即堕ち洗脳系、制服改変あり人形化なし 第4話

第4話

 ―――1ヶ月後

 バイトを終えた樋口珠梨は、帰宅途中にメールを受け取った。
 彼女のストーカー同盟の一人からだ。
 内容はネットニュースのアドレスで、『反×××教』のデモが予定日どおりに行われたことを報じられており、そのことを教えてくれた。
 ほとんどの人間は、デモは×××教の自演だというネットの告発で疑心暗鬼にされ、しかし×××教の目的も明らかではない中で、どちらを信じていいのかわからなくなって行動をやめたようだ。
 あれからサークルの方は事実上解散の状態で、デモに集まったのは、それでも本気で×××教に反対したいという人たち数百人だけだったらしい。
 珠梨は、ざっとそのニュースを流し読みしただけで閉じる。

(……あたしにはもう関係ないし)

 あれだけ夢中になってた『反×××教』の熱は冷めている。
 例の事件もネット以外のメディアからは無視され、×××教自体もCMからも姿を消した。
 信者の数はそれでも順調に増えているし、誰かが逮捕されたという話も聞かない。ストーカーの一人の話では、例の事件以来ネット上では×××教の工作と思われる活動が活発になっており、一部の熱心な反対論者や他宗教信者と白熱した議論を展開している一方で、ついていけなくなった大多数のネットユーザーの関心は、急速に冷めていってるそうだ。
 イデオロギーの対立に論点をズラすことで本質的な問題部分の誤魔化しが云々、とストーカーの話は続いたが珠梨にはよく意味がわからない。
 近頃は生きづらい世の中になった、とネットの世界で生きているそのストーカーは言った。
 生きづらいのはどこも同じだと珠梨は思う。今は自分一人の生活を守るのが精一杯だ。
 でも、生きづらさを実感できるのが楽しいとも思えるようになった。見たことのない他人のことを心配したり腹を立てたり、そういうことはもうどうでもいい。
 耳かきのバイトをやめてケーキ屋で働き始めた。収入は減ったが、規則正しい生活が戻ってきたし、働いている充実感はそっちの方が大きい。いずれはデッサンの方もやめて、ケーキ屋だけで生活できたらいいなと思っている。
 ケーキを作る方にも興味が出てきたからだ。今はそのことに一生懸命になりたい。
 そこの店主は寡黙だが腕のいい職人だ。珠梨にも作り方を教えてもいいと言ってくれている。すぐにその気になってしまう珠梨は、将来は有名パティシエになるつもりでいた。
 次のメールがやってくる。

『ケーキ屋さんの制服姿でシコシコしました』

 別のストーカーからだ。
 珠梨はそれに、『1シコ2千円です』と答える。
 ストーカーズとは、あれから飲みにも行ったし、メールでも普通にやりとりする仲になった。
 それなりにプライバシー協定らしきものも出来て、風呂とトイレは盗聴盗撮禁止になって、お互いに有益なのか無益なのかわからない良好な関係が続いている。律儀な彼らは、明日にでも2千円ずつ何人か振り込んでくるだろう。
 ダラダラしたり、必死になったり、なんとか珠梨は生きている。きっとこれからもなんとかなるだろうと、夜空に向かって白い息を吐く。今度の給料で可愛いマフラーでも買おうと思う。
 そして再びケータイが鳴った。

『珠梨たんのアパート前に不審な中年男性を発見。新手か!?』

 またか、と珠梨はため息をつく。
 もうストーカーも怖くはない。
 やばそうなおっさんなら呼ぶからと返事して、アパートの階段を上がる。
 そして、ドアの前の人物を見て、凍った。

「……パパ?」

 そこにいたのは父親だった。
 珠梨を見て、嬉しそうに目を細める。

「ようやく見つけた、珠梨」

 パニックを起こしそうになって、息を詰まらせる。
 久しぶりに会った父親は、以前より少し痩せていた。懐かしさと嬉しさが溢れた。でも、口をついて出るのは悪態だった。

「な、何しに来たんだよ! そこあたしんちでしょ、ストーカーかっつーの! キモい!」
「珠梨、迎えに来たんだ。一緒に帰ろう」
「やだ! やだやだ! あたしはもう一人で生活してんの。働いてお金稼いできて、もう疲れてるんだから寝るの! 邪魔だからどいて!」
「珠梨……」

 珠梨は怒っている。これまで一人でがんばってきた。苦労もしたし、怖い思いもした。それも全部、親が×××教にはまって家庭を壊したせいだ。
 元気のない顔で「珠梨」という父親に胸は痛んだが、それだって自業自得だ。知ったことではない。
 でも、カギを取りだそうとして落とした。指が震えていた。
 それを悟られないように背を向ける。まだ震えている手でカギを握る。
 がちゃがちゃと鍵穴と格闘する珠梨の後ろで、寂しい声で父が言った。

「……ママが倒れたんだ」

 珠梨は、ゆっくりと振り返る。
 今までに一度も見たことのない父の顔。それは、珠梨も風俗で働き出してから何度も見た顔でもあった。
 大の男が、疲れ果てて辿り着く顔だ。

「ママは、珠梨のこと心配しすぎて倒れた。パパとママは、話し合って宗教をやめたよ。神様よりも珠梨の方がずっと大事だって気づいたんだ。ごめんな、珠里。本当にごめん。パパとママを……許してくれ」

 父が頭を下げるのも、娘の前で泣くのも初めてだった。
 珠梨はそのとき、自分のしたことがどれだけ親を苦しめていたのかを知った。
 そして、父の胸に飛び込んでいた。

「ごめんなさい、パパ……ごめんなさい! ごめんなさい!」

 親子は互いに泣いて、なんでも謝罪し合って、また泣いた。
 その夜、父はそのまま母のところに戻り、翌日の朝、珠梨は病院へ見舞いに行くことにした。
 個室に入っていた母は、背中を小さく丸めてアルバムを開いているところだった。
 可愛らしいヒヨコの表紙には見覚えがあった。珠梨の幼い頃のアルバムだ。
 また胸がキュウンと痛んだ。

「……ママ」

 ハッと顔を上げた母は、確かにやつれた顔をしていた。ベッドから立ち上がろうとするのを、珠梨は慌てて止めに入る。

「いいよ。寝てて……無理しないで」

 久しぶりに触れた母の体。こんなに細かったのかと珠梨は思った。早く帰ってやれなかったことを後悔した。

「……珠梨。おかえりなさい」
「うん、ただいま。ママ」

 こういうやりとりも、すごく懐かしく感じられる。家にいたときから母とは満足に挨拶も交わさなくなっていた。
 目を合わせるのも照れくさく、珠梨は顔を伏せたままだった。そしてそれは母親も同じだった。

「……珠里、少しやせたんじゃない?」
「……ママの方こそ、めっちゃスリムになった」

 ぼそぼそと会話を続けているうちに、少しずつ内容も増えていく。
 珠梨が出て行ってから父もしばらく荒れたが、今は人が変わったように優しくなったこと。二人でいつも珠梨の心配をしていたこと。教団をやめてから、ネットで『反×××教』の活動のことを知って、何か手がかりはないかと思って調べてたらあの動画を見つけたこと。
 二人には一目で珠梨とわかった。だが急いで警察に行ったも何も知らないと言われた。その後、珠梨がどうなったかもわからず探し回っているうちに、心労で母は倒れてしまったらしい。

「……あのあと、すぐに友だちが助けにきてくれたんだ。ネットに動画あげたのもその人たちだよ。あたしを助けるために、あいつらを潰してくれたんだ」

 そして、珠梨が近況を語る番になった。
 友人の家を渡り歩いていたと言った。それから、一人で生活するためにアルバイトを始めたことも。

「今はケーキ屋さんで働いてるんだ。今は販売だけだけど、そのうち作る方もやらせてくれるって。あたし、パティシエになるんだよ」

 母は目を輝かせて、「珠梨の作ったケーキが食べたい」と言った。
 パパもじつは甘い物が大好きだから喜ぶだろうと母は笑った。そんなことも珠梨は知らなかった。ぎこちなく笑って、彼女は俯いた。

「……あとね、あたし……」

 風俗でも働いている。
 知らない男に下着を見せてお金をもらい、店外デートに誘われたらついて行って食事を奢らせ、自分でオナニーしている男たちからも小遣いを貰っている。
 今まで男遊びを隠したことのない珠梨だが、そのとき初めて両親にうしろめたさを感じた。
 親にここまでの心配をさせてまで、してきたことがそれだったのかと、血の気が引くほどの羞恥で息苦しくなった。

「あたし……ごめんね、あたし……」
「……珠梨、いいの。言う必要ないの」

 珠梨の震える拳に、母の手がかさついた手が重ねられる。
 ビクリと肩をすくめる珠梨に、母は温かい声をかけた。

「あなたに苦労をさせたのはママたちなの。あなたは悪くない。ちっとも悪くない。謝ることなんてないのよ」

 珠梨はボロボロ涙を落として泣いた。
 父と母は自分のしたことを全部知っている。なのに珠梨のために大事な宗教を捨てて、帰ってこいと言ってくれた。
 自分がまだ子供だということを珠梨は実感する。親のありがたさに涙する。
 母も、両手で顔を覆い、声を殺して泣いていた。そうして病室に二人のすすり泣く声がしばらく続く。

「あ、あたし、えぐっ、うちに帰っても、いい?」

 母は顔を覆ったまま、何度もうなづく。

「パパの面倒は、ひっく、あたしが見るからっ。ママは、ちゃんと体治してね? 食事も、洗濯も、ひぐっ、もうあたし全部出来るからっ。これからは、あたしがちゃんとやるから、ねっ?」

 喉を引き攣らせるように母は呻き、何度も頷く。
 珠梨もまた大きな声で泣いて、母に謝った。
 そうして、ひとしきり涙を流したあと、ふと珠梨はベッドの上に置きっぱなしになっているアルバムに目をやった。
 ヒヨコの表紙に貼られた三人で写った写真。赤ん坊の珠梨を母が抱いて、隣で父が珠梨の頬をつついている。

(……あたし、サルみたいな顔してる)

 懐かしい気持ちになって、珠梨は微笑んだ。
 そして、何気なくアルバムを手に取って、固い表紙をめくった。

 白紙のページが目に映る。

 そして、大量の情報が浮かび上がって珠梨に流れ込んできた。
 喪失と再生。それまでの“樋口珠梨”が急速に失われていく。
 アルバムが偽物であることも、泣いてるはずの母が手の隙間からじっと自分の様子を窺っていることにも、気づいたところで全ては手遅れで、取り返すことはできない。
 母に聞こえるように、この手の込んだ茶番劇に舌打ちするのが、珠梨の精一杯だった。

