プラーナの瞳 第7話

第7話

 夢なんて、いちいち内容も覚えていないが、嫌なものを見て冷や汗をかかされたことなら何度か。だいたいが、お嬢様が出てくる夢だ。俺にとっての理不尽の象徴ということかもしれないが、いい夢になったことはない。
 だが夢は記憶で作られるそうだ。どんなに恐ろしくても、あるいは奇想天外の傑作でも、結局は自作の妄想。目を覚ましたら一笑するしかない。その程度のものだ。
 ただ、そこが他人の夢の中だとしたら慎重になったほうがいい。
 夢はあくまで個人の世界。秘やかな想像の寄る辺。他人が土足で入ることを許される場所じゃない。そこでの体験は、自分の想像を軽く超える。

 俺は今、『篠原美月』の夢に潜っていた。彼女の記憶を深く探っている。
 海のそばの古い街。
 篠原美月はここで生まれた。大人になる前に街を出て、桐館学園で俺と出会った。
 その時間軸を彼女の記憶の中で遡る。
 俺と出会う前の美月ともう一度出会う。
 家業の勉強を始めたばかりの、幼い彼女だ。

「美月。こっちに来てお座りなさい」

 お祖母様に促されて、座布団に正座する。
 篠原家の一人娘で、老舗呉服店『鎌倉しのはら』九代目の将来が決まっている私に、お祖母様は何度もこの店の歴史を聞かせて下さる。
 正直言うと聞き飽きた部分もあるのだけど、お祖母様やその前の前の前のずっと前のご先祖様から積み重ねてきた大事なことなんだから、怠けちゃダメだと思う。
 お祖母様の話はいつも真面目に聞いて、真剣に考えることにしている。小さい頃は駄々をこねて嫌がったけど、今はこれが大切な話だってわかっているつもり。
 昨日、10才の誕生日を迎えた。そして私は、桐館学園というところの初等部に編入することが決まった。
 私立の女子校で、「格式」というのがすごく高い学校だそうだ。お祖母様もお母様も初等部から通っていたというし、篠原の家を継ぐにふさわしい女性になるために良いものがたくさん学べるというので、私もそこに入るためにがんばって勉強して、受験に受かったのだ。
 お母様はとても喜んでくれた。たくさん学んで、立派な女性になってきなさいと言われた。お父様は寂しくなったら帰ってこいと泣きそうな顔でおっしゃってたけど、お祖母様はそんなお父様を叱っていた。
 私なら大丈夫ですよ、お父様。
 家族も友だちもいないところへ一人で行くのはちょっぴり怖いけど、私だって篠原の娘だもん。立派な跡継ぎになって帰ってきますよ。
 この家に染みこんだたくさんの時間と人の匂い。
 私は、ここを守るために生まれてきた娘だ。大好きな家だ。

「――きみは、自分の人生をその歳で決めていたのか?」

 ハッとして目を上げると、お祖母様の座っていた場所に、知らないおじさ――お兄さんが、腕組みして座っていた。
 スーツが似合うしっかりした体の人で、ちょっと怖そうだけど、ちょっとかっこいい。そんな人が驚いたような顔で私を見ていた。

「いや、見事だ。じつを言うと、せいぜい子供心を親につけ込まれて、意味もわからず承諾させられたものかと思っていたが……きみは自分の家の重さを十分に理解した上で、きちんとそれを背負う覚悟を持っている。とても美しい心だ。感心した」

 目を細めるとなんだか鋭くて怖い顔になるけど、その人は別に怒ってるわけでなく、なんだか逆に、私のこと褒めてくれているような、感心しているような、そんな感じ。

「きみの家族も、幼い頃からちゃんときみを一人前の人間として扱い、きみ自身に考えさせて、将来を決めさせた。感服したよ。これが篠原家の歴史か。家を継ぐというのは、こういうことなんだな」

 そして、急に柔らかい顔になったと思ったら、少し寂しそうに笑った。

「……俺も、親父に料理の一つでも習っておけばよかった」

 そんな表情をすると、なんだか優しそうにも見える。
 でも、初めてお会いする方だ。
 お祖母様はどこに、いつの間に消えてしまったんだろう。
 この人がお客様なら、私がお相手しなければならないのかな。お茶をお出ししないとダメかな。

「俺というやつは、やはり篠原美月という人間をまるで理解していなかったようだ。今さら失礼な話だとは思うが、もう一度最初からやり直させてもらいたい」

 他に誰かいないのかと周りを見渡す。お祖母様のお部屋は家でも一番風通しもよく、お庭もきれいに開けて見える。
 でも、ここにお祖母様もお母様もお父様もいない。お店の人も見当たらない。私と知らないお兄さんの二人だけだ。
 じっと私を見つめるその瞳は、なんとなくだけど、どこかで覚えもあるような気がする。なんでだろう。ちょっとドキドキもしている。
 落ち着かなくって、畳を撫でちゃう悪いクセが出てて、お行儀悪いなって思ってやめる。お兄さんはそんな私を優しい目で見ていた。でも、不意に悲しそうに眉間にしわを寄せた。
 と思ったら、すぐにそんな表情を消して、真っ直ぐに顔を上げて私を見た。

