第四話
昼休み、学校の食堂はいつも通り混み合っていた。
キツネうどんを乗せたトレイを手に、僕は空いている席を求めきょろきょろと辺りを見回す。
「あ……」
空いている席を発見。
しかも、そこには知っている顔が座っていた。
「こんにちは、センパイ。
ここ、いいですか?」
カレーライスをスプーンでつつく高嶋センパイに、そう声をかけた。
「え……?」
顔を上げて、声の主を確認する。
そして僕の顔を見たセンパイは、少し嬉しそうに笑ってくれた。
それだけで、少し嬉しい。
「あ、こんにちは、倉田くん。
いいよ、座って」
僕は彼女の向かい側の席に腰を下ろした。
「センパイは、いつも学食なんですか?」
「うん、大抵はそう。
…あれ、でも倉田くん、学食で会うのって、はじめてじゃない?」
センパイは正しい。
僕はこの人混みがうっとうしくて、いつもはパンを買って教室で食べていた。
「そうですね。
まあ、今日は気が向いたもので……」
「ふうん、そう」
……嘘である。
正確にはここ数日、教室にいるのが気まずいので、ここに逃げてきているのだ。
先日、草加部とのやりとりがあってから、教室は僕にとってあまり居心地のいい場所ではなくなってしまった。
まず、女子の対応が変わった。はっきりと冷たい態度をとる者もいれば、そうでなくても、何となく引いている態度をとる者が多い。
まあ、女の子相手にあんなキれ方をしてみれば、仕方がないことではあるだろう。
もともと草加部は、クラスで人気のあることを考えれば、なおさらだ。
さらに男子でも、同じような態度をとる奴らがいる。
もともと草加部と仲が良かった連中や、あるいは彼女に対し(僕には理解が出来ないが)、好意を持っていたような奴らだ。
そんなわけで、最近は学食を利用する機会が増えたわけである。
「でも、ここの味、思ってたよりは美味しいですね。
この前食べたカツ丼も、結構いけましたし」
「そうだね、あれも結構美味しいよね。
女の子には、ちょっと量が多いけど…」
そんなふうに、会話がはずむ。
ここのところ、なんかギクシャクした会話が多かっただけに、つい気持ちが明るくなった。
「それでね、センパイ…」
そう言いかけたとき、センパイの顔に驚きの表情が浮かんだ。
視線が僕を逸れて、僕の後ろの方に向いている。
「……?」
僕も後ろを振り向く。
「あ……」
そこにはクラスの女子が数人、そして、その中に草加部がいた。
こちらには気づいてはいない様子で、食券の券売機の前でおしゃべりしている。
…草加部はあれ以来、以前よりも僕を避けるようになった。
まあ、当たり前といえば、その通りではあるが。
僕を怖がっているのか、僕が近づいただけでビクッとすることもあるし、気がつくとこちらに顔を向け、警戒でもしているのか、なにかじっと僕を見ていることもある。
まあ、いまさら彼女がどんな態度をとろうが、僕の知ったことではないけれども…。
「センパイ?」 いまだ固まっている高嶋センパイに、声をかける。
「あいつらが、なにか?」
「え…? あ…、何でもない。
……ねえ、倉田くん、あの子たち、知り合いなの?」
「ええ、ウチのクラスの奴らですけど…。
どうかしました?」
…訊ねる。
「あの、短めの髪の、やせてる子……」
「草加部のことですか?」
彼女が、どうしたのだろうか。
「そう…、
……草加部さん、っていうんだ…」
センパイの顔は、なんだか蒼白くなっているように見えた。
「ええ、まあ…、
……あの、センパイ? 気分でも悪いんですか?」
「えっ…」
センパイは歯切れ悪くそう言い、僕の方に向き直る。
僕とセンパイの目が合う……、と、
「あ……っ!」
突然、センパイは小さくそう声を上げた。
同時に、彼女の顔が、急に真っ赤に染まる。
「センパイ?」
突然、高嶋センパイは席を立ち上がった。
「ご…ごめんなさいっ!」
そう言うと、訳が分からないでいる僕を残し、センパイは足早に食堂から出ていってしまった。
…後には、呆然として一人座っている、僕。
「なんか、最近こんな感じだよなあ」
…やっぱり、センパイと僕は、上手くいかないのかなあ。
センパイが置きっぱなしにしていった食べかけのカレーライスを前に、僕はぼんやりと考えつつ、うどんの汁をすすった……。
……そして僕は今日も、翠色の夢を見る。
「はっ、はっ、はっ…」
「…はぁっ、はぁっ、…くぅっっ!」
「ハァ、ハァ、ハァ……ッ」
部屋の中に、3種類の荒い息がこだまする。
洋館の一室、もっとも広い寝室。
やや古めかしい調度品で統一された部屋の中、僕はその広いベッドの上で由香里センパイを貫(つらぬ)いている。
“グチャッ、グチョッ……ッ!”
粘膜どうしが擦れ合う湿った音が、二人のつながった場所から起こる。
センパイは髪飾りとガータストッキングだけを残し、それ以外の服は全て脱がされている。
その彼女の上に、裸になった僕が覆い被さり、その白い身体をむさぼっていた。
「みのる、さま…、はぁっ、はぁっ……!」
彼女の両の手は、必死にしがみつくかのように僕の背に回されている。
僕は全身に彼女の肌の感触を感じながら、顔をシーツの上に広がった彼女の美しい黒髪に埋めつつ、激しく彼女を突き上げた。
「はっ、はっ……、どう、センパイ? 気持ちいい?」
「うぁっ、…は、はいっ……
はいっ、稔さま……、気持ち、いいです……っ!」
彼女に突き立てつつ、首だけ顔を上げると、ベッドの傍らの床に伏せる草加部と目があった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
彼女はとろんとした、どこか熱に浮かされているような焦点の合わない目で、僕を見る。
全裸に、幅広の皮の首輪。
当然の格好だ、彼女は『イヌ』なのだから。
絨毯の上に四つん這いになり、上半身を床に伏せ、そのひたすらに細い背中を反らすようにして、お尻を上げている。
その肉付きの薄い双丘の間から、細い棒のようなものが突き出ており、クネクネと振動していた。
“ブゥゥゥゥ…………”
そんな音が、そこから響いてくる。
その棒は草加部の直腸の中でうごめき、彼女に刺激を送りつづけているのだ。
そしてその快楽に耐えきれず、彼女は自然と腰をうごめかしていた。
「ハァ、ハァ、ハ……ッ」
荒い息が、その唇から漏れる。
「どうした、草加部。うれしいのか?
