指人形 2

第2話

《 1 》

 僕は待ち合わせ場所で、ぼんやりと空を眺めていた。
 先にここについて、もう15分ほど経っただろうか。その間、あまり広くはないこの裏通りを通り過ぎる人や車は、ほとんど無かった。

 普通、待ち合わせ場所といったら、もっとお互いを見つけやすいような、目立つ場所を使うだろう。
 でも今回、人目に付くのを避けたい僕は、あえてこの人通りの無い裏通りを選んだ。

 しばらくして、車の音が近づいてきた。そちらをチラリと見ると、見慣れたシルバーのコンパクトカーがこっちにやってくるところだった。
 待ち人来たれり、だ。

“キィ……”

 車が停止するのを待って、助手席に乗る。

「お待たせ、ナオ君」

 運転席に座る麻美さんが、そう言って微笑んだ。
 彼女の笑顔はとても穏やかな感じがする。柔らかな輪郭に、わりとクラシックなデザインのメガネがよく似合い、相変わらずすごく綺麗だった。

 今日の麻美さんは、身体にフィットしたノースリーブのニットとすっきりしたシンプルなパンツ、それにサンダルといった服装だった。髪も後ろで簡単にまとめられていて、全体的に動きやすそうな恰好をしている。
 露出した丸みを帯びた肩と、柔らかな感じのニットを押し上げる大きめの胸のラインが、堪らないほど魅力的に感じられた。

 彼女はさっきまで大学の授業があったはずで、その帰り道に拾ってもらったのだ。

「ごめんなさいね。途中の道が、思ったよりも混んでて……」

「麻美さん」

 申し訳なさそうに言う彼女の言葉を簡単に遮って、言い聞かせるように話した。

「ここは車の中で、僕ら二人しかいない。会話を、他の誰かに聞かれることもない。
 そういうときはどう話すか、教えたよね?」

「あ……」

 麻美さんの頬が、ほんの少し赤く染まった。
 さっきまで、「優しいお姉さん」といった感じの彼女だったが、それが見る見るうちに雰囲気を変える。
 僅かに潤みを増した瞳で僕を見る麻美さんは、男の本能的な欲望を刺激するほんのりとした香りをその表情の中に浮かべて、応えた。

「失礼しました。お待たせして、申し訳ありません――――ご主人様」

 僕こと須藤直道は、偶然から他人を操る能力を得た。
 その力を使って、それまでずっと憧れの存在であった麻美さんを、自分のものにしたのだ。

 彼女という、これ以上無く魅力的な奴隷を手に入れた僕が最初にしたことは、隠れ家的な場所の確保からだった。
 僕と麻美さんの関係を知り合いや近所の人間に知られるのは、面倒なことにしかならない。だから僕としては、安心して彼女と楽しめる場所が欲しかったのだ。

 二人の家から適度に離れていて、出入りするのにあまり目立たず、さらに防音がしっかりしていれば申し分はない。

 条件だけ決まれば、探すのはそう大変ではなかった。
 隣町にある、わりと新しい高級マンション。入り口は表通りに面してはおらず、地下駐車場から入れば、他の人間に出あうことはあまりない。
 中はそれなりに広く、バスルームもゆったりとしている。ピアノ等の楽器も持ち込み可というふれこみのとおり、防音は完備されていた。

 手続きは基本的に麻美さんがやったが、僕も「指先の魔力」を使った。だから契約者の名前は、僕らとは全く違う人間のものになっている。
 これだけの物件であるから、もちろんそれなりのお値段はした。が、それも三人ほどに“納得してもらった”だけで、思ったよりも簡単にカタが付いた。

「ん……ふあ、んんん……」

 そんなマンションの一室で、僕はソファーに腰掛け、麻美さんの『奉仕』を受けていた。

「うん、んん……んぁ、……うう、んっ」

 開いた僕の脚の間に、一糸まとわぬ姿でひざまずき、麻美さんは僕の起立したモノを小さな唇で懸命に迎え入れ、愛撫していた。僕の快楽のために、熱心に手と口を動かす。

「ああ……ご主人様、……こんなに硬くて……素敵、です」

 ぼうっとした、熱を含んだ声でそうささやくと、麻美さんは何度も、愛おしいものにそうするように、肉棒の表面に口づけする。

「熱くて……逞しい………」

 うっとりとした仕草で、両手で捧げ持つようにしながら、頬ずりを繰り返す。
 すべすべした頬が擦りつけられる感触もくすぐったくて気持ちよかったが、なによりこんなに綺麗な年上の女性が、僕のグロテスクなそれに心から服従する様子が、視覚的に僕を堪らなく興奮させた。

「麻美さん、咥えてよ」

 更なる刺激をもとめてそう命令すると、麻美さんは嬉しそうに僕の顔を見上げた。

「はい、では失礼します……んっ」

 ペニスの先に、麻美さんの唇がぺたりと触れたのを感じる。と、次の瞬間、肉茎全体がずるりと温かく濡れた感触に包まれた。

“くちゅ……、ぺちゃ……”

 口の中で、麻美さんの舌が僕の性器を撫で回している。唇をきゅっと引き締め、亀頭を上顎や頬の内側に擦り付けたりして、僕を愛撫してきた。
 頭をゆっくりと上下させながら、いろいろな場所に、舌をねっとりと絡めたり、あるいは舌先でちろちろとなぞってみたりする。

「う……っ!」

 彼女の舌が、カリの裏側の縫い目の辺りに強く押しつけられたとき、僕は敏感な部分に加えられたその刺激に、思わずうめき声をもらしてしまった。

「ふぁ……んん?」

 僕の反応に、麻美さんはもの問いたげに僕の顔を見上げる。メガネの下で目元を赤く染め、上目遣いに僕を見る彼女の表情に、僕は心を高鳴らせた。
 良くできた愛玩動物を撫でるように、僕は手を伸ばすと、麻美さんの髪を優しく撫でてやった。

「今のところ、すごく気持ちよかった。もっと、舐めてよ」

「……ふぁい」

 褒められた子供のような無邪気な喜びの表情で、麻美さんはこの上なく淫らな行為を、それまで以上の熱意を持って繰り返す。

“ぴちゃ、くちゅ……”

