第3話
白兎お嬢様のベッドの上で、俺は緊張で体を固くしていた。
《プラーナの瞳》を使って《夢渡り》をする、という命令を忘れたわけではないのだが、今はそんなことにかまけていられる状況ではなかった。
さっきの秘め事の間も常に意識して守っていたように、俺はお嬢様との距離を大事にしている。他の使用人や当主様に筒抜けの執事あたりに、いわれなき誤解を招くことがないようにだ。
人前では間違ってもこちらから彼女の体に触れたり近づいたりしない。どれだけお嬢様が俺のことを「男性に似たオモチャ」扱いして性的遊戯に興じようが、普段はそんな気配など微塵も匂わせたことはないし、誰にも打ち明けたことはない。
白兎お嬢様が、他の使用人よりもイジメがいがあるらしい俺のことをいつも引き連れているせいで、周りには特別扱いされていると思われていることは知っている。実際は、噂とは真逆すぎて涙が出そうなくらいブラックな主従関係なのだが、そういった誤解があるせいで、俺はこの屋敷では少し浮いた存在だった。
でも俺のことなどどうでもいい。
問題は、お年頃にもなりつつあるお嬢様に、おかしな噂など流されたりしないかどうかだ。
それぐらいの慎みはここの使用人たちも持っているはずだが、なにしろ噂というのはコントロールしがたいものだ。一度でもそんな誤解をされようものなら、俺の立場ではどんなに否定しても信じてもらえないだろう。
嫁入り前の評判に少しでもキズをつけようものなら、俺はどうやって桐沢家にお詫びしてよいかわからない。そう考えれば、さきほどのような悪ふざけの自慰の見せ合いなどもっての外で、いいかげん止めさせるべきだった。着替えの用意も下着の手洗いもいいかげん女性の使用人にやらせるべきだし、当主様のいないパーティではいつも俺にエスコートさせて他の男を寄せつけないのも、そろそろ大人の女性としてどうかと思える。
そう、彼女はもう大人だ。まだ16才にもならない少女だが、少なくとも、体の方は立派な大人だった。
だから、いくら相手が俺とはいえ、バスタオル一枚で男の上に跨がるなんてはしたない真似はやめてくれ。
「それじゃ、寝なさい。《夢渡り》を始めるわよ」
そういって白兎お嬢様は体を前に倒し、俺の胸に長い髪を垂らして顔を近づけてくる。
寝れるか。
洗髪したばかりの品の良い香りが、耳にかき上げた髪の先から漂う。バスタオルで締め付けた真っ白な谷間に深い影が差し込む。
俺は、あの姫路先生に「紳士」と呼ばれた男の嗜みとして、そこから視線を横に逃げさせていただく。しかし「淑女」とは言いがたいお嬢様の蠱惑的な微笑みは、俺の首筋を執拗に狙ってくすぐったい吐息をかけてくる。
「なぁに? 女子高生のおっぱいなんて、篠原さんのでさんざん楽しんだばかりでしょ? あれ、あなたのものにしちゃったんでしょ? 今さらこの程度で慌てることもないじゃない」
そういって、グイと指でバスタオルを押し下げる。谷間の向こうまで見えそうになり、俺はまた慌てて別方向に首を振り向ける。
お嬢様は、俺の腹の上でクスクスと笑い、胸を俺の顔の上に突き出す。シャワー上がりの香りがますます強くなった。目の前で、白兎お嬢様の胸がぶらりと前後に揺れた。
「早く寝なさいよ。《夢渡り》できないでしょ?」
今夜のお嬢様は本当に変だ。いつもなら、あの自慰の見せ合いが終わったら俺をさっさと部屋から追い出して眠るのに。
いったい、彼女に何があったんだ? どっかのぼんくら王子とのデートがよほど退屈で気持ち悪かったのか? いや、でもその程度なら部屋のものをいくつか破壊したくらいですっきり収まるのがいつものお嬢様だ。
不機嫌というよりなんていうか……テンションが高い。感情の起伏が大きい気がする。
自慰の見せ合いもいつもよりいやらしかったし、精液を自分の体にかけろとか無茶を言ったり。そのくせ急に激しく怒ったと思ったら、シャワー上がりにこんなイタズラで俺を困らせるなんて。
というより今のこの格好はどうだ。《夢渡り》のするとかいって、これじゃまるで娼婦じゃないか。ご両親が見たら泣くぞ。
俺はお嬢様を叱らなければならない。相手が使用人とはいえ、やってはいけない限度はある。100%あり得ないことだが、もしも俺が変な気を起こせば、いくらお嬢様とはいえあっという間に嫁にいけない体だ。そのことを俺はお嬢様に説明して、こんな真似をやめさせなければならない。
だが、そんなことはもちろんお嬢様だってわかっててやってるに違いないが。
「そわそわして、どうしたのかしら? 今日はもう篠原さんの胸に一度、私に淫らでみっともない格好をさせて一度、もう二回もあなたは精を吐いたじゃない? それなのに、まだ出したりないの?」
確かに俺は今日二度もお嬢様の見ている前で射精したが、二度目のあれは俺がさせたんじゃなくて、お嬢様が自分からはしたない格好をしただけだ。
しかし、いつものように「全てお前が悪い」で出来ている白兎お嬢様の世界観の中では、俺はその中心で「申し訳ございません」を叫ぶただの奴隷だ。
「あなたは欲情しているのね? それはこれから、篠原美月を犯せるからかしら? あの子を自分のモノにできると思って、期待にアソコを膨らませているのね?」
白兎お嬢様が顔を近づけてくる。吐息が頬にこそばゆい。首を動かしただけで唇同士で触れてしまいそうな距離で、俺は固まったまま動けなくなる。
「篠原さんは可愛いもの。あんな子を自分のオンナに出来て、あなたってラッキ-な男ね。これからはいくらでもあの子を性のはけ口に出来るんですもの。男ならはしゃいで当然だわ。よかったじゃない。これからはオンナに不自由しないわよ。《夢渡り》をして、篠原さんをもっと犯して、ペットしてしまえば、あとはもうどんな変態行為もあなたの思うがまま。あの子は喜んであなたに尽くしてくれるでしょうね。あんなことも、こんなことも……」
フーと、唇に息を吹きかけられる。ビクンと、みっともない反応をしてしまい、ますます白兎お嬢様を調子づかせてしまう。
「どうしたの? もうすぐ篠原さんが手に入るのよ。私にこんなことされても嬉しくないわよね? だって、もっと可愛くて素直で従順な女の子をあなたは飼うんですもの。これからは好きなときに篠原さんとやり放題よ。嬉しいでしょ? 私がこうしておっぱいを近づけてもあなたには―――」
唇や、首筋や、いろんなところに息をかけられてくすぐったい。悪ふざけが過ぎる。はしたない遊びだ。
耳の中に入ってくる吐息に思わず首をすくめ、いい加減にやめさせようと顔を正面に向けた。だがちょうどお嬢様も俺の唇に息を吹きかけようと狙っていたらしく、俺たちの顔は至近距離で唇をニアミスさせてしまった。
「!?」
「!?」
ぎくりと体が固まる。ふっ、と驚いて吐いた息が、交差して互いの口中に入ってきた。お嬢様のまん丸に開いた瞳の中に、俺のまん丸に広がった瞳が映っている。
お嬢様はすぐに体を起こし、俺の上からどける。
足を大胆に広げるものだから、一瞬、見てはいけないものは見てしまいそうになったので、急いで目を逸らさせていただいた。俺は許可なしにそんなところを覗く男じゃない。
お嬢様はベッドの端に腰掛け、体を覆うバスタオルを直し、そのまま背を向けている。
触れてはいない。俺とお嬢様の唇は触れてはいない……はずだ。
だがお嬢様は沈黙されている。これは大噴火の前の静けさか? だが基本的にお怒りはすぐに口に出される方なので、そうでもないのかもしれない。いや、怒ってるには違いないが。あるいはこれは、俺の今まで見たこともない大爆発の前触れなのかもしれない。
今のは、お嬢様がむやみに顔を近づけるせいだ。俺は悪くない。
という理屈は通らないだろう。お嬢様が不機嫌になったのなら、その原因は100%混じりけなしの「俺の責任」というものに加工されてベルトコンベアで運ばれてくるのがこの工場のシステムだ。今はその材料をお嬢様の独特の理論でいかに巨大な難癖として出荷するかを、首脳陣が勢揃いで計画立てているところなんだろう。
だが良いチャンスなので、心臓と、体の一部を鎮めるための精神統一にこの時間を使わせてもらった。
深呼吸をして、事態をあらためて冷静に分析する。もちろん唇は触れていなかった。当然だ。仮に触れたとしても間違ってもそれは『接吻』などという大それたものではない。ただの事故だ。絶対に事故だ。この俺が桐沢家のお嬢様にそんなことをするはずないじゃないか。ありえん、絶対に。
しかし白兎お嬢様のいつものパターンなら、間違いなく俺は『雇い主の唇を奪おうとした卑劣漢』としてマシンガンのように責め立てられるだろう。最悪の場合は屋敷の地下に存在すると使用人たちに噂されている石牢での獄中死を――
「ン、ンンっ」
白兎お嬢様は、絵に描いたような咳払いをして、バスタオルに包まれた胸を持ち上げるように腕組みをした。そしてすらりと足も組み、斜めに見下ろすいつもの傲岸な視線を俺に向け、舌を鳴らした。
「……事故よ」
「は?」
「今のは100%事故で、それ以上でもそれ以下の出来事でもないわ。ただの事故よ。なんでもないわ。まるっきり、なんでもなかったじゃない。こんなのどうでもいいし誰にも言う必要ないしお祖父様とか執事とか彩とかにも絶対に言う必要のない些細な出来事よ。くだらないことでいちいち騒ぎ立てたりしないで、さっさと普段どおりの仕事に戻りなさい。わかった?」
「あ、はい。わかりました」