必死に、しっぽなんか振ってるけど」
嘲るように、そう声をかけてやる。
「ハァ、ハァ、……ワン、ワンッ」
イヌの鳴き声で答える草加部。
「はははっ、そうか、よかったな、草加部。
でも、まだお前にはやれないよ。僕は今、センパイと気持ちよくなってるんだからね」
そんなふうに言いつつ、ズンっと腰を突き上げた。
「ああっ!」
僕の下で、センパイが慶びの悲鳴を上げる。
それと共に、彼女の濡れた肉が僕のモノをいっそう強く締め付ける。
「お前にやるとしたら、その後だな。
だからしばらくの間は、そのオモチャで楽しんでてよ」
「ワン……、ワンッ」
草加部は一瞬だけ悲しそうな顔を見せたが、そのまま後ろの穴を嬲られる快感に流され、それをむさぼり始めた。
それを確認して、僕はセンパイに注意を戻す。
腰を動かしつつ、彼女の耳たぶから首筋に沿って、唇を這わせた。
「ああっ…、くぅっ」
耳元で奏でられる彼女のあえぎが、僕をさらに興奮させる。
その声があんまり可愛かったので、ついいたずらをしたくなった。
背中に回した右手を彼女のお尻の方に動かし、双丘の間に這わせる。
「あ…、ああ?」
そのまま、人差し指をセンパイの後ろの穴に突き立てた。
「あっ? ああぁ──っっ!!」
センパイの背中が、跳ね上がる。
「み、稔さま……っ、そこは、ちがっ……ひっっ!」
そんな彼女の反応を無視して、指を間接二つ分くらいまで進める。
彼女の後ろの穴がキュッと僕の指を締め上げ、その瞬間、僕のモノを包む彼女の膣壁がクゥッと収縮した。
「センパイ、すごい、よっ。後ろ、感じるんだね?
センパイのが、僕のを締め付けてる…」
「ああっ…、いやっ……! く……んっっ!!」
ガクガクと、彼女の身体が揺れ始める。
もう、もたないらしい。
「センパイ、イってもいいんだよ。
そのかわり、イきたくなったら、ちゃんとそう言うんだよ」
「あっ、…はいっ。
わたし、もう……、もうすぐ、イっちゃいそうです……っ!」
必死で腰をくねらせ、センパイは登り詰める。
「あっ、あっ…、みのる、さまっ……、
お願い、します…。
いっしょ、いっしょに………っ!」
そして彼女の後ろに入った指を、クッと曲げたその瞬間、
「あっ…、くっ、くぅっ……、んっ…んんんぅ──!!」
センパイの身体全体の筋肉が収縮し、僕の背中に回された両手が、必死で僕をかき抱く。
後ろの穴が、まるで僕の指を折ろうかというほど緊張し、同時に、彼女の粘膜が僕のモノを締め上げた……。
「くぅ……っ!!」
“どくっ、どくっ、どくっ……”
そのあまりの快感に、たまらずセンパイの中に精液を流し込む。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふぅっ、ふぅっ……」
重なり合い、共に荒い息をつく。
汗ばんだ肌の熱さ、耳元で聞こえる荒い息、鼓動の音……。
それらすべてが、心地よい。
“ぬるっ…”
センパイの中から、射精したことにより少し柔らかくなった自分自身を引き抜く。
「あ…んっ」
抜かれるとき、彼女の口からため息のような声が漏れた。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
ベッドから下り、唇からだらしなく唾液を垂らしながら悶えている草加部に近づく。
髪の毛をつかみ、センパイの愛液と僕の出した精液でドロドロに汚れたペニスを、その口元に突きつけた。
「ンッ、ンンッ~~ッッ!!」
“ぶちゅっ、ぬちゅっ……”
草加部は、夢中になって僕のそれにむしゃぶりつく。
前後に頭を振り、舌をからめ、ただでさえ細い頬をくぼめながら、必死に僕のモノを吸う。
“ぬちゃ、…ぬちゅ……っ”
「フゥッ、フッ、フッ……」
アナルバイブをくわえ込んだ薄い腰が、もじもじと落ちつなげにうごめいている。
しばらくはその感触を味わっていた僕だが、ペニスからだいたいの汚れ舐めとられるのを待って、彼女の口から自分のモノを引き抜いた。
「……ァッ?」
戸惑ったような声をあげ…、
「ワン…、ワンッ……ッ」
媚びるような鳴き声で、僕を求める。
そんな彼女──僕の『イヌ』──に言い聞かせる。
「まだだ。まだ他にも、僕の出したものの、後始末が残ってるだろう?」
そして僕の目線の先には、ぐったりとしてベッドに横たわるセンパイがいる。
彼女の両脚はしどけなく開かれ、その中心からは僕が流し込んだ白い精子が、センパイの愛液と混ざり、たれ流れていた。
「クゥ…、ン……」
悲しげな目で僕を見上げる草加部。
だけど僕は、目に圧力をかけながら、そんな彼女を見つめ返す。
「ワ…ン……」
のろのろと、四つん這いでベッドに歩み寄る。
そして両の前足をセンパイの太股にかけ、舌を伸ばし、
“ぺちゃっ……” …と、由香里センパイのそこを舐め上げた。
「ひゃっっ──!」
それまで呆然としていたセンパイが、その刺激にあわてて跳ね起きた。
「あ…っ、やっ、やだっ……!
