あお~ん!あお~ん!うおん!うおん!
もうすぐ日付が変わろうかというこんな真夜中にあちらこちらで犬が吠えている。
これはこの辺りに限らず異常な光景なのだがここにそんな事は一向に気にしない幸せいっぱいの二人が居た。
「舞子さん!」
恥ずかしいのか男は少しうつむきながら言っている。
「駄目よ『舞子さん』なんて他人行儀な呼び方は!」
女は甘えた声を出すと男に近づいた。
「『舞子』って呼んで!」
男は顔をあげるとゆっくり囁いた。
「ま・い・こ」
「あ・な・た」
「ま・い・こ」
「あ・な・た」
端で見ていると全く馬鹿馬鹿しいがこのやりとりはこの後も10回以上続いた。
ベッドの上でいちゃつくこのカップルはもちろん夫婦。それも新婚ホヤホヤである。
二人の性は『小山』。夫の名は『郁夫』で妻は『舞子』。年齢は二人共22歳。
知り合って3ヶ月で決めたスピード結婚なのでまだ恋愛中といった感じだ。
「幸せになろうね!」
その言葉に頷くと郁夫は妻の豊満な胸に視線を移した。
少し乳首の色が濁っているのが気になるがメラニン色素が多いだけと無理矢理納得させている大好きなおっぱいだ。
「もう!何処見ているの。 す・け・べ・さ・ん」
ただの巨乳マニアなんだがもちろん夫にそんな事は言えない。
「ごめんね!すけべな夫で!」
「いいもん!私もすけべな妻だから」
何がおかしいのか分からないが二人は見つめ合って微笑んでいる。
「俺達!いつまでも仲の良い夫婦でいような」
「うん!約束よ」
舞子は小指を立てて郁夫の前に突き出した。
郁夫はすぐさま自分の小指を絡ませた。
「ゆ~びきりげんまん 嘘つ~いたら針千本飲~ます!」
再び二人は意味も無く笑いだす。
そしてお互いの事を呼び始めた。
「舞!舞!」
「郁!郁!」
「舞!舞!」
「郁!郁!」
「舞!舞!」
その時二人の幸せをぶち壊すかのようにベランダのガラス部分が大きな音を立てて粉々に砕かれた。
「えぇ~い!アホかお前等」
拡声器を使い叫びながら部屋に入ってきた男の額には『安保反対』の鉢巻きが巻かれている。
ご存じ『頼れる兄貴レッド』である。
「いったいなんなんでうか?」
郁夫の言葉は動揺のあまり『みゃふ化』している。
「そのセリフが出てくるにはまだ早~い」
レッドの叫び声が部屋中に響き渡り郁夫は更に動揺する。
「お金ならいくらでも持っていって良いですから命ばかりは・・・・・」
その時郁夫は後頭部に妙な感触を覚えゆっくり振り向いた。
次の瞬間散弾銃を構えた男が目に飛び込んできた。
「金はあの世で閻魔を買収するのに使いな!」
あまりのショックで隣に居た舞子は気絶する。
「この馬鹿達の人生を改善させる事なんてありませんぜ!」
「堪えろグリーン! 俺達はみんなに愛されるボランティア団体だ! いくらこんなクズ達でも救わなければならないんだ」
郁夫は『迷惑なだけだと思うが』と言う言葉を飲み込む。
「たしかに『人生をやり直したい』と言う悲痛な叫びに応えられるのは我々しか居ない・・・・」
そう言いながらもグリーンは本当に悔しそうだ。
それに対しおそるおそる郁夫の口が開く。
「あの~言葉を挟むようですいませんが一応今私達は人生で一番幸せな時だと思ってるんですが・・・・・」
怒りに震えるグリーン。
その時窓からもう一人えらく貧相な男が入ってきた。
「幸せなんか長く続く筈がない。借金地獄になるのがおちだ」
ご存じブラックだ。
「おぉ!ブラック。 すまんがあまりにもこの二人を見ているとむかついたんで先に入ってたぞ」
「残念ながら今回はお前の出番はないぜ! 今すぐこいつらの人生に幕を引いてやる」