 デモ行進のために用意されていた5万冊の教典は、バラ撒かれることになった。
 例えばふらりと喫茶店に入ってメニューを頼めば、運ばれてくるのは教典だ。
 塾で参考書が配られたと思えば教典だ。生命保険の営業が提案してくる新しいプランが教典だ。道を聞かれて教えてやろうと思えば地図ではなく教典だ。
 デモンストレーションの場を失っただけで、5万冊という実弾が無くなったわけではない。
 信者はその数だけ着実に増えて、次の実弾を構えて日本中に広がっていく。
 星置薫は、テラスで一人、紅茶を飲んで空を見上げた。

 本橋香奈は、残業帰りに近道するつもりだった公園で、見知らぬ男に襲われた。
 パーカーを深くかぶった若い男だ。押し倒されてナイフを突きつけられ、声も出せなくなっていた。
 胸をまさぐる乱暴な腕。恐怖と屈辱で涙が滲む。助けを求めて心で祈る。
 
「そこまでよ」

 突如、車のライトが香奈と男を照らす。ヘッドライトの上には赤いパトランプも回っていた。

「ち、警察かよ」

 男は立ち上がり、相手の姿を確かめる。人影は四人いる。声は女のもので、シルエットも女性のものだ。
 しかし、光に慣れて見えてきたその制服は、婦警のものとはかなり趣きが違っていた。
 男も、そして香奈までもがぽかんと口を開いた。

「ええ。私たちは警察よ。ただし、正規の勤務時間はとっくに終了してるわ。今の私たちは……秘密の×××教ポリス、セクシーGスポッツよ!」

 正規の婦警の制服を元にはしているのだろうが、スカートは異常に短く、それぞれがセクシーなポーズを取っているせいで、下着もはっきり見えていた。
 ジャケットの下はブラウスも着てないようで、そっちの下着も見えている。赤や紫の派手な色をしていた。制服自体も素材は革で出来ていて、ヘッドライトに怪しい反射をしていた。
 手にした革のムチを真っ赤な唇に咥え、むしろレイプ現場の空気を無駄に煽るような視線をねっとり絡ませ、「エッチな男は逮捕しちゃうぞ☆」と、ありがちな決めぜりふを臆面もなく決めた。

(……制服は百歩譲るにしても、Gスポッツはねぇだろ)

 レイプ男も逃げるのを忘れ、内心でツッコミを入れる。
 香奈も、何が起こっているのか理解できずに身をすくめる。彼女たちが敵か味方かもわからなかった。

「そこのあなた、私たちが来たからもう大丈夫よ」
「ちなみにこの制服は教祖様が決めたもので、私たちは恥ずかしくも何ともないから安心していいわ」
「私たちは女性の味方セクシーGスポッツ。教祖様のご指示により、街の治安とレイプ撲滅のため、悪い男に天誅を下します!」

 そういうと、Gスポッツの四人は制服を脱ぎ始めた。
 なぜこのタイミングで脱ぐ必要が? と、レイプ男や香奈が思うより早く、彼女たちは下着まで脱いで全裸になると、あえてジャケットだけ肩に羽織るという中途半端な再着をして、裸の腰にホルスターを巻いた。
 そして軽いステップを踏みながら集合すると、プリティでキュアっぽいポーズを決めて並び、四人で声を揃えて叫んだ。

「セクシービ~~ッム☆」
 
 パン、と射撃音がして、男の太ももに銃弾が食い込む。
 現実離れした光景にあっけにとられていたら、いきなり焼けつくようなリアルな痛みが右足に走り、男は地面に転がった。

「どこがビームだ…ッ、ふざけんな!」

 セクシーGスポッツの四人は、下着を履き直して制服を元に正していた。男の悲痛な叫びなど聞いてもいないようだった。

「訴えるぞ、てめぇら! ふざけるのもいい加減にしろ!」

 Gスポッツの一人が腰を振りながら近づいてくる。最早そういうセクシーさも男をイライラさせるだけだった。
 そして制服のポケットから教典を取り出すと、彼女はにやりと唇を上げた。

「裁きを与えるのは私でもあなたでもなく、教祖様ただお一人よ」

 男の目の前で教典が開かれる。
 途端に男からそれまでの人生は奪われ、教典によって作られた教えで新しい自分に目覚めた。過去の自分を、心から恥じる人間に。

「俺は……なんて最低の人間だ。死んでお詫びしたい……」
「慈悲深い教祖様の前で悔い改めるのに、死ぬ必要なんてないわ。簡単で非常に楽な肉体労働に勤めるだけでいいのよ。食事と睡眠以外の時間は全部。あなたは、教祖様のための労働ロボットとして生まれ変わるのよ」
「ありがてぇ……こんな俺でも生かしてくれるなんて、教祖様はなんて慈悲深い御方だ……」
「そう、よかったじゃない。さあ、さっそく港まで行くわよ。あなたの汚い血でシートを汚さないように注意してパトカーにお乗りなさい」
「ありがてぇ……ありがてぇ……」

 パトカーの中に引きずりこまれていく男を見ながら、まだ本橋香奈は呆然としていた。
 ひょっとして、変態AVの撮影でもしているのだろうか。

「……あなた、大丈夫?」
「あ、あぁ、はぁ……」
「もうこの街は安全よ。私たちセクシーGスポッツはか弱き女性の味方なの。しかも給料は税金から払われてるから心配しないで」
「さあ、あなたもついでに教団に入りなさい。この教典を見るのよ」
「え、ちょっ、待って…ッ!?」

 白紙のページが、本橋香奈を吸い込んでいく。
 目まぐるしい情報の渦に飲み込まれ、脳が洗われ、新しい自分に変わっていくのを感じた。
 香奈は、ずっと昔から自分が守られていたことを実感する。教祖の愛に、真心に、セクシーGスポッツに。

「ありがとう、Gスポッツのみなさんッ! 私、なんて感謝を申し上げていいのか……」
「私たちに感謝の言葉なんていらないわ。これが私たちの仕事ですもの」
「給料だって税金から払われてるしね」
「ありがとうございます…ッ! 本当にありがとうございます!」

 香奈はGスポッツの美しさと強さに、心からの尊敬を抱いた。
 いつか自分に娘が生まれたら、今日のことを聞かせてあげよう。そして、Gスポッツみたいなセクシーでかっこいい女性になりなさいと教えてやるんだ。
 憧れの女性たちがテキパキと撤収作業を始めるのを香奈が眺めていると、ふと、足元に女性物の下着が落ちていることに気づいた。
 セクシーな形だけど、お尻のところに『教祖様LOVE』とピンクの刺繍がされている。

「あの、どなたかパンツを忘れてますけど」
「きゃっ!?」

 Gスポッツの一人が慌ててスカートを押さえて、トコトコと自分に近寄り、ひったくるように下着を奪い、シーッと人差し指を立てる。

「……このことは、みんなには内緒ね?」

 香奈は、家に帰ってからそのときのGスポッツの表情を思い出し、布団の中でオナニーした。

 メイ・イェンツーはシンガポールのメイド喫茶で、緊張のアルバイト初日を迎えようとしていた。
 大学生になったらアルバイトをしていいと両親とは約束しているが、場所がメイド喫茶だということは内緒にしている。
 言えば反対するに決まっていた。両親ともに厳格な人間だった。
 だがメイは、昔から日本のサブカルチャーが大好きだった。メイドの可愛い格好も憧れで、地元のアニメイベントではメイド漫画のコスプレを好んでよくしていた。
 もともとメイの整った目鼻もえくぼの出来る口元も、「お人形さんのようだ」と言われるような美少女であり、イベントでもそれなりの注目を集めている。
 メイのコスプレ画像が勝手に日本の掲示板サイトに貼られ、しかも彼らに大好評だったらしいと知ったときは、恥ずかしいやら嬉しいやらで、熱を出して寝込んでしまったこともあった。
 そして今日から、いよいよ本物のメイドとしてデビューする。
 メイは鏡の前でリボンの位置やエプロンを確認し、真っ白なネコ耳とシッポを装着して、笑顔でお辞儀をした。

「おかえりなさいませ、ご主人様っ」

 我ながら完璧だと思う。
 だが、気に入らないのはこのネコ耳とシッポだ。
 シンガポールにメイド喫茶が出来たのは、日本のメイド喫茶ブーム後半期にあたる。秋葉原では風俗業者が参入してサービス競争が苛烈になり、それまでの古いファンが見切りをつけ始めた頃の過激なスタイルが輸入されている。
 ネコ耳、ミニスカ、歌や踊りにスキンシップの追加料金。それがシンガポールのメイド喫茶であり、中にはアルコールを提供する店もあった。
 しかしメイは、オールドスタイルのメイド喫茶にこだわりを持っている。
 シンプルこそがベストであり、ファッションではなく真心と笑顔でご主人様を喜ばせるのが真のメイド道である。メイドとはなんの所縁もない小動物のふりなどして媚びるなど、軟弱者のすることなり。
 と、サムライのごとき厳しい視線と仁王立ちで、鏡の中のネコ耳メイドを睨みつけていた。
 いずれ、自分の店を持ちたいとメイは思っている。キャバクラのように派手でスケベなメイドではなく、『侘び・寂び・萌え』の三拍子揃った昔ながらのジャパニーズメイド喫茶を。
 本場日本ですら失われつつある本物のメイド魂を、ここシンガポールから再発信するのが彼女の野望だった。

「あれ、君。なんでそんな格好しているんだ?」
「はい?」

 喫茶の雇われ店長である、痩せた男だった。
 メイの採用時の面接官であり、日系ハーフらしく日本語には堪能だ。店の経営には日本企業も絡んでおり、先月も彼は一週間ほど日本に呼ばれていたとメイは聞いている。
 彼のことはあまり好きではないが、日本と行き来できる立場はうらやましくメイは思う。その彼が、指定どおりの制服を指定どおりに着用しているメイに向かってあきれたような顔をした。

「そっかそっか、君は今日から出勤のメイくんだっけ。じつは、今日は日本からの大事な大事なお客様たちの貸し切りでね。特別コスの特別接待パーティなんだよ。他の従業員はとっくに準備してるよ。君も早くこっちに着替えて」
「え……なんですか、これ?」

 店長の指すマネキンの着ているコスチュームは、とてもじゃないがメイド服とはいえないような代物だった。
 白いカチューシャと短いエプロンがかろうじてメイドの名残を残すだけで、黒地の服は体に張り付くような細いデザインで、しかもファスナーだらけで着心地も悪そうだった。
 スカート部分も、ファスナーの付いた長い布が何枚も垂れているだけで、あれでは下着も丸見えだろうし、そもそもスカートの機能を果たしていない。
 ファスナー付きの布を巻きつけただけ、という風にしかメイには見えなかった。客がイタズラでもすればあっという間に裸にされてしまうだろう。
 これは、そういう男性のスケベ心を煽るための服装だ。
 頭に血が昇るのを感じた。