やめてっ、草加部さん──っ!!」
だけど草加部は、止めない。
懸命に舌を伸ばし、センパイの体内に差し込み、中からこぼれてくる僕の精液をすすり、嚥下(えんげ)する。
「クゥ……ン、ゥン…ッ」
「ああっ、やっ、やあ……っ!」
顔を真っ赤にしてふるふると首を振る先輩の乳房を、僕は背後から優しく揉んであげる。
口をその長い黒髪から覗く可愛らしい耳朶によせ、ささやいた。
「どう、センパイ? イヌに舐めてもらうって…。
気持ちいい?」
「んん~~っ!」
ぴちゃぴちゃと、草加部がセンパイのそこを舐める音が寝室に響く。
……そして、
「あっ? あぁ~~っ!!」
センパイは再び、あっけなくイってしまった。
ビクッビクッっと、身体を痙攣させ、太股が緊張し、草加部の頭を挟み込む。
「ンンッ……、クゥ…ッ!」
同時に、草加部の細く信じられないほど細い背中がぶるぶると震え、僕は彼女もまた達したことを知る。
後ろの穴をバイブでえぐられながら、センパイの中からこぼれた僕の精子を飲むことで……。
「はぁ、はぁ……」
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」
広いベッドの上、美しい一人と一匹が、疲れ切ったように横たわっている。
僕はそんな光景に限りない満足感を覚え、そのまま目を閉じた……。
“キーン、コーン………”
今日の授業の終了を告げるチャイムの音が、校舎に響いた。
「さて…と、」
荷物をまとめて、席を立つ。
用事もないし、居心地の悪い教室など、いつまでもいたい場所ではない。
……と、
「倉田…君?」
話しかけてくる声。
…知った声だ。
僕は、黙ったまま声の方を振り返る。
そこには思った通り、うつむき加減に僕の方を見る、草加部がいた。
「……」
なにも言わずに、彼女を見返す。
そんな僕の態度に気後れしたのか、彼女は目をそらした。
「…で、何の用なの?」
隠しきれない苛立ちを込めて、そう訊ねる。
「あの……」
いつかと違い、彼女は歯切れ悪く呟く。
「実はね、その…」
ふと気がつくと、クラスの皆が僕等に注目していた。
それもそうだろう。今ここで向かい合っている二人は、今まさにクラス中の注目の的となっている二人なのだから。
「悪いんだけど…、」
そんな周囲に気後れしつつ、早くこの場のカタをつけたい僕は、彼女をせかす。
「用事があるなら、早く言ってくれないかな」
「え……」
ますますうつむいてしまう、草加部。
だけど僕は、そんな態度さえもムカついて仕方がなかった。
「あのな、お前っ。
人に話しかける前に、ちょっとは……!」
つい、声を荒げかけて、止めた。
…これでは、以前の二の舞だ。
どうにか自分を落ち着かせようとした、そのとき、
「おーい、倉田ぁ。
お客さんだよーっ」
教室の出入り口から声がかけられた。
困ったように、僕を見上げる草加部。
だが、いまさらそんな『女の子』の顔をされたところで、もはや僕の心は彼女に動かされることはなかった。
「じゃあ、ね。
もし何か言いたいことがあるなら、明日までにまとめといてよ」
僕はそう言い捨てると、彼女を置いて教室から出た。
……と、そこには思いがけない人が僕を待っていた。
「倉田くん、ちょっと、いい?」
高嶋センパイは、僕にそう声をかけた。
「あ…、はい。
どうしたんですか? 珍しい」
彼女が僕のクラスに顔を出すなど、初めてのことだった。
「うん…、ちょっと、話したいことがあって……」
「話、ですか?」
聞き返す。
「うん、そうなんだけど…。
ちょっと、場所を変えられるかなあ?」
そう言う高嶋センパイは、他の学年の廊下で、ちょっと居心地悪そうにしているように見えた。
「あ…、はい。
それじゃあ、そうですね…。どこにしましょうか?」
「うーん、と…」
センパイは顎先に手をやり、困ったように首を傾げる。
……ちょっと、可愛い。
「ああ、そうだ。久しぶりに、部室に行こうか。
あそこって、相変わらず誰もいないの?」
「ええ、まあ。
僕以外、鍵を持ってる人間、いませんし」
……幽霊部員ばかりの部を支えている、特権だ。
「うん、じゃあ、そうしようよ」
センパイはそう言うと、僕の前に立って歩き始めた。
「適当に、座ってください」
天文部の部室は、古びれた望遠鏡だの、星座板だのが脇の方に押しやられ、古いが座り心地の良い(寝心地もだが…)ソファーとイスが運び込まれていた。
自分の巣をより居心地よくしようという、僕の努力のたまものだ。
センパイは少し居心地悪そうにしながらも、すらりとした背筋のままイスの一つに座った。
辺りをきょろきょろと、見回している。
「久しぶりですもんね。センパイ、来るの」
自分が好きな人と、二人きりの部屋。
それに高揚しそうな気分を必死で隠しつつ、僕はそんなふうに彼女に話しかけた。
「え? ああ、そうだよね。すっかり幽霊部員になっちゃったから…。
でも、しばらく見ないうちに、ずいぶん変わったね」
「そうですね。まあ、居心地が良くなるように、ずいぶん工夫しましたから」
センパイの正面、ソファーに座った。