 イヤらしい水音と、腰が痺れるような快感が、彼女の舌がなぞる場所から立ち上る。

 麻美さんに口でしてもらうのは、好きだった。もちろんセックスも気持ちいいけれど、フェラチオという行為にはまた別の愉悦を感じられた。
 女性が男性の性欲に仕える、あまりに一方的な行為。男の僕にとって、それは肉としての快感だけでなく、優越感や征服感といったものを心地よく味わうことができるものだった。

 同時に、麻美さんもまた、その行為に悦びを見いだしているようだった。
 これはもちろん、僕が彼女に施した操りの魔術によるものもあろう。だけど多分それだけではなくて、もともと献身的で面倒見の良い彼女にとって、こうした相手のため尽くす行為というものは、性格的に合うものだったのではないか。
 そうとしか思えないほどに、口唇奉仕を行う麻美さんは、うっとりとした表情を浮かべながら僕のモノを口にした。

“じゅ……くちゅ……”

 ねっとりと温かい感触を楽しみながら、僕は手を伸ばすと、麻美さんの豊かな乳房に手を伸ばす。手の平でゆったりと撫で回し、ついでに乳首を指で強めに擦りあげてやると、『ふ……んんっ』と、悶えるような声をもらした。

 見れば、麻美さんは腰をもじもじと小さく動かしていた。小さく、両の太股を擦り合わせている。

 間違いない。彼女も、感じているのだ。

 それが嬉しくてさらに大きな動きで胸の膨らみを揉みたてると、麻美さんは僕の愛撫に答えるように、いっそう力を込めて、口の中にある僕の分身を吸い上げてきた。

「ぁあ、……んっ、……うんっ」

 彼女の行為により昂められた快感によって、僕はもう限界に近づいていた。
 それを敏感に察したらしい。麻美さんは顔を僕の股間に埋めるように、深くペニスを咥え込んできた。

「ん……っ」

 ゆっくりと、僕の肉棒が薄くリップを塗られた唇の間に消えていき、やがて根本付近まで彼女の口の中に入っていく。
 そして舌をべったりと幹に押しつけながら、美貌を真っ赤に染めながら前後させ始めた。

「んっ、うんっ……」

 僕の全てが彼女の口に含まれてしまったような錯覚を感じながら、自然と、僕の腰も前後に動いてしまう。

「ふぁ、うんっ……んんっっ!?」

 先端が喉の奥を突いてしまったのだろう。驚いたような、苦しげな鼻息が洩らされたが、それでも麻美さんは肉茎への奉仕を止めようとはしなかった。むしろ積極的に、さらに深くへと僕を招き入れるように、顔を押しつけてくる。

「麻美さん、気持ちいいよ。もう、イきそうだっ」

 根本までこみ上げてきた熱は、すでにコントロールなどできないほどに圧力を高めていた。

「口で……麻美さんっ。全部、飲んで……っ!」

「んんんんん――っっ!!」

 解き放たれた欲望の排泄物が、ドッと麻美さんの口の中に吐き出されていく。
 それを彼女は、目をギュッとつぶりながらも、唇を引き締め、すべて受け止めてくれる。

“ドクッ、ドクッ――”

 脈打ちながら溢れだした僕の精子を、

「んぐ……んん、……んぐっ」

 透き通るように白く細い喉が何度も動き、麻美さんが飲み込んでいるのが分かった。
 同時に、スラリとした背中が小さくビクビクと震えている。
 彼女も、感じているのだ。僕の出したものを、身体の中に受け止めることを。

「ふう……」

 一通り射精が終わると、僕はソファーの背もたれにドサッと背中を預けた。
 心地よい痺れと脱力感が、身体を支配する。

「あ……うん、……ふ、ぁ」

 だけど僕の欲望を全て飲み込み終わっても、麻美さんはペニスから口を離そうとはしなかった。
 少しだけ力を失ったソレに“ぴちゃぴちゃ”と音を立てながら、舌を這わせ続ける。

「麻美さん?」

「……えっ?」

 僕が声をかけると、麻美さんはいまさらハッとしたように顔を上げた。

「あ、あの……私、ご主人様のものを、綺麗にしようと思って……」

 なぜか言い訳でもするかのように、ごにょごにょと話す彼女。
 よく見れば、麻美さんの股間の茂みと太股の内側は、彼女が分泌したもので濡れているのが分かった。僕に奉仕しながら、彼女はそこを濡らしていたのだ。

「あっ」

 僕が何を見ていたのか気づいたのだろう。

「す、すみませんっ」

 慌てたように両手で隠そうとする。

「麻美さん、僕のを舐めるのが、好きなの?」

 カアッと、恥ずかしげな表情を浮かべ、麻美さんは顔をうつむかせてしまった。消え入りそうな声で、僕の質問に答える。

「あの……はい。ご主人様に気持ちよくなっていただけるのは、私も嬉しいですし……それに……」

 長い、ゆったりしたウエーブのかかった髪の間から覗くうなじまでが、真っ赤に染まっていた。

「それに……私、ご主人様のものを頂けると……それだけで、満たしていただけるというか……」

 ぞわり……と、背筋を電流にも似た痺れが駆け上がった。
 同時に、股間のものが再び痛いほどに力を取り戻す。

「あ……」

 肉幹の変化に気づき、麻美さんは僕の意向を計るような従順な視線を向けてくる。

「もう少しでいいから、しゃぶってくれる?」

「あ……はいっ。ありがとうございますっ」

 その僕の台詞に上気した顔をパァッと輝かせ、麻美さんは猛りきったペニスに、再び桜色の唇を寄せてきたのだった。

 こうして能力を活用し、居心地の良い環境を整え、マンションに必要な物をほぼ揃えた頃には、僕も一仕事終わったことにホッとしていた。
 これでしばらくは、麻美さんの魅惑的な身体を存分に貪り、好奇心を満たし、ただひたすらに快楽を手に入れる生活を満喫できる。その後のことは、今の生活に飽きてからだと、そう思っていた。