「冗談じゃありません! こんな破廉恥な格好できるわけないじゃないですか。私はメイドで、娼婦ではありません。こんな服は絶対に嫌です!」
「いやいや、そんなこと言われては困るよ。これは『メイド拘束』といって、日本で大ブームの『少女拘束』シリーズのメイド版ね。今日のお客さんはどうしてもこれがいいっておっしゃるんだ。最先端のメイドファッションだよ? 君、日本のメイド服が大好きって言ってなかったっけ?」
「確かに好きですけど、でも、こんなのメイド服じゃありません! 下着だって丸見えじゃないですか!」
「ははっ、丸見えじゃないよ。だって、下着なんて着ないもん。これはね、素肌の上に直接着るんだよ」

 軽薄に笑う店長の顔に、メイは凍りついた。
 悪い予感が確信に変わる。普通の喫茶と思って面接にきたこの店は、どうやら違法営業の風俗店だったらしい。
 メイドを売りにしている店の中にはそういう店もあると、バイト先を探しているときに友人から忠告されて知ってはいた。

「……このことは警察に言います。私、そんな女じゃありませんから!」

 しかし激昂するメイにも店長は顔色一つ変えない。むしろおかしなことを言っているのはメイだとばかりに、怪訝そうに眉をひそめる。

「君、何か勘違いしてるよ。今日のお客様は×××教の天使様たちだよ? シンガポールに慰安旅行にみえられているんだ。大事な大事な接待だよ。他のお客様にするようなサービスじゃダメなんだってば。わかるよね?」
「×××教? それ、宗教ですか? 私はあいにく仏様の教えしか信じてませんので!」
「……あぁー、そうか。面接のときに君に紹介するのを忘れてたね。ここはね、先月から経営者が×××教に入信されて、店員もみんな入信することになったんだ。もちろん僕もそうだ。×××教は素晴らしいんだよ。天使様のご接待が出来るメイド喫茶なんて、シンガポールはうちが初めてだし、とても名誉なことなんだ。素晴らしい喜びなんだよ、僕らにとって!」

 じわ、とメイの背中に汗がわき出た。
 頭の中で「やばい逃げろ」と警報が出ている。初めてのバイト先に選んだ店は、違法風俗+邪悪な宗教というとんでもなく危険な場所だったらしい。

「君の面接のときは、お互いメイドの話で盛り上がっちゃったから教典を渡すのを忘れたんだね。どうりで一冊余ると思ってたよ。申し訳ない。あらためて君を採用し直すよ。×××教の忠実なメイドとして、君に働いてもらいたいんだ。いいよね?」

 じりじり追い詰められて、壁を背にする。
 店長が胸ポケットから何か出したとき、拳銃か何かかと思わず目をつぶってしまったが、おそるおそる目を開けるとそれはただの黒い本で、拍子抜けしてしまった。
 そして、にこやかな店長がそれを開くのを、何も知らないメイはきょとんと見つめるままだった。

「―――ようこそ、×××教へ」

 その日、メイ・イェンツーは初めてのアルバイト先で、自分の運命を変える宗教と出会った。
 メイドのコスプレに対するこだわりが、×××教に捧げるための信仰心となり奉仕の精神となる。自分のためのコスプレは教祖様のための正装となり、メイドの夢は×××教への献身に変わる。
 変革は一瞬で、彼女の目の玉がキョロリと動いただけで完了する。だが、店の女の子全員を×××教のメイドに変えてきた店長には、メイが間違いなく堕ちたことを確信できたし、教典の力は疑いようがなかった。
 
「メイくん、さっさと着替えておいで。もうすぐ天使様がご到着だ」
「……はい」
「君、日本語の勉強をしていると言ってたね? ちゃんと日本語で、ご主人様にご挨拶できるか?」
「……オカエリナサイマセ、ゴ主人サマ」
「グッド。君は絶対、ご主人様たちに気に入られるよ。じゃ、あとで」

 ぼんやりした頭が徐々に晴れていく。店長が出て行ったあと、メイは自分の着ている衣装を見下ろし、マネキンの着ている『メイド拘束』を見た。
 大変だ、と血の気が引いた。
 もうすぐ天使様がいらっしゃる。こんなみっともない格好でお出迎えしては失礼だ。
 慌てて自分の着ているメイド服を脱ぎ捨て、メイド拘束を手にした。どこからどう脱がせていいかもわからないので乱暴に剥ぎ取り、それをまた乱暴に自分の体に合わせていった。
 そして、下着は着用しないという店長の言葉を思い出し、また急いで脱いで下着も脱ぎ捨てていく。
 天使様はメイのご主人様だ。そそうのないようにしないといけない。
 まさかバイト初日でそんなお偉い人たちの接待をすることになるとは思わなかったが、憧れの日本人で、しかも天使様たちにお会いできるなんてとてもラッキーなことだ。精一杯のご奉仕を捧げようとメイは心に誓う。
 メイド拘束はとてもいやらしくて可愛い。これまでのメイド服など古くさくて保守的だし、もっと大胆でスケベな格好で男性に仕えたいというメイド心がわかっていない。
 その点、こんなものを考える日本人は本当にクールだとメイは思った。
 どうやって着るのかイマイチ不明だし着心地も最悪だけど、それを差し引いても完璧なメイド服だ。
 これだけ雑なスカートなら股間もお尻もご主人様の思いのままだし、全身に張り巡らされたファスナーときたら、ご主人様のスケベ心に身も心もお任せのメイド仕様で、いつでも私を剥いてくださいという感じだ。
 メイは処女ではなく、高校生のときにイベントで知り合った大学生レイヤーと交際し、何度かベッドを共にしたこともある。
 経験豊富とまではいかないが、体を張ってご奉仕することに何のためらいもなかった。
 背中のファスナーを何とかこじ上げ、メイド拘束を全身にまとう。鏡の前の自分は、いやらしく扇情的だった。
 メイはいろいろポーズを試したあと、ネコ耳とシッポも自ら装着してみる。そしてネコのようにしなったポーズをとってみて、予想以上にスケベになった自分に思わず「ワオ」と声を上げた。
 まさにクールJAPANだと意味もなく感動した。こんなものをメイドに着せようなんて考えるとは、やはりあの人たちは未来に生きている。
 今日のご主人様たちも、天使様とはいえ日本人だし当然HENTAIなんだろう。このような衣装を好まれるということは、性的なご奉仕もお望みになるに違いない。
 ご主人様たちに玩具にされる自分を想像して、メイは身震いした。

「オカエリナサイマセ、ゴ主人サマ-!」

 やってきた日本人客は、全部で5名いた。今日は彼らで貸し切りとなり、女の子たちも全て彼らのメイドとなる。
 ×××教の天使である彼らは、東南アジア貿易で稼いだ多額の金をお布施として寄付した中年男性を筆頭に、全て教団に貢献したことによって位を得た『天使』の者たちだ。
 
「お疲れ様でございましょう。本日は心ゆくまで私たちのメイド奉仕をお楽しみください」
「おう、ひっひっひ。なかなか粒ぞろいの野良猫たちじゃないか。この店にも多額の投資をしているんだ。遠慮なく楽しませてもらうぞ」
「ええ、そりゃもう。日本では禁止されてる『信者食い』も、ここでは好きなだけ楽しめますので」
「おいおい、大きな声で言うな。教団の統治区ではないとはいえ、グレーなお楽しみであることは変わりないんだからな。ふひひ」

 教団では、天使が信徒を抱くのは『品定め』のためであり、審査部を通す前の一晩だけ許される行為である。
 しかしシンガポールなどの教団支部が設置されていない国や地域では、現地の信徒は正規な登録がされておらず、教団の洗礼を受けていないため、『野良信徒』の俗称で呼ばれて天使の抱き放題となっている。
 もちろん、それは教団が許可した行為ではなく、今は放置されているというだけにすぎない。
 教団は、何かと資金や手間のかかる海外支部設置の前に、できるだけ市民信者を増やして足場を固めておきたいという狙いがある。
 だからこそ彼らも好き勝手できるのだが、当然、上層部が「もう十分」と判断すればいきなり懲罰を食らう危険もある。
 だから、支部設置の動きがあればいつでも撤退する方針だ。彼らの時間は少ない。
 この日本人天使の他にもシンガポールには別の天使グループも複数入って、先を争うように信徒を増やしては酒池肉林を楽しんでいる。教団が、彼らの増やした『野良信徒』の上に支部を組織すればいいだけの数はすでにいる。
 だから彼らは、急いで『信徒食い』を楽しむ。

「まずは、お席の方でご奉仕させましょう」

 日本人天使たちと隣に、複数人ずつメイドが付く。メイは、彼らのリーダー格である腹の突き出た中年男の隣に、もう一人のベテランメイドのヘルプとして付くことになった。
 メイドが客の隣に座るという接客は初めて聞くが、それはまるで風俗店のサービスみたいで、メイは嬉しくなった。
 スケベな日本人天使のご主人様のために、スケベなメイドさんになりたいと心から思う。座るだけで丸見えになる股間を、ご主人様が楽しそうに覗き見しているので、座り直すふりをしてスカートをさらに開いた。
「ウホっ」と下がったいやらしい目尻が、最高のご褒美に思えた。

「それじゃ、オムライスを注文しようか」
「カシコマリマシタ、ゴ主人サマっ」

 初めての注文だ。
 メイは緊張しながらキッチンへ向い、オムライスを用意してもらってテーブルに運び、セットした。
 彼は、鷹揚に頷きながらにやりと笑った。

「こういう店では、ケチャップで絵を描いてくれるんだろ?」

 きた。とメイは思った。ついにこの日が来た、とエプロンポケットに入っているケチャップを握った。
 メイは相当な努力家だった。ご主人様のリクエストでオムライスに絵を描くのはメイドの基本だと思っていたし、またその日を夢見て家でも練習してきた。
 技術にも自信があった。ハートでもラブラブメッセージでもご主人様の似顔絵でも何でも描ける。ラテアートにもメイプルアートにもかなりの自信がある。
 完璧なメイドを目指してきたのだ。今日のご主人様は日本人だから、ケチャップアートにもおそらくHENTAI的な注文をなさるのだろう。それにも応える自信と覚悟もメイにはあった。

「じゃ、君のオマンコでも描いてもらおうかな。がははっ」

 十分、予想の範疇だった。
 メイは「カシコマリマシタ、ゴ主人サマ」とスカートを摘んで御辞儀をすると、記憶を頼りに自分の陰部をケチャップで描き始めた。
 するとご主人様は、「違う違う」と手を振ってメイの作業をやめさせた。