「それで、…どうしたんですか? 話って」 さっそく、きりだす。
「あ、…うん。
……それなんだけど、ね…」
なにやら話しづらそうにしている。
…それを見てどきっとした。
ここのところ、なにか様子がおかしかった高嶋センパイ。
もしかしたら、そのことでなにか相談かもしれない。
「あの、センパイ。なにか困ったことでも、あったんですか?」
「うん…。その、ね…」
少し、気持ちが高鳴る。
センパイが、なにか僕に頼ってくれるのか。
そうした期待が、僕の心をはずませ、つい続きをせかそうとしてしまう。
「あの、なにか、僕に出来ることがあれば……」
「うん…」
そしてセンパイは、話し始めた。
「……夢を、見るの」
「え…?」
──心臓が、『ドキッ』と音を立てた。
それまで昂揚していた気分が、一気に冷めきる。
センパイは続ける。
「いつも、同じ夢を見るの。
どこかの海岸沿いの、古いお屋敷で…。
そこには、私の知っている人が出てきて、私にいろいろと命令するの…」
彼女は目をそらしたまま、話し続ける。
「その夢の中では、私はその人に逆らえなくて…。
だからいつも、その人の言う通りに動くの。
…別にそれだけなら、夢の話だし、おかしくなんかないんだけど……」
“そん、な…”
僕の心臓は、バクバクと音を立てて動いている。
口の中が乾き、唾液が粘つく。
「…それがね、おかしいの。
それは夢の話だってわかってるのに、昼間、起きている間にも、なんでか私は、その夢の中で言われたことを、その通りにしようとするの…。
夢の中で、「こんなことを調べておけ」って言われると、別にその気もないのに、気がつくと本とかでそういうことを調べてたりするの……」
呼吸が早まりそうになるのを、必死で押さえる。
「自分でも変だって思うんだけど、でもこんなこと、誰にも相談できなくて…」
“だって、あれは夢の中の出来事で……”
「それでね、この間、夢に知らない女の子が出てきて…」
『はっ』とする。
「その子も私と同じで、その人の命令には逆らえないの。
でも、おかしいのは……」
“夢の中の話しだからこそ、僕は……”
「その子は、私の知らない子なの。それなのにこのあいだ、昼間その子に会ったの。
その子と会うのは初めてなはずなのに、名前まで、夢に出てきた女の子と同じだったの…」
センパイは顔を上げて、僕を見た。
その顔は相変わらず凛とした雰囲気を漂わせてはいたけれども、今は普段より少しだけ赤くなっているようだった。
「ねえ、倉田くん…。
私、今日、草加部さんと、話をしたの……」
「…………」
…さっきの、教室での草加部のことを思い出す。
必死に、何かを言おうとしていた彼女……。
「……僕も…」
口の中が乾いて、舌が動かしづらい。
それでもなんとか、言葉を絞り出す。
「僕も、夢を見ました。
…ただし、僕の夢では、そこは『海岸沿い』じゃなくて、どこかの『森の中』の、洋館でのことですけど……」
「……そっ、か…。
やっぱり、本当に倉田くんだったんだ……」
そう呟く高島センパイ…。だけど、僕は、彼女の顔を見ることができなかった。
“そんな……
じゃあ、僕が夢の中でしてきたことは……“
脚が、小刻みにふるえる。
自分の顔は今、赤くなっているのか、それとも蒼ざめているのか、それすらも見当もつかなかった。
“こんな…、こんなつもりじゃあ……”
そんな言い訳が、頭の中をぐるぐると巡る。
自分が夢の中でセンパイにしてきた、あまりにも残酷なこと。
それは、ただの夢の中の出来事。僕の空想の中での出来事のはずだったのだ。
そう、僕は、こんなつもりではなかったのだ。
あれはただの夢で、だからこそ好き勝手をしたのだ。
僕ぐらいの年の男子なら、誰だってこういう想像を頭の中で繰り広げるではないか。
別に僕は、本当にセンパイにあんなひどいことをしたいと思ったわけではないし、そんな僕の暗い欲望、誰にも知られたくなんかない。
ただ、想像の中で……
“僕は……”
何を、どうしたらいいのか見当もつかない。
僕は、知らなかったとはいえ、僕の中の最も醜い欲望をセンパイに『現実として』ぶつけてきたわけだ。
後悔だとか、恥ずかしいだとか、叫びだしたいとか、とにかく言い訳を並べたてたいだとか、逃げてしまいたいだとか、全て嘘だったことになって欲しいとか……
「センパイ…、ごめんなさいっ!」
僕は、ただひたすらに頭を下げ、センパイに謝った。
…もちろん、こんなことが詫びになるとは思わない。
それでも、今、僕に思いつくのはこの程度だった。
顔が、あげられない。どんな顔をして、センパイに対すればいいのか、そんなことは全然わからない。
いま、この床が崩れ落ちて、自分を飲み込んでくれたらどんなにかいいか、そう思う。
「倉田…くん……」
「センパイ、僕は、あれは夢のことだって……
だから、あんな…
ごめんなさい、センパイ…
ごめ……っっ」
ただひたすらに、繰り返す。
“こんな……”
こんなことになるなんて、思いもしなかったのだ。
なんで、こんな……
「…………」
…センパイは、そんな僕を黙ってい見ている。
センパイは、どんな顔をして僕を見ているのだろうか?