 ……しかし、何より最も優先して解決すべき問題が、カタがつかないまま放置されていたということを知ったのは、ある日の午後のことだった。

《 2 》

 僕がその場面に出くわしたのは、本当にたまたま、偶然のことだった。

 放課後、ちょっと足を伸ばして駅前の商店街まで買い物に行った。欲しい本があったのだが、学校の近くにある本屋には入庫していなかったのだ。
 この辺りでは一番大きな本屋に向かう僕の耳に、なにやら言い争うような声が聞こえてきた。

「──だから、なんでなんだよっ。そんなんじゃあ、ぜんぜん納得できるわけないだろう!?」

 響いてくるのは主に若い男の声で、対する女性の声は、あまり大きくなかったのでよくは聞こえなかった。

(どこかのバカなカップルが、人前でケンカでもしてるんだろう)

 その程度に考え、大した興味も無しにその場を通りすぎようとした僕の目に、見知った後ろ姿が入ってきた。

「……麻美さんっ?」

 ウエーブがかった長い髪。ほっそりとした背中。長い手足。……それは間違いなく、彼女のものだった。

 人通りのある商店街の道ばたで、彼女は若い男と二人で向かい合って立っていた。
 男の方は、麻美さんと同じくらいの歳だろうか? 背は高く、いかにも今風の大学生といった恰好をしている。

「………」

 麻美さんも何か話しているようだが、男はさらに激高しつつあるようで、聞く耳を持たない様子だ。
 彼女を困らせているらしいそんな場面を、ただ見ている気にもなれず、僕は二人に近づき……そして麻美さんの言葉の中に、とうてい聞き逃せない単語を耳にした。

「……って、卓(すぐる)も………」

(“スグル”……!?)

 その名前には、覚えがあった。麻美さんがつきあっていた恋人。確か大学の同級生と言っていたが、この男もちょうどそんな感じだ。
 能力を使い、麻美さんに別れるよう命令して、それで済んだつもりでいた。
 それが、どうして二人でいるのだ?

 いや……何となくは、事態を理解できた気がした。察するにこの痴話喧嘩は、別れを望む女の子に、男が無理矢理迫っているのだ。

 そうと分かれば、やることは決まっていた。

「ちょっと、失礼します」

 一声かけて、僕は二人の間に割って入った。

「……なんだよ、君は。何か、用でも?」

 突然の見知らぬ乱入者に戸惑う“スグル”。

「あ……ナオ君」

 麻美さんも、現れた僕にびっくりしたような顔をする。
 そのまま慌てたように何か言いかけたが、僕は身振りでそれを止めた。

「えっと、僕は天川さんの家の、隣に住んでいるものですが……」

 男は背が高く、僕はやや見上げるような形でそう彼に話しかけた。

「隣……? ちっ! じゃあ、ぜんぜん関係ないじゃないか。
 俺は麻美と、二人の問題について話をしてるんだ。関係ないヤツは、あっちへ行ってろよ!」

 怒りを露わに睨み付けてくる“スグル”。
 自分よりも明らかに体格が良い、彼のような人間にすごまれたら、少し前の僕であればビビって逃げていただろう。
 だけど、今の僕は違う。指先の魔力を使えば、相手が凶器でも持ち出さない限り、ほとんど恐くなどない。

「関係なくは、ないですよ。……麻美さん、困ってるじゃないですか。こんな人通りのあるところで、いつ僕みたいに知り合いが通りかかるとも限らない場所で、こんなもめ事なんて起こされたら、いろいろ彼女に迷惑でしょう?」

「だから、関係ないって言ってるだろうがっ!」

 ダメだ、これは。僕は思った。
 コイツは完全に、頭に血が上ってしまっている。年下の、自分よりも格上に見えない僕が正論を語ったところで、まともに聞く耳など持たないだろう。

「はあ……わかりました。あくまで、あなたと天川さんの、二人の問題だってことは、わかりました。
 でも、じゃあ、せめてこんな人目に付くところじゃなくて、そっちの人目に付かない場所にでも行きましょうよ。
 ―――麻美さん、こっちへ」

「なっ、なんでお前が仕切るんだよっ!?」

 彼はまだ何やら吼え続けているが、僕は無視して麻美さんを促すと、すぐ近くの路地裏に向かった。
 麻美さんが素直に付いてくる素振りを見せると、男も不満気ながらようやく口を閉じて、僕らの後に付いてきた。

 建物の間の狭い通路に入り、僕は素早く周りを見渡す。そこはビルや店舗の裏口がある程度の場所で、人目は全くと言っていいほど無いのを確認した。

「ほら、もういいだろう。お前、あっちに行け……」

 言いかけた男の額に、人差し指を突きつけた。
 びっくりした表情を浮かべかけた男だったが、次の瞬間には目が焦点を失っていった。

「お前はしばらく黙ってろ。立ったまま、眠ってるんだ。いいな?」

「……はい」

 指を離すと、男は目をつぶった。規則正しい呼吸が、鼻からこぼれだす。

(うわ……本当に立ったまま眠ってるよ。まあ、僕がそう言ったんだけど)

 妙なことで、魔術の力に対して改めて感心してしまった。

「あ、あの、ナオ君っ」

 そんな僕に向かって、焦ったように何か言いかける麻美さん。
 彼女の方を向くと、僕は訊ねた。

「コイツが、麻美さんが付き合ってたとかいう、“スグル”ってヤツなの?」

 麻美さんは困って泣き出しそうな顔で、頷く。

「私……今の私には、ナオ君がいるから、それで何日も前に、彼に別れてくれるようお願いしたの。
 だけど、卓は納得してくれなくて……」

「…………」

 まあ、やはり、想像した通りの話の流れだった。
 考えてみれば、いくらでもあり得た事態である。それを確認もせずに、考えもせずに放っておいた僕が悪かったと、反省する。

「さて……と、」

 間抜けな寝顔で突っ立っているスグルに、僕は視線を戻した。
 コイツを、どうしてやるべきか。

(そうだなぁ……)

