グノーグレイヴ2 第七話 前編

―第七話前半 採魂の女神ブリュンヒルド―

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「おかえりなさいませ、マスター」

 地平線の向こう側から帰還した拓也を迎えたブリュンヒルドだが、デルトエルドが倒れこむと拓也は急いで駆け寄った。

「デルトエルド!」
「よかった……マスター、さがしているもの……みつけた……」

 消え入りそうな声で呟くデルトエルド。いや、拓也は知っていた。デルトエルドはもう助からないと。

「ああ」
「おやくにたてて……こうえい、です」
「デルトエルド!!」

「お願い、マスター。住民を……世界を……幸福にして――」

 デルトエルドは消えていった。時の振子がいなくなった世界が崩壊する。終焉が近い。だが、デルトエルドが最後の力で導いたものを、拓也は託されたのだ。必ず期待に応える。そうでなければ犠牲の上に生きられやしない。
 犠牲を無情に作り出す上級悪魔を倒さなければ、世界が新しくなっても平和は訪れない。
 グノーグレイヴを斬り払い、誰もが幸福に生きられる世界に変えていかなければならないのだ。

「マスター」
「奴は必ず動き出す。俺が出る」

 拓也がゆっくり歩き出すが、ブリュンヒルドがくい止める。

「いいえ、マスター。私が行きます。マスターは少しお休みください」

 彼女が初めて見せる敵意。娘達を奪われた彼女も遂に重い腰をあげる。背中に映える翼を枯らし、女神―アフロディーネ―から女戦士―アマゾネス―へ姿を変える。

「私が上級悪魔を倒します。――必ず、娘を連れ戻します」

 拓也の変わりに歩き出すブリュンヒルド。拓也は彼女の後姿に問いかける。

「貴様に握出が倒せるのか?」

 ブリュンヒルドが歩を止める。

「お前じゃ優しすぎる。握出を刺し違えてでも倒す。その覚悟があるのか!!?」

 優しさだけでは生きていけない。正義とは優しさではない。強さが必要なのだ。
 力、権威、抑止――
 ブリュンヒルドは強さがない。最強にはなれないからこそ彼女は最優を目指した正義の使者だ。他の正義の使者とは違う、一人じゃ戦えない最弱の使者。

 そんな彼女が闘う意志を示している。
 『もう一人の彼女』が闘おうとしている。

「はい。私は、マスターを信じていますから――」

 再び歩き出すブリュンヒルド。

「採魂の女神。必ずまた俺の元へ戻ってこい」

 拓也は優しく彼女の背を押した。そう、ブリュンヒルドは拓也の彼女だった。

[プロローグ]

 誰よりも弱い存在だった。
 勝利の杯を味わう必要もない。血生臭い味を呑みほして狂気狂乱する自分を見たくなかった。
 負けることで相手が喜ぶなら、私は進んで敗けを選びましょう。
 帰る場所、待っている家族、迎えてくれる仲間がいる限り、悔しくても決して悲しいとは思わない。
 喜びは常に倍になり、悲しみは常に半分に分かち合う。
 敗者の存在の私が勝者を超える喝采を浴び、
 どちらが勝者か分からなかった。

 人の繋がりは愛。無駄な生命なんて何一つない。
 賛同する人の絆ほど美しいものはない。
 安らかな死と供に神―ハハ―が讃美歌―コモリウタ―を謳ってあげましょう。
 煌めき燃やす、採魂の女神―ブリュンヒルド―

[1]

 デルトエルドが消えた新世界―トラディスカンティア―は時の流れが狂い始めてしまった。
 朝を迎えたと思えば一瞬で夕刻になる。太陽が沈んで月が照らしたかと思えば、空が明るくなって太陽と月が横に並ぶ。