怒って、僕をにらみつけているのか。それとも、憎しみで満ちた目で、僕を見ているのか。軽蔑を隠そうともしないで、僕を見ているのか。あるいは泣きそうな顔をしているのか……。
僕はただ怖くて、顔を上げることなんかできはしなかった。
“なんで、こんな……”
「ごめん……」
「…倉田くん」
そんな僕の繰り言を、センパイの声がさえぎった。
体が、緊張する。
何を、言われるのか。
だけど、そんなことに怯える自分を、情けなくも思う。
それはそうだ。僕は、彼女から何を言われようが仕方がない。それだけのことをしたのだ。
それが怒りの言葉だろうが、侮蔑の言葉だろうが、僕を傷つけるための言葉だろうが、僕はそれを受け止めなければならないんだ。
“ああ、そっか……”
僕は、高島センパイのことが好きなのだ。
自分が好きな女の子に、してしまったこと。
彼女のことが好きで、だから僕は、僕が最低のことをしてしまった彼女から渡される言葉を、全て受け止めなければならないんだ……。
「倉田くん、私ね…」
彼女の言葉に耳を澄ます。
「私ね、凄く怖かったの。
始めは、ただの夢だと思ってたのが、同じ夢を毎日見るようになって……。
訳が分からないままにいろんなことをされて、しかも夢の中の存在だと思ってた草加部さんが現実にいることを知って……」
センパイの声は小さくて、それでもこの静まりかえった部室の中に、そっと響き渡っていた。
「だから、今日、草加部さんに話しかけるのは、とっても怖かったの。
彼女も、そうだったみたい。
それでね、彼女と話して、あのお屋敷がただの夢じゃないってことがわかって、…それで今ね、倉田くんからそのことを聞いて……」
彼女の言葉が途切れた。
僕はじっと、その続きを待つ。
「倉田くん、顔を上げて。
こっちを見て」
…のろのろと、下げていた頭を上げる。
どれほどそれがしづらくとも、センパイの顔を、見なければならなかった。
そしてセンパイの顔は…
…………センパイは、微笑んでいた。
少し顔を赤らめ、それでもいつもの凛とした雰囲気を漂わせ、そして…確かに、優しく微笑んでいた。
センパイの手が僕の頬に伸ばされる。ひんやりと気持ちがいい、その手のひらの冷たい感触が触れ、
「……あ…」
センパイの唇が、僕の唇に優しく重ねられ、──離れた。
「…センパイ?」
声が、漏れる。
そんな僕にセンパイは、顔を赤らめた顔にわずかな笑みを浮かべながら、言った。
「……私ね、倉田くん、…嬉しかったの。
今、倉田くんの口からあれがただの夢じゃなくて、あの夢の中の倉田くんは現実の倉田くんと一緒だったって聞いて。
凄く頭の中がごちゃごちゃして、ぐるぐる回ってるような気がして、…すごく混乱して……。
でもね、それでも私ね、
……確かに、嬉しかったの」
センパイの手が、僕の頭の後ろに回される。
僕は、センパイの胸の中に優しく抱きしめられた。
「…センパイ……」
「……ねえ、倉田くん。夢の中で言ってくれたこと、覚えてる?」
彼女の優しい声が、語りかける。
「夢の中で、私のこと、好きだって言ってくれたよね。
…あれ、こっちの世界でも、本当なのかな……?」
頭をもたげて、センパイの顔を仰ぎ見る。
その顔は相変わらず優しくて、それでもその瞳にはわずかな、拒絶を恐れるかのような怯えが浮かんでいた。
「センパイ…」
僕は両腕を彼女の背中に回し、その暖かい身体を抱きしめ、顔をうずめながらながら、言った。
「センパイ、…好きだよ。
僕は、センパイのことが、ずっと…、本当にずっと好きだったんだ」
「うん……ありがとう」
“とくん、とくん…”
彼女の、鼓動の音が聞こえる。
それは彼女の身体のぬくもりと共に、僕の心に柔らかな心地よさを伝えてくる。
「センパイ……」
そんな高嶋センパイの感触にゆったりと浸かりながら、僕はそっと彼女に身を任せていた……。
…どれほどそうしていただろうか?
“とくっ、とくっ、とくっ……”
いつの間にか、気がつくとセンパイの鼓動がほんのわずかに早まっているようだった。
「はあ…、はあ……」
…息づかいも、押さえているようではあるが、それに合わせてやや荒くなっているように感じる。
「センパイ?」
気持ちの良いぬくもりからほんの少しだけ身を離して、彼女の顔を見上げる。
センパイは、目元を赤く染めながら、軽く呼吸を速め、それでも僕を優しい表情で見下ろしている。
…だけど、その瞳には……
「倉田くん…」
……そっと、センパイの身体が僕から離れた。
「最近、私、変だったでしょう?
倉田くん、私に避けられてるって、そう思ってたんじゃあないかなあ。
あんまりそばに寄らなくなったり、話をしている途中できゅうにいなくなっちゃったりしてて……。
でもね、仕方がなかったの。
…さっき、私が言ったこと、……憶えてるかなあ?」
センパイは、ほんの少しだけ、足下がおぼつかないような、そんな様子に見える。
僕はある『予感』と共に、自分の鼓動が少しづつ早まるのを感じる。
「夢の中での私は、なんでも倉田くんの言う通りにしかならなくて、
…それで、何でかはわからないけど、そんなふうに夢の中で言われたことは、夢が終わって起きてる間にも……」
“ゴクンッ” と、僕の喉が鳴った。
「でも、こっちの世界での倉田くんが、夢の中の倉田くん本人だなんて知らなかったから、それを話すわけにもいかなくて……」
センパイが、ほんの少しだけ身をかがめた。
そして彼女は、制服のスカートの裾をつまむと、それを引き上げた。
「あ……」
スカートに隠されていた、細くて綺麗な曲線を描く太股があらわになる。
その肌の白さが、僕の目を射る。
そして、その太股のつけね、ミントグリーンの小さな布に包まれた彼女の秘めやかな部分は…、
「倉田くん……」
布越しにもはっきりとわかるほど、濡れそぼっていた。
「……センパイ、濡れてる…」
そっと、呟いた。
その言葉にセンパイは、『コクン』とうなずく。
「夢の中で、倉田くん、言ったでしょう?
