が、きゅっと締めつけられるのが感じられる。それと一緒に、締めつけた私自身が、締めつけた事で快感を感じる。突き上げたお尻と脚が、がくがくと震えた。

「はんっ・・・ゆ・・・ゆぅい・・・ち・・・さ・・・。んぅあっ・・・だめ・・・いく・・・いくぅっ!!」

 頭の中が真っ白になって、何も判らなくなった。まるで、空中を漂っているみたいに、ふわふわとして気持ち良い。
 でも、真っ白になった頭に脱力感が、気持ち良さに疲労が、取って代わって行った。前から、オナニーには罪悪感のようなものが付いて回ったけれど、最近は特に、終わった後に虚しさを感じてしまう。それは、最中に気持ち良ければ気持ち良いほど、強かった。

「雄一さん・・・早く・・・会いたいです・・・」

 頬を、涙が一筋流れた。

─ 3 ─

 そして週末。空は微妙に曇り、湿り気を帯びた風が吹いている。かなたと友香は、駅で雄一の到着を待っていた。それぞれの手には、この日の為に用意したお泊まりセットを持っている。口裏を合わせて、家族には別の友人の家に泊まる事にしている。
 雄一を待つ友香は、心の底から待ちわびて、落ち着きが無かった。そんな友香を見て、かなたも自らの思いに沈む。結局、今日に至るまで立ち直る事は出来なかった。

「ねーねーかなたちゃん、ゆーいちさん遅いね~」
「でも、まだ午後2時だから、言われてた時間から、5分も過ぎてないわよ」

 昨日、携帯で教えてもらった時間も、大体の時間で言っただけのようだったし・・・それに、今日迎えに駅まで行く事は、雄一さんには話してなかったし。

「だって、待ってるの、飽きちゃったんだもんっ!ゆーいちさん、早く帰って来ないかなぁ。そしたらぼく、今日はたっぷり遊ぶの!」
「そうね。私も1週間分、甘えちゃおうかしら」

 にこやかに微笑むかなたに、友香は満面の笑みを浮かべた。

「ぼくもっ!えとね、一緒にご飯食べて、一緒にお風呂に入って、一緒に寝るのっ!」
「あの館って、立派なお風呂があるのがすごいのよね」
「ベッドも、この間おっきくしたしねっ!」
「あれなら、少しぐらい寝相が悪くても大丈夫よね?」

 くすくす笑いながらかなたが言うと、友香は頬を赤く染めた。前に友香が泊まった時、寝ぼけてベッドから落ちたことがあったから、それを思い出して恥ずかしくなったらしい。

「もぉっ!かなたちゃんのいぢわるっ!そしたらぼくも、ゆーいちさんにかなたちゃんが”ましょうのおんな”ってばらしちゃうからね~だっ!」
「え~っと、ゆかちゃん?」
「最近ものすごくキレイになったかなたちゃんは、うちの学校の男子生徒を次から次へとろーらくして、逆ハーレムを作るんだよねっ」
「ゆかちゃ~ん、もぉしもしぃ?」

 動揺して呼びかけるかなたの声も耳に入らないのか、友香は両手の指を組み合わせて、神に祈るようなポーズを取ると、うるうるした瞳で続けた。

「でもっ!”ましょうのおんな”でも、かなたちゃんはぼくの大切なともだちっ!ぜったいに見捨てないよっ!」
「そろそろ帰っておいでよ、ゆかちゃん?」

 それまで別の世界に行っていた友香は、かなたの言葉に我に返った。

「えへへ、ちょっと暴走しちゃった」
「こんなところで、”ましょうのおんな”って言われるの、結構恥ずかしいのよ。・・・それに、別に時期が時期だから、たまたま告白されてるだけだもの」
「それって、謙遜だよ。ぼくなんか、全然コクってもらえないもん。やっぱ、おっぱいのおっきさかなぁ」

 自分の胸を掌で測りながら、友香はかなたを上目遣いに見上げた。こういう自分でどうしようも無い事を言われると、かなたはどうして良いか判らなくなる。少し悩んで、かなたは一般論を口にした。

「えぇと・・・うん!誰から好かれるかじゃ無くて、誰が好きかっていうのが大事なんじゃないかな?」
「うん、そうだね。ぼくね、ゆういちさんがだ~い好きっ」
「それが判ってれば、いいと思うよ」