「なにこれ?」
「一日の流れがはやい!」
「なにが起きてるの?」
「世界が崩壊していく」

 家の中で外の変化に恐れているデモンツールズ。握出はまるで子供のように嗤った。

「または、世界が改変しているのかもしれませんね。新世界の崩壊とは、旧世界の復活ですかね?ようやく千村くんも理解するようになったようですね、ケケケ」

 鞄を持ちスーツ姿で外に出ようとする。

「では、行きましょうか正義の使者―デモンツールズ―。思い出の陣保スカイタワーに営業です」

 玄関で靴を吐き、鞄を持って出掛けようとした握出に、階段から慌ててセンリが降りてくる。階段を下りただけで息切れしている姿に、相当の焦りが見えた。

「センリちゃん。今日も帰りを待っていてくださいね」

 手を振りながら出ようとした握出に、センリは抱きついたのだ。

「行かないで、握出様!行ったら帰ってこられない!」
「おやぁ?そう『未来日記』に書いてあるんですか?」
「書いてない。そんな気がするだけ。でも私の心が警告するの!行かないで、握出様。お願い!」

 センリが悲痛に叫ぶ。未来が予測不能なことにセンリが一番分かっている。

「あはは。何時ぞやのツキヒメの様ですね。大人の世界に口出ししちゃ駄目ですよ。行きたくなくても行かなくちゃいけない場面があるです」
「ウソ!握出様は陣保スカイタワーに行きたがっている!行きたくないって思っている顔じゃない」

 センリが握出の心を読む。今のセンリに冗談が通じない。

「……実はですね、あそこには部下が働いているのです。とってもとっても可愛い私の部下です。彼と話し合いに行くのです。実は簡単なお仕事なのです」

 皆、要件を聞いていなかっただけ、驚いていた。握出の部下の存在ですら知らされていないのだ。千村拓也。デモンツールズの生みの親ということを彼女たち自身が知るのはもう少し先の話である。
 センリがまた握出の冗談を見抜く。

「ウソ!じゃあ、どうして皆さん一緒に行くんですか?どうして私だけ連れていかないんですか!?」

 本日センリはお留守番。グノー商品の注文を承る電話番を任されている。だが、それは握出によって急遽スケジュールを変えられたものだった。センリは握出の優しさと思惑を垣間見たのだった。

「…………まさか、お母様がいるの?」

 『センリちゃん。眠くなってきたね!寝室で横になろうね』

 握出の命令通り、センリに急に眠気が襲ってきて朦朧とした目で寝室に戻っていってしまった。
 だが、センリに『嘘』をつかなければいけないほどの握出の覚悟を、デモンツールズは感じていた。

「…………マスター。今のほんとうですか?」

 デモンツールズの育て親、採魂の女神―ブリュンヒルド―。皆が『お母さん』と言って慕っていた彼女との再会に、デモンツールズは身を強張らせた。それがいったいどういう意味なのか、言わなくても分かってしまったからだ。
 そんなデモンツールズに握出が愉快に笑った。

「さあ、娘たちよ。今から出掛けましょう」

[2]

 陣保スカイタワー。かつては人の賑わいを見せていた鳴神町最大の観光名所であったが、今や拓也が支配する中心塔になっていた。
 かつて握出すら屋上で喜んだことのある場所だけに思い出深い場所になっていた。
 一階は広いだけであるのはインフォメーションだけ。だが、そこにいる女性――

「ようこそお越し下さいました、歓迎致します。――上級悪魔」

 案内係の女性から翼が生える。姿を一瞬で変え、採魂の女神―ブリュンヒルド―が握出の前に現れた。鎧に包まれながらも神々しいその容姿に、感嘆の息を吐いた。

「あはっ、その美しさに私はメロメロです。もう少し早く出会いたかったですね!」

 握出がニヤニヤ顔でブリュンヒルドに話しかける、だが、無意味な闘いを望まないブリュンヒルドが握出と会わなかった理由がもう一つあった。

「どこかで見たことがあると思ったら。……へえ、なるほど、そういうことですか――」

 ブリュンヒルドを見て握出が笑った。

「――お久しぶりですね、高橋由香さん」

 懐かしい名前を呟いた。ブリュンヒルドは肯定も否定もしなかった。千村拓也の彼女、高橋由香を握出は忘れない。

「新世界では『アンドロイド』ですか。さしづめ新世界は、同人を書いていたあなたの思い描いた世界だったということでしょうか。自分の世界にどっぷり浸かり、子供―キャラクター―たちと話せて天国だったんじゃないですか?でも、物語には全て終わりがあり、喜劇は辛い現実を生き抜く活力となる。いい加減目を覚まして働いたらどうですか?子供たちもそう願っておりますよ」