いつでも、倉田くんに会ったら、喜んでもらえるように準備をしなくちゃいけないって」
センパイは震える声で言った。
「倉田くんと会って、話をして…。
その度に私、いつも、ここをこんなにしてたんだよ……」
“そうか…” 思い出す。
最近、彼女は話の途中で、急に赤くなって立ち去ってしまうことがよくあった。
それは、こういうわけだったのか。
「センパイ……」
僕は椅子から立ち上がって、彼女に近づく。
そして、右手を伸ばすと、彼女のその濡れそぼった部分をそっと触った。
「うんっ……!」
センパイの口から、押さえきれない声が漏れる。
「あ…、だめ……
制服が、汚れちゃ…、んん…っ!」
彼女の言葉を、唇で強引に遮った。
唇を合わせ、舌を彼女の口の中に押し込み、彼女の舌を絡め取る。
「んあっ…、ん……」
センパイは必死で、そんな僕に合わせようと、舌を絡めてくる。
その態度があまりに愛おしくて、頭の中が真っ白になりそうになる。
そして、指先を進め、ショーツの中に忍ばせた指が彼女のもっとも敏感な肉の芽を探り当てた瞬間……
「んん~~……っっ!!」
センパイの身体がぶるぶると震え、そして、かくんっと崩れ落ちそうになった。
慌てて、彼女の身体に手を回し、ささえてあげる。
「はあっ、はあっ、はあっ……」
僕の胸に顔をうずめたまま、荒い呼吸をする高嶋センパイ。
その綺麗な黒髪から覗く可愛らしい耳に口をよせ、僕はささやいた。
「センパイ…、今日、僕の家には、誰もいないんだ。
……いっしょに、来る?」
「………」
…センパイは僕の腕の中で、黙って、小さく、だけど確かにうなずいてくれた……。
“ガチャ…”
玄関の扉を開け、僕の家の中に入った。
その音に反応して、
“トットッ、トッットッ……”
…少しリズムが壊れたような小さな足音が、僕とセンパイを迎えた。
「ただいま、カル」
カルは『ニャー』と鳴くと、僕の足に身体を擦りつけた。
「あ…、このネコ。
本当に飼ってたんだ」
嬉しそうに呟くセンパイ。
「センパイ、先に、部屋に行っててくれるかな。そこの階段を上がって、すぐの左の扉だから。
僕は、コイツにエサをやっとくから。
ほっとくとうるさいんだ、コイツ」
「うん」
“おじゃまします……”と2階に上がるセンパイを見送った後、僕は台所でカルにエサを用意してやる。
そしてそのまま、部屋へと移動した。
自室のドアを開け、中に入る。
センパイは部屋の真ん中で、“どうしたものか”というように立っていた。
「あ、倉田く…」
何か言いかけたセンパイを無視して、抱き寄せた。
無理矢理に、唇を奪う。
「う……んっ」
もうほとんど条件反射的にそれに従う、センパイ。
二人の熱い舌が絡み合い、お互いの唾液を啜り合い、あるいは流し混み合う。
自分の身体も、気持ちも、ひたすらに熱くなっていることが、ひしひしと自覚できる。
僕はそのまま、センパイをベッドに押し倒す。
「あ…、ちょ、ちょっと……」
センパイが、わずかに抗うようなそぶりを見せた。
「どうしたの?」
もしかしたら、少し不満そうな響きが出てしまったろうか?
訪ねる僕を、センパイは申し訳なさそうに上目遣いで見て、
「その…、わたし、初めてだから……」 と言った。
確かに、僕等は夢の中では何度も身体を重ね合ったが、現実としては初めてだったのだということに、僕は今更気がついた。
同時に、やはり僕が、センパイの初めての相手になるのだということに、目眩(めまい)にも似た感動を覚える。
「センパイ、服、脱いで」
一旦、カラダを離す。
「うん……」
センパイは、ベッドから立ち上がると、胸元のスカーフに手を伸ばした。
それをスルリと抜き取り、続けてブラウスのボタンに手を伸ばす。
そこで、僕がその姿をじっと見ているのに気がついたのだろう。
あらためて顔を赤くしたが、それでも服を脱ぐ手が止まることはなかった。
僕も、もどかしい思いで制服を脱ぎ去った。
ズボンと、そしていきり立ったモノのせいで少し脱ぎづらいトランクスを下ろすときに、「あ…」 という声が聞こえたが、そんなことに気を遣ってはいられない。
カーテン越しに、夕焼けの赤い太陽の光が部屋を染める。
そんな中、僕とセンパイは生まれたままの姿で向かい合う。
僕等は再び抱きしめ合い、唇を重ねた。
全身の肌が、センパイの肌と直接に触れ合い、その熱さを実感させる。サラサラとした彼女の長い髪が、素肌を撫でる。
センパイも、僕の熱くなった身体を感じているのだろうか? 『はぁ…』と小さく息をもらす。
しばらくの間、そんなふうにお互いを感じ合った後、センパイがおずおずと言った。
「その…、稔さま?」
こちらの世界で、初めて使われるその呼びかけ。
「どうしましょう…?