 この男を、麻美さんに二度と近づけないようにするのは、とても簡単なことだった。
 ただ僕は、指で額に触れながら、そう命令すればいい。それだけで、全ては解決する。

 ちらりと、麻美さんの方を確認すると、彼女は不安そうな顔で僕と……そしてスグルのことを見ていた。

(なんだよ……)

 ズクンッと、胸の中に暗い怒りを感じた。

 どうして麻美さんはこの男に、そんな心配そうな顔を向けるのだ。
 まるで、こんなヤツのことを、気遣うみたいな……

「麻美さん。そっち側に抜けると、たぶん大通りに出られるから、タクシーを捕まえてきてくれない? 友人が、気分が悪いとか言って」

「あ、はい」

 何度もこっちを見ながら、それでも麻美さんは、言われたとおりに大通りの方に歩いていく。
 それを見送って、僕は改めてスグルの顔を見上げた。

(………)

 この、胸の中にあるもの。これは間違いなく、『嫉妬』だった。
 僕にとって憧れの対称だった、麻美さん。その彼女と恋人として付き合い、そして何度も何度も彼女を抱いたことがあるだろうこの男に対する、理不尽で自己中心的な憎しみ。

「お前なんか、この場で頭の中を幾つか操って、それで終わりにしてもいいんだけど……」

 初めは、そのつもりだったのだ。―――さっきの、麻美さんの表情を見るまでは。

「気が変わったよ」

 麻美さんが、この男に向けていた視線。恋人であったこの男を気遣うような、あの不安げな表情。
 心の中、どうにも制御のしようがないどす黒い感情が暴れまくっていた。
 ただ別れさせるだけでは、この気持ちは、とうてい収まらない。

「麻美さんは、もうお前なんかの彼女じゃないって……僕の『モノ』なんだってことを、理解させてやる」

 麻美さんが、戻ってきた。どうやら、タクシーは拾えたらしい。
 僕はスグルの額に指を伸ばすと、一緒に来るよう彼に命令した。

《 3 》

「ま、こんなもんかな」

 一仕事終えて、そう呟く。
 目の前には、椅子に縛り付けられたスグル。もちろん、縛ったのは僕だ。
 タオルやあり合わせの布を使って、手足を動かせないよう、きつく結んでいた。

 あの後、僕は彼をマンションに連れてきた。ここであれば、何があってもそうそう外には漏れることはない。その為に、この防音完備の部屋を確保したのだ。

「あの、ナオ君。一体、何を……」

 麻美さんが、不安そうに僕に話しかけてきた。
 その表情は、明らかにこの男のことを心配する気持ちから来たもので……その事がますます僕を苛立たせることに、彼女は気づいてはいないようだった。

「麻美さん」

 僕は指を彼女に突きつけ、催眠状態にする。

「前に言いつけた内容を、少し変えるよ。『他人には、麻美さんが僕の奴隷であることを知られることが絶対に無いように、気を付けること』って言ったあれに、追加する。
 例外として、僕がそれを望んだときは、誰の前であれ、僕の奴隷として行動するんだ。
 ――いいね?」

「はい」

 指を、離す。
 次はこの男の番だ。

「意識を取り戻すんだ。起きろ」

 僕の命令にハッとしたように、スグルはうつむいていた顔を跳ね上げた。

「な……なんだっ、コレ!? ここはどこだよ! なんで俺、こんな所にいるんだ!?」

 意識を縛る催眠を解かれたスグルは、驚き、混乱して喚き始める。彼にとっては、路地裏にいたはずの自分が、気が付いたら見知らぬ場所にいたのだから、これも当然だろう。
 数瞬の後、自分が椅子に座った形で身動きが取れなくなっていることを知り、彼はますます混乱して騒ぎ始めた。

「クソッ、おい、なんだよ! なんで俺、縛られてるんだ!? 
 ほどけよ、オイっ! ふざけてるんじゃ、ねえよっ!」

「……うるさいなあ」

 眉をひそめ、顔を見下ろしながら、侮蔑するように言ってやる。
 どんなに騒ごうが、この部屋の外には聞こえない。絶対的に、僕に有利な状態を作ったのだ。いくら凄(すご)まれようが、立場の優劣は変わらない。

「ちょっとは落ち着けよ。みっともない」

「テ……メエっ、ふざけるのもいい加減にしろ! 今すぐほどけ、さもないと……!」

“パシ――ッ!”

 自然に右手が動き、スグルの口元を殴りつけていた。
 そんな自分の行動に、今更ながら、僕は自分がいかに苛ついているのかを自覚する。

「……いい加減に、自分の立場を理解した方がいいんじゃあないか?」

 噛んで含めるように、そう言ってやる。

 たったそれだけの事で、スグルの態度からは薄っぺらな虚勢と怒りが消え去った。代わりに、不測の現状に対する恐怖の表情が現れる。
 目を落ち着かなげにきょろきょろとさせ、さっきまでとは反対に、哀れみを請うような態度で話し始めた。

「なんだよう……俺をいったい、どうするつもりだよ。なんで俺、こんな訳が分からない目に遭ってるんだようっ。
 ―――麻美ぃ、助けてくれよっ」

「卓……」

 どうしていいか分からないといった泣きそうな表情で、麻美さんは僕を見た。
 それをわざと無視しながら、僕は黙ってスグルを見下ろす。
 無言のプレッシャーにあっけなく敗北し、男は懇願し始めた。

「なあ、怒鳴ったことは、悪かったよ。謝るから、だから、助けてくれよ。な?」

 その態度は、僕の行動が彼に取らせたものだった。
 なのに、なぜか彼のその懇願は、僕の苛立ちに油を注ぐもとなった。

 胸の中に燻っていた暗い感情が、燃料を得たように燃え広がり始める。

「……別に僕は、お前なんかに何かして欲しいなんて、そんなことは考えてない。
 ただ、麻美さんにフられたってことを理解できていないお前に、現実ってモノを教えてやりたいだけだ」