 握出の後ろにいる子供たちがブリュンヒルドに物言いそうな顔をしていた。

「最後に、子供たちと話をさせてもらってよろしいですか?」
「どうぞどうぞ。私はお手洗いに行ってますので、好きにしてください」

 握出が席を外す。看板に描かれたお手洗いに向かっていった
 残されたデモンツールズにブリュンヒルドは微笑みかけた。

「あなた達、元気でしたか?」
「お、おかあ……」

 ツキヒメが一歩足を踏み出すが、ポリスリオンが制止させた。デモンツールズはブリュンヒルドを睨みつける。かつての仲間といえど今は敵同士。

「今更話をしてどうしようって言うの?私たちはもう戻れない」
「闘うしかなかろう。情けは無用、手加減なしの全力で行かせてもらう」

 敵意を剥き出しにブリュンヒルドに詰め寄るデモンツールズ達だが、ブリュンヒルドは一向に武器を取る様子はなかった。

「例え敵と味方に分かれても、生まれた場所は供に同じ。私が育てた愛娘です」
「――なら、負けるだけだぞ」
「勝ち負けではありません。私は、あなた達の犯した今までの罪、素行な振る舞い全てを許します。もし戻ってきて貰えるのなら、私の腕の中で抱かせて下さい」

 闘うことをしないブリュンヒルド。彼女は説得を繰り返す。元は同じ仲間、正義の使者として生きた『アンドロイド』。幸せを模索し、それぞれの幸せを力に変えた正義の使者は、ブリュンヒルドによって守られていた。

 ――それは、ブリュンヒルドが正義の使者の心の拠り所といえる存在だったからだ。

 ツキヒメが人々を救い、
 ポリスリオンが悪人を追い詰め、ジャッジメンテスが罪を裁き、
 センリが未来を予測し、フォックステイルが理想を叶え、
 メタモルフォーゼが人々と共有させる。

 ――ブリュンヒルドは子供を想う母親の幸福を模範した。

「な、なにを――」
「母と娘で争ってどうするのです?悲しくなるだけじゃないですか。罪と思って引き返せないと嘆いているのなら、労わりを以って供に罰を慰め合いましょう。私も娘たちに教えなかった罪です。『ごめんなさい』と頭を下げて水に流させて下さい。それでもこの一件で、私たちはさらに強固な愛を育みます。それが私の宝物です」

 母親に諭されるようなブリュンヒルドの声にデモンツールズの心が揺さぶられる。子供を信じて疑うことすらしない。、むしろ罪を背負い子に負担をかけさせない並々ならぬ努力を繰り返している。
 表立たないブリュンヒルドの力は既に発動している。デモンツールズの目はまどろみ、戦意すら喪失させる。

「おかあさん」
「ヒルキュア。お母さんの所においで。今までよく頑張ってきました」
「おかあさあああん!!!」

 ブリュンヒルドに駈け出すデモンツールズ。だが、その横を光沢の閃光―ダイヤキュート―が通り抜けた。

[3]

「――――!!」
「っ!?」

 皆が入口に振り向くと、センリが一人佇んでいた。

「皆さん!お気を確かにして下さい!!お母さんの声に惑わされないでください!!」

 センリの声でブリュンヒルドの洗脳が解ける。再びブリュンヒルドとデモンツールズに亀裂が生じる。

「センリ……」
「お母さん。お久しぶりです。このような形で再開したことに、残念に思います」
「どうして残念なの?再会できて、お母さんは嬉しい」

 笑顔で優しくセンリに諭す。母の愛を乗せるブリュンヒルドの声。洗脳を賭けようとするがセンリは悲しい表情を浮かべていた。

「じゃあ、どうしてお母さんはマスターの家に来てくれなかったの?」

 ブリュンヒルドが表情を凍らせた。

「お母さんは優しい声で甘い誘惑しながら、汚い部分を愛していない。握出様はそんなことなかった。お母さんを許していたのに、お母さんは握出様を許していない!!」
「…………」

 可愛く育てて、過保護に育てられ、その結果、外で泥遊びをすることすら許してくれなかった。手が汚いからと、服が汚れるからと、友達と同じ遊びをすることすら許してくれなかった。
 「正義」に生き、「正義」に忠誠させることが真実と教えられた。
 「悪」は許さず、「悪」は裁くことが正しいと教えられた。