「俺の名前は吉岡恭一。今から五年後にきみと出会い、きみを陵辱する男だ。俺の目的は――お前の全てを奪い、俺のモノにすること。美月、お前は俺のオンナになるんだ」

 私は背筋を伸ばした。
 りょーじょくって、なんのことだろう。
 この人のオンナに?
 お祖母様は、もう私の夫になる人を見つけてくれていたのかな。そういうことなのかな。
 でも新しい学校に行くこと決まったばかりなのに……ん、でも、なんだろう。なんか違う。
 なんだか変だよ、この人の言ってること。
 ざわ、と腕に鳥肌が立った。
 私の全てを奪うと、この人は言ってなかったか?
 ざわざわ、と遅れて怖くなっていく。
 奪うってどういうこと? 何を取られちゃうの?
 私は桐館学園に行けなくなるの? お祖母様やお母様たちがいなくなるの? お友だちとも会えなくなるの?

 この家を……取られちゃうの?

 ざわざわざわざわ、肌がむず痒くなっていく。
 怖いのと、焦っちゃうのと、早く逃げなきゃっていう気持ちが……混ざって沸騰して、すっごく腹が立ってくる。
 なによコイツ? 何を言ってんの?
 私、すっごく頭にきてる。男子にお祖母様のこと鬼ババって悪口言われたとき以来かも。
 ふざけないでよ。私だって、そういうこと言われたら怒っちゃうんだからね。
 本気で頭にきちゃうからね。

「俺も覚悟してきた。お前を手に入れるために、戦う覚悟をな……来いよ」

 目の前の人は膝を立て、腰を浮かせて身構えている。
 相手は大人だから、ケンカしても私は普通に負けるに違いない。
 でも関係ない。なめられてたまるか。
 私はこの家の看板を守るために生まれてきた娘だ。鎌倉しのはら九代目だ。

 それを奪うというなら―――オマエ、コロスゾ

 覚悟してきたと言ったが、それはちょっと、反則だろう。
 目の前で膨らんでいく膨大な『敵意』に後ずさった。
 篠原美月の着ていた地味な着物の、菖蒲の花模様がグネグネと動いて伸びていく。鞭のように鋭くどす黒い凶器となって彼女の全身を覆い、花弁を開いて猛獣じみた声で唸る。
 幼く愛らしかった美月の顔が般若になり、スッと立ち上がったと同時に、畳から襖から天井から、黒い人影が湧いて降ってくる。
 テニス部時代の《夢渡り》で見た、ゾンビのような着物の人影。それは彼女の「家」の歴史が、怒りを示す姿だ。
 影は弓を構えて、俺に向けて容赦なく射かけてくる。

「ッ!?」

 横に転がって交わした背後で、深々と刺さった黒い矢が黒い煙を上げた。
 抑えきれない彼女の怒りをその禍々しい武器に感じる。俺を殺すだけでは足らず、惨たらしい痛みも与えたいと願う狂気。今の彼女の感情にブレーキが効かなく、怒りを膨らませていく一方だ。
 部屋から転げ逃げた俺を追って影と矢が飛んでくる。庭の池の水が間欠泉のように噴き出し、庭石が浮かび上がって俺の頭上を掠めて飛ぶ。
 槍になって伸びてくる庭木の枝をかいくぐり、巨大な牙を光らせて閉じる門をなんとかくぐり抜け、篠原の実家を脱出する。

「あああああああッ!」

 幼子のような叫びが、家の中から響いてくる。
 激しい怒り。そして悲しい声だった。

「わああああああああああああああああああああああッ!」

 奪う者への怒りと、奪われてしまったモノへの慟哭。
 夢の中の彼女は思い出したんだ。
 俺と――俺にされてしまったことを。
 あまりにも悲しい声に、心臓がギュウギュウ縮まるような気がした。今すぐ彼女の元に戻って、地を舐めて土下座したいと思う。
 だが、それよりも速く圧倒的な敵意が俺に襲いかかる。
 美月の実家を中心に空も渦巻いていく。夢は怒りに染まって破壊衝動の悪夢となる。
 地割れを起こす商店街を駆け抜けながら、俺はお嬢様の言葉を思い出す。

(夢の深いところにいる彼女は、夢を自分の味方にして抵抗してくる。それがどんな形で現れるかは、私にもわからない)

 篠原美月は今、記憶と夢の深いところで幼い少女に戻っている。幼い感情の爆発にルールはない。
 敵意。ただひたすらに敵意を俺に向けて爆発させていた。
 影が次々に湧いてきて、鎌倉武士の霊となり、俺に斬りかかってくる。割れた地面のそこから火が噴いて、空から滝が落ちてくる。
 しかし幸い、篠原美月はケンカの仕方を知らない素人娘だ。
 湧き上がり続ける攻撃も、子供がデタラメに腕を振り回して怒るのと同じで、見るところを見れば次の予兆に気づける。
 影は律儀に浮かび上がってくるモーションがあるし、地割れもヒビの音から始まるし、空も雷雲を轟かせてから乱れを生じる。
 怒り任せに「こうすれば怖いだろう」と小娘の考える発想を形にしただけで、俺を瞬殺しようという冷酷さも計算も持ち合わせていない。
 先ほどの黒い矢もそうだ。俺に痛みと恐怖を味あわせようという欲目が、余計な演出を夢に与えて逆に逃げる猶予を与えてくれている。
 お嬢様が、八つ当たりで俺に投げつけてくるものを避けるのと同じ要領で十分だ。
 見えてしまえば、恐れも消える。この波状攻撃をかいくぐっていけば、再び美月の元へ戻って彼女を屈服させることも出来るだろう。
 鎌倉の海に辿り着く。忠実に都市を再現した彼女の夢の中で、俺は彼女の実家へ向かう別ルートを思い浮かべる。あえて最短ルートを避けて逃げてきたのは正解だった。右手にナイフを《出現》させながら、もう片方の手でネクタイを緩める。
 ここからが反撃だ。待っていろ美月。
 そう思って振り向いた俺の足を、巨大な地響きが止めた。

