セイレーン 4章

4章

- 1 -

「はい、砂糖無しでミルク多めのコーヒーです。どうぞ」

 そこは瀬蓮の部屋。どことなく居心地悪そうな悟に、瀬蓮はコーヒーを出した。もう、コーヒーというより砂糖抜きのカフェオレに近いそれは、不思議と美味しそうな香りを放っている。やっぱり、隠し味は”愛情”だろうか?

「ありがと」

 そう言ってカップを受け取った悟は、きょろきょろと周りを見たり、ふと俯いたりと落着きが無い。それは、妹達以外の女の子の部屋に入ったことが無いからだが、そこまでは瀬蓮も判らない。ただ、自分の部屋を見られる事に対する恥ずかしさがあるだけだった。
 ガラスのテーブルを挟んで、二人は静かにコーヒーを啜った。残照が微かに差し込む部屋の中で、緊張と安心が入り混じった静寂が流れる。

「あのっ、今日あった事なんですけど・・・」

 少し顔を赤くした瀬蓮が、緊張しながら言い掛けると、悟の顔は反対に真面目なものになっていった。それは、普段見せない悟のもう一つの顔。格闘を・・・強さを追究する男の顔。

「あの二人、”憑物”が憑いてたな。潮崎には狙われる憶えがあるか?」
「”憑物”?」

 突然の悟の言葉に、瀬蓮は訝しげな表情を浮かべた。

「ああ、要するに、自分の意思を他の存在に捻じ曲げられたヤツのことを、”憑かれた”っていうのさ」
「おばけ・・・とか?」

 顔を寄せて、周りに聞かせたく無いというふうに小声で、瀬蓮は囁いた。悟は、瀬蓮の神妙な表情を見て、小さく笑みを浮かべた。

「そういうのもあるかもな。でも、今日のは違う。二人に同じ物が憑いてた。どっちかって言うと、暗示に近いんじゃないかな?」

 瀬蓮は、突然出てきた『暗示』という言葉に、身体をぴくりと反応させた。それは、父から何度も聞かされた母のの仇を彷彿とさせはしないか。結論を先延ばしにするつもりで、瀬蓮は悟に質問を投げ掛けた。

「あの、おばけと暗示って、まったく違うものじゃないの?」

 悟は、ふむ、と腕を組んで、なんだか偉そうに説明を始めた。

「おれもおばけは見た事は無いんだけど、一応聞いた話だよ。おれに判るのは、人間の身体の中の異状・・・『気』が澱んでるかどうかさ」

「『気』?」

 瀬蓮がきょとんとして呟いた。なんとなく知っている気がして、かと言って上手く説明できない、『気』とは瀬蓮にとって、そんな言葉だった。

「おれの武術の師匠の受け売りだけど、『存在する為の力』って事らしい。だから、『気』を扱えるようになると、石にも、木にも、生物にも、この大気にさえ『気』が満ちているってのが判る。もっとも、それを自由に使うとなると、凄い修練が必要だけどな」

 たはは、なんて照れ隠しに笑う悟を見て、瀬蓮はぷっと小さく吹き出した。どう見ても、誉めて欲しくて自慢する子供のようにしか見えない。

「話を戻すと、”憑かれた”ヤツってのは、他者の『気』がココに澱んで悪さをしてるのさ。だから、おばけだろうと暗示だろうと、結果は同じって事。その場所は、本人の正常な『気』以外がくっ付くのさ」

 悟は自分の頭をコツコツと突付きながら、そう説明を締めくくった。瀬蓮がまだ納得しきれていないのを見て取ると、別の方向から説明を再開した。

「怪我とか病気って、『気』を見ると一目で判るんだよ。本人の正常な機能を保持出来ない場所は、『気』がそこだけ別物になるから。川の流れから外れた水が澱むみたいにさ。で、暗示を掛けられたヤツの思考ってのは、いつもの正常な判断を下せなくなってる。それは病気と同じで、『気』の澱みを生み出すのさ。だから、暗示に掛けられたヤツは判るって事」

 悟は、こういう話を人に出来るのが嬉しいらしく、いつもよりも饒舌になっていた。滑らかに説明されて、瀬蓮が目を白黒させる。

「じゃあ、さっきの二人は?」
「ああ、かなり強力な暗示を掛けられてた。なにしろ、おれの手刀を受けても気絶しないくらいだからな」

 言われて、瀬蓮は校舎裏の出来事を思い出した。

「あの時、二人の後頭部に手を当てたのは、いったい何だったの?」
「あれが、『気』を放つって事。おれの『気』で、”憑物”を吹き飛ばしたのさ」
「・・・凄いんだ・・・」