 それだけ言うと、僕はスグルから麻美さんへと視線を移す。
 脅えたような顔で立ちつくしている麻美さんに、僕は短く命令した。

「麻美さん。僕のを、舐めるんだ」

「え……でも、」

 麻美さんの顔から、サーっと血の気が引いた。
 椅子に縛られたスグルを見て、戸惑ったような、懇願するような表情で僕に訴えかける。

 だけど僕は、それを許す気はなかった。もともと、この男をここに連れてきたのは、その為だったのだから。

「麻美、お前は、僕の何なんだ? もう一度言うよ。僕のを、その口で気持ちよくするんだ」

 その命令に眉を歪め、泣きそうな顔になって……それでも麻美さんは、よろよろと僕の足元にひざまづいた。

「失礼します……」

 カチャカチャと、白くて細い指が僕のベルトを外し始める。
 ズボンのファスナーを開け、トランクスから僕のモノを取り出すと、麻美さんは小さく震えながら、起立した肉の器官に顔を寄せた。

「ん……」

 先端にキスしてから、唇から舌を突き出し、既に張りつめた状態にある僕の肉棒に這わせ、表面を唾液で濡らし始める。

“ぴちゃ……、ちゅ……”

 彼女が動くたびに、イヤらしい濡れた音が、静かな部屋の中に響き渡る。
 それは間違いなくスグルの耳まで届き、そこで何が行われているかを彼に伝えた。

「あさ、み……?」

 スグルは信じられないという顔で、僕に淫らな奉仕をする麻美さんの姿を見つめている。
 そんな彼に対して、さらに僕らの関係を見せつけてやるために、僕は麻美さんに話しかけた。

「どう、麻美さん? 僕のモノは、美味しい?」

「ふ……んっ」

 従順に僕のペニスを舌で舐めながら、麻美さんは顔を上げると羞恥を堪えながら答えた。

「はい、とても美味しいです……」

「そう。それはよかった」

 僕は手を伸ばし、可愛い彼女の頭を撫でて上げる。そうしながら、さらに質問を続けた。

「じゃあ訊くけど、そこにいる男のと僕のでは、どっちが美味しかった?」

「え……」

 その質問に息を飲み、彼女は目で許しを請いながら、僕を見上げる。
 だけど僕が黙って顔を見続けることで、その視線に耐えられなくなったように、麻美さんは口を開いた。

「その……卓には、こういうことをしたことがなかったので、よく分かりません」

「へえ。なんだ、じゃあ、麻美さんが初めて口でしたのは、僕だったんだ」

 その事実に、僕はほんの少しだけ気が晴れた思いだった。
 ただ、同時に腑に落ちないものを感じ、率直に訊ねる。

「でも、経験がなかった割には、すごく上手くて気持ちよかったけど」

「それは……ご主人様に、少しでも気持ちよくなってもらいたくて……それで、やり方が載っていた雑誌を読んで、勉強したんです」

 顔を真っ赤にしながら、ボソボソと小声でそんなことを言う。
 確かに以前、『僕が喜ぶように、奴隷として気を配れ』と指示した記憶はあった。
 それでも、実際にそこまで僕のためにしてくれたということを知り、僕は今まで以上に麻美さんのことを愛おしく感じた。

 だが、そんな気分に浸っている時間は無かった。
 不愉快な男の声が、そんな僕たちの間に横から割り込んできたのである。

「やめろ、麻美! そんなヤツに、なんでそんなことをするんだっ」

 さっきまでの弱気はどこに行ったのか。スグルが血走った目で僕らを睨み、身体が縛られた椅子をガタガタと揺らしながら、大声でわめき始めたのだ。

「なんだよ、また急に、元気になったのか」

 嘲るように、その顔に言ってやる。

 僕は、彼が態度が急変し、激高した理由を、正確に理解していた。
 男の必死な怒りは、僕に対する嫉妬だ。
 僕がさっきまで、胸を掻きむしりたくなるほどの痛みを感じていた感情で、今度はこの男が苦しむ番なのだ。

 気分が、際限なく高揚していくのを感じる。
 今の僕は、明らかにこの男よりも優位にいる。この、僕より先に麻美さんを何度も抱いていた男よりも、今では僕の方が勝っている。そう、確信したのだ。

「さあ、麻美さん。続きを頼むよ」

 身動きも取れない哀れな男に見せつけるように、僕は麻美さんの顔の前に、腰を突きつける。
 彼女はそんな僕の恭順な姿勢で応え、再び可愛らしい唇を、僕の醜く膨らんだモノに被せていった。

「んふ、……んん、ん……ぁ」

 温かく濡れた口内で、舌が僕の性器を愛撫する。甘い鼻息をもらしながら僕のために尽くす麻美さんは、たまらなく魅力的だ。

「麻美、やめろってっ!」

 無駄なあがきで声をあげる彼女の昔の男に、そんな麻美さんの姿を見せつけながら、僕は心と肉棒の両方に倒錯した快感を覚える。
 それは治まることなく、ますます大きな波となり、僕はさらにその先に進みたくなった。

「もう、いいよ。麻美さん」

 腰を引き、彼女の唇の間から、唾液でてらてらと光る欲棒を抜き出す。
 ソレがずるりと口から引き抜かれるとき、麻美さんは『あ……』と名残惜しそうな声をもらした。

「あれ、もしかして、もっとしゃぶってたかったの? そうか。麻美さん、僕のをフェラするのが、大好きだったものね」

「そんな……」

 からかわれて、顔を恥ずかしさに染める彼女。だけどそこには、僕の言葉に対する否定は無かった。
 切なげな瞳で、さっきまで彼女の口の中に入っていた牡の器官を見る麻美さん。その腰が小さくもじもじと動いているのを、もちろん僕は見逃したりしない。
 僕はつま先を伸ばすとスカートの中に潜り込ませ、彼女の股間を軽くつついてやった。

「ひゃ……んっ!」

 ビクッと身を震わせ、麻美さんは甘い叫び声をあげる。そして自分がそんなイヤらしい声をあげてしまったことを恥じて、きゅっと目をつぶった。
 彼女は気づいてはいないようだが、その顔は凄く色っぽくて、思わず僕は彼女をメチャクチャにしてあげたくなる。