 友香の頭をいいこいいこしながら、かなたは罪悪感を感じた。顔には出さなかったけれど。
 あの時・・・泣きながら雄一さんを訴えると言ってた友香に、記憶を失わせるだけという選択を選べなかった私・・・。あれは、もしかしたら、同じ境遇に友達を巻き込みたかっただけだったんだろうか?
 今のかなたは、あの時の自分の心理を理解出来ずにいた。それが、今でも罪悪感を感じさせる原因なのかもしれなかった。

「あれ?二人とも・・・迎えに来てくれたの?」

 それは、ずっと聞きたかった声。ずっと聞いていたい声。かなたと友香は、同時にその声の方を向いた。そこには、リュックを右肩に掛けた雄一が立っていた。

「ゆーいちさぁぁんっ、お帰りっ!!」
「わっ」
「雄一さん、お帰りなさい」
「ぼくね、ずっと待ってたんだよっ。寂しかったんだからね!」
「あぁ、二人とも、遅くなってごめん」

 抱き付く友香の頭を軽く撫でながら、雄一は微笑みながら言った。

「でも、迎えに来てくれるとは思ってなかったよ。知ってたら、もう少し早く帰って来たのに。ごめんね」
「ううん。私達も驚かそうと思って、何も言わずに待ってたから・・・私もごめんなさいです」
「ねぇねぇ、早くご飯の材料を買って、帰ろうよ。今日はご馳走なんだよねっ」

 目をきらきらさせて急かす友香に、雄一とかなたは顔を見合わせて笑った。

「そうね・・・今日は下ごしらえに時間がかかるから、早く帰りましょ」
「うん、それは楽しみだね」
「ぼくもっ」

 雄一の差し出した手に、かなたの、友香の手が自然に滑り込む。少し緊張しているのか、微妙に汗ばんだ雄一の掌。でも───かなたは雄一の手を、心を込めて握り締めた───ものすごく安心できる手。三人は楽園へと歩き出した。

─ 4 ─

「ご馳走さま。すごく美味しかったよ」
「ホントだよ。かなたちゃんすご~いっ」
「ありがと。でも、今日はいい材料が手に入ったから美味しく出来たんですよ」

 三人は食後のお茶を楽しんでいた。一階のリビングに、心を落ち着かせる香気が満ちる。ふ・・・と雄一がかなたと友香を見て、真面目な表情で口を開いた。

「決めて来たよ。大学受験は、ここから通える範囲にする。この館も、ぼくのものにして、ずっと残して置く」
「え?ほんと?じゃあじゃあ、高校卒業したら、同棲してもいい?」
「こんなに実家と近いのに、それって変じゃないかしら?」

 かなたの言葉に、友香は少し不満気な様子を見せた。いつでも雄一さんと一緒にいたい・・・その気持ちはかなたも同じなのだけれど・・・。

「まぁ、逃げる訳じゃないけど、まだその結論は出さなくていいと思う。ぼく自身、二人と一緒にいたい気もするんだ」
「わぁいっ!ゆーいちさん、嬉しいよ!」

 そのまま雄一に飛び付いた友香は、そのままキスの雨を降らせる。身体を密着させたせいか、すぐに友香の身体のテンションが高まった。。

「ね、ゆーいちさん、しよっ」
「どうしたの、突然?」
「だって、ゆーいちさんの匂いを嗅いだら、がまんできなくなっちゃったんだもん。それに、1週間ぶりなんだよ。かなたちゃんだって、したいよね、ねっ!」

 雄一とかなたは顔を見合わせて、くすっと笑ってから立ち上がった。2階の寝室へ行く為に。

 ・
 ・
 ・

 その部屋は、たった一つの家具に、7割方占拠されていた。その家具とは、ベッドである。あまりに大きくて、搬入の際には分解しなければならなかったほどだ。もちろん、シーツや毛布などは全てが特注品で、この家具だけでかなりお金がかかっている。
 友香などは、初めてベッドを見た時に笑い転げて、それ以降はこの部屋を”ベッド部屋”と呼んでいるくらいだ。言い得て妙だが、あまりと言えばあまりなネーミングではある。
 今、3人はベッドの傍らで服を脱いでいた。下着はそのままに、服を畳んでベッドにあがる。3人とも、下着は男が脱がすもの、という認識があるらしい。友香に至っては、下着にソックスという格好で、どこか間違った知識を仕入れているようである。誰もそれを指摘する事はできなかったのだけれど。