もちろん誰も騒ぎ立てたりしてないのだが、素直にここは聞き入れておく。
これはラッキーだ。お嬢様が珍しく『お前が悪い』ではなく『ただの事故』とジャッジなさったぞ。
いつもどうでもいいことまで俺のせいにしているお嬢様にしては珍しい。おそらく、数年前オリンピックに影響されて「柔道を教えろ」とか言って暴れ出したお嬢様の顔が、誤って俺の頬に勢いよくぶつかってしまったあの事件以来の恩赦だ。
あのときのお怒りはひどかった。お嬢様はそのまま部屋にこもってしまい、食事も入浴も断り、次の日の学校も休むくらいの徹底的な閉じこもりを見せた。とんでもなくお腹立ちなんだろうと思って、俺もポケットの中の辞表に日付を入れることを覚悟した。だが、その日の夜中にお嬢様に部屋に呼び出され、「あんなのただの事故なのにいつまで意識してんのよバカじゃないの?」とぶっきらぼうに寛大な処置を言い渡され、めでたく無罪放免となったことがあったんだ。それ以来の椿事だ。
意外とお嬢様は、身体接触系のミスには寛容なのだろうか…? いや、そんなことはないな。なにしろ男とダンスさせられたくらいで部屋をめちゃくちゃにする人だ。とにかく幸運と受け取っておくべきだろう。逆鱗の位置がたまたまちょうど良かっただけだ。
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
俺はベッドの上で正座して頭を下げる。
そして顔を上げても、お嬢様はまだジトっと俺を睨んでいた。何も言ってこない。俺の唇あたりをじーっと睨み、また怒りがこみ上げてきたのか頬のあたりを赤くした。いや……体をぷるぷる震わせている。
「お嬢様。そんな格好で体が冷えてるのではないですか?」
「着替えるからあっち向いてなさい、スケベ!」
俺はまた余計なことを言ってしまったらしく、お嬢様の罵声を浴びながら「申し訳ありません」と横を向く。
なんなんだろう、今夜は。というより今日はなんという厄日だ。
ぐったりと項垂れていると、ぼすんとベッドが弾む。ネグリジェに着替えたお嬢様が、俺の前であぐらをかいていた。
「そういう座り方ははしたないからいけませんと、何度申し上げれば……」
「今夜の《夢渡り》の作戦を教えてあげるわ」
ぴしりと俺に人差し指を突きつける。
なんだ。忘れてなかったのか。というより、ようやく本題に戻ったか。まあ、白兎お嬢様の記憶力に「忘れた」なんて言葉はよほどの気まぐれでもない限りあり得ないが。
思いついた気まぐれを高々と説明する、自信に満ちた得意顔。すっかりいつものお嬢様だ。
機嫌の心配はもういらないようだな。俺は「はい」と返事をしてお嬢様の顔を真剣に見つめ返し、次のお言葉を待った。
お嬢様の喉がこくりと動き、指先が俺の目から外れて唇あたりを捉えたかと思うと、棘にでも触れたみたいに尖端を丸めて胸元に抱えこむ。目がとろんと眠気を帯びたように緩くなった。首はほんの少し傾けられ、唇がかすかに開かれた。
ひょっとして眠いんだろうか?
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「ん、な、なんでもないわよ! もうそのことは忘れろって言ったでしょ、バカ!」
「え? 何をですか?」
「だ、だから……なに本気で忘れてんのよ、バカ!」
ベッド上のクッションで顔面を叩かれる。
俺はどうして怒られたんだ?
「とにかく! もういいの、その話は! はい、《夢渡り》の説明するわ。ちゃんと聞いて」
「はい」
「今日、放課後に篠原さんの夢に入ったとき、彼女の記憶を見たでしょう。あの感覚は覚えてるわね?」
「はい」
夢の中では、会話は言葉というより直接相手の思考に触れる感じだった。
彼女の気持ちも、戸惑いも、考えていることは言葉になるよりも先に夢の振動となって俺たちに伝わっていた。
相手の心を覗き見する、下品な行為だった。それが《プラーナの瞳》の第1の能力だ。
「彼女が最初に教室の夕焼けを見て思っていたことは?」
「……中学時代の部活動でした。テニス部だったとか」
夕焼けは人の記憶から《感傷》を呼び起こす。
美月くんが最初に思い浮かべたのが中学時代の部活動の光景だった。彼女の青春をモザイクに貼り合わせた、一枚のスクリーンだ。
様々な感情が入り交じったそれは、言葉で詳細を語れるものではない。大切な時間と何かをそこに費やし、そして二度と取り戻せないと諦めた人間のため息のようなものだった。
「彼女の意識の中に深く食い込んだ思い出。そこを自分のものにすることで篠原美月への支配力は向上する。記憶は人間を作る最も重要なパーツよ。あの子の大事な思い出をあなたの汚らしい性欲で犯してモノにしてしまいなさい。次の《夢渡り》の舞台は彼女の中学時代。そこの部活動の中で何か特別な記憶があるはずなの。それを探すわよ」
「でも部活動と言っても、3年間続けていれば膨大な時間ですよ? 一晩の夢の中で特別な場面を探すなど……」
俺は暗黒のような青春時代を過ごした男だからハッキリとは言い切れないが、ひとくちに部活の思い出といっても様々だろう。あの夕焼けの中で彼女によぎった光景も、一瞥では判別できないほどいろんな記憶の貼り合わせだった。楽しいことも悲しいことも、特別なことばかりだったからこそ、一番の思い出であるはずだが。
それを夢の中で追体験するなんて、気が遠くなるような時間だと思う。
しかし白兎お嬢様は、俺の杞憂を小馬鹿にするタイミングを待っていたらしく、勝ち誇るようにあごを上げた。
「夢は記憶と想像力が作る光景よ。時間なんて存在しないわ。過去も未来も全て内包されている。彼女と記憶を共有するんだから探すのも簡単よ。むしろ気をつけなければならないのは、共有した記憶は自分の記憶にもなるってとこ。忘れるところはきちんと忘れないと後で相当気持ち悪いわよ」
子供に教える教師のように、淀みなく溌剌と《夢渡り》の手順を説明してみせる。
お嬢様の機嫌はよろしくなったようだ。気分屋の彼女がどこで機嫌を変えるのか長年仕えている俺でもよくわからない。「わかった?」と、無防備に俺に顔を近づけてくるお嬢様に「はい」と頷き返す。
確かにまあ、自分の夢を考えてみれば、時間軸や場面がころころ変わるのも珍しくない。夢によって思い出す記憶もあれば、新たに作られる記憶もある。むしろどこから生まれてくる発想なのか、自分でもわからない世界だ。
そして他人の夢を自分の記憶にしてしまう気持ち悪さは、昼間の《夢渡り》でも多少は経験した。あのときは美月くんの放課後の待ち合わせとその約束くらいの短期間の記憶だったからまだマシだったが、中学生女子の丸々3年分だと確かに重荷以外の何者でもない。
まあ、夢というのはそもそも記憶に残りにくいものだし、アメリカにいた頃に記憶力と忘却力を高める訓練も受けている。俺の中学時代が女子中学生のそれに入れ替わってしまうことはないだろう。
「彼女の記憶にあるキーを探すわ。篠原美月という人間に深い影響を与えた事件が、部活動の思い出の中にある。そのキーをあなたのものにするの。つまり、夢の中であなたは彼女の記憶の登場人物となり、深い関係を持つ。心を支配するために」
「……記憶を改ざんするってことですか?」
「あくまで『夢』の話よ。過去の事実や記憶まで変わるわけじゃないわ。変わるのは、『あなたに対する感情』だけよ」
他人の信頼や愛情を得るためには、良い印象、良い対話、良い時間と良い関係が必要だ。
夢の中ではそれらを全てねつ造できる。本人の自覚もないうちに、何の事実もないままに、こちらの都合の良い関係だけを押しつけることができる。
それが《プラーナの瞳》の《陽》の能力。人からプラーナを奪うのではなく、屈服させ、自ら捧げるように支配するんだ。
プラーナそのものを食う《陰》とどちらが暴力的な力なんだろうか。
いや、比べても意味がないな。どちらにしろ凶暴なアイテムだ。
「それじゃ、始めるわよ。ここに寝て」
問題は、この体勢だ。
俺がお嬢様のベッドに寝て、その横にお嬢様が添い寝してらっしゃる。先ほどの上に跨がられる体勢よりはかなり待遇が良くなったと思うが、他の人間に誤解を招きそうな格好であることは間違いない。
「……お嬢様、俺は床でも寝られる男です」
「当然じゃない、犬なんだもの。普通なら床に寝かすわよ。でもまさかあなたは、私にまで床寝の相伴をさせるつもりなの?」
「そういうわけではないのですが……」
俺の肩の上にあごを乗せ、くりんと瞳を丸くする。どちらかと言えば、今のお嬢様の方がよほど子犬っぽい。というか、体を寄せすぎだ。
放課後の《夢渡り》は、お嬢様が理事長室のソファに横になり、俺はそこにもたれる形で睡眠状態に入った。
そのときにもっとよく考えておくべきだった。客観的に見ればこれはただの添い寝だ。しかも、今は深夜で、ここはお嬢様のプライベートな自室だ。
「いいです。さっさと始めましょう」
「……どうしたの? 急にやる気になったのね?」
「そういう意味ではありませんが。まあ、そういうことにしておいてもいいです。とにかく早く終わらせるべきです、こんなこと」
もちろんこんな時間にいきなりお嬢様の部屋を尋ねる使用人もいないだろうが、言い訳のできない状況は早めに終わらせるに限る。
この人は大人と子供の中間だ。バスタオル一枚で誘惑ゴッコのませた遊びをしてみたかと思えば、ネグリジェ一枚で男に添い寝する無防備さにはまるで無頓着だったり。