「そんなチマチマ描かなくていいって。ケチャップをどんと上に盛ってさ。そこに君のオマンコを押し当ててよ。マン拓、マン拓っ。なっ?」

 メイは心底感心した。日本人は本当にクールだ。そんな発想は自分にはなかったし、次元が違いすぎた。
 心の底からご主人様への尊敬の念を抱き、メイは「カシコマリマシタ」とスカートをまくり上げ、後ろでまとめて縛る。
 元々隠しきれてはいないスカートとはいえ、店内で下半身を丸出しにするのは少しだけ勇気がいったが、ご主人様の召し上がるオムライスにオマンコ以外の物を付けるのは不衛生だし、多少の恥ずかしさは我慢しなきゃ、とメイは思った。
 
「失礼シマス」

 テーブルの上にしゃがむと、陰部も尻の穴もぱくりと開いた。ご主人様が「ふひっ」と嬉しそうに笑ったのが、メイにとってはご褒美だった。
 ぺちゃ、とケチャップの山に肌が触れる。オムライスの熱で温まったケチャップは不快ではなかったが、これをこの後、ご主人様が食べるのかと思うとゾクゾクと震えが走った。
 しかしなぜかそのメイの肩を、ぐいぐい上からご主人様が乱暴に押さえ込む。バランスを崩しそうになってメイは慌てた。

「ほら、もっとしっかり型を取らないと。グッと押し込んで、グッと」
「イ、イエッ、イケマセン、ゴ主人サマ! 押シタラ、オムライス、コワレマス! 押シタラ、コワレマス……あぁっ!?」

 片言の日本語で抗議をするも、強引に押さえ付けられてメイはオムライスの上に尻餅をついてしまった。ぐしゃりと陰部や尻の周りにケチャップやライスがつぶれ、足を開いたみっともない格好でメイはひっくり返ってしまう。

「あーあ。オムライスがだいなしだ。何をしてるんだ、君は」
「モ、申シ訳アリマセン! ワ、私、私……」

 どう見ても責任はメイにはないのだが、ご主人様である天使を責めるような発想は、×××教メイドである彼女の中にはない。
 初めての仕事でとんでもない失敗をしてしまったこと。なによりご主人様を失望させてしまったことが心に痛かった。

「ふえ……モ、申シ訳アリマセン…申シ訳アリマセン…ひっく」

 股間にケチャップとライスを付け、足を開いたままメイはグスグスと泣く。ご主人様は、そんな彼女の姿にごくりと喉を鳴らした。
 
「けしからん娘だ……これは、お仕置きをしなくてはならんな」
「オシオキ、デスカ?」
「そうだ。悪い子にはお仕置きだ。お前もメイドなら知ってるだろう。お仕置きだ、お仕置き」

 聞き覚えのある言葉だとメイは思った。日本の漫画やネットのメイド画像で見たような気がする。それは、確かメイドを泣かせるようなことをしている絵だ。縛ったりぶったり目隠ししたりして、そして裸にもすることだ。
 あれがお仕置き。メイの心臓がトクトクと早まる。そして、顔が紅潮していく。
 ご主人様は、自分にエッチなことをするつもりだ。

「ハイ、ゴ主人サマ…ドウゾ私ニ、オシオキ、シテ下サイマセ……」
 
 メイの表情に色気が増して、上目遣いが濡れてきた。
 彼女の中の「資質」が目覚めを始め、日本人天使は股間に力が滾るのを感じた。
 
「手を後ろに合わせろ」
「ハイ」

 慣れた手つきで『メイド拘束』のファスナーを下ろすと、彼は後ろでメイの腕を拘束し、次にスカートの布を使って足を開いたまま拘束した。

(この服はこういう使い方をするのね…ッ!?)

 自分が今からされることも忘れ、『メイド拘束』の使用法にメイは感動する。
 日本人の技術は本当にすごい。無駄にすごい。自分がどうして日本のカルチャーに惹かれるのか、メイはようやく悟った。
 頭が良くて器用で変態。これほど理想の“ご主人様”はいない。
 私は日本人天使のメイドになるために生まれたのだと、メイは天啓を授かった気持ちになった。
 
「ここに四つんばいになるんだ」
「ハイ…ッ!」

 メイはご主人様の命令に嬉々として従い、肩を使ってテーブルの上に這った。手は後ろに縛られ、足も開いたままだ。
 股間にはオムライスとケチャップが付いたままだし、顔の前には自分の尻で潰したオムライスがぐちゃぐちゃのまま置かれている。
 早く私にご命令を。
 否応なく次の行為を期待される状況に、メイの股間もジュンジュンと濡れる。「待て」の命令をされた犬のように。

「責任をとって、お前がそのオムライスを食べるんだ」
「ハイ、カシコマリマシタ、ゴ主人サマ!」

 顔を埋めるようにしてオムライスにかぶりつき、がつがつと咀嚼する。
 自分がどれほどみっともないことをしているか、ご主人様や他のメイドたちにも見せつけるように、メイは必死にオムライスを頬張った。
 ご主人様が望んでいることは理解しているつもりだ。みじめなメイドが、はしたない格好をしてメシをがっつく姿を楽しみたいのだろう。
 それがメイの望みでもあった。
 もっとご主人様にイジメられたい。はしたない姿を見せて笑われたい。そしてご主人様に喜んでいただきたい。
 彼女のメイドに対する強いこだわりは、×××教の教えと相まって完全奉仕の精神になった。命令が即ち喜びで、それ以上のものはない。よだれを垂らし、皿をぺろぺろ舐めながら見上げると、ご主人様はそんな自分の姿に喉を鳴らしていた。
 他のメイドたちがいるのも忘れて、自分に夢中になってくれているのが嬉しくて涙が出そうになった。

「お、お前も黙ってみていないで、この娘の股のケチャップでも舐めろ。ご主人様の命令だ!」
「ハ、ハイ!」

 メイと一緒に彼に付いていたベテランのメイドは、この状況にぽかんと口を開けているだけだった。命令を受けてメイの股間に舌を伸ばすが、ふんぎりがつかないらしく、臆病な舌使いはご主人様はおろか、メイまでをイライラさせた。

(だめだコイツ、何もわかってない。せっかくお優しいご主人様があなたにもチャンスをくれたのに、ただ舐めるだけ。私たちメイドは、人形じゃないのよ!)

 ご主人様の命令をただ実行するのではなく、ご主人様の望まれていることを実行するのがメイド。
 メイは自分の尻をぐんと突き出すと、そのメイドの顔に押しつけるようにしてグリグリと動かした。「うぐっ」と呻く彼女には構わず、いやらしく腰をうねらせて彼女の顔をケチャップだらけにしてやった。
 ご主人様は、その様子に破顔してメイに尋ねる。

「お前、名前をなんと言う?」
「私、メイデス。メイ、ト申シマス」
「気に入ったぞ、メイ。顔も美人で、スケベないい女だ」
「ッ! アリガトウゴザイマス!」

 メイは天にも昇るに気持ちになった。
 ご主人様に褒められた。名前を覚えていただいた。スケベで美人だと言われた。
 ぐりぐりと尻を回して、顔をケチャップだらけにして皿を舐める。ご主人様はやおら立ち上がり、ハーフパンツを下げた。
 トランクスの中で隆々と膨らむ陰茎を見せつけられ、メイはごくりと口の中のオムライスを飲み下す。

「テーブルをどけろ。パーティを始めよう」

 店長たちがテーブルをどけて店内に広いスペースを作る。
 そして、メイドたちはそれぞれに拘束され、あるいは裸に剥かれ、床の上に転がされた。
 天使による『信徒食い』の始まりだ。

「んああっ、あぁっ、あぁっ!」
「んっ、んっ、んっ、んっ」
「ひぐっ、あぁぁっ、いっ、イタイ、デス…ッ!」

 メイドたちは、膣や口や肛門を無理やり犯されていく。
 男たちは乱暴に彼女たちを抱くことを楽しんでいた。日本では自由に楽しむことのできない『信徒食い』は彼らにとって人気のツアーであり、さらにメイド喫茶というオプション付きで存分に彼らは羽目を外していく。
 彼らにとってはアジア旅行のお楽しみにすぎない。だが、メイにとっては初めてメイド奉仕であり、人生の転機であった。
 最初にメイが付いたご主人様にバックから犯されながら、彼女は幸せについて考える。
 肉体で奉仕することには心からの喜びを感じるが、まだ彼女が奉仕しているのは一人だけ。
 他のメイドたちを犯しているご主人様たちにも彼女は誠意を示したかった。自分がこれほど欲張りな女だったとは、メイも知らなかったことだ。
 ご主人様に認められるのがメイの喜びであり報酬だ。ここにいる天使の方々には心から喜んでいただきたいし、そのための肉体だと思っている。
 メイドとして尽くしたい。奉仕したい。それはきっと神様が自分に与えた役割。その欲望はどんどん大きくなっていく。
 どこまでも人に従い、尽くし、堕ちていく先に彼女の神がいて、やがては教祖様にもまみえることが出来るとメイは信じた。
 それが彼女の信仰だった。

「ゴ主人サマ、モット、ゴ主人サマ、愛シタイ……」

 後ろから犯されながら、メイは隣で別のメイドを腹の上に乗せている男へ首を伸ばして顔を舐めた。

「コッチノゴ主人サマモ、モット、オ楽シミヲ……ちゅ、ちゅぷ、れろ……」

 口の中にも舌を入れ、彼の口内を丹念に愛撫する。さらに、隣で別のメイドを犯している男の尻にまで手を伸ばし、肛門を指でさすり出す。
 男たちは、そんなメイの必死さを笑った。

「ははっ、こいつはとんでもないスケベだな。俺たち全員の相手をするつもりか?」
「ハイ。私ハ、スケベデス。んっ、スケベメイドノ、メイデス。ちゅっ、ドウゾ、ゴ主人サマタチ、んっ、オ楽シミヲ」
「おい、みんなも来い。面白い女がいるから、みんなで犯してやろう。このドスケベが根を上げるまで犯してやれ」
「アリガトウゴザイマス、ゴ主人サマっ。私、イッショケンメイ、皆様ニ……んっ、あっ、あぁっ!? う、うぐぅ!」

 仰向けになった男の上に跨り、挿入する。その後ろから尻を広げられ、肛門にも入れられた。
 初めての衝撃にメイは悲鳴を上げたが、目の前には猛りきった別の陰茎が突きつけられる。

(ぐす、泣いてる場合じゃない……ご奉仕しなきゃ)