「……それは、本当に反則だ」

 大きな影で俺をすっぽりと覆い、大仏が近づいてくる。
 鎌倉彫の鳳凰が飛び交い、鋭い鳴き声を立てている。
 鎧武者が騎馬の隊列を組んで大仏の前を進み、海の向こうからは黒い大船団が煙を上げて迫ってくる。
 子供の暴力は容赦を知らず、膨らむ想像力は破壊力となってどんどん進化を続けている。手順もスケールも幼稚な発想なのに、幼稚ゆえに限度を知らない。

 右手のチャチなナイフは、邪魔なだけなので捨てることにした。自分の浅はかな読みと覚悟も後悔とともに捨てた。もう逃げ回るだけだ。夢を相手に戦う段取りなど、まるで意味のないことだと知った。
 俺は、ここで死ぬかもしれない。

 さっさと死ねばいいのよね。
 恭一は、私のベッドの上で奇妙な痙攣をしている。さっきはおかしな唸り声も上げていた。
 悪い予感はやっぱり当たり。コイツ、絶対余裕こいて舐めてた。
 使えない使えないと思いながら十数年もガマンして使ってきてやったというのに、やっぱり使えないまま死んでしまうのね。逆に驚きよね。この進歩のなさ。
 だいたいこの男は私の言いつけを覚えようという気持ちすらないのよ。何のためにこの私がわざわざ同伴までして《夢渡り》を教えてやったと思ってるのかしら。
 どうせ、「俺は自分のしたことをきちんと説明して正々堂々とガチンコで篠原さんと戦ってから、夜のガチンコがしたいっす」みたいなこと考えてたんでしょ。
 マジきもい。
 男はもっと賢くて器用に立ち回れるようじゃないとダメね。せっかく私がいくらでも女を騙せるアイテムをくれてやったというのに、何でわざわざ正直に向かい合って殺されてやる必要があるのかしら。そこに理論的な説明を求めても無駄かしらね。無駄なのよね、きっと。
 本当にバカ。むかむかする。
 だいたい、なんで篠原にそこまでするわけ。私以外の女に命賭けるなんて自分の仕事を何だと思ってんの? バカなの?
 なんだか本当に情けなくて嫌になる。恭一は、そんなかわいそうな私の気持ちも知らずに、「ぐぬぬ」なんて言って呑気にうなされている。
 ぐぬぬじゃないわよ。死ぬなら静かに死んでよ。
 あーあ、やんなっちゃう。
 うなされる恭一の隣に寝っ転がって、天井を見上げる。
 こうしている間にも世界情勢はめまぐるしく変化しているし、桐沢家の繁栄のために考えなきゃならないこといっぱいだし、私の個人資産の方も運用先を見直しときたいし、FPSでチーム組んでる皆さんに今日はログインできませんとメッセしなきゃならないしで、とにかくやることいっぱいあるのに恭一のせいで何にもできやしないわ。
 もう本当、死ねばいいのよ。
 鼻をぶいっと摘まんでやると、恭一はふごっと唸って、ビクンてなった。
 あはは。面白い。
 耳の中に指を突っ込むと、「ひぃ」って悲鳴上げて足をバタバタさせる。
 やだ、面白すぎ。
 脇腹をツンツン突いてみる。首のあたりをコチョコチョしてみる。私の髪先で鼻をくすぐってみる。
 恭一の胸板は、驚くほど厚くて硬かった。
 これは私を守るために作られた体だ。耳を当てると、心臓がトクトクと忙しなく動く音が聞こえる。これも私のために戦う心臓だ。腹筋も見事に割れているのがワイシャツ越しでもわかる。
 男なんて筋肉しか取り柄がないくせにすぐに女を見下すから嫌いだ。世の中の男なんて優秀な精子だけ冷凍庫に残して滅せよというのが私の信条だ。
 でも、この体は別に不快じゃない。大きなこの手が、危険な武器になって暴れる場面を何度か見たことがある。もちろん私を守るために。
 野蛮な男は嫌い。でも恭一ひとりぐらいだったら、私の近くにいさせてやっても別にかまわないと思う。
 そもそも恭一は私のものだ。お祖父様は、コイツを私の好きにしてよいとおっしゃった。だからこの肩も腕もお腹も顔も私のもの。恭一をどうするかは私が一人で決めていい。私だけのもの。
 その恭一の体が今、変な形にねじれてる。
 人が夢で死ぬっていう話を私もお祖父様から聞いただけだから本当に死ぬのかどうかは確信がない。お祖父様だって死ぬかと思ったことはあるそうだけど、今もピンピンしている。
 もし恭一がこれで死んだら、私は夢死にというのを目撃した初めての人間になるのかしら。面白いけど、あまりパーティ向きの話題じゃなさそうね。
 なんだか呼吸がヒーハーしてる。顔っていうか、体全体的に変な色で気持ち悪い。
 どうせ舞台が鎌倉ということで、大仏あたりに締め上げられて鎌倉彫の鳳凰とかに目ン玉つつかれてる夢でも見てるんでしょう。
 バッカみたい。恭一にはふさわしい死に様ね。
 ふぅ。
 本当に世話のやける坊やだわ。
 こんなところで本当に死なれてしまっては私の今夜寝る場所がなくなるし、次のボディガードを探すのなんて面倒くさそうだし、なにより、今さらあなた以外の男なんかに目の前をウロチョロされたら私が気持ち悪いのよ。
 だから、助けてあげる。しょうがないから、一度だけ私が手を貸してあげる。
 特別サービスで、あなたが、どうしてもそこから生きて帰りたくなるようなこと言ってあげるわ。