グリーンは散弾銃を郁夫に向け引き金に指をかけた。
郁夫は恐怖のあまり固く目を閉じている。
しかし次の瞬間或る者がグリーンの身体を羽交い締めにする事により郁夫の命は救われた。
「あぁ!お前はこんな事でしか出番が無いイエロー」
「今日も出番があって良かった」
イエローの目にはうっすら涙が浮かんでいる。
そんな騒動の中レッドは拡声器をとおし郁夫に警告した。
「今度日本国を裏切るような発言があったら貴様を非国民と見なし道頓堀の一番深い所に沈めてやるからな」
その時部屋の隅から『私を沈めて』という声が発生する。
声の主は得体のしれない液体が入れてあるナイロン袋に口をつけ吸ったり吐いたりして恍惚の表情で郁夫を見ている。
「なんなんですか!あの危なそうな看護婦は?」
「我等の優しいお姉さんピンクだ!」
レッドが叫ぶと同時にピンクは泡を吹きだしその場で倒れた。
「だ、大丈夫なんですかあの人は?」
郁夫とは対照的にそこに居る他の人間は平然としている。
「早く病院に運んだ方がいいですよ。このままじゃ危ないですよ」
自分が置かれている状況を忘れ騒ぐ郁夫にレッドは『ノープロブレム』と叫ぶと拡声器をピンクの方向に向けた。
「ここの亭主が純度の高い薬を隠し持ってるぞ!」
その言葉に反応しピンクの瞳が再び開かれる。
「あだじぃにじょおうだぁいぃぃぃ~(私に頂戴)」
泡を吹きながら白目で向かってくる看護婦姿の女性は本当に恐ろしいものである。
郁夫は『来るな!来るな!』と言いながら両手を前に突き出す。
すぐさまグリーンの散弾銃が郁夫の額に押しつけられた。
「かわいい姉ちゃんが『頂戴!』と叫びながら近づいてくるのを拒否するなんてお前それでも男か?」
レッドは拡声器をとおし『オカマー!』などと叫んでいる。
その時郁夫の横で気を失っていた舞子が『うっ!うん~』と喉を鳴らしながら起きあがってきた。
「あれ?私?」
舞子は状況が掴めないまま左右を見渡し郁夫に尋ねた。
「誰?この人達」
その言葉を待ってましたとばかりにレッドはキメのポーズを作る。
しかしイエローは水をさすように『オレンジがまだなんですが』とつぶやいた。
「なにぃ~また遅刻か!」
「あのコルセット野郎~!」
「ぐじゅりぃじょうだあぁい~(薬頂戴!)」
どうやら遅刻常習犯のオレンジは仲間うけが悪いみたいだ。
「いいじゃないですかレッドあにぃ!あんなコルセット野郎なんか抜きでやりましょうよ」
「こんな事だったら今日はホワイトかイエローグリーンを呼ぶんだったな」
レッドは仕方ないとばかりに頷いてから再びキメのポーズを作った。
たちまち他のメンバーもポーズを作り声を合わして叫んだ。
「我等人生改善委員会&」
郁夫と舞子はこの奇妙な人達を目の前にして呆然としている。
「委員会・・・・ですか?」
思わず郁夫の口から飛び出した言葉にレッドがすぐさま反応する。
「そう!お前のように間違った人生を選択し後悔している人達の悲痛な叫びに応えそれを改善する為に作られたボランティア団体だ」
レッドの言葉に『人改』のメンバーはご満悦のようだ。
「あのぉ~お言葉なんですがさっきから言っているように私と舞子は今凄く幸せなんですが」
『幸せ』という郁夫の言葉に舞子が反応する。
「私も凄く凄く幸せ!郁夫の事を誰よりも愛しているわ」
状況も考えず郁夫も応える。
「ずるいよ舞ちゃん!僕も凄く凄く凄く幸せなんだから!舞子の事を誰よりも誰よりも愛しているもん」
「私は凄く凄く凄く凄く幸せ!郁夫の事を誰よりも誰よりも誰よりも・・・・」
いつまで続くのか分からない二人の世界をぶち壊すようにレッドが拡声器で叫ぶ。