「えへへ」

 先にベッドに入っていた雄一に、恥ずかしさを誤魔化そうとするように照れ笑いを浮かべながら、友香が四つん這いで近寄ってきた。友香の下着は白い上下お揃いで、色気よりも健康さをアピールしている。

「お邪魔しますね」

 遅れてベッドに入って来たかなたは、淡いピンクのフリルがついた下着だった。二人は並んで雄一の前に座り、潤んだ瞳で雄一を見上げた。

「「きて・・・」」

 二人が同時にそう囁くと、雄一はまるで催眠術に掛かったように、ふらふらと二人に近寄って行った。まず、かなたの頬から首筋にかけて指を走らせ、ゆるく開いた唇にキスをする。耳や喉に優しく触れながら、舌を絡ませる。唇と唇の隙間から、ぴちゃぴちゃと音が漏れる。

「は・・・ふ」

 幸せに酔いしれたかなたから離れると、雄一は友香に顔を寄せた。かなたとのキスを見せ付けられて昂ぶっていた友香は、自分から雄一にキスをした。雄一の頭を抱えて、狂おしげに舌を躍らせる。

「あぁ、ゆぅいちさん・・・すき・・・」

 唇を離した友香がそう囁くと、雄一は少し意地悪気に微笑み、かなたの方を向いた。

「かなた、二人で友香をいじめよう・・・おいで」
「・・・はい」

 かなたも共犯者のように意地悪気に微笑むと、友香の背後に回った。両手を前に出して、友香のブラの中に、少しずつ指を這わせる。微かに触れる微妙な感触に、友香は目を閉じて熱い吐息を吐き出した。

「ひゃっ!」

 雄一は正面から友香の腿の内側に、優しく舌を這わせた。だんだん友香の大事なところに近付き、焦らせるように迂回して反対側の腿へと進む。腿の筋肉が弾むのを楽しみながら、また反対側へと。
 かなたの指は、とうとう友香の胸の頂点へと辿り着いた。すでに固くなっている乳首を爪の先で優しく愛撫しながら、掌全体で圧迫するように刺激する。指を動かすのにジャマなブラは、胸の上に押し上げた。

「だめぇ・・・ゆ・・・ゆういちさぁん・・・がまんできないよぉ・・・」

 半分泣いているような友香の声に、雄一は頷いてパンティを下ろした。友香の秘所から分泌された愛液で、つ・・・と糸が伸びた。すでに興奮しきって開いているそこに、舌を伸ばし、キスをする。友香の嬌声が高まった。

「あっ・・・あっ・・・いいっ、いいのっ!いっちゃ・・・いっちゃうぅっ!」

 切羽詰った友香の声に合わせるように、かなたの指が激しさを増す。耳に舌を指し込み、首筋に舌を這わす。
 雄一は、躍らせていた舌を抜くと、クリトリスに唇を寄せて、甘噛みした。友香は声にならない悲鳴を上げると、身体を痙攣させた。
 全身が脱力し、荒い息を吐く友香から離れると、かなたは雄一に近付いた。友香の愛液のついた雄一の唇に、ためらう事なくキスをする。

「うふふ。ゆかちゃんの味がしますね」

 悪戯っぽくそう囁くと、雄一に見せ付ける様に、ゆっくりと下着を脱ぐ。友香を愛撫する事で自分も昂ぶったのか、かなたの身体は興奮を隠せないでいた。

「あ、もう付けちゃったんですね。でも、ご奉仕しますね」
「もうコンドーム付けちゃったし、いいよ」
「でも・・・」

 かなたは、雄一のそれを愛しげに握ると、頬擦りした。

「濡らしておいた方が、しやすいんですよ。・・・それに私、ご奉仕するの、好きなんです。気持ち良くなってくれてるのが実感できますし・・・ね?」

 首を傾げて、媚びる様にそう言われると、雄一は断れなかった。感謝の気持ちを込めてかなたにキスをすると、照れながらお願いした。
 かなたは、コンドームを破らないように、慎重にフェラチオを始めた。最初はゆっくりと、それから情熱のままに激しく。友香に教わったテクニックを、次から次へと惜しげも無く披露する。

