Vol.4
─ 1 ─
身を切るような風が、背後からあたしを追い越していった。でも、あたしはこの季節が好きだ。寒くて人通りが少なくなった通りも、どこかどんよりと曇った空気も、すべて好きだ。基本的に、あたしは捻くれ者だからかも知れないけど。
寒さに身を震わせながら、あたし達学生は登校する。そこには一種、刑場へ向かう死刑囚達の悲哀すら感じられた。背を丸めて、俯きながら校舎へと歩く動死体の群れ。
「あ・・・」
今、ちょうど校舎に入っていく二人の姿が、目に飛び込んで来た。あの二人は、ただ立っているだけで、暴力的なまでに目立つ。ほんの一瞬の事なのに、まるで大掛かりな計測機器で調べたかのように、確かにそこに居たのだとあたしに確信させる。彼女達には自覚は無いのだろうけど、まるで自分達を見ろとばかりに放たれている輝きがある。彼女達は、凍てついたあたしの心を溶かす、数少ない存在だ。
少し茶色いショートカットの髪を、動く度に躍らせる。最近丸みを帯びてきた身体。まるで子供のように無邪気で、天使のように愛らしい、小悪魔の魅力に満ちた・・・友香。
腰まである艶やかなストレートの黒髪。女性らしい柔らかい物腰。相手を包み込むような包容力。優しい笑顔のかなた。
あたしの大事なクラスメート。一応、そういう事になっている。例えあたしの思惑と違う認識だとしても。
「やぁ、ゆーみ、おはよう。今日も可愛いね」
背後から、声が掛けられた。このナンパ男っぽい言い回しの、キザったらしい女の声は、神名 勇輝だ。
「このあたしに”可愛い”なんて単語を言うのは、おまえくらいだよ、神名」
そこに立っているのは、ショートの髪に端整な顔付きで、前髪の一部を伸ばして、右目を隠すようにしている女だ。背が高く、胸はほとんどないが、本人は気にしてないらしい。以前、その堂々とした態度を何となく聞いてみたら、『女の子を愛するのに、女らしい必要は無いからね』と微笑みながら答えやがった。とにかく、神名という女は、そんなヤツだった。自分の中の判断基準を恥じず、疑わない。自分に根拠のある自信を持っているヤツだ。
なぜか、あたしとコイツとあともう一人はつるむ事が多い。謎だ。
「そうかい?なら、ゆーみが自分の可愛らしさを自覚したら、もっと可愛くなるんだろうな。これは将来が楽しみだね。もちろんボクは、その手伝う役を、自分から積極的に立候補したいな」
そう言って、神名はするっとあたしの至近距離に近付いた。避ける暇も与えずに、密着するぎりぎりの位置で、あたしの頬に手を触れる。この、相手の心理の隙間を縫う様に間合いを詰めるところは、さすがは神名古流柔術の師範代理といったところか。頼むから、あたしにそういうスキルを使って欲しくは無いんだけど。
ちなみにあたしは、茶色い髪を肩のあたりに流して、目付きの悪さを丸い伊達眼鏡で隠した、ぱっと見にはとっつき辛そうな容姿をしている。背は低く、胸も小さい。神名が可愛いなんて言う理由が、実は自分自身がまったく理解出来ないでいる。
「別に頼む気は無いよ。それより、寒いから早く教室に入るとしよう」
あたしが言うと、神名は「了解」と言って、ウインクしながら2本の指で敬礼して見せた。つくづくコイツは生まれる性別を間違えてる。
「まってよー、ゆーみー、ゆーきちゃーん」
この、微妙に間延びした口調は、沙隠路 直子だ。さおんじ、などというふざけた性に、なおこという普通の名のお嬢様だ。困ったことに、あたしと良くつるむ、もう一人だったりする。
「今日は良く呼び止められる日だな」
あたしの言葉に、神名は頷いた。でも、直子を見る左目は優しくて、コイツが直子と会えて嬉しく思ってるのがバレバレだった。
「おはよー。きょうもいい天気だねー」
「ああ、おはよう」
呆けた挨拶をする直子に、呆けた挨拶を返す神名。今日のどんよりとした天気の、どこがいい天気というのか。あたしは呆れて、ああ、とだけ応えた。
直子は赤くて可愛いリボンで、髪をポニーテールにしてる。背はあたし達3人の中で真中ぐらい。胸が大きく、実は一番のナイスバディ。表情や身に纏う雰囲気は、春の日のタンポポの如く、だ。
「あははー。追いついて、よかったー。もう少しで、さみしくて、泣いちゃうとこだったのー」
「あぁ、それは良かった。直子は泣き顔も可愛いけど、笑ってる方がもっと可愛いからね」
「そーなのー。わたしも、笑ってる方が、すきー」
二人の微妙に噛み合ってない会話を聞きながら、あたしは溜め息を吐いた。まったく、この会話に嘘が無い事が問題なのだ。直子は本当にすぐに泣く。前に、ゴキブリだって殺せない程度の力でツッコミを入れたら、本気で目をうるうるさせた事があって、それ以来直子には慎重に応対している。そんなに面倒な思いをしても、一緒につるむ理由は不明だが。
えへへ、と笑っている直子に背を向けて、あたしは教室へと向かった。慌ててついてくる気配を察しながら、さくさくと歩く。今日は考えている事があって、気合を入れる必要があったのだ。
そう、あの学園祭の惨事から、ずっと考えていた事を。
─ 2 ─
「スキー?冬休みに泊りがけでかい?」
昼休み、あたし達は屋上に続く階段の踊り場で、お弁当を広げていた。神名はいつものようにパン食で、直子は少し大きめのお弁当箱に、おにぎりやおかずが所狭しと詰めこまれている。別に直子がそれだけ食べるという事ではなく、家のメイドさんが何度言ってもたくさん作ってしまうというのが真相らしい。それを見越して、あたしと神名がお昼代を浮かせているのは秘密だ。それにしても、メイドさんのいる家っていうのも普通じゃ無いな。
「そう、それで参加者は、6名にする予定だ」
あたしの提案に、神名はふ、と唇の端に笑みを浮かべた。直子は幸せそうにおにぎりを両手で持って食べているが、恐らく会話にはついてこれていないだろう。なんて言うか、体はあたしよりも大きいのに、小動物のようなヤツだ。
「5名までは確信を持てるんだが、あと一人がね。もし、ボクの想像通りなら、ゆーみは結構面白い事を考えている事になる」
仮定形の単語を並べても、その自信に満ちた口調が裏切っている。なんだかんだ言っても、こいつの頭の回転は速いから、なかなか騙せないんだ。
「想像通りだと思うぞ。あたし達3人に、かなたと友香。最後の一人は、雄一君と言ったか?あの、『惨劇の日曜日』の原因を作った男さ」
『惨劇の日曜日』・・・それは、学園祭のうちのクラスのネコミミ喫茶に来た男を、友香が『自分とかなたの恋人』と紹介した事に端を発する一連の事件の事だ。学園祭執行部や先生は沈黙を守っているが、実際にはかなりの生徒がパニックの挙句、自滅したという・・・。鬼と噂される生活指導にいたっては、一番最後のイベントのキャンプファイヤーを実行に移せた事で、十も歳を取ったような表情で安堵の涙を流したという噂も残っている、ある意味伝説的な事件だ。
「呼んで、どうするんだい?」
そう言う神名の顔は、判っているんだぞとでも言いそうだ。実際そうなんだろうが、思惑を読まれるのは癪に障る。あらぬ方へ視線を向けながら、あたしは答えた。
「お友達になりたい・・・理由がそれだけじゃだめか?」
神名は、手にパンを持ったままバンザイした。なにしろあたしは意思が固いから、口にしないと決めた時は絶対に話さない。神名も、それが判っているんだろう。これは、神名の降参のポーズだ。
「あのねあのねー、わたしも、雄一さんとお友達になるのー」