 痛みを堪えてメイはその陰茎に舌を伸ばす。唇を愛撫をしていると、今度は左右から陰茎に挟まれた。
 両手を使ってそれをしごき、頬をへこませて陰茎をしゃぶり、尻を振って自分の中にいる男たちに奉仕する。
 どれだけイジメられてもメイはくじけない。清純そうな美少女が、泣きながら必死で男に媚びる様子に日本人天使たちは興奮し、ますます彼女を乱暴に犯した。
 他のメイドたちは蚊帳の外に置かれ、メイ一人にセックスが集中する。
 
「店長、こいつを俺たちに売れ。この国にいる間、俺たちの接待係に飼ってやる。いいな、メイ?」
「ア、アリガトウゴザイマスっ、んっ、メイハ、セイイッパイ、オ仕エシマスっ。んぐっ、セックス、オシオキ、ちゅぶっ、何デモ、ガンバリマス!」
「来月は、うちの会社の社員旅行だ。お前、全員の接待しろ。みんなを喜ばせてやれ」
「ハイ、ガンバリマスっ」
「それじゃ俺んとこは家族旅行で来るから、中学生の息子の筆下ろしも頼むわ」
「ハイ、ヤラセテクダサイっ」
「俺は、明日もお前を抱くぞ! 妊娠するまで中出ししてやるからな。腹ぼてになってもやらせろよ!」
「ハイ、嬉シイデス。メイヲ、腹ボテメイドニ、シテ下サイ!」

 狂乱的な交わりに、他の店員も店長もたじろいでいた。しかし、体をバラバラに壊されそうな乱交の中でも、メイはご主人様たちのペニスを繋ぎ止め、離そうとはしない。

(…私は、ご主人様のもの…私は、皆様のメイド…ご主人様は、私のもの…)

 朦朧としていく意識の中でも、彼女の奉仕精神は狂気じみた執念で発揮された。
 腰を振り、ペニスをしゃぶり、こすり、「スケベなメイドに罰を下さい」と媚びた顔を見せる。
 男たちはそんなメイに興奮し、競うように彼女を犯した。

「中に出すぞ、メイ!」
「ハイ! 中ニ下サイッ。メイヲ、腹ボテ、シテ下サイッ」
「俺はお前の、顔にぶっかける!」
「ブッカケ、嬉シイデスっ。メイニ、ブッカケ、タクサン下サイッ。ブッカケ、下サイ、メイニッ! メイニッ!」
「あ、あっ、あっ、あっ、出る、出るっ!」
「アァァァアアアァァアッ!」

 全身に精液を浴びて、メイは絶頂した。
 ご主人様たちを満足させたという喜びが、エクスタシーをさらに深いものにして彼女を天上の世界へと誘う。気を失って倒れた彼女の体は、全身が白濁した液体に汚れており、痛々しく赤くなった股間と肛門からも精液が流れ出ていた。
 男たちは、まだ冷めやらない興奮を持て余していた。
 東南アジアを中心に『野良信徒』を増やして『信徒食い』を楽しんできた彼らだが、今日ほど楽しんだことはない。
 メイはとても優秀なメイドだった。彼女の献身は男たちの快楽を感動に変え、そして獣のような欲望に火をつけた。
 もっと女を貪りたい。純真な少女を弄び、好き放題に犯してやりたい。
 彼らは、後ろで見学に回っていた少女たちを振り返る。
 素肌を晒したメイドが数名、体を寄せ合って震えていた。
 しかし、絶好の獲物たちがそこにいてもなお、壊れたおもちゃのように床に転がる少女の方が魅力的に思えた。
 
「……メイ、起きろ。俺たちはまだ満足してないぞ」

 むくりと、メイの上半身が起き上がる。
 そして朦朧とした瞳を上げると、あたりを見渡し、今の命令をくれた男に向かって、こくりと首を横に傾げて人形じみた微笑みを浮かべた。

「ハイ……スケベナメイヲ、モットモットオ楽シミ下サイマセ、ゴ主人サマ」

 死体に群がるハイエナのように、メイの体に男たちが殺到する。
 縛られ、叩かれ、性処理道具のように乱暴に犯されながら、メイは何度も彼らに向かって感謝の言葉を言い続けた。

 その三ヶ月後、東南アジア全域に×××教の支部が配置された。
 シンガポールにもおよそ数千人いた『野良信徒』たちも正式な信徒として登録されることになり、『信徒食い』も禁止される。
 メイは、それまでの間に百人を超える男の相手をし、誰の子ともしれない子供を妊娠していた。

 ロサンゼルス空港より飛び立った羽田行きの飛行機の中で、ルーシー・オールストンは唇にクリームを塗っている。
 ジュニアスクール時代に治したはずの貧乏揺すりのクセが再発していた。妙に喉が渇くし、空咳ばかりが出る。
 緊張するなと何度自分に言い聞かせても、上手くはいかない。むしろオーディションの時の方が気持ちも楽だった。
 ヘッドホンをかぶって、目を閉じてリハーサルを思い出す。
 嫌になるほど練習は繰り返してきた。やるべきことは体の隅々にまで染みついている。
 数名の他のダンサーとともに、全裸の上に金粉を塗ってステージ上でマネキンポーズ。
 イントロでリズムに合わせて体を揺らしながら、立ち位置を変えていく。
 金粉はあえて剥がれやすく。スポットライトが反射してルーシーたちのダンスを美しく演出する。
 そして、歌が始まると同時に、レディ・パパの登場。全米ポップの女王が、奇抜なレオタードと変な帽子で観衆の度肝を抜くはずだ。
 ダンスは完璧。バックダンサーたちとの息もぴったり。
 間奏でルーシーたちはレディ・パパのレオタードを剥ぎ取って全裸にする。パパの慌てたふりは観衆の笑いを誘うだろう。
 そしてバックダンサーたちの体がパパに絡みついて金粉で彩り、最後は全員で四つんばいになり、お尻を観客に向けて上下に揺すりながら歌うのだ。
 日本では尻を振るダンスグループがウケているらしい。だったら、レディ・パパはもっと露骨にセックスをテーマにする。
 USAはどこの国にも負けない。エンターテイメントも最強だ。
 そしてレディ・パパはその女王だ。どこの国にも負けるはずがないと、ルーシーは自信の笑みを唇に浮かべた。
 厳しいレッスンをしてきた。ダイエットもした。彼氏とも別れた。
 全ては最高のステージとパフォーマンスのため。
 きっと、VIP席からご観覧される教祖様も、レディ・パパの演出を喜んでくれるだろう。
 そう、今度のステージは教祖様もご覧になるのだ。とたんにルーシーの体に緊張の重みがのし掛かる。
 上手く踊れるはずだ。なのに、ステージでの自分はまるで素人のようにダンスを忘れ、呆然と突っ立っている。
 四つんばいになって尻を振れ。ようやくそれを思い出しても、体が上手く動かない。腰が重い。
 それどことか、尿意が。
 教祖様も万を超える観衆も自分たちを見ている。なのに、我慢できないし体も言うことを聞かない。
 みんなの見ているまで、尻を開きながらステージの上で放尿を―――

「……ルーシー。ルーシーってば」
「はっ?」

 隣のシートに座っている、ダンサー仲間のビビにルーシーは揺り起こされた。ヒスパニック系の大きな瞳が、心配そうに彼女を覗き込んでいた。

「大丈夫? あなた、うなされてたわ」
「あぁ……えぇ、ごめんなさい。悪い夢を見てたのね」
「ひょっとして、緊張してるの? あなた、空港からずっと一言も口を開いてないわ。自分で気づいてる?」

 ルーシーは反論しようと口を開きかけたが、勝ち目はないと思って両手を挙げて降参した。
 ビビはニコリと笑うと、ルーシーの頬にキスをする。

「緊張して当然よ。私たちがこれから向かうのは教祖様の待つステージ。一世一代の舞台になるわね。私たちの全てが試される」

 表情を引き締めて、ビビが唇を舐める。自然とルーシーの眉間にも皺が寄った。
 
「でも、肝心なのは楽しむことよ。パパもそう言ってるでしょ? 私たちは教祖様を始め、他の信徒や天使様たちにも楽しんでもらうために日本へ行くの。とてもラッキーなことよ。あなただって、楽しみにしてたんじゃないの?」

 確かに、オーディションに受かったときは天にも昇る気持ちだった。
 練習を重ねるにつれ、完成度を高めていくにつれ、逆に失敗したときの不安ばかりを膨らませてしまっていた。
 初歩的なミスだと、ルーシーは反省した。不安を消すためのレッスンだというのに。
 ビビは、ルーシーの頬をつんと突いて笑う。

「あなたに、私の秘密を教えてあげるわ。まだ誰にも言っちゃダメよ」

 そういってビビは、パンツのファスナーを下げた。そしてそのまま下着ごとずり下げ始めた。
 ルーシーが慌てて他の客から隠そうとしても、ビビは気にする様子もない。イタズラっぽく笑って、股間の陰毛を彼女に見せつける。
 それは、なんとハートの形に剃られていた。ルーシーは驚くと同時に吹きだしてしまった。ビビも一緒に手を叩いて笑ったあと、前の座席の紳士に咳払いされ、二人で首をすくめる。

「私、自分の毛深さに感謝したのは初めてよ」

 確かにルーシーのように淡くて薄い金色の毛では、このような形にはできないだろう。金粉まみれになっても、ビビの股間はハートの形に目立ってくれるはずだ。

「教祖様は、ひょっとしてパパじゃなくて私の体をご所望になるかもね。もしそうなっても、恨んだりしちゃ嫌よ?」
「まあ」

 チャーミングなウインクをして、ビビは自信たっぷりに笑う。
 彼女のポジティブな性格に、ルーシーも励まされた気持ちになった。

「ねえ、この雑誌見た? パパの最新インタビューが載ってる。かっこいいわよ、彼女」
「サンキュー」

 今、同じ飛行機のビジネスクラスにパパも乗っている。
 ビビはルーシーに読んでた雑誌を渡すと、少し眠ると言った。
 ルーシーは彼女の体に毛布をかけてやる。ビビは大事な親友だ。おかげで気持ちも楽になった。
 でも、自分もお尻に日本語で「教祖様へ」とタトゥーしてあることは、本番まで黙っていようと思った。
 雑誌には、いつものようにセクシーで奇抜なファッションのパパのグラビアと一緒に、今度のステージに向けたインタビューが掲載されていた。

『いよいよ日本へ行かれる日が近づいてきましたね?』

 ――待ち焦がれたわ。オーブンの中の雌鳥の気持ちよ。肉汁が乾いちゃうから、早く出して!