「ありがとう、かなた。もう、我慢できない・・・入れていいかい?」
「はい・・・あの・・・上になっても、いいですか?」
「うん、おいで・・・」

 かなたは嬉しそうに微笑むと、脚を開いて雄一の腰の所まで、膝をついて歩み寄った。右手を雄一のものに添えて、位置を測りつつ、ゆっくりと腰を降ろした。秘裂の入り口に当たった時、電気に感電したかのように震えたが、雄一の肩を手で掴んで、ゆっくりと腰を前に進めた。

「あああああっ」

 堪えきれない快感に、かなたの口から喘ぎ声が漏れる。一番奥まで雄一を迎え入れると、嵐が過ぎ去るのを待つように、雄一にぴったりしがみついた。

「んっ・・・んくっ・・・は・・・あんっ・・・」

 腰を動かさなくても、かなたは十分な快感を得ているようだった。かなたの中は、まるで別の生き物のように、締め付け、奥に誘い、擦りたてている。かなたは全身を赤く染めて、それでも快楽に飲み込まれないように、ゆっくりと腰を動かし始めた。

「・・・ひっ・・・あっ・・・んんっ・・・ゆ・・・ゆういち・・・さんっ・・・ふぁっ・・・あつっ・・・!」
「いっ・・・いいよ・・・かなた・・・すごいよ・・・」

 かなたは力一杯雄一に抱き付いたままで、腰の動きを激しくした。かなたの心に、イキたいという気持ちと、ずっとこのまま、いつまでも続けたいと思う矛盾する願いが満ちた。断続的に喘ぎを放ちながら、その瞬間に近付いていくかなたに、背後から声がかけられた。

「かーなーたーちゃん、えいっ」 ・・・つぷっ。
「ひぐぅっ!えっ!?ああっ!うぁあああああっ!!」

 いつの間に復活したのか、友香がかなたの背後から、おしりに人差し指の第一関節までを挿入した。突然の、初めて感じる異質な快感に、戸惑いの声を上げたかなたは、一気に絶頂に達した。瞬間的に高まった圧力に、雄一も堪えきれずに放出する。
 しばらく、二人は抱き合ったまま、身動き出来なかった。時間をおいて、かなたが多少回復すると、中腰で自分の中から雄一のものを抜いて、傍らに座り込んだ。まだ下半身ががくがくするようで、自由に動けなかった。

「えへへっ。かなたちゃん、どうだった?お・し・りっ」
「ゆかちゃん・・・」
「あ・・・かなたちゃん・・・おこってる?」
「いいえ、ぜんぜん怒ってなんか、いないわよ・・・ふふ。」

 嘘だった。少しずつ近付くかなたに、友香の声が震える。

「えと、目が笑ってないよぉ」
「うふふ、だいじょうぶよ・・・だから、『催眠状態』になりましょうね、ゆかちゃん」
「あ・・・」

 それは、かなたが友香に掛けた、絶対の力を持つ魔法。友香は瞬間的に目から意思の力がなくなり、虚ろな瞳を中空に向けている。

「さぁ、ゆかちゃん。四つん這いになって、おしりを雄一さんの方にに向けて・・・そうそう」

 言われた通りの姿勢を取る友香に、かなたは満足そうに微笑みながら、おしりを撫でた。そのまま友香の耳元に顔を寄せて、さらに暗示を与えた。

「これから、雄一さんにおしりを愛してもらおうね・・・でも、今のままだと、指一本ぐらいしか入らなそうよね。・・・うん、今から私の指が触る所は、力がまったく入らなくなるの・・・。そのかわり、性感帯みたいになって、ものすごく気持ち良くなるの。じゃあ、触るね・・・」

 かなたの人差し指が、ゆかのおしりのすぼまりをゆっくりと、皺の一本一本をなぞる様に触った。友香の身体が震えるが、かなたはそのまま続けて、中心の穴に指を挿入した。静かに前後に出し入れし、捻るように丹念に内側をなぞる。確かに狭いが、意外に伸縮性を感じさせる、不思議な感触だった。
 友香の呼吸が切羽詰ったものに変わって、背中に汗が浮かび上がって来た頃、かなたの指は、根元まで入るようになっていた。かなたは指を抜くと、雄一の方を向いて微笑んだ。友香の耳元に顔を寄せて、意識を戻すように声を掛ける。

「はい、ゆかちゃん。これであなたのおしりは、雄一さんを受け入れられるようになったの。今から3つ数えると、おしりはさっきのままで意識は戻るわ。たっぷり愛してもらいましょうね・・・1・・・2・・・3!」