直子は陰の無い笑顔で言った。手に持ったおにぎりは、まだ半分も残っている。いつもの事ながら、食べるだけで昼休みが終っちゃうな、これは。諦め半分に、あたしもおにぎりを口に運ぶ。まぁ、誰とでもお友達になれる直子なら、雄一君とやらに会うのも楽しみなんだろう。
「でね、夜はみんなで6Pするのー」
「ぶはっ!」
あたしは、口に含んだご飯粒が吹き出されるのを、なんとか我慢した。神名は何も口に含んでいなかった為、被害は無し。あたしの正面に居て、一番被害にあいそうだった直子は、気にしたふうも無く左右の頬に手を当てて嬉しそうに笑っている。
「うわぁー、6Pなんて、未知の領域だね~」
「いや、ボクが思うに、その場合は乱交パーティと言うのでは?」
「えーそうなのー?ゆーきちゃんって、ものしりさんだー」
「キミのお役に立てて、ボクも嬉しいよ」
「えへへー」
ダメダ、コイツラ。
咳き込みすぎて、酸欠気味の頭であたしはそう思った。
あまりに動揺が激しくて、思わず思考を無変換でタイプした気分だ。
あたしはひどく体力を消耗した気分で、仲良く笑い合う二人を見詰めた。そういや、直子はやたらと耳年増なところがあったんだよな・・・うかつだった。鼻先にずり落ちた眼鏡を、指先で押し上げながら、つくづくそう思った。
「そんなのあたししないし。取り敢えず友香達にはあたしからネゴしとくから」
「あ、だったらー、わたしの親戚の別荘が使えるかもー」
出たな、直子の良いトコのお嬢様発言。この場合はとってもありがたいが。
「そうだったらありがたい。確認しておいてもらえるかな?」
「うんー。いいよー」
何しろ、こっちは普通の一般市民だからな。安く済ませられるならそれが一番良い。
「じゃあ、二人ともその日は空けといてね」
これで、こっちの準備は半分は終わったも同然。状況次第では神名を味方に引き込む必要はあるが、問題は無いだろう。あとは、あちらの方だ。
─ 3 ─
ここは、僕の館の居間。学校帰りに制服のまま訪れたかなたと友香とで、お茶を楽しんでいるところ。
「えと・・・ホントに?」
友香から話しを聞いて、僕の第一声がそれだった。まさに青天の霹靂という感じで、なんて答えていいものか考え込んでしまった。
それは友香の友達から、泊りがけのスキー旅行へのお誘いがあったという事で、本来なら考え込む必要もない話しのはずだった。問題は、僕までお呼ばれしている点だ。
「ホントホント。学園祭で紹介してもらえなかったから、スキーに行って知り合いになりたいって言ってた!」
楽しそうに笑っていう友香に、かなたが苦笑した。
「3人とも良いコですよ。ちょっと普通とは違うかも知れないですけど」
僕は腕を組むと、考え込んだ。かなたと友香を旅行に連れて行こうとは思ってたけど、これを渡りに船と思って良いものかどうか・・・。なにしろあの日の事は、いまだに僕のトラウマになっているぐらいだし。それに、今回は別の目的もあるしなぁ、と溜息を吐いた。
「ゆういちさん、イヤなの?」
「イヤって訳じゃないけどね」
僕の正面に回り込んで上目遣いに見上げる友香に、僕は苦笑いを浮かべながら言った。
「でも、出来たら人があまり来ないような所に行きたかったんだ。僕のじいさんの機械のテストもしたかったからね」
2回行ってもいいんだけど、僕だって受験勉強があるから、あまり遊んでもいられない。去年受けた大学よりもランクは低いけど。
「それは大丈夫みたいですよ。なんでも直子ちゃんの親戚の山になったらしくて、そこには一般の人は来ないそうですから」
なんだか、物凄い話を聞いたような気がする。僕が驚いた顔をしていると、かなたと友香は顔を見合わせて、くすくすと笑った。
「大地主ってことかな?」
「そうらしいですよ。なにしろ、いくつもの山を所有していて、その中心にプライベートスキー場を作ったらしいですから」
「プライベートスキー場かぁ。すごいね」
まさか、日本国内で”プライベートスキー場”なんて単語を聞くとは思わなかった。僕が嘆息混じりに言うと、またかなたと友香がくすくすと笑った。
「それを言ったら、雄一さんだってすごいじゃないですか」
「そうそう!こんなお屋敷に住んでて、おじいさんの遺産を相続して、それにあの島だって!ぼくとかなたちゃんなんて、庶民だもんねー」
ねー、と笑い合うかなたと友香を見て、僕は苦笑した。別に、自分の力で手に入れた訳じゃないんだけどね・・・という言葉は飲み込んでおく。だって、僕はじいさんの遺産を有効に活用するつもりだし。
気が付くと、友香が僕の顔を見上げていた。微妙に勝ち誇ったような、可愛い笑顔を浮かべている。
「ほら、あまり人が来ないって!なら、問題無いよねっ!」
かなたも友香も、期待に満ちた目で僕を見ている。僕は、苦笑しながら頷いた。僕は絶対に、この二人の”お願い”には逆らえないんだし、アレが試せるんだったら一石二鳥でもある。それに・・・。
「やったね、かなたちゃん!スキーだよ、スキー!」
「うふふっ、私、スキーって久し振りなの」
両手を取り合って、嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる二人を見てたら、僕まで嬉しくなってしまったし。なんとなく笑っていたら、友香の姿が消えた事に気が付いた。
「ね、直子ちゃん達と一緒にいたら、えっちは出来ないよね?」
いつの間にか、友香が四つん這いでじりじりと足元に近付いて来ている。小悪魔的な微笑は、いつも僕の背中をぞくぞくとさせる。今みたいに。
「だから、先にしとこうね」
友香の指が、僕のズボンのジッパーに掛かった。紺色のブレザーの袖と健康的な肌がいそいそと動いて、僕のものをつまみ出す。まだ柔らかく熱を持たないそれを、愛しげに両手で捧げ持ち、頬擦りする。それだけで僕は固くなるのを感じた。
「あ、友香・・・制服、汚れちゃうよ・・・」
「だぁめ」
妙に嬉しそうに友香は笑うと、先端に優しくキスをした。そのまま舌を出してくじるように刺激する。腰が砕けるような快感が、背筋から頭の天辺まで突き抜けた。
「雄一さん、私も・・・」
そう言うと、かなたが僕の足元に跪いた。頬を赤らめてドキドキとときめいた表情で、そっと舌を伸ばして来る。先端を攻める友香の邪魔をしないように、かなたは下から上へ、上から下へと熱い舌を這わせる。二人から与えられる快感が、相乗効果で僕の頭を白く焼き尽くす。
「ん、ふっ・・・あつぅ・・・い・・・」
友香が熱い吐息と共に、そんな睦言めいた言葉を漏らした。それが僕のものの事を言っているのか、自分の身体の事なのかは判らない。何しろ友香の右手はいつの間にか、自分の股間に差し込まれていたから。そこから微かに聞こえる音は、湿った響きを伴っていた。
「あら、友香ちゃんってば・・・」
かなたは艶っぽく微笑むと、左手を伸ばして友香を抱き寄せた。舌の動きはそのままに、友香の胸元を片手だけで器用にはだけた。ブラの下から指を差し入れて、小さな膨らみに微妙な動きで快感を与える。
「んぅっ!かなたちゃぁ・・・ん・・・だめだよぉ・・・」
「はむ・・・ん・・・。うふ・・・ゆかちゃん、もっと欲しいんでしょ?」
かなたは今度は右手を友香の下半身に伸ばした。友香の指と競い合う様に、協力する様に、友香を容赦無く昂ぶらせて行く。くちゅ、と湿った音が、さっきよりも大きく僕の鼓膜を震わせた。
「ん、んぁっ!そ・・・そんなの・・・だめぇ・・・っ!」
潤んだ瞳で、哀願するように友香が呟いた。僕の先端を舐めるのも、かなたから与えられる快感に負けて手につかないようだ。かなたは少し意地悪に、すごく優しい表情で友香を見遣ると、手の動きを一層複雑にした。