 感心したような言い方をする瀬蓮に、悟はますます自慢げな顔をして見せた。それから最初の話題を思い出して、はっとした。

「っと、それで、潮崎にそんな事をするヤツの心当たりってあるか?」
「・・・」

 心当たりなんて無い───そう言おうとして、瀬蓮は口に出す事が出来なかった。心当たりなんて、あるに決まっている。美しい声で人を惑わし、意のままに操るモノの心当たりなんて・・・。
 瀬蓮が黙っていると、まるで独り言のように悟が呟いた。

「潮崎と同じ感じの『気』だったんだよなぁ、あれ」
「え・・・」

 瀬蓮は悟の言葉を聞いて、ぴくりと反応した。それからそっと、悟を上目遣いで窺い見る。悟は独り言を口にしているのも気付いていないように、考え事に没頭している。
 悟の真剣な表情を見て、瀬蓮は全てを話す気になった。それが、護ってくれるた悟に対して、悟に恋する自分自身に対しても、誠実であるという気がしたから。

 ───大丈夫、普通の人間じゃ無いって知っても、好きになってくれる人はいるよ。エリーに会った、ぼくみたいにね───

 達哉の笑顔と一緒にその言葉を思い出して、瀬蓮は勇気を達哉に分けてもらったように感じた。顔を上げて悟を見詰める。この人なら大丈夫・・・そう、信じられた。

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「セイレーンって、ご存知ですか?」
「・・・えっと、妖精かなんかだっけ?」

 突然の瀬蓮の話題に、悟は戸惑ったように答えた。もともと悟はゲームなどをしない為、架空の存在に関する知識は少ない。聞いた気がするだけでもましかも知れない。

「セイレーンは、半精霊の女系種族です。もともとは精霊だったのですが、受肉して生物に近い命になったという事らしいです」
「?」
「その美しい声で人を操り、子をなした後はその血肉を食らう、人面鳥身の半精霊族です。産まれた子供は必ず女性で、父方の人間を栄養として育ちます。それが・・・わたし達家族の『敵』です」

 悟はきょとんとして、瀬蓮を見詰めた。少し悲しそうで、でも決意を翻そうとはしないその顔を見て、何も言わずに先を促した。

「わたしの母がセイレーンで、でも父を好きだったから、食べなかったんです。それはセイレーンという種族にとっては禁忌にあたる行為で、わたし達家族は他のセイレーンに命を狙われているんです。実際、母はわたし達を守って殺されました」
「・・・潮崎もセイレーンなのか?」

 瀬蓮は悟と目を合わせた。悟の目には、疑いも、侮蔑も浮かんでいない。瀬蓮は心を落着けるようにコーヒーを一口啜ると、悟の問いに答えた。

「半分、です。父の血肉で育たなかったから、かなり人寄りのセイレーンなんです。『なりそこない』って言うらしいですね」

 そういうと、腕を捲ってすべすべした右腕を晒した。意志を込めて、右腕だけをメタモルフォーゼさせる。白く柔らかい羽毛が幻のように現出し、瞬く間に右腕を覆う。微妙に骨格も変化し、腕の輪郭も歪んだ。瀬蓮は恥ずかしさを堪えるように、く、と唇を噛み締めた。

「へぇ~」

 悟は感嘆の声を上げた。それは、右腕だけが人外のそれでありながら、美しいという感想を抱かせるものだったから。その無邪気とも言える悟の様子に、瀬蓮はこっそり安堵の吐息を漏らした。
 意識しないまま、悟は瀬蓮の腕に触れた。そこには、しなやかさと強靭さが同時に存在する、不思議な感触があった。瀬蓮は恥ずかしそうに、触り続ける悟の指から目を逸らした。

「まぁ、セイレーンとは知らなかったけど、もともと少し違うとは判ってたし」

 悟の言葉に、瀬蓮は驚いた。それは、『人間では無い』と判っていたと言う事。『少し違う』という表現は、悟なりの心遣いだろう。それなのに、普通の人間として接して来たのだろうか。

「でも、潮崎は潮崎さ。不良に囲まれて、泣いてた普通の女の子だよ、おれにとってはね。・・・だから、高校でまた会った時、護るって決めてたんだ」
「あ・・・」

 嬉しかった。頭の中が真っ白になって、無意識のうちに腕のメタモルフォーゼを解いてしまうくらいに。
 人としての特質を取り戻した素肌は、悟の指の感触を明確に知覚した。女性の指とは根本的に異なる、固く力強い指が触れるぞくっとするような心地良さが、瀬蓮の心を甘く蕩かした。
 悟も、突然さらさらと、それでいて指に吸い付くような感触を取り戻した瀬蓮の腕に驚いたが、自分から指を離す気にならなかった。もっと触っていたい・・・そんな言葉にもならない想いに衝き動かされて、瀬蓮の手の方へとゆっくりと指を降ろして行った。