「隠してもムダだよ。僕のを咥えて、自分も濡らしてたんでしょう? 腰をもぞもぞしてるの、気づいてたよ」

「ああ……」

 力無く首を左右に振る麻美さん。その仕草に合わせて、長い髪がふわふわと流れるように揺れる。

「さて。僕もこんなだし、麻美さんだってアソコがもう疼いてるんでしょう? そろそろ、二人で気持ちよくなろうか。
 ほら、自分で下着を脱いで、入れやすいようにお尻をこっちに突き出すんだ」

「な……っ! おっ、おい!!」

 僕が口にした命令に、スグルが驚きの声を上げる。
 しかし麻美さんは一度立ち上がると、素直にスカートの中に手を入れると、僕に言われたとおりに自ら下着を降ろした。スラリとした足を順番に上げて、足首から傍目にも濡れていることが分かる小さな布きれを抜き取る。

「はあ……」

 そのままひとつ、熱く濡れたため息をはくと、スカートの裾を持ち上げながら再び床に膝をついた。
 膝立ちの姿勢をとると、犬のように四つん這いになって、柔らかい曲線を描く肉感的な双丘を僕の目に晒した。

「ああ、やっぱり。こんなに濡れてる」

 思った通り、麻美さんの秘所はぐっしょりと潤んでいた。割れ目から分泌された粘液は、そこから溢れだし、太股の内側まで湿らせているのが見て取れる。

「はぁっ、……いやぁ」

 僕にそのことをあからさまに指摘されたからか、それとも意地悪な物言いをされたことに感じてしまったのか。白い腰が、僕を誘うように小さく揺れた。

「これだけ濡れてれば、前戯なんていらないよね?」

 ちらりと、スグルの方を確認する。
 男は青ざめた顔で、信じられないものでも見るような目をしていた。

 そんな彼に見せつけるように、僕は麻美さんに後ろから覆い被さると、一気に彼女の柔肉を貫いた。

「ふあ……あああっ」

 ふかふかと温かく、それでいてびっしりと熱い肉が、僕を受け入れる。
 もう、何度この中に入ったか覚えていないが、それでもその度に慣れることのない快感と満足感を、彼女のココは与えてくれる。

「麻美さんの中……気持ちいいよ」

 長い髪からのぞく可愛らしい耳に、そう囁いてから、僕は腰を動かし始めた。

「ひうっ、はあっ、はあ……っ」

 僕のリズムに合わせて、麻美さんの口から声がもれ出す。それを心地よく耳にしながら、僕は犬のような姿勢で、彼女の胎内を犯した。

「麻美さんも、気持ちよさそうだね。こんなにココをぐちょぐちょにして、僕を締め付けてくるよ」

「はあっ、い……やぁ、そんな、こと……ぁああっ」

 そこにいる男の、視線を感じる。
 僕らの会話をただ何もできずに耳にしているスグルに聞かせるために、わざと声を出して、言葉で麻美さんを責めていく。

「熱くて、濡れてて……、僕が奥に入る度に、ぎゅってしてくる。……ねえ麻美さん、教えてよ。僕のを入れてもらえて、気持ちいい?」

「ああ、はあ……そんな……、言え……ない、です……ふっあぁぁっ!」

 聞き分けのない彼女にお仕置きするように、腰を大きく、ずんっと乱暴に押し進めた。

「く……うぅっ!」

 その圧力に耐えきれないように、麻美さんの上体が崩れ落ちる。ついていた手がもう身体を支えられないと折れ曲がり、お尻をあげたまま土下座でもするような恰好で、顔を床に伏せた。

「あっ、あっ、あっ、あ……っ」

 後ろからというよりは、むしろ上から下にねじ伏せられるように貫かれながら、麻美さんは耐えきれずに喘いでいる。
 そのうなじに顔を埋め、手を前に回し大きな触り心地のよい乳房を服の上から揉みしだきながら、僕はさらに麻美さんを追いつめていった。

「言うんだ、麻美さん。こんなに悶えまくって……気持ちいいんだろう? 素直に、答えるんだ」

「う……あっ、ああ……はい……はいっ、……わた、わたし……気持ち……気持ちいいですっ!」

 ひとたび堰が切れれば、あとはもう止まらなかった。
 髪を振り乱し、自ら僕のモノをより深く受け止めようと腰を蠢かし、麻美さんはすすり泣くように懇願した。

「ああ……いいです、ご主人様の……いい……。もっと、……もっと私のこと、はあっ……中で、動いて下さい……ふあぁっ!」

 そう。そうであるはずなのだ。
 麻美さんはもはや僕の奴隷であり、僕に犯されることを一番の快感として感じられるように、僕の指先の魔力により、そう矯正されているのだ。
 今の彼女は、文字通り僕の『モノ』である。その事実は、もはや何を持ってしても否定などできようもない。今回のコレは、それを言葉として確認しているのにすぎないのだ。

「はあっ、はあっ……ごしゅじ、ん……さまぁ。もっと、……ああ、もっと…気持ち、いい……っ」

 もう、彼女に迷いなど存在しなかった。自らの快感を受け入れ、その快楽を与える僕の肉棒に服従しつつ、嬌声をあげる。
 荒い息を吐き、腰をくねらせ、己の主人から下賜された悦楽に全身を振るわせていた。

「そこにいるスグルと……そいつとセックスしたときと、どっちがいい? どっちが、気持ちがいい?」

「え……」

 声に、一瞬だけ正気が混じった。問われたその事柄に、その内容に、怖れをなすように。
 だけどそれは、ほんの一呼吸の間にも満たない、僅かな時間。
 僕が彼女を再び突き上げると同時に、彼女は歓喜の呻き声をあげながら、完全に瓦解し、押し流された。

「ごしゅ……ああっ……ご主人様のが、いい……ですっ! 気持ち、いい……ご主人様のが、……ナオ君のが、いちばん……気持ち、いい……です。
 ……こんなに……はあっ、んぁぁっ!」