「”だめ”じゃないわよね、ゆかちゃん・・・」
「あんっ!つ、つよいよぉ!ひう・・・。あ・・・りょうほう・・・んっ・・・いっぺんになんて・・・あぁっ・・・だめぇえっ!!」
一気に友香を昂ぶらせると、かなたははむ、と僕のものを横笛のように咥えて、友香を愛撫する指とリズムを合わせるように、上下に舐め上げた。唇と舌の刺激が、ぞくぞくと僕の身体を震わせる。
ぴちゃ。
再び、僕のものの先端が、熱く湿った口内に含まれた。快感にわななく友香の唇が、僕を咥えている。真っ赤に上気した顔が、今にも達してしまいそうな表情を浮かべている。目の端にはうるうると涙が溜まっていて、上目遣いの呆とした目がますますいやらしく見えた。
「んぅっ!!」
かなたの指の動きが、舌遣いが加速した。耐えようとする友香が、喉の奥で詰まったような喘ぎを漏らした。僕も、その口撃に耐えられそうに無い。腰が砕け散りそうな程の快感が、僕の頭を白く焼き尽くした。だから・・・僕と友香が同時に絶頂に達したのは、当然の帰結なのかも知れなかった。
「んぅうっ!ん、んくっ!ぁん・・・」
「う、くぅっ!」
僕は、自分でも驚く程の量の精液を、友香の口の中に吐き出した。嫌がるそぶりも見せずに、友香の喉が、こくりと僕の精液を嚥下する。飲み切れなくて友香の唇の端から漏れたそれを、かなたが嬉しそうに舐め取った。
ん・・・、と甘い声を漏らして、かなたは友香の唇を経由して、僕のものの先端に唇を付けた。ちゅっと音を立てて、残っている精液を幸せそうに吸い出す。その行為そのものが、僕の身体に快感の震えを走らせた。
「んふ・・・おいし・・・です・・・」
長い艶やかな髪を手で後に流して、かなたは微笑んだ。潤んだ瞳がやけに妖艶に見えた。
僕は両手を伸ばすと、かなたの頬と友香の頭に触れた。優しく撫でると、絶頂に達したばかりの友香はとろんと微笑み、かなたは目を細めて僕の腕を取り、嬉しそうに頬擦りした。
「一緒に・・・行きましょうね。スキー・・・」
「うん・・・」
かなたがぽつりと呟いた言葉に、僕は頷いて見せた。
─ 4 ─
辺り一面の雪景色。比喩でも冗談でも無く、まったき白。妙に立派なその駅を出ると、あたしの目には雪以外の何も見当たらなかった。家も、人も、何もかもだ。何かの冗談か?
「ゆーみちゃん、どうしたのー?」
直子があたしに声を掛けるが、なにも感じない方がおかしいぞ。神名も普段の冷静さを忘れて、呆然と立ち尽くしているくらいだ。
「なんだ、ここは?何も無いじゃないか」
・・・いや、駅があるのがおかしいのか。
「えー、だってここら辺って全部、うちの親戚のだもーん。駅はねー、線路を通してあげるかわりに、作ってもらったんだってー」
「持ってる土地って、山だけじゃなかったのか、その親戚って?」
「うんー。全部だよー」
あたしは頭が痛くなってきた。金持ちにも程があるというか。
「へぇ、すごいんだね」
「え?えへへー」
この場にいる、唯一の男の声。あたしは声の主に目を向けた。
背が高いという訳でもない。めちゃくちゃかっこいいという訳でもない。優しそうだけど、一歩間違えると優柔不断という雰囲気で、友香とかなたを引っ張って行くような行動力があるようには見えない。
値踏みするようなあたしの視線に気が付いたのか、その男・・・雄一があたしの方に顔を向けた。一瞬訝しげな顔をしてから、にこりと笑う。
───なんだ、コイツは───
それは、今日初めて会った時からの、あたしの印象。
・
・
・
「ここからだと、着くのにどれくらいかかるんだい?」
「えーと、5時間くらいだと思うのー」
「じゃあ、トランプを持って来て正解だったね」
「うん、楽しーのー」
相変わらず直子と神名の会話が絶妙にずれているのを聞きながら、あたしは改札口を見ていた。
今日はスキー旅行の出発日。あたしと直子と神名は先に駅に入っていた。これから残りの3人が来て、電車での旅が始まる予定だ。
「おはようございます。遅れてごめんなさい」
「やっほー、みんなおはよー!」
ふと、構内の空気が変わった。友香とかなたが入って来たただけで、朝の冷えた構内もそこはかとなく温かく感じられた。あたしは二人の後ろに、どことなく落着きの無い様子で立ち竦む男を発見した。
背はそれほど高くは無い。ケンカが強そうでも無いし、やたらと女に甘いタイプとも違うと思う。顔も悪くは無いが、凄くかっこいいとも思わない。
でも・・・どこか、何かが普通の男とは違うと感じる。ただのカンなのに、妙に胸に残る感じがする。なんでだ?
「あ、はじめまして。天野雄一です。今日は、誘ってくれてありがとう」
その男は、にこり、と笑うとあたし達に挨拶した。
・
・
・
なんだ、コイツは。
それが素直な感想だった。あたしの目には、敵意が出ていたと思う。そのあたしを見て、アイツは優しく微笑むなんて暴挙に出た。まったく理解できない!
「椎名さんも、初めて来たんだ?」
柔らかく鼓膜を震わす声に、あたしは我に帰った。どうもコイツといると、自分のペースが崩される気がする。
「ええ。直子がお金持ちの一族っていうのは知ってましたが、あたしの想像とは桁が違ったみたいですね」
別に、コイツを直接嫌う事も無いので、今は無難に会話する事にした。苦笑いしながら、比較的普通に、女のコっぽく言葉を連ねる。
直子の親戚は、実際これほどの差を見せ付けられると、現実感が無いから羨ましいとも感じない。
「でもー、別にわたしがお金持ちってワケじゃないからー」
直子がのほほんと口を挟んだ。もともと物怖じしない性格だったけど、なんだか妙にコイツになついてる気がするのは何故だろうか?まさか、6P発言は本心だったとか・・・。
「でも、こういう環境があるっていう事は、選択肢が多くあるという事ですから、ね」
アイツがそう言うと、神名も「ボクもそう思うよ」と同意して、二人掛りで直子を照れさせた。直子は赤く染まった頬を両手で押さえて、へろっとした笑顔を浮かべる。
「え、えへへー」
あたしは見ないフリをした。別に、直子がどういう恋をしても、あたしが口を出す訳にも行かないだろう。
気が付くと、黒いワゴンが駅に向かって走って来るのが見えた。白い風景に黒い車が映える。直子も車に気が付くと、手を大きくぶんぶんと振った。
「あー、ここですー。ここー」
いや、私有地を通り抜ける車はいないから、あれが聞いてたお迎えの車だと判るんだけどね。逆に、手を振らなくても向こうからも判るんだと思うけど・・・。
「本当に凄い所ですね、雄一さん」
「ぼく、胸がどきどきしてきちゃった。はやく遊びたいね」
振り向くと、待合所から出てきた友香とかなたが、アイツと嬉しそうに話していた。妙に薄着な気がするのに元気一杯な友香も、柔らかい色彩で全身をまとめたかなたも、本当に嬉しそうに見えた。あたしはちくんと痛む胸を溜め息で押さえると、再び白い景色に目を向けた。
- 5 -
「あ、あはははははははははははっ!ゆーいちさーーーーんっ!!」
僕の脇を、黒い砲弾としか表現出来ないものが残像とドップラー効果を残して滑り降りて行った。あれは、テンションが高くなりすぎて、なんだか凄い事になっている友香だ。直滑降といっても良いぐらいだけど、上手いというよりも怖いもの知らずの子供のような滑り方で、見ている僕の方がどきどきしてしまう。
「ゆういちさーん、きもちいーですよー」
次に、白を基調とした質素なスキーウェアーのかなたが、長い髪を風になびかせながら滑り降りて行った。手を振ってその背中を見送る。さて・・・。
「ごめんなさーい。なんだかまだ、ふらふらするのー」