子どもの頃からのお世話係で、寝る前に本を読んでやったこともある俺に添い寝くらいで今さらと思っているのかもしれないが、さっき自分で娼婦の真似事までした相手であることを忘れたわけでもあるまい。
ようするに彼女はまだ男というものをよくわかってないのだ。男の性欲には、時と場合に合わせたオンオフなんてないのに。
いや俺はお嬢様に対しては常にオフだが。そう心がけているつもりだが。
とにかく、変な誤解が生じる前に、さっさと終わらせるにかぎる。
こんな体勢は。
「こんなこと…? なによ、そんなに急いで篠原さんのとこに行きたいの? あっ、そう!」
白兎お嬢様はぷくっと唇を尖らせ、またジトっとした目で俺を睨む。
どうして機嫌が悪くなるんだ。《夢渡り》はお嬢様が俺にやらせようとしていることだろ。
早く終わらせて我々は解散するべきだ。ここは俺の長居していい場所じゃないし、まずこの体勢は間違ってる。
「それじゃ、今度はあんたが篠原の夢を探しなさいよ。そこまでご執心の彼女のことなら、簡単に探せるでしょ? ロリコン教師!」
腹の上に《プラーナの瞳》が乱暴に叩きつけられる。反対側を向いたお嬢様が、後ろ手にそのペンダントの上に手を重ねる。
なんだか苦しそうな格好だが、さっきまでの完全添い寝体勢よりはずっとマシだ。
お嬢様の手に、俺の手を重ねる。小さな手だ。いや、これでも昔に比べれば大きくなられた。もうすぐ彼女も大人になる。こんなおてんばをしてしまった自分を恥じて、俺に口止めを命じる日もいずれ来るんだろう。そのとき、まだ俺をおそばに置いてくださっているかどうかはわからないが。
余計なことを考えるのをやめて、《夢渡り》に集中する。相手がここにいない以上、俺が篠原美月との繋がりを辿って、おそらく就寝中のはずの彼女を見つけ、その夢に潜り込むという芸当を果たさなければならない。
最初に入ったときは、お嬢様がその手本を示してくれた。貸し借りした本や、しおりを渡したことを手がかりして彼女に「心を許す」隙を作り、そこから潜り込んで夢に登場するという手順を。
俺の場合、すでに彼女の肉体の一部や恋心に支配領域が作られているので、そこから彼女の夢に入っていくことになる。
精神を集中させて、雑念も払って、彼女に接触した記憶を糸にして伸ばしていく。もちろん、白兎お嬢様も一緒に連れて行くことも忘れず。
イメージだ。俺の魂がペンダントから細長く伸びていくイメージ。ふわりと手の中のペンダントが温かくなった。お嬢様の手を介して糸が繋がるのを感じた。
なかなかやるじゃない、と白兎お嬢様にお褒めの言葉をいただいた気がした。もちろん気のせいだろう。俺はそのまま、糸を伸ばしていく。
次にイメージするのは、さきほどおじゃました篠原美月の部屋。彼女のベッド。その上で体を重ねた俺たち。煩悩を断ち切り、記憶を糸に絡ませ、彼女の匂いのする方へと泳いでいく。
篠原美月はいた。ぼんやりと暗闇の中に鈍い光が浮かんでいる。これが彼女の《プラーナ》だ。彼女が俺に許した入り口がそこにはある。俺の右手を握っていた白兎お嬢様が『行くわよ』と命令する。いつのまに肉体がイメージされたんだろう。ネグリジェ姿のお嬢様が隣に立っている。俺も自分の肉体の形で立っていた。
『彼女は深い睡眠状態にあるわ。今のうちに記憶を漁らせてもらうのよ』
どこでそんなみっともない仕草を覚えてきたのか、人差し指をくいっと曲げてお嬢様は悪そうな笑みを浮かべた。
俺は山賊の子分にでもなった気分で軽く敬礼し、篠原美月の記憶の世界へと潜入していく――
◇
――4月の爽やかな風が、じっとり濡れた背中に冷たかった。
目の前に先輩たちがずらりと並んでいる。
それに対する私たちはまだ少し緩い1年生のジャージに身を包み、小学生っぽさの抜けきらない小さな体を縮こまらせ、自分の発言する順番が少しでも遅れるよう、ビクビクする心臓で祈っていた。
新入部員自己紹介。
後に自分たちが2年生になったときには、じつは先輩たちはこんなにも微笑ましい気持ちで緊張しっぱなしの私たちを応援してくれてたんだとわかったが、今はただ怖くてドキドキして顔を上げる勇気もない。
視界の隅には、あの方の足元がチラチラとよぎっている。
とうとう来てしまった。
やってしまった。
厚かましくも、少しでもおそばにいたい一心で、あの方と同じテニス部に入部してしまった。
隣のよっちゃんの手を握りたい。震えてどうしようもない。よっちゃんもすごく緊張してるのが伝わってくる。ごめんね、よっちゃん。本当は手芸部に入りたかったんだもんね。私、じゃんけんで勝っちゃってごめんね。
中等部のお姉様たちは、つい去年や一昨年まで私と同じ初等部の児童だったはずなのに、なんだかすごく大人に見えた。しかも3年生にはあの方もいる。緊張しすぎて口から変なの出てきそう。
よっちゃんがゴクリと喉を鳴らした。自己紹介する番だ。がんばれ、よっちゃん。私なんにもできないけど、心の中で一生懸命応援するよ。
がんばれ。がんばれ、よっちゃん!
「ひっ、樋口佳美です! テニスは、初めてです! がんばりますので、よろしくお願いしにゃす!」
オッケーだよ、よっちゃん!
ちょっと噛んだかもしれないけど、全然オッケーだったよ、みんな拍手してくれてるよ、さすがだよ! あとでいっぱい褒めてあげるからね!
で、次は私の番だ。がんばれ私。
よっちゃん応援して。私に力を分けて。いくよ!
「あ、あの……っ」
あのって何だ。
悪いくせ出ちゃった。私はいつも「あの」で詰まっちゃうくせがある。一瞬で頭が沸騰しちゃって、何にも考えられなくなった。自分の名前まで出てこなくなった。
「あの、あの……」
どうしよう、どうしよう。私、どうしちゃったんだろう。
頭ん中真っ白だよ、何にも出てこないよ。顔が上げられない。先輩たちきっとイライラしてる。もうダメ、緊張しすぎて倒れそう…!
――きゅ。
左手を誰かに包まれた。隣を見ると、よっちゃんが、真っ赤な顔したまま私の手を握っている。
こんなことして怒られないの? わかんないけど、でも私はすごく安心できたし、気持ちが落ち着いてきた。先輩たちも勝手に手を繋いでる私たちについて、何にも言わないからオッケーなのかもしれない。できれば、このまま言わせて欲しい。
「篠原美月ですっ。テニス初めてですが、一生懸命がんばります! よろしくお願いします!」
がばっと頭を下げて、その勢いでぴょこんと顔が上がる。そして目が合ってしまった。
あぁ――、憧れの東城由梨先輩。
3年生のジャージに身を包んで、すごくおきれいで、そして……私に微笑んで拍手してくださっている。
よく見ると、先輩たちは誰も怖い顔なんてしてない。みんなきれいで、優しそうで、そしてこんな私を褒めてくださるように、にこやかに拍手をしてくださっている。
私はよっちゃんの手を強く握る。ありがと、よっちゃん。我が親友よ。あとでジュースで乾杯しよう。我らの勝利に。
「……ごくっ」
隣の子が息を飲んでいた。最後の一人になったその子は、私の知らない子だ。おそらく中等部からの新入生だろう。
顔色も真っ青で、気の毒なくらい震えている。さっきの私もきっとそんな感じ。
私も自分の出番が無事終わって、ちょっとテンション上がりすぎてたかもしれない。気づくとその子の手を握っていた。びっくりするくらい冷たくなってる指を、私の手で包んであげた。
その子が、驚いたみたいに私を見る。あ、やっぱ気持ち悪かったかな。
でも、私が離そうとすると、それを逃すまいとするかのように、ていうか痛いくらいにその子は握り返してきた。
「て、てて、天宮寺睦です! 中等部入学組です! テニスは小学4年生からやってます。正直、ちょっと飽きてたし、続けようかどうしようか迷ってましたが、と、友だちができればいいなと思って、入部届を出しました!」
私の方をちらりと見て、そして、私が隣のよっちゃんとも手を繋いでいるのを見て、その天宮寺という子はフヌーッと鼻息を吐き、勇ましく顔を上げた。
「で、でも今は、心からアイラブテニスです! このテニス部を日本一にしたいと思います!」
その日一番の拍手と笑いを受け、真っ赤な顔になったその子と、なぜか私たちは手を繋いだまま、一緒に顔を赤くした。
これが私たち仲良し3人組結成の瞬間だった。
◇
「……ここが起点のようですね」
そのとき、俺は2年生の女子生徒になっていた。同じように女子中学生の一人になった白兎お嬢様が、「そういうことね」と微笑みの表情を崩さないまま、夢の中の美月くんたちに拍手を送っていた。
夢の中では俺たちも実体を持たない。なので実際には存在しない生徒となって部活動に参加していた。
「彼女が中学時代のこの時期に特別な思いを抱いていることはわかったわ。あとはその問題の事件にでも便乗して、あなたが彼女の心を侵略すればいいだけ」
思ってたよりも簡単に仕事は終了した。俺たちは今、彼女の記憶の中の出来事を夢で追体験している。その記憶から、彼女の部活動がどのような形で終焉しているのかも、記憶によってすでに知っている。
この入部の日からおよそ1年と4ヶ月後。つまり篠原美月、樋口佳美、天宮寺睦の3人が2年生になった夏、とあることをきっかけに彼女たちはテニス部を自主退部している。
それまでの1年4ヶ月の部活動の思い出と、そしてそれを途絶えさせた事件が、篠原美月の自我にとっての『キー』なわけだ。