 彼の耳元で私はささやく。
 ついでに、その耳たぶをガブッと齧って腹いせする。

 恭一の変な顔がぴたりと止まった。
 と思ったら、口元が歪んで「フッ」とクソ生意気な笑みを浮かべ、呼吸が落ち着いてまた間抜けな寝息を立て始めた。
 あーあ、むかつく。
 また恭一のことを助けてしまった。
 どうしてこんな取り柄のない男のことを私がいちいち面倒みてやらなければならないのかしら。
 大昔に、私以外に頼れる女神様がいないんです~みたいなこと言ってたから、仕方なしに、たまーにだけ助けてやってるだけなのに、コイツ調子にのっていつまでも頼りきりなんだから嫌になっちゃう。
 本当に犬なのね。いつになったら一人前の人間になってくれるの。私の助けがなかったら、あなたみたいな役立たずなんてとっくに桐沢家からお払い箱でホームレスになってくたばってたのよ。
 心優しいご主人様の下で働けることに感謝しなさいよ。もう、一生私に仕えてもらわないと割に合わないくらいの義理があるんだからね。
 ほっぺたを指で突くと、恭一にはだらしなく笑う。
 何がおかしいのよ。やっぱりこんなやつ、死ねばよかったんだ。
 私もごろりと転がり、天井を見上げる。
 なんだか顔が熱い気がする。恭一のせいで風邪でも引いたのかしら。やれやれね。
 まあ、どうせまだしばらく恭一は目を覚まさないだろうし、私ももう寝ることにします。
 …………。
 そういえば、彩はしょっちょう「兄さんに抱っこしてもらうとすごく安心できてあっという間にスリーピンなんです」っていう、くだらない話を私に聞かせる。
 耳が腐るような気持ち悪い兄妹自慢だし、いつも聞き流してやってたけど、一人っ子の私には縁のないことだし、この機会に少しだけ試してみてもいいかもしれない。
 恭一の腕は太くて重い。なんとかそれを伸ばして広げ、枕の代わりにして頭を乗せてみる。
 ふふん。まあまあの寝心地ね。
 固さもそんなに悪くはないし、高さ的に仰向け寝はつらそうだけど、こうして横向きになればまあちょうどいい。これが恭一の腕じゃなければ普段の枕と交代してやってもいいくらいのフィット感だった。ちょっと意外。
 もちろん、ただの好奇心でやってみただけだし、二度とこんな無礼なことを許すつもりはないし、偶然ちょっと私好みの良い感じの枕かもと思っただけで、それ以上の意味はないけど。
 目を閉じる。
 くだらないこと考えてないで、明日のために早く寝ておこう。今日はなんだかいつもより感情の揺れが大きくて私らしくなかった。反省して明日も完璧な淑女として過ごしましょう。
 桐沢家のお嬢様は忙しい。大いなる責任もある。私の人生に無駄な時間など許されないし、隣で寝息を立ててる枕のことなんて考えてるヒマないの。
 おやすみなさい、今日の美しい私。
 明日の愛らしい私に会いに行きましょう。
 …………。
 彩のウソつき。
 何が、「すごく安心できてあっという間にスリーピン」よ。
 心臓がバクバクしちゃって眠れないじゃない。