僕のウェアーの端を心細そうに掴んでふらふらしている沙隠路さんが、間延びしているせいで心細くないように聞こえる言い方をした。いや、表情もほんわかとしているので、実は心細くは無いのかも知れない。
「大丈夫。まだ初日だから、ゆっくり慣れればいいと思うよ」
なにしろ、他には誰も居ないからね。そう僕は心の中でだけ呟いた。今僕達は、駅から見えた純白の世界の中に居た。
・
・
・
「直子お嬢様、別荘とスキー場の準備は整っております」
それが、僕達を迎えに来てくれた執事さん(!)の言葉だった。どうやら別荘には誰も居ないらしく、食事は材料があるので、自分達で作るという事になっているらしい。別荘やリフト・照明関係の電源供給はされているので、過ごすのは問題無いとの事だった。
うやうやしく一礼すると、執事さんは僕達を残して帰って行った。駅までは歩いて行けるけど、明後日には送迎に来てくれるらしい。荷物を運んでくれたり、物腰が丁寧だったりと、本当に執事のイメージ通りの人だった。
「しかし、さすが直子の親戚だね。嫌味を感じさせない調度品の飾り方をしてる」
「そーお?わたし、そういうの、よく判らないからー」
「大丈夫、趣味が良いって事だよ」
リビングでは、沙隠路さんと神名さんが話しているけど、実際、高価と判るの物なのに、見せびらかすような押し付けがましさは感じられない。ものすごく居心地の良い部屋だった。
それにしても、かなた達の友達は個性派揃いで、いまだに新鮮に感じられた。
おっとりしていてマイペースな沙隠路さん。なつかれているせいか、とても可愛く感じられる。ひょこひょこと踊るポニーテールが魅力的だ。
男装の麗人というか、とても颯爽として凛々しい神名さん。右目を隠すように伸ばした前髪が、少し勿体無いかも知れない。女性相手の表現では無いかも知れないけど、とても格好良い顔をしているのに・・・と、隠すのは残念に思えるから。
そして、なんだか僕に敵意を持っていそうな椎名さん。普通に話しはしてるけど、なんだかそういうのって伝わるから・・・。丸い眼鏡をしていて、姿勢良く歩く様子は、とても清々しいと思うだけに、残念に感じる。
かなた達は、いつも学校でこの子達と、どんな話しをするんだろうか。
「さて、取り敢えず・・・」
椎名さんが入り口から皆に呼び掛けた。全員を等分に視界に収めるように見渡しながら、にこりと笑みを浮かべる。
「荷物も置いたし、滑りに行こうか!」
・
・
・
「まずはねー、一回だけでも下まで行かなきゃ、いけないと思うのー」
寒さのせいか、頬を赤らめた沙隠路さんが、元気に言った。相変わらず、僕のウェアーの裾を握り締めたまま。親の傍から離れようとしない子猫みたいで可愛いけど、手を離さないと二人とも滑る事が出来ないと思う。
「じゃあ、手を離さないと、かえって危ないよ?」
そう僕が言うと、沙隠路さんはぽーっと僕を見て、それからほわ~っと笑った。いや、さっきから微笑んでいたから、笑みを深くしたというふうに言うんだろうか。なんだか無垢な赤ん坊に笑い掛けられたように、こちらも無意識のうちに微笑んでしまう・・・そんな笑み。
「そうだねー。でも、まだふらふらするからー、もう少しこのままでも、いーい?」
小鳥のように小首を傾げて問う彼女に、僕はあっさり頷いてしまった。それこそ催眠術に掛かってしまったみたいに。
「・・・ばかもの」
後ろから手が伸びて、沙隠路さんの頭を軽くコツン、と殴った。端から見ても、全然力が入っていないというのが判る一撃だったけど、みるみるうちにぐしゅ、と沙隠路さんの表情が崩れる。目にも涙が溜まって、突然の事に僕の方が驚いてしまった。
「あー、ほら、すぐ泣かない!」
困ったような声を出したのは、椎名さんだった。いつまでも動かない僕達を心配して、見に来てくれたんだろうか。
「ふぇ・・・」
「『ふぇ・・・』じゃなくて!直子の面倒ばかり見てたら、天野さんが滑れないだろ」
がっしゃがっしゃとスキー板を器用に操りながら、椎名さんが沙隠路さんの横に並んだ。椎名さんは沙隠路さんより背が低いけど、山側に立っているので丁度同じくらいの高さで顔を合わせている。
「だってー」
「あう・・・」
何か言い訳をしようとしている沙隠路さんに溜息を吐くと、椎名さんは僕に向き直った。相変わらず敵意が見え隠れしているけど、同じ苦労を分かち合った仲間を見るような暖かさがあると感じたのは、僕の気のせいだったろうか。
「天野さん、あたしがこのコを見てますから、滑って来て下さい」
それはありがたいけど・・・。
「僕なら、大丈夫だよ。それに、滑れない女の子を置いて行くのも可哀想だしね」
「滑れますよ、直子」
・・・。
「そうなの?」
「そうなんです。このコ、甘えたがりですから」
「そんなんじゃ、ないものー!ふらふらしたから、一緒にいてもらったんだもん!」
クールに言う椎名さんに、沙隠路さんが頬を膨らませて抗議した。
「じゃあ、今あたしが居るからいいよね?」
「あう・・・」
沙隠路さんを言い負かした椎名さんは、僕の方に向いた。
「天野さんも、なんだかやる事があるんですよね?ここは気にせず、どうぞ」
「うん、ありがとう。じゃあ沙隠路さんも気を付けて」
僕は軽く一礼すると、取り敢えず下に滑り降りた。
・
・
・
僕は、リフトやコースから外れた場所に、歩いて来た。この周辺は雪が軽くてスキー板が埋もれてしまうから、歩いた方が楽だったし。
ここは、実に都合の良い場所だと思う。何しろ見渡す限りの銀世界で、周りには人家も無く、多少の実験なら問題無く出来そうだった。
そう・・・今回の目的の一つが、祖父の遺産の実験だった。2つ持って来ているけど、それがどんな影響を及ぼすのか判らないので、館周辺では実験が出来なかったからだ。
しかし・・・と、僕は一人苦笑した。個人所有のリフトがあったり、見渡す限りの土地を所有していたりと、本当にメチャクチャだ。おかげで実験が出来るから、文句を言う筋合いじゃ無いけど。
「ゆーいっちさん!何してるの?」
その声に振り返ると、テンションの高いままの友香と、苦笑気味のかなたが立っていた。僕は用心の為に、ゲレンデから離れた場所まで来ていたから、二人が追いかけて来た事に驚いた。
「うん、じいさんの機械のテストをしようと思ってね」
僕はそう言って、背中のリュックを見せた。
「何の機械なんですか?」
興味を持ったように言うかなたに、リュックを下ろして中身を見せた。
「ほら、『人工降雪機』と『温泉探知機』。どっちも館では試せないから、持ってきたんだよ。『人工降雪機』は、普通のスキー場にあるのとは違って、範囲限定で気象をコントロールするらしいんだ」
「凄いですねー」
かなたが驚きの声を上げたのに気を良くして、僕はもう一つの機械の説明をした。
「『温泉探知機』は温泉の位置、地表からの深さを調べられるんだ。館の近くには温泉が無いから、こういう場所で試してみようと思ってね」
二人の目に感嘆の色が浮かぶのをみて、僕は照れくさくなった。何しろ、僕が作った訳では無いから。
僕は、まずは『人口降雪機』を取り出して見せた。350mlの缶を二つくっ付けて、それぞれ伸び縮みするアンテナが上部に付いているといった形をしていて、後はボタンと目盛りがついている、いたってシンプルな外見をしていた。
「えへへっ。ポチっとな」
「あーっ!」
友香の目に感嘆の色を認めたのは、僕の勘違いだったらしい。友香は手を伸ばすと、『人工降雪機』の始動スイッチを入れた。さっきの狂騒状態を引きずって、いまだにハイな精神状態らしい。