「やめんかお前等!二人の世界に入るんじゃない!」
元の世界に戻った二人はほぼ同時にレッドへと視線を移す。
「お前等いちゃつく前に『あぁ~私の滅茶苦茶な人生を改善してくださるの。嬉しい!』とか『&はどういう意味があるんですか?』とか言う事があるだろ!」
郁夫と舞子は顔を見合わし『そんな事言われてもねえ!』といった感じで頷き合う。
その光景にむかつきを覚えてたグリーンは郁夫の額に再び散弾銃を押しつけドスの効いた声で死へのカウントダウンを始めた。
「10,9,8,7,・・・・・・」
「うわ!わっ!撃たないで! &は・・・&はどういう意味があるんですか?」
その言葉を待ってましたとばかりにレッドが大声で叫ぶ。
「名古屋の方言で『海老ふりゃ』という意味だ!」
「はぁ?」
グリーンはわけが分からないといった表情の郁夫の額に散弾銃を更に強く押しつけ『俺はういろうが好きだ』と言っている。
「あの~お気持ちは嬉しいんですが本当に改善は当分結構なんで」
郁夫の隣では『そうだ』と言わんばかりに舞子が頷いている。
「『結婚は人生の墓場』という言葉を知らないのかお前等は!」
「墓場なんてとんでもない!舞子と私の間にはとても大きな愛があるんだ」
郁夫は舞子を見つめ『ねえ』と同意を求めた。
部屋の隅ではブラックが『愛なんてこの世にはない!あるのは借金地獄だけだ』などとつぶやいている。
「私本当に郁夫と結婚出来て幸せだわ!」
「何を言うんだい!舞子と結婚出来た僕の方が幸せだよ!」
ところかまわず郁夫と舞子は再び二人の世界に入る。
「ううん!郁夫と結婚出来た私の方がずっとずっと幸せよ!」
「違うよ!違うよ!舞子と結婚出来た僕の方がずっとずっとずっとずっと幸せだよ!」
「違うもん!違うもん!私の方がずっとずっとずっとずっとず~と・・・・・・」
その光景に当然の如く拡声器が向けられる。
「いいかげんにせんかお前等!」
部屋の隅ではブラックが『抹殺しましょ』とつぶやきピンクが得体の知れない粉末を鼻につけ恍惚の表情で意味の分からない言葉をつぶやいている。
「よっぽどこいつ等はこのグリーン様の散弾銃の餌食になりたいらしいな」
二人に向けられた散弾銃を見て舞子が悲鳴を上げたがすぐさま郁夫がなだめる。
「大丈夫!落ち着いて」
「だって!郁夫」
郁夫は震える舞子を抱きしめた。
「僕は舞子と一緒に死ねるなら全然怖くないよ」
たちまち舞子の顔に笑みがさす。
「私も郁夫と一緒に死ねるなら全然怖くないわ」
二人は見つめ合いしっかりと手を握る。
「それに日本には『銃刀法違反』って法律があるんだよ」
その言葉で舞子の顔に更に笑みが増した。
「じゃこの散弾銃は」
「そう偽物さ! ただのおもちゃだよ」
舞子は握った手を上下に数回振った。
「郁夫さ~ん。凄くお利口さん。 どうしてそんなに頭良いの」
郁夫は凄く満足気な表情を浮かべると続けてグリーンを見下した。
「さぁ!お兄さん。 僕達をそのおもちゃで撃ってるもんなら撃ってごらん!」
笑顔の二人にグリーンは『それならお望みどおりに』と言って銃を構える。
丁度その時玄関のドアが開かれる音がして一人の男性が部屋に入ってきた。
「いやぁ~すっかり遅れちゃった。なんせ今晩の弥生ちゃんの新技凄かったから」
腰にコルセットを巻いたこの男は見るからにいいかげんな性格のようだ。
そこに居る全員の視線がその男に向けられた。
「『人生改善委員会?』オレンジ参上! あれぇ?えらく静かなんだけどみんなどうしちゃったの」
グリーンの散弾銃は郁夫達からオレンジへと標的を変える。
ドギューン!