「……ふー」

 葉巻から吸い込んだ煙を吐き出し、懐かしき戦場の匂いを嗅いだ気になった。
 夢というのは便利だ。篠原美月が知るはずのないこの味と匂いも、俺の記憶から抽出して具現化してくれる。少し俺の覚えているものより太い気もするが全然許せる範囲の誤差だ。
 そもそも、あれはまだ十代だったときの記憶だしな。あの頃よりは葉巻の似合う顔になったはずだが、超がつくほどの嫌煙家であるお嬢様の前でこんな匂いをさせるわけにいかないし、本当に久しぶりの味だった。
 昂ぶった血を、ゆっくりと鎮めてくれる。一仕事終えた充実感もある。
 だが、のんびりしているわけにもいかない。
 半分ほど吸ったところで、残りは大仏にくれてやる。横向きに転がった口に火の先をねじ込んで消した。アパッチロングボウ2機を代償にして倒した大仏と鳳凰数羽が、黒い煙を吐いて少しずつ溶けていく。
 もちろんヘリなんてシミュレーションでしか操縦したことがないので、実物の感覚を俺は知らない。という言い訳はあるにしろ、圧倒的に火力の勝る兵器を投入しながらこの戦績とは、あの鬼教官に知れたら俺はまた「非公式のツアー」に放り込まれるな。
 やっぱり俺は野戦向きの人間だ。でもまあ、本物でフライトなんて絶対に出来ないし、夢とはいえ良い体験が出来た。
 しん、と静まりかえった鎌倉はすっかり戦場の跡となり、古都の風情をもだいなしにしていた。
 振り返れば海の向こうで帆船の船団はまだ炎に包まれていた。あれほど荒れていた空も、まるで焼かれるのを恐れるかのようにひっそりとした灰色に染まっていた。
 美月。
 そんなに怖がるなよ。
 俺もお前の夢を恐れるのはやめる。気が済むまでかかってこい。お前が納得できるまで、とことん付き合うから。
 それともこの程度であきらめたっていうんなら、もうお前を抱いちまうぞ?
 よこしまな思いに感応したのか、ぐらぐらと地面が揺れる。
 影のように黒い武者が、再び地から湧いてきた。弓と刀を持った鎌倉侍どもだ。
 俺も自分の右手に日本刀を持たせる。イメージさえ出来ていれば、夢の世界では発現可能だ。こないだ雑誌で見た、高張力鋼材をプレスして作られたという最進化型の日本刀を俺は握る。こういうのを思い切り振り回してみたいと思ってたんだ。
 左手にはクリスヴェクター。短機関銃の扱いにはわりと自信があった。刀と銃。映画の主人公にでもなったみたいで、ガキみたいにわくわくしてくる。
 悪いな、美月。お前がどれだけ頑張って「おっかないもの」を想像しても、俺が全部ぶっ壊してやるよ。
 俺にはどうしても生きて帰らないとならない事情があるんだ。

 あの、耳たぶに甘噛みのような感触とともに聞こえたお嬢様の一言は、あるいは俺の死に際が聞かせた幻聴だったのかもしれないが。

 なにしろ、大仏の大きな手で締め上げられて鎌倉彫の鳳凰に目玉を突かれている最中だったからな。それぐらいの幻聴や走馬燈くらいは見えてもおかしくない。でも、やっぱりあれは白兎お嬢様が俺の耳元で囁いた言葉だと思う。
 まったく、自分勝手なお嬢様だ。死ぬかもしれないような場所へ自分が送り込んだくせに、今さら何を言ってるんだか。
 相変わらず何を考えているのかわからない。俺のことなんて死ねばいいと思っているに決まっているのに、死に場所が気にくわなければそれすらも認めない。
 あるいは、気まぐれのリップサービスのつもりなのかもしれないが。
 あのお嬢様も、年に一度くらいは目下の者どもにねぎらいの言葉や謎の大盤振る舞いをすることがあるからな。しかしそれも長年付き合いのある人間なら一応は善意だとわかる程度で、俺ですら彩に指摘されるまで気づかなかったりもするからよくわからない。サンプルが少なすぎるんだ。
 だが俺にも、これまでに感謝したくなるようなことがなかったわけじゃない。
 前に、お嬢様がどうしても丸焼きにして食べたいというから、庭に大きな鉄串とグリルを用意して神戸牛を一頭丸々焼いたことがある。お嬢様は食べる前に「やっぱり今日は暑いからそうめんにする」と言い放ち、真夏に数時間もかけて牛を焼いて汗だくの俺を一瞥して、「あなたが全部食べていいわよ」とおっしゃったんだ。
 その日は俺の両親の命日だった。
 彩にも墓参りに行こうと準備させていた。なぜそんな日に牛を丸焼きにして食わなければならない。本当にやりきれないと家に帰ってから文句を言ったら、「ひょっとして兄さんとお嬢様が出会った日だからでは?」と突拍子もないことを彩が言ったんだ。
 そんなことをあの黒兎お嬢様が覚えているわけがないし、仮にそうだったとして牛一頭もらってもやりきれないのは変わらない。年に一度の今日くらいは余計なことしないでおとなしくしてくれたほうがよっぽど嬉しいんだが。
 などと数日にわたって文句を言い続けていたのだが、次の年からその日は「牛鎮魂日」という意味不明な記念日になり、お嬢様は喪に服すと言って部屋にこもり、俺の仕事は休みになったんだ。
 その休日以来だな。お嬢様の気まぐれに感謝してやってもいい気分になったのは。
 おかげで冷静になれた。
 俺には動く大仏だのでっかい怪鳥だの、わけのわからんものを怖がってるヒマはない。もっと恐ろしくて残酷で理不尽な人間に仕えている身だということを思い出せた。思い出したくなかったが。
 彼女のために働かなきゃならない。
 困ったお嬢様だが、ここまで黒兎になってしまったのには、幼少時より付き人をやっていた俺にも責任の一端はある。その面倒をみるのが俺の仕事だ。彼女の幸せを支えるためなら何だってやる。
 いずれ、お嬢様がどこかの大金持ちで聖人君子のお坊ちゃまと奇跡的に結ばれて、ハッピーエンドを見送るまでは生き抜いてやるさ。