「・・・まずいかも・・・」
僕が機械を操作しながら言うと、かなたが小首を傾げて聞いてきた。
「何か、問題でもあったんですか?」
僕は、ギギギと音がしそうなほどゆっくりと、視線をかなたに向けた。僕はどんな表情を浮かべていたのか、かなたと友香が微妙に怯えて半歩下がった。友香に至っては、引きつった顔に乾いた笑いを浮かべている。もしかしたら、僕も同じ表情なのかも知れないけど。
「スイッチがOFFにならない・・・。しかも、設定が”激”になってるし・・・」
「・・・それって、どうなるの?」
びくびくしながら、友香が聞いた。
「猛吹雪になるかも・・・」
辺りが急激に暗くなり、気温が下がった気がした。それに、身を切るような冷たい風が吹いたような気も。誰かが口にした、「あ」という声を皮切りに、一瞬にして視界が白く染まった。
─ 6 ─
「二人とも、動かないで大声を出して!」
僕が大声を出すと、微かに二人の声が聞こえた。さっきは1メートルと離れていなかったのに、今はホワイトアウトと言うのだろうか、吹雪とガスでまったく見えなくなっていた。声も風の音に紛れて、ぎりぎり聞こえる程度だった。頭の片隅に、遭難という文字がリアルに浮かんだ。
慎重に一歩進んで手を伸ばすと、両手にかなたと友香を捉える事が出来た。向こうからも手が伸ばされ、3人で密着する。
「これ、機械の暴走が原因なんですか?」
かなたの顔は、緊張で固くなっていた。友香も、罪悪感を感じるのか、強張った顔をしている。僕は2人の緊張を紛わす為に、わざと軽い口調を心掛けて、口を開いた。
「多分ね。でも、大丈夫だよ。これがあるから!」
僕はリュックから、もう一つの機械を取り出した。フリスビーに握りを追加したみたいな形をした、『温泉探知機』だ。一種のレーダーみたいな表示があって、握り部分に調整用のツマミがついている。
持ってくる前に確認した情報だと、右の握りで自分からの測定可能範囲を調節して、左の握りで表示方法を選択するらしい。ちなみに、右の握りの下部にもツマミがついていて、これで調査対象の熱源の温度を絞り込めるらしい。
「この『温泉探知機』で熱源を探せば、別荘の位置が判るはずだよ。出て来る時に、ヒーターをいれてあったからね」
そこまで言って、今まで忘れていた事を思い出した。
「あ!沙隠路さん達はどうしよう!それこそ遭難するかも知れない!」
焦って僕が言うと、かなたが安心させるように微笑んだ。こんな会話もままならない状況なのに、かなたが微笑んだだけで、心が落着くのが感じられた。
「それなら大丈夫です。私達がここに来る前、3人とも食事の準備をするって別荘に戻って行きましたから」
「そうなんだ?なら後は、僕達が生還するだけだね」
僕の言葉に、友香が笑った。さっきまでの表情を忘れて、どんな時でも楽しむ顔で。でも、そっちの方が友香らしい表情だし、僕もかなたも元気になるんだけど。
「ぼく達3人がいれば、ぜったい大丈夫だよ!」
僕とかなたは頷いた。それは、本当にそうだと思ったから。絶対に幸せにする、幸せになると決めたんだから。
僕は、ばちばちと雪を打ちつける強風に逆らう様に、顔を上げた。
・
・
・
僕達が辿り着いたのは、どうやら洞窟みたいだった。視界ゼロで方向感覚も無くなっていた為、別荘以外の場所に『温泉探知機』に導かれるとは思わなかった。それでも、雪や風を防げるのならば、十分にありがたいのだけれど。
もう一度『人工降雪機』を見てみると、スイッチがOFFになっている事に気が付いた。心なしか、外の猛吹雪も威力を落しているように思えるし、もしかしたら一回押す毎に一定時間稼働する類の機械なのかも知れない。
「わぁ、雄一さん!すごいよ!はやくはやく!!」
「本当!雄一さん、綺麗ですよ!見て下さい!」
先に奥を探検していた友香とかなたが、何かを見つけたのか、興奮した声を上げていた。僕は取り敢えず荷物を置くと、声のする方へ歩いて行った。
洞窟の中は大きな岩があったり、直線で無かったりしたが、一本道なので迷うことは無かった。かなた達に近付くにつれて、洞窟内が明るく、暖かくなって行く事に気が付いて、不思議な感じがした。
「へぇ・・・」
そこは、恐らく沙隠路さんの親戚の手によるものだろう、温泉が作られていた。岩を組み合わせて湯船を作り、壁から涌き出たお湯が溜まっている。洞窟の天井には小さな明かりが点いていて、壁に生えたひかりごけが淡い緑色の光を幻想的に放っている。
温泉から沸き立つ湯気が、洞窟内の微かな気流で踊り、見惚れるほど美しい風景になっていた。その微かな気流のおかげで、洞窟内はサウナのようには暑くなく、露天風呂にも似た感じだった。その光景の中、嬉々として服を脱ぎ始めるかなたと友香。
「・・・あれ?」
二人とも既にウェアーと肌着を脱いで、ブラとパンティだけになっている。
「せっかくだから、一緒に入りましょうよ!」
誘惑するように手を差し伸べてくるかなたと友香。その魅力に、僕は抗する事が出来なかった。
・
・
・
外は吹雪が猛威をふるっている。あたしは別荘の窓から外を見て、まだ帰って来ない3人を想って溜息を吐いた。
「あと少しで夜になる。まずいな・・・」
いつの間にか、背後に立っていた神名が呟いた。そう、夜ともなれば、更に気温は下がる。最悪の場合、凍死という事もありうるだろう。
───救援を求めるか───
こう言う場合、大人数で山狩りというのが正しいだろう。でも、これほど視界の悪い状態で、どれだけの効果が見込めるものか・・・。
「ボク達で助けに行こうか?」
あたしの心の葛藤を見抜いたように、神名が問う。
「祐美が望むなら、ボクが必ず探し出してみせる。どうする?」
振り返ると、髪をサイドに流して右目を晒した神名がいた。左目と多少違う、済んだ色の右目がきらきらと輝いている。神名は、ある理由から自分の右目を嫌っている。それでも神名が自分から右目を晒すというのは、不退転の決意を持って『闘う』事を誓うという事だ。あたしを”ゆーみ”では無く”祐美”と呼ぶのと同じ、神名の本気を示している。
あたしは、こういう時の神名が必ず『勝って』来た事を知っている。だから・・・。
「・・・頼む」
短く口にしたあたしに、神名は手を伸ばしてくしゃ、と髪を撫でた。それから指を2本ぴっ、と立てて敬礼する。
「りょーかい!任された!」
それからあたし達は、荷物を準備して外に出る事にした。持って行く物は、お酒、ロープ、タオル、消毒液、包帯など。別荘に片っ端から用意してあったのは、非常に助かった。
「ねーねー、わたしもいくー」
直子は、遊びに行くとでも思ってるんだろうか。しょうがないから、ヒマ潰し用に持って来ていた携帯ゲームを直子に渡した。
「それでもやって、待ってて。料理は作れないだろ?」
「えー、待ってるのたいくつだよー」
「直子、ボク達は吹雪の中を行かなきゃいけないんだ。二次災害を起こさない為にも、待ってて欲しい」
「うー」
あたしと神名に言われ、直子もようやく諦めたようだ。でも、前から直子は勘が良くて、直子が心配して無いって事は、3人が無事だと信じられた。直子が直子らしくいられるというのは、危険が無いという事だから。
視界を塞ぐ吹雪の中、あたしと神名は別荘を出発した。お互いの腰にロープを結んで、神名を先頭に決死の覚悟で。
「・・・あっちか・・・」
神名は時々立ち止まると、何かを聞き取ろうとしているような表情を見せた。この強い風の中、一心不乱に集中する様は、まるで修行する修験者みたいだ。むき出しの顔は、寒さを通り越して痛いぐらいなのに、一歩を踏み出す足はふくらはぎまで雪に埋もれてしまうというのに、愚痴の一つもこぼさずに黙々と歩を進める。