「ん・・・」

 瀬蓮は悟の指を拒まなかった。どこかうっとりとした表情を浮かべ、顔を紅潮させて悟の指の動きを目で追う。最初一本だけだった指は、降りて行くにしたがって本数を・・・接触面を増やして行った。腕の外側から手首へ、手首から手の甲へ、いつの間にか、悟は掌全体で瀬蓮の手の甲を覆っていた。それ以上行けない事が不満なのか、悟の指が開き、瀬蓮の指と指の間に入り込んで行く。きゅっと、手を重ねるように握り締めると、瀬蓮の指が悟の指に絡むように、きゅっと、力を加えた。悟からすると非力なその力は、悟の指を惹きつけて放さない。

「あ・・・」

 瀬蓮が顔を上げると、悟と目が合った。まるで磁力を帯びているように、視線を外す事が出来ない。右手を包む、ごつごつとした感触が、一層熱を持ったように感じた。
 同じ様に、悟も瀬蓮の目から視線を外せなくなっていた。瀬蓮の腕に触れた時のように、何も考えられずに見詰め合う。握り締めた瀬蓮の手が、とても熱く感じられた。
 吸い込まれる・・・二人は相手と見詰め合いながら、同じ様にそう思った。
 相手以外の全てが自分の意識から消え去る。
 相手の全てが自分の意識を占領する。
 だから・・・テーブル越しにどちらからともなくキスしたのは、とても自然な事なのかも知れなかった。

- 2 -

 達哉の携帯が鳴った。着メロは、かなり昔に流行った、『エリー』を愛する男の歌。娘達には受けは良くないが、達哉は変える気がしない為、ずっと使い続けている。
 表示されたのは夕緋の名前だったので、そのまま通話ボタンを押した。

「はぁい、久し振りね」

 弾むようなその声に、達哉はぎり、と奥歯を噛み締めた。それは、忘れられない相手の声・・・エレナの声だとすぐに気が付いた。怒りに爆発しそうな心を押さえて、いつでも通話を切れるようにボタンに指を置いた。

「夕緋をどうしたんです?」

 いつもの達哉を知る者が聞いたら驚くような、どろどろしたモノを込めて、達哉は低い声で問い掛けた。微かに、携帯を持つ手が震えている。

「夕緋ちゃんのお友達と一緒に、海に来てるの。久遠岬っていうのかしら?人が来なくて、それなりに広い所よ。あなたも・・・いらっしゃいな」
「判った。今から行く」
「早く会いたいわ。待ってるわね」

 通話は向こうから切られた。携帯電話を胸ポケットにしまうと、達哉は冷や汗を拭った。その後で自分の右手を見下ろして、確かめるように握り締めた。

「大丈夫、暗示は掛けられていない・・・」

 エリーから聞いていたセイレーンの能力では、他人の行動だけではなく、感覚、記憶、洗脳など、声を媒介にしてどのようにでも操れるという。今の電話で暗示を刷り込まれていたらと思うと、達哉は背筋がぞっとした。闘う前から負けるなど、笑い話にもなりはしない。
 達哉は縮小率の小さい地図を出すと、久遠岬の場所を確認した。今の時期で、しかも道路からも砂浜からも離れた場所とあれば、確かに他人が来ることも無いだろう。しかも、車で10分もかからないほど近い場所だ。よくもこんな都合の良い場所を知っていたものだと感心する。

「だとすると・・・ここかな・・・」

 達哉が指差したのは、地図上で久遠岬から少し離れている、久遠岬に行くルートからは外れた場所だ。恐らくは防風林があるはずなので、遮蔽物と射角を得られそうだった。
 達哉はライフルを入れたゴルフバックを取り出すと、診療所を後にした。
 外は既に闇に覆われていたが、瞬く星々が明るく地上を照らしていた。

 ・
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 あれから15分後、達哉は久遠岬を見渡せる位置に来ていた。海は静かに凪ぎ、風も無い。月明かりの下、狙撃するのに、とても好条件に思えた。
 久遠岬の中ほどに、4人の人影が見えた。スコープ越しに達哉が覗くと、エレナと夕緋、あとは二人の女の子の姿が判別出来た。エレナ以外は地面に直接座り込み、魂を抜かれたような表情で身動き一つしないでいる。3人を背後に、エレナが久遠岬の陸側を見詰めて立っていた。達哉の位置からは、斜め左からエレナを見る事になる。

「夕緋、今助けるよ」

 小さく口の中だけで呟くと、念の為に用意した耳栓を装着した。ホメロスの「オデュッセイア」で、セイレーンの声に対抗する為に使用された、ろうで作られた耳栓だ。どれ程の効果があるかは判らないが、無いよりはましに思えた。
 達哉は音を立てないように銃を構えた。光を反射しない黒い銃身を、それでも注意深くエレナからは見えない位置に据える。スコープでエレナを捉えると、達哉は不思議なものに気が付いた。
 小さな光。
 蛍というには大き過ぎて、何かの仕掛けと言うには生物的な、それは不思議と言うしかない発光体だった。それが4つ、エレナの周りを浮遊している。エレナはその光に照らされて、まるで祝福されているように傲然と立っていた。