「……それじゃ、いくか」

 剥き出しの日本刀を肩に担ぎ、無限のマガジンを装填した短機関銃を構え、俺は美月の家へと向かう。
 次々に沸いてくる彼女の影武者たちを蹴散らしながら。

 一歩、足を踏み入れると香気が感じられた。
 古めかしく寂びた梁と、直したばかりに見える真新しい板張りと、その間でゆっくりと流れてきたこの家の歴史が香っているのだろうか。
 商店街の一角で、大店の風格を持って鎌倉の気風を守ってきた篠原家の廊下を、俺は堂々と渡る。
 斬られた左腕も、矢に持って行かれた右目も元通りに回復した。長い戦闘でボロボロに傷ついた肉体が、一歩ずつ進むにつれ、汚れた服を脱ぐように肉体が癒えていった。
 篠原美月は俺に屈服し、主として「家」に迎え入れている。風呂でももらったみたいに全身がリフレッシュしていく。
 着慣れたスーツに身を包み、髪を撫でつけ、俺は美月の祖母の部屋の前で止まった。
 夢の時間では遠い昔のように思える。ここで幼い美月に「俺のオンナにする」と宣言し、そして怒った彼女に追い立てられて逃げてきてから、いったい何日が経っただろうか。大仏とヘリで戦闘するなんて、我ながらすごいことをした。
 そして、その長い長いケンカの中で俺は篠原美月という人生を見てきた。
 たった15才と思ってきた彼女の、長きに渡る成長と葛藤と青春の歴史を俺は共有した。
 俺が彼女について知らないことはもうない。一人の女性の全てを、この手に抱きしめたということを実感している。美月もまた、そんな俺を受け入れる覚悟は決めている。
 静かに扉が開く。現在の姿になった篠原美月が、指をついて俺を迎えてくれた。

「お待ちしておりました、恭一様」

 素人目にもわかるほど上等な着物を着こなし、可愛らしい櫛を挿し、無骨な俺でも感じ入るほど折り目正しい所作で礼儀を示す美月。
 泣きながら行儀作法を仕込まれてきた反抗期の彼女も俺は知っている。今、完璧な礼をもって迎える美月の美しさに、まるで親のような感動を覚えた。
 上の席に招かれ、そこへ腰を下ろすと、彼女は俺の前に座り直り深く伏せた。

「これまで数々のご無礼を、お詫び申し上げます」

 そのような言葉になどしなくても、俺にその心は伝わっていると、彼女も知っているはずだ。
 俺たちの間にもはや隠し事は存在しない。
 だが、俺もあえて、もう一度彼女に口に出して宣言する。

「美月」
「はい」

 顔を上げ、俺を真っ直ぐに見つめる汚れのない瞳。
 俺と彼女が出会うのは、この記憶から5年後だ。
 しかしその未来も過去も、もう彼女のものではない。

「お前は俺のオンナだ」
「はい」

 そして美月も、そのことをすでに知っていた。
 自分が誰の所有物なのかを。

「今後、お前の行動の全てが俺のものになる。お前はそのことを決して忘れてはならない」
「はい」
「お前の考えること、体験すること、何かを得ること、失うこと。それは俺のものだ。篠原美月のものじゃない」
「はい」
「お前の過去も未来も俺のものだ」
「はい」
「お前は今日から、俺なしでは生きてはいけないオンナになるんだ。そのことに不服はあるか?」
「いいえ。ありません」
「俺は自分勝手な男だ。お前のことをかまってやれず、寂しい思いをさせるだろう。それでもいいか?」
「はい。どうぞ恭一様の思うがままに」
「俺は欲望のままにお前を汚す。お前を傷つけ、思い描いてきた将来もねじ曲げる。それでもお前は俺を許すか?」
「はい。恭一様が望むなら、私は精一杯、尽くさせていただくだけです」
「美月、俺は――」

 目の前の美月に、迷いなどないことはわかっているのに、それでも尋ねずにいられないのは俺の心の弱さだ。
 汚れのない人間などいない。美月も自分のために卑怯なウソをついたこともあれば、悪事を他人のせいにしようとしたこともある。彼女はまだ幼い子供だ。
 だけど、今の真っ直ぐな美月の誠意には、一点の曇りもない。殉教者のようなひたむきさで、だが自己陶酔も悲壮さもなく、静かに覚悟して俺の前に座っている。
 彼女が家を継ぐと決めたときの覚悟の美しさには感銘したが、そこに至るまでは、幼いなりの苦悩も葛藤もあったことを今の俺は知っている。覚悟とは、積み重ねによって生まれるものだ。
 はたして俺自身にそれと向き合えるだけの覚悟があるのか。
 彼女への問いかけは、この期に及んでまでそんな情けないことを考えている自分への問いかけでもある。
 そして美月もそうとわかっていながら、俺の弱さを責めることなく、俺が納得できるまで付き合おうとしてくれている。
 どこにでもいる普通の女の子だと思っていた。
 可憐で、か弱く世間知らずで、そして自分の周りの小さな世界で満足してくらす平凡な女の子だと。
 白兎お嬢様の言うところの、“モブ”の女の子だと俺自身も思っていたんだ。
 今、こうして彼女の辿ってきた人生を知り、俺が小さいと思っていた彼女の世界がどれほどの感動と苦悩と覚悟で出来ていたを知り、そして己を小ささを知るに至るまで、俺は勘違いしていた。
 子供なのは最初から俺の方だったんだ。
 穏やかな表情で、だが俺の感情の機微も見逃すまいと見つめる美月に、俺は一呼吸をして、今の正直な気持ちを吐き出す。