…ご奉仕、いたしましょうか……?」
──そんな彼女の言葉を、軽い口づけでふさぐ。
「センパイ、そんなふうな言葉遣いなんか、しなくてもいいんだよ。
ここは、現実の世界なんだから。
ねえ、由香里センパイ。
僕は、センパイのことが好きなんだよ。
…だから、普通に、……名前で呼んでくれたら、うれしいな」
そっと、でも意識して、こっちの世界で初めてセンパイを姓ではなく、名前で呼んでみる。
そして、由香里センパイも、それに気づいてくれる。
「うん…、稔……くん」
もう一度、センパイの身体を、ベッドの上に押し倒す。
今度はさっきのように乱暴にならないよう、優しく。
「ふ……ん」
唇をふさぎながら、彼女の胸の膨らみに手を伸ばす。
センパイの乳房は、夢の中と同じく、いやそれ以上に柔らかく、熱く、そしてなめらかな感触を僕の手のひらに伝えた。
そのまま、その膨らみの頂点に指先を進め、軽くつまむ。
「うんっ……っ」
由香里センパイは必死に眉を寄せ、声が出ないように我慢している。
その表情を楽しみつつ、耳たぶに唇をよせ、軽くしゃぶる。
「ああっ…、あっ……」
片手で乳房への愛撫を続けながら、もう片方の手を、下の方にずらしてゆく。
肋骨の通りに少し凹凸(おうとつ)のある、それでいて確かになめらかな脇から、引き締まったウエストへと手のひらを滑らせ、その肌の感覚を楽しむ。
そこからさらに進み、張りのある腰を通り、彼女の茂みへと進む。
“ぬちゅ……”
そこはすでに、そして確かに濡れそぼっていた。
優しく、注意深く、彼女の熱い肉を指先で撫で上げる。
「んんんぅっ……っ」
センパイの身体が、僕の愛撫に答えてブルブルと震える。
──そこまでが、自制心の限界だった。
「はあっ、はあっ……、センパイ?」
「……?」
目元をぼうっと赤くした目で、僕を見上げる由香里センパイ。
「ごめん、僕、もう限界だよ。
……センパイの中に、入りたいんだ…」
もう、限界だった。
胸の鼓動はバクバクと暴れ回り、高まった心もこれ以上抑えが効かない。そしてなにより、僕のモノは、全てを吐き出したい欲求で、実際に痛みを感じるほどになっていた。
──キュッと、センパイの手が僕の背中に回される。
それを了承の意味だととって、僕は腰の位置を調節した。
“ぺちょ…”
僕のペニスの先端に、焼けるように熱い、揺れた柔肉の感触が張り付く。
「あ……っ」
センパイの口から漏れる、あえぎとも怯えともつかないため息。
そして僕は、そのまま思い切り、腰を進めた。
「あ…っ、ああぁ~~っっ!!」
僕の一番敏感な部分が、きつく、それでも圧倒的な快感でもって締め付けられる。
同時に、センパイの腕が僕を必死で抱きしめるのを感じる。
「くぅ…っ、ああ……」
食いしばった歯の間から漏れる、センパイの苦しげな声。
「センパイ、由香里センパイ。
大丈夫……?」
つい心配になり、そんな間の抜けた、訳の分からない質問をしてしまう。
だけどセンパイは、
「うん……。痛い、けど、大丈夫…。
お願い、…動い、て」
辛そうに目をギュッと閉じたまま、そう言ってくれた。
痛くて、辛いことはわかりきっていた。
それでも、センパイの言葉に応えて、腰の油送を開始した。
「ふっ、うん…っ」
腰の中心から、圧倒的な快楽が沸き起こる。
センパイの苦しそうな声とは反対に、彼女のの膣は僕のモノ全体をを締め上げ、啜り、愛撫し、僕を狂わせる。
「あ、ああ、……っん!」
その快楽は夢と同じ、いや、それ以上の強烈さでもって、僕の脳を揺さぶる。
それは『現実』のセンパイを抱いている、そのことがそうさせるのか…?
僕の下では『あの』由香里センパイが、生まれたままの姿で、必死に僕に抱きつきながら、僕の腰の動きに耐えている。
ずっと、入学してすぐ出会って以来、ずっと憧れていた年上の彼女。
いつも、僕は彼女のことを見てきたのだ。
重なった肌から、僕の胸の下でつぶれた乳房から、回された腕から、絡み合った脚から、二人の汗でべっとりになった熱い感覚が身体に染みこんでくる。
息をする度に、彼女の髪の香りと、汗のにおいと、そして彼女の吐息に含まれた彼女自身の香りとが、僕の鼻腔に充満する。
僕はただひたすらに、顔をセンパイのその長く綺麗な髪にうずめながら、腰を律動させ、快楽を引き出そうとした。
「由香里センパイ…、僕、もう……!!」
高まりきった興奮は、僕をあっという間に絶頂へと押し上げようとする。
「うん…っ、来てっ。
今日は……大丈夫な日、だから…」
懸命に言葉を紡ぎ出す、センパイ。
その声に突き動かされるかのように、僕は動きを大きく、そして強くする。
「センパイ、センパイっ」
「あぁ…、ミ、ノルくん、……稔くんっっ!!」
そして、限界が訪れる。
「ああっ、あああぁ~~……っっ!!」
“きゅう…っ” と彼女の熱い壁が僕のモノを締め上げたその瞬間、
“どくっ、どくっ…!”