 センリの考えは……センリの思想はそこにはなく、どうして?と思っても口には出せなかった。
 考えること、思考することを教えてくれたのは「悪」の方だった。

「だから私……握出様に仕えたの!!」

 センリは初めてブリュンヒルドに逆らった。苦渋の選択だった。温かい布団を捨てボロ布で寝ることを選んだ愚かな行為であることは重々承知だ。センリは分かった上で自分の進む道を選んだのだ。
 しかし、ブリュンヒルドは表情一つ変えなかった。

「……グノー商品、握出紋……この二つだけは、理想郷に残しちゃいけないの。優しさはいらないから、早急に狩らなくちゃいけない」
「――っ!!!」

 ブリュンヒルドの本音は、今までと全く違う低い声で吐き出された。

「ようやく本性を出したのね?」
「おもしろい。そうでなくてはな」

 デモンツールズが再び敵意を向ける。ブリュンヒルドはただただ悲しい表情を浮かべていた。

「……残念です。心の底で繋がるものが違うのでしたら、闘うしかなくなります。ですが、私は最後まで娘を信頼しています。この戦いが終わって、心に住み着いてしまった悪魔の手が解放出来れば、またいつでも私たちの元へ戻ってきていいのですからね」

 敵でいながらあくまで救いだせると信じている愚かな正義の使者―ははおや―

「なんて……甘いんだ」
「殺さぬのか?じゃあ、この戦いで倒されても、知らぬからな!!」

 賽は投げられた。デモンツールズがブリュンヒルドに襲いかかる。

 『あなた達に私は倒せない』

 ブリュンヒルドの声は再び燃え上がるやる気を焼失させていく。

「な、なんだ、これ?」
「闘う気が――」
「――失せてくる」

 確かに感じた力の解放。表立ったブリュンヒルドの力にセンリは膝をついてしまった。

 『大丈夫ですか?少しだけ力を解放しました。後は少し眠っていてください』
「お母様……なにをしたのです!?」

 暴力を以って襲い掛かってくるのなら、優しさを以って慈しみましょう
 武力を以って迫りくるものなら、誠を以って和らげましょう
 魔力を以って向かいくるものなら、実を以って愛しましょう

 ――全ての闇は消え、晴れ渡る青天の霹靂。
 新世界は青く澄み渡り理想の彼方の道は開く。
 二つを一色に燃えあがらす採魂の炎―フィーリング・ラヴ・トゥハート・ガイア―

 歌うようにつぶやくブリュンヒルドの力。彼女はデモンツールズの戦火よりも青白い『採魂の炎―フィーリングラヴ・トゥハート・ガイア―』を燃やしていた。

「……これが、お母様の力なんですね?」
 『ええ。私の前に力は無力。力が無くなることは子供になるということです。先行きが不安で、怖くて前に進めない。全ての民は子供に還り、誰かと繋がってなくては安心出来ない。それが私―ははおや―です。親の言うことは聞きましょう。そうしないと、怒らなくちゃいけなくなります』

 闘うのではない、闘わせない。子供の無邪気に勝てはしないが、負けることすらなくしてしまう。勝負ではない。言葉は指導であり攻撃は体罰である。

「お母様、やめてください!私は闘う気など毛頭ありません!話し合いをさせてください」
 『ええ。だからそうしましょう、センリ。私の言うことを聞くことが、あなた達の出来ることです』
「それは違う!!私はお母様を説得しに――」
 『どうしてお母さんの言うことが聞けないの!?こんなにあなたたちのこと心配しているのに!!?』

 急に張り上げたブリュンヒルドの声にビクつき、デモンツールズの目に涙が滲み出る。

「ふえええぇぇぇぇん!!」
 『ああ、泣かないの!!ほらっ、ハンカチ……』

 鼻水をかみ、涙を堪えて恐怖から耐え凌ぐ。戦火が小さくなったのか、それともブリュンヒルドの炎が大きかったからか、デモンツールズの覇気はなくなり、ブリュンヒルド一人に抑え込まれていた。