「――俺は、自分勝手で馬鹿で優柔不断などうしようもない男だ。だが、お前が好きだ。俺の出来る限りでお前を幸せにしたいと思っている……信じてくれるか?」

 美月は、花が咲いたように可愛らしい笑顔を浮かべ、頷いてくれた。

「はい。美月は今、幸せです」

 耳まで真っ赤になったその微笑みの可憐さに、俺も思わず息が詰まる。
 きっと、俺も美月と同じくらい赤くなっているだろう。
 まいったな。やはり俺は、教師失格だ。

「美月」
「はい」
「そこに立って、着物の裾をまくってくれ」
「はい」

 言われたとおりに立ち、美月は着物の裾をつまんで、腰の上まで持ち上げる。細く頼りない体が白く剥き出しにされる。
 細い脚。頼りない腰つき。まだ男を迎えるには不安のある体。
 いたたまれない気持ちになり、美月を抱きしめた。彼女は着物の裾を掴んだまま、じっとしていた。
 美月の愛おしさ。可憐さ。一人の女性としての尊敬。それを陵辱して自分だけのものにしておきたいと思う俺の汚い欲望。美月にそれを許可させたことに対する引け目。
 俺は支配者としてやるべきことを実行する。

「美月。後ろを向いて、床に伏せるんだ」
「はい」

 尻を剥き出しにしたまま、美月は畳の上に四つんばいになる。
 バレーボールみたいに白く丸い尻。手で触れると、ぴくりと美月はそれを反応させ徐々に赤く染めていく。やや汗ばんで手のひらに吸い付き、すっぽりと収まった。
 現実の彼女はすでに俺を迎え入れている。夢の中でも大丈夫なはず。俺はスーツを脱ぎ捨て、猛りきったペニスをその股間に押し当てる。

「大丈夫だ。お前は絶対に、俺の愛に応えられる」
「あ、は、はいっ、恭一様」

 愛という言葉に、美月は頬を染めて瞳を細めた。その横顔にオンナが垣間見えたことに、俺は驚きと喜びを感じる。
 心は通じ合っている。美月は、その美しい覚悟で俺を受け入れてくれる。だから俺は彼女を抱くんだ。
 尻の緊張が一瞬緩む。美月が息を吐く瞬間を狙って、俺は腰を進めた。

「んんっ!」

 美月が息を詰まらせる。先端が半分ほど埋まっただけの俺のペニスを、強烈に締めつけてくる。
 緊張をほぐすつもりで撫でた尻は、冷えた汗で濡れていた。両手で揉むようにして、俺の熱で温める。

「んっ……んっ……」

 美月の緊張がとけるにつれ、俺に対する強い締めつけも徐々に緩んでくる。美月の上に被さるようにして、体重をかけて沈めていく。1センチ、2センチの小さな歩みを彼女の中に進めていく。

「恭一様……ッ」

 苦しげに俺を呼び、それでも美月は無理に足を広げる。
 だが、まだ進み足りない。俺たちの結合はまだ完全じゃない。

「すみません、すぐに、迎え入れますから……はっ、はぁっ……申し訳ありません……ッ!」

 何度も俺に詫びながら、美月は尻を押し上げる。教えられるまでもなく、彼女は俺が満ち足りていないことを知り、そのために自分が為さなければならないことを知っている。
 幼い尻が、少女自身の手で開かれた。小さい頃より礼儀作法を仕込まれてきた着物の彼女が、はしたなく肛門をペニスのために広げる。
 どこまでも痛々しく残酷な行為を俺は彼女に強いている。だが、それを止めるつもりは俺にはない。美月もそれを望んでいないのと同じように。
 抵抗が弱くなったそこに、一気に俺のが沈んだ。

「あぁーッ!」

 小さな尻の肉が、俺の腰にぴたりと貼り付く。美月が一際高い声を上げた。
 幼い肉体が、ひくひくと痙攣しながら、涙を畳に染みこませる。今の彼女の肉体にとって、これほど衝撃的な体験はないだろう。だがその一方で、男とひとつになり遂げた女の体は熱を上げていく。
 彼女の内にある俺のペニスが、まずその熱さを感じた。自分の中にあるものを確かめるようにギュウっときつく締められたかと思うと、蠢いてなぞっていく。

「恭一様ぁ……」

 美月が俺をふり仰ぐ。
 彼女が感じているのは苦痛だけでない。ついに果たされた真の結合が彼女に感動と熱を与え、性への好奇心が快楽を探らせ、そして俺への献身が悦びになって駆け巡っている。
 美月のことなら手にとるようにわかる。夢の中のセックスに限界がないのと同じように、俺たちの間にはもう心の壁も何もない。美月からの感情の奔流が俺の中を通り抜け、セックスを通じて循環していく。
 それがとてつもない快楽だった。