『今回は他のアーティストも大勢集まってステージを競うそうですが、意気込みは?』

 ――ええ、みんなに会えるのを純粋に楽しみにしてるわ。個人的に一番期待しているのはパイロットね。みんなの乗ってる飛行機が日本の前でUターンしますように。

『今回のステージは何を歌われる予定ですか?』

 ――まったくの新曲よ。今回のために書き下ろしたの。真っさらなステージを教祖様に観ていただきたいから!

『どのような曲ですか?』

 ――シンプルで力強いハードロックよ。でも女性らしさをとても強調しているの。聴く人によっては癒しのワルツでしょうね。もっとも、私はジャズのつもりだけど。

『また難解な曲ですね。テーマは?』

 ――タイトルは「マザーミサキ」よ。心からの祈りを彼女に。私、この曲の収益は全て教団のボランティア事業に寄付するつもり。

『なるほど。ステージ演出の方はどのような?』

 ――まだ内緒よ。でも、きっと教祖様には喜んでいただけると信じてるわ。最高のスタッフとメンバーを揃えてきたから。

『過激なのもアリ?』

 ――教祖様が私に何を望まれるのか、それを考えるとどうしても過激になっちゃうのよ(笑)。ええ。それは期待どおり。私は教祖様が望むのなら、きっとアナルでも歌ってみせるわ。

『それはひょっとして、今回のステージ上でアナルご開帳もあるということですか?(笑)』

 ――あぁ、またやっちゃったみたい(笑)。ええ、まあ、そういうのもあるか・も・ね? アナルもヴァギナも、私にとってはシークレットなものではないから。でもこれ以上は本当に言えない。許して。

『私も当日は取材許可をいただいてます。パパのアナルが楽しみです』

 ――前の前のカレシは、私のアナルのことを「レディ・ミラクルホール」と呼んだわ。その前のカレシはただの「もういっこの穴」って言ってたけど。まあ、どうでもいいじゃない、そんな話は(笑)

『ステージに対する意気込みを』

 ――私はいつでも最高のパフォーマンスをしてきたつもり。今回もそれをするわ。絶対に後悔しないものを。

『最後に、私をはじめ、あなたのステージを心待ちにしている大勢の×××教信徒たちに一言お願いします』

 ――そうね。さっき、アナルでも歌えるって言ったことは忘れて。どう考えても無理よ(笑)

 ルーシーはレディ・パパの頼もしい言葉を胸にして、雑誌を閉じる。
 絶対に後悔しないものを。
 それはとても大事なことだとルーシーは思った。このような舞台が自分に巡ってくるのは、最初で最後かもしれないのだから。

 彼女たちがこれから向かう「世界×××教集会」は、その名の示すように世界中の信徒を招いて開催される、×××教の記念すべき第1回目の大規模集会だ。

 アメリカからも政府の要人や経済界の大物、ハリウッドの有名人やレディー・パパのようなアーティストまで、まさに『アメリカが動く』といってもいいほどの大人物たちが日本へ移動している。
 ×××教はアジアを越えて欧米諸国にも広がっており、そしてそれぞれの国の第一宗教に届くまで数を増やそうとしていた。
 その勢いのとおり、今回の集会でも、招待者だけで2万人を超えており、さらに高額な参加料が要求される一般参加枠8万人分も一瞬で完売している。
 それでも参加希望者は世界中で後をたたず、教団は会場用地の周辺をさらに広げて、2日間30万人が参加できる野外イベントに変更にした。
 レディ・パパは、そのエンターテイメントステージでトリに立つアーティストだ。そして教祖が観覧する予定にもなっている。
 ダンサーとして同じステージに立つルーシーも、それだけの舞台に立って後悔はしたくない。
 自分を信じろ。と胸を叩く。神様と教祖様は自分の味方だ。レディ・パパは最高のアーティストだ。
 恐れる気持ちがなくなり、心が落ち着いてきたルーシーは眠りに落ちていく。
 そして、前方のドアが勢いよく開く音で目が覚めた。
 
「無理よ、無理無理! 怖いの! おうちに帰る!」

 すっぴんのレディ・パパが、マネージャーを尻にくっつけて飛び出してきた。

「できるわけないじゃない! 教祖様が見てらっしゃるのよ? 裸とか無理。絶対無理!」
「パパ、わがまま言わないの! あなたが自分で考えたんでしょ!? いいから練習したとおりに、裸になってお尻を振りなさい。今さら変更なんて出来るわけないじゃない!」
「いやよ、みっともないじゃない! やりたければあなたがやれば? 私はもっとロリポップな服着て可愛い歌をやりたいの。キュートなアイドルになりたいの。前から言ってるじゃない。私は、きゃみーぽにゅぽにゅちゃんみたいになりたいの!」
「あなた、今さらそれをテレビの前で言える? あなたは世界のレディ・パパなのよ!」
「無理なものは無理! なんなのよ、犬みたいな格好でお尻を振るって。バカじゃないの!? そんなカッコ悪いことしたら、みんなに笑われちゃうわよ!」
「大丈夫。教祖様はそんなあなたのファンだとおっしゃってくれたでしょ? 自信をもって、パパ。あなたは最高よ。あなたがやれば何でもOKよ」
「……本当に? 本当に教祖様は、私がお尻出してもお叱りにならない?」
「ならないわ。きっと褒めてくださるわよ。ひょっとして、セックスもしてくださるかも」
「えへへ……じゃあ、もう少しだけがんばってみようかな?」
「はい、それじゃさっさとアナルの周りの毛を抜くわよ。こっちへいらっしゃい」
「やーだーもー! やっぱりおうちに帰る-!」

 ずるずると引きずられていくレディ・パパに、乗客はぽかんと口を開けるだけだった。
 隣の席で目を覚ましたらしいビビが、こくりと喉を鳴らしていた。

「……大丈夫よ、問題ないわ」

 掠れた声でビビは言う。
 その膝が小刻みに揺れているのを見て、ルーシーは、この飛行機が日本に着く前にUターンしてくれることを秘かに祈った。

 当日は、晴天に恵まれた。 
 スキー場をさらに広げて×××教のリゾート地として開発する予定だった土地は、この日のために一大イベント会場と化し、さまざまな人種の群衆に埋め尽くされた。
 その数は30万人を超える。
 正規の入場チケットは売り切れいるが、それでもこの集会に参加したいという信者が殺到し、数はまだまだ膨れあがっていく。
 教団は、ハレンチな制服を着せた婦警を中心に、数千人の警備を配置して入場者を整理させたが、チケットを持たない者のためにも食事を提供するテントを設置し、集まってくる信徒たちを迎えた。
 この群衆と、世界の要人が集結しているところを配信し、×××教の権威を世に知らしめる。
 星置薫の狙いどおりに、世界中の注目がその日、教団に集まった。
 会場はその外まで群衆に埋め尽くされ、中には誰もが知る有名人の姿もある。
 エンターテイメントステージでは各国のトップアーティストが集結し、他の誰もが実現できなかった夢のステージの開幕を今かと待つ。
 レディ・パパは、楽屋でも奇抜で佇まいと存在感で他のアーティストを圧倒し、東方世代はその隅で秘かな対抗心を彼女に燃やして、ハートバックの下着で尻を振る練習を繰り返した。
 人種のひしめく会場の中で、誰もがこれから始まるイベントと新しい世界の期待に胸を躍らせる。

 ×××教で世界は統一される。 

 そこにいる誰もが未来を疑うことはなかったし、そのために彼らは身を粉にして尽くすつもりだ。
 やがて、会場のスピーカーから教祖を讃える歌が流れる。
 今や世界で最も有名な曲となったそれを歌っているのもレディ・パパだ。
 湧き上がる会場。そしてステージに登場する一人の女性。
 大天使の薫の美しい姿に、誰もが息を飲む。
 彼女は静かに集会の始まりを告げ、神に祈りを捧げた。30万人が、彼女に続いて祈りを捧げた。
 少女と群衆の無言の祈り。その映像は後に世界の平和を象徴するものとして、長く人の記憶に残ることになる。
 そして、薫が降りたあとのステージスクリーンに、一人の男が映された。
 VIP席で観覧している教祖だ。
 おそよ数ヶ月ぶりに人前に現れた教祖に、群衆は熱狂的に湧き上がった。
 遠くの者はスクリーンに向かって、近くの者はVIP席に向かって、手を振り、祈り、感謝と愛の言葉を叫んだ。
 会場の中にいるものは前方に殺到し、会場の外にいるものは教祖の姿を遠くに見て泣き叫ぶ。揺らぐ会場の興奮はいちまでも冷めやらず、人々は両手を合わせ、あるいは地にひれ伏して、いつまでも教祖に忠誠と愛を誓い続ける。

 そしてその狂信的な群衆に向かって、こわばった表情で手を振り続ける教祖は、必死で薫に助けを求め、膝を震わせ失禁していた。

 ―――発足から3年後、×××教は世界を支配した。

 国連加盟国の全てと、非加盟国の最高権威者は全て信徒に洗脳された。
 全人口の90%に近い数の教典が発行され、それぞれの手に渡っている。信徒同士による勧誘もいったん停止され、あとは教団本部の指示で布教地区に指定された場所や、あるいは信徒の子供にのみ洗礼を広げる方針に変わった。
 天使制度も見直しされている。
 在宅の『天使』は階級を剥奪され、本部のごく一部の役員にのみ『天使』が与えられることになり、教団の権威は中央に集約された。
 それまでは布教を競い合わせ、褒賞的な位を与えることで信者を増やしていった教団だが、すでに十分な版図を得て先が見えてしまった以上、いつまでも同じ体制は続けられない。
 信徒の割合が総人口の7割に達した時点で、大天使の薫は組織体制の改革を発し、教典の支配力で信徒に承認させた。
 そして信徒が総人口の9割に届こうとする今、薫は1割を生き残らせることにした。
 今、その1割のさらに一部は『反×××教』を掲げ、世界のどこかでテロを行っている。
 薫もそれを望んでいた。
 彼女は平和など望んでいないし、世界の完全支配もするつもりはない。
 敵のいない世の中になれば、人は動きを止めてしまうだろう。薫は人の動く世の中が好きだ。神はその動きの中にいる。人を動かすのが神なのだと薫は思う。
 だから、星置薫は平和を愛さない。
 今日も彼女は、教団を守るために信徒に命令する。教団本部は、ニューヨークの国連ビルの隣にそれよりも大きくそびえ立ち、世界を見下ろして動かしている。
 以前よりもずっと仕事の少なくなった最上階の大天使室で、薫は短い電話で部下を叱り、そのついでに山と積まれた書類を片づけていった。
 そして昼下がりにはいつものように紅茶を飲んで、窓の向こうの様子を眺め、小さくあくびした。