 『説得なんておかしいでしょ?子供が親に指図するなんていけない子ね』
「痛い!いたい!!」

 頬をつねりグイッと伸ばすと、まるで頬が落ちそうなくらい伸びてしまったかのような刺激が走る。

 『どうしてお母さんの気持ちが分からないの!?』
「お母さんが私たちの気持ちを知らなすぎるのよ!」

 バシンと弾けた音が響いた。一方的だった。その強さは圧倒的で、無防備の身体に一打叩かれたジャッジメンテスが面白いように床に転がった。それを見たツキヒメとカンナビが泣いていた。

「えええん!!」
「あああああん!!」
 『ああ……、みんな泣かないで!ジャッジメンテスが分かってもらえるように教育してるの。だから、全然怖くない』

 なだめる様にブリュンヒルドが二人の頭を優しく撫でる。

「お、かあさ――」
 『言うこと知らないジャッジメンテスなんて知りません。もう何処か遠くへ行きなさい、さようなら』

 二人を抱きかかえながらも、ジャッジメンテスには厳しい態度を見せると、ジャッジメンテスもまた眼に大粒の涙を流し、

「ふあああああ……あああああああん!!!ああああんん!!」

 赤ん坊に戻ったように泣いてしまった。それでようやくふっと普段の表情に戻る。これが母親の顔という様に向けた優しい笑顔は、三人の泣いた表情を微笑ませた。

 『切り離された子供は本当にかわいそう。安心して。もう一度私が再教育してあげる。今度は間違えないように、悪い人にはついていかないようにオムツを付けた頃からしつけてあげる』

 これは母親を模造した洗脳だった。飴と鞭。上げて落とす。子供に戻ったようにブリュンヒルドになつき始める三姉妹を見てセンリは危険を感じた。デモンツールズの崩壊が近づく。
 それを感じフォックステイルが声を張り上げた。理想郷を叶える彼女には、『採魂の炎』の効果は他の正義の使者よりも遅かった。

「童のお母さんはおぬしじゃない。汝は偽物だ!!」

 フォックステイルにとって母親とはブリュンヒルドではなく、山狐の母親。今は彼女を救ってくれたジャッジメンテスなのだから。

 『いいえ、違いありません。私はフォックステイルのお母さんでありながら、フォックステイルのお母さんのお母さんでもあるのですから』
「な、なんだと!?おぬし、何歳だ?」

 フォックステイルが難しい顔をする。確かに、娘と母が同じ母になる筈がない。ブリュンヒルドの行っていることが理解できなかった。
 しかし、センリには理解した。『ツキヒメ』、『カンナビ』、『ジャッジメンテス』を生みだしたのは、力を使った千村拓也だ。ブリュンヒルドではない。だが、ブリュンヒルドが母親と名乗れるのは何故か、誰にでも母親面でき、新世界に暮らす全住民に洗脳することが容易なのは何故か――

「違うわ、フォックステイル。お母様は繋がっているのよ、新世界と」

 女神はほほ笑んだ。

 『その通りです。私は新世界―トラディスカンティア―と共存している。『採魂の炎』は世界を燃え上がらせ、活性化させて蘇らす。故に私を倒すことはできません。世界の妻を倒すのなら、新世界を殺す覚悟がありますか?……それでも、子供たちが母親を倒すことなんて普通できません』

 新世界との共存こそが『採魂の炎』の強さの秘密。ブリュンヒルドを倒すつもりなら、新世界に住む全住民を殺す覚悟がなければ逆にやられる。母親の死を悲しむのは必然で、恨みや憎しみから新たな『採魂の炎』を作り出してしまう。
 それを証明するのが最近の崩壊だろう。時を加速させた新世界はさらに住民の数を増やし、『採魂の炎』の力を増幅させていく。握出が言っていたように、世界は改変に向かっているのかもしれない。しかし握出の予想と違ったのは、改変は旧世界など戻らず、新世界の成長を促進させていた。

(これは本当にまずいことになる。早く勝負をつけないと、本当に倒せなくなる)