「美月! 美月!」
「あぁーッ、恭一様! 恭一様ぁ!」

 少女を感じながら腰を動かす。
 美月の想いで俺の心が満たされていく。俺の欲望で美月を染めていく。互いの間を巡る感情と同じように俺の腰と美月の尻も奔放に揺れる。
 ここにしか真実がないと思えるほど俺たちの心は一致していた。
 美月の小さな尻が俺の骨盤の内側に当たる。ぴたぴたと汗に濡れた肌が貼りつき、少女を抱いている生々しさが俺に獣じみた快楽を呼び起こす。
 これまでの篠原美月は、このセックスを最後に壊れる。
 そして、俺だけの篠原美月になる。
 儀式のように、自殺のように、俺たちは激しく交わった。
 美月の着物を後ろから引き裂く。絹の手触りが紙のように簡単に千切れ、未成熟にすぎる背中と肩を露わにする。
 俺のために着飾った上等な着物をだいなしにされても、美月はそれこそが歓びであるかのように、小さな尻を震わせた。

「恭一様! 気持ちいい! 気持ちいいです、恭一様ぁ!」

 破滅に向かう快楽の中で、美月は俺を見上げて蕩けるように笑う。
 俺は篠原美月をペニスでえぐる。
 少女を。思春期を。15年の命をペニスでえぐっていく。
 快楽が時間を捻じ曲げていく。
 夢の中の、地獄のような天国のエクスタシーがまた訪れる。

「あ あ あ あ あ あ あぁぁぁぁぁ ッ! !」

 快楽が目まぐるしく回転し、底を目指して沈没していく。
 感覚が狂い始め、このどこまでも気持ち良い夢の中に全身を溶かしてしまいたくもなる。
 だが俺の最後の理性が、この永遠と思われるほど間延びしたエクスタシーの空隙に食らいつき、怒涛の如くあふれ出る快楽の中で篠原美月を探す。
 きゅうきゅうと締め付けを増していく膣内。どこまでも深く掘って潜って、俺は篠原美月の人生をこの手に握る。

 祝福されて生まれてきた朝。小さな手が親の指を握る瞬間。
 おぼつかない足取り。三輪車で下る坂道。海で失くしたサンダル。
 小学校に入学したその日に、初めて祖母に食事の作法で叱られた。次に彼女は着付けを習うようになった。
 家の従業員に“後継ぎ”と言われたが、祖母は「まだその資格はない」と言って彼らを叱った。
 両親の働く姿を見るようになった。祖母が少しずつ店のことを教えてくれるようになった。
 桐館学園に合格した。5年生から編入することになり、両親は大喜びしてくれた。
 祖母は報告すると、そっけなく「そうですか」とだけ言われた。だが、次の日から客の前で“うちの後継ぎ”と紹介されるようになった。
 桐館学園に転入した。夜、寂しくて寮の布団で泣いた。
 転入したクラスの隣の席が樋口佳美だ。
 中等部の東城由梨と、同じ学年の桐沢白兎の噂はその日のうちに聞かされた。
 桐館学園はお姫様だらけのお城のようだと、両親に手紙を書いた。
 中等部に進学する。東城由梨を間近で見たくて、一週間悩んだ末にテニス部に入る。
 天宮寺睦と出会う。テニスが好きになる。
 2年に進級したときに事件が起こり、部活動を辞めた。
 暇が増えたので読書にはまる。歴史ものが好きだ。恋愛要素があるとなお良し。
 高等部に進学する。部活動はもうやらない。白兎お嬢様と同じクラスになって浮かれる。担任が男性教師と知って狼狽える。
 夢を操られて恋をする。
 処女を失う。
 俺に全てを奪われる。

 篠原美月が生きてきたその15年間の全てに、俺は精液をぶっかけた。
 産まれてきた朝に。小さな手に。ランドセルに。テニス部のジャージに。友人たちに。
 最後の一滴までその中に射精し、しばらくその心地よい痙攣をペニスで味わってから引き抜く。美月の体はビクビクと震えた。
 尻を突き立てたまま失神する彼女から、どろりと精液が垂れる。
 彼女の股間から太ももを這い、生々しい匂いを発し、とろとろと彼女の膝まで伝っていく。
 それは俺の射出した量を超え、彼女の足から畳の上を流れ、白濁した川になっていった。
 どろり、どろり、止まることなく精液は溢れる。うつろな瞳をして彼女はまだ痙攣を続けていた。
 やがて重い水音を立てて、美月のそこはさらに精液を噴き出した。精液は彼女の全身をどろどろにし、間欠泉のように湧いては溢れ、部屋中を精液に沈めていく。
 全てを俺の色で染めようと。

「美月」

 気を失ったまま精液の海に沈もうとしている美月の髪を撫でる。また彼女の体が小さく痙攣すると、ひときわ大きな音を立てて、大量の精液が彼女から湧き出し、篠原家の自慢の庭と店と鎌倉の街へ流れていった。
 お世辞にも美しいとは言えないその光景を眺めながら、俺は帰る前にもう一本くらい葉巻をもらっとけば良かったかなと、どうでもいい後悔をした。
 まあ、なんにしろ。
 これでようやく篠原美月の完全支配―――成立だ。

< つづく >

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