「では、さっそくその1年と4ヶ月後へ行きましょうか」
白兎お嬢様は、別人になっている顔をしかめ、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
見慣れたせいもあるかもしれないが、上品なお顔に生まれて得をしているな、お嬢様は。
いつものあのお顔じゃないと、なんだか本当に嫌みったらしく見える表情だった。
「慌てることないでしょ。これからその1年余り、ここで過ごすわよ」
「え、1年もですか?」
「そうよ。当然でしょ。私たちは篠原さんの心の深い場所に楔を打ち込むために来たのよ。彼女があなたを抵抗なく受け入れられるようになるまで洗脳するには、多少時間をかけてじっくり染めていくのが一番リスクが少ないの。彼女にとっても、私たちにとっても」
「明日からの学校はどうするおつもりですか。1年も寝ていられるわけがありません」
「平気よ。ここは夢の中――記憶の小さな箱の中よ。私たちは彼女のシナプスの隙間で神経伝達のラリーを観測しているだけ。その情報を処理する私たちの脳も彼女の夢とシンクロしているから、感覚も夢時間に生きてるの。1、2年程度の夢なら、一晩でも余裕で見られるわ」
「夢の中では、実際の時間より長く感じるというやつですか。それにしても年単位の夢なんて……」
「数日から数年を夢の中で過ごしたという話なら、いくらでもあるわよ。おそらく記憶密度や認知処理が普段のそれと違っちゃってんのね。でもそれも脳の通常業務範囲よ。邯鄲の枕じゃあるまいし、体感的に2~3年くらい夢の中で過ごしたとしても、目が覚めれば『なんだか変な夢見た気がする』って思う程度よ。どれだけ現実よりも濃い体験をしようが夢は夢。時間がたてば簡単に忘れちゃうわ」
「美月くんにもお嬢様にも、悪い影響はないってことですね?」
「目覚めたときに、眠りにつく前より疲れてるってことはあるかもしれないけどね。ま、その程度」
わかったような、わからないような。
まるで別の世界に足を踏み込んだような違和感がつきまとう。他人の夢の中とは、ようするに他人の心の中だ。
自分自身の存在までその夢の一部であるということが、ひどく不安をかき立てた。亡霊の島にいるみたいだ。
さっさと終わらせて帰ることを俺は希望する。だが相変わらずうちのお嬢様はマイペースに話を進めていく。
「そんなわけで、今から篠原美月への支配力を増すために、観測から積極的干渉へと移ります。ところで恭一、あなた気持ち悪いわよ」
女子中学生の姿になっている俺を嫌そうに一瞥して、お嬢様は少し離れたところで生徒たちの紹介を見守っている顧問やコーチの方をあごで指す。
「どうせならあっちへ行きなさい。あなたも今日からテニス部のコーチよ。元の姿に戻って、篠原さんに『俺はコーチだ』と自己紹介なさい。彼女に積極的に干渉して、あなたの印象を強めるのよ」
「……テニスはあまり得意ではありませんが」
「知ってるわよ。心配しなくて大丈夫。ここは現実じゃないの。篠原美月があなたのことを『テニスの上手い男性コーチ』として認識させればいいだけ。へたっぴでも『本物』だと彼女は誤認し続けるから」
夢の中では想像したものが実現できる。
おかしな話だが、美月くんが夢と気づかず過去をリフレインしている中で、それを夢と知っている俺たちは追体験しながら自由に姿を変えて干渉することもできる。
過去を変えるわけでもなく、記憶を改ざんするわけでもない。ましてや夢として彼女の記憶に残るわけでもない。
残すのは、俺に対する『思慕』と『被支配』と『忠誠』の気持ち。それを全て誤認の夢で彼女の中に作り上げ、プラーナを侵略していく。
端的に言ってしまえば――、俺は今から、夢の中で無防備に自分を晒している女子中学生を誑かし、性的イタズラをして体から心を屈服させるわけだ。
「……お嬢様はどうされるんですか?」
「そうねえ」
白兎お嬢様は3年生の列を見て、にやりと微笑んだ。
「せっかくだから、私も1年生になって東城先輩にテニスを教えてもらうわ」
お嬢様がくるりと前髪をかき上げると、懐かしい中学時代の白兎お嬢様のお顔になった。
今よりも丸みを帯びた笑顔。お嬢様は小さなお尻をトテトテと弾ませ、篠原君たちのいる列へ移った。そして「桐沢白兎で~す」と勝手に自己紹介を始めて2、3年生からの拍手を得る。
不思議なものだが、夢の中の登場人物は篠原美月の意識していない場所でも普通に行動をし、こちらの行動に対して反応も示す。美月くんのイメージによって作られた人形は、美月くんのイメージで適切と思われる行動をそれぞれ自動で行っている。
彼女の記憶の中で曖昧だったり存在しなかったはずの部分も彼女の想像力が補完し、小さな一つの世界として完成していた。
ヒトの脳の能力には驚嘆するばかりだな。
さて、お嬢様がこっちの世界で勝手に遊び始めたということは、あとは俺一人で仕事をしろということだな。
俺は肉体を自分のものに戻し、スポーツウェアにテニスラケットを自分に装備させながら、篠原美月に近づいていく。
彼女の正面。出来るだけ爽やかに見せようと無駄な笑顔を浮かべ、そしてその一方で無意味な演技をしていることを恥ずかしく思いながら、彼女に向かって名を名乗る。
「はじめまして。コーチの吉岡恭一です」
篠原君は、ぽかんと口を開けて俺を見上げている。彼女の記憶の中にも、実際の過去にも、そして桐館学園の常識的にも男性の指導者などは存在しない。あっけに取られて当然だ。
短い髪を二つに分けて後ろに結んでいる彼女は、ただの子供だった。あの有名なアニメに出て来るお風呂好きのヒロインに似た、純朴そうな女の子だ。
罪悪感を抱くなという方が無理な話だと思う。だが、それが俺の今の仕事だ。
樋口佳美も天宮寺睦も俺のことを見ているが、ただのモブにすぎない他の生徒を今は意識する必要はない。この世界で本物の女の子は篠原美月くんだけ。
俺は自分の夢の中で無防備に心を晒す彼女に視線を集中させ、さらに続ける。
「君は、異性からレッスンを受けたことあるかな? 俺は君だけのコーチだよ。君にいろんなことを教えてあげるから、仲良くしよう。俺は、君と仲良くしたいと心から思ってるんだ。男と女としてね」
いきなり「恋に落ちろ」などと無粋な命令はしない。ただ、男を意識させるだけで勝手に落ちていくのは容易に想像できた。
ポォ、と音を立てるように美月くんの顔が上気し、瞳が潤みだす。
簡単な誘導一つで、彼女は真っ逆さまに恋に落ちていく。俺自身が驚くほどあっけなく。
まっすぐに向けられる無垢な視線が気の毒に思えて、俺はさっそくお嬢様に助けを求めた。
お嬢様は、熱心に東城先輩に話しかけているようで、俺の方など見向きもしていなかった。
◇
どうしよう。どうしよう。
もうすぐ部活が始まる。ジャージに着替えてコートに集合しなきゃ。1年生は先輩よりも早く来てネットを張ったりボール出したりしなきゃならない。責任も仕事もいっぱいだ。モタモタなんてしてられない。
そんなことわかってるんだけど、指が震えちゃってスカートのホックが外せない。緊張しちゃってるのが自分でもわかる。このところ毎晩よく眠れなかった原因に、とうとう私は思い当たってしまった。
どうしよう。本当にどうしよう。困ったことになっちゃったよ。
私……恋しちゃったよう。
まだ中学1年なのに恋なんて早すぎるよ。みんなにバレたら「ませた子」だって思われちゃう。私、私、そんなんじゃないのに。真面目だけが取り柄だと思ってたのに、本当に。
最初は風邪かと思った。動機とか顔が熱くなるのもそのせいだって。ランニング中にもついついあの人の顔がちらつくのも熱が見せる幻覚で、球拾い中にも気がつくとあの人のことばかり目で追ってるのも風邪によるめまいが原因だって思い込もうとした。
でも、もうそんな誤魔化しも限界。自分のラケットケースの裏にちっちゃくあの人のイニシャルを書いてしまったのも風邪による自動書記に違いないとか、そんなわけないもの。これ恋だもの。
もう自分でもこの気持ちを否定できない。どうしよう。みっちゃんとかむっちーにバレたら軽蔑されちゃうかな。父様や母様に知られたら怒られるよね。転校しろとか言われちゃうかも。そんなの最悪すぎる。どうしよう。どうして恋なんてしちゃうのよ、私。
「みっき、着替え遅~い」
「ひゃうん!?」
いきなり背中をツンされた。とっくにジャージに着替えたむっちーとよっちゃんが後ろに立っていた。私、まだスカートも脱いでなかった。
「ご、ごめんね!」
急いでスカートを脱ぎ捨てる。焦ったのが逆によかったのか、なんとかホックも外せた。スカートをロッカーにしまって、代わりにジャージの下を取り出す。
「すぐ着替えちゃうから、おいてかないでね?」
見ると、むっちーもよっちゃんも顔を赤くして下を向いていた。
何かと思ったら、よっちゃんが遠慮がちに教えてくれた。
「あの、美月ちゃん。……下着が見えてるの」
そういや、普通はジャージ履いてからスカート脱ぐんだった。いくら女の子しかいないからって、パンツ丸出しなんてはしたない格好して私ったら。
寮のお風呂ではみんな裸だけど、お風呂以外の場所で下着を見せるなんて、桐館女子として恥ずかしいことだ。
「やん、ごめん。見ないで、ごめん!」
わたわたジャージを履こうして足をひっかける私に、逆に「ごめんね、私が急かしたせいだ」と、むっちーが申し訳なさそうに言う。