 ぎり。

 達哉は奥歯を噛み締めると、スコープの照準をエレナの額に合わせた。自分で自分が許せない気分だった。一瞬でも、エリーの仇を美しいと思うなんて。
 呼吸を止めて、達哉はゆっくりと引金を絞った。スコープの中心で、エレナがあらぬ方向を向いている。まだ達哉に気付いてはいない。
 銃声が、夜の海岸を切り裂くように響いた。
 その瞬間、ぶれるスコープの中で、ふいっと光の塊が射線上に移動したのが見えた。例え鉄板だろうと打ち抜く弾丸が、光の塊と当たり「ぴぃぃぃぃ」という、音とも声ともつかないものと引き換えに消失した。それは、まるで運動エネルギーの全てを”音”に変換したような唐突さだった。

「ちぃっ!」

 達哉は小さく罵ると、カートリッジを排出した。素早くエレナに向けて銃を構える。スコープの中で、エレナは達哉の方を向いて微笑んでいた。今は3つに数を減じた光の塊にすっと手を振ると、まるで女王に従う臣下のように光は脇へ退いた。
 胸に去来する絶望を振り払って、達哉は銃を撃つ。銃身が熱を持つのも構わず、2射、3射と続ける。それに対して、エレナは・・・。

 La…Lurulah…

 手を達哉の方に差し伸べて、歌っていた。まるで恋人をベッドへ誘う乙女のように伸ばしたその手の先で、何も存在しない宙空に波紋が広がる。その数は達哉が撃った弾丸の数と同じだった。

「なっ!」

 驚愕に達哉が声を洩らすと、達哉の”鼓膜”に”声”が聞こえてきた。

「せっかく契約した小精霊を殺すなんて、酷い人ね。でも、赦してあげるから、こっちにいらっしゃい。夕緋ちゃんも待ってるわよ」

 達哉の頬を、冷や汗が滴った。震える手を両耳に当てると、そこには確かに耳栓の感触がある。呆然と、達哉はエレナのいる方角を向いた。

「ふふ、わたしはセイレーンだもの。”声”で奇跡を起こす、ね。なら空気を振動させて銃弾を防いだり、耳栓をしている人間の鼓膜を直接震わせたり出来て当たり前だと思わない?」
「・・・エリーには、そこまで出来るとは聞いていなかったんだけどな・・・」

 達哉が溜め息交じりに言うと、エレナはどのような手段でそれを聞き取ったのか、達哉に笑い声を届けた。

「あの後、一つの国を滅ぼすくらいは楽に出来るように、強くなったから。だって、エリーを亡くしたあなたが”国”に庇護を求める可能性もあったし、ね。それで見失ったのは痛かったけど、それももうすぐ終るわ」

 達哉はゆっくりと銃を構え、エレナに照準を合わせた。勝ち誇って長広舌をふるうのなら、その間に撃つ。それが唯一の勝機に見えた。しかし・・・達哉の指は引き金を絞る事が出来なかった。愕然とする達哉に、エレナのとどめの声が届く。

「残念ね。わたしの”声”は、ただの”媒介”に過ぎないの。やろうと思えば、関係無い話をしながら自殺させるくらい、簡単なのよ」

 完全な敗北だった。どう暗示を掛けられたかも判らない。達哉は絶望に打ちひしがれて立ち上がった。その時には既に、身体が自分の自由に動かない事に気が付いていた。

「いらっしゃい。娘さんが待ってるわよ」

 達哉の意志に反して、足は久遠岬の方へと進んで行った。

- 3 -

 悟と瀬蓮は立ち上がって、抱き合ったままでキスを交わしていた。何度も何度も、唇で相手の唇をついばむようなキスを繰り返す。暗くなりつつある瀬蓮の部屋の中で、飽く事無く何度も。
 悟の胸に、瀬蓮の胸が押し付けられている。お互いの服を挟んでいるのに、柔らかい感触が意識される。もっともっと相手を感じたくて、二人の手に力がこもった。脚が絡まり合うように触れ合い、腰が溶接されたように密着する。

「あ・・・」

 ふいに瀬蓮が唇を離した。耳まで真っ赤にして俯く様子に、悟は魅入られたように目が離せない。瀬蓮の可愛らしさに頭の中まで真っ白になったような気がして・・・だから、悟は瀬蓮の言葉にとっさに反応出来なかった。

「・・・あたってる・・・」
「・・・え?」

 瀬蓮の腰に悟が手を回しているので、瀬蓮は離れる事が出来ない。両手を二人の間に入れて上半身だけ少し離すと、恥ずかしそうに目線を逸らせて、言い辛そうに口にした。

「あの・・・悟さんの・・・あたってるの・・・」
「・・・ああっ!」

 自分でも気付かないうちに、悟のものは激しく自己主張していた。しかもそれを瀬蓮に擦り付けていたのだから、まるで痴漢だ・・・と悟は愕然とした。そんなことにも気付かないほど、瀬蓮とのキスに溺れていたらしい。
 慌てて瀬蓮から離れようとして、悟は足をもつれさせて尻餅をついてしまった。これは、悟にしてはひどく珍しい事なのだが、瀬蓮には判らない。悟の呆然と座り込む姿を見てくすりと笑うと、瀬蓮は跪いて悟に抱き付いた。