───無事でいてくれよ───
あたしは祈るように、しっかりと足を踏み出した。その時のあたしは気付かなかったが、神名のその進路は、正しく洞窟への道を辿っていた。
─ 7 ─
「きもちいーねー」
ほう、と吐息と一緒に友香が口にした。熱過ぎずぬる過ぎないお湯は、身体中をリラックスさせて、疲れを癒してくれるようだった。
「お肌にもいいみたい。ほら、雄一さん、すべすべですよ」
かなたが腕をお湯から上げて、薄明りに白い腕を晒した。簡単にまとめた髪の毛をお湯につけないように気を付けながら、かなたは嬉しそうな表情を浮かべている。
今、僕達3人は並んで温泉に浸かっていた。吹雪もその威力を弱めて来ている事を話したので、待ち時間の有効活用という感じだ。角の丸くなった岩にゆったりと背を預けて、ぼうっと洞窟の天井を眺める。なんだか、そのまま寝てしまいそうなぐらい気持ち良かった。
「明日、今度はなおこちゃん達を誘って、また来ようね!」
「そうね。でも、そうしたら雄一さんとは一緒に入れないね」
「あははっ。入っちゃえば大丈夫だよ」
「もう・・・だめに決まってるじゃない」
僕を挟んで、左右でかなたと友香が取り止めの無い事を話している。でも、二人が楽しそうに話しているのを聞いて、本当に来て良かったと思った。
さわっ。
僕の左脇腹を、何かが触れた。すべすべして、柔らかくて、それでいて弾力のあるもの。僕がそちらに目を向けると、友香が身体をずらして、胸を軽く触れさせていた。僕の視線に気が付くと、どこか悪戯めいた笑顔で笑った。
「どう?気持ち良い?」
気持ち良いと言えば気持ち良いけど、これ以上は困る。
「気持ち良いけど、もういいよ」
「えー?なんで?もっとしたげるよ。ね、かなたちゃん」
「え?私も?」
「もちろん!ぼくよりも胸が大きいから、きっともっと気持ち良くしてあげられると思うよ」
「じゃあ・・・やろうかな・・・」
かなたが友香に篭絡されそうになって、僕は慌てて口を挟んだ。
「待って!だって、明日みんなで入るんだろ?このまま続けて収まらなくなっちゃったら、大変だよ」
そう、二人掛かりでそんな愛撫をされたら、僕が我慢できなくなるに決まってる。既に熱を持ち始めた場所を持て余しながら、僕は必死になって説得しようとした。
「ぼく、今日は安全日だから、外に出さなくても大丈夫だよ。それに、なんだったら最後はお口で受け止めて上げるから」
そう小悪魔的に言って、ぺろっと小さく舌をだす友香。自分の人差し指を舌に触れさせる様が、途轍もなく扇情的だった。
僕が助けを求めるようにかなたに目を向けると、上気した頬に潤んだ瞳で見詰め返してきた。どうも、かなたも十分にそのつもりになっているらしい。
「「ゆういちさん・・・」」
左右から同時に、熱い吐息混じりの言葉が僕の鼓膜を震わせた。湯気のせいか、いつも以上にその言葉が切なく響いた。
「しょうがないな・・・。二人とも、『催眠状態』になって」
その瞬間、あれほど僕を求めていた二人の瞳から、すぅ・・・と感情の色が消えていった。無表情なのに、どこかで何かを期待するような、薄く笑んでいるような、ふたりのかお。
「今から指を鳴らすと、このお湯に触れている場所が、いやらしく愛撫されてるように感じるよ。僕の指、僕の舌、僕の・・・モノ・・・。全身で、味わってね」
そう言うと、僕は指を鳴らした。
・
・
・
パチン。少し軽い指を鳴らす音が、あたし達が隠れているここまで聞こえてきた。
ここは、友香達が入っている温泉から5メートルと離れていない、大岩の後ろだ。神名の勘に従って入った洞窟であっさり3人を見つけられたけど、情けない事にアイツまで裸だから、声も掛けられずに硬直していた。そうしたら今の会話が聞こえてきたと言う訳だ。
アイツが鳴らした指は、異様な結果をもたらしていた。とてつもなく異様で、とてつもなく淫靡な結果を。
「んぅ・・・ああ・・・ん」
「あ、いや・・・だめぇ・・・」
緑色の淡い光の中、友香とかなたが悶えている。明らかに性的な刺激を受けていると判る、切なく悩ましい表情で。ただ問題は、二人には誰も触れていないという事だ。お湯の中で自分で、という可能性もあったが、それよりも先程聞こえたアイツの言葉の方が、妙に真実味を持って思い出された。
───『催眠状態』になって・・・そうアイツは言った───
あたしは岩の隙間から、食い入るようにその光景を見詰めた。いや、目が離せなくなったというのが正しいだろう。熱に浮かされたような二人の痴態は、あたしを惹きつけて体を熱くさせた。
「なんだよ・・・あれは・・・」
あたしが呟くと、神名があたしに密着して、同じものを見ようとした。するとウェアーの触れ合う音響いて、瞬間的にあたし達を固まらせた。
「祐美、せめてウェアーの上だけでも脱いでおこうか。音も心配だが、ここは結構暖かいからね」
小声で言う神名に小さく頷くと、こそこそとウェアーの上を脱いで、端に畳んで置いた。ズボンは音のしなさそうな素材なので、そのままにする。しかし、二人の女子高生が友達の3Pを覗き見るなんて、困ったものだとは思う。でも、興味と・・・嫉妬があたしの中にあるのは否定できない事実ではあるけど。
あたしが岩の隙間から覗き見ると、背後から覆い被さるように、神名がくっついてきた。覗きに最適な場所は他には無さそうなので、しょうがなく放っておく。本当は、見るのに夢中で、それ所では無かったからではある。
「あっ、あっ、溶けちゃう、溶けちゃうよぉ」
「ゆう・・・いちさぁ・・・ん・・・あ・・・ぅあ・・・すご・・・んくっ・・・!」
あたしは、自分の目が信じられなかった。アイツの前では、二人はこれほどまでに淫らになるのか・・・。あたしの胸にちくり、と痛みが走り・・・それ以上に身体が熱くなっていった。乾いた唇を、軽く舐めて湿らせる。
目の前では、二人の姿勢が変わっていた。脚を大きく開いて、顔と膝以外はお湯につけて喘ぐ友香と、温泉を囲む岩にしがみつくようにして、肩とお尻をお湯から覗かせているかなた。いやらしい姿なのに、見てて興奮するのに、綺麗だと感じてしまう。
「ひやっ!・・・ん、ぐ・・・」
突然、あたしの胸に刺激が加えられ、もう少しで大きな声を上げてしまうところだった。その、ぎゅっと掴むような乱暴な刺激じゃなくて、ピンポイントで先端を優しく攻めるような、繊細さと大胆さを備えた・・・快感。
「神名っ!な、なにを突然っ!」
焦りながらも小声で言うと、神名が驚く程近い場所であたしを見詰めていた。左右で微妙に色の異なる瞳が、あたしの瞳を映している。
「ボクも、あんなに凄いのを見せられたら、我慢出来なくなってしまうよ。痛くしないから、ね?」
そう微笑む神名の顔は、優しくて、どこか真剣で・・・。だから、今まで話した事の無いほんとうを口にした。例えそれが、神名の認識を確認するだけになるとしても。
「・・・あたしが友香を好きなの・・・知ってるんだろ」
しってる・・・そう声を出さずに唇を動かして、それでも神名の笑みは崩れない。神名は目を瞑ると、あたしを試すようにゆっくりと、静かに唇を寄せてきた。
「本当に、友香が好きなんだから」
あたしはそう言いながら・・・最後まで目を閉じずに、それでも神名の唇を受け止めた。真剣な神名の思いに、ほだされてしまったのかもしれない。それとも、あたしも興奮して・・・人の肌の暖かさを求めていたんだろうか?