次の瞬間大きな爆発音と共にグリーンの散弾銃が火を噴きオレンジの後ろの壁に大きな穴が空いた。
それと同時にオレンジ、舞子、郁夫の三人は、ほぼ同時に『ひゃぁ!』という叫び声を上げた。
「遅刻した上に今更『?』の饅頭バージョンだと! もう許さねえ!今すぐお前を墓場に送ってやる」
逃げまどうオレンジを撃つ為グリーンの散弾銃が火を噴くたびに壁に大きな穴が幾つも空く。
もちろんそれにつれて舞子と浩一の顔からはみるみる血の気が引いていった。
「やめてくれグリーン! 来週由紀子ちゃんグループとのコンパがあるんだから」
「コンパはあの世で閻魔とやりやがれ!」
遂に追いつめたオレンジを撃ち殺そうとグリーンが散弾銃を構えた時レッドは大声で『イエロー』と叫んだ。
それを受け筋肉馬鹿イエローはたちまちグリーンを羽交い締めにする。
「まさか今回二回も出番があるなんて」
巷で『必要性を感じない』とか『あれくらいの役目ならブラックに兼用さしたら』という意見が出ているイエローは感激のあまり涙を流している。
「汚ねえ顔を近づけるんじゃねぇ!その鼻水なんとかしろ!」
「だって・・・・・だって嬉しいんだもん」
たちまちグリーンの身体から力が抜けていきオレンジはレッドの後ろに隠れた。
「もう良い。離せ! 今回だけはイエローの鼻水に免じて許してやる」
力を緩めたイエローはすぐさまレッドの元に走り寄り『僕は役に立ってますよね!』と何回も繰り返している。
グリーンは『やれやれ』と言いながら二度三度とスーツをはたき独り言をつぶやきだした。
「ところで何をしようとしてたんだっけ?」
郁夫と舞子の身体がぴくんと反応する。
「そうだ!思い出したぞ。 お望み通り今日を仲良くお前等二人の命日にしてやる」
グリーンは散弾銃を再び二人に構えた。
それを見た舞子は郁夫の手を強く握る。
「郁夫!私も後から必ず行くから先に行って」
少なくとも50年は後の話しである。
その後も郁夫の『レディーファースト』という言葉と舞子の『妻は三歩下がって後から』という言葉が幾度も飛び交った。
「ええい!やめんかお前等」
たまらずレッドの拡声器が唸りをあげる。
「結局お前等まだ死にたくないんだろ」
郁夫と舞子は二人ほぼ同時に首を上下に振っている。
グリーンは散弾銃を構えたまま『安心しな非国民!これはおもちゃなんだろ!』と脅しつけている。
「許してやれグリーン!間違った結婚をしてしまって頭が混乱してたんだろう」
グリーンは二人を睨みつけながら散弾銃の先を二人から外した。
「いくら自分達が不幸だからと言って今度ふざけた真似をしやがったら容赦なく墓場にぶち込んでやるからな」
恐怖のあまり舞子は再び気を失う。
その隣に居る郁夫はグリーンに気をつけながらレッドに話しかけた。
「あの~何回も誠に申し訳ないんですけど」
「何だ? コンパの話しか?」
「いえ!あの~私達夫婦の事なんですが」
『人改』全員の目が郁夫に向けられる。
「どう考えましても私達は最高の相性でしてこの結婚は大正解じゃないかと」
途端に『人改』全員の顔が引きつる。
「やっぱりこいつらは墓場に送った方が」
グリーンは散弾銃を再び構え直し凄みを効かしている。
「この先は地獄しか見えない」
ブラックはまるで自分の事を言っているかのようだ。
「改善してもらった方が絶対良いですって!」
楽天主義のオレンジはいつものように無責任な発言をしている。
「二回も出番があったんですよ」
イエローは状況に関係なくひたすら感動に浸っている。
「ぐじゅうりぃぎれだぁぁ~(薬切れた~)」
イエローと同じくピンクも我が道を歩んでいる。
「やはりこいつらには現実をもっと知ってもらった方が良いようだな」
レッドの言葉に『人改』メンバー全員が頷く。
「近づくな!それ以上近づいたらただじゃおかないぞ。 日本は法治国家なんだから・・・・・・」
全て言い切る事なく郁夫の意識は彼方へと飛んでいった。
その寸前郁夫の耳にはレッドの『現実を知れ!』という言葉が響いていた。
「う~ん」
郁夫は布団の中で思いっ切り身体を伸ばした。