 はじめて聞くほどに大きな声であえぎながら、麻美さんは媚びるようにうち明ける。
 その内容は、僕を心の底から満足させ、同時に精神を目眩がするほどに熱くさせた。

「よく言えたね……ほら、ご褒美だよ。麻美さんのこと、壊れるくらいに気持ちよくしてあげる」

「ふっ、ああ……うあ、はあっ、はあっ」

 僕の、勝ちだ。僕は心の中で、快哉を上げる。
 僕は、間違いなく、スグルに勝ったのだ。

 もちろんそれは、魔法の指という、いわば反則的な力を使ってのことだ。しかし、それが何だというのか?
 現実として、麻美さんは僕に抱かれながら、こんなにもよがり、腰を振っているのだ。
 この場での勝者が誰であるのか。それは、どんなことをしようとも、覆す術などあるまい。

「ああ、だめ……わたし、気持ち、よくて……はあっ、おかしく、なっちゃう……よう……っ」

 もはや、スグルの存在など忘れているだろう。喘ぎ、白い裸身をくねらせ快楽を貪る麻美さんの姿は、まさしくケダモノのそれだった。
 そんな彼女をスグルに見せつけようと、僕はさらに彼女を責め立てながら、顔を上げた。

 椅子に座ったスグルの顔は、まるで紙のように真っ白だった。力無く視線を彷徨わせるその表情は、目の前で起きている現実から目をそむけ、自身を守ろうとしているかのようだった。

 だが、僕は彼の身体に起きている変化を、見逃さなかった。

「麻美さん、ちょっと、顔を上げるんだ」

「うう……んあっ、……え?」

 力無く顔を上げる麻美さん。僕も彼女の顎に手を添えて、“そちら”に目が行くように手伝ってやる。
 その先、椅子に座ったまま縛りつけられたスグルの方に、顔を向けさせる。

「ほら、見てみなよ。あいつ、僕らのことを見て、興奮してるよ? はは、みっともないったら、ないよねえ」

「あ……」

 麻美さんも、気づいたらしい。さっきから、もはや声も出せずに呆然とした顔をしているスグル。そのくせ、彼の股間は、ズボンが下から押し上げられて膨れていた。

「く……っ!」

 屈辱に顔を赤く染め、スグルは僕を睨み付けてくる。その目つきは僕に優越感を覚えさせ……同時に、苛つきを感じさせた。
 この男を、もっとズタボロにしてやりたい。僕より先に、麻美さんとセックスをしていた、この思い上がった馬鹿野郎に。

「そうだ、麻美さん」

 ふと思いついたアイディアに、胸を躍らせる。

「アイツのを、舐めてやりなよ。もう二人は、恋人でもなんでもなくなるんだし、最後にあの情け無いザマを、なんとかしてあげなよ」

「な……っ!?」

 驚きの声を上げる、二人。

「ふざけるな、お前、いい加減に……っ!」

 興奮しすぎて、舌がもとらなくなっているスグル。それでも恐らくは最後の自尊心をかき集め、僕に喰ってかかってくる。

 しかしそれとは反対に、麻美さんは荒い息をつきながらも、静かに訊ねてきた。

「ご主人様……それは、ご主人様のご命令でしょうか?」

 首をねじり、背後の僕に顔を向ける麻美さん。
 メガネのレンズの奥から僕を見る濡れた瞳には、快感と、欲望と、媚びと……そして多分、寂しさが浮かんでいた。

「……」

 僕はそんな彼女の視線に、ひとつ頷くだけで答える。

「……はい。わかり、ました……ひあっ!?」

 悲しげに、それでも従順な返事をする彼女に満足し、僕は再び腰を突き上げると、そのままスグルの方に押しやった。

「ふあぁっ、ああ……うんっ」

 僕に貫かれたまま麻美さんは、よろよろと四つん這いで椅子の方へとにじり寄った。

「おい、麻美っ!」

 椅子の上で身動きの取れないスグルの前までくると、麻美さんは手を伸ばし、彼の股間に這わせる。ズボンのファスナーを下げ、細い指を動かすと、下着の中からみっともなく勃起したペニスを取り出した。

「麻美っ、やめろ……止めるんだっ!」

「はあっ、卓……ごめんね」

 まるで掌の中の、浅ましく赤く腫れきった性器に語りかけるように、麻美さんは呟いた。

「ごめんね。こんな事に……こんなに、なって。……だからせめて、気持ちよくなって……ね?」

「止め、……うっ!」

 スグルのやかましい口も、麻美さんが彼の股間に顔を埋めると同時に塞がれた。

“ちゅく……、ぴちゃ……”

「ぐ……うっ」

 眉を引きつらせながら、我慢できずに呻き声を出すスグル。その苦痛に耐えるかのような馬鹿面を見ると、更なる嗜虐心と優越感がこみ上げてくるのを抑えられなかった。
 衝動に心地よく身を任せながら、麻美さんを深く抉る。

「んんっ、……うぇ、……ふ、んんっ!」

 男のモノを咥えながら、幹と唇との間から、麻美さんが快楽のすすり泣きをもらすのをうっとりと聞きながら、暴力的に腰を使う。
 僕をくるむ濡れた壁がヒクヒクと動き、彼女が絶頂が近いのを感じた。

「はあ……っ、いいよ、麻美さん。いっちゃいなよっ!」

 僕は手を伸ばすと、僕の肉棒を迎え入れている場所の、上にあるすぼみ――彼女のアヌスを指先で軽くこづいた。

「んんっ………んんんんんっっっ!?」

 膣壁がぎゅっと収縮し、痛いほどに僕のペニスを締め付ける。
 その瞬間、

「う……ああっ」

 情けない声を上げて、スグルがガクガクと身体を振るわせた。
 こんな風に縛り付けられ、好きな女を他の男に自由さにされながら、逆らいもできずに、堪えきれず麻美さんの口の中に出してしまったのだ。

「ふぐっ……ぁ、うあ……」

 突然の放出に対応できず、麻美さんは顔を離してしまう。
 彼女の顔――髪といわず、頬といわず、掛けたメガネといわず――呆れるほどの量の白濁液が、麻美さんを汚した。

「ああ……はあっ、ああっっ……!」

 それを確認し、僕の興奮も頂点に達した。
 最後の力を振り絞り、麻美さんの一番奥へと入り込み……そこで、弾けた。

“どくっ、どくっ、どく……っ!”