 あれほど見たいと思っていた光景なのに。

 やがて彼女は首を小さく揺らし、指先をくるくる回してリズムをとり、口ずさみ始める。
 誰もいない大天使室で、薫は少女に戻ったかのように無邪気に踊り、下手くそなステップを踏んで歌った。
 レディ・パパの『マザーミサキ』だ。

 

 同じ頃、樋口珠梨もニューヨークにいた。

 本部のロビーの中、受付の前のソファにだらしなく足を広げて座り、ボーッと天井を眺めている。
 行き交う本部の職員も、彼女の態度やダメージジーンズに派手なTシャツという格好に、眉をひそめながら遠巻きにしていった。
 珠梨は、誰にどう見られようと気にしない。
 かつて彼女が両親に騙されて入信してすぐ、両親の推薦で審査部の判定会に参加することになった。
 そして、当時は天使の役職を持っていた審査員に対する暴言を繰り返し、全裸での審査では、自分の体に喉を鳴らしたアイドルプロデューサーを誘惑して全員をあっけに取らせた。
 珠梨は×××教の信徒で、神と教祖の忠実な下僕だ。
 だけど、教団のシステムは気に入らない。教祖と信徒は真っ直ぐ一本の愛で結ばれているはずだ。なのに他人が間に入って、仲を取り持つような真似をするのが納得いかなかった。
 教典に洗脳されてからも、彼女の自由を愛する気持ちだけは変わらなかった。
 他の信徒のように、天使や教団組織に盲信的になれない自分を珠梨自身も不思議に思うこともある。だが、それが自分なのだから仕方ないと彼女はあっさり受け入れた。
 あたしはあたし。教団なんて関係なしに、神と教祖を自由に愛させてもらう。
 それが樋口珠梨なりの信仰だ。
 天使に対する無礼を責められ、非難されても珠梨は堂々と答えて彼らをあきれさせた。

「でも神様は、こんなあたしを愛してます」

 彼女は確信している。
 自分と神は相思相愛だと。教祖は必ず自分を抱くと。
 だから、審査部のジジイやババアなど関係なかった。

「23番、樋口珠梨! あなたは失格です。二度とここに来ないでちょうだい!」
「ウィーッス」

 本部の天使に直々に出禁を食らったので、世界集会にも珠梨は参加できなかった。
 でもそんなことは彼女は気にしていない。むしろケーキ屋のバイトを失ってしまったときの方が落ち込んだ。
 尊敬していた職人にレイプされそうになったので、金玉を蹴って辞めたのだ。
 それでも両親のいる家には意地でも帰りたくない。珠梨が次のバイトを探して始めたとき、今度はモデルにスカウトされた。
 そして風俗よりマシかと思い始めてみると、あっという間に人気が出てしまった。
 日本中が×××教の支配により染まっていく中で、彼女の自由な空気はどこか新鮮であり、少し危険なキャラクターもメディアを通じることで魅力的に映った。
 珠梨自身も勘が良くて頭の回転も速く、容姿だけではなくトークの面白さでも光彩を放っていた。
 そして、彼女の評判と映像を見た教祖が、直々に彼女に会いたいとニューヨークへ呼び寄せたのだ。

「……ほえー」

 ロビーの広さに感嘆しながら、ショートカットの金髪をかき上げる。
 受付に名乗ってから10分。この広いビルのどこかに、本当に自分を迎えに来てくれる人はいるんだろうか。
 あと5分して誰も来なかったら受付に怒鳴ろう。
 そう思っていると、そばに立つ人の気配を感じた。
 視線をそちらにずらすと、珠梨は再び目を瞬かせて、二度見する。
 秋葉原かアニメでしか見ないような、清楚なメイド服に身を包んだ背の高い女性が、珠梨に向かって深々と御辞儀した。

「樋口珠梨様でいらっしゃいますね。わたくし、教祖様の元でメイド天使長をさせていただいております、メイ・イェンツーと申します」

 東南アジア系だろうか、と珠梨は思った。とても流ちょうな日本語だった。
 天使長ということは本部でも重要な幹部だ。だが、メイドの格好をした彼女には少しも驕ったところがなく、物腰も丁寧だった。

「はあ、どうも。樋口です」
「ハイ、よろしくお願いいたします」

 ソファに座ったままの無礼な珠梨の態度も、彼女は眉一つ動かさず、むしろ微笑みすら浮かべて受け入れる。
 底の見えない深い受容の瞳に、勘の鋭い珠梨は違和感を覚えた。
 自分とはまったく違う。でもどこか似ている、「他の信徒とは違う」という空気。

「教祖様がお待ちです。ご案内いたしますので、どうぞ」
「……はい」

 本部にいる人間は、やはり他の信徒とはどこか違うものなのか。漠然とそんなことを思いながら、珠梨はメイの後ろについて行く。
 通り過ぎる人間は、みんなメイの姿にある種の尊敬を浮かべ、その後ろの珠梨のだらしない服装に顔をしかめる。
 そしてエレベーターの中で二人きりになると、クックッと、メイは肩を揺らし始めた。

「みんなの顔、見ました?」
「え?」
「珠梨様の格好を見て、みんなビックリしてましたね。おかしい」

 ジーンズで最上階直通エレベーターに乗る人は初めてだと、メイは本当に可笑しそうに笑った。
 つられて珠梨も口元を緩める。
 
「しゃーないじゃん。だって急に呼ばれちゃったし、海外も本部も初めてだし。窮屈なの苦手だし」
「ふふっ。噂どおりの方ですね。あぁ、おかしい」

 笑うとメイは幼く見える。ひょっとしたら自分と年はそう変わらないかもしれない。
 意外と気安そうな雰囲気に、珠梨の気持ちも緩んだ。

「メイさん、天使長ってことは、すっごい偉い人なんじゃないの? なのにメイドなんてやってんの?」
「いえ、偉くなんかありませんよ。今でもただのメイドのつもりです。どうして天使長になんて大それたものになったのか、自分でもよくわかりません」

 ひとごとのようにメイは肩をすくめ、イタズラっぽく笑った。

「私はただ、教団のために汚れてきただけです」
「汚れた?」
「ええ。私は信徒の皆様のメイドになろうと、ひたすらそれに徹してきました。何千人もの信徒の方々に犯していただきましたし、子供だって二人いますが父はどなたかわかりません。今も教祖様に許可を頂いて、月に一度はスラムの方々のメイドとなってご奉仕させていただいてます。大それた肩書きに甘え、自分が卑しいメイドだということを忘れてしまわないように」

 珠梨はぞわりと鳥肌を立てた。メイの語る内容はもちろん、それを神の指令のように誇らしげに言う彼女に。

「本当にそれだけなんですよ。なのに、気がついたら教祖様のおそばでお勤めさせていただいてます。私は幸運なのでしょうね」

 幸運ではないだろうと珠梨は思う。
 彼女もズレているんだ。自分と同じように。
 そして、神はやはりそんな彼女を愛したのだ。
 エレベーターは、静かに最上階に到達する。

「ここから先は、大天使の星置様がご案内します。正面の階段をお上りください」
「はーい」
「珠梨様にも、私と同じ幸運が舞い降りることを祈っています」
「ははっ、どうも」

 エレベーターを降りて、雲を踏むように柔らかいカーペットの上を珠梨は歩く。
 そして、階段の手前で視線を感じて振り返った。
 メイはエレベーターを閉じずに珠梨を見ていた。真っ直ぐな黒い瞳。無言で二人は見つめ合う。
 奥の見えないメイの瞳は、嫉妬のような、共感のような、様々な感情が複雑に絡んでいるように見えるが、やはりその正体は珠梨でも掴めない。
 彼女は、自分自身の感情すら静かに飲む込み、受容しているように見える。
 やがてメイは、最初のときと同じ柔らかい微笑みを浮かべ、深々と頭を下げた。

「お帰りの際はお気をつけください。近頃は物騒なテロなどもございますので」

 エレベーターは閉じて下に降りていく。
 珠梨はメイのいなくなったその扉に向かって、ピストルの形に指を伸ばした。

「……ばーん!」

 かつての一万人デモ事件のことは珠梨も忘れたことはない。
 もちろん、あれは教祖様ではなく教団の考えたことなのだろうことはわかっている。
 だから、今もあちこちで起こっているテロ事件だって、どこまでが本物でどこからが演出なのか、教団に聞かないとわからない。
 組織はこれだから嫌いだ、と珠梨は鼻を鳴らす。メイの言ったことも脅迫なのか親切な忠告なのか、わかったものではないのだ。
 階段を昇る。
 星置薫はそこにいた。
 珠梨が上がってくるのを、見下ろす位置で彼女は待っていたのだ。

「ようこそ、樋口珠梨様。私は大天使の星置薫と申します」

 彼女のことは珠梨も前から知っている。信徒で知らぬ者などいない名だ。
 長くウェーブした黒髪。整った顔。天使のようなゆったりしたワンピースに、後光のようなオーラが差して見える。
 教団を実質的に束ねている彼女だが、確か自分と同い年だ。
 なのに、気圧されるように珠梨は一段下がってしまった。

「ど、どうも初めまして。樋口です」

 顔を上げると、薫はじっと自分を見下ろしていた。
 珠梨も負けじと彼女の瞳を見つめる。薫に対して抱く印象はただ一言だ。

 ―――コイツとは、絶対に合いそうにない。

 他人との関係に執着しない分、受け入れるのも簡単な珠梨にしては珍しい感想。
 そして、おそらく薫も同じように感じたのだろう。二人の交わす視線の温度が、じわりと上がっていった。
 
「……どうぞこちらへ。教祖様の寝室へご案内します」

 ふっと、薫が身を翻す。「へーい」と軽く答えて珠梨も後ろにぴったり付いていく。

「教祖様は、およそ月に一度、お気に召した女性を呼び寄せ可愛がられます。あなたはそれに選ばれたのです。教祖様には失礼のないようにお願いします」
「はーい」
「教祖様のご命令には必ず従うこと。どのようなことを要求されても断らないこと。教祖様が喜ばれることをすること」
「はいはい」

 その他にも、カーペットは汚さないこと、許可なくはしたない声は上げないこと、教祖の飲み物は内線で注文すること、勝手に部屋の中の物に触らないこと、などと細々した注文を付けられ、珠梨は途中から聞き流して生返事だけを返していた。
 そして、奥の部屋に近づいて注意事項も尽きたと思われた頃、ぼそりと薫は呟いた。

「……メイは、あなたに何か言った?」

 珠梨は瞬時に薫の聞きたいことを察知し、とぼけた調子を貫いて答える。

「ジーンズでここまで上がった人は初めてだって言ってました」
「そう」

 テロ事件が一番多いのは、教団本部のあるニューヨークだ。
 およそ月に一度は発生している。
 気分が重くなっていくのを珠梨は感じた。

「最後に、言っておきます」
「はい」
「教祖様と、余計なお話はしないように。褒賞は後ほど私から渡します。教祖様から何を差し出されても、決して受け取ってはなりません」