「順番が逆になっちゃったけど・・・あなたが好きです」

 悟の耳元に囁くように、瀬蓮は言う。不思議と、告白する事に、気負いも、ためらいも感じなかった。壊れやすいシャボン玉を前にした時のように、静かに・・・そっと口にする。

「今までも・・・これからも・・・」

 悟は、コツン、と軽く側頭部を瀬蓮の側頭部に触れさせた。今の、両手で身体を支えている姿勢では、瀬蓮を抱き締められない。だから、コツン、と触れる。

「瀬蓮は、おれが護るよ・・・ずっと」

 『好き』とは、恥ずかしくて言えなかった。他人からすれば、『好き』と言う以上に恥ずかしい事を言っている気がしなくもないが。それでも、瀬蓮には悟の想いが伝わったようで、抱き締めた腕に力が込められた。

「瀬蓮のぜんぶを見たい・・・」

 悟がそう言うと、瀬蓮の身体がぴくんと震えた。

「・・・いやか?」

 その問いに、瀬蓮は小さくふるふると頭を振った。心の中で決意が固まるのを待つように、暫くそのままの姿勢でいた。二人の呼吸音だけが、暗くなった室内に響いた。

「目を・・・瞑っててくれる?」
「やだ」

 悟の答えは瀬蓮の予想外だったのか、どう反応していいか判らずに固まってしまった。身を離して、思わず悟と見詰め合う。悟は悪戯っ子のような笑顔を浮かべて、瀬蓮の頬に触れた。

「だって、”ぜんぶ”見たいって言ったら、頷いただろ?」

 にかっと笑う悟に、瀬蓮は何も言えなくなってしまった。

「悟さんって、意地悪だったのね」

 瀬蓮は溜息混じりに口にしながら、気分を害していない事を示すように微笑んだ。

「おれはガキだからさ。ガキってのは、女の子に意地悪するもんだろ」

 ───好きな女の子には───
 悟の口に出さなかった部分を読み取って、瀬蓮は顔を赤く染めた。今日だけで沢山キスもしたし、ぎゅっと身体を抱き締める事もしたのに、こんな些細な一言で嬉しくなってしまう自分がいる。瀬蓮は仕方なく立ち上がって、カーテンを閉めた。
 ベッドの脇に立って悟の方へ向き直ると、悟が期待を込めて瀬蓮を見詰めていた。ものすごく恥ずかしいのに、嬉しそうな悟を見て、見て欲しいとも思ってしまう。瀬蓮はどきどきしながら、制服に手を掛けた。
 自分が服を脱ぐ様子を、一挙一投足を異性に見られるというのは、もの凄くどきどきする事を、瀬蓮ははじめて知った。今は羞恥心の方が強いけど、いつか慣れるんだろうか?ワイシャツのボタンに手を掛けながら、瀬蓮はそう思った。

「あ・・・あの・・・わたしだけ脱ぐの、恥ずかしいから・・・」

 そこまで言って、瀬蓮は真っ赤になって俯いた。さすがに悟に脱いでくれとは言えずに、言葉に詰まっている。
 今、瀬蓮はワイシャツのボタンを途中まで外し、スカートを脱いでいる状態だった。開いた胸元から白いブラジャーが、ワイシャツの裾からお揃いの白いパンティが覗いている。白いソックスが悟の目に眩しい。

「ああ、ごめんごめん」

 あっさり言うと、悟は立ち上がって制服を脱ぎ始めた。一ヶ所に纏めるように、ぽいぽいと服を脱いで行く。その豪快な様子に、瀬蓮は手を動かす事も忘れて見入った。
 靴下も脱いでパンツ一枚になると、悟は瀬蓮の方に向き直った。

「これでいいだろ?」

 股間は相変わらず大きく膨らんでいる。それでも悟は隠す様子も見せず、普通に立っていた。瀬蓮がぼうっと見詰めていると、悟の方から近付いて、瀬蓮のワイシャツのボタンを外し始めた。

「え・・・きゃっ」
「はいはい、大人しくする」

 悟は手際良くボタンを外すと、そのまま瀬蓮を抱き締めた。仄かに甘い香りが悟の鼻腔に漂ってきて、頭に染み込んで行くみたいだった。
 暫くそうしていると、瀬蓮が落着いたのが判った。

「嫌な事はしないから、安心して」
「でも、悟さん意地悪だから・・・」

 くすくすと笑いながら瀬蓮が言うと、「そういやそうか」と納得したように悟は言った。悟は腰を少し落とすと瀬蓮の膝の裏側に手を回し、両手で抱き上げた。突然された”お姫様だっこ”に瀬蓮が驚くと、悟は笑った。