全然むっちーは悪くない。私が考え事をしてたからだ。私が、ちょっと変だからだ。
なんとかモタモタと着替えを終える。少しきまずい空気が私たちの間に流れた。
「みなさん、そろそろコートの方へ向かいませんか?」
その声に、ハッとして振り返る。
長い髪をツインに結んだ、ジャージ姿の白兎さんが、輝かしい笑顔を浮かべてらっしゃった。
桐沢白兎さん。理事長のお孫さんで天使のようなお嬢様。私たち同学年の誇りであり、憧れの人。
東城先輩といい、白兎さんといい、我がテニス部は中等部きってのカリスマクラブ状態で、庶民の私は恐縮することしきりだ。
「は、はい! 行きましょう、行きましょう!」
むっちーが興奮した面持ちで白兎さんに頷く。よっちゃんは顔を赤くしてコクコクと何度も首を縦に動かしていた。むっちーはともかく、よっちゃんはかなりの白兎さんファンなので気の毒なくらい緊張している。
私はどちらかといえば東城先輩派だけど、もちろん白兎さんのこともすごく憧れだし、同じ部活で一緒に行動できるのがすごく嬉しい。
なにしろ私たちはまだ1年生。部活が始まる前にやることはいっぱいあるのだ。
コートのネット張り、安全確認、ボールの用意、ドリンクの用意。総勢9名の私たち1年生はコートの中を独楽鼠のように駆け回り、先輩たちをお迎えする準備をする。
もちろんこんな雑用を白兎さんにやらせるわけにはいかないので、彼女だけベンチで休んでいただいて、ドリンクも彼女の分を特別に用意して、よっちゃんが靴紐を結ばせていただいている。『白兎様は特別』っていうのがこの部の常識だ。何も不思議な光景ではない。
私たち平民の1年生だけで準備を進めていく。大変だけど、これから部活が始まるっていう気分が高まっていく。入部してそろそろ2ヶ月。先輩たちの顔と名前も全員覚えた。ランニングも完走できるようになった。ボール拾いもてきぱき出来るようになったし、そして嬉しいことに、先週から1年生もラケットを振らせてもらえるようになった。
準備が終わった後は、それぞれのマイラケットを取り出して素振りを始める。
このときはみんなの表情も輝く。自分のラケットを持てるようになって、ようやく、私たちもテニス部員なんだよって、胸を張って言えるようになった。あとはボールを打たせてもらえるようになったら、もっと楽しいんだろうなあ。
「おはよーございます!」
2年生や3年生の先輩たちが、次々コートにいらっしゃる。運動部では午後からでも「おはよう」が定番だ。
大きな声で挨拶するのも、最近は恥ずかしいよりもなんだか気持ちいいなって思えるようになった。先輩たちはいつも笑顔で応えてくれるし、時々「フォームがさまになってきたね」って褒めてくれる。
褒めていただけると、やる気がでる。先輩たちはいつも私たち1年に優しいし、指導も親切だ。こういう素敵な人たちが先輩だから雑用だって頑張れる。私も上級生になったら後輩にいっぱい優しくしてあげよう。良い先輩になろう。
たぶんこういうのが部活動の良いところなんだろうな。先輩たちが素晴らしいお手本になってくださるから、私たちも頑張って次の世代に繋いでいこうって思える。
実家の呉服店を継ぎたいって思うのと、きっと同じだ。最初は東城先輩をおそばで見たいっていうよこしまな気持ちで入部した私だけど、今ではテニス部にして良かったと心から思えるようになった。
むっちーと出会ったのもこの場所だし、良い先輩たちにも恵まれた。東城先輩はもちろんだけど、白兎さんにもお会いできる。
それに、ここには――。
「みっき、キョロキョロしてどうしたの?」
「えっ!? 私、そんなキョロキョロしてるかな?」
「してるよー。心ここにあらずだよ。ラケットはただ振るんじゃなくて、自分のフォームを確認しながらだよ。そこ大事だよ」
「う、うん。ごめんなさい」
テニス経験者のむっちーは私たちにとっては師匠だ。素直に反省する。
でも、そっか。私、キョロキョロしてたか。部活に集中していたら意識しないで済むかと思ってたけど……恋はそんなに甘くないよね。ううっ。
「どうしたの、みっき? 最近なんか変じゃない?」
「へ、変じゃないよぅ」
「……私も、じつはちょっと心配してたんだけど。最近の美月ちゃん、なんだかそわそわしてる」
「よ、よっちゃんまで。なんでもないったら」
むっちーとよっちゃんが、心配そうに私を見ている。二人には本当に申し訳ない。私がませた子なばっかりに、余計なことを気にさせてしまって。
「みっき。私たち親友じゃない。何でも相談して。私たちにできることない?」
「何か困ったことあるんじゃないの? 私たち、誰にも言ったりしないよ?」
本当にこの二人にはいくら感謝してもしたりない。親友のありがたさが身に染みる。涙まで出そうになる。
でも言えない。こんなこと言ったら軽蔑されちゃうかもしれないもん。
それに、二人だって初恋はまだのはずだし。相談してもきっと困らせるだけだよ。
「ありがとう……でも大丈夫。全然なんにもないよ」
「ホントに?」
「無理してない、美月ちゃん?」
「うん。無理なんてしてない。心配させてごめんね」
いつか二人に私の初恋について告白できる日が来るかもしれない。でもそれはきっと私たちがお墓に入る直前だ。中学生で恋なんて、私も大それた秘密を持ってしまったものだ。
あぁもう、早く大人になりたい。私に旦那様がいらっしゃれば、こんな苦しい想いをしなくて済むのに。
桐館学園大学部を卒業したら、お祖母様が良い縁を私に見つけてくださる約束になっている。この学園で女性としての嗜みと教養をしつけていただいて、お祖母様や母様のような立派な女将になるのが私の夢。
スポーツに青春をかけることができるのも今だけだ。
だから、精一杯がんばろう!
「おはよう、みんな」
どっきーん。
心臓が喉に詰まって死ぬかと思った。油断してた。
後ろからあの人が近づいてきているのがわかる。ご挨拶しなきゃ。ご挨拶しなきゃ。私は勇気を振り絞って振り返る。
「お、おおおおはようございます、吉岡コーチ……」
顔がかんかんに熱いんだけど、赤くなったりしてないよね? バ、バレてないよね? 普通だよね?
ラケットを胸に抱えて、ぺこりと下げた頭をなかなか上げられずにいる。その私の頭に、ぽんと大きな手のひらが乗せられた。
「おはよう、美月くん。今日もがんばろう」
え、今……なでなで……された?
思わず顔を上げると、吉岡コーチがとても優しい顔で微笑んでらっしゃった。このお方はいつも笑顔で私をパニックにさせる。
どうしよう。本当にどうしよう。
心臓、口から落ちちゃいそうだよぅ。
◇
俺の偽コーチっぷりももそれなりに板についてきたと思う。
といっても美月くんだけの専任コーチだし、ろくにテニスなど教えていないし、指導者ぶった顔をするのも厚かましいが。
「それじゃ、今日も美月くんのフォームをチェックしようか」
「は…はい……」
美月くんは、夢見心地のように瞳を潤ませ、ふらふらと1年生の素振りの列に戻る。他の1年生は、そんな俺たちのやりとりがまるで目に入らないように、淡々と素振りを続けている。
俺はここで毎日、他の生徒の指導など一切せず、美月くんに指導と称したスキンシップばかりしていた。普通のコーチならとっくに解雇か逮捕だろう。しかしここではどのような振る舞いも、篠原美月が許可すれば通常の風景として溶け込む。彼女は、俺が親しげに振る舞うことも、彼女にだけ指導することの不自然さも、そもそも桐館学園に男性職員がいるというあり得なさも、当たり前のことと誤認していた。
入部から2ヶ月。俺の体感している時間も同じくらい経過している。部活動で始まり部活動で終わるだけの短い1日だが、それでも2ヶ月分の生活実感はあるんだ。
どちらが夢なのか、そのうち区別がつかなくなるんじゃないかって怖さもある。お嬢様がおっしゃるにはそれこそ余計な心配らしいのだが。でもこんなことを続けていれば、まともでいるのも難しい。
毎日、まともではないコーチングを、俺は彼女にしているのだから。
「美月くん、フォームがきちんと見えるように、服を脱いで」
素振りを再開する篠原君に俺はあり得ない指示を出す。
彼女は、戸惑ったように俯いたあと、「は、はい」と蚊の泣くような返事をして、ジャージのファスナーを下ろし始めた。
◇
うう、やっぱり今日も脱げとおっしゃられた。
コーチはコーチなんだから、私たちのフォームが正しいかどうか確認するために服を脱がせるのは当然なんだけど、殿方の前で脱ぐのはいつまで経っても慣れそうもない。
お風呂とテニスコートでは、裸にならなきゃいけないんだよね? それが常識だもんね?
でも、うっかり更衣室で下着を見せてしまったときよりも恥ずかしい気がするのはなぜだろう。
さっき、むっちーとよっちゃんにもお披露目してしまったクマさんのパンツを、吉岡コーチにもお見せする。Tシャツを脱ぐとブラいらずの胸が丸出しになってしまう。
コーチは指導しているだけだし、こんなお子ちゃまの体になんて関心ないのはわかってるんだけど、やっぱり最後のクマさんを脱ぐのはいつものように緊張しちゃう。殿方に肌をお見せするのは結婚してからだって習ってきたけど、でも、これがテニス部の練習だし、いいんだよね? おかしくないよね?
コーチに、えっちな子だって思われてないんだよね?