時計を見るともう夕方の六時。
たしか新婚当時は妻がいつも隣で寝ていたなぁ~としみじみ思い出している。
「とりあえず飯でも喰うか!」
そう言うと郁夫はベッドから飛び出てパジャマ姿のままリビングルームに向かった。
「お~い!腹減ったから飯でも・・・・」
郁夫の言葉は途中で途切れた。
なぜならリビングに入る為ドアを開けた時妻の舞子が見知らぬ男とSEXしているのが目に飛び込んできたからだ。
「お前何しているの?」
見て分からないかといった所だがなぜか郁夫は本気で尋ねている。
「あんっ!コルセットが微妙に擦れて気持ち良い!最高!最高よ!」
郁夫の言葉を無視するかのように舞子はコルセット野郎との情事にふけている。
「あの~だからお前こんな所でいったい何してるの?」
郁夫は再度尋ねた。
舞子はいかにもうるさいといった表情で郁夫を睨んでいる。
「今あなたに隠れてこのおじさんにぽこちん突っ込んでもらっている所よ!・・・・・・あ~それいい!」
「あっ!ごめん!ごめん!俺は知らない事になっているんだよな」
舞子はよがり声の合間に『そうよ!あなたは私が浮気しまくっている事なんか全然知らないんだから』という言葉を挟んだ。
郁夫の頭に『なんせ俺達は間違った結婚をしてしまった為に当然家庭が崩壊してしまっている』という考えが浮かぶ。
「それにしてもこんな最低の夫婦がよく15年も続いたな」
その時郁夫の頭にちょっとした疑問が浮かんだ。
「お~い!舞子。 気持ち良いところで悪いんだけど」
涎を垂らし恍惚の表情を浮かべている舞子が『何よ?』とつぶやいた。
「俺達たしか結婚して15年になるんだよな」
郁夫の問いに舞子は両手で乳房を思いっ切り掴みながら『そうよ!』と答えた。
「たしか俺達二人共まだ22歳の筈なんだけど。 結婚した時7歳だったけ?」
もはや郁夫の声は聞こえていないのか舞子は夢中で腰を振っている。
「まぁそんな事はどうでも良いか! 俺達って本当に終わってるなぁ」
郁夫が大きな溜息をついた時後ろで『ううぅぅぅ~』という女性の奇妙な呻き声がする。
振り向くとそこには意識が完全に飛んでしまっている看護婦姿の女性が居た。
「あの生物はいったい?」
首を傾げる郁夫に妻の舞子とSEX中のコルセット親父が囁いだ。
「何を言ってるんですか!彼女はあなたの愛人じゃないですか」
郁夫は『あっ!そうだったけ』とつぶやく。
たしかにそう言われればそんな気がしてきた郁夫はベルトを緩めながら看護婦に近づいた。
「そういや俺も舞子に隠れてこの看護婦姉ちゃんと浮気してたんだな」
郁夫は泡を吹きながら倒れている看護婦をまじまじと見つめた。
近くではどうやら舞子が絶頂に達したらしく身体を大きく後ろに仰け反らしている。
「さぁ!俺も舞子に隠れて死ぬほど好きなSEXでもするか」
郁夫はズボンを脱いだ。
「ぐじゅりぃぃ~ぐじゅりぃばぁぼじいの!がらだがじびれどうぅぅ(薬~薬が欲しいの!身体が痺れる)」
看護婦はそう言いながら白目をむいている。
郁夫はなんでこんな化け物と浮気しているのかよく分からなかったがとりあえずパンツを下ろした。
「はぁ~ではやりましょうか!」
やる気の感じられない言葉が郁夫の口から飛び出した丁度その時部屋の中に見知らぬ男が侵入してきた。
「後悔朝立ちせず!」
その男は拡声器を使いそう叫ぶと郁夫に近づいてきた。
その隣の散弾銃を握った物騒な男は『やはり思ったとおりだ』と口にしながら凄く満足気な表情を浮かべている。
「あの~あなた達はいったい?」
「年金をもう一度考える会だ!」
わけが分からないといった表情の郁夫の耳元でブラックが何事かを囁いた。
途端に郁夫の頭に昨晩の記憶が蘇った。
「あぁ~お前等は人生改善委員会海老ふりゃ!」
「馬鹿!正式には『&』だ!」
グリーンは散弾銃を郁夫の頭に押しつけて『そんな大事な事も憶えられないようならこの中に入ってるもんは必要ねぇな』と凄みをきかした。
「どうだ!これでお前達が間違った不幸な結婚をしてしまった事が分かっただろう」