「じゃあ、嫌がる事はするかも知れないけど、本気で嫌だったらしないから、少しだけ安心して」
「・・・もう・・・」

 悟はそのままベッドの横に立って、ゆっくりと瀬蓮を降ろした。すっかりはだけたワイシャツが左右に広がり、ブラジャーもパンティーも、日に焼けていない白い肌も、小さく可愛いおへそも、柔らかい曲線を描く腰のラインも、その全てが悟の目に晒された。悟は呆然と呟いた。

「失敗したかも・・・」

 どうやって脱がせたら良いか、悟には判らなかった・・・特にブラジャー。
 ───フロントホックとかいうヤツなんだろうか?でも、ホックが前か後ろかなんて、見ただけじゃ判らないし・・・さすがにパンティだけ脱がすのは反則だよな───
 落着いている様に見えても、やはり悟も動揺しているらしかった。

「あ・・・脱ぐね・・・ブラ・・・」

 悟が手をわきわきさせながら何もしてこないのを見て、瀬蓮はくすくす笑いながら身を起こした。ワイシャツを脱ぐと、背中に手を回してホックを外す。カップを押さえるようにして、肩紐から腕を抜いた。少し悩んでから、右手で胸を隠しながら、ブラジャーとワイシャツをベッドの下に落とした。

「ん・・・」

 悟は顔を寄せると、瀬蓮に安心させるようにキスをした。それから首の裏側と肩を押さえて、柔らかく瀬蓮をベッドに横たえる。パンティとソックスだけを身に着けて、胸を隠すようにして悟を見詰めている瀬蓮は、見ているだけでどきどきするような魅惑的な美しさだった。

「あ・・・」

 悟は瀬蓮のパンティの端に手を掛けると、丸めるように下ろして行った。瀬蓮が目を逸らしながらも、協力するように腰を上げる。白い肌に、そこだけ淡い翳りが息づいていた。暗い室内でも瀬蓮の身体だけが微かに光を放っているように見える。
 悟もパンツを脱ぐと、瀬蓮の脚の間に左膝を下ろして、瀬蓮に覆い被さった。胸を隠している瀬蓮の手を取って、脇へ除ける。そこには、柔らかさを示すようにふるるんと震える、二つの胸があった。頂点にはピンクの蕾。白い肌にワンポイントで彩りを与えている。

「そんなに見たら・・・恥ずかしい・・・」

 顔を逸らしたまま、瀬蓮は拗ねたように口にした。されるままに胸を見せるのが恥ずかしいらしい。悟は手を伸ばすと、両手で胸を押し上げるように触れた。
 ぞくん。
 まるで手に吸い付くように、形を変える瀬蓮の柔肉。とても柔らかいのに、内側から押し返すような感じがする。触れている悟の手の方が、まるで敏感な性感帯になってしまったかのように、背筋から腰に掛けて電気が走った。たちまち夢中になって、揉みしだく。

「あ、んぅ・・・」

 悟の加減の出来ない愛撫に、それでも瀬蓮は甘美な刺激を感じている。胸をぎゅっと押し上げられると、息が詰まるように感じる。指の形が痣になるんじゃないかと思うぐらいきつく握られると、目に涙が滲むくらい痛い。それなのに、止めて欲しくない。シーツをぎゅっと握り締めた。

「あ・・・硬くなってる・・・」

 悟が驚いたように口にした。乳首の事だ。当然、そこは涼風に触れただけでも硬くなるような、敏感な感覚器官なので、仕方が無い話ではある。それでも瀬蓮は恥ずかしそうに、慌てて目を見開いた。

「え!そ・・・そんな・・・ひぅっ!」

 驚いたように瀬蓮が声を上げ、身体をぴくん、と跳ねさせる。悟がその唇に、瀬蓮の乳首を含んだからだ。熱く締めつける唇の感触と、まとわりつく舌のぬめりが、今まで知らなかった快感を瀬蓮に伝えた。
 悟も、初めての感触をその唇と舌で味わっていた。微かに汗の味がして、仄かに甘くて、グミともキャンディとも違うその舌触り、感触に酔い痴れる。

「あっ、んぅ・・・ふあ・・・」

 瀬蓮の押さえきれない喘ぎに、甘い色が混ざる。その声が悟の耳をくすぐる度に、もっとその声を聞きたくなって、とうとう右手を瀬蓮のすべすべしたお腹に置いた。そこは軽く汗ばんでいたのに、不思議と悟には心地良く感じられた。それだけでは我慢出来ずに、もっといろいろな場所の感触を確かめたくて、その手を下の方へ下ろして行く。絶妙なラインを描く下腹部を過ぎて、淡い翳りを掻き分け、微かに湿り気を帯びた場所へ。