 友香は、快楽に紅潮した顔で、夢から覚めたばかりのようなとろんとした目付きで回りを見回した。かなたは手を伸ばすと、友香のおしりを指先で刺激する。

「ひゃんっ!あっ・・・だめっ・・・そんなところ・・・ひっ・・・き・・・きたなっ・・・!・・・んぅっ!」
「でも、気持ちいいでしょ?・・・ふふ、もっとして欲しいのよね?」
「うぁ・・・でも・・・でもぉ・・・ひんっ・・・はふっ!」
「ほぉら、嫌がってないじゃない。さぁ、雄一さんにしてもらいましょうね」
「え・・・?ゆーいち・・・さん?」

 新しいコンドームを装着した雄一は、濡れすぎてすごい事になってる友香の秘裂に、自分のものをあてがい、ゆっくりとなぞった。丹念に、友香の愛液をまぶして行く。触れる毎、なぞる毎に、新しく愛液が分泌され、すぐにコンドームは愛液まみれになった。

「じゃあ・・・行くよ」
「ひぐっ!」

 雄一は友香のおしりを手で固定して、自分のものをすぼまりに当てる。少しずつ慎重に挿し込んで行く。かなたの”力が入らない”という暗示のせいか、きつくはあっても無理やり押し込んでる、という感じはしない。
 先端部を過ぎると、抵抗は少なくなった。雄一は根元まで挿入すると、抽送を始めた。その独特な感触もそうだが、友香の乱れ方が雄一を興奮させる。あまり長くは持ちそうに無かった。

「だめぇ・・・あぁん・・・ふぁ、ぼ・・・ぼく、ずっと・・・イキっぱなしだよぉ・・・あん・・・あっ・・・へん・・・へんに、なっちゃうぅ・・・」
「すごいよ、友香。きつくて・・・気持ち良いよ・・・」

 友香は全身を紅潮させ、まるで心の底まで支配されるような異質な快感に身を委ねていた。絶え間無く訪れる絶頂感に、虚ろな目はもう何も映していない。

「かなたも、こっちにおいでよ・・・一緒にしてあげる」

 友香の乱れ方を見てかなたも興奮したのか、自ら慰めていた。雄一は腰の動きを止めて、かなたを呼ぶと、耳元で絶対の言葉を囁いた。

「かなた、『催眠状態』になるんだ」
「はい・・・」

 雄一は、虚ろな瞳を向けるかなたにキスをすると、続けて耳元に囁いた。

「ぼくが腰を動かす毎に、ものすごい快感を感じるんだ。それで、ぼくがイったら、今までで一番大きな快感が来て、激しくイクんだよ、いいね」
「は・・・い」

 雄一はもう一度キスすると、友香に目を向けた。しばらく抽送していなかったが、雄一のものが入っているだけなのに、ずっと絶頂感が継続しているらしかった。もう一度、友香の腰を手で固定して、抽送を再開する。

「あ・・・あぁん・・・」
「あんっ・・・あっ・・・ゆういち・・・さぁんっ!」

 室内に、友香とかなたの嬌声が満ちる。かなたは力が抜けたようにベッドに横たわり、雄一の腰のあたりを凝視している。雄一のものが友香のおしりから出て来て、抜けきる前にまた入り込む・・・その都度、かなたの身体がえびのように仰け反り、透明な汗が飛び散る。
 雄一は手を伸ばして、かなたの秘裂に指を2本指し込んだ。濡れそぼったそこは、自分から奥に引き込むような動きを見せた。指を受け入れた事で充足感を感じるのか、かなたの快楽で虚ろになった目から、涙が一滴流れた。まるで離したくないとでも言うように、かなたの内側の肉壁が、数箇所できゅっきゅっと締まる。

「あっ、あっ、あっ・・・ゆぅ・・・ゆうい・・・ちさんっ・・・はぁんっ!」
「あぁ・・・はぐぅ・・・いい・・・ぼく、いいよぉ・・・ああん」

 雄一が腰を前後に緩やかに動かす毎に・・・愛液を止めど無く分泌する、蕩かすように熱くなったその中で、指を捻り、突き、暴れさせる毎に・・・激しい快楽から切羽詰った喘ぎを放つかなた。
 もう、どれくらいその状態を続けているのか・・・ずっと高い所をたゆたい、まるでうわ言のような喘ぎを漏らしつづける友香。
 二人の異なる喘ぎが、高く低く室内に流れる。耳から聞こえる喘ぎ声や濡れた粘膜の音、二人が発散する淫靡な香り、指を締め付ける甘美な感触、汗にまみれ快楽に身悶える姿、友香のおしりで締め付けられる雄一自身のもの・・・全てが雄一の快感に直結して、限界まで押し上げた。