「……えいっ」
思い切ってパンツを下ろす。でもこの角度だとコーチにお尻が丸見えだと思って、ハッとなって振り返る。
コーチは、横を向いて違うところを見てらした。
ホッとした。やっぱり、コーチは私のことなんて気にしてないよね。お子ちゃまだもんね、私なんて。うん。仕方ないよね。年の差あるし。
なぜか少し寂しい気持ちになり、パンツをくるくる丸めて畳んだジャージの上に置く。ソックスとシューズだけのすっぽんぽんになって、もう一度素振りをやり直す。
コーチはあんまり見てくれない。私が下手くそだからかなあ。さっきまでジッと見ててくださったのに、裸んぼうになった途端、チラチラと覗くように観察される程度で、きちんと見ててくれなくなってしまった。
恥ずかしくて、フォームが縮こまっちゃったせいかな? 自分でもわかるもん。全然腰が振れてない。
だって、裸になってるの私だけだし。他のみんなはジャージ着てるし。なんかずるい。私だけ恥ずかしいよ。コーチの命令だから仕方ないけど、みんなも脱いでくれないかなぁ。
「コラ」
てーん、とコーチの頭の上でラケットが弾んだ。
白兎さんが、後ろからコーチの後頭部にテニス部ツッコミをなさっていた。あれは意外とガットだけを上手く当てるのが難しく、失敗してフレームがどっかに当てると結構本気で痛いのだ。
「いつまで同じことやらせてるのよ、このロリコン。せっかく何でもありの夢の中なのに、あえて裸にしてスポーツさせて眺めるだけとか、逆にその道のプロっぽくて気持ち悪いじゃない」
白兎さんは時々、こうして吉岡コーチにタメ口をきいてらっしゃる。
もちろん彼女は『特別』だから何も問題はないんだけど、なんだか不思議だなって見るたび思う。
「しかし、まだ中学1年生の子にどうしろと?」
「どうもこうも、最終的にはセックスまでいくわよ。ちゃんと体を慣らしてあげなさい」
「そ、それは無理ですっ。美月くんの体が壊れてしまいます! あと俺の人としての倫理も!」
「あんたの倫理観なら最初から壊れてるでしょ、この淫行教師。パイズリJK大好き教師。ふふっ」
「……俺の権限で、お嬢様のPCとスマホに未成年フィルタをかけることも可能です。新しい言葉を覚えたからといって、ホイホイと口になさらぬように」
コーチと白兎さんの会話には知らない単語が多すぎて、何を話しているのか私には理解できなかった。
テニスって奥深いなあ。
「夢の世界で固いこと言うなってことよ。中学1年生の姿だって、彼女の夢でしかないの。現実の本人は15才の立派な乙女よ。セックスしたくらいで問題ないわ」
「いえ、十分に逮捕される年齢です」
「大丈夫。桐館学園は陸の孤島よ。オオカミが一匹、何人食おうがバレたりしないわ。あなたのような変態教師にはうってつけの場所じゃない。それより、もっと彼女にスキンシップしてやらないと。今は愛撫が必要なの。少しずつ心の深いところであなたを迎え入れさせるための前戯がね。美月お嬢ちゃんは純情可憐なのよ。じっくりと時間をかけて教えてあげなきゃ、いつまで経ってもあなたはこの子を支配できないわよ。ハイ、さっさとイタズラしてあげなさい」
「……わかりました」
吉岡コーチは立ち上がった。じっと見つめていたことがバレないように私は目を逸らす。
素振りに集中しなきゃいけないのに、どうしてもコーチの方が気になってしまう。真面目にやらないと、またむっちーに怒られちゃう。
でも、真っ直ぐに私の方へ向かってくる。意識しちゃって、また心臓がドキドキする。
コーチは、私の前で足を止めておっしゃった。
「美月くん……その、フォームを見てあげよう」
「え?」
そう言ってコーチは、私のすぐ後ろに立って両手を回してきた。
私の手の上からラケットを握り、ぴったりと背中にコーチの体を感じる。
「え、え、あのっ、コーチ!?」
「……すまない。このまま素振りを続けよう」
「でも…!」
「さあ、やってごらん」
「……は、はい」
コーチに言われるまま、私はフォアハンドのストロークをする。
は、恥ずかしいよぅ。
両手がガチガチに緊張している。背中に感じる男の人の体にドキドキする。う、上手くできないよぅ、こんなの。なんだか、すごくエッチなことしてるみたいだよぉ。
「……緊張しなくていい。体を、もっと柔らかくして」
「はいぃ……」
するなと言われても無理です、コーチ。私、男の人に体を触られるの全然慣れてないんです。
しかも、私だけ裸のときにこんなことされたら、ますます恥ずかしいです……。
「1、2、3、4」
1年生リーダーのむっちーのかけ声に合わせ、無理やり素振りを繰り返す。誰も私たちのことなんて気にしてない。でも私は練習に集中なんてとても出来そうになかった。
フォームもガタガタだし、心臓バクバクだし、コーチが支えてくれなかったら腰を抜かしてる自信あるし。
これ、いつまで続けなきゃならないんだろう。私、汗くさくないかな、大丈夫かな。
「ン、ンンっ」
白兎さんがニヤニヤと微笑みながら、私たちの前で咳払いをした。
「吉岡コーチ、篠原さんはひどく緊張されているようです。もっと体をほぐしてあげながら、コーチして差し上げてはいかがでしょうか?」
「……あぁ、そうだな。桐沢くんの言うとおりにしよう」
え、えええっ。
先生の手が私のお胸に回ってきた。膨らみかけて敏感な肌を、くすぐるように優しい手つき撫でていらっしゃる。
「くっ、はぁっ」
思わず声が出てしまった。ビリビリ、体に電気が走った。
「力を抜いて……痛かったら正直に言ってくれ」
「んっ、はっ、やっ……痛くない、ですけど……はっ、んんっ、くぅんっ」
痛くはない。本当に。
でもこの感覚は何だろう。私の知らない感じ。
さわさわと優しく触られてくすっぐたいけど、笑いたいっていうより、なんだか、どっかへ体が引っ張られるようなおかしな感じ。むずむずしたのが、私の胸と、あと、体の奥にあって、一緒にびりびり共鳴してる。嫌な感じ、じゃないけど、変な感じ。
コーチは、私の体に何したの? 何を教えてくれてるの?
「……痛くはないみたいだね」
お胸の先っぽが、寒いわけでもないのにピンと尖ってる。ゾクゾクしてるせいなのかな? コーチが、そこを指先でくりくりと撫でてくださった。体中に強い電気が走って、私の体がぴょこんと跳ねた。
「コ、コーチ!?」
いけません。よくわかりませんが、そこはいけません。
私の体はお胸の先から入ってくる電流攻撃に耐えきれず、コーチの指に合わせてぴょこぴょこと跳ねる。とても素振りには集中できなくて中止して欲しいんだけど、頭の中まで電流が走ってて、上手くコーチにご説明できない。
おもちゃみたいに、コーチの指先に操られている。
「あっ、あん! あっ、あっ」
口の中に溜まった唾がだらしなく垂れていく。みっともない。
みんな真面目に練習しているのに一人だけ変な声を出している。恥ずかしい。
なのにコーチはずっと先っぽをマッサージしてて、私はなぜかそれに逆らえず勝手に変な声が出ちゃうし、体が言うことを聞かない。
私のそこは自分でもわかるくらいに固くなってて、なんだか普通じゃなくって、全部の神経がそこに集まったみたいに敏感に、コーチの指に反応する。
「あんっ、あっ、コーチ……あんっ、コーチっ、あん、あぁ、あぁん!」
くりくり、こりこり、コーチはまるで遊んでらっしゃるのかと思うくらい執拗にそこばかりマッサージしてくださる。私はもう恥ずかしくてやめていただきたいのだけど、そんな失礼なこと言えるわけがなく、ただ恥ずかしいのを堪えて身もだえする。
「1、2、3、4」
むっちーはリズムよくステップを繰り返し、1年生はみんな真面目に素振りしてる。なんだか自分がはしたないことしてるような気持ちにもなるんだけど、どう見ても普通のテニスの練習でしかないのに、変な想像しそうになってる自分が余計に恥ずかしい。
コーチの腕が私のお腹の上に回り、腰を抜かしそうな私を支えてくれる。背中に先生の体を感じる。ていうかこの体勢、だ、抱っこされてるみたいなんですが、コーチ?