「あっ、そ、そこはっ!」

 驚いて身を起こそうとする瀬蓮を押さえて、悟は瀬蓮の秘所の感触を確かめた。指先に触れるそこは、剥き出しの粘膜の繊細さと、ぞくぞくするほどの心地良さがあった。

「ゆび・・・いれてもいいかな」

 悟のそれは、確認というよりも、独白に近かった。顔どころか身体中を桜色に染めた瀬蓮の返答を待たずに、中指を慎重に差し込んでいく。濡れ始めたそこには、数え切れないほどの肉の襞が、悟の指をもっと迎え入れようと、複雑な動きを見せていた。

「ん、んぅ・・・あ・・・はいってるぅ・・・あん・・・」

 半分うわ言のように、瀬蓮が喘いだ。悟の中指を全て咥え込んだというのに、苦痛を感じている様子は無い。逆に、動揺しているのは悟の方だった。差し込んだのは指だけだというのに、そこから快感の電気が流れてくるようだった。歯を食い縛って、瀬蓮をめちゃくちゃにしてしまいそうな自分を律する。

「瀬蓮のここ、すごいよ。まるで別の生き物みたいだ」
「・・・やんっ!」

 瀬蓮が悟の言葉に顔を隠そうとした。それに合わせるように、きゅっと中指を締めつける感触が強まる。

「今、締めたね」

 そう言って、悟は中指を前後に動かした。中の襞が指に絡み付いて、いやらしいグチュ・・・チュブ・・・という音を立てる。その音が瀬蓮にも聞こえたのか、恥ずかしそうな様子に拍車が掛かった。
 しかし、それはただ恥ずかしかったからでは無かった。自分の身体の中に悟の一部が入り込む・・・それが信じられないほど気持ち良かったからだ。それどころか、もっと欲しくておねだりしてしまいそうな、そんな自分を想像してしまったから。

「あ・・・んぅ・・・あっ!はぁ・・・んむ・・・くぅ・・・ん・・・」

 いつしか、瀬蓮の口からは甘い声が、止まることなく漏れ始めていた。顔を覆っていた手は悟の背中に回し、純粋に陶酔した表情を、余すこと無く晒している。

「あ・・・あん・・・ふぁ・・・あ、・・・あふ・・・」

 もう、意識も朦朧としているのか、目を半分閉じたままで、悟の愛撫に酔い痴れていた。悟の身体と触れ合いたいという想いがあったのか、瀬蓮が膝を立てて、悟のものと太腿に膝を擦りつけた。
 悟の欲望で硬くなってそれは、背蓮の膝に熱く感じられた。直接見ている訳では無いので、造形は判らない。なのに、ただ触れているだけの膝が、悦びを感じていた。瀬蓮の全身が、悟を迎え入れたくて、燃え上がるようだった。

「あー、ん・・・ふ・・・あぁ・・・」
「瀬蓮・・・入れるぞ・・・」

 悟は指を引き抜くと、ゆっくりと腰を前に進めた。位置は指で触ったから判っているつもりだったが、慎重に進めた。ちゅぐ・・・そう音を立てて、悟のものの先端が、瀬蓮の秘所の入り口に触れる。そこには十分な湿り気を湛えて、自らを満たしてくれる存在を待ちわびる入り口があった。ただ触れただけだというのに背筋に走る快感が、これからの期待を嫌でも高めて行く。

「んっ!」
「ぐ・・・」

 悟は強く歯を噛み締めた。まだ自分の先端部が触れただけだというのに、恐ろしいほどの快感があった。正直なところ、そのまま射精していてもおかしくないくらい気持ち良い。それがセイレーンの血を引いているからなのかは、経験の無い悟には判らない。けれど、これで終らせたくない・・・それだけを思って、苦痛に耐えるような表情で、ゆっくりと中へと進んだ。

「んぅ、あ、はぁー。あ、はいって・・・くるぅ・・・」

 今まで誰の侵入も許した事の無い場所に、窮屈な襞を押し広げるように悟のものが入ってくるのが感じられた。それは熱くて・・・硬くて・・・信じられないほど、気持ち良かった。ひたすら圧倒的は衝撃に、息をするのも忘れて悶える。
 それは、セイレーンの血を引いているからなのか、破瓜の出血も激痛も、瀬蓮には感じられなかった。愛する悟と結ばれた・・・それだけが悦びとともに瀬蓮を支配する。

「だいじょうぶか?」

 一番奥まで・・・子宮の入り口まで到達して、悟は瀬蓮に問い掛けた。知識として、処女を無くす時に苦痛があるとは知っていたから、それ以上動く事無く、瀬蓮の身体を案じた。

「ん・・・はじめてなのに・・・ぜんぜん・・・いたくないの・・・だから・・・」

 瀬蓮は上気した顔で上目遣いに悟を見上げた。とろんと蕩けた瀬蓮の目の端から、涙が一滴頬を伝った。
 その目には、魅了の魔力が宿っていたのかも知れない。悟は、瀬蓮の瞳から目を離す事が出来なかった。この瞬間は、悟を搾り取ろうとするかのような瀬蓮の中の動きも、そこから発生する脳を蕩かすほどの快感も、全てが遠い場所での出来事のように感じられた。呼吸すら止めて、瀬蓮の言葉の続きを待つ。