「ぐっ・・・そろそろ、イクよ」

 緩やかな動きに我慢出来なくなった雄一が、その瞬間に向けて動きを速める。かなたと友香の喘ぎも、雄一の腰の動きに連動して、リズムを速めた。

「くっ!」
「ふあ、あつぅ・・・あっ・・・ああああぁああぁあ・・・」
「ゆっ、ゆういちさんっ・・・あっ、わたし、ああっ・・・あああああっ!」

 快楽のあまり、かなたと友香は糸の切れた人形のようにベッドに倒れ込み、そのまま失神した。雄一も、なんとか全員の後始末をしたところで、疲労からくる眠気に耐え切れなくなった。並んで幸せそうに眠る二人の間で雄一も横になり、すぐに眠りについた。

─ 5 ─

 そして朝・・・外は、しとしとと雨が降っている。ベッドにはまだ、雄一さんとゆかちゃんが眠っている。気持ち良さそうなので、もう少し寝かせてあげようかな。
 私は素肌に直接雄一さんのYシャツを着て、窓際の椅子に腰掛けながら、窓から外を眺めていた。けだるい朝・・・でも、Yシャツの雄一さんの残り香が、目を閉じると抱き締められているように感じさせてくれる。
 二人を起こす前に顔を整えて、朝昼兼用の食事を作ろうか・・・。そうぼんやり考えながらも、私の身体は動いてくれない。もしかしたら、私はまだ寝ていて、夢を見ているだけなのかも知れない。
 背後で衣擦れの音がした。振り返ると、雄一さんが目を覚まして、ベッドに腰掛けながら、私に笑いかけてた。

「おはよう・・・雨だね」
「おはようございます。なんだか、気分まで重くなっちゃいそうですよね」
「うにゅ・・・」

 雄一さんは、寝たまま何事かを呟いたゆかちゃんを見て、小さく微笑んだ。その笑顔は、まるでお父さんが小さい子供を愛でるような感じで、微笑ましく感じた。

「なんだか、ものすごく幸せそうな寝顔だよね」
「ふふっ。可愛いですよね。・・・あ、なんだか雨、やみそうですよ」

 窓から外を眺める私に、ふ・・・と、雄一さんが声を掛けた。

「・・・大丈夫、かなた?」
「え?何がですか、雄一さん?」

 私は雄一さんを振り返った。全てを包み込む、優しい瞳が私を見詰めている。

「うん・・・。昨日、駅でぼくを待っててくれたかなたを見た時、落ち込んでるような気がして・・・」
「あ・・・」
「ぼくの気のせいならいいんだけど。でも、気になる事があるんだったら、話して欲しいと思う・・・。ぼくじゃ、頼りにならないかも知れないけど」

 ───気付いてくれてた───

 私は、溢れ出した涙を拭う事も出来ずに、雄一さんを見詰めた。

 ───本当の私に、気付いてくれた───

 涙に歪む視界の中で、雄一さんが心配そうな顔で近付いて来るのが見える。私は、涙を止める事は出来なかったけど、静かに・・・心の底から微笑んだ。戸惑う雄一さんに、力一杯抱き付く。

「どうしたの、かなた?」
「なんでもないんです。でも・・・もう少しだけ、このままでいて下さい」
「・・・うん」

 私の背中に雄一さんの手が回されて、ぎゅっと力がこもった。私もお返しとばかりに、雄一さんの背中に回した手に力をいれた。思いを込めて・・・。

 ───きっと・・・『EDEN』が無くても、私は雄一さんに恋をする───

 涙が一粒流れる度に、私の心の中の罪悪感が洗われて行く。全てを無くす事はできないかも知れない・・・でも、罪悪感に捕らわれて、身動きできなくなる事は無くなるだろう。それを、身体を包み込む幸せと一緒に、感じていた。

 いつの間にか雨は止んで、雲の切れ間から光が射していた。

< 終わり >

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