 ここで、センリはポケットからある物を取り出して、駆け出した。

「なに?」
「ツキヒメ!カンナビ!あなた達専用の劇薬よ!受け取って!」

 二本の注射針が弧を描き、それぞれツキヒメとカンナビに突き刺さった。

「うっ――!!?」
「うがっ!!?」

 薬物を注入された二人は闇に取り込まれ、変身して姿を変えた。

 ツキヒメには『たゆたう快楽の調味料―ナース・エクスポートレーション―』を増強させ、ポリスリオンには『粘土』を溶かす劇薬を投与する。

「あはははは……」
「アハハハハ……」

 ツキヒメは『快楽の女王―リリス―』へ、ポリスリオンは『天邪鬼―カンナビー』へ。

「お母さん。――子供たちは、お母さんを超えます」
 『っ!』

 二人が一斉に襲いかかる。ブリュンヒルドは後ろに弾き飛ばされた。

「あとは二人に託すしかない。頼みました、リリス、カンナビ……」

 ふらっとセンリの身体が崩れる。フォックステイルが慌てて抱きかかえる。

「おい、センリ」
「大丈夫。ちょっとくらっと来ただけ。私たちは二人の頑張りを見守りましょう」

[4]

 ホールを飛び越え、外野に出て鉄筋コンクリートを飛び跳ねる。ブリュンヒルドを追うようにリリスもカンナビも駆け上がり、追いついた瞬間に爪を立てる。だが、あと一歩のところで外して鉄筋に傷を付けた。
 リリスもカンナビも握出によって作りだされた正真正銘の「悪」だ。倒さなければならない相手だ。

 『仕方ありません。言うことを聞かない子だけは躾ないといけません』

 本当は出したくなかったと、ブリュンヒルドが背中の大鎌を手に持った。その名は『アポカリプス』。黙示録と謳われた武器。魔法を唱え六芒星が浮かび上がると、アポカリプスの刃を突き付けると。途端に強力な風塵が舞い上がり、二人の身体は飛ばされた。昇ったはずの鉄筋から足を踏み外し、奈落の底まで落とされて背中を打つ。

「がはっ」
「くぅっ」

 地上30mから落ちた二人だが、もちろん無事である。

 『次いきます。そんなことでは『六芒星』も耐えられないでしょう?』

 閃光の風―トワイライト―が放たれるが、二人は揃って回避する。

「まだだ!」
「まだまだ!」

 ブリュンヒルド目指して鉄筋を駆け上がる。異常なほどの速さに天を舞うブリュンヒルドでさえ驚いてしまう。

 『……言うことを聞きなさい』

 しかし、ブリュンヒルドの声に耳を傾けない。
 リリスがブリュンヒルドを捕え、飛びあがった。ブリュンヒルドを捉えて抱きかかえると、再び展望内へとガラスを割って入りこむ。

 地上42階。123mの景色を眺めた後で、反対側のガラスを突き抜け三人は再び落ちて行った。

 『何故そんなに熱くなるの?』

 トワイライトが巻いあがり、カンナビとリリスの身体が離れる。だが、カンナビは空中を蹴ると、無防備のブリュンヒルドを叩き落とす。あわや月面割寸前の所でブリュンヒルドは難を逃れて、再び一階の受付場へと戻ってきた。
 息あがるブリュンヒルド。リリスもカンナビも行って帰ってくるまでに相当な疲労を溜めこんでいた。
 二人の身体が持つのはせいぜい後一分。時間が勝敗を決しそうだった。

 『どうしてそんなに熱くさせるの?』

 訴えかける二人の熱意を認めることが出来ない。ジャッジメンテスとフォックステイルとセンリももしかしたらのためにと戦闘態勢を崩さない。

「――――おや?」

 そして、そこに何も知らない握出の姿が戻ってきた。

[5]

「マスター……」

 センリが言葉を失う。何も知らない握出はブリュンヒルドを追い込んだデモンツールズの姿を見てなにを思うだろうか?
 リリスとカンナビの効果が切れる。ヒルキュアとポリスリオンに戻ったことで、ブリュンヒルドに余裕が生まれる。
 デモンツールズに囲まれ臨戦態勢のまま、ブリュンヒルドが握出に問う。