大量の精液が僕のペニスの中を通り、センパイの中へと吐き出される感覚が、背筋を駆け上がる。
「く…、うっ」
思わず、声が漏れる。
僕の意志とは離れ、上半身がガクガクと揺れる。
そしてそれはセンパイも一緒。
その瞬間、彼女の腕に信じられないほどの力が入り、僕にしがみつく。
「は……あ…」
すっと、身体から力が抜け、僕はセンパイの上へと倒れ込んだ。
「はあっ、はあっ…」
センパイの口からも、荒い、それでいてどこか安心させるような呼吸が漏れる。
「セン、パイ…」
僕の下で、やっぱり全ての力が抜けきってしまったようにぐったりとしている由香里センパイ。
僕は最後の力を振り絞って、彼女の唇に自分のそれを重ねる。
「ん……」
ひどく疲労したように、それでも夢中になった様子で僕の口づけに答えるセンパイ。
二人の唾液が混じり合う、その甘美な味覚を舌に感じながら、僕は眠りに落ちた……。
……鍵を使い、門を開ける。
穏やかな日差しの中、涼しげな水沫を上げる噴水を回り込み、正面の扉へと向かう。
その重厚なたたずまいを持つ両開きの扉には、相変わらず精緻なディテールの飾りがなされている。
僕はその扉を開き、洋館の中の優しい日陰の中に入った。
玄関ホールには、これも相変わらずの姿。
すらりとした、綺麗な背筋をした、美しい輪郭。
長い、とても長い綺麗な黒髪に、黒を基調とした制服。黒いブラウスに、黒いスカート。スカートの裾からのびるほっそりとした脚を包むタイツも、履いた可愛らしい革靴も、やはり黒い。
そして、その黒い服装の中そこだけは白い、レースの髪飾りと、エプロン。
彼女はその涼しげな整った顔に、優しい笑顔を浮かべ、僕を迎えてくれる。
「お帰りなさい、稔さま」
そんな由香里センパイに引き寄せられるように、僕は彼女に歩み寄る。
彼女の頬に、出来る限りの穏やかさでもって片手を伸ばし、そして、彼女の唇にキスをした。
「ん……」
唇を重ねるだけの、軽いキス。
しかし今のそれには、持ちうる限りの愛情が込められていた。
「センパイ…」
僕は彼女の背中に両手を回し、抱きしめる。
彼女が苦しくないように、それでいて二人の距離が限りなくゼロに近づくように、細心の注意を込めながら。
「あ……」
二人の唇が離れるとき、センパイの唇から熱い吐息にも似た声が漏れた。
「あの…」
僕からどんな雰囲気を感じ取ったのか、センパイは問いかけるように僕を見上げる。
僕はそんな彼女の髪に手を伸ばし、そのしっとりとした心地よい感触を感じつつ、何度も何度もその長い髪を指で梳いた。
「由香里センパイ……」
僕は再び彼女にささやきかけ、そして伝えた。
「この館は、もう閉めることにしたよ」
「……」
センパイは問いかけるような、それでいてなにか納得したような顔で、僕を見やる。
「ここは、もう閉める。
……僕はこの館で、いろいろな体験をした。
でも、もう終わりにしよう。
ここは現実の世界じゃあない。
それに……」
彼女の唇に、もう一度軽く口づける。
「僕は、一番大切な物を、現実の世界でもって、もう手に入れたんだ。
……だから、もうここでこんな風に過ごす理由もない」
全てが思うがままの世界……。
しかし、それはなんと歪んだ世界であるのか。
「だから、もう先輩とここで会うのも、これが最後だ」
彼女を抱く腕に、少しだけ力を入れる。
センパイは、そんな僕に応えてくれた。彼女の両手もまた、強く、そして優しく、僕を抱きしめてくれる。
少し、ほんの少しだけ、名残惜しさを感じながら、僕はセンパイから離れた。
「じゃあ、ね。センパイ。
次からは、現実の世界で、一緒にいろんなことをしよう。
いろんな話をして、いろんなところに遊びに行って、いろんな物を見て、……二人で、そんな風にして過ごしていこうよ」
「…うん」
──そう、彼女も微笑み返してくれた。
「じゃあ、行くよ。
最後に、やっておかなくちゃならない事も、あるしね」
そう言って僕は、一人玄関ホールを離れた。
センパイの視線を背中に感じながら、一階の廊下を奥へと進む。
その先にある部屋に入り、隠し扉を開け、暗い照明のみを頼りとする地下室へと階段を下りる。
カツッ、カツッ、と音を響かせながら、その一番下へと下りていった。
「草加部……?」
牢の中に、声をかける。
その薄暗がりの中には、いつもの通りに、黒い皮の首輪と、手かせだけを身につけた彼女がいた。
闇の中、そのただひたすらに細く、そして白く美しい肌だけが、浮き上がって見える。
その膝の上には、柔らかそうな毛の固まりが乗っており、彼女に撫でられながら気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。
「カルもここにいたのか。
…ははっ、なんか、神出鬼没だな、お前」
そう声をかけられたのに気づいたのか、カルは草加部の膝から降り、僕の足下へと歩いてきた。
僕はそれを抱き上げ、頭を撫でてやる。
「ニャー」
カルは満足そうな鳴き声を上げる。
「草加部……」
彼女はぼんやりとした瞳で、僕とカルを見ていた。
そんな彼女を見て、僕の心の中には暗く、そして深い後悔の念が沸き起こる。
僕は、彼女に語りかけた。
「今までごめんな。
…こんな事を言われたからって君にとっては何の意味もないかもしれないけれど、僕は今まで君にひどい思いをさせてきた……」
彼女に、謝る。
夢の中の話だと思い行ってきた数々の仕打ちは、全て現実の彼女にまで及んでいた。
そのことに、いくら後悔したところで、いまさら彼女にとって、何の意味もない。
謝って済むことではあり得ないだろうが、今出来ることは、これくらいだ。
……いや、もう一つ、出来ることがある。
僕はそれをするために、ここにやってきたのだ。
「この夢が現実へとつながるなら、僕にも出来ることが一つだけある」
全てが僕の思うがままの、僕の世界。
そんな世界で命じる、僕の最後の言葉。
「草加部、ここで起きた酷い思い出、記憶から消したい出来事、解き放たれたい束縛、……それら全てを忘れ去るんだ。
もう、こんな夢に縛られる必要は無い。
そしてそのまま目を覚まし、……もう二度とここへ来る必要は無いよ」
──目を閉じ、そして少しの間を置き、…再び、開く。
石牢の中には、もう誰もいない。
そこにはただ、固く冷たい石の床があるだけだった…………
< 第四話 了 >