「ひゃうん!? あっ、あっ、あっ、んんっ!」
そしてお胸への攻撃はまだ続く。あ、攻撃なんて言っちゃ失礼だ。コーチは私にテニスを教えてくださってるのに。
でも、そんなにクリクリなさらないでください。つまんで引っ張ったりしないでください。
私、なんにも出来なくなっちゃいます。変な声出ちゃいます。コーチに……甘えたくなっちゃいます。
「1年生のみんな、ストーップ」
2年生の、津々良葉子先輩がラケットを上げて私たちを呼んでいた。
彼女は我がテニス部の次期キャプテン候補で、部内でも東城先輩に次ぐ実力をお持ちの方だ。
ショートカットでボーイッシュな顔立ちと、すらりとしたスタイルが格好良くて、私たち1年生の間でも部を超えて人気が高い。
お父様がご高名なカメラマンで、近く彼女の写真集を発表される予定だと聞いたことがある。でもみんなその発売を心待ちにしているのに、本人が恥ずかしがられて発売日を教えてくれないのだ。私たち絶対買うのに。
などと校内では有名な方のお一人なのだが、テニス部においては私たち1年生の指導を担当してくださっている頼もしい先輩だ。3年生や監督は中体連に向けての練習に集中しなければならないので、1年生の指導はトレーニングコーチや2年生リーダーが中心になるのが部の習わしだ。
みんなは素振りを止めて、そして先生も私のお胸を触るのを止めて、津々良先輩の方に注目する。
「フォアハンドはだいぶ良くなったよ。みんな真面目に練習してるみたいだね。えらいえらい」
お褒めの言葉をいただいて、みんなの目がキラキラ輝く。私も嬉しくなって、後ろから抱っこして支えてくださっている吉岡コーチの方を振り向いて笑った。
コーチのご指導のおかげです。感謝の気持ちを伝えたつもりだけど、なぜかコーチは気まずそうに笑うだけだった。
津々良先輩は、喜ぶ私たちに嬉しそうに微笑まれると、イタズラっぽく人差し指を立てておっしゃった。
「では、そんな君たちに今日はワンランク上の難しい技を授けよう。バックハンドだ」
ユニークな言い回しに私たちは笑う。そして、次のステップに上がれることに歓喜する。
さっそくお手本をやってみせてくれる津々良先輩のマネをして、ラケットを振ってみた。
わ、ホントだ難しい。なんだか体が上手に回らない。先輩たちはいつも普通に振ってらっしゃるのに。
「天宮寺、前に出て手本になってあげて。みんな、ゆっくりやってみるよ。はい、1、2、3、4。基本どおりに、きちんと。みんな、隣の人のフォームも見てあげてね。1、2、3、4。樋口、ラケット下がってるよ。焦らなくていいからねー。わかんなくなったら、手を止めて天宮寺のフォーム確認して。1、2、3、4。正確に、ゆっくり、最後まで振り切って。1、2、3、4」
みんな、真面目に素振りを開始する。津々良先輩が手を叩いてリズムを取りながら、私たちのフォームを修正して歩いてくださる。
テニス歴3年のむっちーがお手本になり、ゆっくりしたペースで、ステップを踏むようにフォームの流れを覚えていく。間違ったフォームを身につけると修正が難しい。最初にフォアハンドを教えてもらったときにもそう言われた。だから、一生懸命覚えないといけないのだ。
「あっ、あっ、そこ、いけません、コーチっ。あっ、あっ、あぁぁん!」
なのに、私はコーチにお股の近くをさわさわと撫でられただけで、変な声を出してしまうのだ。
「だ、だめぇん」
コーチの手が太ももの付け根のあたりを撫でると、びくんと体全体が跳ねる。
自分の意思でしているわけじゃないんだけど、なんだか声がどんどんはしたなくなっていく。
「はっ、はぁっ、あはぁっ、あぁっ……」
力が入んなくなっちゃう。先生の手が、私のばっちいところを触ってる。剥き出しの私のそこを、コーチはつるつる撫で回してらっしゃる。いけないのに。コーチのお手を汚してしまう。そんなところまでマッサージしていただくてもよいのに。
「そこ、いけません……汚らしいとこですから、コーチぃ……あ、あぁん!」
上手く舌が回らなくなってきた。男の人の手は大きくて温かくて、そのような手で撫でられると私の体までポカポカ暖かくなっていく。
頭もぼんやりしていく。でも眠いのとちょっと違くて、体はお風呂上がりみたいにポッポしてる。先生の指が私の割れ目のとこをなぞって、そのたびにゾクゾクするし、ハラハラする。
おしっこ出ちゃいそう。なんでぇ? どうしてこんなときに。
なんだかすごくムズムズする。本当におしっこなの、これ? 上手く言えないけど、なんか、お腹の中が変だよぉ。
「篠原、なにやってるの?」
「え、あ、ひゃい!?」
目の前に津々良先輩が立っていた。すっかり素振りを忘れていた私は、慌てて気をつけする。
吉岡コーチも、驚いたような顔をされていた。
「ダメじゃない、そんなフォームは教えてないわよ」
「す、すみません、津々良先輩! 私、その、あの……」
「いいから、私のやるとおりになさい。足をそろえて、お尻を突き出して」
「はい!」
津々良先輩は、私に見やすいように真横を向いて、お尻をツンと突き出した格好をされた。私も急いで真似をする。
そうしたら、ぴとっと、後ろに立ってらっしゃる吉岡コーチの太ももにお尻をぶつけてしまった。
「きゃっ!? すみません、コーチ!」
「いいのよ、篠原。そのまま吉岡コーチにお尻を支えていただきなさい。コーチはもっと足を広げて、腰を落としてください」
「……ひょっとしてお嬢様ですか? 津々良くんにしてはおかしいと思ったら……」
「なんですか、コーチ? 何か私の指導におかしなところでも?」
「いえ、なんでもありません。ただ、他人の体を乗っ取って遊ぶのはあまり趣味がよろしくないかと」
「お黙りなさい。篠原、いいから私の言うとおりにするのよ。そのままコーチの腰にお尻をくっつけて。こうよ」
「は、はい」
津々良先輩が、形の良いお尻をツンと後ろに突き出す。
同じように私もお尻を突き出すと、コーチの腰のあたりにぶつかった。
なんだか、固いものがちょうどお尻の真ん中に当たってた。
「ふふっ、それはコーチのラケットよ。どう、感触は?」
「えっと、固くて、太いです。それに、ポカポカしてます」
津々良先輩は愉快そうに笑う。コーチは何もおっしゃらずに咳払いを何度もされた。
「いいわよ、篠原。それじゃ、そのグリップを擦るようにお尻を揺すって。こうよ」
「はい」
先輩のお尻は、ダンスを踊るように器用に動いた。
私も真似してお尻を振ってみるけど、なかなか同じようにはいかない。コーチのラケットをぐりぐり擦るだけで、なんだか私のお尻もちょっぴり痛い。
コーチがくぐもった声を出された。
「もっと、こうよ。回すように腰を動かして。お腹の筋肉とかも使うの。アップ、ダウン。ロール。そしてシャッフル」
先輩は本当に器用にお尻を動かしてみせてくれた。なんだかとても色っぽく見えて素敵。やっぱり2年生って大人だなぁ。
私が同じことしようとしても、どうしてもアヒルのお散歩みたいになっちゃう。コーチも私の動きにご不満なのか、びくん、びくんと、何度もグリップの位置を変えてらっしゃった。
「いいわよ。ほら、もっとよく見せてあげましょうか。私のお尻をごらんなさい」
津々良先輩は私にお尻の動きをよく見せるために、ジャージと下着を足首まで下ろしてくださった。
つるりと健康的なお尻があらわになって、一瞬、私もパッと顔を隠してしまったが、よく考えれば私も裸んぼうなんだし、テニスの練習中に服を脱ぐのも全然おかしなことではないはずだった。
「あなたも、見ていいわよ」
先輩はコーチの方を見てニッコリと笑い、お尻を艶めかしく動かし始めた。
コーチがきゅっと私のお尻を強く握るものだから、「きゃん」と思わず悲鳴が出てしまった。
「お嬢……津々良くん。はしたない真似は…っ!」
「あら? どうしたんですか、コーチ? 私は篠原に指導してあげているだけです。コーチだって彼女にいろいろと『ご指導』している最中じゃないですか?」
「あなたまで、そんなはしたないことをする必要はないんです!」
「ふふっ、おかしなコーチ。何をそんな慌ててるんですか? この体は私のものじゃないですよ? この顔だって私の顔じゃないでしょう? 何か問題でも?」
「逆に問題が多い気がするから止めてください!」
写真集が出るという噂もあるだけあって、津々良先輩はお尻まできれいな肌をしていた。それに、細くて長い足とプリンと張りのある丸いお尻は、まだまだお子ちゃま体型な私には羨望のスタイルだった。
先輩のお尻の動きを一生懸命にマネをする。ゆっくりと8の字を描くようにコーチをグリップを擦ったり、細かく揺すってお尻を押しつけたり、難しい動きが多くて大変だけど、先輩においていかれないように必死に動かす。
「んっ、んっ、んっ、んっ」
足が疲れて汗が出てくるし、なんだかお尻のあたりも汗で濡れてきて、コーチのズボンを濡らしてしまわないか心配なんだけど。
お尻が熱いし、息も荒れてくる。コーチもはぁはぁ息を乱してらっしゃるようだ。
バックハンドって、なかなか大変で難しい。
「いいわよ、篠原……だいぶバックスタイルが上手くなってきたわね」
津々良先輩はとうとうジャージの上着を脱ぎ、ぷるんとお椀のような胸まであらわになさった。
「お嬢様…ッ!」
「暑いのよ。いいから、あなたは篠原の腕を握って上げなさい。篠原、コーチがあなたの上半身を支えてくださるから、お尻を思い切ってコーチに押しつけてグリグリしてあげなさい」
「はい!」
「お尻の奥までぴったり押しつけるのよ。割れ目を広げるつもりでね。こうやって」
津々良先輩は、ご自身の手でお尻をお広げになり、私たちにその中心の窄まりを見せつけた。
コーチは何か慌てておっしゃってたけど、早口すぎて「ふじこ」しか聞こえなかった。
「いいじゃない。私の体じゃないもの。遠慮しないですみずみまでご覧なさい……なんなら、触ってもいいのよ?」
「冗談じゃありません…ッ!」