 そう言って薫は、ゆっくりと振り返った。

「教祖様と勝手な約束をしてもいけません」

 珠梨が何かを答える前に、扉は開かれた。さらに奥にある扉の向こうに教祖様はいると言って、薫はさっさと来た方向へ戻っていった。
 珠梨は、少し首を傾げてから歩き出す。長く悩んでも無駄だ。教祖様と愛し合えるのならそれでいい。
 珠梨が望むのはそれだけだ。あとのことはあとのこと。

「失礼します」

 扉を開くと、そこは大きなベッドが中央にある豪奢な寝室だった。
 そこにガウンを着た男が座っている。部屋に入ってきた珠梨を見て、ビクリと顔を上げた。

「だ、誰だ!?」

 珠梨もまた驚愕した。
 教祖の年齢は、今年で39才のはず。しかし目の前にいる彼は60前後の印象だ。
 白髪とやつれきった肌。強い力を感じさせた薫と会ってきたせいか、とても弱々しいただの老人のように見える。
 しかし珠梨はその驚きを表情に出すのを何とか堪え、恭しく頭を下げた。

「樋口珠梨と申します。本日はご寝所にお招きいただき、ありがとうございました」

 念願の教祖様の寝室だ。些細なことなど忘れて、珠梨は彼への愛を込めて見つめる。
 教祖は、ようやく思い出したように表情を明るくし、手を叩いた。

「おぉ、おぉ、お前か! テレビで見たぞ。生意気で、面白い女だ。美人だしな! 早く脱げ。全部脱げ! お前の体を俺に見せろ!」
「はい、喜んで」

 靴を脱ぎ、Tシャツを脱ぎ捨て、ブラも捨てる。
 ジーンズのベルトを外して下げると、Tバックの細いパンツに手をかけた。
 教祖様の前で裸になるのが珠梨の夢だった。笑顔で珠梨は教祖の方を見る。
 そして教祖も、彼女の脱ぎっぷりと健康的で豊かなプロポーションに、「ぐひひ」と鼻の下を伸ばしている最中だった。
 ふと、珠梨は記憶のどこかにその顔があることを思い出す。

「あの……教祖様、以前にどこかでお会いしてませんか?」
「あぁ?」

 教祖は面倒くさげに顔をしかめると、「お前など知らん」と不機嫌に手を払った。

「テレビでお前を見たから呼んでやっただけだ。ほれ、いいからパンツを脱げ。すっぽんぽんを早く見せろ!」
「はい」

 教祖が知らないというなら、自分の勘違いなのだろう。
 珠梨はそう思ってパンツを脱ぎ捨てると、全裸になってポーズを決めた。
 教祖は「ほほう」と首を伸ばし、嬉しそうに手を叩いた。

「いい! いいぞ、珠梨! 次は後ろを向け。尻を突き出してこっちへ向けろ!」
「はい」

 くるりとポーズを変えて、尻をぐんと突き出す。全部の穴を教祖に見えるようにして振ってやると、教祖は「よいぞ、よいぞ!」とベッドの上を飛び跳ねて喜んだ。

「珠梨、お前の体を気に入ったぞ! 褒美をくれてやる。何でも欲しいものを言え」
「はい、教祖様のオチンチンです」
「ハハっ、よくぞ言った! こっちへこい。好きなだけくれてやる!」
「はい!」

 そしてウキウキとベッドへ向かい、彼の勃起したペニスを手に握ろうとして、珠梨はふと薫の言葉を思い出した。

「あー、そういえば、星置大天使様が教祖様から勝手に褒美を貰うなっておっしゃってました」
「……薫が?」

 とたんに、教祖は身震いを始め、両手で顔を覆った。みるみる萎んでいく陰茎に、「あらら」と珠梨も間の抜けた声を出した。

「知らん……あんなやつは知らん。俺がっ、俺は教祖だぞ! 勝手なこと言うな! と、薫に言っておけ!」
「はあ」
「知らん……俺は知らん……こんな教団など……」

 崩れるようにベッドに顔を埋め、がたがたと震える。
 この部屋に入ってくる前にも、彼はきっと震えていたのだろうと珠梨は思う。
 そして、こういう弱気な中年男を何人も知っている珠梨は、なんとなく状況も察する。
 薫は彼よりも強く、頭も良い。それを嫌というほど見せつけられた教祖は、自分が上位であることも忘れて彼女を恐怖している。
 しかし、すでにここまで膨れあがった教団をコントロールする力も彼にはない。
 自分の居場所を失った男の顔だ、と珠梨は思った。

「俺は、女を抱ければそれでよかったんだ……世界を変えるなど、くだらん……そんなこと俺は望んだこともない!」

 世界集会の日、目の前で忠誠を誓う大群衆に圧倒され、彼の心はプレッシャーに折れた。
 そのとき、薫が自分をどう思ったのか教祖も知らない。どういうつもりで自分をそこに立たせたのかも。
 ただそれ以来、彼は人前に出ることを拒絶し、教典を生むだけの雌鳥になって、こうして籠の中で飼われている。
 心の安定を失った教祖は、テレビで自分の世界を眺め、時々、気分が良くなったときだけ、ネットやテレビで目をつけた女を連れてくるようにメイに指示を出す。
 薫とは、もう一年以上も会っていない。時々テレビで喋る彼女を見つけて、チャンネルを変えるだけだ。

「俺は知らない……なんだ、これは……なんでこうなったんだ……」

 神の仕業か悪魔の仕業か。
 奇蹟を楽しんでいただけなのに、気がつけばとんでもない世界に放り込まれて、世界中の人間に愛される恐怖というのを体験している。
 これはやはり罰なのだろうと教祖は思う。だが、一体なんの罰なのか見当もつかなかった。運が悪かったとしか思えない。
 とてつもない孤独だ、と彼は運命を呪う。

 珠梨はそのとき、閃いた。
 彼女は教祖のガウンを開くと、「失礼しまーす」と勝手に萎えたペニスを手に握り、ぺろりと口の中に飲み込んだ。
 ぐにゅぐにゅと舌で動かし、強く吸い込んで唾液の音を立てる。ビクンと教祖の腰が跳ね上がる。

「お、お前、何を…ッ!?」

 突然の愛撫に驚き、そしてその気持ちよさにも驚く。
 男慣れしたフェラチオは、萎えたはずの陰茎に鋭い刺激を与え、否応なく反応させていく。
 むくむくと、男が蘇っていくのを感じた。

「大丈夫ですよ、教祖様。今日からあたしが教祖様をお守りします」
「なん…なんのことを…ッ」
「教祖様がお可哀想です。こんなところでひとりぼっちだなんて。もう薫なんかに怯えなくても大丈夫です。あたしが教祖様のおそばにいますので」

 きょろきょろと視線を泳がせ、教祖は唇を震わせる。
 珠梨が言っている意味も理解できない。

「か、薫が、どうにかなるはずない! お前みたいな女に!」
「たいしたことありませんよ、あんなヤツ。あたしのこと怖がってました」

 珠梨には確信があった。
 メイは自分の中に何かを見つけたから忠告を残し、薫も同じものを見たから、「何も約束するな」などと、おかしな注文を与えたに違いない。
 あれはおそらく通常の指示じゃない。珠梨を警戒したからこそ、余計なことを彼女は言ってしまったのだ。
 自分には何かある。そして、それは教団の天使長と大天使がお墨付きを与えるほどのものだ。
 だから珠梨は、自分のためにそれを使う決意をした。
 自由を。
 教団の教えしかない世界で、もっとも羽ばたける自由を。
 それにはまず、目の前にいる男を手に入れることだ。
 樋口珠梨は、自分がここにいる意味をようやく理解した。

「あたし、教祖様の子供を産みます」

 にたりと珠梨が笑う。
 教祖は目を擦る。自分の陰茎をしゃぶる珠梨の耳が尖っていく。背中に黒く小さな翼も見える気がした。
 そしてその錯覚が、忘れ去ったはずの記憶をほじくり起こした。

「お、思い出したぞ! お前は、あのときの……あのときの小悪魔だ! また俺のところへ戻ってきたのか!」
「ん? なんのこと?」

 昔のことなど、珠梨にはもうどうでもよかった。教祖のことすらどうでもよくなっていた。
 ここから帰るとき、きっと自分は薫に殺される。教祖の正体を知った女は教団に消されるのだろう。
 だからその前に決着をつけなければならない。
 つまり、自分はここから帰らないという選択を作る。そして教祖の力をものにして、この世界で最大の権力を得る。それが珠梨の生き延びる道。

(だからあたしの子宮は、きっとこの男の子供を孕む)

 星置薫とは長い付き合いになりそうだと、珠梨はうんざりすると同時に、わくわくしていくのも感じた。
 薫もきっと、今頃あのキレイな顔に皺を寄せて、同じことを考えているだろう。
 これは教祖と、教祖の力を奪い合うゲームだ。

「そうか、そうか、わかったぞ! そうやって、俺に作らせたものを、今度は全部奪っていくんだろう。お前は、悪魔だ! 俺は、神と悪魔の正体を知っている! それはお前だ! お前たち、女なんだ…ッ!」

 教祖が最初に得た力は、女をモノにしたいという彼の幻想が力を得たものだ。
 だが、それを女に利用された。教祖に犯されながら女はしたたかにそれ以上のものを欲した。
 怖いのは女だと教祖は叫ぶ。
 しかし、何を当然のことをと珠梨は思う。
 女は抱かれてからが始まりだ。精子を出したいだけの男と違う。
 だから、女にチンポを咥えられて逆らえる男はいない。いいから黙って吐き出せばいい。女は精子がないと何も産めない。だからさっさと男の全てを捧げろ。
 じゅぼじゅぼ、れろれろと器用に動く珠梨の口内愛撫に教祖は痺れる。もう何も考える力もない。

「……勝手にしろっ。お前を『大天使』に命じる! お前たちの好きにしろ! もう勝手にしろ!」
「ウィーッス」

 人が生まれ持つ性質の中には、何にも揺るがない力を持つものがある。
 神や悪魔がいても及ばぬ、世界を変える力。それを人は神と呼び、悪魔と呼んだ。

 珠梨は教祖の上に跨って、陰茎の上にしゃがんで飲み込む。
 そして奔放に腰を跳ね上げながら、ケラケラと笑った。

< 終 >

1件のコメント

  1. この話が昔から一番好き。
    最後はエロスとは関係なくなってる、ようでやっぱり関係あるところも好き。

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