「だから・・・たくさん、愛してください・・・」

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 悟は、一瞬にして頭の回線が焼き切れたように、何も考えられなくなった。腰を引いて、突き入れる。ただそれだけに特化したロボットのように、どこか苦痛に耐えるような表情で動き続ける。

「あっ!あっ!あっ!や、はげしっ!あう!はぁっ!!」

 瀬蓮の喘ぎも、どこか切羽詰ったものになっているが、悟は止まらない。止められない。それどころか、瀬蓮の声に押されるように、さらに激しさを増した。普通だったら、もう我慢出来ずに精を放っていただろう。それなのに、その凶悪なほどの快感の、さらにその先がある気がして、ひたすらに抽送を繰り返す。止まってしまえば、それでお終いなのだと思っているように。

「あ、はっ!さ、さとる・・・さ・・・ひんっ!あ!さと・・・さとるさぁ・・・んっ!!」

 悟の背中に回った瀬蓮の腕が、強く悟を引き寄せた。上半身が触れ合い、抽送の度にぷるぷると揺れる瀬蓮の胸の先が擦れて、二人に新しい刺激が加わった。時々は瀬蓮の乳首と悟の乳首が触れ合う、それが男にしても気持ち良いのだと、初めて知った。

 ───ひどい───
 悟はうまく働かない頭の片隅で思った。
 ───こんなの知らない。きもちがよすぎる。ふつうじゃない───
 ───瀬蓮だからなんだろうか・・・がまんできない───
 ───快感が・・・加速する───

 悟も、肘を立てていた姿勢から、瀬蓮を抱き締めるような姿勢になった。身体の前面が密着する。腰は今までのように動かせなくなったが、気が付くと瀬蓮も動きを合わせてくれている。そこには、叩き付けるような激しい動きは無くなって、代わりに瀬蓮の中を掻き混ぜるような、悟のもので膣内の構造を探るような動きが生まれていた。

 はぁーはぁーはぁー。
 鼓膜をダイレクトに震わす瀬蓮の呼吸。
 とっとっとっとっ。
 触れ合った肌を通して感じる、早鐘を打つように鼓動する瀬蓮の心臓。
 セイレーンなんて関係無い───悟は今、全身で瀬蓮という存在の全てを認めていた───だって、こんなにも近しい・・・もっと・・・もっと近く在りたい・・・溶け合うほどに・・・。

「さとる・・・さぁん・・・んぅっ!・・・あ、さ・・・さとるぅっ!・・・ああっ!!」

 瀬蓮も快感に耐え切れずに、ひたすら悟の名前を呼ぶ。それは、瀬蓮にこれから訪れる激しい絶頂の予感に、恐れを抱いたからかも知れない。それでも貪欲に、身体は刺激を求めて行く。腰が動き、膣内がより刺激を求めて・・・刺激を悟に与えようと蠕動する。背筋が壊れそうなほどの、圧倒的な快感が走り抜けた。

「さとる・・・さとる、すきっ!!あ、あああああぁっ!!」

 その瞬間、瀬蓮の中が今まで以上に締まった。小さい子供の手で、中に挿入している部分全部をぎゅっと掴まれるような激しい快感に、悟は襲われた。

「うあっ!あああああっ!!」

 悟もその快楽に耐え切れず、瀬蓮の中に精を放った。打ち出すように、二度、三度と大量の精液を射精する。それは、悟が始めて味わう、腰が砕けるかと思うほどの衝撃だった。快感など言う、そんなありきたりな感覚は超越している。瀬蓮は悟の身体にぎゅっと抱き付きながら、耐え切れないように何度も身体を痙攣させた。

 ───大好き───

 吐息交じりに瀬蓮の声が聞こえた気がしたが、悟も半分意識を失って、瀬蓮に全体重を預けてしまった。重たいだろうなぁ・・・などと思いながら、悟は身動き出来ないまま、優しい暗黒に落ちていく。
 瀬蓮も悟の重さを受け止めながら、幸せを感じていた。愛する人が腕の中にいてくれる幸せ・・・それからすれば、重いと感じるのも、幸せを味わう為の嬉しいスパイスに思えた。そのまま、瀬蓮も優しい闇に意識が溶けていく。

 二人は抱き合ったまま、夢の中で幸せな時間を共有した。

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 外はすっかり日も落ちて、蒼白い月が地上を照らしていた。喜びも、悲しみも、幸せも、悲劇も、その全てを優しく受け止めるように。
 これから起こる出来事を予感するように、夜空に切ない鳥の声が響いた。
 まだ・・・夜は始まったばかりだった。

< 続く >

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