コーチはなぜか慌てふためき、津々良先輩はそれを面白そうに笑い、私はなぜか疎外感を覚えて寂しくなった。
私も頑張ってるんだけどなあ。えいえい。
コーチに強くお尻を押しつけ、思い切って振り回してみた。コーチが私の両腕を握っててくださるから、お尻の方を大胆に動かしても転ぶ心配はなかった。コーチのグリップがぐりぐりってなって、切羽詰まったような声を出した。
「やるわね、篠原。でも、もっとよ。あなたのアソコを、グリップに擦って」
下の方を意識するように腰を動かした。すると、ぴりぴりって、なんだか変な感触がした。
そのまま同じところを擦ると、ジーンと痺れるような感じが強くなって、なんだか体がポッとなった。
「美月くん…ッ!」
コーチが私の名前を呼んでくれた。嬉しくなって、もっと擦った。
さっきコーチが触ってくれた場所だった。だからなのかもしれないけど、すごくコーチの体に反応して、私の口からも「あんあん」おかしな声が出た。
「私も手伝ってあげよー」
「ちょ、お嬢様!?」
津々良先輩が、私のお尻を押しのけるようにして隣に並んだ。
ぴったりと先輩と私のお尻がくっつき、一緒になってコーチのラケットを擦り始めた。
「いけませんよ、そんなの! 離れてください!」
「ふふっ、だーかーら、津々良先輩の体なんだから気にしなくていいって言ってるでしょ。あなたも楽しみなさいよ。津々良先輩のご自慢のお尻よ? ほらほら」
「くっ……悪ふざけは、やめ、てください、お嬢様……っ!」
「お嬢様じゃないでしょ、バカ……んっ、いいから、私の腕をとりなさい。そして……もっと強く押しつけなさい」
あの形の良いお尻を肌に感じていらっしゃるのなら、きっと相当気持ちいいんだろうな。ちょっとコーチがうらやましい。
津々良先輩は腕を後ろに伸ばして、コーチに掴むように命令する。そう、命令口調だ。
コーチは私の右手を離し、津々良先輩の腕をとった。私たちのお尻がコーチの腰に強く押しつけられ、そして津々良先輩のますます激しくなるヒップにつられて私も急いでコーチのラケットをお擦りする。
「んんっ、んんっ、どう、コーチ? あなたの教え子のお尻の味は? 私たち、いい選手になれそうかしら?」
「おふざけは、ほどほどに、してください……っ、こんなこと、もし総帥の耳にでも入ったら……」
「バカね、ほんと。ここは、んっ、篠原さんの夢の中じゃない。んっ、んっ、それに、私も今は津々良先輩の体だわ。あなたの無礼も、今だけは見逃してあげる。ふふっ。んっ、んっ、じっくり楽しめばいいじゃない、女子中学生へのイタズラを。ふふっ」
「……お嬢様は、お嬢様ですっ! どんな姿をされようが、俺にはあなたが本物の白兎お嬢様にしか見えないんです!」
津々良先輩のお尻がピタと止まった。
ふと横を見ると、先輩の顔がみるみる真っ赤になって、唇もぷるぷる震えていた。
いったいどうしたんだろう? と、思ったら先輩は急に猛スピードでお尻を動かし始める。コーチが「うぅっ!」って切羽詰まった声を出していた。
「バカ! バカ恭一! 恥ずかしくなるようなこと言わないでよ! 私は白兎じゃないの津々良先輩なの! いいからさっさとイきなさい、ばかぁ!」
「お、お嬢様、やめ……っ!」
「篠原、ボサっとすんな! あなたも早くこのバカをイカせるの! 津々良先輩の言うことを聞きなさい!」
「は、はい!」
なぜか津々良先輩に怒られてしまい、私も慌ててお尻を振った。
イカが何の関係があるかわからないけど、とにかくコーチの腰にぐいぐい押しつけて、隣の先輩のお尻に負けないように、大胆にお尻を振った。
「んっ、ふぅっ、んんっ……もう、バカ恭一……私は、津々良葉子なの。桐沢白兎が、あんたなんかに、こんなエッチなご奉仕するわけないじゃない……バカ……あんっ、ほんと、んっ、どうしようもない人……んっ、あんっ、あぁっ」
隣の津々良先輩の息が妙に甘く感じられた。なんだか私も、コーチの熱いラケットから体温を分けていただいたみたいにお尻が熱くなってきた。
胸もどきどきしてきたし、汗が……おまたのあたりまで濡らしてきて、なんだか恥ずかしい気持ちになる。
「だ、だめです、お嬢様……本当にもう、勘弁してください……っ!」
「あん、篠原、もっとよ……んんっ、もっと、擦ってあげるの。私と交互になるように、上下に素早く……私と反対回りで、お尻をぐるぐる……んんっ、いいわ、そんな感じ……恭一の、どんどん熱くなってく……あっ、あんっ、あぁっ」
「はい、先輩……んんっ、んっ、あっ、や、なんだか、ラケットがどんどん太く……あんっ、あんっ……熱い、ですぅ……」
なんだか頭がぼーっとして、あんまり考えられなくなってきた。
コーチのラケットの熱と、隣の津々良先輩の甘い吐息と、胸の奥が痺れるような高まり。
体は辛くなっていくのに、なぜか止める気になれなかった。もっとコーチに接していたいたい。この人の体に触れたい。もっと……私のプレイで楽しんでいただきたい。
コーチが喜んでくれているのがなぜか私の肌には感じられた。私は正しくできている。もっとできるはず。そしてそうすることによってコーチも喜んでくれる。
ただのレッスンなのはわかっているけど、このバックハンドの練習は好きになれそうな気がした。もっともっと練習して、コーチにも手を取っていただいてお尻をふりふりしたい。なんだかコーチに甘えているみたいな、子猫になってじゃれてるみたいな、楽しくて甘酸っぱい気持ちになれる。
隣の津々良先輩の方を見ると、彼女も顔を赤くてして、ぼんやりしたような目で、舌までちょっぴり出していた。
そして私も、きっと同じような顔をしている。なんだか口元が緩くなって、唇閉じてられなくて、はしたないと思うんだけど、でも気持ちよくって止められない。
私たちは3人は無言でお互いの腰を擦り合わせ、夢中になってバックハンドの練習をした。
「1、2、3、4」
むっちーのかけ声でラケットを振るみんなとはちょっと練習内容が違うみたいだけど、こっちの方が絶対楽しいと思うし、できれば他の人と交代なんてしたくない。このチームにいさせて欲しい。
一生懸命にお尻を振る。コーチがラケットをビクビクなさる。逃げられてたまるかと思ってグイグイ押しつける。こっちが心配になるくらい、コーチのグリップのとこが熱い。そのせいだと思うんだけど、私の体まで熱い。変な感じがする。頭がぼーっとなる。
自分の体が、おかしくなってく気がする。
「んっ、んっ、イクの? イクのね? 篠原さんと、私の……津々良先輩のお尻で、イクのね? んっ、いいわ。あんっ、イケば、いいのよ、あなたなんて……エッチなんだから……」
「お嬢様……もう、だめです、本当に……っ」
「コーチ……先輩……私、なんだか体が……」
「んっ、んっ、ダメよ、まだ……この人がイクまで、終わっちゃだめ……そんなの、ダメなんだから……んっ、んっ、んっ、んっ!」
津々良先輩がスパートをかけるようにお尻を振り出す。私も一生懸命に先輩についていく。足手まといになりたくない。コーチと先輩を失望させたくない。
私はちゃんと、バックハンド出来るもん!
「んっ、んっ、んっ、んっ」
「その調子よ、篠原さん……もっと、もっとよ! あぁ、恭一、早くイキなさいっ。イッて! 篠原さんと、私のお尻でイクの、恭一! あぁ! もうイッて! イッて! 私のお尻でイッて、恭一ィ!」
どくん、とコーチのグリップが跳ねた。どくん、どくん、何度も跳ねて、私のお尻が軽く叩かれた。
熱い。すごく熱い。
立っていられなくてその場にしゃがみ込む。いつの間にそんなに疲れてたのか、夢中だったから全然気づいてなかった。肩で息するほど呼吸は乱れ、腰が痺れてじわじわしてた。いつもの練習疲れとちょっと違って、心地よいんだけど、なんだか少し物足りないような、体の奥が乾いてるみたいな不思議な感じ。でも、イヤな気分とかでは全然なかった。
そうだ。津々良先輩とコーチにお礼を言わなきゃ。難しかったけど楽しいバックハンドを教えてくださったお礼を。
だけど私の隣でハァハァ息を乱している裸の子は、津々良先輩ではなかった。
桐沢白兎さんだった。
あれ? 私にバックハンドを教えてくれてたのは津々良先輩で……あ、いや、違った。そうだ。最初から白兎さんだった。あれ、どうして私はそんな勘違いしてたんだろ。夢でも見てたのかしら。
「……ふぅ」
白兎さんは、私の方など目もくれず、コーチの方を振り返った。長いツインテールをかき上げ、唇に張り付いた髪をよける仕草は、なんだかすごく色っぽく見えた。わあ、すごくお肌もきれい。おっぱいも、ちょっぴり膨らんでて可愛らしい。目が離せない体だ。
コーチは、コートに手をついて呼吸を乱してらっしゃった。
「――この、淫行コーチ」
「ぐはっ!?」
目の錯覚だろうか。
剣のようなものが、コーチの背中に突き刺さった。
「変態、ロリコン、無礼者。この私が傷物にでもなったら、あなたなんかに責任取れると思ってるの?」
「うっ、ぐっ」
短剣は容赦なく何本もコーチの背中を突き刺した。気の毒なくらいコーチは萎んでらっしゃった。
白兎さんは、そんなコーチに何か言いかけたのを飲み込み、赤いほっぺの真ん中で唇をむにゅっと尖らせた。そしてご自身の脱ぎ捨てたジャージを胸元にかき集め、可愛らしいお舌をベッと突き出した。
「……えっち!」
そして白兎さんは項垂れるコーチを置いていくように私の手を取り、「行きましょう、篠原さん」とおっしゃった。
いつの間にか他のみんなは監督に呼ばれて集合しており、私も自分のジャージをかき集めて慌てて白兎さんと一緒に集合した。
彼女はなぜか私の手を握ったままだった。横顔はほとんどツインテールに隠れて見えないけど、私の手を握り続けるそのひたむきな緊張には身に覚えがあるような気がしたので、私も強く握り返して差し上げた。
白兎さんはずっと、俯いてらっしゃった。
コーチもずっと、「OTL」のような形で、すみっこで彫像になってらっしゃった。
< つづく >