「三分間です。丁度良い時間です。お話をしましょう」
「そうです。私はその為に来たのです。娘たち、さがりなさい」
 『は、はい!!』

 デモンツールズが闘いを辞めたことでブリュンヒルドは自由になった。鎧を輝かせて握出に説得する。

「早速、本題に入りましょう。マスターに出会う前に、お取引願う訳にはいかないでしょうか?」
「…………出来ないと言ったら?」
「その時は仕方ありません」

 ブリュンヒルドが炎を燃やす。

「――ダメ、握出さま!!戦ってはいけない!!」

 センリの忠告が届いた時には間に合わず、

「あっれえ?なんだか、力が抜けてくるぞ?」

 『採魂の炎―フィーリングラヴ・トゥハート・ガイア―』により、世界に握出の存在が稀有されていく。真っ直ぐ立っていたはずの握出が骨抜きにされて足元から崩れ落ちた。

「握出さま!!」

 デモンツールズの誰よりも先に、ブリュンヒルドが詰め寄り握出を抱きしめた。

 『お母さんの腕の中で眠りなさい』

 優しい顔して目を閉じるブリュンヒルドに握出も表情を和らげていく。

「おかあさん……懐かしい響きですね。いや、実際会ったことないんですが、記憶だけ覚えています」
 『今の姿を見て、お母さん、喜んでいるかしら?』
「……」
 『グノー商品でお客様を騙してお金をもらって、そのお金が本当に嬉しいものですか?』
「…………」

 大きな息を吸って、目を閉じて、ブリュンヒルドの言葉を胸に落ちつけて、
 握出は一粒の涙を流した。

 『もう一度やり直しましょう。今度は新世界も受け入れられるような、立派な大人になりなさい。お母さんがすぐ傍にいてあげるから』

「まっまぁ!」
「握出さま!!」

 握出が完全に堕ちた。ブリュンヒルドにしっかりしがみつきながら眼を閉じる握出は、本当に子供に戻ったように気持ちよさそうに眠っていた。しかし、それはブリュンヒルドの力に屈したと同じことだ。そんな姿見たくないセンリは目を伏せていた。

 『――――――んっ……』

 ブリュンヒルドが声を荒げた。今までの様な声ではなく、一つ上の高い声だった。ゆっくり目を開けると、ブリュンヒルドが頬を高揚させていた。鎧に包まれてもコルセットのラインが見えている。そこから握出は手を差し入れてブリュンヒルドの胸を揉んでいた。しかし、ブリュンヒルドも決してやめようとしない。いや、逆だ。

 『ミルクが欲しいの?はい。いっぱい飲んでね』

 自ら鎧とコルセットを緩めたブリュンヒルドの胸は大きく曝け出す。膨らんだ乳首は握出の口を待っているように勃っており、握出も望むように口に含むと、喜んで吸っていた。

「ちゅばっ、ちゅばっ、れろ、れろ―――」
 『―――――ふああっ!』

 なにがなんだかわからない。どうして今、こんなことをやっているんだろう?
 握出が力を使っている?いやっ、そんな風には見えない。間違いなく握出はブリュンヒルドの力にやられている。でも、何故ブリュンヒルドは握出の行動を好き放題させているのだろうか?ジャッジメンテスの様に躾をすればいいのだ。

「まっまぁ。見て。ママの母乳をもらったら、ボクのおちんぽ、こんなに大きくなっちゃった」

 ズボンを脱いで大きくそそり立った大人サイズの逸物を、ブリュンヒルドにマジマジと見せつけた。

 『あらあら。じゃあ、お母さんが手伝ってあげる。……あらっ?皮が剥けてる。立派になって』
「あはは……」

 細い指で優しく持ってブリュンヒルドは擦り始める。その柔らかさに握出は気に入って、喘ぎ声を洩らしている。
 くちゅくちゅと規則正しい音がブリュンヒルドと握出とその空間に響き渡る。

「まっまぁ!ボク、もう……挿れて……いい?」

 準備が出来た握出が漏らす。

「――ええ」

 ブリュンヒルドも受け入れる。M字に開いた足を広げ、握出はその中心部に逸物を差し入れた。

「ああん!おおきい……」

 ブリュンヒルドが声を震わす。母といえども握出を咥えるには狭すぎる膣内に、ブリュンヒルドはただ痛さを耐え凌ぐ、逆に握出の方はというと、子供に戻り全てが新鮮に戻ってしまったかのように、味わうブリュンヒルドの膣壁の感触に歓喜し、大覇者美しながら腰を振りだす。まるで犬のようにブリュンヒルドの足に手を当てると、上下に腰を振って突き破る。