「あ、あ、あ……っ」

 背中をビクビクと震わせながら、呆けたような声を出す麻美さん。彼女の胎内に存分に欲望を吐き出しつくして、

「ふう……」

 僕はやっと肩の力を抜くと、息をひとつついた。

《 4 》

 心の澱(おり)と、身体の欲望と。その両方を吐き出し、僕は何かが抜け落ちたような気怠さを感じていた。

 麻美さんは、シャワーを浴びるように言って、バスルームに行かせた。
 顔にこびり付いているスグルの精子を、できるだけ早く洗い流させたかったのだ。

「……ぐ、ぅう……うっ」

 ぼうっとソファーに身体を預けていた僕の耳に、小さな呻くような声が届いてきた。
 顔をそちらに向けると、椅子の上で、スグルが顔を下に俯かせながら肩を小さく揺らしていた。

「く……、うう……っ」

 彼は、すすり泣いていた。
 萎びたペニスを情けなく晒しながら、鼻をだらしなく垂らしながら、唇を噛みしめるように嗚咽の声をもらす。

「………」

 そんな彼の姿を見ているうちに、さっきまで高揚していた僕の気分はかき消え、急速にしぼんでいった。
 白けたような気分が、胸に広がる。怒りや興奮、快哉や優越感は姿を消し、代わって虚しい鬱々した感情が心を支配した。

 今日僕がやったことに、どんな意味があったのか。僕と、麻美さんと、この男と……その三人にとって、全く無意味な、それだけでなくむしろ何かを失わせるような、そんな事をしてしまっただけなのではないか?

「うっ、……くっ」

 僕はソファーから立ち上がると、哀れな男に歩み寄った。
 手を伸ばし、人差し指で彼の額に触れる。

「よく聞くんだ」

 僕はスグルに命令した。

「これから、手足をほどいてやるから、お前はそのまま服をきちんと着て、マンションから出て行くんだ。道を右側に真っ直ぐ行けば、駅前の通りに出るから、そうすれば後は家まで帰れるだろう?」

 言葉を選びながら、続ける。

「この部屋であったことと、それとこのマンションの存在そのものも、全部忘れろ。僕のことも、忘れるんだ。
 あと……お前は麻美さんにフられたことを、受け入れろ。そうして、二度と彼女に近寄るな。いいな?」

 スグルは子供のように、コクンと頷いた。
 それを確認して、手足を解放してやる。

 相変わらず情けない泣き声をもらしながら、ズボンを直し、そのままふらふらとした足取りでスグルは部屋から出ていく。
 僕はベランダに出ると、言われたとおりに駅に向かって歩いていく彼の後ろ姿を見送り、それから部屋の中に戻った。

「ご主人様……」

 部屋には、シャワーを浴び終わったのだろう、バスタオルを身体にまとった麻美さんが立っていた。
 髪に付いた精子を洗い流したのだろう。いつもはふんわりと柔らかい感じにされている髪の毛が、今は湿り気を帯びて少し重そうに垂れている。
 そんな彼女の様子は、なんとなく寂しげなものだった。

「麻美さん……」

 僕はゆっくりと、彼女に歩み寄る。
 手を伸ばして、その髪の毛に触れた。

「麻美さん、悲しい?」

「……少し、だけ」

 麻美さんは、小さくそう呟いた。

「卓は……ワガママなところがある人でしたけれど、私には、優しくしてくれましたから。だから私も……彼のことが好きでした」

「そっか……」

 胸の中、もやもやとしたものが重さを増す。
 麻美さんに何かを言おうと顔を上げた、そのとき……麻美さんが、そっと僕の胸の中に身体を預けてきた。

「麻美さん?」

 僕の背に両手を回し、きゅっと力を込めてくる。

「それでも……ご主人様、私は、幸せです。彼を傷つけてしまったのは悲しいですけど……でも、今の私には、ご主人様とこうしていられるのが、一番嬉しいです」

 ふわりと、洗いたての髪から、いい匂いが鼻腔をくすぐった。その髪の毛に顔を埋め、僕はひとつ、深くため息をつく。

 きっと、こうやって僕は……

「麻美さん」

 人差し指を、額に当てる。麻美さんの表情が、催眠状態に入ったときのそれになる。

「スグルのことは、麻美さんにとっては、もうどうでもいい存在になるんだ。アイツも、もう近寄ってはこないよ。
 だから、麻美さんは、アイツの事なんかで悩んだり悲しんだりすることは、ないんだ」

 やっぱり、僕は、小さな人間だ。
 ああまで言ってくれる麻美さんなのに、僕はどうしても、彼女の中に、たとえそれが心の中のどんなに隅っこの小さな場所にだろうとも、他の男が居座る事なんて、我慢できない。

「麻美さんは、僕のことだけ好きでいればいいんだ。いいね?」

「―――はい、ご主人様」

 きっと、こうやって僕は……たまらなく魅惑的なモノを手に入れると同時に、何かきっと大事なものを失っていく。
 ただ、僕が無くしてしまうのは何なのか、はっきりとは分からない。

『その力、お前の欲望のままに使うがいい。お前がそうすることが、私にとっての益になるのだよ』

 そしてそれこそが、あの悪魔の奸計なのかもしれないのだ。

 ――でもそんなことは、どうでもよかった。

「麻美さん……」

 僕は人差し指を引くと、そのまま彼女の身体を床に押し倒した。

「あっ……ご主人様!?」

 バスタオルを乱暴にはぎ取ると、下から現れた乳房を、乱暴にもみしだく。

「ふ……あ、あああ……」

 手に入れたい物を求め、そして掴みとるのに、なぜ迷う必要があるのか?
 それがどんな経緯でもって、どんな手段でもって行うのであれ、結果にどんな差があるというのか?

「あっ……あああああっっ!」

 前戯もそこそこに、麻美さんの中に入り込む。準備がされていないせいで、いささか乾いた摩擦はあったが、今の僕の心には、この程度の痛みはむしろちょうどよかった。

「麻美さんは、僕の奴隷だ……全部、僕のモノだ!」

 自分でも何を叫んでいるのかよく分からないままに、僕は麻美さんの胎内に今日何度目かの精子を吐き出したのだった。

< 了 >

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