「そんな無茶苦茶な! お前等今回の事は絶対に許さないぞ」
レッドはあきれた表情を浮かべながら両手を広げた。
「根本的に改善しないと駄目だな」
「何を言ってるんだ!俺達夫婦を無茶苦茶にしやがって。 絶対に訴えてやる」
怒り狂う郁夫を尻目にレッドは平然としながらスタンガンを取り出した。
「そ、そ、そんな物をどうするつもりだ」
レッドは『決まっているだろう!』と言いたげにスタンガンを郁夫の身体に押しあてた。
「さぁ!新しい人生の始まりだ!」
再び郁夫の記憶は遠く彼方へと消えていった。
それから半年が過ぎた。
無事離婚が成立した郁夫と舞子は今それぞれに違う道を歩んでいる。
先ず舞子はどうなったかと言うと、あの後たまたま選んだ仕事が性にあってたようで今じゃバリバリのキャリアウーマンとして働いている。
今日も大手企業の役員が相手だ。
「水割り二杯とおつまみだけで36万円なんてそんな馬鹿な値段があるか!」
いつものように伝票を見た大手企業に勤める客は大声を上げている。
こんな時はこの店で『お兄ちゃん』と呼ばれる男の出番だ。
「お客さん。新宿ではこの値段が相場ですよ」
振り返る客の目に散弾銃を構えた男が映る。
「うわぁ~な、何をするんだ!」
「今持ち合わせがないんならお客さんの保険金で払っても良いんですよ!」
たいがいの客がそうであるように今晩の客もこの辺りで身体の震えが止まらなくなっている。
ここで舞子の出番だ。
舞子はノート型のパソコンの液晶画面を客に見えるように突き出す。
「わぁ~見て!見て!たーさんとのツーショット綺麗に撮れてるよ。デジカメって凄~い!」
それは舞子の懐に手を入れてだらしなく鼻の下を伸ばしている今晩の客の姿だった。
「なるほど!綺麗に撮れている。サービスと言っては何ですが年賀はがきにして会社と家に送らさしていただきますよ」
ようやく観念したのか客の手はポケットの財布にのびた。
その光景に今日もまた舞子は『働く女』としての喜びを感じていた。
一方郁夫はと言うと、実は舞子の店の近くで同じようにバリバリ働いているのである。
今日も舞子と同じように大手企業の役員が相手だ。
「あ~~ら!し~さんお久しぶりじゃない」
し~さんと呼ばれる40歳代の客は満面の笑みだ。
「イクコちゃん久しぶりぃ~」
この店で『イクコ』と呼ばれる郁夫は客の手を軽くつねった。
「あ痛っ! 何するのイクコちゃん」
「も~!ちっとも来てくれないんだから。 きっと浮気でもしてたんでしょ」
そう言いながら郁夫は頬をぷく~とふくらましている。
「違うよ!仕事が忙しかったんだよ。僕ちんもイクコちゃんに会いたくてしょうがなかったんだから」
客はつねられた箇所をさすりながら甘えた声を絞り出している。
はっきり言って端から見てたら気色悪過ぎる光景だが目を細めて見ている者達が居た。
この店のマスターである『ママ』とイクコによってナンバー2に落とされた『マユミ』である。
「マユミ!すっかりNO1の座はあの子に取られちゃったみたいね」
「しょうがないわ!あの子は天才だわ。 むしろあの子と一緒に働いている事を誇りに思うもの」
まゆみの顔は喜びに満ちている。
「そうね!生まれついての『ニューハーフ』。 いいえ!あの子は本当の意味で女なのよ!」
二人の目には水を得た魚のように客をとりこにしていくスーパーニューハーフ『イクコ』の姿が映っていた。
このように郁夫と舞子の人生は見事改善されたのである。
そんな或る日。
人改メンバーは例の如く或る家に押し掛けていた。
「こちらに越して来てくれるとは嬉しいね!」
「またあんた達でぅか!」
叫ぶこの家の主の額に散弾銃が突きつけられる。
「やはり最後はここで締めないとな!」
震える主に新メンバーの『シルバー』が抱きつく。
「きゃ~かわいい!シルバーのもろタイプよ」
「嘗めちゃ駄目でぅ~」
その時全員がポーズを取りだした。
シルバーも『後でね!』と言いながら渋々主から離れポーズをとる。
そして全員で大声で叫んだ。
「我等人生改善委員会&」
時計の針は0時をさしていた。
< 終 >