「んあああ!あんっ、ああっ!あ、ぐぅ――!!」
「まっまぁ!まっまあ!――ままっ!!!」

 握出の声が大きくなっていく。そして、ブリュンヒルドの子宮に大量に精液を流し込んだ。

「ああああああああああああ――――!!!!」

 熱さと中で蠢く感触がブリュンヒルドに今まで以上の脱力感を与える。握出が逸物を抜き、おまんこから大量の精液を零したブリュンヒルドはその場から動くことが出来なかった。
 そんな母親を見て、センリは肩を震わせていた。

「………どうして!?」

 母と慕い、敬い、憂いていたセンリにとって、その理想は潰えた。
 言葉を失い、正義は死んことに目を背けるしかない。

 衣服が乱れ、髪紐が解かれている。その姿は高橋由香そのものの姿だった。
 彼女がセンリに微笑む。

「この力があっても、私は上級悪魔を倒せません」

 新世界の母の覚悟。ブリュンヒルドは選択したのだ。

「子供を殺せる親なんていませんから」

 彼女は最弱の戦士だった。そして、最優の女神だった。

「私の出来るのは――時間……稼ぎですから……これで、私の目的は達成されたんです」

 決して負けても拓也を信じているブリュンヒルドは、拓也が体力を休まる時間を少しのでも伸ばすことが出来れば良かった。

「だからって、身体を預けるなんて間違ってる!!あなたこそ、正義の使者を名乗る資格はない!!裏切り者よ!!」

 センリが叫ぶ。操を奪ってまで守ろうとする正義なんて理解出来なかった。
 ブリュンヒルドは初めて、心から悲しそうな顔を浮かべた。

 ――正義は、あなたが思っているほど綺麗じゃない。
 ――正義は、あなたが思っているほど強くない。
 ――正義は、あなたが思っているほど格好良くない。

「――――」
「だから正義は、正義と名乗った瞬間、みんなの裏切り者になるの。……センリ。あなたは自分の信念を貫きなさい。それが誰にも負けない力になるから。お母さんとの、約束」

 正義は理解されるものじゃない。正義は常に裏切り者。正義は常に敵となる。それを正当化するために、『悪』という言葉で覆い隠した。
 そんな真実こそ、誰にも理解出来るものじゃない――

「あなたなんて、お母さんじゃない!!……おかあさんじゃ――」

 声をとぎらせ涙を流す。センリにとって正義を考えさせられた。

[6]

 疲れ切ったブリュンヒルドの身体を持ち、再び握出が動き出す。

「では、二回戦目に行きましょうか、ままあ」

 子供の浮かべる笑顔じゃない、すでに『炎』の消えたブリュンヒルドは握出の思うままだった。腰を持たれ、四つん這いにさせられ、握出は復活した逸物を再びブリュンヒルドの膣内に押し込んだ。
 そして、後背位でやられるブリュンヒルドは、ただ握出の精液を流し受ける器でしかなかった。

「あんっ、あんっ、あんっ、マ、マスター。わたし、間違っていませんよね?これで、よかったんですよね?私の覚悟――マスター」

 握出が、二度目、三度目と精液を流し続ける。時間稼ぎがブリュンヒルドの目的なら十分果たされた時間。快楽という蜜が無くなるまでそそり舐める。
 そして、握出が六回目の中出しをした時だ――

「おっ、きます!この中出しは……!!違う!この込み上げてくるもの!!!ヒャヒャヒャ、そうですか!!これが――!!」
「あああああああああああ!!!!!」

 今までと違った感触を受けた握出が、最後の爆発をした。

[エピローグ]

「……さて、皆さん。行きましょうか」

 ウタカタノユメを終えた握出はデモンツールズと供に受付を後にする。
 ピクリとも動かなかったブリュンヒルドが、最後の最後でむくりと置きだすと、お腹を気にし、白い翼を取りだすとそのまま空へと羽ばたいていった。

「お母さん!!」

 表情は見えなかった。いったい彼女が何処に向かったのかなど誰にもわかるはずがない。

「どちらに行かれるのですか?」
「きっと、子育てに行ったんですよ」

 握出は冗談っぽく言った。センリはその言葉の真意を知る。

< 続く >

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