初めてのキスの感触は、思ったより艶かしいものだった。柔らかく湿って、少し甘い唇の暖かさが、身体中に広まって行く気がした。
「ひゃうっ!ゆういちさ・・・い、イっちゃ・・・んぅあっ!!」
友香の一際大きい声に、あたしと神名は同時にビクっと身体を離した。振り向くと、ちょうど友香が絶頂に達するところだった。腰をいやらしく突き上げ、顔は悦びに上気している。ごきゅ、と唾液を飲み込んだあたしの喉が、はしたない音を立てた。
「もしかして、ゆーみは混ざりたいのかな?そうしたいなら、ボクは構わないよ」
食い入るように友香達を見詰めていると、耳元で神名が囁いた。鼓膜を直接愛撫されるような感じに、思わず身体がぞくぞくとした。「んっ!」と息を詰まらせて、目をぎゅっ、と瞑ってしまう。
「ばか・・・できる訳無いだろう!」
小声で強めに言うと、その答えを予想していたのだろう、神名はにやりと笑った。
「なら、ボク達はボク達で楽しむとしよう」
あたしはしかたなく、溜息を吐きながら身体から力を抜いた。神名の手の動きを妨げないよう、あたしの身体に触れやすい姿勢になる。ただ・・・あたしの溜息は、いつもよりも熱いものが混じっていたような気がした。
・
・
・
僕の目の前で、かなたが、友香が身体を妖しくくねらせる。半身をお湯につけたままで悶える様子は、まるで美しい人魚のように思えて、僕を激しく惹き付けた。
はじめに友香が、次にかなたが絶頂に達した。お湯の中から出ていない為、半分朦朧としながらも身体が引き続き反応している。慌てて今の暗示を解除した。息も絶え絶えな二人を見て、いかに自分が暴走していたかが良く判った。
「はっはっはっはっ・・・」
「んん・・・あ、はぁ・・・」
激しい運動をした後のように、二人は荒い息を吐いている。その顔に、苦痛の色が浮かんでいない事を確認して、僕はほっとした。すると、横から手が伸びて、僕のものを握り締めた。強過ぎず、弱過ぎず、やわやわと指を動かしながら、軽く上下に刺激している。この積極的な動きは友香かと思ったら、驚いた事にかなただった。自然と解けてしまった美しい髪をお湯に浸しながらも、こちらを上目遣いに見上げるかなたは、思わずぞくっとするほど妖艶な表情を浮かべていた。薄暗い中に白い背中をぼんやりと浮かび上がらせ、長い艶やかな髪を張り付かせている。
「かなた?」
僕の呼び掛けに微笑みを返して、かなたは少し気だるげに身を起こした。お湯を全身に滴らせながら、中腰で僕の正面に移動した。
「雄一さん、ずるいです。私達だけ気持ち良くさせるなんて・・・。だから・・・雄一さんも気持ち良くなって下さいね」
すぃっと、身体を僕に重ねるかなた。お湯ですべすべになったかなたの肌は、触れるだけでも心地良い。そのまま僕に跨ると、僕のものを柔らかく掴んで自分の秘所に導いた。お湯よりも熱い、ぬめりを帯びた場所にあてがわれたと感じた瞬間、きつい粘膜を押し広げて入り込む感触が僕のものを包んだ。
「ふっ、んぅ・・・お・・・おっき・・・ああっ!」
身体を落とすように一気に僕のものを奥まで導くと、かなたはその快楽に耐え切れないとでも言うように仰け反った。濡れた髪の毛が水滴を撒き散らし、形の良い胸が柔らかく揺れた。
「あっ!おくっ!おくにっ!・・・ひ・・・ん・・・あぁあっ!」
まるで苦痛に耐える様に、歯を噛み締めて震えるかなた。でも、数え切れない程抱き合ってきた僕には、これがものすごく感じていて・・・それでも快感に飲み込まれないようにがんばっている表情と言う事が判る。
「あ・・・ん・・・ふ、あ・・・」
僕の隣では、復活した友香が自分の秘所に指を這わせていた。僕の上で踊るように腰を揺さぶるかなたを、切なげに、羨ましそうに見詰めている。
「友香もおいでよ。僕がしてあげるから」
「あ・・・うん・・・」
興奮のあまり身体がうまく動かないのか、友香はのろのろと立ち上がった。僕のお腹の上に、かなたの方を向くように跨らせた。二人が軽いことと、お湯の浮力のおかげで意外と重さは感じない。僕は左右から手を伸ばして、友香の太腿の付け根から、刺激を待ち焦がれて開いた秘所の入り口まで指を這わせると、友香は「ひんっ!」と鋭く悲鳴を上げて、かなたに抱き付いた。
「んむ・・・は・・・ぁん・・・」
「あ・・・あん・・・」
舌が絡み合うぴちゅ、ぴちゃという音をたてながら、かなたと友香はキスをした。お互いの身体を密着させて悶える姿は、下から見上げるととても淫靡な光景に見えた。かなたを貫く僕のものに、友香の快感を掘り起こす僕の指に、自然と気合が入った。
・
・
・
あたしは自分の指を噛んで、溢れそうになる声を堪えていた。友香を思ってするオナニーよりも、神名が触る指が、這わせる唇が、舐める舌が、柔らかく噛む歯が、熱い吐息が、狂おしくあたしの性感を狂わせる。
そして耳からは、友香とかなたの喘ぎ声が聞こえて来る。同じ空間で同じ様に快感を貪っているという認識が、あたしの興奮を激しくかき立てる。
「ぅぁっ!・・・ん!」
神名の指が、あたしのパンティの中で複雑に動く。掻き混ぜて、擦って、捻って、つついて。その都度身体がビクっと反応して、声が洩れそうになる。快楽に溺れようとする身体と、堪えようとするココロが乖離して、あたしの頭の中が真っ白に染まって行く。1秒後の自分がどうなってしまうのかも判らない、そんなぞわぞわした恐怖にも似た快感があたしを縛る。
「ゆみ・・・かわいいよ。すごく、興奮する」
「ん・・・」
神名はあたしの眼鏡を取ると、顔中にキスの雨を降らせた。軽く触れるだけのキスなのに、あたしはもっと欲しくなってしまう。下半身からの快感が全身を駆け巡り、とっさに閉じた瞼の裏側で光が瞬いた。押さえ切れない絶頂の予感に、歪んだ視界の中の神名を見上げる。
神名は優しく微笑むと、今まであたしが声を出さないように自分で噛んでいた指を、口から出させた。あたしの指に刻まれた歯の跡を見て、眉をしかめた神名は、そっと舌で癒すように優しく舐めた。
「いいよ、イっても。ボクに全部預けて」
そう言うと、神名はあたしにキスをした。深く溶け合うような、ディープキス。半分開いた唇の間から、ぬらぬらとした感触の舌が入ってきて、あたしの舌を捕らえて巻き付く。それが絶頂への起爆剤になって、下半身からの快感と混ざり、高めあって、あたしの意識を吹飛ばした。
今の状況も忘れて、あたしは神名とキスしたまま、悲鳴を上げた。何も考えられなくなるような衝撃が、何度も何度も突き上げてきて、その都度頭の中が真っ白な光で染められた。
気持ち・・・良い・・・。
・
・
・
「うぁあっ!ゆ、ゆういちさんっ!それっ、それだめぇっ!!」
右手の中指を友香の中に挿し込んで、親指でぷっくりと固くなったクリトリスを刺激する。左手は可愛いお尻を開いて、すぼまったアナルを刺激する。友香が特に感じるやり方を憶えている僕の指は、的確に優しく、時に荒々しく動いて、友香の嬌声を引き出した。秘所に這わせた指が濡れそぼり、友香がどれほど感じてくれているかを僕に伝えた。
「あ、あはぁ・・・すご・・・おくまで・・・あ、いいです・・・うんっ!!」
友香と抱き締め合いながら、懸命に腰を動かすかなた。腰の動きとかなたの中の襞の動きが、まるで直接僕の神経に電気を流すように快感を伝える。でも、それはかなたも同じ事。かなたの紅潮した肌が、陶酔しきった表情が、悦びに震える身体が、かなたがどれ程の快感を感じているかを示している。
「んあぁっ!!」
そう鋭く声を上げたのは、はたしてどちらだったろうか。それはさっきから何度か上がっている声。小さく絶頂に達した事を告げる声。
「うんぅ・・・もう・・・もうだめっ・・・ゆういちさんっ・・・きて・・・きてっ!!!」
「ああんっ、ぼくも・・・ぼくももうだめだよぉっ・・・ひあっ!!」
絶頂に達しながら、僕のものをかなたがきゅっと締めた。激しく愛液を分泌しているのに、きつい感触が僕のものを包む。襞のひとつひとつがうねり、堪え切れない快感が僕の背筋を走った。
タイミングを同じくして、友香も僕の指を締め上げながら絶頂に達した。その背中が、膣内が締まるのに合わせてびくびくと痙攣していた。
僕自身も、これ以上は我慢出来ずに、かなたの中に全てを吐き出していた。今まで必死に我慢していたせいか、いつもより量が多く、快感が深く感じられた。
「あ・・・あは・・・いっぱい・・・」
かなたが瞳を潤ませて、幸せそうに呟いた。
・
・
・
「向こうも終わったみたいだね」
「じゃあ、ここから出て、少し間を開けてから声を掛けるとしよう」
神名とあたしは音をたてないように、こそこそと洞窟を出た。そっと最後に覗き見た時、友香とかなたが荒い息で、それでもものすごく幸せそうに微笑んでいるのが見えた。それは、あたしの胸にひどく切ない痛さを残したのだけど。
「あぁ、吹雪も止んでる。夕陽が綺麗だよ」
白い吐息を楽しそうに吐きながら、神名は沈み行く夕陽を見詰めた。前髪を横に流して両目で空を見上げるその表情は、何故だかとても嬉しそうで、いつになく浮かれているようだった。
「でも、無駄足だった。まさか、三人で楽しんでるとは思わなかったよ」
少し不機嫌な気持ちを込めて、あたしは呟いた。さっきの胸の痛みが、まだどこか身体の奥深くで残留しているような、すっきりしないものを感じながら。自分でも、やつあたりに近いものと認識していながら、自分で自分を制御することが出来なかった。もしかしたら、ファーストキスを神名とした事が原因かも知れないが。
神名はあたしに振り向きながら、優しい笑みを浮かべた。あたしの我侭をも包み込むような、身を任せたくなるような笑み。思わずくらっときた自分に、なんだか悔しい気持ちが湧き上がる。
「いいじゃないか。大山鳴動して鼠一匹。平和な証拠さ」
「そういう神名は、いつも以上に嬉しそうだな?」
自分の口から出た言葉が、なんだか拗ねた響きを伴っているように思えて、あたしは少しだけ顔をしかめた。あたしを見詰めながら、に、と神名は少年のように笑った。
「念願が叶ったからね。ゆーみが誰を好きでも良いんだ。ボクはいつでもゆーみが一番だからね」
あたしは神名の視線が眩しくて、すっと目を逸らした。コイツが可愛い女の子全般を好きだと知っているのに、”一番”の響きが妙に心地良かったなんて、知られる訳には行かないから。
「直子だって、友香やかなただって、可愛いコはみんな好きなんだろう?」
少し意地悪な言い方をしてみたが、神名にはもちろん通じない。それどころか、一層嬉しそうな表情を浮かべているのは、嫉妬していると勘違いしたんだろうか。
「みんな好きだよ。でも、一番はゆーみってコトだよ。・・・それは、本当だよ」
「ふ・・・ふぅん・・・そう・・・」
あたしは目線どころか顔も背けた。今度こそ赤く火照ってしまった頬を、神名に見られたくなくて。刻一刻と暗く染まっていく景色に気が付いて、浮かれた気分を払拭する。あたしは神名の方へ振り向いて、声を掛けた。
「そろそろ友香達に声を掛けよう。直子も心配だし」
「ああ、そうだね」
そうして、あたしは空を見上げた。まだ終らないとは言え、とんだ旅行になってしまったと思いながら。それでも、楽しいと感じてしまうのは、みんなが無事と判って安心したからだろうか。
─ 8 ─
別荘に戻ると、直子はふてくされて寝ていた。カーペットの上で、まるで行き倒れのような格好で、顔を横にしてうつ伏せになっている。胸が苦しくは無いんだろうか?
あたしは直子の手の脇に落ちている携帯ゲームを拾った。電源を落とそうと思っただけだったんだけど、表示されている点数に唖然とした。あたしの調子の良い時の10倍くらいだ。おっとりしているように見える直子に、とても取れる点数とは思えないのだけど・・・。
「・・・なの・・・むにゅむにゅ」
足元から直子の声がした。寝言なんだろうけど、むにゅむにゅなんていうのは珍しい寝言なんじゃないだろうか。少なくともあたしは今まで、聞いたコトが無いぞ。取り敢えず、直子の口に耳を近づけてみる。
「ひとりは・・・さみしーのー・・・。・・・うえから・・・ぶろっくが落ちてくるから・・・いやー・・・むにゃ・・・」
どうやら、夢の中でも落ち物ゲームをしているらしい。・・・ちょっと、違うかも知れないけど。
「あらあら、悪い事をしちゃった」
かなたが苦笑しながら直子を見た。それから直子にタオルケットを掛けると、夕飯の用意をしに、台所に行った。
あたしは手持ち無沙汰に直子の傍に座ると、まだむにゃむにゃ唸っている直子の手を、軽く握った。何の気無しに行ったことだけど、途端に直子の顔が安らかな表情に変わるのをみて、そのお子様具合に呆れた。
・
・
・
そして、あの突然の吹雪から2日後、あたし達は無事に地元に戻って来ることが出来た。直子がアイツに付きまとったり、神名が始終上機嫌だったり、友香とかなたをはべらせたアイツが幸せそうだったりと、いろいろ問題があるような気がするが・・・まぁ、楽しめたと思う。
「じゃーねー」
「お先に失礼します。みんな気を付けて帰ってね」
「楽しかったです。また、今度!」
アイツと、友香とかなたが連れ立って帰って行く。もしかして、二人はアイツの家にでも行くのだろうか。
少しだけ嫉妬に痛む胸を押さえながら、あたしはそっと思ってみたりする。
───『催眠状態になって・・・』と、そう言ったら、友香はあたしを振り向いてくれるだろうか?───
それは、ひどく甘美な毒の味がした。
あたしは体内の毒素は吐き出すように大きく深呼吸して、赤く染まっていく空を見上げた。まだ、あたしはアイツに負けた訳じゃないと、そう思いながら。
「ゆーみー、いこーよー」
「ボク達も帰ろう。送ってくから、さ」
あたしは直子と神名を振り向いて、笑って見せた。女の子らしい、可愛い微笑みじゃなくて、悪い事を企む魔女のように、力強くにやりと。
「ああ、帰ろう!」
まだまだこれからさと、そう心の中でうそぶきながら、あたしは家路への一歩を踏み出した。
そう・・・あたしはまだ、負けてはいない。何しろ、冬の次に来るのは春と決まっているのだから。
< 終わり >